説明

タマリクス属植物の培養苗生産方法

【課題】 組織培養によってタマリクス属植物のクローン苗を効率良く大量に生産する方法を提供すること。
【解決手段】 タマリクス属植物の組織切片を多芽体形成培地にて培養して多芽体を誘導・増殖させ、得られた多芽体を発根培地に移植して発根させ、さらに同培地で継代培養して植物体を再生させることを特徴とする、タマリクス属植物の培養苗生産方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はタマリクス属植物の効率的な培養苗生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ギョリュウ(Tamarix chinensis)は、日本には観賞用として渡来した中国原産の落葉小高木である。ギョリョウに代表されるタマリクス属植物は、海水に耐性を持ち、家具用素材またはパルプ原料として利用される種類がある。
【0003】
これまでのタマリクス属植物の苗の生産は、挿し木による発根から苗化するという方法により行われていた。しかしながら、この方法では、発根率が10%と低いため苗の増殖率が2〜3倍/月と低く、苗の大量生産は困難であった。また、挿し木の時期が野外での生長が旺盛な5〜6月に限定されており、挿し木用の施設の稼動率が低く、これが苗の値段の高い原因となっていた。
【0004】
近年、挿し木増殖が困難な樹種については、植物組織片から誘導したカルスの組織培養による増殖が検討されている。これまで、アカシア(特許文献1)、ユーカリ(特許文献2)、サクラ(特許文献3)、ココヤシ(特許文献4)、グメリナ(特許文献5)などについて組織培養によるクローン苗の育成に関する報告がある。しかしながら、タマリクスについては組織培養によるクローン苗の大量生産の報告はない。
【0005】
【特許文献1】特開平11−155403号
【特許文献2】特開平9−285233号
【特許文献3】特開平8−66134号
【特許文献4】特開2001−61361号
【特許文献5】特開平9−56286号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明の課題は、組織培養によってタマリクス属植物のクローン苗を効率良く大量に生産する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、組織培養の材料として外植切片から形成させた多芽体を用いること、また多芽体の誘導・増殖とその後の発根に用いる培地組成(無機塩、植物ホルモンの種類)を最適化することによって、タマリクス属植物の培養苗の大量生産が可能になることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1) タマリクス属植物の組織切片を多芽体形成培地にて培養して多芽体を誘導・増殖させ、得られた多芽体を発根培地に移植して発根させ、さらに同培地で継代培養して植物体を再生させることを特徴とする、タマリクス属植物の培養苗生産方法。
(2) 多芽体形成培地が、少なくとも1種のオーキシンと少なくとも1種のサイトカイニンを含むWPM培地である、(1)に記載の方法。
(3) サイトカイニンが、チジアズロン(TDZ)、N-(2-chloro-4-pyridyl)-N'-phenyl-urea(4-ccpu)、ゼアチン(Zeatin)、またはベンジルアデニン(BA)である、(2)に記載の方法。
(4) サイトカイニンの濃度が、0.03〜5 ppmである、(2)に記載の方法。
(5) オーキシンが、ナフタレン酢酸(NAA)、インドール酢酸(IAA)、またはインドール酪酸(IBA)である、(2)に記載の方法。
(6) オーキシンの濃度が、0.01〜5 ppmである、(2)に記載の方法。
(7) 発根培地が、0.001〜0.1 ppmの少なくとも1種のオーキシンを含む1/2〜1×MS培地である、(1)に記載の方法。
(8) オーキシンが、ナフタレン酢酸(NAA)、インドール酢酸(IAA)、またはインドール酪酸(IBA)である、(7)に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、これまで効率的なクローン苗の培養方法が確立されていなかったタマリクス属植物について、少量の若枝切片を材料としてクローン苗を大量かつ効率よく、安価に供給することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明のタマリクス属植物の培養苗生産方法は、タマリクス属植物の組織切片を多芽体形成培地にて培養して多芽体を誘導・増殖させ、得られた多芽体を発根培地に移植して発根させ、さらに同培地で継代培養して植物体を再生させることを特徴とする。図1にその生産工程の例の概略を示す。
【0011】
本発明において、タマリクス属植物としては、例えば、Tamarix chinensis, Tamarix ramosissima, Tamarix aphylla, Tamarix gallica, Tamarix parvifloraなどが挙げられる。
【0012】
タマリクス属植物の組織切片としては、特に限定されず、枝、茎頂、葉、休眠芽などの切片を用いることができるが、タマリクスの若枝(新梢)が好ましい。
【0013】
タマリクス属植物の上記組織切片は、エタノール、塩化ベンザルコニウム、次亜塩素酸ナトリウム等の殺菌剤を用いて殺菌し、滅菌水で洗浄したものを用いる。
【0014】
次に、上記の組織切片を多芽体形成培地に植え付けて多芽体を誘導・増殖させる。多芽体とは、短縮した腋芽の集合体をいい、細胞が分化している状態のものをいう。
【0015】
多芽体形成培地としては、Woody plant medium培地(WPM培地;Lloyd G., et al., (1981) Proc. Int. Plant Prop. Soc. 30:421-427)に、少なくとも1種のオーキシンと、少なくとも1種のサイトカイニンを加えた培地であれば特に制限はされない。
【0016】
オーキシンとしては、ナフタレン酢酸(NAA)、インドール酢酸(IAA)、またはインドール酪酸(IBA)などが挙げられるが、NAAが好ましい。
【0017】
サイトカイニンとしては、チジアズロン(TDZ)、N-(2-chloro-4-pyridyl)-N'-phenyl-urea(4-ccpu)、ゼアチン(Zeatin)、ベンジルアデニン(BA)などが挙げられるが、TDZ、4-ccpuが好ましい。
【0018】
上記培地において、オーキシンの量は、その種類、培養条件にもよるが、0.01〜5 ppm、好ましくは0.01〜1ppmの範囲である。
【0019】
また、サイトカイニンの量は、その種類、培養条件にもよるが、1切片あたりの発芽数が最大となる上で、0.03〜5ppm、好ましくは0.03〜1ppm、さらに好ましくは0.03〜0.3ppmの範囲である。
【0020】
このほか、多芽体形成培地には、通常の培養に用いられる炭水化物、ビタミン類、アミノ酸などの有機化合物を含むことができる。炭水化物としては、グルコース、フルクトース、ガラクトース、マンニトール、ソルビトール、ショ糖、マルトース、ラクトース等の糖類が挙げられ、ビタミン類としては、チアミン、ピリドキシン、ニコチン酸、パントテン酸カルシウム、ビタミンB12、ビオチン、パラアミノ安息香酸、葉酸などが挙げられ、アミノ酸としては、グリシン、グルタミン酸、アスパラギンなどが挙げられる。
【0021】
また、培地の支持体としては、寒天、パーライト、バーミキュライト、ゲランガム、アガロース等を用いることができる。
【0022】
多芽体形成培地に植えられた組織切片の培養は、20〜30℃、好ましくは、23〜27℃にて、1000〜10000lux、18〜24時間日長下で行う。組織切片を植え付け培養後、約2ヶ月で10〜15個程度の芽が形成される。
【0023】
得られた多芽体は、発根培地に移し、20〜30℃、1000〜10000lux、18〜24時間日長下で約1ヶ月培養した後、同発根培地の新鮮培地にて同条件下で約1ヶ月の継代間隔で継代すると、芽が伸長し発根した植物体が得られる。
【0024】
得られた植物体は、さらに土壌への馴化を行うことによりタマリクスの植物体を作出することができる。馴化のための土壌としては、赤土、バーミキュライト、ピートモス、パーライト、桐生砂、鹿沼土などが挙げられる。
【0025】
発根培地としては、ムラシゲ・スクーグ培地(MS培地; Murashige, T. et al., (1962) Physiol.Plant., 15:473-497)、好適には1/2〜1×MS培地に、少なくとも1種のオーキシンと加えた培地であれば特に制限はされない。このほか、発根培地には、上記に挙げた通常の培養に用いられる炭水化物、ビタミン類、アミノ酸などの有機化合物を含むことができる。
【0026】
オーキシンとしては、ナフタレン酢酸(NAA)、インドール酢酸(IAA)、またはインドール酪酸(IBA)などが挙げられるが、NAAが好ましい。
【0027】
オーキシンの量は、培養条件にもよるが、1切片あたりの発根数が最大となるために、0.001〜0.1 ppm、好ましくは0.01〜0.1ppmの範囲である。
【実施例】
【0028】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0029】
実施例において基本培地として使用した各培地組成は以下の通りである(単位:mg/ml)。
【0030】
(1) 1/2MS培地
下記組成のMS培地(Murashige, T. et al., (1962) Physiol.Plant., 15:473-497)に含まれる無機塩を半分に希釈した培地。
NH4NO3 1,650
KNO3 1,900
CaCl2・2H2O 440
MgSO4・7H2O 370
KH2SO4 170
FeSO4・7H2O 27.8
Na2-EDTA 37.3
MnSO4・4H2O 22.3
ZnSO4・4H2O 8.6
CoCl4・6H2O 0.025
CuSO4・5H2O 0.025
Na2MoO4・2H2O 0.25
KI 0.83
H3BO3 6.2
ニコチン酸 0.5
塩酸ピリドキシン 0.5
塩酸チアミン 0.1
ミオイノシトール 100
L-グリシン 2
ショ糖 30,000
【0031】
(2) 改良MS(mMS)培地(Matsunaga E., et al., (2002) Molecular Breeding, 10:95-106)
上記MS培地のNH4NO3を10mM、KNO3を20mMの最終濃度に変更した培地。
【0032】
(3) WPM培地 (Lloyd G., et al., (1981) Proc. Int. Plant Prop. Soc. 30:421-427)
NH4NO3 400
K2SO4 990
CaCl2・2H2O 96
Ca(NO3)2・2H2O 556
MgSO4・7H2O 370
KH2SO4 170
FeSO4・7H2O 27.8
Na2-EDTA 37.3
MnSO4・H2O 22.3
ZnSO4・7H2O 8.6
CnSO4・5H2O 0.25
Na2MoO4・2H2O 0.25
H3BO3 6.2
ニコチン酸 0.5
塩酸ピリドキシン 0.5
塩酸チアミン 1.0
ミオイノシトール 100
L-グリシン 2
ショ糖 20,000
【0033】
(4) B5培地(Gamborg, O.L., et al., (1968) Exp. Cell. Res. 50:151-158)
(NH4)2SO4 134
KNO3 3000
MgSO4・7H2O 250
NaH2PO4・2H2O 169.6
CaCl2・2H2O 150
MnSO4・4H2O 13.2
H3BO3 3
CaCl2・2H2O 150
ZnSO4・7H2O 2
KI 0.75
CuSO4・5H2O 0.025
Na2MoO4・2H2O 0.25
CoCl2・6H2O 0.025
FeNa-EDTA 40
ミオイノシトール 100
塩酸チアミン 10
ニコチン酸 1
塩酸ピリドキシン 1
ショ糖 20,000
【0034】
(実施例1) タマリクスの培養苗の生産
(1) 多芽体形成培地組成の検討
中国産タマリクス(Tamarix chinensis)の若枝を滅菌し、ショ糖無しの1/2MS培地に植え付け、1週間後、枝からカビやバクテリアが発生しないことを確認した。枝を10〜20mmの長さに切り出して切片を調製し、多芽体形成培地に植え、生育させた(25℃、3000lux(24時間長))。多芽体形成培地は、ショ糖 3%、寒天 0.8%、PH 5.8の基本培地(WPM培地または1/2MS培地)に、オーキシンとしてNAA 0.01 ppm、サイトカイニンとしてチジアズロン(TDZ), 4-ccpu, ゼアチン(Zeatin), 2-イソペンテニルアデニン(2-ip), カイネチン(KIN), ベンジルアデニン(BA)をそれぞれ0.03, 0.3, 1, 5 ppm加えたものを使用した。若枝切片を多芽体形成培地に植えてから60日後における発芽数を調べた。
【0035】
図2に、培地中のサイトカイニン(TDZ, 4-ccpu, Zeatin, 2-ip, KIN, BA)の発芽に与える影響を示す。また、図3に、培地中の無機塩(WPM, 1/2MS)の発芽に与える影響を示す。発芽促進効果は、サイトカイニンとしては0.03〜0.3ppmのチジアズロン(TDZ)または4-CCPUが優れており、無機塩としてはWPMの方が1/2MSよりも優れていることがわかった。
【0036】
(2) 発根培地組成の検討
多芽体形成培地(ショ糖 3%、寒天 0.8%、PH 5.8のWPM培地にTZ 0.05ppm添加)に切片を植え付けてから、2ヶ月後に1切片あたり12個程度の芽が形成された。この芽を2芽ずつ切り分けて、発根培地に移植した。発根培地は、ショ糖 2%、寒天 0.8%、PH 5.8の基本培地(WPM培地、1/2MS培地、改良MS(mMS)培地、又はB5培地)に、オーキシンとしてナフタレン酢酸(NAA)を0.001, 0.01, 0.1, 1 ppm加えたものを使用した。芽を発根培地に植えてから30日後における不定根数を調べた。図4に、培地中のNAA濃度と無機塩(mMS, WPM, 1/2MS, B5)が発根に与える影響を示す。不定根形成促進効果は、NAA濃度としては0.01〜0.1ppmが優れており、無機塩は1/2MSが優れていた。
【0037】
発根培地上で1ヶ月培養した後、芽をさらに2芽ずつ切り分けて、同じ培地に植え変えて更に1ヶ月培養を行った。この植え換えを繰り返したところ、3回目の植え換え時点での発根率は約80%となった。この状態で温室に出し、外部環境に馴化させた。馴化の時点での生存率は約70%であることから、最終的に、1個の切片から約13個体の植物体を得ることができた。増殖率は13倍/5ヶ月であり、従来の挿し木による増殖率である3倍/3ヶ月より飛躍的に向上した。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明方法によるタマリクス培養苗の生産工程の概略を示す。
【図2】培地中のサイトカイニン(TDZ, 4-ccpu, Zeatin, 2-ip, KIN, BA)の発芽に与える影響を示す。
【図3】培地中の無機塩(WPM, 1/2MS)の発芽に与える影響を示す。
【図4】培地中のNAA濃度と無機塩(mMS, WPM, 1/2MS, B5)の発根に与える影響を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タマリクス属植物の組織切片を多芽体形成培地にて培養して多芽体を誘導・増殖させ、得られた多芽体を発根培地に移植して発根させ、さらに同培地で継代培養して植物体を再生させることを特徴とする、タマリクス属植物の培養苗生産方法。
【請求項2】
多芽体形成培地が、少なくとも1種のオーキシンと少なくとも1種のサイトカイニンを含むWPM培地である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
サイトカイニンが、チジアズロン(TDZ)、N-(2-chloro-4-pyridyl)-N'-phenyl-urea(4-ccpu)、ゼアチン(Zeatin)、またはベンジルアデニン(BA)である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
サイトカイニンの濃度が、0.03〜5 ppmである、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
オーキシンが、ナフタレン酢酸(NAA)、インドール酢酸(IAA)、またはインドール酪酸(IBA)である、請求項2に記載の方法。
【請求項6】
オーキシンの濃度が、0.01〜5 ppmである、請求項2に記載の方法。
【請求項7】
発根培地が、0.001〜0.1 ppmの少なくとも1種のオーキシンを含む1/2〜1×MS培地である、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
オーキシンが、ナフタレン酢酸(NAA)、インドール酢酸(IAA)、またはインドール酪酸(IBA)である、請求項7に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−55054(P2006−55054A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−239555(P2004−239555)
【出願日】平成16年8月19日(2004.8.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者:日本育種学会 刊行物名:育種学研究 第6巻 別冊1号 掲載頁:247頁 刊行物発行年月日:平成16年3月30日
【出願人】(000206211)大成建設株式会社 (1,602)
【Fターム(参考)】