説明

クラック検知支援装置、及び、クラック検知支援方法

【課題】強力な音圧レベル(特に130dB以上)の超音波を広範囲に放射させて空中で測定対象物のクラックを効果的に検知可能にしたクラック検知支援装置を提供する。
【解決手段】クラック検知支援装置100は、圧電素子が設けられ、所定の周波数帯域の超音波を発生する振動子10と、振動子10の先端部に取り付けられ、振動子10の振動と共振することで格子モードでたわみ振動し、所定の音圧レベルの共振波を発生する振動板12と、振動板12の全面から放射される共振波によって空中に浮上及び振動する測定対象物50から発生する音を検出する音検出装置13と、を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強力な超音波を発生させて測定対象物のクラックを検知するクラック検知支援装置、及び、クラック検知支援方法に関し、特に空中において強力な超音波を発生させ測定対象物のクラックを効果的に検知することを可能にしたクラック検知支援装置、及び、クラック検知支援方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、超音波深傷によって半導体基板のクラック(欠陥)を検知する装置及び方法が存在している。そのようなものとして、「水中またはその他の液体中に被測定物を置き、その上方で探触子を走査させながらそこから音波を発信および受信し、探触子直下における異常部を二次平面または任意断面で二次平面的に表示する超音波探傷方法であって、被測定物が多結晶シリコン塊で探傷周波数を0.5〜10MHzとするシリコン塊の探傷方法」が提案されている(たとえば、特許文献1参照)。この探傷方法は、超音波の特性、つまり水中又は液体中では減衰が少ないという特性を利用したものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−21543号公報(第3頁、第1図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の技術では、シリコン塊に存在する小さいクラックを検知可能にするために高周波帯域の超音波を発生させている。また、発生させた超音波の減衰を低減するために水中又は液体中で実行するようにしている。しかしながら、このような方法では、測定対象物のクラック検知に要する時間が多くかかってしまうという問題がある。そこで、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)等の圧電素子を利用した一般的な超音波発生装置を利用して測定対象物のクラックを検知することが考えられる。
【0005】
この一般的な超音波発生装置は、圧電素子に電圧を印加することで圧電素子を発振させ、一定方向の振動の共振周波数を利用することで、特定の周波数を音響発振するようになっている。このような超音波発生装置では、圧電素子で発生した周波数は一般的に可聴域の周波数とは異なる18kHz以上の超音波域を有しており、その音圧レベルは空中に放射されると極端に音圧レベルが減衰することになる。この音圧レベルを増幅させるために、圧電素子の面振動方向に対して共振構造体(ホーン構造)を取り付け、圧電素子の面振動の振動数と共振構造体の振動数とを一致させることが多い。しかしながら、強力な音圧レベルの超音波を広範囲に放射することができないという問題が残っている。
【0006】
本発明は、以上のような問題を解決するためになされたもので、強力な音圧レベル(特に130dB以上)の超音波を広範囲に放射させて空中で測定対象物のクラックを効果的に検知可能にしたクラック検知支援装置、及び、クラック検知支援方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係るクラック検知支援装置は、圧電素子が設けられ、所定の周波数帯域の超音波を発生する超音波振動子と、前記超音波振動子の先端部に取り付けられ、前記超音波振動子の振動と共振することで格子モードでたわみ振動し、所定の音圧レベルの共振波を発生する振動板と、前記振動板の全面から放射される共振波によって空中に浮上及び振動する測定対象物から発生する音を検出する音検出装置と、を備えたことを特徴とする。
【0008】
本発明に係るクラック検知支援方法は、所定の周波数帯域の超音波を超音波振動子から発生させ、前記超音波振動子の振動と共振することで格子モードでたわみ振動する振動板から所定の音圧レベルの共振波を発生させ、前記振動板の全面から放射される共振波によって空中に測定対象物を浮上及び振動させ、このとき前記測定対象物から発生する音を検出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係るクラック検知支援装置及びクラック検知支援方法によれば、振動板の全面から超音波が一様に空中放射できるので、測定対象物を空中に確実に浮上及び振動させることができ、これにより空中で測定対象物から音を発生させることができる。また、空中で測定対象物から音を発生させることができるので、僅かなクラックからでも音を発生させることが可能になる。加えて、本発明に係るクラック検知支援装置及びクラック検知支援方法によれば、測定対象物から発生する音によって、測定対象物にクラックが発生しているかどうかを判定できるので、判定作業を容易かつ迅速に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実施の形態に係るクラック検知支援装置の一例を説明するための説明図である。
【図2】測定対象物から発生する音のFFT処理後の波形例を示すグラフである。
【図3】FFT処理データを用いた判定手順を説明するためのフローチャート図である。
【図4】FFT処理後の波形のピークを示す周波数付近のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本発明の実施の形態に係るクラック検知支援装置100の一例を説明するための説明図である。図1に基づいて、クラック検知支援装置100の構成及び動作について説明する。また、図1には、測定対象物50を併せて図示している。このクラック検知支援装置100は、空中に強力な音圧レベルの超音波を測定対象物50に衝突させて、測定対象物50から発生される音によって測定対象物50にクラックが存在しているかどうかの判定を容易にするものである。なお、図1を含め、以下の図面では各構成部材の大きさの関係が実際のものとは異なる場合がある。
【0012】
クラック検知支援装置100は、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)等の圧電素子で構成される超音波振動子にパルス電圧を印加し、振動子を発振させることによって、超音波を発生させるようになっている。図1に示すように、クラック検知支援装置100は、振動子(超音波振動子)10と、ホーン11と、振動板12と、音検出装置13と、FFT処理部14と、を有している。なお、クラック検知支援装置100は、ホーン11が備えられていなくても機能を発揮することができる。たとえば、振動板12をアルミ等の軽量な素材で構成することで、より小さな力で振動板12を加振することができるようになり、ホーン11を設けなくても十分な性能を得ることができる。
【0013】
振動子10には、図示省略の圧電素子が設けられており、この圧電素子に正電極端子及び負電極端子を介してパルス電圧が印加され、圧電素子が発振するようになっている。つまり、振動子10は、圧電素子にパルス電圧が印加されることによって、所定の周波数範囲(19kHz〜40kHz)の音波(超音波)を発生するようになっている。ホーン11は、両端面が開口され、内部に音響通路(超音波帯域の音響信号を増幅する通路)が形成されるように構成されており、振動子10と振動板12との間に取り付けられている。また、ホーン11は、円錐台形状に構成され、振動子10側から振動板12側に向けて徐々に縮径されているのが好ましい。
【0014】
振動板12は、ホーン11の他端部(振動子10が配置されている一端部の反対側の端部)に固着されており、振動子10の発振(振動)と共振することによって共振波を作り出す機能を有している。この共振波は、振動板12の両面(ホーン11側の面(ホーン11を設けない場合には振動子10の設置面)及びその対向面)の全体から放射されることになる。また、振動板12は、振動子10から発信される超音波信号の「腹」の部分に固着されている。
【0015】
したがって、振動板12は、「たわみ振動」を行なうことになる。すなわち、振動板12は、板そのものの固有振動数で決まる「格子モード(捩れ振動モード)」での振動を行なうようになっているのである。振動板12は、格子状になっている部分を「節(発生した超音波における疎の部分)」とし、それ以外の部分を「腹(発生した超音波における密の部分)」として「たわみ振動」するようになっているのである。そして、クラック検知支援装置100では、振動板12の有する振動モードの振動周波数を、振動子10の発振周波数と一致させて用いるようにしている。よって、振動板12と測定対象物50との間には、疎密を繰り返す定在波による音響波が発生していることになる。
【0016】
図1では、音検出装置13が1個だけ設けられている場合を例に示しているが、音検出装置13の個数を複数にしてもよい。音検出装置13を複数個設けることにより、音検出装置13を1個設ける場合よりもクラックの検知範囲が広範囲となり、また、測定対象物50に発生したクラックの位置を決定できるなど、クラック検知精度が向上することになる。また、感度の異なる音検出装置13を複数個設けて、測定対象物50で発生したクラックの大きさをある程度把握できるようにしてもよい。さらに、クラックの有無を自動で判定する場合には、判定結果を報知できるようにしておくとよい。
【0017】
音検出装置13を複数個設ける場合は、音検出装置13と測定対象物50との距離が全て等しくなるように設けるようにする。音検出装置13と測定対象物50との距離を一定に保つことにより、1つの測定対象物50に対して、音検出装置13の数だけ、2倍、3倍にデータが増えるため、後述するMTS法における単位空間データが増え、判定精度を効率よく向上させることができる。また、複数個の音検出装置13の感度をすべて同等にしたい場合は、それぞれの音検出装置13の出力を同等となるように調整するとよい。とくに特定の位置での判定精度を向上させたい場合など、測定位置による重み付けをしたい場合は、重み付けに応じて、音検出装置13からの出力をソフト上で変更してもよいし、対象箇所の音検出装置13の感度を上げてもよい。
【0018】
音検出装置13は、たとえばマイクロホンや音センサー、超音波センサー等、又はこれらの組み合わせで構成されており、測定対象物50から発生する音を検出するものである。この音検出装置13は、振動板12の近接位置(たとえば、10cm以下)に設けるようにする。FFT処理部14は、音検出装置13で検出された音の信号を時間の関数から周波数の関数へ高速に変換する信号処理手段としての機能を果たすものである。このFFTとは、Fast Fourier Transform(高速フーリエ変換)の略称である。測定対象物50は、たとえばシリコン基板や太陽光パネル等の半導体基板、あるいは、金属材料等であればよい。
【0019】
「格子モード」の「たわみ振動」について説明する。振動板12は、ホーン11の先端部に固着されており、振動子10から発信され、ホーン11を伝搬した超音波信号が伝搬する。振動板12の有する振動モードの振動周波数は、振動子10の発振周波数と一致しているので、伝搬した超音波信号により加振(共振)される。このとき、振動板12が「たわみ振動」することで、超音波(共振波)が発生し、振動板12の両面側に放射されるようになっている。
【0020】
振動板12は、以下の計算式(1)で大きさを決定することができ、所望の寸法を設計することができる。
λ={2πCph/f}*1/2・・・式(1)
ここで、λが波長を、Cpが振動板12を構成する板材料の固有定数を、hが振動板12を構成する板材料の厚みを、fが周波数をそれぞれ表している。なお、Cpは、振動板12を構成する材料固有の定数であり、その材料のヤング率やポアソン比等を用いて算出することができる。
【0021】
また、「格子モード」の発生に必要な振動板12の一辺の長さL1 は、以下の計算式(2)で決定することができる。
1 =(N1 −0.5)*λ/2・・・式(2)
ここで、N1 が振動板12に出現する「節」線の数(偶数値)を表している。
すなわち、振動板12の一辺の長さL1 を式(2)で示す関係に設定すれば、振動板12のたわみ振動時におけるモード形状を「格子モード」とすることができる。
【0022】
したがって、振動板12を「格子モード」で「たわみ振動」させることで、振動板12が振動子10から発信された超音波信号と同等の周波数の特定周波数で振動を行なうことができる。この特定の周波数による振動板12の周波数は、振動板12の全面から放射されることになるので、振動板12の大きさに応じた広い面積から特定の超音波帯域の周波数を持つ強力な音圧レベル(130dB以上)が一様に空中放射(振動子10の中心軸上に沿って30cm以上)されることになる。
【0023】
クラック検知支援装置100の動作、つまりクラック検知支援方法について説明する。
圧電素子にパルス電圧が印加されると振動子10から19kHz〜40kHz帯域の超音波が発生し、この超音波がホーン11を介して振動板12に伝搬する。振動板12に伝搬した超音波は、共振され強力な音圧レベルを有する共振波となって振動板12の表面全体から一様に放射される。そうすると、振動板12と測定対象物50との間には定在波による音響波が発生し、振動板12の表面に置かれた測定対象物50が空中に浮遊することになる。加えて、測定対象物50は、音響波により加振されて振動することになる。すなわち、振動板12は上述したように「格子モード」で「たわみ振動」しているので、測定対象物50が浮遊すると同時に振動することになるのである。
【0024】
測定対象物50が浮上及び振動している時、測定対象物50から音が発生することになる。測定対象物50から発生する音は、振動板12の近接位置に設けられている音検出装置13で検出される。測定対象物50にクラックが発生している場合、クラック部分で割れ面同士の擦れにより「ビビリ音」が発生する。この音により、測定対象物50のクラックを検知することができる。たとえば、音検出装置13で検出した音の信号を増幅することで人間の聴覚で測定対象物50にクラックが発生しているかどうか判断することができる。また、音検出装置13で検出された音の信号を目視可能に表示装置に表示し、人間の視覚で測定対象物50にクラックが発生しているかどうか判断するとよい。なお、クラック検知支援装置100は、測定対象物50を浮上させることによって、僅かなクラックであっても「ビビリ音」を発生させることができ、これにより僅かなクラックであっても判定することができるようになっている。
【0025】
より正確に測定対象物50のクラックを検知するためには、音検出装置13で検出した音の信号をFFT処理し、その測定結果を表示装置に表示するとよい。この場合、音検出装置13で検出された音信号は、FFT処理部14に送られ、FFT処理部14で音信号が時間の関数から周波数の関数へと変換される(図2で詳細に説明する)。この測定結果から、たとえば人間又は自動判定装置等の機械によって測定対象物50にクラックがあるかどうかを判定することができる。
【0026】
図2は、測定対象物50から発生する音のFFT処理後の波形例を示すグラフである。図2に基づいて、測定対象物50にクラックが発生しているかどうかの検知方法及びクラックの判定方法について詳細に説明する。また、図2(a)が測定対象物50にクラックが発生していない場合のFFT波形例を、図2(b)が測定対象物50にクラックが発生している場合のFFT波形例を、それぞれ表している。この図2では、横軸が発振周波数(Fs)[f]を、縦軸がレスポンス(音圧レベル)[dB]を、それぞれ示している。
【0027】
測定対象物50を空中に浮上させるためには、130dB以上、好ましくは145dB以上の音圧レベルが要求される。そこで、クラック検知支援装置100では、「捩れ振動モード」を起こす振動板12を装着し、この振動板12によって振動子10から発振される19kHz〜40kHzの周波数帯域の超音波を強力な共振波として振動板12の全面から均一に放射させるようになっている。したがって、測定対象物50に浮上に必要な130dB以上の音圧レベルの超音波が振動板12の近接位置(たとえば、10cm程度)に振動板12の前面から均一に放射されることになる。なお、振動子10から発振させる超音波の周波数帯域を19kHz〜40kHzとしたのは、強力な超音波発振を可能とするためである。
【0028】
そうすると、振動板12と測定対象物50との間に定在波である音響波が発生し、測定対象物50を空中に浮上させることができる。測定対象物50は、浮上すると同時に振動し、音を発生する。浮上及び振動している測定対象物50から発生した音は、音検出装置13で検出される。この検出音は、音信号としてFFT処理部14に送られ、FFT処理されて周波数の関数に変換される。FFT処理部14で変換された周波数の測定帯域を特に限定するものではないが、5kHz〜80kHzの帯域とすることが好ましい。そして、測定対象物50にクラックが発生しているかどうかは、FFT処理された周波数応答として分析することで判定することができる。
【0029】
図2(a)に示すように、測定対象物50にクラックが発生していない場合には、振動子10の共振周波数によるピーク周波数(矢印(ア))が表れるものの、それ以外の周波数に変動は表れない(矢印(イ))。つまり、振動子10のピーク周波数以外の周波数は、発振時の下限音圧レベル(図2に示す線A)を超えないのである。一方、図2(b)に示すように、測定対象物50にクラックが発生している場合には、振動子10のピーク周波数(矢印(ア))が表れる他、それ以外にも複数のピーク周波数成分が表れる(矢印(ウ))。
【0030】
このとき、音圧レベルにクラック発生時のピーク周波数の音響判定用の閾値(図2(b)に示す線B)を定めておけば、閾値を超えたピークが表れた場合に、測定対象物50にクラックが発生していると判定することができる。この判定は、人間が行なってもよく、自動判定装置等の機械が行なってもよい。つまり、クラック検知支援装置100は、クラックの発生の有無を容易に判定できるように支援するようになっている。したがって、FFT処理された周波数応答を分析することで、測定対象物50にクラックが発生しているかどうかの判定が容易に可能になる。加えて、FFT処理結果を表示すれば、その分析結果を人間の視覚により測定対象物50にクラックが発生しているかどうかの判定が可能になる。
【0031】
また、クラックが発生していない測定対象物50から予め閾値を定めておき、この閾値から突出したレスポンス量+周波数帯域でクラックの発生の有無の判定を自動判定装置等により機械的に実行するようにしてもよい。なお、測定対象物50から発生する音を音検出装置13で増幅させて、測定対象物50から発生する音を人間の聴覚により測定対象物50にクラックが発生しているかどうかを判定してもよい。また、視覚及び聴覚を組み合わせて測定対象物50にクラックが発生しているかどうかを判定してもよい。
【0032】
以下に、FFT処理結果を、MTS(Maharanobis Taguchi system)法を用いて分析し、クラックの発生の有無を自動的に判定するクラック自動検知装置(以下、便宜的にクラック自動検知装置200と称する)について説明する。なお、クラック自動検知装置200は、クラック検知支援装置100を適用したものである。
【0033】
図3は、クラック自動検知装置200における判定手順を説明するためのフローチャートである。クラック自動検知装置200は、クラックのない測定対象物(以下、該データを単位空間データとする)のマハラノビスの距離を計算する単位空間距離計算部201と、単位空間データのマハラノビスの距離を用いて、クラックの有無が未知の測定対象物(以下、該データを信号データとする)のマハラノビスの距離を計算する信号距離計算部202と、を有している、また、クラック自動検知装置200は、良品データ記憶部203を有している。
【0034】
まず、単位空間距離計算部201について説明する。
単位空間距離計算部201では、クラックのない測定対象物50を対象とする。FFT処理データを収集し(ステップS1)、収集したFFT処理データについて、ユーザーの目的に応じて解析対象の周波数帯域を選択し(ステップS2)、該周波数帯域のデータについて、マハラノビスの距離を計算する(ステップS3)。計算したマハラノビスの距離は、良品データとして、良品データ記憶部203に記憶させる(ステップS4)。
【0035】
次に、信号距離計算部202について説明する。
信号距離計算部202では、クラックの有無が未知の測定対象物50を対象とする。収集されたFFT処理データを元に、単位空間距離計算部201にて計算した基準データのマハラノビスの距離との相関から、該信号データのマハラノビスの距離を求める(ステップS11)。求めたマハラノビスの距離をあらかじめ決めておいた閾値と比較し(ステップS12)、閾値よりも小さい場合(ステップS12;YES)は、良品(クラックなし)とみなし、閾値よりも大きい場合(ステップS12;NO)は、不良品(クラックあり)とみなして、それぞれの結果を表示する(ステップS13、ステップS14)。さらに、算出したマハラノビスの距離が閾値より小さく、良品(クラックなし)とみなされた場合は、良品データ記憶部203に、該データを追加記憶させてもよい。
【0036】
FFT処理データからマハラノビスの距離を算出する方法について、以下に一例を示す。MTS法では、逆行列による計算を行うため、データの数が特徴量項目の数よりも多い必要がある。そのため、特徴量項目を周波数とした場合、データの数よりも特徴量項目の数が小さくなるように、測定周波数を一定間隔で間引いたり、一定間隔ごとに平均化することが多い。以下の例では、FFT処理データの全データを用いる方法の一例として、FFT処理データ1データにつき、2つの特徴量項目(基準となるデータに対する、感度と標準偏差)で表現する方法について示す。
【0037】
分析周波数の数をk個として、各周波数における音圧レベルをX1 、X2 、・・・、Xk とする。単位空間のメンバーの数をn個とすると、各周波数の単位空間内の平均は、下記式(3)で表すことができる。
【数1】

【0038】
単位空間のメンバーごとの標準SN比ηと感度βは次のように求められる。単位空間のNo.1のメンバーの標準SN比η1 と感度β1 は、線形式L1 を下記式(4)として、下記式(5)のように求める。
【数2】

【数3】

ここでrは、下記式(6)である。
【数4】

【0039】
また、SN比η1は、まず全変動ST1と比例項の変動Sβ1を下記式(7)、下記式(8)のように求めて計算する。
【数5】

【数6】

【0040】
これから誤差変動Se と誤差分散Ve は、下記式(9)、下記式(10)で求める。
【数7】

【数8】

これから標準SN比η1 は下記式(11)で与えられる。
【数9】

【0041】
同様にして、No.2、No.3、・・・、No.nに対するβとηを求める。項目ηとβを用いて単位空間内の距離を下記式(12)、下記式(13)で求める。SN比ηは、平方根の逆数すなわち標準偏差に置き換え、感度βと標準偏差を特徴量とする。
【数10】

【数11】

【0042】
単位空間のn個のメンバーのデータより、MTS法を用いて、単位空間の距離Dを求める。それと比較して信号との距離が十分大きいかどうかを調べて判断する。まず、Y1 とY2 の分散、共分散を求めて分散・共分散行列を求める。ここで、Y1 の分散をV11(下記式(14))、Y1 、Y2 の共分散をV12(下記式(15))、Y2 の分散をV22(下記式(16))で表す。V21=V12である。Y1の平均をY1、Y2の平均をY2としている。
【数12】

【数13】

【数14】

【0043】
したがって、分散・共分散行列Vは、下記式(17)のようになる。
【数15】

分散・共分散行列Vの余因子行列Aは、下記式(18)のように求まる。
【数16】

【0044】
これを用いた各メンバー距離は、メンバーが単位空間のNo.1の場合を示せば、下記式(19)のようになる。
【数17】

単位空間の残りのメンバーNo.2、・・・No.nについても、距離D22、D32、・・・Dn2が得られる。
【0045】
得られた距離を、たとえば、No.1の場合、下記式(20)を用いて変換することにより、単位空間内のマハラノビスの距離の平均は1となる。
【数18】

【0046】
上記のように得られたマハラノビスの距離を、単位空間データのマハラノビスの距離と比較することで、クラックの有無を検知する。あらかじめ設定した閾値に対して、信号データのマハラノビスの距離が小さい場合は、単位空間と波形パターンが似ていることを示し、クラックがないまたは小さいと判定する。一方、信号データのマハラノビスの距離が該閾値よりも大きい場合は、単位空間のデータに比べて波形パターンが異なることを示し、クラックがあると判定する。
【0047】
また、該閾値は、ユーザーが任意に決めることができ、閾値を大きくすれば、大きいクラックのみ検知するシステムとなり、閾値を小さくすれば、小さなクラックまで検知するシステムとなる。また、単位空間データの数を増やすほど、検知精度は向上する。単位空間データの数は100以上が望ましい。また、マハラノビスの距離と、測定対象物の破壊強度などの強度特性との関係から、閾値を決めることも可能である。
【0048】
また、前述したとおり、未知データの検査の結果、良品データと判定された場合は、良品データすなわち単位空間データとして追加記憶させることにより、単位空間データが増え、その後の検知精度はさらに上がる。
【0049】
前述した、解析周波数帯域は、ユーザーが任意に決めることができる。クラックの検知には、30kHz〜40kHzが望ましい。これは、可聴領域である20kHzよりも高周波数なため、外部ノイズの影響を受けにくいことと、クラックのない測定対象物50において、30kHz〜40kHzでは大きなピークが現れないため、クラックのある測定対象物50との差異が明確になるためである。
【0050】
また、測定対象物50が超音波により安定して浮かない場合は、クラック検知精度を低下させる要因となる可能性がある。そこで、測定対象物50が安定して浮く場合を単位空間とすることで、判定精度を向上させることができる。測定対象物50が安定して浮く場合は、振動子12の共振周波数によるピークが図4(a)に示すように鋭く(すそが狭い)なる。一方、測定対象物50がバタバタと揺れるなど安定して浮かない場合は、図4(b)に示すように、ピークのすそが広くなる。このため、ピーク周波数の前後1kHzの周波数帯域を対象として、測定対象物50が安定して浮く場合を単位空間とすることで、測定対象物50の浮上状態を判別することができ、測定対象物50が安定して浮くもののみを対象に検査を行うことで、さらにクラック検知精度が向上する。
【0051】
以上のように、クラック検知支援装置100では、振動板12の全面から強力な音圧レベル(130dB以上)を有する超音波が一様に空中放射できるので、測定対象物50を空中に浮上及び振動させることができ、測定対象物50から音を発生させることができる。したがって、測定対象物50から発生する音によって測定対象物50にクラックが発生しているかどうかを容易に判定できる。また、クラック検知支援装置100では、空中で測定対象物50のクラックの有無を検知するので、検知に要する時間を大幅に削減することができ、迅速にクラック発生の有無を検知できる。
【0052】
さらに、クラック検知支援装置100は、測定対象物50のクラックの有無を検知するために特別な設備等を必要としないため、非常に安価に測定対象物50のクラックの有無を検知することができる。加えて、クラック検知支援装置100は、半導体基板の製造ラインや半導体基板を組み込んだ何らかの装置の製造ラインのいずれにも備えることができ、測定対象物50のクラック検知を適宜実行することによって測定対象物50の歩留まりを大幅に向上することが可能になる。
【0053】
なお、振動板12の振動子10の取付面とは反対側面における「節」に相当する位置に緩衝材を設けて、この緩衝材の上に測定対象物50を載置してクラック検知を開始するようにしてもよい。図1では、振動子10が1個だけ設けられている場合を例に示しているが、振動子10の個数を特に限定するものではなく、測定対象物50の大きさや重量、形状によって振動子10の個数を決定するとよい。また、複数個の振動子10を設けて、振動板12の位相を制御することにより、測定対象物50を非接触で搬送させながら、クラックの有無を検知するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0054】
10 振動子、11 ホーン、12 振動板、13 音検出装置、14 FFT処理部、50 測定対象物、100 クラック検知支援装置、201 単位空間距離計算部、202 信号距離計算部、203 良品データ記憶部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電素子が設けられ、所定の周波数帯域の超音波を発生する超音波振動子と、
前記超音波振動子の先端部に取り付けられ、前記超音波振動子の振動と共振することで格子モードでたわみ振動し、所定の音圧レベルの共振波を発生する振動板と、
前記振動板の全面から放射される共振波によって空中に浮上及び振動する測定対象物から発生する音を検出する音検出装置と、を備えた
ことを特徴とするクラック検知支援装置。
【請求項2】
前記超音波振動子から発生する超音波の周波数帯域を19kHz〜40kHzとし、
前記振動板から放射される共振波の音圧レベルを130dB以上としている
ことを特徴とする請求項1に記載のクラック検知支援装置。
【請求項3】
前記音検出装置で検出された音の信号を目視可能に表示する
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のクラック検知支援装置。
【請求項4】
前記音検出装置で検出された音の信号をFFT処理するFFT処理部を設け、その測定結果を表示する
ことを特徴とする請求項3に記載のクラック検知支援装置。
【請求項5】
前記FFT処理部によりFFT処理された測定結果にクラック発生時のピーク周波数の音響判定用の閾値を予め定めておく
ことを特徴とする請求項4に記載のクラック検知支援装置。
【請求項6】
前記FFT処理部によりFFT処理された5kHz〜80kHzの周波数帯域を測定帯域として用いる
ことを特徴とする請求項5に記載のクラック検知支援装置。
【請求項7】
前記FFT処理部によりFFT処理された測定結果を用いて、MTS法により前記測定対象物のクラックを検知している
ことを特徴とする請求項4〜6のいずれか一項に記載のクラック検知支援装置。
【請求項8】
前記FFT処理部によりFFT処理された30kHz〜40kHzの周波数帯域を分析帯域として用いている
ことを特徴とする請求項7に記載のクラック検知支援装置。
【請求項9】
前記FFT処理部によりFFT処理された測定結果を用いて、MTS法により前記測定対象物の浮上状態を判別している
ことを特徴とする請求項4〜6のいずれか一項に記載のクラック検知支援装置。
【請求項10】
前記FFT処理部によりFFT処理され、前記振動子の共振周波数によるピーク周波数の前後1kHzの周波数帯域に対して前記MTS法を用いる
ことを特徴とする請求項9に記載のクラック検知支援装置。
【請求項11】
前記音検出装置は、
1つまたは2つ以上配設される
ことを特徴とする請求項1〜10のいずれか一項に記載のクラック検知支援装置。
【請求項12】
前記音検出装置を2つ以上設ける場合は、前記音検出装置と前記測定対象物との距離が等しくなるように設ける
ことを特徴とする請求項11に記載のクラック検知支援装置。
【請求項13】
前記音検出装置は、
マイクロホン、音センサー、もしくは、超音波センサー、又はこれらの組み合わせで構成されている
ことを特徴とする請求項1〜12のいずれか一項に記載のクラック検知支援装置。
【請求項14】
両端面が開口され、内部に音響通路が形成されているホーンを、前記超音波振動子と前記振動板との間に取り付けている
ことを特徴とする請求項1〜13のいずれか一項に記載のクラック検知支援装置。
【請求項15】
前記振動板の前記超音波振動子の取付面とは反対側面における「節」の位置に緩衝材を設けている
ことを特徴とする請求項1〜14のいずれか一項に記載のクラック検知支援装置。
【請求項16】
前記測定対象物が半導体基板又は金属材料である
ことを特徴とする請求項1〜15のいずれか一項に記載のクラック検知支援装置。
【請求項17】
所定の周波数帯域の超音波を超音波振動子から発生させ、
前記超音波振動子の振動と共振することで格子モードでたわみ振動する振動板から所定の音圧レベルの共振波を発生させ、
前記振動板の全面から放射される共振波によって空中に測定対象物を浮上及び振動させ、このとき前記測定対象物から発生する音を検出する
ことを特徴とするクラック検知支援方法。
【請求項18】
前記超音波振動子から19kHz〜40kHzの周波数帯域の超音波を発生させ、
前記振動板から130dB以上の音圧レベルの共振波を放射させる
ことを特徴とする請求項17に記載のクラック検知支援方法。
【請求項19】
前記測定対象物から発生し、検出された音の信号を目視可能に表示する
ことを特徴とする請求項17又は18に記載のクラック検知支援方法。
【請求項20】
前記測定対象物から発生する音の信号をFFT処理し、その測定結果を表示する
ことを特徴とする請求項19に記載のクラック検知支援方法。
【請求項21】
前記FFT処理された測定結果にクラック発生時のピーク周波数の音響判定用の閾値を予め定めておく
ことを特徴とする請求項20に記載のクラック検知支援方法。
【請求項22】
前記FFT処理された5kHz〜80kHzの周波数帯域を測定帯域として用いる
ことを特徴とする請求項21に記載のクラック検知支援方法。
【請求項23】
前記FFT処理された測定結果を用いて、MTS法により前記測定対象物のクラックを検知する
ことを特徴とする請求項20〜22のいずれか一項に記載のクラック検知支援方法。
【請求項24】
前記FFT処理された30kHz〜40kHzの周波数帯域を分析帯域として用いる
ことを特徴とする請求項23に記載のクラック検知支援方法。
【請求項25】
前記FFT処理された測定結果を用いて、MTS法により前記測定対象物の浮上状態を判別する
ことを特徴とする請求項20〜22のいずれか一項に記載のクラック検知支援方法。
【請求項26】
前記FFT処理され、前記振動子の共振周波数によるピーク周波数の前後1kHzの周波数帯域に対して前記MTS法を用いる
ことを特徴とする請求項25に記載のクラック検知支援方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−190884(P2010−190884A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−197170(P2009−197170)
【出願日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】