説明

ゴシックアーチ描記用キット

【課題】 ゴシックアーチ描記において、幅広い症例に適し、術者にとって作業性が良好で、正確な描記が可能で、患者にとって負担が少なく、衛生面に優れたゴシックアーチ描記用キットを提供する。
【解決手段】 ゴシックアーチ描記用の描記針、及び、口内描記用の描記面を有する描記体と前記描記針の保持体形成用のペースト状の光重合レジン組成物のブロックとを備え、前記光重合レジン組成物が、a)少なくとも1個の不飽和二重結合を有しウレタン結合を持たない(メタ)アクリレート5〜50重量%、b)40℃以下で結晶質あるいは非晶質の固体であり、少なくとも1個の不飽和二重結合を有しウレタン結合を持つ(メタ)アクリレート10〜60重量%、c)無機質充填材10〜50重量%、d)有機質充填材5〜30重量%、および、e)光重合開始剤0.03〜3重量%を含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ゴシックアーチ描記用キットに関するものである。さらに詳しくは、この発明は、口腔内においてゴシックアーチを描記するのに使用するキットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
無歯顎、多数歯欠損、噛み合わせの不具合がある等、顎間関係が確保されていない患者にとって、望ましい歯科補綴物(例えば、有床義歯、橋義歯、クラウン等)を調整し、咀嚼機能や発音機能の回復、さらに、咬み合わせ等の改善を図るためには、咬合器において患者の適切な顎間関係を構築することが必要となる。
それには、患者の口腔内において奥歯でしっかり噛むための下顎位である咬頭嵌合位を決定し、得られた咬頭嵌合位を咬合器に付与することが重要となる。
咬頭嵌合位は、垂直的顎間関係(すなわち咬合高径)と水平的顎間関係(すなわち、頭蓋に対する下顎の前後左右的位置)によって決定されるが、後者の水平的顎間関係を求める客観的手法としてゴシックアーチ描記法がある。これは、下顎を後退位にし、そこから前方、左右側方に限界まで運動させ、その運動軌跡を記録する方法である。ゴシックアーチ描記法による下顎の運動は、ほぼ左右の関節を中心とした回転運動であり、得られた運動軌跡が全体的にゴシック建築の屋根に似ていることから「ゴシックアーチ」と名付けられている。
【0003】
ゴシックアーチ描記法には、描記を口腔外で行う口外描記法と口腔内で行う口内描記法とがある。
口外描記法は、描記針と描記板を口腔外に設置する描記装置により、下顎の運動軌跡を描記することから、直接運動軌跡を観察でき、繊細な描記線が得られるが、装置が大きく口腔外に突出していることから、装置を取り付けた咬合床または固定用治具が動揺したり脱落したりしやすく、不安定であり描記しにくい。
口内描記法は、描記針と描記板を口腔内に設置して描記することから、描記終了後でないと運動軌跡が観察できず描記線も比較的太くなるが、安定性に優れ、操作性等からも口外描記法と比較して実用的である。
【0004】
従来の口内描記法等については、非特許文献1、特許文献1がある。
【0005】
図17(a)に、従来の口内描記法における描記針41、図17(b)に描記板42の一例を示す。描記針41を下顎に、描記板42を上顎に設置してゴシックアーチを描記する場合(図18(a)参照)、逆に、描記針41を上顎に、描記板42を下顎に設置してゴシックアーチを描記する場合があるが、患者の口腔内の状態、術者の好み等に応じて選択される。
図18(a)は、上顎の記録床43に描記板42を設置し、下顎の記録床44に描記針41を設置し、描記板42にインクを塗布し、口腔内において、下顎を前後、左右側方運動させてインクを掻き取ってゴシックアーチを描記する概略を示し、図18(b)に描記されたゴシックアーチを記録床43とともに示す。なお、描記には、描記板42と描記針41との間に咬合紙を介在させて行うこともある。
【0006】
そして、ゴシックアーチ描記後、上下顎記録床を固定するため、描記板にプラスチック板を付け、プラスチック板の孔と描記針を一致させるように軽く咬合させ、この状態で上下顎記録床の間に印象用石膏等を注入し、印象用石膏等の硬化後、記録床を口腔外に取り出し、咬合器に再装着する。
得られたゴシックアーチをもとに水平的顎間関係の決定や診断、治療方針の策定等が行われる。また、ゴシックアーチを利用し、下顎の前方位、左右側方位でのチェックバイトを採得したり、ゴシックアーチの図形により顎関節、咀嚼筋の異常等の判定を行うことが可能である。
【非特許文献1】細井紀雄、平井敏博編「無歯顎補綴治療学」医歯薬出版株式会社、2004年9月10日、p.145〜149
【特許文献1】登録実用新案第3017205号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の口内描記法で使用される描記針と描記板は、本来、全部床義歯を必要とする無歯顎の患者を対象としたものであり、部分床義歯やブリッジ等を必要とする有歯顎の患者では、残存歯が少ない無歯顎に近い状態でないと使用し難く、残存歯が邪魔となり無理に使用しても使用勝手が悪く、幅広い症例の患者への適用性が低い。また、描記針と描記板は、金属製で繰り返して使用できるようになっているが、使用後の消毒、滅菌を必要とし、手間がかかり、繰り返し使用による不衛生、不潔との印象を患者に与えやすい。そして、繰り返し使用することは、その都度、描記板からゴシックアーチが消去されることになり、後日、患者のゴシックアーチの再現等ができず、そのためには、再度の描記が必要となる。ゴシックアーチ描記後、チェックバイト採得には、描記針を位置決めする孔の開いたプラスチック板を使用することから、前方、左右側側方限界運動路でのチェックバイト採得の操作は煩雑で困難である。
【0008】
この発明は、上記のような実情に鑑み鋭意研究の結果創案されたものであり、ゴシックアーチ描記において、幅広い症例に適し、術者にとって作業性が良好で、正確な描記が可能で、患者にとって負担が少なく、衛生面に優れたゴシックアーチ描記用キットを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、この発明のゴシックアーチ描記用キットは、ゴシックアーチ描記用の描記針、及び、口内描記用の描記面を有する描記体と前記描記針の保持体形成用のペースト状の光重合レジン組成物とを備えたことを特徴とする。
【0010】
そして、光重合レジン組成物が、a)少なくとも1個の不飽和二重結合を有しウレタン結合を持たない(メタ)アクリレート5〜50重量%、b)40℃以下で結晶質あるいは非晶質の固体であり、少なくとも1個の不飽和二重結合を有しウレタン結合を持つ(メタ)アクリレート10〜60重量%、c)無機質充填材10〜50重量%、d)有機質充填材5〜30重量%、および、e)光重合開始剤0.03〜3重量%を含有するものであることが好ましい。
【0011】
そして、描記針は、アクリル樹脂製であることが好ましい。
前記光重合レジン組成物は、所定形状のブロックに成形されてなることが好ましい。
前記光重合レジン組成物は、前記描記体と前記描記針の保持体を形成する適量が遮光性袋に密封されていることが好ましい。
さらに、口腔内で前記描記体に描記面を形成するための描記面形成治具を具備することが好ましい。
なお、この発明における「ペースト状」とは、半固形状または軟膏状であって、保形性があり手指等によって、容易に所定形状に形成できる状態を意味する。
【発明の効果】
【0012】
この発明は、以上説明したように構成されているので、以下に記載されるような効果を奏する。
すなわち、ゴシックアーチ描記において、幅広い症例に適し、術者にとって作業性が良好で、正確な描記が可能で、患者にとって負担が少なく、衛生面に優れたゴシックアーチ描記用キットを得ることができる。
【0013】
より具体的には、光重合レジン組成物は、ペースト状で可塑性があり、所定厚さ、所定形状等への付形性が良好であることから、無歯顎、有歯顎の患者に係わらず、幅広い症例に適用可能であって、口内描記用の描記体、描記針の保持体を容易に形成でき、保持体には、描記針を容易に設置でき、また、術者の任意のタイミングで光を照射すれば重合硬化することから作業性が良好である。光重合レジン組成物の光重合時の発熱は僅かであり、患者の口腔内に火傷が発生する恐れがなく、また、光重合による熱変形が殆どなく、重合収縮も少ないことから、描記体の描記面の平面状態が維持されるとともに口腔内の形状との適合が良好である。
【0014】
ゴシックアーチの描記に使用した保持体や描記針、描記した描記体は、繰り返し使用することがないので、滅菌、消毒等の処理を必要とせず、患者に不潔、非衛生的といった印象を与えることがなく、また、個々の患者の描記体を保存することで、必要な時にゴシックアーチを再現することが可能となる。
また、描記体は繰り返し使用することがないことから、後述するように、チェックバイト採得のために描記体にラウンドバー等で描記針位置決め用の前方、左右側側方限界運動路に凹部を形成してもよく、複数の位置でのチェックバイト採得が容易に行える。
【0015】
光重合レジン組成物が、a)少なくとも1個の不飽和二重結合を有しウレタン結合を持たない(メタ)アクリレート5〜50重量%、b)40℃以下で結晶質あるいは非晶質の固体であり、少なくとも1個の不飽和二重結合を有しウレタン結合を持つ(メタ)アクリレート10〜60重量%、c)無機質充填材10〜50重量%、d)有機質充填材5〜30重量%、および、e)光重合開始剤0.03〜3重量%を含有するものであると、操作性が良好で、描記体、保持体の形成が容易である。そして、光重合時の発熱も、高々3℃程度であることから、例えば、口腔内が37℃程度であっても、40℃程度までにしかならず、患者の口腔内を火傷等する恐れがない。
【0016】
描記針が、アクリル樹脂製であると、保持体と描記針との接着を接着剤により良好に行うことができる。
【0017】
前記光重合レジン組成物が、所定形状のブロックに成形されていると、口腔内での描記体、保持体の形成が容易である。
【0018】
前記光重合レジン組成物は、前記描記体と前記描記針の保持体を形成する適量が遮光性袋に密封されていると、ゴシックアーチ描記が必要なときに、遮光性袋から光重合レジン組成物を取り出し、描記体、保持体を形成するのに使われ、余すことが少なく廃棄する無駄が少ない。
【0019】
さらに、口腔内で前記描記体に描記面を形成するための描記面形成治具を具備することで、光重合レジン組成物を口腔内で描記体を形成する際、描記面形成治具を用いて、描記体に描記に適した描記面を容易に形成することができる。
【0020】
そして、この発明のゴシックアーチ描記用キットは、安価であり、また、従来の描記板、描記針を使用するゴシックアーチの描記に比べ、準備、描記等の操作に要する時間を短縮することにもなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、発明を実施するための最良の形態を示し、さらに詳しくこの発明について説明する。もちろんこの発明は以下の実施の形態によって限定されるものではない。
【0022】
この発明で使用する光重合レジン組成物としては、ペースト状で可塑性があり、光重合時の発熱が少なく、重合収縮も少ない歯科用の光重合レジン組成物であれば使用できるが、とりわけ、下記の光重合レジン組成物が好ましい。
a)少なくとも1個の不飽和二重結合を有しウレタン結合を持たない(メタ)アクリレート5〜50重量%、b)40℃以下で結晶質あるいは非晶質の固体であり、少なくとも1個の不飽和二重結合を有しウレタン結合を持つ(メタ)アクリレート10〜60重量%、c)無機質充填材10〜50重量%、d)有機質充填材5〜30重量%、および、e)光重合開始剤0.03〜3重量%を含有する光重合レジン組成物。
【0023】
前記a)成分としては、2−エチルヘキシルメタクリレート、n−ブチルメタクリレート、i−ブチルメタクリレート、t−ブチルメタクリレート、アルキルメタクリレート、メトキシエチルメタクリレート、2−ヒドロキシブチルメタクリレート、ベンジルメタクリレート、フェニルメタクリレート、フェノキシエチルメタクリレート、エチレングリコールジメタクリレート、ジエチレングリコールジメタクリレート、トリエチレングリコールジメタクリレート、ヒドロキシエチルメタクリレート、1,3−ブチレングリコールジメタクリレート、1,4−ブチレングリコールジメタクリレート、ネオペンチルグリコールジメタクリレート、1,6−ヘキサンジオールジメタクリレート、または、これらのアクリレートが例示できる。これらのメタクリレートまたはアクリレートは、単独あるいは2種以上を混合して使用することができる。そして、a)成分が5〜50重量%であることが好ましく、5重量%未満では、光重合レジン組成物の操作性や重合硬化したものの強度が不十分となり、50重量%を超えると、重合硬化したものの硬度が高くなり過ぎ、靭性のあるものが得られないことから好ましくない。a)成分は、重量平均分子量が100〜300であることが好ましい。重量平均分子量が100未満の場合はモノマーが揮発し易くなり、300を超える場合は硬化体が脆くなり適当でない。
【0024】
b)成分としては、ジ−2−メタクリロキシエチル−2,2,4−トリメチルヘキサメチレンジカルバメート、1,3,5−トリス[1,3−ビス(メタクリロイルオキシ)−2−プロポキシカルボニルアミノヘキサン]−1,3,5−(1H,3H,5H)トリアジン−2,4,6−トリオン、又はこれらのアクリレート、2,2’−ジ(4−ヒドロキシシクロヘキシル)プロパンと2−オキシパノンとヘキサメチレンジイソシアネートと2−ヒドロキシエチルメタクリレート又は2−ヒドロキシエチルアクリレートとからなるウレタンオリゴマー、1,3−ブタンジオールとヘキサメチレンジイソシアネートと2−ヒドロキシエチルメタクリレート又は2−ヒドロキシエチルアクリレートとからなるウレタンオリゴマーを例示できる。これらは単独あるいは2種以上を混合して使用してもよい。40℃以下で結晶質あるいは非晶質でないものは、レジン組成物の重合前の状態でべとつくことから好ましくない。光重合レジン組成物においては、b)成分が10〜60重量%であることが好ましく、10重量%未満では、光重合レジン組成物が重合前の状態でべとつき、また、重合硬化したものの強度、弾力性が得られなくなり、60重量%を超えると重合前のものが脆く、操作性が低下することから好ましくない。b)成分は、重量平均分子量が300〜5000であることが好ましい。重量平均分子量が300未満の場合には、重合前のものを手で取り扱う際、形状が崩れ易くなり、5000を超えた場合には、硬くなって重合前のものを口腔内で描記体や描記針の保持体に形成させにくくなり、好ましくない。
【0025】
前記a)成分は、重合硬化において、共重合したり、単独重合したりし、これらが有効に機能し、描記体や描記針の保持体にとって必要とされる、強度、硬度を生じるのに寄与するものと考えられる。
【0026】
c)成分としては、バリウムガラス、アルミナガラス、カリウムガラス等の各種ガラス、シリカ、合成ゼオライト、リン酸カルシウム、長石、ケイ酸アルミニウム、ケイ酸カルシウム、炭酸マグネシウム、石英などの粉末が例示できる。これらのc)成分は、通常は平均粒径が100μm以下のものが用いられるが、粒子の小さいものとしては平均粒径が50nm以下の微粒子状のものも用いることができる。平均粒径が100μmを超えると、描記針が円滑に移動しにくく好ましくない。光重合レジン組成物においては、c)成分が10〜50重量%であることが好ましい。c)成分が10重量%未満では、重合硬化したものが脆くなり、50重量%を超えると、重合前のものがペースト状でなく硬くなり過ぎて操作性が低下する傾向がある。
【0027】
前記c)成分は、予めシラン物質を用いて表面処理したものを用いることが望ましい。この表面処理剤としては、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリアセトキシシラン、ビニルトリ(メトキシエトキシ)シランなどの有機ケイ素化合物が用いられ、表面処理は公知のシラン処理法により行われる。
【0028】
前記c)成分の一部として平均粒径1μm〜8μmのシランカップリング処理されたガラス微粉末を50重量%以下使用する場合、該ガラス微粉末と併用する他のc)成分としては、平均粒径が5〜20nmで表面が疎水化したコロイダルシリカが、分散性や強度の点から好ましい。このコロイダルシリカは、シランカップリング処理されていないものであっても、表面が疎水化されている理由からそのまま使用できる。c)成分のうち前記ガラス微粉末が50重量%を超える場合には、重合硬化したものが硬くなり過ぎる傾向がある。
【0029】
d)成分としては、メチルメタクリレート、エチルメタクリレート、2−エチルヘキシルメタクリレート、n−ブチルメタクリレート、i−ブチルメタクリレート、t−ブチルメタクリレート、アルキルメタクリレート、メトキシエチルメタクリレート、2−ヒドロキシブチルメタクリレート、ベンジルメタクリレート、フェニルメタクリレート、フェノキシエチルメタクリレート、ヒドロキシエチルメタクリレート、または、これらのアクリレートのホモポリマー、または、これらのコポリマー、または、これらのホモポリマーとコポリマーとの混合物が採用できる。これらのd)成分は、懸濁重合(パール重合)することで得ることができる。d)成分は、一般に平均粒径100μm以下の粒状または粉末状のものを使用することが好ましい。平均粒径が100μm以下であると、光重合レジン組成物が重合硬化したものの審美性が良好となり、100μmを超えると、重合硬化したものの表面に有機質充填材がパール状になって現れ、描記針が円滑に移動しにくくなると共に硬化体が脆くなる。光重合レジン組成物においては、d)成分が5〜30重量%であることが好ましい。d)成分が5重量%未満では、レジン組成物がペースト状にならず、作業性が劣り、成形が困難となり好ましくなく、30重量%を超えると、粉成分が過剰になるため、成形が困難となり好ましくない。
【0030】
光重合レジン組成物においては、前記d)成分の一部を有機無機複合充填材に置き換えることも可能である。光重合レジン組成物をペースト状とする際に、前記したc)成分の割合が多いと硬化後の研磨性や靭性に乏しく、前記したd)成分の割合が多いと硬化後の強度、硬度や耐衝撃性に乏しくなる。また、a)成分やb)成分の割合が多くても、モノマー成分が過剰であるため、成形が困難となり、重合硬化時の重合収縮も大きくなり好ましくない。そこで、前記d)成分の一部、より具体的には、80重量%以下を有機無機複合充填材に置き換えることによって、光重合レジン組成物における重合前の作業性が良好となり、重合硬化時の重合収縮を確実に抑えることが可能となる。
【0031】
有機無機複合充填材としては、前記したc)成分と、前記したa)成分、b)成分、d)成分に使用するモノマーのうちから選択された少なくとも1種のモノマーとを混合した後、重合させ、次いで、粉砕したものが例示できる。より具体的には、前記の無機質充填材、前記のモノマー、加熱重合開始剤、例えば、ベンゾイルパーオキサイド等の過酸化物、アゾビスイソブチロニトリル等のアゾ化合物、更に必要に応じ前記したカップリング剤、着色剤、酸化安定剤、紫外線吸収剤、顔料等を適宜添加し、攪拌混合し、そして、80〜120℃で重合させ、ボールミルなどで平均粒径1〜50μm程度に粉砕することで得られたものを採用することができる。平均粒径が1μm未満では、比表面積が大きくなり、光重合レジン組成物とする際、他の成分との均一な混合に長時間を要する上に、硬くなりやすく、作業性が劣ることになり好ましくない。平均粒径が50μmを超えると、粘膜面との接触感が悪くなり好ましくない。
【0032】
前記e)成分としては、390〜830nmの可視光線の作用により光重合レジン組成物を重合させることができる増感剤と還元剤との組み合わせからなる光重合開始剤が用いられる。
【0033】
増感剤としては、カンファーキノン、ベンジル、ジアセチル、ベンジルジメチルケタール、ベンジルジエチルケタール、ベンジルジ(2−メトキシエチル)ケタール、4,4’−ジメチルベンジル−ジメチルケタール、アントラキノン、1−クロロアントラキノン、2−クロロアントラキノン、1,2−ベンズアントラキノン、1−ヒドロキシアントラキノン、1−メチルアントラキノン、2−エチルアントラキノン、1−ブロモアントラキノン、チオキサントン、2−イソプロピルチオキサントン、2−ニトロチオキサントン、2−メチルチオキサントン、2,4−ジメチルチオキサントン、2,4−ジエチルチオキサントン、2,4−ジイソプロピルチオキサントン、2−クロロ−7−トリフルオロメチルチオキサントン、チオキサントン−10,10−ジオキシド、チオキサントン−10−オキサイド、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、イソプロピルエーテル、ベンゾインイソブチルエーテル、ベンゾフェノン、ビス(4−ジメチルアミノフェニル)ケトン、4,4’−ビスジエチルアミノベンゾフェノン、(2,4,6−トリメチルベンゾイル)ジフェニルフォスフィンオキサイド等のアシルフォスフィンオキサイド、アジド基を含む化合物が例示できる。これらの増感剤は1種もしくは2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0034】
また、還元剤としては、3級アミン等が一般に使用され、3級アミンとしては、N,N−ジメチル−p−トルイジン、N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、トリエタノールアミン、4−ジメチルアミノ安息香酸メチル、4−ジメチルアミノ安息香酸エチル、4−ジメチルアミノ安息香酸イソアミルが例示でき、また、他の還元剤として、ベンゾイルパーオキサイド、スルフィン酸ソーダ誘導体、有機金属化合物が例示できる。これらの還元剤は1種もしくは2種以上を組み合わせて使用してもよい。なお、光重合開始剤の配合量が、0.03重量%未満の場合には、充分な光重合効果を得ることができなくなり、3重量%を超えると、光照射を行う前に重合が開始されてしまい適当でない。
【0035】
光重合レジン組成物には、必要に応じ紫外線吸収剤、重合禁止剤、可塑剤、顔料、酸化防止剤、抗菌剤、界面活性剤等を適宜添加できる。
【0036】
次に、光重合レジン組成物の調製および使用方法の一例を示す。先ず、前記a)成分、b)成分、c)成分、d)成分、e)成分を所定組成割合になるように秤量し、必要に応じ、前記した紫外線吸収剤等を加え、均一になるように攪拌混合し、所定時間経過させて生地を作製する。直方体状のブロックとするには、例えば、得られた生地を延ばし棒によって所定厚さのプレート状になるまで押し延ばす。多量に作製する場合は、適宜の押出成形機を使用し、所定厚さに成形すればよい。得られたプレート状の光重合レジン組成物は、必要とするサイズの直方体状ブロックに切り出す。
【0037】
次に、この発明のゴシックアーチ描記用キットを図面に基づいて説明する。
図1は、この発明のゴシックアーチ描記用キットの一例を示し、(a)は描記針1、(b)はペースト状の光重合レジン組成物の直方体状ブロック2a、2bの斜視図である。
一方のブロック2aは、描記体を形成するのに使用され、他方のブロック2bは、描記針の保持体を形成するのに使用されるものである。図においては、ブロック2a、2bは、同一の大きさとして示されているが、異なっていてもよい。これらのブロック2a、2bは、患者の症例、性別等に応じて、また、描記体を上顎に形成するか下顎に形成するかによっても使用する量が異なるといえるが、標準サイズの1種類とするか、または、S、M、Lのように数種のサイズがあればよい。2つのブロックによれば、一方のブロックの量では不足で、他方のブロックが余るような場合は、他方のブロックから補充するような使い方が可能である。もちろん、ブロックを2つとせず、2つのブロックを縦に接続した長さの1つのブロックとしてもよい。
描記針1も標準サイズの1種類とするか、または、S、M、Lのように数種の長さや太さの異なるサイズを用意し、患者に応じ選択するようにしてもよい。
【0038】
描記針1は、円錐体であり、口腔内に形成された描記針の保持体に設置され、先端1aがゴシックアーチを描記するのに用いられる。描記針1の先端1aは、ゴシックアーチを描記するのに支障がないように丸味をおびているが、これに限られるものではない。描記針1は、アクリル樹脂を射出成形等適宜の成形方法によって成形したものである。アクリル樹脂としては、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリメタクリル酸エチル等が例示できるが、これに限定されるものではない。
【0039】
次に、図1に示すゴシックアーチ描記用キットによって、患者の口腔内でゴシックアーチを描記する方法を以下説明する。
【0040】
上下顎の臼歯部が欠損した患者の上顎3を図2に、下顎4を図3に示す。
図2、図3に示した有歯顎の患者の口腔内において、その上顎3に描記体を形成するには、図1(b)に示したブロック2aを残存前歯部に対し、例えば、手指で圧接して変形させ、患者の口腔内の状態に応じて描記体5を形成する(図5参照)。その際、光重合レジン組成物の量が多い場合は、描記体5を形成する前に口腔外でブロックの不要な量を歯科用ナイフで除去すればよい。
【0041】
描記体5に描記面5aを形成するには、例えば、スパチュラ等を使用してもよいが、図4に示すような描記面形成治具6を使用してもよい。これは、透明な合成樹脂製板状体を断面L字状に折り曲げた形状のもので、均し面6aを有する。これによれば、図5に示すように描記面形成治具6の均し面6aを描記体5に押し当て、作業中の描記面5aの状況を目視しながら、平らな描記面5aを形成させればよく、熟練を要せず簡便である。
【0042】
また、図6に示すような描記面形成治具8を使用してもよい。これは、ホルダー部8aの先端に均し板8bが接続された形状で、合成樹脂を成形したものである。均し板8bは均し面を有する。これによれば、ホルダー部8aを持って均し板8bの均し面を描記体5に押し当て、一種のコテのようにして平らな描記面5aを形成させればよく、熟練を要せず簡便である。
【0043】
次に、前記した有歯顎の患者の口腔内において、対顎となる下顎4に描記針1の保持体9を形成するには、先ず、図1(b)に示したブロック2bを下顎4の残存前歯部に対し、例えば、手指で圧接して変形させ、描記針1の保持体9を形成する。保持体9の上顎との対向面(図7では上向きの表面で、描記針設置面9aとなる。)を、描記体5の描記面5aの形成と同様にして形成する。保持体9の描記針設置面9aを形成する際にも、図4、図6に示す描記面形成治具6、8を使用できるが、保持体9の描記針設置面形成用に、描記面形成治具とは、サイズ、形状の若干異なる描記針設置面形成治具(図示省略)を使用してもよい。なお、保持体9を形成する際、光重合レジン組成物の量が多い場合は、保持体9を形成する前に口腔外でブロックの不要な量を歯科用ナイフで除去すればよいことは、描記体の形成と同様である。
【0044】
保持体9の作製においては、光重合による完全硬化後、保持体9の描記針設置面9aに描記針1を接着剤で接着して設置し、描記針1の先端1aで描記体5の描記面5aにゴシックアーチが描記される際に、下顎を前後、左右側方運動させるのに残存歯が支障とならないように、上顎と下顎との間隔が確保できるようにすればよい。
【0045】
なお、描記針1によって描記体5にゴシックアーチが描記される際に、下顎の運動に伴って描記体5が動いたり、下顎の運動に同調せずに保持体9が動いたりする可能性がある場合は、これらの移動が防止できる適宜の手段を講ずればよく、例えば、光重合レジン組成物で残存歯の唇側に掛止する爪を描記体5や保持体9の縁部に形成することが採用できる(図示せず)。
【0046】
次いで、光照射器により光を照射して描記体5、保持体9を予備重合させる。予備重合は、残存歯にアンダーカットがあっても描記体5、保持体9が弾性変形し、口腔内から容易に取り外せる程度となるようにすればよい。取り出した描記体5、保持体9の残存歯との接触面がアンダーカットとなる箇所は、バー等で削除して形状修正をする(図示せず)。
そして、形状修正された描記体5、保持体9を口腔内に戻し、前述したように、必要に応じ、ゴシックアーチ描記時の描記体5、保持体9の移動防止爪を光重合レジン組成物により形成した後、光照射器により光を照射して描記体5、保持体9を最終重合させ完全硬化させる。
【0047】
残存歯によって、描記体5、保持体9にアンダーカットが形成されない場合は、描記体5、保持体9を予備重合しないで、光重合による完全硬化までを継続してもよい。
光重合には、ハンディタイプの光照射器を用いればよい。
【0048】
描記体5、保持体9は、光重合によって硬化することから、重合による発熱が少なく、口腔内に火傷を生じたりすることがなく、また、光重合による熱変形が殆どなく、重合収縮も少ないことから、描記体の描記面の平面状態が維持されるとともに口腔内の形状との適合が良好である。
【0049】
そして、描記針1の底面に接着剤を塗布し、描記針1が正中線上に位置し、かつ、描記体5の描記面5aに可及的垂直となるように調整して、描記針1を保持体9の描記針設置面9aに接着させる(図8参照)。なお、保持体9の描記針設置面9aの描記針の設置個所に接着剤を付け、描記針1を接着させるようにしてもよい。
【0050】
描記面5aと描記針1の先端1aとの間に咬合紙(図示せず)を介在させ、下顎を前後、左右側方運動させることにより、描記針1によって、ゴシックアーチが描記面5aに記録される(図9参照)。なお、描記体5の描記面5aに掻き取り可能なインクを塗布し、下顎を前後、左右側方運動させることにより、描記針1の先端1aで、インクを線状に掻き取りゴシックアーチが描記されるようにしてもよい。または、描記針1にインクをつけ、描記面5aにゴシックアーチが描記されるようにしてもよい。
【0051】
得られたゴシックアーチを描記した描記体5、保持体9を咬合器の上下顎模型等に装着し、水平的顎間関係の決定や診断、治療方針の策定等を行えばよい。例えば、図10に示すように描記体5に描記されたゴシックアーチの左右バランスから、患者の顎関節、咀嚼筋の異常等の診断を行うことができる。
【0052】
また、描記したゴシックアーチを利用することにより、以下のようにして下顎の前方、左右側側方限界運動路でのチェックバイト採得を行うことができる。
すなわち、ゴシックアーチが描記された描記体5を口腔内から取り出し、図10に示すように描記体5に描記されたゴシックアーチの頂点(アペックス)から前方、左右側側方限界運動路に沿って所定距離離れた位置にラウンドバー等で描記針の位置決め用の凹部11、11、11を3箇所形成する。
凹部11、11、11が形成された描記体5を上顎に戻し、下顎を運動させて描記針1を凹部11に位置決めし、その状態で、描記体5と保持体9との間にシリコン印象材を注入し、前方位、左右側方位の3つ状態を順次記録する。
描記体5、保持体9を咬合器の上下顎模型等に装着し、採得した3つのチェックバイトを用い、前方位の記録で咬合器の矢状顆路角の調整、側方位の記録で側方顆路角の調整を行うことができる。その結果、口腔内同様の顎運動(顆路角を含む)を咬合器上で再現した環境で義歯の設計ができるため、患者にとって良好な義歯を提供することができる。
【0053】
このようにして得られたゴシックアーチを描記した描記体5、保持体9は、従来の金属製の描記板のように繰り返し使用しないので、滅菌、消毒等の処理を必要とせず、患者に不潔、非衛生的といった印象を与えることがなく、また、個々の患者の描記体を保存することで、必要な時にゴシックアーチを再現することが可能となる。
【0054】
図11は、残存歯が少ない場合として、下顎に1本のみ残存している患者の残存歯13を利用して、描記針の保持体14を形成した状態の説明図である。この保持体14は、手指でブロックが残存歯13を取り巻くように手指等で変形等させて形成すればよい。保持体14の描記針設置面14aには描記針1が設置されており、保持体14は、嵌合孔14bによって残存歯13と嵌合することになる。図11に示す描記針の保持体14を形成する操作等は、前述した操作に準じて行えばよく、説明は省略する。
【0055】
そして、残存歯は円柱のような単純な形状ではないことから、保持体14は口腔内で回動する可能性はないといえるが、ゴシックアーチ描記においては、残存歯に過大な負荷がかからないようにして行えばよい。ゴシックアーチの描記操作も前述した操作に準じて行えばよく、説明を省略する。
【0056】
無歯顎の患者の場合は、通法に従って咬合採得を行った咬合床に基づき作製した記録床を用い、図12、図13に示すように、口腔内で上顎の記録床15に描記体17を形成し、下顎の記録床16に描記針1の保持体18を形成し、描記針1を保持体18に設置するようにすればよい。ここで、図12は上顎の記録床15に描記体17が形成された状態を示し、図13は下顎の記録床16に保持体18が形成され、描記針1が保持体18に設置された状態を示している。なお、描記面17aと描記針1の先端1aとの間に咬合紙を介在させ、描記針1によって描記体17にゴシックアーチが描記される際に、下顎の運動に伴って描記体17が動いたり、下顎の運動に同調せずに保持体18が動いたりする可能性がある場合は、これらの移動が防止できる適宜の手段を講ずればよく、例えば、光重合レジン組成物で記録床15に掛止する爪を描記体17や保持体18の縁部に形成すればよい。また、描記体、保持体を形成し、予備重合させた後、記録床を口腔外に取り出し、記録床の蝋を溶融させて、記録床に描記体、保持体を移動しないようにする蝋爪を形成し、その後、口腔内に戻すようにしてもよい。
【0057】
描記体17、保持体18の形成、保持体18への描記針1の設置操作等は、前述した操作に準じて行えばよいことから、説明を省略する。ゴシックアーチの描記操作も前述した操作に準じて行えばよく、説明を省略する。
【0058】
記録床15、16を咬合器に装着した状態で、描記体17、保持体18の形成、保持体18への描記針1の設置操作等を行い、次いで、口腔内に描記体17、保持体18を記録床15、16とともに装着し、口腔内でゴシックアーチの描記操作を行うこととしてもよい。
なお、記録床を作製せず、咬合床を利用することも可能である。
【0059】
以上、ゴシックアーチ描記用キットを利用したゴシックアーチの描記方法について、有歯顎で2つのケース、無歯顎で1つのケースについて説明したが、実際の患者に応じ、これらのケースを参考にして、適切な描記体、保持体、保持体への描記針の設置操作等を行い、ゴシックアーチを描記するようにすればよい。
【0060】
描記針としては、図14に示すように角錐の描記針21であってもよい。
また、図15に示す描記針22は、描記針1よりも長めで、側面の下方にマーク22a、22aが設けられており、患者に応じ、描記針22をマークの位置で切断して使用することもできる。なお、描記針は、前記したものに限られるものではなく、適宜の形状等が採用できることはいうまでもない。
【0061】
図16に示すように、描記面形成治具に描記針を接着剤で接着するようにしてもよい。図16は、前述した操作に準じて、描記面形成治具6を用いて保持体23を形成し、最終重合させ、その後、描記面形成治具6を接着剤で保持体23に接着させ、次いで、描記面形成治具6の表面に描記針1を接着した状態を示している。
描記面形成治具でなく、描記針設置面形成治具を用いて保持体を形成し、最終重合させ、その後、描記針設置面形成治具を接着剤で保持体に接着させ、次いで、描記針設置面形成治具の表面に描記針を接着するようにしてもよい。
【0062】
前記した描記面形成治具、描記針設置面形成治具は、アクリル樹脂製が採用できる。アクリル樹脂としては、PMMA、ポリメタクリル酸エチル等が例示できるが、これに限定されるものではない。
なお、描記面形成治具、描記針設置面形成治具の形状、材質は、前記したものに限定されるものではない。
【0063】
ゴシックアーチ描記用キットにおけるブロック状の光重合レジン組成物の形状は、図1(b)に示した直方体形状だけに限られず、要は、扱いやすく、描記体、保持体の形状に形成しやすい形状であればよく、立方体状ブロック、丸棒状ブロック、蒲鉾状ブロック等適宜の形状が採用可能である。
【0064】
ゴシックアーチ描記用キットにおけるブロック状の光重合レジン組成物のサイズは、描記体用のブロックと保持体用のブロックでは、当初からそれぞれサイズが異なっているものであってもよく、また、患者の症例、性別等に応じ異なってもよい。
【0065】
ゴシックアーチ描記用キットにおけるブロック状の光重合レジン組成物は、患者一人分の描記体用のブロックと保持体用のブロックが遮光性の袋または容器に一緒に密封されていてもよいが、描記体用のブロックと保持体用のブロックがそれぞれ別々の遮光性の袋または容器に密封されていてもよい。
【0066】
従って、ゴシックアーチ描記用キットは、患者一人分のゴシックアーチ描記に必要な描記針、遮光性の袋または容器等に密封されたブロック状の光重合レジン組成物が、一つの袋または容器等に収納されたものであってもよい。
【0067】
ゴシックアーチ描記用キットは、前記したように、一部の歯が欠損した有歯顎、総ての歯が欠損した無歯顎の患者に適用できるものであり、もちろん、欠損のない健康な有歯顎の患者にも適用ができるものである。また、既に使用している全部床義歯の適否の診断等にも利用できる。
ゴシックアーチ描記用キットは、例えば、有歯顎用のキット(欠損歯の少ない場合、欠損歯が多い場合で異なるキットとしてもよい。)、無歯顎用のキット等、対象とする患者の程度に応じたキットとしてもよい。その場合、ブロック状の光重合レジン組成物の量は、例えば、有歯顎用のキット、無歯顎用のキットにより異なるようにすることが好ましい。これによれば、使い切れなかった光重合レジン組成物の廃棄する量を減らすことができる。さらに、ゴシックアーチ描記用キットとしては、描記面形成治具等を備えていてもよい。
【0068】
さらに、ゴシックアーチ描記用キットは、複数の患者用に複数の描記針、描記針の数に対応したブロック状の重光合性レジン組成物を一揃えとして備えているものでもよい。その際、例えば、描記針がランナで連結されていてもよい。ブロック状の光重合レジン組成物は、一人分が一つの遮光性の袋または容器等に密封されたものであってもよいし、複数の患者分が、厚手のシート状ブロックとなって一つの遮光性の袋または容器等に密封され、使用に際し、カッター等で必要な量を切り出すようにしたものであってもよい。さらに、複数の患者に必要となる数の描記面形成治具等を備えていてもよい。
【0069】
その他、これらゴシックアーチ描記用キットには、咬合紙、または、描記用インクを備えていてもよい。描記用インクとしては、インク容器に塗布筆が収納されるようになったものが例示できる。
【0070】
以上、ゴシックアーチ描記用キットの使用方法として、上顎に描記体、下顎に描記針を設置して、ゴシックアーチを描記する場合について説明したが、上顎に描記針、下顎に描記体を設置してゴシックアーチ描記をしてもよく、その場合のゴシックアーチ描記用キットの使用方法については、上顎に描記体、下顎に描記針を設置して、ゴシックアーチを描記する場合の説明から明らかであるから、詳細な説明を省略する。
【0071】
なお、保持体の光重合に先立ち、描記針の基部を保持体に埋め込み、その後、保持体を光重合させることで、描記針を保持体に設置するようにしてもよい。また、既製の描記針を用いない方法、例えば、保持体を形成した後、光重合レジン組成物を用い描記針を保持体に築盛するようにすることも可能である。
【実施例】
【0072】
次に、実施例を比較例とともに示しさらに詳しく説明する。もちろん、この発明は、以下の実施例によって限定されるものではない。
【0073】
(実施例1)
図1に示す円錐形の描記針を使用した。描記針はPMMAを成形したものである。描記針の高さは3.4mm、底面の直径は1.2mmである。
ペースト状の光重合レジン組成物には、下記のa)成分、b)成分、c)成分、d)成分、e)成分のものを使用した。
a)成分として、1,3−ブチレングリコールジメタクリレート20重量部、
b)成分として、2,2’−ジ(4−ヒドロキシシクロヘキシル)プロパンと2−オキシパノンとヘキサメチレンジイソシアネートと2−ヒドロキシエチルメタクリレートとからなるウレタンオリゴマー50重量部と、1,3−ブタンジオールとヘキサメチレンジイソシアネートと2−ヒドロキシエチルメタクリレートとからなるウレタンオリゴマー50重量部、
c)成分として、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシランによってシランカップリング処理された平均粒径5μmのガラス微粉末10重量部と、表面が疎水化された平均粒径16nmのコロイダルシリカ50重量部、
d)成分として、平均粒径50μmのポリメチルメタクリレート55重量部と、有機無機複合充填材5重量部、
なお、有機無機複合充填材は、ジ−2−メタクリロキシエチル−2,2,4−トリメチルヘキサメチレンジカルバメートとトリエチレングリコールジメタクリレートとメチルメタクリレートを2:4:4の重量比で混合したもの69重量%に加熱重合開始剤としてアゾビスイソブチロニトリル1重量%添加した混合液と、平均粒径16nmのコロイダルシリカ30重量%との混合物を95℃で重合硬化させた後粉砕し、50%平均粒径60μm以下の粉末状としたものである。
e)成分として、カンファーキノン(増感剤)0.1重量部と4−ジメチルアミノ安息香酸エチル(還元剤)0.1重量部。
さらに、f)重合禁止剤としてジ−t−ブチルヒドロキシトルエン0.1重量部を採用した。
これら、a)成分、b)成分、c)成分、d)成分、e)成分、f)の重合禁止剤を攪拌混合してペースト状とした。
従って、a)成分、b)成分、c)成分、d)成分、および、e)成分の総重量に対する各成分の組成割合は、a)成分8.33重量%、b)成分41.63重量%、c)成分24.98重量%、d)成分24.98重量%、e)成分0.08重量%である。
【0074】
(i)光重合レジン組成物における重合前の作業性試験
上記組成の光重合レジン組成物の重合前の作業性試験を、手指の感触により行った。レジン組成物を手指で確認したところ、変形させるのにそれ程の手指の力を必要とないが、変形時に程良い弾力性が感じられ、べたつきが殆どない状態であり、良好なペースト状態と判断した。
【0075】
(ii)重合に伴う温度上昇試験
上記組成の光重合レジン組成物を2cm×1cm×3cmのブロックとし、37℃の恒温中で、ハンディタイプの光照射器により3分間光照射を継続し、ブロックの中心部に挿入した熱電対によって、光重合に伴うブロックの温度変化を経時的に測定したところ、照射開始より約3分で3℃昇温し、その後は温度が低下した。
【0076】
(iii)ゴシックアーチ描記に要する作業性試験
上記組成の光重合レジン組成物を用いて、2cm×1cm×3cmの直方体状ブロックを2つ作製し、一方を描記体用、他方を描記針の保持体用とした。
図2、図3に示したと同様な有歯顎の患者の口腔内に、前述の方法に従って描記体と保持体を形成した。
すなわち、描記体の描記面は、図4に示す形状のPMMA製の描記面形成治具によって平らにし、保持体の描記針設置面は、描記面形成治具と類似する形状のPMMA製の描記針設置面形成治具を使用して平らにした。
描記体と保持体をハンディタイプの光照射器により光をそれぞれ15秒照射し予備重合させた。
【0077】
予備重合した描記体と保持体を患者の口腔内から取り出し、残存歯との接触面がアンダーカットとなる箇所の有無を目視で確認し、描記体、保持体のアンダーカットとなる箇所をバーで削除して形状を修正した。
【0078】
形状修正した描記体、保持体を口腔内に戻し、前記したように描記針によって描記体にゴシックアーチを描記する際に、描記体および保持体が移動する可能性を確認したところ、その可能性がないことを確認した。その後、光照射器により光をそれぞれ2分照射して描記体、保持体を最終重合させ完全硬化させた。
【0079】
描記針の底面にアクリル系接着剤を塗布し、描記針が正中線上に位置し、かつ、描記体の可及的垂直となるように調整して、描記針を保持体の表面に接着させた。
【0080】
描記面と描記針の先端1aとの間に咬合紙を介在させ、下顎を前後、左右側方運動させることで、ゴシックアーチを描記面に描記させた。
【0081】
ゴシックアーチが描記された描記体を口腔内から取り出し、図10に示したようにゴシックアーチの頂点(アペックス)から前方、左右側側方限界運動路に沿って4mm離れた位置にラウンドバーで描記針の位置決め用の凹部を3箇所形成した。凹部の径は約1mmである。凹部が形成された描記体を上顎に戻し、下顎を運動させ描記針を凹部に位置決めし、その状態で、描記体と保持体との間に市販のシリコン印象材(商品名;ジーシーエクザバイト、(株)ジーシー製)を注入し、前方位、左右側方位の3つを順次記録した。
描記体、保持体を咬合器の上下顎模型等に装着し、採得した3つのチェックバイトを用い、前方位の記録で咬合器の矢状顆路角の調整、側方位の記録で側方顆路角の調整を行い、それに基づき患者に適した部分床義歯を作製したところ、良好な結果が得られた。
【0082】
(比較例1)
市販の歯科用の粉−液タイプの常温重合レジン組成物を用い、処方に従い、粉−液を混合し、餅状になる段階で、略2cm×1cm×3cmのブロックとし、25℃の常温中で、ブロックの中心部に挿入した熱電対によって、常温重合に伴うブロックの温度変化を経時的に測定したところ、3分で55℃にまで昇温した。この温度では、口腔内で火傷の可能性があることから、描記体、描記針の保持体の形成等は、中止した。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】この発明のゴシックアーチ描記用キットの一例を示し、(a)は描記針、(b)はペースト状の光重合レジン組成物の直方体状ブロックの斜視図である。
【図2】上下顎の臼歯部が欠損した患者の上顎を示す斜視図である。
【図3】同下顎を示す斜視図である。
【図4】図1に示すゴシックアーチ描記用キットの使用において、使用することのできる描記面形成治具の斜視図である。
【図5】図4に示す描記面形成治具の使用状態を示す斜視図である。
【図6】他の描記面形成治具の(a)は平面図、(b)は正面図である。
【図7】図1に示すゴシックアーチ描記用キットの他の段階で使用中の斜視図である。
【図8】図1に示すゴシックアーチ描記用キットのさらに他の段階で使用中の斜視図である。
【図9】図1に示すゴシックアーチ描記用キットのさらに他の段階で使用中の斜視図である。
【図10】図1に示すゴシックアーチ描記用キットによって得られたゴシックアーチを利用したチェックバイト採得における説明図である。
【図11】図1に示すゴシックアーチ描記用キットの他の患者の口腔内での使用中の斜視図である。
【図12】図1に示すゴシックアーチ描記用キットのさらに他の患者の口腔内での使用中の斜視図である。
【図13】図1に示すゴシックアーチ描記用キットのさらに他の患者の他の段階での使用中の斜視図である。
【図14】この発明のゴシックアーチ描記用キットにおける他の描記針を示す拡大斜視図である。
【図15】さらに他の描記針を示す拡大斜視図である。
【図16】図4に示す描記面形成治具の他の使用方法を示す斜視図である。
【図17】従来のゴシックアーチ描記用の描記針と描記板の平面図である。
【図18】図17に示す描記針と描記板を用いたゴシックアーチを口内描記方法の概念図と、得られたゴシックアーチを示す説明図である。
【符号の説明】
【0084】
1 描記針
2a、2b ブロック
3 上顎
4 下顎
5 描記体
6 描記面形成治具
9 保持体


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゴシックアーチ描記用の描記針、及び、口内描記用の描記面を有する描記体と前記描記針の保持体形成用のペースト状の光重合レジン組成物とを備えたことを特徴とするゴシックアーチ描記用キット。
【請求項2】
前記光重合レジン組成物が、
a)少なくとも1個の不飽和二重結合を有しウレタン結合を持たない(メタ)アクリレート5〜50重量%、
b)40℃以下で結晶質あるいは非晶質の固体であり、少なくとも1個の不飽和二重結合を有しウレタン結合を持つ(メタ)アクリレート10〜60重量%、
c)無機質充填材10〜50重量%、
d)有機質充填材5〜30重量%、および、
e)光重合開始剤0.03〜3重量%を含有するものであることを特徴とする請求項1記載のゴシックアーチ描記用キット。
【請求項3】
前記描記針は、アクリル樹脂製であることを特徴とする請求項1または2記載のゴシックアーチ描記用キット。
【請求項4】
前記光重合レジン組成物は、所定形状のブロックに成形されてなることを特徴とする請求項1、2または3記載のゴシックアーチ描記用キット。
【請求項5】
前記光重合レジン組成物は、前記描記体と前記描記針の保持体を形成する適量が遮光性袋に密封されていることを特徴とする請求項1、2、3または4記載のゴシックアーチ描記用キット。
【請求項6】
さらに、口腔内で前記描記体に描記面を形成するための描記面形成治具を具備することを特徴とする請求項1、2、3、4または5記載のゴシックアーチ描記用キット。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2009−240514(P2009−240514A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−90413(P2008−90413)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(000181228)株式会社ジーシーデンタルプロダクツ (15)
【Fターム(参考)】