説明

テラヘルツ波発生装置、テラヘルツ波検出装置、およびテラヘルツ波分光装置

【課題】テラヘルツ波を変調し検出するにあたって機械的振動や高電界の変調による影響を防止する。
【解決手段】励起光を発生する励起光源10と、前記励起光の偏波方向を変調する偏波制御器20と、前記偏波変調された励起光が照射され、該励起光の偏波方向に応じた発生効率でテラヘルツ波を発生する光伝導アンテナ30と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テラヘルツ波発生装置、テラヘルツ波検出装置、およびテラヘルツ波分光装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、テラヘルツ波(ミリ波・サブミリ波を含む周波数30GHz〜12THzの電磁波)を利用した分光計測や2次元イメージングの研究が行われている。テラヘルツ波の発生強度は数μW程度と非常に小さいため、テラヘルツ波による計測を感度良く行う手法として、例えば特許文献1や特許文献2のように、位相検波が用いられる。具体的には、テラヘルツ波を1kHz〜10kHz程度の周波数で変調し、この周波数に同期した信号を検出(位相検波)することで、微弱なテラヘルツ波による分光計測などのSN比を高めることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−061455号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】B. Sartorius他、All-fiber terahertz time-domain spectrometeroperating at 1.5 μm telecom wavelengths、“OPTICS EXPRESS”、(米国)、2008年6月23日、Vol.16, No.13, p.9565-9570
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1では、チョッパーの回転によってレーザ光を変調する構成であるため、チョッパーの回転による機械的な振動が光学系に伝わってノイズとなり、SN比が劣化するという問題がある。また、非特許文献1では、テラヘルツ波発生素子に印加するバイアス電圧を変調する構成であるが、テラヘルツ波発生素子に設けられた導電膜の間隔が数μmと狭いため、この導電膜間における電界強度は数MV/mと非常に大きくなって、このような高電界を変調することはテラヘルツ波発生素子に大きな負荷を与え、故障が生じやすいという問題がある。
【0006】
本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり、その目的は、テラヘルツ波を変調し検出するにあたって機械的振動や高電界の変調による影響を防止することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、励起光を発生する励起光源と、前記励起光の偏波方向を変調する偏波制御器と、前記偏波変調された励起光が照射され、該励起光の偏波方向に応じた発生効率でテラヘルツ波を発生する光伝導アンテナと、を備えることを特徴とするテラヘルツ波発生装置である。
【0008】
また、本発明は、励起光を発生する励起光源と、前記励起光の偏波方向を変調する偏波制御器と、前記偏波変調された励起光および検出対象のテラヘルツ波が照射され、該励起光の偏波方向に応じた検出効率で前記テラヘルツ波に基づく電流を発生する光伝導アンテナと、を備えることを特徴とするテラヘルツ波検出装置である。
【0009】
また、本発明は、励起光を発生する励起光源と、変調信号に基づき前記励起光の偏波方向を変調する偏波制御器と、前記偏波変調された励起光が照射され、該励起光の偏波方向に応じた発生効率でテラヘルツ波を発生する第1の光伝導アンテナと、前記偏波変調された励起光、および、前記第1の光伝導アンテナにより発生し計測対象の試料を透過したテラヘルツ波が照射され、該励起光の偏波方向に応じた検出効率で前記テラヘルツ波に基づく電流を発生する第2の光伝導アンテナと、前記第2の光伝導アンテナからの前記電流に含まれる前記変調信号と同じ周波数成分を位相検波する位相検波器と、を備えることを特徴とするテラヘルツ波分光装置である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、テラヘルツ波を変調し検出するにあたって機械的振動や高電界の変調による影響を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施形態によるテラヘルツ波分光光学系の構成を示す図である。
【図2】テラヘルツ波発生アンテナまたはテラヘルツ波検出アンテナに照射されるパルス光(波長1560nm)の偏波に対する、各アンテナのテラヘルツ波発生効率と検出効率の特性を示す図である。
【図3】パルス光の偏波角の定義を示す図である。
【図4】偏波制御器の動作例を示す図である。
【図5】テラヘルツ波発生アンテナまたはテラヘルツ波検出アンテナに照射されるパルス光(波長780nm)の偏波に対する、各アンテナのテラヘルツ波発生効率と検出効率の特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について詳しく説明する。
図1は、本発明の実施形態によるテラヘルツ波分光光学系の構成を示す図である。テラヘルツ波分光光学系は、パルス光源10、偏波制御器20、テラヘルツ波発生アンテナ30、テラヘルツ波検出アンテナ40、位相検波器50を含んで構成されている。
【0013】
パルス光源10は、テラヘルツ波発生アンテナ30およびテラヘルツ波検出アンテナ40を励起するためのパルス光を発生する光源であり、例えば、1.5μm帯(1490nm〜1640nm)のフェムト秒パルスレーザ光(パルス幅:〜100fs)を発生するパルス光源が用いられる。
【0014】
偏波制御器20は、パルス光源10からのパルス光の偏波を任意に回転することができる素子であり、例えば、LiNbO(ニオブ酸リチウム)、PLZT(チタン酸ジルコン酸ランタン鉛)、水晶等の電気光学効果を有する材料から構成される。パルス光源10から偏波制御器20へ入射されるパルス光の偏波は、図1中において紙面に平行な偏波であるとする。偏波制御器20に不図示の駆動電源から電圧を印加することで、印加電圧に応じた偏波の回転が透過光に付与される。
【0015】
テラヘルツ波発生アンテナ30およびテラヘルツ波検出アンテナ40は、温度300℃程度以下で膜成長させた低温成長GaAs(ガリウム砒素)基板上にダイポールアンテナを形成した構成の光伝導アンテナである。テラヘルツ波発生アンテナ30には、偏波制御器20、ハーフミラーM1、遅延光学系M2およびM3、レンズL1を介してパルス光源10からのパルス光が照射され、テラヘルツ波検出アンテナ40には、偏波制御器20、ハーフミラーM1、ミラーM4、レンズL2を介してパルス光源10からのパルス光が照射される。また、テラヘルツ波検出アンテナ40には、テラヘルツ波発生アンテナ30で発生したテラヘルツ波TWが、レンズL3、ミラーM5、試料S、ミラーM6、レンズL4を介して入射される。
【0016】
テラヘルツ波発生アンテナ30のダイポールアンテナにはDC電源60が接続され、ダイポールアンテナのギャップ間にバイアス電界が印加される。この状態でダイポールアンテナのギャップにパルス光源10からのフェムト秒のパルス光が照射されると、基板内にはパルス光によって寿命が〜300fs程度のキャリア(自由電子)が生成され、このキャリアがバイアス電界により加速されて、〜ps程度の時間幅を有するパルス状の瞬時電流が生じる。この瞬時電流によって、瞬時電流の時間微分に比例した強度分布を持つ電磁波、すなわちテラヘルツ波TWが放射される。これがテラヘルツ波の発生原理である。
【0017】
一方、テラヘルツ波検出アンテナ40においては、パルス光源10からのフェムト秒のパルス光をダイポールアンテナのギャップに照射するとともに、テラヘルツ波発生アンテナ30により発生し試料Sを透過したテラヘルツ波TWを入射させる。パルス光とテラヘルツ波がテラヘルツ波検出アンテナ40に同時に入射するように、遅延光学系(ミラー)M2,M3により光路長が調整されている。すると、基板内にはパルス光によってキャリアが生成され、このキャリアがテラヘルツ波の振動電場により加速されて、テラヘルツ波の振動電場に比例して瞬時電流が流れる。この瞬時電流を増幅器80で増幅後に測定することによって、テラヘルツ波を検出することができる。これがテラヘルツ波の検出原理である。
なお、増幅器80で増幅された電流の測定には、後述するように位相検波器50を用いる。
【0018】
ここで、図2に、テラヘルツ波発生アンテナ30またはテラヘルツ波検出アンテナ40に照射されるパルス光の偏波に対する、各アンテナのテラヘルツ波発生効率と検出効率の特性を示す。同図は、パルス光の波長が1560nmの場合の実験結果であり、横軸はパルス光の偏波角、縦軸はテラヘルツ波の規格化した発生効率または検出効率である。パルス光の偏波角は、図3に示すように、パルス光の偏波面がダイポールアンテナの各電極D1,D2の並ぶ方向(図中X方向)と一致する場合を偏波角0°(水平偏波)、パルス光の偏波面がダイポールアンテナの各電極D1,D2の並ぶ方向に対し直角(図中Y方向)である場合を偏波角90°(垂直偏波)と定義する。
【0019】
図2から分かるように、テラヘルツ波の発生効率および検出効率は、パルス光の偏波方向に依存して周期的に変化し、パルス光が水平偏波(偏波角0°)の場合にともに最大、垂直偏波(偏波角90°)の場合にともに最小となる。パルス光が垂直偏波の場合のテラヘルツ波の発生効率および検出効率は、パルス光が水平偏波の場合のそれぞれ35%、2%程度である。
【0020】
このようにテラヘルツ波の発生効率および検出効率がパルス光の偏波方向に依存して変化することから、偏波制御器20によりテラヘルツ波発生アンテナ30やテラヘルツ波検出アンテナ40へ照射するパルス光の偏波を変化させることで、テラヘルツ波の発生効率や検出効率を変調することが可能である。
【0021】
偏波制御器20の動作例を図4に示す。この例は、テラヘルツ波発生アンテナ30やテラヘルツ波検出アンテナ40へ照射されるパルス光が水平偏波と垂直偏波で交互に2値的に切り替わるよう、偏波制御器20を動作させる例である。なお、偏波制御器20の駆動は、発振器70からの信号を用いて行うものとする。この信号の繰り返し周期は、例えば1kHz〜10kHz(図中に示す時間Tは0.1ms〜1ms)である。
【0022】
このように偏波制御器20を動作させた場合、テラヘルツ波発生アンテナ30から発生するテラヘルツ波TWには、図2の実験結果の数値によれば、その強度が1(パルス光が水平偏波の期間):0.35(パルス光が垂直偏波の期間)で交互に変化するような変調が施されることになる。さらに、テラヘルツ波検出アンテナ40において、変調されたテラヘルツ波の強度大の部分が最大の検出効率で検出され、テラヘルツ波の強度小の部分が最小の検出効率で検出される。その結果、テラヘルツ波の発生から検出までのオーバーオールでの変調度は、図2の実験結果の数値によれば、1:0.007(=0.35×0.02)となり、実用上十分に大きな変調度を実現することができる。
【0023】
上記のようにして、テラヘルツ波検出アンテナ40で生じて増幅器80で増幅される電流は、偏波制御器20の図4に示した動作と同じ周波数の成分を持つことになる。この周波数成分を、発振器70からの信号(偏波制御器20の駆動信号と同じ信号)を入力した位相検波器50によって同期検波することにより、テラヘルツ波の計測、すなわち試料Sの分光計測を行うことができる。
【0024】
以上のように、本実施形態によれば、テラヘルツ波発生アンテナ30およびテラヘルツ波検出アンテナ40の効率がパルス光の偏波方向に依存することを利用するものであり、偏波変調したパルス光をテラヘルツ波発生アンテナ30およびテラヘルツ波検出アンテナ40に照射することにより、テラヘルツ波の発生効率および検出効率を変調するようにしている。したがって、パルス光を偏波変調する構成であるため、機械的振動や光伝導アンテナへの高電界変調による影響を受けることがなく、高SN比で計測を行うことが可能である。
【0025】
以上、図面を参照してこの発明の一実施形態について詳しく説明してきたが、具体的な構成は上述のものに限られることはなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲内において様々な設計変更等をすることが可能である。
【0026】
例えば、偏波制御器20としては、バルクの結晶を用いてもよいし、結晶の基板上に導波路を形成して構成したものを用いてもよい。また、電気光学効果を利用するもの以外を偏波制御器20に適用してもよい。
【0027】
また、偏波制御器20の駆動方法は、図4に示した矩形波状の変調信号において、水平偏波(偏波角0°)と垂直偏波(偏波角90°)の切り替えではなく、例えば水平偏波と45°偏波(偏波角45°)の切り替えとしてもよい。また、矩形波状の変調信号に限らず、三角波状や正弦波状の変調信号とすることにより、パルス光の偏波角を連続的に変化させてもよい。
【0028】
また、偏波制御器20の配置に関して、図1のようにパルス光源10とハーフミラーM1の間に配置する代わりに、ハーフミラーM1からレンズL1までの間、および/または、ハーフミラーM1からレンズL2までの間に配置してもよい。
【0029】
また、テラヘルツ波発生アンテナ30とテラヘルツ波検出アンテナ40によるテラヘルツ波の発生効率および検出効率は、パルス光の波長にも依存する。図5に、パルス光の波長が780nmの場合の実験結果を示す。なお、光伝導アンテナの材質や構成は図2の場合と同一である。同図から分かるように、波長780nmの場合においても、テラヘルツ波の発生効率および検出効率は、パルス光の偏波方向に依存して変化することから、上述した波長1560nmの場合と同様に偏波制御器20を動作させることで、テラヘルツ波を変調することが可能である。ただし、波長780nmの場合よりも波長1560nmの場合の方が、発生効率および検出効率の最小値が小さいので、テラヘルツ波の変調度を大きくすることができる。
【符号の説明】
【0030】
10…パルス光源 20…偏波制御器 30…テラヘルツ波発生アンテナ 40…テラヘルツ波検出アンテナ 50…位相検波器 60…DC電源 70…発振器 80…位相検波器 M1…ハーフミラー M2,M3…遅延光学系(ミラー) M4〜M6…ミラー L1〜L4…レンズ S…試料 TW…テラヘルツ波

【特許請求の範囲】
【請求項1】
励起光を発生する励起光源と、
前記励起光の偏波方向を変調する偏波制御器と、
前記偏波変調された励起光が照射され、該励起光の偏波方向に応じた発生効率でテラヘルツ波を発生する光伝導アンテナと、
を備えることを特徴とするテラヘルツ波発生装置。
【請求項2】
前記偏波制御器は、電気光学効果を有する結晶により構成されることを特徴とする請求項1に記載のテラヘルツ波発生装置。
【請求項3】
前記光伝導アンテナは、所定方向に2つの電極を配置して構成され、
前記偏波制御器は、前記励起光を、前記所定方向の偏波と前記所定方向に直交する方向の偏波に変調する
ことを特徴とする請求項1または請求項2に記載のテラヘルツ波発生装置。
【請求項4】
励起光を発生する励起光源と、
前記励起光の偏波方向を変調する偏波制御器と、
前記偏波変調された励起光および検出対象のテラヘルツ波が照射され、該励起光の偏波方向に応じた検出効率で前記テラヘルツ波に基づく電流を発生する光伝導アンテナと、
を備えることを特徴とするテラヘルツ波検出装置。
【請求項5】
前記偏波制御器は、電気光学効果を有する結晶により構成されることを特徴とする請求項4に記載のテラヘルツ波検出装置。
【請求項6】
前記光伝導アンテナは、所定方向に2つの電極を配置して構成され、
前記偏波制御器は、前記励起光を、前記所定方向の偏波と前記所定方向に直交する方向の偏波に変調する
ことを特徴とする請求項4または請求項5に記載のテラヘルツ波検出装置。
【請求項7】
励起光を発生する励起光源と、
変調信号に基づき前記励起光の偏波方向を変調する偏波制御器と、
前記偏波変調された励起光が照射され、該励起光の偏波方向に応じた発生効率でテラヘルツ波を発生する第1の光伝導アンテナと、
前記偏波変調された励起光、および、前記第1の光伝導アンテナにより発生し計測対象の試料を透過したテラヘルツ波が照射され、該励起光の偏波方向に応じた検出効率で前記テラヘルツ波に基づく電流を発生する第2の光伝導アンテナと、
前記第2の光伝導アンテナからの前記電流に含まれる前記変調信号と同じ周波数成分を位相検波する位相検波器と、
を備えることを特徴とするテラヘルツ波分光装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−29461(P2013−29461A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−166941(P2011−166941)
【出願日】平成23年7月29日(2011.7.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度、独立行政法人情報通信研究機構「高度通信・放送研究開発委託研究/近接テラヘルツセンサシステムのための超短パルス光源の研究開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000183266)住友大阪セメント株式会社 (1,342)
【Fターム(参考)】