説明

スチールコードの製造方法およびスチールコード

【課題】生産性とタイヤゴムとの接着性を高度に両立させたスチールコードの製造方法およびスチールコードを提供する。
【解決手段】湿式伸線にて製造されたスチールコード素線を撚り合わせてスチールコードとする工程を有するスチールコードの製造方法において、得られたスチールコードに対し超臨界処理を施すものである。超臨界処理の溶媒として二酸化炭素を用いることが好ましく、また、二酸化炭素の温度は31.1〜300℃であることが好ましく、さらに、超臨界処理はスチールコードを巻きとったボビン全体に対して施すことが好ましく、さらにまた、超臨界処理の溶媒にモディファイヤを混合することが好ましい。また、超臨界処理前のスチールコード表面上の潤滑剤付着量は1〜7mg/mであることが好ましく、さらに、超臨界処理後のスチールコード表面上の潤滑剤付着量は0.1〜1mg/mであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スチールコード(以下、単に「コード」とも称する)の製造方法およびスチールコードに関し、詳しくは、生産性とタイヤゴムとの接着性を高度に両立させたスチールコードの製造方法およびスチールコードに関する。
【背景技術】
【0002】
スチールコード素線の最終伸線工程では、中間材料であるパテンティング処理後にメッキを施した硬鋼線を、湿式潤滑剤中で複数の穴ダイスを通すことにより、補強材としての強力を付与する。また、線材表面は伸線により平滑化し、そのメッキ表面はゴム補強材としてゴム中で強固な接着層を形成するのに最適な状態となる。
【0003】
金属加工処理中の金属製仕掛品を潤滑化する方法としては、潤滑剤液中への浸漬のほか、超臨界流体を用いた手法も知られている。例えば、特許文献1には、超臨界流体に潤滑剤を混合し、金属加工処理中の金属製仕掛品の細部に潤滑剤をいきわたらせる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2008−539096号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
スチールコード素線の最終伸線工程において、湿式潤滑剤中で伸線されたスチールコード素線表面には、伸線時に潤滑剤がダイスに導入後排出された物質の付着した層が存在する。スチールコード素線品質や伸線時のダイス工具寿命、電力量を改善するため潤滑性を向上させると、潤滑剤の付着量が増大する。潤滑剤の付着量が増大するとスチールコード素線の撚り工程でのコード性状安定化につながるという利点をもたらす。その一方で、潤滑剤の付着量が増大するとスチールコードのゴム中での接着性は低下する傾向にある。すなわち、スチールコード素線伸線時の潤滑性とタイヤ中でのゴムとの接着性は二律背反的関係にあり、これまで、これらを高度に両立させることができなかった。
【0006】
そこで、本発明の目的は、生産性とタイヤゴムとの接着性を高度に両立させたスチールコードの製造方法およびスチールコードを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解消するために鋭意検討した結果、下記構成とすることにより、上記課題を解消することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明のスチールコードの製造方法は、湿式伸線にて製造されたスチールコード素線を撚り合わせてスチールコードとする工程を有するスチールコードの製造方法において、
前記スチールコードに対し超臨界処理を施すことを特徴とするものである。これにより、生産性とタイヤゴムとの接着性を高度に両立させたスチールコードを製造することができる。
【0009】
本発明においては、前記超臨界処理の溶媒として二酸化炭素を用いることが好ましい。二酸化炭素は超臨界状態にする条件の容易さ、安全性の面に優れているためである。また、本発明の製造方法においては、前記二酸化炭素の温度は31.1〜300℃であることが好ましい。これにより、スチールコードの組成の変質を防ぐことができる。さらに、本発明においては、前記超臨界処理をスチールコードを巻きとったボビン全体に対して施すことが好ましい。これにより、バッチ処理にてスチールコード素線全体の表面を一括処理することができる。さらにまた、本発明においては、前記超臨界処理の溶媒にモディファイヤを混合することが好ましい。これにより、各種ワイヤ特性に合わせた表面処理が可能となる。また、前記超臨界処理前のスチールコード表面上の潤滑剤付着量は1〜7mg/mであることが好ましく、さらにまた、前記超臨界処理後のスチールコード表面上の潤滑剤付着量は0.1〜1mg/mであることが好ましい。これにより、本発明の効果を良好に得ることができる。ここで、潤滑剤付着量とは、スチールコード用潤滑剤に含まれるリンの量を意味している。
【0010】
本発明のスチールコードは、本発明の製造方法により製造されたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、生産性とタイヤゴムとの接着性を高度に両立させたスチールコードの製造方法およびスチールコードを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の好適な実施の形態について、詳細に説明する。
本発明のスチールコードの製造方法は、湿式伸線にて製造されたスチールコード素線を撚り合わせてスチールコードとする工程を有するスチールコードの製造方法において、得られたスチールコードに対し超臨界処理を施すものである。上述のように、スチールコード素線の最終伸線工程において、湿式潤滑剤中で伸線されたスチールコード素線表面には、潤滑剤が付着した層が存在する。したがって、得られたスチールコード素線を撚り合わせて得られるスチールコードにも潤滑剤層が存在することになる。
【0013】
スチールコード素線の製造段階においては、潤滑剤はダイス工具寿命や消費電力量の改善に寄与し、また、得られたスチールコード素線を撚り合わせてスチールコードを製造する際にはコード性状の安定化に寄与する。しかしながら、得られたスチールコードをゴムに埋設する際には、この潤滑剤がゴムとスチールコードとの接着を阻害する。そこで、本発明では、スチールコードに超臨界処理を施し、コード表面に存在する潤滑剤を除去している。これにより、スチールコードの生産性を維持しつつ、スチールコードとゴムとの接着性を向上させることが可能となる。
【0014】
本発明の超臨界処理に用いる溶媒としては、二酸化炭素が好ましい。超臨界処理の溶媒としては、二酸化炭素、窒素、水、エタノール等を挙げることができるが、この中でも超臨界状態にする条件の容易さ、安全性の面から二酸化炭素が優れているためである。
【0015】
また、本発明においては、二酸化炭素の温度は31.1〜300℃であることが好ましい。31.1℃未満では二酸化炭素は超臨界流体とはならず、本発明を実現することができない。一方、超臨界処理時の温度が300℃を超えると、スチールコードを構成する鋼の内部組織に変化が生じ、強度を低下させてしまうという弊害が生じる。したがって、強度を低下させずに延性を得るためには、好ましくは、温度範囲は90〜250℃である。熱処理温度を90〜250℃とすれば、ブルーイングのような酸化被膜の形成もほとんど見られない。なお、超臨界処理は、処理圧力を7.2MPa〜15MPaにておこなうことが好ましい。
【0016】
超臨界流体の性質として、液体の溶解性と気体の浸透性を併せ持つことが挙げられる。このような性質を有するため、スチールコードがボビンに固く巻きつけられた状態であっても、超臨界流体は最奥部であるボビン巻き芯部のスチールコードにも容易に行き渡ることができる。したがって、スチールコードをボビンにより巻きとった後、バッチ処理にて全スチールコード素線の表面を一括処理できるという利点を有している。なお、スチールコードの超臨界処理は、スチールコードの製造工程において、ボビンに巻きとる前に行ってもよい。
【0017】
本発明においては、スチールコードの良好な生産性を確保するためには、スチールコードの製造工程において、スチールコード表面の潤滑剤の付着量は1〜7mg/mであることが好ましい。スチールコード表面の潤滑剤の付着量が1mg/m未満であると、スチールコード素線の撚り工程で、コードの性状安定化が十分でなく、生産性を向上させるだけの十分な潤滑特性を得ることができないおそれがある。一方、7mg/mを超えると、付着物が細穴部等に詰まり、かえってスチールコードの生産性が低下してしまうおそれがある。なお、ここで潤滑剤付着量とは、スチールコード用潤滑剤に含まれるリンの量を意味している。
【0018】
さらに、本発明においては、超臨界処理後におけるスチールコード表面の潤滑剤付着量は0.1〜1mg/mであることが好ましい。スチールコード表面の潤滑剤付着量が1mg/mを超えると、スチールコードとゴムの接着性が低下してしまうおそれがある。一方、付着量を低減させるために超臨界処理の洗浄度を上げると、スチールコード表面のメッキが傷み、かえって接着性を劣化させてしまうおそれがある。したがって、超臨界処理後においても潤滑剤付着量は0.1mg/m以上であることが好ましい。
【0019】
本発明においては、超臨界処理に際し、溶媒にモディファイヤを混合することが好ましい。モディファイヤを同時に用いることで、スチールコード表面の成分を選択的に制御することが可能となる。例えば、モディファイヤとしてはメタノール、エタノール、酢酸、トリフルオロ酢酸、ギ酸、トリエチルアミン、エチレンジアミン、ベンゾイミダゾール、ベンゾトリアゾールを挙げることができる。これにより、各種ワイヤ特性に合わせた表面処理が可能となる。
【0020】
本発明においては、スチールコードに超臨界処理を施すことのみが重要であり、これにより、本発明の効果を得られるものである。したがって、スチールコード素線の素線径や材質等については、特に制限されるものではなく、また、スチールコードの具体的なコード径や撚りピッチ等についても、特に制限されるものではない。
【実施例】
【0021】
以下、本発明を実施例を用いてより詳細に説明する。
(実施例1〜18)
下記表1に示すコード構造を有するスチールコードを常法に従い作製し、ボビンに巻きとった。なお、スチールコードに用いたスチールコード素線の最終伸線工程は潤滑剤中でおこなった。得られたコードにつき表1に示す温度、圧力およびモディファイヤを変化させ、二酸化炭素を溶媒として超臨界処理をおこなった。超臨界処理時間はすべて5分とした。得られたスチールコードにつき、下記の手順に従い潤滑剤付着量、強度、延性および接着性につき評価した。
【0022】
(比較例1、2)
超臨界処理をおこなわなかったこと以外は、実施例1〜18と同じ手順で潤滑剤付着量、強度、延性および接着性につき評価した。
【0023】
(潤滑剤付着量)
スチールコード表面のリン成分の量を潤滑剤付着量として扱った。スチールコード表面のリン成分の量は、スチールコードを希塩酸で表面溶解し、得られた溶解液をICPにて定量することにより求めた。この操作を超臨界処理の前後についておこなった。結果を表2に示す。また、超臨界処理後の潤滑剤付着量を、超臨界処理前の潤滑剤付着量を100とした指数にて表2に併記した。
【0024】
(強度)
JIS G3510およびJIS Z2241に準拠した引張り試験により測定した。この引張り試験において、スチールコードが破断に至るまでの最大引張り荷重を求めて、各スチールコードの強度とした。得られた結果を、比較例1を100とする、指数にて表2に示す。数値が大きいほど強度が大きいことを示す。
【0025】
(延性)
延性は繰り返し捻り試験値(RT値)により、以下の方法で評価した。試験に際し、スチールコード試料長Lを100mmとし、荷重には1.0kgの重りを用いた。スチールコードの線径dの100倍の長さ当たり3回に相当する回転数Noは、No=3×(L/100d)により、No=10.0回である。そこで、各スチールコード試料に時計方向および反時計方向に10回転させることを繰り返し与えて、クラックが入るまでの繰り返し回数を数えた。なお、回転速度は約30回転/分とした。得られた結果を、比較例1を100とする、指数にて表2に示す。数値が大きいほどRT値が良好であることを示す。
【0026】
(接着性)
得られたスチールコードをゴムに埋設し、160℃、20分で加硫した後、得られたゴム−スチールコード複合体につき、ゴムからスチールコード剥離してゴム付着量を目視にて観察し、ゴム付レベルを0〜100%で評価した。得られた結果につき、実施例1を100とした指数とし、◎:極めて良好(100より大きい)、○:良好(90より大きく100以下)、△:やや劣る(80より大きく90以下)×:劣る(80以下)とした。なお、接着性の試験はボビンの巻き芯部のコードと巻き外部のコードの両方につきおこなった。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】

【0029】
表1および2より、本発明のスチールコードは、タイヤゴムとの良好な接着性を有しており、かつ、ボビンの巻き芯部のコードと巻き外部のコードでの接着性には差がないことがわかる。なお、スチールコードの製造工程においても、潤滑剤がスチールコード素線に十分に付着しているため、スチールコードの生産性を損なうことはなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
湿式伸線にて製造されたスチールコード素線を撚り合わせてスチールコードとする工程を有するスチールコードの製造方法において、
前記スチールコードに対し超臨界処理を施すことを特徴とするスチールコードの製造方法。
【請求項2】
前記超臨界処理の溶媒として二酸化炭素を用いた請求項1記載のスチールコードの製造方法。
【請求項3】
前記二酸化炭素の温度が31.1〜300℃である請求項2記載のスチールコードの製造方法。
【請求項4】
前記超臨界処理をスチールコードを巻きとったボビン全体に対して施す請求項1〜3のうちいずれか一項記載のスチールコードの製造方法。
【請求項5】
前記超臨界処理の溶媒にモディファイヤを混合した請求項1〜4のうちいずれか一項記載のスチールコードの製造方法。
【請求項6】
前記超臨界処理前のスチールコード表面上の潤滑剤付着量が1〜7mg/mである請求項1〜5のうちいずれか一項記載のスチールコードの製造方法。
【請求項7】
前記超臨界処理後のスチールコード表面上の潤滑剤付着量が0.1〜1mg/mである請求項1〜6のうちいずれか一項記載のスチールコードの製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のうちいずれか一項記載スチールコードの製造方法により得られたスチールコード。

【公開番号】特開2010−285711(P2010−285711A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−139630(P2009−139630)
【出願日】平成21年6月10日(2009.6.10)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】