説明

コレステリック液晶化合物

【課題】コレステリック相で、電子伝導性と光伝導性の特性を有する新規なコレステリック液晶化合物およびこれを用いた発光素子の提供。
【解決手段】一般式(1)で示されるコレステリック液晶化合物


(式中、R、R’、R’’はアルキル基を示す。m及びnは1以上の整数であり、但しmとnの合計は8を超えない。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はコレステリック相において電子伝導性を示すコレステリック液晶化合物およびこれを用いた発光材料に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、実用レベルに達した有機LEDを始めとして、薄膜トランジスター、太陽電池など有機半導体の光電子デバイスへの展開が盛んに検討されている。有機半導体のメリットとしては、一般に安価であり薄膜形成が容易であることが挙げられ、その柔軟性を利用して高分子基板上にデバイスを構築するプラスティックエレクトロニクスへの試みが為されている。
【0003】
液晶は液体的な流動性を持つため、液晶セルを利用する事により大面積の薄膜を容易に得る事ができる事に加え、その分子配向性や層状構造が機能発現の場になるため、従来にない高次の光電子機能を持った材料になることが期待される。
【0004】
液晶材料の中でも、コレステリック液晶は光の波長程度の周期の螺旋構造を持ち、一方の円偏光を選択的に透過もしくは反射するため、可視光の選択反射による干渉色を利用した温度計や表示材料が検討されている。
【0005】
近年は、コレステリック液晶に色素を添加し、光励起による円偏光発光素子やレーザーへの応用が検討されている。このようなコレステリック液晶においては蛍光を発するクロモフォアがらせん状に配列するため、蛍光はコレステリック液晶の螺旋のねじれを反映した円偏光になる。また、コレステリック相での周期構造は1次元のフォトニッククリスタルとみなすことができ、螺旋周期に一致する波長の光を閉じ込めることができるため、レーザーの共振器として作用する。
【0006】
しかしながら、従来公知のコレステリック液晶は、電気的に不活性なコレステロール誘導体やキラリティーを持つ比較的低分子量の芳香族化合物であった。前者においては電気伝導に必要不可欠なπ電子共役系が含まれておらず、根本的に絶縁体であり、電子デバイスへ応用することはできない。後者においては、π電子共役系の広がりが小さいため、分子間の電荷移動が円滑に進行せず、不純物によるイオン伝導が優先して進行するという問題があった(非特許文献1)。
【0007】
もっとも、コレステリック相で電子伝導を実現する試みもいくつか検討されているが、液晶性高分子やガラス状態を示すコレステリック相で電子伝導が見られた例が報告されている(非特許文献2)だけで、通常の流動性のあるコレステリック相で電子伝導が観測された例はない。
【0008】
このように、従来検討されてきたコレステリック液晶は電気的には絶縁体であり、電気を積極的に流すことによって機能する光電子デバイスに応用された例はなかった。
電気を流すことができる、すなわち半導体としての電気伝導性を有するコレステリック液晶が実現すれば、円偏光発光可能な電界発光素子や電気励起による有機半導体レーザーが可能になる。
【0009】
一方、電気伝導可能な液晶材料としてはこれまで層状構造を持つスメクティック液晶が検討されてきたが、この材料においては液晶相の構造はrigidであり、螺旋構造を導入するのは困難とされている。
【0010】
【非特許文献1】K. Yoshino, N. Tanaka, and Y. Inuishi, Jpn. J. Appl. Phys., 15, 735 (1976).
【非特許文献2】S. R. Farrar, A. E. A. Contoret, M. O’Neill, J. E. Nicholls, G. J.Richards, and S. M. Kelly, Phys. Rev. B,66, 125107 (2002).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、コレステリック相でありながら、電子伝導性と光伝導性の2つの特性を同時に有し、電気励起による円偏光発光素子やレーザーとして有用な新規なコレステリック液晶化合物およびこれを用いた発光素子を提供することをも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、円偏光発光可能な電界発光素子や電気励起による有機半導体レーザーとして有用なコレステッリク液晶化合物を鋭意検討した結果、意外にも大きなπ電子共役系と短いアルキル側鎖をもつフェニルオリゴチオフェンが電子伝導性とそれに基づく光伝導性の2つの特性を同時に有することを知見し、本発明を完成するに至った。
すなわち、この出願によれば、以下の発明が提供される。
〈1〉 下記一般式(1)で示されるコレステリック液晶化合物。

(式中、Rは炭素数2〜6のアルキル基を、R’は炭素数5〜10のキラルなアルキル基を、R’’は炭素数1〜4のアルキル基を示す。式中、m及びnはそれぞれ独立して1以上の整数であり、但しmとnの合計は8を超えないものとする)
〈2〉 上記〈1〉に記載のコレステリック液晶性化合物を用いた発光素子。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る前記一般式(I)で示されるコレステリック液晶化合物は、光の波長程度の螺旋構造を持ちながら、電子伝導に基づく良好なホール移動度を示すことに加え、黄色の強い蛍光を示すことから、円偏光電界発光素子や有機半導体レーザーへの応用が期待されるものである。
また、本発明に係る前記一般式(I)で示されるコレステリック液晶化合物は流動性を有するので、電荷移動特性が均一で大面積の有機半導体素子および有機半導体装置、さらには有機エレクトロルミネッセンス素子および有機エレクトロルミネッセンス装置を形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明に係るコレステリック液晶化合物は、下記一般式(I)で表される。
【化1】

(式中、Rは炭素数2〜6のアルキル基を、R’は炭素数5〜10のキラルなアルキル基を、R’’は炭素数1〜4のアルキル基を示す。式中、m及びnはそれぞれ独立して1以上の整数であり、但しmとnの合計は8を超えないものとする)
【0015】
上記一般式(I)において、Rは炭素数2〜6のアルキル基を示すが、これらは直鎖状でも分肢状のいずれでもよい。具体的には、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘプチル基等が挙げられるが、プロピル基が好ましい。
【0016】
R’は炭素数5〜10のキラルなアルキル基を示し、具体的には、(S)-2-メチルブチル基、あるいは、(R)-2-メチルブチル基、(S)-6-メチルオクチル基、(R)-6-メチルオクチル基が挙げられるが、(S)-2-メチルブチル基が好ましい。
【0017】
R’’は炭素数1〜4のアルキル基を示すが、これらは直鎖状でも分肢状のいずれでもよい。具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基等が挙げられるが、メチル基が好ましい。
【0018】
m及びnは独立して1以上の整数であり、そのmとnの合計は8以下、好ましくは6以下さらに好ましくは4以下であり、その下限値は3である。
【0019】
本発明に係る一般式(I)で示される液晶化合物の代表例を例示すれば以下のとおりであるが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0020】
【表1】

【0021】
本発明に係る一般式(I)で示されるコレステッリク液晶化合物は、種々の方法によって合成することができ、たとえばオリゴチオフェン誘導体をヨウ素化し、得られたヨウ化物と、アルコキシフェニルホウ酸を好ましくはPd(PPh3)4触媒、および、Na2CO3存在下、THF中で還流することにより得られる反応混合物をTHFで抽出し、溶媒を留去して得られた粗生成物をシリカゲル(展開溶媒は加熱したヘキサン)のカラムクロマトグラフィーで精製し、ヘキサンより再結晶することにより得ることができる。
この合成反応は、つぎの反応式で示される。なお、原料であるオリゴチオフェン誘導体は公知物質であり、たとえばAdvanced Materials,17 ,594 (2005)に記載された方法で合成でき、また、アルコキシフェニルホウ酸も、公知物質であり、たとえば、日本化学会編第4版実験科学講座有機合成IV p.80の方法によって合成することができる。
【0022】
【化2】

【0023】
本発明に係る前記液晶化合物は、100℃〜200度付近でコレステリック相を示し、更にコレステリック相において、電子伝導に基づく高いキャリア移動度、および、良好な蛍光性を示す。
すなわち、本発明で提供される液晶化合物は、液晶相においてコレステリック相特有の螺旋構造に基づくグランジャン組織やフィンガープリント組織を示すと共にπ電子共役系が大で分子間のπ軌道の重なりの大きいオリゴチオフェン骨格を持ち、電気伝導に寄与しないアルキル鎖を短くした構造を有することから、電子伝導性が促進され、有機半導体としての光伝導性を示す。具体的には、Time-of-Flight法により液晶相でのキャリア移動度を測定すると、正キャリアに関して、通常の有機アモルファス半導体と同程度から一桁高い2X10-4 cm2/Vsの値を示す。また、大きく広がったπ電子共役系を持つことから、コレステリック相において良好な蛍光性を示す。
したがって、本発明に係る液晶化合物は、たとえば、これを液晶セルに封入した固体薄膜は旋光能を示すもので、円偏光発光素子やレーザーに使用できる。

【実施例】
【0024】
次に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
【0025】
実施例1 [液晶性半導体2-(5-(4-((S)-2-メチルブトキシ)フェ)-3’’’-メチル-5’’’’-プロピル-2:5’-2’:5’’-2’’:5’’’-クゥオーターチオフェンの合成)]
5’’’−ヨード−2−プロピル−3’’’−メチルクウォーターチオフェン 0.63g (1.2 mmol) と(S)-2-メチルブチロキシフェニルホウ酸2,2−ジメチルプロパンジイルエステル 0.53g (2.2 mmol)をTHF 50mlに溶かし、Pd(PPh3)4 53 mg ( mmol)と10 w% 炭酸ナトリウム水溶液 50 mlを加え1時間還流する。冷却後、THF層を分液し、硫酸ナトリウムで乾燥後溶媒を留去し、得られた粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製する(展開溶媒は過熱したヘキサン)。ヘキサンより再結晶することにより、橙色針状晶.58g(収率 86%)を得る(一般式(I)において、R:プロピル,R’:(S)-2-メチルブチル,R’’:メチル,m:3,n:1)
【0026】
実施例2 [液晶相の同定]
実施例1で得た液晶化合物の液晶相の同定を以下のようにして行った。
実施例1で得た液晶化合物を180℃に融解し、厚さ10μmの二枚のITO電極ガラス基板からなる液晶セルに毛管現象を利用して浸透させた。この液晶セルを120℃において偏光顕微鏡により工学組織を観察した。電場を印加しない場合にはプレーナー配向したコレステリック相に特有のグランジャン組織が観測された。電場を10 V以上印加すると、分子の配向状態が変化し始め、20V 以上ではコレステリック相の螺旋軸が電極面に対して平行になった状態に特有のFinger Print模様が観測された。光学組織の周期性から推定される螺旋ピッチは7μmであったが、他のキラルな化合物を添加することによりピッチを可視光の波長程度に縮めることが可能であった。
【0027】
実施例3 [電荷輸送特性]
実施例1で得た液晶化合物の電荷輸送特性(キャリア移動特性)をTime-of- Flight法(TOF法)により測定した。
なお、本法は、光伝導性を示すサンドイッチ型の試料に直流電圧を印加し、パルスレーザーを照射することにより、試料の片側に光キャリアを発生させ、そのキャリアが試料中を走行する際に外部回路に誘起される変位電流(過渡光電流)の時間変化を測定するものである。光キャリアの走行により一定の電流が生じ、キャリアが対向電極に到達すると電流は0に減衰する。過渡光電流の減衰が始まる時間がキャリアは試料を走行するのに要した時間(トランジットタイム)に対応する。試料の厚さをd (cm)、印加電圧をV (volt)、トランジットタイムをtT とすると、移動度μ(cm2/Vs))は、つぎの式で表される。
【数1】

照射側電極を正にバイアスした場合には正キャリアの、負にバイアスした場合には負キャリアの移動度が求められる。
実施例1において作製した液晶セルをホットステージ上で120℃に加熱し、試料に電圧を印加しながら、パルスレーザー(Nd:YAGレーザー、THG:波長356nm、パルス幅1ns)を照射し、その際に誘起される変位電流をデジタルオシロスコープによって測定した。図1に照射側電極を正にバイアスした場合のコレステリック相での典型的な過渡光電流測定の測定結果を示す。本試料は良好な光伝導性を示すため、十分な強さの電流信号を得ることができた。電圧を変化させるとそれに対応して、減衰の始まる時間(トランジットタイムタイム)が変化しており、得られた過渡光電流がキャリアの走行に対応していることがわかる。正キャリアの移動度は120℃において、1X10-4 cm2/Vsであり、一般に電界発光素子に用いられるホール輸送材料よりも一桁以上高い値を示した。
また、温度を変化させて同様の測定を行い、移動度の温度依存性を求めることにより、電気伝導機構に関する知見を得ることができる。図2に、正・負キャリアの温度依存性を示す。温度上昇に伴い負キャリアは単調増加している。イオン伝導においては、キャリア移動度は系の粘性に反比例しており、粘性は温度上昇に対して単調減少していることから、負キャリアの移動度の温度依存性は粘性の温度依存性を反映しているものと考えられるので、負キャリアの伝導機構はイオン伝導であると結論できる。それに対して、正キャリアは負キャリアの場合と異なり、温度上昇に対して、飽和する。これは正キャリアの移動度の温度依存性が粘性の温度依存性を反映していないことを示しているので、正キャリアの伝導機構は電子伝導と結論付けられる。
【0028】
実施例4 [コレステリック相での蛍光]
実施例2において作製した液晶セルに120℃において水銀ランプの360nmの輝線を光学フィールターを通して照射し、その蛍光スペクトルを測定した。その結果を図5に示す。波長560nmと610nmにピークを持つ黄色の蛍光が観測された。

【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】実施例1で得たコレステリック液晶の電荷移動度を、対向電極基板対の試料構成にしてTOF法によって測定したグラフである。
【図2】実施例1で得たコレステリック液晶の電荷移動度の温度依存性を示すグラフである。
【図3】実施例1で得たコレステリック液晶のコレステリック相での蛍光スペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で示されるコレステリック液晶化合物

(式中、Rは炭素数2〜6のアルキル基を、R’は炭素数5〜10のキラルなアルキル基を、R’’は炭素数1〜4のアルキル基を示す。式中、m及びnはそれぞれ独立して1以上の整数であり、但しmとnの合計は8を超えないものとする)
【請求項2】
請求項1に記載のコレステリック液晶化合物を用いた発光素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−217443(P2007−217443A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−35958(P2006−35958)
【出願日】平成18年2月14日(2006.2.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年9月5日 日本液晶学会発行の「2005年日本液晶学会討論会講演予稿集」に発表
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】