説明

タンパク質を含む時間計測用組成物及びその利用

【課題】本発明は、特定のタンパク質を含み、簡便に時間を計測するために用いることが可能な時間計測用組成物およびその利用を提供する。
【解決手段】ATP存在下で、特定の3つの時計タンパク質を反応させることにより、安定した約24時間周期の振動を発生させる。上記振動の周期は、温度に影響されることなく、安定であるので、上記振動の周期を用いて時間を計測することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時間を計測するために用いる時間計測用組成物及びその利用に関するものであって、特に、タンパク質を用いて時間を計測するための時間計測用組成物及びその利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
約24時間周期の概日性リズムは地球上の生物が環境に適応するための基本的生命現象の一つであり、このリズムを維持するための生物時計(概日性時計、circadian clockともいう)を生物が有していることは広く認識されている。すなわち、生物の生理機能は昼、夜の光や温度の変化に対応して変化し、植物の開花、休眠の他、鳥やミツバチに見られる方向感覚も上記のリズムによって制御されている。
【0003】
近年、多くの生物でそれぞれの時計遺伝子(生物時計の発振に不可欠な遺伝子群)が発見され、時計遺伝子から作られる時計蛋白質がそれ自身の遺伝子の発現を抑制するというフィードバック制御が、生物が時間を計測する原理とされてきた(「転写・翻訳モデル」とも称される)。
【0004】
本発明者らは、これまでにシアノバクテリアの時計遺伝子として、Kai時計遺伝子(KaiA遺伝子、KaiB遺伝子、およびKaiC遺伝子)を見出した(特許文献1および非特許文献1を参照)。また、上記Kai時計遺伝子の翻訳産物であるKai時計タンパク質(KaiAタンパク質、KaiBタンパク質、およびKaiCタンパク質)については、(1)KaiAタンパク質、KaiBタンパク質、およびKaiCタンパク質は相互作用して複合体を形成すること(非特許文献2を参照)、(2)KaiCタンパク質はin vitroで6量体を形成すること(非特許文献3を参照)、(3)KaiBタンパク質およびKaiCタンパク質は概日性をもって、蓄積すること(非特許文献4を参照)、(4)KaiCタンパク質は、in vivoで、概日性のあるリン酸化/脱リン酸化の振動を発生すること(非特許文献3を参照)、(5)KaiCタンパク質は、in vitroで、自己リン酸化活性および自己脱リン酸化活性を有すること(非特許文献3を参照)、(6)KaiAタンパク質は、in vivoおよびin vitroの両方において、KaiCタンパク質のリン酸化を促進し、KaiBタンパク質は、KaiCタンパク質の脱リン酸化を促進すること(非特許文献5を参照)などが知られている。
【0005】
さらに、本発明者らは、遺伝子発現が強く抑制される連続暗条件下で、生体内で上記KaiC遺伝子のmRNAは直ちになくなってしまうにもかかわらず,上記KaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸が約1日周期の顕著なリズムを継続することを発見し、従来の転写・翻訳モデルを否定し、時計蛋白質間の相互作用に基づくKaiCタンパク質のリン酸化サイクルが生物時計の発振メカニズムであることを示している(非特許文献6を参照)。
【特許文献1】特開平10−36392号公報(平成10(1998)年2月10日公開)
【非特許文献1】Ishiura M, Kutsuna S, Aoki S, Iwasaki H, Andersson CR, Tanabe A, Golden SS, Johnson CH, Kondo T. Expression of a gene cluster kaiABC as a circadian feedback process in cyanobacteria. Science 281, 1519-1523 (1998).
【非特許文献2】Iwasaki H, Taniguchi Y, Ishiura M and Kondo T. EMBO J. 18, 1137-1145 (1999)
【非特許文献3】Nishiwaki T, Iwasaki H, Ishiura M. and Kondo T. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 97, 495-499 (2000)
【非特許文献4】Xu Y, Mori T and Johnson CH. EMBO J. 19, 3349-3357 (2000)
【非特許文献5】Iwasaki H, Nishiwaki T, Kitayama Y, Nakajima M and Kondo T. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99, 15788-15793 (2000)
【非特許文献6】Tomita J, Nakajima M, Kondo T, and Iwasaki H. No transcription-translation feedback in circadian rhythm of KaiC phosphorylation. Science 307, 215-254 (2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
生物時計のメカニズムの解明は、生体リズムの不調による不眠症などの治療、植物の発生や成長を制御することによる生産性の向上などにつながるばかりではなく、細胞外で生物時計が実現できれば、新たな時間計測ツールを開発することが可能となる。したがって、細胞外での生物時計の実現は、産業上、非常に有用なことであり、その実現が求められている。
【0007】
しかしながら、上記のKaiCタンパク質のリン酸化サイクルが成立するメカニズムを含めて、生物が時間を計測するメカニズムの詳細については不明である。上記メカニズムには、細胞内の多くの要素や細胞内の環境が関与しており、それらの共同作業で24時間振動が発生すると想定されている(細胞時計ドグマ)。シアノバクテリアのような核をもたない原核生物であっても、細胞内は決して単純ではない。具体的には、1000以上の蛋白質とDNA、RNA、および多くの低分子が存在し、細胞内には生体膜が複雑に入り組んでいる。このように複雑な構造を有する細胞から、生物時計に必須のユニットを取り出すことは非常に困難なことであるため、これまで多くの試みがなされてきたにもかかわらず、細胞外で生物時計を観測できた例はない。
【0008】
本発明は、上記問題点に鑑みなされたものであって、その目的は、特定のタンパク質を含み、簡便に時間を計測するために用いることが可能な時間計測用組成物およびその利用を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、ATP存在下で、特定の3つの時計タンパク質を反応させることにより、安定した約24時間周期の振動を発生させることができることを見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明は、産業上有用な以下の発明(1)〜(8)を包含する。
【0010】
(1)以下の(a)〜(d)からなる群より選択されるタンパク質(A)と、以下の(e)〜(h)からなる群より選択されるタンパク質(B)と、以下の(i)〜(l)からなる群より選択されるタンパク質(C)とを含むことを特徴とする時間計測用組成物。
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)配列番号1のアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ上記タンパク質(C)のリン酸化を促進する活性を有するタンパク質。
(c)配列番号2に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子の翻訳産物であるタンパク質。
(d)配列番号2に示される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズする遺伝子の翻訳産物であり、かつ上記タンパク質(C)のリン酸化を促進する活性を有するタンパク質。
(e)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質。
(f)配列番号3のアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつリン酸化された上記タンパク質(C)の脱リン酸化を促進する活性を有するタンパク質。
(g)配列番号4に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子の翻訳産物であるタンパク質。
(h)配列番号4に示される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズする遺伝子の翻訳産物であり、かつリン酸化された上記タンパク質(C)の脱リン酸化を促進する活性を有するタンパク質。
(i)配列番号5に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質。
(j)配列番号5のアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ自己リン酸化活性及び自己脱リン酸化活性を有し、さらに上記タンパク質(A)によりリン酸化が促進され、また、上記タンパク質(B)により脱リン酸化が促進されるタンパク質。
(k)配列番号6に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子の翻訳産物であるタンパク質。
(l)配列番号6に示される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズする遺伝子の翻訳産物であり、かつ自己リン酸化活性及び自己脱リン酸化活性を有し、さらに、上記タンパク質(A)によりリン酸化が促進され、上記タンパク質(B)により脱リン酸化が促進されるタンパク質。
【0011】
(2)上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)の重量比が、上記タンパク質(A)の重量1に対して、上記タンパク質(B)の重量が0.5〜2、およびタンパク質(C)の重量が2.5〜10であることを特徴とする(1)に記載の時間計測用組成物。
【0012】
(3)アデノシン3リン酸を含むことを特徴とする(1)又は(2)に記載の時間計測用組成物。
【0013】
(4)(1)〜(3)のいずれかに記載の時間計測用組成物と、上記タンパク質(C)を認識する抗体とを含むことを特徴とする時間計測用キット。
【0014】
(5)(1)に記載のタンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)と、アデノシン3リン酸とを反応させることにより発生するタンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期を用いて、時間を計測することを特徴とする時間計測方法。
【0015】
(6)上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)と、アデノシン3リン酸とを反応させる反応工程と、上記反応工程前、または上記反応工程の途中の少なくともいずれかの段階において上記タンパク質(C)のリン酸化レベルを測定するリン酸化レベル測定工程と、上記リン酸化レベル測定工程において得られたタンパク質(C)のリン酸化レベルに基づき、計測した時間を割り出す計測時間割出工程とを含むことを特徴とする(5)に記載の時間計測方法。
【0016】
(7)上記タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期を測定する工程を含むことを特徴とする(6)に記載の時間計測方法。
【0017】
(8)(1)に記載のタンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)と、アデノシン3リン酸とを反応させる反応手段と、
上記タンパク質(C)のリン酸化レベルを測定するリン酸化レベル測定手段と、
上記リン酸化レベル測定手段において得られた上記リン酸化レベルに基づき、計測した時間を割り出す計測時間割出手段とを備えることを特徴とする時間計測装置。
【発明の効果】
【0018】
本発明にかかる時間計測用組成物は、以上のように、時間を計測するための3つの特定のタンパク質を含んでいる。それゆえ、本発明にかかる時間計測用組成物を用いることにより、非常に簡単な構成で、安定した周期をもつ振動を発生させることが可能であるため、上記振動の周期を用いて時間を計測できるという効果を奏する。さらに、本発明にかかる時間計測用組成物によれば、ごくわずかなエネルギーで時間を計測できる。さらに、本発明にかかる時間計測方法は、時間計測に、温度が影響しないため、様々な温度条件下においても、正確に時間を計測することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明の実施形態について、以下、詳細に説明するが、本発明は、これに限定されるものではない。
【0020】
<I.時間計測用組成物>
本発明にかかる時間計測用組成物は、少なくとも、下記に詳述するタンパク質(A)と、タンパク質(B)と、タンパク質(C)とを含んでいればよく、その他の具体的な構成については特に限定されるものではない。上記タンパク質(C)は、自己リン酸化活性および自己脱リン酸化活性を有している。上記タンパク質(A)は、上記のタンパク質(C)のリン酸化を促進する活性を有しており、一方、上記タンパク質(B)は、上記のタンパク質(C)の脱リン酸化を促進する活性を有している。
【0021】
上記のタンパク質(C)のリン酸化には、アデノシン3リン酸(以下、「ATP」ともいう)が利用される。また、上記タンパク質(C)として上記例示したKaiCタンパク質において、ATPの加水分解反応は、KaiCタンパク質のリン酸化反応だけでなく、KaiCタンパク質の構造変化にも関わっていることが示唆されている。なお、上記ATPの加水分解反応とは、ATPがADPとリン酸とに加水分解される反応である。したがって、上記時間計測用組成物は、さらに、上記タンパク質(C)のリン酸化に用いられるATPを含んでいてもよい。上記ATPの含有量は特に限定されるものではないが、上記時間計測用組成物を緩衝液等に溶解した際、ATP濃度が0.3〜3mMとなることが好ましい。
【0022】
また、タンパク質(A)と、タンパク質(B)と、タンパク質(C)との重量比は特に限定されるものではないが、タンパク質(A)の重量1に対して、タンパク質(B)の重量が0.5〜2、およびタンパク質(C)の重量が2.5〜10の比率であることが好ましい。
【0023】
本発明にかかる時間計測用組成物によれば、上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、およびタンパク質(C)と、ATPとを1つの系の中で反応させることができる。それにより、上記タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動を発生させることができる。この振動は、安定した周期をもつため、この振動の周期を指標として、時間を計測することができる。なお、本発明にかかる時間の計測方法については、後述するので、ここでは、詳細は述べないこととする。
【0024】
また、本発明にかかる時間計測用組成物において、上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、およびタンパク質(C)は、特に限定されるものではなく、後述するタンパク質(A)、タンパク質(B)、およびタンパク質(C)を適宜、組み合わせて用いることができる。本発明では、用いるタンパク質、特にタンパク質(C)を変更することにより、上記タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期を変えることができる。
【0025】
また、上記周期は、温度に影響されず、安定である、すなわち上記振動は温度補償性を有することが好ましい。これにより、温度条件に関係なく、時間を安定して計測することができる。例えば、時間を計測する場所の温度に応じて、上記の反応条件を変更したりする必要はない。また、温度が変動する環境条件下においても、時間を正確に計測することができる。なお、上記「温度補償性」とは、温度条件を変えても1サイクルにかかる時間(周期)がほとんど変わらない性質であり、時間を計測する上で、重要な性質である。
【0026】
上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)について、以下、詳細に説明する。なお、本明細書中で使用される場合、用語「タンパク質」は、「ポリペプチド」又は「ペプチド」と交換可能に使用される。
【0027】
〔I−1.タンパク質(A)〕
本発明にかかるタンパク質(A)は、後述するタンパク質(C)のリン酸化を促進するタンパク質であればよく特に限定されるものではない。上記タンパク質(A)としては、例えば、(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質を挙げることができる。
【0028】
上記配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、シアノバクテリアのSynechococcus elongatus PCC 7942から時計遺伝子の1つとして、単離・同定されたKaiA遺伝子の翻訳産物であり、以下、KaiAタンパク質と称する。KaiAタンパク質は、配列番号1に示すアミノ酸配列を有し、284アミノ酸からなる、分子量が約32600、推定等電点が4.69のタンパク質である。
【0029】
KaiAタンパク質は、KaiA遺伝子によってコードされているが、上記KaiA遺伝子は、配列番号7に示される塩基配列からなるKaiABC遺伝子クラスター上に位置している。KaiA遺伝子は、配列番号7に示される塩基配列の1974番目から1976番目の塩基配列が開始コドン(GTG)であり、2826番目から2828番目の塩基配列が終止コドン(TGA)である。したがって、上記KaiA遺伝子は、配列番号7に示す塩基配列のうち、1974番目から2828番目までの塩基配列をオープンリーディングフレーム(ORF)として有しており、このORFは、855塩基対(約0.86kbp)のサイズを有している。KaiA遺伝子のORF領域を表す塩基配列を配列番号2に示す。
【0030】
また、本発明にかかるタンパク質(A)として、(b)配列番号1のアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ後述のタンパク質(C)のリン酸化を促進する活性を有するタンパク質が挙げられる。
【0031】
本明細書において、「1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加された」とは、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異ペプチド作製法により置換、欠失、挿入、及び/又は付加できる程度の数(好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、さらに好ましくは5個以下)のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されることを意味する。このように、上記(b)のタンパク質は、上記(a)のタンパク質の変異タンパク質であるといえる。なお、ここでいう「変異」は、主として公知の変異タンパク質作製法により人為的に導入された変異を意味するが、天然に存在する同様の変異タンパク質を単離精製したものであってもよい。
【0032】
また、本発明にかかるタンパク質(A)には、(c)上記の配列番号2に示される塩基配列をORF領域として有する遺伝子の翻訳産物であるタンパク質が含まれる。
【0033】
さらに、本発明にかかるタンパク質(A)として、(d)配列番号2に示される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズする遺伝子の翻訳産物であり、かつ後述のタンパク質(C)のリン酸化を促進するタンパク質が挙げられる。具体的には、上記(d)のタンパク質としては、上記の配列番号2に示される塩基配列をORF領域として有する遺伝子のホモログ遺伝子の翻訳産物であるタンパク質であって、後述のタンパク質(C)のリン酸化を促進するタンパク質が挙げられる。このようなタンパク質としては、例えば、Thermosynechococcus elongatus BP-1のKaiAタンパク質(NCBIアクセション番号:BAC08033、GI:22294202)、およびNostoc sp. PCC 7120のKaiAタンパク質(NCBIアクセション番号:BAB85867、GI:19310189)などを挙げることができる。上記Nostoc sp. PCC 7120のKaiAタンパク質は、102アミノ酸しかないが、SynechococcusのKaiAタンパク質の代わりとして働きうることが示されている(Uzumaki T, Fujita M, Nakatsu T, Hayashi F, Shibata H, Itoh N, Kato H, Ishiura M. Crystal structure of the C-terminal clock-oscillator domain of the cyanobacterial KaiA protein. Nat Struct Mol Biol. 11(7):623-31 (2004)を参照)。すなわち、上記(d)のタンパク質には、上記(a)のタンパク質と同一の機能を有するあらゆるホモログタンパク質が含まれる。なお、上記Nostoc sp. PCC 7120のKaiAタンパク質の詳細については、Uzumaki T, Fujita M, Nakatsu T, Hayashi F, Shibata H, Itoh N, Kato H, Ishiura M. Crystal structure of the C-terminal clock-oscillator domain of the cyanobacterial KaiA protein. Nat Struct Mol Biol. 11(7):623-31 (2004)を参照されたい。
【0034】
本明細書において、「ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズ」するとは、少なくとも90%の同一性、好ましくは少なくとも95%の同一性、最も好ましくは少なくとも97%の同一性が配列間に存在するときにのみハイブリダイゼーションが起こることを意味する。「ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件」の具体的な例として、例えば、ハイブリダイゼーション溶液(50%ホルムアミド、5×SSC(150mMのNaCl、15mMのクエン酸三ナトリウム)、50mMのリン酸ナトリウム(pH7.6)、5×デンハート液、10%硫酸デキストラン、及び20μg/mlの変性剪断サケ精子DNAを含む)中にて42℃で一晩インキュベーションした後、約65℃にて0.1×SSC中でフィルターを洗浄する条件を挙げることができる。また、上記ハイブリダイゼーションは、J.Sambrook et al. Molecular Cloning,A Laboratory Manual,2d Ed.,Cold Spring Harbor Laboratory(1989)に記載されている方法等、従来公知の方法で行うことができ、特に限定されるものではない。通常、温度が高いほど、塩濃度が低いほどストリンジェンシーは高くなる(ハイブリダイズし難くなる)。
【0035】
なお、本明細書中で使用される場合、用語「遺伝子」は、「ポリヌクレオチド」、「核酸」又は「核酸分子」と交換可能に使用される。「ポリヌクレオチド」はヌクレオチドの重合体を意味する。したがって、本明細書での用語「遺伝子」には、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖及びアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAやRNA(mRNA等)を包含する。アンチセンス鎖は、プローブとして又はアンチセンス薬剤として利用できる。「DNA」には、例えばクローニングや化学合成技術、又はそれらの組み合わせで得られるようなcDNAやゲノムDNA等が含まれる。すなわち、DNAとは、動物のゲノム中に含まれる形態であるイントロンなどの非コード配列を含む「ゲノム」形DNAであってもよいし、また逆転写酵素やポリメラーゼを用いてmRNAを経て得られるcDNA、すなわちイントロンなどの非コード配列を含まない「転写」形DNAであってもよい。
【0036】
なお、本明細書において、「核酸」なる語には、任意の単純ヌクレオチド及び/又は修飾ヌクレオチドからなるポリヌクレオチド、例えばcDNA、mRNA、全RNA、hnRNA、等が含まれる。「修飾ヌクレオチド」には、イノシン、アセチルシチジン、メチルシチジン、メチルアデノシン、メチルグアノシンを含むリン酸エステルの他、紫外線や化学物質の作用で後天的に発生し得るヌクレオチドも含まれる。
【0037】
用語「塩基配列」は、「核酸配列」と交換可能に使用され、デオキシリボヌクレオチド(それぞれA、G、C及びTと省略される)の配列として示される。また、ポリヌクレオチド又はポリヌクレオチドの「塩基配列」は、DNA分子又はポリヌクレオチドに対してのデオキシリボヌクレオチドの配列を意図し、そしてRNA分子又はポリヌクレオチドに対してのリボヌクレオチド(A、G、C及びU)の対応する配列(ここで特定されるデオキシヌクレオチド配列における各チミジンデオキシヌクレオチド(T)は、リボヌクレオチドのウリジン(U)によって置き換えられる)を意図する。
【0038】
例えば、デオキシリボヌクレオチドの略語を用いて示される「配列番号2又は4の配列を有するRNA分子」とは、配列番号2又は4の各デオキシヌクレオチドA、G又はCが、対応するリボヌクレオチドA、G又はCによって置換され、そしてデオキシヌクレオチドTが、リボヌクレオチドUによって置き換えられる配列を有するRNA分子を示すことを意図する。また、「配列番号2又は4に示される塩基配列を含むポリヌクレオチド又はそのフラグメント」とは、配列番号2又は4の各デオキシヌクレオチドA、G、C及び/又はTによって示される配列を含むポリヌクレオチド又はその断片部分を意図する。
【0039】
〔I−2.タンパク質(B)〕
本発明にかかるタンパク質(B)は、リン酸化されたタンパク質(C)の脱リン酸化を促進するタンパク質であればよく、特に限定されるものではない。上記タンパク質(B)としては、例えば、(e)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質を挙げることができる。
【0040】
上記配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、シアノバクテリアのSynechococcus elongatus PCC 7942から時計遺伝子の1つとして、単離・同定されたKaiB遺伝子の翻訳産物であり、以下、KaiBタンパク質と称する。KaiBタンパク質は、配列番号3に示すアミノ酸配列を有し、102アミノ酸からなる、分子量が約11400、推定等電点が7.11のタンパク質である。
【0041】
KaiBタンパク質は、KaiB遺伝子によってコードされているが、KaiB遺伝子もまた、配列番号7に示される塩基配列からなるKaiABC遺伝子クラスター上に位置している。KaiB遺伝子は、配列番号7に示される塩基配列の2918番目から2920番目の塩基配列が開始コドン(ATG)であり、3224番目から3226番目の塩基配列が終止コドン(TAA)である。したがって、上記KaiB遺伝子は、配列番号7に示す塩基配列のうち、2918番目から3226番目までの塩基配列をオープンリーディングフレーム(ORF)として有しており、このORFは、309塩基対(約0.3kbp)のサイズを有している。KaiB遺伝子のORF領域を表す塩基配列を配列番号4に示す。
【0042】
また、本発明にかかるタンパク質(B)として、(f)配列番号3のアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつリン酸化されたタンパク質(C)の脱リン酸化を促進する活性を有するタンパク質が挙げられる。具体的には、上記(f)のタンパク質としては、上記(e)のタンパク質の変異体であって、リン酸化されたタンパク質(C)の脱リン酸化を促進する活性を有するタンパク質が挙げられる。
【0043】
また、本発明にかかるタンパク質(B)には、(g)上記の配列番号4に示される塩基配列をORF領域として有する遺伝子の翻訳産物であるタンパク質が含まれる。
【0044】
さらに、本発明にかかるタンパク質(B)として、(h)配列番号4に示される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズする遺伝子の翻訳産物であり、かつリン酸化されたタンパク質(C)の脱リン酸化を促進する活性を有するタンパク質が挙げられる。具体的には、上記(h)のタンパク質としては、上記の配列番号4に示される塩基配列をORF領域として有する遺伝子のホモログ遺伝子の翻訳産物であるタンパク質であって、リン酸化されたタンパク質(C)の脱リン酸化を促進するタンパク質が挙げられる。このようなタンパク質としては、例えば、Thermosynechococcus elongatus BP-1のKaiBタンパク質(NCBIアクセション番号:BAC08034、GI:22294203)を挙げることができる。
【0045】
〔I−3.タンパク質(C)〕
本発明にかかるタンパク質(C)は、自己リン酸化活性及び自己脱リン酸化活性を有し、さらに上記タンパク質(A)によりリン酸化が促進され、また、上記タンパク質(B)により脱リン酸化が促進されるタンパク質であればよく、特に限定されるものではない。上記タンパク質(C)としては、例えば、(i)配列番号5に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質を挙げることができる。
【0046】
上記配列番号5に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、シアノバクテリアのSynechococcus elongatus PCC 7942から時計遺伝子の1つとして、単離・同定されたKaiC遺伝子の翻訳産物であり、以下、KaiCタンパク質と称する。KaiCタンパク質は、配列番号5に示すアミノ酸配列を有し、519アミノ酸からなる、分子量が約58000、推定等電点が5.74のタンパク質である。また、KaiCタンパク質は、自己リン酸化活性および自己脱リン酸化活性を有することが知られているが、その自己リン酸化部位は、配列番号5に示すアミノ酸配列における431番目のセリンと、432番目のスレオニンである。
【0047】
KaiCタンパク質は、KaiC遺伝子によってコードされているが、KaiC遺伝子もまた、配列番号7示される塩基配列からなるKaiABC遺伝子クラスター上に位置している。KaiC遺伝子は、配列番号7に示される塩基配列の3276番目から3278番目の塩基配列が開始コドン(ATG)であり、4833番目から4835番目の塩基配列が終止コドン(TAG)である。したがって、上記KaiC遺伝子は、配列番号7に示す塩基配列のうち、3276番目から4835番目までの塩基配列をオープンリーディングフレーム(ORF)として有しており、このORFは、1560塩基対(約1.6kbp)のサイズを有している。KaiC遺伝子のORF領域を表す塩基配列を配列番号6に示す。
【0048】
また、本発明にかかるタンパク質(C)として、(j)配列番号5のアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ自己リン酸化活性及び自己脱リン酸化活性を有し、さらに上記タンパク質(A)によりリン酸化が促進され、また、上記タンパク質(B)により脱リン酸化が促進されるタンパク質が挙げられる。具体的には、上記(j)のタンパク質としては、上記(i)のタンパク質の変異体であって、自己リン酸化活性及び自己脱リン酸化活性を有し、さらに上記タンパク質(A)によりリン酸化が促進され、また、上記タンパク質(B)により脱リン酸化が促進されるタンパク質が挙げられる。より具体的には、後述の実施例にある配列番号8、9、および10に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。上記配列番号8に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、配列番号5のアミノ酸配列において42番目のスレオニンがセリンに置換されたタンパク質(以下、「T42S」ともいう)である。また、上記配列番号9に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、配列番号5のアミノ酸配列において157番目のセリンがプロリンに置換されたタンパク質(以下、「S157P」ともいう)である。さらに、上記配列番号10に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、配列番号5のアミノ酸配列において470番目のフェニルアラニンがチロシンに置換されたタンパク質(以下、「F470Y」ともいう)である。また、上記(i)のタンパク質の変異体のうち、本発明においては、配列番号5に示すアミノ酸配列における431番目のセリン及び432番目のスレオニンを保持する変異体を用いることが好ましい。
【0049】
また、本発明にかかるタンパク質(C)には、(k)上記の配列番号6に示される塩基配列をORF領域として有する遺伝子の翻訳産物であるタンパク質が含まれる。
【0050】
さらに、本発明にかかるタンパク質(C)として、(l)配列番号6に示される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズする遺伝子の翻訳産物であり、かつ自己リン酸化活性及び自己脱リン酸化活性を有し、さらに上記タンパク質(A)によりリン酸化が促進され、また、上記タンパク質(B)により脱リン酸化が促進されるタンパク質が挙げられる。具体的には、上記(d)のタンパク質としては、上記の配列番号6に示される塩基配列をORF領域として有する遺伝子のホモログ遺伝子の翻訳産物であるタンパク質であって、かつ自己リン酸化活性及び自己脱リン酸化活性を有し、さらに上記タンパク質(A)によりリン酸化が促進され、また、上記タンパク質(B)により脱リン酸化が促進されるタンパク質が挙げられる。このようなタンパク質としては、例えば、Thermosynechococcus elongatus BP-1のKaiCタンパク質(NCBIアクセション番号:BAC08035、GI:22294204)を挙げることができる。
【0051】
〔I−4.本発明にかかるタンパク質の取得方法〕
本発明にかかるタンパク質を取得する方法(又はタンパク質の生産方法)は、特に限定されるものではない。例えば、本発明にかかるタンパク質を含有する生物学的試料(例えば、細胞、組織、生物個体等)などから単純精製する方法を挙げることができる。また、精製方法についても特に限定されるものではなく、公知の方法で細胞や組織から細胞抽出液を調製し、この細胞抽出液を公知の方法、例えばカラム等を用いて精製すればよい。より具体的には、細胞又は組織より抽出した粗タンパク質画分を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)に供し、本発明にかかるタンパク質の精製・分離を行うことができる。
【0052】
また、その他の本発明にかかるタンパク質を取得する方法として、従来公知の遺伝子組み換え技術等を用いる方法も挙げられる。この場合、例えば、本発明にかかるタンパク質をコードする遺伝子をベクターなどに組み込んだ後、公知の方法により、発現可能に宿主細胞に導入し、細胞内で翻訳されて得られる上記タンパク質を精製するという方法などを採用することができる。
【0053】
なお、このように宿主に外来遺伝子を導入する場合、外来遺伝子の発現のため宿主内で機能するプロモーターを組み入れた発現ベクター、及び宿主には様々なものが存在するので、目的に応じたものを選択すればよい。産生されたタンパク質を精製する方法は、用いた宿主、タンパク質の性質によって異なるが、タグの利用等によって比較的容易に目的のタンパク質を精製することが可能である。
【0054】
変異タンパク質を作製する方法についても、特に限定されるものではない。例えば、部位特異的突然変異誘発法(Hashimoto-Gotoh, Gene 152,271-275(1995)他)、PCR法を利用して塩基配列に点変異を導入し変異タンパク質を作製する方法、あるいはトランスポゾンの挿入による突然変異株作製法などの周知の変異タンパク質作製法を用いることができる。これら方法を用いることによって、上記(a)〜(l)のタンパク質をコードするcDNAの塩基配列において、1又は数個の塩基が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されるように改変を加えることによって作製することができる。また、変異タンパク質の作製には、市販のキットを利用してもよい。
【0055】
本発明にかかるタンパク質の取得方法は、上述に限定されることなく、例えば、市販されているペプチド合成器等を用いて化学合成されたものであってもよい。またその他の例としては、無細胞系のタンパク質合成液を利用して、本発明にかかる遺伝子から本発明にかかるペプチドを合成してもよい。
【0056】
また、本発明にかかるタンパク質は、天然から分離されたものだけでなく、化学合成されても組換え生成されてもよい。つまり、本発明にかかるタンパク質は、細胞、組織などから単離精製された状態であってもよいし、タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞に導入して、そのタンパク質を細胞内発現させた状態であってもよい。また、本発明にかかるタンパク質は、付加的なポリペプチドを含むものであってもよい。
【0057】
また、本発明にかかる時間計測用組成物は、上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、およびタンパク質(C)に加えて、上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、およびタンパク質(C)と相互作用する、特にタンパク質(C)のリン酸化レベルに応じて相互作用する因子を含んでいてもよい。
【0058】
具体的には、特定の活性(機能)が付与され、リン酸化されたタンパク質(C)に特異的に結合する抗体や、上記タンパク質(C)と直接相互作用するタンパク質などが挙げられる。
【0059】
上記抗体は、所望の時間だけ、タンパク質(C)の周りに濃縮され、当該抗体に付与された活性が変化する。例えば、蛍光物質などを付与された抗体では、その蛍光の特性が時間に従って変化する(D Michael Olive, Quantitative methods for the analysis of protein phosphorylation in drug development. Expert Review of Proteomics Vol1(3), 327-341 (2004)を参照)。したがって、上記のような抗体が、上記時間計測用組成物に含有されることにより、当該時間計測用組成物を用いて、タンパク質(C)のリン酸化レベルを自動計測することが可能となる。
【0060】
また、上記タンパク質(C)と直接相互作用するタンパク質としては、シアノバクテリアが有するSasAタンパク質が挙げられる(Hideo Iwasaki, Stanly B. Williams, Yohko Kitayama, Masahiro Ishiura, Susan S. Golden, Takao Kondo. A KaiC-interacting sensory histidine kinase, SasA, necessary to sustain robust circadian oscillation in cyanobacteria. Cell Vol 101, 223-233 (2000)を参照)。SasAタンパク質は、細胞内で概日時計に深く関与するとともに、タンパク質(C)として例示したKaiCタンパク質と直接相互作用することが知られている。また、SasAタンパク質は、KaiCタンパク質のリズミックな特性、つまりリン酸化/脱リン酸化の振動を標的にするとと考えられている。したがって、本発明にかかる時間計測用組成物にSasAタンパク質のような成分を加えることにより、上記タンパク質(C)のリン酸化レベル(リン酸化状態)を別の”信号”に変換することが可能である。なお、上記SasAタンパク質は、ヒスチジンキナーゼという信号伝達因子である。また、少なくとも細胞内ではKaiCタンパク質の時間信号を転写などの細胞活性制御系に伝達していることが知られている。また、上記時間計測用組成物には、SasAタンパク質のホモログで同様の機能を有するタンパク質を含有させることも可能である。
【0061】
<II.時間計測用キット>
本発明にかかる時間計測用キットは、下記<III.時間計測方法>で詳述する時間計測方法を好適に実施できるものであって、これに含まれる具体的な構成、材料、機器等は、特に限定されるものではない。例えば、上記時間計測用組成物を含むキットや、上記時間計測用組成物と、上記タンパク質(C)のリン酸レベルを測定するために用いることが可能な抗体とを含むキットなどが挙げられる。上記抗体としては、例えば、タンパク質(C)を認識する抗体が挙げられる。上記タンパク質(C)を認識する抗体は、リン酸化されたタンパク質(C)、またはリン酸化されていないタンパク質(C)を特異的に認識する抗体であっても、両者をともに認識する抗体であってもよい。
【0062】
上記のような構成のキットによれば、本発明にかかる時間計測方法を簡便かつ確実に実施することができるため、非常に有用である。
【0063】
なお、本明細書において、用語「抗体」とは、免疫グロブリン(IgA、IgD、IgE、IgG、IgM及びこれらのFabフラグメント、F(ab’)フラグメント、Fcフラグメント)を意味する。例えば、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、単鎖抗体、及びイディオタイプ抗体等が挙げられるがこれらに限定されるものではない。
【0064】
また、本明細書において、「本発明にかかるタンパク質を認識する抗体」は、上述の本発明にかかるタンパク質に特異的に結合し得る完全な分子及び抗体フラグメント(例えば、Fab及びF(ab’)フラグメント)を含むことを意味する。
【0065】
さらに、本発明にかかる時間計測用キットに含まれる抗体の作製方法は、特に限定されるものではなく、本発明にかかるタンパク質、例えばタンパク質(C)、又はその部分ペプチドを抗原として、公知の方法によりポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体を製造することができる。上記公知の方法としては、例えば、文献(Harlowらの「Antibodies : A laboratory manual(Cold Spring Harbor Laboratory, New York(1988))、岩崎らの「単クローン抗体 ハイブリドーマとELISA、講談社(1991)」」に記載の方法が挙げられる。
【0066】
また、上記の構成以外にも、後述する本発明にかかる時間計測方法を実施するための物質が含まれていてもよい。例えば、上記時間計測用組成物を用いて、タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化反応を行うために用いる緩衝液等が含まれていてもよい。また、後述する本発明にかかる時間計測方法を実施するために必要な物、例えば、タンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)からなる反応液の一部を、反応中に採取するための物、例えば、シリンジ(注射器)等や、各種試薬(例えば、ELISA等の免疫学的反応を行うために用いる試薬類など)、実験器具が挙げられる。また、時間計測をより簡便かつ正確に行うために必要な各種演算装置(例えば、コンピュータ等)やソフトウェアが含まれていてもよい。
【0067】
<III.時間計測方法>
本発明にかかる時間計測方法は、上記タンパク質(C)のリン酸化が、上記タンパク質(A)により促進され、また、リン酸化された当該タンパク質(C)の脱リン酸化が、上記タンパク質(B)により促進されることにより発生する、上記タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期を用いて、時間を計測する方法であればよく、具体的な構成、例えば、使用物質、使用器具、使用装置、および時間の計測条件は特に限定されるものではない。すなわち、本発明にかかる時間計測方法は、タンパク質(C)のリン酸化状態で時間を記憶し、その記憶した時間に基づき、時間を計測する方法である。
【0068】
上記時間計測方法は、具体的には、上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)と、アデノシン3リン酸とを反応させる工程(以下、「反応工程」ともいう)を含むことが好ましい。さらに、上記時間計測方法は、上記反応工程前、または上記反応工程の途中の少なくともいずれかの段階で上記タンパク質(C)のリン酸化レベルを測定する工程(以下、「リン酸化レベル測定工程」ともいう)を含むことがこのましい。
【0069】
さらに、本発明にかかる時間計測方法は、上記リン酸化レベル測定工程において得られたタンパク質(C)のリン酸化レベルに基づき、計測した時間を割り出す工程(以下、「計測時間割出工程」ともいう)を含むことが好ましい。また、上記タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期を測定する工程(以下、「周期測定工程」ともいう)を含んでいてもよい。なお、本発明にかかる時間計測方法は、上述の時間計測用組成物、又は上述の時間計測用キットを用いることにより、好適に実施することができる。以下、上記周期測定工程、反応工程、リン酸化レベル測定工程、及び計測時間割出工程について詳細に説明する。
【0070】
〔III−1.周期測定工程〕
上記周期測定工程では、上記タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期を測定することができればよく、具体的な方法、使用する物質、測定条件、測定器具、および測定装置などは特に限定されるものではない。例えば、以下の方法に従い、上記振動の周期を測定することができる。
【0071】
まず、(a)上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、およびタンパク質(C)を、ATP存在下で、反応させる。このときの上記3つのタンパク質の重量比は、ATP存在下で、反応させることにより、上記タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動を発生されることができる条件であればよく、特に限定されるものではない。具体的には、上記3つのタンパク質の重量比は、タンパク質(A)の重量1に対して、タンパク質(B)の重量が0.5〜2、タンパク質(C)の重量が2.5〜10であることが好ましい。上記重量比であれば、上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、およびタンパク質(C)を、ATP存在下で、反応させることにより、上記タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動を安定した周期で発生させることができる。
【0072】
また、本発明では、周期測定工程で得られた上記振動の周期を、指標として、時間を計測するので、下記反応工程と同一条件であることが好ましい。
【0073】
また、上記反応系に添加するATP量は、特に限定されるものではないが、0.3〜3mMであることが好ましい。上記範囲内であれば、上記タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動を効率よく発生させることができる。
【0074】
上記反応に用いる緩衝液についても特に限定されるものではなく、従来公知の酵素反応に用いられる緩衝液を用いることができる。具体的には、Mgイオンを含むpHが7〜9の緩衝液であることが好ましい。上記Mgイオンの濃度は、特に限定されるものではないが、1〜10mMであることが好ましい。上記緩衝液としては、例えば、後述の実施例で用いられている反応緩衝液(20 mM Tris-HCl (pH 8.0)、150 mM NaCl、0.5 mM EDTA、5 mM MgCl2)などが挙げられる。このような緩衝液を用いれば、上記タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動を効率よく発生させることができる。
【0075】
反応温度は、特に限定されるものではなく、タンパク質(C)のリン酸化および脱リン酸化が起こる範囲であればよい。具体的には、25℃〜50℃であることが好ましく、30℃〜40℃であることがより好ましい。上記温度範囲内であれば、安定した周期をもつ上記タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動を発生させることができる。
【0076】
次に、(b)上記反応の開始時から一定時間ごとに、反応液の一部を採取し、採取した各試料を用いて、上記タンパク質(C)のリン酸化レベルを測定する。反応液を採取する時間間隔は、特に限定されないが、上記時間間隔が短いほど、より正確にタンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期を測定できるので、上記時間間隔は短いことが好ましい。また、反応液を採取する回数についても、特に限定されるものではないが、周期測定工程では、タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期を測定するので、少なくとも、タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の1周期が終了するまで、反応液の採取を行うことが好ましい。
【0077】
リン酸化レベルの測定方法は、特に限定されるものではなく、タンパク質のリン酸化レベルを測定可能な従来公知の方法を用いることができる。例えば、従来公知のタンパク質分離方法により、上記の採取した試料に含まれる、リン酸化されたタンパク質(C)とリン酸化されていないタンパク質(C)とを分離したのち、それぞれのタンパク質を従来公知のタンパク質検出方法を用いて検出し、従来公知の定量方法でリン酸化されたタンパク質(C)とリン酸化されていないタンパク質(C)とを定量することができる。これにより得られるリン酸化されたタンパク質(C)およびリン酸化されていないタンパク質(C)の定量結果を用いることにより、容易にリン酸化されたタンパク質(C)とリン酸化されていないタンパク質(C)との比率を求めることができる。
【0078】
上記従来の公知のタンパク質分離方法としては、SDS−PAGE、等電点電気泳動、2次元電気泳動などの電気泳動法や、疎水クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、およびアフィニティークロマトグラフィーなどのクロマトグラフィーが挙げられる。
【0079】
また、上記従来公知のタンパク質検出方法としては、タンパク質の分離に電気泳動法を用いる場合では、Coomassie Brilliant Blue(CBB)染色法、亜鉛染色法、銀染色法、シプロルビーなどを用いた蛍光染色法、および検出したいタンパク質を認識する抗体を用いた免疫染色法などが挙げられる。また、クロマトグラフィーによりタンパク質を分離する場合には、UV/VIS分光光度計を用いた吸光度測定、蛍光測定、質量分析など従来公知の検出器を用いて、タンパク質を検出することができる。
【0080】
さらに、上記従来公知のタンパク質定量法としては、タンパク質の分離に電気泳動法を用いる場合では、分離したタンパク質を上述の方法で染色した後、写真濃度解析(densitometric analysis)する方法が挙げられる。上記写真濃度解析は、NIH imgage softwareなどの従来公知のソフトウェアを用いて行うことができる。
【0081】
なお、本明細書において、「タンパク質(C)のリン酸化レベルを測定する」とは、全タンパク質(C)に対するリン酸化されたタンパク質(C)の割合、全タンパク質(C)に対するリン酸化されていないタンパク質(C)の割合、もしくは、リン酸化されたタンパク質(C)とリン酸化されていないタンパク質(C)との比を測定することを意味する。
【0082】
さらに次に、(c)上記(b)で得られたタンパク質(C)のリン酸化レベルを、反応時間(すなわち、上記(a)の反応開始から、当該サンプルを採取したときまでの時間)に対してプロットすることにより、タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の波形を描く。この振動の波形をもとに、従来公知の方法を用いて、上記振動の周期を求めることができる。このとき、上記(b)での反応液の採取の時間間隔が短いと、プロット数が多くなり、より精密なタンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の波形を描くことができ、その結果として、より精密にタンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期を求めることができる。したがって、上記(b)での反応液の採取の時間間隔は、短いことが好ましい。なお、上記周期測定工程に関する記述は、本発明を具体的に説明するための記述であり、上記記載に限定されるものではない。例えば、上記タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の波形は、実際に描く必要はなく、コンピュータなどの電子計算機内の処理により、上記振動の周期を求めてもよい。
【0083】
〔III−2.反応工程〕
反応工程では、上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)と、ATPとを反応させることができればよく、具体的な条件、使用器具、および使用装置などは特に限定されるものではない。これにより、安定した周期をもつ上記タンパク質(C)のリン酸/脱リン酸化の振動を起こすことができる。分かりやすくいえば、上記反応工程は、機械時計でいう振り子運動を発生させるものである。
【0084】
上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)は、特に限定されるものではなく、例えば、〔I.時間計測用組成物〕の工程で例示したタンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)から適宜、選択して用いることができる。
【0085】
上記反応工程における、タンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)の混合比、ATPの添加量、反応緩衝液、および反応温度は特に限定されるものではない。例えば、上記周期測定工程において、タンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)をATP存在下で反応させる条件として記載した条件を用いることができる。
【0086】
また、上記反応工程において、特定の活性が付与されたリン酸化されたタンパク質(C)に特異的に結合する抗体を反応系に加えることもできる。上記抗体は、所望の時間だけ、タンパク質(C)の周りに濃縮し、当該抗体に付与された活性が変化する。例えば、蛍光物質などを付与された抗体では、蛍光の特性が時間に従って変化する(D Michael Olive, Quantitative methods for the analysis of protein phosphorylation in drug development. Expert Review of Proteomics Vol1(3), 327-341 (2004)を参照)。また、上記の原理を用いて、酵素や触媒などの特性を変化させることも可能である。したがって、上記のような抗体を反応系に添加することにより、タンパク質(C)のリン酸化レベルの自動測定が可能となる。すなわち、後述のリン酸化レベル測定工程を容易に行うことができる。
【0087】
さらに、上記反応工程において、シアノバクテリアが有するSasAタンパク質やそのホモログのような上記タンパク質(C)と直接相互作用するタンパク質を反応系に加えることができる。これによれば、上記タンパク質(C)のリン酸化レベル(リン酸化状態)を別の”信号”に変換することができる。なお、上記SasAタンパク質の詳細については、Hideo Iwasaki, Stanly B. Williams, Yohko Kitayama, Masahiro Ishiura, Susan S. Golden, Takao Kondo. A KaiC-interacting sensory histidine kinase, SasA, necessary to sustain robust circadian oscillation in cyanobacteria. Cell Vol 101, 223-233 (2000)を参照されたい。
【0088】
〔III−3.リン酸化レベル測定工程〕
リン酸化レベル測定工程では、上記反応工程前、または上記反応工程の途中の少なくともいずれかの段階において上記タンパク質(C)のリン酸化レベルを測定することができればよく、具体的な方法、使用器具、および使用装置などは特に限定されるものではない。具体的には、時間の計測を開始する時点と、時間の計測を終了する時点とで反応液を採取し、当該採取した反応液に含まれるタンパク質(C)のリン酸化レベルを測定することが好ましい。さらに、時間の計測を開始する時点と、時間の計測を終了する時点との間においても、一定時間ごとに、反応液の一部を採取し、採取した各試料を用いて、上記タンパク質(C)のリン酸化レベルを測定することが好ましい。反応液を採取する時間間隔は、特に限定されないが、上記時間間隔が短いほど、より正確にタンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動をみることができるので、上記時間間隔は短いことが好ましい。そうすれば、より正確に時間を計測することができる。
【0089】
また、時間の計測を開始する時点と、時間の計測を終了する時点との間において、時間の計測を開始した時点からの時間を知ろうとする場合には、その時点で、上記反応液の一部を採取し、タンパク質(C)のリン酸化レベルを測定すれば、後述の計測時間割出工程において、時間の計測を開始した時点から、当該時点までの時間を知ることができる。
【0090】
上記タンパク質(C)リン酸化レベルの測定方法は、特に限定されるものではなく、タンパク質のリン酸化レベルを測定可能な従来公知の方法を用いることができる。例えば、上記〔III−1.周期測定工程〕において、上記タンパク質(C)のリン酸化レベルを測定する方法として、例示した方法を用いることができる。
【0091】
〔III−4.計測時間割出工程〕
計測時間割出工程では、上記リン酸化レベル測定工程において得られたタンパク質(C)のリン酸化レベルに基づき、計測した時間を割り出すことができればよく、具体的な方法、使用器具、および使用装置などは特に限定されるものではない。具体的にいえば、まず、上記リン酸化レベル測定工程において得られた各試料におけるタンパク質(C)のリン酸化レベルを用いて、上記反応工程におけるタンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動(すなわち、機械時計でいうところの振り子運動)を可視化し、時間の計測を開始した時点から時間の計測を終了する時点までの時間が、タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の何周期分であるかを割り出す。次に、ここで割り出された周期数と、上記周期測定工程で測定された周期を用いることにより、時間の計測を開始した時点から時間の計測を終了する時点までの時間を算出する。より具体的には、割り出された周期数がmで、上記周期測定工程で測定された周期がn(時間)であれば、時間の計測を開始した時点から時間の計測を終了する時点までの時間は、m×n(時間)と算出できる。その結果として、時間の計測を開始した時点から時間の計測を終了する時点までの時間を計測することができる。
【0092】
「上記リン酸化レベル測定工程において得られた各試料におけるタンパク質(C)のリン酸化レベルを用いて、上記反応工程におけるタンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動を可視化する」ことは、例えば、上記リン酸化レベル測定工程で得られたタンパク質(C)のリン酸化レベルを、反応時間(すなわち、上記反応工程の反応開始から、当該サンプルを採取したときまでの時間)に対してプロットし、グラフ化することにより実現することができる。
【0093】
また、上記「時間の計測を開始した時点から時間の計測を終了する時点までの時間が、タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の何周期分であるかを割り出す」ことは、上記可視化した「時間の計測を開始した時点から時間の計測を終了する時点までのタンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動」と、上記周期測定工程で得られるタンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の波形とを比較することにより実現することができる。
【0094】
さらに、同様の原理により、時間の計測を開始した時点から、時間の計測を開始する時点〜時間の計測を終了する時点の間の特定の時点までの時間を計測することができる。
【0095】
なお、上記計測時間割出工程に関する一連の記述は、本発明を理解を助けるための記述であって、これに限定されるものではない。例えば、タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動を可視化することなく、上記一連の処理をコンピュータなどの電子計算機を用いて行い、最終的に得られる計測時間だけを出力するものであってもよい。例えば、以下の方法により、計測した時間を割り出すことができる。
【0096】
<IV.時間計測装置>
本発明にかかる時間計測装置は、上述の時間計測方法を実施するのに好適に用いることができるものである。すなわち、本発明にかかる時間計測装置は、上述のタンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動という形で、時間を記憶し、当該振動の周期を用いて、時間を計測するものである。本発明にかかる時間計測装置の一実施形態について図1を用いて説明すると、以下の通りであるが、本発明は、これに限定されるものではない。
【0097】
本実施形態にかかる時間計測装置1は、図1に示すように、上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)、アデノシン3リン酸、並びにその他の反応組成物を投入するための反応組成物投入部10(反応組成物投入手段)と、上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)と、アデノシン3リン酸とを反応させる反応部20(反応手段)と、上記タンパク質(C)のリン酸化レベルを測定するリン酸化レベル測定部30(リン酸化レベル測定手段)と、上記リン酸化レベルを用いて計測した時間を割り出す計測時間割出部40(計測時間割出手段)とを備えている。
【0098】
上記反応部20、リン酸化レベル測定部30、および計測時間割出部40は、それぞれ、上述の時間計測方法における反応工程、リン酸化レベル測定工程、および計測時間割出工程を好適に実施するものである。なお、上記時間計測装置1は、反応組成物投入部10を備えているが、反応組成物投入部10を備えないものも、本発明にかかる時間計測装置に含まれる。
【0099】
本実施形態にかかる時間計測装置1は、さらに、特定の時刻に信号を出力したり、特定の時間間隔で信号を出力したりできるように、信号出力部(図示せず、信号出力手段)を備えていてもよい。上記信号出力部を備えることにより、本発明にかかる時間計測装置で計測した時間に基づいて、外部装置を制御することができる。
【0100】
また、外部装置から出力された信号が入力されたときに、上記反応部において、上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)と、アデノシン3リン酸との反応開始させたり、反応液の一部を採取したりできるように、信号入力部(図示せず、信号入力手段)を備えていてもよい。上記構成によれば、外部装置からの指令により、所望の時間を計測することができる。
【0101】
さらに、上記計測時間割出部40が、割り出した計測時間を表示するための表示部(図示せず、表示手段)を備えていてもよい。上記表示部を備えることにより、本発明にかかる時間計測装置で計測した時間を容易に確認することができる。
【0102】
上記反応組成物投入部10、反応部20、リン酸化レベル測定部30、および計測時間割出部40について、以下、詳細に説明する。
【0103】
〔IV−1.反応組成物投入部〕
上記反応組成物投入部10は、上記時間計測用組成物、ATP、および緩衝液等の上記タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の発生に必要な構成要素を、上記反応部20に投入するものであればよく、具体的な構成は特に限定されるものではない。これにより、時間計測装置1は、装置単独で動作を開始させることができる。
【0104】
また、上記時間計測装置1は、ATPの枯渇や、上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、およびタンパク質(C)の失活により、停止するが、上記反応組成物投入部10は、時間計測装置1を再起動する手段として用いることもできる。具体的には、上記反応組成物投入部10から、ATPや、上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、およびタンパク質(C)を反応部20に再投入することにより、時間計測装置1を再起動することができる。特に、ATP濃度を増加させる、すなわち、ATPを再投入することにより、タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動を開始させることが好ましい。
【0105】
また、上記反応組成物投入部10は、時間計測装置1が駆動しているときに、上記反応部20に、反応組成物を添加することもできる。具体的には、上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、およびタンパク質(C)や、ATP、緩衝液などを投入することができる。これによれば、タンパク質や反応緩衝液の補充を行い、反応部20内における上記反応を制御する、広くいえば、時間計測装置1の動作を制御することができる。
【0106】
さらに、反応途中、すなわち時間計測装置1の動作中に、反応を停止させるための反応停止液(停止物質)を投入して、時間計測装置1を停止させることができる。このとき、時間計測装置1は時間を記憶しているので、停止している時間計測装置1に、ATPや、上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、およびタンパク質(C)を反応部20に再投入することにより、再び、時間計測装置1を起動し、時間の開始させることができる。
【0107】
〔IV−2.反応部〕
上記反応部20は、上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)と、アデノシン3リン酸とを反応させることができればよく、具体的な構成については、特に限定されるものではない。具体的には、従来公知の反応槽などを用いることができる。上記構成によれば、安定した周期を持つ、タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動を発生させることができる。
【0108】
また、上記反応部20は、直接的に(オンタイムで)、上記タンパク質(C)のリン酸化レベルを出力するための出力手段を備えていることが好ましい。具体的には、上記出力手段は、上記タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の反応系に、特定の活性が付与されたリン酸化されたタンパク質(C)に特異的に結合する抗体や、シアノバクテリアが有するSasAタンパク質やそのホモログのような上記タンパク質(C)と直接相互作用するタンパク質を添加することにより実現することができる。
【0109】
より詳しく言えば、上記のような抗体は、所望の時間だけ、タンパク質(C)の周りに濃縮し、当該抗体に付与された活性が変化することを利用して、タンパク質(C)のリン酸化レベルを出力することができる。
【0110】
また、SasAタンパク質のようなタンパク質は、タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動を標的とするので、上記タンパク質(C)のリン酸化レベル(リン酸化状態)を別の”信号”に変換することができる。すなわち、上記タンパク質(C)のリン酸化レベルを出力することができる。
【0111】
上記反応部20には、温度を測定するための温度測定部(図示せず、温度測定手段)が備えられていてもよい。これによれば、上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)と、アデノシン3リン酸との反応中の温度をモニターすることができるので、タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化反応が進行しているかを簡易に調べることができる。
【0112】
また、上記反応部20には、反応液を撹拌するための撹拌部(図示せず、撹拌手段)が備えられていてもよい。これによれば、反応途中に、反応部20に、タンパク質や、ATP、反応緩衝液を補充(再投入)したり、反応を停止させるための反応停止液を投入したりした場合でも、速やかに反応液を撹拌することができるので、反応の制御をより精密に行うことができる。
【0113】
また、上記反応部20には、反応液の一部を採取するための試料採取手段などが備えられていることが好ましい。上記構成によれば、後述するリン酸化レベル測定部30において、処理する試料を採取することができる。
【0114】
〔IV−3.リン酸化レベル測定部〕
上記リン酸化レベル測定部30は、上記タンパク質(C)のリン酸化レベルを測定することができればよく、具体的な構成については、特に限定されるものではない。具体的には、上記反応部20から採取した反応液に含まれるタンパク質を分離するためのタンパク質分離装置(例えば、電気泳動装置や、液体クロマトグラフィー装置など)と、タンパク質、特にタンパク質(C)を検出するための検出装置(例えば、液体クロマトグラフィーの公知の検出器、ウェスタンブロティング装置、電気泳動ゲル染色装置など)とによって、実現することができる。上記構成によれば、上記反応部20から採取した反応液に含まれる、リン酸化されたタンパク質(C)とリン酸化されていないタンパク質(C)を分離することができる。さらに、分離したそれぞれのタンパク質(C)を検出し、定量することができる。それゆえ、上記反応部20から採取したそれぞれの反応液に含まれるタンパク質(C)のリン酸化レベルを測定することができる。
【0115】
さらに、上記リン酸化レベル測定部30は、タンパク質(C)のリン酸化レベルをより正確に測定するために、解析用ソフトウェア(例えば、従来公知の写真濃度解析用ソフトウェア)やそれを実行するためのコンピュータなどの電子計算機を備えていることが好ましい。上記構成によれば、上記リン酸化レベル測定部30が検出した、リン酸化されたタンパク質(C)およびリン酸化されていないタンパク質(C)をより精度よく定量することができる。それゆえ、時間計測精度が高くなるという効果を奏する。
【0116】
〔IV−4.計測時間割出部〕
上記計測時間割出部40は、上記リン酸化レベル測定部30で測定したタンパク質(C)のリン酸化レベルのデータを用いて、計測時間を割り出すことができればよく、具体的な構成は特に限定されるものではない。具体的には、上述の時間計測方法における計測時間割出工程を実施するために用いることができるソフトウェアを備えた電子計算機などにより実現することができる。また、上記計測時間割出部40が計測時間を割り出すために用いる、タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期は、当該時間計測装置を最初に動作させるときには、入力する必要があるが、その後は、当該時間計測装置1が計測したタンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期を用いて、調整することが好ましい。
【0117】
なお本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0118】
本発明について、実施例および参考例に基づいて図2〜7を用いてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。当業者は本発明の範囲を逸脱することなく、種々の変更、修正、及び改変を行うことができる。
【0119】
〔実施例1:KaiAタンパク質、KaiBタンパク質及びKaiCタンパク質の製造〕
本実施例において、対照菌株として、Synechococcus elongatus PCC 7942, NUC42のPkaiBCレポーター菌株を用いた。本実施例において、kaiABC遺伝子クラスターが、カナマイシン耐性遺伝子で置換されたNUC43を、pCkaiABCターゲティングベクターの宿主として用いた。また、本実施例において、kaiABC遺伝子クラスターを、本来のkai遺伝子の遺伝子座に再導入するために、上記pCkaiABCターゲティングベクターを用いた。なお、NUC42及びNUC43の詳細については、H. Nishimura et al. Microbiology 148, 2903 (2002)を参照されたい。また、pCkaiABCターゲティングベクターの詳細については、M. Ishiura et al. Science 281, 1519 (1998)を参照されたい。本実施例において、全てのSynechococcus菌株は、改変BG−11液体培地(BG−11M、詳細はH. Iwasaki et al. Proc Natl Acad Sci USA. 99, 14788 (2002)を参照)を用いて、30℃、連続光照射条件下(光強度40 μmol m-2 s-1、白色蛍光を使用)で培養した。
【0120】
本実施例において、プラスミドを構築するための大腸菌株として、Escherichia coli DH5αを用いた。また、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)融合タンパク質を発現させるための大腸菌株として、Escherichia coli BL21を用いた。
【0121】
大腸菌内で発現させた組換えKaiAタンパク質、KaiBタンパク質、及びKaiCタンパク質を、T. Nishiwaki et al. Proc Natl Acad Sci USA. 101, 13927 (2004)に記載の方法に従って精製した。ただし、KaiBタンパク質については、さらに、20 mM Tris-HCl (pH 8.0)、0.5 mM EDTA及び150 mM NaClを含む溶離液を用いたSuperose 6によるゲルろ過クロマトグラフィーにより精製した。
【0122】
〔実施例2:変異型KaiCタンパク質の製造〕
配列番号8、9、及び10に記載の変異型KaiCタンパク質をもつシアノバクテリアの変異体は、PCRに基づいた突然変異誘発法により得られた。なお、上記シアノバクテリアの変異体の取得方法についての詳細は、H. Nishimura et al. Microbiology 148, 2903 (2002)を参照されたい。pCkaiABCを鋳型として、KaiC遺伝子の領域を、PCRにより増幅した。突然変異誘発のために用いたプライマーは、以下に示す通りである。
【0123】
プライマーセット1
forward primer 1:5’-TTATCCGACCGTGAGAAAGT-3’(配列番号11)
reverse primer 1:5’-ATCGAAGCCGCCAACAACCT-3’(配列番号12)
プライマーセット2
forward primer 2:上記forward primer 1と同じ
reverse primer 2:5’-GCGGAAGGCATTGTTGCTAA-3’(配列番号13)
プライマーセット3
forward primer 3:5’-AATATCCGTTCACGATTACG-3’(配列番号14)
reverse primer 3:5’-CTAGCTCTCCGGCCC-3’(配列番号15)
forward primer 1は、KaiC遺伝子の−124から−105のヌクレオチドに相当し、reverse primer 1は、KaiC遺伝子の+347から+366のヌクレオチドに相当する。また、reverse primer 2は、+1160から+1179のヌクレオチドに相当する。さらに、forward primer 3は、KaiC遺伝子の+701から+720のヌクレオチドに相当し、reverse primer 3は、KaiC遺伝子の+1546から+1560のヌクレオチドに相当する。
【0124】
上記プライマーセットを用いて増幅したPCR産物を、適当な酵素で消化し、pCkaiABCに連結した。このようにして変異が導入されたpCkaiABCをNUC43に形質転換した。また、大腸菌における上記変異型KaiCタンパク質の発現は、変異が導入されたKaiC遺伝子のORFのPCR増幅産物が連結されたpGEX6P-1ベクターを大腸菌に形質転換することにより行った。また、大腸菌で発現させた変異型KaiCタンパク質は、実施例1と同様の方法により、精製した。
【0125】
〔実施例3:in vitroにおけるKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動〕
反応緩衝液(20 mM Tris-HCl (pH 8.0)、150 mM NaCl、0.5 mM EDTA、5 mM MgCl2、1 mM ATP)中、30℃で、実施例1で精製したKaiCタンパク質(0.2 μg/μl)を、KaiAタンパク質(0.05 μg/μl)及びKaiBタンパク質(0.05 μg/μl)とインキュベートした。インキュベート中、2時間ごとに、反応混合物を3 μlずつサンプリングした。最終的に、反応は、SDSサンプルバッファー(62.5 μM Tris-HCl (pH 6.8)、2% SDS、10% glycerol)を添加することによって、停止させた。上記サンプリングした試料を、7.5%アクリルアミドゲルを用いたSDS−PAGEに供し、その後、当該ゲルをCoomassie Brilliant Blue(CBB)により染色した。染色したゲルを用いて、KaiCタンパク質及びリン酸化されたKaiCタンパク質の写真濃度解析(densitometric analysis)を行った。なお、写真濃度解析には、NIH image software(Ver. 1.61)を用いた。
【0126】
その結果、KaiCタンパク質のリン酸化は、減衰することなく、約24時間の周期で、少なくとも3サイクル振動した(図2(A)を参照)。全KaiCタンパク質に対するリン酸化されたKaiCタンパク質の割合は、0.25〜0.65であった(図2(C)を参照)。
【0127】
また、全KaiCタンパク質量は、インキュベーション中を通して一定に保たれていた(図2(B)を参照)。これは、リン酸化されたKaiCタンパク質(図中、P−KaiC)及びリン酸化されていないKaiCタンパク質(図中、NP−KaiC)はともに、反応中に分解されないことを示している。このように、KaiCタンパク質のリン酸化振動は、3つのKaiタンパク質(すなわち、KaiAタンパク質、KaiBタンパク質及びKaiCタンパク質)の共同作業により、概日周期をもって、独立して生じることが分かった。
【0128】
また、上記のSDS−PAGE後、ウェスタンブロット解析により、KaiCタンパク質及びリン酸化されたKaiCタンパク質の写真濃度解析(densitometric analysis)を行った場合も、上記の場合と同様に、安定した周期をもつKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動を観察することができた。
【0129】
なお、ウェスタンブロット解析はK. Imai et al. J Biol Chem 279, 36534 (2004)に記載の方法に従って行った。細胞を500 μlのSDSサンプルバッファー(62.5 μM Tris-HCl (pH 6.8)、2% SDS、10% glycerol)に再懸濁し、Multi-Beads Shocker(安井機械社製)を用いて、破壊した。その破壊した細胞を用いて、ウェスタンブロット解析を行った。なお、抗体には、KaiCタンパク質に対する抗血清を用いた。上記KaiCタンパク質に対する抗血清の詳細については、J. Tomita et al. Science 307, 251 (2005)を参照されたい。また、ウェスタンブロット解析において、写真濃度解析は、NIH image softwareを用いて行った。
【0130】
〔実施例4:in vitroにおけるKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動の温度補償性〕
反応温度を25℃、30℃、及び35℃とすることを除いて、実施例3と同様の方法により反応を行い、それぞれの反応温度におけるKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動を調べた。
【0131】
その結果、反応温度が25℃、30℃、及び35℃のときの試験管内におけるKaiCタンパク質のリン酸化振動の周期は、それぞれ、22時間、21時間、及び20時間であった(図3(A)を参照)。これらの各温度におけるKaiCタンパク質のリン酸化振動周期を、反応温度に対してプロットしたところ、振動周期の温度感受性(Q10係数)は、約1.1であった。これは、試験管内におけるKaiCタンパク質のリン酸化振動が温度補償性を有していることを示している。
【0132】
さらに、反応温度を50℃、およびKaiCタンパク質濃度を0.25 μg/μlとしたことを除いて、実施例3と同様の方法により反応を行い、反応温度を50℃としたときのKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動を調べた。
【0133】
その結果、図4に示すように、反応温度を50℃した場合であっても、安定した周期をもつKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動を発生させることができた。
【0134】
〔実施例5:変異型KaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動〕
KaiCタンパク質として、実施例1で製造したKaiCタンパク質、および実施例2で製造した変異型KaiCタンパク質(F470Yタンパク質、S157Pタンパク質、及びT42Sタンパク質)を用いて、実施例3と同様の方法により、処理を行い、各変異型KaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動と、野生型KaiCタンパク質(実施例1で製造したKaiCタンパク質)のリン酸化/脱リン酸化の振動との比較を行った。
【0135】
その結果、野生型KaiCタンパク質、F470Yタンパク質、S157Pタンパク質、及びT42Sタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期は、それぞれ25時間、17時間、21時間、及び28時間であった(図5(A)を参照)。すなわち、変異型KaiCタンパク質を場合であっても、安定した周期をもつリン酸化/脱リン酸化の振動を発生させることができることが分かった。さらに、変異型KaiCタンパク質を用いれば、野生型KaiCタンパク質の場合とは異なる周期をもつリン酸化/脱リン酸化の振動を発生させることができることが分かった。
【0136】
〔実施例6:in vivoにおける上記変異型KaiCタンパク質の振動の周期と、in vitroにおける上記変異型KaiCタンパク質の振動の周期との比較〕
in vivoにおける上記変異型KaiCタンパク質の振動の周期と、in vitroにおける上記変異型KaiCタンパク質の振動の周期とを比較するために、実施例5のin vitroでの野生型KaiCタンパク質、F470Yタンパク質、S157Pタンパク質、及びT42Sタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期と、野生型KaiCタンパク質、F470Yタンパク質、S157Pタンパク質、及びT42Sタンパク質をそれぞれ発現するシアノバクテリアにおけるin vivoでの野生型KaiCタンパク質、F470Yタンパク質、S157Pタンパク質、及びT42Sタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期とを比較した。
【0137】
なお、in vivoにおけるKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動は、細胞抽出タンパク質によるウェスタンブロット解析により測定した。さらに、野生型および変異型KaiCタンパク質を発現する細胞の概日振動を生物発光アッセイにより測定した。具体的には、12時間の暗処理の後、PkaiBCレポーターに由来する生物発光の変動を、30℃、連続光照射条件下で、光電子増倍管を用いたアッセイシステムによりモニターした。なお、生物発光の変動のモニターの詳細については、M. Ishiura et al. Science 281, 1519 (1998)を参照されたい。
【0138】
その結果、野生型KaiCタンパク質、F470Yタンパク質、S157Pタンパク質、及びT42Sタンパク質のいずれを用いた場合であっても、in vivoにおけるKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期、およびin vitroにおけるKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期、さらに生物発光に見られる細胞の概日振動の周期は一致した(図5(B)を参照)。これにより、本発明において、所望の振動周期をもつKaiCタンパク質を選抜する場合、in vivoにおける上記変異型KaiCタンパク質の振動の周期の測定方法を用いて、簡便に所望の振動周期をもつKaiCタンパク質を選抜することができることが分かった。
【0139】
〔実施例7:KaiAタンパク質量がKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動に及ぼす影響〕
KaiAタンパク質:KaiBタンパク質:KaiCタンパク質(重量比)を、0.5:1:5、1:1:5、および2:1:5としたことを除いて、実施例3と同じ条件で、反応を行い、各重量比におけるKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動を調べた。
【0140】
その結果、図6に示すように、いずれの重量比の場合でも、安定した周期をもつKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動を発生させることができた。また、上記重量比が0.5:1:5の場合、上記振動の周期が、他の2つの場合と比べて、異なった。このことから、上記重量比を変化させることにより、KaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期を変化させることができることが分かった。
【0141】
〔実施例8:KaiBタンパク質量が、KaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動に及ぼす影響〕
KaiAタンパク質:KaiBタンパク質:KaiCタンパク質(重量比)を、1:0.5:5、1:1:5、および1:2:5としたことを除いて、実施例3と同じ条件で、反応を行い、各重量比におけるKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動を調べた。
【0142】
その結果、図7に示すように、いずれの重量比の場合でも、安定した周期をもつKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動を発生させることができた。
【0143】
〔参考例1〕
配列番号5に示すアミノ酸配列の431番目のセリンをアラニンに置換した変異型KaiCタンパク質(以下、「S431Aタンパク質」ともいう)、配列番号5に示すアミノ酸配列の432番目のスレオニンをアラニンに置換した変異型KaiCタンパク質(以下、「T432Aタンパク質」ともいう)、および配列番号5に示すアミノ酸配列の431番目のセリンおよび432番目のスレオニンをともにアラニンに置換した変異型KaiCタンパク質(以下、「S431A:T432Aタンパク質」ともいう)を、実施例2と同様の方法を用いて、製造した。このようにして得られた上記3つの変異型KaiCタンパク質を、実施例1で得られたKaiCタンパク質の代わりに用いたことを除いて、実施例3と同様の処理を行った。
【0144】
その結果、S431Aタンパク質、T432Aタンパク質、およびS431A:T432Aタンパク質を用いた場合には、安定した周期をもつ当該タンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動は観察されなかった。このことから、KaiCタンパク質における2つの自己リン酸化部位は、KaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動には必須であることが明らかとなった。
【0145】
また、S431Aタンパク質、T432Aタンパク質、およびS431A:T432Aタンパク質をそれぞれ発現するシアノバクテリアを用いて、in vivoにおける当該タンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動を調べたが、in vitroでの結果と同様に、安定した周期をもつ振動が観察されなかった。なお、in vivoにおける上記タンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動は、実施例6と同様の方法により行った。
【0146】
なお本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態や実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態や実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献及び特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【産業上の利用可能性】
【0147】
以上のように、本発明では、ATP存在下で、特定の3つのタンパク質を反応させるだけで、一定の周期をもつ振動を発生させることができるため、簡便かつ低エネルギーで時間を計測することが可能となる。そのため、本発明は、タイマーや時計に代表されるような、時間を計測する各種時間計測装置に利用することができる。さらに、一日の特定の時間に薬剤や栄養を与える装置や、一日の特定の時間にある種の信号を発し、その信号により様々な制御を行う装置のような時間計測装置を備えた各種装置など、時間の計測を必要とする様々な分野に広く応用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0148】
【図1】図1は、本実施形態にかかる時間計測装置のブロック図である。
【図2】図2は、試験内におけるKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動を示すグラフである。(A)は、反応処理後の試料をSDS−PAGEに供した後、CBBで染色したゲルの画像である。(B)は、(A)の画像を解析して得られた、全KaiCタンパク質、リン酸化されたKaiCタンパク質、及びリン酸化されていないKaiCタンパク質の濃度変動を示すグラフである。(C)は、全KaiCタンパク質に対するリン酸化されたKaiCタンパク質の割合の変動を示すグラフである。
【図3】図3は、試験内におけるKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期の温度補償性を示すグラフである。(A)は、各温度で反応処理後の試料をSDS−PAGEに供した後、CBBで染色したゲルの画像である。(B)は、試験内におけるKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期を、インキュベーション温度に対してプロットしたグラフである。
【図4】図4は、試験内におけるKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期の高温耐性を示すグラフである。
【図5】図5の(A)は、生体内の生物発光振動、並びに生体内および試験内におけるKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期を示すグラフである。(B)は、生体内におけるKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期と試験内におけるKaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期との関係を示すグラフである。
【図6】図6は、KaiAタンパク質量が、KaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動に及ぼす影響を調べた結果を示すグラフである。
【図7】図7は、KaiBタンパク質量が、KaiCタンパク質のリン酸化/脱リン酸化の振動に及ぼす影響を調べた結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0149】
1 時間計測装置
10 反応組成物投入部(反応組成物投入手段)
20 反応部(反応手段)
30 リン酸化レベル測定部(リン酸化レベル測定手段)
40 計測時間割出部(計測時間割出手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(d)からなる群より選択されるタンパク質(A)と、以下の(e)〜(h)からなる群より選択されるタンパク質(B)と、以下の(i)〜(l)からなる群より選択されるタンパク質(C)とを含むことを特徴とする時間計測用組成物。
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)配列番号1のアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ上記タンパク質(C)のリン酸化を促進する活性を有するタンパク質。
(c)配列番号2に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子の翻訳産物であるタンパク質。
(d)配列番号2に示される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズする遺伝子の翻訳産物であり、かつ上記タンパク質(C)のリン酸化を促進する活性を有するタンパク質。
(e)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質。
(f)配列番号3のアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつリン酸化された上記タンパク質(C)の脱リン酸化を促進する活性を有するタンパク質。
(g)配列番号4に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子の翻訳産物であるタンパク質。
(h)配列番号4に示される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズする遺伝子の翻訳産物であり、かつリン酸化された上記タンパク質(C)の脱リン酸化を促進する活性を有するタンパク質。
(i)配列番号5に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質。
(j)配列番号5のアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ自己リン酸化活性及び自己脱リン酸化活性を有し、さらに上記タンパク質(A)によりリン酸化が促進され、また、上記タンパク質(B)により脱リン酸化が促進されるタンパク質。
(k)配列番号6に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子の翻訳産物であるタンパク質。
(l)配列番号6に示される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズする遺伝子の翻訳産物であり、かつ自己リン酸化活性及び自己脱リン酸化活性を有し、さらに、上記タンパク質(A)によりリン酸化が促進され、上記タンパク質(B)により脱リン酸化が促進されるタンパク質。
【請求項2】
上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)の重量比が、上記タンパク質(A)の重量1に対して、上記タンパク質(B)の重量が0.5〜2、およびタンパク質(C)の重量が2.5〜10であることを特徴とする請求項1に記載の時間計測用組成物。
【請求項3】
アデノシン3リン酸を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の時間計測用組成物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の時間計測用組成物と、
上記タンパク質(C)を認識する抗体とを含むことを特徴とする時間計測用キット。
【請求項5】
請求項1に記載のタンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)と、アデノシン3リン酸とを反応させることにより発生するタンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期を用いて、時間を計測することを特徴とする時間計測方法。
【請求項6】
上記タンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)と、アデノシン3リン酸とを反応させる、反応工程と、
上記反応工程前、または上記反応工程の途中の少なくともいずれかの段階において上記タンパク質(C)のリン酸化レベルを測定する、リン酸化レベル測定工程と、
上記リン酸化レベル測定工程において得られたタンパク質(C)のリン酸化レベルに基づき、計測した時間を割り出す、計測時間割出工程とを含むことを特徴とする請求項5に記載の時間計測方法。
【請求項7】
上記タンパク質(C)のリン酸化/脱リン酸化の振動の周期を測定する工程を含むことを特徴とする請求項6に記載の時間計測方法。
【請求項8】
請求項1に記載のタンパク質(A)、タンパク質(B)、及びタンパク質(C)と、アデノシン3リン酸とを反応させる反応手段と、
上記タンパク質(C)のリン酸化レベルを測定するリン酸化レベル測定手段と、
上記リン酸化レベル測定手段において得られた上記リン酸化レベルに基づき、計測した時間を割り出す計測時間割出手段とを備えることを特徴とする時間計測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−104998(P2007−104998A)
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−300920(P2005−300920)
【出願日】平成17年10月14日(2005.10.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年(平成17年)4月15日 「中日新聞」、「日本経済新聞」、「朝日新聞(夕刊)」、「毎日新聞」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年5月 独立行政法人科学技術振興機構総務部広報室発行の「JST News Vol.2/No.2 2005/May」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年(平成17年)5月16日 「産経新聞」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年5月18日 インターネットアドレス(http://www.bio.nagoya−u.ac.jp/seminar/B1.html)、(http://www.bio.nagoya−u.ac.jp/index2.html)にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年7月7日 株式会社ニュートンブレス発行の「Newton 7月号 Vol.25 No.7」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年7月15日 名古屋大学広報委員会発行の「名大トピックス No.146」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年8月1日 羊土社発行の「実験医学 Vol.23 No.13」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年9月27日 独立行政法人科学技術振興機構発行の「独立行政法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域『植物の機能と制御』 第3回公開シンポジウム 講演要旨集」に発表
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】