説明

サーマルインクジェット用インク及びそれを用いたインクカートリッジ

【課題】 インクカートリッジを長期間保持しても、駆動パルス変化、出力画像変化が少なく、十分な吐出特性と印字耐久性、印字に伴う温度上昇も少ないインクカートリッジの提供。
【解決手段】 インクを吐出させるための発熱部が設けられたサーマルインクジェットヘッドを具備し、且つインクを収容するインクカートリッジであって、発熱部が該インクと接する面に珪素化合物を含む保護層を有し、該インクが、保護層を溶解する物質と一般式(1)で表される化合物とを含み、該一般式(1)の化合物の含有量X(%)が1≦X≦30を満足するインクカートリッジ。
一般式(1)
−A−R
(式中、Aは、−S−、−S(=O)−及び−S(=O)−からなる群より選ばれる基を示し、R及びRは、水素原子、水酸基、アルキル基、ヒドロキシアルキル基等からなる群より選ばれる基を示す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた保存安定性を有するサーマルインクジェット用のインク及びそのインクを収納するインクカートリッジに関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録方法は、インク小滴を普通紙や専用光沢メディア上に飛翔させ、画像を形成する記録方法であり、低価格化の進行、記録速度の向上に伴って、急速に普及が進んでいる。特に、デジタルカメラが普及したため、写真画質へのニーズが高まっており、更なる高画質化と高速印刷化が要求されている。そのため、インクの小液滴化やノズル配列の高密度化、ノズル数の増大に伴うヘッドの長尺化、インク滴の吐出制御等、これまで以上に高い技術が求められてきている。
【0003】
一方、サーマルインクジェット記録方式は、熱エネルギーを利用してインクを発泡させて記録媒体にインクを吐出する方式であり、高速、高密度で、高精度、高画質の記録が可能で、且つカラー化、コンパクト化に適している。この記録方式に用いられる一般的なヘッドは、インクを発泡させるための発熱抵抗体と、これに電気的接続を行う配線とを同一基板上に作製したインクジェット記録ヘッド用基板を有し、更にその上にインクを吐出させるための流路を有する。
【0004】
そして、このインクジェット記録ヘッド用基板は、投入する電気エネルギーの省力化や、インクの発泡に伴う発熱部の破壊に起因する基板の寿命の低下を防ぐために、様々な工夫がなされている。とりわけ、一対の配線パターンの間に位置する発熱抵抗体をインクから保護する保護層については、多くの工夫がなされている。
【0005】
この保護層は、熱効率の観点では、熱伝導率が高い方が、或いは層厚が薄い方が有利である。ところが、発熱抵抗体に接続する配線をインクから守るという観点では、層厚は厚い方が有利である。このため、保護層の厚みは、エネルギー効率と信頼性の観点とから最適の厚さに設定する必要がある。特にインクに接する層は、インクの発泡によるキャビテーションダメージ、即ち機械的ダメージと、高温下でのインク成分との化学反応によるダメージ、即ち化学的ダメージとの両方の影響を受ける。従って、これらの影響を十分に考慮する必要がある。
【0006】
このことから、インクジェット用基板の保護層は、通常、上層(インクに接する層)として機械的及び化学的ダメージに対して安定性の高い層を有し、下層として配線を守るための絶縁性の層を有している。具体的には、上層には、機械的、化学的に安定性の極めて高い層であるTa層を、下層には、既存の半導体製造装置で容易に安定な層の形成が可能なSiN層やSiO層やSiC層を形成することが一般的である。
【0007】
詳述すると、配線上に保護層としてSiN層を約0.2μm以上1μm以下の厚さで形成し、そのあとに上層の保護層を形成する。上層としては、キャビテーションダメージに対する層であることから耐キャビテーション層と呼ばれるTa層を0.2μm以上0.5μm以下の厚さで形成する。この構成によってインクジェット用基板の発熱抵抗体の寿命及び信頼性の両立を図っている。
【0008】
サーマルヘッドを用いたインクジェット技術として、特許文献1には、発熱抵抗体としてSiやNやIrを特定の比率で含んだ材質を用い、耐久性と熱変換効率の向上を図ったインクジェットヘッドが開示されている。又、サーマルヘッドの吐出耐久性や吐出により発熱部に堆積するコゲの抑制を改良する観点から、キレート試薬を特定の含むインクが開示されている(特許文献2参照)。又、メチル基又はメチレン基とカルボキシル基とを有する酸のアンモニウム塩を含むインクが開示されている(特許文献3参照)。これらの従来技術は、発熱部の保護層の表面層としてTa層を配置した時の、吐出耐久に伴うTa層の侵食や、Ta層の上に堆積するコゲの抑制に関する。そして、インクが特定の化合物を特定の濃度含むことによって、吐出耐久によるコゲの堆積とTa層の侵食のバランスを適正化して長寿命化を図っている。
【特許文献1】特開平5−330048号公報
【特許文献2】特開平6−93218号公報
【特許文献3】特開2002−12803公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
インクジェットヘッドをインクタンクに直に装着した、ヘッドとインクタンクが一体となったインクカートリッジの場合、コスト面や製造面からインクカートリッジを構成するプラスチックの筐体に直接ヘッドを実装する必要がある。そのため上述のようなサーマル方式のインクジェットヘッドを採用すると、多ノズル化や高密度化に伴って発泡に起因する蓄熱が起こりやすくなり、熱効率が損なわれる場合がある。又、投入する電気エネルギーの省力化の観点からも、熱効率の高い構成が求められている。
【0010】
そこで、本発明者らは、前記した上層及び下層からなる保護層から上層をなくし、下層のSiN、SiO及びSiC等の、珪素の窒化物や酸化物や炭化物を主成分とする絶縁性層のみで保護層を構成することについて検討を行った。このような構成とした場合は、熱効率の点で有利なだけではなく、層構成がシンプルになるため、層の欠陥による歩留まりの低下やコストの上昇の点においても有利となる。熱効率が高くなるので、投入する電気エネルギーも小さくすることができるため、キャビテーションダメージへの耐久性についても有利である。即ち、上記したように、保護層を従来の下層であった絶縁層のみで構成することは、サーマル方式のインクジェットヘッドを有する一体型インクカートリッジとして好ましい形態である。
【0011】
しかしながら、本発明者らが更に詳細な検討を行ったところ、この構成のサーマル方式のインクジェットヘッドにおいては、下記のような新たな課題があることを見出した。即ち、発泡を伴わない、例えば、物流を想定した長期間の保存の間に、珪素の窒化物や酸化物や炭化物を主成分とする絶縁性保護層がインク中に溶解し、これによって保護層の厚みの減少が生じてしまうことが新たに判明した。そして、この保護層の厚みの減少によって、インクにかかる発泡エネルギーが増大しまうため、ヘッドに駆動パルスを印加した際に、異常発泡による吐出不良に伴う画像劣化や発熱部の異常な昇温による印字耐久性の低下が起き易くなる。これが、本発明の第一の課題である。
【0012】
上記した現象は、従来から知られている発泡現象による高温高圧下での熱衝撃や、キャビテーション等による発熱部の腐食とは別のメカニズムにより起こっていると考えられる。本発明者らの検討では、発泡による発熱部の耐久性と、上記した発泡を伴わない物流保存による絶縁性保護層の溶解には相関性がなかった。即ち、発泡による吐出耐久性が十分な性能を有するインクとヘッドの組み合わせであっても、上述の溶解現象によって保存性が悪化する場合があった。
【0013】
一方、インク中には、インクを構成する材料の不純物や、インクが接する部材から溶出して混入した多価金属が含有される場合がある。本発明者らは、この多価金属がインクジェットヘッドのノズル部に析出し、インクの吐出不良の原因となることを確認した。特に、高画質化が進む現在、インクジェットヘッドは、更に多ノズル化や高密度化が進んでいる。そして、このようなヘッドでは、特にインクの吐出不良が画像形成に大きく影響してしまう。このため、インクの吐出不良は、極力防止する必要がある。そこで、本発明者らは、このインクの吐出不良を防止することを本発明の第二の課題とした。
【0014】
更に、本発明者らは、特定の色材を含有するインクが、上述の絶縁性保護層を溶解することを見出した。インク中の色材は、プリンターの画像特性に大きな影響を及ぼす重要な要素であるため、その選定に当たっては耐候性や発色性を重視して選択される。このため、インクジェット記録画像の品質を向上させる能力があるとされる色材が、絶縁性保護層を溶解し、該保護層の厚みを減少させる原因物質となる場合がある。そして、この保護層の厚みの減少によって、インクにかかる発泡エネルギーが増大しまうため、ヘッドに駆動パルスを印加した際に、異常発泡による吐出不良に伴う画像劣化や発熱部の異常な昇温による印字耐久性の低下が起きやすくなる。これが、本発明の第三の課題である。
【0015】
従って、本発明の目的は、上記に挙げた第一、第二、第三の課題をいずれも解決することである。つまり、珪素の酸化物、窒化物及び炭化物のいずれかを含む絶縁性保護層を有するサーマル方式のインクジェットヘッドを適用した技術において顕著に生じる技術課題を解決することである。具体的には、物流時や、記録装置にインクを収納したインクカートリッジが装着された状態等で長期間保持されたとしても、駆動パルスや出力される画像の変化も少なく、十分な吐出特性と印字耐久性を示すインクジェット用インクを提供することにある。又、本発明の目的は、前記に加え、印字に伴う温度上昇も少ないインクジェット用インクを提供することにある。又、上記の課題が解決されたサーマル方式のインクジェットヘッドを具備するインクカートリッジを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記に挙げた目的は、下記の本発明によって達成される。即ち、本発明は、吐出口からインクを吐出するための熱エネルギーを発生する発熱部が設けられたサーマルインクジェットヘッドを具備し、且つ、インクを収容するインクカートリッジであって、該発熱部が該インクと接する面に、珪素の、酸化物、窒化物及び炭化物からなる群より選ばれる少なくとも一つを含有する保護層を有し、該インクが、該保護層を溶解する物質と下記一般式(1)で示される化合物を含有し、且つ、該下記一般式(1)で示される化合物のインク中の含有量X(質量%)が1≦X≦30を満足することを特徴とするインクカートリッジである。
一般式(1)
−A−R
(式中、Aは、−S−、−S(=O)−及び−S(=O)−からなる群より選ばれる基を示し、R及びRは、それぞれ独立に、水素原子、水酸基、アルキル基、ヒドロキシアルキル基、アルケニル基、アシル基、カルバモイル基、カルボキシル基及びスルホニル基からなる群より選ばれる基を示す。)
【0017】
又、本発明は、吐出口からインクを吐出するための熱エネルギーを発生する発熱部が設けられ、該発熱部が該インクと接する面に、珪素の、酸化物、窒化物及び炭化物からなる群より選ばれる少なくとも一つを含有する保護層を有するサーマルインクジェットヘッド用のインクであって、該保護層を溶解する物質と下記一般式(1)で示される化合物を含有し、且つ、該下記一般式(1)で示される化合物のインク中の含有量X(質量%)が1≦X≦30を満足することを特徴とするインク。
一般式(1)
−A−R
(式中、Aは、−S−、−S(=O)−及び−S(=O)−からなる群より選ばれる基を示し、R及びRは、それぞれ独立に、水素原子、水酸基、アルキル基、ヒドロキシアルキル基、アルケニル基、アシル基、カルバモイル基、カルボキシル基及びスルホニル基からなる群より選ばれる基を示す。)
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、インクと接する面に設けられた保護層が、珪素の、酸化物、窒化物及び炭化物のいずれかを含む絶縁性保護層のみで構成されたサーマル方式のインクジェットヘッドであるにもかかわらず、物流や記録装置に装着された状態等で長期間保持されたとしても、駆動パルスや出力される画像の変化も少なく、十分な吐出特性と印字耐久性を示すインクジェット用インク及びインクカートリッジが提供される。更には、印字に伴う温度上昇も少なく、良好な画像を安定して形成できるインクジェット用インク及びインクカートリッジが提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下に、好ましい実施の形態を挙げて、本発明を更に詳細に説明する。本発明者らは、上記の認識に基づいて、保護層の溶解を抑制することができる物質を探したところ、特定の構造を有する化合物が非常に顕著な効果を示すことが判明した。そして、この特定の化合物を、保護層を溶解する物質と共に、その量を制御してインク中に共存させることにより、保護層の層厚の減少による画像劣化や、印字耐久性の低下を防ぐことができ、更に、吐出信頼性をも維持することができることを見出して本発明に至った。先ず、上記した特定の構成のサーマルインクジェットヘッド用として有用なインクについて説明する。
【0020】
<インク>
本発明のインクは、珪素の窒化物又は酸化物、炭化物を含む材質によって形成された保護層とインクが長期間接触していた場合においても、保護層の溶解を効果的に抑制することができる。更に、インクが接する部材等からの多価金属の溶出による弊害をも抑えることができ、同時に吐出信頼性を高いレベルで維持することができる優れたものである。本発明にかかるインクは、保護層を溶解する物質と、前記した一般式(1)で示される化合物とを含有するものであるが、以下、これらの構成要素を詳細に述べる。
【0021】
(保護層を溶解する物質)
ある物質が、本発明における「保護層を溶解する物質」に相当するか否かの判定は、以下のようにして行う。先ず、11mm×5mmのシリコンウエハ表面に厚さ400nmのSiN層を形成する。次に、このSiN層を有するシリコンウエハを温度60℃の密閉容器内で判定される物質の50mmol/l溶液に浸漬する。1週間後、SiN層を有するシリコンウエハを取り出し、純水で洗浄後、乾燥し、SiN層の層厚を測定する。その結果、浸漬前後でSiN層の層厚が5%以上減少させるような物質のことを本発明における「保護層を溶解する物質」とする。尚、SiN層の層厚は、常法にて測定することができる。例えば、非接触型膜厚測定装置(商品名:NANOSPEC/AFT モデル210、NANOMETORICS社製)を用いて測定することができる。
【0022】
本発明者らは、上記で採用した試験条件が、インクを収容して保持した状態のインクカートリッジを約2年間静置保管することにほぼ相当することを、実験的に確認した。又、上記試験条件は、後述した実施例中のインクカートリッジの保存条件である、60℃、30日間という条件とほぼ同等であることを確認した。このように、上記試験条件における浸漬期間である1週間は、実施例で行ったインクカートリッジの保存試験の期間30日間よりも短い。本発明者らはこの違いの理由を次のように考えている。上記試験条件においては、保護層を溶解する物質を含有する上記溶液の体積はSiN層の溶解による溶液中の化学種の増大によって同溶解が影響を受けない程に大きくするために同体積の値は規定されていない。一方、実際のインクカートリッジ中の保護層に接するインク容積は有限であり、且つ試験条件での溶液の体積に比較して非常に小さいので、溶解する化学種の濃度が高くなる。その結果、保護層の溶解速度は遅く、上記試験条件における浸漬期間よりも長い期間に設定する必要がある、と推測している。
【0023】
保護層を溶解する物質は、上記条件を満たしていれば特に限定されないが、本発明者らが検討の結果、見出した具体的な物質としては、例えば、色材としてインク中に含有される場合のある下記化合物(1)、(2)及び、一般式(2)、(3)で示される化合物が挙げられる。これらの色材が保護層を溶解するメカニズムの詳細については不明であるが、上記色材の特定の部位が、保護層の構成成分である珪素とキレートすることによって、層厚の減少を生じさせていると本発明者らは推測している。
【0024】
【化1】

【0025】
【化2】

【0026】
【化3】

【0027】
(一般式(2)中、X、X、X、及びXはそれぞれ独立に、−SO−Z、−SO−Z、−SONR、スルホン酸基、−CONR、又は−COである。ここで、Zはそれぞれ独立に、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換の複素環基であり、R及びRはそれぞれ独立に、水素原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換の複素環基である。又、Y、Y、Y、Y、Y、Y、Y、及びYはそれぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、シアノ基、置換若しくは無置換のアルコキシ基、アミド基、ウレイド基、スルホンアミド基、置換若しくは無置換のカルバモイル基、置換若しくは無置換のスルファモイル基、置換若しくは無置換のアルコキシカルボニル基、カルボキシル基、又はスルホン酸基であり、a、a、a、及びaはそれぞれ、X、X、X、及びXの置換基の数を示し、それぞれ独立に1又は2の整数である。)
【0028】
【化4】

【0029】
(一般式(3)中、R、R、Y及びYはそれぞれ独立に、一価の基であり、X及びXはそれぞれ独立に、ハメットのσp値が0.20以上の電子吸引性基であり、Z及びZはそれぞれ独立に、水素原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアルキニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換のヘテロ環基であり、Mは、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムである。)
【0030】
更に、本発明者らは、インク中に含有させる成分の中で、色材以外の保護層を溶解する物質について、保護層を溶解するメカニズムを解明するために鋭意検討を行った。この結果、珪素とキレート化合物を形成する物質が、保護層に含まれる珪素をイオン化してインク中に溶解し、これによって保護層が侵食されて、その層厚が減少することを見出した。
【0031】
そこで、本発明者らは、保護層の形成成分である珪素とキレート化合物を形成しやすい化合物に関して検討を行った。この結果、多価カルボン酸やその塩類をインク中に含んでいる場合に、物流保存中に著しく保護層の溶解が生じることが判明した。具体的には、クエン酸、シュウ酸、マロン酸、マレイン酸、コハク酸、フマル酸、イタコン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、アジピン酸、セバシン酸、ダイマー酸、ピロメリット酸、トリメリット酸、グルコン酸、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)等や、それらの塩が挙げられる。塩としては、具体的には、アルカリ金属又はアルカリ土類金属、アンモニウム、第1級、2級、3級のアミンの塩等の多価カルボン酸及びその塩が挙げられる。これらの中では、クエン酸及びその塩を用いることが特に好ましい。尚、本発明においては、色材、カルボン酸の一部や塩はインク中ではイオンの状態で存在しているが、便宜上「色材を含有する」、「酸を含有する」及び「塩を含有する」と表現する。
【0032】
(保護層の溶解を抑制する化合物)
本発明者らは、サーマルインクジェットヘッドの発熱部がインクと接する面に設けられた保護層の溶解を抑制する化合物に関して鋭意検討を行った。その結果、下記一般式(1)で示される化合物が保護層の溶解を効果的に抑制できることを見出した。
一般式(1)
−A−R
(式中、Aは、−S−、−S(=O)−及び−S(=O)−からなる群より選ばれる基を示し、R及びRは、それぞれ独立に、水素原子、水酸基、アルキル基、ヒドロキシアルキル基、アルケニル基、アシル基、カルバモイル基、カルボキシル基及びスルホニル基からなる群より選ばれる基を示す。)
【0033】
この化合物が保護層の溶解を抑制するメカニズムは明らかではないが、本発明者らは、以下のように推定している。上記一般式(1)で示される化合物が有する極性が、保護層中の珪素とキレートすることなく相互作用を及ぼすのに適切な値であり、該化合物が保護層表面近傍に引き寄せられ、保護層表面を保護しているのではないかと推測される。その結果、保護層を溶解する物質が、珪素をキレートすることを有効に防ぐことができたものと考えられる。
【0034】
上記一般式(1)で示される化合物の好ましい例としては、スルフィン、スルフィン酸、ジメチルスルフィン、ジメチルスルホキシド、ジメチルスルホン、(2−ヒドロキシエチル)メチルスルホン、チオジグリコール、ビス(2−ヒドロキシエチル)スルホキシド、1−(2−ヒドロキシチルチオ)−2−プロパノール及びビス(2−ヒドロキシエチル)スルホン等が挙げられる。
【0035】
本発明者らの更なる検討の結果、前記R及びRが、それぞれ独立に、ヒドロキシアルキル基であると保護層の溶解を更に抑制することができることを見出した。この化合物が保護層の溶解を抑制するメカニズムは明らかではないが、本発明者らは、以下のように考えている。即ち、一般式(1)で示される化合物の、R及びRがヒドロキシアルキル基である化合物のように、炭素鎖の末端に水酸基を持つことで、該化合物が保護層表面近傍に引き寄せられ易くなり、保護層の表面をより密に保護しているのではないかと推測している。その結果、保護層を溶解する物質が珪素をキレートすることを有効に防ぐことができたものと考えられる。
【0036】
更に、本発明においては、R及びRが、ヒドロキシアルキル基の中でも、ヒドロキシエチル基であることが特に好ましい。この化合物が保護層の溶解を抑制するメカニズムは明らかではないが、本発明者らは、以下のように考えている。即ち、R及びRが、ヒドロキシエチル基であると、分子単体で保護層に吸着するのみではなく、分子同士も凝集し、平面的なネットワークを形成し易いため、保護層の表面を更に密に保護しているのではないかと推測している。その結果、保護層を溶解する物質が珪素をキレートすることを有効に防ぐことができたものと考えている。従って、上記の好ましい化合物の中でも、チオジグリコール、ビス(2−ヒドロキシエチル)スルホキシド、1−(2−ヒドロキシチルチオ)−2−プロパノール及びビス(2−ヒドロキシエチル)スルホン等が特に好ましい。更に好ましくは、ビス(2−ヒドロキシエチル)スルホンである。
【0037】
本発明に用いられる保護層の溶解を抑制する上記に挙げた化合物は、極めて少量では保護層の溶解を抑制することが困難であり、逆に、多量に添加しすぎると、色材等との組み合わせにより吐出信頼性を高いレベルで維持することが困難になる。そのため、インクの吐出信頼性を維持し、且つ効果的に保護層の溶解を抑制するためには、インク中に含有する保護層の溶解を抑制する化合物の濃度をある範囲に制御する必要がある。具体的には、本発明のようにインク中に保護層を溶解する物質を含んでいる場合には、インク中に含有させる保護層の溶解を抑制する一般式(1)で示される化合物の含有量X(質量%)は、1≦X≦30とすることを要する。一般式(1)で示される化合物がインク総量に対して1質量%より少量であると、保護層の溶解を効果的に抑えることが困難であり、インク総量に対して30質量%より多いと、インクの吐出信頼性を維持することが困難である。
【0038】
一方、先に保護層を溶解する物質として挙げた多価カルボン酸及びその塩は、物流保存中に保護層を著しく溶解することが判明した。しかしながら、本発明者らの検討によれば、多価カルボン酸及びその塩には、インクがインクタンクに収容された状態で保持された際に、インクと接する部材から溶出される僅かな金属イオン等を捕捉し、安定的にインク中に溶解させる働きがある。そして、この働きにより、プリンター本体にヘッドが装着され長期間放置されることでノズルが乾燥状態となった場合や、連続印字時に不使用ノズルが乾燥する状態が繰り返された場合等に生じる、ノズル吐出口部に不溶化した金属の水酸化物や酸化物が析出するといった現象を抑制する等の効用が発揮される。
【0039】
従って、インク中に、保護層を溶解する物質として多価カルボン酸及びその塩(以下、多価カルボン酸等)を含有させる場合には、保護層の溶解を抑制する化合物である一般式(1)で示される化合物によって、下記の相反する要求を両立させる必要がある。即ち、長期保存等した際に発生する保護層の溶解を抑制すると同時に、多価カルボン酸等によって、インクタンクから溶出し、析出した不純物を効果的にインク中に溶解させ、これによって該不純物に起因する吐出安定性の劣化の低減を図る必要がある。本発明者らが検討した結果、そのためには、インク中における、保護層を溶解する物質である多価カルボン酸等の濃度と、保護層の溶解を抑制する化合物の濃度の間に好ましい関係があることを見出した。具体的には、保護層の溶解を抑制する一般式(1)で示される化合物のインク中の含有量X(質量%)と、多価カルボン酸等の含有量Y(mmol/l)とが、0.001≦Y≦0.02X+0.09の関係を満足することが好ましい。図8に、インク中における一般式(1)で表される化合物の濃度と、多価カルボン酸等の濃度との関係を示したが、この範囲は、図8に示した外側の台形の範囲に相当する。
【0040】
更に、後述するヘッド発熱部のインクと直に接する、珪素の、酸化物又は窒化物又は炭化物を含んだ保護層の層厚は、熱変換効率と耐久性との観点から50nm以上500nm以下であることが好ましい。このような層厚は、保護層がインク中に溶解することによる層厚の減少が熱変換効率に敏感に影響しやすくなる範囲である。その結果、異常発泡が起こりやすくなる、吐出量や吐出速度の変化が大きくなる、等の弊害が起こりやすくなる。この観点からは、前記一般式(1)で示される化合物の含有量X(質量%)が、3≦X≦25を満足することが特に好ましい。又、この場合には、多価カルボン酸及びその塩の含有量Y(mmol/l)が、0.01≦Y≦0.01X+0.1を満足することが特に好ましい。この範囲は、上記した図8における内側の台形の範囲に相当する。
【0041】
本発明にかかるインクは、上記した保護層を溶解する物質と、特定量の一般式(1)で示される化合物を含有することを要するが、従来のインクジェット用インクと同様に、色材、水溶性有機溶剤及び添加剤を含有させることができる。以下、本発明のインクに好適なこれらの成分について詳述する。
【0042】
(色材)
本発明にかかるインクに含有させる色材の好ましい例を以下に挙げるが、これらに限定されるものではない。
C.I.ダイレクトイエロー:8、11、12、27、28、33、39、44、50、58、85、86、87、88、89、98、100、110、132、173等
C.I.アシッドイエロー:1、3、7、11、17、23、25、29、36、38、40、42、44、76、98、99等
C.I.フードイエロー:3等
C.I.ピグメントイエロー:1、2、3、12、13、14、15、16、17、73、74、75、83、93、95、97、98、114、128、138、180等
C.I.ダイレクトレッド:2、4、9、11、20、23、24、31、39、46、62、75、79、80、83、89、95、197、201、218、220、224、225、226、227、228、229、230等
C.I.アシッドレッド:6、8、9、13、14、18、26、27、32、35、42、51、52、80、83、87、89、92、106、114、115、133、134、145、158、198、249、265、289等
C.I.フードレッド:87、92、94等
C.I.ダイレクトバイオレット:107等
C.I.ピグメントレッド:2、5、7、12、48:2、48:4、57:1、112、122、123、168、184、202等
C.I.ダイレクトブルー:1、15、22、25、41、76、77、80、86、90、98、106、108、120、158、163、168、199、226、307等
C.I.アシッドブルー:1、7、9、15、22、23、25、29、40、43、59、62、74、78、80、90、100、102、104、112、117、127、138、158、161、203、204、221、244等
C.I.ピグメントブルー:1、2、3、15、15:2、15:3、15:4、16、22、60等
C.I.アシッドオレンジ:7、8、10、12、24、33、56、67、74、88、94、116、142等
C.I.アシッドレッド:111、114、266、374等
C.I.ダイレクトオレンジ:26、29、34、39、57、102、118等
C.I.フードオレンジ:3等
C.I.リアクティブオレンジ:1、4、5、7、12、13、14、15、16、20、29、30、84、107等
C.I.ディスパースオレンジ:1、3、11、13、20、25、29、30、31、32、47、55、56等
C.I.ピグメントオレンジ:43等
C.I.ピグメントレッド:122、170、177、194、209、224等
C.I.アシッドグリーン:1、3、5、6、9、12、15、16、19、21、25、28、81、84等
C.I.ダイレクトグリーン:26、59、67等
C.I.フードグリーン:3等
C.I.リアクティブグリーン:5、6、12、19、21等
C.I.ディスパースグリーン:6、9等
C.I.ピグメントグリーン:7、36等
C.I.アシッドブルー:62、80、83、90、104、112、113、142、203、204、221、244等
C.I.リアクティブブルー:49等
C.I.アシッドバイオレット:17、19、48、49、54、129等
C.I.ダイレクトバイオレット:9、35、47、51、66、93、95、99等
C.I.リアクティブバイオレット:1、2、4、5、6、8、9、22、34、36等
C.I.ディスパースバイオレット:1、4、8、23、26、28、31、33、35、38、48、56等
C.I.ピグメントブルー:15:6等
C.I.ピグメントバイオレット:19、23、37等
C.I.ダイレクトブラック:17、19、22、31、32、51、62、71、74、112、113、154、168、195等
C.I.アシッドブラック:2、48、51、52、110、115、156等
C.I.フードブラック:1、2等
カーボンブラック
【0043】
又、本発明において好ましく用いることができるこの他の色材としては、以下の一般式(2)〜(10)で示される色材が挙げられる。
【0044】
【化5】

【0045】
(一般式(2)中、X、X、X、及びXはそれぞれ独立に、−SO−Z、−SO−Z、−SONR、スルホン酸基、−CONR、又は−COである。ここで、Zはそれぞれ独立に、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換の複素環基であり、R及びRはそれぞれ独立に、水素原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換の複素環基である。又、Y、Y、Y、Y、Y、Y、Y、及びYはそれぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、シアノ基、置換若しくは無置換のアルコキシ基、アミド基、ウレイド基、スルホンアミド基、置換若しくは無置換のカルバモイル基、置換若しくは無置換のスルファモイル基、置換若しくは無置換のアルコキシカルボニル基、カルボキシル基、又はスルホン酸基であり、a、a、a、及びaはそれぞれ、X、X、X、及びXの置換基の数を示し、それぞれ独立に1又は2の整数である。)
【0046】
一般式(2)におけるX、X、X、及びXはそれぞれ独立に、−SO−Z、−SO−Z、−SONR、スルホン酸基、−CONR、又は−COである。中でも、−SO−Z、−SO−Z、−SONR、及びCONRが好ましく、更には−SO−Z及びSONRが好ましく、特には−SO−Zが好ましい。X、X、X、及びXの置換基の数を表すa、a、a、及びaの何れかが2である場合、X、X、X、及びXのうち複数存在するものは同一であっても又は異なっていてもよく、それぞれ独立に上記で挙げた何れかの置換基である。又、X、X、X、及びXは、それぞれ全て同一の置換基であっても又は異なる置換基であってもよい。異なる置換基である場合、例えば、X、X、X、及びXが全て−SO−Zであり、且つそれぞれのZは異なるものである場合のように、置換基の種類は同じであるが部分的に異なる置換基を含んでもよい。又は、例えば、−SO−Zと−SONRとを含む場合のように、互いに異なる置換基を含んでもよい。
【0047】
Zはそれぞれ独立に、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換の複素環基である。中でも、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換の複素環基が好ましく、更には置換アルキル基、置換アリール基、又は置換複素環基が好ましい。
【0048】
及びRはそれぞれ独立に、水素原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換の複素環基である。中でも、水素原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換の複素環基が好ましく、更には水素原子、置換アルキル基、置換アリール基、又は置換複素環基が好ましい。但し、R及びRが共に水素原子であることは好ましくない。
【0049】
以下に、一般式(2)における、R、R、及びZを更に詳しく説明する。尚、下記で説明する各基の炭素数は置換基の炭素原子を含まない数である。
【0050】
アルキル基は、炭素数1乃至30の置換又は無置換のアルキル基が挙げられる。中でも、色材の溶解性やインクの安定性の観点から、分岐のアルキル基が好ましく、更には不斉炭素を有するアルキル基(ラセミ体として用いる)が特に好ましい。アルキル基は更に置換基を有してもよく、置換基の具体例は、後述のZ、R、R、Y〜Yが更に置換基を持つことが可能な場合の置換基と同じものが挙げられる。中でも、水酸基、エーテル基、エステル基、シアノ基、アミド基、又はスルホンアミド基が、色材の会合性を高め、堅牢性を向上することができるので特に好ましい。この他、ハロゲン原子やイオン性親水性基を有してもよい。
【0051】
シクロアルキル基は、炭素数5乃至30の置換又は無置換のシクロアルキル基が挙げられる。中でも、色材の溶解性やインクの安定性の観点から、不斉炭素を有するシクロアルキル基(ラセミ体として用いる)が特に好ましい。シクロアルキル基は更に置換基を有してもよく、置換基の具体例は、後述のZ、R、R、Y〜Yが更に置換基を持つことが可能な場合の置換基と同じものが挙げられる。中でも、水酸基、エーテル基、エステル基、シアノ基、アミド基、又はスルホンアミド基が、色材の会合性を高め、堅牢性を向上することができるので特に好ましい。この他、ハロゲン原子やイオン性親水性基を有してもよい。
【0052】
アルケニル基は、炭素数2乃至30の置換又は無置換のアルケニル基が挙げられる。中でも、色材の溶解性やインクの安定性の観点から、分岐のアルケニル基が好ましく、更には不斉炭素を有するアルケニル基(ラセミ体として用いる)が特に好ましい。アルケニル基は更に置換基を有してもよく、置換基の具体例は、後述のZ、R、R、Y〜Yが更に置換基を持つことが可能な場合の置換基と同じものが挙げられる。中でも、水酸基、エーテル基、エステル基、シアノ基、アミド基、又はスルホンアミド基が、色材の会合性を高め、堅牢性を向上することができるので特に好ましい。この他、ハロゲン原子やイオン性親水性基を有してもよい。
【0053】
アラルキル基は、炭素数7乃至30の置換又は無置換のアラルキル基が挙げられる。中でも、色材の溶解性やインクの安定性の観点から、分岐のアラルキル基が好ましく、更には不斉炭素を有するアラルキル基(ラセミ体として用いる)が特に好ましい。アラルキル基は更に置換基を有してもよく、置換基の具体例は、後述のZ、R、R、Y〜Yが更に置換基を持つことが可能な場合の置換基と同じものが挙げられる。中でも、水酸基、エーテル基、エステル基、シアノ基、アミド基、又はスルホンアミド基が、色材の会合性を高め、堅牢性を向上することができるので特に好ましい。この他、ハロゲン原子やイオン性親水性基を有してもよい。
【0054】
アリール基は、炭素数6乃至30の置換又は無置換のアリール基が挙げられる。アリール基は更に置換基を有してもよく、置換基の具体例は、後述のZ、R、R、Y〜Yが更に置換基を持つことが可能な場合の置換基と同じものが挙げられる。中でも、色材の酸化電位が貴であると堅牢性を向上することができるので、電子吸引性基が特に好ましい。電子吸引性基は、ハメットの置換基定数σp値が正のものが挙げられる。中でも、ハロゲン原子、複素環基、シアノ基、カルボキシル基、アシルアミノ基、スルホンアミド基、スルファモイル基、カルバモイル基、スルホニル基、イミド基、アシル基、スルホン酸基、又は4級アンモニウム基が好ましい。更には、シアノ基、カルボキシル基、スルファモイル基、カルバモイル基、スルホニル基、イミド基、アシル基、スルホン酸基、又は4級アンモニウム基が特に好ましい。
【0055】
複素環基は、5員環又は6員環であり、置換又は無置換の、芳香族又は非芳香族の複素環で、これらは更に縮環していてもよい。以下に、R、R、及びZが複素環基である場合の具体例を、置換位置を省略して複素環として挙げる。尚、置換位置は以下の記載に限られるものではなく、例えば、ピリジンであれば、2位、3位、4位で置換できる。ピリジン、ピラジン、ピリミジン、ピリダジン、トリアジン、キノリン、イソキノリン、キナゾリン、シンノリン、フタラジン、キノキサリン、ピロール、インドール、フラン、ベンゾフラン、チオフェン、ベンゾチオフェン、ピラゾール、イミダゾール、ベンズイミダゾール、トリアゾール、オキサゾール、ベンズオキサゾール、チアゾール、ベンゾチアゾール、イソチアゾール、ベンズイソチアゾール、チアジアゾール、イソオキサゾール、ベンズイソオキサゾール、ピロリジン、ピペリジン、ピペラジン、イミダゾリジン、及びチアゾリン等が挙げられる。中でも、芳香族複素環基が好ましい。更には、ピリジン、ピラジン、ピリミジン、ピリダジン、トリアジン、ピラゾール、イミダゾール、ベンズイミダゾール、トリアゾール、チアゾール、ベンゾチアゾール、イソチアゾール、ベンズイソチアゾール、及びチアジアゾールが特に好ましい。
【0056】
これらの複素環基は更に置換基を有してもよく、置換基の具体例は、後述のZ、R、R、Y〜Yが更に置換基を持つことが可能な場合の置換基と同じものが挙げられる。中でも、色材の酸化電位が貴であると堅牢性を向上することができるので、電子吸引性基が特に好ましい。電子吸引性基は、ハメットの置換基定数σp値が正のものが挙げられる。中でも、ハロゲン原子、複素環基、シアノ基、カルボキシル基、アシルアミノ基、スルホンアミド基、スルファモイル基、カルバモイル基、スルホニル基、イミド基、アシル基、スルホン酸基、又は4級アンモニウム基が好ましい。更には、シアノ基、カルボキシル基、スルファモイル基、カルバモイル基、スルホニル基、イミド基、アシル基、スルホン酸基、又は4級アンモニウム基が特に好ましい。
【0057】
一般式(2)におけるY、Y、Y、Y、Y、Y、Y、及びYはそれぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、シアノ基、置換若しくは無置換のアルコキシ基、アミド基、ウレイド基、スルホンアミド基、置換若しくは無置換のカルバモイル基、置換若しくは無置換のスルファモイル基、置換若しくは無置換のアルコキシカルボニル基、カルボキシル基、又はスルホン酸基である。中でも、水素原子、ハロゲン原子、シアノ基、カルボキシル基、又はスルホン酸基が好ましく、更には水素原子が特に好ましい。
【0058】
以下に、一般式(2)における、Y〜Yを更に詳しく説明する。尚、下記で説明する各基の炭素数は置換基の炭素原子を含まない数である。
【0059】
ハロゲン原子は、塩素原子、臭素原子、及びヨウ素原子等が挙げられ、中でも、塩素原子又は臭素原子が好ましく、特には塩素原子が好ましい。
【0060】
アルキル基は、炭素数が1乃至30の置換又は無置換のアルキル基が挙げられる。具体的には、メチル、エチル、ブチル、t−ブチル、n−オクチル、エイコシル、2−クロロエチル、ヒドロキシエチル、シアノエチル、及び4−スルホブチル等が挙げられる。
【0061】
アリール基は、炭素数6乃至30の置換又は無置換のアリール基が挙げられる。具体的には、フェニル、p−トリル、ナフチル、m−クロロフェニル、及びo−ヘキサデカノイルアミノフェニル等が挙げられる。
【0062】
アルコキシ基は、炭素数が1乃至30の置換又は無置換のアルコキシ基が挙げられる。具体的には、メトキシ、エトキシ、イソプロポキシ、n−オクチルオキシ、メトキシエトキシ、ヒドロキシエトキシ、及び3−カルボキシプロポキシ等が挙げられる。
【0063】
カルバモイル基は、炭素数1乃至30の置換又は無置換のカルバモイル基が挙げられる。具体的には、カルバモイル、N−メチルカルバモイル、N,N−ジメチルカルバモイル、N,N−ジ−n−オクチルカルバモイル、及びN−(メチルスルホニル)カルバモイル等が挙げられる。
【0064】
スルファモイル基は、炭素数0乃至30の置換又は無置換のスルファモイル基が挙げられる。具体的には、N−エチルスルファモイル、N−(3−ドデシルオキシプロピル)スルファモイル、N,N−ジメチルスルファモイル、N−アセチルスルファモイル、及びN−ベンゾイルスルファモイル、N−(N’−フェニルカルバモイル)スルファモイル等が挙げられる。
【0065】
アルコキシカルボニル基は、炭素数2乃至30の置換又は無置換のアルコキシカルボニル基が挙げられる。具体的には、メトキシカルボニル、エトキシカルボニル、t−ブトキシカルボニル、及びn−オクタデシルオキシカルボニル等が挙げられる。
【0066】
Z、R、R、Y〜Yが更に置換基を有することが可能な基であるときは、以下に挙げる置換基を更に有してもよい。この場合の置換基は、炭素数1乃至12の直鎖又は分岐鎖アルキル基、炭素数7乃至18の直鎖又は分岐鎖アラルキル基、炭素数2乃至12の直鎖又は分岐鎖アルケニル基、炭素数2乃至12の直鎖又は分岐鎖アルキニル基、炭素数3乃至12の直鎖又は分岐鎖シクロアルキル基、炭素数3乃至12の直鎖又は分岐鎖シクロアルケニル基が挙げられる。これらの置換基は、色材の溶解性やインクの安定性の観点から、分岐を有するものが好ましく、更には不斉炭素を有するものが特に好ましい。
【0067】
置換基の具体例は、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、sec−ブチル、t−ブチル、2−エチルヘキシル、2−メチルスルホニルエチル、3−フェノキシプロピル、トリフルオロメチル、及びシクロペンチル等の置換又は無置換のアルキル基;塩素原子、及び臭素原子等のハロゲン原子;フェニル、4−t−ブチルフェニル、及び2,4−ジ−t−アミルフェニル等のアリール基;イミダゾリル、ピラゾリル、トリアゾリル、2−フリル、2−チエニル、2−ピリミジニル、及び2−ベンゾチアゾリル等の複素環基;シアノ基;ヒドロキシル基;ニトロ基;カルボキシ基;アミノ基;メトキシ、エトキシ、2−メトキシエトキシ、及び2−メタンスルホニルエトキシ等のアルキルオキシ基;フェノキシ、2−メチルフェノキシ、4−t−ブチルフェノキシ、3−ニトロフェノキシ、3−t−ブチルオキシカルバモイルフェノキシ、及び3−メトキシカルバモイル等のアリールオキシ基;アセトアミド、ベンズアミド、及び4−(3−t−ブチル−4−ヒドロキシフェノキシ)ブタンアミド等のアシルアミノ基;メチルアミノ、ブチルアミノ、ジエチルアミノ、及びメチルブチルアミノ等のアルキルアミノ基;フェニルアミノ、及び2−クロロアニリノ等のアニリノ基;フェニルウレイド、メチルウレイド、及びN,N−ジブチルウレイド等のウレイド基;N,N−ジプロピルスルファモイルアミノ等のスルファモイルアミノ基;メチルチオ、オクチルチオ、及び2−フェノキシエチルチオ等のアルキルチオ基;フェニルチオ、2−ブトキシ−5−t−オクチルフェニルチオ、及び2−カルボキシフェニルチオ等のアリールチオ基;メトキシカルボニルアミノ等のアルキルオキシカルボニルアミノ基;メタンスルホンアミド、ベンゼンスルホンアミド、及びp−トルエンスルホンアミド等のスルホンアミド基;N−エチルカルバモイル、及びN,N−ジブチルカルバモイル等のカルバモイル基;N−エチルスルファモイル、N,N−ジプロピルスルファモイル、及びN−フェニルスルファモイル等のスルファモイル基;メタンスルホニル、オクタンスルホニル、ベンゼンスルホニル、及びトルエンスルホニル等のスルホニル基;メトキシカルボニル、及びブチルオキシカルボニル等のアルキルオキシカルボニル基;1−フェニルテトラゾール−5−オキシ、及び2−テトラヒドロピラニルオキシ等の複素環オキシ基;フェニルアゾ、4−メトキシフェニルアゾ、4−ピバロイルアミノフェニルアゾ、及び2−ヒドロキシ−4−プロパノイルフェニルアゾ等のアゾ基;アセトキシ等のアシルオキシ基;N−メチルカルバモイルオキシ、及びN−フェニルカルバモイルオキシ等のカルバモイルオキシ基;トリメチルシリルオキシ、及びジブチルメチルシリルオキシ等のシリルオキシ基;フェノキシカルボニルアミノ等のアリールオキシカルボニルアミノ基;N−スクシンイミド、及びN−フタルイミド等のイミド基;2−ベンゾチアゾリルチオ、2,4−ジ−フェノキシ−1,3,5−トリアゾール−6−チオ、及び2−ピリジルチオ等の複素環チオ基;3−フェノキシプロピルスルフィニル等のスルフィニル基;フェノキシホスホニル、オクチルオキシホスホニル、及びフェニルホスホニル等のホスホニル基;フェノキシカルボニル等のアリールオキシカルボニル基;アセチル、3−フェニルプロパノイル、及びベンゾイル等のアシル基;カルボキシル基、スルホ基、ホスホノ基、及び4級アンモニウム基等のイオン性親水性基が挙げられる。尚、一般式(2)におけるイオン性親水性基は、1分子中に少なくとも2個であることが好ましく、更にはスルホン酸基及び/又はカルボキシル基を少なくとも2個であることが特に好ましい。
【0068】
、a、a、及びaは、それぞれX〜Xの置換基の数である。a、a、a、及びaはそれぞれ独立に1又は2の整数である。尚、a、a、a、及びaの少なくともひとつが2であるとき、X、X、X、及びXのうち少なくとも一種は複数個存在することになる。このとき、複数個存在する置換基は、それらは同一であっても、又は異なってもよい。本発明においては、a、a、a、及びaが1であることが特に好ましい。
【0069】
一般式(2)の化合物は、2価の連結基(L)を介してフタロシアニン環(Pc)が、2量体(Pc−Cu−L−Cu−Pc)、や3量体(Pc−Cu−L−Cu−L−Cu−Pc)等を形成してもよい。Lは2価の連結基であり、オキシ基(−O−)、チオ基(−S−)、カルボニル基(−CO−)、スルホニル基(−SO−)、イミノ基(−NH−)、メチレン基(−CH−)、又はこれらを組み合わせた基であることが好ましい。
【0070】
本発明においては、一般式(2)における置換基のうち、少なくとも1つが上記で挙げた置換基であることが好ましく、更にはより多くの置換基が上記で挙げた置換基であることが好ましく、特には全ての置換基が上記で挙げた置換基であることが好ましい。更に、一般式(2)の化合物が水溶性を有することが好ましく、この場合、一般式(2)における置換基が、イオン性親水性基を含むことが好ましい。イオン性親水性基は、スルホン酸基、カルボキシル基、ホスホノ基、及び4級アンモニウム基等が挙げられ、中でも、カルボキシル基、ホスホノ基、又はスルホン酸基が好ましく、更にはカルボキシル基又はスルホン酸基が特に好ましい。カルボキシル基、ホスホノ基、及びスルホン酸基は塩の形態であってもよく、塩を形成する対イオンは、例えば、アルカリ金属イオン、アンモニウムイオン、及び有機カチオンが挙げられる。アルカリ金属イオンは、例えば、リチウムイオン、ナトリウムイオン、及びカリウムイオンが挙げられる。又、有機カチオンは、テトラメチルアンモニウムイオン、テトラメチルグアニジニウムイオン、及びテトラメチルホスホニウム等が挙げられる。中でも、アルカリ金属塩が好ましく、特にリチウム塩は色材の溶解性やインクの安定性の観点から特に好ましい。
【0071】
又、本発明においては、一般式(2)の化合物は上記で述べた一般式(1)の化合物と組み合わせて用いる。このため、一般式(2)の化合物は、一般式(1)の化合物と混合された状態において、一般式(1)の化合物と水素結合を形成することができる部位、例えば、水酸基を有することが特に好ましい。
【0072】
更に、一般式(2)の化合物には、スルフィニル基、スルホニル基、及びスルファモイル基等の電子吸引性基を、フタロシアニン骨格の4つのベンゼン環にそれぞれ少なくともひとつ導入してなることが好ましい。更には、一般式(2)におけるフタロシアニン骨格に置換した全ての前記電子吸引性基のハメットの置換基定数σp値の合計が、1.60以上であることが特に好ましい。
【0073】
ここで、ハメット則及びハメットの置換基定数σp値(以下、「ハメットのσp値」と呼ぶ)について説明する。ハメット則は、ベンゼン誘導体の反応や平衡に及ぼす、置換基の影響を定量的に論ずるために、1935年にL.P.Hammettにより提唱された経験則であり、今日では広く妥当性が認められている。ハメット則により求められる置換基定数にはσp値とσm値があり、これらの値は多くの一般的な成書に記載がある。例えば、J.A.Dean編、Lange’s Handbook of Chemistry 第12版、1979年、McGraw−Hillや、化学の領域、増刊、122号、96〜103頁、1979年、南光堂に詳細な記載がある。
【0074】
尚、本発明においては、各置換基をハメットのσp値により規定している。しかし、本発明では、上記したような文献に具体的にσp値が記載された置換基のみに限られるものではない。本発明は、上記したような文献にσp値が記載されていない置換基であっても、ハメット則に基づいてσp値を算出した場合に、その範囲内に含まれるであろう置換基をも含むことはいうまでもない。以下に、本発明の一般式(2)の化合物における、ハメットのσp値が正の値である電子吸引性基として用いることができる置換基の具体例を、ハメットのσp値と共に示す。
【0075】
ハメットのσp値が0.60以上の電子吸引性基は、シアノ基、ニトロ基、及びアルキルスルホニル基等が挙げられる。ハメットのσp値が0.45以上の電子吸引性基は、上記に加えて、アシル基、アルコキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、アルキルスルフィニル基、アリールスルフィニル基、スルファモイル基、及びハロゲン化アルキル基等が挙げられる。ハメットのσp値が0.30以上の電子吸引性基は、上記に加えて、アシルオキシ基、カルバモイル基、ハロゲン化アルコキシ基、ハロゲン化アリールオキシ基、スルホニルオキシ基、ハロゲン化アルキルチオ基、及び複素環等が挙げられる。又、σp値が0.15以上の2つ以上の電子吸引性基で置換されたアリール基が挙げられる。ハメットのσp値が0.20以上の電子吸引性基は、上記に加えて、ハロゲン原子等が挙げられる。
【0076】
ここで、フタロシアニン化合物におけるα位及びβ位について、下記の構造式を用いて説明する。α位とは、1位及び/又は4位、5位及び/又は8位、9位及び/又は12位、13位及び/又は16位のことであり、α位置換型フタロシアニン化合物とはこれらの位置の少なくとも1つに特定の置換基を有するフタロシアニン化合物である。又、β位とは、2位及び/又は3位、6位及び/又は7位、10位及び/又は11位、14位及び/又は15位のことであり、β位置換型フタロシアニン化合物とはこれらの位置の少なくとも1つに特定の置換基を有するフタロシアニン化合物のことである。つまり、一般式(2)の化合物は、X、X、X、及びXはα位に、又、Y〜Yはβ位に、それぞれ置換してなるフタロシアニン化合物である。
【0077】
【化6】

【0078】
上記で述べたように、スルファモイル基等の電子求引性基を数多くフタロシアニン骨格に導入すると、酸化電位がより貴となり、耐オゾン性を向上することができる。しかし、上記で挙げた方法で合成を行うと、電子求引性基の数が少ない、つまり、酸化電位がより卑であるフタロシアニン化合物が混入することは避けられない。従って、耐オゾン性を向上するためには、酸化電位がより卑であるフタロシアニン化合物の生成を抑えるような方法で合成を行うことが特に好ましい。
【0079】
一般式(2)の化合物は、例えば、下記の2通りの合成フローのようにして合成することができる。フタロニトリル誘導体及び/又はジイミノイソインドリン誘導体と銅誘導体とを反応させることにより、一般式(2)の化合物(β位置換型)を合成することができる。又、4−スルホフタロニトリル誘導体と銅誘導体とを反応させることで得られるテトラスルホフタロシアニン化合物から誘導することにより、一般式(2)の化合物(β位置換型)を合成することができる。
【0080】
【化7】

【0081】
上記合成フロー中、Xは一般式(2)におけるX、X、X、又はXに相当する。又、Yは一般式(2)におけるY、Y、Yに、又、Yn’は一般式(2)におけるY、Y、Y、又はYに相当する。4−スルホフタロニトリル誘導体におけるMはカチオンであり、具体的には、Li、Na、K等のアルカリ金属イオン、又はトリエチルアンモニウムイオン、ピリジニウムイオン等の有機カチオン等が挙げられる。銅誘導体(Cu(Y))におけるYは1価又は2価の配位子であり、具体的には、ハロゲン原子、酢酸陰イオン、アセチルアセトネート、及び酸素等が挙げられ、dは1乃至4の整数である。
【0082】
上記で説明した合成フローによれば、銅フタロシアニン骨格に、所望の置換基を所望の数だけ導入することができる。特に、本発明のように、銅フタロシアニン骨格に、酸化電位を貴とするために電子求引性基を数多く導入したい場合には、上記の合成フローは極めて有効である。
【0083】
一般式(2)の化合物は、上記で挙げた特許文献に記載の方法のほかに、特開2001−226275号公報、同2001−96610号公報、同2001−47013号公報、及び同2001−193638号広報等に記載の方法でも合成することができる。尚、合成に際して、出発物質、中間体、及び合成フローはこれらに限られるものでない。
【0084】
前記一般式(2)の化合物の好ましい具体例としては、下記の例示化合物II−13〜II−102が挙げられる。勿論、本発明は、一般式(2)の構造及びその定義に包含されるものであれば、下記の例示化合物に限られるものではない。本発明においては、下記の例示化合物の中でも、水酸基を有する例示化合物を用いることが好ましく、更には、例示化合物II−66を用いることが特に好ましい。下記に例示化合物II−13〜II−57を表にして示したが、表中のXの組、及び(Y、Yn')の組は、一般式(2)に含まれる下記に示した一般式中における各置換基を表す。これらの組は、下記の一般式中において、それぞれ独立に順不同である。
【0085】
【化8】

【0086】
【化9】

【0087】
【化10】

【0088】
【化11】

【0089】
下記に、前記した一般式(2)に含まれる下記式で表される例示化合物II−58〜II−102を表にして示した。表中の、Xprはそれぞれ独立にP又はPであり、銅フタロシアニン骨格に置換するPの数はm及びPの数はnであり、Yは水素原子である。尚、P及びPの各置換基は銅フタロシアニン骨格のβ位に置換するものであり、β位における置換位置は順不同である。
【0090】
【化12】

【0091】
【化13】

【0092】
【化14】

【0093】
【化15】

【0094】
(一般式(3)中、R、R、Y及びYはそれぞれ独立に、一価の基であり、X及びXはそれぞれ独立に、ハメットのσp値が0.20以上の電子吸引性基であり、Z及びZはそれぞれ独立に、水素原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアルキニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換のヘテロ環基であり、Mは、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムである。)
【0095】
前記一般式(3)の化合物の好ましい具体例としては、下記の例示化合物3−1〜3−14が挙げられる。なお、下記の例示化合物は、遊離酸の形で記載する。勿論、本発明は、前記一般式(3)の構造及びその定義に包含されるものであれば、下記の例示化合物に限られるものではない。本発明においては、下記の例示化合物の中でも、特に、例示化合物3−5、3−6、3−7、3−8、及び3−10を用いることが好ましい。
【0096】
【化16】

【0097】
【化17】

【0098】
【化18】

【0099】
【化19】

【0100】
【化20】

【0101】
【化21】

【0102】
【化22】

【0103】
【化23】

【0104】
【化24】

【0105】
【化25】

【0106】
【化26】

【0107】
【化27】

【0108】
【化28】

【0109】
【化29】

【0110】
【化30】

【0111】
(上記一般式(4)中、mは、それぞれ独立に1又は2を表す。Mは、それぞれ独立に水素原子、アルカリ金属、アルカリ土類金属、有機アミンのカチオン又はアンモニウムイオンを表す。)
【0112】
上記一般式(4)で示される色材の好適な例としては、特に限定されるものではないが、具体的には下記表1のような構造が挙げられる。尚、便宜上、上記一般式(4)の両末端にある環構造をA環及びB環とし、置換位置を下記一般式(5)のように定義した。下記表1に示した番号は、例示化合物Y1〜Y5におけるスルホン酸基が置換している位置を示している。
【0113】
【化31】

【0114】
(上記一般式(5)中、mは、それぞれ独立に1又は2を示す。Mは、それぞれ独立に水素原子、アルカリ金属、アルカリ土類金属、有機アミンのカチオン又はアンモニウムイオンを示す。)
【0115】
【表1】

【0116】
上記一般式(5)で示される色材の好適な例としては特に限定されるものではないが、具体的としては、下式に示す例示化合物Y1が挙げられる。
【0117】
【化32】

【0118】
この他に、イエロー系色材として、国際公開第99/43754号パンフレット及び国際公開第02/081580号パンフレットに記載されている構造の化合物等が挙げられる。
【0119】
【化33】

【0120】
(上記一般式(6)中、Rは、水素原子、アルキル基、ヒドロキシ低級アルキル基、シクロヘキシル基、モノ又はジアルキルアミノアルキル基及びシアノ低級アルキル基のいずれかを表し、Yは、塩素原子、ヒドロキシル基、アミノ基、モノ又はジアルキルアミノ基(該アルキル基の部分に、スルホン酸基、カルボキシル基及びヒドロキシル基からなる群から選択される置換基を有していてもよい)のいずれかを表し、R、R、R、R及びRは、それぞれ独立して、水素原子、炭素数1〜8のアルキル基及びカルボキシル基(但し、R、R、R、R及びRのすべてが水素原子である場合を除く。)のいずれかを表す。)
【0121】
上記一般式(6)で示される色材の好ましい具体例としては、遊離酸の形で下記の構造となる例示化合物M1〜M7が挙げられる。本発明においては、これらの中でも例示化合物M7が特に好ましく用いられる。
【0122】
【化34】

【0123】
【化35】

【0124】
【化36】

【0125】
【化37】

【0126】
【化38】

【0127】
【化39】

【0128】
【化40】

【0129】
【化41】

【0130】
(上記一般式(7)中、l(エル)=0〜2、m=1〜3及びn=1〜3、但し、l+m+n=3〜4であり、置換基の置換位置は、4若しくは4’位である。又、Mは、アルカリ金属又はアンモニウムを表し、R及びRは、それぞれ独立に、水素原子、スルホン酸基及びカルボキシル基のいずれかを表し(但し、R及びRが同時に水素原子となる場合を除く。)、Yは、塩素原子、ヒドロキシル基、アミノ基、モノ又はジアルキルアミノ基のいずれかを表す。)
【0131】
上記式一般式(7)で示される色材の中でも、4−スルホフタル酸誘導体又は、4−スルホフタル酸誘導体と(無水)フタル酸誘導体を金属化合物の存在下に反応させることで得られるフタロシアニン化合物を原料に用い、スルホン酸基をクロロスルホン基に変換した後、有機アミン存在下にアミノ化剤を反応させたフタロシアニン化合物を用いることが好ましい。即ち、上記式(5)中の、4及び4’の位置に限定して無置換スルファモイル基(−SONH)と、置換スルファモイル基[下記一般式(8)]を導入したフタロシアニン化合物を色材として用いたインクは、極めて耐環境ガス性が優れたものとなることを見出した。
【0132】
【化42】

【0133】
(上記一般式(8)中、R及びRは、それぞれ独立に、水素原子、スルホン酸基及びカルボキシル基のいずれかを示し(但し、R及びRが同時に水素原子となる場合を除く。)、Yは、塩素原子、ヒドロキシル基、アミノ基、モノ又はジアルキルアミノ基のいずれかを示す。)
【0134】
上記一般式(8)で示される基の好ましい具体例としては、遊離酸の形で下記の構造を有する基が挙げられる。これらの中でも例示化合物C1が特に好ましく用いられる。
【0135】
【化43】

【0136】
【化44】

【0137】
【化45】

【0138】
【化46】

【0139】
【化47】

【0140】
【化48】

【0141】
【化49】

【0142】
【化50】

【0143】
(上記一般式(9)中、R及びRは、独立に、水素原子;ヒドロキシル基;アミノ基;カルボキシル基;スルホン酸基;炭素数1〜4のアルキル基;炭素数1〜4のアルコキシ基を表し、R及びRは、独立に、水素原子;炭素数1〜4のアルキル基;炭素数1〜4のアルコキシ基;ヒドロキシル基;ヒドロキシル基若しくは炭素数1〜4のアルコキシ基で置換されてもよい炭素数1〜4のアルキル基;ヒドロキシル基、炭素数1〜4のアルコキシ基、スルホン酸基若しくはカルボキシル基で置換されてもよい炭素数1〜4のアルコキシ基;アルキル基若しくはアシル基によって置換されているアミノ基を表し、nは0又は1を表す。)
【0144】
【化51】

【0145】
(上記式(10)中、R、R、R及びRは、独立に、水素原子;ヒドロキシル基;アミノ基;カルボキシル基;スルホン酸基;炭素数1〜4のアルキル基;炭素数1〜4のアルコキシ基;ヒドロキシル基、炭素数1〜4のアルコキシ基、スルホン酸基若しくはカルボキシル基で置換されているアルコキシ基;カルボキシル基又はスルホン酸基で更に置換されてもよい炭素数1〜4のアルコキシ基;フェニル基、アルキル基、又はアシル基によって置換されているアミノ基を表し、nは0又は1を表す。)
【0146】
以下に、上記式(9)で示される色材の好ましい具体例として例示化合物Bk1〜Bk3を、上記式(10)で示される色材の好ましい具体例として例示化合物Bk4〜Bk6を遊離酸の形で示した。しかしながら、本発明で使用する色材は、これらに限定されるものではない。又、下記に挙げるような色材を同時に2種類以上用いてもよい。上記した中でも、例示化合物Bk3と例示化合物Bk4を同時に用いるものが特に好ましい。
【0147】
【化52】

【0148】
【化53】

【0149】
【化54】

【0150】
【化55】

【0151】
【化56】

【0152】
【化57】

【0153】
<水溶性有機溶剤及び添加剤>
本発明にかかるインクは、保護層を溶解する物質、一般式(1)で表される化合物及び上記した色材を水系媒体中に溶解或いは分散してなるものであるが、水系媒体としては、水と水溶性有機溶剤との混合媒体を用いることが好ましい。この際、どのような水溶性有機溶剤が含まれるかについては特に限定はない。任意で各種水溶性有機溶剤を用いることができる。水溶性有機溶剤には、水溶性であれば特に制限はなく、アルコール、多価アルコール、ポリグリコール、グリコールエーテル、含窒素極性溶媒、含硫黄極性溶媒等が挙げられる。下記に、本発明のインクで使用することができる水溶性有機溶剤について例示するが、これらの水溶性有機溶剤に限定されるものではない。
【0154】
具体的には、例えば、メチルアルコール、エチルアルコール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール、sec−ブチルアルコール、tert−ブチルアルコール等の炭素数1〜4のアルキルアルコール類;ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミド類;アセトン、ジアセトンアルコール等のケトン又はケトアルコール類;テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル類;ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等のポリアルキレングリコール類;エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、トリエチレングリコール、1,2,6−ヘキサントリオ−ル、チオジグリコール、ヘキシレングリコール、ジエチレングリコール等のアルキレン基が2〜6個の炭素原子を含むアルキレングリコール類;ポリエチレングリコールモノメチルエーテルアセテート等の低級アルキルエーテルアセテート;エチレングリコールモノメチル(又はエチル)エーテル、ジエチレングリコールメチル(又はエチル)エーテル、トリエチレングリコールモノメチル(又はエチル)エーテル等の多価アルコールの低級アルキルエーテル類;トリメチロールプロパン、トリメチロールエタン等の多価アルコール;グリセリン、N−メチル−2−ピロリドン、2−ピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン等が挙げられる。上記のごとき水溶性有機溶剤は、単独でも或いは混合物としても使用することができる。
【0155】
又、インクには、必要に応じて、界面活性剤、pH調整剤、防錆剤、防腐剤、防黴剤、酸化防止剤、還元防止剤、蒸発促進剤、キレート化剤、及び、水溶性ポリマー等、種々の添加剤を含有させてもよい。
【0156】
(インクセット)
本発明のインクセットとしては、同一インクタンク内において複数のインクを組み合わせたものが好ましい形態であるが、インク色の組み合わせに関しては同一色のものを組み合わせてもよいし、又、異なる色相のインクを組み合わせてもよく、特に制限はない。具体的なインクセットの一例としては、シアン、マゼンタ、イエローの基本3色のインクセットやブラック、濃度の薄いシアン、濃度の薄いマゼンタ(所謂、淡シアンインクや淡マゼンタインク)による写真画像出力に適したインクセットが挙げられる。又、レッド、グリーン、ブルーの特色インクセット、ブラック、濃度の薄いブラック、更に濃度の薄いブラック(所謂、グレーインク、ライトグレーインク)等が挙げられるが、本発明では特にこれに限定されるものではない。
【0157】
本発明者らは上記課題に対して鋭意検討した結果、複数のインク中における珪素とキレート化合物を形成する化合物の濃度を特定の範囲にすることによって、ヘッドの発熱部の保護層を形成する珪素の窒化物や酸化物、炭化物の溶解を抑制し、長期間の保存を経た後においても良好な吐出性を確保し、安定的に画像を形成することが可能となることを見出した。特に、同一インクタンク内において組み合わされるインクによって保護層の溶解速度が大きく異なる場合、それぞれのインクが吐出されるノズル発熱部の抵抗値の変動にばらつきが生じ、発熱部に印加する電気パルス信号の制御が困難となる。又、保護層溶解による抵抗値変動に対して制御する場合においても各色毎に制御する必要が生じ、電気パルスの駆動が複雑化するためにヘッドやプリンター本体へのコストアップ要因となり好ましくない。一方、保護層の溶解速度に応じたパルス制御をしない場合でも、それぞれのインクに付加される発泡エネルギーに差が生じるために、初期段階で設定されたインク滴の吐出量や吐出速度は異なる。その結果、記録媒体への各インク滴の付与量や着弾位置ずれがインク1種類だけの場合よりも顕在化しやすく、画像劣化が生じやすくなる問題がある。
【0158】
従って、本発明においては、それぞれのインクに接触している保護層溶解速度をある範囲にそろえることが好ましい。具体的には、それぞれのインクが、保護層を溶解する物質と一般式(1)で表される化合物とを含有し、且つ、該一般式(1)で表される化合物のインク中の含有量X(質量%)が1≦X≦30を満足することが好ましい。更には、インクが多価カルボン酸又はその塩を含有し、多価カルボン酸及びその塩のインク中の含有量Y(mmol/l)が0.001≦Y≦0.02X+0.09を満足することがより好ましい。特には、それぞれのインク中に含有する一般式(1)で表される化合物の含有量の最大差が8質量%以内であることが好ましい。
【0159】
(インクカートリッジ)
次に、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。尚、明細書に取入れられ且つその一部を形成する添付図面は、本発明の幾つかの局面を図示し、記述と一体となって本発明の原則原理の説明に供するものである。図1〜図6は、本発明が実施又は適用される好適な記録ヘッドを説明するための説明図である。以下、これらの図面を参照して各構成要素について説明する。
【0160】
本発明の記録ヘッド(インクカートリッジ)は、図1及び2に示すようにヘッドとインクタンクが一体の構成となっている。図1及び2中の記録ヘッド(インクカートリッジ)H1001はシアンインク、マゼンタインク、イエローインクの3色のカラーインクをそれぞれ搭載している。記録ヘッドH1001は、インクジェット記録装置本体に載置されているキャリッジの位置決め手段及び電気的接点によって固定支持されるとともに、キャリッジに対して着脱可能となっており、搭載したインクが消費されるとそれぞれ交換される。
【0161】
次に、記録ヘッド(インクカートリッジ)に関して、更に詳しく記録ヘッドを構成しているそれぞれの構成要素毎に順を追って説明する。
【0162】
〔記録ヘッド(インクカートリッジ)〕
本実施例における記録ヘッド(インクカートリッジ)H1001は、電気信号に応じてインクに膜沸騰を生じさせるための熱エネルギーを生成する電気熱変換体を用いたバブルジェット(登録商標)方式の記録ヘッドである。この記録ヘッドは、電気熱変換体とインク吐出口とが対向するように配置された、いわゆるサイドシュータ型の記録ヘッドである。本発明においては、普通紙への高画質出力と高速印刷の観点から、150個以上のノズルが300dpi以上のピッチ間隔で配置され、各ノズルの吐出量が30pl以下のノズル列を有するヘッドであることが好ましい。更にフォト画質と高速印刷との両立の観点から、吐出量が6pl以下のノズルが100個以上、600dpi以上のピッチ間隔で配置されたノズル列を有するヘッドであることが好ましい。
【0163】
(1−1)記録ヘッド(インクカートリッジ)
記録ヘッド(インクカートリッジ)H1001はシアン、マゼンタ、イエローの3色のインクを吐出させるためのものであり、図2の分解斜視図に示すように、記録素子基板H1101、電気配線テープH1301、インク供給保持部材H1501を具備する。更に、フィルタH1701、H1702、H1703、インク吸収体H1601、H1602、H1603、蓋部材H1901及びシール部材H1801を具備する。
【0164】
(1−1−1)記録素子基板
図3は、記録素子基板H1101の構成を説明するために一部破断して示す斜視図であり、シアン、マゼンタ、イエロー用の3個のインク供給口H1102が並列して形成されている。それぞれのインク供給口H1102を挟んでその両側に電気熱変換素子H1103と吐出口H1107とが一列に並んで千鳥状に配置されて形成されている。そして、シリコン基板H1110上には電気配線、ヒューズ、電極部H1104等が形成されている。その上に樹脂材料でフォトリソグラフィ技術によって、インク流路壁H1106や吐出口H1107が形成されており、電気配線に電力を供給するための電極部H1104には、Au等のバンプH1105が形成されている。
【0165】
(1−1−2)ノズル構造
図4A及び図4Bは、本発明にかかるインクを適用するインクジェットヘッドに設けられたノズル部分を模式的に示した図である。図4Aは、ノズルの吐出口側から見た時のノズル形状を示した図である。図4Bは図4Aの破線X−Yに沿って切断した時の断面を示した図である。図4Bにおいて、H2101はシリコン基板、H2102は熱酸化層からなる蓄熱層を示す。又、H2103は、蓄熱を兼ねる珪素の酸化物層或いは窒化物層等からなる層間層であり、H2104は発熱抵抗層、H2105はAl、Al−Si及びAl−Cu等の金属材料からなる配線としての金属配線層である。そして、H2106は、珪素の酸化物層、窒化物層及び炭化物層等からなる絶縁層としても機能する保護層を示す。とりわけこの保護層H2106は、インクと直に接するために、アルカリ等に対して化学的にも安定で、且つ、物理的衝撃に対しても十分な耐性が求められると共に、電気的な絶縁性も兼ね備える必要性が高い。このため、特に、形成材料としては、珪素の窒化層若しくは炭化物層を好適に用いることができる。又、H2107は発熱部であり、発熱抵抗層H2104の発熱抵抗体で発生した熱がインクに作用する。
【0166】
インクジェットヘッドにおける発熱部H2107は、発熱抵抗体での熱発生により高温に曝されると共に、インクの発泡、発泡後の泡収縮に伴い、キャビテーション衝撃やインクによる化学的作用を主に受ける部分である。そのため、発熱部H2107には、このキャビテーション衝撃やインクによる化学的作用から電気熱変換素子を保護するため、保護層H2106が設けられる。この保護層H2106の層厚は、発熱抵抗体にかかる電気パルスを効率的に変換する上で重要な熱変換効率と、発泡現象に伴うインクの物理的衝撃、化学的腐食への保護の観点から、50nm〜500nmが好ましい範囲である。
【0167】
即ち、層厚が50nm未満であると発熱部の吐出耐久性の点で不十分になったり、保存による保護層の溶解による層厚変化に対して投入されるエネルギーの変動の影響が敏感になることがある。一方、層厚が500nmを超える場合は、発泡するためのエネルギーが多く必要になり、ノズルを高密度に配置し、吐出周波数を高くするとノズルの温度が上昇しやすくなる傾向がある。更に、本発明においては、より一層の、多ノズル化、高密度化高耐久性のためには、保護層の厚さが100nm以上450nm以下であることが特に好ましい。保護層H2106の上には、流路形成部材H2108を用いて、インクを吐出するための吐出口H2109を備えた吐出エレメントが形成される。
【0168】
図4A及び4Bの斜線部H2110は、インクが満たされるノズル部の液室部分である。インクは、ノズル部の右側に配置されたH2111の共通液室より供給され、発熱部H2107にて発泡し泡を形成後、吐出口H2109からインクが押し出され、インク滴として吐出される。
【0169】
又、本発明においては、H2110で示したノズルの液室容積と、インクが接する保護層H2106の面積との関係が重要である。通常、インクジェットヘッドとインクタンクとが一体化されたインクカートリッジが物流等により長期間保存される場合、乾燥の抑制のために、シールテープやホットメルト接着剤等の封止手段により吐出口H2109に蓋がされる。そのため、ノズル液室H2110のインクは、長期間ノズル液室内部に滞留した状態となる。その結果、液室内部のインクと保護層H2106とは接している状態が続くため、保護層が徐々にインク中に溶解すると考えられる。
【0170】
本発明者らの検討によれば、そのような状態で保存されている間、インク液室H2110に存在しているインクはほとんど流動されず、珪素の溶解濃度が飽和状態になるところで溶解平衡に達し、それ以上の溶解がほとんど進行しなくなることが分かった。そのため、ノズルの液室H2110中のインクが接する最表面の保護層H2106の表面積に対して、ノズルの液室H2110の容積をある範囲に制御することによって、保護層H2106の溶解をある程度抑えることが可能であることを見出した。具体的には、各ノズル部分の保護層H2106のインクが接している表面積に対する各ノズルのインク液室H2110の容積が50μm/μm以下となるようにすれば、物流保存等における、長期間インクと接している状態が続いた場合において、保護層の溶解が抑制されるので好ましい。
【0171】
又、10kHz以上の高周波数で駆動させるためにはノズルの構造に制約が生じ、吐出特性の観点より5μm/μm以上40μm/μm以下の範囲がより好ましい。尚、ここで定義される各ノズルのインク液室の容積(ノズル液室の容積)とは、図4A及び4BのH2110に相当する部分のことであり、共通液室H2111から分岐して吐出口H2109までのインク流路部分の容積である。又、本発明でいう、各ノズル部分の保護層のインクと接する部分の表面積とは、ノズル部分の最表面である保護層H2106にインクが接している表面積、より具体的には、インク流路部分H2110におけるインクと接している保護層の表面積に相当する。
【0172】
又、図示したような電気熱変換体とインク吐出口とが対向するように配置された、いわゆるサイドシュータ型の記録ヘッドであると、各ノズルが共通の液室の両端に対向するように配置されるため、インクの流路がストレートではなく屈曲した構造となる。これによって長期保存においては各ノズルと共通のインク液室との間でのインクの対流が起こりにくく、保護層の形成成分である珪素化合物の溶解がノズル内で飽和に達しやすくなり、保護層の層厚の低下が抑制されるため好ましい形態である。
【0173】
(1−1−3)電気配線テープ
電気配線テープH1301は、記録素子基板H1101に対してインクを吐出するための電気信号を印加する電気信号経路を形成するものであり、記録素子基板を組み込むための開口部が形成されている。この開口部の縁付近には、記録素子基板の電極部H1104に接続される電極端子H1304が形成されている。又、電気配線テープH1301には、本体装置からの電気信号を受け取るための外部信号入力端子H1302が形成されており、電極端子H1304と外部信号入力端子H1302は連続した銅箔の配線パターンでつながれている。
【0174】
電気配線テープH1301と第2の記録素子基板1101の電気的接続は、バンプH1105と電極端子H1304とが熱超音波圧着法により電気接合されることでなされている。バンプH1105は第2の記録素子基板H1101の電極部H1104に形成されており、電極端子H1304は第2の記録素子基板H1101の電極部H1104に対応する電気配線テープH1301に形成されている。
【0175】
(1−1−4)インク供給保持部材
インク供給保持部材H1501は、樹脂成形により形成されており、構成材料としては、例えば射出成形、圧縮成形、或いは熱成形等により成型が可能な、熱可塑性樹脂材料を好適に用いることができる。適切な熱可塑性樹脂は、限定されることはないが、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリフェニレンエーテル、並びにそれらの混合物や改質物であることが好ましい。中でも、ポリフェニレンエーテルであることが好ましく、特にはポリフェニレンエーテルとスチレン系材料とのアロイであることが好ましい。樹脂材料には、形状的剛性の向上やガス透過性抑制の観点から充填材を5〜40質量%混入した熱可塑性樹脂材料を使用することが好ましい。好ましい充填剤としては、無機質に限定されることはないが、ガラス、シリカ或いはグラファイト(黒鉛)が挙げられる。耐インク性や溶着性、又、本実施形態のようにインク供給保持部材に記録ヘッドを直に実装するような構成の場合では、接着剤との接着性や熱による線膨張性等も高いレベルで要求される。これらの要求性能のバランスの観点より、ポリフェニレンエーテルとスチレン系材料とのアロイに充填剤を混入させた樹脂材料が特に好ましい。
【0176】
図2に示すように、インク供給保持部材H1501は、内部にシアン、マゼンタ、イエローのインクを保持するための負圧を発生するための吸収体H1601、H1602、H1603をそれぞれ独立して保持するための空間を有する。インク供給保持部材H1501は、更に、記録素子基板H1100の各インク供給口H1102にそれぞれインクを導くための独立したインク流路を形成するインク供給機能とを備えている。インク吸収体H1601、H1602、H1603は、PP(ポリプロピレン)繊維を圧縮したものが好ましいが、ウレタン繊維を圧縮したものでもよい。各インク流路の上流部のインク吸収体H1601、H1602、H1603との境界部には、記録素子基板H1101内部にゴミの進入を防ぐためのフィルタH1701、H1702、H1703がそれぞれ溶着により接合されている。各フィルタH1701、H1702、H1703は、SUS金属メッシュタイプでもよいが、SUS金属繊維焼結タイプの方が好ましい。
【0177】
インク流路の下流部には、記録素子基板H1101にシアン、マゼンタ、イエローの各インクを供給するためのインク供給口H1201が形成されている。記録素子基板H1101の各インク供給口1102がインク供給保持部材H1501の各インク供給口H1201に連通するよう、記録素子基板H1101がインク供給保持部材H1501に対して位置精度良く接着固定される。この接着に用いられる第1の接着剤は、低粘度で硬化温度が低く、短時間で硬化し、硬化後比較的高い硬度を有し、且つ、耐インク性のあるものが好ましい。例えば、第1の接着剤としては、エポキシ樹脂を主成分とした熱硬化接着剤が用いられ、その際の接着層の厚みは50μm程度が好ましい。
【0178】
又、インク供給口H1201付近周囲の平面には、電気配線テープH1301の一部の裏面が第2の接着剤により接着固定される。第2の記録素子基板H1101と電気配線テープH1301との電気接続部分は、第1の封止剤H1307及び第2の封止剤H1308(図6参照)により封止され、電気接続部分をインクによる腐食や外的衝撃から保護されている。第1の封止剤H1307は、主に電気配線テープH1300の電極端子H1302と記録素子基板のバンプH1105との接続部の裏面側と記録素子基板の外周部分を封止し、第2の封止剤H1308は、上述の接続部の表側を封止している。そして、電気配線テープH1301の未接着部は折り曲げられ、インク供給保持部材H1501のインク供給口H1201を有する面にほぼ直交した側面に熱カシメ若しくは接着等で固定される。
【0179】
(1−1−5)蓋部材
蓋部材H1901は、インク供給保持部材H1501の上部開口部に溶着されることで、インク供給保持部材H1501内部の独立した空間をそれぞれ閉塞するものである。但し、蓋部材H1901は、インク供給保持部材H1501内部の各部屋の圧力変動を逃がすための細口H1911、H1912、H1913と、それぞれに連通した微細溝H1921、H1922、H1923を有している。微細溝H1921及びH1922の他端は微細溝H1923の途中に合流している。更に、細口H1911、H1912、H1913と微細溝H1921、H1922、及び微細溝H1923のほとんどをシール部材H1801で覆い、微細溝H1923の他端部を開口することで大気連通口を形成している。このような迷路構造の大気連通口を形成することにより、大気連通口からのインク揮発成分の蒸発を効果的に抑制することができるため好ましい。又、蓋部材H1901は記録ヘッドをインクジェット記録装置に固定するための係合部H1930を有している。
【0180】
尚、蓋部材で用いられる樹脂材料もインク供給保持部材と同様の、充填剤を混入させた樹脂材料が好適に用いることができる。尚、インク供給保持部材及び蓋部材に上述の樹脂材料を用いた場合でも、樹脂材料自体からの水分透過は避けられないため、上述の迷路構造の大気連通口を設けた場合でも、ある程度のインク蒸発は生じてしまう。
【0181】
(1−2)記録ヘッド(インクカートリッジ)のインクジェット記録装置への装着
図1に示すように、記録ヘッドH1001は、インクジェット記録装置本体のキャリッジの装着位置に案内するための装着ガイドH1560及びヘッドセットレバーによりキャリッジに装着固定するための係合部H1930を具備する。更に、キャリッジの所定の装着位置に位置決めするためのX方向(キャリッジスキャン方向)の突き当て部H1570、Y方向(記録メディア搬送方向)の突き当て部H1580、Z方向(インク吐出方向)の突き当て部H1590を具備する。上記突き当て部により位置決めされることで、電気配線テープH1301上の外部信号入力端子H1302がキャリッジ内に設けられた電気接続部のコンタクトピンと正確に電気的接触を行う。
【0182】
(1−3)記録ヘッドの駆動方法
図4A及び4Bのヘッドの金属配線層H2105にパルス状の電気信号が印加されると、発熱素子基板H2104の発熱部H2107が急速に発熱し、この表面に接しているインクに気泡が発生する。この気泡の圧力でメニスカスが突出し、インクがヘッドの吐出口H2109を通して吐出し、インク小滴となり、記録媒体に向かって飛翔する。
【0183】
次に、γ値について説明する。γ値とは、バブルジェット(登録商標)ヘッドがぎりぎり吐出可能な臨界エネルギーに対する実際に投入するエネルギーの比を表わす因子である。即ち、バブルジェット(登録商標)ヘッドに印加するパルスの幅をPとし(複数のパルスを分割して与える時はその合計幅)、印加する電圧をV、ヒータの抵抗をRとする時、投入エネルギーEは、下記式(A)で表される。
E=P×V/R (A)
この時、バブルジェット(登録商標)ヘッドがぎりぎり吐出できる最低限必要なヒータへのエネルギーをEthとし、実際に駆動を行う時の投入エネルギーをEopとすれば、γ値は、下記式(B)で与えられる。
γ=Eop/Eth (B)
そして、バブルジェット(登録商標)ヘッドの駆動条件からγ値を求める方法としては、実用上、以下の方法がある。
【0184】
先ず、与えられた電圧で、バブルジェット(登録商標)ヘッドが吐出する適当なパルス幅を見つけて駆動する。次に、徐々にパルス幅を短くしてゆき、吐出が止まるパルス幅を見つける。このパルス幅の直前の吐出可能な最小パルス幅をPthとする。実際に駆動で使用されているパルス幅をPopとすれば、γ値は、下記式(C)で求められる。
γ=Pop/Pth (C)
インクの安定的な吐出のためには、上記のように定義されるγ値が1.10〜1.50となるような条件で駆動するのが好ましく、かかる駆動条件によって、ヒータへのコゲの付着がより防止され、ひいては記録ヘッドのより一層の長寿命化を図ることができる。又、インクタンクの製造直後のPth0と長期保存後でのPth1をそれぞれ測定して、その変化率を下記式(D)に従って求めることにより、保存前後による発熱部の発熱抵抗変化を調べることができる。
α(%)=100×(Pth1−Pth0)/Pth0 (D)
インクの安定的な吐出、とりわけ発泡状態の安定性に関わる吐出量の変動やインクがノズルに供給されるためのリフィル特性や、発熱部にかかるエネルギーの変動に関連する連続吐出による蓄熱特性、吐出耐久性等様々な吐出特性を満足させる上においては、Pthの変化率αが30%未満であることが好ましい。特に写真画像出力をもターゲットとした場合、1ノズルあたりの吐出量が6pl以下であることが好ましい範囲となるために、インクの安定吐出をより精度良く制御する必要が生じるためにαが20%未満であることが好ましい。
【0185】
〔インクジェット記録装置〕
次に、上述したようなカートリッジタイプの記録ヘッドを搭載可能な液体吐出記録装置について説明する。図7は、本発明の液体吐出記録ヘッドを搭載可能な記録装置の一例を示す説明図である。図7に示す記録装置において、図1に示した記録ヘッドH1001がキャリッジ102に位置決めして交換可能に搭載されており、キャリッジ102には、記録ヘッドH1001上の外部信号入力端子を介して各吐出部に駆動信号等を伝達するための電気接続部が設けられている。
【0186】
キャリッジ102は、主走査方向に延在して装置本体に設置されたガイドシャフト103に沿って往復移動可能に案内支持されている。そして、キャリッジ102は主走査モータ104によりモータプーリ105、従動プーリ106及びタイミングベルト107等の駆動機構を介して駆動されるとともにその位置及び移動が制御される。又、ホームポジションセンサ130がキャリッジ102に設けられている。これにより遮蔽板136の位置をキャリッジ102上のホームポジションセンサ130が通過した際に位置を知ることが可能となる。
【0187】
印刷用紙やプラスチック薄板等の記録媒体108は給紙モータ135からギアを介してピックアップローラ131を回転させることによりオートシートフィーダ(ASF)132から一枚ずつ分離給紙される。更に搬送ローラ109の回転により、記録ヘッドH1001の吐出口面と対向する位置(プリント部)を通って搬送(副走査)される。搬送ローラ109はLFモータ134の回転によりギアを介して行われる。その際、給紙されたかどうかの判定と給紙時の頭出し位置の確定は、ペーパエンドセンサ133を記録媒体108が通過した時点で行われる。更に、記録媒体108の後端が実際にどこに有り、実際の後端から現在の記録位置を最終的に割り出すためにもペーパエンドセンサ133は使用されている。
【0188】
尚、記録媒体108は、プリント部において平坦なプリント面を形成するように、その裏面をプラテン(不図示)により支持されている。この場合、キャリッジ102に搭載された記録ヘッドH1001は、それらの吐出口面がキャリッジ102から下方へ突出して前記2組の搬送ローラ対の間で記録媒体108と平行になるように保持されている。記録ヘッドH1001は、各吐出部における吐出口の並び方向が上述したキャリッジ102の走査方向に対して交差する方向になるようにキャリッジ102に搭載され、これらの吐出口列から液体を吐出して記録を行う。
【0189】
実施例
以下、実施例及び比較例を用いて更に具体的に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、下記実施例により限定されるものではない。尚、以下の記載で「部」、「%」とあるものは、特に断りのない限り質量基準である。
【0190】
<色材の作製>
(シアン染料1)
スルホラン、4−スルホフタル酸モノナトリウム塩、塩化アンモニウム、尿素、モリブデン酸アンモニウム及び塩化銅(II)を撹拌し、メタノールで洗浄後、水を加え、更に、水酸化ナトリウム水溶液を用いて液のpHを11に調整した。次に、液を撹拌しながら塩酸水溶液を加え、そこに塩化ナトリウムを徐々に添加した。そして、析出した結晶を濾過し、20%塩化ナトリウム水溶液で洗浄し、続いてメタノールを加えて析出した結晶を濾別した。更に、70%メタノール水溶液で洗浄後、乾燥して、銅フタロシアニンテトラスルホン酸テトラナトリウム塩を青色結晶として得た。
【0191】
次に、クロロスルホン酸中に、上記で得た銅フタロシアニンテトラスルホン酸テトラナトリウム塩を徐々に添加し、更に、塩化チオニルを滴下した。反応液を冷却し、析出している結晶を濾過し、所望の銅フタロシアニンテトラスルホン酸クロライドのウェットケーキを得た。これを撹拌懸濁させ、アンモニア水、下記式(α)の化合物を加え、更に、水及び塩化ナトリウムを加えて、結晶を析出させた。析出した結晶を濾過し、塩化ナトリウム水溶液で洗浄し、再度、濾過、洗浄後、乾燥して、実施例で使用するシアン染料1の色材を得た。
【0192】
【化58】

【0193】
上記の式(α)で示される化合物は、下記のようにして合成した。氷水中にリパールOH、塩化シアヌル、アニリン−2,5−ジスルホン酸モノナトリウム塩を投入し、水酸化ナトリウム水溶液を添加した。次に反応液に、水酸化ナトリウム水溶液を添加しpH10.0に調整した。この反応液に、28%アンモニア水、エチレンジアミンを加えた。続いて、塩化ナトリウム、濃塩酸を滴下し結晶を析出させた。析出した結晶を濾過分取し、20%塩化ナトリウム水溶液で洗浄し、ウェットケーキを得た。得られたウェットケーキにメタノール、水を加え、濾過し、メタノールで洗浄、乾燥して、上記式(α)で示される化合物を得た。
【0194】
【化59】

【0195】
(l=0〜2、m=1〜3、n=1〜3、但し、l+m+n=3〜4、m≧1、置換基の置換位置は、4若しくは4’位であり、MはNaである。)
【0196】
(シアン染料2)
シアン染料2としては、前記した例示化合物II−66を用いた。
【0197】
(マゼンタ染料1)
キシレン中に下記式(γ)の化合物、炭酸ナトリウム、ベンゾイル酢酸エチルエステルを反応させ、反応物を濾過、洗浄した。これをN,N−ジメチルホルムアミド中で、メタアミノアセトアニリド、酢酸銅、炭酸ナトリウムを順次仕込み反応させ、反応物を濾過、洗浄した。更にこれを、発煙硫酸中でスルホン化し、濾過、洗浄を行い、これを水酸化ナトリウム存在下、シアヌルクロライドと縮合反応を行った。この反応液中にアンスラニル酸を添加し、水酸化ナトリウム存在下、縮合反応を行った。これを濾過、洗浄し、実施例で使用する下記式で示されるマゼンタ染料1の色材を得た。
【0198】
【化60】

【0199】
【化61】

【0200】
(イエロー染料1)
イエロー染料としては、下記式で示される前記した例示化合物3−5(カリウム塩)を用いた。
【0201】
【化62】

【0202】
<実施例1、比較例1>
マゼンタ染料1の10%水溶液を54部(染料純分として50mmol/l)と、水46部とを混合した液体を調製した。そして、シリコンウエハ上に層厚400nmのSiN層を形成したサンプル(縦×横=11mm×5mm)と上記調製したマゼンタ染料1を含有する液体30gを密閉容器に入れ、サンプルを溶液に浸漬し、温度60℃で1週間保存した。保存後、サンプルを取り出し、純水で洗浄、乾燥し、非接触型膜厚測定装置(商品名:NANOSPEC/AFT モデル210、NANOMETORICS社製)を用いてSiN層の層厚を測定した。測定の結果、保存前後で、SiN層の層厚が5%以上減少していたため、マゼンタ染料1は、保護層であるSiN層を溶解する物質であることが確認された。
【0203】
次に、下記表2に記載の各種成分を表中の所定量添加し、総量が100部になるように水で調整した。これらの成分を混合し、十分に攪拌して溶解した。その後、ポアサイズ0.2μmのミクロフィルター(富士フィルム製)にて加圧ろ過し、マゼンタインクM1及びM2を調製した。
【0204】
【表2】

【0205】
表3に、実施例1、比較例1に対応するマゼンタインクと、各インク中に含有する前記保護膜溶解を抑制する物質としてのビス(2−ヒドロキシエチル)スルホンの量を記載した。尚、以後、ビス(2−ヒドロキシエチル)スルホンを「BHES」と略す。
【0206】
【表3】

【0207】
実施例1、比較例1に対応するマゼンタインクM1及びM2を、図1に記載のインクカートリッジに1つずつ収容し、図7の記録装置を用いて吐出が可能となる駆動パルスの計測を行い、これを初期の印字及び駆動パルスPth0とした。その後、吐出口が配置されている面にシールテープでシーリングをし、ブリスターパックの物流容器に密閉されるように収容し、温度60℃の恒温槽に30日間保管した。実施例及び比較例にて使用したインクカートリッジのヘッドは、1色に付き1ドットあたり5plのノズルH2112が600dpiの間隔で192個一直線状に配置されたノズル列を具備している。更に、1ドットあたり2plのノズルH2112が600dpiの間隔で192個一直線状に配置されたノズル列を具備している。これらのノズル列が、共通液室H2111の両端に対向するように配置された、2列一体のノズル列を3色分並列に配置したヘッドを用いた。その際、各ノズル部分の保護層のインクが接している表面積に対する各ノズルのインク液室の容積は5pl、2plのいずれのノズルも、14μm/μmであった。上述のヘッドの保護層は、窒化珪素を主体とする材質で構成されているものであり、保護層の層厚が300nmのものを用いた。又、インク供給保持部材H1501の材質は、スチレン系材料とポリフェニレンエーテルのアロイであり、インク吸収体H1601、H1602、H1603の材質は、ポリプロピレンであった。ヘッドを保存(保管)後、吐出が可能となる駆動パルスの計測を行い、駆動パルスPth1とした。上記した保存前後における駆動パルスの変化率αを算出し、下記の基準で判定した。その結果を表4にまとめた。
【0208】
下記式(D)に従って駆動パルスの変化率αを求め、得られた変化率αの値によって以下の基準で判定をした。
α(%)=100×(Pth1−Pth0)/Pth0 (D)
AA:保存前後の変化率が10%未満。
A:保存前後の変化率αが10%以上20%未満。
B:保存前後の変化率αが20%以上30%未満。
C:保存前後の変化率αが30%以上。
【0209】
【表4】

【0210】
実施例1のマゼンタインクM1と比較例1のマゼンタインクM2は、共にマゼンタ染料1を同一の濃度で含有するものであるが、先の試験の結果、マゼンタ染料1は、SiN層を溶解する物質であることが確認されている。上記印字試験で使用したヘッドは、保護層にSiN層が使用されている。そして、実施例1のマゼンタインクM1と比較例1との違いは、その組成中に、前記一般式(1)で表される化合物であるBHESが含有されているか否かである。従って、表4の結果より、保護層を溶解する物質をインク中に含有している場合、前記一般式(1)で表される化合物をインク中に含有させることで、駆動パルスの変化が少なくなることが確認された。
【0211】
(実施例2〜実施例20、比較例2〜比較例7)
多価カルボン酸のナトリウム塩であるクエン酸三ナトリウムを0.013部(50mmol/l)と水99.987部とを混合した液体を調製した。そして、シリコンウエハ上に層厚400nmのSiN層を形成したサンプル(縦×横=11mm×5mm)と、上記調製したクエン酸三ナトリウムを含有する溶液30gを密閉容器に入れて、サンプルを溶液に浸漬し、温度60℃で1週間保存した。保存後、サンプルを取り出し、純水で洗浄、乾燥した後、非接触型膜厚測定装置(商品名:NANOSPEC/AFT モデル210、NANOMETORICS社製)を用いてSiN層の層厚を測定した。測定の結果、保存前後で層厚が5%以上減少していたため、クエン酸三ナトリウムは、保護層であるSiN層を溶解する物質であることが確認された。
【0212】
次に、表5−1〜表5−5に記載の各種成分を表中の所定量添加し、総量が100部になるように水を混合した後、十分に攪拌して溶解し。その後、ポアサイズ0.2μmのミクロフィルター(富士フィルム製)にて加圧ろ過し、シアンインクC1〜C25を調製した。
【0213】
【表5】

【0214】
【表6】

【0215】
【表7】

【0216】
【表8】

【0217】
【表9】

【0218】
表6−1〜表6−5に、実施例2〜実施例20、比較例2〜比較例7に対応するシアンインクと、各インク中に含有されている、前記保護膜の溶解を抑制する化合物(即ち、BHES)の量と、多価カルボン酸であるクエン酸三ナトリウムの量を記載した。尚、比較例4〜7は、インクが保護層を溶解する物質を含有していない例である。
【0219】
【表10】

【0220】
【表11】

【0221】
【表12】

【0222】
【表13】

【0223】
【表14】

【0224】
これら実施例2〜実施例20、比較例2〜比較例7のインクを図1に記載のインクカートリッジに1つずつ収容し、図7の記録装置を用いてそれぞれ吐出が可能となる駆動パルスの計測を行い、駆動パルスPth0とした。Pth0に対して1.2倍のパルス幅を持つ駆動パルスPopが各ノズルにかかる様にパルス設定をして初期のノズルチェックパターン印字を行った。その後、吐出口が配置されている面にシールテープでシーリングをし、ブリスターパックの物流容器に密閉されるように収容し、温度60℃の恒温槽に30日間保管した。実施例2〜実施例20、比較例2〜比較例7にて使用するインクカートリッジのヘッドは、1色に付き1ドットあたり5plのノズルH2112が600dpiの間隔で192個一直線状に配置されたノズル列を具備している。更に、1ドットあたり2plのノズルH2112が600dpiの間隔で192個一直線状に配置されたノズル列を具備している。これらのノズル列が、共通液室H2111の両端に対向するように配置された、2列一体のノズル列を3色分並列に配置したヘッドを用いた。その際、各ノズル部分の保護層のインクが接している表面積に対する各ノズルのインク液室の容積は5pl、2plのいずれのノズルも、14μm/μmであった。
【0225】
上記で使用したヘッドの保護層は、窒化珪素を主体とする材質で構成されているものを用い、保護層の層厚が300nmであるものを用いた。又、インク供給保持部材H1501の材質は、スチレン系材料とポリフェニレンエーテルのアロイであり、インク吸収体H1601、H1602、H1603の材質は、ポリプロピレンであった。
【0226】
保管後、同様に吐出が可能となる駆動パルスの計測を行い、駆動パルスPth1とした。その後、駆動パルスPopが各ノズルにかかるようにパルス設定をして、保存後のノズルチェックパターンを印字し、初期印字に対して印字よれがないかを調べた。更に、同駆動条件でインクタンク中のインクを使い切るまで7.5%Dutyの画像の連続印字を行い、100枚毎に全ノズルのチェックパターンを印刷して、タンク内のインクを使い切るまでの間において、印字かすれや印字よれが発生するかを調べた。
【0227】
又、同条件で保存したインクタンクを用い、固着回復性及び間欠印字性の検討を行った。固着回復性は、上記の条件で保管したインクタンクを本体装置に装着後、全ノズルのチェックパターンを印刷し、未キャップ状態で35℃恒温槽に14日間保管した。保管後、インクタンクを装着し、全ノズルのチェックパターンを印刷した。不吐ノズルがある場合は、本体装置のノズル吸引回復動作をした後、再び全ノズルのチェックパターンを印刷した。これを不吐がなくなるまで繰り返した。間欠印字性は、プリンターを温度15℃、相対湿度10%の条件下で5時間以上放置後、該環境下でインク滴を吐出させ、5秒間ノズルを使用せず、次に、そのノズルからインク滴を吐出させ記録媒体(商品名:HR−101;キヤノン社製)に印字したときの記録物の品位の程度を目視にて評価した。上述の保存後の印字よれや印字耐久性及び吐出信頼性を以下の基準で判定し、表7−1〜表7−3にその結果をまとめた。
【0228】
(保存後印字よれ)
下記の基準で判定をした。
A:初期印字に対して印字よれがほとんどなし。
B:初期印字に対して僅かな印字よれがある。
C:初期印字に対して印字よれが発生。
【0229】
(印字耐久性〔印字かすれ〕)
下記の基準で判定をした。
A:インクタンク中のインクを使い切るまで印字かすれなし。
C:インクタンク中のインクを使い切る前に印字かすれ発生。
【0230】
(印字耐久性〔印字よれ〕)
下記の基準で判定をした。
A:インクタンク中のインクを使い切るまで印字よれなし。
B:インクタンク中のインクを使い切るまでに僅かな印字よれがある。
C:インクタンク中のインクを使い切る前に印字よれが発生。
【0231】
(信頼性〔固着回復性〕)
下記の基準で判定をした。
A:インクタンク装着後、本体回復動作が3回以内で不吐がない。
C:インクタンク装着後、本体回復動作が3回以内で全吐出ノズルが回復しない。
【0232】
(信頼性〔間欠印字性〕)
下記の基準で判定をした。
A:正常な印字が行える。
B:若干の文字の乱れがある。
C:不吐出又は印字の乱れがある。
【0233】
【表15】

【0234】
【表16】

【0235】
【表17】

【0236】
表7−1〜表7−3の結果より、保護層を溶解する物質として多価カルボン酸(即ち、クエン酸三ナトリウム)をインク中に含有するとき、インク中における保護膜の溶解を抑制する化合物(即ち、BHES)と多価カルボン酸を所定量含有することで好ましい性能のインクを得られることを確認した。
【0237】
(実施例21〜実施例23)
下記表8に記載の各種成分を表中の所定量添加し、総量が100部になるように水を混合した後、十分に攪拌して溶解させた。その後、ポアサイズ0.2μmのミクロフィルター(富士フィルム製)にて加圧ろ過し、シアンインクC26〜C28、マゼンタインクM3、イエローインクY1の各インクを調製した。
【0238】
【表18】

【0239】
上記で調整したシアンインクC26〜C28、マゼンタインクM3、イエローインクY1の各インクを表9に示したように組み合わせて、インクセットを得た。表9に、実施例21〜実施例23に対応するインクセットと、これらのインクセットを構成する各インク中に含有する保護膜の溶解を抑制する化合物(即ち、BHES)の量と、多価カルボン酸であるクエン酸三ナトリウム量、及び各セット内における保護膜の溶解を抑制する化合物(即ち、BHES)の量の最大差を記載した。
【0240】
【表19】

【0241】
これらの実施例21〜実施例23のインクセットを構成する各インクを図1に記載のインクカートリッジに1つずつ収容し、図7の記録装置を用いてそれぞれ吐出が可能となる駆動パルスの計測を行い、初期の印字及び駆動パルスPth0とした。その後、Pth0に対して1.2倍のパルス幅を持つ駆動パルスPopが各ノズルにかかる様にパルス設定をして、CMYのプロセスBkによるグレースケールの印字を行い初期印字とした。その後更に、吐出口が配置されている面にシールテープでシーリングをし、ブリスターパックの物流容器に密閉されるように収容し、温度60℃の恒温槽に30日間保管した。実施例で使用するインクカートリッジのヘッドは、1色に付き1ドットあたり5plのノズルH2112が600dpiの間隔で192個一直線状に配置されたノズル列を具備している。更に、1ドットあたり2plのノズルH2112が600dpiの間隔で192個一直線状に配置されたノズル列を具備している。これらのノズル列が、共通液室H2111の両端に対向するように配置された、2列一体のノズル列を3色分並列に配置したヘッドを用いた。その際、各ノズル部分の保護層のインクが接している表面積に対する各ノズルのインク液室の容積は5pl、2plのいずれのノズルも、14μm/μmであった。
【0242】
上述のヘッドの保護層は、窒化珪素を主体とする材質で構成されているものを用い、該保護層の層厚が300nmのものを用いた。又、インク供給保持部材H1501の材質は、スチレン系材料とポリフェニレンエーテルのアロイであり、インク吸収体H1601、H1602、H1603の材質は、ポリプロピレンであった。
【0243】
保管後、初期と同じ駆動パルスPopでノズルチェックパターンを印字後、初期印字に対して印字よれがないかを調べた。更に、同駆動条件でCMYのプロセスBkによるグレースケールの印字を行って保存後の印字とし、同様に吐出が可能となる駆動パルスの計測を行い駆動パルスPth1とした。その後、駆動パルスPopでインクタンク中のインクを使い切るまで各色7.5%Dutyの画像の連続印字を行い、100枚毎に全ノズルのチェックパターンを印刷して、タンク内のインクを使い切るまでの間において印字かすれや印字よれが発生するかを調べた。
【0244】
又、同条件で保存したインクタンクを用い、固着回復性及び間欠印字性の検討を行った。固着回復性は、上記保存インクタンクを本体装置に装着後、全ノズルのチェックパターンを印刷し、未キャップ状態で35℃恒温槽に14日間保管した。保管後、インクタンクを装着し、全ノズルのチェックパターンを印刷した。不吐ノズルがある際は、本体装置のノズル吸引回復動作をした後、再び全ノズルのチェックパターンを印刷した。これを不吐がなくなるまで繰り返した。間欠印字性はプリンターを温度15℃、相対湿度10%の条件下で5時間以上放置後、該環境下でインク滴を吐出させ、5秒間ノズルを使用せず、次にそのノズルからインク滴を吐出させ記録媒体(商品名:HR−101;キヤノン社製)に印字したときの記録物の品位の程度を目視にて評価した。上述の保存後の駆動パルス変化及び保存後の印字よれ、印字耐久性及び吐出信頼性を上述の基準で判定し、発色性変化については下記の基準で判定し、表10にその結果をまとめた。
【0245】
(発色性変化)
下記の基準で判定をした。
A:保存前後におけるグレースケールの変化がほとんどない。
B:保存前後におけるグレースケールの変化が僅かにある。
C:保存前後におけるグレースケールの変化がある。
【0246】
【表20】

【0247】
表10より、インクセット中の各インクに含まれる一般式(1)で表される化合物の量の最大差が8以内であると、発色性変化がなく好ましい性能のインクセットが得られることが確認された。
【0248】
<実施例24〜実施例26、比較例8>
下記表11に記載の各種成分を表中の所定量添加し、総量が100部になるように調整して水を混合した後、十分に攪拌して溶解させた。その後、ポアサイズ0.2μmのミクロフィルタ(富士フイルム製)にて加圧ろ過し、シアンインクC29〜C30を調製した。
【0249】
【表21】

【0250】
表12に、実施例24〜実施例26、比較例8に対応するマゼンタインクの各インク中に含有されている、ジメチルスルホキシドの量、チオジグリコールの量及びBHESの量をそれぞれ記載した。尚、前述した特性試験の結果、マゼンタ染料1はSiN層を溶解する物質であることが確認されている。
【0251】
【表22】

【0252】
シリコンウエハ上に層厚400nmのSiN層を形成したサンプル(縦×横=11mm×5mm)と、実施例24〜実施例26、比較例8に対応するマゼンタインク30gを密閉容器に入れて、サンプルを溶液に浸漬し、温度60℃で1週間保存した。保存後、サンプルを取り出し、純水で洗浄、乾燥した後、非接触型膜厚測定装置(商品名:NANOSPEC/AFT モデル210、NANOMETORICS社製)を用いてSiN層の層厚を測定した。保存前後における膜厚の残存率を下記の基準で判定し、表13にその結果をまとめた。
【0253】
(膜厚残存率)
下記の基準で評価した。尚、膜厚残存率は、膜厚残存率=(保存後の膜厚/保存前の膜厚)×100とした。
AA:膜厚残存率が90%以上。
A:膜厚残存率が85%以上90%未満。
B:膜厚残存率が80%以上85%未満。
C:膜厚残存率が80%未満。
【0254】
【表23】

【0255】
表13より、一般式(1)で示される化合物は溶解抑制能力があり、R及びRがヒドロキシアルキル基である場合はより溶解抑制能力が高く、R及びRがヒドロキシエチル基である場合は特に溶解抑制能力が高いことが確認された。
【0256】
(実施例27〜28、比較例9〜10)
シアン染料2の12%水溶液を40部(染料純分として50mmol/l)と、水60部とを混合した液体を調製した。また、イエロー染料1の12%水溶液40部(染料純分として50mmol/l)と、水60部とを混合した液体を調製した。そしてそれぞれの液体を、シリコンウエハ上に層厚400nmのSiN層を形成したサンプル(縦×横=11mm×5mm)と上記調製したマゼンタ染料1を含有する液体30gを密閉容器に入れ、サンプルを溶液に浸漬し、温度60℃で1週間保存した。保存後、サンプルを取り出し、純水で洗浄、乾燥し、非接触型膜厚測定装置(商品名:NANOSPEC/AFT モデル210、NANOMETORICS社製)を用いてSiN層の層厚を測定した。測定の結果、保存前後で、SiN層の層厚が5%以上減少していたため、シアン染料2及びイエロー染料1は、保護層であるSiN層を溶解する物質であることが確認された。
【0257】
下記表14に記載の各種成分を表中の所定量添加し、総量が100部になるように水を混合した後、十分に攪拌して溶解させた。その後、ポアサイズ0.2μmのミクロフィルター(富士フィルム製)にて加圧ろ過し、シアンインクC29〜30、イエローインクY2〜3の各インクを調製した。
【0258】
【表24】

【0259】
表15に、実施例27〜28、比較例9〜10に対応するシアンインク及びイエローインクと、各インク中に含有する前記保護膜溶解を抑制する物質としてのBHESの量を記載した。
【0260】
【表25】

【0261】
実施例27〜28、比較例9〜10に対応するマゼンタインクM1及びM2を、図1に記載のインクカートリッジに1つずつ収容し、図7の記録装置を用いて吐出が可能となる駆動パルスの計測を行い、これを初期の印字及び駆動パルスPth0とした。その後、吐出口が配置されている面にシールテープでシーリングをし、ブリスターパックの物流容器に密閉されるように収容し、温度60℃の恒温槽に30日間保管した。実施例及び比較例にて使用したインクカートリッジのヘッドは、1色に付き1ドットあたり5plのノズルH2112が600dpiの間隔で192個一直線状に配置されたノズル列を具備している。更に、1ドットあたり2plのノズルH2112が600dpiの間隔で192個一直線状に配置されたノズル列を具備している。これらのノズル列が、共通液室H2111の両端に対向するように配置された、2列一体のノズル列を3色分並列に配置したヘッドを用いた。その際、各ノズル部分の保護層のインクが接している表面積に対する各ノズルのインク液室の容積は5pl、2plのいずれのノズルも、14μm/μmであった。上述のヘッドの保護層は、窒化珪素を主体とする材質で構成されているものであり、保護層の層厚が300nmのものを用いた。又、インク供給保持部材H1501の材質は、スチレン系材料とポリフェニレンエーテルのアロイであり、インク吸収体H1601、H1602、H1603の材質は、ポリプロピレンであった。ヘッドを保存(保管)後、吐出が可能となる駆動パルスの計測を行い、駆動パルスPth1とした。上記した保存前後における駆動パルスの変化率αを算出し、下記の基準で判定した。その結果を表16にまとめた。
【0262】
下記式(D)に従って駆動パルスの変化率αを求め、得られた変化率αの値によって以下の基準で判定をした。
α(%)=100×(Pth1−Pth0)/Pth0 (D)
AA:保存前後の変化率が10%未満。
A:保存前後の変化率αが10%以上20%未満。
B:保存前後の変化率αが20%以上30%未満。
C:保存前後の変化率αが30%以上。
【0263】
【表26】

【0264】
実施例27のシアンインクC29と比較例9のシアンインクC30は、共にシアン染料2を同一の濃度で含有するものであるが、先の試験の結果、シアン染料2は、SiN層を溶解する物質であることが確認されている。また、同様に実施例28のイエローインクY2と比較例10のイエローインクY3は、共にイエロー染料1を同一の濃度で含有するものであるが、先の試験の結果、イエロー染料1は、SiN層を溶解する物質であることが確認されている。上記印字試験で使用したヘッドは、保護層にSiN層が使用されている。そして、実施例27のシアンインクC29と比較例9のシアンインクC30との違い及び、実施例28のイエローインクY2と比較例10のイエローインクY3との違いは、その組成中に、前記一般式(1)で表される化合物であるBHESが含有されているか否かである。従って、表16の結果より、保護層を溶解する物質をインク中に含有している場合、前記一般式(1)で表される化合物をインク中に含有させることで、駆動パルスの変化が少なくなることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0265】
【図1】記録ヘッド(インクカートリッジ)の斜視図である。
【図2】記録ヘッド(インクカートリッジ)の分解図である。
【図3】記録素子基板の一部破断がなされた斜視図である。
【図4】サーマルインクジェットヘッドのノズル構造の概略を示す図である。
【図5】Si基板概略を示す図である。
【図6】記録ヘッド(インクカートリッジ)の一部の断面図である。
【図7】インクジェット記録装置を示す図である。
【図8】一般式(1)で示される化合物の濃度と好適に用いられる多価カルボン酸濃度を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
吐出口からインクを吐出するための熱エネルギーを発生する発熱部が設けられたサーマルインクジェットヘッドを具備し、且つ、インクを収容するインクカートリッジであって、
該発熱部が該インクと接する面に、珪素の、酸化物、窒化物及び炭化物からなる群より選ばれる少なくとも一つを含有する保護層を有し、
該インクが、該保護層を溶解する物質と下記一般式(1)で示される化合物を含有し、且つ、該下記一般式(1)で示される化合物のインク中の含有量X(質量%)が1≦X≦30を満足することを特徴とするインクカートリッジ。
一般式(1)
−A−R
(式中、Aは、−S−、−S(=O)−及び−S(=O)−からなる群より選ばれる基を示し、R及びRは、それぞれ独立に、水素原子、水酸基、アルキル基、ヒドロキシアルキル基、アルケニル基、アシル基、カルバモイル基、カルボキシル基及びスルホニル基からなる群より選ばれる基を示す。)
【請求項2】
前記R及びRが、それぞれ独立に、ヒドロキシアルキル基である請求項1に記載のインクカートリッジ。
【請求項3】
前記R及びRが、ヒドロキシエチル基である請求項2に記載のインクカートリッジ。
【請求項4】
前記保護層を溶解する物質が、下記化合物(1)、下記化合物(2)、下記一般式(2)で表される化合物、下記一般式(3)で表される化合物、多価カルボン酸及びこれらの塩からなる群より選ばれる少なくとも一つを含有する請求項1乃至3の何れか1項に記載のインクカートリッジ。
【化1】

【化2】

【化3】

(一般式(2)中、X、X、X、及びXはそれぞれ独立に、−SO−Z、−SO−Z、−SONR、スルホン酸基、−CONR、又は−COである。ここで、Zはそれぞれ独立に、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換の複素環基であり、R及びRはそれぞれ独立に、水素原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換の複素環基である。又、Y、Y、Y、Y、Y、Y、Y、及びYはそれぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、シアノ基、置換若しくは無置換のアルコキシ基、アミド基、ウレイド基、スルホンアミド基、置換若しくは無置換のカルバモイル基、置換若しくは無置換のスルファモイル基、置換若しくは無置換のアルコキシカルボニル基、カルボキシル基、又はスルホン酸基であり、a、a、a、及びaはそれぞれ、X、X、X、及びXの置換基の数を示し、それぞれ独立に1又は2の整数である。)
【化4】

(一般式(3)中、R、R、Y及びYはそれぞれ独立に、一価の基であり、X及びXはそれぞれ独立に、ハメットのσp値が0.20以上の電子吸引性基であり、Z及びZはそれぞれ独立に、水素原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアルキニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換のヘテロ環基であり、Mは、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムである。)
【請求項5】
前記保護層を溶解する物質が、多価カルボン酸及びその塩であり、且つ、該多価カルボン酸及びその塩のインク中の含有量Y(mmol/l)が、前記Xとの関係において、0.001≦Y≦0.02X+0.09を満足する請求項4に記載のインクカートリッジ。
【請求項6】
前記多価カルボン酸及びその塩がクエン酸及びその塩である請求項4又は5に記載のインクカートリッジ。
【請求項7】
前記保護層の厚さが、50nm以上500nm以下である請求項1乃至6の何れか1項に記載のインクカートリッジ。
【請求項8】
前記サーマルインクジェットヘッドがインク液室を有し、前記保護層のインクと接する部分の表面積に対するインク液室の容積の割合が50μm/μm以下である請求項1乃至7の何れか1項に記載のインクカートリッジ。
【請求項9】
吐出口からインクを吐出するための熱エネルギーを発生する発熱部が設けられ、該発熱部が該インクと接する面に、珪素の、酸化物、窒化物及び炭化物からなる群より選ばれる少なくとも一つを含有する保護層を有するサーマルインクジェットヘッド用のインクであって、
該保護層を溶解する物質と下記一般式(1)で示される化合物を含有し、且つ、該下記一般式(1)で示される化合物のインク中の含有量X(質量%)が1≦X≦30を満足することを特徴とするインク。
一般式(1)
−A−R
(式中、Aは、−S−、−S(=O)−及び−S(=O)−からなる群より選ばれる基を示し、R及びRは、それぞれ独立に、水素原子、水酸基、アルキル基、ヒドロキシアルキル基、アルケニル基、アシル基、カルバモイル基、カルボキシル基及びスルホニル基からなる群より選ばれる基を示す。)
【請求項10】
前記R及びRが、それぞれ独立に、ヒドロキシアルキル基である請求項9に記載のインク。
【請求項11】
前記R及びRが、ヒドロキシエチル基である請求項10に記載のインク。
【請求項12】
前記保護層を溶解する物質が、下記化合物(1)、下記化合物(2)、下記一般式(2)で表される化合物、下記一般式(3)で表される化合物、多価カルボン酸及びこれらの塩からなる群より選ばれる少なくとも一つを含有する請求項9乃至11の何れか1項に記載のインク。
【化5】

【化6】

【化7】

(一般式(2)中、X、X、X、及びXはそれぞれ独立に、−SO−Z、−SO−Z、−SONR、スルホン酸基、−CONR、又は−COである。ここで、Zはそれぞれ独立に、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換の複素環基であり、R及びRはそれぞれ独立に、水素原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換の複素環基である。又、Y、Y、Y、Y、Y、Y、Y、及びYはそれぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、シアノ基、置換若しくは無置換のアルコキシ基、アミド基、ウレイド基、スルホンアミド基、置換若しくは無置換のカルバモイル基、置換若しくは無置換のスルファモイル基、置換若しくは無置換のアルコキシカルボニル基、カルボキシル基、又はスルホン酸基であり、a、a、a、及びaはそれぞれ、X、X、X、及びXの置換基の数を示し、それぞれ独立に1又は2の整数である。)
【化8】

(一般式(3)中、R、R、Y及びYはそれぞれ独立に、一価の基であり、X及びXはそれぞれ独立に、ハメットのσp値が0.20以上の電子吸引性基であり、Z及びZはそれぞれ独立に、水素原子、置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換のアルケニル基、置換若しくは無置換のアルキニル基、置換若しくは無置換のアラルキル基、置換若しくは無置換のアリール基、又は置換若しくは無置換のヘテロ環基であり、Mは、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムである。)
【請求項13】
前記保護層を溶解する物質が、多価カルボン酸及びその塩であり、且つ、該多価カルボン酸及びその塩のインク中の含有量Y(mmol/l)が、前記Xとの関係において、0.001≦Y≦0.02X+0.09を満足する請求項12に記載のインク。
【請求項14】
前記多価カルボン酸及びその塩がクエン酸及びその塩である請求項12又は13に記載のインク。
【請求項15】
前記吐出口と発熱部が対向するように配置されている請求項1記載のインクカートリッジ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−173965(P2008−173965A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−322423(P2007−322423)
【出願日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】