説明

グラフェンフィルム製造方法

【課題】サイズが大きく一様でまた転写が容易なグラフェンフィルムを提供する。
【解決手段】HOPG基板100の表面にNiなどの触媒層101をデポジットする。このような触媒層付きHOPG基板を所定時間高温に維持し、その後冷却することで、HOPG基板から供給される炭素により触媒層の上に形成された、高品質でサイズの大きなグラフェンフィルム102が得られる。エッチングなどで触媒層を除去することにより、グラフェンフィルム101をHOPG基板から分離することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はグラフェン(graphene)フィルムを製造する方法に関し、特にサイズが大きく一様であり、また他の基板などへの転写が容易なグラフェンフィルムを合成する方法に関する。このようにして製造されたグラフェンフィルムは、ムーアの法則後の電子技術から超高速応答センサやアクチュエータ、更には透明電極まで、幅広い応用分野が考えられる。
【背景技術】
【0002】
グラフェンは2次元の蜂の巣状格子に緊密にパックされた単層構造の炭素原子に与えられた名称であり、他の次元の全ての黒鉛材料の基本的な構成要素である。すなわち、グラフェンを何かを包み込む形状にして0次元のフラーレンとし、巻いて1次元のナノチューブとし、あるいは積み上げて3次元の黒鉛とすることができる。
sp結合された炭素原子の2次元蜂の巣状格子であるグラフェンは、整数量子ホール効果(integer quantum Hall effect)及び準粒子結合(quasiparticle coupling)における特異な挙動などの際立った性質を豊富に持っていることが示されている。室温での非常に高いキャリア移動度と長いバリスティック輸送距離、ナノリボン中での量子閉じ込め、化学ドーピングの可能性、また単分子ガス検出感度により、グラフェンは光電子技術、センサから電極に至るまでの広い範囲に及ぶ用途の可能性が認められている(非特許文献1を参照のこと)。
【0003】
本願でのグラフェンフィルムは、単層グラフェン、二層グラフェン、数層(3層〜10層)グラフェン、あるは200層程度までのグラフェンである。グラフェンフィルムを作成するためのいくつかの方法がこれまでにも提案されている。機械的剥離法(たとえば非特許文献2を参照のこと)では、孤立した高品質の結晶がもたらされるがその大きさは10μm程度しかないので、この方法の実用性は疑問視されている。また、6H−および4H−SiC上でのエピタキシャル成長が活発に追求されている(非特許文献3を参照のこと)。しかし、この方法では一様な厚さを持つ大きなグラフェン領域を得るのは依然として難問であり、またSiC熱分解における出発材料として使用されるSiC単結晶材料は非常に高価である。遷移金属の箔あるいはフィルム上でのエピタキシーによるグラフェン合成も報告されている。化学気相成長(CVD)プロセスは1000℃程度の高温と気体状の炭素源を必要とする(非特許文献4を参照のこと)。それにもかかわらず、顕微鏡サイズの一様な厚さを持つエピタキシャルグラフェン領域を生成できるかどうかは不確実なままである。黒鉛の液相剥離(非特許文献5を参照のこと)及び酸化グラフェンの還元(非特許文献6を参照のこと)は高収率のグラフェンプレートを生成することができる。しかしこれら2つの解決方法では、高品質であり、層構成やサイズがコントロールされたグラフェンシートを生成することはできない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】A.K. Geim, and K. S. Novoselov, Nature Materials 6, 183−191 (2007)
【非特許文献2】K. S. Novoselov, et al. Science 305, 666, (2004)
【非特許文献3】K. V. Emtsev, et al., Nature Materials 8, 203−207 (2009)
【非特許文献4】X. S. Li, et al., Science 324, 1312 − 1314 (2009)
【非特許文献5】Y. Hernandez, et al., Nature Nanotechnology 3, 563−568, (2008)
【非特許文献6】X. L. Li, et al., National Nanotechnology 3, 538, (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は上述した従来技術の問題点を解消し、上に例示した多様な分野への潜在的な適用可能性を現実のものとするような、サイズが大きく一様でまた転写が容易なグラフェンフィルムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一側面によれば、以下の(a)から(d)のステップを設けたグラフェンフィルム製造方法が与えられる。
(a) HOPG(Highly Ordered (Oriented) Pyrolytic Graphite、高配向熱分解黒鉛)基板を準備する。
(b) 上述のHOPG基板上に触媒層を設ける。
(c) 上述の触媒層が設けられたHOPG基板を所定時間加熱する。
(d) 上述のHOPG基板を冷却する。
本発明の他の側面によれば、上述の触媒層の材料はNi、Pt、Co、Fe、Cr、Cu、Mn、Rh、Ti、Pd、Ru、Ir、Reからなる群から選択された1つまたは選択された複数の要素の組み合わせを含むグラフェンフィルム製造方法が与えられる。
【0007】
本発明の更に他の側面によれば、上述の触媒層の厚さは約5nmから約2mmの範囲にあるグラフェンフィルム製造方法が与えられる。
本発明の更に他の側面によれば、上述の触媒層を設けるステップはデポジションによって行われるグラフェンフィルム製造方法が与えられる。
本発明の更に他の側面によれば、上述の加熱するステップは350℃から1600℃で1秒から200時間の間継続するグラフェンフィルム製造方法が与えられる。
本発明の更に他の側面によれば、上述の加熱するステップは真空中で、または不活性の雰囲気中で行われるグラフェンフィルム製造方法が与えられる。
本発明の更に他の側面によれば、上述のHOPG基板を劈開して触媒層をその上に設ける新たな表面を得るグラフェンフィルム製造方法が与えられる。
本発明の更に他の側面によれば、以下のステップ(e)を上述の冷却するステップの後に設けたグラフェンフィルム製造方法が与えられる。
(e) 上述のHOPG基板と上述のグラフェンフィルムの間の触媒層を除去する。
本発明の更に他の側面によれば、上述の除去するステップは以下の(e−1)から(e−3)のステップを更に含むグラフェンフィルム製造方法が与えられる。
(e−1) 上述のグラフェンフィルムの表面をポリマー被覆する。
(e−2) 上述の触媒層、グラフェンフィルム及びポリマー被覆を有するHOPG基板をベーキングする。
(e−3) 上述の触媒層をエッチングして、上述のポリマー被覆が付いたグラフェンフィルムをHOPG基板から分離する。
【0008】
本発明の更に他の側面によれば、以下の(f)及び(g)のステップを更に設けたグラフェンフィルム製造方法が与えられる。
(f) 前記ポリマー被覆付きの前記グラフェンフィルムを他の基板に転写する。
(g) 前記転写されたグラフェンフィルムから前記ポリマー被覆を除去する。
本発明の更に他の側面によれば、以下の(a)から(c)を設けた、グラフェンフィルムを有する基板が与えられる。
(a) HOPG基板。
(b) 上述のHOPG基板表面上の介在層。
(c) 上述の介在層上のグラフェンフィルム。
本発明の更に他の側面によれば、上述の介在層はNi、Pt、Co、Fe、Cr、Cu、Mn、Rh、Ti、Pd、Ru、Ir、Reからなる群から選択された1つまたは選択された複数の要素の組み合わせを含むグラフェンフィルムを有する基板が与えられる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、大きなサイズでかつ一様なグラフェンフィルムを製造することができる。また、このようにして製造されたグラフェンフィルムを簡単に他の基板などに転写することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明に従ってグラフェンフィルムを作成し、またこのようにして作成されたグラフェンフィルムを転写する方法を図式的に説明する図。
【図2】実験1に従って作成されたグラフェンフィルムの走査型電子顕微鏡写真。
【図3】実験2に従ってSiO/Si基板に転写されたグラフェンフィルムの光学顕微鏡写真。
【図4】実験2に従ってSiO/Si基板に転写されたグラフェンフィルムのラマン・スペクトルを示すグラフ。
【図5】実験3に従って作成されたグラフェンフィルムの走査型電子顕微鏡写真及び走査オージェ電子スペクトルを示すグラフ。
【図6】実験4に従って作成されたグラフェンフィルムの操作型電子顕微鏡写真及び走査オージェ電子スペクトルを示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下では添付図面を参照して、本発明を更に詳細に説明する。しかし、本発明は以下の説明あるいは添付図面中の具体的な実施例に限定されるものではなく、それ以外の多様な形態で実現することができる。
大きなサイズで一様であり、かつ転写可能なグラフェンフィルムを製造する方法が以下で開示される。本発明の方法で製造されたグラフェンフィルムはHOPG(Highly Ordered (Oriented) Pyrolytic Graphite、高配向熱分解黒鉛)基板の形状、サイズ、厚さに制限なく、多様な用途のための多様な分野に適用することができる。このようなHOPG基板は商業的に入手可能であり当該技術分野で周知の多様な技術を使用して製造することができる。HOPG基板はまた多数の供給業者から入手することができる。HOPG基板の厚さ、平坦性/粗さ、モザイク・スプレッド(mosaic spread)、等級には特定の制限はない。しかしながら、最小の粗さ、少ない段差、及び小さなモザイク・スプレッドの高品質HOPGを使うことは、大サイズ、一様かつ高品質のグラフェンフィルムを製造するためには好ましくまた重要である。
【0012】
本願で使用する「グラフェンフィルム」はグラフェンあるいはグラフェン様のもののフィルムであり、そこでは複数の炭素原子が互いに共有結合している。理論に束縛されるわけではないが、共有結合された炭素原子は繰り返しの単位として六員環を形成するが、また四員環、五員環、七員環、及び/または八員環を形成することもある。従って、グラフェンフィルムでは共有結合された炭素原子(通常、sp結合されたカーボン)は単一層を形成すると考えられる。グラフェンフィルムは多様な構造を持つことができ、またこれらの構造は四員環、五員環、7員環、及び/または八員環の量によって変化する。グラフェンフィルムは単層のグラフェン、二層のグラフェン、数層(3〜10層)のグラフェン、あるいは200層程度までの多層グラフェンを含むことがある。一般的には、グラフェンの縁にある炭素原子は水素原子で飽和している。
【0013】
グラフェンフィルムは図1に説明する方法に従って形成することができる。ここに開示した方法において、グラフェンフィルム102は、HOPG基板100の新たに劈開した表面上に触媒層101を作成し、触媒層101の存在下でHOPG基板100をチャンバー中で加熱し冷却することによって形成できる。平坦なHOPG表面は原子レベルで平坦な触媒表面の形成のためのテンプレートとして機能する。HOPG基板100と触媒層101を有する試料の加熱と冷却を行っている間に、ある時間期間、ある圧力とある温度の下で、一様なグラフェンフィルム102がこの平坦な触媒表面に生成される。
触媒表面上でグラフェンフィルムを形成するための炭素は、HOPG基板100からの炭素の偏析(segregation)に由来する。従って、ガス状の炭素源の必要性はない。しかし、ガス状の炭素源を追加的に与えることもできる。ガス状炭素源は炭素を含む任意の化合物、とりわけ、10個以下の炭素を含む化合物、であってよい。このようなガス状炭素源を例示すれば、一酸化炭素、エタン、エチレン、エタノール、アセチレン、プロパン、プロピレン、ブタン、ブタジエン、ペンタン、ペンテン、シクロペンタジエン、ヘキサン、シクロヘキサン、ベンゼン、及びトルエンからなるグループから選択された少なくとも1つの物質を含んだ炭素源である。
【0014】
HOPGの新たな表面は、HOPG表面を劈開するというような当該技術分野で周知の各種の技術を使用することによって得ることができる。たとえば、HOPGの大きな板材から、スコッチ・テープ(3M社)を使って薄い底面部分を除去することができる。
HOPGの新たな表面上の触媒層は、スパッタリング法、電子ビーム・デポジション、熱蒸発のような、関連する微小エレクトロニクス製造分野における知識を有する者なら知っている従来のプロセスによって製作することができる。この触媒は、Ni、Pt、Co、Fe、Cr、Cu、Mn、Rh、Ti、Pd、Ru、Ir、Reからなるグループ中から選択した少なくとも一つの要素、あるいはこのグループ中のいくつかの要素の組み合わせを含んでいてよい。触媒層は薄いフィルムの形態でも、あるいは厚いフィルムの形態でもよく、その厚さの範囲は5mmから2mmの範囲、特に10nmから400nmの範囲であってよい。炭素原子はHOPG基板から触媒層中を拡散して触媒表面上に到達する。この触媒は触媒表面で偏析した炭素原子と接触し、これらの炭素原子が互いに結合して平面状の六角形構造を形成するのを助ける。大きなサイズの高品質グラフェンフィルムを形成するため、この触媒層は大きな台地状の領域(terrace)を有する単結晶であることが好ましい。単結晶フィルムである触媒層は、触媒材料を高温でデポジットし、及び/または高温で処理することで得ることができる。
【0015】
触媒層とHOPG基板からなる試料の加熱処理は、アルゴンなどの不活性のガス雰囲気中で行ってもよいし、あるいは超高真空(約10−12torr)に至るまでの真空中で行ってもよい。この加熱処理は、1秒間から200時間までのある時間の間、約350℃から約1600℃の範囲、より好ましくは500℃から1600℃の範囲、更に好ましくは500℃から1100℃の範囲の温度で行ってよい。加熱処理の温度を低くしていくと、それにつれて触媒層中をHOPGからの炭素が拡散して表面でグラフェンが偏析する速度が遅くなっていくので、グラフェンフィルムの形成は行われるものの、加熱処理を継続する時間が極端に長くなってしまうために実用的ではない。逆に温度が高すぎると、加熱処理をたとえば数秒程度のごく短時間で終了させることが必要になるため、そのような加熱系の実現と制御が困難になる。また過度に昇温すると、触媒の材料によってその温度は異なるが触媒層が溶融するため、そのような場合にはグラフェンフィルムを合成することができなくなってしまう。なお、この加熱は約0.1℃/分から約500℃/分の範囲の速度で行ってよい。
室温への冷却処理はアルゴンなどの不活性のガス雰囲気中で行ってもよいし、あるいは超高真空(約10−12torr)に至るまでの真空中で行ってもよい。冷却は約0.1℃/分から約500℃/分の範囲の速度で行ってよいし、あるいは電源を切ることによる自然冷却処理を行ってもよい。
熱処理は、当該技術分野で周知であるように、抵抗加熱、放射加熱、誘導加熱、レーザー、赤外放射、マイクロウエーブ、プラズマ、紫外線放射、表面プラズマ加熱、あるいはそれに類する方法などによって実行することができる。
グラフェンフィルム形成の進行度は加熱プロセス及び冷却プロセスの温度と時間を調整することによって制御することができる。更に、大きなサイズで、一様であり、また高品質のグラフェンフィルムが得られるかどうかは、触媒表面が滑らかな単結晶で、かつ大きなサイズの台地状の領域を有するとともに段差が僅かしかないかどうかに依存するが、このような表面の性質はHOPG表面及び加熱と冷却の処理に依存している。HOPG表面は高品質の触媒表面のエピタキシャル成長のためのテンプレートの役割を果たす。グラフェンの形成は、HOPGから触媒表面上への炭素の偏析の結果であり、この過程では、先ず複数個の単層の島状部が形成され、次いでこれらが融合して触媒表面全体を覆う完全な単層グラフェンとなる。単層が出来上がると、それを核として以降の層が一層毎に成長する。
【0016】
更に、触媒表面上に形成されたグラフェンフィルムは、適切な溶液処理を施すことによって分離して任意の他の基板に転写し、その所望の用途に従って多様な方法で処理することができる。触媒表面からのグラフェンフィルムの分離は、HOPGと合成されたグラフェンフィルムとの間に介在する触媒層を除去することで達成できる。この触媒層除去は、通常は触媒を適切な溶液でエッチングすることで行われる。なお、その触媒表面にグラフェンフィルムが形成された状態のHOPG基板は直ちに触媒層除去処理を行ってもよいし、あるいはそのままの状態で保管、輸送、あるいは商品などとして流通させることもできる。
【実施例】
【0017】
以下では、本願発明を実験結果を参照して更に詳細に説明する。もちろん以下の実験例は例示による説明を目的とするものであって、本願発明をいかなる特定の形態にも限定する意図は持っていない。
【0018】
[実験1]
Ni/HOPG基板上へのグラフェンフィルムの合成を以下の通り行った。
1.クリーンルーム中で、米国の3M社から発売されているスコッチテープを使用して、HOPGの新たな表面を準備した。
2.電子銃デポジションにより、1cm×1cm HOPG基板上に、300nm厚のNiフィルムを、デポジションレート0.1nm/秒、ベースプレッシャー1.0×10−8torrでデポジットした。
3.このようにして作成されたNi/HOPGサンプルを石英管炉中に装填して、約5.0×10−8torr下で800℃で28時間アニールした。
4.アニール温度を850℃まで昇温して、約5.0×10−8torr下で更に8時間保持した。
5.アニール温度を600℃まで低下させて、約3.0×10−8torr下で更に30分間保持した。
6.炉の電源を落とすことで、室温まで冷却した。
7.Ni/HOPG基板上にグラフェンフィルムを得た。
図2は、実験1によって得られたグラフェンフィルムの走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。この走査型電子顕微鏡写真はJSM7001F走査型電子顕微鏡によって得られたものであり、この写真には、大きなサイズの単結晶(単層グラフェン領域)が、二層及び三層の領域とともに示されている。
【0019】
[実験2]
実験1によって合成されたNi/HOPG基板上のグラフェンフィルムを他の基板へ転写するための、以下のような実験を行った。
1.実験1に従ってNi/HOPG基板上に合成されたグラフェンフィルムの上に、ポリ(メチルメタクリレート)(PMMA、2%のアニソール溶液)を200nmの厚さにスピンコートした。
2.PMMAで被覆された上記基板を、大気中で180℃で5分間加熱した。
3.FeCl(1M)を使用して、グラフェンフィルムとHOPG層の間に介在するNi層をエッチングした。すなわち、PMMAで被覆された上記基板を1MのFeCl溶液に浸漬した。数分後、Ni層が除去されたことにより、PMMA+グラフェンフィルムがHOPGから分離して、エッチング液の表面に浮いてきた。
4.PMMA+グラフェンフィルムを、手作業で300nmのSiO/Si基板に転写した。
5.対象の基板上にPMMA+グラフェンフィルムを転写後、アセトンを使ってPMMAフィルムを溶解して除去した。
6.300nmのSiO/Si基板上にグラフェンフィルムを得た。
図3は、実験2に従ってNi/HOPGから300nmのSiO/Si基板に転写されたグラフェンフィルムの光学顕微鏡写真である。この写真は大きなサイズの一様な単層のグラフェン(図中で”monolayer graphene”と書いてある箇所の付近)、二層グラフェン(図中で”bilayer graphene”と書いてある箇所の付近)、更に裸のSiO表面(図中で”SiO”と書いてある箇所の付近)を示している。
図4は、90倍の対物レンズを使用し、514.53nmで10mWのレーザパワーの励起の下で、Ni/HOPGから300nmのSiO/Si基板へ転写されたグラフェンフィルムの、図3中に示す単層領域において得られたラマンスペクトル(横軸:波数、縦軸:強度)である。このスペクトル中にはGバンド(約1570cm−1)及び2Dバンド(約2700cm−1)が示されている。
なお、上のステップ2で使用した被覆材料はPMMAに限定されるものではなく、たとえばPDMS(ポリジメチルシロキサン)などの他のポリマーも使用可能である。
【0020】
[実験3]
Ni/HOPG基板上へのグラフェンフィルムの合成を、別の条件下で以下の通り行った。
1.クリーンルーム中で、実験1と同様に、スコッチテープを使用してHOPGの新たな表面を準備した。
2.電子銃デポジションにより、1cm×1cm HOPG基板上に、300nm厚のNiフィルムを、デポジションレート0.1nm/秒、ベースプレッシャー1.0×10−8torrでデポジットした。
3.このようにして作成されたNi/HOPGサンプルを石英管炉中に装填して、約5.0×10−8torr下で、900℃で18時間アニールした。
4.アニール温度を600℃まで低下させて、約3.0×10−8torr下で、更に30分間保持した。
5.炉の電源を落とすことで、室温まで冷却した。
6.Ni/HOPG基板上にグラフェンフィルムを得た。
図5(a)は、実験3によって得られたグラフェンフィルムの26.5μm×26.5μmの領域の走査型電子顕微鏡写真である。図5(b)は実験3によって得られたNi上のグラフェンフィルムの走査オージェ電子スペクトル(scanning Auger electron spectra)(横軸:運動エネルギー、縦軸:強度)である。同図中に2本のカーブが示されているが、これらはグラフェンフィルムの異なる箇所の測定結果を示すものである。これらの走査オージェ電子スペクトルなどから、基板表面のほとんどの領域が単層のグラフェンで覆われていることが確認できた。
【0021】
[実験4]
Ni/HOPG基板上へのグラフェンフィルムの合成を、更に別の条件下で以下の通り行った。
1.クリーンルーム中で、実験1と同様に、スコッチテープを使用してHOPGの新たな表面を準備した。
2.電子銃デポジションにより、1cm×1cm HOPG基板上に、300nm厚のNiフィルムを、デポジションレート0.1nm/秒、ベースプレッシャー1.0×10−8torrでデポジットした。
3.このようにして作成されたNi/HOPGサンプルを石英管炉中に装填して、約5.0×10−8torr下で600℃で28時間アニールした。
4.炉の電源を落とすことで、室温まで冷却した。
5.Ni/HOPG基板上にグラフェンフィルムを得た。
図6(a)は、実験4によって得られたグラフェンフィルムの26.5μm×26.5μmの領域の走査型電子顕微鏡写真である。図6(b)は実験4によって得られたNi上のグラフェンフィルムの走査オージェ電子スペクトルである。同図中にはグラフェンフィルムの異なる箇所の測定結果を示す2本のカーブが示されているのだが、両者はほとんど一致しているため、重なり合って1本のカーブのように見える。これらの走査オージェ電子スペクトルなどから、実験3と同様に、実験4の結果でも基板表面のほとんどの領域が単層のグラフェンフィルムで覆われていることが確認できた。
以上説明したように、本発明によれば、大きなサイズで、一様であり、転写可能なグラフェンフィルムを製造する方法、及びHOPG基板上に設けられたグラフェンフィルムが与えられる。当業者であれば、このようなグラフェンフィルムは光学デバイス、センサ、電極、水素吸蔵媒体のような多様な用途に効果的に適用できることが理解できるであろう。
なお、以上の説明においては、形状、層、要素は、単純化や理解のしやすさの目的で特定の寸法、及び/または特定の向きを持つように記載されているが、実際の寸法や向きは個々に記載したものと異なることがありえる。
本発明を特定の具体例に基づいて図示しまた説明したが、均等な代替例や修正例は、当業者であれば本出願の明細書や図面中の開示を読み理解することによって思いつくことができるであろう。本願発明はこのような代替例や修正例を全て包含するものであり、特許請求の範囲によってのみ限定される。更に、本件発明の特定の特徴や側面は一部の実施例のみに関して開示したかもしれないが、このような特徴あるいは側面は、任意の所与のあるいは特定の応用について望まれあるいは有利であれば、他の特徴あるいは側面と組み合わせることができることに注意されたい。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明は、大面積かつ均一である良好なグラフェンフィルムを製造することが困難であったためにグラフェンの応用が妨げられていたという従来の問題を解決するものであり、産業上の利用可能性は非常に大きい。
【符号の説明】
【0023】
100 HOPG基板
101 触媒層
102 グラフェンフィルム


【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)から(d)のステップを設けたグラフェンフィルム製造方法。
(a) HOPG基板を準備する。
(b) 前記HOPG基板上に触媒層を設ける。
(c) 前記触媒層が設けられた前記HOPG基板を所定時間加熱する。
(d) 前記HOPG基板を冷却する。
【請求項2】
前記触媒層の材料はNi、Pt、Co、Fe、Al、Cr、Cu、Mg、Mn、Rh、Ti、Pd、Ru、Ir、Reからなる群から選択された1つまたは選択された複数の要素の組み合わせを含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記触媒層の厚さは約5nmから約2mmの範囲にある、請求項1または請求項2委細の方法。
【請求項4】
前記触媒層を設けるステップはデポジションによって行われる、請求項1から請求項3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記加熱するステップは350℃から1600℃で1秒から200時間の間継続する、請求項1から請求項4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記加熱するステップは真空中で、または不活性の雰囲気中で行われる、請求項1から請求項5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記HOPG基板を劈開して前記触媒層をその上に設ける新たな表面を得る、請求項1から請求項6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
以下のステップ(e)を前記冷却するステップの後に設けた、請求項1から請求項7のいずれかに記載の方法。
(e) 前記HOPG基板と前記グラフェンフィルムの間の前記触媒層を除去する。
【請求項9】
前記除去するステップは以下の(e−1)から(e−3)のステップを更に含む請求項8記載の方法。
(e−1) 前記グラフェンフィルムの表面をポリマー被覆する。
(e−2) 前記触媒層、前記グラフェンフィルム及び前記ポリマー被覆を有する前記HOPG基板をベーキングする。
(e−3) 前記触媒層をエッチングして、前記ポリマー被覆が付いた前記グラフェンフィルムを前記HOPG基板から分離する。
【請求項10】
以下の(f)及び(g)のステップを更に設けた、請求項9記載の方法。
(f) 前記ポリマー被覆付きの前記グラフェンフィルムを他の基板に転写する。
(g) 前記転写されたグラフェンフィルムから前記ポリマー被覆を除去する。
【請求項11】
以下の(a)から(c)を設けた、グラフェンフィルムを有する基板。
(a) HOPG基板。
(b) 前記HOPG基板表面上の介在層。
(c) 前記介在層上のグラフェンフィルム。
【請求項12】
前記介在層はNi、Pt、Co、Fe、Cr、Cu、Mn、Rh、Ti、Pd、Ru、Ir、Reからなる群から選択された1つまたは選択された複数の要素の組み合わせを含む、請求項11記載のグラフェンフィルムを有する基板。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−51801(P2011−51801A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−199126(P2009−199126)
【出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】