説明

クラック検知方法

【課題】 定在波の観測が困難な状態においても観測できるようにして微細クラックの個数及び位置、更にはクラックの成長を正確に検知できるようにする。
【解決手段】 クラック検知対象物の長体1の端面に複数回の衝撃を与え、内部に生じた定在波を加速度センサ2によって受信し、各観測値系列毎に定在波の振幅の概略値を用いて各観測値系列毎に最適モード集合を得る。この最適モード集合を用いて尤度関数Jn(L)を求めこれらの総和を最大化するパラメータθを求めることによってクラックの位置の計測値が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンクリート杭等の長体に生じた微細クラックの位置を長体の内部に発生させた複数の弾性波の定在波によって検知する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリート構造物の剥離を検査する方法として、特許文献1(特開2001−337077号公報)に示されるように、コンクリート表面に衝撃を加えて弾性波を生じさせ、表面と剥離空隙の間に生じた定在波を表面に取り付けた超音波センサにより検出し、受波信号の周波数分析により剥離存在の検知とその位置を求めることを提案した。
【0003】
発生する定在波は、コンクリート中の音波の伝播速度と剥離の位置により一義的に決まる基本モードの定在波と、基本モードの整数倍のモードを有する多数の高次モードの定在波とがあり、定在波の周波数を求めてコンクリート中の剥離の位置を決定するものである。
【0004】
また、土中に埋設されたコンクリート杭のクラックの有無を検知して構造物の健全度を評価する方法として同様に杭端部に加えた衝撃による定在波を観測し、複数の観測データ系列を使用して定在波を抽出できるようにして、弾性波の減衰が極めて大きな地中における計測精度を高める方法が検討されている。
【0005】
【特許文献1】特開2001−337077号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
土中に埋設されたコンクリート杭やグラウンドアンカー等の構造物は、周囲に土壌による土圧の作用を受けており、拘束された状態である。このような条件下においては、衝撃を検査対象物に加えても内部に生じた弾性波の減衰が極めて大きく、定在波の観測が困難であった。
【0007】
また、複数のクラックが存在する場合、各クラックからの反射波が生じ、クラックの数に応じた定在波が生成され、従来の方法では定在波のピークを区別することが困難であった。
【0008】
更に、コンクリート杭等の強度試験において、載荷中に生じた微細クラックは荷重を除去するとクラックが塞がってしまい、クラックの発生個数やクラックの成長を正確に検知することができなかった。載荷中に視認したクラックにペンで線を引き、クラックの位置を確認することもおこなわれているが、大きな荷重を載荷中の試験体に近づくことは危険を伴うと共に、載荷重の増加に伴うクラックの増加やクラック成長を正確に検知することができなかった。
【0009】
そこで、本発明は、埋設コンクリート杭の長さあるいはクラック位置の計測を行えるようにすると共に、埋設、非埋設に拘わらず、多くの微細クラックの個数及び位置、更にはクラックの成長をも正確に検知できるようにするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
長体内部の軸方向に弾性波を複数回生成させ、各弾性波の複数のモードの定在波を観測し、複数モードの定在波を状態変数とする各観測値系列に対する尤度関数の和を最大化させることによってクラックの位置を検知するものである。
【0011】
また、微小クラックが多数ある場合に対し、長体を複数の探索領域に分割し、各探索領域毎に当該領域の最適モードを用いた尤度関数を最大化させることによって、未知のパラメータの数を少なくし計算時間の短縮化を図ると共に、クラックの高精度位置計測を可能ならしめるものである。
【0012】
本発明の原理を図1に基づいて説明する。対象物は、軸方向にクラックがN個存在するする長さLの長体である。
【0013】
長体1の端部に加速度センサ2が取り付けてあり、基準点(左端)から各クラックC(1≦i≦N)までの距離はそれぞれLi(1≦i≦N)である。
【0014】
この長体1の端部10にハンマーで軽く衝撃を与えると、瞬間的に軸方向に弾性波が生じる。弾性波の大部分はクラックC(1≦i≦N)を透過して長体1の他端11で反射するが、一部はクラックC(1≦i≦N)で反射するため、長体1の内部には基本波長が2L及び2Liの(N+1)個の定在波が生成される。ここで、qを長体1における弾性波速度とすると、L及びLiに対する定在波の第jモードの角周波数は、式(1)で与えられ、定在波は、短い時間区間においては、式(2)の正弦波で表すことができる。但し、LはL=Lの意である。
【0015】
【数1】

【0016】
各Liについて支配的な定在波のモードをM個選び、これらのモード番号の集合をΩi={mi1,mi2,……,miM}とすると、定在波は、式(3)で近似することができる。
【0017】
【数2】

【0018】
式(4)〜(6)の状態方程式が得られる。
【0019】
【数3】

【0020】
式(4)をサンプル値化すると、式(7)となる。
【0021】
【数4】

【0022】
遷移雑音ベクトルwは、平均がゼロ、共分散行列Wが式(9)で与えられる白色ガウス雑音である。
【0023】
【数5】

【0024】
一方、式(3)において、選択したM個以外の未使用のすべてのモードの定在波とセンサ自体の雑音を合わせたものを観測雑音とみなすと、加速度センサ2により得られる観測値は式(10)でモデル化することができる。
【0025】
【数6】

【0026】
加速度センサ2から、各クラックCまでの距離Liは未知であり、長体の長さLは既知であるが、Lを含めて(N+1)個を未知パラメータベクトルとし、θ=(L、L、…,L)を推定する。このとき、θに値を与えると、線形ダイナミックシステムが定まるので、観測雑音の白色ガウス性を考慮すると、以下のカルマンフィルタにより状態ベクトルの推定を行える。
【0027】
【数7】

【0028】
別の表現をすると、観測データの実効値の2乗値から式(19)に示す、ダイナミックモデルに使用する定在波モードの実効値の2乗和の差で与えられる。
【0029】
【数8】



【0030】
以上のようにして、カルマンフィルタにより得られる状態ベクトルの予測値を用いると、パラメータθの確からしさは、式(21)の尤度関数によって評価できる。
【0031】
【数9】

【0032】
式(21)をθについて最大化することにより長体1の長さL及び各クラックまでの距離Liをすべて推定することができる。
【0033】
長体1の長さL及び各クラックの位置Liに関する最適モード集合Ωiの決定についてはフィッシャー情報行列を最大化するモードを選択する。式(22)にフィッシャー情報行列式の近似式を示す。
【0034】
【数10】

【0035】
このことから、パラメータθ=(L0,L1,・・・LN)の推定のためには、データウィンドウ長はできるだけ長くとるのが望ましい。
【0036】
よって、式(22)をΩについて最大化することにより長体1のクラックの位置計測のための最適モード集合を求めることができる。
【0037】
最適モード集合の決定において、各モードの定在波の振幅は未知であるため、概略値を求める必要がある。
【0038】
まず、観測データ{y}に対しFFT(高速フーリエ変換)によってスペクトルP(ω)を得る。クラックまでの距離Liに対する理論的な定在波の角周波数は式(1)に示す通りなので、式(23)で示す理論的な定在波モードの周波数におけるスペクトル和が最大となるパラメータを求めることによってLiの概略値が得られ、かつ、(1)式によりその定在波の角周波数の概略値を求めることができ、定在波の振幅{αij}の概略値も同時に求めることができる。振幅の概略値は、以下の式(23’)となる。
【0039】
【数11】

【0040】
この振幅の概略値を用いた式(22)の最大化をおこなうことによって最適モード集合Ω(0≦i≦N)を求めることができる。ここでN´は適切に選ばれた十分大きな整数である。
【0041】
以上が、複数のクラックが存在する長体のクラックを定在波によって検知する手法であるが、クラックが微細クラックの場合、あるいは土中埋設コンクリート杭では検知が困難となるので、複数の観測値系列を一括使用することによって微細クラックの検知を可能とするものである。
【0042】
式(24)に示すQ個の観測値系列が得られた場合、n番目の観測値系列に対する周波数スペクトルをPn(ω)と表し、FFT(高速フーリエ変換)による長体1の長さL、及びクラック位置Liの概略値は、式(23)に対応する式(25)の評価関数を最大化することで得られる。
【0043】
【数12】

【0044】
同時に、n番目の観測値系列に対する定在波の第jモードの振幅{αnij}の概略値も同時に求めることができる。振幅の概略値は、式(23’)に対応する以下の式(25’)で求められる。
【0045】
【数13】

【0046】
よって、各観測値系列毎に、振幅の概略値を用いた式(22)の最大化により、各観測値系列毎に最適モート集合が得られる。
【0047】
得られた最適モード集合を用いて尤度関数Jn(L)を求め、これらの総和を最大化するパラメータθを求めれば、クラックが微小であろうと、コンクリート杭が土中に埋設されていようと、クラックの位置の計測値が得られる。
【0048】
つまり、式(26)の最大化によって長体の長さ及びクラックの位置の計測がなされるのである。
【0049】
【数14】

【0050】
ただ、多数のクラックが発生した場合において、本発明を長体の全長に渡って適用すると、線形ダイナミックシステムの次元が大きくなるだけでなく、未知パラメータの数が多くなり、計算時間が長くなるなどの問題が生ずるので、探索領域を分割し、各領域毎にクラックの位置を検出することが好ましい。
【0051】
そのためには、各領域の中央値を当該領域のクラック位置の代表的な概略値として、この概略値に対し、各観測値系列及び各領域毎に(22)式に準じて最適モード集合を求める。そして、各観測値系列及び各領域毎に尤度関数を求め、同一領域の尤度関数を加え合わせる。このようにして全領域にわたって尤度関数が描けるが、ここのようにして得られた尤度関数の極大点を捜すことにより、多数の微小なクラックの検出及びクラック位置計測が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0052】
実験例
長体1としてコンクリートパイル(PHC−A種)、長さ7986mmを使用し、図2に示すように、JIS A 5373のコンクリートプレキャストパイルの強度試験に準じてコンクリートパイルに荷重をかけたときのクラックの位置の検知を本発明を適用しておこなった。
【0053】
加速度センサ2は、株式会社東陽テクニカ製PCB352C65を使用し、既成のコンクリートパイルの端版の一部をガスバーナで焼き切って削除し、コンクリートを露出させて加速度センサ2をコンクリート表面に接着した。また、コンクリートパイルの中央部の上下に各々3個の歪ゲージ3を貼り付けてあり、クラックが発生した瞬間に発生するパルス状の電圧変化によってクラックの発生を知ることができるようにしてある。
【0054】
探索領域は、図3に示すように、強度試験の載荷によってクラックの発生する中央部分(L=3〜5m)を10分割してNo.1〜10の領域とした。
【0055】
加速度センサ2を取り付けたコンクリートパイル1の端面をハンマーで叩き、加速度センサ2の信号を増幅器を介してAD変換し、本発明に従ってコンピュータで処理するようにしたものである。
【0056】
70kNの荷重に達したときに、1個のクラックが発生したので、本発明によるクラックの検知を試みた。コンクリートパイルの全長は既知であり、未知パラメータをθ=(L、Lとした。
【0057】
衝撃回数は5回(Q=5)であり、使用モード数は3(M=3)である。従って、状態ベクトルの次元は、2(N+1)Mであるので、12となる。
【0058】
5回の衝撃に対する各尤度関数の和を各探索領域に対して求めたところ、No.7の探索領域のL=4,294mmの位置にクラックがあるという結果が求まった。実際に生成されたクラックの位置をメジャーで測定したところ、端面から4,348mmであり、実用的に問題のないことが確認された。
【0059】
更に、載荷重を増大して88kNで同様の操作をおこなったところ、No.4の探索領域であるL=3,792mmに新たにクラックが発生したという結果が得られた。これについても、目視のクラック検査によると、基準点から3,789mmの位置であり、検出値とほぼ一致している。なお、荷重を増加する前に既に存在していたNo.7の探索領域では、L=4,294mmの位置にクラックがあるという結果が求まった。
【0060】
荷重を100kNに増大し、衝撃を加える本発明方法によってクラックの検知をおこなったところ、新たなクラックの発生は検出されなかったが、既に発生していたクラック位置での尤度関数のピークが鮮明となっており、クラックが成長していることが本発明によって検出できることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0061】
以上のように、長体の内部に発生させた定在波を利用することによって生成されたクラックを高精度に検知することができ、また、載荷途中の微細なクラックの生成及び成長をも検出することができ、土木、建築など多方面に応用することができる。
【0062】
また、本発明によれば、コンクリートパイルに帯鉄やケブラー繊維もしくは炭素繊維などを巻き付けて補強して、コンクリートパイル表面の観察や歪ゲージの貼り付けができない場合、土中に埋設されたコンクリートパイルやグラウンドアンカー、更には、桟橋などの水中の部材、または、使用中のコンクリート製電柱であっても、端部に加速度センサーを貼り付けることできればクラックを検知することができ、有用な方法である。
【0063】
また、鋼管の一方の頭部に加速度センサを貼り付け、同部にハンマー等で衝撃を加えることによっても、クラック位置と合わせて管長を高精度に計測することができる。もし、クラックが無い場合を想定すれば、鋼管の長さが高精度に測れる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明の長体のクラック検知方法を説明する概念図である。
【図2】コンクリート杭の載荷試験におけるクラック検知方法の説明図である。
【図3】探索領域の分割状体を示す説明図である。
【符号の説明】
【0065】
1 長体(コンクリートパイル)
2 加速度センサ
3 歪ゲージ
10 長体1の端部
11 長体1の他端

【特許請求の範囲】
【請求項1】
長体の軸方向に弾性波を複数回生成させ、各弾性波の複数のモードの定在波を観測し、複数モードの定在波を状態変数とする各観測値系列に対する尤度関数の和を最大化させるクラック検知方法。
【請求項2】
請求項1において、長体を複数の探索領域に分割し、各探索領域毎に当該領域の最適モードを用いた尤度関数の和を最大化させるクラック検知方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−322807(P2006−322807A)
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−146137(P2005−146137)
【出願日】平成17年5月19日(2005.5.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年11月21日 社団法人計測自動制御学会中国支部主催の「第13回 計測自動制御学会中国支部」において文書をもって発表
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【Fターム(参考)】