説明

シミュレーション・システム、コンピュータ装置、シミュレーション方法、およびプログラム

【課題】発光デバイスのシミュレーション・システム、コンピュータ装置、シミュレーション方法、およびプログラムを提供すること。
【解決手段】シミュレーション・システム10は、コンピュータ装置34に複数の計算モジュールが構成され、発光デバイスのキャリア濃度を計算し、キャリアの再結合速度をエキシトン生成速度として格納するキャリア輸送計算モジュール42と、エキシトンの光放射の際に必要とされる電力である全放射電力因子を含むデータ・セットを計算し、記憶装置に格納する光学計算モジュール40と、全放射電力因子に対応するデータ・セットを読出し、エキシトンの全失活速度を含めてエキシトン濃度を計算するエキシトン拡散計算モジュール44と、エキシトン濃度から計算される放射失活速度とを使用して、発光デバイスの測定可能次元のデバイス特性を計算するデバイス特性計算モジュール46とを含んでいる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学デバイスのシミュレーションに関し、より詳細には、発光デバイス中での電気−光変換およびキャリア・ダイナミクスを含む発光デバイスのシミュレーション技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、発光デバイスとして、有機または無機発光材料を使用し、電気エネルギーを光エネルギーに変換する、いわゆるエレクトロルミネッセンス・デバイスが知られている。このうち、有機エレクトロルミネッセンス・デバイス(以下、有機ELデバイスとして参照する。)は、有機発光材料を発光材料として使用し、発光波長などを発光材料の材料設計により制御できることから注目されている。
【0003】
上述したような発光デバイスのシミュレーションは、発光材料が有機材料や発光材料をマトリックス中に分散させた場合など規則性が予測できない場合、シミュレーションが複雑化する。これまで発光デバイスの電気光学特性を理論的に解析するために、半導体デバイスのシミュレーションのために用いられる古典的なキャリア輸送モデルに基づいた計算モデルが提案されている。
【0004】
例えばStaudigelら(非特許文献1)は、キャリアの輸送と、エキシトンの拡散とを考慮して、デバイス内部のエキシトンの分布を計算している。非特許文献1に開示された方法は、外部出射光の強度の計算を、デバイス内部の屈折率が一様であると仮定する。このため、非常に単純なモデルに対しては適用可能であるということができる。しかしながら、複数の層が積層されて電気光学変換を達成する構成の発光デバイスでは、内部の多重反射により自由空間とは異なった放射特性が生じる。このため、非特許文献1に開示された方法は、内部の多重反射の効果を含めなければ、電気光学特性の正確なシミュレーションでは充分ではない。
【0005】
一方、Leeら(非特許文献2)は、多層構造における光の多重反射を考慮したシミュレーション方法を提案している。非特許文献2に開示された方法は、光学的な多重反射を考慮しているものの、マックスウェル理論に基づき光学的な構造体内部に存在する双極子の複雑な放射特性を計算するという厳密な光学モデルではないので、発光デバイスの電気光学特性の汎用的なシミュレーションに対応するには充分ではない。また、エキシトンの放射失活および無輻射失活などのエキシトンの拡散についてのダイナミクスを充分考慮しておらず、シミュレーションの精度という点でも充分とではない。
【0006】
また、光学特性について、マックスウェル方程式を用いて定式化される光学モデルを用いて、光学デバイスの光学特性の計算も行われている(非特許文献3)。非特許文献3は、光学特性についてはある程度正確に計算できるということはできる。しかしながら、非特許文献3では、発光デバイスの場合に、キャリアの生成・消滅などの輸送モデルやエキシトンの拡散モデルが含まれていないので、予め双極子の位置座標を推定して指定する必要があり、任意性を含み、なおかつ、電気モデルと光学モデルとを、統一的に組合わせたシミュレーション・システムとはいえない。
【0007】
さらに、特開2004−6755号公報(特許文献1)では、半導体デバイスのシミュレーション方法が開示されている。特許文献1では、半導体デバイス内部の空間をメッシュに分割し、電位およびキャリア輸送方程式を使用して定式化し、キャリアにより生成する電流を計算させている。特許文献1に開示された方法は、キャリア密度を使用して半導体層に流れる電流を計算する。このため特許文献1は、そもそも発光デバイスで電気−光学変換された場合、電気エネルギーの光学的エネルギーへの変換を何ら考慮していないので、発光デバイスのシミュレーションに、直接的に適用することができるものではない。
【非特許文献1】J. Staudigel et al.,“A quantitative numerical model of multilayer vapor-deposited organic light emitting diodes”, J. Appl. Phys., vol.86 p3895 (1999).
【非特許文献2】C. Lee et al., “Numerical Simulation of Electrical and Optical Characteristics of Multilayer Organic Light-emitting Devices”, J. Jpn. Appl. Phys., vol.43 p7560(2004).
【非特許文献3】K. B. Kahen, “Rigorous optical modeling of multilayer organic light-emitting diode devices”, Apply. Phys. Lett., vol.78 p1649 (2001).
【特許文献1】特開2004−6755号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記従来技術の不都合に鑑みてなされたものであり、キャリアの生成、輸送、再結合による消滅、およびキャリアの再結合に伴うエキシトンの発生、拡散、失活、発光、さらにデバイスの構造の影響を考慮した光のデバイス外部への抽出などのすべての過程を含めて、発光デバイスの電気光学特性を、シミュレーションする、シミュレーション・システム、コンピュータ装置、シミュレーション方法およびプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発光デバイスの基本原理は電気エネルギーから光学エネルギーへの変換であり、そこにはキャリアの生成、輸送、再結合と、再結合の際に形成されるエキシトン(exciton)により生成される光放射の過程が含まれる。本発明は、エキシトンにより放出される光が発光デバイスの外部に放出される効率を、エキシトンの消費電力と、放出光電力とに対応づけ、この結果、設定されるパラメータの数を最小限としつつ、精度良いシミュレーションを行うことが可能となることに着目することによりなされたものである。
【0010】
本発明では、上記着想を実現するため、コンピュータ装置に光学計算手段(光学計算モジュール)を構成させ、エキシトンが光放射により失活する過程で、デバイスの外部に取り出されるエキシトンの放出光電力を光取出し効率として、その際に必要とされる電力を全放射電力因子として、それぞれ別途計算する。いずれも、デバイスの構造を反映し、デバイスの発光効率を左右する。
【0011】
光学計算モジュールの計算結果は、複数のデータ・セットを含む中間データとして、他の処理モジュールが読取り可能に格納される。中間データは、第1データ・セット(光取出し効率)、第2データ・セット(全放射電力因子)、第3データ・セット(測光量)、および第4データ・セット(上半球への放射電力因子・スペクトルおよび層構成に対応する電力反射を含む)として構成される。中間データの全放射電力因子は、エキシトン拡散計算においてエキシトン濃度を計算するために使用される。さらに中間データの残りの部分は、発光デバイスのデバイス特性を計算するために使用される。
【0012】
陽極および陰極から供給される正孔および電子などのキャリア濃度分布は、輸送計算手段(キャリア輸送計算モジュール)の計算結果により与えられ、エキシトンは、キャリアの再結合プロセスにより生成され、キャリアの再結合速度はエキシトンの生成速度として使用される。拡散計算手段(エキシトン拡散計算モジュール)は、エキシトンの生成、拡散および失活を考慮してエキシトンの濃度を計算する。拡散方程式では、スピン量子統計を考慮して、1重項あるいは3重項エキシトンの生成を、生成割合として拡散方程式中に導入する。またエキシトンの散逸過程として、エキシトンの無輻射失活プロセスを含ませた拡散方程式を使用してエキシトンの発光デバイス内部座標rに対応してエキシトン濃度C(r)を計算する。
【0013】
エキシトン拡散計算モジュールで計算されたエキシトン濃度C(r)は、さらにエキシトンの放射失活速度U(r)を計算するために利用され、放射失活速度U(r)は、デバイス特性計算手段(デバイス特性計算モジュール)での発光特性および量子効率の計算のために使用される。
【0014】
本発明では、上述したエキシトンの光放射の際の消費電力を表す全放射電力因子と、エキシトンの無輻射失活ダイナミクスとを、導入することで、エキシトンの全失活速度を計算し、エキシトンの拡散方程式を解くことにより、エキシトン濃度およびエキシトンの光放射による失活速度を得る。この放射失活速度をもとにさらに光取出し効率を用いてデバイスの光学特性を最終的に計算することができる。
【0015】
また、本発明では、エキシトンからの出力光として放出される光放射を、CIE1931色空間を定義する変数を使用して、色空間における輝度および色相を与える色度座標値に変換し、発光デバイスの出力光を、測色可能な次元のデータとして計算する。このため、シミュレーション結果が測定可能なデバイス特性として提供され、直接的な特性予測を可能とする。
【0016】
さらに本発明は、キャリアの生成および拡散を、電極間に印加される電位から得られるポアソン方程式およびキャリア拡散方程式とを使用して計算する。この際、本発明は、発光デバイスの発光材料が有限の寿命を有していることに対応し、光放射遷移に加えて無輻射遷移、すなわち発光量子効率を低下させる要因についても統一的にエキシトン拡散方程式中に取込んで、発光材料の種類および特性への対応も行うことが可能となる。
【0017】
上述した構成により、本発明では、発光デバイスの電気光学特性を、最小の設定パラメータを使用し、発光デバイスの電気光学的特性を、現実的な測定値の尺度で提供し、ひいては量子効率のシミュレーションをも可能とする、シミュレーション・システム、コンピュータ装置、シミュレーション方法、およびプログラムを提供することができる。
【0018】
また、本発明では、光学計算モジュールに適切な出力機能を追加して、発光デバイスの光学計算ソルバーとして分離したコンピュータ装置を構成することもできる。さらに、本発明のシミュレーション・システムは、ネットワークを介してクライアント装置から、シミュレーション要求およびパラメータ・セットの指定または照会を受け、シミュレーションを実行し、その結果をクライアントに送信するネットワーク・システムとして構成することもできる。
【0019】
また、本発明のコンピュータ装置は、クライアント装置からのパラメータ・セットの照会を受領し、データベースに対してパラメータ・セットの照会を実行し、照会されたパラメータ・セットをクライアント装置に伝送し、クライアント装置上で照会結果を使用したシミュレーションを実行するデータ・サーバとして機能することもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を図面に示した特定の実施形態をもって説明するが、本発明は、図面に示した実施形態に限定されるものではない。
【0021】
セクションI:ハードウェア構成
図1は、シミュレーション・システム10の実施形態を示す。図1に示したシミュレーション・システム10は、概ねパーソナル・コンピュータまたはワークステーションなどのコンピュータ装置34として構成されている。図1に示したコンピュータ装置34は、中央処理装置(CPU)12と、CPU12が使用するデータの高速アクセスを可能とするL1およびL2などのレベルを有するキャッシュ・メモリ14と、CPU12の処理を可能とするRAM、DRAMなどの固体メモリ素子から形成されるシステム・メモリ16とを備えている。
【0022】
CUP12、キャッシュ・メモリ14、およびシステム・メモリ16は、システム・バス18を介して、シミュレーション・システム10の他のデバイスまたはドライバ、例えば、グラフィックス・ドライバ20およびネットワーク・デバイス(NIC)22へと接続されている。グラフィックス・デバイス20は、バスを介してディスプレイ装置24に接続されて、CPU12による処理結果をディスプレイ画面上に表示させている。また、ネットワーク・デバイス22は、トランスポート層レベルおよび物理層レベルでシミュレーション・システム10を、TCP/IPなどの適切な通信プロトコルを使用するネットワークへと接続している。
【0023】
システム・バス18には、さらにI/Oバス・ブリッジ26が接続されている。I/Oバス・ブリッジ26の下流側には、PCIなどのI/Oバス28を介して、IDE、ATA、ATAPI、シリアルATA、SCSI、USBなどにより、ハードディスク装置30が接続されている。また、I/Oバス28には、USBなどのバスを介して、キーボードおよびマウスなどのポインティング・デバイスなどの入出力装置32が接続されていて、オペレータによるシミュレーション条件設定の入力および指令をコンピュータ装置に指令している。
【0024】
コンピュータ装置34のCPUとしては、より具体的には、例えば、PENTIUM(Intel Corporationの商標である。)〜PENTIUM IV(登録商標)、PENTIUM(登録商標)互換CPU、POWER PC(登録商標)などCISCまたはRISCチップなどを挙げることができる。
【0025】
また、使用するオペレーティング・システム(OS)としては、MacOS(商標)、Windows(Microsoft Corporationの商標である。)、Windows(登録商標)200X Server、UNIX(The Open Groupの商標である。)、AIX(IBM Corporationの商標である。)、LINUX(Linus Torvaldsの商標である。)またはそれ以外の適切なOSを挙げることができる。さらに、コンピュータ装置34は、上述したOS上で動作する、FORTRAN、COBOL、PL/I、C、C++、Visual C++、VisualBasic、Java(Sun Microsystemsの商標である。)、Perl、Rubyなどのオブジェクト指向のプログラミング言語により記述されたアプリケーション・プログラムを格納し、実行し、コンピュータ装置34をシミュレーション・システム10として機能させている。
【0026】
図2は、シミュレーション・システム10の機能ブロック図を示す。シミュレーション・システム10の各機能手段は、コンピュータ装置34がシステム・メモリ16にプログラムをロードし、CPU12がプログラムを実行することにより実現されている。コンピュータ装置34は、キーボードやマウスなどのポインタ手段として提供される入出力手段32から、シミュレーションのための各種設定を行うことが可能とされている。また、シミュレーション・システム10は、ディスプレイ装置24のディスプレイ画面上に各種設定の入力を行うためのGUI(Graphical User Interface)を表示させている。
【0027】
コンピュータ装置34は、シミュレーションを実行するため、光学計算モジュール40と、キャリア輸送計算モジュール42と、エキシトン(exciton)拡散計算モジュール44とを提供している。光学計算モジュール40は、エキシトンが発生する放出光の特性計算を実行する。光学計算モジュール40は、IDE(International
Device Electronics)/SCSI(Small Computer System Interface)/ATAPI(AT Attachment
Packet Interface)などの適切なインタフェース52を介してハードディスク装置30に構成されたデータベースなどの記憶領域30bから光学特性データを読込んで実行する。また、コンピュータ装置34は、実行結果を、中間データとして参照されるデータ・セットとして、またデバイス特性計算結果としてハードディスク装置30の適切な記憶領域に格納する。
【0028】
キャリア輸送計算モジュール42は、陽極で発生する正孔、陰極で発生する電子、および陽極と陰極との間に印加される電圧などを使用して正孔および電子といったキャリアの濃度を計算する。キャリア輸送計算モジュール42は、データベースの記憶領域30aに格納された電気データを読込んで、発光デバイス内部の位置に対応するエキシトン生成速度の計算を実行し、ハードディスク装置30の作業領域に格納する。エキシトン拡散計算モジュール44は、光学計算モジュール40が計算した全放射電力因子、およびキャリア輸送計算モジュール42が計算したエキシトン生成速度、およびデータベースに登録されたエキシトン・データを使用して、エキシトンの濃度の空間プロファイルを計算する。
【0029】
さらに、本実施形態では、エキシトン拡散計算モジュール44は、エキシトンの双極子放射による放射失活速度Uc(r)を、拡散方程式から得られたエキシトン濃度を使用して計算し(放射失活速度計算)、その結果をデバイス特性計算モジュール46に渡している。デバイス特性計算モジュール46は、計算されたデバイス特性および光学特性を入出力インタフェース48に送り、ディスプレイ装置24、またはページ・プリンタ(図示せず)を使用して出力させている。また、上述した各モジュールは、内部バス56を介して相互接続されていて、プロセス間通信、ソフトウェア割込みなどのデータ伝送および相互通信を行っている。
【0030】
本実施形態で光学データとして参照するデータは、発光デバイスの構成データ、例えば、層構成、層の膜厚(nm)、水平双極子の割合、発光量子効率を含む。また、電子データとして参照するデータは、各層の材料に対するキャリアの移動度、最高占有分子軌道(HOMO)準位、最低非占有分子軌道(LUMO)エネルギー準位、電極の仕事関数、および印加電圧などを含む。さらに、エキシトン・データとして参照するデータは、エキシトンの拡散係数(D)、自然放射寿命(τ)などを含む。一般的には、複数の計算条件を指定するときは、これらのパラメータのうちひとつ以上に対して複数の値を設定する。その結果、三つのそれぞれのグループに対して、パラメータの値の組合わせに対応する計算条件が、固有に、または固有のセットとして複数個決定される。この三つのグループに割当てられた計算条件の数の積は、全体として実行すべき計算条件の数と等しい。
【0031】
なお、図2に示したシミュレーション・システム10は、ネットワーク・アダプタ50として提供される通信制御機能部を介してネットワーク・デバイス22を制御して、イーサネット(登録商標)または光ネットワークなどのネットワーク54に接続されていても良い。この実施形態の場合、シミュレーション・システム10は、ウェブ・サーバまたは分散コンピューティング基盤を提供するサーバとして構成することもできる。シミュレーション・システム10を構成するコンピュータ装置34は、ネットワーク54を介してインターネットなどの公衆ネットワークに接続されたクライアント・コンピュータ(図示せず)から、シミュレーションに必要なパラメータ・セットおよびシミュレーション実行指令を受取り、受信パケットから、パラメータ・セットを取得する。その後、コンピュータ装置34は、本発明にしたがいシミュレーションを実行し、光学特性やデバイス特性などの実行結果をクライアント・コンピュータにレスポンスとして送信することもできる。
【0032】
また、他の実施形態では、クライアント装置からシミュレーションに使用するパラメータ・セットの照会を受け、SQL文などを使用してパラメータを検索し、検索されたパラメータをクライアント装置に伝送し、クライアント端末上でシミュレーションを実行させることもできる。この場合、コンピュータ装置34は、データ・サーバとして機能する。この場合、データベースのアップデートごとにクライアントに対してデータベースのアップデートまたはそのために必要とされる保守作業が不要となり、効率的にシミュレーション環境を保守することが可能となる。
【0033】
ネットワーク54を介してシミュレーション要求を受け付ける場合、コンピュータ装置34は、スタンドアローン使用ではなく、ウェブ・サーバまたは分散コンピューティング・サーバ機能を提供することができる。この目的のため、コンピュータ装置34は、HTTPプロトコル/ブラウザ・ソフトウェアを使用するファイル送受信を実行するウェブ・サーバ、CGI(Common Gateway Interface)、サーブレットなどのサーバ・プログラムを使用して実装されるアプリケーション・サーバ、RMI(Remote
Method Invocation)またはCORBA(Common Object Request Broker Architecture)などの分散コンピューティング基盤を構成する分散コンピューティング・サーバとして実装することができる。
【0034】
セクション2:シミュレーション方法
図3は、本実施形態にしたがってシミュレーション・システム10が実行する処理のフローチャートを示す。図3に示した処理は、ステップS100から開始する。なお、図3に示した処理は、ステップS108〜ステップS110が光学計算モジュール40が実行する処理であり、ステップS108〜ステップS110を除いた処理が、キャリア計算モジュール42、エキシトン拡散計算モジュール44およびデバイス特性計算モジュール46が実行する処理に対応する。また、図3の実施形態では、光学計算モジュール40は、他のモジュールの計算を並列的に実行されるものとして説明する。しかしながら、他の実施形態では、光学計算モジュール40は、他のモジュールが使用する第1〜第4データ・セットを含む中間データをまず計算させる必要があるので、他の機能モジュールよりも先に実行させ、中間データを準備しておくこともできる。
【0035】
また、他の実施形態では、光学計算モジュール40の計算を他の計算モジュールの処理とは分離して実行させ、光学計算モジュール40の実行結果を、他の計算モジュールが読出し可能にハードディスク装置30などの記憶装置に格納しておくこともできる。さらに、他の実施形態では、光学計算モジュール40を、独立した光学計算ソルバーとして、光学特性のみを出力するGUIまたはユーザ・インタフェースを追加し、分離させることもできる。
【0036】
図3の処理をさらに説明すると、ステップS101では、キャリア輸送計算モジュール42が呼出され、データベースに登録された電気特性データを読込む。ステップS102では、読込んだ電気特性データを使用して発光デバイス内のキャリア注入および輸送を計算する。ステップS103では、キャリア輸送計算から生成された発光デバイス内での位置データに対応させてキャリアの再結合速度を計算し、計算された再結合速度を、エキシトン生成速度としてハードディスク装置30などの記憶装置に、他の計算モジュールが読取り可能に格納する。
【0037】
なお、他の計算モジュールが読取り可能に格納するとは、他の計算モジュールが使用するのと同一の変数名またはアドレス範囲に当該データを記述し、排他ロックを行わない方式(読出し可能に)で格納することをいう。なお、特定の実装形態では、光学計算モジュール40については、中間データにアクセスする場合、他のモジュールによるダーティ・リードを防止するため、セマフォなどを使用して排他ロックを行うこともできる。また、他の実施形態では、光学計算モジュール40を共通ライブラリとして構成し、共通ライブラリおよびそのためのデータを登録する専用のディレクトリまたは記録領域に、共有ファイルとして構成させることもできる。
【0038】
その後、ステップS104では、発光デバイス内での位置座標r(説明の便宜上、1次元の表現では、基準位置からの深さz)についてエキシトン生成速度と、エキシトン全失活速度とを含んで定式化された拡散方程式について、数値解析手法を使用して解き、エキシトンの生成および失活ダイナミクスを考慮してエキシトン濃度の計算を実行する。ステップS105では、エキシトンの放射失活速度Uc(r)を計算し、当該データを光学計算モジュール40が読取り可能にハードディスク装置30などの記憶装置に格納する。
【0039】
ステップS106では、デバイス特性計算モジュール46を呼出し、光学計算モジュール40が計算した中間データ、およびエキシトン拡散計算モジュール44が計算したデータを読込んで、デバイス特性の計算を実行させる。計算されたデバイス特性は、ステップS107で発光特性、量子効率の形式として測量可能な次元のデータに変換された後、ハードディスク装置30などの記憶装置に格納され、ステップS111で処理を終了させる。
【0040】
一方、光学計算モジュール40は、ステップS108で呼出され、光学特性データを、ハードディスク装置30の記憶領域30bから読出す。ステップS109で、光学計算モジュール40により光取出し効率(第1データ・セット)および第2データ・セット(全放射電力因子)、第3データ・セット(測光量)、および第4データ・セットなどを含む中間データを計算する。上述した全放射電力因子とは、エキシトンの消費電力であり、本実施形態では、エキシトンが双極子放射により失活する場合の双極子が消費する電力で、自由空間での放射電力と比較して、デバイス構造での多重反射に起因して増減するため、その増減の割合として定義される。
【0041】
ステップS110では、エキシトン濃度や発光デバイスのデバイス特性を計算するために各モジュールが参照できるように、中間データを構成する各データ・セットの計算値を、それぞれ、他のモジュールが読取り可能に、ハードディスク装置30などの記憶装置に格納し、処理をステップS112で終了させる。
【0042】
なお、光学計算モジュール40は、他の機能モジュールが処理を開始する以前に中間データを用意しておくように実装することもできる。また、他の実施形態では、他の機能モジュールを、光学計算モジュールの計算終了時まで待機させておき、光学計算モジュール40との間のプロセス間通信などによる通知を受領し、処理を再開させる構成として、プログラムを実装することができる。
【0043】
図4は、シミュレーション方法の他の実施形態を示す。図4に示す処理は、複数の条件を一度に指定し、各条件ごとに独立したシミュレーション結果を与える場合に好適に利用することができる。
【0044】
図4に示した処理は、ステップS200から開始し、ステップS201で光学データについての設定条件Gr1が残っているか否かを判断し、すべての光学特性について計算が終了していれば、ステップS208に処理を分岐させ、終了する。ステップS201の判断で、Gr1の条件設定がまだ残っていると判断された場合、ステップS202で光学計算モジュール40を呼出し、実行させ、処理対象とされた条件設定に対応させて、記憶装置に格納する。
【0045】
その後、さらにステップS203では、電気データについての条件を登録するGr2の条件設定が残っているか否かを判断し、残っていない場合(no)、処理をステップS201に分岐させ、Gr1条件設定が残されているか否かを判断させる。また、ステップS203でGr2条件設定がされていると判断された場合(yes)、ステップS204でキャリア輸送計算モジュール42を呼出して、キャリア輸送計算を実行させ、その結果を、(Gr1、Gr2)に対応して登録する。その後、ステップS205では、拡散計算に使用するGr3条件設定が残されているか否かを判断し、Gr3条件設定が残されていない場合(no)処理をステップS203に分岐させ、処理を繰り返す。
【0046】
また、ステップS205の判断でGr3条件設定があると判断された場合(yes)には、処理をステップS206に分岐させ、エキシトン拡散計算モジュール44を呼出して計算を実行させ、ステップS207でデバイス特性計算モジュール46を呼出して計算を実行させ、発光デバイスの特性を、Gr1×Gr2×Gr3の数に等しい、発光デバイスの特性値のセットとして、記憶装置に格納する。
【0047】
図4に示した計算処理手順は、図3に示した単一条件と同様の計算手順が繰り返される。しかしながら図4に示した実施形態では、すべての計算モジュールを、ひとつひとつの条件で実行するのではなく、自分自身のモジュールの計算結果に影響を与えないパラメータのグループに対しては計算を行わないように実装することができる。すなわち、図4に示した実施形態では、光学計算モジュール40は、Gr1からひとつの計算条件を取出し、取出した条件に対してのみ計算を行う。計算条件がなくなれば全計算を終了させる。
【0048】
また、光学計算モジュール40で特定の計算条件に対する計算が終了すると、Gr2からひとつの計算条件を取出しキャリア輸送計算モジュール42の計算を実行させ、計算条件に対応する計算を行う。光学計算モジュール40の場合と同様に、計算条件がなくなれば光学計算モジュール40に処理を戻し、再度Gr1からひとつの計算条件を取得し、取得した計算条件に対して計算を行う。キャリア輸送計算モジュールでひとつの計算条件に対する計算が終了すると、今度はエキシトン計算モジュールに移り、Gr3の条件設定からひとつの計算条件を取得し、取得した条件設定に対して計算を行い、引き続き、デバイス特性計算モジュールが実行される。計算条件がなくなればキャリアの輸送計算モジュール46に戻り再びグループ2からひとつの計算条件を読出し、計算を行う。上記処理を採用することで、設定された条件の組合わせを無駄なく計算でき、かつ他の計算モジュールを待機させておくことによるハードウェア資源の消費効率低下も最低限とすることができる。
【0049】
セクションIII:計算モジュールの個別処理
<III−1:キャリア計算モジュール>
以下、本実施形態の各計算モジュールの処理について詳細に説明する。キャリア輸送計算モジュール42は、発光デバイスの構成要素である各層の材料の電子物性値を読出して、与えられた電極間電圧に対する、電子および正孔の濃度分布を求め、それらキャリアの再結合速度U(r)を計算する。キャリアの再結合速度U(r)は、通常1/(sec・m)の単位が使用され、後述するエキシトン拡散計算モジュール44の計算に用いられる。なお、キャリア輸送計算モジュール42の出力項目は、上記のキャリアの再結合速度以外に、ポテンシャル、電界強度、電流、電子およびホールの濃度分布などを含むものとされる。
【0050】
また、ゲスト・ホストを用いるデバイスの場合、ドナー分子におけるエキシトンの生成速度は、一般に、ランジェバン再結合モデルが適用される。本実施形態では、一方のアクセプタ分子におけるエキシトンについては、ドナーエキシトンからのエネルギー移動およびアクセプタ分子自体でのキャリアの再結合を想定する。なお、キャリア輸送計算モジュール42の計算手順自体は、一般的なキャリア輸送モデルを使用するため、詳細な説明は省略する。
【0051】
図5は、キャリア輸送計算モジュール42が実行する処理の実施形態についてのフローチャートである。図5の処理は、ステップS300から開始し、ステップS301で、発光デバイスの電気特性データをデータベースから読取る。ステップS302で、キャリア(正孔および電子)の濃度を計算する。この計算の実行は、発光デバイスを単位メッシュに分割し、単位メッシュごとにキャリア濃度を計算させてゆく方法を用いることにより、基準位置からみた位置座標rでの濃度を計算することができる。
【0052】
さらに、図5に示した処理では、ステップS303で位置座標rでのキャリアの再結合速度を計算し、キャリアの再結合速度をエキシトン生成速度として設定する。その後、ステップS304で、計算されたエキシトン生成速度のデータを、エキシトン拡散計算モジュール44が読取り可能に記憶装置に格納する。この段階でのエキシトン生成速度は、単位メッシュごとに計算されたエキシトン生成速度がエントリされた配列データ、またはマトリックスとして構成され、記憶装置に登録された後、ステップS305で処理を終了する。なお、図5に示した処理中、ステップS303でキャリアの再結合速度がエキシトン生成速度を与えるとして登録することにより、後述するように、エキシトン拡散計算モジュール44がエキシトン生成速度を、位置座標rに対応するエキシトンの生成速度U(r)として利用可能とされる。
【0053】
<III−2:光学計算モジュール>
光学計算モジュール40は、デバイスを構成する各層の屈折率や関与する各エキシトンの放射強度スペクトルなどの光学データを取得し、光取出し効率、光−電気エネルギー変換特性を反映する電力因子、測光量、その他のデータ・セットを計算する。計算されるデータ・セットは、以下に示す四つのグループに分類され、それぞれのデータ・セットを計算するため、ソフトウェアを使用して計算手段が提供されている。
【0054】
(1)光取出し効率計算
光取出し効率は、1次元多層構造として簡略化して説明すると、下記式(1)で定義される。なお、3次元デバイスへの拡張は、カーテシアン座標(x、y、z)系、極座標系、またはデバイス構成に応じて円柱座標系を使用することで行うことができる。
【0055】
【数1】

【0056】
上記式(1)中、aは、発光デバイスの表面(発光面)に平行な双極子モーメントの割合であり、hathathehatは、水平双極子に対する全放射電力、上半球への放射電力、正面単位立体角あたりの放射電力であり、hatνhatνehatνは、垂直双極子に対する全放射電力、上半球への放射電力、および正面単位立体角あたりの放射電力である。なお、上記式(1)および後述する定式化において、変数を示すアルファベット上に付された「−」を、「hat」として参照し、明細書中では自由空間における双極子の放射電力で規格化した変数を参照するものとする。
【0057】
なお、詳細な定義については、R.Chance et al., ”Lifetime of an excited molecule near a metal mirror: Energytransfer in the Eu3+/silver system”, J. Chem. Phys., vol.60 p2184 (1974)、H. Benisty et al., “Method of source terms for dipole emission modification in modes of arbitrary planar structures”, J. Opt. Soc. Am. A, vol.15 p1192 (1998)、 K. Sullivan et al., “Enhancement and inhibition of electromagnetic radiation in plane-layered media, I. Plane-wave spectrum approach to modeling classical effects”, J. Opt. Soc. Am. B, vol.14 p1149 (1997)などにより行われており、またさらに詳細な定式化を行うことができる。
【0058】
また、「hat」付き変数は、いずれも自由空間にエキシトンが存在すると仮定した場合の全放射電力で正規化されており、位置座標rは、一般的には3次元の空間座標を表すが、特に多層構造デバイスでは、適当な基準位置からの深さzだけに依存する1次元座標となる。
【0059】
なお、光取出し効率の計算は、波長と位置の関数ゆえにデータ量が非常に大きく、第2データ・セット〜第4データ・セットの値を計算するために内部データとして用い、基本的には他のモジュールで利用するために出力する必要はない。
【0060】
放射双極子は、発光分子の分子配向に依存する双極子モーメントを有し、そのベクトルの方向によってその放射特性などが異なる。この値は、例えば、GAUSSIAN、MOPAC、GAMES、MNDO、MINDO、MINDO3、STO-3Gなどの分子軌道計算を用いて非経験的に計算させ、データベースに登録しておくこともできる。また、これまで報告された測定値または実測値からデータベースに登録しておくこともできる。
【0061】
また、実際の発光材料では、双極子モーメントのベクトルの向きは、発光材料に特有の分布を有する。発行材料固有の特性については、膜厚または成膜方法などに対応し、X線回折法などを使用して結晶構造から双極子モーメントのデータを取得し、その平均を予め計算しておきデータベースに登録することができる。光学計算モジュール40は、上述したように取得した平均値を使用して、その全放射電力γte(r、λ)、上半球への放射電力(または上半球への放射束)γue(r、λ)、正面方向への単位立体角あたりの放射電力(または正面方向での放射強度)γne(r、λ)を計算する。なお、下付のte、ueおよびneは、それぞれ、Total Emission、Upper EmissionおよびNormal Emissionを表す。
【0062】
図6は、本実施形態の定義による放射双極子と取出される光を計算するための変数の定義を説明した図である。放射双極子60は、正孔と電子とが再結合して形成され、平面62に平行に存在する。なお、図6に示した放射双極子60は、発光面(紙面水平の面として定義する。)に対して僅かに傾斜して存在し、本実施形態では、発光面に垂直な成分を平均して放射電力を計算させる。全放射電力γte(r、λ)は、球64で示され、また、上半球への放射電力(または上半球への放射束)γue(r、λ)は、矢線66で示されている。さらに、正面方向への単位立体角あたりの放射電力(または正面方向での放射強度)γne(r、λ)は、立体68で示される領域での放射強度を示している。
【0063】
上述した変数は、波長λおよび位置座標rの関数であり、いずれも自由空間でのエキシトンの放射電力で正規化され、単位は、γneが1/srであることを除き、いずれも無次元となる。γte(r、λ)は、デバイス外部へ取出されない放出光も含むが、これも便宜上、光取出し効率を与えるためのパラメータとして計算する。
【0064】
(2)放射電力因子計算
放射電力因子は、与えられたエキシトンが放射する電力であり、位置だけの関数として次式で定義された全放射電力因子ηte(r)および上半球への放射電力因子ηue(r)として与えられる。これらは、下記式(2)により、第1データ・セットの属する光取出し効率γueおよびγteを波長積分して得られる。これらの放射電力因子は、元の光取出し効率と同じ単位となる。なお、波長積分は、波長領域にわたる積分を行うことを意味し、これまで知られたいかなる手法を使用して行うこともできる。例えば、積分対象となる関数が、波長で差分化された配列データとして与えられる場合には、配列データの総和から求めることができる。
【0065】
【数2】

【0066】
放射電力因子のうち、全放射電力因子ηte(r)は第2データ・セットに格納され、エキシトン拡散計算モジュールでエキシトン濃度を計算するのに用いられる。一方の上半球への放射電力因子ηue(r)は、エキシトンの単位濃度について、デバイス特性計算モジュール46でデバイスの光学特性および量子効率を計算するために使用される。位置座標の関数である、第1データ・セットの光取出し効率と比較して、データ数が非常に小さい。なお、上記式(2)中、hatS(λ)は、エキシトンの放射強度スペクトルS(λ)を、下記式(3)を使用して正規化した値である。
【0067】
【数3】

【0068】
(3)測光量計算
第3データ・セットは、単位時間当たりひとつのエキシトンが放射失活した場合に発生する放射光に対する測定可能量として定義され、本発明において、測光量として参照する。なお、各変数値は、以下の物理量を与え、それぞれ下記式(4)で与えられる。
【0069】
【数4】

【0070】
なお、各値は、以下の値を規定する。
○I(r):正面方向での光度
○x(r)およびy(r):CIE1931色空間における色度座標値(色空間座標値)
○Φ(r):上半球へ放射される全光束
なお、I(r)およびΦ(r)の単位は、それぞれlm/sr・sec=cd・sec、およびlm・secである。
【0071】
また、上記式(4)中、V、V、V、Vは、CIE1931色空間におけるL、X、Y、Zに対してそれぞれ定義された分光視感度効率(色空間データ)および等色関数であり、k=683lm/Wは、最大視感効果度であり、両方のデータは、光学データとしてデータベースが管理する。波長積分は、それぞれ、位置座標および波長領域にわたる積分を行うことを意味する。なお、定式化は異なるが、他の実施形態では、CIE1976LまたはL均等色空間(uniform color space)における座標値を使用して同様の変数値を定義することもできる。各値については、例えば、高木・下田監修、新編画像解析ハンドブック2004年9月10日、社団法人東京大学出版会(ISBN4−13−061119−4)を参照することができる。
【0072】
本発明では上記式(4)を使用して放射電力を色空間での座標値を計算することで、測色可能なパラメータに変換して、シミュレーションが可能となり、発光デバイスのシミュレータとして直接的な比較を可能とする。
【0073】
なお、本実施形態での数学的実装手法について説明すると、深さ座標に関しては必要な数の単位セルに分割し、さらに波長も差分化して数値解析を行う。また、複数層の異なるエキシトンが存在する場合や、同一層にゲスト・ホストなどの複数の異なる発光エキシトンが存在する場合にも対応するため、それぞれのエキシトンごとに特性値を計算し、最後にそれらの値を総和する処理を実行する。また、正面方向以外でのデバイスの輝度および発光スペクトルの視野角方向が必要な場合は、光取出し効率γne(r、λ)の計算を、要求される角度について行う。
【0074】
(4)その他のデータ・セットの計算
第4のデータ・セットには、下記式(5)で定義される光取出し効率を含めたエキシトンの放射エネルギー・スペクトルSne(r、λ)が含まれ、Sne(r、λ)は、デバイス特性計算モジュールで正面方向の放射強度スペクトル(エネルギーの次元を有する)を計算するのに用いられる。
【0075】
【数5】

【0076】
さらに、本実施形態では、特定の用途に応じて追加されるデータとして、外光による反射損失(反射データ)がある。この影響は、フレネル係数を用いた多層膜構造モデルを使用し、与えられた入射方向の光に対して反射された光に対応する電力を計算することにより与えられる。本実施形態では、少なくとも正面方向での電力反射スペクトルを考慮し、多層構成の発光デバイスの反射計算(多層特性計算)を実行させる。
【0077】
上記各変数のうち、I(r)、x(r)、y(r)は、デバイス特性計算モジュール46で用いられ、デバイスの測光量を計算するために使用される。同様に、Φ(r)は、電力効率の計算に用いられる。これらは、デバイス内部の特定の位置に対して定義される測光量である。本実施形態では、キャリア輸送やエキシトン拡散などの計算を待たなくても、光学計算モジュール40の計算結果を、所望の色度や輝度が得られるエキシトン位置を特定することができる。なお、他の実施形態では、シミュレーション・システム10を、特定の用途に応じて、色度および輝度のみを計算してシミュレーションするソルバーとして実装することもできる。
【0078】
図7は、光学計算モジュール40が実行する処理の実施形態でのフローチャートを示す。図7に示した処理は、ステップS400から開始し、ステップS401でデータベースから取得した光学特性データを使用して光取出し効率を与える第1のデータ・セットを計算し、ハードディスク装置30の記憶領域30cに中間データとして登録する。ステップS402では、全放射電力因子を与える第2のデータ・セットの値を計算し、中間データとしてハードディスク装置の記憶領域30cに格納する。
【0079】
その後、ステップS403で第3のデータ・セットを与える測光量の計算を行い、中間データとして記憶領域30cに格納し、さらにステップS404で、その他のデータ・セットを与える変数値を計算し、記憶領域30cに中間データとして格納し、処理をステップS405で終了する。なお、図7に示した処理は、上述したように波長および発光デバイスの位置座標rについての数値解析を含むことになり、他のモジュールの処理効率を全体として低下させることも想定されるので、光学計算モジュール40の処理を、他モジュールと並列させて実行させ、光学計算モジュール40が所定のデータを作成した時点で、他のモジュールにプロセス間通信などにより通知を行い、処理を再開させることができる。また、光学計算モジュール40を単独に先行して計算させておき、計算結果を他の計算モジュールへ提供するように実装することもできる。
【0080】
また、光学計算モジュール40が一旦計算したデータについてデータベースに格納しておき、同一の値が使用できるシミュレーションについては、実際の計算を実行させるのではなく、すでに計算されたデータをデータベースから取得して適用することもできる。特にこの処理は、第1のデータ・セットである光取出し効率の計算に適用することが好ましい。
【0081】
<III−3:エキシトン拡散計算モジュール>
エキシトン拡散計算モジュールは、エキシトンの生成および失活を、拡散方程式を使用して計算する。本実施形態では、下記式(6)で拡散方程式を定式化する。
【0082】
【数6】

【0083】
上記式(6)中、C(r)は、1次元表現では、発光デバイスの深さzでのエキシトン濃度であり、Dは、エキシトンの拡散係数、τは、エキシトンの自然放射寿命、φspinは、正孔−電子再結合の場合の、励起1重項あるいは3重項状態が生成する統計確率であり、1重項の場合、0.25である。拡散係数Dおよびエキシトンの自然放射寿命τは、実験から求めるか、または適当な値を文献、分子軌道計算、またはシミュレーションなどの推定値を取得し、データベースに予め登録する。キャリア再結合速度U(r)は、キャリア輸送計算モジュール42で計算した再結合速度を読出して使用する。
【0084】
また、光学計算モジュール40で計算した全放射電力因子を用いて、無輻射遷移過程による散逸を分離し、デバイス構造に起因する消費電力の増加と合わせて、エキシトンの全失活速度因子を、下記式(7)で定義し、上記式(6)で全失活速度を表す散逸項としている。
【0085】
【数7】

【0086】
上記式(7)で規定される全失活速度因子は、実効的なエキシトン寿命因子を与えるとも考えることができる。上記式(7)中の散逸項を導入することで、その空間分布を反映させたエキシトン濃度を計算することが可能となる。なお、下付のtcは、Total Consumptionを表す。
【0087】
例えば、放射双極子の消費電力は、一般的にキャビティ効果により増加するため実効的エキシトン寿命は短くなり、発光効率も自由空間の場合に比べ幾分低下する現象を再現することができる。また、電極近傍においては、電極吸収により実効的なエキシトン寿命がさらに短くなるため、結果としてその領域だけエキシトン濃度が非常に低くなる現象も同様に再現することができる。
【0088】
また、そのような効果を除いたデバイス特性の解析をする場合には、ηte=1としてエキシトンの自然放射寿命をそのまま使用する場合もあり、計算の実行前にいずれかを選択できるようにする。なお、定数qは、発光量子効率であり、本実施形態では、キャビティ構造による光学的な影響を受けず一定であると仮定している。また、ηtcは、予め光学計算モジュール40で計算しておいてもよい。
【0089】
次に、式(6)の第二項に基づき計算されるエキシトンの全失活速度のうち、無輻射遷移過程による散逸を除き、全放射電力因子ηte(r)で割ったものを下記式(8)に従い計算する。これをエキシトンの放射失活速度U(r)と呼ぶ。
【0090】
【数8】

【0091】
C(r)およびU(r)の単位は、それぞれ1/cmおよび1/cm/secである。本実施形態では、C(r)およびU(r)をエキシトン拡散計算モジュール44が計算し、Uc(r)をエキシトン拡散計算モジュール44の出力データとして、デバイス特性計算モジュール46で発光デバイスの光学特性などを計算するのに用いられる。また、他の実施形態では、エキシトン拡散計算モジュール44は、C(r)の値を出力データとし、Uc(r)の計算をデバイス特性計算モジュール46に実行させてもよい。
【0092】
なお、1次元の多層膜構造の場合の計算の具体的な手順は、上式を深さz方向で差分化し、その連立差分化方程式を数値解析により解き、エキシトン濃度C(r)を求める。なお、エキシトンの拡散で通常存在するいくつかのエキシトンの失活過程は、説明の便宜上詳述はしないものの、散逸項に適切な形式で導入することにより、特定の用途に応じて修正することができる。
【0093】
図8は、エキシトン拡散計算モジュールが実行する処理の実施形態のフローチャートを示す。図8に示した処理は、ステップS500から開始し。データベースからエキシトンの拡散係数D、自然放射寿命τを読出す。ステップS502で上記式(6)で定式化された拡散方程式を差分化し、連立微分方程式として定式化したソルバーを使用して解き、C(r)を計算する。
【0094】
ステップS503では、特定の座標rについて得られたエキシトン濃度について、U(r)を計算し、配列データとして格納し、以下に説明するデバイス特性計算モジュールが読出し可能に登録し、ステップS504で処理を終了させる。
【0095】
<III−4:デバイス特性計算モジュール>
デバイス特性計算モジュール46は、光学計算モジュール40およびエキシトン拡散計算モジュール44が計算したエキシトンの放射失活速度U(r)を用いて、光学計算モジュール40で出力された各項目を深さzで積分し、以下のようなデバイスの発光特性および量子効率を含む発光デバイス特性を計算する。また、他の実施形態では、U(r)の計算は、エキシトン拡散計算モジュール44で行わず、デバイス特性計算モジュール46で発光特性および量子効率の計算に先立って計算させておくこともできる。
【0096】
以下、発光特性および量子効率の計算について説明する。
(1)発光特性
発光特性は、発光デバイスの発光特性のうち、下記式(9)により計算する。すなわち、発光特性は、発光デバイスの正面方向の放射光について計算を行う。
【0097】
【数9】

【0098】
上記式中、Wは、正面方向の放射強度(全光束)、Lは、正面方向での輝度である。また、x、yは、CIE1931色空間における色度座標値であり、Eは、単位面積あたりの光束である。W、L、Eは、それぞれ、W/sr/m/nm、cd/m、lm/mで与えられる。また、hは、プランク定数であり、νは、放射光の振動数、U(r)は、エキシトンの放射失活速度である。
【0099】
さらに、本実施形態では、量子効率についての計算も行う。量子効率は、内部量子効率Γint、外部量子効率Γext、電流効率ΓCE、電力効率ΓPEとして下記式(10)を使用して計算を実行する。なお、内部量子効率Γintおよび外部量子効率Γextは、無次元量であり、電流効率ΓCE、電力効率ΓPEは、それぞれ、cd/Aおよびlm/Wの測色可能な次元として与えられる。内部量子効率Γintは、発光デバイス内で、電気−光変換される量子効率に対応し、外部量子効率Γextは、電気−光変換されて発生した放射のうち、発光デバイスの外部に放出される量子効率に対応する変数値である。
【0100】
【数10】

【0101】
上記式(10)中、jおよびφは、それぞれ発光デバイスへの負荷電流密度および印加電圧である。
【0102】
デバイス特性計算モジュール46が呼出された段階では、λne(r、λ)I(r)、ηte(r)、ηue(r)、U(r)は、位置座標rでの単位ユニットごとの値が、位置座標r(1次元定式化では、深さz)についての配列データとしてハードディスク装置に格納されているので、上記式(9)および式(10)は、各配列データから該当するデータを取得し総和する数値計算により実行される。デバイス特性計算モジュール46が計算する発光特性および量子効率は、発光デバイスについて測定可能な値として、また発光デバイスの電気光学特性を直接シミュレーションにより与える。このため、発光デバイスの設計を著しく効率化することが可能となる。また、本実施形態は、シミュレーションによる結果と発光デバイスの実施の特性とを対応させることができ、より高い信頼性のシミュレーション・システムを提供することが可能となる。
【0103】
図9は、シミュレーション・システム10が管理する各データベースのデータ構成を示す。図9に示すように、シミュレーション・システム10は、GUI70を提供しており、GUI70を介してオペレータにデータベースにエントリされたデータ内容を表示する。なお、オペレータは、図9に示したGUI70を介して、特定の用途に対応するための新たなデータを入力することが可能とされていても良い。
【0104】
図9に示すように、データベースとしては、書誌的情報と発光デバイスの層構成、発光材料などの光学データを管理する光学データベースの一部(書誌的情報と光学データベース)72と、電気データを管理する電気データベース74と、エキシトン固有のエキシトン・データを管理するエキシトン・データベース76とが構成される。エントリ項目は、書誌的情報と光学データベース72には、動作モード(type)、発光材料(Name)、膜厚(Thickness)、層構成などの光学特性がエントリされている。
【0105】
また、電気データベース74には、HOMO、LUMOのエネルギー・レベル、電子移動度、正孔移動度、電子移動度および正孔移動度の電界依存性、アクセプタ密度、ドナー密度、電子トラップエネルギー準位、正孔トラップエネルギー準位、正孔トラップ密度、電子トラップ密度、状態密度、誘電率、電極材料の仕事関数、注入効率などのデータがエントリされている。さらに、エキシトン・データベース76には、発光材料、動作モード、エキシトンのエネルギー・レベル、エキシトンの放射寿命(τ0)、発光の量子効率、拡散係数(D)などの値がエントリされている。
【0106】
シミュレーション・システム10を構成するコンピュータ装置34は、各モジュールを呼出して、各モジュールが処理のために必要なデータベースから、データを読取させ、処理を実行する。なお、各データベース72〜76は、リレーショナル・データベースとして構成することも可能であり、この場合、コンピュータ装置34は、処理を実行する段階でSQL(Structured English Query Language)文などの照会文をサポートし、オペレータ(ユーザ)からの設定に対応するデータを、データベースに対して照会し、各モジュールが読取り可能なフォーマットとしてシステム・メモリ16に格納させておく処理を使用することができる。
【0107】
また、シミュレーション・システム10がネットワークを介して接続されたクライアント装置と接続している場合には、ネットワークを介してクライアント装置から照会文を受信し、当該レスポンスとして各データをクライアント装置に送信して、クライアント装置上でシミュレーションを実行させても良い。
【0108】
図10は、シミュレーション・システム10がディスプレイ装置24上に表示するGUIの他の実施形態を示す。図10に示すGUI80は、オペレータがシミュレーションに使用する条件を設定する場合に表示される。図10に示されたGUI80には、シミュレーション条件を指定するための入力フィールドが配置された、条件設定フィールド82が表示されている。オペレータは、条件設定フィールド82に直接入力することもできるし、予め設定された条件から入力項目を選択することもできる。図10では、オペレータが発光材料の種類を指定するための入力フィールドからリストボックス84を表示させ、ユーザが発光材料を選択して、入力可能としているのが示されている。なお、発光材料を選択した後、右手側の入力フィールドにマウス・カーソルを一致させて選択すると、オペレータが数値を入力することが可能とされる。
【0109】
また、図10にはさらに、設定された条件を表示する表示フィールド86が示されていて、オペレータの入力に対応して設定条件が表示される構成とされている。なお、図10に示した実施形態では、オペレータは、シミュレーションを、複数の条件を使用して実行することを希望しており、これに対応して複数のシミュレーション条件が表示されている。
【0110】
図10に示したGUIは、スタンドアローンのシミュレーション・システム10では、コンピュータ装置34がそのディスプレイ装置24に表示させることができる。また、シミュレーション・システム10がネットワークに接続され、コンピュータ装置34がウェブ・サーバや、CORBAなどの分散コンピューティングをサポートするサーバである場合には、図10に示したGUI80は、HTML、XMLなどの構造化文書を使用して作成されたフォームとして、クライアント装置上に表示されても良い。
【0111】
セクションIV:実施例
以下、本発明によるシミュレーション・システム10を使用した、発光デバイスのシミュレーションを具体的な実施例をもって説明するが、本発明は後述する実施例に限定されるものでもない。
【0112】
<IV−1:発光デバイス>
上述したシミュレーション・システム10を、コンピュータ装置上に実現するプログラムを作成し、作成した発光デバイスの実測特性と比較して、シミュレーション・システムの評価を行った。
【0113】
発光デバイスは、有機ELデバイスとして構成した。図11に作成した発光デバイス90の構成を示す。発光デバイス90は、導電性ガラス基板102上に、陽極(ITO)100、正孔注入層98、正孔輸送層96、発光層(Alq)94、および陰極(LiF)92を順次積層して構成し、ITO/1−Naphdata(40nm)/NPB(10nm)/Alq(50nm)/LiFの構成とした。正孔注入層98は、1−Naphdata(40nm)を使用し、NPBは、正孔輸送層、Alqは電子輸送層であり、かつ発光層である。図11に示した構成の有機ELデバイス90に対して外部電源104から電圧を印加し、その発光特性および量子効率などをシミュレーションおよび測定した。有機ELデバイスからの発光は、発光面106から図中上側に向かって放出される放射光を測定した。
【0114】
計算に用いた電子およびエキシトンの物性値は、非特許文献1に開示された、同様の構成を有するデバイスから引用した。光学的データおよび量子効率などについては、上述した有機ELデバイスについて得られた実測値を用いた。
【0115】
<IV−2:シミュレーション結果>
(1)光学特性
キャリア輸送計算モジュールとエキシトン拡散計算モジュールで計算されたキャリア濃度(正孔:◇、電子:+)およびエキシトン濃度(□)の陽極界面からの深さ(Displacement)についてプロットした結果を図12に示す。図12に示すように、エキシトン濃度は、光学計算モジュール40の出力である全放射電力因子ηte(r)から求めた全失活速度因子ηtc(r)を、式7に従い、実質的なエキシトン寿命因子として計算した。また、図12に示されたエキシトン濃度は、エキシトンの放射失活速度に変換され、それを用いてデバイス特性計算モジュールでの最終的な処理が行われる。図12に示すように正孔輸送層96と発光層94との間の界面で正孔−電子が再結合し、エキシトン濃度が最大となっていることが示されている。
【0116】
図13には、光学計算モジュールの中間データから、全放射電力因子ηte(r)および上半球への放射電力因子ηue(r)(Power factor)をエキシトンの存在する深さ座標(Depth)に対するプロットを示す。図13に示したプロットは、光取出し効率に放射スペクトルを数値的に畳込み積分した値をプロットし、深さだけの関数として光取出し効率を示したものである。図13に示したηte(r)から、無輻射遷移過程による損失を含む全失活速度因子ηtc(r)を計算することができる。また、図13では、陰極に近いエキシトンでは、ηte(r)が増大することが示されている。
【0117】
一方、ηue(r)は、上半球への放射を表しており、NPB界面(深さ=50nmに相当する)に近づけば近づくほど、放射電力が高くなることが示される。また、図13に示すように、図13に示すプロットだけを調べることによって、上半球への放射および全消費電力の両方から見た効率を直接把握できる。
【0118】
さらに、図14は、図13と同様に、光学計算モジュール40が計算した中間データから、単位時間当たりひとつのエキシトンが放射失活した場合に発生する、放射光について、正面方向での光度I(r)(■)および上半球へ放射される光束φ(r)(▲)、についての深さ座標(Depth)に対するプロットを示す。図14に示したプロットにおいても図13と同様に、エキシトンの深さに対応した正面方向での輝度や上半球での光束を把握することができる。
【0119】
図15には、光学計算モジュール40が計算した光取出効率のうち、正面方向への単位立体角あたりの放射電力γne(r、λ)を、波長をパラメータとして深さ(Depth)を横軸としたプロットを示す。図15に示されるように、波長が長くなればなるほど、放射電力γne(r、λ)におけるピーク位置が左側にシフトし、エキシトン生成位置の深さは浅い方が良いことが示されており、発光材料の放射光の波長ピークが長波長化した場合に正孔輸送層96と発光層94の界面の深さを調整することが好ましいということが示されている。
【0120】
(2)発光特性および量子効率
以下、デバイス特性計算モジュール46により計算される発光特性および量子効率について、光学計算モジュール40により計算される全放射電力因子が与える影響を検討した。図16は、デバイス特性計算モジュール46で計算されるデバイスの発光特性および量子効率をテーブルとして示す。デバイスのシミュレーション条件は、図11の構成を使用し、印加電圧を、4Vを設定するものとしてシミュレーションを実行した。この結果、有機ELデバイス90に供給される電流密度を、11.2mA/cmとした。
【0121】
図16に示すように、エキシトンの全放射電力因子を、エキシトン拡散計算モジュール44で考慮した場合、有機ELデバイスの輝度および外部量子効率は、考慮しない場合に比べ約10%程度低下することが示された。これは、ηtc(r)の差にほぼ対応する値となっている。ただし、内部量子効率は、全放射電力因子を考慮しない場合、拡散方程式の散逸項について説明したように、ηte=1と仮定することに伴い、全放射電力因子を考慮する場合に比べ19%ほど小さい結果が得られているのが示されている。一方、輝度およびCIE1931色空間における色度座標値(色相に対応する。)の値は、全放射電力因子の有無にかかわらず同一に保持されている。このため、特定の用途に応じて光学計算モジュールを光学特性を計算するソルバーとして提供することもできることが示される。
【0122】
図17は、図11に示した有機ELデバイスの実測した輝度効率と、シミュレーション・システム10で同一の電流密度を与えるように電圧設定した場合の外部量子効率とを、電流密度を変化させた場合についてのプロットを示す。縦軸が外部量子効率(%)であり、横軸が、電流密度(mA/cm)である。また、図17には、実験値(■)、全放射電力因子有りのシミュレーション(実線)、および全放射電力因子無しのシミュレーション(破線)としてプロットしている。
【0123】
図17に示すように、本発明のシミュレーション・システム10は、電流密度の低い場合から、電流密度の高い場合まで、約5%以内で実験による実測値を再現し、良好な特性予測を与えていることが示された。なお、全放射電力因子を考慮しないシミュレーションの場合(破線)では、シミュレーションと実験値の差が約11%程度あり、全放射電力因子を考慮するシミュレーションがより精度良く発光デバイスの測光可能な特性をシミュレーションすることが示された。
【0124】
以上説明したように、本発明によれば、キャリア輸送計算モジュールで計算される位置に依存するキャリア再結合速度をエキシトン拡散モデルでのエキシトン生成速度とし、かつ、エキシトン拡散計算モジュールでのエキシトンの全失活速度因子に対して光学計算モジュールから得られる位置に依存するエキシトンの全放射電力因子を含めることにより、多層構造による光学効果を反映したデバイスの発光特性および量子効率の計算ができる。
【0125】
また、本発明によれば、計算条件が複数ある場合は、用いるパラメータを光学計算モジュール、キャリア輸送計算モデル、およびエキシトン拡散計算モジュールに対してグループ分けすることにより、条件設定を容易にするユーザ・インタフェースを提供し、また重複のない効率のよい計算をすることが可能となる。
【0126】
さらに、本発明によれば、発光デバイスの内部座標に対応して放射電力因子および測光量を計算する光学計算モジュールを構成し、光学計算モジュールの計算結果を、ユーザが参照できるようにすることで、キャリア輸送計算モジュールやエキシトン拡散計算モジュールでの処理をしなくても、デバイス内部の任意の位置におけるエキシトンに対して、その発光特性をユーザが迅速に見積ることができる。なお、これまで説明したシミュレーション・システムは、有機分子を含むデバイスを例示的に使用して説明しているが、無機分子、結晶など、放射プロセスと無輻射プロセスとが競合する発光デバイスについても同様に適用できる。
【0127】
本発明のシミュレーション・システムは、コンピュータ実行可能なプログラムを、コンピュータ装置にロードして各機能モジュールを実現することにより提供される。このようなプログラムとしては、例えば、FORTRAN、COBOL、PL/I、C、C++、Java(登録商標)、Java(登録商標)Beans、Java(登録商標)Applet、Java(登録商標)Script、Perl、Rubyなどのレガシー・プログラミング言語や、オブジェクト指向ブログラミング言語などで記述された、コンピュータ実行可能なプログラムにより実現でき、装置可読な記録媒体に格納して頒布することができる。
【0128】
これまで本発明を図面に示した実施形態をもって説明してきたが、本発明は図面に示した実施形態に限定されるものではなく、他の実施形態、追加、変更、削除など、当業者が想到することができる範囲内で変更することができ、いずれの態様においても本発明の作用・効果を奏する限り、本発明の範囲に含まれるものである。
【図面の簡単な説明】
【0129】
【図1】シミュレーション・システムのハードウェア構成の実施形態を示した図。
【図2】シミュレーション・システムの計算モジュールの実施形態を示した機能ブロック図。
【図3】シミュレーション・システムが実行する処理の実施形態のフローチャートを示した図。
【図4】シミュレーション・システムが実行する処理の他の実施形態のフローチャートを示した図。
【図5】キャリア輸送計算モジュールが実行する処理の実施形態のフローチャートを示した図。
【図6】本実施形態の定義による放射双極子と取出される光を計算するための変数の定義を説明した図。
【図7】光学計算モジュールが実行する処理の実施形態でのフローチャートを示した図。
【図8】エキシトン拡散計算モジュールが実行する処理の実施形態のフローチャートを示した図。
【図9】シミュレーション・システムが管理する各データベースのデータ構成を示した図。
【図10】シミュレーション・システムがディスプレイ装置上に表示するGUIの実施形態を示した図。
【図11】発光デバイスの実施形態を示した図。
【図12】キャリア輸送計算モジュールとエキシトン拡散計算モジュールで計算されたキャリア濃度(正孔:◇、電子:+)およびエキシトン濃度(□)の陽極界面からの深さについてプロットした結果を示した図。
【図13】光学計算モジュールの中間データから、全放射電力因子ηte(r)(◆)および上半球への放射電力因子ηue(r)(■)の放射電力因子をエキシトンの存在する深さに対するプロットを示した図。
【図14】光学計算モジュールが計算した中間データから、単位時間当たりひとつのエキシトンが放射失活した場合に発生する、放射光について、正面方向での光度I(r)(■)および上半球へ放射される光束φ(r)(▲)、についての深さ座標に対するプロットを示した図。
【図15】光学計算モジュールが計算した光取出効率のうち、正面方向への単位立体角あたりの放射電力γne(r、λ)を、波長をパラメータとして深さを横軸としてプロットした図。
【図16】デバイス特性計算モジュールで計算されるデバイスの発光特性および量子効率をテーブルとして示した図。
【図17】図11に示した有機ELデバイスの実測とシミュレーション・システムにより得られた外部量子効率を、電流密度を変化させた場合についてのプロットを示した図。
【符号の説明】
【0130】
10…シミュレーション・システム、12…CPU、14…キャッシュ・メモリ、16…システム・メモリ、18…システム・バス、20…グラフィックス・ドライバ、22…ネットワーク・デバイス(NIC)、24…ディスプレイ装置、26…I/Oバス・ブリッジ、28…I/Oバス、30…ハードディスク装置、32…入出力装置、34…コンピュータ装置、40…光学計算モジュール、42…キャリア輸送計算モジュール、44…エキシトン拡散計算モジュール、46…デバイス特性計算モジュール、48…入出力インタフェース、50…ネットワーク・アダプタ、52…インタフェース、54…ネットワーク、56…内部バス、60…放射双極子、62…平面、64…球、66…矢線、68…立体、70…GUI、72…書誌的情報と光学データベース、74…電気データベース、76…エキシトン・データベース、80…GUI、82…条件設定フィールド、84…リストボックス、86…表示フィールド、90…有機ELデバイス、92…陰極、94…発光層、96…正孔輸送層、98…正孔注入層、100…陽極、102…ガラス基板、104…電源、106…発光面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
発光デバイスの特性をシミュレーションするシミュレーション・システムであって、前記システムは、
前記発光デバイスのキャリア濃度を計算し、キャリアの再結合速度をエキシトン生成速度として記憶装置に格納する輸送計算手段と、
エキシトンの全放射電力因子を含むデータ・セットを計算し、記憶装置に格納する光学計算手段と、
前記エキシトン生成速度および前記データ・セットのうちの前記電力因子に対応するデータ・セットを読出し、前記エキシトンの全失活速度を含めてエキシトン濃度を計算する拡散計算手段と、
前記データ・セットのうち前記全放射電力因子に対応する前記データ・セット以外の前記データ・セットと、前記エキシトン濃度から計算される放射失活速度とを使用して、前記発光デバイスの測定可能次元のデバイス特性を計算するデバイス特性計算手段と
を含む、シミュレーション・システム。
【請求項2】
前記シミュレーション・システムは、前記発光デバイスの構成を規定する光学データ、キャリアの特性を規定する電気データ、および前記エキシトンの特性を規定するエキシトン・データを管理するデータベースを含み、前記輸送計算手段、前記光学計算手段、または前記拡散計算手段は、前記各データベースから前記光学データ、前記電気データ、または前記エキシトン・データをそれぞれ読出して計算を実行する、請求項1に記載のシミュレーション・システム。
【請求項3】
前記拡散計算手段は、前記エキシトンが無輻射失活する量子効率を使用して前記エキシトン濃度を計算する手段を含む、請求項1に記載のシミュレーション・システム。
【請求項4】
前記エキシトン濃度から、前記エキシトンの放射失活速度を計算する、放射失活速度計算手段を含む、請求項1に記載のシミュレーション・システム。
【請求項5】
前記拡散計算手段または前記デバイス特性計算手段は、前記放射失活速度計算手段を含む、請求項4に記載のシミュレーション・システム。
【請求項6】
発光デバイスの光学特性を計算するコンピュータ装置であって、
前記発光デバイスの光学データを管理するデータベースと、
前記データベースから前記光学データを読出して前記発光デバイスの発光面に平行な双極子モーメントの割合を計算し、前記発光面に向けて放出される光の光取出し効率を与える第1データ・セットを計算し、記憶装置に格納する光取出し効率計算手段と、
前記光取出し効率とエキシトンの放射強度スペクトルとを波長領域にわたり総和して前記エキシトンの全放射電力因子を含む第2データ・セットを計算し、前記記憶装置に、エキシトン濃度の計算に使用できるように読出し可能に格納する放射電力因子計算手段と、
前記第1データ・セットのデータおよび色空間データを使用して色空間の色空間座標値を含む第3データ・セットを計算し、前記記憶装置に格納する測光量計算手段と、
を含むコンピュータ装置。
【請求項7】
さらに、フレネル係数を使用して多層膜構造での反射データを含む第4データ・セットを計算し、前記記憶手段に格納する多層特性計算手段を含む請求項6に記載のコンピュータ装置。
【請求項8】
さらに、前記第3データ・セットを波長領域にわたり総和して前記第3データ・セットから前記発光デバイスの位置座標での発光特性を計算する手段を含む、請求項6に記載のコンピュータ装置。
【請求項9】
コンピュータ装置が実行する発光デバイス特性のシミュレーション方法であって、前記方法は、
発光デバイスのキャリア濃度を計算し、キャリアの再結合速度をエキシトン生成速度として記憶装置に格納するステップと、
エキシトンの全放射電力因子を含むデータ・セットを計算し、記憶装置に格納するステップと、
前記エキシトン生成速度および前記データ・セットのうちの前記全放射電力因子に対応するデータ・セットを読出し、前記エキシトンの全失活速度を含めてエキシトン濃度を計算するステップと、
前記データ・セットのうち前記全放射電力因子に対応する前記データ・セット以外の前記データ・セットと、前記エキシトン濃度から計算される放射失活速度とを使用して、前記発光デバイスの測定可能次元のデバイス特性を計算するステップと
を前記コンピュータ装置に実行させる、シミュレーション方法。
【請求項10】
前記エキシトン濃度を計算するステップは、
前記記憶装置に格納された前記全放射電力因子を読出して前記エキシトンの生成速度を含む連立微分方程式を数値解析して前記エキシトン濃度を計算するステップと、
前記エキシトン濃度を前記発光デバイス内の位置座標に対応させ、前記エキシトンの放射失活速度を計算するために前記記憶装置に配列データとして格納するステップを含む、請求項9に記載のシミュレーション方法。
【請求項11】
前記エキシトン濃度を計算するステップは、前記エキシトンが無輻射失活する量子効率を使用して前記エキシトン濃度を計算するステップを含む、請求項9に記載のシミュレーション方法。
【請求項12】
コンピュータ装置に対し、発光デバイスの光学特性を計算させるシミュレーション方法であって、
前記発光デバイスの光学的データを管理するデータベースから、前記光学的データを読出して前記発光デバイスの発光面に平行な双極子モーメントの割合を計算するステップと、
前記発光面に向けて放出される放射光の割合を計算して光取出し効率を与える第1データ・セットを計算し、記憶装置に格納するステップと、
前記光取出し効率とエキシトンの放射強度スペクトルとを波長領域にわたり総和して前記エキシトンの全放射電力因子を含む第2データ・セットを計算し、前記記憶装置に、エキシトン濃度を計算するために読出し可能に格納するステップと、
前記第1データ・セットのデータを前記記憶装置から読出し、色空間を規定する色空間データを使用して色空間の色空間座標値を含む第3データ・セットを計算し、前記記憶装置に格納するステップと
を前記コンピュータ装置に実行させる、シミュレーション方法。
【請求項13】
さらに、前記第3データ・セットを波長領域にわたり総和して前記第3データ・セットから前記発光デバイスの位置座標での発光特性を計算するステップを前記コンピュータ装置に実行させる、請求項12に記載のシミュレーション方法。
【請求項14】
ネットワークを介して発光デバイスのシミュレーション要求を受領し、シミュレーション結果を前記ネットワークを介して送信する通信手段と、
前記シミュレーション要求に含まれるシミュレーションに使用するためのパラメータ・セットを抽出し、光学特性を計算するコンピュータ装置とを含むシミュレーション・システムであって、前記コンピュータ装置は、
前記発光デバイスの光学データを管理するデータベースと、
前記データベースから前記光学データを読出して前記発光デバイスの発光面に平行な双極子モーメントの割合を計算し、前記発光面に向けて放出される光の光取出し効率を与える第1データ・セットを計算し、記憶装置に格納する光取出し効率計算手段と、
前記光取出し効率とエキシトンの放射強度スペクトルとを波長領域にわたり総和して前記エキシトンの全放射電力因子を含む第2データ・セットを計算し、前記記憶装置に、エキシトン濃度の計算に使用できるように読出し可能に格納する放射電力因子計算手段と、
前記第1データ・セットのデータおよび色空間データを使用して色空間の色空間座標値を含む第3データ・セットを計算し、前記記憶装置に格納する測光量計算手段と
を含む、シミュレーション・システム。
【請求項15】
さらに、フレネル係数を使用して多層膜構造での反射データを含む第4データ・セットを計算し、前記記憶手段に格納する多層特性計算手段を含む請求項14に記載のシミュレーション・システム。
【請求項16】
さらに、前記第3データ・セットを波長領域にわたり総和して前記第3データ・セットから前記発光デバイスの位置座標での発光特性を計算する手段を含む、請求項14に記載のシミュレーション・システム。
【請求項17】
請求項9〜13のいずれか1項に記載のシミュレーション方法をコンピュータに対して実行させるコンピュータ実行可能なプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2008−139097(P2008−139097A)
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−323959(P2006−323959)
【出願日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【出願人】(390009531)インターナショナル・ビジネス・マシーンズ・コーポレーション (4,084)
【氏名又は名称原語表記】INTERNATIONAL BUSINESS MASCHINES CORPORATION
【復代理人】
【識別番号】100110607
【弁理士】
【氏名又は名称】間山 進也
【Fターム(参考)】