説明

グリース組成物及び転動装置

【課題】高温でのちょう度変化や油分離をより抑制でき、−40℃という極低温においても固化することもなく、高温から極低温まで広い温度範囲でこれまでよりも良好な特性を示すグリース組成物、並びに前記グリース組成物を封入してなり、高温での耐久性に優れ、−40℃という極低温でも異音を発することなく作動し得る転動装置を提供する。
【解決手段】ジアルキルジフェニルエーテル油、エステル系合成油及びポリαオレフィン油の少なくとも1種からなる基油に、増ちょう剤として、それぞれ特定構造の第1のジウレア化合物:第2のジウレア化合物=30:70〜90:10の割合(モル比)で混合してなる混合物をグリース組成物全量の10〜30質量%の割合で含有し、かつ、特定の添加剤をグリース組成物全量の0.1〜5質量%の割合で含有するグリース組成物

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジウレア化合物を増ちょう剤とするグリース組成物並びに転動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車や産業機械では、高性能化とともに小型軽量化が進み、組み込まれる転がり軸受もより高温に晒される傾向にある。そのため、転がり軸受には、耐熱性や酸化安定性に優れるグリース組成物を封入する必要がある。
【0003】
高温用グリース組成物としては、これまで金属複合石けん、ナトリウムテレフタラメート、ベントン、ウレア化合物を増ちょう剤としたものや、フッ素グリース組成物が使用されている。しかし、金属複合石けん系グリース組成物は経時硬化しやすく、ナトリウムテレフタラメート系グリース組成物は油分離が大きく、ベントン系グリース組成物は潤滑性に問題があり、フッ素系グリース組成物は高価である等の欠点があり、ウレア系グリース組成物が主流になっている。
【0004】
ウレア系グリース組成物としては、ジウレア系グリース組成物やテトラウレア系グリース組成物が広く使用されているが、テトラウレア系グリース組成物は長期間高温に晒されると硬化する現象が見られ、また、せん断速度の違いにより硬化したり軟化する等、ちょう度の安定性に問題がある。
【0005】
これに対しジウレア系グリース組成物は、イソシアネートと、末端基となるアミンの構造により、その特性が大きく変化することが分かっている。例えば、ジフェニルメタン基の両端にウレア結合を有するジウレア化合物と、トリレン基またはビトリレン基の両端にウレア結合を有するジウレア化合物とを併用したジウレア系グリース組成物(特許文献1参照)、トリレン基、ジフェニルメタン基、ジメチルビフェニレン基の両端に炭素数6〜18の直鎖の飽和アルキル基が25〜45モル%、シクロヘキシル基が50〜70モル%、芳香族系炭化水素基が5〜25モル%となるように混合結合させたジウレア系グリース組成物(特許文献2参照)、2種類以上の異なるジイソシアネートとアミンとを反応させて得られるジウレア系グリース組成物(特許文献3参照)、3種類のジウレア化合物を混合して用いたジウレア系グリース組成物(特許文献4参照)等が知られている。
【0006】
【特許文献1】特開平1−13969号公報
【特許文献2】特開平6−88085号公報
【特許文献3】特許第2777928号公報
【特許文献4】特開2003−201495号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記のジウレア系グリース組成物をはじめ、ジウレア系グリース組成物は低温での流動性に改善の余地がある。特に、自動車は寒冷地でも使用されるため、低温で異音が発生する等の不具合を起こす。また、自動車や産業機械の更なる高性能化や小型化は必至であり、より高温での安定性も要求されている。また、本発明は、前記グリース組成物を封入してなり、高温での耐久性に優れ、−40℃という極低温でも異音を発することなく作動し得る転動装置を提供することを目的とする。
【0008】
そこで本発明は、高温でのちょう度変化や油分離をより抑制でき、更に−40℃という極低温においても固化することもなく、高温から極低温まで広い温度範囲でこれまでよりも良好な特性を示すグリース組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明は以下のグリース組成物及び転動装置を提供する。
(1)ジアルキルジフェニルエーテル油、エステル系合成油及びポリαオレフィン油の少なくとも1種からなる基油に、増ちょう剤として、下記一般式(I)で表される第1のジウレア化合物と、下記一般式(II)で表される第2のジウレア化合物とを、第1のジウレア化合物:第2のジウレア化合物=30:70〜90:10の割合(モル比)で混合してなる混合物をグリース組成物全量の10〜30質量%の割合で配合し、かつ、一次平均粒径が0.1μm以下の炭酸カルシウム、金属元素を含まない硫黄−リン系極圧剤、有機亜鉛化合物、アミン系防錆剤、カルボン酸系防錆剤、エステル系防錆剤、炭酸塩及び安息香酸塩の少なくとも1種を、それぞれグリース組成物全量の0.1〜5質量%の割合で含有することを特徴とするグリース組成物
【0010】
【化3】

【0011】
(式中のRはトリレン基またはビトリレン基を表す。また、Rは炭素数6〜20の芳香族炭化水素基であり、同一でも異なっていてもよい。)
【0012】
【化4】

【0013】
(式中のRはジフェニルメタン基を表す。また、Rは炭素数6〜12の芳香族炭化水素基であり、同一でも異なっていてもよい。)
(2)上記(1)記載のグリース組成物の製造方法であって、単一容器に、基油と、R〜Rを含む化合物とを、第1のジウレア化合物と第2のジウレア化合物とが前記混合比率となり、かつ、前記増ちょう剤量となるように入れ、第1のジウレア化合物と第2のジウレア化合物とを同時に合成することを特徴とする製造方法。
(3)内方部材と、外方部材と、前記内方部材と前記外方部材との間に転動自在に配設された複数の転動体と、を備える転動装置において、前記内方部材と前記外方部材との間に形成され前記転動体が内設された空隙部内に、上記(1)記載のグリース組成物を充填したことを特徴とする転動装置。
【発明の効果】
【0014】
本発明のグリース組成物は、それぞれ特定構造の第1のジウレア化合物と第2のジウレア化合物とを特定比率で混合した増ちょう剤を用いたため、高温でのちょう度変化や油分離をより抑制でき、−40℃という極低温においても固化することもなく、高温から極低温まで広い温度範囲でこれまでよりも良好な特性を示す。また、特定の添加剤を添加したことにより、耐久性の向上を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明に関して詳細に説明する。
【0016】
〔基油〕
本発明のグリース組成物において、基油は、ジアルキルジフェニルエーテル油、エステル系合成油、ポリαオレフィン油をそれぞれ単独で、あるいは組み合わせて使用する。
【0017】
ジアルキルジフェニルエーテル油としては、下記一般式(III)で表されるものが好ま
しい。
【0018】
【化5】

【0019】
式中、R、R、Rの1つは水素原子であり、残りの2つは同一又は異なるアルキル基である。アルキル基の炭素数は8〜20が好ましく、12〜14がより好ましい。
【0020】
エステル系合成油としては、ジ−2−エチルヘキシルセバケート、ジオクチルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート等のジエステル、トリメチロールプロパンカプリレート、ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート等のポリオールエステルやトリオクチルトリメリテート、トリデシルトリメリテート等のトリメリット酸エステル、テトラオクチルピロメリテート等のピロメリット酸エステルの芳香族エステル油が挙げられる。
【0021】
ポリαオレフィン油は、下記一般式(IV)で表されるものが好ましい。
【0022】
【化6】

【0023】
式中、Rはアルキル基であり、同一分子中に2種以上の異なるアルキル基が混在していてもよいが、好ましくはn−オクチル基である。また、nは3〜8の整数が好ましい。
【0024】
また、基油は、40℃における動粘度が15〜200mm/sであることが好ましいが、潤滑特性、蒸発特性及び低温流動性を考慮すると、20〜150mm2/sであることがより好ましい。尚、ジアルキルジフェニルエーテル油、エステル系合成油、ポリαオレフィン油を組み合わせる場合は、混合油で上記の粘度に調整する。
【0025】
〔増ちょう剤〕
増ちょう剤は、下記一般式(I)で表される第1のジウレア化合物と、下記一般式(II)で表される第2のジウレア化合物との混合物を用いる。
【0026】
【化7】

【0027】
式中、Rはトリレン基またはビトリレン基を表す。また、Rは炭素数6〜20の芳香族炭化水素基であり、同一でも異なっていてもよい。このようなジウレア化合物は、トリレンジイソシアネートまたはビトリレンジイソシアネートと、アニリン、ベンジルアミン、トルイジン、クロロアニリン、ドデシルアニリン等の芳香族アミンとを反応させることにより得られる。尚、トリレンジイソアネートとしては2,4−トリレンジイソアネートや2,6−トリレンジイソアネート、あるいはこれらの混合物等を使用でき、ビトリレンジイソシアネートとしては、3,3´−ビトリレン−4,4´−ジイソシアネート等を使用できる。
【0028】
【化8】

【0029】
式中、Rはジフェニルメタン基を表す。また、Rは炭素数6〜12の芳香族炭化水素基であり、同一でも異なっていてもよい。このようなジウレア化合物は、ジフェニルメタン4,4´−ジイソアネート等のジフェニルメタンジイソシアネートと、アニリン、ベンジルアミン、トルイジン、クロロアニリン、ドデシルアニリン等の芳香族アミンとを反応させることにより得られる。
【0030】
第1のジウレア化合物と第2のジウレア化合物との混合比率は、モル比で、第1のジウレア化合物:第2のジウレア化合物=30:70〜90:10であり、40:60〜70:30であることが好ましい。第1のジウレア化合物が30%未満になると熱硬化しやすくなり、90%を超えると油分離が大きくなり、好ましくない。
【0031】
また、増ちょう剤量はグリース全量の10〜30質量%であり、15〜25質量%がより好ましく、15〜21質量%が特に好ましい。増ちょう剤量が10質量%未満ではグリース状態を維持できず、30質量%を超えると硬くなりすぎて十分な潤滑状態を発現できなくなる。
【0032】
更に、グリース組成物の混和ちょう度は、300以下であることが好ましい。
【0033】
〔添加剤〕
グリース組成物には、一次平均粒径が0.1μm以下の炭酸カルシウム(以下、「炭酸カルシウム微粒子」)、金属元素を含まない硫黄−リン系極圧剤、有機亜鉛化合物、アミン系防錆剤、カルボン酸系防錆剤、エステル系防錆剤、炭酸塩及び安息香酸塩の少なくとも1種を配合することが好ましい。
【0034】
(炭酸カルシウム微粒子)
炭酸カルシウム微粒子は、公知のものでよく、天然から得られる重質炭酸カルシウムや、合成して得られる沈降性炭酸カルシウムの上記一次平均粒径となるように分級したものを用いることができる。また、一次平均粒径は、好ましくは0.05μm以下である。
【0035】
また、炭酸カルシウム微粒子をそのまま基油中に添加しても良いが、炭酸カルシウム微粒子をステアリン酸等の脂肪酸、ロジン、カルボキシ変性高分子及び金属系表面処理剤から選択される1種以上の表面処理剤によって予め表面処理しておくことが好ましい。このようにすることによって基油とのなじみ性を向上させ、炭酸カルシウム微粒子の分散安定性を良好なものとすることができる。炭酸カルシウム微粒子の表面処理とは、炭酸カルシウム微粒子の表面を、表面処理剤によってコーティングすることをいい、そのような表面処理された炭酸カルシウム微粒子は、例えば、水に分散させた状態の炭酸カルシウム微粒子に表面処理剤を添加して攪拌分散し、これを脱水、乾燥、粉砕することによって作製することができる。
【0036】
炭酸カルシウム微粒子の含有量はグリース組成物全量の0.1〜5質量%であることが好ましく、さらに好ましくは0.5〜2質量%である。含有量が0.1質量%未満では耐久性延長効果が得られず、5質量%を超えると発熱等により機能喪失となり、実用的ではない。
【0037】
(硫黄−リン系極圧剤)
硫黄−リン系極圧剤は、金属元素を含まず、リン原子及び硫黄原子を含む化合物であり、チオフォスフェート類やチオフォスファイト類のように分子中にリン原子及び硫黄原子の双方を有するものの他、例えばリン系極圧剤(分子中にリン原子を有するもの)と、硫黄系極圧剤(分子中に硫黄原子を有するもの)との混合物であってもよい。チオフォスフェート類としては、チオリン酸エステルの基本構造を有する、例えばトリフェニルフォスフォロチオネート(TPPT)等のチオリン酸エステルが挙げられる。チオフォスファイト類としては、例えばトリブチルトリチオフォスファイトやトリ(2−エチルヘキシル)トリチオフォスファイト等の(RS)Pで表される有機トリチオフォスファイト等が挙げられる。
【0038】
硫黄−リン系極圧剤の含有量はグリース組成物全量の0.1〜5質量%であることが好ましく、さらに好ましくは1〜3質量%である。含有量が0.1質量%未満では高温長時間使用時にちょう度変化が大きくなり、5質量%を超えると油分離が大きくなり、更に熱安定性に劣るようになり、実用的ではない。
【0039】
(有機亜鉛化合物)
有機亜鉛化合物としては、ジアルキルジチオカルバミン酸亜鉛(ZnDTC)、ジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)等が挙げられるが、中でも下記のジアルキルジチオカルバミン酸亜鉛(ZnDTC)が好適である。
【0040】
【化9】

【0041】
式中、Rはアルキル基、シクロアルキル基、アルケニル基、アリール基、アルキルアリール基、アリールアルキル基であり、全て同一でもよく、異なっていてもよい。中でも、1,1,3,3−テトラメチルブチル基、1,1,3,3−テトラメチルヘキシル基、1,1,3−トリメチルヘキシル基、1,3−ジメチルブチル基、1−メチルウンデカン基、1−メチルヘキシル基、1−メチルペンチル基、2−エチルブチル基、2−エチルヘキシル基、2−メチルシクロヘキシル基、3−ヘプチル基、4−メチルシクロヘキシル基、n−ブチル基、イソブチル基、イソプロピル基、イソヘプチル基、イソペンチル基、ウンデシル基、エイコシル基、エチル基、オクタデシル基、オクチル基、シクロオクチル基、シクロドデシル基、シクロペンチル基、ジメチルシクロヘキシル基、デジル基、テトラデシル基、ドコシル基、ドデシル基、トリデシル基、トリメチルシクロヘキシル器、ノニル基、プロピル基、ヘキサデシル基、ヘキシル基、ヘニコシル基、ヘプタデシル基、ヘプチル基、ペンタデシル基、ペンチル基、メチル基、第三ブチルシクロヘキシル基、第三ブチル基、2−ヘキセニル基、2−メタリル基、アリル基、ウンデセニル基、オレイル基、デセニル基、ビニル基、ブテニル基、ヘキセニル基、ヘプタデセニル基、トリル基、エチルフェニル基、イソプロピルフェニル基、第三ブチルフェニル基、第二ペンチルフェニル基、n−ヘキシルフェニル基、第三オクチルフェニル基、イソノニルフェニル基、n−ドデシルフェニル基、フェニル基、ベンジル基、1−フェニルメチル基、2−フェニルメチル基、3−フェニルプロピル基、1,1−ジメチルベンジル基、2−フェニルイソプロピル基、3−フェニルヘキシル基、ベンズヒドリル基、ビフェニル基等が好ましい。また、これらの基はエーテル基を有していてもよい。
【0042】
有機亜鉛化合物の含有量はグリース組成物全量の0.1〜5質量%であるのが好ましく、さらに好ましくは0.5〜2質量%である。含有量が0.1質量%未満では十分な効果が得られず、5質量%を超えても効果の更なる向上が得られない。
【0043】
(アミン系防錆剤)
アミン系防錆剤としては、アルコキシジフェニルアミン、脂肪酸のアミン塩、二塩基性カルボン酸の部分アミド等が挙げられるが、脂肪酸のアミン塩が好適である。
【0044】
アミン系防錆剤の含有量はグリース組成物全量の0.1〜5質量%であるのが好ましく、さらに好ましくは0.5〜2質量%である。含有量が0.1質量%未満では十分な効果が得られず、5質量%を超えても効果の更なる向上が得られない。
【0045】
(カルボン酸系防錆剤)
カルボン酸系防錆剤としては、モノカルボン酸ではラウリン酸、ステアリン酸等の直鎖脂肪酸、ナフテン核を有する飽和カルボン酸が挙げられ、ジカルボン酸ではコハク酸、アルキルコハク酸、アルキルコハク酸ハーフエステル、アルケニルコハク酸、アルケニルコハク酸ハーフエステル、コハク酸イミド等のコハク酸誘導体、ヒドロキシ脂肪酸、メルカプト脂肪酸、ザルコシン誘導体、あるいはワックスやペトロラタムの酸化物等の酸化ワックス等を例示できるが、アルケニルコハク酸ハーフエステルが好適である。
【0046】
カルボン酸系防錆剤の含有量はグリース組成物全量の0.1〜5質量%であるのが好ましく、さらに好ましくは0.5〜2質量%である。含有量が0.1質量%未満では十分な効果が得られず、5質量%を超えても効果の更なる向上が得られない。
【0047】
(エステル系防錆剤)
エステル系防錆剤としては、ソルビトール、ペンタエリスリトール、ショ糖、グリセリン酸の多価アルコールとオレイン酸、ラウリル酸等のカルボン酸の部分エステルやオレイルアルコール、ステアリルアルコール、ラウリルアルコール等の高級脂肪酸アルコール等が挙げられるが、ソルビトールが好適である。
【0048】
エステル系防錆剤の含有量はグリース組成物全量の0.1〜5質量%であるのが好ましく、さらに好ましくは0.5〜2質量%である。含有量が0.1質量%未満では十分な効果が得られず、5質量%を超えても効果の更なる向上が得られない。
【0049】
(炭酸塩)
炭酸塩としては、ZnCO、LiCO、BaCO、KCO、NaCO等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0050】
炭酸塩の含有量はグリース組成物全量の0.1〜5質量%であるのが好ましく、さらに好ましくは0.5〜2質量%である。含有量が0.1質量%未満では十分な効果が得られず、5質量%を超えても効果の更なる向上が得られない。
【0051】
(安息香酸塩)
安息香酸塩としては、安息香酸のニトロ誘導体、安息香酸アンモニウム、ヒドロキシ安息香酸、安息香酸ナトリウム等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0052】
安息香酸塩の含有量はグリース組成物全量の0.1〜5質量%であるのが好ましく、さらに好ましくは0.5〜1質量%である。含有量が0.1質量%未満では十分な効果が得られず、5質量%を超えても効果の更なる向上が得られない。
【0053】
(その他)
上記添加剤に加え、例えば、フェニル−1−ナフチルアミン等のアミン系、2,6−ジ−tert−ジブチルフェノール等のフェノール系、硫黄系の酸化防止剤;有機モリブデン等の極圧剤;脂肪酸、動植物油、モンタン酸ワックス等の油性向上剤;ベンゾトリアゾール等の金属不活性化剤等を、単独又は2種以上混合して添加することができる。尚、これら添加剤の添加量は、本発明の目的を損なわない程度であれば特に限定されるものではない。
【0054】
〔製造方法〕
グリース組成物の製造方法に制限はないが、単一容器に、基油と、R〜Rを含む化合物とを第1のジウレア化合物と第2のジウレア化合物とが上記混合比率となり、かつ、上記増ちょう剤量となるように入れて反応させ、第1のジウレア化合物と第2のジウレア化合物とを同時に合成することが好ましい。これにより、第1のジウレア化合物と第2のジウレア化合物とがグリース組成物中で均一に分散する。その結果、増ちょう剤量を少なくすることができ、相対的に基油量が多くなり潤滑性に優れるようになり、−40℃の低温においてもグリース硬化を抑制できる。また、基油を共通とし、第1のジウレア化合物を増ちょう剤とするグリース組成物と、第2のジウレア化合物を増ちょう剤とするグリース組成物とを別々に合成しておき、第1のジウレア化合物と第2のジウレア化合物とを上記混合比率となるように混合する方法も可能であるが、第1のジウレア化合物と第2のジウレア化合物との分散状態が前者の製造方法に比べると悪くなる。
【0055】
〔転動装置〕
本発明はまた、上記のグリース組成物を封入してなる転動装置に関する。転動装置の種類としては、転がり軸受、ボールねじ、リニアガイド装置、直動ベアリング等が挙げられる。
【0056】
図1は、転動装置の一実施形態である玉軸受の構造を示す縦断図面である。この玉軸受1は、内方部材である内輪10と、外方部材である外輪11と、内輪10と外輪11との間に転動自在に配設された複数の玉13と、複数の玉13を保持する保持器12と、外輪11に取り付けられた接触形のシール14、14と、で構成されている。また、内輪10と外輪11とシール14、14とで囲まれた軸受空間には、上記のグリース組成物Gが充填され、シール14により玉軸受1内に密封されている。そして、グリース組成物Gが持つ特性により、高温での耐久性に優れ、−40℃という極低温でも異音を発することなく作動する。そのため、特にオルタネータや電磁クラッチ等の自動車電装部品や、アイドラプーリ等の自動車エンジン補機等に好適である。
【0057】
尚、転がり軸受としては、玉軸受の他にも、例えば、アンギュラ玉軸受、自動調心玉軸受、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、針状ころ軸受、自動調心ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受、スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受が挙げられ、同様に上記のグリース組成物が封入される。
【0058】
また、その他の転動装置において、内方部材とは、ボールねじの場合にはねじ軸、同じくリニアガイド装置の場合には案内レール、同じく直動ベアリングの場合には軸をそれぞれ意味する。また、外方部材とは、ボールねじの場合にはナット、同じくリニアガイドの場合にはスライダ、同じく直動ベアリングの場合には外筒をそれぞれ意味する。そして、これらの転動装置にも同様に、上記のグリース組成物が封入される。
【実施例】
【0059】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0060】
(実施例1〜7、比較例1〜5)
表1及び表2に示すとおり、基油中で第1のジウレア化合物と第2のジウレア化合物とを同時合成し、添加剤を添加して試験グリースを調製した。そして、各試験グリースを用いて以下の試験を行った。
【0061】
(1)軸受漏れ試験
内径8mm、外径22mm、幅7mmの鉄シールド付き深溝玉軸受(図1参照)に試験グリースを軸受空間の50%を占めるように充填して試験軸受を作製し、この試験軸受を図2に示すようなASTM D1741の軸受寿命試験機に類似の試験機に装着した。そして、軸受温度180℃、アキシアル荷重59Nの条件下で3000min−1の回転速度で回転させ(その他の条件はASTM D1741に準拠した)、24時間後の軸受からの漏れ率を測定した。結果を表1及び表2に示すが、80質量%以下を合格とする。
(2)耐久試験
内径8mm、外径22mm、幅7mmの鉄シールド付き深溝玉軸受(図1参照)に試験グリースを軸受空間の50%を占めるように充填して試験軸受を作製し、この試験軸受を図2に示すようなASTM D1741の軸受寿命試験機に類似の試験機に装着した。そして、軸受温度180℃、アキシアル荷重59Nの条件下で3000min−1の回転速度で回転させ(その他の条件はASTM D1741に準拠した)、焼付が生じて外輪の温度が190℃以上に上昇するまでの時間(焼付き時間)を計測した。結果を表1及び表2に示すが、比較例1の焼付き時間を1として相対値で示してある。
【0062】
【表1】

【0063】
【表2】

【0064】
【表3】

【0065】
(実施例8〜15、比較例6〜8)
表3〜4に示すとおり、基油中で第1のジウレア化合物と第2のジウレア化合物とを同時合成し、添加剤を添加して試験グリースを調製した。そして、上記の(1)軸受漏れ試験及び(2)耐久試験を行った。結果を表3〜4に示すが、耐久試験では比較例6に対する相対値とした。
【0066】
【表4】

【0067】
【表5】

【0068】
【表6】

【0069】
上記各試験から、本発明に従い、増ちょう剤として第1のジウレア化合物と第2のジウレア化合物とを30:70〜90:10の割合(モル比)で同時合成してなる混合物を用い、特定の添加剤を含有する実施例の各試験グリースは、高温での熱酸化性安定性に優れることがわかる。
【0070】
(実施例16〜20、比較例9〜13)
表5及び表6に示すとおり、実施例16〜20及び比較例9〜10では、基油中で第1のジウレア化合物と第2のジウレア化合物とを同時合成して試験グリースを調製した。また、比較例12、13では、第1のジウレア化合物と第2のジウレア化合物とを個別に調製し、両者を混合して試験グリースを調製した。尚、何れの試験グリースにも、アミン系防錆剤をグリース全量の2質量%、有機亜鉛化合物をグリース全量の1質量%、ベンゾトリアゾール系金属不活性化剤をグリース全量の0.05質量%添加した。そして、各試験グリースについて、下記に示す(3)低温異音試験及び(4)焼付き寿命試験を行った。
【0071】
(3)低温異音試験
内径17mmの軸受に試験グリースを封入して試験軸受を作製し、−40℃における異音測定を行った。測定は各試験軸受とも10回行い、異音発生確率が10%以下(1回以下)のものを合格とした。結果を表6及び表7に示す。また、実施例16〜19、比較例9〜11の測定結果を基に得られた第2のジウレア化合物の比率と異音発生確率との関係を図3に示す。
(4)焼付寿命試験
耐熱ゴムシシールを備えた6305玉軸受(外径62mm、内径25mm、幅17mm)に試験グリースを軸受空間の30%を占めるように充填して試験軸受を作製した。この試験軸受を外輪温度180℃、ラジアル荷重98N、アキシアル荷重98Nにて内輪を15000min−1で連続回転させ、温度上昇とモータ電流値(トルク)上昇を起こしたときを焼付きとみなし、それまでの時間(焼付き寿命)を計測した。試験軸受は各3個とし、その平均値を求めた。結果を表5及び表6に示すが、実施例19に対する相対値とした、また、実施例16〜19、比較例9〜11の測定結果を基に得られた第2のジウレア化合物の比率と焼付寿命比との関係を図4に示す。
【0072】
【表7】

【0073】
【表8】

【0074】
上記各試験から、本発明に従い、増ちょう剤として第1のジウレア化合物と第2のジウレア化合物とを30:70〜90:10の割合(モル比)で同時合成してなる混合物を用い、特定の添加剤を含有する実施例の各試験グリースは、低温での異音の発生も無く、焼付寿命にも優れることがわかる。また、比較例12,13から、第1のジウレア化合物と第2のジウレア化合物とを個別に調製し、混合する方法では低温で異音を発生しやすくなっている。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】本発明に係る転動装置の一例である玉軸受を示す断面図である。
【図2】実施例において(2)耐久試験に用いた試験機の構成を示す断面図である。
【図3】第2のジウレア化合物の比率と異音発生確率との関係を示すグラフである。
【図4】第2のジウレア化合物の比率と焼付寿命比との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0076】
1 玉軸受
10 内輪
11 外輪
13 玉

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジアルキルジフェニルエーテル油、エステル系合成油及びポリαオレフィン油の少なくとも1種からなる基油に、増ちょう剤として、下記一般式(I)で表される第1のジウレア化合物と、下記一般式(II)で表される第2のジウレア化合物とを、第1のジウレア化合物:第2のジウレア化合物=30:70〜90:10の割合(モル比)で混合してなる混合物をグリース組成物全量の10〜30質量%の割合で配合し、かつ、一次平均粒径が0.1μm以下の炭酸カルシウム、金属元素を含まない硫黄−リン系極圧剤、有機亜鉛化合物、アミン系防錆剤、カルボン酸系防錆剤、エステル系防錆剤、炭酸塩及び安息香酸塩の少なくとも1種を、それぞれグリース組成物全量の0.1〜5質量%の割合で含有することを特徴とするグリース組成物
【化1】

(式中のRはトリレン基またはビトリレン基を表す。また、Rは炭素数6〜20の芳香族炭化水素基であり、同一でも異なっていてもよい。)
【化2】

(式中のRはジフェニルメタン基を表す。また、Rは炭素数6〜12の芳香族炭化水素基であり、同一でも異なっていてもよい。)
【請求項2】
前記第1のジウレア化合物と、前記第2のジウレア化合物とを、同一容器内で同時に合成させて得られることを特徴とする請求項1記載のグリース組成物。
【請求項3】
前記炭酸カルシウムが、脂肪酸、樹脂酸、ロジン酸及び金属系表面処理剤から選択される1種以上の物質で表面処理されていることを特徴とする請求項1または2記載のグリース組成物。
【請求項4】
前記硫黄−リン系極圧剤がチオフォスフェート、チオフォスファイトであることを特徴とする請求項1または2記載のグリース組成物。
【請求項5】
前記アミン系防錆剤がアルコキシフェニルアミン、脂肪酸のアミン塩または二塩基性カルボン酸の部分アミドであることを特徴とする請求項1または2記載のグリース組成物。
【請求項6】
前記安息香酸塩が安息香酸のニトロ誘導体、安息香酸アンモニウム、ヒドロキシ安息香酸または安息香酸ナトリウムであることを特徴とする請求項1または2記載のグリース組成物。
【請求項7】
請求項1〜6の何れか1項に記載のグリース組成物の製造方法であって、
単一容器に、基油と、R〜Rを含む化合物とを、第1のジウレア化合物と第2のジウレア化合物とが前記混合比率となり、かつ、前記増ちょう剤量となるように入れ、第1のジウレア化合物と第2のジウレア化合物とを同時に合成することを特徴とする製造方法。
【請求項8】
内方部材と、外方部材と、前記内方部材と前記外方部材との間に転動自在に配設された複数の転動体と、を備える転動装置において、前記内方部材と前記外方部材との間に形成され前記転動体が内設された空隙部内に、請求項1〜6の何れか1項に記載のグリース組成物を充填したことを特徴とする転動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−209179(P2009−209179A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−50721(P2008−50721)
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】