説明

セルロース溶液の製造方法、セルロース析出体の製造方法、セルロースの糖化方法、セルロース溶液、及びセルロース析出体

【課題】より簡便な方法でセルロースを溶解することができる、セルロース溶液の製造方法、前記セルロース溶液からセルロースを回収することができる、セルロース析出体の製造方法、及び、前記セルロース析出体を使用する、セルロースの糖化方法の提供。
【解決手段】セルロース含有物とオゾンとを接触させるオゾン処理を行い、得られた処理物とアルカリ水溶液とを接触させるアルカリ処理を行って、前記セルロース含有物のうち、少なくともセルロースを、前記アルカリ水溶液に溶解させることを特徴とするセルロース溶液の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース溶液の製造方法、セルロース析出体の製造方法、セルロースの糖化方法、セルロース溶液、及びセルロース析出体に関する。より詳しくは、セルロース含有繊維製品やそれらの製品屑等のセルロース含有物にオゾン処理及びアルカリ処理を施す、セルロース溶液の製造方法、セルロース析出体の製造方法、及びセルロースの糖化方法、並びに、セルロース溶液及びセルロース析出体に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースは50〜1000個以上のグルコースがβ−グリコシド結合でつながった多糖類であり、木材パルプ、綿等のいわゆる木質系バイオマスの主成分でもある。セルロースを加水分解することによって得られる糖類、特にグルコース等の水溶性オリゴ糖は、アルコール発酵によるバイオエタノール製造の原料として実用化研究が近年盛んである(特許文献1参照)。
【0003】
通常、セルロースは水に不溶であり、アルカリ水溶液にもほとんど溶解しない。しかし、セルロースを溶解できる溶媒がいくつか知られている。例えば、セルロースを水酸化ナトリウム水溶液で処理すると、セルロースのナトリウム塩が形成される。これを二硫化炭素と混合すると、セルロースキサントゲン酸ナトリウムとなって、ビスコースと呼ばれるコロイド分散系溶液となる。ビスコースを硫酸中に押出すことによって、紡糸されたビスコースレーヨンが形成される。ビスコースレーヨンを構成するセルロースは、天然のセルロースと化学的組成は同じものである。
また、銅アンモニア溶液に対してもセルロースは可溶である。これを酸性水溶液に押出すことによって、銅アンモニアレーヨンを紡糸することができる(特許文献2参照)。
【0004】
従来のセルロース溶液の製造方法は、二硫化炭素又は銅アンモニア溶液を使用するため、その廃液等の処理が必要であり、環境負荷が高いという問題がある。また、得られる再生セルロース(レーヨン)中に、これらの化学物質が残留することを防ぐ必要がある場合、多量の水を使用した濯ぎ処理も必要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−95594号公報
【特許文献2】特開2008−280635号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、より簡便な方法でセルロースを溶解することができる、セルロース溶液の製造方法及び該セルロース溶液の提供を課題とする。また、本発明は、前記セルロース溶液からセルロースを回収することができる、セルロース析出体の製造方法及び該セルロース析出体の提供を課題とする。さらに、本発明は、前記セルロース析出体を使用する、セルロースの糖化方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の請求項1に記載のセルロース溶液の製造方法は、セルロース含有物とオゾンとを接触させるオゾン処理を行い、得られた処理物とアルカリ水溶液とを接触させるアルカリ処理を行って、前記セルロース含有物のうち、少なくともセルロースを、前記アルカリ水溶液に溶解させることを特徴とする。
本発明の請求項2に記載のセルロース溶液の製造方法は、請求項1において、前記オゾン処理後に乾燥処理を行い、前記処理物を得ることを特徴とする。
本発明の請求項3に記載のセルロース溶液の製造方法は、請求項1又は2において、前記乾燥処理の温度が、50〜160℃であることを特徴とする。
本発明の請求項4に記載のセルロース溶液の製造方法は、請求項1〜3のいずれか一項において、前記オゾンの濃度が1〜300mg/Lであり、且つ前記オゾン処理の時間が1〜300分であることを特徴とする。
本発明の請求項5に記載のセルロース溶液の製造方法は、請求項1〜4のいずれか一項において、前記アルカリ処理において、−10℃〜50℃の温度範囲で、0.1〜10Nの前記アルカリ水溶液に、前記処理物を、0.1〜60分の時間範囲で接触させることを特徴とする。
本発明の請求項6に記載のセルロース溶液は、請求項1〜5のいずれか一項に記載の製造方法によって得られたものである。
本発明の請求項7に記載のセルロース析出体の製造方法は、請求項1〜5のいずれか一項に記載の製造方法によって得られたセルロース溶液をpH7以下に調整して、セルロースを析出して得ることを特徴とする。
本発明の請求項8に記載のセルロース析出体は、請求項7に記載の製造方法によって得られたものである。
本発明の請求項9に記載のセルロースの糖化方法は、請求項7に記載の製造方法によって得られたセルロース析出体とセルロース分解酵素を含む水溶液とを接触させる酵素処理を行うことにより、水溶性オリゴ糖又はグルコースを含む水溶液を得ることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明のセルロース溶液の製造方法によれば、原料であるセルロース含有物に、オゾン処理及びアルカリ処理を施すことにより、原料中のセルロースの結晶部分(セルロース結晶)を改質して親水性を向上させることができる。この結果、原料中のセルロースを容易に、アルカリ水溶液に溶解できる。
【0009】
本発明のセルロース溶液は、既知のビスコースとは化学的組成が異なるものである。ビスコースは、製法過程で要する二硫化炭素由来の硫黄原子を含むセルロース誘導体の溶液である。一方、本発明のセルロース溶液は、硫黄原子を含まない。このため、比較的環境負荷の少ないセルロース溶液として、工業的な利用が可能である。
【0010】
本発明のセルロース析出体の製造方法によれば、純度の高いセルロースからなるセルロース析出体を得ることができる。原料であるセルロース溶液に不純物が含まれる場合であっても、該セルロース溶液をpH7以下とすることによって、セルロースを優先的に析出させることができるからである。
本発明のセルロース析出体は、セルロースが一度溶解しているのでセルロースのミクロレベルでの繊維が、比較的ほぐれ易い状態となり得る。このため、セルロースの糖化方法の原料として好適であり、セルロースのグルコースへの転換率を向上することができる。
また、本発明のセルロース溶液をpH7以下の溶液に噴出することによって、紡糸された糸状のセルロース析出体や、フィルム状や球状のセルロース析出体を得ることも可能である。
【0011】
本発明のセルロースの糖化方法によれば、高温高圧の前処理を必要とせず、前記セルロース析出体を原料とすることによって、後段の酵素処理によるセルロースの加水分解速度を向上させることができる。また、該酵素処理では、穏和な条件下でセルロースの加水分解を行うことにより、糖類の過分解物を発生させず、目的の生成物である水溶性オリゴ糖又はグルコースを高純度で得ることができる。得られた高純度の水溶性オリゴ糖又はグルコースは、エタノール発酵や乳酸発酵等の原料として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】酵素処理におけるグルコース転換率の経時変化を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について詳しく説明する。
<セルロース溶液の製造方法>
本発明のセルロース溶液の製造方法は、セルロース含有物とオゾンとを接触させるオゾン処理を行い、得られた処理物とアルカリ水溶液とを接触させるアルカリ処理を行って、前記セルロース含有物のうち、少なくともセルロースを、前記アルカリ水溶液に溶解させる方法である。
本発明のセルロース溶液の製造方法は、前記処理以外の、補助的な処理をさらに含んでいても良い。
【0014】
[オゾン処理]
本発明におけるセルロース含有物としては、本発明の効果が十分に得られることから、セルロース含有繊維が好ましく、綿を含有する繊維がより好ましい。
前記セルロース含有繊維としては、セルロースを含有する繊維状の物であれば特に限定されず、例えば、衣料品等の繊維として用いられている綿、麻(苧麻、亜麻、マニラ麻、ザイザル麻、ケナフ麻等)、テンセル、レーヨン、キュブラ等や、コピー紙や包装紙、段ボール等の紙製品等が好適なものとして挙げられる。また、前記衣料品等の繊維として、ポリエステル等の合成繊維やシルク等のセルロースを含有していない繊維と混紡された繊維であってもよい。
前記セルロース含有繊維の形態は特に制限されず、綿状、糸状、綱状、布状、平面・立体状等に加工されたものを用いることができる。
【0015】
また、製造するセルロース溶液の純度を高める観点から、前記セルロース含有物中のセルロース含有率は高いほど好ましい。
【0016】
本発明におけるオゾンとしては、セルロース含有物にオゾンを接触させられるものであれば特に制限されない。例えば気体のオゾン(オゾンガス)又はオゾン溶液が好ましく、取り扱いが容易なオゾン溶液がより好ましい。
【0017】
オゾンガスは、空気に紫外線を照射したり、酸素中に無声放電を行うことによって発生することができる。本発明においてオゾンガスを使用する場合、公知のオゾン発生機からオゾンガスを供給すればよい。該オゾンガスは、空気とオゾンとの混合ガスとして用いることができる。
【0018】
前記オゾン溶液の溶媒としては、オゾンを溶解できるものであれば特に制限されないが、環境負荷の低減や、廃液処理が容易であることから、水が好適である。
すなわち、本発明におけるオゾン溶液としては、オゾン水が好ましい。オゾン水は、水の電気分解等を利用した公知のオゾン水生成装置から供給できる。
【0019】
前記オゾン処理において、前記セルロース含有物と前記オゾンとを接触させる方法は、特に制限されない。例えば、粉砕したセルロース含有物にオゾンガス又はオゾン溶液を吹き込んで接触させる方法、前記セルロース含有物を前記オゾン溶液に浸漬して接触させる方法、前記セルロース含有物を静置したところに、前記オゾン溶液を通液させて接触させる方法、等が挙げられる。より具体的な例として、オゾン耐性のカゴに前記セルロース含有物を入れて、そのカゴを前記オゾン溶液中に浸漬して揺り動かすことにより前記オゾン処理を行う方法が挙げられる。
【0020】
セルロース含有物に接触させるオゾンガス又はオゾン溶液中の、オゾンの濃度としては、1〜300mg/Lが好ましく、20〜250mg/Lがより好ましく、40〜200mg/Lがさらに好ましい。
上記範囲の下限値以上であると、セルロース含有物におけるセルロース中のセルロースの水素結合を弱めることができる。上記範囲の上限値以下であると、セルロース含有物中のセルロースのβ-(1,4)−グリコシド結合(主鎖)が分解されることを抑制できる。
【0021】
前記オゾン処理において、前記セルロース含有物と前記オゾンとを接触させる際の温度は、−10〜50℃が好ましく、−5〜40℃がより好ましく、0〜30℃がさらに好ましい。
上記範囲の下限値以上及び上限値以下であると、前記セルロース含有物におけるセルロース中のセルロース結晶の改質を充分に行い、後段のアルカリ処理をより効果的に行うことができる。
【0022】
前記オゾン処理において、前記セルロース含有物と前記オゾンとを接触させる際の処理時間の範囲は、通常48時間以下で行うことができ、0.1分〜300分が好ましく、1分〜200分がより好ましく、5分〜100分がさらに好ましい。
上記範囲の下限値以上及び上限値以下であると、前記セルロース含有物におけるセルロース中のセルロース結晶の改質を充分に行い、後段のアルカリ処理をより効果的に行うことができる。
前記オゾン処理によって得られる処理物に含まれるセルロース含有物の性状は、前記オゾン処理の前後で、若干白色を呈する場合もあるが、ほとんど変化しない。
【0023】
前記セルロース含有物におけるセルロースは、通常、結晶部分と非結晶部分とを有する。結晶部分は、セルロース分子鎖どうしが水素結合で平行に束ねられたミクロフィブリルから構成されていると、一般に考えられている。
【0024】
前記オゾン処理では、オゾンの酸化力を利用して、水酸基の酸化により、水素結合が低下したと考えられる。その結果、後段のアルカリ処理において、セルロース分子鎖とアルカリの接触が充分行われて、アルカリ処理による溶解の効率を向上できる。
【0025】
本発明のセルロース溶液の製造方法において、前記オゾン処理で得られたセルロース含有物をさらに乾燥処理して得られた処理物を、後述のアルカリ処理に用いることが好ましい。
前記乾燥処理を行うことによって、アルカリ処理時の処理物の溶解性を格段に高めることができる。この理由は、乾燥処理がセルロース含有物中のセルロース結晶の分解を促進するため、後段のアルカリ処理における溶解が促進できると推測される。
【0026】
前記乾燥処理の方法としては、前記オゾン処理を経たセルロース含有物を乾燥できる方法であれば特に制限されない。例えば、温風を吹き込んで乾燥する方法や、加熱乾燥機によって乾燥させる方法が挙げられる。乾燥する方法の中でも、加熱乾燥の方法が好ましい。
【0027】
前記乾燥処理の温度は、50〜160℃の範囲が好ましく、100〜140℃の範囲がより好ましい。オゾン処理を経たセルロース含有物を短時間で乾燥させることができ、焦げが生じる恐れも少ない。
上記範囲の下限値未満であると、前記セルロース含有物が乾燥しにくく、乾燥時間が長くなり、製造工程のボトルネックとなる恐れがある。
上記範囲の上限値超であると、前記セルロース含有物が焦げが生じる恐れがある。
【0028】
[アルカリ処理]
本発明のアルカリ処理におけるアルカリ水溶液としては、前記処理物(オゾン処理を経たセルロース含有物、又はオゾン処理および乾燥処理を経たセルロース含有物)のうち、少なくともセルロース(セルロース分子鎖)を溶解できるものであれば特に制限されない。例えば、水酸化ナトリウム、アンモニア水等が挙げられる。
これらのなかでも、水酸化ナトリウムが好ましい。水酸化ナトリウムを用いることにより、セルロースをNaイオンが吸着したセルロースNa塩とすることができる。その結果、当該セルロースの凝集や水素結合を抑制して、当該セルロースのアルカリ水溶液に対する溶解性を向上できる。
【0029】
前記アルカリ処理において、前記処理物と前記アルカリ水溶液とを接触させる方法は特に制限されない。例えば、前記処理物を前記アルカリ水溶液に浸漬して接触させる方法を採用しても良い。より具体的な例として、アルカリ耐性のカゴに前記処理物を入れて、そのカゴを前記アルカリ水溶液中に浸漬して揺り動かすことにより前記アルカリ処理を行う方法が挙げられる。
【0030】
前記アルカリ処理において、アルカリ水溶液が水酸化ナトリウム水溶液である場合には、その濃度(規定度)は、0.1〜10Nが好ましく、1〜5Nがより好ましい。
上記範囲の下限値以上及び上限値以下であると、前記処理物を充分に溶解することができる。
【0031】
前記アルカリ処理において、前記処理物と前記アルカリ水溶液とを接触させる際の温度は、−10〜50℃が好ましく、−5〜30℃がさらに好ましい。
上記範囲の下限値以上及び上限値以下であると、前記処理物を充分に溶解することができる。
【0032】
前記アルカリ処理において、前記処理物と前記アルカリ水溶液とを接触させる際の処理時間の範囲は、通常48時間以下で行うことができ、0.1分〜60分が好ましく、1分〜30分がさらに好ましい。
上記範囲の下限値以上及び上限値以下であると、前記処理物を充分に溶解することができる。
【0033】
前記アルカリ処理によって、前記処理物のうち、少なくともセルロースを溶解したセルロース溶液が得られる。
前記セルロース含有物中に、アルカリ水溶液に本来的に不溶な物質が含まれていた場合は、それらは前記アルカリ処理によっても溶解しない場合がある。これらの不溶成分は、フィルターろ過や遠心分離等の公知の方法によって、除去することが好ましい。
【0034】
[セルロース溶液]
本発明のセルロース溶液は、セルロース又はセルロース塩が、前記アルカリ水溶液中に溶解したものである。
前記セルロース塩としては、セルロースのナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩等の一価カチオンの塩、セルロースのマグネシウム塩、カルシウム塩等の二価カチオンの塩が挙げられる。前記セルロース塩は、通常、前記アルカリ処理に用いたアルカリ水溶液中のカチオンがセルロースに吸着することによって形成される。また、前記セルロース含有物由来の塩類によって、セルロース塩が形成されてもよい。
【0035】
本発明のセルロース溶液の性状は、以下の通りである。
・ セルロース分子鎖の重合度は、50〜50,000である。
・ アルカリ溶液(4N水酸化ナトリウム水溶液)を溶媒とした時の、前記処理物の溶解度は、1.0〜100質量%である。
・ 前記溶解度の範囲における、当該セルロース溶液の粘度は、0.001〜1000Pa・sである。
【0036】
本発明のセルロース溶液は、セルロースがアルカリ水溶液に溶解しているため、透明な薄い黄色を呈する。一方、前記オゾン処理を経ていないセルロースをアルカリ水溶液に分散させた場合、白濁した溶液となる。白濁の原因は、アルカリ水溶液中にセルロースの結晶成分が溶解せずに分散していることを示している。このような白濁したセルロースの懸濁液は、本発明のセルロース溶液とは明確に区別される。
【0037】
[セルロース析出体の製造方法]
本発明のセルロース析出体の製造方法は、本発明のセルロース溶液をpH7以下に調整することによって、セルロースを析出して得る方法である。
【0038】
前記セルロース溶液をpH7以下に調整する方法としては、種々の方法が適用できる。例えば、
・ 塩酸等の酸を、セルロース溶液に添加する。
・ 塩酸等の酸溶液中に、セルロース溶液を滴下、又は噴出する。
・ 塩酸等の酸溶液に対して、セルロース溶液を透析する。
【0039】
より具体的には、例えば前記セルロース溶液を酸性溶液中に押出すことによって、セルロース析出体を得ることができる。
前記酸性溶液としては、例えば4N塩酸が挙げられる。
前記セルロース溶液の濃度は特に制限されず、例えば1〜80質量%の範囲に調整すればよい。
【0040】
前記押出す方法として、細い孔(例えば口径1mm〜10mm)から前記酸性水溶液中に前記セルロース水溶液を噴出する方法によって、糸状に紡糸されたセルロース析出体を得ることができる。また細長い孔(例えばたて1mm×よこ300mm)から、同様に噴出することによって、フィルム状に形成されたセルロース析出体を得ることができる。さらに、前記酸性水溶液中に前記セルロース溶液を例えば0.05〜0.5mlで滴下することによって、球状(又は塊状、団子状)のセルロース析出体を得ることができる。
これらのセルロース析出体は、押出し時の圧力やセルロース溶液濃度を適宜調整することによって、セルロース繊維が比較的ほぐれ易い又は吸水性が高いセルロース析出体として得ることも可能である。
【0041】
前記セルロース溶液中にセルロース以外の不純物が混入している場合であっても、該不純物が前記酸性水溶液に可溶性のものであるならば、当該セルロース溶液中のセルロースを優先的に当該酸性水溶液中で析出させて、当該不純物を溶解したままにすることができる。すなわち、析出の過程で、セルロース析出体のセルロース純度を高めることができる場合がある。
例えば、セルロース溶液中のセルロースがカチオンとの塩を形成している場合、該塩は当該酸性水溶液中でセルロースから解離する。つまり、セルロース塩は、セルロースとして析出する。
【0042】
得られたセルロース析出体は、純水等で洗浄して酸成分や不純物を除去することが好ましい。
【0043】
[セルロース析出体]
本発明のセルロース析出体は、前述の本発明にかかるセルロース析出体の製造方法によって得られたものである。
当該セルロース析出体を構成するセルロースは、一度セルロース溶液中で溶解している。このため、水溶液中の分散性が高く、後述のセルロース糖化方法における原料として好適である。
【0044】
[セルロースの糖化方法]
本発明のセルロースの糖化方法は、本発明のセルロース析出体とセルロース分解酵素を含む水溶液とを接触させる酵素処理を行うことにより、水溶性オリゴ糖又はグルコースを含む水溶液を得る方法である。
【0045】
セルロース分解酵素は、セルロース分子のβ-(1,4)-グリコシド結合を加水分解することによってグルコースを生成する。この加水分解反応を起こすためには、酵素がセルロース分子鎖の所定の位置に吸着する必要がある。
一般のセルロースを基質とした場合、基質中のセルロース分子鎖の一部はセルロース結晶(結晶部分)を構成しているため、この結晶部分においては、セルロース酵素は所定の位置に吸着することが妨げられる。この結果、原料であるセルロースのうち、結晶部分を加水分解する効率が落ちてしまう。
【0046】
前記セルロース析出体には、セルロースから糖類への転換率を高める観点から、糖化反応を阻害するような不純物はなるべく含まれていない方が好ましい。すなわち、前記セルロース析出体のセルロース含有率は高いほど好ましい。
【0047】
前記セルロース析出体のpHは、使用するセルロース分解酵素の至適pH近傍に調整しておくことが好ましい。例えば、前記セルロース析出体を水又は酸性水溶液で洗浄しておくことが好ましい。その方法としては、例えば、該セルロース析出体を脱イオン水及び/又は酸性水溶液に浸漬して洗浄する方法を採用しても良いし、該セルロース析出体を静置したところに、脱イオン水及び/又は酸性水溶液を通液させて洗浄しても良い。より具体的な例として、カゴに前記セルロース析出体を入れて、そのカゴを脱イオン水及び/又は酸性水溶液中に浸漬して揺り動かし、適宜、該脱イオン水及び/又は酸性水溶液を交換する方法が挙げられる。
【0048】
前記酸性水溶液は、後段の酵素反応を阻害しないものであれば特に制限されず、例えば酢酸緩衝液、クエン酸緩衝液、リン酸緩衝液等が好適である。
前記酸性水溶液のpHの範囲は、後段の酵素反応を阻害しない範囲であればよく、pH2.0〜6.9が好ましく、pH3.0〜pH6.9がより好ましく、pH4.0〜pH6.0がさらに好ましい。
この範囲のpHであると、洗浄したセルロース析出体に含まれる水溶液のpHを、後段の酵素反応の至適pH(一般にpH4〜6)に合わせることができるので好ましい。
前記酸性水溶液の濃度は適宜調整すればよい。
【0049】
前記水及び/又は酸性水溶液で洗浄したセルロース析出体とセルロース分解酵素を含む水溶液とを接触させる方法は特に制限されない。例えば、前記セルロース析出体をセルロース分解酵素を含む水溶液に浸漬して接触させる方法を採用しても良いし、前記セルロース析出体を静置したところに、前記セルロース分解酵素を含む水溶液を通液させて接触させても良い。より具体的な例として、カゴに前記セルロース析出体を入れて、そのカゴを前記セルロース分解酵素を含む水溶液中に浸漬して揺り動かすことにより前記酵素処理を行う方法が挙げられる。
【0050】
前記セルロース分解酵素としては、セルロースを加水分解して水溶性オリゴ糖又はグルコースを生成できるものであれば特に制限されず、公知のセルロース分解酵素(セルラーゼ)を所定の量で用いればよい。ここで、該水溶性オリゴ糖は、2〜6分子程度のグルコースが縮合してつながった分子構造を有する水溶性のセロオリゴ糖をいう。
【0051】
前記セルロース分解酵素を含む水溶液には、pHを安定させるためのpH緩衝剤を含ませることが好ましい。該水溶液のpHとしては、該セルロース分解酵素の至適pH(酵素活性が高くなるpH)付近であることが望ましい。一般に、該至適pHは酸性〜中性であることが多いので、酢酸緩衝液、クエン酸緩衝液、リン酸緩衝液等が好適に用いられる。
【0052】
前記酵素処理において、前記セルロース析出体と前記セルロース分解酵素を含む水溶液とを接触させる際の温度は、該セルロース分解酵素の至適温度(酵素活性が高くなる温度)付近であることが望ましい。一般には、該至適温度は10〜80℃の範囲であり、40〜70℃がより好ましく、50〜65℃がさらに好ましい。
【0053】
前記酵素処理において、前記セルロース析出体と前記セルロース分解酵素を含む水溶液とを接触させる際の処理時間の範囲は、適切な酵素濃度、pH、温度であれば、14日以下で行うことができる。多くの場合、反応開始後1日間が最も反応速度が高く、その後2〜6日間で反応速度が徐々に低下し、反応開始10日後以降では反応がほぼ停止してセルロース析出体に含まれるセルロースのグルコースへの転換率が頭打ちになる傾向がある。
【0054】
ここで、前記転換率とは、セルロース析出体に含まれるセルロースの質量に対する、糖化反応により得られた糖類の質量の割合をいう。該糖類とは、前記水溶性オリゴ糖又はグルコースをいう。
【0055】
本発明のセルロース糖化方法では、セルロースの加水分解を酵素を用いて比較的穏やかな条件で行うため、純度の高い糖類を得ることができる。生成した前記糖類は前記セルロース分解酵素を含む水溶液中に溶解している。該糖類を該水溶液から回収して得る方法は特に制限されず、クロマトグラフィー等の公知の方法で行えばよい。
【実施例】
【0056】
次に、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例によって限定されるものではない。
【0057】
[実施例1]
セルロース含有物である綿糸100gに、50mg/Lのオゾン水を60分×3回接触させたのち、130℃で1時間の乾燥処理を行うことによって乾燥して、オゾンを除いた。
得られた処理物5gと、4Nの水酸化ナトリウム水溶液200gとをガラス製ビーカー(300mL)で混合して、25℃で30分間、接触させた。
実験の結果、前記処理物が完全に溶解したことを目視確認した。得られたセルロース溶液は透明な薄黄色であった。
【0058】
[実施例2]
セルロース含有物である綿糸100gに、200mg/Lのオゾンガス(空気との混合ガス)を10分間吹き込んで接触させたのち、130℃で1時間の乾燥処理を行うことによって乾燥して、オゾンを除いた。
得られた処理物5gと、4Nの水酸化ナトリウム水溶液200gとをガラス製ビーカー(300mL)で混合して、25℃で60分間、接触させた。
実験の結果、前記処理物が完全に溶解したことを目視確認した。得られたセルロース溶液は透明な薄黄色であった。
【0059】
[実施例3]
実施例2で得られたセルロース溶液を、シリンジ針先から、pH1.0の塩酸浴に、押し出したところ、φ0.1mm×長さ1m程度の糸状のセルロース析出体が得られた。
【0060】
[比較例1]
オゾン水をイオン交換水に変更した以外は、実施例1と同様に行った。つまり、オゾン処理は行わずに、アルカリ処理のみを行った。
実験の結果、セルロースは溶解しないことを目視確認した。アルカリ処理後の水酸化ナトリウム水溶液は白濁液であった。
【0061】
[実施例4]
実施例3で得られたセルロース析出体を 、脱イオン水に浸漬して8時間放置した。水で洗浄したセルロース析出体のうち乾燥重量換算で0.5gに相当する量を取り分けて、これに酢酸Na緩衝液(pH5.0)を加えて、試料A(pH5.0)とした。
つづいて、セルロース分解酵素であるセルラーゼSS(ナガセケムテック株式会社製;活性1600CUN/g以上)0.2mlを試料Aに添加してセルロース析出体と酵素とを接触させ、シェーカーによる振とうは行わずに静置して、40℃で維持した。
この酵素処理の開始後、所定日数経過後における反応液に含まれるグルコース量をHPLCにより測定し、「グルコース転換率(質量%)=生成したグルコースの質量/セルロース析出体の質量(0.5g)」の計算を行った。
実験の結果、グルコース転換率は1日後=32%、2日後=49%、3日後=72%となった 。その結果を図1において、「○」のプロットで示す。
【0062】
[比較例2]
比較例1の白濁液をフィルターろ過して得たろ過物を脱イオン水で充分に洗浄して、セルロース析出体の代わりに使用した他は、実施例4と同様に行った。
実験の結果、グルコース転換率は1日後=28%、2日後=44%、3日後=58%となった 。その結果を図1おいて、「□」のプロットで示す。
【0063】
[比較例3]
セルロース含有物である綿糸5gを、脱イオン水で充分に洗浄して、乾燥重量換算で0.5gに相当する量を取り分けて、これを基質として、実施例4と同様に酵素処理を行った。
実験の結果、グルコース転換率は1日後=11%、2日後=13%、3日後=28%となった 。その結果を図1おいて、「*」のプロットで示す。
【0064】
以上の結果から、本発明に係る実施例4は、比較例2〜3よりも、グルコース転換率が顕著に高いことが確認された。この結果は、セルロース析出体の表面積が、綿糸よりも増えたため、吸水性が高められたことが一因であると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明のセルロース溶液の製造方法、セルロース析出体の製造方法、セルロースの糖化方法、セルロース溶液、及びセルロース析出体は、セルロース含有物から糖類を製造するために広く利用することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース含有物とオゾンとを接触させるオゾン処理を行い、
得られた処理物とアルカリ水溶液とを接触させるアルカリ処理を行って、
前記セルロース含有物のうち、少なくともセルロースを、前記アルカリ水溶液に溶解させることを特徴とするセルロース溶液の製造方法。
【請求項2】
前記オゾン処理後に乾燥処理を行い、前記処理物を得ることを特徴とする請求項1に記載のセルロース溶液の製造方法。
【請求項3】
前記乾燥処理の温度が、50〜160℃であることを特徴とする請求項1又は2に記載のセルロース溶液の製造方法。
【請求項4】
前記オゾンの濃度が1〜300mg/Lであり、且つ前記オゾン処理の時間が1〜300分であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のセルロース溶液の製造方法。
【請求項5】
前記アルカリ処理において、−10℃〜50℃の温度範囲で、0.1〜10Nの前記アルカリ水溶液に、前記処理物を、0.1〜60分の時間範囲で接触させることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のセルロース溶液の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の製造方法によって得られたセルロース溶液。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の製造方法によって得られたセルロース溶液をpH7以下に調整して、セルロースを析出して得ることを特徴とするセルロース析出体の製造方法。
【請求項8】
請求項7に記載の製造方法によって得られたセルロース析出体。
【請求項9】
請求項7に記載の製造方法によって得られたセルロース析出体とセルロース分解酵素を含む水溶液とを接触させる酵素処理を行うことにより、水溶性オリゴ糖又はグルコースを含む水溶液を得ることを特徴とするセルロースの糖化方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−52081(P2012−52081A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−214124(P2010−214124)
【出願日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【出願人】(592134583)愛媛県 (53)
【出願人】(000002174)積水化学工業株式会社 (5,781)
【出願人】(508194892)日本環境設計株式会社 (10)
【Fターム(参考)】