キトサンマトリックス並びにそれを用いた細胞培養基材、創傷被覆材及び神経再生材
【課題】細胞の接着性に優れ、且つ細胞が増殖しやすいキトサンマトリックスを提供する。
【解決手段】エレクトロスピニング等により形成されたキトサン繊維の繊維集合体で、キトサン繊維の少なくとも表面を、スルホン化キトサンを含む溶液に浸漬しスルホン化キトサンを吸着させたり、キトサン繊維集合体をスルホン化処理することで、スルホン化キトサンを繊維表面に形成する。さらにキトサンマトリックスには血清を付加したものも含まれる。
【解決手段】エレクトロスピニング等により形成されたキトサン繊維の繊維集合体で、キトサン繊維の少なくとも表面を、スルホン化キトサンを含む溶液に浸漬しスルホン化キトサンを吸着させたり、キトサン繊維集合体をスルホン化処理することで、スルホン化キトサンを繊維表面に形成する。さらにキトサンマトリックスには血清を付加したものも含まれる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キトサンマトリックスに関し、特に生体材料として好適なキトサンマトリックス並びにそれを用いた細胞培養基材、創傷被覆材及び神経再生材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生体材料の需要は非常に高く、例えば、創傷被覆材、神経再生材等に好適なものが求められている。
【0003】
創傷被覆材は、細胞増殖因子が生体外へ出ないように、創傷部位を閉鎖・密封するための材料であり、ベスキチンW(111度熱傷適応、ユニチカ製)、ベスキチンW−A(皮下組織の損傷、ユニチカ製)、ベスキチンF(筋、骨に至る創傷、ユニチカ製)、ウレザックC(片倉チッカリン)などのキチン/キトサンを用いたものが提案されている(例えば、特許文献1又は2参照)。上述した創傷被覆材は、生体適合性に優れ、創面に分泌される浸出液に多量に含まれる細胞増殖因子を外に出ないようにすることができるため、皮膚外傷を早く治癒することができる。
【0004】
いずれの生体材料も、生体適合性に優れるものであるが、さらに細胞の接着性に優れ、且つ細胞が増殖しやすいものが求められている。
【0005】
【特許文献1】特公平5−26498号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献2】特公昭63−59706号公報(特許請求の範囲等)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はこのような事情に鑑み、細胞の接着性に優れ、且つ細胞が増殖しやすいキトサンマトリックス並びにそれを用いた細胞培養基材、創傷被覆材及び神経再生材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決する本発明の第1の態様は、キトサン繊維の繊維集合体からなり、前記キトサン繊維の少なくとも表面にスルホン化キトサンが存在することを特徴とするキトサンマトリックスにある。
【0008】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載のキトサンマトリックスにおいて、前記キトサン繊維の表面にスルホン化キトサンが吸着したものであることを特徴とするキトサンマトリックスにある。
【0009】
本発明の第3の態様は、第2の態様に記載のキトサンマトリックスにおいて、スルホン化キトサンを含む溶液に前記繊維集合体を浸漬させることで形成されたものであることを特徴とするキトサンマトリックスにある。
【0010】
本発明の第4の態様は、第1の態様に記載のキトサンマトリックスにおいて、前記キトサン繊維をスルホン化したものであることを特徴とするキトサンマトリックスにある。
【0011】
本発明の第5の態様は、第1〜4の何れかの態様に記載のキトサンマトリックスにおいて、キトサン繊維がエレクトロスピニングにより形成されたものであることを特徴とするキトサンマトリックスにある。
【0012】
本発明の第6の態様は、第1〜5の何れかの態様に記載のキトサンマトリックスにおいて、血清を付加したものであることを特徴とするキトサンマトリックスにある。
【0013】
本発明の第7の態様は、第1〜6の何れかの態様に記載のキトサンマトリックスからなることを特徴とする細胞培養基材にある。
【0014】
本発明の第8の態様は、第1〜6の何れかの態様に記載のキトサンマトリックスからなることを特徴とする創傷被覆材にある。
【0015】
本発明の第9の態様は、第1〜6の何れかの態様に記載のキトサンマトリックスからなることを特徴とする神経再生材にある。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、細胞の接着性に優れ、且つ細胞が増殖しやすいキトサンマトリックスとなる。このキトサンマトリックスは、製造が容易であり、低コストで製造できるものである。また、キトサンマトリックスを用いると、生体適合性に優れ、細胞の接着性に優れ、且つ細胞が増殖しやすい細胞培養基材、創傷被覆材、神経再生材を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明にかかるキトサンマトリックスは、キトサン繊維の繊維集合体からなり、キトサン繊維の少なくとも表面にスルホン化キトサンが存在するものである。かかるキトサンマトリックスは、キトサン繊維の繊維集合体からなることにより、生体適合性に優れ、細胞が増殖しやすいものとなり、表面にスルホン化キトサンが存在することで、細胞が接着しやすいものとなる。なお、スルホン化キトサンは、繊維集合体の表面のみに存在すればよいが、勿論、繊維集合体の内部に存在してもよい。
【0018】
スルホン化キトサンとは、キトサンがスルホン化されたものであり、キトサン(β−ポリ−D−グルコサミン)の有するアミノ基(2位)、水酸基(3、6位)のいずれか一つ以上にスルホ基が導入されたものを指す。本発明におけるスルホン化キトサンは、いずれの官能基にスルホ基が導入されたものであってもよい。
【0019】
本発明のキトサンマトリックスは、例えば、キトサン繊維の繊維集合体の表面にスルホン化キトサンを吸着させることにより形成できる。かかるキトサンマトリックスは、例えば、スルホン化キトサンを含む溶液に繊維集合体を浸漬させることで形成される。これにより、繊維集合体を構成するキトサン繊維の表面がスルホン化キトサンでコーティングされ、少なくとも表面にスルホン化キトサンが存在する。スルホン化キトサンを含む溶液に繊維集合体を浸漬させる時間は特に限定されず、キトサン繊維の少なくとも表面にスルホン化キトサンが吸着すればよい。
【0020】
スルホン化キトサンを含む溶液の製造方法は特に限定されないが、例えば、キトサンと、SO3−N、N−ジメチルホルムアミド(DMF)complex溶液とを反応させ、得られた反応液を透析により精製し、蒸留水に溶解させることにより得られる。
【0021】
また、キトサンマトリックスは、少なくとも一部のキトサン繊維がスルホン化したものであってもよい。すなわち、上述したようにスルホン化キトサンを吸着させるのではなく、キトサン繊維自身をスルホン化処理したものであってもよい。このキトサンマトリックスの製造方法としては、例えば、キトサン繊維をSO3−N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)complex溶液に浸漬し、繊維表面をスルホン化する方法がある。
【0022】
キトサン繊維の繊維集合体とは、キトサン繊維が絡み合って形成されたものであり、好ましくはメッシュ状である。メッシュ状とは、所望の開口を有する網目状のことである。繊維が絡み合うことで、繊維と繊維の間の開口から細胞が侵入しやすく、また繊維が絡んで網目状となっている部分に細胞がひっかかりやすいため、より細胞が付着しやすく、接着した細胞を安定して保持することができる。
【0023】
なお、キトサン繊維はエレクトロスピニングにより形成されたものであることが好ましい。エレクトロスピニング(静電紡糸)により形成されたキトサン繊維を用いることで、非常に小さく均一な繊維径の繊維からなる繊維集合体とすることができる。なお、繊維の繊維径は、好ましくは5μm以下であり、さらに好ましくは0.01〜3.0μm、特に好ましくは0.1〜1.0μmである。この範囲とすることで、繊維集合体は、細胞がひっかかる部分(繊維)や、繊維と繊維の間にできる細胞が入り込む開口が小さくなるため、細胞が付着しやすく、接着した細胞を安定して保持することができるものとなる。
【0024】
また、キトサン繊維集合体は、エレクトロスピニングにより形成されたキトサン繊維と溶媒とをホモジナイズしたスラリー液を乾燥させることにより得た繊維集合体からなるものであってもよい。かかる繊維集合体は、小さく均一な繊維径の繊維が絡み合った均質な繊維体である。ここでいう均質とは、厚さ方向及び平面方向に繊維が均一に存在している状態、すなわち繊維の密度が均一な状態を指す。このとき、繊維と繊維との隙間(開口)もほぼ均一な大きさで存在している。
【0025】
本発明にかかるキトサンマトリックスを構成するキトサン繊維は、キトサン類を主成分とする繊維である。すなわち、本発明における繊維体はキトサン類繊維からなるものである。このため、本発明のキトサンマトリックスは、細胞の接着性に優れ、且つ細胞が増殖しやすいものとなる。
【0026】
ここで、キトサン類とは、キチン(β−ポリ−N−アセチル−D−グルコサミン)を脱アセチル化した生成物又はこの誘導体をいい、キトサン(β−ポリ−D−グルコサミン)及びその誘導体の他、未反応のキチン及びその誘導体を含有するものをいう。本発明で用いることができるキトサン類は、特に限定されないが、脱アセチル化度が50%以上であることが好ましく、より好ましくは70%以上、特に好ましくは、キチンの脱アセチル化度が90%以上である。なお、脱アセチル化度とは、キチン誘導体におけるキトサンの割合を示すものである。
【0027】
キトサンの脱アセチル化度を90%以上とすることで、機械的強度が非常に高いキトサンマトリックスとすることができる。また、脱アセチル化度が90%以上のキトサンを用いてエレクトロスピニングした場合、キトサン繊維の繊維径を小さいものとしやすくなる。径の細い繊維が密集することで、より繊維と繊維の間にできる細胞が入り込む開口が小さくなるため、細胞が付着しやすく、接着した細胞を安定して保持することができるものとなる。
【0028】
本発明で用いるキトサン類の主成分は特に限定されず、例えば、キトサン、N−アリルキトサン、N−アルキルキトサン、o−アリルキトサン、o−アルキルキトサン、硫酸化キトサン、ニトロ化キトサン、カルボキシメチル化キトサン等が挙げられるが、キトサン、カルボキシメチル化キトサンが好ましい。
【0029】
本発明のキトサンマトリックスを構成するキトサン繊維は、キトサン類を含有するものであればよく、生体適合性に優れた他の成分を含んでいてもよい。
【0030】
また、本発明にかかるキトサンマトリックスは、板状であってもよいが、チューブ形状であってもよい。チューブ形状の場合、神経再生材として好適なものとなる。なお、チューブの厚さは、特に限定されないが、例えば100〜500μmであることが好ましい。この範囲であれば機械的強度を十分に保つことができ、また神経再生に好適なものとなるからである。
【0031】
上述したキトサンマトリックスは、細胞の接着性に優れ、且つ細胞が増殖しやすいものであり、細胞培養基材や、創傷被覆材、神経再生材として用いて好適なものである。
【0032】
本発明にかかるキトサンマトリックスは、血清を付加したものであることが好ましい。
図1は、血清を付加したキトサンマトリックスの細胞接着性を説明する概略図である。繊維集合体に血清を付加すると、図1に示すように、キトサンマトリックス10のスルホン化キトサン11に、血清中に含まれる塩基性接着蛋白質15(フィブロネクチン、ビトリネクチンなど)又は塩基性細胞増殖因子16が付加し、この塩基性接着蛋白質15及び塩基性細胞増殖因子16と、細胞レセプター20aとが相互作用することで、細胞20が非常に接着しやすくなる。
【0033】
このキトサンマトリックスは、繊維集合体を血清に浸漬させて、乾燥させることにより製造することができる。血清は特に限定されないが、牛胎児由来、馬由来、ヒト由来等が挙げられる。
【0034】
なお、勿論、キトサンマトリックスを血清存在下で使用しても同様の効果が得られる。
【0035】
ここで、キトサンマトリックスの製造方法の一実施形態を示す。
【0036】
まず、キトサン類をトリフルオロ酢酸等の溶媒に溶解させて、適宜ろ過等を行うことでキトサン溶液を調製する。このとき、キトサン溶液には生体適合性に優れた他の成分を溶解させてもよい。次に、キトサン溶液をエレクトロスピニング(静電紡糸)することにより繊維化することで繊維集合体を形成する。
【0037】
一方、キトサン、SO3−N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)complex溶液を反応させることによりスルホン化キトサンを得る。得られたスルホン化キトサンを透析等により精製し、純水に溶解することで、スルホン化キトサン溶液を得た。
【0038】
スルホン化キトサン溶液に、キトサン繊維集合体を一定時間浸漬させることで、キトサン繊維集合体にスルホン化キトサンを吸着・固定させる。
【0039】
最後に、得られたキトサンマトリックスにUVを照射、又はエタノール等の溶媒に浸漬させることにより、滅菌する。
【0040】
このように本発明にかかるキトサンマトリックスは、容易に製造することができ、上述したように細胞の接着性に優れ、且つ細胞が増殖しやすいものである。
【0041】
以下、本発明を実施例に基づいて説明する。ただし、本発明はこれに限定されるものではない。
【0042】
(実施例1)
<キトサン繊維集合体の製造>
脱アセチル化度(DAc)93%のキトサン(北海道曹達株式会社製)1.6gを、トリフルオロ酢酸(和光純薬工業株式会社製)20mlに50℃で12時間かけて溶解し、塩化メチレン5mlを加え、ガラスフィルターでろ過してキトサントリフルオロ酢酸液を得た。
【0043】
得られたキトサントリフルオロ酢酸液を注射器(テルモシリンジSS−30ESZ;テルモ株式会社製)に入れて内径φ0.7mmの針(シェアフィールドSVセット22G;テルモ株式会社製)につなぎ、インフュージョンポンプ(11Plus;HARVARD APPRATUS製)にセットした。針先に高電圧直流電圧電源(HSP−30k−2;日本スタビライザー株式会社製)の陽極を接続した。
【0044】
そして、ステンレス製電極板(5.5cm×5.5cm、厚さ1mm)を針の向きに対して垂直になるように設置し、高電圧直流電圧電源の陰極を接続した。針と電極板との距離を12cmとし、25kvの電圧をかけて、1時間かけて針から電極板へトリフルオロ酢酸液を噴出することで、電極板上にキトサン繊維を得た。
【0045】
得られたキトサン繊維を電極板からはがして、所定の寸法(5cm×5cm)に成形し、28重量%のアンモニア水(和光純薬工業株式会社製)に室温で1時間浸漬させた後、蒸留水を室温で2時間連続的に供給して洗浄した。
【0046】
次いでキトサン繊維をエタノールに3分間浸漬させた後、2枚のテフロン(登録商標)板(6cm×6cm、厚さ3mm)に挟んでから全体がずれないようにクリップ等で固定する。これを室温下で16時間減圧乾燥することにより、キトサン繊維集合体を得た。
【0047】
<スルホン化キトサン溶液の調製>
脱アセチル化度90%のキトサン(和光純薬工業社製)2gと、30mlのSO3−DMF complex/DMF(2.5M)溶液とを反応させ、得られた反応液を透析により精製し、蒸留水に溶解させることでスルホン化キトサン溶液を得た。
【0048】
<キトサンマトリックスの製造方法>
得られたスルホン化キトサン溶液に、キトサン繊維集合体を24時間浸漬させて、取り出した後、500μlの蒸留水で3回洗浄した。洗浄したキトサン繊維集合体を70%のエタノールで滅菌し、乾燥させることで実施例1のキトサンマトリックスを得た。
【0049】
(実施例2)
キトサン繊維集合体の製造において脱アセチル化度78%のキトサンを用いた以外は、実施例1と同様にして実施例2のキトサンマトリックスを得た。
【0050】
(比較例1)
蒸留水にキトサン繊維集合体を浸漬させた以外は実施例1と同様にして比較例1のキトサンマトリックスを得た。
【0051】
(比較例2)
キトサン繊維集合体の製造において脱アセチル化度78%のキトサンを用いた以外は比較例1と同様にして比較例2のキトサンマトリックスを得た。
【0052】
(比較例3)
ヘパリン(和光純薬工業社製)0.1gを10mlの超純水に溶解することによりヘパリン溶液を得た。このヘパリン溶液にキトサン繊維集合体を浸漬させた以外は実施例1と同様にして比較例3のキトサンマトリックスを得た。
【0053】
(比較例4)
キトサン繊維集合体の製造において脱アセチル化度78%のキトサンを用いた以外は、比較例3と同様にして比較例4のキトサンマトリックスを得た。
【0054】
(比較例5)
キトアクア(サクシニルカルボキシメチルキトサン)0.1%500μlにキトサン繊維集合体を浸漬させた以外は実施例1と同様にして比較例5のキトサンマトリックスを得た。
【0055】
(比較例6)
キトサン繊維集合体の製造において脱アセチル化度78%のキトサンを用いた以外は、比較例5と同様にして比較例6のキトサンマトリックスを得た。
【0056】
(予備試験1)
実施例1及び2のキトサンマトリックスを、各濃度のNaCl溶液500μlに24時間浸漬させ、NaCl溶液に溶出したスルホン化キトサンの量を測定し、キトサン繊維1gあたりのスルホン化キトサンの溶出量を求めた。結果を図2に示す。
【0057】
図2に示すように実施例1及び実施例2のキトサンマトリックスにおいてスルホン化キトサンの溶出量は、NaCl溶液が1M(mol/l)以上ではほとんど変化がなかった。これより、吸着しているスルホン化キトサンの大半が1M以上のNaCl溶液に浸漬させることにより脱離してNaCl溶液に溶出することがわかった。
【0058】
(予備試験2)
実施例1及び2のキトサンマトリックスを、1MのNaCl溶液500μlに浸漬させて、時間経過によるNaCl溶液に溶出したスルホン化キトサンの量を測定し、キトサン繊維1gあたりのスルホン化キトサンの溶出量を求めた。結果を図3に示す。
【0059】
図3に示すように実施例1及び実施例2のキトサンマトリックスにおいてスルホン化キトサンの溶出量は、24時間以上ではほとんど変化がなかった。これより、吸着しているスルホン化キトサンの大半が24時間、1MのNaCl溶液に浸漬させることにより脱離してNaCl溶液に溶出することがわかった。
【0060】
試験例1及び2より、キトサンマトリックスを1MのNaCl溶液500μlに24時間浸漬させることで、吸着したスルホン化キトサン量を測定することができることがわかった。
【0061】
(試験例1):吸着試験
実施例1〜2及び比較例3〜6のキトサンマトリックスを1MのNaCl溶液500μlに24時間浸漬させることで、NaCl溶液に溶出したGAG(多糖)の量を測定し、キトサン繊維1gあたりのGAG(多糖)の溶出量を測定した。結果を図4に示す。
【0062】
図4より、実施例1及び2のキトサンマトリックスは、比較例3〜6のいずれよりも多く、多糖を吸着していることがわかった。すなわち、キトサン繊維集合体には、ヘパリン(比較例3及び4)や、キトアクア(比較例5及び6)よりもスルホン化キトサンが非常に吸着しやすいことがわかった。
【0063】
(試験例2):細胞培養試験1
実施例2及び比較例2、4、6のキトサンマトリックスに以下に示す培養条件1及び培養条件2で細胞を培養し、培養から1日後のキトサンマトリックスの状態を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察した。結果を図5及び図6に示す。
【0064】
<培養条件1>
培地:Gibco alpha−MEM (10%FBS)
播種細胞:L929 fibroblast (マウス繊維芽細胞)
細胞数:5×104cells/well (500μl medium)
培養環境:37℃、5%CO2、1−7days
FBS(牛胎児血清):なし
【0065】
<培養条件2>
培地:Gibco alpha−MEM (10%FBS)
播種細胞:L929 fibroblast (マウス繊維芽細胞)
細胞数:5×104cells/well (500μl medium)
培養環境:37℃、5%CO2、1−7days
FBS(牛胎児血清):あり
【0066】
(結果のまとめ)
図5に示すように、FBSのない状態で細胞を培養した場合、スルホン化キトサンを吸着させた実施例2のキトサンマトリックスは、比較例2、4、6のキトサンマトリックスに比べて比較的細胞が接着しているが、大きな差は見られなかった。
【0067】
しかしながら、図6に示すようにFBSのある状態で細胞を培養した場合、スルホン化キトサンを吸着させた実施例2のキトサンマトリックスは、比較例2、4、6のキトサンマトリックスに比べて、著しく多量の細胞が接着していた。すなわち、スルホン化キトサンが表面に存在するキトサンマトリックスは、血清存在下における細胞接着性が非常に高いことがわかった。これは、血清中に含まれる塩基性接着蛋白質(フィブロネクチン、ビトリネクチンなど)又は塩基性細胞増殖因子が吸着し、リガンドと細胞レセプター間とが相互作用するためと考えられる。
【0068】
(試験例3):細胞培養試験2
また、各実施例及び各比較例のキトサンマトリックスに上述した培養条件2で細胞を培養し、培養後3日後、7日後のキトサンマトリックスの状態を倍率500倍でSEMにより観察した。結果を図7〜14に示す。
【0069】
図7〜14に示すように、各実施例及び各比較例のキトサンマトリックスは、時間経過とともに細胞の増殖が観察された。実施例1及び2のキトサンマトリックスは、比較例1〜6のキトサンマトリックスよりも、3日経過後にすでに細胞が多量に増殖していることが確認できた。これは、細胞の接着量が多く、且つ接着した細胞が増殖しやすいためであると考えられる。
【0070】
以上より、本発明のキトサンマトリックスは細胞培養基材として好適に用いることができるものであることがわかった。また、血清存在下において、特に細胞の接着性に優れることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明にかかるキトサンマトリックスの細胞接着性を説明する概略図である。
【図2】予備試験1の結果を示すグラフである。
【図3】予備試験2の結果を示すグラフである。
【図4】試験例1の結果を示すグラフである。
【図5】試験例2の培養から1日後のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【図6】試験例2の培養から1日後のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【図7】実施例1のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【図8】実施例2のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【図9】比較例1のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【図10】比較例2のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【図11】比較例3のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【図12】比較例4のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【図13】比較例5のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【図14】比較例6のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、キトサンマトリックスに関し、特に生体材料として好適なキトサンマトリックス並びにそれを用いた細胞培養基材、創傷被覆材及び神経再生材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生体材料の需要は非常に高く、例えば、創傷被覆材、神経再生材等に好適なものが求められている。
【0003】
創傷被覆材は、細胞増殖因子が生体外へ出ないように、創傷部位を閉鎖・密封するための材料であり、ベスキチンW(111度熱傷適応、ユニチカ製)、ベスキチンW−A(皮下組織の損傷、ユニチカ製)、ベスキチンF(筋、骨に至る創傷、ユニチカ製)、ウレザックC(片倉チッカリン)などのキチン/キトサンを用いたものが提案されている(例えば、特許文献1又は2参照)。上述した創傷被覆材は、生体適合性に優れ、創面に分泌される浸出液に多量に含まれる細胞増殖因子を外に出ないようにすることができるため、皮膚外傷を早く治癒することができる。
【0004】
いずれの生体材料も、生体適合性に優れるものであるが、さらに細胞の接着性に優れ、且つ細胞が増殖しやすいものが求められている。
【0005】
【特許文献1】特公平5−26498号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献2】特公昭63−59706号公報(特許請求の範囲等)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はこのような事情に鑑み、細胞の接着性に優れ、且つ細胞が増殖しやすいキトサンマトリックス並びにそれを用いた細胞培養基材、創傷被覆材及び神経再生材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決する本発明の第1の態様は、キトサン繊維の繊維集合体からなり、前記キトサン繊維の少なくとも表面にスルホン化キトサンが存在することを特徴とするキトサンマトリックスにある。
【0008】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載のキトサンマトリックスにおいて、前記キトサン繊維の表面にスルホン化キトサンが吸着したものであることを特徴とするキトサンマトリックスにある。
【0009】
本発明の第3の態様は、第2の態様に記載のキトサンマトリックスにおいて、スルホン化キトサンを含む溶液に前記繊維集合体を浸漬させることで形成されたものであることを特徴とするキトサンマトリックスにある。
【0010】
本発明の第4の態様は、第1の態様に記載のキトサンマトリックスにおいて、前記キトサン繊維をスルホン化したものであることを特徴とするキトサンマトリックスにある。
【0011】
本発明の第5の態様は、第1〜4の何れかの態様に記載のキトサンマトリックスにおいて、キトサン繊維がエレクトロスピニングにより形成されたものであることを特徴とするキトサンマトリックスにある。
【0012】
本発明の第6の態様は、第1〜5の何れかの態様に記載のキトサンマトリックスにおいて、血清を付加したものであることを特徴とするキトサンマトリックスにある。
【0013】
本発明の第7の態様は、第1〜6の何れかの態様に記載のキトサンマトリックスからなることを特徴とする細胞培養基材にある。
【0014】
本発明の第8の態様は、第1〜6の何れかの態様に記載のキトサンマトリックスからなることを特徴とする創傷被覆材にある。
【0015】
本発明の第9の態様は、第1〜6の何れかの態様に記載のキトサンマトリックスからなることを特徴とする神経再生材にある。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、細胞の接着性に優れ、且つ細胞が増殖しやすいキトサンマトリックスとなる。このキトサンマトリックスは、製造が容易であり、低コストで製造できるものである。また、キトサンマトリックスを用いると、生体適合性に優れ、細胞の接着性に優れ、且つ細胞が増殖しやすい細胞培養基材、創傷被覆材、神経再生材を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明にかかるキトサンマトリックスは、キトサン繊維の繊維集合体からなり、キトサン繊維の少なくとも表面にスルホン化キトサンが存在するものである。かかるキトサンマトリックスは、キトサン繊維の繊維集合体からなることにより、生体適合性に優れ、細胞が増殖しやすいものとなり、表面にスルホン化キトサンが存在することで、細胞が接着しやすいものとなる。なお、スルホン化キトサンは、繊維集合体の表面のみに存在すればよいが、勿論、繊維集合体の内部に存在してもよい。
【0018】
スルホン化キトサンとは、キトサンがスルホン化されたものであり、キトサン(β−ポリ−D−グルコサミン)の有するアミノ基(2位)、水酸基(3、6位)のいずれか一つ以上にスルホ基が導入されたものを指す。本発明におけるスルホン化キトサンは、いずれの官能基にスルホ基が導入されたものであってもよい。
【0019】
本発明のキトサンマトリックスは、例えば、キトサン繊維の繊維集合体の表面にスルホン化キトサンを吸着させることにより形成できる。かかるキトサンマトリックスは、例えば、スルホン化キトサンを含む溶液に繊維集合体を浸漬させることで形成される。これにより、繊維集合体を構成するキトサン繊維の表面がスルホン化キトサンでコーティングされ、少なくとも表面にスルホン化キトサンが存在する。スルホン化キトサンを含む溶液に繊維集合体を浸漬させる時間は特に限定されず、キトサン繊維の少なくとも表面にスルホン化キトサンが吸着すればよい。
【0020】
スルホン化キトサンを含む溶液の製造方法は特に限定されないが、例えば、キトサンと、SO3−N、N−ジメチルホルムアミド(DMF)complex溶液とを反応させ、得られた反応液を透析により精製し、蒸留水に溶解させることにより得られる。
【0021】
また、キトサンマトリックスは、少なくとも一部のキトサン繊維がスルホン化したものであってもよい。すなわち、上述したようにスルホン化キトサンを吸着させるのではなく、キトサン繊維自身をスルホン化処理したものであってもよい。このキトサンマトリックスの製造方法としては、例えば、キトサン繊維をSO3−N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)complex溶液に浸漬し、繊維表面をスルホン化する方法がある。
【0022】
キトサン繊維の繊維集合体とは、キトサン繊維が絡み合って形成されたものであり、好ましくはメッシュ状である。メッシュ状とは、所望の開口を有する網目状のことである。繊維が絡み合うことで、繊維と繊維の間の開口から細胞が侵入しやすく、また繊維が絡んで網目状となっている部分に細胞がひっかかりやすいため、より細胞が付着しやすく、接着した細胞を安定して保持することができる。
【0023】
なお、キトサン繊維はエレクトロスピニングにより形成されたものであることが好ましい。エレクトロスピニング(静電紡糸)により形成されたキトサン繊維を用いることで、非常に小さく均一な繊維径の繊維からなる繊維集合体とすることができる。なお、繊維の繊維径は、好ましくは5μm以下であり、さらに好ましくは0.01〜3.0μm、特に好ましくは0.1〜1.0μmである。この範囲とすることで、繊維集合体は、細胞がひっかかる部分(繊維)や、繊維と繊維の間にできる細胞が入り込む開口が小さくなるため、細胞が付着しやすく、接着した細胞を安定して保持することができるものとなる。
【0024】
また、キトサン繊維集合体は、エレクトロスピニングにより形成されたキトサン繊維と溶媒とをホモジナイズしたスラリー液を乾燥させることにより得た繊維集合体からなるものであってもよい。かかる繊維集合体は、小さく均一な繊維径の繊維が絡み合った均質な繊維体である。ここでいう均質とは、厚さ方向及び平面方向に繊維が均一に存在している状態、すなわち繊維の密度が均一な状態を指す。このとき、繊維と繊維との隙間(開口)もほぼ均一な大きさで存在している。
【0025】
本発明にかかるキトサンマトリックスを構成するキトサン繊維は、キトサン類を主成分とする繊維である。すなわち、本発明における繊維体はキトサン類繊維からなるものである。このため、本発明のキトサンマトリックスは、細胞の接着性に優れ、且つ細胞が増殖しやすいものとなる。
【0026】
ここで、キトサン類とは、キチン(β−ポリ−N−アセチル−D−グルコサミン)を脱アセチル化した生成物又はこの誘導体をいい、キトサン(β−ポリ−D−グルコサミン)及びその誘導体の他、未反応のキチン及びその誘導体を含有するものをいう。本発明で用いることができるキトサン類は、特に限定されないが、脱アセチル化度が50%以上であることが好ましく、より好ましくは70%以上、特に好ましくは、キチンの脱アセチル化度が90%以上である。なお、脱アセチル化度とは、キチン誘導体におけるキトサンの割合を示すものである。
【0027】
キトサンの脱アセチル化度を90%以上とすることで、機械的強度が非常に高いキトサンマトリックスとすることができる。また、脱アセチル化度が90%以上のキトサンを用いてエレクトロスピニングした場合、キトサン繊維の繊維径を小さいものとしやすくなる。径の細い繊維が密集することで、より繊維と繊維の間にできる細胞が入り込む開口が小さくなるため、細胞が付着しやすく、接着した細胞を安定して保持することができるものとなる。
【0028】
本発明で用いるキトサン類の主成分は特に限定されず、例えば、キトサン、N−アリルキトサン、N−アルキルキトサン、o−アリルキトサン、o−アルキルキトサン、硫酸化キトサン、ニトロ化キトサン、カルボキシメチル化キトサン等が挙げられるが、キトサン、カルボキシメチル化キトサンが好ましい。
【0029】
本発明のキトサンマトリックスを構成するキトサン繊維は、キトサン類を含有するものであればよく、生体適合性に優れた他の成分を含んでいてもよい。
【0030】
また、本発明にかかるキトサンマトリックスは、板状であってもよいが、チューブ形状であってもよい。チューブ形状の場合、神経再生材として好適なものとなる。なお、チューブの厚さは、特に限定されないが、例えば100〜500μmであることが好ましい。この範囲であれば機械的強度を十分に保つことができ、また神経再生に好適なものとなるからである。
【0031】
上述したキトサンマトリックスは、細胞の接着性に優れ、且つ細胞が増殖しやすいものであり、細胞培養基材や、創傷被覆材、神経再生材として用いて好適なものである。
【0032】
本発明にかかるキトサンマトリックスは、血清を付加したものであることが好ましい。
図1は、血清を付加したキトサンマトリックスの細胞接着性を説明する概略図である。繊維集合体に血清を付加すると、図1に示すように、キトサンマトリックス10のスルホン化キトサン11に、血清中に含まれる塩基性接着蛋白質15(フィブロネクチン、ビトリネクチンなど)又は塩基性細胞増殖因子16が付加し、この塩基性接着蛋白質15及び塩基性細胞増殖因子16と、細胞レセプター20aとが相互作用することで、細胞20が非常に接着しやすくなる。
【0033】
このキトサンマトリックスは、繊維集合体を血清に浸漬させて、乾燥させることにより製造することができる。血清は特に限定されないが、牛胎児由来、馬由来、ヒト由来等が挙げられる。
【0034】
なお、勿論、キトサンマトリックスを血清存在下で使用しても同様の効果が得られる。
【0035】
ここで、キトサンマトリックスの製造方法の一実施形態を示す。
【0036】
まず、キトサン類をトリフルオロ酢酸等の溶媒に溶解させて、適宜ろ過等を行うことでキトサン溶液を調製する。このとき、キトサン溶液には生体適合性に優れた他の成分を溶解させてもよい。次に、キトサン溶液をエレクトロスピニング(静電紡糸)することにより繊維化することで繊維集合体を形成する。
【0037】
一方、キトサン、SO3−N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)complex溶液を反応させることによりスルホン化キトサンを得る。得られたスルホン化キトサンを透析等により精製し、純水に溶解することで、スルホン化キトサン溶液を得た。
【0038】
スルホン化キトサン溶液に、キトサン繊維集合体を一定時間浸漬させることで、キトサン繊維集合体にスルホン化キトサンを吸着・固定させる。
【0039】
最後に、得られたキトサンマトリックスにUVを照射、又はエタノール等の溶媒に浸漬させることにより、滅菌する。
【0040】
このように本発明にかかるキトサンマトリックスは、容易に製造することができ、上述したように細胞の接着性に優れ、且つ細胞が増殖しやすいものである。
【0041】
以下、本発明を実施例に基づいて説明する。ただし、本発明はこれに限定されるものではない。
【0042】
(実施例1)
<キトサン繊維集合体の製造>
脱アセチル化度(DAc)93%のキトサン(北海道曹達株式会社製)1.6gを、トリフルオロ酢酸(和光純薬工業株式会社製)20mlに50℃で12時間かけて溶解し、塩化メチレン5mlを加え、ガラスフィルターでろ過してキトサントリフルオロ酢酸液を得た。
【0043】
得られたキトサントリフルオロ酢酸液を注射器(テルモシリンジSS−30ESZ;テルモ株式会社製)に入れて内径φ0.7mmの針(シェアフィールドSVセット22G;テルモ株式会社製)につなぎ、インフュージョンポンプ(11Plus;HARVARD APPRATUS製)にセットした。針先に高電圧直流電圧電源(HSP−30k−2;日本スタビライザー株式会社製)の陽極を接続した。
【0044】
そして、ステンレス製電極板(5.5cm×5.5cm、厚さ1mm)を針の向きに対して垂直になるように設置し、高電圧直流電圧電源の陰極を接続した。針と電極板との距離を12cmとし、25kvの電圧をかけて、1時間かけて針から電極板へトリフルオロ酢酸液を噴出することで、電極板上にキトサン繊維を得た。
【0045】
得られたキトサン繊維を電極板からはがして、所定の寸法(5cm×5cm)に成形し、28重量%のアンモニア水(和光純薬工業株式会社製)に室温で1時間浸漬させた後、蒸留水を室温で2時間連続的に供給して洗浄した。
【0046】
次いでキトサン繊維をエタノールに3分間浸漬させた後、2枚のテフロン(登録商標)板(6cm×6cm、厚さ3mm)に挟んでから全体がずれないようにクリップ等で固定する。これを室温下で16時間減圧乾燥することにより、キトサン繊維集合体を得た。
【0047】
<スルホン化キトサン溶液の調製>
脱アセチル化度90%のキトサン(和光純薬工業社製)2gと、30mlのSO3−DMF complex/DMF(2.5M)溶液とを反応させ、得られた反応液を透析により精製し、蒸留水に溶解させることでスルホン化キトサン溶液を得た。
【0048】
<キトサンマトリックスの製造方法>
得られたスルホン化キトサン溶液に、キトサン繊維集合体を24時間浸漬させて、取り出した後、500μlの蒸留水で3回洗浄した。洗浄したキトサン繊維集合体を70%のエタノールで滅菌し、乾燥させることで実施例1のキトサンマトリックスを得た。
【0049】
(実施例2)
キトサン繊維集合体の製造において脱アセチル化度78%のキトサンを用いた以外は、実施例1と同様にして実施例2のキトサンマトリックスを得た。
【0050】
(比較例1)
蒸留水にキトサン繊維集合体を浸漬させた以外は実施例1と同様にして比較例1のキトサンマトリックスを得た。
【0051】
(比較例2)
キトサン繊維集合体の製造において脱アセチル化度78%のキトサンを用いた以外は比較例1と同様にして比較例2のキトサンマトリックスを得た。
【0052】
(比較例3)
ヘパリン(和光純薬工業社製)0.1gを10mlの超純水に溶解することによりヘパリン溶液を得た。このヘパリン溶液にキトサン繊維集合体を浸漬させた以外は実施例1と同様にして比較例3のキトサンマトリックスを得た。
【0053】
(比較例4)
キトサン繊維集合体の製造において脱アセチル化度78%のキトサンを用いた以外は、比較例3と同様にして比較例4のキトサンマトリックスを得た。
【0054】
(比較例5)
キトアクア(サクシニルカルボキシメチルキトサン)0.1%500μlにキトサン繊維集合体を浸漬させた以外は実施例1と同様にして比較例5のキトサンマトリックスを得た。
【0055】
(比較例6)
キトサン繊維集合体の製造において脱アセチル化度78%のキトサンを用いた以外は、比較例5と同様にして比較例6のキトサンマトリックスを得た。
【0056】
(予備試験1)
実施例1及び2のキトサンマトリックスを、各濃度のNaCl溶液500μlに24時間浸漬させ、NaCl溶液に溶出したスルホン化キトサンの量を測定し、キトサン繊維1gあたりのスルホン化キトサンの溶出量を求めた。結果を図2に示す。
【0057】
図2に示すように実施例1及び実施例2のキトサンマトリックスにおいてスルホン化キトサンの溶出量は、NaCl溶液が1M(mol/l)以上ではほとんど変化がなかった。これより、吸着しているスルホン化キトサンの大半が1M以上のNaCl溶液に浸漬させることにより脱離してNaCl溶液に溶出することがわかった。
【0058】
(予備試験2)
実施例1及び2のキトサンマトリックスを、1MのNaCl溶液500μlに浸漬させて、時間経過によるNaCl溶液に溶出したスルホン化キトサンの量を測定し、キトサン繊維1gあたりのスルホン化キトサンの溶出量を求めた。結果を図3に示す。
【0059】
図3に示すように実施例1及び実施例2のキトサンマトリックスにおいてスルホン化キトサンの溶出量は、24時間以上ではほとんど変化がなかった。これより、吸着しているスルホン化キトサンの大半が24時間、1MのNaCl溶液に浸漬させることにより脱離してNaCl溶液に溶出することがわかった。
【0060】
試験例1及び2より、キトサンマトリックスを1MのNaCl溶液500μlに24時間浸漬させることで、吸着したスルホン化キトサン量を測定することができることがわかった。
【0061】
(試験例1):吸着試験
実施例1〜2及び比較例3〜6のキトサンマトリックスを1MのNaCl溶液500μlに24時間浸漬させることで、NaCl溶液に溶出したGAG(多糖)の量を測定し、キトサン繊維1gあたりのGAG(多糖)の溶出量を測定した。結果を図4に示す。
【0062】
図4より、実施例1及び2のキトサンマトリックスは、比較例3〜6のいずれよりも多く、多糖を吸着していることがわかった。すなわち、キトサン繊維集合体には、ヘパリン(比較例3及び4)や、キトアクア(比較例5及び6)よりもスルホン化キトサンが非常に吸着しやすいことがわかった。
【0063】
(試験例2):細胞培養試験1
実施例2及び比較例2、4、6のキトサンマトリックスに以下に示す培養条件1及び培養条件2で細胞を培養し、培養から1日後のキトサンマトリックスの状態を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察した。結果を図5及び図6に示す。
【0064】
<培養条件1>
培地:Gibco alpha−MEM (10%FBS)
播種細胞:L929 fibroblast (マウス繊維芽細胞)
細胞数:5×104cells/well (500μl medium)
培養環境:37℃、5%CO2、1−7days
FBS(牛胎児血清):なし
【0065】
<培養条件2>
培地:Gibco alpha−MEM (10%FBS)
播種細胞:L929 fibroblast (マウス繊維芽細胞)
細胞数:5×104cells/well (500μl medium)
培養環境:37℃、5%CO2、1−7days
FBS(牛胎児血清):あり
【0066】
(結果のまとめ)
図5に示すように、FBSのない状態で細胞を培養した場合、スルホン化キトサンを吸着させた実施例2のキトサンマトリックスは、比較例2、4、6のキトサンマトリックスに比べて比較的細胞が接着しているが、大きな差は見られなかった。
【0067】
しかしながら、図6に示すようにFBSのある状態で細胞を培養した場合、スルホン化キトサンを吸着させた実施例2のキトサンマトリックスは、比較例2、4、6のキトサンマトリックスに比べて、著しく多量の細胞が接着していた。すなわち、スルホン化キトサンが表面に存在するキトサンマトリックスは、血清存在下における細胞接着性が非常に高いことがわかった。これは、血清中に含まれる塩基性接着蛋白質(フィブロネクチン、ビトリネクチンなど)又は塩基性細胞増殖因子が吸着し、リガンドと細胞レセプター間とが相互作用するためと考えられる。
【0068】
(試験例3):細胞培養試験2
また、各実施例及び各比較例のキトサンマトリックスに上述した培養条件2で細胞を培養し、培養後3日後、7日後のキトサンマトリックスの状態を倍率500倍でSEMにより観察した。結果を図7〜14に示す。
【0069】
図7〜14に示すように、各実施例及び各比較例のキトサンマトリックスは、時間経過とともに細胞の増殖が観察された。実施例1及び2のキトサンマトリックスは、比較例1〜6のキトサンマトリックスよりも、3日経過後にすでに細胞が多量に増殖していることが確認できた。これは、細胞の接着量が多く、且つ接着した細胞が増殖しやすいためであると考えられる。
【0070】
以上より、本発明のキトサンマトリックスは細胞培養基材として好適に用いることができるものであることがわかった。また、血清存在下において、特に細胞の接着性に優れることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明にかかるキトサンマトリックスの細胞接着性を説明する概略図である。
【図2】予備試験1の結果を示すグラフである。
【図3】予備試験2の結果を示すグラフである。
【図4】試験例1の結果を示すグラフである。
【図5】試験例2の培養から1日後のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【図6】試験例2の培養から1日後のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【図7】実施例1のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【図8】実施例2のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【図9】比較例1のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【図10】比較例2のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【図11】比較例3のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【図12】比較例4のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【図13】比較例5のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【図14】比較例6のキトサンマトリックスのSEM画像である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
キトサン繊維の繊維集合体からなり、前記キトサン繊維の少なくとも表面にスルホン化キトサンが存在することを特徴とするキトサンマトリックス。
【請求項2】
請求項1に記載のキトサンマトリックスにおいて、前記キトサン繊維の表面にスルホン化キトサンが吸着したものであることを特徴とするキトサンマトリックス。
【請求項3】
請求項2に記載のキトサンマトリックスにおいて、スルホン化キトサンを含む溶液に前記繊維集合体を浸漬させることで形成されたものであることを特徴とするキトサンマトリックス。
【請求項4】
請求項1に記載のキトサンマトリックスにおいて、前記キトサン繊維をスルホン化したものであることを特徴とするキトサンマトリックス。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかに記載のキトサンマトリックスにおいて、キトサン繊維がエレクトロスピニングにより形成されたものであることを特徴とするキトサンマトリックス。
【請求項6】
請求項1〜5の何れかに記載のキトサンマトリックスにおいて、血清を付加したものであることを特徴とするキトサンマトリックス。
【請求項7】
請求項1〜6の何れかに記載のキトサンマトリックスからなることを特徴とする細胞培養基材。
【請求項8】
請求項1〜6の何れかに記載のキトサンマトリックスからなることを特徴とする創傷被覆材。
【請求項9】
請求項1〜6の何れかに記載のキトサンマトリックスからなることを特徴とする神経再生材。
【請求項1】
キトサン繊維の繊維集合体からなり、前記キトサン繊維の少なくとも表面にスルホン化キトサンが存在することを特徴とするキトサンマトリックス。
【請求項2】
請求項1に記載のキトサンマトリックスにおいて、前記キトサン繊維の表面にスルホン化キトサンが吸着したものであることを特徴とするキトサンマトリックス。
【請求項3】
請求項2に記載のキトサンマトリックスにおいて、スルホン化キトサンを含む溶液に前記繊維集合体を浸漬させることで形成されたものであることを特徴とするキトサンマトリックス。
【請求項4】
請求項1に記載のキトサンマトリックスにおいて、前記キトサン繊維をスルホン化したものであることを特徴とするキトサンマトリックス。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかに記載のキトサンマトリックスにおいて、キトサン繊維がエレクトロスピニングにより形成されたものであることを特徴とするキトサンマトリックス。
【請求項6】
請求項1〜5の何れかに記載のキトサンマトリックスにおいて、血清を付加したものであることを特徴とするキトサンマトリックス。
【請求項7】
請求項1〜6の何れかに記載のキトサンマトリックスからなることを特徴とする細胞培養基材。
【請求項8】
請求項1〜6の何れかに記載のキトサンマトリックスからなることを特徴とする創傷被覆材。
【請求項9】
請求項1〜6の何れかに記載のキトサンマトリックスからなることを特徴とする神経再生材。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2008−202170(P2008−202170A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−40085(P2007−40085)
【出願日】平成19年2月20日(2007.2.20)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【出願人】(390021393)北海道曹達株式会社 (7)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年2月20日(2007.2.20)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【出願人】(390021393)北海道曹達株式会社 (7)
【Fターム(参考)】
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