説明

ステンレス鋼板/物体間の接着構造およびその解体方法

【課題】剥離・解体性および湿潤環境での接着耐久性を改善したステンレス鋼板/物体間の接着構造を提供する。
【解決手段】板厚1.2mm以下のステンレス鋼板の板面に形成された下記(X)の条件を満たす粗面化表面Aと、物体の表面Bと、AB間に介在するゴム系接着剤層Cからなり、ゴム系接着剤層Cは粗面化表面Aのピット内に潜り込んでステンレス鋼板に付着している解体性に優れたステンレス鋼板/物体間の接着構造。
(X);ピット未発生部分の面積率が30%以下で、ピット開口部平均径D(μm)とピット平均深さH(μm)が下記(1)式および(2)式を満たし、隣接するピット間にエッジ状境界を有する電解粗面化表面
2≦D≦10 ……(1)、0.3D≦H ……(2)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼板を、ある物体にゴム系接着剤を用いて接着することにより形成されるステンレス鋼板/物体間の接着構造であって、高いせん断接着強度を有しながら解体が容易な接着構造、およびその解体方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼板は、その優れた耐食性、清潔感、意匠性を活用し、厨房機器、家電製品、内装材、外装材など広汎な分野で使用されており、同種または異種の材料と接着剤により接合した状態で使用される場合も多い。接着剤のなかでもゴム系のものは接着剤硬化層(以下単に「接着剤層」という)がゴム弾性を示し、ステンレス鋼どうしの接合のみならず、ステンレス鋼とガラス、ステンレス鋼とプラスチックといった異種材料の接合において、その優れた柔軟性が活かされる。例えば、一方がガラスのように脆い材料である場合や、両者の熱膨張特性に差がある場合には、脆い方の材料の破損や熱膨張に伴う歪みの軽減に大変有利である。特にシリコーンゴム系接着剤は耐熱性や電気絶縁性に優れるとともに広い温度範囲で柔軟性を呈する接着剤層が得られることから、近年では種々の用途において広く使用されている。
【0003】
このように、ゴム系接着剤による接合にはメリットが多い。ただし、一旦接合してしまうと、接合部をはく離・解体することは一般に困難である。その要因の1つとして、接着剤層がゴム弾性を示すことが挙げられる。すなわち、接着剤層を挟む両側の材料の一端部に両者を引き離す方向の外力を加えると、接着剤層が弾性変形して両側の材料の変位に追従し、加えた外力を接着剤層の広い面積で受け止めてしまうため、被接着材料どうしを引きはがすためには非常に大きな外力が必要となる。このため接合部を解体することは容易でない。
【0004】
近年、接着剤による接合部の「解体性」がリサイクルの観点などから問題にされることが多くなっている。ステンレス鋼板を接着剤で接合した部材に関しては、廃棄する際に高価なステンレス鋼を取り外し、他の材料と分別してリサイクルすることが資源の有効利用の観点から望まれる。また、材料加工の分野では非磁性体を接着剤で材料表面に仮止めすることがあり、そのような用途に非磁性のオーステナイト系ステンレス鋼板を適用する場合でも、優れた解体性が要求される。
【0005】
このような「解体性」の問題に対して、これまでに種々の提案がなされている。代表的な接着解体技術としては、接着剤中に熱膨張性マイクロカプセルを混入させる方法、熱分解性高分子を接着剤に使用する方法、フィルム状ホットメルト接着剤のテープにアルミニウム箔を挟み込んだものを使用し解体時に電磁誘導加熱により接着剤を軟化・溶融してはく離させるオールオーバー工法などが知られている(非特許文献2、特許文献2、3)。また、ゴム系材料と金属をはく離させる方法として、加圧、加温条件下でピロリドン溶媒を溶剤として使用する方法も提案されている(特許文献4)。
【0006】
「解体性」の問題の他にも、接着剤を用いたステンレス鋼板の接合では、湿潤環境での使用によって接着力が低下してくるという「接着耐久性」の問題がある。この接着力低下の現象はステンレス鋼板表面の不動態皮膜に起因するとされている。すなわち、ステンレス鋼板表面はクロム−鉄系酸化物、水酸化物を主成分とする不動態皮膜で覆われており、脱脂、清浄後に接着しても高湿雰囲気に曝されるとステンレス鋼表面と接着剤層の界面に水分子が浸入して接着剤とステンレス鋼表面との化学的結合が切れやすく、そのために短時間で接着力が低下すると考えられている。この現象は高温環境においてより顕著に現れる。
【0007】
湿潤環境下における「接着耐久性」を改善する方法としては、エポキシ樹脂、有機リン酸化合物、ポリアクリル酸等の有機系プライマーをステンレス鋼板表面に予め塗布しておく方法が知られている(非特許文献1)。シリコーンゴム系接着剤(シーリング材)専用のプライマーについても各メーカーから市販されている。また、本発明者らは有機成分や有害なクロメート化合物を含まない、ジルコニウム系の無機系プライマーを使用して化成処理皮膜を形成することで、湿潤環境のみならず、耐熱環境下においても接着耐久性を改善する方法を提案した(特許文献1)。
【0008】
一方、ステンレス鋼板の表面を粗面化する技術として、塗膜などに対して優れたアンカー効果を発揮する電解粗面化表面の形成方法が知られている(特許文献5〜7)。これは塩化第二鉄水溶液中での交番電解によってステンレス鋼板表面にピットを高密度に形成させるものである。
【0009】
【特許文献1】特開2007−46097号公報
【特許文献2】特開2004−123943号公報
【特許文献3】特開2006−111716号公報
【特許文献4】特開2002−309033号公報
【特許文献5】特許第3664537号公報
【特許文献6】特許第3664538号公報
【特許文献7】特許第3818723号公報
【非特許文献1】柳原榮一、「2.1 金属接着とプライマー」、接着の技術、日本接着学会、Vol.24、No.3、(2004)、通巻76号、p.6−13
【非特許文献2】佐藤千明、「1.6 解体性接着技術,最近のトレンド」、接着の技術、日本接着学会、Vol.25、No.3、(2005)、通巻80号、p.25−29
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
接着部に「解体性」を付与するために、熱膨張性マイクロカプセルを接着剤に混入させる方法や熱分解性高分子接着剤を採用する前記の手法では、解体時に接着部を150〜200℃に加熱する必要がある。このため、解体処理には熱処理設備が必要であり手間も掛かるので、低コストで簡便に解体することは困難である。また厨房機器では加熱調理などで発生する熱によって使用中にはく離が生じることが想定されるので、これらの手法は採用し難い。
【0011】
オールオーバー工法では、アルミニウム箔を使用することから、水廻りなどの耐食性が要求される用途への適用は困難である。また接着剤として熱溶融エポキシ系接着剤などの熱可塑性接着剤が使用されるため、シリコーンゴム系接着剤のような強度と弾力性、シーリング性が要求される用途には適用できない。
ピロリドン溶媒中に加圧・加温する方法は簡便ではなく、解体現場での実作業として広く普及させるには難がある。
【0012】
また、ステンレス鋼板の接着において「接着耐久性」を付与するためには、ステンレス鋼板に予めプライマーを塗布しておく前記の予備処理が有効である。しかし、このような予備処理単独で「解体性」を改善することはできない。
【0013】
接着剤を用いて物体どうしを接着する接合方法において、加熱を伴わずに容易に接合部を解体する技術は現時点で確立されていない。
本発明はこのような現状に鑑み、特にステンレス鋼板と物体との接着剤による接合において、接合部に高いせん断接着強度を付与することができるにもかかわらず、機械的外力を加えることによって簡便に接合部を解体させることが可能な接合技術を提供すること、併せてステンレス鋼の接着で問題になる湿潤環境での接着耐久性についても同時に改善を図ることを目的とする。また、その解体方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的は、板厚1.2mm以下のステンレス鋼板の板面に形成された下記(X)あるいは下記(Y)の条件を満たす粗面化表面Aと、物体の表面Bと、AB間に介在するゴム系接着剤層Cからなり、前記ゴム系接着剤層Cが粗面化表面Aのピット内に潜り込んでステンレス鋼板に付着している解体性に優れたステンレス鋼板/物体間の接着構造。
【0015】
(X);ピット未発生部分の面積率が30%以下であるようにピットが高密度に形成され、ピット開口部平均径D(μm)とピット平均深さH(μm)が下記(1)式および(2)式を満たし、隣接するピット間にエッジ状境界を有する電解粗面化表面
2≦D≦10 ……(1)
0.3D≦H ……(2)
上記(2)式の代わりに下記(2.1)式を採用することがより好ましい。
0.5D<H ……(2.1)
【0016】
(Y);ピット未発生部分の面積率が30%以下で、表面Aの粗さ曲線においてJIS B0601(2001)に規定される輪郭曲線要素の平均長さRSm(μm)と算術平均粗さRa(μm)が下記(3)式および(4)式の関係を満たし、隣接するピットの間にエッジ状の境界を有する電解粗面化表面
2≦RSm≦10 ……(3)
0.1RSm≦Ra ……(4)
上記(4)式の代わりに下記(4.1)式を採用することがより好ましい。
0.2RSm≦Ra ……(4.1)
【0017】
「板厚」は粗面化表面をもつステンレス鋼板の板厚を平型のマイクロメータで測定したときに求まる平均板厚である。表面Bをもつ「物体」は、同種または異種のステンレス鋼板であっても構わないし、ゴム系接着剤によるステンレス鋼板との接合が可能な表面を有するプラスチックス、ガラス、金属、木材その他の各種有機または無機物質からなる板状またはバルク状のものが適用対象となる。表面Aの「ピット」は電解粗面化処理によってステンレス鋼板表面に形成される孔食状の凹部である。「ピット未発生部分」は元の鋼板表面が残存している部分である。「ピット未発生部分の面積率」は後述の図1に例示されるような粗面化表面の観察像において、観察視野の投影面積に占めるピット未発生部分(元の鋼板表面が残存している部分)の投影面積の割合である。ピット未発生部分の面積率が0%(図1の例のように全面にピットが形成されている状態)であるものがより好適な対象となる。「エッジ状境界」は電解エッチングによって孔食状のピットが形成される過程で隣り合うピットの壁面どうしが接触することによって生じた鋭い尾根状の部分である。
【0018】
ピット開口部平均径D(μm)は、粗面化表面Aをもつステンレス鋼板の、板厚方向を含む平面で切断した断面(以下単に「断面」というときは特に断らない限りこの断面をいう)に現れる各ピットの開口径Dk(k=1,2,・・・,n)の値を平均したものである。ピット平均深さH(μm)は同断面に現れる各ピットの深さHk(k=1,2,・・・,n)の値を平均したものである。具体的には図1に示すような粗面化表面の観察像において、無作為に直線を引き、その直線を含む板厚方向に平行な平面で切断される断面を想定する。その際、断面内に現れるピットのトータル数nが50個以上となるようにする。1つの断面内にピットのトータル数nを50個以上確保できないときは、複数の断面を想定して、トータル50個以上のピットを測定対象とする。図14に、粗面化表面Aをもつステンレス鋼板の断面形状を模式的に示す。ステンレス鋼板10の表面Aには、ピット12とエッジ状境界13があり、場合によってはピット未発生部分14が存在する。断面に現れる、あるピット12の開口径Dkは、そのピット12の両端に位置するエッジ状境界13またはピット未発生部分/ピット境界15の間の投影距離(厚さ方向に見たときの距離)として定義される。また、断面に現れる、あるピット12の深さHkは、そのピットの両端に位置するエッジ状境界13またはピット未発生部分/ピット境界15のうち、高さが低くない方のものを基準とした深さとして定義される。これらの測定は、深さ方向の測定が可能なレーザー顕微鏡等の観察手法によって実施できる。n個のDkの測定値(n≧50)を平均することによりピット開口部平均径Dが算出され、n個のHkの測定値(n≧50)を平均することによりピット平均深さHが算出される。
【0019】
また、前記(Y)のように粗さ曲線によって粗面化表面Aを規定する場合、その粗さ曲線はレーザー顕微鏡によって測定することができる。測定された粗さ曲線からJIS B0601(2001)に規定される輪郭曲線要素の平均長さRSm(μm)と算術平均粗さRa(μm)を求め、(3)式および(4)式に適用する。
【0020】
「ゴム系接着剤」は硬化後に弾性体の性質を呈する接着剤であり、具体的には有機系接着剤のうち合成系のエラストマー(弾性体)系に分類されるもの(例えばシリコーンゴム系、変性シリコーンゴム系、クロロプレンゴム系、ニトリルゴム系、スチレンブタジエンゴム系、ポリサルファイド系、ブチルゴム系、アクリルゴム系、ウレタンゴム系など)、および天然系の天然ゴム系に分類されるものである。
【0021】
また本発明では、上記の接着構造を簡便に解体させる手法として、
当該接着構造において、表面AとBが接着剤層Cを介してつながっている領域を「接着領域」、接着領域の端部を「接着端部」、弾性変形していない接着剤層Cの平均厚さ(すなわち初期AB間平均距離)を「δ」、接着剤層Cの厚さ方向を「δ方向」と呼ぶとき、
表面Aをもつステンレス鋼板の接着端部にδ方向の応力成分を有する外力を付与して当該ステンレス鋼板を接着端部近傍でたわみ変形させ、AB間距離がδより大きくなった接着端部で、接着剤層Cを表面Aのピット内に残留する部分と物体の表面Bに付着している部分とに破断分離させ、
その後、接着剤層Cが破断分離した領域の当該ステンレス鋼板にδ方向の応力成分を有する外力を付与し続けて、たわみ変形によりAB間距離がδより大きくなる領域を拡げていきながら、接着剤層Cを表面Aのピット内に残留する部分と物体の表面Bに付着している部分とに次々と破断分離させる、ステンレス鋼板/物体間の接着構造の解体方法が提供される。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、以下のようなメリットがある。
(1)ステンレス鋼板表面の特異な粗面化形態によって、弾性を有するゴム系接着剤層とステンレス鋼板表面との間の「はく離接着強度」が大幅に低減される。このため、物体表面にゴム系接着剤を用いて接合したステンレス鋼板のはく離・解体が極めて容易である。
(2)「はく離接着強度」が小さいにもかかわらず、接着剤層とステンレス鋼板との間の初期「せん断接着強度」は、粗面化処理を施していない一般的なステンレス鋼板の場合と遜色がない程度に高い。したがって、「せん断接着強度」を利用する一般的な用途において、従来と同等の優れた接着力が享受できる。
(3)その「せん断接着強度」は湿潤環境に曝しても極めて劣化しにくい。すなわち、従来、ステンレス鋼板の欠点であるとされる「接着耐久性」に劣るという問題が回避される。したがって、初期のみならず、長期間使用後も高い接着力の維持が期待できる。
以上のことから、本発明は各種水廻りの厨房機器、厨房家電機器、ステンレス外装建材などにおいて、接着強度の信頼性とリサイクル性を兼ね備えた環境にやさしい製品の提供に寄与するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
《ステンレス鋼板の粗面化表面》
本発明で対象とするステンレス鋼板は、アンカー効果の高いピットが高密度で形成された特異な粗面化表面を有するものである。図1に、その粗面化表面のSEM写真を例示する。この写真は板面に垂直な方向から粗面化表面を観察したものである。この粗面化表面のピット開口部平均径Dは2.5μm、ピット平均深さHは1.7μmであり、粗さ曲線から求まる輪郭曲線要素の平均長さRSmは2.9μm、算術平均粗さRaは0.5μmである。また、ピット未発生部分の面積率は0%以下である。図1に見られるように、隣り合うピットの間には鋭い刃物のようなエッジ状の境界がある。
【0024】
このような特異な粗面化表面は、例えば特許文献5〜7に示されるような塩化第二鉄水溶液中での交番電解によって形成することができる。電解条件によってピット未発生部分の面積率や、ピット形状をコントロールすることが可能であることが知られており(特許文献5〜7)、その公知の技術事項に従えば、ピット未発生部分の面積率を30%未満とし、かつ上記(1)式および(2)式、あるいは上記(3)式および(4)式を満たす粗面化表面を得ることができる。
【0025】
図1に例示した粗面化表面は、以下の条件で作製したものである。
・電解粗面化に供する原板; SUS304、2D仕上げ材
・電解液; Fe3+を50g/L含む塩化第二鉄水溶液、50℃
・交番電解電位; アノード電解電位0.4VSCE、カソード電解電位−0.6VSCE
・交番電解サイクル; 2.5Hz
・電解処理時間; 60sec
【0026】
なお、(2)式を満たすものでも、特に0.4D≦H、さらには0.5D<HというようにDに対してHができるだけ大きい粗面化表面を得るには、一般的には他の条件が同じなら、Fe3+濃度を高めにすること、電解液温度を低めにすることなどの条件設定が有効である。(4)式を満たすものにおいて、特に0.15RSm≦Ra、さらには0.2RSm≦RaというようにRSmに対してRaができるだけ大きい粗面化表面を得る場合においても上記と同様である。
【0027】
粗さ曲線において、輪郭曲線要素の平均長さRSmは、ステンレス鋼板の断面におけるエッジ状境界間の平均距離を反映したパラメータであると捉えることができる。また、平均算術粗さRaは、当該断面におけるエッジからピット底部までの平均距離を反映したパラメータであると捉えることができる。より概念的には、輪郭曲線要素の平均長さRSmは「ピットの平均開口径」の程度を表し、平均算術粗さRaは「ピットの平均深さ」の程度を表すものであると言うことができる。したがって、本発明で対象とする粗面化表面Aは前記(1)式および(2)式を満たすものとして特定することができ、また粗さ曲線から求まるパラメータによれば(3)式および(4)式を満たすものとして特定することができる。
【0028】
《接着構造》
図2は本発明の接着構造を模式的に例示した断面図である。ステンレス鋼板10と物体20がゴム系接着剤層Cを介して接合されている。ゴム系接着剤層Cはゴム系接着剤が硬化した層である。ステンレス鋼板10の接着剤層C側の表面は上述の電解による粗面化表面Aである。この表面Aには多数のピット12が形成されており、隣接するピットの間にはエッジ状境界13が存在する。隣り合うピットの間にはピット未発生部分14(すなわち電解前の鋼板表面が残留する箇所)があっても構わないが、ピット未発生部分14の面積率は30%以下と少ないので、大部分のピット境界はエッジ状境界13で占められ、ピット未発生部分/ピット境界15の存在割合は、エッジ状境界13の存在割合に比べわずかである。なお、図2中、ピットの大きさは実際より大幅に誇張して描いてある。
【0029】
粗面化表面Aのピット12にはゴム系接着剤層Cの一部が潜り込んでいる。一方、物体20はゴム系接着剤で接着可能な種々の物質が対象となる。ガラス、セラミックス、プラスチックス、金属、木材など、何でもよい。物体20の接着剤層C側の表面Bは、平滑表面であってもよいし、ステンレス鋼板10の粗面化表面Aと同質の粗面化面であっても構わない。本発明の接着構造は、ステンレス鋼板10の粗面化表面Aと、その表面Aのピットの中に一部が潜り込んでいるゴム系接着剤層Cと、物体20の表面Bによって構成される。表面A、表面Bの最表層には表面処理皮膜が形成されていても構わない。
【0030】
この接着構造において、表面AとBが接着剤層Cを介してつながっている領域を「接着領域」と呼び(図2中の符号32)、接着領域32の端部は「接着端部」と呼ぶ(符号31)。また、弾性変形していない接着剤層Cの平均厚さ(すなわち初期AB間平均距離)を「δ」、接着剤層Cの厚さ方向を「δ方向」と呼ぶ。δは、硬化後の接着剤層の密度(既知の値)を用いて、接着剤の塗布量から求めることができる。表面Aのピット内に接着剤がほぼ隙間なく埋まっているとすれば、δは粗面化表面Aの粗さ曲線の中心線と表面Bとの平均距離に概ね等しくなる。図2中のtはステンレス鋼板10の板厚である。
【0031】
ステンレス鋼板10と物体20に、δ方向33に対して垂直な方向の相反する力(図2中、fおよびf’と表示)が付与されたとき、表面Aと接着剤層Cの界面および表面Bと接着剤層Cの界面には、せん断力が働く。通常、接着剤による接合部は、このせん断力に対して強い抵抗力(せん断はく離強度)を有する。これは化学的な結合によるものであり、表面凹凸にはあまり依存しない。ところが前述のように、ステンレス鋼と接着剤層との界面に関しては、湿潤雰囲気に曝すとせん断はく離強度が低下するという現象が生じることが従来から問題になっている。
【0032】
本発明の接着構造ではステンレス鋼板10の表面Aと接着剤層Cとの間に、「化学的拘束力」が働くとともに、表面Aを構成するピットの中に接着剤層Cの一部が潜り込むことによるアンカー効果に起因する「機械的拘束力」が働く。この機械的拘束力によって、湿潤雰囲気に曝された場合でも初期の状態と同程度のせん断はく離強度が維持される。このように湿潤雰囲気に曝された場合のステンレス鋼と接着剤層との間の初期のせん断接着強度がほとんど低下せずに高く維持される特性を、本明細書では「接着耐久性」と呼んでいる。接着耐久性に優れることが本発明の接着構造の大きな特長の1つである。
【0033】
通常、接着強度の高いシリコーンゴム系接着剤に代表される硬化前のゴム系接着材料は、通常の塗料とは異なり、非常に粘度が高い。そのため、ステンレス鋼板10のピット開口径が小さすぎるとゴム系接着材料がピット内部へ十分に入り込まないため、十分なアンカー効果を発揮することができず、接着耐久性を付与することが困難になる。種々検討の結果、安定して接着耐久性の顕著な改善をもたらすためにはピット開口部平均径Dが2μm以上であることが望まれる。粗さパラメータではRSmが2μm以上であることが望まれる。一方、ピット開口径があまり大きくなると、ゴム系接着材料はピット内部へ入り込みやすくはなるが、アンカー効果に劣るようになることがわかった。発明者らの研究によれば、Dが10μm以下のピットサイズとすることが望ましい。粗さパラメータではRSmが10μm以下であることが望ましい。したがって本発明では前記(1)式、あるいは(3)式の規定を採用している。
【0034】
また、ピットの平均深さがあまり浅いと、やはりアンカー効果が不足して接着耐久性の顕著な改善が実現できない。具体的には、ピット開口部平均径Dとピット平均深さHの間に前記(2)式好ましくは前記(2.1)式の関係が成立するように深いピットが形成されているとき、ゴム系接着剤層Cとの間に高いアンカー効果が安定して発揮される。粗さパラメータでは輪郭曲線要素の平均長さRSmと算術平均粗さRaの間に前記(4)式好ましくは前記(4.1)式の関係が成立するように深いピットが形成されているとき、ゴム系接着剤層Cとの間に高いアンカー効果が安定して発揮される。したがって本発明では前記(2)式、あるいは(4)式の規定を採用している。(2)式あるいは(4)式を外れる場合、多くのピットは浅いお椀型の形状を呈しており、アンカー効果に劣る。ピットの存在量も接着耐久性に影響するが、検討の結果、ピット未発生部分の面積率が30%以下であれば問題ない。
【0035】
《解体性》
接着剤層により接合している2つの物体を接着部ではく離させて当該接着構造を解体する処理の容易性を本明細書では「解体性」と呼ぶ。図3に、粗面化表面Aを持たない従来のステンレス鋼板を使用した接着構造において、ステンレス鋼板をたわみ変形させたときの断面構造を模式的に示す。ステンレス鋼板110の表面は本発明で規定する粗面化表面ではないことから、ここでは表面A’と表記している。ステンレス鋼板110の接着端部31付近にδ方向33に平行な応力成分Fをもつ外力を付与することにより、ステンレス鋼板110がたわみ変形している。このとき、接着領域32のうち、A’B間の距離がδより大きい領域34において、ゴム系接着剤層Cは弾性変形してステンレス鋼板110のたわみに追従する。したがって、接着剤層Cは、δ方向33に作用する力を領域34の広い面積で負担することになり、ステンレス鋼板110を物体20からはく離するに足る応力(単位面積あたりの力)を得るには非常に大きな外力が必要となる。一般的にゴム系接着剤で接合した物体どうしの解体性が極めて悪いのはこのような理由による。
【0036】
図4に、粗面化表面Aを持つステンレス鋼板を使用した本発明の接着構造において、ステンレス鋼板をたわみ変形させたときの接着端部付近の断面構造を模式的に示す。ステンレス鋼板10の接着端部31付近に接着剤層厚さ方向33に平行な応力成分Fをもつ外力を付与することにより、ステンレス鋼板10の一部がたわみ変形している。この場合、たわみ変形によりAB間の距離がδより大きくなった領域において、接着剤層Cには、ピット内に潜り込んでステンレス鋼板10のたわみ変形に追随しようとする部分と、ピットの外で物体20の表面Bに付着した状態を維持しようとする部分との間に、反対方向の力が作用する。そして、エッジ状境界13のうちAB間の距離が最も大きい位置(接着端部32の近傍)にあるエッジ状境界113の付近において、接着剤層Cにには最も大きな応力集中が生じると考えられる。このとき、接着剤層Cにはエッジ状境界113を起点として両側に裂け目40、40’が比較的容易に発生し、接着剤層Cが破断分離するきっかけができる。
【0037】
図5に、本発明の接着構造において接着剤層Cの破断分離が進行している過程の断面構造を模式的に示す。接着剤層Cが接着端部31から破断分離を開始した後も、ステンレス鋼板10には接着剤層Cが破断分離した領域35の部分に、δ方向33に平行な応力成分Fをもつ外力を付与し続ける。そうすると、ステンレス鋼板10のたわみ変形によってAB間の距離がδより大きくなる領域34を拡げていきながら、順次エッジ状境界13を起点にして、接着剤層Cを表面Aのピット内に残留する部分41と物体20の表面Bに付着している部分42とに次々と破断分離させることができる。各エッジ状境界13は接着剤層Cに局所的な応力集中を生じさせる上で好都合に機能すると考えられる。ピット未発生部分/ピット境界15も、エッジ状境界13ほどではないにしろ、局所的な応力集中の発生に寄与すると考えられる。
【0038】
本発明の接着構造は上記のようなメカニズムによって、優れた「解体性」がもたらされているものと考えられる。実際に解体後のステンレス鋼板10の粗面化表面Aを観察すると、各ピットの中にはゴム系接着剤が残留しており、接着剤層Cは概ね各エッジ状の境界13を結ぶ面に沿って分離破断していることが確認される。
【0039】
上記のメカニズムによる優れた解体性を実現するには、ステンレス鋼板10の粗面化表面Aによる接着剤層Cに対するアンカー効果、およびエッジ状境界13による接着剤層Cへの裂け目導入効果が重要である。発明者らの詳細な検討によれば、これらの効果についても、上記(1)式および(2)式、あるいは上記(3)式および(4)式を満たすピットが、ピット未発生部分の面積率30%以下で高密度で存在している特異な粗面化形態によって発揮されることがわかった。
【0040】
ただし、単にそのような粗面化表面Aを有しているステンレス鋼であるだけでは、優れた解体性を実現することはできない。もう1つの重要な技術事項として、ステンレス鋼板10が容易にたわみ変形することが要求される。ステンレス鋼板10がたわみ変形することにより、接着剤層Cに裂け目を導入するに足る局所的な応力集中を、接着端部31から接着領域32の領域内へと順次進行させていくことが可能になる。もしステンレス鋼板10がたわみ変形の極めて起こりにくい剛体に近いものであったとすると、AB間の距離がδより大きい領域34は常に非常に広い面積となるので、接着剤層Cに裂け目が生じるのに必要なAB間の距離を稼ぐためには非常に大きな外力が必要となる。この場合、解体性はほとんど改善されない。
【0041】
発明者らの詳細な検討の結果、本発明の接着構造によって物体20に接合しているステンレス鋼板10を、物体20からはく離・解体させるには、当該粗面化ステンレス鋼板10の板厚は1.2mm以下であることが必要である。それより板厚が厚くなると、接着剤層Cに裂け目を生じさせるだけのたわみ変形を与えることがほとんど不可能になる。したがって本発明ではステンレス鋼板10として板厚1.2mm以下のものを対象とするが、1.0mm以下のものがより好適な対象となる。さらに板厚0.6mm程度以下であると、接着面積広い場合でも、手作業で当該ステンレス鋼板をたわみ変形させながらはく離させることが容易になり、はく離・解体性は大幅に向上する。
【実施例1】
【0042】
《せん断接着強度の評価》
各種仕上げ表面を有するSUS304の板材を用意した。板厚はいずれも0.5mmであり、表面仕上げは以下のとおりである。
BA(光輝焼鈍仕上げ)、No.2B(スキンパス仕上げ)、No.2D(酸洗仕上げ)、No.4(ベルト研磨仕上げ)、HL(ヘアライン研磨仕上げ)、電解粗面化仕上げ(No.2D仕上げ材に電解粗面化処理を施し図1に示す粗面化表面を有するもの、電解条件は前記のとおり)
接着剤として、1液加熱硬化型シリコーンゴム系接着剤(東芝シリコーン社製、XE13−B3208)を用意した。
【0043】
被接着材料の組合せは以下の通りとした。
〔本発明例の接着構造〕
図2におけるステンレス鋼板10、物体20とも、上記の電解粗面化仕上げ材
〔比較例の接着構造〕
図2におけるステンレス鋼板10に対応する鋼板; 電解粗面化仕上げ材を除く上記各種仕上げ材
図2における物体20; ステンレス鋼板10に対応する鋼板と同種のもの
【0044】
上記本発明例および比較例の接着構造を有するせん断接着テストピース(図6)を作製した。接着面積は25mm×25mmである。脱脂したステンレス鋼板の表面に接着剤を塗布し、双方のステンレス鋼板を貼り合わせ、これを大気雰囲気200℃の炉に10分間装入することにより接着剤を硬化させ、その後、常温で24時間以上養生させることにより、接着面積が25mm×25mm、δが800μmの接着構造を形成した。このδの値は、はく離接着強度がほぼ最大になる厚さである。
【0045】
また、各種テストピースのうち一部のサンプルを、98℃の熱水に最大200時間まで浸漬する耐水劣化試験に供した。これは、湿潤環境で使用された場合の接着耐水性を評価するための加速試験である。
【0046】
耐水劣化試験に供していないテストピースおよび種々の浸漬時間で耐水劣化試験に供したテストピースについて、JIS K6850に準拠した「引張せん断接着強さ試験」を実施した。引張方向は図6の矢印方向である。図7に、この引張試験を行った際に観測される、シリコーンゴム系接着剤による代表的な「せん断接着曲線」を示す。この曲線での最大応力の値(図7中の矢印の位置)を「せん断接着強度」と定義する。試験数n=5で実施し、その平均値を当該接合構造のせん断接着強度として採用した。
【0047】
図8に、耐水劣化試験に供していない場合(「試験前」表示)と、浸漬時間100時間の耐水劣化試験に供した場合(「試験後」と表示)のせん断接着強度を各種仕上げ材について比較したグラフを示す。図8で右に位置するものほど、ステンレス鋼板表面の粗さ(Ra)は大きい。耐水劣化試験前の状態では、表面粗度にほとんど依存せず、いずれも3MPa以上の高いせん断接着強度を呈した。電解粗面化による差も認められない。一方、耐水試験後には、電解粗面化仕上げ材を除き、いずれの仕上げ材でもせん断接着強度は著しく低下しており、接着耐久性が悪いというステンレス鋼に特有の欠点が現れた。ところが、本発明で対象とする電解粗面化仕上げ材では接着耐久性の低下が認められなかった。すなわち本発明の接着構造によれば、ステンレス鋼の弱点とされる湿潤環境での接着耐久性低下が克服されることが確認された。
【0048】
図9に、ステンレス鋼板として電解粗面化処理材を用いた本発明例と、No.4仕上げ材を用いた比較例について、耐水劣化試験時間とせん断接着強度の関係を例示する。No.4仕上げ材では早期にせん断接着強度が大幅に低下した。せん断接着強度が低下したものでは、接着構造の破壊はステンレス鋼板とゴム系接着剤層の界面で生じていた。これに対し電解粗面化処理材を用いた本発明例では200時間の耐水劣化試験後でもせん断接着強度の低下は認められなかった。これは、粗面化表面のピット内にゴム系接着剤層の一部が潜り込んでいることによるアンカー効果が発揮され、その機械的拘束力によってステンレス鋼板とゴム系接着剤層の間に生じる結合力が高く維持されたものと考えられる。
【実施例2】
【0049】
《解体性の評価》
実施例1と同じ各種仕上げ表面を有するSUS304の板材(板厚0.5mm)および実施例1と同じシリコーンゴム系接着剤を用意した。
【0050】
被接着材料の組合せを実施例1と同様にして、本発明例および比較例の接着構造を有するはく離接着テストピース(図10)を作製した。このテストピースは接着端部においてδ方向に引張荷重を付与できるように、引張試験機のチャックに取り付け可能なT型形状を有しており、接着面積は25mm×60mmである。実施例1と同様の方法によりδが800μmの接着構造を形成した。各種テストピースのうち一部のサンプルを、実施例1と同様の耐水劣化試験に供した。
【0051】
耐水劣化試験に供していないテストピースおよび種々の浸漬時間で耐水劣化試験に供したテストピースについて、JIS K6854−3に準拠した「はく離接着強さ試験」を実施した。引張方向は図10の矢印方向である。ここでは、引張試験機による引張変位量(チェック間距離の変位量)を「はく離長さ」と呼び、引張試験機で測定される荷重−変位曲線(以下「はく離曲線」という)において、はくり離長さが20〜60mmの間の平均荷重を単位幅あたりの応力(N/mm)に換算したものを、そのテストピースの「平均接着強度」と定義する。試験数n=5で実施し、平均接着強度の平均値を当該接合構造の「はく離接着強度」として採用した。
【0052】
図11に、耐水劣化試験に供していない場合(「試験前」表示)と、浸漬時間100時間の耐水劣化試験に供した場合(「試験後」と表示)のはく離接着強度を各種仕上げ材について比較したグラフを示す。従来の各仕上げ材は耐水劣化試験前の状態において非常に大きなはく離接着強度を呈し、その接着構造を解体することは容易でない。ただし、耐水劣化試験後は、はく離接着強度がゼロに近いところまで低下してしまう。一方、電解粗面化仕上げ材を用いた本発明の接着構造では耐水劣化試験前のはく離接着強度が非常に小さく、解体が容易であることがわかる。また、耐水劣化試験後においてもはく離接着強度には大きな変化はなく、良好な解体性が維持される。
【0053】
図12に、ステンレス鋼板として電解粗面化処理材を用いた本発明例と、No.4仕上げ材を用いた比較例について、耐水劣化試験時間とはく離接着強度の関係を例示する。電解粗面化処理材を用いた本発明例では200時間の耐水劣化試験後でもはく離接着強度に大きな変化は認められない。
【0054】
はく離接着強さ試験を行って解体した耐水劣化試験前のテストピースの破断面を観察すると、はく離接着強度の高い従来の仕上げ材のものはいずれも接着剤層の内部で凝集破壊が起こっており、破断した接着剤層は双方のステンレス鋼板表面に同等に付着していた。これに対し、電解粗面化仕上げ材を使用した本発明の接着構造では、図5に模式的に示したように、接着剤層は電解粗面化表面のピット内に残留する部分と反対側のステンレス鋼板の表面に付着している部分とに破断分離していた。破断分離後の電解粗面化表面をEPMAで分析した結果、シリコーンゴム系接着剤の成分であるSiがピットに対応する位置に高濃度で存在していることが確認され、接着剤層の一部が電解粗面化表面のピット内に残留するような破壊形態をとることが裏付けられた。
【0055】
図13に、比較例であるNo.4仕上げ材の接着構造と本発明例である電解粗面化仕上げ材の接合構造について、はく離曲線と、はく離途中の断面写真を例示する。はく離途中の断面写真からわかるように、No.4仕上げ材では鋼板(SUS)間の間隔が初期の間隔より大きくなった部分でシリコーンゴム系接着剤層が大きく弾性変形して鋼板の変位に追従している。これに対し電解粗面化仕上げ材を用いた例では鋼板(SUS)間の間隔が初期の間隔より大きくなった部分でシリコーンゴム系接着剤層の大部分が写真上側の鋼板の表面に付着して分離破断しており、シリコーンゴム系接着剤層がほとんど弾性変形することなく、写真下側の鋼板(粗面化SUSと表示したもの)から容易に分離している様子がわかる。なお、この場合、上下両方の鋼板とも電解粗面化仕上げ材であるが、図4に示したような破断分離が最初に生じた側の鋼板表面に沿って、それ以後も破断分離が進行したと考えられる。
【実施例3】
【0056】
《粗面化表面Aの影響》
実施例1、2の本発明例の接着構造において、電解粗面化仕上げ材を以下の各ステンレス鋼板に変更し、実施例1、2と同様の実験を行った。なお、RSmおよびRaは、レーザー顕微鏡を用いて以下の条件で測定した。
(レーザー顕微鏡測定条件)
・装置; 走査型共焦点レーザー顕微鏡(オリンパス社製、OLS1200)
・Arレーザー; 5mW出力、488nm波長
・分解能; 0.01μm
・測定面積; 50×50μm
【0057】
〔例1(比較例)〕
(電解条件)
・電解粗面化に供する原板; SUS304、2D仕上げ材
・電解液; Fe3+を70g/L含む塩化第二鉄水溶液、50℃
・交番電解電位; アノード電解電位0.4VSCE、カソード電解電位−0.7VSCE
・交番電解サイクル; 2.5Hz
・電解処理時間; 60sec
【0058】
(粗面化形態)
D=3.9μm、H=2.1μm、RSm=4.1、Ra=0.7、ピット未発生部分の面積率;30%超え
(評価結果)
ピット未発生部分の面積率が30%超えたことによりアンカー効果が不足し、耐水劣化試験100時間後のせん断接着強度が2.0MPaを下回った。
【0059】
〔例2(本発明例)〕
(電解条件)
・電解粗面化に供する原板; SUS304、2B仕上げ材
・電解液; Fe3+を110g/L含む塩化第二鉄水溶液、30℃
・交番電解電位; アノード電解電位0.8VSCE、カソード電解電位−1.2VSCE
・交番電解サイクル; 0.5Hz
・電解処理時間; 60sec
【0060】
(粗面化形態)
D=8.9μm、H=4.5μm、RSm=9.2、Ra=1.4、ピット未発生部分の面積率;30%以下
(評価結果)
せん断接着強度は耐水劣化試験時間0〜200時間において3.0MPa以上と良好であり、はく離接着強度は耐水劣化試験時間0〜200時間において5N/mm以下と良好であった。
【0061】
〔例3(本発明例)〕
(電解条件)
・電解粗面化に供する原板; SUS430、BA仕上げ材
・電解液; Fe3+を10g/L含む塩化第二鉄水溶液、50℃
・交番電解電位; アノード電解電位2.0VSCE、カソード電解電位−0.6VSCE
・交番電解サイクル; 3.3Hz
・電解処理時間; 15sec
【0062】
(粗面化形態)
D=2.2μm、H=1.2μm、RSm=2.5、Ra=0.4、ピット未発生部分の面積率;30%以下
(評価結果)
せん断接着強度は耐水劣化試験時間0〜200時間において3.0MPa以上と良好であり、はく離接着強度は耐水劣化試験時間0〜200時間において5N/mm以下と良好であった。
【0063】
〔例4(比較例)〕
(電解条件)
・電解粗面化に供する原板; SUS430、BA仕上げ材
・電解液; Fe3+を10g/L含む塩化第二鉄水溶液、50℃
・交番電解電位; アノード電解電位1.0VSCE、カソード電解電位−1.8VSCE
・交番電解サイクル; 2.5Hz
・電解処理時間; 60sec
【0064】
(粗面化形態)
D=5.4μm、H=1.0μm、RSm=5.8、Ra=0.3、ピット未発生部分の面積率;30%以下
(評価結果)
(2)式の規定を外れ、浅いお椀型のピット形状となったことによりアンカー効果が不足し、耐水劣化試験100時間後のせん断接着強度が2.0MPaを下回った。また、はく離接着強度は耐水劣化試験前の状態で5N/mmを上回り、本発明例のものと比べはく離・解体性に劣った。
【0065】
〔例5(比較例)〕
(電解条件)
・電解粗面化に供する原板; SUS304、2B仕上げ材
・電解液; Fe3+を110g/L含む塩化第二鉄水溶液、30℃
・交番電解電位; アノード電解電位1.0VSCE、カソード電解電位−0.8VSCE
・交番電解サイクル; 0.25Hz
・電解処理時間; 60sec
【0066】
(粗面化形態)
D=18.0μm、H=10.3μm、RSm=20.1、Ra=3.2、ピット未発生部分の面積率;30%以下
(評価結果)
Dが(1)式の規定を外れて大きすぎたことによりアンカー効果が不足し、耐水劣化試験100時間後のせん断接着強度が2.0MPaを下回った。
【0067】
〔例6(比較例)〕
(電解条件)
・電解粗面化に供する原板; SUS304、2B仕上げ材
・電解液; Fe3+を110g/L含む塩化第二鉄水溶液、30℃
・交番電解電位; アノード電解電位0.8VSCE、カソード電解電位−0.6VSCE
・交番電解サイクル; 15.0Hz
・電解処理時間; 60sec
【0068】
(粗面化形態)
D=0.2μm、H=0.1μm、RSm=0.17、Ra=0.03、ピット未発生部分の面積率;30%以下
(評価結果)
Dが(1)式の規定を外れて小さすぎたことにより接着剤が十分にピット内部に浸入せず、アンカー効果が不足し、耐水劣化試験100時間後のせん断接着強度が2.0MPaを下回った。
【0069】
〔例7(本発明例)〕
(電解条件)
・電解粗面化に供する原板; SUS430、No.2B仕上げ材
・電解液; Fe3+を20g/L含む塩化第二鉄水溶液、50℃
・交番電解電流密度; アノード電流密度3.0kA/m2、カソード電流密度0.2kA/m2
・交番電解サイクル; 5Hz
・電解処理時間; 60sec
【0070】
(粗面化形態)
D=3.0μm、H=2.7μm、RSm=2.9、Ra=0.88、ピット未発生部分の面積率;30%以下
この粗面化表面についてレーザー顕微鏡を用いて測定した粗さ曲線プロファイルの一例を図15(c)に例示する。図中、縦軸、横軸とも単位はμmである(後述の図15(a)、(b)、(d)において同じ)。
(評価結果)
せん断接着強度は耐水劣化試験時間0〜200時間において3.0MPa以上と良好であり、はく離接着強度は耐水劣化試験時間0〜200時間において5N/mm以下と良好であった。
【0071】
〔例8(本発明例)〕
(電解条件)
・電解粗面化に供する原板; SUS304、No.2B仕上げ材
・電解液; Fe3+を55g/L含む塩化第二鉄水溶液、57.5℃
・交番電解電流密度; アノード電流密度3.0kA/m2、カソード電流密度1.0kA/m2
・交番電解サイクル; 5Hz
・電解処理時間; 60sec
【0072】
(粗面化形態)
D=2.4μm、H=2.85μm、RSm=2.2、Ra=1.04、ピット未発生部分の面積率;30%以下
この粗面化表面についてレーザー顕微鏡を用いて測定した粗さ曲線プロファイルの一例を図15(a)に例示する。
(評価結果)
せん断接着強度は耐水劣化試験時間0〜200時間において3.0MPa以上と良好であり、はく離接着強度は耐水劣化試験時間0〜200時間において5N/mm以下と良好であった。
【0073】
〔例9(本発明例)〕
(電解条件)
・電解粗面化に供する原板; NSS445J1、No.2D仕上げ材
・電解液; Fe3+を30g/L含む塩化第二鉄水溶液、50℃
・交番電解電流密度; アノード電流密度3.0kA/m2、カソード電流密度0.8kA/m2
・交番電解サイクル; 5Hz
・電解処理時間; 60sec
【0074】
(粗面化形態)
D=2.8μm、H=1.8μm、RSm=2.6、Ra=0.59、ピット未発生部分の面積率;30%以下
(評価結果)
せん断接着強度は耐水劣化試験時間0〜200時間において3.0MPa以上と良好であり、はく離接着強度は耐水劣化試験時間0〜200時間において5N/mm以下と良好であった。
【0075】
以下、比較のために電解粗面化仕上げ材に代えて下記の条件で酸洗した酸洗材を用い、実施例2に示した「はく離接着強さ試験」のみ実施した。テストピースは耐水劣化試験に供していないものを用いた。
(酸洗条件)
・酸洗液; 8質量HNO3+3質量%HF、50℃
・浸漬時間; 4min
【0076】
〔例10(比較例)〕
(鋼種)
SUS430
(表面粗さ)
RSm=9.5、Ra=0.39
この表面についてレーザー顕微鏡を用いて測定した粗さ曲線プロファイルの一例を図15(d)に例示する。
(評価結果)
はく離接着強度が10N/mmを超えて大きく、解体性に劣った。
【0077】
〔例11(比較例)〕
(鋼種)
SUS304
(表面粗さ)
RSm=14.4、Ra=0.43
この表面についてレーザー顕微鏡を用いて測定した粗さ曲線プロファイルの一例を図15(b)に例示する。
(評価結果)
はく離接着強度が10N/mmを超えて大きく、解体性に劣った。
【0078】
〔例12(比較例)〕
(鋼種)
NSS445M2
(表面粗さ)
RSm=4.4、Ra=0.13
(評価結果)
はく離接着強度が10N/mmを超えて大きく、解体性に劣った。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】本発明の対象となるステンレス鋼板の粗面化表面についてのSEM写真。
【図2】本発明の接着構造を模式的に例示した図。
【図3】粗面化表面Aを持たない従来のステンレス鋼板を使用した接着構造において、ステンレス鋼板をたわみ変形させたときの断面構造を模式的に示した図。
【図4】粗面化表面Aを持つステンレス鋼板を使用した本発明の接着構造において、ステンレス鋼板をたわみ変形させたときの断面構造を模式的に示した図。
【図5】本発明の接着構造において接着剤層Cの破断分離が進行している過程の断面構造を模式的に示した図。
【図6】せん断接着テストピースの寸法・形状を模式的に示した図。
【図7】シリコーンゴム系接着剤による代表的なせん断接着曲線を例示した図。
【図8】耐水劣化試験に供していない場合と、浸漬時間100時間の耐水劣化試験に供した場合のせん断接着強度を各種仕上げ材について比較したグラフ。
【図9】ステンレス鋼板として電解粗面化処理材を用いた本発明例と、No.4仕上げ材を用いた比較例について、耐水劣化試験時間とせん断接着強度の関係を例示したグラフ。
【図10】はく離接着テストピースの寸法・形状を模式的に示した図。
【図11】耐水劣化試験に供していない場合と、浸漬時間100時間の耐水劣化試験に供した場合のはく離接着強度を各種仕上げ材について比較したグラフ。
【図12】ステンレス鋼板として電解粗面化処理材を用いた本発明例と、No.4仕上げ材を用いた比較例について、耐水劣化試験時間とはく離接着強度の関係を例示したグラフ。
【図13】比較例であるNo.4仕上げ材の接着構造と本発明例である電解粗面化仕上げ材の接合構造について、はく離曲線と、はく離途中の断面写真を例示した図。
【図14】粗面化表面Aをもつステンレス鋼板の断面形状を模式的に示した図。
【図15】本発明対象の粗面化表面Aおよび酸洗表面についてレーザー顕微鏡を用いて測定した粗さ曲線プロファイルの一例を示した図。
【符号の説明】
【0080】
10 ステンレス鋼板
12 ピット
13、113 エッジ状境界
14 ピット未発生部分
15 ピット未発生部分/ピット境界
20 物体
31 接着端部
32 接着領域
33 δ方向
40、40’ 裂け目
41 接着剤層Cがピット内に残留する部分
42 接着剤層Cが物体の表面Bに付着している部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
板厚1.2mm以下のステンレス鋼板の板面に形成された下記(X)の条件を満たす粗面化表面Aと、物体の表面Bと、AB間に介在するゴム系接着剤層Cからなり、前記ゴム系接着剤層Cが粗面化表面Aのピット内に潜り込んでステンレス鋼板に付着している解体性に優れたステンレス鋼板/物体間の接着構造。
(X);ピット未発生部分の面積率が30%以下であるようにピットが高密度に形成され、ピット開口部平均径D(μm)とピット平均深さH(μm)が下記(1)式および(2)式を満たし、隣接するピット間にエッジ状境界を有する電解粗面化表面
2≦D≦10 ……(1)
0.3D≦H ……(2)
【請求項2】
板厚1.2mm以下のステンレス鋼板の板面に形成された下記(Y)の条件を満たす粗面化表面Aと、物体の表面Bと、AB間に介在するゴム系接着剤層Cからなり、前記ゴム系接着剤層Cが粗面化表面Aのピット内に潜り込んでステンレス鋼板に付着している解体性に優れたステンレス鋼板/物体間の接着構造。
(Y);ピット未発生部分の面積率が30%以下で、表面Aの粗さ曲線においてJIS B0601(2001)に規定される輪郭曲線要素の平均長さRSm(μm)と算術平均粗さRa(μm)が下記(3)式および(4)式の関係を満たし、隣接するピットの間にエッジ状の境界を有する電解粗面化表面
2≦RSm≦10 ……(3)
0.1RSm≦Ra ……(4)
【請求項3】
請求項1または2に記載の接着構造において、表面AとBが接着剤層Cを介してつながっている領域を「接着領域」、接着領域の端部を「接着端部」、弾性変形していない接着剤層Cの平均厚さ(すなわち初期AB間平均距離)を「δ」、接着剤層Cの厚さ方向を「δ方向」と呼ぶとき、
表面Aをもつステンレス鋼板の接着端部にδ方向の応力成分を有する外力を付与して当該ステンレス鋼板を接着端部近傍でたわみ変形させ、AB間距離がδより大きくなった接着端部で、接着剤層Cを表面Aのピット内に残留する部分と物体の表面Bに付着している部分とに破断分離させ、
その後、接着剤層Cが破断分離した領域の当該ステンレス鋼板にδ方向の応力成分を有する外力を付与し続けて、たわみ変形によりAB間距離がδより大きくなる領域を拡げていきながら、接着剤層Cを表面Aのピット内に残留する部分と物体の表面Bに付着している部分とに次々と破断分離させる、ステンレス鋼板/物体間の接着構造の解体方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図14】
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【図15】
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【図1】
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【図13】
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【公開番号】特開2009−51924(P2009−51924A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−219458(P2007−219458)
【出願日】平成19年8月27日(2007.8.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人 日本鉄鋼協会、「材料とプロセス」、Vol.20(2007)No.2、平成19年3月1日
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】