説明

チアゾリン製造用触媒、チアゾリン化合物の製法、オキサゾリン製造用触媒及びオキサゾリン化合物の製法

【課題】環化反応によるオキサゾリン化合物やチアゾリン化合物の合成反応を従来よりも少ない使用量で促進可能なオキサゾリン製造用触媒やチアゾリン製造用触媒を提供する。
【解決手段】分子内にN−(2−メルカプトエチル)カルボキシアミド骨格を持つ基質の環化反応によりチアゾリン化合物を製造するのに用いられる触媒であって、式(1)で表される酸化モリブデンビスキノリノール錯体を有効成分として含有することを要旨とする。なお、式(1)において、R〜Rはそれぞれ独立して水素原子、ハロゲン原子又は置換基を有していてもよい炭化水素基である。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チアゾリン製造用触媒、チアゾリン化合物の製法、オキサゾリン製造用触媒及びオキサゾリン化合物の製法に関する。
【背景技術】
【0002】
チアゾリン化合物やオキサゾリン化合物は多くの生理活性物質に含まれる重要な部分構造である。従来、チアゾリン化合物やオキサゾリン化合物を触媒的に合成する方法としては、N−(2−メルカプトエチル)カルボキシアミド化合物やN−(2−ヒドロキシエチル)カルボキシアミド化合物の環化反応を、市販の酸化モリブデン触媒を用いて行う方法が知られている(非特許文献1,特許文献1参照)。
【非特許文献1】Organic Lettters, 2005, vol7, p1971
【特許文献1】特開2005−320304号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上述した文献に記載された方法では、触媒を基質に対して10mol%使用しているため、より少ない使用量で環化反応を効率よく促進する触媒の開発が望まれていた。また、特にチアゾリン化合物の合成においては、カルボキシアミドのカルボニル炭素に隣接する炭素が不斉炭素であって光学活性を有する基質を用いた場合、エピ化が15%程度起こってその不斉炭素の立体配置が保持されないという問題があった。
【0004】
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであり、環化反応によるチアゾリン化合物やオキサゾリン化合物の合成反応を従来よりも少ない使用量で促進可能なチアゾリン製造用触媒やオキサゾリン製造用触媒を提供することを目的の一つとする。また、カルボキシアミドのカルボニル炭素に隣接する炭素が不斉炭素であって光学活性を有する基質を用いた場合でも、その不斉炭素の立体配置を良好に保持した環化物を得ることができるチアゾリン製造用触媒やオキサゾリン製造用触媒を提供することを目的の一つとする。更に、これらの触媒をそれぞれ利用したチアゾリン化合物やオキサゾリン化合物の製法を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上述した目的を達成するために、本発明者らは、N−(2−メルカプトエチル)カルボキシアミド化合物やN−(2−ヒドロキシエチル)カルボキシアミド化合物を脱水環化することによりチアゾリン化合物やオキサゾリン化合物を製造する条件を種々検討したところ、触媒量の酸化モリブデンビスキノリノール錯体を用いたときに高収率でチアゾリン化合物やオキサゾリン化合物が高収率で得られることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0006】
即ち、本発明のチアゾリン製造用触媒は、分子内にN−(2−メルカプトエチル)カルボキシアミド骨格を持つ基質の環化反応によりチアゾリン化合物を製造するのに用いられる触媒であって、式(1)で表される酸化モリブデンビスキノリノール錯体を有効成分として含有することを要旨とする。
【0007】
【化1】

【0008】
(式(1)において、R〜Rはそれぞれ独立して水素原子、ハロゲン原子又は置換基を有していてもよい炭化水素基である)
【0009】
本発明のチアゾリン化合物の製法は、上述した本発明のチアゾリン製造用触媒の存在下、分子内にN−(2−メルカプトエチル)カルボキシアミド骨格を持つ基質を環化することによりチアゾリン化合物を製造することを要旨とする。
【0010】
本発明のオキサゾリン製造用触媒は、分子内にN−(2−ヒドロキシエチル)カルボキシアミド骨格を持つ基質の環化反応によりオキサゾリン化合物を製造するのに用いられる触媒であって、式(1)で表される酸化モリブデンビスキノリノール錯体を有効成分として含有することを要旨とする。
【0011】
【化2】

【0012】
(式(1)において、R〜Rはそれぞれ独立して水素原子、ハロゲン原子又は置換基を有していてもよい炭化水素基である)
【0013】
本発明のオキサゾリン化合物の製法は、上述した本発明のオキサゾリン製造用触媒の存在下、分子内にN−(2−ヒドロキシエチル)カルボキシアミド骨格を持つ基質を環化することによりオキサゾリン化合物を製造することを要旨とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、環化反応によるオキサゾリン化合物やチアゾリン化合物の合成反応を従来よりも少ない使用量で促進させることができる。また、カルボキシアミドのカルボニル炭素に隣接する炭素が不斉炭素であって光学活性を有する基質を用いた場合でも、その不斉炭素の立体配置を良好に保持した環化物を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明のチアゾリン製造用触媒又はオキサゾリン製造用触媒において、式(1)で表される酸化モリブデンビスキノリノール錯体のR〜Rは、それぞれ独立して水素原子、ハロゲン原子又は置換基を有していてもよい炭化水素基である。炭化水素基としては、特に限定するものではないが、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、s−ブチル基、t−ブチル基等の飽和脂肪族炭化水素基;ビニル基、1−プロペニル基、アリル基、2−プロペニル基等の不飽和脂肪族炭化水素基;シクロペンチル基、シクロヘキシル基、1−シクロヘキセニル基等の脂環式炭化水素基;フェニル基、トリル基、キシリル基、メシチル基、ベンジル基、フェネチル基等の芳香族炭化水素基などが挙げられる。また、炭化水素基が有する置換基としては、特に限定されるものではないが、例えば、上述した飽和脂肪族炭化水素基や不飽和脂肪族炭化水素基、脂環式炭化水素基、芳香族炭化水素基などのほか、アルコキシ基、アルコキシカルボニル基、アシロキシ基、ニトロ基、シアノ基、ハロゲンなどが挙げられる。
【0016】
本発明のチアゾリン製造用触媒は、式(1)において、R,Rが共に水素原子であり、R,Rがそれぞれ独立して水素原子又は置換基を有していてもよい脂肪族炭化水素基であることが好ましく、R,Rが共に水素原子であり、Rが水素原子又は炭素数1〜5の脂肪族炭化水素基であり、Rが炭素数1〜5の脂肪族炭化水素基であることがより好ましい。一方、本発明のオキサゾリン製造用触媒は、式(1)において、R,R,Rがすべて水素原子であり、Rが置換基を有していてもよい芳香族炭化水素基であることが好ましく、R,R,Rがすべて水素原子であり、Rがフェニル基であることがより好ましい。
【0017】
本発明のチアゾリン化合物の製法において、基質として、分子内に1つのN−(2−メルカプトエチル)カルボキシアミド骨格を持つものを用いてもよいし(例えば式(2)のXが硫黄原子のもの)、分子内に複数のN−(2−メルカプトエチル)カルボキシアミド骨格を持つものを用いてもよい(例えば式(3)のXが硫黄原子のもの)。また、本発明のオキサゾリン化合物の製法において、基質として、分子内に1つのN−(2−ヒドロキシエチル)カルボキシアミド骨格を持つものを用いてもよいし(例えば式(2)のXが酸素原子のもの)、分子内に複数のN−(2−ヒドロキシエチル)カルボキシアミド骨格を持つものを用いてもよい(例えば式(3)のXが酸素原子のもの)。
【0018】
【化3】

【0019】
【化4】

(式(2),(3)において、Xは酸素原子又は硫黄原子であり、R11、R13、R16及びR18はそれぞれ同じであっても異なっていてもよく、水素原子又は置換基を有していてもよい炭化水素基であり、R12、R15及びR17はそれぞれ同じであっても異なっていてもよく、水素原子、アルコキシカルボニル基、アシル基、カルバモイル基又は置換基を有していてもよい炭化水素基であり、R14は置換基を有していてもよい炭化水素鎖である)
【0020】
式(2),(3)において、炭化水素基や炭化水素基が有する置換基については、既述したものを使用可能である。また、アルコキシカルボニル基のアルコキシとしては、例えばメトキシ、エトキシ、プロポキシ、イソプロポキシ、n−ブトキシ、s−ブトキシ、t−ブトキシ、フェノキシ、ベンジルオキシなどが挙げられる。また、アシル基としては、アセチル基、プロピオニル基、ピバロイル基、ベンゾイル基などが挙げられる。また、カルバモイル基としては、カルバモイル基;メチルカルバモイル基、エチルカルバモイル基、プロピルカルバモイル基、イソプロピルカルバモイル基などのモノアルキルカルバモイル基;ジメチルカルバモイル基、ジエチルカルバモイル基、ジプロピルカルバモイル基、ジイソプロピルカルバモイル基などのジアルキルカルバモイル基;フェニルカルバモイル基などのアリールカルバモイル基などが挙げられる。
【0021】
本発明のチアゾリン化合物の製法において、基質として、分子内にN−(1−アルコキシカルボニル−2−メルカプトエチル)カルボキシアミド骨格を持つもの(例えば式(2)のXが硫黄原子でR12がアルコキシカルボニル基のもの)を用いてもよい。また、本発明のオキサゾリン化合物の製法において、基質として、分子内にN−(1−アルコキシカルボニル−2−ヒドロキシエチル)カルボキシアミド骨格を持つもの(例えば式(2)のXが酸素原子でR12がアルコキシカルボニル基のもの)を用いてもよい。この場合、アルコキシカルボニル基は反応中に全く分解されないかほとんど分解されない。このため、チアゾリン骨格又はオキサゾリン骨格の4位にアルコキシカルボニル基を持つ化合物を容易に得ることができる。なお、アルコキシカルボニル基のアルコキシについては、例えば既述したものを使用可能である。また、アルコキシカルボニル基が結合している炭素が不斉炭素であって光学活性を有する場合、その不斉炭素上の立体配置は環化反応後も完全に保持されるかほぼ完全に保持される。
【0022】
本発明のチアゾリン化合物の製法において、基質として、N−(2−メルカプトエチル)カルボキシアミド骨格のカルボニル炭素に隣接する炭素が不斉炭素であって光学活性を有するものを用いてもよい(例えば式(4)のXが硫黄原子のもの)。また、本発明のオキサゾリン化合物の製法において、基質として、N−(2−ヒドロキシエチル)カルボキシアミド骨格のカルボニル炭素に隣接する炭素が不斉炭素であって光学活性を有するものを用いてもよい(例えば式(4)のXが酸素原子のもの)。従来のチアゾリン製造用触媒やオキサゾリン製造用触媒を用いた場合にはこの不斉炭素の立体配置はエピ化によって保持されないことが多いが、本発明のチアゾリン製造用触媒やオキサゾリン製造用触媒を用いた場合にはエピ化を効果的に抑制することができるため、不斉炭素の立体配置は環化反応後も高い割合で保持される。
【0023】
【化5】

(式(4)において、X,R12,R13は既述したとおりであり、R19,R20はそれぞれ異なる基(一方が水素原子でもよい)であり、*は不斉炭素を表す)
【0024】
本発明のチアゾリン化合物又はオキサゾリン化合物の製法において、反応温度は、特に限定されるものではないが、150℃以下であることが好ましい。反応温度が150℃を超えると副生成物を抑制しにくくなるからである。なお、副生成物をより抑制したい場合には、反応温度を120℃以下に設定することが好ましい。また、反応温度は、70℃以上であることが好ましい。反応温度が70℃未満だと反応時間が長くかかり過ぎ、経済的でないことがあるからである。
【0025】
本発明のチアゾリン化合物又はオキサゾリン化合物の製法において、環化反応の進行に伴って生成する水を共沸脱水用溶媒中で共沸脱水操作により反応系内から除去することが好ましい。こうすれば、比較的簡単に反応系内から生成水を除去することができる。なお、環化反応の進行に影響を与えなければ、反応系内にモレキュラーシーブス等の脱水剤を加えてもよい。ここで、共沸脱水用溶媒としては、環化反応の進行に影響を与えなければ特に限定されるものではないが、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、クロロベンゼンなどの炭化水素系溶媒;アセトニトリル、プロピオニトリルなどのニトリル系溶媒;ジクロロメタン、1,2−ジクロロエタン、クロロホルム、四塩化炭素、クロロベンゼン、ブロモベンゼンなどのハロゲン化炭化水素系溶媒;テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサンなどのエーテル系溶媒などが挙げられ、これらは単独で用いてもよいし複数を混合して用いてもよい。また、溶媒の使用量は、特に限定されるものではないが、基質1mmolに対して1〜100mLの範囲で設定するのが好ましい。また、使用量は、副生成物を抑制したい場合には通常よりも多く使用することが好ましい。
【0026】
本発明のチアゾリン化合物又はオキサゾリン化合物の製法において、酸化モリブデンキノリノール錯体の使用量は、触媒量あれば十分であり、通常は基質に対して0.1〜20mol%の範囲で設定するのが好ましく、0.5〜10mol%の範囲で設定するのがより好ましい。
【0027】
本発明のチアゾリン化合物又はオキサゾリン化合物の製法において、反応時間は、基質、反応温度などに応じて適宜設定すればよいが、通常は数分〜数10時間である。なお、環化反応は基質が完全に消費されるまで行ってもよいが、反応が進むにつれて基質の消失速度が極端に遅くなる場合には基質が完全に消費されなくても反応を終了して反応生成物を取り出した方が好ましい場合もある。
【0028】
本発明のチアゾリン化合物又はオキサゾリン化合物の製法において、チアゾリン化合物又はオキサゾリン化合物を単離するには、通常知られている単離手法を適用すればよい。例えば、反応後、得られた反応混合物から溶媒を減圧留去したあと、カラムクロマトグラムなどの精製操作により、目的とするチアゾリン化合物又はオキサゾリン化合物を単離することができる。
【実施例】
【0029】
1.配位子の調製
配位子として使用したキノリノール類については市販品を購入するか又は調製した。その詳細は以下のとおりである。
【0030】
【化6】

【0031】
(1)8−キノリノール
和光純薬社製のものを使用した。
【0032】
(2)2−メチル−8−キノリノール
東京化成社製のものを使用した。
【0033】
(3)2,4−ジメチル−8−キノリノール
公知文献(Synlett 1997, p445)を参考にして以下の手順により合成した。o−アミノフェノール(1.0mmol)と濃塩酸(0.4mL)の混合物を100℃に加熱し、3−ペンテン−2−オン(1.3mmol)を滴下した。100〜120℃にて13時間撹拌した後、酢酸エチルで希釈し、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で中和した。有機層を水で洗浄した後、無水硫酸ナトリウムで乾燥し、減圧濃縮した。得られた粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン−酢酸エチル)で精製し、2,4−ジメチル−8−キノリノール(78mg,45%)を得た。そのスペクトルデータは次のとおり:H NMR(300MHz,CDCl)δ2.64(d,J=0.9Hz,3H),2.67(s,3H),7.13(dd,J=2.7,6.0Hz,1H),7.14(s,1H),7.39(d,J=6.0Hz,1H),7.40(d,J=2.7Hz,1H)(単位:ppm)。
【0034】
(4)2−エチル−8−キノリノール
公知文献(Bull. Chem. Soc. Jpn., 1966, vol39, p1910)を参考にして以下の手順により合成した。エチルリチウムの0.5M ベンゼン−シクロヘキサン(9:1)溶液(6.0mL)をジエチルエーテル(4mL)で希釈し、8−キノリノール(1.0mmol)(和光純薬社製)のジエチルエーテル(6mL)溶液を−10℃でゆっくりと滴下した。この溶液を−10℃で70分間撹拌した後、氷水中に注ぎ、水層を酢酸エチルで抽出した。有機層を合わせて無水硫酸ナトリウムで乾燥し、減圧濃縮した。得られた粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン−酢酸エチル)で精製し、2−エチル−8−キノリノール(69mg,40%)を得た。そのスペクトルデータは次のとおり:H NMR(300MHz,CDCl)δ1.41(t,J=7.5Hz,3H),3.00(q,J=7.5Hz,2H),7.15(dd,J=1.2,7.5Hz,1H),7.29(dd,J=1.2,8.4Hz,1H),7.33(d,J=8.4Hz,1H),7.39(dd,J=7.5,8.4Hz,1H),8.06(d,J=8.4Hz,1H)(単位:ppm)。
【0035】
(5)2−フェニル−8−キノリノール
公知文献(Tetrahedron:Asymmetry 2001,vol12, p1345)を参考にして以下の手順により合成した。フェニルリチウムの0.93M シクロヘキサン−ジエチルエーテル溶液(7.0mL)をジエチルエーテル(4mL)で希釈し、8−キノリノール(2.0mmol)(和光純薬社製)のジエチルエーテル(6mL)溶液をゆっくりと滴下した。この溶液を10分間加熱還流した後、放冷し、空気を1時間吹き込んだ。水(3mL)とジエチルエーテル(6mL)を加え、1M塩酸で中和した。水層をクロロホルムで抽出し、有機層を合わせて無水硫酸ナトリウムで乾燥後、減圧濃縮した。得られた粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン−酢酸エチル)で精製し、2−フェニル−8−キノリノール(376mg,85%)を得た。そのスペクトルデータは次のとおり:H NMR(300MHz,CDCl)δ7.26(dd,J=1.5,7.4Hz,1H),7.32(dd,J=1.5,8.2Hz,1H),7.43(dd,J=7.4,8.2Hz,1H),7.49−7.60(m,3H),7.85(d,J=8.4Hz,1H),8.12−8.19(m,2H),8.23(d,J=8.4Hz,1H),8.25−8.50(s,1H)(単位:ppm)。
【0036】
(6)5,7−ジブロモ−2−メチル−8−キノリノール
公知文献(Tetrahedron 2004, vol60, p4945)を参考にして以下の手順により合成した。2−メチル−8−キノリノール(1mmol)(東京化成社製)の1,4−ジオキサン(10mL)溶液にN−ブロモコハク酸イミド(2mmol)を加え、室温にて2時間撹拌した。N−ブロモコハク酸イミド(1mmol)を追加し、室温にて15時間撹拌した。反応混合物に10%チオ硫酸ナトリウム水溶液(12mL)を加え、酢酸エチルで抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥後、減圧濃縮した。得られた粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン−酢酸エチル)で精製し、5,7−ジブロモ−2−メチル−8−キノリノール(239mg,75%)を得た。そのスペクトルデータは次のとおり:H NMR(300MHz,CDCl)δ2.77(s,3H),7.43(d,J=8.4Hz,1H),7.83(s,1H),8.32(d,J=8.4Hz,1H)(単位:ppm)。
【0037】
2.触媒の調製
オキサゾリン化合物やチアゾリン化合物の合成に使用した酸化モリブデンビスキノリノール錯体は以下のようにして調製した。その詳細は以下のとおりである。
【0038】
(1)cis−ビス(2,4−ジメチル−8−キノリノラート−N,O)−ジオキソモリブデン(VI)(表1参照、実施例1,2で使用した触媒))
MoO(acac)(0.1mmol)(アクロス社製)のエタノール(0.5mL)溶液に2,4−ジメチル−8−キノリノール(0.2mmol)を加え、室温にて12時間撹拌した。反応混合物をろ過することにより、cis−ビス(2,4−ジメチル−8−キノリノラート−N,O)−ジオキソモリブデン(VI)(41mg,87%)を得た。そのスペクトルデータは次のとおり(なお、H NMR分析により、約88:7:5の異性体混合物であることがわかった):IR(KBr)903(Mo=O)cm−1H NMR(300MHz,CDCl)δ2.32(s,0.3H),2.53(s,5.3H),2.64(s,0.3H),2.67(s,0.4H),2.89(s,5.3H),3.34(s,0.4H),6.97(s,2H),7.18(dd,J=1.2,7.5Hz,2H),7.32(dd,J=1.2,8.4Hz,2H),7.46(dd,J=7.5,8.4Hz,2H)(単位:ppm);HRMS(FAB) calcd for C2221MoN [M+H] 475.0555,found 475.0550。
【0039】
(2)cis−ビス(2−エチル−8−キノリノラート−N,O)−ジオキソモリブデン(VI)(表1参照、実施例3で使用した触媒)
MoO(acac)(0.135mmol)(アクロス社製)のエタノール(0.5mL)溶液に2−エチル−8−キノリノール(0.27mmol)のエタノール(1mL)溶液を加え、室温にて12時間撹拌した。反応混合物をろ過することにより、cis−ビス(2−エチル−8−キノリノラート−N,O)−ジオキソモリブデン(VI)(58mg,91%)を得た。そのスペクトルデータは次のとおり(なお、H NMR分析により、約3:2の異性体混合物であることがわかった):IR(KBr)908(Mo=O)cm−1H NMR(300MHz,CDCl)δ1.14(t,J=7.5Hz,3H),1.25(t,J=7.2Hz,1.7H),1.32(t,J=7.5Hz,1.3H),2.62(m,0.8H),3.14(m,1.2H),3.49(m,1.2H),4.08(m,0.8H),5.18(d,J=7.5Hz,0.4H),5.74(d,J=7.5Hz,0.4H),6.21(dd,J=2.4,6.3Hz,0.4H),6.46(m,0.8H),6.62(t,J=7.5Hz,0.4H),6.95−7.05(m,2.4H),7.20−7.30(m,1.2H),7.48(t,J=8.1Hz,1.2H),7.53(d,J=8.1Hz,0.4H),7.58(d,J=8.1Hz,0.4H),7.91(d,J=8.1Hz,0.4H),8.06(d,J=8.1Hz,0.6H),8.15(d,J=8.1Hz,0.4H),8.29(d,J=8.7Hz,0.6H)(単位:ppm);HRMS (FAB) calcd for C2221MoN [M+H] 475.0555, found 475.0563。
【0040】
(3)cis−ビス(2−メチル−8−キノリノラート−N,O)−ジオキソモリブデン(VI)(表1参照、実施例4で使用した触媒)
公知文献(Acta Cryst., 1996, C52, p1150)を参考にして以下の手順により合成した。MoO(acac)(0.5mmol)(アクロス社製)のエタノール(2.5mL)溶液に2−メチル−8−キノリノール(1mmol)(東京化成社製)を加え、10時間加熱還流した。放冷した後、ろ過することにより、cis−ビス(2−メチル−8−キノリノラート−N,O)−ジオキソモリブデン(VI)(220mg,99%)を得た。そのスペクトルデータは次のとおり(なお、H NMR分析により、約2:1:1の異性体混合物であることがわかった):IR(KBr)906(Mo=O)cm−1H NMR(300MHz,CDCl)δ2.42(s,0.75H),2.73(s,0.75H),2.95(s,3H),3.41(s,1.5H),5.30(d,J=7.5Hz,0.25H),5.76(d,J=7.5Hz,0.25H),6.20(dd,J=2.4,6.3Hz,0.25H),6.49(m,0.5H),6.67(t,J=8.4Hz,0.25H),7.01(m,1H),7.15(m,0.5H),7.15(d,J=8.4Hz,1H),7.21(m,0.5H),7.21(d,J=7.2Hz,1H),7.30(m,0.5H),7.38(t,J=7.8Hz,0.25H),7.42−7.55(m,0.75H),7.47(t,J=7.8Hz,1H),7.91(d,J=8.7Hz,0.25H),8.00(d,J=8.4Hz,1H),8.03(d,J=8.4Hz,0.25H),8.12(d,J=8.7Hz,0.25H),8.25(d,J=8.4Hz,0.25H)(単位:ppm)。
【0041】
(4)cis−ビス(8−キノリノラート−N,O)−ジオキソモリブデン(VI)(表1参照、実施例5で使用した触媒)
公知文献(Polyhedron, 1986, vol5, p271;Inorg. Chem., 1971, vol10, p2449)を参考にして以下の手順により合成した。MoO(acac)(1mmol)(アクロス社製)のエタノール(5mL)溶液に8−キノリノール(2mmol)(和光純薬社製)を加え、5.5時間加熱還流した。放冷した後、ろ過することにより、cis−ビス(8−キノリノラート−N,O)−ジオキソモリブデン(VI)(406mg,98%)を得た。そのスペクトルデータは次のとおり:H NMR(300MHz,DMSO−d)δ7.42(dd,J=1.2,7.5Hz,1H),7.53(dd,J=1.2,8.4Hz,1H),7.55(dd,J=5.4,7.8Hz,1H),7.69(dd,J=7.5,8.4Hz,1H),8.52(d,J=7.8Hz,1H),8.53(d,J=5.4Hz,1H)(単位:ppm)。
【0042】
(5)cis−ビス(2−メチル−5,7−ジブロモ−8−キノリノラート−N,O)−ジオキソモリブデン(VI)(表1,2参照、実施例6,8で使用した触媒)
MoO(acac)(0.1mmol)(アクロス社製)のエタノール(0.5mL)溶液に2−メチル−5,7−ジブロモ−8−キノリノール(0.2mmol)のアセトン(1mL)溶液を加え、室温にて2時間撹拌した。反応混合物をろ過することにより、cis−ビス(2−フェニル−8−キノリノラート−N,O)−ジオキソモリブデン(VI)(58mg,77%)を得た。そのスペクトルデータは次の通り(なお、H NMR分析により、約8:1:1の異性体混合物であることがわかった):IR(KBr)911(Mo=O)cm−1H NMR(300MHz,CDCl)δ2.51(s,0.3H),2.77(s,0.3H),3.00(s,2.4H),7.18(s,0.1H),7.32(d,J=8.4Hz,0.8H),7.38(d,J=8.7Hz,0.2H),7.39(s,0.1H),7.54(d,J=8.7Hz,0.1H),7.64(d,J=8.7Hz,0.1H),7.72(s,0.2H),7.95(s,1.8H),8.01(d,J=8.7Hz,0.2H),8.31(d,J=8.7Hz,1.8H),8.43(d,J=8.4Hz,0.1H),8.61(d,J=8.4Hz,0.1H)(単位:ppm);HRMS (FAB) calcd for C2012BrMoN [M+H] 758.6663, found 758.6658。
【0043】
(6)cis−ビス(2−フェニル−8−キノリノラート−N,O)−ジオキソモリブデン(VI)(表2参照、実施例7で使用した触媒)
MoO(acac)(0.2mmol)(アクロス社製)のエタノール(0.5mL)溶液に2−フェニル−8−キノリノール(0.4mmol)のエタノール(1mL)溶液を加え、室温にて15分間撹拌した。反応混合物をろ過することにより、cis−ビス(2−フェニル−8−キノリノラート−N,O)−ジオキソモリブデン(VI)(91mg,80%)を得た。そのスペクトルデータは次のとおり(なお、H NMR分析により、約9:1の異性体混合物であることがわかった):IR(KBr)900(Mo=O)cm−1H NMR(300MHz,CDCl)δ5.50(d,J=7.5Hz,0.2H),5.75(d,J=5.1Hz,0.1H),5.76(d,J=5.1Hz,0.1H),5.96(dd,J=1.8,7.2Hz,0.9H),6.24(d,J=7.8Hz,0.2H),6.48(s,0.2H),6.49(d,J=2.1Hz,0.2H),6.76(t,J=7.8Hz,0.2H),6.97(d,J=7.8Hz,0.2H),7.05(t,J=6.6Hz,0.6H),7.13−7.25(m,4.2H),7.35(d,J=6.9Hz,0.4H),7.42−7.64(m,6.2H),7.66−7.82(m,3.2H),7.94(d,J=8.7Hz,0.2H),8.00(d,J=8.1Hz,0.9H),8.16(m,0.9H),8.23(m,0.9H),8.43(d,J=8.4Hz,0.2H)(単位:ppm);HRMS (FAB) calcd for C3021MoN [M+H] 571.0555, found 571.0542。
【0044】
3.チアゾリン化合物の合成(表1参照,実施例1〜6,比較例1,2)
まず、基質であるN−ベンジルオキシカルボニル−L−アラニル−L−システインメチルエステル(表1に記載された式における化合物1)を特開2005−320304号公報に記載された手順にしたがって合成した。続いて、このN−ベンジルオキシカルボニル−L−アラニル−L−システインメチルエステル(0.1mmol)と各種の酸化モリブデン触媒(基質に対して1〜10mol%)のトルエン(10mL)溶液をディーン−スターク(Dean−Stark)装置を用いて共沸蒸留によって生成する水を除きながら加熱還流した。反応溶液を放冷後、トルエンを減圧留去し、粗生成物を得た。得られた粗生成物をH NMRで分析することにより、触媒活性を比較した。具体的には、生成物(表1に記載された式における化合物2と化合物3の合計)のシステイン残基のβ位の2つのプロトンはδ3.53(dd,J=9.6,11.1Hz,1H)ppmとδ3.61(dd,J=9.3,11.1Hz,1H)ppmに現れ、原料(化合物1)のシステイン残基のβ位の2つのプロトンはδ2.97(m,2H)ppmに現れるため、そのピーク面積から収率を算出した。また、化合物2と化合物3の比率は、HPLC[カラム:野村化学社製Develosil 30−5(4.6×250mm)、溶媒:ヘキサン−酢酸エチル−メタノール(70:10:1)、流速:1mL/min、検出波長:254nm、保持時間:57.9分(化合物2)、61.7分(化合物3)]で分析することにより決定した。生成物の構造は、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン−酢酸エチル)で精製した後、NMRスペクトルを測定し、公知文献(Bull. Chem. Soc. Jpn., 1975, vol48, p3302)に記載されたデータと照合して確認した。また、比較例1,2では、触媒としてそれぞれMoO(acac)(アクロス社製)とp−トルエンスルホン酸を使用した以外は、実施例1〜6と同様にして反応を行った。その結果を表1に示す。
【0045】
【表1】

【0046】
表1から明らかなように、比較例1,2ではチアゾリン化合物(化合物2,3)がトータルでそれぞれ85%,83%得られたが、そのうちエピ化が起こることによって生成する化合物3がそれぞれ15%,43%を占めた。これに対して、実施例1〜6ではチアゾリン化合物(化合物2,3)がトータルで80〜96%(特に実施例1,3ではそれぞれ96%,96%)得られ、そのうち化合物3は1〜5%に過ぎなかった。このように、実施例1〜6では比較例1,2に比べて化合物3の生成を効果的に抑制することができた。また、実施例1,3及び6では触媒量を1mol%としても十分満足する結果が得られた。
【0047】
4.オキサゾリン化合物の合成(表2参照,実施例7,8,比較例3,4)
N−ベンジルオキシカルボニル−L−アラニル−L−トレオニンメチルエステル(0.1mmol)を用いて、上記3と同じ手順により反応を行った。得られた粗生成物をHPLC[カラム:野村化学社製Develosil 30−5(4.6×250mm)、溶媒:ヘキサン−酢酸エチル−メタノール(16:8:1)、流速:1mL/min、検出波長:254nm、保持時間:8.9分(化合物5)、10.0分(化合物6)、14.7分(化合物4)]で分析することにより、化合物5および化合物6の収率を決定した。生成物の構造はシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン−酢酸エチル)で精製した後、NMRスペクトルを測定し、公知文献(Org. Lett., 2005, vol7, p1971)に記載されたデータと照合して確認した。また、比較例3,4では、触媒としてそれぞれMoO(acac)(アクロス社製)と(NHMnOを使用した以外は、実施例7,8と同様にして反応を行った。その結果を表2に示す。
【0048】
【表2】

【0049】
表2から明らかなように、比較例3,4では触媒を基質に対して10mol%使用することにより、オキサゾリン化合物(化合物5,6)がトータルでそれぞれ88%,90%得られ、そのうちエピ化が起こることによって生成する化合物6がそれぞれ7%,1%を占めた。これに対して、実施例7,8では触媒を基質に対して1mol%使用することにより、オキサゾリン化合物(化合物5,6)がトータルでそれぞれ94,78%得られ、そのうち化合物6はそれぞれ2%,5%であった。このように、実施例7,8では比較例3,4に比べて10分の1の触媒量でありながら、オキサゾリン化合物を高い収率で得ることができ、しかも化合物6の生成を効果的に抑制することができた。特に、実施例7ではその効果が顕著に得られた。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明は、主に薬品化学産業に利用可能であり、例えば医薬品や農薬、化粧品の中間体として利用される種々のオキサゾリン誘導体やチアゾリン誘導体を製造する際に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子内にN−(2−メルカプトエチル)カルボキシアミド骨格を持つ基質の環化反応によりチアゾリン化合物を製造するのに用いられる触媒であって、
式(1)で表される酸化モリブデンビスキノリノール錯体を有効成分として含有する、チアゾリン製造用触媒。
【化1】

(式(1)において、R〜Rはそれぞれ独立して水素原子、ハロゲン原子又は置換基を有していてもよい炭化水素基である)
【請求項2】
,Rが共に水素原子であり、R,Rがそれぞれ独立して水素原子又は置換基を有していてもよい脂肪族炭化水素基である、請求項1に記載のチアゾリン製造用触媒。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のチアゾリン製造用触媒の存在下、分子内にN−(2−メルカプトエチル)カルボキシアミド骨格を持つ基質を環化することによりチアゾリン化合物を製造する、チアゾリン化合物の製法。
【請求項4】
前記基質は、N−(2−メルカプトエチル)カルボキシアミド骨格のカルボニル炭素に隣接する炭素が不斉炭素であって光学活性を有する、請求項3に記載のチアゾリン化合物の製法。
【請求項5】
前記環化反応を70〜150℃で行う、請求項3又は4に記載のチアゾリン化合物の製法。
【請求項6】
共沸脱水用溶媒中で共沸脱水操作により反応系内から生成水を除去しながら前記基質を環化する、請求項3〜5のいずれかに記載のチアゾリン化合物の製法。
【請求項7】
分子内にN−(2−ヒドロキシエチル)カルボキシアミド骨格を持つ基質の環化反応によりオキサゾリン化合物を製造するのに用いられる触媒であって、
式(1)で表される酸化モリブデンビスキノリノール錯体を有効成分として含有する、オキサゾリン製造用触媒。
【化2】

(式(1)において、R〜Rはそれぞれ独立して水素原子、ハロゲン原子又は置換基を有していてもよい炭化水素基である)
【請求項8】
,R,Rがすべて水素原子であり、Rが置換基を有していてもよい芳香族炭化水素基である、請求項7に記載のオキサゾリン製造用触媒。
【請求項9】
請求項7又は8に記載のオキサゾリン製造用触媒の存在下、分子内にN−(2−ヒドロキシエチル)カルボキシアミド骨格を持つ基質を環化することによりオキサゾリン化合物を製造する、オキサゾリン化合物の製法。
【請求項10】
前記基質は、N−(2−ヒドロキシエチル)カルボキシアミド骨格のカルボニル炭素に隣接する炭素が不斉炭素であって光学活性を有する、請求項9に記載のオキサゾリン化合物の製法。
【請求項11】
前記環化反応を70〜150℃で行う、請求項9又は10に記載のオキサゾリン化合物の製法。
【請求項12】
共沸脱水用溶媒中で共沸脱水操作により反応系内から生成水を除去しながら前記基質を環化する、請求項9〜11のいずれかに記載のオキサゾリン化合物の製法。

【公開番号】特開2007−222851(P2007−222851A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−50064(P2006−50064)
【出願日】平成18年2月27日(2006.2.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 掲載者名 社団法人日本化学会 掲載年月日 平成18年2月20日 掲載アドレス http://www.chemistry.or.jp/nenkai/86haru/prog−86.pdf
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】