ゼオライト−パラジウム複合体、その複合体の製造方法、その複合体を含む触媒、およびその触媒を用いるカップリング化合物の製造方法
【課題】鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す不均一系触媒が容易に調製できる技術を提供する。
【解決手段】FAU型ゼオライトと、FAU型ゼオライトに担持されており、配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターを備えるゼオライト−パラジウム複合体を提供する。
【解決手段】FAU型ゼオライトと、FAU型ゼオライトに担持されており、配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターを備えるゼオライト−パラジウム複合体を提供する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゼオライト−パラジウム複合体、その複合体の製造方法、その複合体を含む触媒、およびその触媒を用いるカップリング化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鈴木・宮浦カップリング反応(下記化学反応式参照)は、芳香族ホウ素化合物をハロゲン化アリールとカップリングさせる反応であり、医薬品などの生物活性物質や有機EL等機能性分子の原料を合成する上で極めて有用なツールである。
【0003】
【化1】
【0004】
鈴木・宮浦カップリング反応の原料として用いられる芳香族ホウ素化合物は、目的とした官能基(ハロゲン化物)だけが反応し、また水や空気に対して安定で、結晶性の固体として長期の保存が可能である。さらに、上記の鈴木・宮浦カップリング反応の副生成物のホウ酸塩は、毒性がなく、しかも水洗いで目的物から簡単に分離できる。これらの特徴より、鈴木・宮浦カップリング反応は、実験室レベルから工業規模まで、幅広く活用されている。
【0005】
また、Heck反応(下記化学反応式参照)はハロゲン化アリールまたはビニルを末端オレフィンとクロスカップリングさせて置換オレフィンを合成する反応である。この反応は官能基選択性に優れ、一般的に収率も高く、炭素−炭素結合を伸ばすには有用な有機合成反応である。この反応は0価の金属Pdが高い活性を示す代表的な例として、有機化学では注目され、現在農薬や製薬、抗体などの製造に応用される。
【0006】
【化2】
【0007】
一方、鈴木・宮浦カップリング反応、Heck反応などの様々な反応の触媒として用いられる、通常の有機金属化合物を含む触媒は、反応性が高く、さまざまな反応に応用できるが、反応させたい官能基以外とも反応するという問題がある。これに対して、ゼオライトに担持したパラジウム触媒は、NOx選択還元、触媒燃焼、有機合成など様々な触媒反応に有用であるが、ゼオライト細孔内で形成されるPdクラスターの構造やその形成過程は十分には調べられていない(非特許文献1)。
【0008】
例えば、非特許文献2には、Pd(NH3)42+−担持NaYゼオライトが、空気中、低Pd濃度で臭化アリールまたは塩化アリールとフェニルボロン酸誘導体のSuzuki−Miyaura(SM)反応に対する高活性触媒前駆体であることを見出した旨が記載されている。また、この文献には、臭化アリールとアリ−ルボロン酸は、純水及びN,N−ジメチルホルムアミド/水混合物(1/1)中で、数分以内に、4×105h−1に至るターンオーバ頻度(TOF)で、効果的にカップリングし、少量の水の存在がクロロアレ−ンとの反応の達成に重要であった旨も記載されている。
【0009】
また、非特許文献3には、臭化アリ−ル類とアリ−ルほう素酸類のSuzuki交差カップリングによるビアリ−ル誘導体の合成で、不均一系触媒Pd(0)−Yゼオライト(I)を配位子添加なしで使用し、高収率で目的物を得た旨が記載されている。また、この文献には、共存させる塩基はNa2CO3、あるいはCs2CO3が、溶媒にはDMF/H2OあるいはDMA/H2Oが最適で、溶媒系にH2Oの共存が必要であった旨も記載されている。さらに、この文献には、例えば、4−CN−PhBrとPhB(OH)2をIとNa2CO3存在下にDMF/H2O溶媒中,室温で反応させ4−シアノビフェニルを収率100%で得、触媒は繰返し使用が可能であった旨も記載されている。
【0010】
さらに、非特許文献4には、Pd(NH3)4Cl2を含浸させたNaYゼオライトを酸素気流中で焼成し、Pd(II)−NaYゼオライト触媒を調製した際に、塩基の存在下に本触媒を用いてDMF/水混合溶媒中で標題交差カップリング反応を行い、対応するビアリ−ルを収率よく合成した旨が記載されている。また、この文献には、塩基として炭酸ナトリウム又は炭酸カリウムを、溶媒としてDMFと水の1:1混合物を使用した場合に最良の結果が得られ、触媒は反応液をろ過することによって容易に回収でき、繰返し使用することも可能であった旨も記載されている。
【0011】
それ以外に、非特許文献5〜16に示すように、様々なPd触媒による鈴木カップリング反応方法が報告されている。また、それらの文献の中には、触媒系のTONが100万付近である旨報告しているものもある。
【0012】
【非特許文献1】K. Okumura, K. Kato, T. Sanada, M. Niwa, J. Phys. Chem. C, 111, 14426(2007)
【非特許文献2】DURGUN Guelay, AKSIN Oezge, ARTOK Levent, J. Mol. Catal. A, 278, (2007) 179
【非特許文献3】ARTOK L, BULUT H, Tetrahedron Letters, 45(2004) 3881-3884
【非特許文献4】BULUT H, ARTOK L, YILMAZ S, Tetrahedron Letters, 44(2003) 289-291
【非特許文献5】丸山怜, 菅野俊樹, 清水研一, 児玉達也, 北山淑江,触媒討論会討論会A予稿集,Vol.92nd Page.137 (2003.09.18)
【非特許文献6】MORI K, YAMAGUCHI K, HARA T, MIZUGAKI T, EBITANI K, KANEDA K, J. Am. Chem. Soc., Vol.124 No.39 Page.11572-11573 (2002.10.02)
【非特許文献7】KUDO Daisuke, MASUI Yoichi, ONAKA Makoto, Chem. Lett., Vol.36 No.7 Page.918-919 (2007)
【非特許文献8】HAGIWARA Hisahiro, KO Keon Hyeok, HOSHI Takashi, SUZUKI Toshio, Chem. Commun., No.27 Page.2838-2840 (2007.07.19)
【非特許文献9】萩原久大, KO Keon Hyeok, 星隆, 鈴木敏夫,日本化学会講演予稿集,Vol.87th No.2 Page.1055 (2007.03.12)
【非特許文献10】清水研一, 小泉壮一, 児玉竜也, 北山淑江,触媒 ,Vol.46 No.6 Page.533-535 (2004.09.10)
【非特許文献11】TAKEMOTO Toshihide, IWASA Seiji, HAMADA Hiroshi, SHIBATOMI Kazutaka, KAMEYAMA Masayuki, MOTOYAMA Yukihiro, NISHIYAMA Hisao, Tetrahedron Lett., Vol.48 No.19 Page.3397-3401 (2007.05.07)
【非特許文献12】JIANG Nan, RAGAUSKAS Arthur J.,Tetrahedron Lett., Vol.47 No.2 Page.197-200 (2006.01.09)
【非特許文献13】WOLFE J P, SINGER R A, YANG B H, BUCHWALD S L,J. Am. Chem. Soc.,Vol.121 No.41 Page.9550-9561 (1999.10.20)
【非特許文献14】SCHNEIDER Sabine K., HERRMANN Wolfgang A., ROEMBKE Patric, JULIUS Gerrit R., RAUBENHEIMER Helgard G, Adv. Synth. Catal.,Vol.348 No.14 Page.1862-1873 (2006.09)
【非特許文献15】LI Shenghai, ZHANG Suobo, LIN Yingjie, CAO Jungang, J. Org. Chem.,Vol.72 No.11 Page.4067-4072 (2007.05.25)
【非特許文献16】DIALLO Abdou Khadri, ORNELAS Catia, RUIZ ARANZAES Jaime, ASTRUC Didier, SALMON Lionel,Angew. Chem. Int. Ed. , Vol.46 No.45 Page.8644-8648 (2007.12)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、上記文献記載の従来技術は、以下の点で改善の余地を有していた。
第一に、非特許文献1に記載のゼオライトに担持したパラジウム触媒は、NOx選択還元、触媒燃焼、有機合成など様々な触媒反応に有用であるが、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応に対する活性の面でさらなる改善の余地があった。また、この文献では、ゼオライト細孔内で形成されるPdクラスターの構造やその形成過程は十分には調べられていないため、ゼオライト細孔内にどのような形成方法でどのような構造のPdクラスターを形成すれば、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応に対し、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す触媒が容易に調製できるのかは不明であった。
【0014】
第二に、非特許文献2〜4に記載の触媒では、例えば、ブロモベンゼンを使った実験では、収率90%の時点でTOF=120,000h−1であると記述している(J. Mol. Catal. A, 278, (2007) 179, Table 2 , entry 11)が、TOFに関しては反応開始後どの時点で計算するかによってTOFの値は大きく異なってくるため、単純にTOFのみで活性が優れていると評価することは正確さに欠ける。そのため、非特許文献2〜4に記載の触媒では、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面でさらなる改善の余地があった。
【0015】
第三に、非特許文献5〜16に記載の触媒では、イオン液体を使用した触媒や複雑なフォスフィン配位子を有する触媒を使用した不均一系触媒や、あるいは溶液中で反応させる均一系触媒に関して説明されており、一部の不均一系触媒では高活性を示すことも報告されている。しかしながら、イオン液体を使用した触媒や複雑なフォスフィン配位子を有する触媒を使用した不均一系触媒は、触媒を固定するための調製方法が複雑であり、生産性およびコストの面でさらなる改善の余地があった。また、一部の不均一系触媒では高活性を示すとはいえ、それらの不均一系触媒では用いられているPd量が多いため高活性になっているに過ぎず、やはりTOFおよびTONによって評価される触媒活性の総合的な能力の面でさらなる改善の余地があった。
【0016】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、本発明では、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す不均一系触媒が容易に調製できる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明によれば、FAU型ゼオライトと、FAU型ゼオライトに担持されており、配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターと、を備えるゼオライト−パラジウム複合体が提供される。
【0018】
この構成によれば、配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターをFAU型ゼオライトに担持するため、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す不均一系触媒として好適に利用可能なゼオライト−パラジウム複合体が得られる。
【0019】
また、本発明によれば、上記のゼオライト−パラジウム複合体を含む、カップリング反応触媒が提供される。
【0020】
この構成によれば、配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターをFAU型ゼオライトに担持するため、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す不均一系触媒が得られる。
【0021】
また、本発明によれば、上記のゼオライト−パラジウム複合体の製造方法であって、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムを、20℃以上170℃以下の温度で、5分以上1時間以下、水素還元する工程を含む、ゼオライト−パラジウム複合体の製造方法が提供される。
【0022】
この方法によれば、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムを、20℃以上170℃以下の温度で、5分以上1時間以下、水素還元するため、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムの配位数が4以上7以下となり、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す不均一系触媒として好適に利用可能なゼオライト−パラジウム複合体が容易に調製できる。
【0023】
また、本発明によれば、カップリング化合物の製造方法であって、芳香族ハロゲン化物と、ハロゲン化アリールまたはハロゲン化アルケニルとを、上記の触媒の存在下で、カップリング反応させてカップリング化合物を生成する工程を含む、カップリング化合物の製造方法が提供される。
【0024】
この方法によれば、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムの配位数が4以上7以下である触媒が高活性を示すため、低コストで生産性よくカップリング化合物を生成することができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す不均一系触媒が容易に調製できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
<用語の説明>
本明細書および本特許請求の範囲において、下記のとおり用語の意義を定義する。
(i)ゼオライト
本明細書および本特許請求の範囲において、ゼオライト(zeolite)とは、結晶中に微細孔を持つアルミノ珪酸塩の総称を意味する。日本名は沸石という。ゼオライトは、アルカリ金属またはアルカリ土類金属を含むアルミノケイ酸塩の結晶で、その含有金属の組成比は様々である。また、ゼオライトは規則正しい結晶であり、結晶の各単位胞はその中心にケージやチャンネルなどと呼ばれる細孔を持っている。例えば、アルミノシリケイトのゼオライトの骨格は、ケイ素-酸素結合とケイ素がアルミニウムで置換されたアルミニウム−酸素結合からできている。アルミニウムは原子価が3価であり、原子価が4価であるケイ素と置換するにはマイナス1価の陰イオンとなる必要があり、このマイナス電荷を補償するためナトリウムイオンなどの陽イオンがアルミニウムの対イオンとして存在する。アルミニウムおよび対イオンのもつ電荷のためにアルミニウムを多く含むゼオライト内部は強い静電場を持ち極性の高い環境になる。細孔の形状や、結晶構造の種類などから、ゼオライトは更に細分化されて名称が付けられている。ゼオライトは、天然に産出する鉱物であるが、現在ではさまざまな性質を持つゼオライトが人工的に合成されており、工業的にも重要な物質となっている。
【0027】
(ii)FAU型ゼオライト
本明細書および本特許請求の範囲において、FAU型ゼオライトとは、フォージャサイト型ゼオライト、X型ゼオライト、Y型ゼオライトを含む概念である(参考文献:窪田 好浩, 辰巳 敬,真空 Vol. 49 (2006) , No. 4 pp.205-212)。フォージャサイト型ゼオライトは天然のゼオライトであり、X−,Y−ゼオライトは合成されたゼオライトであるが、X−,Y−ゼオライトは天然のフォージャサイト型ゼオライトと同じ骨格構造のゼオライトであることがわかっている。これらの中でも、ケイバン比の低いもの(Si/Al比が1.0〜1.4)をX型、高いもの(Si/Al比が1.9〜2.8)をY型、それより高いものをUSY(Si/Al>2.8)と呼ぶ。FAU型ゼオライトでは、スーパーケージと呼ばれる直径1.3nmのほぼ球状の空間が存在し、この空間は直径0.74nmの4つの窓を持っていて、この窓を通して、スーパーケージは隣り合った4つのスーパーケージとつながっている。
【0028】
上記参考文献の図1およびその説明文を引用してFAU型ゼオライトについて以下説明する。図1に示したゼオライト骨格の表記法について説明すると、図形の各頂点がT原子(骨格中のtertahedral原子)であり、各辺の中点付近が酸素原子に相当する。「ソーダライト・ケージ」と呼ばれるユニット同士の結合の仕方により、ソーダライト、A型、X型およびY型等になる。X型、Y型の違いは化学組成のみで、骨格トポロジーは同一である。International Zeolite AssociationのStructure Commission(IZA−SC)は、ゼオライトの示すさまざまな骨格トポロジーのうち、構造解析データが十分なものに対して三文字のコード(Framework Type Code;FTC)を与えている。例えば,ソーダライト(sodalite)のトポロジーはSOD、A型はLTA、Y型はFAUである。IZA−SCのデータ・ベースは、Atlas of Zeolite Structure Types(現Atlas of Zeolite Framework Types、以降「アトラス」と呼ぶ)として出版されるとともに、web siteにも掲載されている。FTCは化学組成の情報を全く含まず、あくまで骨格トポロジーのみを表す。このことは2001年にIUPACより明確に定義された。つまり、FTCが共通でも物質として異なるものが1つ以上存在してよいことになる。例えば天然鉱物としてのフォージャサイト(faujasite)、X型、Y型はすべて、FAUの骨格トポロジーを持つ。因みにFTCが共通であるゼオライト類のうち、FTC命名の元となった物質をtype materialと呼ぶ(例えば,FAUの場合はfaujasiteである)。TCといくつかの記号を組み合わせて、ゼオライトの化学構造を的確に表現する統一的な方法が提案されており、普及の努力がなされている。
【0029】
(iii)パラジウム
本明細書および本特許請求の範囲において、パラジウム(Palladium)とは、原子番号46の元素を意味する。パラジウムの元素記号はPdであり、白金族元素の一つに分類され、貴金属にも分類される。パラジウムの常温、常圧で安定な結晶構造は、面心立方構造(FCC)である。パラジウムは、銀白色の金属(遷移金属)であり、比重は12.0、融点は摂氏1555℃(実験条件等により若干値が異なることあり)である。パラジウムは、酸化力のある酸(硝酸など)には溶ける。
【0030】
(iv)不均一系触媒
本明細書および本特許請求の範囲において、不均一系触媒(heterogeneous catalyst)とは、固相状態で用いる触媒を意味する。固定化した化学工業など、基礎的な化学物質を大量に生産する施設では、生成物の回収や、触媒の性能の維持が容易であるという理由から、不均一系触媒が多く用いられている。不均一系触媒は白金やパラジウム、酸化鉄のような単純な物質から、ゼオライトのような複雑な構造の無機化合物、あるいは金属錯体を固定化したものも使用される。多くの場合、不均一系触媒は触媒表面で反応が進行する。したがって、触媒の効率をよくするためには、表面積を大きくすることが肝心となる。このため、高価な金属(白金、パラジウムなど)を触媒として用いる場合は、1〜100nm程度の微粒子にして活性炭やシリカゲルなど(担体という)の表面に分散させ(担持し)て使用する。この方法は、そのままでは固体として使用するのが難しい金属錯体触媒などでも利用される。
【0031】
(v)カップリング反応
本明細書および本特許請求の範囲において、カップリング反応(coupling reaction)とは、2つの化学物質を選択的に結合させる反応のことを意味する。特に、それぞれの物質が比較的大きな構造(ユニット)を持っているときにこの用語が用いられることが多い。カップリング反応は、天然物の全合成などで多用される。カップリング反応の中でも、結合する2つのユニットの構造が等しい場合はホモカップリング、異なる場合はクロスカップリング(またはヘテロカップリング)という。
【0032】
(vi)鈴木・宮浦カップリング反応
本明細書および本特許請求の範囲において、鈴木・宮浦カップリング(Suzuki-Miyaura coupling)反応とは、芳香族ホウ素化合物とハロゲン化アリールとをクロスカップリングさせて非対称ビアリール(ビフェニル誘導体)を得る化学反応(下記化学反応式参照)のことを意味する。鈴木カップリング、鈴木・宮浦反応などとも呼ばれ、芳香族化合物の合成法としてしばしば用いられる反応の一つである。基質として、芳香族化合物のほか、ビニル化合物、アリール化合物、ベンジル化合物、アルキニル誘導体、アルキル誘導体なども用いられる。
【0033】
【化3】
【0034】
(vii)Heck反応
本明細書および本特許請求の範囲において、Heck反応とは、ハロゲン化アリールまたはビニルを末端オレフィンとクロスカップリングさせて置換オレフィンを合成する反応(下記化学反応式参照)である。なお、日本では、溝呂木・ヘック反応(Mizoroki-Heck reaction)と呼ばれることもある。この反応は官能基選択性に優れ、一般的に収率も高く、炭素−炭素結合を伸ばすには有用な有機合成反応である。この反応は0価の金属Pdが高い活性を示す代表的な例として、有機化学では注目され、現在農薬や製薬、抗体などの製造に応用される。
【0035】
【化4】
【0036】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて説明する。尚、すべての図面において、同様な構成要素には同様の符号を付し、適宜説明を省略する。
【0037】
<発明の経緯>
FAU型ゼオライトは直径1.3nmのスーパーケージと呼ばれる広い細孔空間を有している。この細孔内で形成される金属クラスターは、高分散しているために配位不飽和な原子が多く、この空間を反応場とした通常のバルク触媒とは異なる触媒作用が発現することが期待される。本発明者等は、最近のSPring−8でのin situ XAFSを使った研究により、FAU型ゼオライトであるUSYゼオライトにPd2+をイオン交換法で導入し(Pd2+/USY)、室温でH2を流通させると、Pd0クラスターが形成されることを見出した。このPd0クラスターは、13個程度のPd原子からなる準安定状態にあり、配位不飽和なPd原子を有することから優れた触媒活性を示すことが期待された。そこで、本発明者等は、このPd0クラスター触媒を鈴木・宮浦カップリング反応に利用したところ、極めて高活性を示すことを見出したものである。
【0038】
本発明者等の開発した方法での重要なポイントは、触媒反応を行う直前にパラジウムを還元・活性化(その場還元)することである。さまざまな前処理条件・触媒によるTONを図1にまとめて示す。ここで、TON(ターンオーバー数)とはパラジウム1原子あたりが失活するまでに変換した原料の分子数であり、触媒活性の指標となる値である。その場還元したPd/USYおよびPd/NaYゼオライトは、図2に示すように1,000,000以上の極めて高いTONを示す。
【0039】
一方、非特許文献3の論文で方法されている方法に従って、Pd/USY触媒を一旦200℃で水素によって還元すると、非常に低活性であった。これは、室温で形成される準安定状態のクラスターは170℃までほぼ安定で、それ以上の温度で急速に凝集するためであると本発明者等は考えている。すなわち図3に示したXAFS測定より求めたPd−Pd配位数の温度変化から示されるように、200℃での還元によりbulkyなPd粒子が形成し、ゼオライトの細孔が塞がれたために不活性になったものと思われる。また、モルデナイトやZSM−5といった他のゼオライトやAl2O3や活性炭を担体としたPd触媒を使用し、その場還元により前処理を行った触媒は、数万程度のTONを示したものの、Pd/FAU触媒に比べ低活性であった。これらの結果に基づいて、本発明者等は、FAU型ゼオライトを使用し、その場還元法により活性化した触媒が特異的に高活性を示すことを初めて見いだし、本発明を完成した。
【0040】
<実施形態1:ゼオライト−パラジウム複合体>
本実施形態に係るゼオライト−パラジウム複合体は、FAU型ゼオライトと、FAU型ゼオライトに担持されており、配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターと、を備えるゼオライト−パラジウム複合体である。本実施形態に係るゼオライト−パラジウム複合体は、配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターをFAU型ゼオライトに担持するため、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す不均一系触媒として好適に利用可能である。
【0041】
ここで、本実施形態に用いるFAU型ゼオライトは、各種のゼオライトの中でも、スーパーケージと呼ばれる直径1.3nmのほぼ球状の空間が存在し、この細孔内で形成される金属クラスターは、高分散しているために配位不飽和な原子が多く、この空間を反応場とした通常のバルク触媒とは異なる触媒作用が発現することが期待されるために好ましい。そして、このFAU型ゼオライトは、Y型ゼオライトであることが好ましい。
【0042】
そして、本実施形態に用いるFAU型ゼオライトに担持されているパラジウムクラスターの配位数は、4以上7以下であることが好ましい。なぜなら、本発明者等は、最近のSPring−8でのin situ XAFSを使った研究により、FAU型ゼオライトであるUSYゼオライトにPd2+をイオン交換法で導入し(Pd2+/USY)、室温でH2を流通させると、Pd0クラスターが形成されることを見出している。そして、このPd0クラスターは、13個程度のPd原子からなる準安定状態(配位数5程度)にあり、この準安定状態(配位数5程度)付近の配位数4〜7の範囲内においては、配位不飽和なPd原子を有することから優れた触媒活性を示すことが理論的に期待されるからである。本発明者等は、実際に、この準安定状態のPd0クラスター触媒(配位数5程度)を鈴木・宮浦カップリング反応に利用したところ、極めて高活性を示すことを見出している。そのため、鈴木・宮浦カップリング反応またはHeck反応などのカップリング反応で高活性を示すためには、パラジウムクラスターの配位数は、4以上7以下であることが好ましい。
【0043】
また、本実施形態に係るゼオライト−パラジウム複合体では、FAU型ゼオライト100質量部に対して、FAU型ゼオライトに担持されている配位数が4以上7以下のパラジウムクラスターが0.2質量部以上1.0質量部以下の範囲で含まれていることが好ましい。この配位数が4以上7以下のパラジウムクラスターの含有量が0.2質量部以上であれば、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示すため、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応の生産性が高まる利点がある。一方、この配位数が4以上7以下のパラジウムクラスターの含有量が1.0質量部以下であれば、不必要に多量のパラジウムを用いなくても済むため、コストが低減できる利点がある。
【0044】
<実施形態2:触媒>
本実施形態の不均一系パラジウム触媒は、上記のゼオライト−パラジウム複合体を含む、不均一系パラジウム触媒である。本実施形態に係る不均一系パラジウム触媒は、上記のゼオライト−パラジウム複合体を含むため、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す。
【0045】
ここで、上記の非特許文献11〜16に示すように溶液中で反応させる均一系触媒に関しては多数の論文があり高活性を示すことも報告されているが、本実施形態の不均一系パラジウム触媒(例えば、本発明者等が調製したPd/USY触媒)は、非特許文献11〜16の均一系触媒に比べ調製方法が極めて簡単であり、安価に調製できる点がポイントである。また、上記の非特許文献5〜10に記載されているイオン液体を使用した触媒や複雑なフォスフィン配位子を有する触媒を使用した従来公知の担持Pd触媒に対して比較すると、本実施形態の不均一系パラジウム触媒はPd量が7×10−5mol%で反応が完結しており最も高活性である。
【0046】
また、本実施形態の不均一系パラジウム触媒は、非極性溶媒中で用いられる、不均一系パラジウム触媒であることが好ましい。本実施形態の不均一系パラジウム触媒では、極性溶媒を使用すると、後述の実施例で示すように、大きく触媒活性が低下しており、高活性をもたらすためには非極性溶媒を使用することが重要であるためである。現在のところこの原因は不明であるが、DMFがPd表面上に強く吸着し、活性点を阻害している可能性が考えられる。
【0047】
さらに、本実施形態の触媒は、別の観点から見れば、ゼオライト−パラジウム複合体を含む、カップリング反応触媒であるとも表現できる。すなわち、触媒の形態ではなく、機能に着目すれば、本実施形態の触媒は、鈴木・宮浦カップリング反応またはHeck反応に用いられる、カップリング反応触媒であると表現できることになる。
【0048】
ここで、本実施形態のカップリング反応触媒は、鈴木・宮浦カップリング反応またはHeck反応などのカップリング反応における活性を評価するために、後述の実施例で示すように、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力を評価しているが、その理由は、触媒が失活するまでにパラジウム原子が触媒として何回反応したかというTONで示される特性が最も重要であるためである。そのため本実施形態の不均一系パラジウム触媒では反応を完結させるために、後述の実施例で示すように、必要以上に時間をかけて反応をおこなっている。そして、本実施形態のカップリング反応触媒は、後述の実施例で示すように、鈴木・宮浦カップリング反応またはHeck反応などのカップリング反応におけるTONの面で、従来公知の触媒に比べて遙かに優れた特性を有している。
【0049】
一方、TOFに関しては反応開始後、どの時点で計算するかによってTOFの値は大きく異なってくるため、単純にTONの値を反応時間で割ってTOFで活性を比較することは正確さに欠けると思われる(もし正確にTOFを求めるなら、反応初期でのTONに基づいて計算する必要がある)。さらに、異なる置換基を持つブロモベンゼン誘導体によって活性が異なることから、同じ反応物を使った実験でTOFを比較する必要がある。後述の実施例と同じブロモベンゼンを使った実験では、Artokらは収率90%の時点でTOF=120,000 h−1であると記述している(非特許文献2:J. Mol. Catal. A,278, (2007) 179, Table 2 , entry 11)。一方、本実施形態の不均一系パラジウム触媒で収率90%に達した際のTOFを求めたところ、後述する実施例で示すように、2,660,000h−1であった。従って、本実施形態の不均一系パラジウム触媒のTOFをArtokらの触媒と同条件で比較すると、22倍高活性である。このように、TOFで比較しても本実施形態の不均一系パラジウム触媒は、Artok法による不均一系パラジウム触媒よりも遙かに優れている。
【0050】
さらに、本実施形態のカップリング反応触媒は、後述の実施例で示すように、鈴木・宮浦カップリング反応またはHeck反応などのカップリング反応における反応収率の面で、従来公知の触媒に比べて遙かに優れた特性を有している。
【0051】
すなわち、従来の報告では、溶液中に溶けて反応するフォスフィン配位子を持つPd錯体が多数報告されているが、本実施形態のカップリング反応触媒は、ゼオライト担体にPdを担持しているため、担持Pd触媒について後述する実施例において比較を行った結果を表1に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
この表1に示すように、いずれの報告よりも本実施形態のカップリング反応触媒(例えばPd/USY触媒では後述する実施例で示すように1,700,000TON)の方が高活性であることが分かる。特に比較対象とすべき従来技術はArtokらが報告しているPd/NaY触媒である(非特許文献2:Artok et al., J. Mol. Catal. A, 278, (2007) 179.)。
【0054】
すなわち、Artokらは、本実施形態のカップリング反応触媒と同じFAU型ゼオライトであるNa−Yを担体としたPd触媒を用いた方が優れた活性を示すことを報告している。しかし、彼らが論文中で報告しているTONは最大でも90,000であり、今回見出したカップリング反応触媒(例えばPd/USY触媒)の1,700,000に比べ低活性である。
【0055】
また反応速度(TOF)について比較しても、Artokらは収率90%の時点でTOF=120,000h−1であると報告しているのに対し、本実施形態のカップリング反応触媒(例えばPd/USY触媒)では、後述する実施例で示すように同じ収率90%に達した際のTOFは2,660,000h−1である。従って、本実施形態のカップリング反応触媒(例えばPd/USY触媒)は、Artokらの触媒よりも反応速度が22倍速いと言える。このようにArtokらと同様の触媒を使用しているにも関わらず、本実施形態のカップリング反応触媒(例えばPd/USY触媒)の方が高い触媒活性を示すのは、前処理方法を工夫しているためである。
【0056】
<実施形態3:ゼオライト−パラジウム複合体の製造方法>
本実施形態に係るゼオライト−パラジウム複合体の製造方法は、上記のゼオライト−パラジウム複合体の製造方法であって、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムを、20℃以上170℃以下の温度で、5分以上1時間以下、水素還元する工程を含む、ゼオライト−パラジウム複合体の製造方法である。
【0057】
本実施形態に係るゼオライト−パラジウム複合体の製造方法は、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムを、20℃以上170℃以下の温度で、5分以上1時間以下、水素還元する工程を含むため、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムの配位数が4以上7以下となり、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す不均一系触媒として好適に利用可能なゼオライト−パラジウム複合体が容易に調製できる。
【0058】
ここで、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムを水素還元する際には、10℃以上の温度で行うことが好ましく、20℃以上の温度であればより好ましい。一方、このときの温度は、170℃以下であれば好ましく、80℃以下であればより好ましい。このときの温度が10℃以上または20℃以上であれば、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムの配位数が4以上となるため好ましい。一方、このときの温度が170℃以下または100℃以下であれば、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムの配位数が7以下となるため好ましい。
【0059】
このとき、水素還元される前のパラジウム源は、金属パラジウムとしてよりも、パラジウム錯体またはパラジウム塩としてゼオライトに担持されることが好ましい。このようにして、金属有機化合物として供給されたパラジウム源については、ゼオライトに担持させやすいように溶媒中においてカチオンを形成するものであれば良い。例えば、水素還元される前のパラジウム源としては、テトラアンミン塩化パラジウム(II)やテトラアンミン硝酸パラジウム(II)のようなパラジウム錯体、若しくは塩化パラジウムや硝酸パラジウムのようなパラジウム塩が好ましい。
【0060】
また、本実施形態のゼオライト−パラジウム複合体の製造方法において、上記の水素還元する工程は、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムを、非極性溶媒中での水素バブリングによって水素還元する工程を含むことが好ましい。このように、非極性溶媒中での水素バブリングによって水素還元する場合でも、気相中で水素還元する場合と同様にFAU型ゼオライトに担持されているパラジウムの配位数が4以上7以下となるようにすることができる。また、非極性溶媒中での水素バブリングによって水素還元した場合には、そのままその非極性溶媒中で、本実施形態のゼオライト−パラジウム複合体を含む不均一系触媒を用いて、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応を行うことができるため、ゼオライト−パラジウム複合体を含む不均一系触媒のその場調製および鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応をまとめて連続的に行うことができて生産効率が向上する利点がある。
【0061】
上記の非極性溶媒としては、特に限定するものではないが、非極性の良溶媒としては、例えば、トルエン、シクロヘキサン、ジクロロメタン、クロロホルムなどが使用できる。また、非極性の貧溶媒としてはヘキサン、ヘプタン、オクタンなどが使用できる。また、良溶媒及び貧溶媒として混合溶媒を用いることも可能である。
【0062】
<実施形態4:カップリング化合物の製造方法>
【0063】
本実施形態のカップリング化合物の製造方法は、芳香族ハロゲン化物と、ハロゲン化アリールまたはハロゲン化アルケニルとを、上記の触媒の存在下で、カップリング反応させてカップリング化合物を生成する工程を含む、カップリング化合物の製造方法である。本実施形態のカップリング化合物の製造方法によれば、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムの配位数が4以上7以下である触媒が高活性を示すため、低コストで生産性よくカップリング化合物を生成することができる。
【0064】
すなわち、本実施形態のカップリング化合物の製造方法によれば、上記の配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターを含む不均一性触媒を用いることによって、有機ホウ素化合物とハロゲン化アリール若しくはハロゲン化ビニル又はアリールトリフラート若しくはビニルトリフラートとをクロスカップリング 反応させることから成るビアリール化合物、アルキルアリール化合物又は置換オレフィン類を製造することができる(鈴木・宮浦カップリング反応)。
【0065】
この反応により、例えば、R1B(OR2)2若しくは(R1)3B(式中、R1はアリール基、ビニル基又はアルキル基、R2は水素原子又はアルキル基を表す。)とR3X(式中、R3はアリール基又はビニル基、Xはハロゲン原子又はトリフラート基((OTf)3)を表す。)とを反応させ、ビアリール化合物、アルキルアリール化合物、アルケニルアリール化合物又はジエン化合物を製造することができる。
【0066】
このアリール基としては、通常炭素数6〜10、好ましくは6のものが挙げられ、例えば、フェニル基、ナフチル基等が挙げられる。またこのビニル基は適宜置換基を有していてもよい。ハロゲン原子は好ましくはヨウ素原子又は臭素原子である。
【0067】
この際、使用する触媒(パラジウム)量は、0.00002〜1mol%、好ましくは0.0001〜0.1mol%である。反応基質は、通常の鈴木・宮浦カップリング反応に用いられるのと同様のものが使用でき、ハロゲン化アリールのハロゲンとしては塩素、臭素、ヨウ素を用いることができるが、中でもヨウ素又は臭素が好ましい。反応溶媒としては水と有機溶媒の混合溶媒を用いることができ、有機溶媒としてはトルエンやキシレンなどの炭化水素、ジメトキシエタン(DME)、テトラヒドロフラン(THF)などのエーテル類、アセトン等のケトン類、アセトニトリル等のニトリル類が好ましく、必要に応じてエタノールのようなアルコールなどを添加することもできる。添加する塩基はアルカリ金属の炭酸塩又はリン酸塩などが好適である。反応温度は70℃〜150℃、好ましくは100℃前後であり、例えばトルエン/水系では還流温度が簡便である。反応時間は基質にも拠るが1時間〜24時間、通常は数時間で反応が終了する。
【0068】
反応後の後処理は、濾過により高分子固定化触媒を除去・回収し、濾液を抽出、濃縮、及び精製操作により目的物を得ることができる。一方、回収した固定化触媒は洗浄・乾燥することにより再使用が可能である。通常、反応及び後処理操作でパラジウムの漏出は無い。
【0069】
さらに、本実施形態のカップリング化合物の製造方法によれば、上記の配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターを含む不均一性触媒を用いることによって、薗頭アセチレンカップリング反応、Heck反応、などの他の種類のカップリング反応を行うこともできる。例えば、Heck反応の場合には、上記の配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターを含む不均一性触媒を用いることによって、ハロゲン原子、スルホニルオキシ基又はスルホニルハライド基、ジアゾニウム基、カルボニルハライド基から選択された脱離基を有する有機化合物と、オレフィン系化合物とをカップリング反応させ、カップリング化合物を製造することができる。
【0070】
Heck反応に用いる有機化合物の脱離基Lとしては、カップリング反応により脱離可能である限り特に制限されず、例えば、ハロゲン原子(フッ素、塩素、臭素、ヨウ素原子)、スルホニルオキシ基(ベンゼンスルホニルオキシ基、p−トルエンスルホニルオキシ基などのトシル基OTsなどのアレーンスルホニルオキシ基、メタンスルホニルオキシ基OMs、トリフルオロメタンスルホニルオキシ基(トリフラート基)OTf、トリクロロメタンスルホニルオキシ基、エタンスルホニルオキシ基などのアルカンスルホニルオキシ基など)又はスルホニルハライド基(スルホニルクロリド、スルホニルブロミド基など)、ジアゾニウム基、カルボニルハライド基(カルボニルクロリド基など)などが例示できる。有機化合物はこれらの脱離基を単独で又は同種又は異種の複数の脱離基を有していてもよい。これらの脱離基のうち、通常、ハロゲン原子(特に臭素原子又はヨウ素原子)、アレーンスルホニルオキシ基(OTsなど)、アルカンスルホニルオキシ基(OMs、OTfなど)などが利用される。
【0071】
このような脱離基Lを有する有機化合物Ra−Lは、カップリング反応による目的化合物に応じて選択でき、特に限定されない。有機化合物としては、例えば、ハロゲン化物(ハロアルカン類、ハロアルケン類、ハロシクロアルカン類、ハロアレーン類、ハロゲン化アリールアルカン類、ハロ複素環化合物など)、スルホン酸又はその誘導体(ビニルトリフラート、アリールトリフラートなどのC2−10アルケニルトリフラート;シクロヘキセニルトリフラートなどのC4−10アルケニルトリフラートなど)、芳香族ジアゾニウム塩(塩化ベンゼンジアゾニウム、塩化ナフタレンジアゾニウム、p−アミノアゾベンゼン、アゾキシベンゼン、ヒドラゾベンゼンなど)、有機酸ハライド類(アセチルクロリド、プロピオニルクロリド、ブチリルクロリド、バレリルクロリド、ラクトイルクロリド、マロイルクロリドなどの置換基を有していてもよいアルキルカルボニルハライド;アクリロイルクロリド、メタクリロイルクロリド、クロトノイルクロリドなどのアルケニルカルボニルハライド;ベンゾイルクロリド、クロロベンゾイルクロリド、トルオイルクロリド、サリチロイルクロリド、アニソイルクロリド、バニロイルクロリド、ナフトイルクロリド、フタロイルクロリドなどのアリールカルボニルハライド;シンナモイルクロリドなどのアラルキルカルボニルハライド;フロイルクロリド、テノイルクロリド、ニコチノイルクロリド、イソニコチノイルクロリドなどのヘテロ環式カルボニルハライドなど)などが例示できる。
【0072】
好ましい有機化合物はハロゲン化物である。前記ハロアルカン類としては、ブロモメタン、ブロモエタン、メチレンブロミド、エチレンジブロミドなどの臭化アルカン類、これらに対応するヨウ化アルカン類が例示できる。ハロアルケン類としては、例えば、臭化ビニル、臭化ビニリデン、テトラブロモエチレン、臭化アリール、臭化プロペニル、臭化クロチルなどの臭化C2−10アルケン類、α−ブロモスチレン、ブロモフェニルエチレンなどの臭化芳香族ビニル類、これらに対応するヨウ化物が例示できる。ハロシクロアルカン類としては、ブロモシクロヘキサン、ブロモシクロオクタンなどのブロモC3−10シクロアルカン類、ブロモイソボルニル、ブロモノルボルナン、ブロモノルボルネン、ブロモアダマンタンなどの橋架け環式ブロモシクロアルカン類、これらに対応するヨードシクロアルカン類、橋架け環式ヨードシクロアルカン類などが例示できる。
【0073】
ハロアレーン類としては、例えば、ブロモベンゼン、ブロモナフタレン、ブロモトルエン、ブロモトリクロロメチルベンゼン、ブロモトリフルオロメチルベンゼン、ブロモキシレン、ブロモフェノール、ブロモアニソール、ブロモニトロベンゼン、ブロモアニリン、モノ−又はジ−アルキルアミノブロモベンゼン、ブロモ安息香酸、ブロモベンゼンスルホン酸、ブロモベンズアルデヒドなどの置換基を有していてもよい臭化アレーン類、これらに対応するヨウ化アレーン類などが例示できる。ハロゲン化アリールアルカン類としては、ベンジルブロミド、フェネチルブロミドなどが例示できる。ハロ複素環化合物としては、ブロモチオフェン、ブロモフラン、ブロモベンゾフラン、ブロモピロール、ブロモイミダゾール、ブロモピリジン、ブロモピリミジン、ブロモインドール、ブロモキノリン、ブロモイソキノリン、ブロモフタラジン、ブロモカルバゾール、ブロモアクリジン、ブロモフェナントロリンなどの5又は6員複素環(及びベンゼン環などの炭化水素環との縮合複素環)を有する化合物の臭素化物、これらの臭素化物に対応するヨウ化物などが例示できる。
【0074】
脱離基を有するこれらの有機化合物のうち、通常、芳香族ハロゲン化物(例えば、ハロアレーン類)を用いる場合が多い。
【0075】
反応剤H−Rbは、前記脱離基の脱離とともに有機化合物Ra−Lとカップリング可能である限り特に制限されない。このような反応剤としては、脱離基との反応部位に炭素−水素(H−C)結合を有する化合物(例えば、不飽和化合物、有機金属化合物、活性メチレン基又はメチン基を有する化合物など)、求核性HX基(式中、Xはヘテロ原子を示す)を有する化合物などが例示できる。
【0076】
不飽和炭化水素類は、分子中に少なくとも1つの炭素−炭素不飽和結合(炭素−炭素二重結合、炭素−炭素三重結合)を有する限り、種々のオレフィン系化合物(アルケン類又はその誘導体)及びアセチレン系化合物(アルキン類又はその誘導体)が使用できる。
【0077】
不飽和炭化水素類のうちオレフィン系化合物は、分子中に少なくとも1つの炭素−炭素二重結合を有する化合物であればよく、エノン類も含まれる。オレフィン系化合物としては、例えば、α−オレフィン類(エチレン、プロピレン、1−ブテンなどのα−C2−10オレフィン、スチレン、ビニルトルエン、ビニルキシレンなどの芳香族ビニル化合物など)、内部に炭素−炭素二重結合を有する化合物(2−ブテン、3−ヘキセン、4−オクテンなどのC4−10オレフィン、スチルベンなどの芳香族ビニル化合物など)、分子内に2以上の二重結合を有するC5−20アルカジエン類(1,4−デカジエン、ジヒドロミルセン、ミルセンなど)、二重結合を共役位置に有するC5−20アルカジエン類(1,3−ブタジエン、イソプレン、4,6−デカジエンなど)、環状化合物(シクロペンテン、シクロペンタジエン、ジシクロペンタジエン、シクロヘキセン、1,3−シクロヘキサジエン、1,8−シクロペンタデカジエンなどの環状オレフィン類、ボルネン、ノルボルネン、リモネンなどの橋架け環式オレフィン類など)などが例示できる。
【0078】
オレフィン系化合物には、分子中に炭素−炭素二重結合と炭素−炭素三重結合とを含むエンイン化合物(2−メチル−1−ヘキセン−3−イン、2−メチル−1−オクテン−3−インなど)も含まれ、炭素−炭素三重結合は、炭素−炭素二重結合に対して共役位置に位置していてもよい。さらに、オレフィン系化合物には、酸素含有官能基を有する化合物〔ヒドロキシル基を有する化合物(アリルアルコールなど)、カルボキシル基を有する化合物又はその誘導体(アクリル酸、メタクリル酸、アクリル酸エステル(アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチルなどのアクリル酸C1−20アルキルエステル、アクリル酸2−ヒドロキシエチル、アクリル酸3−ヒドロキシプロピルなどのアクリル酸ヒドロキシアルキル、グリシジルアクリレートなど)、これらのアクリル酸エステルに対応するメタクリル酸エステル、アクロレイン、フマル酸、マレイン酸、マレイン酸ジエステルなど)、アルコキシ基を有する化合物(エトキシエチレンなど)、カルボニル基を有する化合物(3−ブテン−2−オン、シクロペンテノン、シクロヘキセノン、イソホロン、ジケテン、ケテン、フラン、ベンゾフラン、ヌートカトン、ベンゾキノンなど)など〕、窒素含有官能基を有する化合物[アミノ基を有する化合物(アリルアミンなど)、アクリロニトリル、ピロールなど]、ハロゲン含有化合物(アリルクロリド、3,3,3−トリフルオロ−1−プロピレンなど)、リン、スズ、ホウ素、ケイ素などのヘテロ原子を含む化合物(アリルトリホスフォニウムブロマイドなどのホスホニウム塩、アリルスズなどのスズ化合物、アリルボランなどのホウ素化合物、(トリメチルシリル)エチレンなどのケイ素化合物など)なども含まれる。さらには、アレン系化合物(1,2−プロパジエンなど)も含まれる。
【0079】
不飽和炭化水素類のうちアセチレン系化合物は、分子内に少なくとも1つの炭素−炭素三重結合を含む化合物であれば特に制限されない。アセチレン系化合物(アセチレン類)としては、例えば、α−C2−20アセチレン類(アセチレン、メチルアセチレン、1−ブチンなどの1−アルキン類(C2−16アセチレンなど)、特にC2−10アセチレン)、内部に炭素−炭素三重結合を有するC2−20アセチレン類(2−ブチン、3−ヘキシン、4−オクチン、トランなどのC2−16アセチレン、特にC2−10アセチレン)、分子内に2以上の三重結合を有するC5−20アルカジイン類(1,4−デカジインなどのC5−16アルカジイン、特にC5−10アルカジイン)、三重結合を共役位置に有するC5−20アルカジイン類(4,6−デカジインなどのC5−16アルカジイン、特にC5−10アルカジイン)、環状化合物(1,8−シクロペンタデカジインなどのC4−16シクロアルキン又はシクロアルカジイン、特にC5−10シクロアルキン又はシクロアルカジイン)などが例示できる。
【0080】
アセチレン系化合物は、分子中に炭素−炭素三重結合と炭素−炭素二重結合とを含むエンイン化合物(例えば、2−メチル−1−ヘキセン−3−イン、2−メチル−1−オクテン−3−インなどのC5−16アルカエンイン類、特にC5−10アルカエンイン類)も含まれ、炭素−炭素二重結合は、炭素−炭素三重結合に対して共役位置に位置していてもよい。さらに、アセチレン系化合物には、酸素含有官能基を有する化合物〔例えば、ヒドロキシル基を有する化合物(プロパルギルアルコールなど)、カルボニル基を有する化合物(3−ブチン−2−オンなど)、カルボキシル基を有する化合物又はその誘導体(アセチレンジカルボン酸、アセチレンジカルボン酸ジエステルなど)、アルコキシ基を有する化合物(エトキシアセチレンなど)など〕、ハロゲン含有化合物〔プロパギルクロリド、3,3,3−トリフルオロ−1−プロピンなど〕、リン、スズ、ホウ素、ケイ素などのヘテロ原子を含む化合物〔プロパギルトリフェニルホスフォニウムブロマイドなどのホスホニウム塩、アルキニルスズなどのスズ化合物、アルキニルボランなどのホウ素化合物、(トリメチルシリル)アセチレンなどのケイ素化合物など〕なども含まれる。
【0081】
以上、図面を参照して本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することもできる。
【0082】
例えば、上記実施の形態では、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応を中心に説明したが、FAU型ゼオライトに担持されており、配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターを備えるゼオライト−パラジウム複合体は、他の様々な反応においても良好な触媒として用いることができる。例えば、下記の化学反応式に示す薗頭カップリング反応、Stilleカップリング反応、ブッフバルト・ハートウィッグ反応などの反応においても好適に用いることができる。
【0083】
【化5】
【0084】
【化6】
【0085】
【化7】
【実施例】
【0086】
以下、本発明を実施例によりさらに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、実施例2以降では、基本的には実施例1と同様の実験を行ったので、同じ説明は繰り返さない。
【0087】
<実施例1:Pd/H−USY>
FAU型ゼオライトは直径1.3nmのスーパーケージと呼ばれる広い細孔空間を有しており、細孔内に形成される金属クラスターには配位不飽和な原子が多く、この空間を反応場として通常のバルク触媒とは異なる触媒作用が予想される。最近のSPring−8を利用した研究により、FAU型ゼオライトであるUSYゼオライトにPd2+をイオン交換法で導入し(Pd2+/USY)、室温でH2を流通させると、Pd0クラスターが形成されることを見出した。このPd0クラスターは非常に高分散した状態にあり(Pd/H−USY)優れた触媒活性を示すことが期待されたため、鈴木・宮浦カップリング反応に利用したところ、本発明者等は、後述するように、Pd0クラスターが極めて高活性を示すことを発見した。
【0088】
【化8】
【0089】
1−1.原料
流通ガス(N2)は市販のボンベを使用
H2/Arは5% H2
H2Oは脱イオン水を使用
【0090】
1−2.触媒調製
1−2−1.使用担体
NH4型USY(東ソー製 HSZ−840NHA SiO2/Al2O3=7.7)
NaY(触媒化成製SiO2/Al2O3=5.5)
活性炭(Wako製 活性炭素 顆粒状)
アルミナ(JRC−AlO−3)
ZSM−5(東ソー製 HSZ−840HOA)
Mordenite(JRC−Z−M2O(1))
【0091】
1−2−2.TAPd溶液の調製
250mlメスフラスコに0.6189g tetraamminepalladium(II)chloride monohydrateを加え、脱イオン水を標線まで加えた(Pd−0.001g/ml)。
【0092】
1−2−3.調製方法
<0.4wt%Pd/H−USY>
1.NH4型USYをN2雰囲気下、500℃(5K/min)で4h焼成し、H型とした。
2.500ml三角フラスコに脱イオン水300ml、TAPd溶液12ml、触媒3gを秤量し入れた。
3.室温にて4h攪拌し、イオン交換を行った。
4.吸引ろ過・洗浄を行い、ろ紙の上に残った固体を50℃の乾燥機にて一晩乾燥させた。
【0093】
<0.4wt%Pd/NaY>
1.500ml三角フラスコに脱イオン水300ml、TAPd溶液4ml、触媒を1g入れた。
2.室温にて4h攪拌し、イオン交換を行った。
3.吸引ろ過・洗浄行い、ろ紙の上に残った固体を50℃の乾燥機にて一晩乾燥させた。
【0094】
<0.4wt%Pd/活性炭>
1.活性炭を乳鉢ですり潰し、粉状にした。
2.500ml三角フラスコに脱イオン水300ml、TAPd溶液4ml、触媒1gを入れた。
3.ホットプレート上で含浸担持した。
【0095】
<0.4wt%Pd/アルミナ>
1.アルミナを乳鉢ですり潰し、粉状にした。
2.500ml三角フラスコに脱イオン水300ml、TAPd溶液4ml、触媒1gを入れた。
3.ホットプレート上で含浸担持した。
【0096】
<0.4wt%Pd/H−ZSM−5,Mordenite>
1.500ml三角フラスコに脱イオン水300ml、TAPd溶液4ml、触媒1gを入れた。
2.室温にて4h攪拌し、イオン交換を行った。
3.吸引ろ過・洗浄を行い、ろ紙の上に残った固体を乾燥機50℃にて一晩乾燥させた。
【0097】
1−3.鈴木・宮浦カップリング反応
<使用試薬>
bromobenzene 5mmol(0.7855g)
phenylboronic acid 8mmol(0.97544g)
K2CO3 10mmol(1.3821g)
o−xylene 12.3g
tridecane 0.81g
(上記を1倍スケールとする。)
【0098】
<触媒量>
0.001g(0.038μmol Pd)
スケールを変えて反応を行う際には、触媒量を1mgに固定し、使用試薬の量を変えた。
Pdと生成物のモル比:0.00002−0.0007mol%
【0099】
<前処理方法>
前処理なし、前処理セルを使った還元、バブリングによるin situ還元の3通りで行った。
【0100】
(i)前処理なし
イオン交換後の試料をそのまま使用した。
【0101】
(ii)前処理セルを使った還元(前処理セルと表記)
図4の前処理セルに5% H2(Ar希釈)流通のチューブを繋ぎ、室温または200℃で水素還元を行った。流通速度は30ml/minとした。触媒をいったん空気中に取り出し、1mgを秤量してから反応を行った。
【0102】
(iii)バブリング(in situ還元)
6% H2(Ar希釈)流通のチューブを反応器に繋げ、図5に示したように溶媒と触媒を攪拌しながら室温でバブリングを行った。その際、回転子を激しく攪拌し、触媒が完全に還元されるようにした。H2の流通速度は30ml/minとした。
【0103】
<鈴木・宮浦カップリング反応の手順>
秤量した反応試薬(bromobenzene, phenylbronic acid,K2CO3,o−xylene,tridecane(内部標準))と触媒を三口フラスコに入れ、N2雰囲気下(50ml/min)、110℃のオイルバス中で攪拌しながら反応を行った。経過時間ごとに少量反応液を取り、アセトンで希釈しサンプルとした。サンプルをGC(Shimadzu GC−2010)で分析を行った。
【0104】
1−4.実験結果
1−4−1.前処理方法の検討
前処理の方法として、前処理なし,前処理セル,バブリングを比較した。それぞれ1倍スケールで反応を行い、還元方法だけで活性が変化するか検討した。0.4wt%Pd/USYを用いて、室温にてバブリングを行うと、活性が高く転化率が100%に達し、5分以内に反応が終了した(図6、7 entry1−4)。またNaYでもバブリングを試したところ、同様に高活性が得られた(図6、7 entry5−8)。200℃で前処理すると、全く活性がなかった(図6、7 entry3,7)。
【0105】
1−4−2.Pd担持量の検討
Pd担持量を変えて反応をおこない、最適なPdの担持量を調べた。0.1,0.2,0.4,0.8wt%Pd担持USY触媒で比較した。1倍スケールでは転化率が100%になり比較できないものがあるので、スケールアップして比較した。結果は0.4wt%担持したUSY触媒の活性が最もよかった(図6、7 entry4,9,10,15)。
【0106】
1−4−3.担体の検討
Pdの担持量を0.4wt%に固定し、様々な担体で活性を比較した。室温でバブリングにて前処理を行い、1倍スケールで実験を行った。NaY,USYに担持した触媒が優れた活性を示し、特にUSYが優れた担体であった(図7 entry13,14)。
【0107】
1−4−4.ブロモベンゼン誘導体の検討
p−位に置換基を有するさまざまなブロモベンゼン誘導体を用いて反応をおこなった結果を下記の表2にまとめた。本触媒が860,000−5,200,000に達する高いTONを示した。
【0108】
【表2】
【0109】
<考察>
従来の論文との触媒活性の比較についての考察
鈴木・宮浦反応については溶液に溶けて反応するフォスフィン配位子を持つものが多数報告されているが、今回の触媒はゼオライト担体にPdを担持しているため、図2に示すように担持Pd触媒について比較を行った。図2では、ターンオーバ数(TON)とはパラジウム1原子が変換した原料の分子数であり、触媒活性の指標となる値である。図2に示すように、いずれの報告よりもバブリングにより還元したPd/USY触媒の方が高活性である。Artokらは同じFAU型ゼオライトであるPd2+/Na−Y、またはこれを還元したPd0/Na−Y触媒が優れた活性を示すことを報告しているものの、彼らが報告しているTONは最大でも90,000であり、今回見出した触媒に比べ、活性が低い。これは、今回の触媒では前処理方法を工夫していることが重要であるためである。
【0110】
前処理方法についての考察
我々の方法ではバブリングによってパラジウムを還元・活性化している点に最大の特徴がある。最近、SPring−8でのin situ XAFSを使った結果より、室温でPdクラスターがUSY上で形成されることが見出されており、このクラスターが高活性を示したものと考えられる。一方、前処理セルを使って還元すると、著しく活性が低下した。これは空気にさらすことにより、クラスター表面が酸化されるためである。また200℃で水素によって還元すると、まったく活性がなかった。図3で示すように、室温で形成されるクラスターは170℃までほぼ安定で、それ以上の温度で急速に凝集していくことに対応している。すなわち200℃での還元によりbulkyなPd粒子が形成し、細孔が塞がれたために不活性になったものと思われる。
【0111】
<実施例2:USYでのブロモベンゼン、クロロベンゼン誘導体の反応>
ブロモベンゼン誘導体での反応を下記の化学反応式のようにして行ったところ、下記の表3のような結果が得られた。また、Artokらが報告しているPd/NaYでの下記の化学反応式の実験結果を下記の表4に示した。触媒のPd量がNaYに比べUSYでは圧倒的に少なく、さらにTON,TOFどちらを比較した際も活性が勝っていることがわかった。特にacetyl基、methyl基、methoxy基を持つ誘導体はTONが100万を超え、非常に高い活性を示した。
【0112】
すなわち、Pd/USYでのブロモベンゼン、クロロベンゼン誘導体の反応を下記の化学反応式のようにして行い、下記の表3の結果を得た。
【0113】
【化9】
【0114】
【表3】
【0115】
*表3での括弧内のTOFは反応初期(転化率が50%以下)のものを採用し、その反応の最大TOFを示している。
【0116】
次いで、NaYでのブロモベンゼン誘導体の反応(Artokらの実験による)を下記の化学反応式のようにして行い、下記の表4の結果を得た。
【化10】
【0117】
【表4】
【0118】
各置換基を有する誘導体の反応性は、Hammett則という水素置換基を0とし、電子吸引性,電子供与性の強度をそれぞれ数字化した手法で示すことができる。なかでもacetyl基は電子吸引性を持つ置換基で、電子密度が高くなるため特に高いTONを示したものと考えられる。一方、電子供与性の置換基である、methyl基、methoxy基は電子密度が低くなるため、一般に水素置換のものより反応性が低いと言われているが、それでもTONが100万を超えた。また、methyl基に関してはo位,m位,p位の異性体で実験をクロロベンゼン誘導体での反応は、一番活性の高いacetyl基を有するもので唯一活性が出た。
【0119】
<考察>
USYでのbromobenzene誘導体の反応については、(ブロモベンゼン誘導体の反応速度k/ブロモベンゼンの反応速度k0)を対数にとった値と、Hammettの置換基定数との相関性をプロットしたところ、図8に示すような直線関係が得られた。これは各誘導体の反応機構が一定していることを示しており、Hammett則に沿った結果が出たことを裏付けている。鈴木・宮浦カップリング反応では、フェニルボロン酸に付いているマイナスの電荷をもった炭素と、ハロゲン化アリールのハロゲン原子に付いているプラスの電荷を持った炭素が反応し、結合の組み替えが起こり、炭素同士が結合すると推測されるため、電子求引性の強い置換基ほど高活性を示すと考えられる。置換基定数と比較して、活性が低く唯一例外となったシアノ基だが、これはシアノ基が極性が強い置換基であるため、触媒表面に吸着して触媒の細孔を塞ぎ、低活性を招いたと考えられる。
【0120】
<実施例3:室温での反応>
Pd/USYの高活性を利用して、室温でも下記化学反応式に示す反応が進行するか実験した。この条件でもし反応が進行すれば、不均一系担持触媒としてはかなり進歩した結果となる。室温での溶媒を変えた反応の実験結果は下記の表5に示す。
【0121】
【化11】
【0122】
【表5】
【0123】
非極性溶媒であるo−xyleneを使用した場合にはほとんど活性がみられず、極性溶媒であるDMFを水と1:1で希釈した溶媒(極性溶媒だけでは水素還元が行われないため水を入れた)で活性が発現した。またacetyl基を有する誘導体では収率100%を達成した。
【0124】
<考察>
室温での溶媒を変えた反応については、室温では極性溶媒中の方が非極性溶媒中よりも高い反応速度をもたらす理由として、非加熱反応であるため非極性溶媒使用時には塩基が溶媒に溶けず、反応が進行しなかったのではないかと考えられる。鈴木・宮浦カップリング反応は塩基がイオン状態になっていないと反応は進行しないため、室温での反応時のみ極性溶媒で活性が出たと考えられる。
【0125】
<実施例4:塩基の検討>
下記化学反応式の化学反応を高温(383K)で塩基を変えて実験を行った。高温での塩基を変えた反応の実験結果は表6に示す。炭酸を含む塩基が飛びぬけて高活性で、鈴木・宮浦カップリングには特に効果的であるということが分かった。尚、この結果はArtokらの報告(非特許文献2)にもあり、本研究と一致する形となった。
【0126】
【化12】
【0127】
【表6】
【0128】
<考察>
高温での塩基を変えた反応については、炭酸を含む塩基が反応に高活性を示す理由は、現在のところ不明であるが、Artokも炭酸は鈴木・宮浦カップリング反応と相性がよく、他の塩基と比較しても差は歴然であると報告しているため矛盾はない。
【0129】
<実施例5:Artokらが主張している水の重要性についての考察>
Artokらは”水がゼオライト触媒の活性に絶対条件”であると主張しているが、この説はすべての条件において正しいとは言えないであろう。まず図2のPd/NaYを室温でin situ還元し反応させたもの(水不使用)と、Artokらの水を使用した反応(非特許文献2:J. Mol. Catal.A, 278, (2007) 179, table2, entry9)との比較実験を行った。
【0130】
より詳しくは、ここでは、Artokらの論文を参考にし、下記の条件でDMF/水=1/1を溶媒としたブロモベンゼンとフェニルボロン酸による反応を実施して比較した。
反応温度:100℃
反応時間:5h
触媒量:1mg
前処理条件:H2によるバブリング
ビフェニル収率:9%
TON:28,000
TOF:5,600h−1
【0131】
その結果、DMF/水=1:1を溶媒とすると、ArtokらとはTONの値に大差はないが、我々の実験でキシレンを溶媒とした場合はTON=1,700,000であり、DMF/水を溶媒とすると大幅に活性が低下していた。従って、水の存在は必要条件ではないことが言える。すなわち、TONで比較した際、その差は歴然で、必ずしも水存在下で高活性が出るとは限らなかった。さらに水を溶媒として使用した際も、極性基質でのみ活性を示すに留まり、非極性基質で低活性であることと比較すると差は大きかった。
【0132】
<実施例6:Pd/USYを用いたヘック反応>
Heck反応はハロゲン化アリールまたはビニルを末端オレフィンとクロスカップリングさせて置換オレフィンを合成する反応である(下記化学反応式参照)。この反応は官能基選択性に優れ、一般的に収率も高く、炭素−炭素結合を伸ばすには有用な有機合成反応である。この反応は0価の金属Pdが高い活性を示す代表的な例として、有機化学では注目され、現在農薬や製薬、抗体などの製造に応用される。本発明者等の研究によりH2バブリングによるin−situ還元したPd/USY型ゼオライト触媒を用いた鈴木反応は高い触媒活性を示した。今回、この方法を用いてブロモベンゼンとスチレンのHeck反応を行った。
【0133】
【化13】
【0134】
1.触媒調製
1−1.使用担体
NH4型USY(東ソー製 SiO2/Al2O3=7.7)
NaY(触媒化成製 SiO2/Al2O3=5.5)
HY(触媒化成製 SiO2/Al2O3=5.5)
アルミナ(JRC−AlO−3)
Mordenite(JRC−Z−M2O)
【0135】
1−2.TAPd溶液の調製
250mlメスフラスコに0.6180g tetraaminepalladium(II)chloride monohydrateを加え、脱イオン水を標線まで加えた。
【0136】
1−3.触媒調製
<0.4wt%Pd/USY>
1)NH4型USYをN2雰囲気下、500℃で4h焼成し、H型とした。
2)500ml三角フラスコに脱イオン水300ml、TAPd溶液12ml、触媒3gを秤量し入れた。
3)室温にて4h攪拌し、イオン交換を行った。
4)吸引ろ過・洗浄を行い、ろ紙の上に残った固体を50℃の乾燥機にて一晩乾燥させた。
0.4wt%Pd/NaY、0.4wt%Pd/アルミナ、0.4wt%Pd/H−ZSM−5、Mordenite、0.4wt%Pd/HYのいずれも本発明者等が調製したものを使用した。
【0137】
1−4.ヘック反応の手順
秤量した反応試薬(ブロモベンゼン0.7875g、スチレン0.7814g、酢酸ナトリウム0.816g、内部標準物質(tridecane)0.80g、DMAc 4.0g)と触媒(0.01g)を三口フラスコに入れ、N2雰囲気下オイルバス中140℃、6時間攪拌しながら反応を行った。反応後の溶液を少量取り、アセトンで希釈し、FIDガスクロで分析した。カラムはMDN−12を用いた。
【0138】
<前処理方法>
(i)前処理なし
イオン交換後の試料をそのまま使用した。
(ii)前処理セルを使った還元
前処理セルに6%Ar希釈のH2流通のチューブを繋ぎ、0.5h、室温または200℃で水素還元を行った。触媒をいったん空気中に取り出し、0.01gを秤量してから反応を行った。
(iii)バブリングによるin−situ還元
6%Ar希釈のH2流通のチューブを反応器に繋げ、溶媒と触媒を攪拌しながら室温で0.5hバブリングを行った。
【0139】
2.反応溶液のICP測定
測定はリガクICP発光分光分析装置CIROS CCD(ベンチャービジネスラボラトリー)で行った。
1)ろ液をホットプレートで蒸発乾固させた。
2)有機物を取り除くためにサンプル管ごとマッフル炉に入れ、500℃で12時間焼成を行った。
3)Pdを溶かすためにサンプル管に王水を少量加え、ホットプレートで蒸発させた。
4)脱イオン水を加えてサンプル管を洗浄した後にろ過をし、5mlのメスフラスコを用いてICP用の試料を調製した。
5)検量線用標準溶液はPdの標準試料液(1000ppm)から、0.1、1、5、10ppmの4試料を調製した。
【0140】
<収率、転化率、物質収支およびPdの溶出度の求め方>
上記の実験の測定結果から、収率、転化率、物質収支およびPdの溶出度を以下の数式によって求めた。
【0141】
【数1】
【0142】
【数2】
【0143】
【数3】
【0144】
【数4】
【0145】
3.実験結果
1)前処理方法の違うPd/USYを用いたHeck反応
下記の表7に前処理方法の違うPd/USYを用いたHeck反応結果を示した。前処理の方法として、未処理、前処理セル、バブリングを比較した。0.4wt%Pd/USYを用い、140℃、6hで反応を行なった。室温でバブリングによるin situ還元を行うと、最も活性が高く、200℃で前処理すると、低活性であった。反応後の溶液を蒸発・焼成したのちに5mlに希釈した溶液のPd濃度は0.1ppmであった。Pd溶出は1.4%であり、溶解したPdが反応している可能性があるが、ICPで求められた値が小さいので、誤差を含んでいる可能性がある。この実験結果から求めたトランス−スチルベンの収率(%)を図9に示す。
【0146】
【表7】
【0147】
表7において、反応条件は、ブロモベンゼン0.7875g、スチレン0.7814g、酢酸ナトリウム0.816g、部標準物質0.80g、DMAc 4.0g、Pd/H−USY 0.01g、反応温度140℃、反応時間6hとした。
【0148】
2)様々な担体を用いたHeck反応
下記の表8に様々な担体を用いたHeck反応を示した。各触媒のPd担持量は0.4wt%、0.5h室温でバブリングにて前処理を行い、反応温度は120℃、反応時間は6hである。HMOR、HZM−5、HYを用いた場合にはほとんど活性を示さなかった。この結果からUSYが最も高活性を示したが、Al2O3でもかなり高い活性を示した。この実験結果から求めたトランス−スチルベンの収率(%)を図10に示す。
【0149】
【表8】
【0150】
3)様々なアリルブロマイドを用いたHeck反応
下記の表9に様々なアリルブロマイドを用いたHeck反応結果を示した。末端オレフィンにはスチレンを用い、触媒は0.4wt%Pd/USY、室温でバブリングにて0.5h前処理を行った。反応温度は120℃、反応時間は6hである。活性の順序は4−ブロモアセトフェノン>ブロモベンゼン>4−ブロモトルエン>4−ブロモアニソールであった。p−位に電子求引性基であるアセチル基が置換している4−ブロモアセトフェノンが最も収率が高く、逆に電子供与性基であるメチル基、メトキシ基が置換した4−ブロモアニソール、4−ブロモトルエンは4−ブロモアセトフェノンより低活性であった。これは、電子求引性基であるアセチル基がベンゼン環についている時、パラ位の電子密度が高くなり、反応時にパラ位での反応が起こりやすくなるが、電子供与性基であるメチル基、メトキシ基がベンゼン環についている時、パラ位の電子密度が低くなり、反応時にパラ位での反応が起きにくくなるためである。この実験結果から求めた主生成物の収率(%)を図11に示す。
【0151】
【表9】
【0152】
表9では、反応条件を、アリルブロマイド(4−ブロモアセトフェノン 0.9952g、4−ブロモトルエン 0.855g、4−ブロモアニソール 0.93512g、ブロモベンゼン 0.7875g)、スチレン0.7814g、酢酸ナトリウム0.816g、部標準物質0.80g、DMAc 4.0g、Pd/H−USY 0.01g、反応温度140℃、反応時間 6hとした。
【0153】
<考察>
上記の実験結果から、バブリングにより還元した0.4wt%Pd/USY触媒は、Heck反応においても高活性であることが分かった。また、他の担体と比較してUSYが優れた担体であるとわかった。今までHeck反応は多量の触媒で行っていたが今回バブリングを行うことで触媒量が0.01gと少量で高活性が見出せるという事が分かった。
【0154】
<まとめ>
すなわち、上記の実験結果から、本実施例で用いた触媒には、以下の優れた特性があることが導き出される。
【0155】
1.安価で容易な触媒調製法
本触媒は、パラジウム錯体を担持して乾燥させるだけで調製されるために、その方法が非常に容易であり、かつ複雑な有機配位子を必要とするフォスフィン型パラジウム錯体に比べ安価である。また本触媒はその場還元法により、容易に活性化できる。
【0156】
2.高活性・高選択性
本実施例で見出したPd/FAUゼオライト触媒は、1mgという極少量の触媒で反応が進行し、非常に高活性・高選択性である。また多くの反応で1時間以内という短時間で100%の選択性で反応が完結する。
【0157】
3.さまざまな反応物に対する高反応性
本実施例で提案している触媒は上記の表2に示すように、さまざまな置換基を有するブロモベンゼン誘導体に対して高活性・高選択性を示す。
【0158】
4.容易な触媒の分離
通常の溶液に溶けて機能する錯体触媒では反応後のPdの分離が困難であるため、医薬品などの合成には障害があるとされている。一方、本実施例で提案しているPd/ゼオライト触媒は、ろ過により簡単に反応溶液から触媒を分離できることから、不純物として製品中にPdが残ることがない。
【0159】
さらに、下記のような学術的知見も得ることができた。
1.ブロモベンゼン誘導体での反応は、Hammett則に沿った結果を得る。
2.Pd/USYは極性基質よりも、非極性溶媒や非極性基質にて良好な活性を得る。
3.Artokらが報告しているPd/NaYと比較すると、TON,TOF両方の結果を比較してもUSYが優位である。
4.炭酸を含む塩基が鈴木・宮浦カップリング反応と相性が良い。
5.極性基質の反応時は、水を溶媒としても100%反応が完結する。
6.水がゼオライト触媒の活性に不可欠ではないと思われる。
【0160】
以上、本発明を実施例に基づいて説明した。この実施例はあくまで例示であり、種々の変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0161】
たとえば、上記実施例では、溶媒中でH2バブリングを行ってPdを水素還元したが、特に限定する趣旨ではない。例えば、気相中でPdを水素還元しても、20℃以上170℃以下の温度で、5分以上1時間以下、水素還元すれば、FAU型ゼオライトと、FAU型ゼオライトに担持されており、配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターと、を備えるゼオライト−パラジウム複合体が得られることに変わりはない。そのため、そのゼオライト−パラジウム複合体を含む不均一系パラジウム触媒を用いて、鈴木・宮浦カップリング反応またはHeck反応を行えば、溶媒中でH2バブリングを行ってPdを水素還元した場合と同様の作用効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0162】
【図1】ゼオライトの構造について説明するための模式図である。
【図2】さまざまなPd触媒によるブロモベンゼンとフェニルボロン酸をつかった鈴木・宮浦カップリング反応のTONを示したグラフである。
【図3】XAFS測定より求めた0.4wt%Pd/USY触媒の昇温過程における配位数変化を示すグラフである。
【図4】前処理セルについて説明するための模式図である。
【図5】室温における6%H2/ArのバブリングによるPd触媒の活性化の方法について説明するための模式図である。
【図6】さまざまな触媒・前処理によるブロモベンゼンとフェニルボロン酸による鈴木・宮浦反応でのブロモベンゼンの転化率を示したグラフである。
【図7】さまざまな触媒・前処理によるブロモベンゼンとフェニルボロン酸による鈴木・宮浦反応でのターンオーバ数(TON)を示したグラフである。
【図8】(bromobenzene誘導体の反応速度k/bromobenzeneの反応速度k0)の対数値とHammettの置換基定数との関係を示したグラフである。
【図9】前処理方法の違うPd/USYを用いたHeck反応の実験結果から求めたトランス−スチルベンの収率(%)を示したグラフである。
【図10】様々な担体を用いたHeck反応の実験結果から求めたトランス−スチルベンの収率(%)を示したグラフである。
【図11】様々なアリルブロマイドを用いたHeck反応の実験結果から求めた主生成物の収率(%)を示したグラフである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゼオライト−パラジウム複合体、その複合体の製造方法、その複合体を含む触媒、およびその触媒を用いるカップリング化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鈴木・宮浦カップリング反応(下記化学反応式参照)は、芳香族ホウ素化合物をハロゲン化アリールとカップリングさせる反応であり、医薬品などの生物活性物質や有機EL等機能性分子の原料を合成する上で極めて有用なツールである。
【0003】
【化1】
【0004】
鈴木・宮浦カップリング反応の原料として用いられる芳香族ホウ素化合物は、目的とした官能基(ハロゲン化物)だけが反応し、また水や空気に対して安定で、結晶性の固体として長期の保存が可能である。さらに、上記の鈴木・宮浦カップリング反応の副生成物のホウ酸塩は、毒性がなく、しかも水洗いで目的物から簡単に分離できる。これらの特徴より、鈴木・宮浦カップリング反応は、実験室レベルから工業規模まで、幅広く活用されている。
【0005】
また、Heck反応(下記化学反応式参照)はハロゲン化アリールまたはビニルを末端オレフィンとクロスカップリングさせて置換オレフィンを合成する反応である。この反応は官能基選択性に優れ、一般的に収率も高く、炭素−炭素結合を伸ばすには有用な有機合成反応である。この反応は0価の金属Pdが高い活性を示す代表的な例として、有機化学では注目され、現在農薬や製薬、抗体などの製造に応用される。
【0006】
【化2】
【0007】
一方、鈴木・宮浦カップリング反応、Heck反応などの様々な反応の触媒として用いられる、通常の有機金属化合物を含む触媒は、反応性が高く、さまざまな反応に応用できるが、反応させたい官能基以外とも反応するという問題がある。これに対して、ゼオライトに担持したパラジウム触媒は、NOx選択還元、触媒燃焼、有機合成など様々な触媒反応に有用であるが、ゼオライト細孔内で形成されるPdクラスターの構造やその形成過程は十分には調べられていない(非特許文献1)。
【0008】
例えば、非特許文献2には、Pd(NH3)42+−担持NaYゼオライトが、空気中、低Pd濃度で臭化アリールまたは塩化アリールとフェニルボロン酸誘導体のSuzuki−Miyaura(SM)反応に対する高活性触媒前駆体であることを見出した旨が記載されている。また、この文献には、臭化アリールとアリ−ルボロン酸は、純水及びN,N−ジメチルホルムアミド/水混合物(1/1)中で、数分以内に、4×105h−1に至るターンオーバ頻度(TOF)で、効果的にカップリングし、少量の水の存在がクロロアレ−ンとの反応の達成に重要であった旨も記載されている。
【0009】
また、非特許文献3には、臭化アリ−ル類とアリ−ルほう素酸類のSuzuki交差カップリングによるビアリ−ル誘導体の合成で、不均一系触媒Pd(0)−Yゼオライト(I)を配位子添加なしで使用し、高収率で目的物を得た旨が記載されている。また、この文献には、共存させる塩基はNa2CO3、あるいはCs2CO3が、溶媒にはDMF/H2OあるいはDMA/H2Oが最適で、溶媒系にH2Oの共存が必要であった旨も記載されている。さらに、この文献には、例えば、4−CN−PhBrとPhB(OH)2をIとNa2CO3存在下にDMF/H2O溶媒中,室温で反応させ4−シアノビフェニルを収率100%で得、触媒は繰返し使用が可能であった旨も記載されている。
【0010】
さらに、非特許文献4には、Pd(NH3)4Cl2を含浸させたNaYゼオライトを酸素気流中で焼成し、Pd(II)−NaYゼオライト触媒を調製した際に、塩基の存在下に本触媒を用いてDMF/水混合溶媒中で標題交差カップリング反応を行い、対応するビアリ−ルを収率よく合成した旨が記載されている。また、この文献には、塩基として炭酸ナトリウム又は炭酸カリウムを、溶媒としてDMFと水の1:1混合物を使用した場合に最良の結果が得られ、触媒は反応液をろ過することによって容易に回収でき、繰返し使用することも可能であった旨も記載されている。
【0011】
それ以外に、非特許文献5〜16に示すように、様々なPd触媒による鈴木カップリング反応方法が報告されている。また、それらの文献の中には、触媒系のTONが100万付近である旨報告しているものもある。
【0012】
【非特許文献1】K. Okumura, K. Kato, T. Sanada, M. Niwa, J. Phys. Chem. C, 111, 14426(2007)
【非特許文献2】DURGUN Guelay, AKSIN Oezge, ARTOK Levent, J. Mol. Catal. A, 278, (2007) 179
【非特許文献3】ARTOK L, BULUT H, Tetrahedron Letters, 45(2004) 3881-3884
【非特許文献4】BULUT H, ARTOK L, YILMAZ S, Tetrahedron Letters, 44(2003) 289-291
【非特許文献5】丸山怜, 菅野俊樹, 清水研一, 児玉達也, 北山淑江,触媒討論会討論会A予稿集,Vol.92nd Page.137 (2003.09.18)
【非特許文献6】MORI K, YAMAGUCHI K, HARA T, MIZUGAKI T, EBITANI K, KANEDA K, J. Am. Chem. Soc., Vol.124 No.39 Page.11572-11573 (2002.10.02)
【非特許文献7】KUDO Daisuke, MASUI Yoichi, ONAKA Makoto, Chem. Lett., Vol.36 No.7 Page.918-919 (2007)
【非特許文献8】HAGIWARA Hisahiro, KO Keon Hyeok, HOSHI Takashi, SUZUKI Toshio, Chem. Commun., No.27 Page.2838-2840 (2007.07.19)
【非特許文献9】萩原久大, KO Keon Hyeok, 星隆, 鈴木敏夫,日本化学会講演予稿集,Vol.87th No.2 Page.1055 (2007.03.12)
【非特許文献10】清水研一, 小泉壮一, 児玉竜也, 北山淑江,触媒 ,Vol.46 No.6 Page.533-535 (2004.09.10)
【非特許文献11】TAKEMOTO Toshihide, IWASA Seiji, HAMADA Hiroshi, SHIBATOMI Kazutaka, KAMEYAMA Masayuki, MOTOYAMA Yukihiro, NISHIYAMA Hisao, Tetrahedron Lett., Vol.48 No.19 Page.3397-3401 (2007.05.07)
【非特許文献12】JIANG Nan, RAGAUSKAS Arthur J.,Tetrahedron Lett., Vol.47 No.2 Page.197-200 (2006.01.09)
【非特許文献13】WOLFE J P, SINGER R A, YANG B H, BUCHWALD S L,J. Am. Chem. Soc.,Vol.121 No.41 Page.9550-9561 (1999.10.20)
【非特許文献14】SCHNEIDER Sabine K., HERRMANN Wolfgang A., ROEMBKE Patric, JULIUS Gerrit R., RAUBENHEIMER Helgard G, Adv. Synth. Catal.,Vol.348 No.14 Page.1862-1873 (2006.09)
【非特許文献15】LI Shenghai, ZHANG Suobo, LIN Yingjie, CAO Jungang, J. Org. Chem.,Vol.72 No.11 Page.4067-4072 (2007.05.25)
【非特許文献16】DIALLO Abdou Khadri, ORNELAS Catia, RUIZ ARANZAES Jaime, ASTRUC Didier, SALMON Lionel,Angew. Chem. Int. Ed. , Vol.46 No.45 Page.8644-8648 (2007.12)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、上記文献記載の従来技術は、以下の点で改善の余地を有していた。
第一に、非特許文献1に記載のゼオライトに担持したパラジウム触媒は、NOx選択還元、触媒燃焼、有機合成など様々な触媒反応に有用であるが、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応に対する活性の面でさらなる改善の余地があった。また、この文献では、ゼオライト細孔内で形成されるPdクラスターの構造やその形成過程は十分には調べられていないため、ゼオライト細孔内にどのような形成方法でどのような構造のPdクラスターを形成すれば、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応に対し、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す触媒が容易に調製できるのかは不明であった。
【0014】
第二に、非特許文献2〜4に記載の触媒では、例えば、ブロモベンゼンを使った実験では、収率90%の時点でTOF=120,000h−1であると記述している(J. Mol. Catal. A, 278, (2007) 179, Table 2 , entry 11)が、TOFに関しては反応開始後どの時点で計算するかによってTOFの値は大きく異なってくるため、単純にTOFのみで活性が優れていると評価することは正確さに欠ける。そのため、非特許文献2〜4に記載の触媒では、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面でさらなる改善の余地があった。
【0015】
第三に、非特許文献5〜16に記載の触媒では、イオン液体を使用した触媒や複雑なフォスフィン配位子を有する触媒を使用した不均一系触媒や、あるいは溶液中で反応させる均一系触媒に関して説明されており、一部の不均一系触媒では高活性を示すことも報告されている。しかしながら、イオン液体を使用した触媒や複雑なフォスフィン配位子を有する触媒を使用した不均一系触媒は、触媒を固定するための調製方法が複雑であり、生産性およびコストの面でさらなる改善の余地があった。また、一部の不均一系触媒では高活性を示すとはいえ、それらの不均一系触媒では用いられているPd量が多いため高活性になっているに過ぎず、やはりTOFおよびTONによって評価される触媒活性の総合的な能力の面でさらなる改善の余地があった。
【0016】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、本発明では、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す不均一系触媒が容易に調製できる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明によれば、FAU型ゼオライトと、FAU型ゼオライトに担持されており、配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターと、を備えるゼオライト−パラジウム複合体が提供される。
【0018】
この構成によれば、配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターをFAU型ゼオライトに担持するため、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す不均一系触媒として好適に利用可能なゼオライト−パラジウム複合体が得られる。
【0019】
また、本発明によれば、上記のゼオライト−パラジウム複合体を含む、カップリング反応触媒が提供される。
【0020】
この構成によれば、配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターをFAU型ゼオライトに担持するため、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す不均一系触媒が得られる。
【0021】
また、本発明によれば、上記のゼオライト−パラジウム複合体の製造方法であって、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムを、20℃以上170℃以下の温度で、5分以上1時間以下、水素還元する工程を含む、ゼオライト−パラジウム複合体の製造方法が提供される。
【0022】
この方法によれば、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムを、20℃以上170℃以下の温度で、5分以上1時間以下、水素還元するため、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムの配位数が4以上7以下となり、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す不均一系触媒として好適に利用可能なゼオライト−パラジウム複合体が容易に調製できる。
【0023】
また、本発明によれば、カップリング化合物の製造方法であって、芳香族ハロゲン化物と、ハロゲン化アリールまたはハロゲン化アルケニルとを、上記の触媒の存在下で、カップリング反応させてカップリング化合物を生成する工程を含む、カップリング化合物の製造方法が提供される。
【0024】
この方法によれば、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムの配位数が4以上7以下である触媒が高活性を示すため、低コストで生産性よくカップリング化合物を生成することができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す不均一系触媒が容易に調製できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
<用語の説明>
本明細書および本特許請求の範囲において、下記のとおり用語の意義を定義する。
(i)ゼオライト
本明細書および本特許請求の範囲において、ゼオライト(zeolite)とは、結晶中に微細孔を持つアルミノ珪酸塩の総称を意味する。日本名は沸石という。ゼオライトは、アルカリ金属またはアルカリ土類金属を含むアルミノケイ酸塩の結晶で、その含有金属の組成比は様々である。また、ゼオライトは規則正しい結晶であり、結晶の各単位胞はその中心にケージやチャンネルなどと呼ばれる細孔を持っている。例えば、アルミノシリケイトのゼオライトの骨格は、ケイ素-酸素結合とケイ素がアルミニウムで置換されたアルミニウム−酸素結合からできている。アルミニウムは原子価が3価であり、原子価が4価であるケイ素と置換するにはマイナス1価の陰イオンとなる必要があり、このマイナス電荷を補償するためナトリウムイオンなどの陽イオンがアルミニウムの対イオンとして存在する。アルミニウムおよび対イオンのもつ電荷のためにアルミニウムを多く含むゼオライト内部は強い静電場を持ち極性の高い環境になる。細孔の形状や、結晶構造の種類などから、ゼオライトは更に細分化されて名称が付けられている。ゼオライトは、天然に産出する鉱物であるが、現在ではさまざまな性質を持つゼオライトが人工的に合成されており、工業的にも重要な物質となっている。
【0027】
(ii)FAU型ゼオライト
本明細書および本特許請求の範囲において、FAU型ゼオライトとは、フォージャサイト型ゼオライト、X型ゼオライト、Y型ゼオライトを含む概念である(参考文献:窪田 好浩, 辰巳 敬,真空 Vol. 49 (2006) , No. 4 pp.205-212)。フォージャサイト型ゼオライトは天然のゼオライトであり、X−,Y−ゼオライトは合成されたゼオライトであるが、X−,Y−ゼオライトは天然のフォージャサイト型ゼオライトと同じ骨格構造のゼオライトであることがわかっている。これらの中でも、ケイバン比の低いもの(Si/Al比が1.0〜1.4)をX型、高いもの(Si/Al比が1.9〜2.8)をY型、それより高いものをUSY(Si/Al>2.8)と呼ぶ。FAU型ゼオライトでは、スーパーケージと呼ばれる直径1.3nmのほぼ球状の空間が存在し、この空間は直径0.74nmの4つの窓を持っていて、この窓を通して、スーパーケージは隣り合った4つのスーパーケージとつながっている。
【0028】
上記参考文献の図1およびその説明文を引用してFAU型ゼオライトについて以下説明する。図1に示したゼオライト骨格の表記法について説明すると、図形の各頂点がT原子(骨格中のtertahedral原子)であり、各辺の中点付近が酸素原子に相当する。「ソーダライト・ケージ」と呼ばれるユニット同士の結合の仕方により、ソーダライト、A型、X型およびY型等になる。X型、Y型の違いは化学組成のみで、骨格トポロジーは同一である。International Zeolite AssociationのStructure Commission(IZA−SC)は、ゼオライトの示すさまざまな骨格トポロジーのうち、構造解析データが十分なものに対して三文字のコード(Framework Type Code;FTC)を与えている。例えば,ソーダライト(sodalite)のトポロジーはSOD、A型はLTA、Y型はFAUである。IZA−SCのデータ・ベースは、Atlas of Zeolite Structure Types(現Atlas of Zeolite Framework Types、以降「アトラス」と呼ぶ)として出版されるとともに、web siteにも掲載されている。FTCは化学組成の情報を全く含まず、あくまで骨格トポロジーのみを表す。このことは2001年にIUPACより明確に定義された。つまり、FTCが共通でも物質として異なるものが1つ以上存在してよいことになる。例えば天然鉱物としてのフォージャサイト(faujasite)、X型、Y型はすべて、FAUの骨格トポロジーを持つ。因みにFTCが共通であるゼオライト類のうち、FTC命名の元となった物質をtype materialと呼ぶ(例えば,FAUの場合はfaujasiteである)。TCといくつかの記号を組み合わせて、ゼオライトの化学構造を的確に表現する統一的な方法が提案されており、普及の努力がなされている。
【0029】
(iii)パラジウム
本明細書および本特許請求の範囲において、パラジウム(Palladium)とは、原子番号46の元素を意味する。パラジウムの元素記号はPdであり、白金族元素の一つに分類され、貴金属にも分類される。パラジウムの常温、常圧で安定な結晶構造は、面心立方構造(FCC)である。パラジウムは、銀白色の金属(遷移金属)であり、比重は12.0、融点は摂氏1555℃(実験条件等により若干値が異なることあり)である。パラジウムは、酸化力のある酸(硝酸など)には溶ける。
【0030】
(iv)不均一系触媒
本明細書および本特許請求の範囲において、不均一系触媒(heterogeneous catalyst)とは、固相状態で用いる触媒を意味する。固定化した化学工業など、基礎的な化学物質を大量に生産する施設では、生成物の回収や、触媒の性能の維持が容易であるという理由から、不均一系触媒が多く用いられている。不均一系触媒は白金やパラジウム、酸化鉄のような単純な物質から、ゼオライトのような複雑な構造の無機化合物、あるいは金属錯体を固定化したものも使用される。多くの場合、不均一系触媒は触媒表面で反応が進行する。したがって、触媒の効率をよくするためには、表面積を大きくすることが肝心となる。このため、高価な金属(白金、パラジウムなど)を触媒として用いる場合は、1〜100nm程度の微粒子にして活性炭やシリカゲルなど(担体という)の表面に分散させ(担持し)て使用する。この方法は、そのままでは固体として使用するのが難しい金属錯体触媒などでも利用される。
【0031】
(v)カップリング反応
本明細書および本特許請求の範囲において、カップリング反応(coupling reaction)とは、2つの化学物質を選択的に結合させる反応のことを意味する。特に、それぞれの物質が比較的大きな構造(ユニット)を持っているときにこの用語が用いられることが多い。カップリング反応は、天然物の全合成などで多用される。カップリング反応の中でも、結合する2つのユニットの構造が等しい場合はホモカップリング、異なる場合はクロスカップリング(またはヘテロカップリング)という。
【0032】
(vi)鈴木・宮浦カップリング反応
本明細書および本特許請求の範囲において、鈴木・宮浦カップリング(Suzuki-Miyaura coupling)反応とは、芳香族ホウ素化合物とハロゲン化アリールとをクロスカップリングさせて非対称ビアリール(ビフェニル誘導体)を得る化学反応(下記化学反応式参照)のことを意味する。鈴木カップリング、鈴木・宮浦反応などとも呼ばれ、芳香族化合物の合成法としてしばしば用いられる反応の一つである。基質として、芳香族化合物のほか、ビニル化合物、アリール化合物、ベンジル化合物、アルキニル誘導体、アルキル誘導体なども用いられる。
【0033】
【化3】
【0034】
(vii)Heck反応
本明細書および本特許請求の範囲において、Heck反応とは、ハロゲン化アリールまたはビニルを末端オレフィンとクロスカップリングさせて置換オレフィンを合成する反応(下記化学反応式参照)である。なお、日本では、溝呂木・ヘック反応(Mizoroki-Heck reaction)と呼ばれることもある。この反応は官能基選択性に優れ、一般的に収率も高く、炭素−炭素結合を伸ばすには有用な有機合成反応である。この反応は0価の金属Pdが高い活性を示す代表的な例として、有機化学では注目され、現在農薬や製薬、抗体などの製造に応用される。
【0035】
【化4】
【0036】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて説明する。尚、すべての図面において、同様な構成要素には同様の符号を付し、適宜説明を省略する。
【0037】
<発明の経緯>
FAU型ゼオライトは直径1.3nmのスーパーケージと呼ばれる広い細孔空間を有している。この細孔内で形成される金属クラスターは、高分散しているために配位不飽和な原子が多く、この空間を反応場とした通常のバルク触媒とは異なる触媒作用が発現することが期待される。本発明者等は、最近のSPring−8でのin situ XAFSを使った研究により、FAU型ゼオライトであるUSYゼオライトにPd2+をイオン交換法で導入し(Pd2+/USY)、室温でH2を流通させると、Pd0クラスターが形成されることを見出した。このPd0クラスターは、13個程度のPd原子からなる準安定状態にあり、配位不飽和なPd原子を有することから優れた触媒活性を示すことが期待された。そこで、本発明者等は、このPd0クラスター触媒を鈴木・宮浦カップリング反応に利用したところ、極めて高活性を示すことを見出したものである。
【0038】
本発明者等の開発した方法での重要なポイントは、触媒反応を行う直前にパラジウムを還元・活性化(その場還元)することである。さまざまな前処理条件・触媒によるTONを図1にまとめて示す。ここで、TON(ターンオーバー数)とはパラジウム1原子あたりが失活するまでに変換した原料の分子数であり、触媒活性の指標となる値である。その場還元したPd/USYおよびPd/NaYゼオライトは、図2に示すように1,000,000以上の極めて高いTONを示す。
【0039】
一方、非特許文献3の論文で方法されている方法に従って、Pd/USY触媒を一旦200℃で水素によって還元すると、非常に低活性であった。これは、室温で形成される準安定状態のクラスターは170℃までほぼ安定で、それ以上の温度で急速に凝集するためであると本発明者等は考えている。すなわち図3に示したXAFS測定より求めたPd−Pd配位数の温度変化から示されるように、200℃での還元によりbulkyなPd粒子が形成し、ゼオライトの細孔が塞がれたために不活性になったものと思われる。また、モルデナイトやZSM−5といった他のゼオライトやAl2O3や活性炭を担体としたPd触媒を使用し、その場還元により前処理を行った触媒は、数万程度のTONを示したものの、Pd/FAU触媒に比べ低活性であった。これらの結果に基づいて、本発明者等は、FAU型ゼオライトを使用し、その場還元法により活性化した触媒が特異的に高活性を示すことを初めて見いだし、本発明を完成した。
【0040】
<実施形態1:ゼオライト−パラジウム複合体>
本実施形態に係るゼオライト−パラジウム複合体は、FAU型ゼオライトと、FAU型ゼオライトに担持されており、配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターと、を備えるゼオライト−パラジウム複合体である。本実施形態に係るゼオライト−パラジウム複合体は、配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターをFAU型ゼオライトに担持するため、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す不均一系触媒として好適に利用可能である。
【0041】
ここで、本実施形態に用いるFAU型ゼオライトは、各種のゼオライトの中でも、スーパーケージと呼ばれる直径1.3nmのほぼ球状の空間が存在し、この細孔内で形成される金属クラスターは、高分散しているために配位不飽和な原子が多く、この空間を反応場とした通常のバルク触媒とは異なる触媒作用が発現することが期待されるために好ましい。そして、このFAU型ゼオライトは、Y型ゼオライトであることが好ましい。
【0042】
そして、本実施形態に用いるFAU型ゼオライトに担持されているパラジウムクラスターの配位数は、4以上7以下であることが好ましい。なぜなら、本発明者等は、最近のSPring−8でのin situ XAFSを使った研究により、FAU型ゼオライトであるUSYゼオライトにPd2+をイオン交換法で導入し(Pd2+/USY)、室温でH2を流通させると、Pd0クラスターが形成されることを見出している。そして、このPd0クラスターは、13個程度のPd原子からなる準安定状態(配位数5程度)にあり、この準安定状態(配位数5程度)付近の配位数4〜7の範囲内においては、配位不飽和なPd原子を有することから優れた触媒活性を示すことが理論的に期待されるからである。本発明者等は、実際に、この準安定状態のPd0クラスター触媒(配位数5程度)を鈴木・宮浦カップリング反応に利用したところ、極めて高活性を示すことを見出している。そのため、鈴木・宮浦カップリング反応またはHeck反応などのカップリング反応で高活性を示すためには、パラジウムクラスターの配位数は、4以上7以下であることが好ましい。
【0043】
また、本実施形態に係るゼオライト−パラジウム複合体では、FAU型ゼオライト100質量部に対して、FAU型ゼオライトに担持されている配位数が4以上7以下のパラジウムクラスターが0.2質量部以上1.0質量部以下の範囲で含まれていることが好ましい。この配位数が4以上7以下のパラジウムクラスターの含有量が0.2質量部以上であれば、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示すため、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応の生産性が高まる利点がある。一方、この配位数が4以上7以下のパラジウムクラスターの含有量が1.0質量部以下であれば、不必要に多量のパラジウムを用いなくても済むため、コストが低減できる利点がある。
【0044】
<実施形態2:触媒>
本実施形態の不均一系パラジウム触媒は、上記のゼオライト−パラジウム複合体を含む、不均一系パラジウム触媒である。本実施形態に係る不均一系パラジウム触媒は、上記のゼオライト−パラジウム複合体を含むため、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す。
【0045】
ここで、上記の非特許文献11〜16に示すように溶液中で反応させる均一系触媒に関しては多数の論文があり高活性を示すことも報告されているが、本実施形態の不均一系パラジウム触媒(例えば、本発明者等が調製したPd/USY触媒)は、非特許文献11〜16の均一系触媒に比べ調製方法が極めて簡単であり、安価に調製できる点がポイントである。また、上記の非特許文献5〜10に記載されているイオン液体を使用した触媒や複雑なフォスフィン配位子を有する触媒を使用した従来公知の担持Pd触媒に対して比較すると、本実施形態の不均一系パラジウム触媒はPd量が7×10−5mol%で反応が完結しており最も高活性である。
【0046】
また、本実施形態の不均一系パラジウム触媒は、非極性溶媒中で用いられる、不均一系パラジウム触媒であることが好ましい。本実施形態の不均一系パラジウム触媒では、極性溶媒を使用すると、後述の実施例で示すように、大きく触媒活性が低下しており、高活性をもたらすためには非極性溶媒を使用することが重要であるためである。現在のところこの原因は不明であるが、DMFがPd表面上に強く吸着し、活性点を阻害している可能性が考えられる。
【0047】
さらに、本実施形態の触媒は、別の観点から見れば、ゼオライト−パラジウム複合体を含む、カップリング反応触媒であるとも表現できる。すなわち、触媒の形態ではなく、機能に着目すれば、本実施形態の触媒は、鈴木・宮浦カップリング反応またはHeck反応に用いられる、カップリング反応触媒であると表現できることになる。
【0048】
ここで、本実施形態のカップリング反応触媒は、鈴木・宮浦カップリング反応またはHeck反応などのカップリング反応における活性を評価するために、後述の実施例で示すように、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力を評価しているが、その理由は、触媒が失活するまでにパラジウム原子が触媒として何回反応したかというTONで示される特性が最も重要であるためである。そのため本実施形態の不均一系パラジウム触媒では反応を完結させるために、後述の実施例で示すように、必要以上に時間をかけて反応をおこなっている。そして、本実施形態のカップリング反応触媒は、後述の実施例で示すように、鈴木・宮浦カップリング反応またはHeck反応などのカップリング反応におけるTONの面で、従来公知の触媒に比べて遙かに優れた特性を有している。
【0049】
一方、TOFに関しては反応開始後、どの時点で計算するかによってTOFの値は大きく異なってくるため、単純にTONの値を反応時間で割ってTOFで活性を比較することは正確さに欠けると思われる(もし正確にTOFを求めるなら、反応初期でのTONに基づいて計算する必要がある)。さらに、異なる置換基を持つブロモベンゼン誘導体によって活性が異なることから、同じ反応物を使った実験でTOFを比較する必要がある。後述の実施例と同じブロモベンゼンを使った実験では、Artokらは収率90%の時点でTOF=120,000 h−1であると記述している(非特許文献2:J. Mol. Catal. A,278, (2007) 179, Table 2 , entry 11)。一方、本実施形態の不均一系パラジウム触媒で収率90%に達した際のTOFを求めたところ、後述する実施例で示すように、2,660,000h−1であった。従って、本実施形態の不均一系パラジウム触媒のTOFをArtokらの触媒と同条件で比較すると、22倍高活性である。このように、TOFで比較しても本実施形態の不均一系パラジウム触媒は、Artok法による不均一系パラジウム触媒よりも遙かに優れている。
【0050】
さらに、本実施形態のカップリング反応触媒は、後述の実施例で示すように、鈴木・宮浦カップリング反応またはHeck反応などのカップリング反応における反応収率の面で、従来公知の触媒に比べて遙かに優れた特性を有している。
【0051】
すなわち、従来の報告では、溶液中に溶けて反応するフォスフィン配位子を持つPd錯体が多数報告されているが、本実施形態のカップリング反応触媒は、ゼオライト担体にPdを担持しているため、担持Pd触媒について後述する実施例において比較を行った結果を表1に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
この表1に示すように、いずれの報告よりも本実施形態のカップリング反応触媒(例えばPd/USY触媒では後述する実施例で示すように1,700,000TON)の方が高活性であることが分かる。特に比較対象とすべき従来技術はArtokらが報告しているPd/NaY触媒である(非特許文献2:Artok et al., J. Mol. Catal. A, 278, (2007) 179.)。
【0054】
すなわち、Artokらは、本実施形態のカップリング反応触媒と同じFAU型ゼオライトであるNa−Yを担体としたPd触媒を用いた方が優れた活性を示すことを報告している。しかし、彼らが論文中で報告しているTONは最大でも90,000であり、今回見出したカップリング反応触媒(例えばPd/USY触媒)の1,700,000に比べ低活性である。
【0055】
また反応速度(TOF)について比較しても、Artokらは収率90%の時点でTOF=120,000h−1であると報告しているのに対し、本実施形態のカップリング反応触媒(例えばPd/USY触媒)では、後述する実施例で示すように同じ収率90%に達した際のTOFは2,660,000h−1である。従って、本実施形態のカップリング反応触媒(例えばPd/USY触媒)は、Artokらの触媒よりも反応速度が22倍速いと言える。このようにArtokらと同様の触媒を使用しているにも関わらず、本実施形態のカップリング反応触媒(例えばPd/USY触媒)の方が高い触媒活性を示すのは、前処理方法を工夫しているためである。
【0056】
<実施形態3:ゼオライト−パラジウム複合体の製造方法>
本実施形態に係るゼオライト−パラジウム複合体の製造方法は、上記のゼオライト−パラジウム複合体の製造方法であって、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムを、20℃以上170℃以下の温度で、5分以上1時間以下、水素還元する工程を含む、ゼオライト−パラジウム複合体の製造方法である。
【0057】
本実施形態に係るゼオライト−パラジウム複合体の製造方法は、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムを、20℃以上170℃以下の温度で、5分以上1時間以下、水素還元する工程を含むため、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムの配位数が4以上7以下となり、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、TON、TOFまたは収率などによって評価される触媒活性の総合的な能力の面で高活性を示す不均一系触媒として好適に利用可能なゼオライト−パラジウム複合体が容易に調製できる。
【0058】
ここで、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムを水素還元する際には、10℃以上の温度で行うことが好ましく、20℃以上の温度であればより好ましい。一方、このときの温度は、170℃以下であれば好ましく、80℃以下であればより好ましい。このときの温度が10℃以上または20℃以上であれば、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムの配位数が4以上となるため好ましい。一方、このときの温度が170℃以下または100℃以下であれば、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムの配位数が7以下となるため好ましい。
【0059】
このとき、水素還元される前のパラジウム源は、金属パラジウムとしてよりも、パラジウム錯体またはパラジウム塩としてゼオライトに担持されることが好ましい。このようにして、金属有機化合物として供給されたパラジウム源については、ゼオライトに担持させやすいように溶媒中においてカチオンを形成するものであれば良い。例えば、水素還元される前のパラジウム源としては、テトラアンミン塩化パラジウム(II)やテトラアンミン硝酸パラジウム(II)のようなパラジウム錯体、若しくは塩化パラジウムや硝酸パラジウムのようなパラジウム塩が好ましい。
【0060】
また、本実施形態のゼオライト−パラジウム複合体の製造方法において、上記の水素還元する工程は、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムを、非極性溶媒中での水素バブリングによって水素還元する工程を含むことが好ましい。このように、非極性溶媒中での水素バブリングによって水素還元する場合でも、気相中で水素還元する場合と同様にFAU型ゼオライトに担持されているパラジウムの配位数が4以上7以下となるようにすることができる。また、非極性溶媒中での水素バブリングによって水素還元した場合には、そのままその非極性溶媒中で、本実施形態のゼオライト−パラジウム複合体を含む不均一系触媒を用いて、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応を行うことができるため、ゼオライト−パラジウム複合体を含む不均一系触媒のその場調製および鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応をまとめて連続的に行うことができて生産効率が向上する利点がある。
【0061】
上記の非極性溶媒としては、特に限定するものではないが、非極性の良溶媒としては、例えば、トルエン、シクロヘキサン、ジクロロメタン、クロロホルムなどが使用できる。また、非極性の貧溶媒としてはヘキサン、ヘプタン、オクタンなどが使用できる。また、良溶媒及び貧溶媒として混合溶媒を用いることも可能である。
【0062】
<実施形態4:カップリング化合物の製造方法>
【0063】
本実施形態のカップリング化合物の製造方法は、芳香族ハロゲン化物と、ハロゲン化アリールまたはハロゲン化アルケニルとを、上記の触媒の存在下で、カップリング反応させてカップリング化合物を生成する工程を含む、カップリング化合物の製造方法である。本実施形態のカップリング化合物の製造方法によれば、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応において、FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムの配位数が4以上7以下である触媒が高活性を示すため、低コストで生産性よくカップリング化合物を生成することができる。
【0064】
すなわち、本実施形態のカップリング化合物の製造方法によれば、上記の配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターを含む不均一性触媒を用いることによって、有機ホウ素化合物とハロゲン化アリール若しくはハロゲン化ビニル又はアリールトリフラート若しくはビニルトリフラートとをクロスカップリング 反応させることから成るビアリール化合物、アルキルアリール化合物又は置換オレフィン類を製造することができる(鈴木・宮浦カップリング反応)。
【0065】
この反応により、例えば、R1B(OR2)2若しくは(R1)3B(式中、R1はアリール基、ビニル基又はアルキル基、R2は水素原子又はアルキル基を表す。)とR3X(式中、R3はアリール基又はビニル基、Xはハロゲン原子又はトリフラート基((OTf)3)を表す。)とを反応させ、ビアリール化合物、アルキルアリール化合物、アルケニルアリール化合物又はジエン化合物を製造することができる。
【0066】
このアリール基としては、通常炭素数6〜10、好ましくは6のものが挙げられ、例えば、フェニル基、ナフチル基等が挙げられる。またこのビニル基は適宜置換基を有していてもよい。ハロゲン原子は好ましくはヨウ素原子又は臭素原子である。
【0067】
この際、使用する触媒(パラジウム)量は、0.00002〜1mol%、好ましくは0.0001〜0.1mol%である。反応基質は、通常の鈴木・宮浦カップリング反応に用いられるのと同様のものが使用でき、ハロゲン化アリールのハロゲンとしては塩素、臭素、ヨウ素を用いることができるが、中でもヨウ素又は臭素が好ましい。反応溶媒としては水と有機溶媒の混合溶媒を用いることができ、有機溶媒としてはトルエンやキシレンなどの炭化水素、ジメトキシエタン(DME)、テトラヒドロフラン(THF)などのエーテル類、アセトン等のケトン類、アセトニトリル等のニトリル類が好ましく、必要に応じてエタノールのようなアルコールなどを添加することもできる。添加する塩基はアルカリ金属の炭酸塩又はリン酸塩などが好適である。反応温度は70℃〜150℃、好ましくは100℃前後であり、例えばトルエン/水系では還流温度が簡便である。反応時間は基質にも拠るが1時間〜24時間、通常は数時間で反応が終了する。
【0068】
反応後の後処理は、濾過により高分子固定化触媒を除去・回収し、濾液を抽出、濃縮、及び精製操作により目的物を得ることができる。一方、回収した固定化触媒は洗浄・乾燥することにより再使用が可能である。通常、反応及び後処理操作でパラジウムの漏出は無い。
【0069】
さらに、本実施形態のカップリング化合物の製造方法によれば、上記の配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターを含む不均一性触媒を用いることによって、薗頭アセチレンカップリング反応、Heck反応、などの他の種類のカップリング反応を行うこともできる。例えば、Heck反応の場合には、上記の配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターを含む不均一性触媒を用いることによって、ハロゲン原子、スルホニルオキシ基又はスルホニルハライド基、ジアゾニウム基、カルボニルハライド基から選択された脱離基を有する有機化合物と、オレフィン系化合物とをカップリング反応させ、カップリング化合物を製造することができる。
【0070】
Heck反応に用いる有機化合物の脱離基Lとしては、カップリング反応により脱離可能である限り特に制限されず、例えば、ハロゲン原子(フッ素、塩素、臭素、ヨウ素原子)、スルホニルオキシ基(ベンゼンスルホニルオキシ基、p−トルエンスルホニルオキシ基などのトシル基OTsなどのアレーンスルホニルオキシ基、メタンスルホニルオキシ基OMs、トリフルオロメタンスルホニルオキシ基(トリフラート基)OTf、トリクロロメタンスルホニルオキシ基、エタンスルホニルオキシ基などのアルカンスルホニルオキシ基など)又はスルホニルハライド基(スルホニルクロリド、スルホニルブロミド基など)、ジアゾニウム基、カルボニルハライド基(カルボニルクロリド基など)などが例示できる。有機化合物はこれらの脱離基を単独で又は同種又は異種の複数の脱離基を有していてもよい。これらの脱離基のうち、通常、ハロゲン原子(特に臭素原子又はヨウ素原子)、アレーンスルホニルオキシ基(OTsなど)、アルカンスルホニルオキシ基(OMs、OTfなど)などが利用される。
【0071】
このような脱離基Lを有する有機化合物Ra−Lは、カップリング反応による目的化合物に応じて選択でき、特に限定されない。有機化合物としては、例えば、ハロゲン化物(ハロアルカン類、ハロアルケン類、ハロシクロアルカン類、ハロアレーン類、ハロゲン化アリールアルカン類、ハロ複素環化合物など)、スルホン酸又はその誘導体(ビニルトリフラート、アリールトリフラートなどのC2−10アルケニルトリフラート;シクロヘキセニルトリフラートなどのC4−10アルケニルトリフラートなど)、芳香族ジアゾニウム塩(塩化ベンゼンジアゾニウム、塩化ナフタレンジアゾニウム、p−アミノアゾベンゼン、アゾキシベンゼン、ヒドラゾベンゼンなど)、有機酸ハライド類(アセチルクロリド、プロピオニルクロリド、ブチリルクロリド、バレリルクロリド、ラクトイルクロリド、マロイルクロリドなどの置換基を有していてもよいアルキルカルボニルハライド;アクリロイルクロリド、メタクリロイルクロリド、クロトノイルクロリドなどのアルケニルカルボニルハライド;ベンゾイルクロリド、クロロベンゾイルクロリド、トルオイルクロリド、サリチロイルクロリド、アニソイルクロリド、バニロイルクロリド、ナフトイルクロリド、フタロイルクロリドなどのアリールカルボニルハライド;シンナモイルクロリドなどのアラルキルカルボニルハライド;フロイルクロリド、テノイルクロリド、ニコチノイルクロリド、イソニコチノイルクロリドなどのヘテロ環式カルボニルハライドなど)などが例示できる。
【0072】
好ましい有機化合物はハロゲン化物である。前記ハロアルカン類としては、ブロモメタン、ブロモエタン、メチレンブロミド、エチレンジブロミドなどの臭化アルカン類、これらに対応するヨウ化アルカン類が例示できる。ハロアルケン類としては、例えば、臭化ビニル、臭化ビニリデン、テトラブロモエチレン、臭化アリール、臭化プロペニル、臭化クロチルなどの臭化C2−10アルケン類、α−ブロモスチレン、ブロモフェニルエチレンなどの臭化芳香族ビニル類、これらに対応するヨウ化物が例示できる。ハロシクロアルカン類としては、ブロモシクロヘキサン、ブロモシクロオクタンなどのブロモC3−10シクロアルカン類、ブロモイソボルニル、ブロモノルボルナン、ブロモノルボルネン、ブロモアダマンタンなどの橋架け環式ブロモシクロアルカン類、これらに対応するヨードシクロアルカン類、橋架け環式ヨードシクロアルカン類などが例示できる。
【0073】
ハロアレーン類としては、例えば、ブロモベンゼン、ブロモナフタレン、ブロモトルエン、ブロモトリクロロメチルベンゼン、ブロモトリフルオロメチルベンゼン、ブロモキシレン、ブロモフェノール、ブロモアニソール、ブロモニトロベンゼン、ブロモアニリン、モノ−又はジ−アルキルアミノブロモベンゼン、ブロモ安息香酸、ブロモベンゼンスルホン酸、ブロモベンズアルデヒドなどの置換基を有していてもよい臭化アレーン類、これらに対応するヨウ化アレーン類などが例示できる。ハロゲン化アリールアルカン類としては、ベンジルブロミド、フェネチルブロミドなどが例示できる。ハロ複素環化合物としては、ブロモチオフェン、ブロモフラン、ブロモベンゾフラン、ブロモピロール、ブロモイミダゾール、ブロモピリジン、ブロモピリミジン、ブロモインドール、ブロモキノリン、ブロモイソキノリン、ブロモフタラジン、ブロモカルバゾール、ブロモアクリジン、ブロモフェナントロリンなどの5又は6員複素環(及びベンゼン環などの炭化水素環との縮合複素環)を有する化合物の臭素化物、これらの臭素化物に対応するヨウ化物などが例示できる。
【0074】
脱離基を有するこれらの有機化合物のうち、通常、芳香族ハロゲン化物(例えば、ハロアレーン類)を用いる場合が多い。
【0075】
反応剤H−Rbは、前記脱離基の脱離とともに有機化合物Ra−Lとカップリング可能である限り特に制限されない。このような反応剤としては、脱離基との反応部位に炭素−水素(H−C)結合を有する化合物(例えば、不飽和化合物、有機金属化合物、活性メチレン基又はメチン基を有する化合物など)、求核性HX基(式中、Xはヘテロ原子を示す)を有する化合物などが例示できる。
【0076】
不飽和炭化水素類は、分子中に少なくとも1つの炭素−炭素不飽和結合(炭素−炭素二重結合、炭素−炭素三重結合)を有する限り、種々のオレフィン系化合物(アルケン類又はその誘導体)及びアセチレン系化合物(アルキン類又はその誘導体)が使用できる。
【0077】
不飽和炭化水素類のうちオレフィン系化合物は、分子中に少なくとも1つの炭素−炭素二重結合を有する化合物であればよく、エノン類も含まれる。オレフィン系化合物としては、例えば、α−オレフィン類(エチレン、プロピレン、1−ブテンなどのα−C2−10オレフィン、スチレン、ビニルトルエン、ビニルキシレンなどの芳香族ビニル化合物など)、内部に炭素−炭素二重結合を有する化合物(2−ブテン、3−ヘキセン、4−オクテンなどのC4−10オレフィン、スチルベンなどの芳香族ビニル化合物など)、分子内に2以上の二重結合を有するC5−20アルカジエン類(1,4−デカジエン、ジヒドロミルセン、ミルセンなど)、二重結合を共役位置に有するC5−20アルカジエン類(1,3−ブタジエン、イソプレン、4,6−デカジエンなど)、環状化合物(シクロペンテン、シクロペンタジエン、ジシクロペンタジエン、シクロヘキセン、1,3−シクロヘキサジエン、1,8−シクロペンタデカジエンなどの環状オレフィン類、ボルネン、ノルボルネン、リモネンなどの橋架け環式オレフィン類など)などが例示できる。
【0078】
オレフィン系化合物には、分子中に炭素−炭素二重結合と炭素−炭素三重結合とを含むエンイン化合物(2−メチル−1−ヘキセン−3−イン、2−メチル−1−オクテン−3−インなど)も含まれ、炭素−炭素三重結合は、炭素−炭素二重結合に対して共役位置に位置していてもよい。さらに、オレフィン系化合物には、酸素含有官能基を有する化合物〔ヒドロキシル基を有する化合物(アリルアルコールなど)、カルボキシル基を有する化合物又はその誘導体(アクリル酸、メタクリル酸、アクリル酸エステル(アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチルなどのアクリル酸C1−20アルキルエステル、アクリル酸2−ヒドロキシエチル、アクリル酸3−ヒドロキシプロピルなどのアクリル酸ヒドロキシアルキル、グリシジルアクリレートなど)、これらのアクリル酸エステルに対応するメタクリル酸エステル、アクロレイン、フマル酸、マレイン酸、マレイン酸ジエステルなど)、アルコキシ基を有する化合物(エトキシエチレンなど)、カルボニル基を有する化合物(3−ブテン−2−オン、シクロペンテノン、シクロヘキセノン、イソホロン、ジケテン、ケテン、フラン、ベンゾフラン、ヌートカトン、ベンゾキノンなど)など〕、窒素含有官能基を有する化合物[アミノ基を有する化合物(アリルアミンなど)、アクリロニトリル、ピロールなど]、ハロゲン含有化合物(アリルクロリド、3,3,3−トリフルオロ−1−プロピレンなど)、リン、スズ、ホウ素、ケイ素などのヘテロ原子を含む化合物(アリルトリホスフォニウムブロマイドなどのホスホニウム塩、アリルスズなどのスズ化合物、アリルボランなどのホウ素化合物、(トリメチルシリル)エチレンなどのケイ素化合物など)なども含まれる。さらには、アレン系化合物(1,2−プロパジエンなど)も含まれる。
【0079】
不飽和炭化水素類のうちアセチレン系化合物は、分子内に少なくとも1つの炭素−炭素三重結合を含む化合物であれば特に制限されない。アセチレン系化合物(アセチレン類)としては、例えば、α−C2−20アセチレン類(アセチレン、メチルアセチレン、1−ブチンなどの1−アルキン類(C2−16アセチレンなど)、特にC2−10アセチレン)、内部に炭素−炭素三重結合を有するC2−20アセチレン類(2−ブチン、3−ヘキシン、4−オクチン、トランなどのC2−16アセチレン、特にC2−10アセチレン)、分子内に2以上の三重結合を有するC5−20アルカジイン類(1,4−デカジインなどのC5−16アルカジイン、特にC5−10アルカジイン)、三重結合を共役位置に有するC5−20アルカジイン類(4,6−デカジインなどのC5−16アルカジイン、特にC5−10アルカジイン)、環状化合物(1,8−シクロペンタデカジインなどのC4−16シクロアルキン又はシクロアルカジイン、特にC5−10シクロアルキン又はシクロアルカジイン)などが例示できる。
【0080】
アセチレン系化合物は、分子中に炭素−炭素三重結合と炭素−炭素二重結合とを含むエンイン化合物(例えば、2−メチル−1−ヘキセン−3−イン、2−メチル−1−オクテン−3−インなどのC5−16アルカエンイン類、特にC5−10アルカエンイン類)も含まれ、炭素−炭素二重結合は、炭素−炭素三重結合に対して共役位置に位置していてもよい。さらに、アセチレン系化合物には、酸素含有官能基を有する化合物〔例えば、ヒドロキシル基を有する化合物(プロパルギルアルコールなど)、カルボニル基を有する化合物(3−ブチン−2−オンなど)、カルボキシル基を有する化合物又はその誘導体(アセチレンジカルボン酸、アセチレンジカルボン酸ジエステルなど)、アルコキシ基を有する化合物(エトキシアセチレンなど)など〕、ハロゲン含有化合物〔プロパギルクロリド、3,3,3−トリフルオロ−1−プロピンなど〕、リン、スズ、ホウ素、ケイ素などのヘテロ原子を含む化合物〔プロパギルトリフェニルホスフォニウムブロマイドなどのホスホニウム塩、アルキニルスズなどのスズ化合物、アルキニルボランなどのホウ素化合物、(トリメチルシリル)アセチレンなどのケイ素化合物など〕なども含まれる。
【0081】
以上、図面を参照して本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することもできる。
【0082】
例えば、上記実施の形態では、鈴木・宮浦カップリング反応またはHecK反応などのカップリング反応を中心に説明したが、FAU型ゼオライトに担持されており、配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターを備えるゼオライト−パラジウム複合体は、他の様々な反応においても良好な触媒として用いることができる。例えば、下記の化学反応式に示す薗頭カップリング反応、Stilleカップリング反応、ブッフバルト・ハートウィッグ反応などの反応においても好適に用いることができる。
【0083】
【化5】
【0084】
【化6】
【0085】
【化7】
【実施例】
【0086】
以下、本発明を実施例によりさらに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、実施例2以降では、基本的には実施例1と同様の実験を行ったので、同じ説明は繰り返さない。
【0087】
<実施例1:Pd/H−USY>
FAU型ゼオライトは直径1.3nmのスーパーケージと呼ばれる広い細孔空間を有しており、細孔内に形成される金属クラスターには配位不飽和な原子が多く、この空間を反応場として通常のバルク触媒とは異なる触媒作用が予想される。最近のSPring−8を利用した研究により、FAU型ゼオライトであるUSYゼオライトにPd2+をイオン交換法で導入し(Pd2+/USY)、室温でH2を流通させると、Pd0クラスターが形成されることを見出した。このPd0クラスターは非常に高分散した状態にあり(Pd/H−USY)優れた触媒活性を示すことが期待されたため、鈴木・宮浦カップリング反応に利用したところ、本発明者等は、後述するように、Pd0クラスターが極めて高活性を示すことを発見した。
【0088】
【化8】
【0089】
1−1.原料
流通ガス(N2)は市販のボンベを使用
H2/Arは5% H2
H2Oは脱イオン水を使用
【0090】
1−2.触媒調製
1−2−1.使用担体
NH4型USY(東ソー製 HSZ−840NHA SiO2/Al2O3=7.7)
NaY(触媒化成製SiO2/Al2O3=5.5)
活性炭(Wako製 活性炭素 顆粒状)
アルミナ(JRC−AlO−3)
ZSM−5(東ソー製 HSZ−840HOA)
Mordenite(JRC−Z−M2O(1))
【0091】
1−2−2.TAPd溶液の調製
250mlメスフラスコに0.6189g tetraamminepalladium(II)chloride monohydrateを加え、脱イオン水を標線まで加えた(Pd−0.001g/ml)。
【0092】
1−2−3.調製方法
<0.4wt%Pd/H−USY>
1.NH4型USYをN2雰囲気下、500℃(5K/min)で4h焼成し、H型とした。
2.500ml三角フラスコに脱イオン水300ml、TAPd溶液12ml、触媒3gを秤量し入れた。
3.室温にて4h攪拌し、イオン交換を行った。
4.吸引ろ過・洗浄を行い、ろ紙の上に残った固体を50℃の乾燥機にて一晩乾燥させた。
【0093】
<0.4wt%Pd/NaY>
1.500ml三角フラスコに脱イオン水300ml、TAPd溶液4ml、触媒を1g入れた。
2.室温にて4h攪拌し、イオン交換を行った。
3.吸引ろ過・洗浄行い、ろ紙の上に残った固体を50℃の乾燥機にて一晩乾燥させた。
【0094】
<0.4wt%Pd/活性炭>
1.活性炭を乳鉢ですり潰し、粉状にした。
2.500ml三角フラスコに脱イオン水300ml、TAPd溶液4ml、触媒1gを入れた。
3.ホットプレート上で含浸担持した。
【0095】
<0.4wt%Pd/アルミナ>
1.アルミナを乳鉢ですり潰し、粉状にした。
2.500ml三角フラスコに脱イオン水300ml、TAPd溶液4ml、触媒1gを入れた。
3.ホットプレート上で含浸担持した。
【0096】
<0.4wt%Pd/H−ZSM−5,Mordenite>
1.500ml三角フラスコに脱イオン水300ml、TAPd溶液4ml、触媒1gを入れた。
2.室温にて4h攪拌し、イオン交換を行った。
3.吸引ろ過・洗浄を行い、ろ紙の上に残った固体を乾燥機50℃にて一晩乾燥させた。
【0097】
1−3.鈴木・宮浦カップリング反応
<使用試薬>
bromobenzene 5mmol(0.7855g)
phenylboronic acid 8mmol(0.97544g)
K2CO3 10mmol(1.3821g)
o−xylene 12.3g
tridecane 0.81g
(上記を1倍スケールとする。)
【0098】
<触媒量>
0.001g(0.038μmol Pd)
スケールを変えて反応を行う際には、触媒量を1mgに固定し、使用試薬の量を変えた。
Pdと生成物のモル比:0.00002−0.0007mol%
【0099】
<前処理方法>
前処理なし、前処理セルを使った還元、バブリングによるin situ還元の3通りで行った。
【0100】
(i)前処理なし
イオン交換後の試料をそのまま使用した。
【0101】
(ii)前処理セルを使った還元(前処理セルと表記)
図4の前処理セルに5% H2(Ar希釈)流通のチューブを繋ぎ、室温または200℃で水素還元を行った。流通速度は30ml/minとした。触媒をいったん空気中に取り出し、1mgを秤量してから反応を行った。
【0102】
(iii)バブリング(in situ還元)
6% H2(Ar希釈)流通のチューブを反応器に繋げ、図5に示したように溶媒と触媒を攪拌しながら室温でバブリングを行った。その際、回転子を激しく攪拌し、触媒が完全に還元されるようにした。H2の流通速度は30ml/minとした。
【0103】
<鈴木・宮浦カップリング反応の手順>
秤量した反応試薬(bromobenzene, phenylbronic acid,K2CO3,o−xylene,tridecane(内部標準))と触媒を三口フラスコに入れ、N2雰囲気下(50ml/min)、110℃のオイルバス中で攪拌しながら反応を行った。経過時間ごとに少量反応液を取り、アセトンで希釈しサンプルとした。サンプルをGC(Shimadzu GC−2010)で分析を行った。
【0104】
1−4.実験結果
1−4−1.前処理方法の検討
前処理の方法として、前処理なし,前処理セル,バブリングを比較した。それぞれ1倍スケールで反応を行い、還元方法だけで活性が変化するか検討した。0.4wt%Pd/USYを用いて、室温にてバブリングを行うと、活性が高く転化率が100%に達し、5分以内に反応が終了した(図6、7 entry1−4)。またNaYでもバブリングを試したところ、同様に高活性が得られた(図6、7 entry5−8)。200℃で前処理すると、全く活性がなかった(図6、7 entry3,7)。
【0105】
1−4−2.Pd担持量の検討
Pd担持量を変えて反応をおこない、最適なPdの担持量を調べた。0.1,0.2,0.4,0.8wt%Pd担持USY触媒で比較した。1倍スケールでは転化率が100%になり比較できないものがあるので、スケールアップして比較した。結果は0.4wt%担持したUSY触媒の活性が最もよかった(図6、7 entry4,9,10,15)。
【0106】
1−4−3.担体の検討
Pdの担持量を0.4wt%に固定し、様々な担体で活性を比較した。室温でバブリングにて前処理を行い、1倍スケールで実験を行った。NaY,USYに担持した触媒が優れた活性を示し、特にUSYが優れた担体であった(図7 entry13,14)。
【0107】
1−4−4.ブロモベンゼン誘導体の検討
p−位に置換基を有するさまざまなブロモベンゼン誘導体を用いて反応をおこなった結果を下記の表2にまとめた。本触媒が860,000−5,200,000に達する高いTONを示した。
【0108】
【表2】
【0109】
<考察>
従来の論文との触媒活性の比較についての考察
鈴木・宮浦反応については溶液に溶けて反応するフォスフィン配位子を持つものが多数報告されているが、今回の触媒はゼオライト担体にPdを担持しているため、図2に示すように担持Pd触媒について比較を行った。図2では、ターンオーバ数(TON)とはパラジウム1原子が変換した原料の分子数であり、触媒活性の指標となる値である。図2に示すように、いずれの報告よりもバブリングにより還元したPd/USY触媒の方が高活性である。Artokらは同じFAU型ゼオライトであるPd2+/Na−Y、またはこれを還元したPd0/Na−Y触媒が優れた活性を示すことを報告しているものの、彼らが報告しているTONは最大でも90,000であり、今回見出した触媒に比べ、活性が低い。これは、今回の触媒では前処理方法を工夫していることが重要であるためである。
【0110】
前処理方法についての考察
我々の方法ではバブリングによってパラジウムを還元・活性化している点に最大の特徴がある。最近、SPring−8でのin situ XAFSを使った結果より、室温でPdクラスターがUSY上で形成されることが見出されており、このクラスターが高活性を示したものと考えられる。一方、前処理セルを使って還元すると、著しく活性が低下した。これは空気にさらすことにより、クラスター表面が酸化されるためである。また200℃で水素によって還元すると、まったく活性がなかった。図3で示すように、室温で形成されるクラスターは170℃までほぼ安定で、それ以上の温度で急速に凝集していくことに対応している。すなわち200℃での還元によりbulkyなPd粒子が形成し、細孔が塞がれたために不活性になったものと思われる。
【0111】
<実施例2:USYでのブロモベンゼン、クロロベンゼン誘導体の反応>
ブロモベンゼン誘導体での反応を下記の化学反応式のようにして行ったところ、下記の表3のような結果が得られた。また、Artokらが報告しているPd/NaYでの下記の化学反応式の実験結果を下記の表4に示した。触媒のPd量がNaYに比べUSYでは圧倒的に少なく、さらにTON,TOFどちらを比較した際も活性が勝っていることがわかった。特にacetyl基、methyl基、methoxy基を持つ誘導体はTONが100万を超え、非常に高い活性を示した。
【0112】
すなわち、Pd/USYでのブロモベンゼン、クロロベンゼン誘導体の反応を下記の化学反応式のようにして行い、下記の表3の結果を得た。
【0113】
【化9】
【0114】
【表3】
【0115】
*表3での括弧内のTOFは反応初期(転化率が50%以下)のものを採用し、その反応の最大TOFを示している。
【0116】
次いで、NaYでのブロモベンゼン誘導体の反応(Artokらの実験による)を下記の化学反応式のようにして行い、下記の表4の結果を得た。
【化10】
【0117】
【表4】
【0118】
各置換基を有する誘導体の反応性は、Hammett則という水素置換基を0とし、電子吸引性,電子供与性の強度をそれぞれ数字化した手法で示すことができる。なかでもacetyl基は電子吸引性を持つ置換基で、電子密度が高くなるため特に高いTONを示したものと考えられる。一方、電子供与性の置換基である、methyl基、methoxy基は電子密度が低くなるため、一般に水素置換のものより反応性が低いと言われているが、それでもTONが100万を超えた。また、methyl基に関してはo位,m位,p位の異性体で実験をクロロベンゼン誘導体での反応は、一番活性の高いacetyl基を有するもので唯一活性が出た。
【0119】
<考察>
USYでのbromobenzene誘導体の反応については、(ブロモベンゼン誘導体の反応速度k/ブロモベンゼンの反応速度k0)を対数にとった値と、Hammettの置換基定数との相関性をプロットしたところ、図8に示すような直線関係が得られた。これは各誘導体の反応機構が一定していることを示しており、Hammett則に沿った結果が出たことを裏付けている。鈴木・宮浦カップリング反応では、フェニルボロン酸に付いているマイナスの電荷をもった炭素と、ハロゲン化アリールのハロゲン原子に付いているプラスの電荷を持った炭素が反応し、結合の組み替えが起こり、炭素同士が結合すると推測されるため、電子求引性の強い置換基ほど高活性を示すと考えられる。置換基定数と比較して、活性が低く唯一例外となったシアノ基だが、これはシアノ基が極性が強い置換基であるため、触媒表面に吸着して触媒の細孔を塞ぎ、低活性を招いたと考えられる。
【0120】
<実施例3:室温での反応>
Pd/USYの高活性を利用して、室温でも下記化学反応式に示す反応が進行するか実験した。この条件でもし反応が進行すれば、不均一系担持触媒としてはかなり進歩した結果となる。室温での溶媒を変えた反応の実験結果は下記の表5に示す。
【0121】
【化11】
【0122】
【表5】
【0123】
非極性溶媒であるo−xyleneを使用した場合にはほとんど活性がみられず、極性溶媒であるDMFを水と1:1で希釈した溶媒(極性溶媒だけでは水素還元が行われないため水を入れた)で活性が発現した。またacetyl基を有する誘導体では収率100%を達成した。
【0124】
<考察>
室温での溶媒を変えた反応については、室温では極性溶媒中の方が非極性溶媒中よりも高い反応速度をもたらす理由として、非加熱反応であるため非極性溶媒使用時には塩基が溶媒に溶けず、反応が進行しなかったのではないかと考えられる。鈴木・宮浦カップリング反応は塩基がイオン状態になっていないと反応は進行しないため、室温での反応時のみ極性溶媒で活性が出たと考えられる。
【0125】
<実施例4:塩基の検討>
下記化学反応式の化学反応を高温(383K)で塩基を変えて実験を行った。高温での塩基を変えた反応の実験結果は表6に示す。炭酸を含む塩基が飛びぬけて高活性で、鈴木・宮浦カップリングには特に効果的であるということが分かった。尚、この結果はArtokらの報告(非特許文献2)にもあり、本研究と一致する形となった。
【0126】
【化12】
【0127】
【表6】
【0128】
<考察>
高温での塩基を変えた反応については、炭酸を含む塩基が反応に高活性を示す理由は、現在のところ不明であるが、Artokも炭酸は鈴木・宮浦カップリング反応と相性がよく、他の塩基と比較しても差は歴然であると報告しているため矛盾はない。
【0129】
<実施例5:Artokらが主張している水の重要性についての考察>
Artokらは”水がゼオライト触媒の活性に絶対条件”であると主張しているが、この説はすべての条件において正しいとは言えないであろう。まず図2のPd/NaYを室温でin situ還元し反応させたもの(水不使用)と、Artokらの水を使用した反応(非特許文献2:J. Mol. Catal.A, 278, (2007) 179, table2, entry9)との比較実験を行った。
【0130】
より詳しくは、ここでは、Artokらの論文を参考にし、下記の条件でDMF/水=1/1を溶媒としたブロモベンゼンとフェニルボロン酸による反応を実施して比較した。
反応温度:100℃
反応時間:5h
触媒量:1mg
前処理条件:H2によるバブリング
ビフェニル収率:9%
TON:28,000
TOF:5,600h−1
【0131】
その結果、DMF/水=1:1を溶媒とすると、ArtokらとはTONの値に大差はないが、我々の実験でキシレンを溶媒とした場合はTON=1,700,000であり、DMF/水を溶媒とすると大幅に活性が低下していた。従って、水の存在は必要条件ではないことが言える。すなわち、TONで比較した際、その差は歴然で、必ずしも水存在下で高活性が出るとは限らなかった。さらに水を溶媒として使用した際も、極性基質でのみ活性を示すに留まり、非極性基質で低活性であることと比較すると差は大きかった。
【0132】
<実施例6:Pd/USYを用いたヘック反応>
Heck反応はハロゲン化アリールまたはビニルを末端オレフィンとクロスカップリングさせて置換オレフィンを合成する反応である(下記化学反応式参照)。この反応は官能基選択性に優れ、一般的に収率も高く、炭素−炭素結合を伸ばすには有用な有機合成反応である。この反応は0価の金属Pdが高い活性を示す代表的な例として、有機化学では注目され、現在農薬や製薬、抗体などの製造に応用される。本発明者等の研究によりH2バブリングによるin−situ還元したPd/USY型ゼオライト触媒を用いた鈴木反応は高い触媒活性を示した。今回、この方法を用いてブロモベンゼンとスチレンのHeck反応を行った。
【0133】
【化13】
【0134】
1.触媒調製
1−1.使用担体
NH4型USY(東ソー製 SiO2/Al2O3=7.7)
NaY(触媒化成製 SiO2/Al2O3=5.5)
HY(触媒化成製 SiO2/Al2O3=5.5)
アルミナ(JRC−AlO−3)
Mordenite(JRC−Z−M2O)
【0135】
1−2.TAPd溶液の調製
250mlメスフラスコに0.6180g tetraaminepalladium(II)chloride monohydrateを加え、脱イオン水を標線まで加えた。
【0136】
1−3.触媒調製
<0.4wt%Pd/USY>
1)NH4型USYをN2雰囲気下、500℃で4h焼成し、H型とした。
2)500ml三角フラスコに脱イオン水300ml、TAPd溶液12ml、触媒3gを秤量し入れた。
3)室温にて4h攪拌し、イオン交換を行った。
4)吸引ろ過・洗浄を行い、ろ紙の上に残った固体を50℃の乾燥機にて一晩乾燥させた。
0.4wt%Pd/NaY、0.4wt%Pd/アルミナ、0.4wt%Pd/H−ZSM−5、Mordenite、0.4wt%Pd/HYのいずれも本発明者等が調製したものを使用した。
【0137】
1−4.ヘック反応の手順
秤量した反応試薬(ブロモベンゼン0.7875g、スチレン0.7814g、酢酸ナトリウム0.816g、内部標準物質(tridecane)0.80g、DMAc 4.0g)と触媒(0.01g)を三口フラスコに入れ、N2雰囲気下オイルバス中140℃、6時間攪拌しながら反応を行った。反応後の溶液を少量取り、アセトンで希釈し、FIDガスクロで分析した。カラムはMDN−12を用いた。
【0138】
<前処理方法>
(i)前処理なし
イオン交換後の試料をそのまま使用した。
(ii)前処理セルを使った還元
前処理セルに6%Ar希釈のH2流通のチューブを繋ぎ、0.5h、室温または200℃で水素還元を行った。触媒をいったん空気中に取り出し、0.01gを秤量してから反応を行った。
(iii)バブリングによるin−situ還元
6%Ar希釈のH2流通のチューブを反応器に繋げ、溶媒と触媒を攪拌しながら室温で0.5hバブリングを行った。
【0139】
2.反応溶液のICP測定
測定はリガクICP発光分光分析装置CIROS CCD(ベンチャービジネスラボラトリー)で行った。
1)ろ液をホットプレートで蒸発乾固させた。
2)有機物を取り除くためにサンプル管ごとマッフル炉に入れ、500℃で12時間焼成を行った。
3)Pdを溶かすためにサンプル管に王水を少量加え、ホットプレートで蒸発させた。
4)脱イオン水を加えてサンプル管を洗浄した後にろ過をし、5mlのメスフラスコを用いてICP用の試料を調製した。
5)検量線用標準溶液はPdの標準試料液(1000ppm)から、0.1、1、5、10ppmの4試料を調製した。
【0140】
<収率、転化率、物質収支およびPdの溶出度の求め方>
上記の実験の測定結果から、収率、転化率、物質収支およびPdの溶出度を以下の数式によって求めた。
【0141】
【数1】
【0142】
【数2】
【0143】
【数3】
【0144】
【数4】
【0145】
3.実験結果
1)前処理方法の違うPd/USYを用いたHeck反応
下記の表7に前処理方法の違うPd/USYを用いたHeck反応結果を示した。前処理の方法として、未処理、前処理セル、バブリングを比較した。0.4wt%Pd/USYを用い、140℃、6hで反応を行なった。室温でバブリングによるin situ還元を行うと、最も活性が高く、200℃で前処理すると、低活性であった。反応後の溶液を蒸発・焼成したのちに5mlに希釈した溶液のPd濃度は0.1ppmであった。Pd溶出は1.4%であり、溶解したPdが反応している可能性があるが、ICPで求められた値が小さいので、誤差を含んでいる可能性がある。この実験結果から求めたトランス−スチルベンの収率(%)を図9に示す。
【0146】
【表7】
【0147】
表7において、反応条件は、ブロモベンゼン0.7875g、スチレン0.7814g、酢酸ナトリウム0.816g、部標準物質0.80g、DMAc 4.0g、Pd/H−USY 0.01g、反応温度140℃、反応時間6hとした。
【0148】
2)様々な担体を用いたHeck反応
下記の表8に様々な担体を用いたHeck反応を示した。各触媒のPd担持量は0.4wt%、0.5h室温でバブリングにて前処理を行い、反応温度は120℃、反応時間は6hである。HMOR、HZM−5、HYを用いた場合にはほとんど活性を示さなかった。この結果からUSYが最も高活性を示したが、Al2O3でもかなり高い活性を示した。この実験結果から求めたトランス−スチルベンの収率(%)を図10に示す。
【0149】
【表8】
【0150】
3)様々なアリルブロマイドを用いたHeck反応
下記の表9に様々なアリルブロマイドを用いたHeck反応結果を示した。末端オレフィンにはスチレンを用い、触媒は0.4wt%Pd/USY、室温でバブリングにて0.5h前処理を行った。反応温度は120℃、反応時間は6hである。活性の順序は4−ブロモアセトフェノン>ブロモベンゼン>4−ブロモトルエン>4−ブロモアニソールであった。p−位に電子求引性基であるアセチル基が置換している4−ブロモアセトフェノンが最も収率が高く、逆に電子供与性基であるメチル基、メトキシ基が置換した4−ブロモアニソール、4−ブロモトルエンは4−ブロモアセトフェノンより低活性であった。これは、電子求引性基であるアセチル基がベンゼン環についている時、パラ位の電子密度が高くなり、反応時にパラ位での反応が起こりやすくなるが、電子供与性基であるメチル基、メトキシ基がベンゼン環についている時、パラ位の電子密度が低くなり、反応時にパラ位での反応が起きにくくなるためである。この実験結果から求めた主生成物の収率(%)を図11に示す。
【0151】
【表9】
【0152】
表9では、反応条件を、アリルブロマイド(4−ブロモアセトフェノン 0.9952g、4−ブロモトルエン 0.855g、4−ブロモアニソール 0.93512g、ブロモベンゼン 0.7875g)、スチレン0.7814g、酢酸ナトリウム0.816g、部標準物質0.80g、DMAc 4.0g、Pd/H−USY 0.01g、反応温度140℃、反応時間 6hとした。
【0153】
<考察>
上記の実験結果から、バブリングにより還元した0.4wt%Pd/USY触媒は、Heck反応においても高活性であることが分かった。また、他の担体と比較してUSYが優れた担体であるとわかった。今までHeck反応は多量の触媒で行っていたが今回バブリングを行うことで触媒量が0.01gと少量で高活性が見出せるという事が分かった。
【0154】
<まとめ>
すなわち、上記の実験結果から、本実施例で用いた触媒には、以下の優れた特性があることが導き出される。
【0155】
1.安価で容易な触媒調製法
本触媒は、パラジウム錯体を担持して乾燥させるだけで調製されるために、その方法が非常に容易であり、かつ複雑な有機配位子を必要とするフォスフィン型パラジウム錯体に比べ安価である。また本触媒はその場還元法により、容易に活性化できる。
【0156】
2.高活性・高選択性
本実施例で見出したPd/FAUゼオライト触媒は、1mgという極少量の触媒で反応が進行し、非常に高活性・高選択性である。また多くの反応で1時間以内という短時間で100%の選択性で反応が完結する。
【0157】
3.さまざまな反応物に対する高反応性
本実施例で提案している触媒は上記の表2に示すように、さまざまな置換基を有するブロモベンゼン誘導体に対して高活性・高選択性を示す。
【0158】
4.容易な触媒の分離
通常の溶液に溶けて機能する錯体触媒では反応後のPdの分離が困難であるため、医薬品などの合成には障害があるとされている。一方、本実施例で提案しているPd/ゼオライト触媒は、ろ過により簡単に反応溶液から触媒を分離できることから、不純物として製品中にPdが残ることがない。
【0159】
さらに、下記のような学術的知見も得ることができた。
1.ブロモベンゼン誘導体での反応は、Hammett則に沿った結果を得る。
2.Pd/USYは極性基質よりも、非極性溶媒や非極性基質にて良好な活性を得る。
3.Artokらが報告しているPd/NaYと比較すると、TON,TOF両方の結果を比較してもUSYが優位である。
4.炭酸を含む塩基が鈴木・宮浦カップリング反応と相性が良い。
5.極性基質の反応時は、水を溶媒としても100%反応が完結する。
6.水がゼオライト触媒の活性に不可欠ではないと思われる。
【0160】
以上、本発明を実施例に基づいて説明した。この実施例はあくまで例示であり、種々の変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0161】
たとえば、上記実施例では、溶媒中でH2バブリングを行ってPdを水素還元したが、特に限定する趣旨ではない。例えば、気相中でPdを水素還元しても、20℃以上170℃以下の温度で、5分以上1時間以下、水素還元すれば、FAU型ゼオライトと、FAU型ゼオライトに担持されており、配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターと、を備えるゼオライト−パラジウム複合体が得られることに変わりはない。そのため、そのゼオライト−パラジウム複合体を含む不均一系パラジウム触媒を用いて、鈴木・宮浦カップリング反応またはHeck反応を行えば、溶媒中でH2バブリングを行ってPdを水素還元した場合と同様の作用効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0162】
【図1】ゼオライトの構造について説明するための模式図である。
【図2】さまざまなPd触媒によるブロモベンゼンとフェニルボロン酸をつかった鈴木・宮浦カップリング反応のTONを示したグラフである。
【図3】XAFS測定より求めた0.4wt%Pd/USY触媒の昇温過程における配位数変化を示すグラフである。
【図4】前処理セルについて説明するための模式図である。
【図5】室温における6%H2/ArのバブリングによるPd触媒の活性化の方法について説明するための模式図である。
【図6】さまざまな触媒・前処理によるブロモベンゼンとフェニルボロン酸による鈴木・宮浦反応でのブロモベンゼンの転化率を示したグラフである。
【図7】さまざまな触媒・前処理によるブロモベンゼンとフェニルボロン酸による鈴木・宮浦反応でのターンオーバ数(TON)を示したグラフである。
【図8】(bromobenzene誘導体の反応速度k/bromobenzeneの反応速度k0)の対数値とHammettの置換基定数との関係を示したグラフである。
【図9】前処理方法の違うPd/USYを用いたHeck反応の実験結果から求めたトランス−スチルベンの収率(%)を示したグラフである。
【図10】様々な担体を用いたHeck反応の実験結果から求めたトランス−スチルベンの収率(%)を示したグラフである。
【図11】様々なアリルブロマイドを用いたHeck反応の実験結果から求めた主生成物の収率(%)を示したグラフである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
FAU型ゼオライトと、前記FAU型ゼオライトに担持されており、配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターと、を備えるゼオライト−パラジウム複合体。
【請求項2】
請求項1記載のゼオライト−パラジウム複合体において、
前記FAU型ゼオライトが、Y型ゼオライトである、ゼオライト−パラジウム複合体。
【請求項3】
請求項1または2記載のゼオライト−パラジウム複合体において、
前記パラジウムクラスターが、前記FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムを、20℃以上170℃以下の温度で、5分以上1時間以下、水素還元してなるパラジウムクラスターである、ゼオライト−パラジウム複合体。
【請求項4】
請求項1乃至3いずれかに記載のゼオライト−パラジウム複合体を含む、不均一系パラジウム触媒。
【請求項5】
請求項4記載の不均一系パラジウム触媒において、
非極性溶媒中で用いられる、不均一系パラジウム触媒。
【請求項6】
請求項1乃至3いずれかに記載のゼオライト−パラジウム複合体を含む、カップリング反応触媒。
【請求項7】
請求項6記載のカップリング反応触媒において、
鈴木・宮浦カップリング反応またはHeck反応に用いられる、
カップリング反応触媒。
【請求項8】
請求項1乃至3いずれかに記載のゼオライト−パラジウム複合体の製造方法であって、
前記FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムを、20℃以上170℃以下の温度で、5分以上1時間以下、水素還元する工程を含む、
ゼオライト−パラジウム複合体の製造方法。
【請求項9】
請求項8記載のゼオライト−パラジウム複合体の製造方法において、
前記水素還元する工程が、前記FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムを、非極性溶媒中での水素バブリングによって水素還元する工程を含む、
ゼオライト−パラジウム複合体の製造方法。
【請求項10】
カップリング化合物の製造方法であって、
芳香族ハロゲン化物と、ハロゲン化アリールまたはハロゲン化アルケニルとを、請求項4乃至7いずれかに記載の触媒の存在下で、カップリング反応させてカップリング化合物を生成する工程を含む、
カップリング化合物の製造方法。
【請求項1】
FAU型ゼオライトと、前記FAU型ゼオライトに担持されており、配位数が4以上7以下であるパラジウムクラスターと、を備えるゼオライト−パラジウム複合体。
【請求項2】
請求項1記載のゼオライト−パラジウム複合体において、
前記FAU型ゼオライトが、Y型ゼオライトである、ゼオライト−パラジウム複合体。
【請求項3】
請求項1または2記載のゼオライト−パラジウム複合体において、
前記パラジウムクラスターが、前記FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムを、20℃以上170℃以下の温度で、5分以上1時間以下、水素還元してなるパラジウムクラスターである、ゼオライト−パラジウム複合体。
【請求項4】
請求項1乃至3いずれかに記載のゼオライト−パラジウム複合体を含む、不均一系パラジウム触媒。
【請求項5】
請求項4記載の不均一系パラジウム触媒において、
非極性溶媒中で用いられる、不均一系パラジウム触媒。
【請求項6】
請求項1乃至3いずれかに記載のゼオライト−パラジウム複合体を含む、カップリング反応触媒。
【請求項7】
請求項6記載のカップリング反応触媒において、
鈴木・宮浦カップリング反応またはHeck反応に用いられる、
カップリング反応触媒。
【請求項8】
請求項1乃至3いずれかに記載のゼオライト−パラジウム複合体の製造方法であって、
前記FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムを、20℃以上170℃以下の温度で、5分以上1時間以下、水素還元する工程を含む、
ゼオライト−パラジウム複合体の製造方法。
【請求項9】
請求項8記載のゼオライト−パラジウム複合体の製造方法において、
前記水素還元する工程が、前記FAU型ゼオライトに担持されているパラジウムを、非極性溶媒中での水素バブリングによって水素還元する工程を含む、
ゼオライト−パラジウム複合体の製造方法。
【請求項10】
カップリング化合物の製造方法であって、
芳香族ハロゲン化物と、ハロゲン化アリールまたはハロゲン化アルケニルとを、請求項4乃至7いずれかに記載の触媒の存在下で、カップリング反応させてカップリング化合物を生成する工程を含む、
カップリング化合物の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−69415(P2010−69415A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−239789(P2008−239789)
【出願日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【Fターム(参考)】
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