説明

グリセリン酸塩の製造方法

【課題】グリセリン酸発酵液から、グリセリン酸塩を、高純度で効率的かつ簡便、安価に精製、回収する手段を新たに提供する。
【解決手段】グリセリン酸発酵液を、予め電気透析にかけ、得られたグリセリン酸含有水溶液にアルカリ土類金属塩を添加、混合し、グリセリン酸アルカリ金属塩として晶析させて、グリセリン酸塩を回収する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物等を用いたバイオプロセスによるグリセリン酸塩の製造法において、得られたグリセリン酸発酵液からグリセリン酸をアルカリ土類金属塩として精製・回収する工程に特徴を有する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年高騰する石油資源だけに依存しない原料転換政策として、あるいは二酸化炭素削減といった地球温暖化問題に対応する技術的概念としてバイオリファイナリーが注目されている。バイオマスは再生可能なエネルギーの中でもカーボンニュートラルであることから、バイオエタノールやバイオディーゼルといったバイオ燃料の導入が世界的規模で進行している。バイオディーゼルは油脂類の主成分であるトリグリセリドをエステル交換反応により脂肪酸メチルエステルにして燃料とするが、本反応に伴って副生するグリセリンの有効利用法の開発がプロセス開発の鍵となっている。近年のバイオディーゼル使用量の急速な増加を考えると、グリセリン問題の解決は急務といえる。またオレオケミカル産業においても、石油代替・再生産可能資源である植物油脂を原料としたプロセスが導入されていることから、同様にグリセリンの有効活用が大きな問題となっている。
【0003】
これまでに、生物的および化学的な触媒システムを用いてグリセリンから有用物質を生産する試みが数多くなされており、グリセリンを原料とした化学触媒によるグリセリン酸の製造法に関しては、D,L−グリセリン酸またはその塩の製造方法(例えば特許文献1、2、3)が知られている。
D,L−グリセリン酸のうち、光学活性体のD−グリセリン酸は、L-セリン等のアミノ酸原料として(特許文献4)、または医薬品、農薬製造の中間体として(特許文献5)、さらには樹脂等への添加剤あるいはその原料(特許文献6)として用いられる産業上有用な化学物質である。さらにD−グリセリン酸塩は、生体内で、アルコールやそれに由来するアセトアルデヒドの解毒作用を加速させる働きがあることも知られており(Peter Eriksson et al., (2007), Metabolism, 56: 895-898)、将来大変有望な化学物質である。
しかしながら、化学触媒による方法(特許文献1、2、3)ではD,L−グリセリン酸のラセミ体が生成するため、例えばD−グリセリン酸を得るためには、ラセミ体を化学的手段または微生物学的手段によってラセミ分割してD−グリセリン酸を得る(特許文献7)必要がある。また化学触媒による方法(特許文献1、2、3)では、グリセリン酸以外にも酸化反応の副産物として、タートロン酸やグリコール酸も生成してしまう。さらに大量にグリセリン酸を製造する場合に、Pt、Au、プラチナ系触媒等を使用する化学触媒による方法(特許文献1、2、3)に比べ、より環境に優しく、コストも安い製造法の開発が必要である。従って、原料のグリセロール含有溶液から、微生物等を用いたバイオプロセスによりD−グリセリン酸を直接的、選択的かつ安価に製造する方法の開発、および微生物培養液中から効率的にD−グリセリン酸(およびその塩)を精製する方法の開発は非常に重要である。
【0004】
これまでに、グリセロールを原料として光学活性なグリセリン酸を直接かつ選択的に製造するバイオプロセスとして、唯一、酢酸菌の1種であるグルコノバクター(Gluconobacter)属細菌を用いるD−グリセリン酸の製造方法(特許文献8)が知られている。このD−グリセリン酸の製造方法においては、D−グリセリン酸含有培地からのD−グリセリン酸の分離精製方法として、イオン交換樹脂充填カラムを利用した方法を用いているが、イオン交換樹脂に有機酸塩を吸着させる方法は、イオン交換樹脂の再生やpH調整などが必要であり、大量生産に向けたスケールアップの際に操作が煩雑となり、満足できるものではなかった。
【0005】
イオン交換樹脂を用いた吸着法以外で、グリセリン酸含有培地からグリセリン酸塩を簡便に回収する方法としては、カルシウムなどアルカリ土類金属塩による沈殿法が考えられるが(Lee et al., (1998), Journal of Membrane Science, 145: 53-66)、比較的水溶性の低いクエン酸カルシウム塩(25℃、溶解度約0.1g/100g水)とは異なり、グリセリン酸カルシウム塩の水に対する溶解度は比較的高いため(25℃、溶解度約6g/100g水)、現在知られているようなグリセリン酸の培地中への蓄積濃度(10〜50g/L)では適用できない。
【0006】
しかし、5〜20重量%のグリセリン酸アルカリ土類金属塩(例えばマグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム等の塩)の水溶液に対し、例えばメタノール、エタノールおよびプロパノールのような水混和性溶媒を、水溶液に対して1〜10倍量添加すると、グリセリン酸アルカリ土類金属塩を晶析・回収できるということが知られている(特許文献9)。
本法は、溶媒を使用するものの比較的簡便なグリセリン酸塩の精製方法のため、非常に有用な方法であると考えられる。しかしながら、この方法は、化学合成により製造された比較的不純物の少ないグリセリン酸塩の回収方法としては適しているが、微生物を用いた発酵で得られるグリセリン酸塩含有培地に実際に適応してみると、グリセリン酸アルカリ土類金属塩は、純度が低い上、回収量も少ないという問題があった。
【0007】
一方、電気透析法を用いた有機酸の分離回収技術は装置や工程が比較的単純で、且つ副生物の生成を伴わないこと等から近年盛んに検討され、一部の工業プロセスに導入されている。電気透析法には、有機酸塩等の電解質と非電解質を分離して電解質の濃縮または除去ができる脱塩電気透析と、水の分解により発生したプロトンと水酸化物イオンにより有機酸塩等の塩から酸とアルカリを生成する水分解電気透析がある。しかしながら、これまで、電気透析法を利用してグリセリン酸やグリセリン酸塩を分離回収する技術に関して報告が全くなかったため、電気透析法を用いて効率的なグリセリン酸含有培地の前処理方法が確立できるのか全く予想がつかなかった。
【特許文献1】特開平5-331100号公報
【特許文献2】特表2004-529894号公報
【特許文献3】特開昭60-226842号公報
【特許文献4】特開平3-91489号公報
【特許文献5】特表2006-507268号公報
【特許文献6】特開2004-67725号公報
【特許文献7】特開平1-225486号公報
【特許文献8】特公平7-51069号公報
【特許文献9】特開平5-339200号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、上記従来技術の問題を解消する点にあり、具体的には、微生物等を用いたバイオプロセスにより、グリセリン酸塩を効率的に生産する技術を新たに構築することにあり、特にグリセリン酸発酵液から高純度のグリセリン酸塩を効率的かつ簡便、安価に精製、回収する手段を新たに提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した目的を達成するため、本発明者等は、鋭意研究した結果、グリセリン酸発酵液からグリセリン酸をアルカリ土類金属塩として回収する工程において、電気透析法と晶析法とを組み合わせることにより、純度が向上するのみならず、グリセリン酸アルカリ土類金属塩の回収量が実際に増大することを見いだし、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち本発明は、以上の知見を得て完成することができたものであり、具体的には以下のとおりのものである。
(1) グリセリン酸発酵液を電気透析にかけ、得られたグリセリン酸濃縮溶液にアルカリ土類金属塩を混合した後、水混和性溶媒を添加、混合して、グリセリン酸のアルカリ土類金属塩を晶析、回収することを特徴とする、グリセリン酸アルカリ土類金属塩の製造方法。
(2) グリセリン酸発酵液が、グリセロール含有培養液にグリセリン酸生産能を有する微生物を培養して得られたものであることを特徴とする、上記(1)に記載の方法。
(3) グリセリン酸生産能を有する微生物の培養が、培養液のpHをグリセリン酸のpKa値(3.55)以上に制御しながら培養することを特徴とする、上記(2)に記載の方法。
(4) グリセリン酸生産能を有する微生物が、グルコノバクター(Gluconobacter)属、アセトバクター(Acetobacter)属、又はグルコンアセトバクター(Gluconacetobacter)属の細菌から選ばれた微生物であることを特徴とする、上記(2)または(3)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、不純物を多く含む微生物培養液から、医薬品、化粧品、化学品製造の中間原料等として工業的利用価値の高いグリセリン酸塩を、高純度で、かつ効率的にしかも簡便、安価な手段により製造することが可能となり、ダウンストリームコストの削減が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本明細書においてグリセリン酸発酵液とは、グリセリン酸生産能を有する微生物を培養してグリセリン酸発酵を行った培養液を意味し、グリセリン酸の他に有機酸等様々な代謝生成物及び培地成分等を含む。
グリセリン酸発酵に使用する微生物としては、グリセリン酸を生産可能な微生物であればどのような微生物であっても用いることができる。
典型的には、アセトバクター属、グルコンアセトバクター属、グルコノバクター属に属し、グリセロールをグリセリン酸へと変換する能力を有している酢酸菌を用いることができる。具体的な酢酸菌の例としては、アセトバクター・アセティ(Acetobacter aceti)、アセトバクター・シビノンジェンシス(Acetobacter cibinongensis)、アセトバクター・エスチュネンシス(Acetobacter estunensis)、アセトバクター・インドネシエンシス(Acetobacter indonesiensis)、アセトバクター・ラバニエンシス(Acetobacter lovaniensis)、アセトバクター・オリエンタリス(Acetobacter orientalis)、アセトバクター・オレアネンシス(Acetobacter orleanensis)、アセトバクター・パスツリアヌス(Acetobacter pasteurianus)、アセトバクター・ペルオキシダンス(Acetobacter peroxydans)、アセトバクター・シジギ(Acetobacter syzygii)、アセトバクター・トロピカリス(Acetobacter・tropicalis)、その他アセトバクター属細菌(Acetobacter sp.)NBRC3283株等が挙げられる。また、具体的なグルコンアセトバクター属細菌の例としては、グルコンアセトバクター・ユーロパス(Gluconacetobacter europaeus)、グルコンアセトバクター・ハンセニ(Gluconacetobacter hansenii)、グルコンアセトバクター・リクファシエンス(Gluconacetobacter liquefaciens)、グルコンアセトバクター・オボディエンス(Gluconacetobacter oboediens)、グルコンアセトバクター・キシリナス(Gluconacetobacter xylinus)、その他グルコンアセトバクター属細菌(Gluconacetobacter sp.)NBRC14815株等が挙げられる。一方、具体的なグルコノバクター属細菌の例としては、グルコノバクター・ルビダス(Gluconobacter albidus)、グルコノバクター・セリナス(Gluconobacter cerinus)、グルコノバクター・フラテウリ(Gluconobacter frateurii)、グルコノバクター・コンドニ(Gluconobacter kondonii)、グルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)、グルコノバクター・タイランディカス(Gluconobacter thailandicus)、その他グルコノバクター属細菌(Gluconobacter sp.)NBRC3259株等が挙げられる。
上記微生物の大部分は、D−グリセリン酸生産するが、グルコノバクター属細菌(Gluconobacter sp.)NBRC3259株は、D−グリセリン酸とL−グリセリン酸の双方を生産するが、本発明の方法は、発酵液中のグリセリン酸が、D−グリセリン酸あるいはL−グリセリン酸との混合物如何に関わらず適用できる。
さらに、本発明のグリセリン酸発酵に使用する微生物には、グリセリン酸を生産することができる限り、上記微生物の同じ属に属する程度の変異株であれば包含される。これは、自然突然変異によるものであってもよいし、紫外線照射や化学的変異原処理等、何らかの物理的または化学的処理を施すことによって遺伝子における塩基の付加、欠失、置換等を人工的に誘発したものであってもよい。
【0013】
グリセリン酸生産のための培養においては、炭素源、窒素源および無機塩等を含む通常の液体栄養培地を用いて行うことができるが、グリセロールを培地中に添加することが好ましい。炭素源として、例えば前述のグリセロールの他、グルコース等、窒素源としては、例えば硝酸ナトリウム、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、尿素等をそれぞれ単独もしくは混合して用いることができる。また、無機塩として、リン酸一水素カリウム、リン酸ニ水素カリウム、硫酸マグネシウム等を使用することができる。この他にも必要に応じて、酵母エキス、ペプトン、ポリペプトン、肉エキス、コーンスティープリカー等の栄養素を培地に適宜添加でき、これら含窒素有機物を窒素源の代替にすることもできる。
【0014】
本発明の使用微生物の培養条件として、温度条件は、該微生物が活動できる温度条件下で行われればよく、一方、培養液のpHは、反応開始時のpHは3〜10付近、好ましくはpH4〜8付近の範囲がよく、反応時に発酵槽内のpHを一定範囲に調整するために水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等を添加することにより行うことができる。
特にpHの値はグリセリン酸のpKa値、すなわちpH3.55以上が好ましく、具体的には、pH4〜8、より好ましくはpH4.5〜7に調整することが好ましい。
このような培養液のpH条件にすることによって、発酵液中では、グリセリン酸はイオン化(陰イオン)しており、そのまま、次工程の電気透析を行える点で有利である。
しかし、グリセリン発酵終了後に、該発酵液を、グリセリン酸のpKa値以上になるようにpHを調整しても良い。
【0015】
上記のようにして得られた培養物から培養菌体を分離・回収する。培養菌体の分離・回収方法としては、特に限定されることなく、例えば遠心分離や膜分離等の公知の方法を用いることができる。回収された培養菌体は、通常そのまま、次のグリセリン酸塩の生産のための微生物源として用いられる。
【0016】
本発明においては、このように培養物から菌体等を適宜分離除去して得られたグリセリン酸発酵液は、電気透析処理に供する。
本発明で用いられる電気透析装置は、図1に例示される陰イオン交換膜1と陽イオン交換膜2とで構成される通常の脱塩電気透析装置である。この電気透析装置は、陽極と陰極の間に陽イオン交換膜2、陰イオン交換膜1、陽イオン交換膜2を順に配置し、塩回収室3と脱塩室4を形成した構造となっている。かかる電気透析装置では、両極に印加された電圧により、脱塩室4から抜けた有機酸塩は陽極に達する事ができず、塩回収室3に留まる。この間、電極室5には、電極液である硝酸ナトリウム等の水溶液をポンプにより供給し循環させる。
【0017】
なお、本発明において使用される陰イオン交換膜/陽イオン交換膜を含む陰イオン回収型カートリッジは、市販の膜カートリッジ、例えば(株)サンアクティス製のカートリッジAC−122−10等を使用することができる。本発明における電気透析では、一般的には計測電圧は3.6〜4.7V(電極電圧は約3.5V)、電流密度は1〜100mA/cm、溶液温度は5〜40℃の範囲で行うことが好ましい。
【0018】
このような電気透析条件の下、グリセリン酸発酵液を、上記陰イオン交換膜を装着した電気透析装置に供給すると、炭素源として加えたグリセリンやグルコース等の非電解質は脱塩室4に残り、塩回収室3にグリセリン酸塩が濃縮される(図1)。このような電気透析によれば、かなりの不純物が除去され、且つ濃縮された1〜20重量%程度のグリセリン酸含有水溶液が得られる。
しかし、培養液に含有される硫酸イオン、硝酸イオン、リン酸イオンなどの塩も同様に塩回収室3に移動しており、本発明においては、さらに、塩回収室から回収されたグリセリン酸含有水溶液に、アルカリ土類金属塩をもちいて、グリセリン酸をアルカリ土類金属塩として晶析させる。
【0019】
すなわち、上記不純物が除去され、濃縮されたグリセリン酸含有水溶液に、アルカリ土類金属塩をグリセリン酸塩と等モル量以上添加、混合する。この場合におけるアルカリ土類金属としては、例えばマグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム等の塩が挙げられる。
【0020】
続いて、このグリセリン酸塩含有水溶液に、水混和性溶媒を添加・混合し、すぐに析出する不溶物を濾別した濾液を用いて、グリセリン酸のアルカリ土類金属塩を晶析させる。その後濾過や乾燥等によるグリセリン酸アルカリ土類金属塩を回収する。この場合に、水と混合し得る溶媒の添加量は、水に対し1〜8倍容量が好ましく、より好ましくは3〜5倍容量である。水混和性溶媒としては、メタノール、エタノール、プロパノールなどのアルコール類等が挙げられる。
【0021】
得られたグリセリン酸アルカリ土類金属塩を溶解した水溶液をバイポーラ膜電気透析装置に供したり、強酸を加える等の方法を用いることによりグリセリン酸を製造することも可能である。
【実施例】
【0022】
以下に、本発明について実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
なお下記実施例におけるグリセリン酸の定量は糖と有機酸を同時に分析するカラム(Shodex社製 SH1011)を用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)にて行った。
【0023】
(実施例1)
最初にグリセリン酸発酵液のモデル溶液を調製し、本発明によるグリセリン酸塩の精製を行った。モデル溶液は、グリセリン酸 40g、グリセリン 100g、KH2PO4 0.9g、K2HPO4 0.1g、MgSO4・7H2O 1g、酵母エキス(DIFCO社製) 25gを溶解した蒸留水をpH5に調整した後1Lにメスアップしたものを使用した。
【0024】
上記組成のモデル溶液10mLを用いて、電気透析法によりグリセリン酸塩を濃縮した。用いた電気透析装置は、卓上電気透析装置マイクロ・アシライザーS1((株)アストム製)に陰イオン回収型カートリッジAC−122−10((株)サンアクティス製)を装着したものである(図1と同じ構成)。電極液には0.5M NaNO3、また塩回収液には純水2mLを用い、電気透析の終了設定はサンプル液の電導度が1000μSに達した時とした。電圧、電流、電導度、電気量、ミリ当量に関するデータは、1分毎に測定、記録した。結果は図2の通りであり、不純物が含まれるモデル発酵液においても、グリセリン酸塩が回収・濃縮されることが示された。モデル溶液からのグリセリン酸塩の回収率は78分の電気透析により99.4%であり、この際のグリセリン酸1kgを回収するのに要するエネルギーは0.313 kWh/kgであった。
【0025】
(実施例2)
次に酢酸菌アセトバクター・トロピカリス NBRC16470株による、実際のグリセリン酸発酵液を用いて、電気透析法によるグリセリン酸塩の濃縮を行った。NBRC16470株を、グルコース 0.5重量%、酵母エキス 0.5重量%、ポリペプトン 0.5重量%、MgSO4・7H2O 0.1重量%の組成を有する前培養培地(5mL/試験管)に植菌し、30℃で48時間往復振とう培養を行った。次いで、グリセロール 15重量%、酵母エキス 2重量%、KH2PO4 0.09重量%、K2HPO4 0.01重量%、MgSO4・7H2O 0.1重量%の培地(pH7)500mLが入った1L容ミニジャーに上記培養液を25mL植菌した。培養は、温度30℃、通気量1vvm、攪拌500rpm、6日間で行った。培養期間中はpHがpH5以下に下がらないよう自動制御にて水酸化ナトリウムの添加を行った。
【0026】
上記反応培養液を遠心分離機にかけ、菌体等の固形物質を分離除去したグリセリン酸塩含有培養液を得た。グリセリン酸塩量を定量したところ14.6 g/Lであった。このグリセリン酸塩含有培養液10mLを実施例1と同様の条件で電気透析に供した。結果は図3の通りであり、実際のグリセリン酸発酵液においても、グリセリン酸塩が濃縮されることが示された。回収率は80分の電気透析により99.4%であり、この際のグリセリン酸1kgを回収するのに要するエネルギーは0.24kWh/kgであった。
【0027】
(実施例3)
次に酢酸菌グルコノバクター属 NBRC3259株のグリセリン酸発酵液を用いて、電気透析法および晶析法を組み合わせて、グリセリン酸カルシウム塩の精製を行った。NBRC3259株を、実施例2と同様に前培養を行った。次いで、次いで、グリセロール 15重量%、酵母エキス 0.1重量%、ポリペプトン 2.5重量%、KH2PO4 0.09重量%、K2HPO4 0.01重量%、MgSO4・7H2O 0.1重量%の培地(pH7)500mLが入った1L容ミニジャーに上記培養液を25mL植菌した。培養は、温度30℃、通気量1vvm、攪拌500rpm、6日間で行った。培養期間中はpHがpH5以下に下がらないよう自動制御にて水酸化ナトリウムの添加を行った。
【0028】
上記反応培養液を遠心分離機にかけ、菌体等の固形物質を分離除去したグリセリン酸塩含有培養液を得た。グリセリン酸塩量を定量したところ25 g/Lであった。このグリセリン酸塩含有培養液500mLを実施例1と同様の条件で電気透析に供したところ、97.9 g/Lのグリセリン酸塩含有水溶液が48mL得られた。
【0029】
上記で得られたグリセリン酸塩含有水溶液に、3.3gのCaCl2・2H2Oを混合し、さらに約200mLのエタノールを加えて混合した。すぐに析出した不溶物を濾過により除き、濾液を4℃にて静置することでグリセリン酸カルシウム塩を析出させた。上液を除去して乾燥させることで、3.1gのグリセリン酸カルシウム塩を得た。得られたグリセリン酸カルシウム塩を純水に溶解し、HPLCにて純度を調べたところ、ほぼ100%であった。
【0030】
(実施例4)
次に酢酸菌グルコノバクター属 NBRC3259株のグリセリン酸発酵液を用いて、発酵液を電気透析法にかけたサンプルと、比較として電気透析を行わない発酵液からなるサンプルに対して、それぞれ晶析法によるグリセリン酸カルシウム塩の回収効率を比較した。NBRC3259株に関して実施例2と同様に前培養を行い、次いで、実施例3と同様の培地および条件で1L容ミニジャーでの培養を行った。
【0031】
上記反応培養液を遠心分離機にかけ、菌体等の固形物質を分離除去したグリセリン酸含有培養液を得た。グリセリン酸量を定量したところ22 g/Lであった。
【0032】
培養液を2本のサンプル瓶にそれぞれ50mLずつとり、一方の培養液50mLに関して、実施例1と同様の条件で電気透析に供した。電気透析後のサンプル溶液を純水で希釈することにより、22 g/Lのグリセリン酸塩含有液約50mLを得た(以後、透析液と呼ぶ)。これら同じ濃度、同じ液量の培養液と透析液に、0.77gのCaCl2・2H2Oを混合し、さらに150mLのエタノールを加えて混合した。
【0033】
すぐに析出した不溶物を濾過により除いたが、この濾別された不溶物の乾燥重量は、培養液で1.14gであり、透析液では0.624gであった。これらは水に対しても不溶性であることからグリセリン酸カルシウム塩以外の不溶物である。本結果は、明らかに電気透析をかけたサンプル(透析液)の方が、発酵液よりも不純物が少なくなっていることを示している。
【0034】
一方、濾液を4℃にて静置することでグリセリン酸カルシウム塩を晶析させた。上液を除去して乾燥させることで、培養液と透析液からそれぞれ0.381g、および0.511gのグリセリン酸カルシウム塩を得た。本結果は、明らかに電気透析をかけたサンプル(透析液)の方が、発酵液よりもグリセリン酸カルシウム塩の回収率が良いことを示している。
【0035】
さらに得られたグリセリン酸カルシウム塩の結晶を見てみると、図4に示すように透析液から得られた結晶に比べ、発酵液から得られた結晶は肌色を呈しており、純度がまだ低いことが示された。実際にHPLCにて純度を調べたところ、透析液の結晶では純度がほぼ100%であったのに対し、発酵液の結晶は未同定の物質のピークが検出された。本結果は、電気透析をかけることにより、明らかに培養液中の不純物を除き、かつ晶析によるグリセリン酸塩の回収率を向上させていることを示している。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】陰イオン交換膜/陽イオン交換膜により構成される脱塩電気透析装置を概略的に表した図面である。
【図2】グリセリン酸発酵液のモデル溶液を用いた電気透析によるグリセリン酸塩の回収効率を示した図面である。
【図3】実際のグリセリン酸発酵液を用いた電気透析によるグリセリン酸塩の回収効率を示した図面である。
【図4】グリセリン酸発酵液(左)、および電気透析をかけたグリセリン酸発酵液(右)から得られたグリセリン酸カルシウム塩の写真である。
【符号の説明】
【0037】
1.陰イオン交換膜
2.陽イオン交換膜
3.塩回収室
4.脱塩室
5.電極室
6.サンプル液ポンプ
7.電極液ポンプ
8.塩回収液シリンジ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリセリン酸発酵液を電気透析にかけ、得られたグリセリン酸濃縮溶液にアルカリ土類金属塩を混合した後、水混和性溶媒を添加、混合して、グリセリン酸のアルカリ土類金属塩を晶析、回収することを特徴とする、グリセリン酸アルカリ土類金属塩の製造方法。
【請求項2】
グリセリン酸発酵液が、グリセロール含有培養液にグリセリン酸生産能を有する微生物を培養して得られたものであることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
グリセリン酸生産能を有する微生物の培養が、培養液のpHをグリセリン酸のpKa値(3.55)以上に制御しながら培養することを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
グリセリン酸生産能を有する微生物が、グルコノバクター(Gluconobacter)属、アセトバクター(Acetobacter)属、又はグルコンアセトバクター(Gluconacetobacter)属の細菌から選ばれた微生物であることを特徴とする、請求項2または3のいずれかに記載の方法。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−130908(P2010−130908A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−307113(P2008−307113)
【出願日】平成20年12月2日(2008.12.2)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】