説明

コーヒーアロマ含有組成物

【課題】工業的に製造されるコーヒーエキスやコーヒー飲料において、抽出直後の香り高い美味な味わいを実現できるコーヒーアロマ含有組成物を提供することを目的とする。
【解決手段】イソ吉草酸エチルを含有する焙煎コーヒー豆に液体を添加し湿式粉砕してスラリーとし、このスラリーからアロマ成分をストリッピングして得られるアロマ含有組成物とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工業的に製造されるコーヒーエキスやコーヒー飲料のコーヒー風味を増強し、好ましくない臭い(オフフレーバー)を抑制することが可能な、コーヒーアロマ含有組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
工業的に製造される缶やペットボトル等の容器に充填された容器詰コーヒー飲料は、一般に、コーヒー豆を温水抽出して得られるコーヒーエキスを飲料濃度まで希釈し、これを容器に充填して殺菌することにより製造されている。しかしながら、コーヒーエキスは、コーヒー豆に含まれる香気成分が十分に抽出されない、コーヒー豆と温水の接触する時間が長くコーヒーの重要な香りが消失する、保存のために行われる加熱殺菌時にコーヒーの重要な香りが消失し風味が大きく変化するなどの問題があり、工業的に製造されるコーヒーエキスやこれを用いて製造されるコーヒー飲料は、家庭等で淹れたレギュラーコーヒーと香りや風味の点で顕著な差があった。また、得られたコーヒーエキスをコーヒー飲料として提供するためには、通常、殺菌処理前にコーヒーエキスを飲料濃度にまで希釈しなければならず、香気成分がさらに薄まってしまうことになり、香味のバランスも変化する。コーヒー豆を多く使用すれば香りを増大させることはできるが、この場合、呈味成分も増大するために苦味や劣化成分などのネガティブな風味も増大することとなり、香りや風味の点で必ずしも満足できるものではなかった。
【0003】
そこで焙煎コーヒー豆から香気成分(アロマ)を回収し、これをコーヒーエキスやコーヒー飲料に利用する方法が種々提案されている。例えば、特許文献1には、コーヒー抽出液から香気成分を回収し、香気成分を回収した後の抽出液は加熱殺菌し、回収した香気成分は膜濾過により除菌した後、抽出液と香気成分を無菌環境下で混合することにより、淹れたてのコーヒー香気成分のバランスを保持し、さらにロースト感に寄与する含硫化合物の損失を抑えたコーヒー飲料が開示されている。特許文献2には、(i)粉砕焙煎したコーヒー豆を酸化防止剤が添加された温水で浸漬もしくは湿潤させる工程、(ii)工程(i)のコーヒー豆を水蒸気抽出し、溜出液を回収する工程、(iii)工程(ii)の溜出残渣を酸化防止剤が添加された温水で抽出し、抽出液を回収する工程、(iv)工程(ii)の溜出液と、工程(iii)の抽出液とを混合する工程を経て製造される、殺菌後にも優れた香りや風味を有し、しかも味においても優れたコーヒーエキスが開示されている。特許文献3には、焙煎コーヒー豆を湿式粉砕して得られるスラリーからアロマ成分含有凝縮液、コーヒーオイル含有液及びコーヒーエキスをそれぞれ分離し、コーヒーエキスを濃縮した後にアロマ成分含有凝縮液とコーヒーオイル含有液とをアドバックすることを特徴とする、焙煎コーヒー豆の粉砕時に放出されるアロマ成分を豊かに含むコーヒー濃縮エキスが開示されている。特許文献4には、(i)圧力と温度を上げながらコーヒー原料を飽和水蒸気でストリッピングし、蒸気を2〜5℃に冷却してアロマ濃縮物を取得し、(ii)工程(i)の蒸留残渣を温度60〜120℃圧力20〜40バールで抽出してアロマ濃縮液を取得し、(iii)工程(ii)のアロマ濃縮液を飽和水蒸気でストリップして、アロマ濃縮液を取得し、(iv)工程(ii)の抽出残渣を160〜220℃で高温抽出し、上記各工程の抽出液を混合するコーヒーエキスの多段抽出法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−20441号公報
【特許文献2】特開2007−117080号公報
【特許文献3】国際公開WO2006−28193号
【特許文献4】ドイツ特許19826143号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
コーヒーの香り、風味はとても繊細、不安定なものであり、抽出直後の香り、風味は時間の経過とともに変化していき、長時間保持できるものではない。本発明の目的は、工業的に製造されるコーヒーエキスやコーヒー飲料において、抽出直後の香り高い美味な味わいを実現できるコーヒーアロマ含有組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、驚くべきことに、果実様の芳香を持つ化合物であるイソ吉草酸エチルをコーヒー飲料にごく微量添加することで、コーヒーの風味を変えずに、コーヒーの香りを長時間保持できることを見出した。そして、この作用が、UHT殺菌やレトルト殺菌等の加熱処理が施され、常温で長時間保存される容器詰コーヒー飲料に対しても有用であり、熱の影響で消失及び劣化しやすいコーヒー成分とイソ吉草酸エチルとを共存させることで、加熱前後又は保存前後における風味の低下を抑制できることを見出した。
【0007】
この知見を基にしてさらに検討を重ねた結果、イソ吉草酸エチルを含有する焙煎コーヒー豆に液体を添加し湿式粉砕してスラリーとし、このスラリーからアロマ成分をストリッピングして得られるアロマ含有組成物は、コーヒーの低沸点成分を含む香気を豊富に含み、かつ、コーヒーの風味保持に有用なイソ吉草酸エチルを含むので、コーヒーエキスやコーヒー飲料の風味改善に有用な組成物であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、以下に関する。
(1) イソ吉草酸エチルを含有する焙煎コーヒー豆を湿式粉砕してスラリーを調製し、このスラリーからアロマ成分をストリッピングして得られる、アロマ含有組成物。
(2) 組成物全量に対するイソ吉草酸エチルの割合が100ppb以上である、(1)に記載のアロマ含有組成物。
(3) (1)又は(2)に記載のアロマ含有組成物を混合して得られる、容器詰コーヒー飲料。
【発明の効果】
【0009】
本発明のコーヒーアロマ含有組成物をコーヒー飲料に添加すると、容器詰コーヒー飲料でありながら、コーヒー本来の風味を増強し、保存や加熱殺菌等に伴う風味の変化が抑制されたコーヒー飲料が得られる。また、工業的に製造されるコーヒーエキスに本発明のコーヒーアロマ含有組成物を混合して得られるコーヒーエキスは、時間や熱の影響を受けにくく、希釈してコーヒー飲料を製造する際にも香味や風味のバランスが変化しにくく、設計どおりのコーヒー飲料、すなわち淹れたてのレギュラーコーヒー(抽出直後のコーヒー抽出液)のような香り高い容器詰コーヒー飲料が製造できる。
【0010】
さらに、本発明のコーヒーアロマ含有組成物は、イソ吉草酸エチルを含有する焙煎コーヒー豆に液体を添加し湿式粉砕してスラリーとし、このスラリーからアロマ成分をストリッピングするという簡便な工程で製造することができ、煩雑な工程を必要としないという利点がある。
【発明を実施するための形態】
【0011】
アロマ含有組成物
本明細書でいうアロマ含有組成物とは、焙煎コーヒー豆の香気成分の濃縮物をいい、具体的には、焙煎コーヒー豆から気液向流接触抽出法等によって得られる凝縮液又はその濃縮液を指す。
【0012】
本発明のアロマ含有組成物は、原料にイソ吉草酸エチルを含有する焙煎コーヒー豆を使用することを第一の特徴とする。イソ吉草酸エチル(Ethyl Isovalerate)(別名:Butanoic acid 3-methyl- ethyl ester、Butyric acid 3-methyl- ethyl ester、Isovaleric acid ethyl esterとも表記される)は、下記式(I)
【0013】
【化1】

【0014】
で示される化合物であり、パイナップル、イチゴ、柑橘類等の果実に存在する化合物である。本発明者らは検討により、醗酵処理を施したコーヒー豆に、イソ吉草酸エチルが含まれることを確認している。醗酵処理をしていないコーヒー生豆やそれを焙煎したコーヒー豆、或いは市販のコーヒー飲料でイソ吉草酸エチルが含まれるものは見出されなかったことから、イソ吉草酸エチルは、醗酵処理を施すことによって特異的に生成される化合物であるといえる。ここで、醗酵処理を施したコーヒー豆(以後、「醗酵コーヒー豆」という)とは、収穫されたコーヒー果実に対して微生物の働きを利用した何らかの醗酵に基づく加工を施して得られるものであり、以下の方法で検出できる濃度のイソ吉草酸エチルを含有するコーヒー豆(焙煎コーヒー豆を含む)をいう。
(コーヒー豆中のイソ吉草酸エチルの検出方法)
まず、コーヒー生豆5gを中挽きで粉砕した後、蒸留水50mLを加えて水蒸気蒸留し、留液100mLを得、その留液を分液ロートに入れ、塩化ナトリウム25g及びジエチルエーテル50mLを加え、20分間振とうする。ジエチルエーテル層を回収し、水層のみ分液ロートに入れ、再度、ジエチルエーテル50mLを加え、20分間振とう後、ジエチルエーテル層のみ回収する。得られたジエチルエーテル層計100mLを分液ロートに戻し、蒸留水50mLで分液ロートを共洗いした後、ジエチルエーテル層のみ回収し、硫酸ナトリウム30gを加え、脱水を行い、KD(クデルナーダーニッシュ)濃縮法により1mLまで濃縮した後、GC−MSに導入してイソ吉草酸エチルを検出する。GC−MS条件は以下の通り。
【0015】
<GC-MS条件>
・装置:Agilent社製 6890N(GC)+5973inert(MS)
・カラム:GERSTEL社製 MACH HP-INNOWAX(10m*0.20mm*0.20μm)
・カラム温度 :40℃(3min)-50℃/min-250℃(10min)
・キャリアガス:He
・注入口温度:250℃
・トランスファーライン:250℃
・イオン源温度:230℃
・Scan Parameter:m/z=35〜350
・SIM Parameter :m/z=70,88,102

醗酵コーヒー豆は、例えば以下のいずれかの方法で得ることができる。
【0016】
1)収穫後のコーヒー果実に微生物を接触させて醗酵させた後、水洗式又は非水洗式に脱穀(精製)する方法。
2)収穫後のコーヒー果実を天日又は機械で乾燥させた後、微生物を接触させて醗酵させ、水洗式又は非水洗式に脱穀(精製)する方法。
【0017】
3)収穫後のコーヒー果実を天日で乾燥させるとともに微生物醗酵させ、脱穀(精製)する方法。
4)収穫したコーヒー果実を果肉除去機に入れて果肉を除去した後、水槽に入れてパーティメントに付いた粘液を取り除くとともに、資化成分を添加して微生物醗酵させ、その後天日又は機械で乾燥させ脱穀する方法。
【0018】
微生物の接触は人為的な添加によって行ってもよいし、果実表面等に付着している微生物を利用して行ってもよい。人為的に微生物を接触させる場合、その微生物としては、ワイン醗酵用酵母(例えば、サッカロマイセス(Saccharomyces)属セレビシアエ(Cerevisiae)種のLalvin L2323株(セティカンパニー社)やCK S102株(Bio Springer社)、サッカロマイセス(Saccharomyces)属のバイヤヌス(bayanus)種の酵母等)、ビール醗酵用酵母、パン用醗酵酵母などの酵母、ラクトバシラス属(Lactobacillus)、ペディオコッカス属(Pediococcus)、オエノコッカス属(Oenococcus)などの乳酸菌、清酒用麹菌、焼酎用麹菌、みそ用麹などのコウジカビ(麹菌)、ゲオトリクム(Geotrichum)属に属する微生物(不完全菌類)などが挙げられる。ゲオトリクム属に属する微生物としては、ゲオトリクム キャンディダム(Geotrichum candidum)、ゲオトリクム レクタングラタム(Geotrichum rectangulatum)、ゲオトリクム クレバニ(Geotrichum klebahnii)、ゲオトリクム スピーシーズ(Geotrichum sp.)が例示でき、特にゲオトリクム スピーシーズ(Geotrichum sp.)SAM2421(国際寄託番号:FERM BP-10300)又はその変異株が好適である。これらゲオトリクム属に属する微生物は、コーヒー果実から単離して得ることができる。
【0019】
微生物の接触は、コーヒー果実に微生物を噴霧又は散布したり、微生物を含む懸濁液にコーヒー果実を浸漬させたりして行うことができる。醗酵条件は選択した微生物に応じて適宜選択すればよい。
【0020】
上記のとおり、コーヒー果実には、ゲオトリクム属に属する微生物やサッカロマイセス属に属する微生物が存在しうるので、微生物を接触させる等の人為的な微生物醗酵を行わなくても、ゲオトリクム属やサッカロマイセス属に属する微生物の働きを制御して醗酵させることによって醗酵コーヒー豆を得ることもできる。
【0021】
コーヒー果実の産地は、イエメン、ブラジルなど収穫時期が乾季で雨の心配のない場所と、中南米、アフリカ、アジアなど湿度が高く天日での乾燥に時間を要する場所とがある。イエメン、ブラジルなどでは、上記1)2)4)等(好ましくは、上記1)又は2))の方法にて人為的に醗酵コーヒー豆を製造することができるし、中南米、アフリカ、アジアなどでは、人為的な醗酵コーヒーの製造に加えて、上記3)のように、収穫後の果実を天日で乾燥させながら、果実表面に付着した微生物を利用して醗酵させ、醗酵コーヒー豆を製造することもできる。ただし、本発明でいう「醗酵」では、「腐敗」の状態、すなわち硫化物やアンモニアなどの悪臭を発生させないよう、上記微生物の繁殖条件を制御することが重要である。上記3)の場合には、腐敗が起こらないように、天日で乾燥させる(すなわち微生物醗酵を行う)際には、果実の畝の厚さを一定値以下(例えば10cm以下)にする、乾燥開始直後は薄め(例えば5cm以下)に敷き果実中の水分が少なくなるに従い厚く(例えば5〜10cm)する、果実の畝を定期的に攪拌する(例えば1時間に1回程度)等の工夫を行って、腐敗させないことが重要である。
【0022】
本発明のアロマ含有組成物の原料となる焙煎コーヒー豆は、上記の醗酵コーヒー豆を焙煎して得られる焙煎コーヒー豆である。醗酵コーヒー豆の焙煎は、L値が16〜30、好ましくは18〜22程度となるように焙煎を行うとよい。L値が16以下となる焙煎では、焙煎に伴って生成される環状ジペプチド等の存在により、本発明の有効成分であるイソ吉草酸エチルの効果が阻害されることがある。
【0023】
本発明のアロマ含有組成物は、上記の焙煎された醗酵コーヒー豆に常温(好ましくは40℃以下、より好ましくは30℃以下)の液体を添加して湿式粉砕してスラリーを調製し、このスラリーからストリッピングしてアロマ成分を回収することにより得られる。焙煎コーヒー豆に添加する液体(好ましくは、水)の割合は、コーヒー豆:水の混合比(重量比)が、3:97〜30:70、好ましくは5:95〜20:80、より好ましくは8〜15:92〜85程度である。また、湿式粉砕による粉砕の程度は、平均粉砕粒径が、300μm〜2.0mm、好ましくは500μm〜1.5mm、より好ましくは600μm〜1.2mmの範囲内であることが好ましい。なお、ストリッピングに供す際のスラリーの温度が90〜100℃であるとストリッピング効率がよいことから、スラリーの温度が上記範囲内となるように加温する。
【0024】
本明細書でいうストリッピングとは、熱源とスラリーとを向流接触させて精留することにより、スラリー中に含まれる揮発性成分を気相に濃縮する処理を意味する。ストリッピング装置である気液向流接触抽出装置としては、スラリーを連続的に供給することができ、かつ、伝熱効率に優れた連続薄膜式蒸留装置(例えば、特公平7−22646号公報に示されるようなSCC(Spinning cone column;フレーバーテック社製)抽出装置が好ましく用いられる。SCC抽出装置により、同じ原料(コーヒー焙煎豆)から香気成分(アロマ含有組成物)とコーヒー抽出液とを効率良く、別々に入手することができる。
【0025】
ストリッピングの温度は、焙煎コーヒー豆中のイソ吉草酸エチルを効率よく抽出する観点から、常圧蒸留の場合、好ましくは80〜130℃程度、より好ましくは90〜110℃程度、さらに好ましくは98〜105℃程度である。減圧蒸留の場合は、上記温度と同等の効果が得られる温度帯を、当業者であれば適宜設定することができる。
【0026】
ストリッピングされたアロマ成分を凝縮して、本発明のコーヒーアロマ含有組成物を得る。凝縮は、任意の冷却方法を使用して1〜20℃程度、好ましくは1〜15℃程度に冷却して行う。
【0027】
本発明のコーヒーアロマ含有組成物、すなわちストリッピングで回収するアロマ含有凝縮液の割合は、ストリッピング装置に供給するスラリー全重量に対して1〜10重量%程度の範囲内が好ましく、より好ましくは2〜6重量%程度である。アロマ含有凝縮液の回収量は、ストリッピング装置内に供給するスラリーに対する熱源の熱量、ストリッピング雰囲気の真空度等により調整することができる。
【0028】
上記のようにして得られる本発明のコーヒーアロマ含有組成物(アロマ含有凝縮液)には、イソ吉草酸エチルが重量基準で100ppb以上含まれることが好ましく、より好ましい範囲は100ppb〜20ppm、さらに好ましくは200ppb〜10ppm、特に好ましくは300ppb〜10ppmである。コーヒーアロマ含有組成物中のイソ吉草酸エチルの濃度は、ガスクロマトグラフィーやHPLCなどの公知のいずれかの方法により測定することができる。典型的には、後述する実施例のようにガスクロマトグラフィーを用いて測定する。
【0029】
本発明のイソ吉草酸エチルを含有するコーヒーアロマ含有組成物は、熱による影響を受けにくく、また長期間の保存において変化しにくいので、各種コーヒーエキスやコーヒー飲料に混合して用いることで、コーヒーエキスやコーヒー飲料のコーヒー本来の風味を維持・増強することができる。ここで、維持されるコーヒーの香りとしては、フルフリフアルコール、5−メチルフルフラール、2,5−ジメチルピラジン、2,6−ジメチルピラジン、エチルピラジン、フェノール、2−アセチルピロール等のコーヒーの主要成分の香りが挙げられる。コーヒー風味が維持増強されるメカニズムは不明であるが、熱に消失しにくい成分であるイソ吉草酸エチルが、ストリッピングの際に焙煎コーヒー豆中の香気成分を捕捉して或いは包み込み、コーヒーアロマを飛散しにくい態様にしているものと考えられる。
【0030】
また、本発明のコーヒーアロマ含有組成物は、コーヒー風味を増強する、コーヒーの香りや風味を維持するだけでなく、通常、UHT殺菌又はレトルト殺菌等の加熱処理によって発生する臭いや味、具体的には加熱臭やイモ臭等の不快な香りやエグ味、渋味といった後味の悪さ(総称して、オフフレーバーという)を緩和する作用を有する。工業的に製造されるコーヒーエキスや容器詰コーヒー飲料は、加熱殺菌処理等によってオフフレーバーが発生するが、本発明のコーヒーアロマ含有組成物を混合したコーヒーエキスやコーヒー飲料では、加熱殺菌処理後のオフフレーバーが抑制されて知覚される。特に、固形濃度が高いコーヒーエキス(コーヒー固形分として、2重量%〜30重量%程度)や、乳成分や甘味成分を添加しないブラックコーヒー(好ましくは香料無添加)では、加熱殺菌処理に伴うオフフレーバーの発生が著しいが、本発明のアロマ含有組成物を混合することで、オフフレーバーを簡便にかつ効果的に抑制することができる。
【0031】
(コーヒーエキス、コーヒー飲料)
本明細書でいうコーヒーエキスとは、粉砕焙煎コーヒー豆から温水等により抽出して得られるコーヒー抽出液で、コーヒー固形分が2重量%〜30重量%程度となるように必要に応じて濃縮が施されたコーヒー抽出液をいう。
【0032】
本明細書でいうコーヒー飲料とは、コーヒー分を原料として使用し、加熱殺菌工程を経て製造される飲料製品のことをいう。製品の種類は特に限定されないが、1977年に認定された「コーヒー飲料等の表示に関する公正競争規約」の定義である「コーヒー」「コーヒー飲料」「コーヒー入り清涼飲料」が主に挙げられる。また、コーヒー分を原料とした飲料においても、乳固形分が3.0重量%以上のものは「飲用乳の表示に関する公正競争規約」の適用を受け、「乳飲料」として取り扱われるが、これも、便宜上、本発明におけるコーヒー飲料に含まれるものとする。ここで、コーヒー分とは、コーヒー豆由来の成分を含有する溶液のことをいい、例えば、コーヒー抽出液、すなわち、焙煎、粉砕されたコーヒー豆を水や温水などを用いて抽出した溶液が挙げられる。また、コーヒー抽出液を濃縮したコーヒーエキス、コーヒー抽出液を乾燥したインスタントコーヒーなどを、水や温水などで適量に調整した溶液も、コーヒー分として挙げられる。
【0033】
上述のとおり、本発明のコーヒーアロマ含有組成物をコーヒーエキスやコーヒー飲料に混合することで、そのコーヒー風味を維持増強し、さらに加熱殺菌に伴うオフフレーバーを抑制することができる。コーヒーエキスやコーヒー飲料は、従来知られている方法で製造されたコーヒーエキスやコーヒー飲料を用いることができるが、本発明のコーヒーアロマ含有組成物の製造時又は製造後に得られる、焙煎コーヒー豆のスラリーをストリッピングした後のスラリーを濾過処理して得られるコーヒー分をコーヒーエキス又はコーヒー飲料の原料として用い、本発明のコーヒーアロマ含有組成物と併用することが風味の観点から好ましい。
【0034】
コーヒーエキスやコーヒー飲料に混合される本発明のコーヒーアロマ含有組成物の割合は、所望する風味に応じて適宜設定すればよいが、通常、コーヒーエキス又はコーヒー飲料全量に対し、0.005〜10重量%程度、好ましくは0.01〜5重量%程度、より好ましくは0.05〜2重量%程度である。コーヒーエキスやコーヒー飲料の加熱殺菌時のオフフレーバーを抑制する観点からは、コーヒーエキスやコーヒー飲料中のイソ吉草酸エチルの重量割合が、0.1ppb以上、好ましくは0.15ppb以上、より好ましくは0.2ppb以上である。また、コーヒー飲料中(コーヒーエキスを希釈してコーヒー飲料とする場合を含む)のイソ吉草酸エチルの重量割合が、0.1〜22.5ppb、より好ましくは0.1〜20ppb、さらに好ましくは0.2〜10ppb、特に好ましくは0.4〜10ppb、さらにより好ましくは0.6〜7.5ppbとなるようにコーヒーアロマ含有組成物又はコーヒーアロマ含有組成物を混合したコーヒーエキスを添加すると、コーヒーの香りの経時的な変化を抑制し、淹れたてのコーヒーの風味(例えば、コーヒーの主要成分であるフルフリフアルコール、5−メチルフルフラール、2,5−ジメチルピラジン、2,6−ジメチルピラジン、エチルピラジン、フェノール、2−アセチルピロール等の香り)を維持したドリンカビリティの高いコーヒー飲料となる。
【0035】
さらに、本発明のコーヒー飲料用添加剤は、pHが5.1〜7.0程度、好ましくはpH5.5〜7.0程度、特に好ましくはpH6.0〜6.5程度の中性領域に調整されたコーヒー飲料の風味向上剤としても有用である。家庭等で淹れるレギュラーコーヒー、すなわちコーヒー豆抽出液は、通常、弱酸性であるが、殺菌工程においてpHの低下を引き起こし、コーヒー飲料としては好ましくない酸味を呈したり、経時的な香味の劣化が著しくなったりすることから、工業的に製造されるコーヒー飲料では、すなわち加熱殺菌され長期間の保存に供される容器詰め飲料では、殺菌後及び保存中のpHが5.1〜7.0程度、好ましくはpH5.5〜7.0程度、より好ましくはpH5.5〜6.5程度、特に好ましくはpH6.0〜6.5程度の中性領域になるようpH調整剤によるpH調整が行われている。しかし、このpH調整の段階では、コーヒーが本来持つほのかな酸味や味わいが失われるという問題があった。本発明のコーヒー飲料用添加剤を用いると、pH調整を伴うコーヒー飲料、具体的にはpHが5.1〜7.0程度、好ましくはpH5.5〜7.0程度、特に好ましくはpH6.0〜6.5程度のコーヒー飲料であっても、レギュラーコーヒーのようなほのかな酸味を実現することができる。
【実施例】
【0036】
以下、実施例をもって本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0037】
実施例1 醗酵コーヒー豆の製造(1)
醗酵コーヒー豆は、以下の工程;
1)コーヒー果実に対し90〜110℃、15〜30秒で蒸気処理を行う蒸気処理工程、
2)30〜40℃に冷却する工程、
3)アジピン酸又は乳酸をコーヒー果実重量当たり0.05〜0.5重量%添加し、コーヒー果実の表皮のpHをpH3〜4に調整するpH調整工程、
4)pH調整工程と同時もしくは後に、発酵用微生物を付着させる微生物付着工程、
5)30〜40℃、48〜72時間の培養工程、
6)培養後のコーヒー果実を乾燥する乾燥工程、
7)コーヒー種子からコーヒー果肉を分離して醗酵コーヒー豆を得る、分離精製工程
で製造した。
【0038】
すなわち、コーヒー生果実を100kg用意し、トンネル型の蒸気導入部分を設けた速度調節可能なコンベアを用いて、温度100℃、処理時間20秒の上記工程1)を行った。その後、送風によって40℃に急冷した(工程2))。コーヒー果実100kgに対してワイン醗酵用酵母であるLalvin EC1118株(Saccharomyces bayanus))の乾燥菌体50gに水200gを加えて溶解した酵母溶液を調製し、これとアジピン酸100gをコーヒー果実1粒あたりの酵母付着量が1.0×106〜7cellsとなるように満遍なく同時に添加した(工程3)、4))。これを35℃にて72時間静置して発酵処理した(工程5))後、乾燥機で乾燥させ(工程6))、脱穀機で果肉を除去して醗酵コーヒー豆(生豆)を得(工程7))、これを焙煎(L値:約20)して焙煎された醗酵コーヒー豆を得た(試料1)。
【0039】
また、コーヒー生果実1000gを用意し、工程1)における蒸気処理を100℃、15秒、工程3)における微生物をヨーグルト用乳酸菌(Lacto Baccillus Acidophilus)にして、コーヒー果実1粒あたりの乳酸菌付着量を1.0×107〜8cellsとし、アジピン酸を不使用とする以外は、試料1と同様にして焙煎された醗酵コーヒー豆を得た(試料2)。
【0040】
さらに、ヨーグルト用乳酸菌を焼酎用のカビ(Aspergillus kawachii)に変えて、コーヒー果実1粒あたりのカビ付着量を1.0×103〜4cellsとして、同様に、焙煎された醗酵コーヒー豆を得た(試料3)。
【0041】
得られた焙煎された醗酵コーヒー豆について、粉砕せずにそのままの形状でガスクロマトグラフィ(GC)用サンプルチューブに10gずつ入れ、ヘッドスペースの気体を成分分析した。その結果、試料1〜3には、酢酸エチルがそれぞれ、65ppm、63ppm、68ppm含まれていた。また、イソ吉草酸エチルが含まれることが確認された。GCの分析条件は以下のとおり。
【0042】
(GC分析条件)
・装置:Agilent 7694 HeadspaceSampler (Agilent Technologiess社製)
Agilent 6890 GC System (Agilent Technologiess社製)
・カラム:HP-INNOWAX(60mm×内径0.25mm×膜圧0.25μm)
・温度:40℃4分保持、3℃/分で220℃まで昇温、230℃30分保持
・検出器:MSD,FID
【0043】
実施例2 醗酵コーヒー豆の製造(2)
グァテマラでは、通常、水洗式でコーヒー果実からコーヒー生豆を精製している。すなわち、収穫した果実を水槽に入れて不純物を取り除いた後、果肉除去機に入れて果肉を除去し、再度水槽に入れてパーティメントに付いた粘液を取り除き、その後天日又は機械で乾燥させ脱穀する方法を採用している。これは、栽培地が山の斜面で収穫後に果実を広げて干す場所がないため、必然的に取り入れられる方法である。
【0044】
一方、ブラジルなど一度に大量の果実を乾燥させる広大な平地があり、かつ収穫時期が乾季で雨の心配がない場所では、非水洗式(ナチュラルとも呼ばれる)の精製が行われている。すなわち、収穫後の果実をそのまま広場に広げ天日で乾燥させた後、乾燥した果肉が付いたまま脱穀を行う方法で、時間を掛けて乾燥させる間に複雑な香味やコクがコーヒー生豆に付与されるという特徴を有する。
【0045】
しかしながら、今回は、グァテマラにおいて、非水洗式でコーヒー生豆を得た。すなわち、収穫された果実の畝の厚さを一定値(5cm以下)以下となるように敷き、果実中の水分が少なくなるに従い厚く(5〜10cm)し、かつ果実の畝を1時間に1回攪拌することを行い、2週間かけて水分10%以下の乾燥果実を得、これを脱穀してコーヒー生豆を得た(試料4)。得られたコーヒー生豆を実施例1と同様にして分析したところ、イソ吉草酸エチル及び酢酸エチルが含まれることが確認された。
【0046】
実施例3 アロマ含有組成物の調製
実施例1で製造した焙煎された醗酵コーヒー豆(試料1)及び実施例2で製造された焙煎された醗酵コーヒー豆(試料4)各50kgを450kgの常温水とともに湿式粉砕機で粉砕した。得られた粉砕粒子の平均粒子径は約800μmであった。このスラリーをSCC抽出装置(フレーバーテック社、M1,000型)に500L/hrの速度で供給し、大気圧条件で温度が101℃、供給スラリーに対して回収するアロマ含有凝縮液の割合が約5%となるようにSCC抽出装置下部から水蒸気を供給した。得られた凝縮液を5℃に冷却し、アロマ含有凝縮液(アロマ含有組成物)を得た(本発明品1,2)。ブリックス値は共に0.19であり、この組成物中のイソ吉草酸濃度は、それぞれ2.3ppm、380ppbであった。なお、組成物中のイソ吉草酸濃度は、アロマ含有凝縮液(アロマ含有組成物)50mLにシリコーン5滴を添加した試料を60℃に加温し、窒素を吹き込み、吸着管(Tenax GR 35/60)に20分間吸着させた後、GC−MSに加熱導入して測定した。HS条件、加熱脱着条件及びGC-MS条件は以下のとおり。
【0047】
<HS条件 ※ヘッドスペース(パージ&トラップ法)>
・吸着剤 :Tenax-GR 35/60
・パージガス流量 :100mL/min
・パージ時間 :20min
・試料量 :50mL
・シリコーン添加量:消泡シリコーンを蒸留水で25倍に希釈したもの5滴
<加熱脱着条件>
・装置 :GERSTEL社製 Thermo Desorption System(TDS)
<GC-MS条件>
・装置 :Agilent社製 6890N(GC)+5973inert(MS)
・カラム :GERSTEL社製 MACH HP-INNOWAX(10m*0.20mm*0.20μm)
・カラム温度 :40℃(3min)-50℃/min-250℃(10min)
・キャリアガス :He
・トランスファーライン:250℃
・イオン源温度:230℃
・Scan Parameter:m/z=35〜350
・SIM Parameter :m/z=70,88,102
【0048】
実施例4.容器詰めコーヒー飲料の保存試験
コーヒー飲料のベースとなるコーヒー豆としては、中煎りにしたブラジル産コーヒー豆を用いた。コーヒー豆を粉砕機(日本グラニュレーター社製)で粉砕し、94℃の熱水でドリップし、Brix2.8の抽出液を得た。このコーヒー抽出液を500メッシュで濾過して不溶性固形分を除き、使用した。このベースとなるコーヒー抽出液に、実施例3で製造したコーヒーアロマ組成物(本発明品2)1.2gを添加して全量を1Lとし、190g容量の缶に充填した。これをレトルト殺菌(120〜125℃、約25分)して、容器詰コーヒー飲料を得た。コーヒー飲料中のイソ吉草酸濃度を実施例3の方法で測定すると、約0.5ppbであった。対照として、コーヒーアロマ組成物無添加の容器詰コーヒー飲料も製造した。
【0049】
コーヒーアロマ組成物の添加有無によるコーヒー飲料の風味の好ましさについて、専門パネラー3名で評価した。コーヒーの香りの強さ、コーヒーのコク味、後口のコーヒーの余韻のいずれにおいてもパネラー全員がコーヒーアロマ組成物を添加したコーヒー飲料が好ましいと答えた。また、加熱臭を比較すると、コーヒーアロマ組成物を添加したコーヒー飲料が、コーヒーアロマ組成物を添加していないコーヒー飲料に比べて優位に緩和されているとパネラー全員が評価した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イソ吉草酸エチルを含有する焙煎コーヒー豆を湿式粉砕してスラリーを調製し、このスラリーからアロマ成分をストリッピングして得られる、アロマ含有組成物。
【請求項2】
組成物全量に対するイソ吉草酸エチルの割合が100ppb以上である、請求項1に記載のアロマ含有組成物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のアロマ含有組成物を混合して得られる、容器詰コーヒー飲料。