説明

セレノメチオニン含有タンパク質生産酵母

【課題】酵母においてX線結晶構造解析に使用する、L−セレノメチオニン化(セレノメチオニン化)タンパク質を大量生産するための手段を提供する。
【解決手段】セレノメチオニンに感受性であるピキア属酵母に自然変異によりL−セレノメチオニン耐性を付与し、セレノメチオニン化タンパク質を生産するピキア属酵母。さらにメチオニンアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子をピキア属酵母に導入し、良好なL−セレノメチオニン化タンパク質生産性を有する酵母。これにより、L−セレノメチオニン化(セレノメチオニン化)タンパク質を大量生産することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質のX線結晶構造解析に使用する、L−セレノメチオニン化タンパク質の生産に好適な酵母菌株、及び該酵母菌株を使用したL−セレノメチオニン化タンパク質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質の高次構造解析は主にX線結晶構造解析や核磁気共鳴スペクトル(NMR)により行なわれており、種々の生命現象の解明に貢献している。X線結晶構造解析において、類似の分子構造が既に公知である場合については、分子置換法を利用しその構造をモデリングすることが可能であるが、アミノ酸一次配列上類似のタンパク質で高次構造が明らかになっていない場合には、重原子を結晶中にソーキングすることで重原子同形置換結晶を得ることが出来る。これを重原子置換しない結晶とともにX線解析を行なうと、既知のタンパク質からの回折X線の位相を決定することができるようになる。この方法は多重重原子同形置換法とよばれる。
【0003】
もう一つの方法として異常分散法が挙げられる。X線は原子によって散乱されるが、入射X線と波長が同じ散乱X線がX線解析に用いることができ、その位相は180°ずれる。これを正常散乱という。一方、原子によって非常によく吸収されてしまう波長を吸収端というが、ある原子の吸収端に近いX線をその原子に照射すると、散乱されるX線の波長は変わらないが位相に微妙なずれを生じる。このような散乱を異常分散ないし異常散乱という。この異常分散を利用して位相を決定する方法が異常分散法である。この異常分散法を利用する場合に、ヘモグロビンなどの鉄原子を含むタンパク質などではもともと含まれる金属原子を利用することが出来るが、多くの場合はタンパク質に金属を取り込ませる必要がある。その例としては、メチオニンの硫黄原子をセレン原子に変換する方法が挙げられる(非特許文献1)。
【0004】
大腸菌などの宿主の場合、培地中にセレノメチオニンを添加することで発現するタンパク質中のメチオニンがセレノメチオニンに置換されたタンパク質を生産することが出来る。しかし本来セレン原子は細胞にとって毒性を有することが知られており、セレノメチオニン化されたタンパク質を発現させることについては非常に効率が悪い。この点を改良すべく、大腸菌やコムギ胚芽などの無細胞タンパク質合成系を利用し、セレノメチオニン化したタンパク質を生産することが検討されているが、これらの系ではタンパク質を大量に調製することが難しく、またコストもかかるという問題がある。
【0005】
一方、酵母はタンパク質の大量生産宿主として利用されているものであり、酵母を利用したセレノメチオニン化タンパク質の生産についてもSaccharomyces cerevisiaeとPichia pastorisで報告例があるが(非特許文献2〜5)、これらはセレノメチオニン耐性株ではないので、いずれも菌体をある程度まで生育させてから、セレノメチオニン入の培地に交換することでセレノメチオニン化タンパク質を発現させている。しかし、この方法では培地交換が必要で煩雑となる。特にジャーファーメンターなどを利用した生産法の場合、1台のジャーファーメンターでの培地の全交換は不可能であり、フラスコなどでの生産でしか利用できない。仮に5L分の培養が必要とすると、フラスコの場合、250mlのフラスコ培養を20本行なう必要があり煩雑なのは明白である。そのうえ、セレノメチオニン入の培地で長時間培養は難しいという問題があり、大量にタンパク質を生産させることが難しい。
【0006】
これらのことから、酵母にセレノメチオニン耐性を付与することでこれらの問題を解決できることが予想される。セレノメチオニン耐性酵母については既に報告例 [特許文献1]があるが、この例ではセレノメチオニン耐性を付与することで硫黄ひいては硫化水素系代謝の改善を目的としており、実際にセレノメチオニン化タンパク質を得ておらず、この報告例においては、酵母で取り込まれたセレノメチオニンがアミノ酸として利用されている根拠はなく、細胞内で代謝が抑制されている可能性が高い。
ポストゲノム時代におけるタンパク質創薬や阻害剤開発において、今後タンパク質高次構造情報解析が必須となることが予想される。このような観点から、産業的にもセレノメチオニン化タンパク質を生産することは必要であると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】:特開平8-214869号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】:平山令明、生命科学のための結晶解析入門、丸善株式会社
【非特許文献2】:Bushnell et al., Structure, 9, R11-R14 (2001)
【非特許文献3】:Larsson et al., Acta Cryst. D58, 346-348 (2002)
【非特許文献4】:Xu et al., Acta Cryst. D58, 542-545 (2002)
【非特許文献5】:Laurila et al., J. Struct. Biol., 149, 111-115 (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、上記の現状に鑑み、酵母においてL−セレノメチオニン化(セレノメチオニン化)タンパク質を大量生産するための手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、本来セレノメチオニンに感受性である酵母に自然変異により耐性を付与し、L−セレノメチオニン化タンパク質を生産する酵母を新たに作出し、該酵母がL−セレノメチオニン化タンパク質を効率よく生産することを実証するとともに、さらにメチオニンアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子を酵母に導入して得た形質転換体が良好なL−セレノメチオニン化タンパク質生産性を有することを見いだし、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
(1)L−セレノメチオニン耐性で、かつL−セレノメチオニン化タンパク質生産能力を有することを特徴とする、ピキア属に属する酵母菌株。
(2)さらにセレン酸耐性であることを特徴とする、上記(1)に記載の酵母菌株。
(3)酵母菌株がピキア パストリス(Pichia pastoris)に属する菌株であることを特徴とする、上記(1)または(2)に記載の酵母菌株。
(4)L−セレノメチオニンをtRNAと結合できる能力を有するメチオニンアミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子が導入されていることを特徴とする、ピキア属に属する形質転換酵母菌株。
(5)酵母菌株がピキア パストリス(Pichia pastoris)に属する菌株であることを特徴とする、上記(4)に記載の形質転換酵母菌株。
(6)酵母菌株が、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の菌株である上記(4)に記載の形質転換酵母。
(7)L−セレノメチオニンをtRNAと結合できる能力を有するメチオニンアミノアシルtRNA合成酵素が大腸菌由来であることを特徴とする、上記(6)に記載の酵母菌株。
(8)さらに、X線結晶構造解析の対象タンパク質の遺伝子が導入されていることを特徴する、上記(1)〜(7)に記載の酵母菌株。
(9)上記(1)〜(6)のいずれかに記載の酵母菌株を、L−セレノメチオニン含有培地に培養し、得られる培養物からL−セレノメチオニン化タンパク質を採取することを特徴とする、セレノメチオニン化タンパク質の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、酵母を用いて、L−セレノメチオニン化タンパク質を効率よく安価に大量生産することができる。本発明の技術は、タンパク質のX線結晶構造解析におけるタンパク質生産を可能にし、種々の医薬品開発に大いに貢献しうる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】各セレノメチオニン耐性株を、YPD培地、L−セレノメチオニン含有培地、及びセレン酸含有培地で培養した結果を示す図である。
【図2】セレノメチオニン耐性株SMR−1、SMR−37、SMR―94が産生するセレノメチオニン化されたタンパク質を質量分析計を用いて解析した結果を示す図である。矢印がセレノメチオニンを含むペプチドである。
【図3】セレノメチオニン化されたタンパク質のXAFSの測定結果を示す図である。
【図4】セレノメチオニン耐性株SMR-1にMetG遺伝子を導入した場合としない場合とにおける、産生するタンパク質のセレノメチオニン含有率を質量分析計により測定した結果を示す図である。左がmetG遺伝子を導入していない株、右がmetG遺伝子導入株。1および3がメチオニンを含むペプチド、2および4がセレノメチオニンを含むペプチドである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、L−セレノメチオニン耐性で、かつL−セレノメチオニン化タンパク質生産能力を有するピキア属に属する酵母菌株に関するものであり、また、L−セレノメチオニンをtRNAと結合できる能力を有するメチオニンアミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子が導入されたピキア(Pichia)属に属する形質転換酵母菌株に関するものである。
前者の酵母菌株は、L―セレノメチオニン含有培地で、ピキア属酵母を培養し、コロニーを生ずる菌株を選抜し、さらに、L−セレノメチオニン化タンパク質の生産能を検定して得られたものである。該酵母菌株の性質におけるL−セレノメチオニン耐性とは、L−セレノメチオニン100 μg/ml含有培地で増殖可能である性質をいう。L−セレノメチオニン含有する培地で、単に生残するのみの菌株は除外される。
具体的な酵母菌株としては、ピキア パストリス(Pichia pastoris)SMR−1株、同SMR−37株、同SMR−94株が挙げられ、これら菌株は、独立行政法人 産業技術総合研究所特許生物寄託センターに、それぞれ順に寄託番号FERM P―20807、FERM BP―10787、FERM BP―10788として寄託されている。これら菌株のうちSMR−94はセレノメチオニンの取り込みが優れており、X線結晶構造解析時の位相決定のためのタンパク質生産において特に優れている。
【0015】
また、後者の形質転換酵母において導入する遺伝子であるL−セレノメチオニンをtRNAと結合できる能力を有するメチオニンアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子としては、例えば、大腸菌のメチオニンアミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子が挙げられる。該遺伝子の配列は既知であり(Genbankなど;配列番号1参照)、該遺伝子は、例えば、市販の大腸菌の染色体DNAを鋳型として、該遺伝子の配列を基に作成したプライマーを使用して、PCR増幅することにより取得することができる。しかし、L−セレノメチオニンをtRNAと結合できる能力を有するものであれば、特に大腸菌由来のもののみには限定されない。
上記メチオニンアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子をピキア(Pichia)属酵母に導入するためには、通常の遺伝子組み換え手段に従えばよく、例えば、上記メチオニンアミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子をプラスミド等の発現ベクターに挿入し、該ベクターを用いて、ピキア属の菌株を形質転換する。使用する宿主としては、例えばピキア パストリス(Pichia pastoris)が挙げられる。また、これらピキア属菌はL−セレノメチオニン耐性株でなくとも、セレノメチオニン化タンパク質を生産可能ではあるが、L−セレノメチオニン耐性株であることがより好ましい。上記SMR−1株、同SMR−37株、同SMR−94株は宿主としていずれも好適である。
【0016】
以上説明した本発明のピキア属の菌株乃至形質転換株は、L−セレノメチオニンを取り込み、該菌株が産生するタンパク質の構成アミノ酸残基のうちメチオニン残基をセレノメチオニン化し、セレノメチオニン化タンパク質を生産するが、本発明によれば、ピキア属の菌株が本来的に生産するタンパク質の他に、ヒト等の他の生物由来のタンパク質もセレノメチオニン化することができる。
これには、X線結晶構造解析を行う対象とするタンパク質をコードする遺伝子DNAを、本発明のピキア属菌株乃至形質転換株に導入する。この解析対象タンパク質の遺伝子DNAの導入も通常の遺伝子組み換え手段に従えばよい。このようにして得られた形質転換体は、解析対象のタンパク質を発現するが、この発現タンパク質は、セレノメチオニン化されている。セレノメチオニン化タンパク質を得るには、上記のようにして得られた本発明の形質転換酵母をL−セレノメチオニン含有培地で培養し、培養物からセレノメチオニン化タンパク質を回収することにより行う。
またタンパク質の回収と精製は、セレノメチオニン化されていないタンパク質を発現した場合と同様の手法で行なうことができる。このようにして得られたセレノメチオニン化タンパク質は、異常分散法によるX線結晶構造解析に供することができる。
以下に、本発明の実施例を示すが、本発明は、実施例により限定されるものではない。
【実施例】
【0017】
[実施例1]セレノメチオニン耐性酵母の育種
P. pastoris SMD1168はセレノメチオニン感受性であるが、以下の方法によりセレノメチオニン耐性株を取得した。
具体的にはSMD1168を5 mLのYPD(Difco)液体培地に接種し30℃で一晩培養後、遠心により菌体を回収し5 mLの滅菌水を加えてよく撹拌し再度遠心分離することで菌体を洗浄した。この操作を2回繰り返した。得られた洗浄菌体を再度5 mLの滅菌水に懸濁した。この菌体0.42 OD600分を3.13μg/mLのL-セレノメチオニンを含むSD-Met寒天培地に塗布し、30℃で6日間静置培養することでコロニーを得た。さらに、この取得したコロニーを、選択培地として、100μg/mlのL-セレノメチオニンを含む以下のSD(-Met)寒天培地に植菌して再び培養して、生育した株を取得した。
(SD(-Met)寒天培地)
2% 寒天、2% グルコース、0.67% Yeast Nitrogen Base w/o amino acid(Difco)、20 mg/L L-塩酸アルギニン、L-ヒスチジン塩酸-水和物、L-メチオニン、L-トリプトファン、ウラシル、30 mg/L L-イソロイシン、L-塩酸リジン、L-チロシン、50 mg/L L-フェニルアラニン、100 mg/Lアデニンヘミスルフェイト塩、L-ロイシン、150 mg/L L-バリン、 200 mg/ml L-トレオニン
以上の組成からL-メチオニンを除いたもの
変異処理前の酵母であるSMD1168は100μg/mlのL-セレノメチオニンを含むSD(-Met)寒天培地では生育できないが得られた酵母は生育可能であったことより、取得株はL-セレノメチオニン耐性株であることが確認できた。
【0018】
[実施例2]セレン酸を用いたセレノメチオニン含有糖タンパク質を生産する酵母のスクリーニング
実施例1で得られた160個のL-セレノメチオニン耐性株から、さらにセレン酸ナトリウムを利用した以下の方法により2次スクリーニングを行なった。
具体的には、得られた160個のL-セレノメチオニン耐性株をYPD(Difco)寒天培地に塗布し30℃で一晩培養を行った。生育した菌体は滅菌水に懸濁し1.0 OD600に調整後、5倍ずつ5段階の希釈を行った。調整した菌体溶液は10 mMのセレン酸を含むYPD寒天培地に3μlずつ滴下し30℃で2日間培養を行った。その結果、元株のSMD1168株ではセレン酸耐性を示したのに対し、SMR-1を含む大半のL-セレノメチオニン耐性株がセレン酸感受性であった。しかし160株のL-セレノメチオニン耐性株のうち、SMR-37はセレン酸超感受性を示し、SMR-94はセレン酸耐性を示した(図1)。
上記L-セレノメチオニン耐性株のうち、良好な性質を示すピキア パストリス(Pichia pastoris)SMR-1、SMR-37、SMR-94は、独立行政法人 産業技術総合研究所特許生物寄託センターにそれぞれ寄託番号FERM P―20807、寄託番号FERM BP―10787、寄託番号FERM BP―10788として寄託した。
【0019】
[実施例3]セレノメチオニン化されたヒト・リゾチームの発現
セレノメチオニン化タンパク質の発現は以下の方法で行った。
ヒト・リゾチーム遺伝子は酵母での発現に適したコドン使用になるよう設計された化学合成された遺伝子を鋳型とした(Muraki et al., Agric. Biol. Chem., 50, 713-723 (1986)、およびJigami et al., Gene, 43, 273-279 (1986))。ヒト・リゾチームの分泌シグナルをS. cerevisiaeのαファクターの分泌シグナルに置換しグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(TDH3)プロモーターで発現するようなプラスミドを構築し、実施例2において取得した耐性株SMR-1、SMR-37、及びSMR-943をそれぞれ形質転換した。これら耐性株への遺伝子導入は塩化リチウム法を用いた。すなわち、これら耐性株をそれぞれ50 mlのYPDで培養を行い約108細胞/mlまで増殖した培養液を遠心により集菌し滅菌水、100 mM塩化リチウム溶液で順次洗浄し、最終的に400μlの100 mM 塩化リチウム溶液に菌体を懸濁した。この菌体懸濁液50μlに240μlの50% ポリエチレングリコール(PEG)#3350、36μlの1 M 塩化リチウム、25μlの2 mg/mlサケ精子DNA、50μlのStuIで制限酵素処理したリゾチーム発現ベクターを加えよく撹拌し、30℃で30分間、42℃で20分間静置した。この菌体液から遠心により上清を除き、1 mlの滅菌水で懸濁し、以下のSD(-His)寒天培地に塗布し、30℃で3日間培養した後に形質転換体を選抜した。
(SD(-His)寒天培地)
2% 寒天、2% グルコース、0.67% Yeast Nitrogen Base w/o amino acid(Difco)、20 mg/L L-塩酸アルギニン、L-ヒスチジン塩酸-水和物、L-メチオニン、L-トリプトファン、ウラシル、30 mg/L L-イソロイシン、L-塩酸リジン、L-チロシン、50 mg/L L-フェニルアラニン、100 mg/Lアデニンヘミスルフェイト塩、L-ロイシン、150 mg/L L-バリン、200 mg/ml L-トレオニン
以上の組成からL-ヒスチジン塩酸-水和物を除いたもの
これら形質転換体でヒト・リゾチームの分泌発現を行った。具体的には各形質転換体を5 mLのYPD液体培地に接種し30℃で一晩培養した。増殖した形質転換体を洗浄し、200 mLの以下の発現用液体培地にさらに50μg/mlのL-セレノメチオニンを含有させた培地に、OD600が0.01となるように接種し30℃で5日間振盪培養を行った。
(発現用液体培地)
1.34% Yeast Nitrogen Base w/o amino acid(Difco)、100 mM リン酸カリウム緩衝液(pH6.0)、2% グルコース、10 mg/L myo-イノシトール、90 mg/L アデニンヘミスルフェイト、ウラシル、L-アルギニン塩酸塩、L-ヒスチジン塩酸-水和物、L-トリプトファン、L-イソロイシン、L-リジン塩酸塩、L-チロシン、L-ロイシン、120 mg/L L-システイン、150 mg/L L-フェニルアラニン、200 mg/L L-プロリン、L-アラニン、300 mg/L L-アスパラギン酸、L-グルタミン酸、L-グルタミン、コハク酸、340 mg/L チアミン、450 mg/L L-バリン、600 mg/L L-トレオニン、1200 mg/L L-セリン
培養後、培養液から遠心分離にて培養上清を回収し、これを限外濾過で濃縮し、透析により脱塩を行った。透析後の粗酵素溶液は陰イオン交換クロマトグラフィーを行うことでヒト・リゾチームの精製酵素を得た。
【0020】
[実施例4]タンパク質に含まれるセレン元素の確認
得られたリゾチームにセレノメチオニンが含まれていることの確認は質量分析計を用いて行った。すなわち精製酵素をトリプシン消化することでペプチド断片化し、ペプチドマスフィンガープリンティング法により質量分析を行った。メチオニンを含むペプチド断片は予想される質量よりも硫黄元素とセレン元素の質量差分である48増加した位置にピークが観測された。この結果はリゾチーム発現ベクターを導入した3株(SMR-1、SMR-37、SMR-94)すべてにみられ、それらの結果を図2に示す。
さらに上記3株から得られたリゾチームについて、アミノ酸組成分析を行なった。リゾチーム5μgまたは10μgを酸加水分解後、20 mM塩酸200μlに溶解しそのうち50μlをアミノ酸分析計(日立L8500形アミノ酸分析計)にて定量分析を行った。メチオニンがセレノメチオニンに置換された場合その分だけメチオニンの含量が減ることになり、減ったメチオニンの量がセレノメチオニンの含量に換算できる。システイン、トリプトファン、プロリン以外のアミノ酸組成からメチオニンの割合を算出したところ、野生型酵母で発現したリゾチームでは1.9 mol/mol proteinであるのに対し、SMR-1では 1.4 mol/mol protein、SMR-37では0.5 mol/mol protein、SMR-94では0.7 mol/mol proteinであった(表1)。
【0021】
【表1】

【0022】
このことから上記3株のいずれのもL-セレノメチオニンをタンパク質に転移する能力を有していることが明らかとなり、SMR-94では65%のメチオニンが、またSMR-37では75%のメチオニンがセレノメチオニンに置換されていることが示唆された。
またこの質量差がセレン元素であることの確認をX線吸収微細構造(XAFS)により定性分析を行った。すなわちSMR-94株より精製酵素を濃縮し、高エネルギー加速器研究機構の放射光ビームライン(BL-5A)でX線を照射したところ、セレン原子特有のK殻吸収端が観測された(図3)。以上より、取得した酵母はL-セレノメチオニン耐性であるとともに、L-セレノメチオニンをタンパク質に転移する能力を有していることが明らかとなった。
【0023】
[実施例5]大腸菌メチオニンアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子のクローニング
大腸菌でのセレノメチオニン含有タンパク質の発現は一般的方法であり、その発現タンパク質のセレノメチオニン含有率はほぼ100%に近い。表1に示した通り酵母で発現させたセレノメチオニン化タンパク質は依然としてメチオニンが多く含まれていることが推察される。そこでセレノメチオニン含有率の向上を目的として、大腸菌のメチオニンアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子のクローニングを行った。
大腸菌ゲノムデータベース(http://genolist.pasteur.fr/Colibri/)に記載されている情報をもとにメチオニルtRNA合成酵素をコードする遺伝子(metG)をPCR法によって増幅し単離した。単離したmetGの塩基配列を配列番号1に示す。具体的には大腸菌BL21株(ノバジェン社)の染色体DNAを調製しPCRの鋳型とした。metGを増幅するためのプライマーとして、5’-gcgcTTCGAAatgactcaagtcgcgaag-3’(配列番号2)と 5’-gcgcTCTAGActaGCTAGCtttcacctgatgacccg-3’(配列番号3)を使用した。
増幅された約2k bpのDNA断片をBstBIとXbaIで消化し同様に処理したベクター(pGAPzαA:インビトロジェン社製)に導入することでpGZ-metG-Cを得た。得られたベクターにHAタグをコードするDNA断片を導入することでMetGタンパク質のC末端側にHAタグが融合されたタンパク質を発現するベクターpGZ-metG-CHAを得た。
【0024】
[実施例6]大腸菌メチオニルtRNA合成酵素遺伝子が導入された酵母の育種
酵母への遺伝子導入は塩化リチウム法を用いた。すなわち、実施例1と同様に、ピキア パストリス(Pichia pastoris)SMR-1株を塩化リチウム溶液で懸濁した後、この細胞にAvrIIで制限酵素処理したpGZ-metG-CHAを接触させた。接触後菌体液から遠心により上清を除き、1 mlのYPD培地を加え30℃で4時間震盪培養を行った。培養液を選択培地(100μg/mlのZeocin、2%寒天を含むYPD培地)に塗布し、形質転換体を30℃で3日間培養後に選抜した。
得られた形質転換体でのMetGタンパク質の発現の確認を行った。すなわち形質転換体を5ml YPD培地に接種し、30℃で24時間振盪培養を行った。その後109細胞分を遠心にて回収しガラスビーズにより細胞を破砕した。破砕液を試料としてSDS-ポリアクリルアミド電気泳動及びPVDF膜への転写を行い、抗HA抗体を用いた免疫染色を行った。これにより抗HA抗体特有のシグナルが得られたことよりMetGタンパク質の細胞内での発現を確認した。
MetGタンパク質発現の確認ができた形質転換体について、実施例3と同様にリゾチーム発現ベクターを導入し、セレノメチオニン含有タンパク質の発現、精製を行った。
精製標品は実施例4に示したように、質量分析計にてセレノメチオニン含有の確認を行った。対照実験としてMetGタンパク質を発現しない宿主から得たリゾチームも同様に解析を行った。その結果、図4に示されるように、メチオニンを含むペプチドに対して、セレノメチオニンを含んだペプチドを示すピーク強度が約10%増加したことから、大腸菌tRNA合成酵素によってセレノメチオニンをタンパク質に転移していることが裏付けられた。
【0025】
[実施例7] 大腸菌メチオニルtRNA合成酵素遺伝子および大腸菌メチオニンtRNAが導入された酵母の育種
さらに効率を向上させるため、大腸菌メチオニンアミノアシルtRNA合成酵素の基質となる大腸菌由来メチオニンtRNAのクローニングを行なった。
大腸菌ゲノムデータベース(http://genolist.pasteur.fr/Colibri/)に記載されている情報をもとにメチオニルtRNA合成酵素をコードする遺伝子(metG)をPCR法によって増幅し単離した。具体的にはDH5α株(TOYOBO社製)の染色体DNAを調製しPCRの鋳型とした。metGを増幅するためのプライマーとして、5’-gcgcCTCGAGatgactcaagtcgcgaag-3’(配列番号4)および5’-gcgcTCTAGAttatttcacctgatgaccc-3’(配列番号5)を使用した。増幅された約2k bpのDNA断片はXbaIおよびXhoIで消化し、同様に処理したpBluescriptIISK(+) (Stratagene社)に導入することでpBS-metGを得た。このpBS-metGを鋳型とし、実施例5で使用したプライマー(配列番号2)および配列番号5を用いてPCR反応を行うことでmetG遺伝子を増幅した。これをBstBIXbaIで消化し、同様に処理したpGAPZαA(インビトロジェン社製)に導入することで、pGZ-metGを得た。さらにこのプラスミドにtRNAを含むDNA断片の挿入を行った。具体的にはpUC-EctRNAをHidIIIEcoRIで処理し同様に処理したpBluscriptIISK(+)に導入し、pBS-EctRNAを作成した。これをBamHIで消化しtRNAmetを含むDNA断片を精製し、pGZ-metGのBglII認識部位に挿入することで、pGZ-EctRNA-metGを作成した。得られたプラスミドは実施例6と同様の方法で、ピキア パストリス(Pichia pastoris)SMR-37株、SMR-94株にそれぞれ導入し、形質転換体SMR37tR、SMR-94tRを得た。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明によれば、セレノメチオニン化タンパク質を効率よく安価に大量生産することができる。本発明は、タンパク質のX線結晶構造解析におけるタンパク質生産を可能にし、癌などの腫瘍マーカータンパク質の阻害剤開発など、種々の医薬品開発に利用しうる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
L−セレノメチオニンをtRNAと結合できる能力を有するメチオニンアミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子が導入されていることを特徴とする、ピキア属に属する形質転換酵母菌株。
【請求項2】
酵母菌株がピキア パストリス(Pichia pastoris)に属する菌株であることを特徴とする、請求項1に記載の形質転換酵母菌株。
【請求項3】
酵母菌株が、下記(1)〜(3)のいずれかに記載の菌株である請求項1に記載の形質転換酵母。
(1) L−セレノメチオニン耐性で、かつL−セレノメチオニン化タンパク質生産能力を有することを特徴とする、ピキア属に属する酵母菌株。
(2) さらにセレン酸耐性であることを特徴とする、上記(1)に記載の酵母菌株。
(3) 酵母菌株がピキア パストリス(Pichia pastoris)に属する菌株であることを特徴とする、(1)または(2)に記載の酵母菌株。
【請求項4】
L−セレノメチオニンをtRNAと結合できる能力を有するメチオニンアミノアシルtRNA合成酵素が大腸菌由来であることを特徴とする、請求項3に記載の酵母菌株。
【請求項5】
さらに、X線結晶構造解析の対象タンパク質の遺伝子が導入されていることを特徴する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の酵母菌株。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の酵母菌株を、L−セレノメチオニン含有培地に培養し、得られる培養物からL−セレノメチオニン化タンパク質を採取することを特徴とする、セレノメチオニン化タンパク質の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−254817(P2011−254817A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−136463(P2011−136463)
【出願日】平成23年6月20日(2011.6.20)
【分割の表示】特願2008−502854(P2008−502854)の分割
【原出願日】平成19年3月2日(2007.3.2)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度高エネルギー加速器研究機構委託研究「糖ヌクレオチド代謝回路関連酵素群」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(507367851)株式会社グライコジーン (1)
【Fターム(参考)】