説明

ゴム補強用偏平ワイヤ

【課題】ゴムとの接着力が十分に大きく、フレッティングやセパレーションを生じ難いゴム補強用偏平ワイヤを提供する。
【解決手段】丸線ワイヤの偏平化によって形成された一対の平坦部および一対の湾曲部を有し、ワイヤ横断面の投影視野において平坦部から湾曲部に遷移する部位のエッジ角θを142°〜163°の範囲とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種の高圧ホースにスパイラル状に巻き込み埋設するか又はブレード状に編み込み埋設して補強層を形成するのに用いられ、また、スチールラジアルタイヤのゴム層に埋め込まれて補強層を形成するのに用いられるゴム補強用偏平ワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
従来の高圧ホースは、チューブゴム、布層、層間ゴム、ワイヤ補強層、綿ブレード及びカバーゴム等からなり、そのワイヤ補強層は、冷間加工によって伸線処理された高い引張強度を有する丸線(円形断面)の高炭素鋼線をそのホースワイヤとして使用し、ゴムホース内にそのホースワイヤを多数本スパイラル状に巻き込み埋設するか又はブレード状に編み込み埋設して構成され、ホースの耐圧性を高める主要なゴム補強機構になっている。
【0003】
特許文献1と特許文献2は、高圧ホースのワイヤ補強層に偏平ワイヤを使用して、ワイヤ補強層のワイヤ充填度を丸線ワイヤ使用時の限界値78.5%より大きくすることを可能とし、高圧ホースの耐圧性能および柔軟性をともに向上させる技術をそれぞれ提案している。
【0004】
特許文献3は、高圧ホースのワイヤ補強層に偏平ワイヤを使用して、内面ゴム層にワイヤが食い込むのを防止すると共に、チューブピンホールを防止する技術を提案している。
【特許文献1】特開平6−201077号公報
【特許文献2】特開平6−331069号公報
【特許文献3】特開平8−187796号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来の偏平ワイヤ2Bは、その形状によっては、図9の(a)に示すように、平坦部21と湾曲部22との境界にあたるエッジ部23の角度θが鋭くなるため、エッジ部23における局部応力集中が大きく、図9の(b)に示すように、エッジ部23にてワイヤからゴム接着層28が剥離するセパレーションを生じやすい。また、偏平ワイヤ2Bのエッジ部23に隣接する他のワイヤ2Bが接触してこすれ合い、図9の(c)に示すように、フレッティング摩耗9を生じやすい。このように偏平ワイヤであってもフレッティングやセパレーションの発生を十分に防ぐことができないという問題点がある。
【0006】
本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、セパレーションを生じ難くするとともに、ワイヤ相互間のフレッティング磨耗を軽減できるゴム補強用偏平ワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
図1(b)を参照して偏平ワイヤ断面におけるエッジ角θの幾何学的な算出方法について概略説明する。
【0008】
偏平ワイヤの断面形状は一対の平坦部21と一対の湾曲部22とで取り囲まれたトラック形状である。湾曲部22の輪郭は真円の円弧またはそれに近似する擬似円弧の形状である。先ず、平坦部21に沿う2本の線L1,L2間にワイヤを二等分する中心線LCを引き、中心線LCと湾曲部22の輪郭とが交叉するところをB点とする。次いで、B点とエッジ点Aとを結ぶ線分ABを二等分する中点Cを求め、中点Cから線分ABに直交する垂線を引き、垂線が中心線LCと交叉する点Dを求める。次いで、点Dとエッジ点Aとを結ぶ線分DAに直交する線L3(接線)を引く。この接線L3と平坦部21に沿う線L1との間に挟まれた角θをエッジ角と定義する。
【0009】
このように定義したエッジ角θは、偏平ワイヤとゴムとの間の接着力に大きな影響を及ぼすものである。本発明者は、偏平ワイヤの断面形状とゴム接着層の接着力との関係について鋭意研究を重ねて実証試験を繰り返した結果、エッジ角θを142°〜163°の範囲に制御すると、セパレーションが生じ難くなり、ワイヤ相互間の面圧が軽減されるので、フレッティング磨耗も生じ難くなるという知見を得た(表1)。本発明はかかる知見に基づいてなされたものである。
【0010】
本発明に係るゴム補強用偏平ワイヤは、丸線ワイヤの偏平化によって形成された一対の平坦部および一対の湾曲部を有し、ワイヤ横断面の投影視野において前記平坦部から前記湾曲部に遷移する部位のエッジ角θを142°〜163°の範囲とすることを特徴とする。
【0011】
エッジ角θが142°を下回ると、局部応力集中が増大してセパレーションを生じやすくなるほか、ワイヤ相互間のフレッティング磨耗が発生しやすくなる。一方、エッジ角θが163°を超えると、ワイヤ周長WLが小さくなったりするため、ワイヤ/ゴム間の接触面積を大きくとることができず、接着力向上効果が得られなくなる。
【0012】
図6及び図7を参照してワイヤ相互間のフレッティングの発生と、ワイヤ/ゴム間の接着力について丸線ワイヤと偏平ワイヤとを対比して説明する。
【0013】
従来の丸線ワイヤは、図6の(a)に示すように、ワイヤ2の相互間での単位面積当たりの面圧が高くなるので、フレッティングを生じ易い。これに対して、偏平ワイヤは、図6の(b)に示すように、ワイヤ2Aの相互間での単位面積当たりの面圧が低く、フレッティングを生じ難い。
【0014】
また、図7の(b)に示すように、偏平ワイヤ2Aはワイヤ周長さWLが長くなるためゴムとの接着力が高い。このため、ワイヤ/ゴム間の接着層が破壊され難く、セパレーションを生じ難い。単位長さ当りの接着力が一定であると仮定すれば、ワイヤ周長WLが増加した分だけ偏平ワイヤ2Aのほうが丸線ワイヤ2よりもゴム接着力の絶対値は増加する。
【0015】
また、本発明の偏平ワイヤは、平面プロファイルローラを用いて垂直方向から圧下して丸線ワイヤを偏平化してなるものである。
【0016】
また、本発明の偏平ワイヤは、平面プロファイルローラを用いて垂直方向から圧下して丸線ワイヤを偏平化し、次いで曲面プロファイルローラを用いて水平方向から圧下して前記遷移部位の横断面形状が整えられている。
【0017】
また、本発明の偏平ワイヤは、前記平面プロファイルローラと前記曲面プロファイルローラとを交互に配置した多段の圧延機を用いて前記遷移部位の横断面形状が整えられている。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、エッジ部において局部応力集中が軽減されるので、ワイヤ/ゴム間の接着層が剥離するセパレーションが生じ難くなり、ワイヤ相互間の面圧が軽減されるので、フレッティング磨耗を生じ難くなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための最良の形態について添付の図面を参照して説明する。
【0020】
図2は偏平加工装置の概要を示す構成ブロック図である。丸線ワイヤ2が、図示しないワイヤ送給装置から伸線機3へ向けて連続的または間欠的に供給され、伸線機3により所定の直径に伸線されるようになっている。原材料となる丸線ワイヤ2には、JIS G3502に規定されたSWRS72AまたはSWRS82A相当のピアノ線材を用いた。なお、丸線ワイヤ2には、例えば炭素を0.72質量%含有する高炭素鋼線に対して、拡散めっき法により銅、亜鉛めっきを施した後に、熱処理して合金化し、Cu=63.5%、付着量=5.0g/kgのめっきをして、このワイヤをダイスによって数段回にわたり順次、細径に伸線加工して所定線径の素線としたものを用いてもよい。
【0021】
伸線機3の出側のパスラインに沿って偏平化装置4、引取りキャプスタン7および巻取り機8がこの順に並んで配設されている。偏平化装置4は、伸線機3から出てくるワイヤ2を上下から圧下して所望偏平率の偏平ワイヤとするとともに、偏平ワイヤのエッジ部を所望エッジ角θとする複数の加工ローラを備えている。
【0022】
偏平化装置4が有する複数の加工ローラには、種々の組合せが可能である。例えば、図3の(a)に示すように3つの偏平化ローラ5を直列に並べてもよいし、また、図3の(b)に示すように1つの偏平化ローラ5(平面プロファイルローラ)の後に1つのサイドローラ6(曲面プロファイルローラ)を配置してもよいし、また、図3の(c)に示すように偏平化ローラ5とサイドローラ6とを交互に配置してタンデム圧延機を構成するようにしてもよい。第1の組合せローラでは短径DSの制御(=偏平率の制御)によってエッジ角θが制御される。
【0023】
第2と第3の組合せローラでは、平面プロファイルローラ5の圧下量と曲面プロファイルローラの形状と圧下量とを調整することによってエッジ角θが制御される。すなわち、図4に示すように、平面プロファイルローラである偏平化ローラ5は丸線ワイヤを上下から垂直圧下して偏平化し、曲面プロファイルローラであるサイドローラ6は偏平化されたワイヤを左右から水平圧下することによりワイヤのエッジ部の形状を矯正する。サイドローラ6のローラ面は、ワイヤの湾曲部を所望の形状(円弧又は擬似円弧プロファイル)に整えるとともに、偏平化されたワイヤのエッジ部を鋭くない形状に矯正しうる三次元形状に形成されている。このようなタンデム圧延機では、偏平化ローラ5およびサイドローラ6によって偏平化→エッジ形状の矯正→偏平化→エッジ形状の矯正の動作が渋滞することなく円滑に行われる。
【0024】
本実施形態では、丸線ワイヤ2を、伸線機3のダイスを通過させて伸線した直後に、偏平化ローラにより圧延加工して偏平形状とし、さらにサイドローラ6によって湾曲部22の形状とエッジ部23の形状とを整えるようにしている。このように偏平化→エッジ形状の矯正→偏平化→エッジ形状の矯正の順にタンデム圧延加工した後に、偏平ワイヤ2Aをドラム状の巻取り機8に巻き取る。
【0025】
図5は横軸に偏平率H(%)をとり、縦軸にワイヤ周長さWL(mm)をとって、直径0.35mmのワイヤについて偏平率Hを種々変えたときの偏平率Hとワイヤ周長さWLとの相関を示す特性線図である。図から明らかなように、偏平率Hが小さくなると、ワイヤ周長さWLが増加する。
【0026】
表1に実施例1〜10および比較例1〜9の初期径D0、長径DL、短径DS、偏平率H、引張強度、エッジ角度θ、引抜力をそれぞれ示す。
【表1】

【0027】
初期径D0は、0.35mm、0.36mmとした。
【0028】
引張強度は2497〜2830N/mm2の強度レベルとした。
【0029】
長径DLは、マイクロメータを用いて測定するか、または、ワイヤ試料を樹脂に埋め込み、ワイヤの切断面(ワイヤ長手方向に直交する横断面)を写真撮影し、その写真画像を利用して測定した。
【0030】
短径DSも同様に、マイクロメータを用いて測定するか、または、ワイヤ試料を樹脂に埋め込み、ワイヤの切断面(ワイヤ長手方向に直交する横断面)を写真撮影し、その写真画像を利用して測定した。
【0031】
偏平率Hは、測定した長径DLと短径DSから式H=(DS/DL)×100を用いて計算によって求めた。
【0032】
平坦部長さFは、ワイヤ試料を樹脂に埋め込み、ワイヤの切断面(ワイヤ長手方向に直交する横断面)を写真撮影し、その写真画像を利用して測定した。
【0033】
エッジ角θは、上述したように図1(b)に示すワイヤ断面図を利用して幾何学的に算出した。
【0034】
円弧長さALは、湾曲部22の輪郭の長さに相当し、次のように計算によって求めた。但し、Xは図1(b)中の線分DAの長さである。
【0035】
AL=2πX×(2α/360)=πX×(α/90) …(1)
X=(DS/2)/sinα=DS/2sin(θ−90) …(2)
式(1),(2)から、
AL=π×{DS/2sin(θ−90)}×(α/90)
=DSπ(θ−90)/180sin(θ−90) …(3)
ワイヤ周長さWLは、次式により求めた。
【0036】
WL=2(AL+F)…(4)
表1に示す各試料において、比較例1は丸線ワイヤ、実施例1〜3,5,7〜10及び比較例5〜9は図3(a)の組合せローラ(平面プロファイルローラの垂直圧下)により製造した偏平ワイヤ、実施例4,6および比較例2〜4は図3(c)の組合せローラ(偏平化→エッジ形状の矯正→偏平化→エッジ形状の矯正の順にタンデム圧延加工)により製造した偏平ワイヤである。
【0037】
これらのサンプルワイヤを各種のホースワイヤに製造し、その各ホースワイヤにより形成したゴム補強層を後述する図8(a)〜(d)に示す方法を用いて引抜力を評価した。エッジ角θが142°〜163°の範囲に入っている実施例1〜10の偏平ワイヤは、いずれも基準となる比較例1の丸線ワイヤの引抜力を上回る結果となった。
【0038】
ワイヤ引抜力は、図8(a)〜(d)に示す評価方法を用いて次のようにして測定した。
先ず、適当な長さに切断したサンプルワイヤ2Aを適当な間隔に並べ、断面が12.7mm×12mmとなるようなゴムブロック28の中心に位置するように加硫成型して図8(a)に示す試験片を準備する。次いで、図8(b)(c)に示すように一方側のワイヤ端末をゴムブロック28の面と面一となる位置で切断する。図8(d)に示すように、他方のワイヤ端末を図示しない引抜き試験機の治具で把持し、ワイヤ長手方向への引抜き力を印加してゴムブロック28からワイヤ2Aを引き抜く。ワイヤ2Aがゴムブロック28から引き抜けたときの最大荷重を測定し、それを引抜力として評価した。
【0039】
なお、上記の実施例ではゴムホース内にワイヤをスパイラル状に巻き込み埋設する場合について説明したが、本発明はこれのみに限定されるものではなく、ワイヤをゴムホース内にブレード状に編み込み埋設するタイプにも本発明を適用することができる。
【0040】
また、上記の実施例ではゴムホースの場合について説明したが、本発明はこれのみに限定されるものではなく、ワイヤをスチールラジアルタイヤのゴム層に埋設してゴム層を補強するのにも本発明を適用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明のゴム補強用偏平ワイヤは、内部を高圧流体が流れる高圧ホース、例えば消防用ホースや水ジェットカッター用ホース、油圧用ホースなどの補強部材として利用可能である。また、本発明のゴム補強用偏平ワイヤは、スチールラジアルタイヤのゴム層に埋め込まれて補強層を形成するのに利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】(a)と(b)は本発明のゴム補強用ホースワイヤをそれぞれ示す横断面図。
【図2】偏平加工装置の概要を示す構成ブロック図。
【図3】(a)は偏平化装置内に設けられた加工ローラを示す図、(b)は他の加工ローラを示す図、(c)はさらに他の加工ローラを示す図。
【図4】偏平化ローラとサイドローラとで交互に圧延加工されるワイヤを示す拡大断面図。
【図5】偏平率Hとワイヤ周長さWLとの関係を示す特性線図。
【図6】(a)は丸線の面圧を説明するための横断面模式図、(b)は偏平ワイヤの面圧を説明するための横断面模式図。
【図7】(a)はゴムに埋め込まれた丸線ワイヤを示す横断面模式図、(b)はゴムに埋め込まれた偏平ワイヤを示す横断面模式図。
【図8】(a)〜(d)は埋め込まれたワイヤをゴムから引き抜くときの引抜力を測定して評価する手順を説明するための模式図。
【図9】(a)〜(c)は従来の偏平ワイヤをそれぞれ示す横断面模式図。
【符号の説明】
【0043】
2…丸線ワイヤ、
2A,2B…偏平ワイヤ、
3…伸線機、
4…偏平化装置、
5…偏平化ローラ(平面プロファイルローラ、加工ローラ)、
6…サイドローラ(曲面プロファイルローラ、加工ローラ)、
7…引取りキャプスタン、
8…巻取り機、
21…平坦部、22…円弧部、23…エッジ部、28…ゴム、
DL…長径、DS…短径、
F…平坦部長さ、
θ…エッジ角。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
丸線ワイヤの偏平化によって形成された一対の平坦部および一対の湾曲部を有し、ワイヤ横断面の投影視野において前記平坦部から前記湾曲部に遷移する部位のエッジ角θを142°〜163°の範囲とすることを特徴とするゴム補強用偏平ワイヤ。
【請求項2】
平面プロファイルローラを用いて垂直方向から圧下して丸線ワイヤを偏平化したことを特徴とする請求項1記載のゴム補強用偏平ワイヤ。
【請求項3】
平面プロファイルローラを用いて垂直方向から圧下して丸線ワイヤを偏平化し、次いで曲面プロファイルローラを用いて水平方向から圧下して前記遷移部位の横断面形状が整えられたことを特徴とする請求項1記載のゴム補強用偏平ワイヤ。
【請求項4】
前記平面プロファイルローラと前記曲面プロファイルローラとを交互に配置した多段の圧延機を用いて前記遷移部位の横断面形状が整えられたことを特徴とする請求項1記載のゴム補強用偏平ワイヤ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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