説明

キチン分解物の製造方法

【課題】キチン含有原料から効率的にキチンの結晶化度を低下させた低結晶性キチンを基質として酵素反応を行うことで、キチン分解物を効率的に得ることができる、生産性に優れたキチン分解物の製造方法を提供する。
【解決手段】キチンの結晶化度が35%を超えるキチン含有原料から調製した低結晶性キチンを糖化する方法であって、該キチン含有原料から水を除いた残余成分中のキチンの含有量が10質量%以上であり、該キチン含有原料の水分含量が0.01〜25質量%であり、かつ該キチン含有原料を振動ミル又は媒体撹拌式ミルで粉砕処理して、該キチンの結晶化度を30%以下に低減した低結晶性キチンを調製した後に、該低結晶性キチンにキチン分解酵素を作用させ糖化する、キチン分解物の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キチン分解物の製造方法に関し、医療用、化粧品用、健康食品用等の各種分野に応用できるキチン分解物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キチンは、えび、かに等の甲殻類、カブトムシ、コオロギ等の昆虫類、キノコ類、微生物の細胞壁等に含まれ、生物体の骨格や外皮の形成にあずかっている主要有機成分であり、自然界に広くかつ豊富に分布している物質である。
キチンは、N−アセチル−D−グルコサミンのβ−1,4結合よりなる多糖類であって、化学的に極めて安定なため、温和な条件では殆どの試薬とは反応せず、これまでキチンをそのままの形で溶かす適当な溶剤も見出されていなかったので、極めて取り扱いにくいものとされていた。
【0003】
一方、近年、キチンの加水分解物、例えばキチンオリゴ糖、N−アセチル−D−グルコサミン、キトサンオリゴ糖、グルコサミン等は、医薬、化粧品、肥料、健康食品等としての利用が期待されている。
キチンにキチナーゼ等の酵素を作用させてこれらキチンの加水分解物を製造する際には、その前工程としてキチン結晶構造が低結晶化されたキチンにすることが知られている(例えば、特許文献1、2及び非特許文献1参照)。特許文献1には、水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等のアルカリ水溶液を用いて非晶化させたキチンを基質とする、酵素によるN−アセチル−D−グルコサミンの製造方法が開示されている。また、特許文献2には、キチン原料を、キチン質の結晶化度として70%以下になるように微粉砕するキチン原料微粉砕工程と、微粉砕されたキチン原料を加水分解するキチン加水分解工程とを含むキチン分解物の製造方法が開示されている。さらに、非特許文献1には、遊星ボールミルを用いてα−キチンを摩砕処理してアモルファスなキチン微粒子を得る方法が提案されている。
しかし、これらの方法は、キチンの結晶化度を低減させるにあたり、効率性及び生産性において満足できるものではない。
【0004】
さらに、キチンの糖化方法としては、燐酸や酢酸等の溶剤により膨潤させたキチンを酵素処理する方法(例えば、特許文献3参照)や、粉砕機により微粉末化したキチンを酵素処理する方法(例えば、特許文献4参照)が知られている。
しかし、これらの方法は、糖化効率、生産性において満足できるものではない。
【0005】
また、キチンを機械的に粉砕処理して、微粒子キチンを得る方法として、例えば、特許文献5には、乾式メディアミルにより粗粉砕したキチン質を、湿式メディアミルで微粒化する方法が開示されている。しかし、特許文献5にはキチンの結晶化度についての記載はなく、多量の水を使用する方法が開示されている。また、特許文献6及び7には、低分子化したキチンを最終的にボールミルあるいはジェットミルで粉砕し、粉末化する方法が開示されている。しかし、特許文献6及び7には粉砕処理するときのキチンに含有される水分含量やキチンの結晶化度についての記載はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−78795号公報
【特許文献2】特開2008−212025号公報
【特許文献3】特開2007−97466号公報
【特許文献4】特表2000−513925号公報
【特許文献5】特開平6−41315号公報
【特許文献6】特開2006−348093号公報
【特許文献7】特開2007−2095号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】大島和浩,「α−キチン構造に及ぼす摩砕処理効果」苫小牧工業高等専門学校紀要,2005年3月31日,第40号,31−34頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、キチン含有原料からキチンの結晶化度を低下させた低結晶性キチンを基質として、キチン分解酵素による酵素反応を行うことで、キチン分解物を効率的に得ることができる、生産性に優れたキチン分解物の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、特定のキチン含有原料を出発原料として、振動ミル又は媒体撹拌式ミルで粉砕処理(非晶化処理)を行った後にキチナーゼ等のキチン分解酵素による酵素反応を行うことにより、前記課題を解決できることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は、キチンの結晶化度が35%を超えるキチン含有原料から調製した低結晶性キチンを糖化する方法であって、該キチン含有原料から水を除いた残余成分中のキチンの含有量が10質量%以上であり、該キチン含有原料の水分含量が0.01〜25質量%であり、かつ該キチン含有原料を振動ミル又は媒体撹拌式ミルで粉砕処理して、該キチンの結晶化度を30%以下に低減した低結晶性キチンを調製した後に、該低結晶性キチンにキチン分解酵素を作用させ糖化する、キチン分解物の製造方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明のキチン分解物の製造方法は、キチン含有原料からキチンの結晶化度を低下させた低結晶性キチンを効率よく得ることができ、該低結晶性キチンを基質として酵素反応を行うことで、キチン分解物を効率的に生産することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のキチン分解物の製造方法は、キチンの結晶化度が35%を超えるキチン含有原料から調製した低結晶性キチンを糖化する方法であって、該キチン含有原料から水を除いた残余成分中のキチンの含有量が10質量%以上であり、該キチン含有原料の水分含量が0.01〜25質量%であり、かつ該キチン含有原料を振動ミル又は媒体撹拌式ミルで粉砕処理して、該キチンの結晶化度を30%以下に低減した低結晶性キチンを調製した後に、該低結晶性キチンにキチン分解酵素を作用させ糖化する、キチン分解物の製造方法である。なお、本明細書において、上記粉砕処理を、非晶化処理ということがある。
【0013】
[キチン含有原料]
本発明に用いられるキチン含有原料は、該原料から水を取り除いた残余成分中のキチンの含有量が10質量%以上、好ましくは15質量%以上、より好ましくは40質量%以上、さらに好ましくは60質量%以上のものである。
前記キチン含有原料としては、特に制限がなく、本来的にはキチン類含有生物中のキチン類のいずれも本発明に使用することができるが、例えば、かに、えび等の甲殻類の甲殻、微生物の細胞壁、キノコ等を例示することができる。これらの中で、資源が豊富であり、収穫がしやすい等の理由から、かに、えび、シャコ等の甲殻、あるいはイカの甲を好ましく使用することができる。
前記キチン含有原料から水を除いた残余成分中のキチンの含有量は、従来知られている、例えばハックマンの方法あるいはその改良法によってキチンを単離精製することで、算出することが可能である。
市販のキチンの場合、水を取り除いた残余成分中のキチン含有量は、一般には85〜99質量%であり、他の成分としてタンパク質、炭酸カルシウム等の無機物等を含む。
【0014】
また、本発明における非晶化処理に用いるキチン含有原料中の水分含量は、0.01〜25質量%であり、0.01〜20質量%が好ましく、0.01〜15質量%がより好ましく、0.01〜10質量%が更に好ましく、0.01〜7質量%が更に好ましく、0.01〜5質量%が更に好ましく、0.01〜3質量%が更に好ましい。キチン含有原料中の水分含量が25質量%以下であれば、容易に粉砕ができるとともに、後述する粉砕処理により結晶化度を容易に低減化させることができ、その後のキチン分解物の生産を効率よく行うことができる。キチン含有原料中の水分含量が25質量%を超える場合には、後述する非晶化処理の前に、公知の方法によりキチン含有原料中の水分含量を上記範囲になるように調整することが好ましい。
天然由来のキチン含有原料に含まれるキチンには、α及びβの2種の結晶形が知られている。α−キチンは、かに、えび等の甲殻類の甲殻に多く含有されている。β−キチンは、イカ等の軟体動物の軟骨に多く含有されている。本発明に用いるキチン含有原料に含まれるキチンとしては、生産効率の観点から、α−キチンが好ましい。
【0015】
[キチンの結晶化度]
本発明において製造される低結晶性キチンは、キチンの結晶化度を30%以下に低下させたものである。キチンの結晶化度は、X線回折法による回折強度値から算出される。具体的には、非干渉性散乱や格子の乱れ等の影響を考慮しないで、プロファイル・フィッティングの手法を用いて、結晶性回折線と非晶成分によるハロー部分とにピーク分離し、得られた各ピークの積分強度から、下記計算式(1)によりキチンの結晶化度を算出する。
キチン結晶化度(%)=[ΣIα/(ΣIα+ΣIam)]×100 (1)
[ΣIαは、結晶性回折線の各ピークの積分強度の和、ΣIamは、非晶成分によるハロー(アモルファス部)の回折線の各ピークの積分強度の和である。]
【0016】
また、「低結晶性」とは、キチンの結晶構造において非結晶部分の割合が多い状態を示し、具体的には上記式(1)から算出されるキチンの結晶化度が30%以下であることを意味し、該結晶化度が0%の完全非晶化の場合を含む。
キチンの結晶化度が30%以下であれば、キチンの反応性が向上し、例えば、キチン分解物の製造において、キチン分解酵素を加えた際に酵素糖化反応の反応転化率を向上させることができる。この観点から、結晶化度としては、20%以下が好ましく、10%以下がより好ましい。さらに、結晶化度の分析で、キチンの結晶部分が検出されない0%が特に好ましい。なお、キチンの結晶化度は、その値が大きいほど、キチンの結晶性が高く、非結晶部分が少ないため、反応性が低下する。
【0017】
本発明における粉砕処理(非晶化処理)には、粉砕、非晶化をより効率的に行う観点から、嵩密度が50kg/m3以上のキチン含有原料を用いることが好ましい。この嵩密度が50kg/m3以上であれば、キチン含有原料が適度な容積を有するために取扱い性が向上する。また、粉砕機への原料仕込み量を多くすることができるので、処理能力が向上する。これらの観点から、キチン含有原料の嵩密度は60kg/m3以上がより好ましく、75kg/m3以上が更に好ましい。一方、キチン含有原料の嵩密度の上限は、取り扱い性及び生産性の観点から、好ましくは500kg/m3以下、より好ましくは400kg/m3以下である。
また、本発明における粉砕処理(非晶化処理)には、上記と同様の観点から、平均粒径が0.01〜1mmのキチン含有原料を用いることが好ましい。キチン含有原料の平均粒径は、より好ましくは0.01〜0.7mm、更に好ましくは0.05〜0.5mmである。
【0018】
[キチン含有原料の前処理]
本発明では、キチン含有原料として、嵩密度が50kg/m3未満又は平均粒径が1mmを超えるものを用いる場合、キチン含有原料を前処理することが好ましい。前処理としては、例えば、一般的な粉砕機や押出機等、好ましくは衝撃式の粉砕機や押出機を用いて、キチン含有原料を処理することで、キチン含有原料の嵩密度及び平均粒径を好ましい範囲にすることができる。
前記キチン含有原料を、好ましくは衝撃式の粉砕機や押出機で処理することにより、圧縮せん断力を作用させ、キチンの結晶構造を破壊して、キチンの含有原料を粉末化させ、所望の平均粒径及び嵩密度を有する粉砕原料が得られ、後述する粉砕処理における取扱い性を向上させることができる。
【0019】
圧縮せん断力を作用させて機械的に粉砕する、衝撃式の粉砕機(あるいは破砕機)としては、例えば、ハンマーミル(株式会社ダルトン製)、自由型粉砕機ピンミル(株式会社奈良機械製作所製)、フィッツミル(株式会社ダルトン製)、パワーミル(パウレック株式会社製)、コーミル〔クアドロ(Quadoro)社製〕、カッターミル等が挙げられる。
【0020】
押出機としては、単軸、二軸のどちらの形式でもよいが、搬送能力を高める等の観点から、二軸押出機が好ましい。
二軸押出機としては、シリンダの内部に2本のスクリューが回転自在に挿入された押出機であり、従来から公知のものが使用できる。2本のスクリューの回転方向は、同一でも逆方向でもよいが、搬送能力を高める観点から、同一方向の回転が好ましい。
また、スクリューの噛み合い条件としては、完全噛み合い、部分噛み合い、非噛み合いの各形式の押出機のいずれでもよいが、処理能力を向上させる観点から、完全噛み合い型、部分噛み合い型が好ましい。
【0021】
押出機としては、強い圧縮せん断力を加える観点から、スクリューのいずれかの部分に、いわゆるニーディングディスク部を備えることが好ましい。ニーディングディスク部とは、複数のニーディングディスク、例えば3〜20枚、好ましくは6〜16枚のニーディングディスクで構成され、これらを連続して、一定の位相で、例えば90°ずつに、ずらしながら組み合わせたものであり、スクリューの回転にともなって、狭い隙間にキチン含有原料を強制的に通過させることで極めて強いせん断力を付与することができる。スクリューの構成としては、ニーディングディスク部と複数のスクリュエレメントとが交互に配置されることが好ましい。二軸押出機の場合、2本のスクリューが、同一の構成を有することが好ましい。
【0022】
前処理の方法としては、前記キチン含有原料を衝撃式の粉砕機又は押出機に投入し、連続的に処理する方法が好ましい。せん断速度としては、10sec-1以上が好ましく、20〜30000sec-1がより好ましく、50〜3000sec-1が更に好ましく、500〜3000sec-1が更に好ましい。その他の処理条件としては、特に制限はなく、処理温度が好ましくは5〜200℃である。
また、押出機によるパス回数としては、1パスでも十分効果を得ることができるが、キチンの嵩密度及び平均粒径を低下させる観点から、1パスで不十分な場合は、2パス以上行うことが好ましい。また、生産性の観点からは、1〜10パスが好ましい。パスを繰返すことにより粗大粒子が粉砕され、粒径のばらつきが少ない粉末状のキチン含有原料を得ることができる。2パス以上行う場合、生産能力を考慮し、複数の押出機を直列に並べて処理を行ってもよい。
【0023】
[粉砕処理(非晶化処理)]
本発明では、粉砕機として振動ミル又は媒体撹拌式ミルを用いて、キチン含有原料を粉砕処理することにより、該原料中のキチンの結晶化度を効率的に低減させる。
本発明で用いられる振動ミルとしては、中央化工機株式会社製の振動ミル、ユーラステクノ株式会社製のバイブロミル、株式会社吉田製作所製の小型振動ロッドミル1045型、ドイツのフリッチュ社製の振動カップミルP−9型、日陶科学株式会社製の小型振動ミルNB−O型等を用いることができる。媒体としてロッド又はボールを振動ミルに充填することが好ましい。
【0024】
一方、媒体撹拌式ミルとしては、タワーミル等の塔型粉砕機;アトライター、アクアマイザー、サンドグラインダー等の撹拌槽型粉砕機;ビスコミル、パールミル等の流通槽型粉砕機;流通管型粉砕機;コボールミル等のアニュラー型粉砕機;連続式のダイナミック型粉砕機等が挙げられる。この中で、粉砕効率が高く、生産性の観点から、撹拌槽型粉砕機が好ましい。
粉砕機の種類は「化学工学の進歩 第30集 微粒子制御」(社団法人 化学工学会東海支部編、1996年10月10日発行、槇書店)を参照することができる。
振動ミル又は媒体撹拌式ミルの処理方法としては、バッチ式、連続式のどちらでも良い。
【0025】
粉砕機に充填する媒体の形状としては、ロッド又はボールが好ましい。
媒体の材質としては、特に制限がなく、例えば、鉄、ステンレス、アルミナ、ジルコニア、炭化珪素、窒化珪素、ガラス等が挙げられる。
ロッドとは、棒状の媒体であり、ロッドの断面が四角形、六角形等の多角形、円形、楕円形等のものを用いることができる。
本発明における粉砕処理としては、キチンの結晶化度を効率よく低下させる観点から、ロッドを充填した振動ミルを用いて処理することが好ましい。
【0026】
振動ミル又は媒体撹拌式ミル処理において、媒体がロッドの場合には、ロッドの外径としては、好もしくは0.5〜200mm、より好ましくは1〜100mm、更に好ましくは5〜50mmの範囲である。ロッドの長さとしては、粉砕機の容器の長さよりも短いものであれば特に限定されない。ロッドの大きさが上記の範囲であれば、所望の粉砕力が得られるとともに、ロッドのかけら等が混入してキチン含有原料が汚染されることなく効率的にキチンを非晶化させることができる。
【0027】
ロッドの充填率は、粉砕機の機種により好適な範囲が異なるが、好ましくは10〜97%、より好ましくは15〜95%の範囲である。充填率がこの範囲内であれば、キチンとロッドとの接触頻度が向上するとともに、媒体の動きを妨げずに、粉砕効率を向上させることができる。ここで、充填率とは、粉砕機の容積に対するロッドのみかけの体積をいう。
【0028】
振動ミル又は媒体撹拌式ミル処理において、媒体がボールである場合には、ボールの外径としては、好ましくは0.1〜100mm、より好ましくは0.5〜50mmの範囲である。ボールの大きさが上記の範囲であれば、所望の粉砕力が得られるとともに、ボールのかけら等が混入してキチン含有原料が汚染されることなく効率的にキチンを非晶化させることができる。
ボールの充填率は、粉砕機の機種により好適な充填率が異なるが、好ましくは10〜97%、より好ましくは15〜95%の範囲である。充填率がこの範囲内であれば、キチン含有原料を効率よく非晶化することができる。
媒体撹拌式ミルを用いる場合の撹拌翼の先端の周速は、好ましくは0.5〜20m/s、より好ましくは1〜15m/sである。
【0029】
振動ミル又は媒体撹拌式ミルの処理時間としては、粉砕機の種類、媒体の種類、大きさ及び充填率等により一概に決定できないが、キチンの結晶化度を効率よく低下させる観点から、好ましくは0.01〜50Hr、より好ましくは0.05〜20Hr、更に好ましくは0.1〜10Hr、更に好ましくは0.1〜5Hrである。処理温度は特に制限がないが、熱による劣化を防ぐ観点から、好ましくは5〜250℃、より好ましくは10〜200℃である。
【0030】
上記の処理方法により、前記キチン含有原料からキチンの結晶化度が30%以下の非晶化キチンを効率よく得ることができ、粉砕機内部に粉砕物が固着せずに、乾式にて処理することができる。
得られる低結晶キチンの平均粒径は、この低結晶性キチンを工業原料として用いる際の反応性及び取扱い性の観点から、好ましくは25〜150μm、より好ましくは30〜100μmである。特に平均粒径が25μm以上であれば、低結晶性キチンを水等の液体と接触させたときに「ママコ」になることを抑えることができる。
【0031】
[キチン分解酵素による糖化]
上述した処理にて得られた低結晶性キチンは、その結晶化度が低いためにキチン分解酵素による酵素処理により、N−アセチル−D−グルコサミン及びキチンオリゴ糖等のキチン分解物が得られ、効率よく目的とするキチン分解物の混合物を得ることができる。ここでいうキチンオリゴ糖とは、ジ−N−アセチルキトビオース、トリ−N−アセチルキトトリオース、テトラ−N−アセチルキトテトラオース、ペンタ−N−アセチルキトペンタオース、ヘキサ−N−アセチルキトヘキサオース等といったキチン分解物を指す。
キチン分解酵素としては、キチナーゼ、キトビアーゼ(β−N−アセチルヘキソサミニダーゼ)及びリゾチーム等が挙げられる。中でも、効率よくキチン分解物を得る観点から、キチナーゼが好ましい。ここでいうキチン分解酵素とは、キチンのβ−1,4−グリコシド結合を加水分解等により切断する酵素を指す。また、ここでいうキチナーゼとは、エンドキチナーゼ、エクソキチナーゼ、キトサナーゼ、及びβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ等と称される酵素の総称である。
【0032】
かかる糖化の処理に使用されるキチン分解酵素としては特に制限はなく、市販のキチン分解酵素、動物、植物、微生物由来のものを使用することができる。キチナーゼの例としては、フルカ社等のストレプトマイセス グリセウス(Streptomyces griseus)、和光純薬工業株式会社等のバチルス エスピー(Bacillus sp.)、シグマ社等のセラチア マルセセンス(Serratia marcescens)由来の市販キチナーゼやバチルス エスピー(Bacillus sp.)T−48株(FERM P−21452)等の株由来のキチナーゼ、更には、バチルス サーキュランス(Bacillus circulans)、バチルス リケニフォルミス(Bacillus licheniformis)、ビブリオ アルギノリティカス(Vibrio alginolyticus)、バークホルデリア グラディオリ(Burkholderia gladioli)、クロストリジウム サーモセラム(Clostridium thermocellum)、ストレプトマイセス コエリカラー(Streptomyces coelicolor)、アスペルギルス フミガタス(Aspergillus fumigatus)、ヒポクレア リクシイ(Hypocrea lixii)由来のキチナーゼ混合物やパイロコッカス フリオシス(Pyrococcus furiosus)由来の耐熱性キチナーゼ等が挙げられる。これらの中で、好ましくはストレプトマイセス グリセウス(Streptomyces griseus)由来のキチナーゼ、例えばキチナーゼ(フルカ社)を用いることにより、効率良くキチン分解物を製造することができる。
またこれらの酵素に対してキトビアーゼ等の他のキチン分解酵素を更に添加することによってキチン分解物の製造効率を向上させることもできる。添加するキトビアーゼの例としては、ペニシリウム オキサリカム(Penicillium oxalicum)由来の酵素(例えば、生化学バイオビジネス株式会社)やセルロモナス フィミ(Cellulomonas fimi)由来の酵素等が挙げられる。
【0033】
上述した処理により得られた低結晶性キチンをキチン分解酵素による酵素処理で糖化する場合の反応条件について、上述したキチン含有原料の粉砕処理により得られた低結晶性キチンの結晶化度や使用する酵素により適宜選択することができる。例えば、キチン分解酵素としてフルカ社製のキチナーゼを使用し、試薬キチン由来の結晶化度0%のキチンを基質とする場合は、0.5〜20%(w/v)の基質懸濁液に対して、フルカ社製キチナーゼを0.001〜15%(w/v)(タンパク質として0.0034〜5.2%相当)となる様に添加し、pH2〜10(用いる酵素の種類により適当なpHを選ぶことが好ましく、フルカ社製キチナーゼを用いる場合、好ましくはpH3〜7、特に好ましくはpH5付近)の緩衝液中、反応温度10〜90℃(用いる酵素の種類により適当な温度を選ぶことが好ましく、フルカ社製キチナーゼを用いる場合、好ましくは20〜70℃、特に好ましくは約50℃)で、反応時間0.5〜10日間、好ましくは0.5〜7日間反応させることによりキチン分解物を製造することができる。
【実施例】
【0034】
キチン含有原料及び低結晶性キチンの嵩密度、平均粒径、結晶化度、キチン含有原料の水分含量、及びキチン含有原料から水を除いた残余成分中のキチン含有量の測定は、下記に記載の方法で行った。また、低結晶性キチン等の各種キチンの糖化反応は、下記に記載の条件により行った。
【0035】
(1)嵩密度の測定
嵩密度は、ホソカワミクロン株式会社製の「パウダーテスター」を用いて測定した。測定は、サンプルを規定の容器(容量100mL)に投入し、該容器中のサンプルの質量を測定することにより算出した。
(2)平均粒径の測定
平均粒径は、レーザ回折/散乱式粒度分布測定装置「LA−920」(株式会社堀場製作所製)を用いて測定した。測定条件は、試料測定前に超音波で1分間処理し、測定時の分散媒体として水を用い、体積基準のメジアン径を、温度25℃にて測定した。
【0036】
(3)結晶化度の算出
キチンの結晶化度は、サンプルのX線回折強度を、株式会社リガク製の「Rigaku RINT 2500VC X-RAY diffractometer」を用いて以下の条件で測定し、前記計算式に基づいて算出した。
測定条件は、X線源:Cu/Kα−radiation,管電圧:40kV,管電流:120mA,測定範囲:回折角:5〜45°で測定した。測定用サンプルは、面積320mm2×厚さ1mmのペレットを圧縮し作製した。X線のスキャンスピードは10°/minで測定した。
(4)水分含量の測定
水分含量は、赤外線水分計(株式会社ケット科学研究所製、「FD−610」)を使用し、150℃にて測定を行った。
(5)キチン含有量の測定
キチン含有原料から水を除いた残余成分中のキチン含有量は、キチンを塩酸加水分解し、その加水分解物中のD−グルコサミン(GlcN)の量をアミノ酸自動分析機で測定し、キチン含有量を算出した。
【0037】
(6)糖化反応
酵素による糖化反応は以下の様な条件で行った。適当量の低結晶性キチン等の各種キチン基質を3mLの酵素反応液(100mMクエン酸緩衝液(pH5.0)、蓋つきスクリュー管(No.5、φ27×55mm 株式会社マルエム)に懸濁し、適量のキチン分解酵素を加えて50℃で振とう攪拌(150rpm、タイテック株式会社製恒温振とう機「BR−15CF」)しながら、所定の時間で反応させた。反応終了後、遠心分離(17,000×g、5分間)によって沈殿物と上清液を分離し、上清液に遊離した還元糖量を以下に示すDNS法及びHPLC法によって定量した。また対照として未反応の酵素反応液についても同様の解析を行った。
【0038】
(7)DNS法(生物化学実験法 還元糖の定量法 学会出版センター)による糖の定量
DNS溶液(0.5質量% 3,5−ジニトロサリチル酸、30質量%酒石酸ナトリウムカリウム四水和物、1.6質量%水酸化ナトリウム)1mLに適量の上清液を加え、100℃で5分間加熱発色させ、冷却後、波長535nmで比色定量した。N−アセチル−D−グルコサミンを標準糖とした検量線より上清中の還元糖量を計算した。なお、本法では生成糖の種類によりN−アセチル−D−グルコサミンとは発色の程度が異なるため、以下のHPLC法等とは異なる値が得られる場合もある。
【0039】
(8)HPLC法による糖の定量
株式会社日立ハイテクノロジーズ社製のLaChrom Eliteクロマトグラフィーシステム;カラム:Asahipak NH2P−50 4E(Shodex社 4.6×250mm)、検出器:L-2490形RI検出器、溶離液:70%(v/v)アセトニトリル溶液を用い、流速1mL/分でアイソクラティックにより糖を分析した。標準として1%(w/v)のN−アセチル−D−グルコサミン(和光純薬工業株式会社製)、ジ−N−アセチルキトビオース(生化学工業株式会社製)を用いた。
(9)タンパク質の定量
DCプロテインアッセイキット(バイオ・ラッド・ラボラトリーズ株式会社製)を使用し、ウシ血清アルブミンを標準タンパク質とした検量線よりタンパク質量を計算した。
【0040】
製造例1
キチン含有原料として、キチン(和光純薬工業株式会社製試薬、キチン含有原料から水を除いた残余成分中のキチン含有量92.3質量%、キチン中の水分含量2.3質量%、キチンの結晶化度44%、平均粒径165μm、嵩密度107kg/m3)80gを振動ミル(中央化工機株式会社製、「MB−1」、容器全容量3.5L)に投入し、ロッド(断面形状:円形、直径:30mm、長さ:218mm、材質:ステンレス)11本を振動ミルに充填(充填率50%)して、振幅8mm、回転数1200cpmの条件で1時間処理を行った。得られた低結晶性キチンの結晶化度は0%、平均粒径は48μmであり、その温度は、粉砕処理に伴う発熱により40℃であった。粉砕処理終了後、振動ミル内の壁面や底部にキチンの固着物等はみられなかった。結果を表1に示す。
【0041】
製造例2〜5
表1に示すキチン含有原料を用いて、振動ミルの処理時間を表1に示す時間としたこと以外は、製造例1と同様に操作して低結晶性キチンを得た。結果を表1に示す。
【0042】
製造例6
表1に示すキチン含有原料を用い、粉砕機及び媒体の種類を、バッチ式媒体撹拌式ミル(「サンドグラインダー」:容器容積800mL、5mmφジルコニアボールを720g充填、充填率25%、撹拌翼径70mm)に変えて、処理条件を撹拌回転数2000rpm、撹拌速度7.3m/sとし、処理時間を4時間としたこと以外は、製造例1と同様に操作して低結晶性キチンを得た。得られた低結晶性キチンの温度は、処理に伴う発熱により30〜70℃であった。粉砕処理終了後、媒体撹拌式ミル内の壁面や底部にキチンの固着物等はみられなかった。結果を表1に示す。
【0043】
製造例7〜8
キチン含有原料として、かに殻(三陸フィッシュミール株式会社製、キチン含有原料から水を除いた残余成分中のキチン含有量18.1質量%、かに殻中の水分含量8.9質量%、最大20mm×20mm×1.5mmのチップ状、嵩密度313kg/m3)80gをカッターミル(株式会社ダルトン製、「P−02S型」)に投入し、回転数3000rpmの条件で0.3時間処理した。
次に、カッターミル処理して得られたキチン含有原料(キチン含有原料から水を除いた残余成分中のキチン含有量18.1質量%、かに殻中の水分含量8.9質量%、キチンの結晶化度50%、平均粒径212μm、嵩密度387kg/m3)を用いて、媒体撹拌式ミルの処理時間を表1に示す時間に変えたこと以外は、製造例6と同様に操作して低結晶性キチンを得た。結果を表1に示す。
【0044】
【表1】

【0045】
比較製造例1
製造例3で使用したキチン含有原料のキチンの結晶化度及び平均粒径を表2に示す。
【0046】
比較製造例2及び4
表2に示すキチン含有原料80gをカッターミル(株式会社ダルトン製、「P−02S型」)に投入し、回転数3000rpmの条件で0.3時間処理した。その結果、低結晶性キチンではなく結晶性キチンが得られた。その温度は、処理に伴う発熱により35℃であった。結果を表2に示す。
【0047】
比較製造例3
キチン(和光純薬工業株式会社製試薬、キチン含有原料から水を除いた残余成分中のキチン含有量92.3質量%)80gをカッターミル(株式会社ダルトン製、「P−02S型」)に投入し、回転数3000rpmの条件で0.3時間処理した。
次に、カッターミル処理して得られたキチン(水分含量28.2質量%、平均粒径226μm、嵩密度134kg/m3)80gを振動ミルに投入し、処理時間を4時間としたこと以外は、製造例1と同様に操作した。その結果、低結晶性キチンではなく結晶性キチンが得られた。結果を表2に示す。
【0048】
【表2】

【0049】
実施例1及び2と比較例1
実施例1及び2として、製造例3及び4におけるロッドを充填した振動ミル処理によって調製した低結晶性キチン(実施例1;結晶化度0%、平均粒径59μm、実施例2;結晶化度17%、平均粒径61μm)、ならびに比較例1として、比較製造例1における結晶性キチン(結晶化度37%、平均粒径155μm)のキチナーゼ酵素標品(キチナーゼ、フルカ社製)による糖化反応を行った。低結晶性キチンまたは結晶性キチン0.03gを3mLの酵素反応液(100mMクエン酸緩衝液(pH5.0)、0.1%(w/v)キチナーゼ(タンパク質0.034%相当))に懸濁し、50℃で振とう攪拌しながら反応時間6時間、24時間、48時間、104時間及び147時間の酵素反応を行った。反応終了後、遠心分離によって沈殿物と上清液を分離し、上清液に遊離した還元糖量をDNS法によって定量(N−アセチル−D−グルコサミン換算)した。結果を表3に示す。
【0050】
【表3】

【0051】
実施例3
実施例1で得られた糖化液上清(反応147時間)を、株式会社日立ハイテクノロジーズ社製のLaChrom Eliteクロマトグラフィーシステムにて以下に示す方法によって分析した。
カラム:Asahipak NH2P−50 4E〔ショウデックス(Shodex)社 4.6×250mm〕、検出器:L-2490形RI検出器、溶離液:70%(v/v)アセトニトリル溶液を用い、流速1mL/分でアイソクラティックにより糖を分析した。標準として1%(w/v)のN−アセチル−D−グルコサミン(和光純薬工業株式会社製)、ジ−N−アセチルキトビオース(生化学工業株式会社製)を用いた。N−アセチル−D−グルコサミンは保持時間約4.7分、ジ−N−アセチルキトビオースは約5.4分にピークが現われた。糖化液上清は2倍希釈し、20μLを注入した。結果を表4に示す。
【0052】
【表4】

【0053】
実施例4及び比較例2
実施例4として、製造例6におけるボールを充填した媒体攪拌式ミル処理によって調製した低結晶性キチン(結晶化度0%、平均粒径28μm)、ならびに比較例2として、比較製造例1における結晶性キチン(結晶化度37%、平均粒径155μm)のキチナーゼ酵素標品(キチナーゼ、フルカ社製)による糖化反応を行った。低結晶性キチンまたは結晶性キチン0.03gを3mLの酵素反応液(100mMクエン酸緩衝液(pH5.0)、0.1%(w/v)キチナーゼ(タンパク質0.034%相当))に懸濁し、50℃で振とう攪拌しながら反応時間3時間、6時間、24時間、32時間、48時間及び148時間の酵素反応を行った。反応終了後、遠心分離によって沈殿物と上清液を分離し、上清液に遊離した還元糖量をDNS法によって定量(N−アセチル−D−グルコサミン換算)した。結果を表5に示す。
【0054】
【表5】

【0055】
実施例5及び6と比較例3
実施例5及び6として、製造例7及び8におけるキチン含有原料としてかに殻を用い、ボールを充填した媒体攪拌式ミル処理によって調製した低結晶性キチン(実施例5;結晶化度0%、平均粒径11μm、実施例6;結晶化度0%、平均粒径10μm)、ならびに比較例3として、比較製造例4におけるキチン含有原料としてかに殻を用い、カッターミル処理によって調製した結晶性キチン(結晶化度50%、平均粒径212μm)のキチナーゼ酵素標品(キチナーゼ、フルカ社製)による糖化反応を行った。低結晶性キチンまたは結晶性キチン0.03gを3mLの酵素反応液(100mMクエン酸緩衝液(pH5.0)、0.1%(w/v)キチナーゼ(タンパク質0.034%相当))に懸濁し、50℃で振とう攪拌しながら反応時間6時間、24時間、72時間及び168時間の酵素反応を行った。反応終了後、遠心分離によって沈殿物と上清液を分離し、上清液に遊離した還元糖量をDNS法によって定量(N−アセチル−D−グルコサミン換算)した。結果を表6に示す。
【0056】
【表6】

【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明のキチン分解物の製造方法は、生産性に優れ、キチン分解物を効率的に得ることができる。得られたキチン分解物は医療、化粧品、健康食品等の各種分野において有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キチンの結晶化度が35%を超えるキチン含有原料から調製した低結晶性キチンを糖化する方法であって、該キチン含有原料から水を除いた残余成分中のキチンの含有量が10質量%以上であり、該キチン含有原料の水分含量が0.01〜25質量%であり、かつ該キチン含有原料を振動ミル又は媒体撹拌式ミルで粉砕処理して、該キチンの結晶化度を30%以下に低減した低結晶性キチンを調製した後に、該低結晶性キチンにキチン分解酵素を作用させ糖化する、キチン分解物の製造方法。
【請求項2】
粉砕処理が、ロッドを充填した振動ミルを用いた処理である、請求項1に記載のキチン分解物の製造方法。
【請求項3】
キチン含有原料の平均粒径が、0.01〜1mmである請求項1又は2に記載のキチン分解物の製造方法。
【請求項4】
粉砕処理時間が、0.01〜50Hrである、請求項1〜3のいずれかに記載のキチン分解物の製造方法。
【請求項5】
キチン含有原料がα−キチンである、請求項1〜4のいずれかに記載のキチン分解物の製造方法。
【請求項6】
キチン分解酵素がキチナーゼである、請求項1〜5のいずれかに記載のキチン分解物の製造方法。

【公開番号】特開2010−193858(P2010−193858A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−45897(P2009−45897)
【出願日】平成21年2月27日(2009.2.27)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】