説明

チオール基を有するリン脂質誘導体、及びその利用方法。

【課題】金属面を簡便に修飾でき、安定性の高い脂質単分子膜を形成可能な、新規なリン脂質誘導体と、その効率的な合成方法を提供すること。
【解決手段】式(III)で示されるオキシアミノ基を有するリン脂質誘導体に、式(IV)で示される1種または2種以上のアルデヒドを反応させ、次いで、リン酸基を脱保護することによって製造される、一般式(I)で示されるリン脂質誘導体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チオール基を有するリン脂質誘導体とその製造方法、及び前記リン脂質誘導体を利用したバイオセンサーに関する。
【背景技術】
【0002】
リン脂質は細胞膜の主要な構成成分であり、様々な生体機能を担う重要な生体成分である。薬物など生理活性を有する化合物の作用発現には、まず細胞膜に化合物が作用することが必要と考えられる。そのため、リン脂質膜と種々の化合物との親和性を測定することは、種々の化合物の生理活性を論じる上で重要な手がかりとなりうる。つまり、リン脂質に機能性官能基を付与したリン脂質誘導体は、種々の生体機能を解明する上で有用なプローブ分子として利用可能である。
【0003】
リン脂質膜と種々の化合物との親和性を測定する実験系の一つとして、水晶発振子マイクロバランス法が挙げられる。水晶発振子マイクロバランス法は水晶発振子の圧電効果を利用した微量質量分析法であり、水晶発振子表面で起こる物質の吸着や解離、溶解に伴う質量変化に応じた共鳴振動の周波数変化量から質量変化量を換算することができる。そして、水晶発振子表面の金電極表面の修飾により様々な生体反応を測定、定量化し、相互作用の反応などによる物質の変化を速度論的に解析することが可能である。リン脂質膜と種々の化合物との親和性を測定するには、水晶発振子表面の金電極表面にリン脂質を固定する必要がある。中山ら(非特許文献1)は金電極表面への固定化操作を容易に行うことのできるDMPC (1,2-dimyristoyl-sn-glycerol-3-phosphocholine) 脂質多層膜を用いているが、安定性など、解決すべき点が多かった。
【0004】
チオール基を有するリン脂質は、金属表面に簡便に修飾でき、単分子膜を形成するため、表面プラズモン共鳴法や水晶発振子マイクロバランス法のセンサーチップとして有用である。たとえば、チオール基を介してリン脂質二重膜を金属微粒子や金属基板表面に修飾してバイオセンシングに用いる方法が知られている(特許文献1〜3)。また、チオール基を有するリン脂質二重膜を金属微粒子や金属基板表面に修飾してバイオセンシングに用いる方法も知られている(特許文献4)。
【0005】
しかしながら、チオール基を有するリン脂質は市販されていないため、その簡便な製造方法が求められる。この点に関し、従来行われてきたリン脂質合成法である、アミダイト法や縮合剤を用いる多段階合成法は、煩雑で実用に適さないとの問題があった。
【0006】
【特許文献1】特開平9−236571号
【特許文献2】特開2007−40974号
【特許文献3】特開2008−12444号
【特許文献4】特開2008−7815号
【非特許文献1】Kamihira M. et al., "Interaction of tea catechins with lipid bilayers investigated by a quartz-crystal microbalance analysis."Biosci. Biotechnol. Biochem. 2008, 72, 1372-1375.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、金属面を簡便に修飾でき、安定性の高い脂質単分子膜を形成可能な
、新規なリン脂質誘導体と、その効率的な合成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、下記に示すオキシアミノ基を head group に有するリン脂質を中間体とする合成法の開発に成功している(Org. Lett. 2008, 10, 4847.)。これは、オキシアミノ基の高い求核性を利用することで、種々の head group をオキシム結合形成により容易に導入できる方法である。
【0009】
【化1】

【0010】
チオール基を有する新規なリン脂質誘導体を合成するにあたり、発明者らは前述のオキシアミノ基を有する中間体を応用することとした。すなわち、オキシアミノ基を tail group に有するリン脂質を合成し、種々の tail group をオキシム結合形成により導入することを考えた(下式)。
【化2】

【0011】
さらに、脂質単分子膜をより強固に金電極表面に固定するために、上記の合成法を用いて、tail groupの末端に金と親和性の高い硫黄原子を含むチオール基を導入したリン脂質誘導体の合成を検討した。かくして、発明者らは、独自のチオール基導入法によりチオール基を有するリン脂質誘導体を簡便に合成する方法を完成させた。そして、このリン脂質誘導体を用いたセンサーチップの作製に成功し、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は、一般式(I)で示されるリン脂質誘導体を提供する。
【化3】

(但し、n1とn2は0〜20までの整数であり、m1とm2は0〜20までの整数であり、
R1とR2は、独立して、アリール、C1〜10のアルキル、アルケニル、及びアルキニルから選ばれ、
Xは、CH2CH2-N+(CH3)3、CH2CHNH3+COO-、CH2CHNH2OH及びC6H11O5から選ばれる。)
【0013】
リン脂質誘導体(I)は、ある実施形態において、R1とR2がともにC6H4である。
また、ある実施形態において、XはCH2-N+(CH3)3である。
さらに、ある実施形態において、m1とm2は同じ(たとえば、m1とm2がともに1)である。
【0014】
本発明のリン脂質誘導体の好適な一例として、たとえば、下記一般式(II)で示される、リン脂質誘導体を挙げることができる。
【化4】

(但し、n1とn2は0〜20までの整数である。)
【0015】
ある実施形態において、上記リン脂質誘導体(II)は、n1とn2が同一(たとえば、n1とn2がともに9)である。
【0016】
本発明はまた、上記一般式(I)で示されるリン脂質誘導体の製造方法を提供する。前記方法は、式(III)で示されるオキシアミノ基を有するリン脂質誘導体に、式(IV)で示される1種または2種のアルデヒドを反応させ、次いで、リン酸基を脱保護することを特徴とする。
【化5】

(但し、n1とn2は0〜20までの整数であり、m1とm2は0〜20までの整数であり、R1とR2は、独立して、アリール、C1〜10のアルキル、アルケニル、及びアルキニルから選ばれ、Xは、CH2CH2-N+(CH3)3、CH2CHNH3+COO-、CH2CHNH2OH及びC6H11O5から選ばれる。)
【0017】
ここで、上記式(III)で示されるオキシアミノ基を有するリン脂質誘導体は、たとえば、式(V)で示されるジエステルをアミダイト化し、次いで、ホスホロアミダイト法により式(VI)で示されるアルコールとカップリングした後、フタルイミドを脱保護することにより製造することができる。
【0018】
ここで、リン酸部の保護基は特に限定されないが、たとえば、シアノエチル基、ベンジル基等を挙げることができる。
【化6】

【0019】
ある実施形態において、R1とR2はともにC6H4である。
また、ある実施形態において、XはCH2-N+(CH3)3である。
さらに、ある実施形態において、m1とm2は同じ(たとえば、m1とm2がともに1)である。
【0020】
本発明はまた、上記一般式(II)で示される、リン脂質誘導体の製造方法も提供する。前記製造方法は、式(III')で示されるオキシアミノ基を有するリン脂質誘導体に、式(IV‘)で示されるアルデヒドを反応させ、次いで、リン酸基を脱保護することを特徴とする。
【化7】

(但し、n1とn2は0〜20までの整数である。)
【0021】
ここで、上記式(III)で示されるオキシアミノ基を有するリン脂質誘導体は、たとえば、式(V)で示されるジエステルをアミダイト化し、次いで、ホスホロアミダイト法により式(VI')で示されるアルコールとカップリングした後、フタルイミドを脱保護することにより製造することができる。
【化8】

【0022】
ある実施形態において、上記n1とn2は同一(たとえば、n1とn2がともに9)である。
【0023】
本発明はさらに、本発明にかかるリン脂質誘導体を、金属面を有する担体に固定化してなる、センサーを提供する。
【0024】
ここで、前記担体の形態は特に限定されないが、例えば微粒子または基板を挙げることができる。また、金属の好ましい例としては、金を挙げることができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、チオール基を有するリン脂質誘導体を効率よく合成することができる。本発明のリン脂質誘導体は、チオール基を介して金属表面を簡便に修飾でき、安定性の高い脂質単分子膜を形成する。本発明のリン脂質誘導体を固定化した担体は、種々の生体機能を解明する上で有用なバイオセンサーとして利用しうる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
1.本発明のリン脂質誘導体
本発明のリン脂質誘導体は、下記一般式(I)で示される。
【化9】

ここで、n1とn2は、それぞれ0〜20、好ましくは5〜20、より好ましくは8〜16までの整数であり、同じであっても、異なっていてもよい。n1とn2は、製造の簡便さという点では、同一であることが好ましい。
また、m1とm2は、それぞれ0〜20、好ましくは0〜10、より好ましくは0〜5までの整数であり、同じであっても、異なっていてもよい。m1とm2は、製造の簡便さという点では、同一であることが好ましいが、異なる場合、n1+m1とn2+m2との違いが3以下、好ましくは2以下である。
【0027】
Tail部分のR1とR2は、独立して、フェニル(C6H4)等のアリール、C1〜10、好ましくはC1〜5のアルキル、アルケニル、及びアルキニルから選ばれる。R1とR2は、製造の簡便さという点では、同一であることが好ましい。
【0028】
Head部分は、コリン、セリン、エタノールアミン、イノシトール等(Xは、CH2CH2-N+(CH3)3、CH2CHNH3+COO-、CH2CHNH2OH、C6H11O5)から選ばれるが、本発明の目的に沿う限り、これらに限定されるものではない。
【0029】
本発明のリン脂質誘導体の好ましい1例として、下記一般式(II)で示されるリン脂質誘導体を挙げることができる。
【化10】

(但し、n1とn2は0〜20までの整数である。)
【0030】
後述する実施例においては、ホスファチジルコリンをベースとした上記リン脂質誘導体の製造について記載した(n1=n2=9)。
【0031】
本発明のリン脂質誘導体は、Tail部分の末端にチオール基を有するため、金、銀、銅をはじめとする金属類に容易に固定化することができる。
【0032】
2.本発明のリン脂質誘導体の製造方法
本発明のリン脂質誘導体は、下記の工程にしたがって、製造することができる。
【化11】

【0033】
すなわち、Tail groupのアミノ基がフタルイミドで保護されたリン脂質誘導体を準備し、これを脱保護して、オキシアミノ基を有する中間体を得る。次いで、前記中間体に1種または2種のアルデヒドを反応させ、オキシム結合形成反応によりチオール基を有するリン脂質誘導体を合成する。最後に、リン酸基の保護基を外し、目的とするリン脂質誘導体を得る。
【0034】
2.1 オキシアミノ基を有する中間体の合成
オキシアミノ基を有する中間体は、(1)ジエステルの合成、(2)アミダイト化、(3)ホスホロアミダイト法によるリン脂質誘導体の合成、(4)脱保護の工程により合成できる。
【0035】
(1)ジエステルの合成
【化12】

上記のように、Nヒドロキシフタルイミドと、カルボキシル基をtert-ブチル基で保護したカルボン酸(脂肪酸)とを反応させる。カルボキシル基をtert-ブチル基で保護するのは、カルボン酸同士の反応が副反応として起きないようにするためである。なお、カルボキシル基の保護は、tert-ブチル基のほか、メチル基、エチル基、ベンジル基等を用いてもよい。反応後、ギ酸等の存在下でtert-ブチル基を脱保護して、フタルイミドでアミノ基が保護されたカルボン酸を得る。反応の条件は、後述の実施例を参照して、当業者であれば適宜設定できる。
【0036】
【化13】

次いで、このカルボン酸2分子(同一であっても、異なっていてもよい)をパラメトキシベンジル(PMB:p-methoxybenzyl)基で保護したジオールと2分子縮合した後、PMB基の脱保護を行い、ジエステルを得る。
【0037】
(2)アミダイト化
つぎに、得られたジエステルをアミダイトに誘導する。アミダイトは、常法にしたがい、ジエステルをシアノエチル基等の保護基で酸素原子を保護した有機リン試薬とカップリングすることにより誘導することができる。
【化14】

【0038】
(3)ホスホロアミダイト法によるリン脂質誘導体の合成
得られたアミダイトを、ホスホロアミダイト法により、1H-tetrazole等を活性化剤として、コリン、エタノールアミン、セリン等のアミノ酸とカップリングさせ、オキシアミノ基を有するリン脂質誘導体を合成する。
【0039】
(4)脱保護
最後に、フタルイミド基の脱保護を行い(Org. Lett. 2008, 10, 4847.)、目的とするオキシアミノ基を有する中間体を得る。
【0040】
2.2 オキシム結合形成反応によりチオール基を有するリン脂質誘導体の合成
チオール基を有するリン脂質誘導体は、(1)オキシアミノ基を有する中間体とアルデヒドをオキシム結合形成反応を利用してカップリングさせ、(2)脱保護することにより、得ることができる。
【0041】
(1)オキシム結合形成反応
オキシアミノ基はアルデヒドと反応性が高く、特別な活性化剤を必要とすることなく、室温でオキシム結合形成が進行する。そのため、効率よく、簡便に、目的とするチオール基をTail部分に有するリン脂質誘導体を得ることができる。
【化15】

【0042】
(2)脱保護
最後に、リン酸基部分の保護基を外す。脱保護の条件は、常法にしたがい、用いた保護基により適宜決定される。
【0043】
3.センサー
本発明のリン脂質誘導体はTail Groupにチオール基を有するため、金をはじめとする金属表面を容易に修飾することができる。リン脂質は細胞膜の主要な構成成分であり、様々な生体機能を担う。薬物など生理活性を有する化合物の作用発現には、まず細胞膜に化合物が作用することが必要である。水晶発振子マイクロバランス、表面プラズモン共鳴等のセンサーチップ表面に本発明のリン脂質誘導体を固定化すれば、リン脂質膜と種々の化合物との親和性を介して、生体機能をプローブするバイオセンサーとして利用できる。センサーチップ表面が無機材料等の場合、その表面に金膜を形成して、リン脂質誘導体を固定化すればよい。
【0044】
本発明のリン脂質誘導体を修飾する金属表面を有する担体の形状は特に限定されず、微粒子であっても、基板であってよい。また、リン脂質誘導体を固定した微粒子をさらに金属等の基板上に整列させて用いてもよい(特開2008-7815号等参照)。用いられる金属表面は、チオール基と親和性が高いものであれば特に限定されず、たとえば金を挙げることができる。
以下に、本発明のセンサーとして利用可能な技術を挙げる。
【0045】
3.1 水晶発振子マイクロバランス法
水晶発振子マイクロバランス法は、水晶発振子の圧電効果を利用した微量質量分析法であり、水晶発振子表面で起こる物質の吸着や解離、溶解に伴う質量変化に応じた共鳴振動の周波数変化量から質量変化量を換算することができる。そして、水晶発振子表面の金電極表面の修飾により、DNA、タンパク質、レセプター、薬物などの種々の相互作用を高感度に効率よく測定、定量化し、相互作用の反応などによる物質の変化を速度論的に解析することができる。本発明のリン脂質誘導体は、水晶発振子表面の金電極表面に容易に固定化され、これによりリン脂質膜と種々の化合物との親和性を測定することができる。
【0046】
3.2 表面プラズモン共鳴法
表面プラズモン共鳴センサーは、表面プラズモン共鳴を利用し、センサーチップ上で分子間相互作用をリアルタイムで解析できるバイオセンサーである。既に、市販の表面プラズモン共鳴センサー(例えば、BIAcore社のSPR測定用金膜センサーチップSensor Chip Au等)は容易に入手可能である。センサーチップ上に、本発明のリン脂質誘導体は高い結合性で安定に吸着される。こうして、リン脂質誘導体を結合させたセンサーチップ上にマイクロ流路を設け、ここにアナライトを含むサンプルを一定の流速で送液する。リン脂質誘導体とサンプル中のアナライトが相互作用をすれば、表面プラズモン現象により、結合と解離が光学的に検出され、センサーグラムとしてリアルタイムでモニターできる。表面プラズモン共鳴センサーは、微量サンプルを高感度に検出できるとともに、相互作用のキネティクスをリアルタイムで解析できるという利点がある。したがって、本発明のリン脂質誘導体を結合させた表面プラズモン共鳴センサーは、種々の物質とリン脂質膜との相互作用解析のバイオセンサーとして有用である。
【0047】
本発明のリン脂質誘導体は2次元表面プラズモン共鳴(SPR)に応用することも可能である。微細加工した無機材料(半導体材料)上に金膜形成は、常法により容易に実施することができる。こうして形成した金膜上にリン脂質誘導体を固定化し、バイオセンサーとして利用する。
【0048】
3.3 電解効果トランジスタ(Field-Effect Transistor, FET)
電解効果トランジスタ(Field-Effect Transistor, FET)は、電気的検出を利用したバイオセンサーに汎用されている技術である。ソース電極からドレイン電極へ流れる電流を、第三の電極であるゲート電極で制御し、そのゲート電極表面でタンパク質間相互作用を起こさせるとゲート電極の電荷が変化するため、電流的応答が変化する。このゲート電極を金膜で被覆すれば本発明のリン脂質誘導体を容易に固定化でき、FET技術を用いたバイオセンサーとして利用できる。
【0049】
リン脂質膜とアナライトの相互作用をFETによって検出するためには、その反応ができるだけゲート電極表面に近い場所で起こる必要がある。本発明のセンサーでは、電極表面に固定化したリン脂質誘導体とアナライトとの親和性等をみるため、極めて高感度な検出が期待できる。
【0050】
上記の事例に限定されず、本発明のリン脂質誘導体は、赤外線などの電磁波の透過光・反射光・近接場光を利用したバイオセンサーにも応用可能である。また、他の免疫検出に用いられる周知の技術:たとえば、免疫沈降、ウェスタンブロット法、ドットブロット法、スロットブロット法、ELISA法、及びRIA法等の固相免疫法を適宜応用したバイオセンサーの開発も可能である。
【実施例】
【0051】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0052】
〔実施例1〕リン脂質誘導体の合成
<材料及び機器>
NMRは、[1H NMR (270 MHz), 13NMR (68 MHz)] スペクトルはJEOL EX-270 を用いて、[1H NMR (500 MHz), 13C NMR (125 MHz)]スペクトルはJEOL ECA-500とJEOL (-500 を用いて、31P NMR (202 MHz)スペクトルはJEOL ECA-500を用いて測定した。1H NMRのケミカルシフトは内部標準であるテトラメチルシラン(δ)から100万毎に示し、カップリング定数はHzで示した。各略号は次のとおりである: s = singlet, d = doublet, t = triplet, q = quartet, m = multiplet, br = broad。13C NMRのケミカルシフトは、77.0 ppmにある(2H)クロロホルムのトリプレットのセンターラインに対してppmで示した。31P NMRのケミカルシフトは60% H3PO4 を内部標準としてppmで示した。
【0053】
高性能質量分析(HRMS)は、JEOL Mstation 700を用いて測定した。高速原子衝撃 (FAB) マススペクトルは3-nitrobenzylalcoholをマトリックスとして測定した。
【0054】
薄層クロマトグラフィー(TLC)はMerck社のプレコートプレート(厚さ0.25 mm, silica gel 60 F254)を用いて行った。予備的なTLC分離は、10% メタノールのクロロホルム溶液を溶媒として、7 x 20 cmプレート(厚さ0.50 mm, Merck silica gel 60 F254)を用いて行った。
【0055】
フラッシュクロマトグラフィーは、KANTO CHEMICAL Silica Gel 60 (spherical) 40 - 50 (m, Silica Gel 60 (spherical) 63 - 210 (m あるいはSilica Gel 60 N (spherical, neutral) 63 - 210 (mを用いて行った。
【0056】
試薬及び溶媒は、つぎのものを除き、市販品をそのまま用いた。ジクロロメタン、ジエチルエーテル、n‐ヘキサン、テトラハイドロフラン、トルエン:molecular sieves 4A にて乾燥させて用いた。メタノール、エタノール、アセトニトリル:molecular sieves 3Aにて乾燥させて用いた。酸素あるいは水に感受性の反応はすべてアルゴン雰囲気下で行った。
【0057】
<略語>
Ac : acetyl
aq. : aqueous
DDQ : 2,3-dichloro-5,6-dicyano-1,4-benzoquinone
DIBAL : diisobuthylalminium hydride
DMAP : 4-dimethylaminopyridine
DMF : N, N-dimethylformamide
DMSO : dimethylsulfoxide
Et : ethyl
Et3N : triethylamine
h : hour
i- : iso-
Me : methyl
min : minute
n- : normal-
p- : para
PMB : p-methoxybenzyl
Pr : propyl
pTLC : preparative TLC
quant. : quantative
t- : tertiary-
TBHP : tert-butyl hydroperoxide
TLC : thin-layer chromatography
WSC : water soluble carbodiimide 1-ethyl-3-(3-dimethylaminoproryl)carbodiimide hydrochloride
【0058】
リン脂質誘導体の製造方法
0 °C で N-hydroxyphthalimide 1 (3.39 g, 20.8 mmol) に DMSO (120 mL)、2 (8.00 g, 24.9 mmol)、K2CO3 (8.60 g, 62.3 mmol) を加え、80 °Cで 30 分間攪拌した。水を加えた後、CH2Cl2 で三回抽出し、有機層を飽和食塩水で洗浄、Na2SO4 で乾燥、減圧下濃縮した。その後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー (n-hexane : EtOAc = 10 : 1) により精製し、白色個体の 3 (7.98 g, 95%) を得た。
1H NMR (500 MHz, CDCl3): d 1.24 - 1.38 (m, 10H), 1.43 (s, 9H), 1.52 - 1.65 (m, 4H), 1.79 (quint, J = 6.7 Hz, 2H), 2.20 (t, J = 6.7 Hz, 2H), 4.20 (t, J = 6.7Hz, 2H), 7.70-7.77 (m, 2H), 7.80-7.87 (m, 2H).
【化16】

【0059】
室温で 3 (7.98 g, 20.6 mmol) に HCOOH (30 mL) を加え、室温で 2 時間攪拌した。その後、減圧下濃縮し、白色個体の 4 (6.86 g, quant) を得た。
1H NMR (500 MHz, CDCl3): d 1.24 - 1.38 (m, 10H), 1.48 (quint, J = 7.3 Hz, 2H), 1.64 (quint, J = 7.3 Hz, 2H), 1.79 (quint, J = 7.3 Hz, 2H), 2.35 (t, J = 7.3 Hz, 2H), 4.20 (t, J = 7.3 Hz, 2H), 7.70-7.78 (m, 2H), 7.80-7.88 (m, 2H).
【化17】

【0060】
Ar 雰囲気下、室温で 4 (3.00 g, 8.65 mmol) に toluene (40 mL)、5 (873 mg, 4.12 mmol)、WSC (3.16 g, 16.5 mmol)、DMAP (101 mg, 0.828 mmol) を加え、60 °C で 13 時間攪拌した。飽和塩化アンモニウム水溶液を加えた後、AcOEt で三回抽出し、有機層を飽和食塩水で洗浄、Na2SO4 で乾燥、減圧下濃縮した。その後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー (n-hexane : EtOAc = 3 : 2) により精製し、黄色オイルの 6 (2.89 g, 81%) を得た。
1H NMR (500 MHz, CDCl3): d 1.24 - 1.38 (m, 20H), 1.48 (quint, J = 7.3 Hz, 4H), 1.60 (quint, J = 7.3 Hz, 4H), 1.78 (quint, J = 7.3 Hz, 4H), 2.28 (t, J = 7.3 Hz, 2H), 2.32 (t, J = 7.3 Hz, 2H), 3.50-3.60 (m, 2H), 3.80 (s, 3H), 4.10-4.25 (m, 5H), 4.33 (dd, J = 4.0, 11.6 Hz, 1H), 4.45 (d, J = 11.6 Hz, 1H), 4.49 (d, J = 11.6 Hz, 1H), 5.15-5.25 (m, 1H), 6.87 (d, J = 8.6 Hz, 2H), 7.23 (d, J = 8.6 Hz, 2H), 7.70-7.78 (m, 4H), 7.80-7.88 (m, 4H).
【化18】

【0061】
室温で 6 (2.89 g, 3.32 mmol) に CH2Cl2 / H2O = 10 / 1 (33 mL)、DDQ (0.90 g, 3.98 mmol) を加え、室温で 4 時間攪拌した。30% チオ硫酸ナトリウム水溶液を加えた後、CH2Cl2 で三回抽出し、有機層に飽和炭酸水素ナトリウム水溶液を加え、CH2Cl2 で三回抽出し、有機層を飽和食塩水で洗浄、MgSO4 で乾燥、減圧下濃縮した。その後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー (n-hexane : EtOAc = 1 : 1) により精製し、黄色固体の 7 (2.32 g, 93%) を得た。
1H NMR (500 MHz, CDCl3): d 1.24 - 1.38 (m, 20H), 1.42-1.55 (m, 4H), 1.58 - 1.69 (m, 4H), 1.79 (quint, J = 7.9 Hz, 4H), 2.16 (br s, 1H), 2.33 (t, J = 7.3 Hz, 2H), 2.35 (t, J = 7.3 Hz, 2H), 3.67-3.75 (m, 2H), 4.20 (t, J = 6.7 Hz, 4H), 4.24 (dd, J = 5.5, 12.5 Hz, 1H), 4.32 (dd, J = 4.5, 12.5 Hz, 1H), 5.03-5.11 (m, 1H), 7.23 (d, J = 8.6 Hz, 2H), 7.70-7.80 (m, 4H), 7.80-7.90 (m, 4H).
【化19】

【0062】
Ar 雰囲気下、室温で 7 (1.00 g, 1.33 mmol) に CH2Cl2 (10 mL)、2-cyanoethyl-N,N,N',N'-tetraisopropylphosphorodiamidite (8) (602 mg, 2.00 mmol)、1H-tetrazole (75.0 mg, 1.07 mmol) を加え、室温で 30 分間攪拌した。飽和炭酸水素ナトリウム水溶液を加えた後、CH2Cl2 で三回抽出し、MgSO4 で乾燥、減圧下濃縮した。減圧下濃縮した。その後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー (n-hexane : EtOAc : Et3N = 22 : 11 : 1) により精製し、黄色固体の 9 (1.16 g) を得た。
【0063】
Ar 雰囲気下、室温で 9 を含む粗精製物に CH2Cl2 / CH3CN = 1 / 1 (10 mL)、choline tosylate (336 mg, 1.22 mmol)、1H-tetrazole (172 mg, 2.46 mmol) を加え、室温で 1.5 時間攪拌した。TLCにより、9 の消失を確認した後、減圧下濃縮した。その後、Ar 雰囲気下、CH2Cl2 (10 mL) 、TBHP (185 mL, 1.85 mmol) を加え、室温で 1 時間攪拌した。30% チオ硫酸ナトリウム水溶液を加えた後、CH2Cl2 で十回抽出し、有機層に飽和炭酸水素ナトリウム水溶液を加え、CH2Cl2 で十回抽出し、有機層を飽和食塩水で洗浄、MgSO4 で乾燥、減圧下濃縮した。その後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー (CHCl3 : MeOH : H2O = 65 : 25 : 4) により精製し、黄色固体の 10 (412 mg) を得た。
1H NMR (500 MHz, CDCl3): d 1.21-1.38 (m, 20H), 1.38-1.53 (m, 4H), 1.53-1.70 (m, 4H), 1.70-1.85 (m, 4H), 2.20-4.50 (m, 27H), 4.60-4.72 (m, 2H), 5.20-5.30 (m, 1H), 7.70-7.80 (m, 4H), 7.80-7.90 (m, 4H).
【化20】

【0064】
Ar 雰囲気下、0 °C で 10 (320 mg, 0.330 mmol) に CH2Cl2 (3 mL)、methyl hydrazine (38.0 mL, 0.726 mmol) を加え、0 °C で 1.5 時間攪拌した。反応液をセライトで濾過した後、減圧下濃縮し、無色液体の 11 を得た。
【0065】
室温で、11 (272 mg, 0.414 mmol) に CHCl3 / CH3OH = 1 / 1 (4 mL)、4-(mercaptomethyl)benzaldehyde (12) (120 mg, 0.805 mmol) を加え、室温で 14 時間攪拌した。その後、減圧下濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー (CHCl3 : MeOH = 10 : 1 to CHCl3 : MeOH : H2O = 65 : 25 : 4) により精製し、黄色オイルの 13 (52.6 mg) を得た。
1H NMR (500 MHz, CDCl3): d 1.20-3.00 (m, 38H), 3.32-4.80 (m, 27H), 5.14 - 5.35 (m, 1H), 7.10-8.10 (m, 10H).
【化21】

【0066】
室温で、13 (39.7 mg, 40.6 mmol) に CH2Cl2 (1 mL)、tert-butylamine(0.1 mL) を加え、室温で 12 時間攪拌した。その後、減圧下濃縮し、黄色個体の 14 を得た。
1H NMR (500 MHz, CDCl3): d 1.20-1.80 (m, 54H), 1.80-4.45 (m, 16H), 5.10-5.25 (m, 1H), 7.20-8.30 (m, 10H).
【化22】

【0067】
以上の反応をまとめると、以下のようになる。
【化23】

【0068】
ここではホスファチジルコリンをベースとしたリン脂質誘導体の合成を検討したが、同様の方法により、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール等をベースとするリン脂質誘導体も容易に合成できる。
【0069】
〔実施例2〕リン脂質単分子膜を結合したセンサーチップを用いた緑茶カテキン類とリン脂質膜との相互作用解析
<方法および結果>
(1)実施例1で合成したリン脂質誘導体(0.1mg/mL)を金電極に3μL添加し、30分放置した。
(2)溶媒で洗浄後、乾燥させた。
(3)水晶発振子マイクロバランス(イニシアム社製AFFINIX Q4)で質量増加(Hz数の減少)を確認し、センサーチップが作成できていることを確認した(図1)。
(4)センサーチップを水晶発振子マイクロバランスに装着後、PBSを加えてセンサーチップをなじませた。
(5)緑茶カテキン類のひとつであるエピカテキンガレート(10mM)を500μL添加した結果、重量増加(Hz数の減少)が認められた。すなわち、センサーチップを用いることによるリン脂質単分子膜とカテキン類との相互作用を検出することができた(図2)。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明によれば、チオール基を有するリン脂質誘導体を効率よく合成することができる。このリン脂質誘導体は、チオール基を介して金属表面を簡便に修飾でき、安定性の高い脂質単分子膜を形成する。本発明のリン脂質誘導体を固定化した金属担体は、水晶発振子マイクロバランス法や表面プラズモン共鳴法等のセンサーチップに簡便に修飾できるため、種々の生体機能を解明する上で有用なバイオセンサーとして利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】図1は、水晶発振子マイクロバランスによるリン脂質誘導体1を固定化した金電極の質量増加を示す。
【図2】図2は、リン脂質誘導体1を固定化したセンサーチップによるリン脂質単分子膜とカテキン類との相互作用を解析した結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I)で示されるリン脂質誘導体:
【化1】

但し、n1とn2は0〜20までの整数であり、m1とm2は0〜20までの整数であり、
R1とR2は、独立して、アリール、C1〜10のアルキル、アルケニル、及びアルキニルから選ばれ、
Xは、CH2CH2-N+(CH3)3、CH2CHNH3+COO-、CH2CHNH2OH及びC6H11O5から選ばれる。
【請求項2】
R1とR2がともにC6H4である、請求項1に記載のリン脂質誘導体。
【請求項3】
XがCH2-N+(CH3)3である、請求項1又は2に記載のリン脂質誘導体。
【請求項4】
m1とm2が同じである、請求項1〜3のいずれか1項に記載のリン脂質誘導体。
【請求項5】
m1とm2がともに1である、請求項1〜3のいずれか1項に記載のリン脂質誘導体。
【請求項6】
一般式(II)で示される、リン脂質誘導体:
【化2】

但し、n1とn2は0〜20までの整数である。
【請求項7】
n1とn2が同一である、請求項1〜6のいずれか1項に記載のリン脂質誘導体。
【請求項8】
n1とn2がともに9である、請求項1〜6のいずれか1項に記載のリン脂質誘導体。
【請求項9】
一般式(I)で示されるリン脂質誘導体の製造方法であって:
式(III)で示されるオキシアミノ基を有するリン脂質誘導体に、式(IV)で示される1種または2種のアルデヒドを反応させ、次いで、リン酸基を脱保護することを特徴とする方法。
【化3】

但し、n1とn2は0〜20までの整数であり、m1とm2は0〜20までの整数であり、
R1とR2は、独立して、アリール、C1〜10のアルキル、アルケニル、及びアルキニルから選ばれ、
Xは、CH2CH2-N+(CH3)3、CH2CHNH3+COO-、CH2CHNH2OH及びC6H11O5から選ばれる。
【請求項10】
式(III)で示されるオキシアミノ基を有するリン脂質誘導体が、式(V)で示されるジエステルをアミダイト化し、次いで、ホスホロアミダイト法により式(VI)で示されるアルコールとカップリングした後、フタルイミドを脱保護することにより製造される、請求項9に記載の方法。
【化4】

【請求項11】
R1とR2がともにC6H4である、請求項9又は10に記載の方法。
【請求項12】
XがCH2-N+(CH3)3である、請求項9〜11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
m1とm2が同じである、請求項9〜12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
m1とm2がともに1である、請求項9〜12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
一般式(II)で示される、リン脂質誘導体の製造方法であって:
式(III')で示されるオキシアミノ基を有するリン脂質誘導体に、式(IV’)で示されるアルデヒドを反応させ、次いで、リン酸基を脱保護することを特徴とする方法。
【化5】

但し、n1とn2は0〜20までの整数である。
【請求項16】
式(III’)で示されるオキシアミノ基を有するリン脂質誘導体が、式(V)で示されるジエステルをアミダイト化し、次いで、ホスホロアミダイト法により式(VI')で示されるアルコールとカップリングした後、フタルイミドを脱保護することにより製造される、請求項15に記載の方法。
【化6】

【請求項17】
n1とn2が同一である、請求項9〜16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
n1とn2がともに9である、請求項9〜16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のリン脂質誘導体を金属面を有する担体に固定化してなる、センサー。
【請求項20】
担体が、微粒子または基板である、請求項19記載のセンサー。
【請求項21】
金属が金である、請求項20記載のセンサー。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−138111(P2010−138111A)
【公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−315988(P2008−315988)
【出願日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 学会名 第54回(平成20年度)日本薬学会東海支部総会・大会 主催 社団法人日本薬学会 東海支部 発表日 平成20年7月5日
【出願人】(507219686)静岡県公立大学法人 (63)
【Fターム(参考)】