説明

ジャガイモの形質転換方法

【課題】形質転換効率が高い、ジャガイモの形質転換方法を提供すること。
【解決手段】約0.01〜約0.2mg/lのナフタレン酢酸、約0.1〜約5.0mg/lのゼアチン、約150mg/l以上のミオイノシトール、およびカルベニシリン(例、約50〜約1000mg/l)を含む、培地;アグロバクテリウム法により形質転換されたジャガイモ組織片を、上記培地で培養して、形質転換されたジャガイモ植物体を再生することを含む、形質転換されたジャガイモ植物体の作出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジャガイモ(Solanum tuberosum L.)の形質転換方法およびその培地に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の遺伝子組換え法には、生物的手法であるアグロバクテウム法、物理的手法であるパーティクルガン法(金粒子にDNAをまぶして細胞に打ち込むパーティクルガンを用いる方法)、エレクトロポレーション法(細胞に電気的に孔を空けてDNAを取り込ませる方法)がある。これらの中でも、最も広く用いられているのが、アグロバクテリウム法であり、ジャガイモへの目的遺伝子の導入にも用いられている。
【0003】
アグロバクテリウム法による植物の形質転換方法は、目的遺伝子を含む発現ベクターが導入されたアグロバクテリウムを組織片に感染させる第1工程、および感染した組織片を培養して植物体を再生する第2工程を含む。第2工程の培養に用いられる培地としては、植物ホルモン(例、サイトカイニン類、オーキシン類)および抗生物質(例、除菌用の抗生物質、形質転換体の選抜用の抗生物質)等の成分が、形質転換された植物体の再生および選抜に必要な成分として、基本培地に補充されている培地が用いられる。基本培地の例としては、ミオイノシトール等のビタミン類を基本組成として含む、MurashigeおよびSkoogにより開発された標準的な植物組織培養培地であるMS培地が挙げられる。アグロバクテリウム法によるジャガイモの形質転換方法では、第2工程の培養に用いられる培地の例として、特許文献1、2、および非特許文献1、2に記載される培地が報告されている。
【0004】
特許文献1は、上記第2工程において、植物ホルモンとしてナフチル酢酸(本明細書中、ナフタレン酢酸と同義)とベンジルアミノプリンとの組合せ、および抗生物質としてセフォタキシム(商品名:クラフォラン)とカナマイシンまたはハイグロマイシンとの組合せを補充した、ならびに植物ホルモンとしてゼアチンとナフチル酢酸とジベレリン酸との組合せ、および抗生物質としてセフォタキシムとカナマイシンまたはハイグロマイシンとの組合せを補充した、少なくとも2種類のMS培地を併用したことを開示している。具体的には、このような培地として、(a)1.6%グルコース、5mg/lナフチル酢酸、0.2mg/lベンジルアミノプリン、250mg/lクラフォラン、50mg/lカナマイシンまたは1mg/lハイグロマイシンBおよび0.8%バクトアガーを含むMS培地、ならびに(b)1.6%グルコース、1.4mg/lゼアチン、20mg/lナフチル酢酸、20mg/lジベレリン酸、250mg/lクラフォラン、50mg/lカナマイシンまたは3mg/lハイグロマイシンBおよび0.8%バクトアガーを含むMS培地を開示している。
【0005】
特許文献2は、上記第2工程において、植物ホルモンとしてゼアチンとインドール酢酸との組合せ、および抗生物質としてセフォタキシムとカナマイシンとの組合せを補充した、ならびに植物ホルモンを補充せず、かつ抗生物質としてセフォタキシムとカナマイシンとの組合せを補充した、MS無機塩を含む2種類の培地を併用したことを開示している。具体的には、このような培地として、(c)MS無機塩、B5ビタミン、3%スクロース、2mg/lゼアチン、0.1mg/lインドール酢酸、50mg/lカナマイシン、300mg/lセフォタキシムおよび2.5mg/lゲルライトを含む培地、ならびに(d)MS無機塩、B5ビタミン、3%スクロース、50mg/lカナマイシン、100mg/lセフォタキシムおよび2.5mg/lゲルライトを含む培地を開示している。
【0006】
非特許文献1は、上記第2工程において、植物ホルモンとしてナフチル酢酸とジベレリン酸との組合せ、ならびに抗生物質としてセフォタキシム(商品名:クラフォラン)と異なる濃度のカナマイシンとの組合せを補充した、2種類のMS培地を併用したことを開示している。具体的には、このような培地として、(e)1.6%グルコース、2mg/lのゼアチン、0.02mg/lナフチル酢酸、0.02mg/lジベレリン酸、500mg/lセフォタキシム、50mg/lカナマイシンおよび0.8%アガーが補充されたMS培地、ならびに(f)上記(e)の培地中のクラフォランの濃度を半分に低減したMS培地を開示している。
【0007】
非特許文献2は、上記第2工程において、複数の種類の培地、すなわち、植物ホルモンとしてゼアチンとインドール酢酸との組合せ、および抗生物質としてセフォタキシムのみを補充したMS培地、ならびに異なる濃度のカナマイシンを含む上記MS培地からなる2種類の培地を併用したことを開示している。具体的には、このような培地として、(g)5μMゼアチン、3μMインドール酢酸、0.7%アガロースおよび250mg/mlセフォタキシムが補充されたMS培地、(h)100mg/lカナマイシンが補充された、上記(g)のMS培地、ならびに(i)上記(g)のMS培地において、カナマイシンの濃度を50mg/lから20mg/lに徐々に低減させたMS培地を開示している。
【0008】
しかしながら、上述の(a)〜(i)の培地を用いる、アグロバクテリウム法によるジャガイモの形質転換方法は、形質転換効率が低いという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2008−173128号公報
【特許文献2】特開2005−130770号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Keil et al.,EMBO J.,Vol.8,No.5,1323−1330,1989
【非特許文献2】Narvaez-Vasquez et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.,Vol.99,No.24,15818−15821,2002
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、従来の方法に比し、形質転換効率が高い、ジャガイモの形質転換方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、かかる従来技術の問題を解決するために鋭意検討した結果、アグロバクテリウムを感染させたジャガイモから培地上で植物体を再生させる際、所定の濃度の特定の植物ホルモン、所定の濃度の特定のビタミンおよび特定の抗生物質を含む培地を用いることで、ジャガイモの形質転換効率が顕著に向上することを見出し、本発明を完成した。
【0013】
すなわち、本発明は、以下のとおりである:
〔1〕0.01〜0.2mg/lのナフタレン酢酸、0.1〜5.0mg/lのゼアチン、150mg/l以上のミオイノシトールおよびカルベニシリンを含む、培地。
〔2〕カルベニシリンの濃度が50〜1000mg/lである、上記〔1〕の培地。
〔3〕アグロバクテリウム法により形質転換されたジャガイモ組織片を、0.01〜0.2mg/lのナフタレン酢酸、0.1〜5.0mg/lのゼアチン、150mg/l以上のミオイノシトールおよびカルベニシリンを含む培地で培養して、形質転換されたジャガイモ植物体を再生する工程を含む、形質転換されたジャガイモ植物体の作出方法。
〔4〕目的遺伝子を含む発現ベクターが導入されたアグロバクテリウムをジャガイモ組織片に感染させて、前記ジャガイモ組織片を得る工程をさらに含む、上記〔3〕の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ジャガイモの形質転換効率を向上させることができる。したがって、本発明は、目的遺伝子が導入されたジャガイモ形質転換体を効率良く作出することを可能とし、ひいては、工業原料、食用または飼料用として有用な形質を有する形質転換(遺伝子組換え)ジャガイモを容易に得ることができるという利点を有する。
また、本発明によれば、形質転換されたジャガイモ植物体を培養して再生する工程を、1種類の培地のみを用いることにより、簡便に行うことができる。したがって、本発明は、形質転換方法の操作を簡略化できる、および培地調製の負担を軽減できるという利点を有する。
さらに、本発明によれば、アグロバクテリウムのジャガイモ組織片への感染および形質転換されたジャガイモ組織片の培養によるジャガイモ植物体の再生において用いられる複数の培地の成分のうち殆どの成分を共通化できる(培地組成の共通化)。したがって、本発明は、培地調製を簡略化できるという利点を有する。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、形質転換されたジャガイモ植物体の作出方法を提供する。本発明の方法は、形質転換されたジャガイモ組織片を培地で培養して、形質転換されたジャガイモ植物体を再生する工程を含む。
【0016】
本発明の方法で用いられる培地は、植物ホルモンとしてナフタレン酢酸とゼアチンとの組合せ、ビタミンとしてミオイノシトール、および抗生物質としてカルベニシリンを含み得る。本発明の方法では、これらの成分を含む培地を用いることにより、ジャガイモの形質転換効率が向上し、ジャガイモの形質転換体を効率良く得ることが可能となる。本発明はまた、本発明で用いられ得る培地を提供する。
【0017】
具体的には、本発明の培地中のナフタレン酢酸の濃度は、ジャガイモの形質転換効率を向上し得る濃度である限り特に限定されないが、例えば約0.01〜約0.2mg/lであり得る。ナフタレン酢酸を約0.01mg/l未満の濃度で使用すると、培養を行っても、組織片からの細胞の増殖が見られない。ナフタレン酢酸を約0.2mg/lを超える濃度で使用すると、カルスの肥大化のみ起こり、芽の分化は見られない。より優れた形質転換効率を達成するという観点からは、本発明の培地中のナフタレン酢酸の濃度は、好ましくは約0.02〜約0.1mg/l、さらに好ましくは、約0.02〜約0.06mg/lであり得る。
【0018】
本発明の培地中のゼアチンの濃度は、ジャガイモの形質転換効率を向上し得る濃度である限り特に限定されないが、例えば約0.1〜約5.0mg/lであり得る。ゼアチンを約0.1mg/l未満の濃度で使用すると、培養を行っても、組織片からの細胞の増殖が起こりにくい。ゼアチンを約5.0mg/lを超える濃度で使用しても、組織片からの細胞の増殖が起こりにくくなる。より優れた形質転換効率を達成するという観点からは、本発明の培地中のゼアチンの濃度は、好ましくは約0.5〜約2.0mg/lであり得る。
【0019】
本発明の培地中のミオイノシトールの濃度は、ジャガイモの形質転換効率を向上し得る濃度である限り特に限定されないが、例えば約150mg/l以上であり得る。ミオイノシトールは、MS培地中に、その基本組成として100mg/lの濃度で含まれているビタミンである。しかし、100mg/lの濃度では、ミオイノシトールは、ジャガイモを形質転換し得ないので、MS培地を基本培地として用いる場合、MS培地中の濃度を増量する必要がある。より優れた形質転換効率を達成するという観点からは、本発明の培地中のミオイノシトールの濃度は、好ましくは約200mg/l以上であり得る。培地中のミオイノシトールの濃度はまた、約500mg/l以下、より好ましくは300mg/l以下であり得る。ミオイノシトールを約500mg/lを超える濃度で使用すると、ビタミン量のバランスが崩れ、培養物に悪影響を与え得る。
【0020】
本発明の培地中のカルベニシリンの濃度は、ジャガイモの形質転換効率を向上し得る濃度である限り特に限定されないが、例えば約50〜約1000mg/lであり得る。カルベニシリンを約50mg/l未満の濃度で使用すると、アグロバクテリウムの増殖を抑えることが出来ず、アグロバクテリウムにより培養物の枯死が見られるおそれがある。カルベニシリンを約1000mg/lを超える濃度で使用すると、カルベニシリンの影響で培養物の枯死が見られるおそれがある。より優れた形質転換効率を達成するという観点からは、本発明の培地中のカルベニシリンの濃度は、好ましくは約100〜約500mg/l、より好ましくは約200〜約500mg/lであり得る。
【0021】
本発明の培地は、液状培地または固形培地であり得るが、固形培地が好ましい。本発明の培地は、固形培地である場合、固形化剤として、例えばゲランガム(例、約1〜約4g/l)またはアガロース(例、約5〜約10g/l)を含み得る。培地のpHは、例えば約5.5〜約6.1、好ましくは約5.9であり得る。
【0022】
本発明の培地はまた、基本培地または基本培地の組成を改良した培地を用いて調製され得る。基本培地の例としては、MS培地(Murashige and Skoog、Physiol.Plant、1962、15:473−497)およびWPM培地(Loyd and McCown、Prop.Int.Plant Prop.Soc.、1980、30:421−427)が挙げられる。したがって、本発明の培地は、基本培地または基本培地の組成を改良した培地を用いて調製される場合、これらの培地中の任意の成分を含み得る。例えば、MS培地は、無機塩(例、NHNO、KNO、KHPO、HBO、MnSO、ZnSO、KI、NaMoO、CuSO、CoCl、CaCl、MgSO、FeSO、Na−EDTA)、ビタミン類(例、ミオイノシト−ル、ニコチン酸、塩酸ピリドキン、塩酸チアミン)、グリシンを含み得るので、本発明の培地は、MS培地を用いて調製される場合、これらの成分を含み得る。本発明の培地はまた、これらの成分に加えて、スクロースまたはグルコース等の炭素源(例、約10〜約30g/l)を含んでいてもよい。
【0023】
本発明の培地はさらに、アグロバクテリウムの除菌等の目的のために、カルベニシリン以外の抗生物質として、モキサラクタム、セフォタキシム等のさらなる抗生物質(例、約10〜約10000mg/l)を含んでいてもよい。また、目的遺伝子が導入されている形質転換体を選抜するために、カナマイシン(例、約50mg/l)、ハイグロマイシン(例、約50mg/l)、アンピシリン(例、約100mg/l)、ストレプトマイシン(例、約200mg/l)を含んでいてもよい。
【0024】
形質転換されたジャガイモ組織片の培養条件としては、形質転換されたジャガイモ植物体を再生できる条件である限り特に限定されない。例えば、温度は、18〜30℃であり得る。例えば、光強度は、50〜300μmol/m/sであり得る。
【0025】
本発明の方法では、アグロバクテリウム法により形質転換されたジャガイモ組織片が用いられ得る。このような組織片は、ジャガイモ組織片に、目的遺伝子を含む発現ベクターが導入されたアグロバクテリウムを感染させることにより入手できる。目的遺伝子としては、産業的に優れた形質を付与し得る遺伝子、研究対象となり得る遺伝子等、種々の遺伝子を使用できる。
【0026】
本発明の方法の対象とする植物としては、ジャガイモ(Solanum tuberosum L.)であればその品種は限定されない。このようなジャガイモの品種としては、例えば、Disiree(デジレ)、ベロリナ、トヨシロ、男爵薯、メークィン、Saco(米国品種)が挙げられる。このうちDisireeは遺伝子組換えに関する実験例が多いため好ましい。
【0027】
本発明の方法で用いられる組織片としては、形質転換後に植物体を再生可能である任意の組織片を使用できる。このような組織片としては、例えば、茎、葉、根、塊茎等の植物組織から得られるものが挙げられる。組織片は、無菌条件下で育成したジャガイモの植物体からピンセットでちぎったり、刃物で切り出すことにより調製できるが、アグロバクテリウムの感染および植物体の再生を効率良く行うためには、茎から得た適当な大きさ(例えば、約5mm)の組織片を用いることが好ましい。
【0028】
本発明の方法はまた、形質転換されたジャガイモ組織片を調製する工程を含んでいてもよい。したがって、一実施形態では、本発明の方法は、目的遺伝子を含む発現ベクターが導入されたアグロバクテリウムをジャガイモ組織片に感染させる第1工程、および形質転換されたジャガイモ組織片を培養して、形質転換されたジャガイモ植物体を再生する第2工程を含み得る。
【0029】
第1工程では、目的遺伝子を含む発現ベクター(形質転換体の選別用のマーカー遺伝子を含んでいてもよい)が導入されたアグロバクテリウムを、ジャガイモ組織片に感染させることにより、形質転換されたジャガイモ組織片が調製される。アグロバクテリウムの感染は、例えば、アグロバクテリウムの培養液中にジャガイモ組織片を浸漬することにより行われ得る。アグロバクテリウムの感染は、組織片の傷口を介して起こる。したがって、第1工程では、植物体から切り出すこと等により調製した、傷口を有する組織片をアグロバクテリウムの培養液中に浸漬することで、組織片の傷口からアグロバクテリウムが感染して、目的遺伝子を含む発現ベクターが組織片の細胞中に導入され得る。アグロバクテリウムの培養液は、アグロバクテリウム懸濁液を、感染用の培地に接種することにより調製できる。感染用の培地としては、例えば、MS培地またはWPM培地等の基本培地、あるいは基本培地の組成を改良した培地に、追加の成分を補充したものが挙げられる。追加の成分の例としては、ミオイノシトール(例、培地中の濃度が約150mg/lとなるように増量)、スクロースまたはグルコース等の炭素源(例、約10〜約30g/l)が挙げられる。追加の成分の別の例としては、植物ホルモンが挙げられる。このような植物ホルモンの例としては、ゼアチン又はベンジルアデニン等のサイトカイニン類(例、約0.01〜約5.0mg/l)、ナフタレン酢酸、インドール酪酸又はインドール酢酸等のオーキシン類(例、約0.01〜約2.0mg/l)が挙げられる。培地組成の共通化による培地調製の簡略化という観点からは、感染用の培地として、本発明の培地から抗生物質を除いた培地を用いることもできる。
【0030】
なお、組織片のアグロバクテリウムへの感染は、組織片をアグロバクテリウムの懸濁液に浸漬等した後、この組織片を固体培地上に移して更に数日間、アグロバクテリウムと共存培養することにより、確実となる。共存培養用の培地としては、例えば、MS培地またはWPM培地等の基本培地、あるいは基本培地の組成を改良した培地に、追加の成分を補充したものが挙げられる。追加の成分の一例としては、ミオイノシトール(例、培地中の濃度が約150mg/lとなるように増量)、スクロースまたはグルコース等の炭素源(例、約10〜約30g/l)、アガロース(例、約5〜約10g/l)又はジェランガム(例、約1〜約4g/l)等の固形化剤が挙げられる。追加の成分の別の例としては、植物ホルモンが挙げられる。このような植物ホルモンの例としては、ゼアチン又はベンジルアデニン等のサイトカイニン類(例、約0.01〜約5.0mg/l)、ナフタレン酢酸、インドール酪酸又はインドール酢酸等のオーキシン類(例、約0.01〜約2.0mg/l)が挙げられる。また、アセトシリンゴン(例、約10〜約200mg/l)を共存培養用の培地に添加することで、アグロバクテリウムの感染力が上昇する場合もある。培地組成の共通化による培地調製の簡略化という観点からは、共存培養用の培地として、本発明の培地から抗生物質を除いた培地を用いることもできる。
【0031】
アグロバクテリウム法により形質転換されたジャガイモ組織片を、0.01〜0.2mg/lのナフタレン酢酸、0.1〜5.0mg/lのゼアチン、150mg/l以上のミオイノシトールおよびカルベニシリンを含む培地で培養して植物体を再生することにより、ジャガイモの形質転換効率が向上することが明らかとなった。その理由は、以下のように推察される。植物ホルモンとしてナフタレン酢酸およびゼアチンの組合せ、ビタミンとしてミオイノシトールを上記濃度で用いることで、ジャガイモ組織片のカルス化が活性化されやすい状態となり、形質転換効率が向上したものと考えられる。さらに、カルベニシリンを含む培地を使用することで、アグロバクテリウムの増殖を効果的に抑えることが可能となり、また、カルベニシリンは細胞増殖効果を有していることから、細胞の増殖が促進されたと考えられる。したがって、上述の効果が相乗的に作用することにより、形質転換効率が向上したと考えられる。
【実施例】
【0032】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0033】
[実施例1]
以下に示す手順で、マーカー遺伝子GUSを発現する形質転換ジャガイモを作出した。
【0034】
(1)組織片の調製
無菌的に育成したジャガイモ(品種:Disiree)の茎から、5mm程度の切片を作製し、ナフタレン酢酸を0.04mg/l、ゼアチンを1.0mg/l、ミオイノシトールを200mg/lとなるよう添加したMS固形培地(30g/lスクロース、0.7%アガロース、pH5.9)の上に置床し、形質転換する植物材料とした。
【0035】
(2)形質転換(感染)
マーカー遺伝子としてGUS遺伝子を含むアグロバクテリウム懸濁液1mlを、200mg/lミオイノシトールとなるよう添加したMS液体培地(30g/lスクロース、pH5.9)10mlに接種した培養液に、茎切片を1〜2分間浸漬させた。その後、0.04mg/lナフタレン酢酸、1.0mg/lゼアチン、200mg/lミオイノシトールとなるよう添加したMS固形培地(30g/lスクロース、0.7%アガロース、pH5.9)で2日間共存培養を行った。
【0036】
(3)植物体の再生
植物の再生用の培地として、0.04mg/lナフタレン酢酸、1.0mg/lゼアチン、200mg/lミオイノシトール、500mg/lカルベニシリンとなるよう添加したMS固形培地(30g/lスクロース、0.7%アガロース、、50mg/lカナマイシン、pH5.9)で培養を行い、植物体が得られるまで、2〜3週間ごとに新しい培地に植替え、培養を継続した。
【0037】
(4)形質転換体の確認
得られた遺伝子組換えジャガイモの葉を、GUS染色試薬の入ったチューブに加え、37℃で一晩インキュベートする。インキュベート後、GUS染色試薬と100%エタノールを入れ替え、葉の色素(クロロフィル)を脱色した。脱色後、遺伝子導入されている個体のGUS染色を目視で観察することでGUS遺伝子の導入を確認した。
【0038】
形質転換効率:形質転換体の個数/組織片の個数(40個)×100(%)
評価:◎ 形質転換効率 20%以上
○ 形質転換効率 15%以上20%未満
△ 形質転換効率 10%以上15%未満
× 形質転換効率 10%未満
【0039】
[実施例2]
植物体の再生用の培地のナフタレン酢酸の濃度を0.02mg/lとした以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0040】
[実施例3]
植物体の再生用の培地のナフタレン酢酸の濃度を0.06mg/lとした以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0041】
[実施例4]
植物体の再生用の培地のナフタレン酢酸の濃度を0.08mg/lとした以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0042】
[実施例5]
植物体の再生用の培地のナフタレン酢酸の濃度を0.1mg/lとした以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0043】
[実施例6]
植物体の再生用の培地のゼアチンの濃度を0.5mg/lとした以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0044】
[実施例7]
植物体の再生用の培地のゼアチンの濃度を2.0mg/lとした以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0045】
[実施例8]
植物体の再生用の培地のカルベニシリンの濃度を100mg/lとした以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0046】
[実施例9]
植物体の再生用の培地のカルベニシリンの濃度を200mg/lとした以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0047】
[実施例10]
植物体の再生用の培地のミオイノシトールの濃度を300mg/lとした以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0048】
[比較例1]
植物体の再生用の培地にナフタレン酢酸を添加しない以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0049】
[比較例2]
植物体の再生用の培地のナフタレン酢酸の濃度を0.3mg/lとした以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0050】
[比較例3]
植物体の再生用の培地のナフタレン酢酸の濃度を0.6mg/lとした以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0051】
[比較例4]
植物体の再生用の培地のミオイノシトールの濃度を100mg/lとした以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0052】
[比較例5]
植物体の再生用の培地のカルベニシリン500mg/lをセフォタキシム50mg/lとした以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0053】
[比較例6]
植物体の再生用の培地のカルベニシリン500mg/lをセフォタキシム100mg/lとした以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0054】
[比較例7]
植物体の再生用の培地のカルベニシリン500mg/lをセフォタキシム250mg/lとした以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0055】
[比較例8]
植物体の再生用の培地のカルベニシリン500mg/lをモキサラクタム20mg/lとした以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0056】
[比較例9]
植物体の再生用の培地のカルベニシリン500mg/lをモキサラクタム40mg/lとした以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0057】
[比較例10]
植物体の再生用の培地のカルベニシリン500mg/lをモキサラクタム100mg/lとした以外は、実施例1と同様にして形質転換体を得た。
【0058】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.01〜0.2mg/lのナフタレン酢酸、0.1〜5.0mg/lのゼアチン、150mg/l以上のミオイノシトール、およびカルベニシリンを含む、培地。
【請求項2】
カルベニシリンの濃度が50〜1000mg/lである、請求項1記載の培地。
【請求項3】
アグロバクテリウム法により形質転換されたジャガイモ組織片を、0.01〜0.2mg/lのナフタレン酢酸、0.1〜5.0mg/lのゼアチン、150mg/l以上のミオイノシトール、およびカルベニシリンを含む培地で培養して、形質転換されたジャガイモ植物体を再生する工程を含む、形質転換されたジャガイモ植物体の作出方法。
【請求項4】
目的遺伝子を含む発現ベクターが導入されたアグロバクテリウムをジャガイモ組織片に感染させて、前記ジャガイモ組織片を得る工程をさらに含む、請求項3記載の方法。

【公開番号】特開2011−19459(P2011−19459A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−168257(P2009−168257)
【出願日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【出願人】(000183484)日本製紙株式会社 (981)
【Fターム(参考)】