説明

スプライシングバリアントを検出するためのプローブセット

【課題】正確にスプライスバリアントを検出することができるプローブセット、及びそれらが搭載されたDNAマイクロアレイの提供。
【解決手段】ジャンクションプローブを構成する2つのエキソン部分配列の各々の融解温度が、ジャンクションプローブの配列の融解温度と比較して十分に低い条件となるよう設計したジャンクションプローブを使用し、スプライス部位を明確に判断することができるプローブセットとその検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子のスプライシングバリアントを検出するために使用されるプローブセットに関する。
【背景技術】
【0002】
真核生物の多くの遺伝子は、遺伝情報として意味を有するエキソンがイントロンと呼ばれる遺伝情報としては意味がないと考えられている領域によって分断された形でDNA上に存在している。イントロンを含む遺伝子から転写されたmRNA前駆体は、イントロン部分を除去する過程を経て成熟mRNAとなり、タンパク質に翻訳される。このイントロンを除去する過程をスプライシングと呼ぶ。またこのスプライシングにおいて、イントロンの除去とその前後のエキソンの再結合が行われる部位を、スプライス部位と呼ぶ。
【0003】
mRNA前駆体中に、複数のイントロンが存在する場合、通常、互いに隣あったスプライス部位間でスプライシングが行われるが、異なるスプライス部位を選択してスプライシング反応を行うことにより、同一のmRNA前駆体から異なった構造の成熟mRNAが産生され得る。この現象を、選択的スプライシング(Alternative Splicing)と呼ぶ。選択的スプライシングの結果、産生され得る種々の成熟mRNAの変異型(variant)を、スプライシングバリアントと称する。
【0004】
生命の発生段階で脳などでは、多様なスプライシングバリアントが発現されることが報告されている。しかし、スプライシングバリアントと発生、分化段階における機能相関などは、ほとんど明らかにされていないのが現状である。また、スプライシングバリアントと疾病との関連も指摘されており、そのほとんどは遺伝子産物が異常となるものである。
【0005】
近年、細胞内で転写された産物を一括で捕らえようとする手段の一つとして、DNAマイクロアレイによる検証法が確立されつつある。DNAマイクロアレイとは、ガラスなどの固相基盤上に、多数の異なったDNAプローブが各々特定の位置に固定化されているものである。このDNAマイクロアレイ上のDNAプローブに、標識DNAまたはRNAサンプルをハイブリダイズさせ、発現解析等が実施される。
【0006】
DNAマイクロアレイでは、従来のノーザンブロッティング法などと比較し、大量解析、検出感度の向上、マイクロ化によるサンプルの節約、データ取得の自動化、およびデータ処理による簡便化などの点で期待されている。
【0007】
DNAマイクロアレイの製造方法は、大きく分けてDNAを基盤上で合成する方法(非特許文献1)と、あらかじめ調製したDNAを基盤上に機械的に並べていく方法(非特許文献2)がある。
【0008】
また最近では、単一の転写産物だけでなく、スプライシングバリアントをDNAマイクロアレイで検出しようとする試みも行われつつある。DNAマイクロアレイを用いて、スプライシングバリアントを検出する方法としては、エキソン、イントロン部分を含んだ遺伝子配列に対して相補な断片からなるプローブを、一定の間隔で並べて配置する方法(非特許文献3)や、エキソン、イントロン部分に対応するプローブを使用する方法がある(特許文献1)。
【0009】
また、エキソン間の結合部分をプローブとして、スプライシングの違いを検出しようとする試みも行われている。エキソン間の結合部分を検出するためのプローブをジャンクションプローブという。ジャンクションプローブは、1つ目のエキソン配列の3‘末端部分を含んだ配列と、2つ目のエキソン配列の5’末端部分を含んだ配列によって構成される。
【0010】
さらには、DNAマイクロアレイとRT−PCRの別々の手法で、スプライシングバリアントの検出結果が開示されている(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2002−223760号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Cancer Research 59 787−792,1999
【非特許文献2】Cancer Research 63 655−657,2003
【非特許文献3】Nature Genetics,30,13−19,2002
【非特許文献4】Science l302 19,2003
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、これまでのDNAマイクロアレイを用いたスプライシングバリアントの検出では、単純に特定の長さでエキソン部分配列を連結したジャンクションプローブを用いており、片側のエキソン部分配列だけに相補的な核酸がハイブリダイゼーションした場合にも蛍光が検出される(図1参照)。よって、連結した配列のみを明確に検出できず、結果として実験から得られた蛍光強度のみでスプライス部位を明確に判断することができなかった。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは上記課題を解決するために、明確にスプライスバリアントを検出することができるプローブについて、鋭意検討を行った結果、ジャンクションプローブを構成する2つのエキソン部分配列の、各々の融解温度が、ジャンクションプローブの配列の融解温度と比較して、十分に低い条件となるように、設計したジャンクションプローブを使用することにより、スプライス部位を明確に判断することができることを見出し、本発明を完成させた(図2参照)。
【0015】
すなわち、本発明は、各々のジャンクションプローブの塩基配列が、複数のエキソン領域の塩基配列、且つそれらエキソン間の連結部分を含み、
全てのプローブ配列の融解温度は、それらプローブを構成する全てのエキソン領域配列
の融解温度よりも高い、
スプライシングバリアント検出用プローブセット、に関する。
【発明の効果】
【0016】
ジャンクションプローブを構成する2つのエキソン部分配列の、各々の融解温度が、ジャンクションプローブの配列の融解温度と比較して、十分に低い条件となるように、設計したジャンクションプローブを使用することにより、スプライス部位を明確に判断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】これまでのジャンクションプローブを使用した際のエキソン連結部位の認識を示す模式図。
【図2】エキソン部分配列の位置とジャンクションプローブのTmの比較を示した図。
【図3】スプライシングパターンを例示した模式図。
【図4】2つのエキソン間のスプライシング部位を特定するためのジャンクションプローブの配列パターンを示した図。
【図5】各エキソン配列と各ジャンクションプローブのTmをプロットした図。
【図6】マイクロアレイ作成時のスポットパターンを示した図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、各々のジャンクションプローブの塩基配列が、複数のエキソン領域の塩基配列、且つそれらエキソン間の連結部分を含み、全てのプローブ配列の融解温度は、それらプローブを構成する全てのエキソン領域配列の融解温度よりも高い、スプライシングバリアント検出用プローブセットである。
【0019】
ジャンクションプローブとは、エキソンの部分配列を2つつなげた配列をもつプローブをいう。エキソン部分配列とはあるエキソン配列の3‘端または5’端を含むエキソン配列の部分配列である(図3参照)。前記エキソンの部分配列としては、エキソン配列の3‘端または5’端を含む、エキソン配列の部分配列から1baseずつ延長したものが候補として挙げられる。よって、エキソン部分配列の候補としては、N番目のエキソンから数十種類程度、N+α番目のエキソンからも数十種類程度を選択することができる(図4参照)。
【0020】
また、これらを連結したジャンクションプローブは、数百種類の候補が使用できる。このうち、連結した長さが100base以下のものは、その合成・精製が容易である観点から好適に使用される。図4には、1箇所のエキソン連結部位に関して例示したが、同様の手順を用いて、各エキソン連結部分に対してエキソンの部分配列候補、ジャンクションプローブ候補を使用することができる。
【0021】
次にエキソンの部分配列の候補及びジャンクションプローブの候補、全ての融解温度を計算する。これら融解温度は、実験又は机上での計算によって求めることが出来る。
【0022】
実験によって求める場合、求めたい配列に相補な核酸を混合した溶液の温度を、上昇または下降させながら吸光度を測定し、温度と吸光度のグラフを作成する。グラフの変曲点を見出し、その温度を融解温度とする。
【0023】
机上での計算によって求める場合、Nucleic.Acids.Research.18(21).,6409−6412(1990)、Proc.Natl.Acad.Sci.USA 83.,3746−3750(1976)、Biochemistry.34(35).,11211−6(1995)、Sambrook,Fritsch and Maniatis,Molecular Cloning,p11.46(1989,CSHL Press)等の文献を参考に計算することが出来る。
【0024】
融解温度は、ハイブリダイゼーション時の塩濃度が変化することによって変わるため、どの塩濃度の条件で実験を行うかについても考える必要がある。通常の実験でハイブリダイゼーションを行う場合は0.1×SSC〜10×SSC程度の溶液を用いてハイブリダイゼーションが行われる。
【0025】
各エキソン及び各ジャンクションプローブの融解温度を測定後、最適なジャンクションプローブ及びそれらのセットを選択する。選択の指標としては、エキソン間を連結しているジャンクションプローブ候補塩基配列の融解温度を、Tm−junctionとし、更に該プローブ塩基配列を構成している第一エキソン領域の塩基配列の融解温度をTm−exon(N)、第二エキソン領域の塩基配列の融解温度をTm−exon(N+α)とするとき、全てのTm−junction、つまりジャンクションプローブセットの融解温度が、ジャンクションプローブセットを構成している全てのTm−exon(N)、Tm−exon(N+α)より、高いものを選択する。好ましくは、5℃以上、さらに好ましくは10℃以上、高いものを選択する。
【0026】
もし、あるエキソン配列とジャンクションプローブとの融解温度が近い場合、図1に示すように、片側のエキソン部分配列のみでハイブリダイゼーションしてしまい、クロスハイブリダイゼーションが避けられず、明確なスプライシングバリアントのパターンの判定が出来ない。
【0027】
このようにして設計されたジャンクションプローブ及びそのセットは、DNAマイクロアレイに搭載される。
【0028】
DNAマイクロアレイは、すでに様々な形態物が知られている。いずれの形態であっても、本発明のプローブセットを搭載することにより、スプライシングバリアント検出用DNAマイクロアレイとして使用することができる。搭載する方法としては、搭載する支持体により適宜選択され、支持体へ化学的固定、物理的固定等、を行うことによりマイクロアレイに搭載される。
【0029】
上記のごとく調製されたDNAマイクロアレイを使用した、スプライシングバリアントを検出する方法の一例を以下に示す。まず、試料に適当な標識を行う。試料はどのような起源由来でもよい。標識は、放射性同位元素による標識、蛍光物質による標識、酵素による二次標識等、が適用できる。次に前記標識した試料を、前記マイクロアレイに供し、ハイブリダイゼーションを行う。この時、上述した全てのTm−exon(N)、Tm−exon(N+α)より高い温度、好ましくは5℃以上、より好ましくは10℃以上高い温度で、ハイブリダイゼーションを行う。この工程により、クロスハイブリダイゼーションの影響を回避でき、正確にスプライシングバリアントを捕捉することが出来る。次いで、捕捉された標識試料を適当な検出手段により検出する。
【0030】
このように、適当なジャンクションプローブの選択及びそれを搭載したDNAマイクロアレイの使用により、ゲノム上の遺伝子配列の転写から成熟mRNAが形成される過程で、どのようにイントロンが除去され、エキソンがつながり、成熟mRNAが形成されるかを、数多くの遺伝子に対して簡便に調べることができる。さらに、疾病患者の病理組織あるいは細胞中における遺伝子の選択的スプライシングを調べて、その異常を正確かつ簡便に検出できることから、疾病とスプライシング異常との関連性をもとにして臨床・診断に応用することができる。
【実施例】
【0031】
本発明の実施の形態について、以下具体例を示して詳細に説明する。
【0032】
Homo sapiens patched homolog(Drosophila)、PTCH遺伝子のエキソン1〜6、エキソン9〜13に関連するスプライシングバリアントを検出するため、表1に示す配列のジャンクションプローブ配列の末端アミノ化オリゴヌクレオチドを合成した。大文字で示す塩基は第一エキソン領域の塩基配列、小文字で示す塩基は第二エキソン領域の塩基配列を示している。ジャンクションプローブ配列の融解温度とそれを構成する各エキソン領域配列の融解温度(0.5×SSC溶液中)は、図5に示すとおりである。
【0033】
【表1】

これらの末端アミノ化オリゴヌクレオチドプロ−ブ水溶液(濃度0.4μM)2.5μLと、6×SSC、2.5μLを混合してスポッティング溶液を作製した。このスポッティング溶液をDNAマイクロアレイ用スポッタ(Cartesian technologies社製 Microsys4100−4SQ)を用いて、TaKaRa−Hubbleスライドガラス上に図6に示すようにスポッティングした。BLANKと記してある部分には3×SSCのみをスポッティングした。スポッティング後、室温で乾燥させた。
【0034】
次いで、0.2%SDSで2分間洗浄後、ミリQ水で2回洗浄した。続いて0.3N NaOHに5分間浸漬しミリQ水で2回洗浄した。さらに沸騰水(ミリQ水)に2分間浸漬後冷エタノール(4℃)に3分間浸漬した後圧縮窒素ガスで完全に乾燥させた。使用するまでデシケータ中で暗所保存した。
【0035】
表2に示す5’末端cy5標識オリゴDNAを合成し、それぞれ2fmol/μLの濃度に調製した。各オリゴDNA10μLに10×SSC 2.5μL、10% SDS1μL、Nucleasefree水36.5μLを加えハイブリダイゼーション溶液をそれぞれ作製した。これらのハイブリダイゼーション溶液50μLをDNAマイクロアレイ上に滴下し、カバーガラスをかけた後、恒温層内で65℃16時間ハイブリダイゼーションを行った。
【0036】
【表2】

その後0.5×SSC・0.2%SDSの溶液中にDNAマイクロアレイを浸漬してカバ−ガラスをはずした後、0.5×SSC・0.2%SDS溶液に5分間浸漬して静置した。その後さらに0.05×SSC溶液中に1分間浸漬した後、溶液中から取り出し、圧縮窒素ガスを吹き付けてスライドガラス上の水分を除いて乾燥させた。
【0037】
マイクロアレイ用スキャナ−(日立ソフト社製 CRBIO)を用いてスポットの蛍光強度(ハイブリダイゼ−ションシグナル)を測定した。各スポットについて、得られたハイブリダイゼ−ションシグナルの測定結果を表3に示す。
【0038】
【表3】

この結果よりエキソン部分配列の融解温度より高い温度でハイブリダイゼーションを行えば、特定のジャンクションプローブにのみ特異的にハイブリダイゼーションが起こることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、各々のジャンクションプローブの塩基配列が、複数のエキソン領域の塩基配列、且つそれらエキソン間の連結部分を含み、全てのプローブ配列の融解温度が、それらプローブを構成する全てのエキソン領域配列のそれぞれの融解温度よりも5℃以上高い、スプライシングバリアント検出用プローブセットの製造方法。
(1)100塩基長以下のジャンクションプローブ候補の塩基配列を設計する工程、
(2)0.1×SSC〜10×SSCの溶液中において、前記ジャンクションプローブ候補の融解温度及び当該ジャンクションプローブを構成する各エキソン領域の塩基配列の融解温度を算出又は測定する工程、
(3)0.1×SSC〜10×SSCの溶液中における全てのジャンクションプローブの融解温度が、当該ジャンクションプローブを構成する全てのエキソン領域の塩基配列の0.1×SSC〜10×SSCの溶液中における融解温度より5℃以上高いものを選択する工程
【請求項2】
以下の工程を含む、請求項1で得られたプローブセットが搭載されたスプライシングバリアント検出用マイクロアレイの製造方法。
(1)100塩基長以下のジャンクションプローブ候補の塩基配列を設計する工程、
(2)0.1×SSC〜10×SSCの溶液中において、前記ジャンクションプローブ候補の融解温度及び当該ジャンクションプローブを構成する各エキソン領域の塩基配列の融解温度を算出又は測定する工程、
(3)0.1×SSC〜10×SSCの溶液中における全てのジャンクションプローブの融解温度が、当該ジャンクションプローブを構成する全てのエキソン領域の塩基配列の0.1×SSC〜10×SSCの溶液中における融解温度より5℃以上高いものを選択する工程
【請求項3】
標識された試料を請求項2で得られたマイクロアレイに供し、マイクロアレイ中のプローブと試料とをハイブリダイズさせる工程を含む、スプライシングバリアントを検出する方法。
【請求項4】
スプライシングバリアントがPTCH遺伝子由来である、請求項1記載のプローブセットの製造方法。
【請求項5】
スプライシングバリアントがPTCH遺伝子由来である、請求項2記載のマイクロアレイの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2011−172570(P2011−172570A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−45726(P2011−45726)
【出願日】平成23年3月2日(2011.3.2)
【分割の表示】特願2005−79617(P2005−79617)の分割
【原出願日】平成17年3月18日(2005.3.18)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】