説明

キク科植物葉緑体の形質転換用ベクター、ヒトチオレドキシン産生形質転換植物とその製造方法、並びにヒトチオレドキシン含有組成物

【課題】微生物由来のエンドトキシンを含まないヒトチオレドキシンを産生することができる、低コストで簡便なヒトチオレドキシンの産生方法を提供すること。
【解決手段】キク科植物葉緑体の形質転換用ベクター、キク科植物の葉緑体を形質転換することによりヒトチオレドキシンを発現させた葉緑体形質転換キク科植物、及びその製造方法、並びに前記形質転換キク科植物から抽出されたヒトチオレドキシンを含むヒトチオレドキシン含有組成物とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キク科植物葉緑体の形質転換用ベクター、キク科植物の葉緑体を形質転換することによりヒトチオレドキシンを発現させた葉緑体形質転換キク科植物、及びその製造方法、並びに前記形質転換キク科植物から抽出されたヒトチオレドキシンを含むヒトチオレドキシン含有組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
現在の医薬品用タンパク質は、主に大腸菌を始めとする微生物により生産されている。しかし、微生物により生産されるタンパク質には、微生物由来エンドトキシンが含まれており、医薬品としての安全性に課題を有している。近年、この課題を克服するための試みとして、植物を用いた外来タンパク質の生産が検討されている。植物を用いた外来タンパク質の生産は、微生物による生産に比べて、得られるタンパク質がエンドトキシンフリーであるため安全性に優れ、また低い生産コストにより省エネルギーで環境調和型である等の多くの優位性を有している。植物体中の葉緑体は、特に高濃度に外来タンパク質を貯蔵できる器官であることから、外来タンパク質を生産させる最適な場所と考えられ、タバコ、ジャガイモ、ダイズ、レタス等でその形質転換方法が確立されている(特許文献1参照。)。これらのうちタバコは、ニコチンを蓄積するために食用及び医療用には不適であり、ジャガイモおよびダイズも葉は食用ではない。これらは、高レベルの管理が可能となる水耕栽培技術が完全には確立されておらず、医薬品レベルでの品質管理に難がある。一方、レタスは、葉に毒性代謝物等が存在しない葉菜植物であり、また植物工場での栽培方法も確立されていることから、医薬用を含む外来タンパク質を生産させる植物として最適である。
【0003】
近年、医薬品としての応用が期待されているタンパク質の一つとして、ヒトチオレドキシン(hTrx)が挙げられる。hTrxは、酸化/還元を制御する生体内タンパク質であり、糖尿病をはじめとする生活習慣病、虚血性灌流障害、肺障害など、酸化ストレスが関与する障害や疾患に対する防御効果を有するため、医薬品としての応用が期待されている。しかし現在、hTrxは、大腸菌を使って生産されている(特許文献2参照)。そこで、hTrxのより安全で低コストでの生産方法の確立が課題となっている。
【0004】
より安全で低コストでhTrx生産を実現するためには、葉緑体中にhTrxを産生するように形質転換したレタスを開発し、その葉からhTrxを抽出する技術を確立する必要がある。しかし、植物の形質転換を目的とした葉緑体への遺伝子導入は、これまでのところタバコを用いたケースが多く、他の植物での実施例は少ない。タバコ以外の植物を用いた先行技術では、大腸菌から取り出したタンパク質産生DNAを、キク科植物(レタスを含む)の葉緑体ゲノム中に導入し、その発現を確認している(特許文献3)。しかし、同種植物のDNAを導入する形質転換においても、遺伝子置換効率は十分に高くないのが現状である。そのため高効率で遺伝子を置き換えられる技術(例えば高効率遺伝子転換が可能な形質転換用ベクター)の確立が期待されている。
【特許文献1】特開2006−75028号公報
【特許文献2】WO2005/077399号公報
【特許文献3】特開2006−75078号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、微生物由来のエンドトキシンを含まないヒトチオレドキシンを産生することができる、低コストで簡便なヒトチオレドキシンの産生方法を提供することである。即ち、本発明は、キク科植物の葉緑体にヒトチオレドキシンを発現させることができる形質転換用ベクター、ヒトチオレドキシンが産生されている形質転換キク科植物、及びこの形質転換キク科植物を製造する方法、並びに前記形質転換キク科植物から抽出したヒトチオレドキシンを含むヒトチオレドキシン含有組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に係る発明は、少なくともヒトチオレドキシンの遺伝子及びキク科植物葉緑体ゲノム由来の遺伝子が組み込まれていることを特徴とするキク科植物(Asteraceae)の葉緑体形質転換用ベクターに関する。
請求項2に係る発明は、前記キク科植物がレタス(Lactuca sativa L.)であることを特徴とする請求項1に記載の葉緑体形質転換用ベクターに関する。
請求項3に係る発明は、前記葉緑体形質転換用ベクターが、2つのキク科植物葉緑体ゲノム由来の遺伝子を有し、これら2つの遺伝子の間に、少なくとも1種の制限酵素切断部位を有することを特徴とする請求項1又は2に記載の葉緑体形質転換用ベクターに関する。
請求項4に係る発明は、前記葉緑体形質転換用ベクターが、2つのキク科植物葉緑体ゲノム由来の遺伝子を有し、これらの遺伝子が、キク科植物の葉緑体ゲノム由来のリブロース−1,5−ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ大サブユニット遺伝子とアセチルCoAカルボキシラーゼサブユニット遺伝子であって、これら遺伝子の間で、葉緑体で機能するプロモーター及びターミネーターを有し、さらに前記プロモーターとターミネーターとの間にヒトチオレドキシンをコードする塩基配列を有することを特徴とする請求項1乃至3いずれか記載の葉緑体形質転換用ベクターに関する。
請求項5に係る発明は、前記プロモーターがタバコ由来のpsbAプロモーターであって、前記ターミネーターがリボソームタンパク質S16ターミネーターであることを特徴とする請求項4に記載の葉緑体形質転換用ベクターに関する。
請求項6に係る発明は、前記キク科植物の葉緑体ゲノム由来のリブロース−1,5−ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ大サブユニット遺伝子と前記タバコ由来のpsbAプロモーターの間に、タバコ葉緑体ゲノム由来のrRNAオペロンのプロモーターとpsbA遺伝子のターミネーターを有し、さらに前記プロモーター及びターミネーターとの間に任意の外来遺伝子が挿入されていることを特徴とする請求項5に記載の葉緑体形質転換用ベクターに関する。
請求項7に係る発明は、キク科植物(Asteraceae)の葉緑体に形質転換用ベクターを導入して形質転換することにより、該葉緑体においてヒトチオレドキシンが産生されていることを特徴とする形質転換キク科植物に関する。
請求項8に係る発明は、前記キク科植物がレタス(Lactuca sativa L.)であることを特徴とする請求項7に記載の形質転換キク科植物に関する。
請求項9に係る発明は、前記形質転換キク科植物の葉緑体における前記ヒトチオレドキシンの重量が、前記形質転換キク科植物の葉緑体中の可溶性タンパク質の1重量%以上であることを特徴とする請求項7又は8に記載の形質転換キク科植物に関する。
請求項10に係る発明は、請求項7乃至9いずれかに記載の形質転換キク科植物から抽出されたヒトチオレドキシンを含有するヒトチオレドキシン含有組成物に関する。
請求項11に係る発明は、前記ヒトチオレドキシン含有組成物が微生物由来のエンドトキシンを含まないことを特徴とする請求項10に記載のヒトチオレドキシン含有組成物に関する。
請求項12に係る発明は、下記の段階を備えることを特徴とするヒトチオレドキシン産生形質転換キク科植物の製造方法であって、
(1)ヒトチオレドキシンの遺伝子を含有するキク科植物の葉緑体形質転換用ベクターを製造する段階
(2)前記ベクターを、キク科植物の葉緑体に導入する段階
前記工程(1)において製造されるベクターが、少なくともヒトチオレドキシンの遺伝子及び2つのキク科植物葉緑体ゲノム由来の遺伝子を有し、前記キク科植物葉緑体ゲノム由来の遺伝子が、キク科植物の葉緑体ゲノム由来のリブロース−1,5−ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ大サブユニット遺伝子とアセチルCoAカルボキシラーゼサブユニット遺伝子であって、これら遺伝子の間に、葉緑体で機能するプロモーター及びターミネーターを有し、さらに前記プロモーターとターミネーターとの間にヒトチオレドキシンをコードする塩基配列を有することを特徴とする製造方法に関する。
請求項13に係る発明は、前記プロモーターが、タバコ由来のpsbAプロモーターであって、前記ターミネーターが、リボソームタンパク質S16ターミネーターであることを特徴とする請求項12に記載の製造方法に関する。
請求項14に係る発明は、前記キク科植物の葉緑体ゲノム由来のリブロース−1,5−ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ大サブユニット遺伝子と前記タバコ由来のpsbAプロモーターの間に、タバコ葉緑体ゲノム由来のrRNAオペロンのプロモーターとpsbA遺伝子のターミネーターを有し、さらに前記プロモーター及びターミネーターとの間に任意の外来遺伝子が挿入されていることを特徴とする請求項13に記載の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0007】
本発明の形質転換用ベクターにより、キク科植物の葉緑体へ、ヒトチオレドキシンをコードする遺伝子を導入することができる。
本発明の形質転換キク科植物は、本発明の形質転換用ベクターにより、キク科植物(Asteraceae)の葉緑体が形質転換されている。この形質転換キク科植物は、その葉緑体においてヒトチオレドキシンを産生している。詳細には、このヒトチオレドキシンの産生量は、葉緑体中の可溶タンパク質重量の1重量%以上である。
本発明のヒトチオレドキシン含有組成物は、ヒトチオレドキシンを含有し、このヒトチオレドキシンは、本発明の形質転換キク科植物で産生されたものである。従って、従来の大腸菌等の微生物で産生されるヒトチオレドキシンと比較して、本発明のヒトチオレドキシン含有組成物に含まれるヒトチオレドキシンは、微生物由来のエンドトキシンを含まないという利点を有する。従って、本発明のヒトチオレドキシン含有組成物は、厳しい品質管理が要求される医薬等の分野で使用可能である。
本発明の形質転換キク科植物の製造方法は、本発明の形質転換キク科植物を製造することができる。この製造方法によると、キク科植物の葉緑体へ、ヒトチオレドキシンをコードする遺伝子を導入することができ、従って、その葉緑体においてヒトチオレドキシンを産生することができる。
【0008】
本発明のヒトチオレドキシン産生形質転換キク科植物は、特にこれがレタスの葉緑体を形質転換して得られた植物である場合、植物工場を利用して工業的に大量生産ができる。従って、安全かつ安価にヒトチオレドキシンを生産できる。更に、天候や病虫害に左右されないので、安定したヒトチオレドキシンの生産システムを構築できる。
本発明の形質転換キク科植物は、ヒトチオレドキシンをコードする遺伝子が、核ゲノムではなく、葉緑体ゲノムに直接導入されることにより製造される。従って、例えば、核に遺伝子が導入された植物のように、花粉が風や昆虫により広範囲に撒き散らされ、動植物界への悪影響を与えるなどの環境汚染を防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明のキク科植物(Asteraceae)の葉緑体形質転換用ベクター、形質転換キク科植物、及びこの形質転換キク科植物を製造する方法並びに前記形質転換キク科植物から抽出したヒトチオレドキシンを含むヒトチオレドキシン含有組成物について説明する。
【0010】
まず、キク科植物(Asteraceae)の葉緑体を形質転換するために導入されるベクター(以下、形質転換用ベクターと略記する。)について説明する。
本発明のキク科植物の葉緑体形質転換用ベクターには、キク科植物葉緑体ゲノム由来の遺伝子及びヒトチオレドキシンの遺伝子が組み込まれている。
本発明に用いられるキク科植物葉緑体ゲノム由来の遺伝子としては、例えばリブロース−1,5−ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ大サブユニット遺伝子(以下、rbcL遺伝子と略記する。)、及びアセチルCoAカルボキシラーゼサブユニット遺伝子(以下、accD遺伝子と略記する。)などが挙げられる。
【0011】
rbcL遺伝子は、葉緑体ゲノムにコードされているRubisCOのラージサブユニット遺伝子である。RubisCOは、光合成CO固定反応回路(カルビンサイクル)において,初発段階であるCO固定反応(カルボキシラーゼ反応)を触媒し、前記回路における代謝回転の律速となる鍵酵素である。また、該酵素は酸素(O)を固定する反応(オキシゲナーゼ反応)も触媒する。rbcL遺伝子としては、とりわけレタス葉緑体ゲノム由来のrbcL遺伝子が好ましい。
【0012】
レタス葉緑体ゲノム由来のrbcL遺伝子は、配列表の配列番号1(1434bp)で示される。前記配列番号1の塩基配列中の1個または複数個の塩基、例えば、1〜150個の塩基が欠失されるか、または別の塩基に置換されるか、または1〜150個の別の塩基を付加されるかして改変されたDNAがrbcL遺伝子と相同的組換えし得る配列であれば好ましく用いることができる。
【0013】
accD遺伝子は、葉緑体ゲノムにコードされているアセチルCoAカルボキシラーゼの遺伝子である。アセチルCoAカルボキシラーゼは、植物において脂肪酸合成に関与している酵素である。accD遺伝子としては、レタス葉緑体ゲノム由来のaccD遺伝子が好ましい。
レタス葉緑体ゲノム由来のaccD遺伝子は、配列表の配列番号2(1593bp)で示される。前記配列番号2の塩基配列中の1個または複数個の塩基、例えば、1〜100個の塩基が欠失されるか、または別の塩基に置換されるか、または1〜100個の別の塩基を付加されるかして改変されたDNAがaccD遺伝子と相同的組換えし得る配列であれば好ましく用いることができる。
【0014】
本発明において、例えばレタス葉緑体ゲノム由来のrbcL遺伝子とaccD遺伝子とを用いることにより、ベクターに導入されるヒトチオレドキシンをコードする遺伝子が、相同組換えによりレタス葉緑体ゲノムに組み込まれやすくなり、
また、本発明において、葉緑体ゲノム由来のrbcL遺伝子とaccD遺伝子はそれらの全長を使う必要はない。例えばrbcL遺伝子とaccD遺伝子との間の非コード領域の、被導入遺伝子の導入位置からrbcL遺伝子側またはaccD遺伝子側にそれぞれ約1000〜1500程度の塩基対の長さを有し、rbcL遺伝子またはaccD遺伝子とそれぞれ相同的組換えし得る配列であればよい。
【0015】
上記rbcL遺伝子とaccD遺伝子の間には、少なくとも1種、好ましくは2種以上の制限酵素切断部位(以下、制限酵素サイトとも言う。)を有することが好ましい。制限酵素サイトは、制限酵素で認識され切断される部位を含む配列であればいずれの配列も好ましく用いることができる。制限酵素サイトとしては、特に限定されず、例えばNdeIサイト、EcoRIサイト、NotIサイト、SalIサイト、またはEco47IIIサイト、PstIサイト、などが好ましく挙げられる。これら制限酵素サイトは、各々制限酵素NdeI、EcoRI、NotI、SalI、PstIまたはEco47IIIで切断され得る。
【0016】
上記rbcL遺伝子とaccD遺伝子の間には、葉緑体で機能するプロモーター及びターミネーターを有し、さらに前記プロモーターとターミネーターとの間にヒトチオレドキシンをコードする塩基配列を有する。
前記プロモーターは、タバコ葉緑体由来のpsbAプロモーター(配列番号3:以下、PpsbAと略記する。)であって、前記ターミネーターは、タバコ葉緑体由来のリボソームタンパク質S16ターミネーター(配列番号4:以下、Trps16と略記する。)である。
前記psbA遺伝子とは、光合成の光化学系IIの反応中心であるD1タンパク質をコードする遺伝子である。
前記rps16遺伝子とは、葉緑体リボソームタンパク質S16をコードする遺伝子である。
【0017】
本発明に係るヒトチオレドキシン(hTrx)は、ヒト由来のチオレドキシンであって、配列番号5に示される105個のアミノ酸からなるポリペプチドを指す。尚、配列番号6は、配列番号5のアミノ酸配列をコードする核酸配列を表す。
hTrxは、酸化/還元を制御する生体内タンパク質であり、糖尿病をはじめとする生活習慣病、虚血性灌流障害、肺障害など、酸化ストレスが関与する障害や疾患に対する防御効果を有する
【0018】
本発明の形質転換用ベクターは、さらに、上記rbcL遺伝子とaccD遺伝子の間であって、前記PpsbAの上流側に、さらに、タバコ(Nicotiana L.)の葉緑体ゲノム由来プロモーター及びターミネーターを含み、これらの間に任意の外来遺伝子が挿入されてもよい。
前記プロモーターとしては、タバコ葉緑体ゲノム由来のrRNAオペロンのプロモーター(以下、Prrnと略記する。)、ターミネーターとしては、タバコ葉緑体ゲノム由来のpsbA遺伝子のターミネーター(以下、TpsbAと略記する。)が好適に使用される。
上記したタバコ葉緑体ゲノム由来のPrrnは、配列表の配列番号7(142bp)で示され、タバコ葉緑体ゲノム由来のTpsbAは、配列表の配列番号8(390bp)で示される。前記配列番号7または8の塩基配列のうち、1個または複数個の塩基、例えば、1〜10個の塩基が欠失されるか、または別の塩基に置換されるか、または1〜10個の別の塩基を付加されるかして改変されたDNAであって、それぞれ前記任意の外来遺伝子の転写開始および転写終結を認識できる配列であればいずれも好ましく用いることができる。
【0019】
また、上記プロモーターおよびターミネーターは、任意の外来遺伝子の転写開始および転写終結を認識できるものであれば、上記プロモーターおよびターミネーターに限定されず、他のプロモーター及びターミネーターであってもよい。このようなプロモーターとしては、例えばpsbAプロモーター、rbcLプロモーター、psbDプロモーターまたはatpBプロモーター等が挙げられる。これらプロモーターも、キク科植物の葉緑体ゲノム由来のプロモーターが好ましく、レタス葉緑体ゲノム由来のプロモーターがより好ましい。また該ターミネーターとしては、例えばrps16ターミネーターが挙げられる。
【0020】
前記任意の外来遺伝子とは、例えば、merA遺伝子、病虫害耐性遺伝子や除草剤耐性遺伝子、抗酸化作用を有するカロテノイドやビタミンEなどの生合成に関る遺伝子、光合成に関与する例えばフルクトース1,6−ビスホスファターゼ/セドヘプツロース1,7−ビスホスファターゼ遺伝子でありこれらに限定されない。但し、共にヒトチオレドキシンが産生される本発明の形質転換キク科植物では、フルクトース1,6−ビスホスファターゼ/セドヘプツロース1,7−ビスホスファターゼ遺伝子が好適に使用される。ラン藻由来のフルクトース1,6−ビスホスファターゼ/セドヘプツロース1,7−ビスホスファターゼ遺伝子が最も良い。
【0021】
本発明の形質転換用ベクターに、例えば、葉緑体に、merA遺伝子などのメタロチオネイン遺伝子を導入した場合、このベクターにより形質転換されたキク科植物は、ヒトチオレドキシンを発現するとともに、土壌などの環境中の有害重金属や水銀などを無害化または無毒化し得るので、ファイトレメディエーション(Phyto Remediation;植物を利用した環境浄化技術)に利用できる。
【0022】
本発明の形質転換用ベクターに、例えば、葉緑体に病虫害耐性遺伝子や抗生物質耐性遺伝子(aadA)を導入した場合、ヒトチオレドキシンの発現に加えて、害虫抵抗性や感染性細菌耐性のキク科植物を製造することができる。
【0023】
本発明の形質転換用ベクターに、例えば、抗酸化作用を有するカロテノイドやビタミンEなどの生合成に関る遺伝子を導入した場合は、ヒトチオレドキシンの発現に加えて、キク科植物の例えばヒマワリや紅花などにおいて、該ヒマワリや紅花などが生成する油脂類中のカロテノイドやビタミンEなどの有用成分の含有量を上げることが可能となる。
【0024】
本発明の形質転換用ベクターに、光合成に関与する例えばラン藻由来のフルクトース1,6−ビスホスファターゼ/セドヘプツロース1,7−ビスホスファターゼ遺伝子を導入した場合、該遺伝子が導入されたキク科植物は、ヒトチオレドキシンを発現するだけでなく、野生株に比べて、背丈が大きく、また葉の面積も大きく、早く生育し、かつ糖やデンプンの合成能力が増大し得る。このような生育促進は、レタス1固体当たりのヒトチオレドキシンの生産量を増加させることを可能とする。
【0025】
上記遺伝子を備える形質転換用ベクターを宿主細胞に導入し、本発明の形質転換キク科植物を製造する。以下、形質転換用ベクター並びに形質転換キク科植物の製造方法について詳説する。
本発明の形質転換用ベクターpLD6N(配列番号9;4592bp)及びpRL200(配列番号10;5358bp)は、特開2002−272476号公報に記載のpLD6プラスミド(配列番号11;4591bp)およびpLD200プラスミド(配列番号12;5581bp)を利用することにより構築できる。
尚、pLD6プラスミドは、ブタペスト条約に基づいて、平成13年3月19日付けで工業技術院生命工学工業技術研究所、日本国茨城県つくば市東1丁目1番3号(郵便番号305−8566)に受託番号FERM P−18260として寄託されている。pLD200プラスミドは、ブタペスト条約に基づいて、平成13年3月19日付けで工業技術院生命工学工業技術研究所、日本国茨城県つくば市東1丁目1番3号(郵便番号305−8566)に受託番号FERM P−18261として寄託されている。
【0026】
以下、本発明の形質転換用ベクターpLD6N及びpRL200:hTrxの作製方法を詳説する。
ヒトチオレドキシン遺伝子 (hTrx1)は、ヒトチオレドキシンのcDNAが挿入されたpcDNA3 (Invitrogen)をテンプレートとして、forwardプライマー: 5’-GCCCATATGGTGAAGCAGATCGAG-3’とreverseプライマー: 5’-ATGAATTCAGAAAACATGATTAGACTAATTC-3’を用いてPCRにより増幅を行う。Forwardプライマーは5’端にNdeIサイトを含み、reverseプライマーは5’端にEcoRIサイトを含む。
増幅断片はpLD6のマルチクローニングサイトを5’- CCAAGATCTAAAAGGAGAAATTAAGCATGCTCTAGATCGATGAATTCGCCC -3’から5’-CCAAGATCTAAAAGGAGAAATTACATATGAATCGATTCTAGAGAATTCGCCC-3’に変換したpLD6NのNdeIとEcoRIサイトに挿入し、pLD6N:hTrxが作製される。pLD6N:hTrxを、例えばNotIとSalIで制限酵素処理を行い、得られたaadAとhTrx1を含むDNA断片を、pRL200プラスミドのNotIとSalIサイトに挿入し、pRL200:hTrxを作製する。このようにして作製されたpRL200:hTrxは、aadAの上流にプロモーター(例えば、タバコ由来のリボソームRNAプロモーターであるPrrn)、下流にターミネーター(例えば、タバコ由来のpsbAターミネーターであるTpsbA)、hTrx1の上流にプロモーター(例えば、タバコ由来のpsbAプロモーターであるPpsbA)、下流にターミネーター(例えば、リボソームタンパク質S16ターミネーターであるTrps16)が存在する。これらの配列が、相同性組換えのためのrbcLとaccD配列間に挟まれている。
【0027】
本発明の形質転換用ベクターは、好ましくは、遺伝子組換え体を識別するための遺伝子を有する。遺伝子組換え体を識別するための遺伝子としては、特に限定されず、自体公知のものを用いてよい。例えば、各種薬剤耐性遺伝子があげられる。より具体的には、カナマイシン耐性遺伝子(NPT)、スペクチノマイシン耐性遺伝子(aadA)、ベタインアルデヒド脱水素酵素遺伝子(BADH)等が挙げられる。また、該遺伝子の上流、下流には、それぞれ該遺伝子を発現制御するためのプロモーターおよびターミネーター配列を配することが好ましい。例えば、aadA遺伝子を葉緑体で発現させるためには、上記した植物由来のプロモーター及びターミネーターを好ましく使用できるが、rrnプロモーターおよびpsbAターミネーターが特に好適である。
【0028】
このようにして作製された形質転換用ベクターを宿主細胞に導入し、本発明の形質転換キク科植物が製造される。このとき、宿主細胞としては、キク科植物細胞が好ましく、キク科植物葉細胞がより好ましく、キク科植物の葉緑体がさらに好ましく、レタス葉緑体が特に好ましい。本発明のベクターを宿主細胞、特に葉緑体へ導入して形質転換する方法としては、公知の方法、例えばパーティクルガン法(Svab,Z.,Hajdukiewicz,P.,and Maliga,P.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,1990年,第87巻,p.8526−8530)やPEG法(Golds,T.,Maliga,P.,and Koop,H.−U.,Bio/Technol.,1993年,第11巻,p.95−97)等を好ましく用いることができる。例えば、パーティクルガン法は、ベクターを金またはタングステンの極めて細かい粒子にまぶし、該ベクターの付着した粒子を火薬または高圧ガスで宿主細胞に打ち込むことにより、ベクターを宿主細胞に導入することができる。
【0029】
本発明の葉緑体形質転換用ベクターが導入された形質転換キク科植物の葉細胞、例えばレタス葉細胞は、植物培養用培地で培養し植物体とすることができる。植物培養用培地は、ガンボルグ(Gamborg)B5、ムラシゲ・スクーグ(Murashige−Skoog;MS)、ニッチ・ニッチ(Nitch&Nitch)などのような無機塩、ビタミン類を含有する基礎培地に、植物ホルモンを加えたものが好ましい。基礎培地としては特にMS培地が好ましい。植物ホルモンとしては、オーキシンおよびサイトカイニンを組み合わせるのがよい。オーキシンとしては、ナフタレン酢酸(以下、NAAと略記する。)、2−ナフトキシ酢酸、インドール酢酸、4−クロロインドール酢酸、インドール酪酸または2,4−ジクロロフェノキシ酢酸などが挙げられ、NAAが特に好ましい。サイトカイニンとしては、カイネチン,ゼアチンまたはベンジルアデニン(以下、BAと略記する。)、イソペンテニルアデニンなどが挙げられ、BAが特に好ましい。基礎培地に添加するオーキシンおよびサイトカイニンの濃度は、使用するオーキシンおよびサイトカイニンにより異なるが、オーキシンは約0.01〜1.0mg/L、好ましくは約0.05〜0.2mg/L、さらに好ましくは約0.1mg/L、サイトカイニンは約0.01〜1.0mg/L、好ましくは約0.05〜0.2mg/L、さらに好ましくは約0.1mg/Lとなるよう添加される。オーキシンに対するサイトカイニンの割合(重量比)は、約1:0.8〜1.2が好ましい。培地にはさらに、ポリビニルピロリドン(PVP)を約100〜1000ppm、好ましくは約300〜700mg/L、さらに好ましくは約400〜600ppmを添加するのがよい。培地にオーキシンやサイトカイニンを加えることにより、形質転換されたキク科植物、とりわけレタスの再分化を促進するようになり、またPVPの添加によって培養時の褐変による枯死が防止できる。
【0030】
また、上記培地には、炭素源としての糖類や、ビタミン類、培地を固めるための支持体などを添加するのがよい。糖類としては、例えばショ糖などが挙げられる。糖類の添加量は、約1〜10重量%、好ましくは約2〜5重量%程度である。ビタミン類としては、例えば塩酸チアミン、塩酸ピリドキシン、ニコチン酸またはイノシトールなどが挙げられる。支持体としては、例えば寒天、ゲランガムまたはペーパーブリッジなどが挙げられる。支持体の濃度は、培地のpHなどにより異なるが、例えばゲランガムの場合、約0.2〜0.3重量%程度が好ましい。
また、上記培地には、アミノ酸(例.グリシンなど)、アデニンおよび/またはココナツウォーターなどを添加してもよい。
培地は、通常水酸化カリウムなどでpH約4〜8、好ましくはpH約5〜7に調整される。
【0031】
本発明の形質転換キク科植物は、キク科植物(Asteraceae)の葉緑体に形質転換用ベクターを導入して形質転換することにより、該葉緑体においてヒトチオレドキシンが産生されている。
前記キク科植物はいずれの種類であってもよく、例えばレタス(Lactuca sativa)、ヒマワリ(Helianthus annuus)、ベニバナ(Carthamus tinctoris)、アーティチョーク(Cynara scolymus)、ゴボウ(Arctium lappa)、キク(Chrysanthemum morifolium)、コスモス(Cosmos bipinnatus)、キバナノコギリソウ(Achilla filpendulina)、キンセンカ(Calendula arvensis)、デージー(Rudbeckia hirta)、ヒャクニチソウ(Zinnia elegans Jacq.)などが挙げられる。これらのうち、レタスが好適に使用される。さらに詳細には、コスレタス(L.s.var.longifolia)やシスコレタスが好適で、コスレタスが最適に使用される。
形質転換されたキク科植物、中でもレタスは自体公知の条件の下、路地または水耕栽培で生育させることができる。また、レタスは、葉に毒性代謝物等が存在しない葉菜植物であり、また植物工場での栽培方法も確立されていることから、好適に本発明の形質転換キク科植物とされる。さらに、レタスは、ベクターに導入された遺伝子がコードするタンパク質を高度に発現させることができる。また、本発明の形質転換体は導入した遺伝子の花粉を介した環境への飛散を防ぐことができるなどの利点がある。
【0032】
なお、上記の遺伝子工学または生物工学の操作については、市販の実験書、例えば、1982年発行のモレキュラー・クローニング(Molecular Cloning)コールド・スプリング・ハーバー・ラボラトリー(Cold Spring Harbor Laboratory)、1989年発行のモレキュラー・クローニング第2版(Molecular Cloning,2nd ed.)コールド・スプリング・ハーバー・ラボラトリー(Cold Spring Harbor Laboratory)などに記載された方法に従って容易に行うことができる。
【0033】
本発明の形質転換キク科植物には、ヒトチオレドキシンが産生されている。本発明の形質転換されたキク科植物における、ヒトチオレドキシンの産生量は、好ましくは葉緑体の可溶タンパク重量のうち1重量%以上である。
【0034】
本発明の形質転換キク科植物は、これをそのまま食してもよいし、形質転換キク科植物からヒトチオレドキシンを抽出して、これを食してもよい。形質転換キク科植物からヒトチオレドキシンを抽出する方法は従来の方法を採用することができるが、好ましくは、形質転換キク科植物(好ましくはレタス葉)をミキサーもしくはすり鉢で破砕した後、水または特に必要な場合は生理食塩水か最適な緩衝液中に浸漬して、破砕残留物を遠心または濾過により除去する方法を採用する。また、形質転換キク科植物から精製したチオレドキシンを注射により血管内投与してもよい。
【0035】
本発明のヒトチオレドキシン含有組成物は、前記形質転換キク科植物から抽出されたヒトチオレドキシンを含む組成物である。前記形質転換キク科植物から抽出されたヒトチオレドキシンは、従来ヒトチオレドキシンを生産するために使用されてきた大腸菌等の微生物により生産されたヒトチオレドキシンと異なり、大腸菌由来のエンドトキシンを含まないという利点を有する。
本発明のヒトチオレドキシン含有組成物は、医薬品、食品等として好適に使用される。
【0036】
以下に具体的実施例を挙げ、さらに詳細に説明するが、本発明はこれらに特に限定されることはない。
【実施例】
【0037】
〔実施例1:hTrx遺伝子を導入したベクターpLD6N(pLD6N:hTrx)の作成〕
hTrx遺伝子は、hTrxのcDNAが挿入されたpcDNA3(Invitrogen)をテンプレートとして設定した、5’端にNdeIサイトをもつforwardプライマー(5’−GCCCATATGGTGAAGCAGATCGAG−3’)、および5’端にEcoRIサイトをもつreverseプライマー(5’−ATGAATTCAGAAAACATGATTAGACTAATTC−3’)を用いてPCR増幅した。増幅したhTrx遺伝子を含む断片は、2箇所のマルチクローニング領域を有する特開2002−272476に記載のベクターpLD6(受託番号FERM P−18260)の下流側のマルチクローニングサイトを5’−CCAAGATCTAAAAGGAGAAATTAAGCATGCTCTAGATCGATGAATTCGCCC−3’から5’−CCAAGATCTAAAAGGAGAAATTACATATGAATCGATTCTAGAGAATTCGCCC−3’に変換したpLD6N(図1)のNdeIおよびEcoRIサイトに、制限酵素NdeIおよびEcoRIを用いて導入した。この操作により、hTrx遺伝子を導入したpLD6N:hTrxが作成された。
【0038】
〔実施例2:hTrx遺伝子を導入した発現ベクター(pRL200:hTrx)の作製〕
実施例1の操作で作成したpLD6N:hTrxは、制限酵素NotIおよびSalIで処理され、aadA(当初pLD6に導入されていた遺伝子組換え体識別遺伝子)とhTrxを含むDNAに断片化した。このDNA断片は、マルチクローニング領域の上流および下流にレタス葉緑体ゲノム由来のrbcLおよびaccDを有する特開2006−75078に記載のベクターpRL200のNotIおよびSalIサイトに、制限酵素NotIおよびSalIを用いて導入された。これらの操作により、レタス葉緑体用hTrx産生ベクター(pRL200:hTrx)が作成された。作成した発現ベクター(pRL200:hTrx)には、aadAの上流にタバコ由来のリボソームRNAプロモーターであるPrrn、下流にタバコ由来のpsbAターミネーターであるTpsbA、hTrxの上流にタバコ由来のpsbAプロモーターであるPpsbA、下流にリボソームタンパク質S16ターミネーターであるTrps16が存在する(図2)。さらにこれらの配列は、相同性組換えのためのrbcLとaccD配列の間に挟まれている。
【0039】
〔実施例3:レタス葉緑体の形質転換と再分化〕
MS培地に播種後、約3〜5週間、無菌栽培したレタスの生葉が形質転換に用いられた。MS培地は、MS塩、イノシトール(100mg/L)、塩酸チアミン(0.1mg/L)、塩酸ピリドキシン(0.5mg/L)、ニコチン酸(0.5mg/L)、グリシン(2mg/L)、ショ糖(30g/L)、ゲランガム(2g/L)を含み、KOHでpH5.8に調整した。直径2.5 cmの円状のレタスのリーフディスクは、再分化培地に置床したプレートで一日間前培養された。再分化培地は、MS培地にBA(0.1mg/L)とNAA(0.1mg/L)を添加したものである。直径0.6ミクロンの金粒子6mg、レタス葉緑体形質転換用ベクター20μg、2.5M塩化カルシウム、および0.1Mスペルミジンの混合は、4℃で20分間、懸濁された。これらは、さらにエタノールで4回洗浄され、最終的に60μL(10回の打ち込み実験での使用量に相当)のエタノールに懸濁された。その後、前培養したレタスのリーフディスクにパーティクルガン(型式PDS−1000/HeBIO−RAD社製)を用いて1100psiで打ち込まれた。ラプチャーディスクとステージ間の距離は、6cmに設定し、打ち込み回数は、10回/実験とした。打ち込み後、暗所に3日間静置した。その後、打ち込まれたリーフディスクは4mm四方の切片にメスで刻み、スペクチノマイシン(30mg/L)を含む再分化培地に置床された。約3〜4週間後、白色化した葉切片から生じた緑色のカルス(図3A)は、再分化し(図3B)、植物個体に再生した(図3C)。
【0040】
〔実施例4:形質転換したレタス葉緑体中の導入遺伝子(aadA)の確認〕
実施例3で再分化したレタス植物体の葉組織のゲノムDNA中のaadAは、植物DNA抽出キットDNeasy Plant Mini Kit (QIAGEN)を用いて用意した。ゲノムDNA中のaadA配列は、forwardプライマー:5’−ATGGCTCGTGAAGCGGTTAT−3’およびreverseプライマー:5’−TTATTTGCCAACTACCTTAG−3’を用いてPCR反応を行い、アガロースゲル電気泳動により確認した。対照として、発現ベクター(pRL200:hTrx)および野生株のレタスの葉組織から取り出したゲノムDNA中のaadA配列が、同じプライマーを用いたPCR反応で調べられた。形質転換したレタスのゲノムDNA(図4B、C)および発現ベクター(pRL200:hTrx)(図4D)には、aadA遺伝子の存在を示す0.8kbpのバンドがみられた。一方、野生型レタスのゲノムDNAには、そのバンドは検出されなかった(図4A)。この結果は、aadA遺伝子が形質転換レタスの葉緑体ゲノムの目的領域に導入されたことを意味する。
【0041】
〔実施例5:形質転換したレタス葉緑体中の導入遺伝子(hTrx)の確認〕
導入遺伝子(hTrx)は、forwardプライマー:5’−GCCCATATGGTGAAGCAGATCGAG−3’およびreverseプライマー:5’−ATGAATTCAGAAAACATGATTAGACTAATTC−3’を用いてaadAと同じ手法で確認された。対照として、発現ベクター(pRL200:hTrx)および野生株のレタスの葉組織から取り出したゲノムDNAを用いたPCR反応により調べられた。形質転換したレタスのゲノムDNA(図5B、C)と発現ベクター(pRL200:hTrx)(図5D)には、hTrx1遺伝子の存在を表す0.3kbpのバンドがみられた。一方、野生型ゲノムDNAでは、そのバンドは検出されなかった(図5A)。この結果は、hTrx遺伝子が、形質転換レタスの葉緑体ゲノムの目的領域に導入されたことを意味する。
【0042】
〔実施例6:形質転換したレタス葉緑体における遺伝子置換効率〕
形質転換したレタス葉緑体における遺伝子置換効率を調べるために、形質転換したレタス葉緑体中の遺伝子導入葉緑体ゲノムおよび野生型葉緑体ゲノムの存在比率が、各サンプルから取り出されたDNAを鋳型としたforwardプライマー:5’−CGTAGCTAATCGAGTAGCTC−3’とreverseプライマー:5’−GAGTTGTGATACCTGTCTCG−3’を使用したPCR反応とアガロースゲル電気泳動により調べられた。対照として、発現ベクター(pRL200:hTrx)と野生株のレタスの葉組織から取り出したゲノムDNAを用いた。発現ベクター(pRL200:hTrx)のレーン(図6D)には、2.4kbpの導入遺伝子を表すバンドが確認された。このバンドは、形質転換したレタスのゲノムDNAにも見られ(図6B、C)、またそのバンドサイズは発現ベクター(pRL200:hTrx)のものと同じであった。一方、野生型葉緑体のゲノムDNAでは0.4kbpのバンドが検出された(図6A)。このバンドは、レーンBとCでは検出されなかったことから、形質転換したレタスの葉緑体ゲノムは、野生のレタスのものから殆ど置き換わっていると考えられる。
【0043】
〔実施例7:形質転換したレタス葉におけるhTrxの発現量〕
形質転換したレタス葉におけるhTrxの発現量を測定した。形質転換したレタスの葉から可溶性タンパク質画分を取り出すために、形質転換レタス葉は、タンパク質抽出バッファー(61.5mM KHPO、38.5mM KHPO、2mM MgCl、10mM NaCl、1mM EDTA、10mM βメルカプトエタノール、1mM PMSF)中で破砕され、その上清を得るために遠心で回収された。タンパク質の定量は、Bradford法に従った。回収された上清は、等量の2×SDSサンプルバッファー(4%SDS、0.25mMTris−HCl(pH6.8)、5%スクロース、10%βメルカプトエタノール、0.004%ブロモフェノールブルー)を添加し、100℃、5分間加熱した。この調整サンプルは、タンパク質を分離するためにSDS−PAGEに各レーン16μg量で供された。泳動後、タンパク質はクマシーブリリアントブルーで染色された。その結果、hTrxと思われるバンドが、検出された(図7)。
【0044】
〔実施例8:形質転換したレタス葉におけるhTrxの発現量の定量〕
検出されたバンドがhTrxであることを確認するために、ウェスタンブロッティングを実施した。先述の要領で用意した形質転換したレタス葉の破砕後上清の0.5μg(図8A)、1.0μg(図8B)、2.0μg(図8C)をSDS−PAGEに供した。泳動後のゲルをニトロセルロース膜に転写し、ブロッキングを行い、得られた膜をhTrxモノクローナル抗体(5000倍希釈)に反応させた。反応後、膜を洗浄し、1000倍に希釈した二次抗体(HRP標識された抗マウス抗体)と反応させた。さらに膜を洗浄した後、コニカイムノステインキット(生化学工業)でシグナルを検出した。その結果、形質転換レタスにおいて、hTrxのシグナルを検出することができた(図8A,B,C)。また、レタス葉におけるhTrx量を定量するために、精製大腸菌リコンビナントhTrxをコントロールとして50ng(図8D)、100ng(図8E)、150ng(図8F)、200ng(図8G)を用い、同様のウェスタンブロッティングを行った。なお、大腸菌リコンビナントhTrxはN末端にHisタグが付加しているため、本来のhTrxよりも分子量が大きい。大腸菌リコンビナントhTrxのシグナル強度から作製した検量線を用いて、レタス葉のhTrx量を見積もった。その結果、形質転換レタスの葉においてhTrxは可溶性タンパク質の1%を占めることが判明した。
【0045】
〔実施例9:形質転換したレタスの葉に含まれるhTrxの還元活性〕
形質転換したレタスの葉で産生されたhTrxの活性は、インシュリン還元活性で測定した。測定用タンパク質は、実施例7に記載の方法に従い調整したタンパク質抽出バッファーを用いた。インシュリンの還元に伴う650nmの吸光度の上昇は、活性測定バッファー(100mMリン酸カリウム(pH6.5)、2mM EDTA、5mM DTT、140μM インシュリン)に抽出タンパク質をそれぞれ100μg(図9A)、50μg(図9B)添加して反応させた後、分光光度計を用いて経時モニターした。対照として、野生株レタス葉からの抽出タンパク質100μg(図9C)がモニターされた。活性測定は30℃で40分間継続した。インシュリン還元活性は、形質転換レタス葉からのタンパク質でのみ確認された(図9A,B)。このことは、形質転換したレタスの葉に発現したhTrxが、機能を有していることを意味する。
【0046】
〔実施例10:形質転換したレタスの葉からhTrxを精製する方法、および精製したhTrxの活性〕
形質転換したレタスの葉からhTrxを精製するため、形質転換したレタスの葉40gが、抽出バッファー(100mM Tris−HCl(pH8.0)、2mM EDTA、5mM DTT)200mlと一緒にすり潰された(粗酵素溶液)。粗酵素溶液は、ミラクロスでろ過後、12,000g、10分間の遠心でその上清を回収した。上清に、2M酢酸ナトリウム溶液(pH4.5)を最終濃度50mMで添加した。添加後、氷中で20分間、撹拌した。この溶液は、12,000g、20分間の遠心にかけられ、その上清が回収された。この上清は、クロマトバッファーA(50mM酢酸ナトリウム(pH4.5)、2M硫酸アンモニウム)で平衡化したブチルセファロースにアプライされ、クロマトバッファーAで洗浄後、60%クロマトバッファーAでさらに洗浄された。洗浄後、60%クロマトバッファーAからクロマトバッファーB(50mM酢酸ナトリウム(pH4.5))へのリニアーグラジェントによりhTrxを含む溶出画分を得た。hTrx溶出画分は、限外濾過膜(分子量5000)で濃縮した。濃縮したサンプルは、クロマトバッファーBで平衡化したゲル濾過カラム(Hiload26/60pg、GEヘルスケア・バイオサイエンス)にアプライされ、ゲル濾過クロマトグラフィーに供された。回収されたhTrx溶出画分は、クロマトバッファーBで平衡化した陽イオン交換カラム(SPセファロース、GEヘルスケア・バイオサイエンス)に供され、クロマトバッファーAから50%クロマトバッファーB(50mM酢酸ナトリウム(pH4.5)、1MNaCl)へのリニアーグラジェントにより溶出し、精製hTrxを回収した。精製hTrxは、15%アクリルアミド濃度のゲルを使ったSDS−PAGEで分離し、クマシーブリリアントブルーで染色することにより、精製度を確認した。その結果、単一バンドとしてhTrxが精製されていることが確認された(図10)。実施例9と同様の方法で精製したhTrxのインシュリン還元活性を測定した結果、活性を有していることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】ベクターpLD6Nの模式図を表す。Prrnはタバコ葉緑体由来のrrnプロモーターを表す。aadAはスペクチノマイシン耐性遺伝子を表す。TpsbAはタバコ葉緑体由来のpsbAターミネーターを表す。PpsbAはタバコ葉緑体由来のpsbAプロモーターを表す。Trps16はタバコ葉緑体由来のrps16ターミネーターを表す。塩基配列を記載した部位はマルチクローニング領域である。NotI、NdeI、EcoRIおよびSalIは制限酵素切断部位を表す。太線部位はNdeIとEcoRIの認識配列を示す。
【図2】ベクターpRL200:hTrxの模式図を表す。rbcLはタバコ葉緑体由来のrbcL遺伝子を表す。accDはタバコ葉緑体由来のaccD遺伝子を表す。hTrxはヒトチオレドキシン遺伝子を表す。
【図3】ヒトチオレドキシン遺伝子が導入され、実施例で得られた形質転換レタスの外観を示す。Aはカルス、BおよびCは再分化した植物体を示す。
【図4】実施例で得られた葉緑体形質転換体レタスにおけるaadA遺伝子を確認するために、レタスDNA溶液を用いて行ったアガロースゲル電気泳動図である。(A)ヒトチオレドキシン遺伝子が導入されていない野生型のレタス。(BおよびC)形質転換レタスのゲノムDNA。(D)ベクターpRL200:hTrx。
【図5】実施例で得られた葉緑体形質転換体レタスにおけるhTrx遺伝子を確認するために、レタスDNA溶液を用いて行ったアガロースゲル電気泳動図である。(A)ヒトチオレドキシン遺伝子が導入されていない野生型のレタス。(BおよびC)形質転換レタスのゲノムDNA。(D)ベクターpRL200:hTrx。
【図6】実施例で得られた形質転換レタスにおける遺伝子導入された葉緑体ゲノムと遺伝子導入されずに野生型のままで残っている葉緑体ゲノムの存在を確認することにより形質転換用ベクターの遺伝子導入効率を調べた結果(電気泳動図)である。各ゲノムは、各サンプルから取り出されたDNAを鋳型としたプライマーを使用したPCR反応とアガロースゲル電気泳動により調べられた。(A)ヒトチオレドキシン遺伝子が導入されていない野生型のレタスのゲノムDNA。(BおよびC)形質転換レタスのゲノムDNA。(D)ベクターpRL200:hTrx。pRL200:hTrxには、2.4kbpの導入遺伝子を表すバンドが確認された。
【図7】形質転換レタスにおけるhTrxの発現を、実施例で得られた形質転換レタスの葉から抽出したタンパク質抽出バッファーを用いて実施したSDS−PAGEの結果である。hTrxと思われるバンドが、矢印部に現れた。
【図8】図7で出現したバンドがhTrxであることの確認および発現hTrxの定量のために実施したウェスタンブロッティングの結果である。(A)形質転換レタス葉の破砕後上清0.5μgをアプライ。(B)同1.0μgをアプライ。(C)同2.0μgをアプライ。(D)精製大腸菌リコンビナントhTrxを50ngアプライ。(E)同100ngをアプライ。(F)同150ngをアプライ。(G)同200ngをアプライ。
【図9】実施例で得られた形質転換レタスの葉で産生されたhTrxのインシュリン還元活性の測定結果である。活性測定バッファーに抽出タンパク質を100μg(A)および50μg(B)添加して反応させた後、分光光度計を用いて650nmの吸光度を経時モニターした。対照として、野生株レタス葉からの抽出タンパク質100μg(C)をモニターした。
【図10】実施例で得られた形質転換レタスの葉から抽出したhTrxを各種クロマトグラフィーにより精製し、その精製度を確認した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともヒトチオレドキシンの遺伝子及びキク科植物葉緑体ゲノム由来の遺伝子が組み込まれていることを特徴とするキク科植物(Asteraceae)の葉緑体形質転換用ベクター。
【請求項2】
前記キク科植物がレタス(Lactuca sativa L.)であることを特徴とする請求項1に記載の葉緑体形質転換用ベクター。
【請求項3】
前記葉緑体形質転換用ベクターが、2つのキク科植物葉緑体ゲノム由来の遺伝子を有し、これら2つの遺伝子の間に、少なくとも1種の制限酵素切断部位を有することを特徴とする請求項1又は2に記載の葉緑体形質転換用ベクター。
【請求項4】
前記葉緑体形質転換用ベクターが、2つのキク科植物葉緑体ゲノム由来の遺伝子を有し、これらの遺伝子が、キク科植物の葉緑体ゲノム由来のリブロース−1,5−ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ大サブユニット遺伝子とアセチルCoAカルボキシラーゼサブユニット遺伝子であって、これら遺伝子の間で、葉緑体で機能するプロモーター及びターミネーターを有し、さらに前記プロモーターとターミネーターとの間にヒトチオレドキシンをコードする塩基配列を有することを特徴とする請求項1乃至3いずれか記載の葉緑体形質転換用ベクター。
【請求項5】
前記プロモーターがタバコ由来のpsbAプロモーターであって、前記ターミネーターがリボソームタンパク質S16ターミネーターであることを特徴とする請求項4に記載の葉緑体形質転換用ベクター。
【請求項6】
前記キク科植物の葉緑体ゲノム由来のリブロース−1,5−ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ大サブユニット遺伝子と前記タバコ由来のpsbAプロモーターの間に、タバコ葉緑体ゲノム由来のrRNAオペロンのプロモーターとpsbA遺伝子のターミネーターを有し、さらに前記プロモーター及びターミネーターとの間に任意の外来遺伝子が挿入されていることを特徴とする請求項5に記載の葉緑体形質転換用ベクター。
【請求項7】
キク科植物(Asteraceae)の葉緑体に形質転換用ベクターを導入して形質転換することにより、該葉緑体においてヒトチオレドキシンが産生されていることを特徴とする形質転換キク科植物。
【請求項8】
前記キク科植物がレタス(Lactuca sativa L.)であることを特徴とする請求項7に記載の形質転換キク科植物。
【請求項9】
前記形質転換キク科植物の葉緑体における前記ヒトチオレドキシンの重量が、前記形質転換キク科植物の葉緑体中の可溶性タンパク質の1重量%以上であることを特徴とする請求項7又は8に記載の形質転換キク科植物。
【請求項10】
請求項7乃至9いずれかに記載の形質転換キク科植物から抽出されたヒトチオレドキシンを含有するヒトチオレドキシン含有組成物。
【請求項11】
前記ヒトチオレドキシン含有組成物が微生物由来のエンドトキシンを含まないことを特徴とする請求項10に記載のヒトチオレドキシン含有組成物。
【請求項12】
下記の段階を備えることを特徴とするヒトチオレドキシン産生形質転換キク科植物の製造方法であって、
(1)ヒトチオレドキシンの遺伝子を含有するキク科植物の葉緑体形質転換用ベクターを製造する段階
(2)前記ベクターを、キク科植物の葉緑体に導入する段階
前記工程(1)において製造されるベクターが、少なくともヒトチオレドキシンの遺伝子及び2つのキク科植物葉緑体ゲノム由来の遺伝子を有し、前記キク科植物葉緑体ゲノム由来の遺伝子が、キク科植物の葉緑体ゲノム由来のリブロース−1,5−ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ大サブユニット遺伝子とアセチルCoAカルボキシラーゼサブユニット遺伝子であって、これら遺伝子の間に、葉緑体で機能するプロモーター及びターミネーターを有し、さらに前記プロモーターとターミネーターとの間にヒトチオレドキシンをコードする塩基配列を有することを特徴とする製造方法。
【請求項13】
前記プロモーターが、タバコ由来のpsbAプロモーターであって、前記ターミネーターが、リボソームタンパク質S16ターミネーターであることを特徴とする請求項12に記載の製造方法。
【請求項14】
前記キク科植物の葉緑体ゲノム由来のリブロース−1,5−ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ大サブユニット遺伝子と前記タバコ由来のpsbAプロモーターの間に、タバコ葉緑体ゲノム由来のrRNAオペロンのプロモーターとpsbA遺伝子のターミネーターを有し、さらに前記プロモーター及びターミネーターとの間に任意の外来遺伝子が挿入されていることを特徴とする請求項13に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−207398(P2009−207398A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−52709(P2008−52709)
【出願日】平成20年3月3日(2008.3.3)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、経済産業省、「植物機能を活用した高度モノ作り基盤技術開発/植物利用高付加価値物質製造基盤技術開発」委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504143441)国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学 (226)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】