説明

グリシジルアクリレートの製造方法

【課題】グリシジルメタクリレートとは異なる特性を有するグリシジルアクリレートに最適な製造方法であって、グリシジルアクリレートを高い収率で製造することができる製造方法を提供する。
【解決手段】アクリル酸のアルカリ金属塩及び/又はアルカリ土類金属塩とエピハロヒドリンとを反応させてグリシジルアクリレートを製造する方法であって、該製造方法は、反応系の水分量を100〜5000ppmとする工程を含むことを特徴とするグリシジルアクリレートの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリシジルアクリレートの製造方法に関する。より詳しくは、塗料、接着剤等の原料として好適に用いることができるグリシジルアクリレートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グリシジルアクリレートは、エポキシ基を含む(メタ)アクリル酸エステルの一種である。エポキシ基を含む(メタ)アクリル酸エステルは反応性モノマー等として有用であり、塗料、接着剤、粘着剤、繊維改質剤、分散剤、レジスト材料等のモノマー原料等として広い分野で使用されている。従来より、これらエポキシ基を含む(メタ)アクリル酸エステルの中でも、(メタ)アクリロイル基の部分がメタクリロイルであるグリシジルメタクリレートは、汎用品として世の中に広く出回っており、その製法や精製に関する特許文献等も数多く存在する。しかし、アクリロイルであるグリシジルアクリレートは、反応性が高いという利点があるものの、これまで工業的にも試薬的にも殆ど用いられておらず、また特許文献等においても見受けられない。グリシジルアクリレートが用いられていない理由は、非常に皮膚刺激性が高く、扱いにくいことや、化合物の安定性が低く、合成・精製が難しいことが挙げられる。
【0003】
従来、グリシジル(メタ)アクリレートは、一般に、次に示すような3種類の方法で製造されている。すなわち、(メタ)アクリル酸とエピクロロヒドリンとを第4級アンモニウム塩の存在下に反応させ、(メタ)アクリル酸の3−クロロ−2−ヒドロキシプロピルエステルを得た後、これをアルカリにより脱塩化水素させる方法(第1の方法);塩基性触媒の存在下、(メタ)アクリル酸メチルとグリシドールとをエステル交換反応させる方法(第2の方法);(メタ)アクリル酸とアルカリ金属を反応させて(メタ)アクリル酸のアルカリ金属塩を得た後、第4級アンモニウム塩の存在下にエピクロロヒドリンと反応させ、脱塩化アルカリさせる方法(第3の方法)である。
【0004】
このうち、第3の方法によるグリシジルメタクリレートの製造方法として、メタアクリル酸のアルカリ金属塩とエピクロロヒドリンとを第4級アンモニウム塩及び重合防止剤の存在下に反応させてグリシジルメタクリレートを製造する際に、反応系内の水分濃度を600〜1600ppmに調製する方法が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−2818号公報(第1−2頁)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、(メタ)アクリル酸グリシジルの製法として種々の方法が知られている。しかしながら、これまで、これらの製造方法によって製造されてきたのは、実質的にはグリシジルメタクリレートであり、(メタ)アクリロイル基の部分がアクリロイルとなったグリシジルアクリレートの製造について具体的に検討したものはない。上述したように、(メタ)アクリロイル基の部分がアクリロイルであるグリシジルアクリレートは、(メタ)アクリロイル基の部分がメタクリロイルであるグリシジルメタクリレートに比べて化合物の安定性が低い等、単にメタクリロイル基がアクリロイル基となったことから予期される以上の特性の違いを有している。このため、グリシジルアクリレートの特性に応じた最適な製造方法が求められている。
【0007】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたものであり、グリシジルメタクリレートとは異なる特性を有するグリシジルアクリレートに最適な製造方法であって、グリシジルアクリレートを高い収率で製造することができる製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、グリシジルアクリレートに最適な製造方法について種々検討したところ、アクリル酸のアルカリ金属塩及び/又はアルカリ土類金属塩とエピハロヒドリンとを原料としてグリシジルアクリレートを製造する方法において、反応系の水分量が特定の範囲となるようにし、この条件下でアクリル酸のアルカリ金属塩及び/又はアルカリ土類金属塩とエピハロヒドリンとを反応させるようにすると、不純物の生成が抑制され、得られるグリシジルアクリレートの収率が大幅に向上することを見出した。更に、このようにして合成されたグリシジルアクリレートを蒸留工程に供すると、蒸留工程における蒸留ボトムの熱安定性も向上して蒸留工程を安定的に行うことができ、これによっても、更にグリシジルアクリレートの収率が向上することを見出し、上記課題をみごとに解決することができることに想到し、本発明に到達したものである。
上記のように、特許文献1において、グリシジルメタクリレートの製造方法として、反応系内の水分濃度を600〜1600ppmに調製する製造方法が開示されているが、メタクリル酸のアルカリ金属塩とエピクロロヒドリンとを反応させてグリシジルメタクリレートを製造する場合、グリシジルメタクリレートの反応収率はもともと高く、反応系内の水分量を特定の範囲にすることの反応収率への影響はほとんど見られない。グリシジルアクリレートを製造する場合に反応系内の水分量を特定の範囲にすることで、反応収率が大幅に向上すること、及び、蒸留精製工程における蒸留ボトムの熱安定性が向上することは、グリシジルメタクリレートを製造する場合からは予測できない顕著な効果であって、グリシジルメタクリレートとは異なる特性を有するグリシジルアクリレートに特有の現象であり、本発明によって初めて見出された知見である。
【0009】
すなわち本発明は、アクリル酸のアルカリ金属塩及び/又はアルカリ土類金属塩とエピハロヒドリンとを反応させてグリシジルアクリレートを製造する方法であって、上記製造方法は、反応系の水分量を100〜5000ppmとする工程を含むことを特徴とするグリシジルアクリレートの製造方法である。
以下に本発明を詳述する。
【0010】
本発明のグリシジルアクリレートの製造方法は、反応系の水分量を100〜5000ppmとする工程を含むものである。反応系の水分量を100〜5000ppmとする方法は特に制限されず、予め水分を含んだ反応原料を用いてもよく、反応系内に水を添加して水分量を調製してもよい。
【0011】
本発明においては、アクリル酸のアルカリ金属塩及び/又はアルカリ土類金属塩とエピハロヒドリンとを反応させてグリシジルアクリレートを合成する合成工程のいずれかの時点で、反応系の水分量が100〜5000ppmであればよいが、当該水分量の条件下で反応が行われる時間が長いほうが好ましく、合成工程の開始から終了まで反応系の水分量が100〜5000ppmであることが最も好ましい。
【0012】
本発明のグリシジルアクリレートの製造方法において、反応系の水分量が100ppm未満の条件下でアクリル酸のアルカリ金属塩及び/又はアルカリ土類金属塩とエピハロヒドリンとを反応させると、副生成物の生成が多くなり、収率が低くなるおそれがある。また、反応系の水分量が5000ppmより多いと、反応時間が長くなるとともに反応収率も低下する。反応系の水分量は、150〜4000ppmが好ましい。より好ましくは、200〜3000ppmであり、更に好ましくは、300〜1500ppmである。
反応系内の水分量は、カールフィッシャー法により測定することができる。
【0013】
本発明のグリシジルアクリレートの製造方法に用いられるアクリル酸のアルカリ金属塩及び/又はアルカリ土類金属塩としては、特に限定されず、例えば、ナトリウム、カリウム、リチウム、マグネシウム、カルシウムの塩等が挙げられ、これらの1種又は2種以上を使用することができる。これらの中でも、ナトリウム、カリウムが好ましい。
【0014】
本発明のグリシジルアクリレートの製造方法に用いられるエピハロヒドリンとしては、エピクロロヒドリン、エピブロモヒドリン等の1種又は2種以上を使用することができる。これらの中でも、エピクロロヒドリンが好ましい。
【0015】
上記合成工程において、エピハロヒドリンの使用量としては、反応に供されるアクリル酸のアルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩の合計1モルに対し、1〜15モルであることが好ましい。この範囲に設定することによって、反応を効率的にすすめることができ、高い収率で目的物たるグリシジルアクリレートを合成することが可能になる。より好ましくは2〜11モルであり、更に好ましくは3〜9モルである。
【0016】
上記合成工程においては、塩基性触媒を用いることができる。用いられる塩基性触媒としては、エピハロヒドリン等のエポキシ化合物が開環や重合を起こさないものであることが好ましく、塩基性触媒である有機塩基としては、例えば、トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、トリエタノールアミン、ジメチルエタノールアミン、ジエチルエタノールアミン等のアミン系触媒や、テトラメチルアンモニウム=ヒドロキシド、テトラエチルアンモニウム=ヒドロキシド、テトラプロピルアンモニウム=ヒドロキシド、テトラメチルアンモニウムクロリド、トリメチルエチルアンモニウムクロリド、ジメチルジエチルアンモニウムクロリド、メチルトリエチルアンモニウムクロリド、テトラエチルアンモニウムクロリド、トリメチルベンジルアンモニウムクロリド、トリエチルベンジルアンモニウムクロリド等の第4級アンモニウム塩が挙げられる。これらの触媒は、単独で用いてもよいし、複数の触媒を併用してもよい。
【0017】
本発明において、反応系が特定量の水分を含むものとすることにより、グリシジルアクリレートの収率が高くなる理由は明らかではないが、以下のような触媒が関与する作用が原因であると考えられる。
すなわち、アクリル酸のアルカリ金属塩及び/又はアルカリ土類金属塩とエピハロヒドリンとの反応に触媒を用いると、上記合成工程において反応系中に存在する水分の中に触媒が溶け込み、これが相間移動的に作用することで触媒の作用が高まり、その結果、グリシジルアクリレートの収率が高くなることが考えられる。
このような作用は、触媒が水溶性の触媒であるとより強く生じると考えられるため、合成工程において用いられる触媒は、水溶性の触媒であることが好ましいと考えられる。
【0018】
上記合成工程に用いる塩基性触媒としては、上記のものの中でも、4級アンモニウム塩が好ましい。すなわち、上記製造方法は、4級アンモニウム塩を触媒として用いることは、本発明の好適な実施形態の1つである。4級アンモニウム塩は水溶性の触媒であって、4級アンモニウム塩を触媒として用い、反応系の水分量を特定量に調整して反応を行うと、グリシジルアクリレートの収率を大きく向上させることが可能となる。
また、4級アンモニウム塩中でもテトラメチルアンモニウムクロリド、テトラエチルアンモニウムクロリド、トリエチルベンジルアンモニウムクロリド、トリメチルベンジルアンモニウムクロリドが好適である。なお、4級アンモニウム塩は単独で使用してもよいし、任意の2種以上のものを組み合わせて使用してもよい。
【0019】
上記触媒の使用量は、反応原料であるアクリル酸のアルカリ金属塩とアルカリ土類金属塩とエピハロヒドリンとの合計量100重量部に対して、0.0001重量部以上が好適である。より好ましくは0.0005重量部以上、更に好ましくは0.001重量部以上、特に好ましくは0.002重量部以上である。また、3重量部以下が好適であり、より好ましくは1重量部以下、更に好ましくは0.5重量部以下、特に好ましくは0.1重量部以下である。
【0020】
上記反応はまた、酸化防止剤や重合禁止剤等の安定剤の存在下で行われることが好ましい。これにより、生成されたグリシジルアクリレートの分解をより抑制して、更に収率の改善を図ることができる。
上記安定剤としては特に限定されず、通常、酸化防止剤や重合禁止剤等として用いられているものを使用することができる。例えば、リン系、N−オキシル系、フェノール系、アミン系、硫黄系、遷移金属系等が好適であり、中でも、リン系やN−オキシル系、フェノール系を用いることが好ましい。特に、上記反応工程が、アルキルフェノール系化合物の存在下で行われる形態や、リン系酸化防止剤及び/又はN−オキシル系酸化防止剤の存在下で行われる形態は、本発明の好適な形態である。
なお、これらの化合物は、単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0021】
上記アルキルフェノール系化合物は、1つ又は複数の芳香環を有し、1つの芳香環に1つだけ水酸基を有し、かつ該芳香環にアルキル基を有する化合物である。このようなアルキルフェノール系化合物の存在下で上記反応工程を行うことによって、グリシジルアクリレートの合成を高い収率で行うことができ、生産性を大幅に向上させることができる。また、生産性が向上するため、低コスト化を図ることもできる。これは、アルキルフェノール系化合物が、アクリル酸塩が有するラジカルを一時的にトラップすることで、アクリル酸同士の反応を抑制することができることに起因するものと考えられる。ここで、例えば、1つの芳香環に2つ以上の水酸基が存在するアルキルジフェノール系化合物を用いた場合には充分な収率が得られないおそれもある。このように、上記合成工程をアルキルフェノール系化合物の存在下で行う形態は、本発明の好適な形態の1つである。すなわち、アクリル酸塩とエポキシ化合物とを、アルキルフェノール系化合物を重合禁止剤として反応させることが好適である。
なお、「1つの芳香環に1つだけ水酸基を有する」とは、1つの芳香環を形成する炭素原子のいずれかに、水酸基が1つだけ結合していることを意味する。
【0022】
上記アルキルフェノール系化合物において、水酸基を1つだけ有する芳香環は、アルコキシ基を有していないことが好ましい。水酸基が結合した芳香環に、更にアルコキシ基が結合しているアルキルフェノール系化合物である場合には、重合禁止能の効果が充分とはならないおそれがある。アルコキシ基とは、例えば、メトキシ基、エトキシ基等である。このような形態であれば、本発明で得られるエポキシ基含有アクリル酸エステルの収率をより改善することができ、本発明の効果をより充分に得ることができる。
【0023】
上記アルキルフェノール系化合物の構造は、特に限定されず、1つの芳香環にアルキル基が1つ以上結合している形態であればよい。アルキル基は特に限定されないが、炭素数が1〜10のアルキル基であることが好ましく、置換基があってもよい。
上記アルキル基として具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、オクチル基等が挙げられるが、炭素原子が直線状に連なった鎖状の形態であってもよいし、分岐した形態であってもよい。また、環状の形態(例えば、シクロヘキシル基等のシクロアルキル基)であってもよい。より好ましくは、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基等の炭素数が1〜5のアルキル基であり、更に好ましくは、メチル基、ブチル基である。
上記アルキル基の側鎖に結合する置換基としては、1つの芳香環に2つ以上の水酸基を有するもの以外であることが好ましく、例えば、フェニル基等の芳香族置換基であってもよい。
【0024】
上記アルキルフェノール系化合物として特に好ましくは、1つ又は複数の芳香環を有し、1つの芳香環に1つだけ水酸基を有するものであって、水酸基を有する芳香環のオルト位に、置換基を有していてもよい炭素数が1〜10のアルキル基を有する形態である。このような形態のアルキルフェノール系化合物は、本発明の効果をより充分に発揮し、収率の向上を図ることができる。また、入手が容易であり、安定性が高いことからも好ましい。
【0025】
上記アルキルフェノール系化合物として具体的には、下記の化合物等が挙げられる。
2,2’−メチレン−ビス(4−メチル−6−tert−ブチルフェノール)(例えば、「アンテージW−400」、川口化学工業社製)、2,2’−メチレン−ビス(4−エチル−6−tert−ブチルフェノール)(例えば、「アンテージW−500」、川口化学工業社製)、1,3,5−トリス−(3’,5’−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)イソシアヌル酸(例えば、「アデカスタブAO20」、ADEKA社製)、1,1,3−トリス−(2−メチル−4−ヒドロキシ−5−tert−ブチルフェニル)ブタン(例えば、「アデカスタブAO30」、ADEKA社製)、4,4−ブチリデン−ビス−(3−メチル−6−tert−ブチルフェノール)(例えば、「アデカスタブAO40」、ADEKA社製)、n−オクタデシル−3−(3’,5’−ジ−tert−ブチル−4’−ヒドロキシフェニル)プロピオネート(例えば、「アデカスタブAO50」、ADEKA社製)、テトラキス−(メチレン−3−(3’,5’−ジ−tert−ブチル−4’−ヒドロキシフェニル)プロピオネート)メタン(例えば、「アデカスタブAO60」、ADEKA社製)、トリ−エチレングリコール−ビス−3−(3−tert−ブチル−5−メチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート(例えば、「アデカスタブAO70」、ADEKA社製)、3,9−ビス[1,1−ジ−メチル−2−{β−(3−tert−ブチル−4−ヒドロキシ−5−メチルフェニル)プロピオニルオキシ}エチル]−2,4,8,10−テトラオキサスピロ[5,5]ウンデカン(例えば、「アデカスタブAO80」、ADEKA社製)、1,3,5−トリメチル−2,4,6−トリス−(3,5−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)ベンゼン(例えば、「アデカスタブAO330」、ADEKA社製)、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール(例えば、「BHT」、共同薬品社製)、ジ(α−メチルベンジル)フェノール(例えば、「SUMILIZER S」、住友化学社製)、N,N’−ビス−3−(3’,5’−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオニルヘキサメチレンジアミン(例えば、「IRGANOX 1098」、BASFジャパン社製)、1,3,5−トリメチル−2,4,6−トリス−(3,5−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)ベンゼン(例えば、「IRGANOX 1330」、BASFジャパン社製)等。
これらの中でも、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール(BHT)、1,3,5−トリス−(3’,5’−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)イソシアヌル酸)(AO−20)等が特に好ましい。
【0026】
上記反応において、反応系に存在するアルキルフェノール系化合物の量は、アクリル酸のアルカリ金属塩及び/又はアルカリ土類金属塩とエピハロヒドリンとの合計量100重量部に対して、0.001重量部以上であることが好ましい。このような範囲でアルキルフェノール系化合物が含まれることにより、反応をより充分に進行させることができ、収率を更に改善することができる。より好ましくは0.01重量部以上、更に好ましくは0.05重量部以上である。また、5重量部以下が好ましく、より好ましくは3重量部以下、更に好ましくは2重量部以下である。
【0027】
上記リン系酸化防止剤としては、特に限定されず、通常用いられるものを使用すればよい。例えば、下記の化合物等を用いることができる。
トリフェニルホスフィン;トリフェニルホスファイト、ジフェニルイソデシルホスファイト、フェニルジイソデシルホスファイト、トリス(ノニルフェニル)ホスファイト、トリス(ジノニルフェニル)ホスファイト、トリス(2,4−ジ−tert−ブチルフェニル)ホスファイト、トリス(2−tert−ブチル−4−メチルフェニル)ホスファイト、トリス(シクロヘキシルフェニル)ホスファイト、2,2−メチレンビス(4,6−ジ−tert−ブチルフェニル)オクチルホスファイト、9,10−ジヒドロ−9−オキサ−10−ホスファフェナントレン−10−オキサイド、10−(3,5−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)−9,10−ジヒドロ−9−オキサ−10−ホスファフェナントレン−10−オキサイド、10−デシロキシ−9,10−ジヒドロ−9−オキサ−10−ホスファフェナントレン等のモノホスファイト系化合物;4,4’−ブチリデン−ビス(3−メチル−6−tert−ブチルフェニル−ジ−トリデシルホスファイト)、4,4’−イソプロピリデン−ビス(フェニル−ジ−アルキル(C12〜C15)ホスファイト)、4,4’−イソプロピリデン−ビス(ジフェニルモノアルキル(C12〜C15)ホスファイト)、1,1,3−トリス(2−メチル−4−ジ−トリデシルホスファイト−5−tert−ブチルフェニル)ブタン、テトラキス(2,4−ジ−tert−ブチルフェニル)−4,4’−ビフェニレンジホスファイト、サイクリックネオペンタンテトライルビス(オクタデシルホスファイト)、サイクリックネオペンタンテトライルビス(イソデシルホスファイト)、サイクリックネオペンタンテトライルビス(ノニルフェニルホスファイト)、サイクリックネオペンタンテトライルビス(2,4−ジ−tert−ブチルフェニルホスファイト)、サイクリックネオペンタンテトライルビス(2,4−ジメチルフェニルホスファイト)、サイクリックネオペンタンテトライルビス(2,6−ジ−tert−ブチルフェニルホスファイト)等のジホスファイト系化合物等。
これらの中でも、トリフェニルホスフィン、トリフェニルホスファイトが好ましい。
【0028】
上記N−オキシル系酸化防止剤としては、特に限定されず、通常用いられるものを使用すればよい。例えば、下記の化合物等を用いることができる。
2,2,6,6−テトラメチル−4−ヒドロキシピペリジン−N−オキシル(4H−TEMPO)、2,2,6,6−テトラメチル−4−ベンゾイルオキシピペリジン−N−オキシル、4−アセチルアミノ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−N−オキシル、ビス(2,2,6,6−テトラメチル−N−オキシルピペリジル)スクシネート、1−オキシル−2,2,6,6−テトラメチル−4−(2,3−ジヒドロキシプロポキシ)ピペリジン、1−オキシル−2,2,6,6−テトラメチル−4−グリシジルオキシピペリジン、セバシン酸ビス(2,2,6,6−テトラメチルピペリジノキシ)(商品名:EC3314A、ナルコジャパン社製)、エステル結合を有する化合物等。
これらの中でも、2,2,6,6−テトラメチル−4−ヒドロキシピペリジン−N−オキシル(4H−TEMPO)、セバシン酸ビス(2,2,6,6−テトラメチルピペリジノキシ)(EC3314A)等が好ましい。
【0029】
上記反応において、反応系に存在するリン系やN−オキシル系酸化防止剤の量は、アクリル酸のアルカリ金属塩とアルカリ土類金属塩とエピハロヒドリンとの合計量100重量部に対して、0.001重量部以上であることが好ましい。このような範囲でリン系やN−オキシル系酸化防止剤が含まれることにより、反応をより充分に進行させることができ、収率を更に改善することができる。より好ましくは0.01重量部以上、更に好ましくは0.05重量部以上である。また、5重量部以下が好ましく、より好ましくは3重量部以下、更に好ましくは2重量部以下である。
【0030】
上記反応における反応条件は、原料や安定剤、生成物等の種類や量等によって適宜選択すればよいが、例えば、反応温度を120℃以下に設定することが好適である。これにより、生成されたグリシジルアクリレートの分解等の副反応が充分に抑制され、より高い収率を得ることが可能になる。より好ましくは110℃以下、更に好ましくは95℃以下である。また、反応をより充分に進行させる観点から、40℃以上とすることが好適である。より好ましくは45℃以上、更に好ましくは50℃以上である。
また反応時間は、原料や安定剤、生成物等の種類や量等によって、上記反応が完結するように適宜設定すればよい。
【0031】
上記反応はまた、常圧下で行ってもよいし、加圧下、減圧下で行ってもよく、特に限定されるものではないが、製造方法を簡易なものとする観点からは、常圧もしくは減圧下で行うものであることが好ましい。
上記反応工程における反応系気相部の分子状酸素濃度としては、0.01〜10容量%であることが好ましい。より好ましくは、0.02〜9容量%であり、更に好ましくは、0.05〜8容量%である。
なお、分子状酸素濃度の設定は、分子状酸素又は空気等の分子状酸素を含むガスと、窒素やアルゴン等の不活性ガスとを、反応器に別々に供給したり、予め混合して供給したりすることにより行われる。
【0032】
本発明のグリシジルアクリレートの製造方法は、上記反応系の水分量を100〜5000ppmとする工程、合成工程の他、必要に応じて、その他の工程を含むものであってもよく、精製工程を含むものであることが好ましい。また、合成工程と精製工程との間に合成工程で発生する排ガスを除去する工程等を有するものであってもよい。
精製工程は、固液分離工程、抽出工程、蒸留工程等の1つ又は複数を含むことができる。
【0033】
上記固液分離工程は、グリシジルアクリレートの合成によって生成する粗グリシジルアクリレート中の固体部分と液体部分とを分離することができる限り、その方法は特に制限されず、ろ過、遠心分離、デカンテーション等を用いることができる。固液分離の方法としては、分離効率及び操作性の簡便性から、これらの中でも、ろ過が好ましい。
固液分離をろ過により行う場合、加圧、常圧、減圧のいずれの条件で行ってもよいが、加圧若しくは減圧が好ましい。
【0034】
本発明の製造方法では、上記固液分離工程の後に粗生成物を水洗する工程を含んでいてもよい。この場合、水洗に用いる水の量は、粗生成物100質量%に対して下限が3質量%以上が好ましい。より好ましくは5質量%以上であり、更には7質量%以上が好ましい。上限は50質量%以下であることが好ましい。より好ましくは30質量%以下であり、更には20質量%以下が好ましい。
【0035】
上記抽出工程は、粗生成物の容液に水層を形成する水を添加して混合し、水層と油層とに分離した後、油層を回収する工程である。水層を形成するために水を加えることになるが、必要に応じて水に添加物を加えたものを用いてもよい。添加物としては、塩化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等が挙げられる。
抽出工程においては、粗生成物中に含まれる不純物が除かれることになる。グリシジルアクリレートが塩基性触媒の存在下、アクリル酸のアルカリ金属塩及び/又はアルカリ土類金属塩とエピハロヒドリンとを反応させる方法により合成される場合、粗生成物中には、塩基性触媒、塩化合物と副生するグリシドール等が含まれることになる。本発明の製造方法では、塩化合物を固液分離工程で除去した後、塩基性触媒が抽出工程で除去されることが好ましい。
精製工程が抽出工程と固液分離工程とを含む場合、抽出工程は、固液分離工程の後に行われることが好ましく、抽出工程においては、固液分離工程で除去しきれなかった塩化合物、及び、グリシドールも除去されることが好ましい。
【0036】
上記水層を形成する水の添加量としては、粗生成物の容液100質量%に対して50質量%以下であることが好ましい。より好ましくは30質量%以下であり、更には20質量%以下が好ましい。上述したように、生成物であるグリシジルアクリレートは、グリシジルメタクリレートに比べて水への溶解性が大きく、抽出工程において一部が水層へ移るため、グリシジルアクリレートの収率を高めるためには、抽出工程において用いる水の量をなるべく少なくすることが好ましい。このため、本発明の製造方法では、抽出工程の前に固液分離工程を行うことが好ましい。抽出工程の前に固液分離工程で塩の除去を行うことで、抽出工程における水の量を少なくしても、粗生成物中の不純物を充分に除去することができ、グリシジルアクリレートのロスを少なくすることができる。
また、水の添加量の下限は、粗生成物の容液100質量%に対して3質量%以上が好ましい。より好ましくは5質量%以上であり、更には7質量%以上が好ましい。
【0037】
上記精製工程は、蒸留工程を含むことが好ましい。
アクリル酸のアルカリ金属塩及び/又はアルカリ土類金属塩とエピハロヒドリンとを反応させてグリシジルアクリレートを製造する場合、重合性化合物を含む様々な副生成物が生成し、これらの副生成物を含む粗グリシジルアクリレートを蒸留工程に供すると、蒸留ボトムで副生した重合性化合物の重合がおこり、粘度が上昇することになる。これに対し、本発明の製造方法における合成工程で得られたグリシジルアクリレートは、副生成物の割合が低く、蒸留時にこれらの副生成物の重合による粘度の上昇が抑制されるため、蒸留ボトムの熱安定性が向上して効率的に蒸留工程を行うことができ、より高い収率でグリシジルアクリレートを製造することが可能となる。
【0038】
上記蒸留工程を行う場合、グリシジルメタクリレートに比べて熱に対する安定性が低く、蒸留時の加熱により蒸留装置内で重合が起こる可能性があるグリシジルアクリレートの蒸留装置内での重合を避けるために、蒸留工程をなるべく短い時間で行うことが好ましい。また、蒸留工程前の不純物除去工程で不純物をできるだけ除去しておくことが重要であり、蒸留工程の前に、固液分離工程や抽出工程で不純物を除去しておくことが好ましい。
【0039】
上記蒸留工程は、単蒸留を行い粗グリシジルアクリレートを不純物(重沸物)から分離した後に、多段蒸留を行ってもよい。このように蒸留工程を分け、まず単蒸留で組成物中のエピクロロヒドリンとグリシジルアクリレートを留出させ、ボトムに残る不純物を取除く。得られた粗グリシジルアクリレートをさらに多段蒸留により精製することが好ましい。
【0040】
上記蒸留工程において単蒸留を行う場合、10〜200Torr(1.33×10〜2.67×10Pa)の圧力下で、30〜120℃の温度で行うことが好ましい。このような圧力、温度で蒸留を行うことで、効率的に不純物(重沸物)を分離し、粗グリシジルアクリレートを得ることができる。圧力は、より好ましくは、5〜100Torr(2.00×10〜1.13×10Pa)である。また、温度は、35〜100℃であることが好ましい。
【0041】
上記多段蒸留は、0.01〜100Torr(1.33〜1.33×10Pa)の圧力下で、蒸留系ボトム温度が30〜180℃で行うことが好ましい。このような圧力、温度で蒸留を行うことで、効率的に残留するエピハロヒドリンや不純物を分離し、目的物であるグリシジルアクリレートを得ることができる。圧力は、より好ましくは、0.1〜70Torr(13.3〜1.33×10Pa)であり、さらに好ましくは1〜50Torr(1.33×10〜6.67×10Pa)である。また、蒸留系ボトム温度は、より好ましくは、50〜160℃であり、さらには60〜140℃である。
【発明の効果】
【0042】
本発明のグリシジルアクリレートの製造方法は、上述の構成よりなり、反応系の水分量を100〜5000ppmとする工程を含み、当該水分量の条件下でアクリル酸のアルカリ金属塩及び/又はアルカリ土類金属塩とエピハロヒドリンとを反応させてグリシジルアクリレートを製造することにより、グリシジルアクリレートの収率を向上させることができ、更に、蒸留工程における蒸留ボトムの熱安定性も向上させて蒸留工程を安定的に行うことができることから高い収率でグリシジルアクリレートを製造することができる方法であって、グリシジルメタクリレートとは異なる特性を有するグリシジルアクリレートの製造に特に好適な製造方法である。
【発明を実施するための形態】
【0043】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「部」は「重量部」を、「%」は「質量%」を意味するものとする。
【0044】
実施例1
ガス導入管、温度計、撹拌機、及び、還流冷却管を備えた5L反応容器に、アクリル酸カリウム(日本触媒社製)875g、エピクロロヒドリン(ダイソー社製)3675g、アデカスタブAO20(ADEKA社製)9g、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール(BHT、共同薬品社製)9g、セバシン酸ビス(2,2,6,6−テトラメチルピペリジノキシ)(EC3314A、ナルコジャパン社製)9g及び、トリフェニルホスフィン(ケイ・アイ化成社製)9gを仕込み、系内水分をカールフィッシャー法により測定し、水を添加して系内水分を100ppmに調整した。
その後、テトラメチルアンモニウムクロリド(日本特殊化学社製)6.5gを添加して、7%酸素ガス(窒素バランス)を吹き込みながら、70℃で4時間反応した。
反応終了後、ガスクロマトグラフィー(装置:GC−17A、島津製作所製、カラム:キャピラリーカラム TC−WAX、GL Sciences Inc.製)により分析した結果、グリシジルアクリレートの収率は70.1%であり、主な不純物としてグリシドール0.022%、グリセリンジアクリレート0.01%、グリセリントリアクリレート0.28%が検出された。結果を表1に示す。
【0045】
反応液をろ過し、ろ液に対して10%の重量の水を加えて撹拌し、1時間静置した後に油層と水層とを分離した。
ガス導入管、温度計、減圧一定装置を備えた5L単蒸留装置に油層を仕込み、7%酸素ガス(窒素バランス)を吹き込みながら、減圧度を90hPaから20hPaに徐々に下げながら、ボトム温度が65℃になるまで単蒸留を実施し、回収エピクロロヒドリン2612g(エピクロロヒドリン含有量95質量%)を留出した。
その後、減圧度20hPaのままボトム温度が110℃に到達するまで粗グリシジルアクリレート510g(グリシジルアクリレート含有量90%)を留出させた。
【0046】
実施例2〜6
反応系内の水分量をそれぞれ表1に記載のように調整したこと以外は、実施例1と同様にして反応を行い、反応終了後、ガスクロマトグラフィーによりグリシジルアクリレートの収率、及び、不純物の含有量を測定した。結果を表1に示す。
【0047】
比較例1
反応系内の水分量を調整せず、系内水分を35ppmのままとしたこと以外は、実施例1と同様にして反応を行い、反応終了後、ガスクロマトグラフィーにより分析した結果、グリシジルアクリレートの収率は63.7%であり、主な不純物としてグリシドール0.053%、グリセリンジアクリレート0.01%、グリセリントリアクリレート0.15%が検出された。結果を表1に示す。
【0048】
比較例2
反応系内の水分量を6000ppmとしたこと以外は、実施例1と同様にして反応を行い、反応終了後、ガスクロマトグラフィーにより分析した結果、グリシジルアクリレートの収率は45.7%であり、主な不純物としてグリシドール0.006%、グリセリンジアクリレート0.01%、グリセリントリアクリレート0.13%が検出された。結果を表1に示す。
【0049】
【表1】

【0050】
実施例7
実施例1で粗グリシジルアクリレートを留去した後のボトム液の25℃での粘度をTV−20形粘度計(東機産業社製、以下、粘度計と呼ぶ)により測定したところ202mPa・sであった。
このボトム液を110℃で15時間保存した後の粘度を粘度計により測定したところ、粘度は1634mPa・sであった。
【0051】
実施例8〜12
実施例7と同様に、実施例2〜6で粗グリシジルアクリレートを留去した後のボトム液の25℃での粘度、及び、ボトム液を110℃で15時間保存した後の粘度を測定した。結果を表2に示す。
【0052】
比較例3
比較例1で粗グリシジルアクリレートを留去した後のボトム液の25℃での粘度は550mPa・sであった。
このボトム液を更に110℃で保存したところ、4時間で完全にゲル化した。
【0053】
比較例4
比較例2で粗グリシジルアクリレートを留去した後のボトム液の25℃での粘度は150mPa・sであった。
このボトム液を更に110℃で15時間保存した後の粘度を測定したところ、粘度は1053mPa・sであった。
【0054】
【表2】

【0055】
上記結果より、反応系中の水分量を特定の範囲にすることによって、反応によって生成するグリシジルアクリレートの収率を高めることができ、また、このようにして合成されたグリシジルアクリレートは、反応系中の水分量をこのような特定の範囲にすることなく合成されたグリシジルアクリレートの場合に比べ、蒸留ボトムの粘度上昇も抑制されたものとなることから、蒸留工程を安定的に行うことができることが確認された。
なお、上記実施例、比較例においては、アクリル酸カリウムとエピクロロヒドリンとを用いてグリシジルアクリレートを製造した例が示されているが、アクリル酸のアルカリ金属塩及び/又はアルカリ土類金属塩とエピハロヒドリンとの反応における基本的な作用機構は、すべて同様であることから、上記実施例、比較例の結果から、本明細書において開示した種々の形態において本発明が適用でき、有利な作用効果を発揮することができるといえる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリル酸のアルカリ金属塩及び/又はアルカリ土類金属塩とエピハロヒドリンとを反応させてグリシジルアクリレートを製造する方法であって、該製造方法は、反応系の水分量を100〜5000ppmとする工程を含むことを特徴とするグリシジルアクリレートの製造方法。
【請求項2】
前記製造方法は、4級アンモニウム塩を触媒として用いることを特徴とする請求項1に記載のグリシジルアクリレートの製造方法。

【公開番号】特開2011−184373(P2011−184373A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−52145(P2010−52145)
【出願日】平成22年3月9日(2010.3.9)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】