説明

データ処理装置,データ処理方法及びデータ処理プログラム

【課題】データ処理装置,データ処理方法及びデータ処理プログラムに関し、簡素な構成で、データ処理速度及びデータ処理精度を向上させる。
【解決手段】対象体の状態に応じて変動するパラメータを測定信号として検出する測定信号検出手段1と、該測定信号に対し、該パラメータの変動を把握するための前処理としての信号処理を施して、基本測定信号を生成する信号処理手段2と、該基本測定信号に基づいて、該パラメータの変動を特徴付ける測定信号を基本データとして抽出する基本データ抽出手段3と、該基本データによって規定される所定の領域を該測定信号の抽出範囲として設定する抽出範囲設定手段4と、該測定信号検出手段1で検出された該測定信号のうち、該抽出範囲設定手段4で設定された該抽出範囲に含まれる測定信号の中から、該対象体の状態を特徴付ける測定信号を特徴データとして抽出する特徴データ抽出手段5とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械,動植物や微生物等の生命体の状態や天候や地震等の自然現象といった、種々の対象体の状態を分析するためのデータ処理装置,データ処理方法及びデータ処理プログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、対象体の状態に応じて変動するパラメータを時系列の測定信号として測定し、その測定信号の中から特徴的な信号を抽出することで、対象体の状態を分析するデータ処理技術が多数開発されている。
例えば、特許文献1には、被験者の脈波波形を測定信号として採取するとともに、その測定信号の中に内包されている秩序(すなわち、測定信号の変動を支配する決定論的な構造)を抽出するための演算を行い、被験者の状態を診断する技術が開示されている。この技術では、測定信号のカオスアトラクター及びリアプノフ指数を演算することで、測定信号に内在する秩序を論理的に抽出することができ、被験者に対する客観的な診断が可能になるとされている。
【0003】
また、特許文献2には、被験者から検出される生体信号のデータを解析することによって被験者の健康状態を診断する技術が開示されている。この技術におけるデータの解析手法としては、カオス解析のほか、デトレンド変動解析(DFA)や周波数変換,ウェーブレット解析,マルチフラクタル解析等が挙げられている。
ところで、これらのような従来の技術では一般的に、測定信号に対しその特徴を把握しやすくするための前処理としての種々の信号処理を施した後、実質的なデータ処理が実施されるようになっている。この前処理には、例えば測定信号に混入しているノイズを取り除くためのノイズ低減処理(ノイズ除去処理)や、測定信号のうち所定の周波数成分を取り出すフィルタ処理(フィルタリング),直交変換処理,フーリエ変換処理,エンベロープ処理等がある。
【0004】
上述の特許文献1に記載の技術においても、脈波センサで検出された測定信号をA/D変換器に通してデジタル信号へと変換する際に、信号の演算処理速度を向上させることを目的として、A/D変換器から出力される離散データを整数型に限定する前処理が実施されると記載されている。これらのような前処理を施すことによって、その後の演算処理においてあまり重要ではない情報を取り除くことができ、データ処理の速度や精度を高めることができるようになっている。
【特許文献1】特公平6−9546号公報
【特許文献2】特開2001−299766号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前処理の過程で取り除かれる情報には、単なるノイズや不要な情報だけでなく、その後の演算処理や演算結果に影響を与える重要な情報が含まれている場合がある。
例えば、前述の種々の前処理のうち、不可逆的な演算が含まれる前処理を実施した場合には、その処理内容に関わらず、測定信号中に含まれる何らかの情報が失われることになる。つまり、前処理に伴う特徴的な情報の抜け(情報の脱落)によって、その後の演算処理における演算精度が低下してしまい、演算結果が不正確となるおそれがある。
【0006】
また、測定信号中の非線形構造を抽出するための非線形解析手法を用いる場合には、より本質的な課題が生じる。
すなわち、動植物や自然現象を測定対象とした通常の測定信号中には、不規則な挙動を示すカオスが存在している。カオスとは、その測定対象に内在する非線形の決定論的システムに起因する予測不能の複雑な振る舞いのことであって、ノイズ(決定論的なシステムに依らない不規則な挙動であり、処理対象となる情報以外の不要な情報)とは概念的に異なるものではあるものの、厳密にこれらを区別することは現状では極めて困難とされている。
【0007】
そのため、例えば測定信号中から一般的なノイズを除去する処理を行ってしまえば、ノイズと共にカオスの情報が部分的に除去されてしまうことは免れ得ない。つまり、測定信号に前処理を施すことによって測定信号中の非線形構造も部分的に取り除かれてしまい、却ってその構造を把握しにくくなってしまう。線形解析手法においてノイズとして切り捨てられていた部分の情報が重要な意味を持つ非線形解析手法では、前処理によって解析結果に与えられる影響が、線形解析手法におけるそれとは比較にならない程大きいのである。
【0008】
一方、上記のような前処理を全く行わなければ、特徴的な情報の抜けは生じないものの、不要な情報を含んだ全ての測定信号を演算処理することになるため、多大な処理労力と処理時間とが必要となる。
本発明はこのような課題に鑑み案出されたもので、簡素な構成で、データ処理速度及びデータ処理精度を向上させることができるデータ処理装置,データ処理方法及びプログラムを提供することを目的とする。また、測定信号中の非線形構造を抽出する演算処理において、簡素な構成で、短時間で正確な演算結果を得られるようにした、データ処理装置,データ処理方法及びデータ処理プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、請求項1記載の本発明のデータ処理装置は、対象体の状態に応じて変動するパラメータを測定信号として検出する測定信号検出手段(信号検出装置)と、該測定信号検出手段で検出された該測定信号に対し、該パラメータの変動を把握するための前処理としての信号処理を施して、基本測定信号を生成する信号処理手段(基本測定信号生成部)と、該信号処理手段で生成された該基本測定信号に基づいて、該パラメータの変動を特徴付ける測定信号を基本データとして抽出する基本データ抽出手段(基本データ抽出部)と、該基本データ抽出手段で抽出された該基本データによって規定される所定の領域を該測定信号の抽出範囲として設定する抽出範囲設定手段(抽出範囲設定部)と、該測定信号検出手段で検出された該測定信号のうち、該抽出範囲設定手段で設定された該抽出範囲に含まれる測定信号の中から、該対象体の状態を特徴付ける測定信号を特徴データとして抽出する特徴データ抽出手段(特徴データ抽出部)とを備えたことを特徴としている。
【0010】
なお、該信号処理手段における該前処理とは、該パラメータの変動を見つけやすくするための不可逆的な(非可逆変化を伴う)演算処理全般のことを指しており、例えば該パラメータ中に含まれる不必要な情報(ノイズ)を除去するためのフィルタ処理やヒルベルト変換処理,エンベロープ処理,フーリエ変換処理,加算平均の手法を用いた信号処理,ウェーブレット解析処理,フラクタル解析処理等を含む。また、任意の信号加算や減算,比例処理,積分処理,微分処理等も含む。
【0011】
また、請求項2記載の本発明のデータ処理装置は、請求項1記載の構成において、該測定信号検出手段が、動物のバイタルサインを該測定信号として検出することを特徴としている。
なお、ここでいうバイタルサインとは、動物(人を含む)の身体から検出される生命徴候としての物理量のことを意味している。例えば、歩行等の運動に伴う体動や呼吸数,心拍数,体温,皮膚表面温度,皮膚電位,脈波(脈拍数),脳波,血流量,唾液などの体液成分,呼吸気中や血中の酸素飽和度,血糖値,心電,電気伝導度,体重(着座面への圧力),まばたきの数や周期,発汗量,その他身体から発せられる電磁波の強度や化学物質濃度等が挙げられる。
【0012】
また、請求項3記載の本発明のデータ処理装置は、請求項1又は2記載の構成において、該信号処理手段が、線形解析手法を用いて該測定信号に対し該信号処理を施すことを特徴としている。
また、請求項4記載の本発明のデータ処理装置は、請求項1〜3の何れか1項に記載の構成において、該信号処理手段が、該測定信号検出手段で検出された該測定信号から、予め設定された所定の周波数成分を濾波するフィルタ処理手段(基本測定信号生成部)を有してなることを特徴としている。
【0013】
また、請求項5記載の本発明のデータ処理装置は、請求項1〜4の何れか1項に記載の構成において、該測定信号検出手段が、該測定信号として略周期的に変動するパラメータを検出し、該信号処理手段が、該測定信号を平滑化した波動を該基本測定信号として生成するとともに、該基本データ抽出手段が、該基本測定信号における変動ピークの検出時刻を該基本データとして検出することを特徴としている。ここで、「該測定信号を平滑化する」とは、測定信号データの波形を滑らかな波動(波形)にすることをいう。
【0014】
また、請求項6記載の本発明のデータ処理装置は、請求項5記載の構成において、該抽出範囲設定手段が、該ピークの検出時刻の近傍時刻を該抽出範囲として設定することを特徴としている。
また、請求項7記載の本発明のデータ処理装置は、請求項6記載の構成において、該特徴データ抽出手段が、該抽出範囲に含まれる測定信号における変動ピークの検出時刻を該特徴データとして抽出することを特徴としている。
【0015】
また、請求項8記載の本発明のデータ処理装置は、請求項1〜7の何れか1項に記載の構成において、該特徴データ検出手段で検出された該特徴データに基づき、該測定信号中の非線形構造を抽出し、該対象体の状態を解析する演算処理手段(第二データ処理部)をさらに備えたことを特徴としている。
請求項9記載の本発明のデータ処理方法は、対象体の状態に応じて変動するパラメータを測定信号として検出する測定信号検出ステップと、該測定信号検出ステップで検出された該測定信号に対し、該パラメータの変動を把握するための前処理としての信号処理を施して、基本測定信号を生成する信号処理ステップと、該信号処理ステップで生成された該基本測定信号に基づいて、該パラメータの変動を特徴付ける測定信号を基本データとして抽出する基本データ抽出ステップと、該基本データ抽出ステップで抽出された該基本データによって規定される所定領域を抽出範囲として設定する抽出範囲設定ステップと、該測定信号検出ステップで検出された該測定信号のうち、該抽出範囲設定ステップで設定された該抽出範囲に含まれる測定信号の中から、該対象体の状態を特徴付ける測定信号を特徴データとして抽出する特徴データ抽出ステップとを備えたことを特徴としている。
【0016】
また、請求項10記載の本発明のデータ処理方法は、請求項9記載の構成に加え、該測定信号検出ステップにおいて、動物のバイタルサインを該測定信号として検出することを特徴としている。
また、請求項11記載の本発明のデータ処理方法は、請求項9又は10記載に加え、該信号処理ステップにおいて、線形解析手法を用いて該測定信号に対し該信号処理を施すことを特徴としている。
【0017】
また、請求項12記載の本発明のデータ処理方法は、請求項9〜11の何れか1項に記載に加え、該信号処理ステップにおいて、該測定信号検出ステップで検出された該測定信号から、予め設定された所定の周波数成分を濾波することを特徴としている。
また、請求項13記載の本発明のデータ処理方法は、請求項9〜12の何れか1項に記載に加え、該測定信号処理ステップにおいて、該測定信号として略周期的に変動するパラメータを検出し、該信号処理ステップにおいて、該測定信号を平滑化した波動を該基本測定信号として生成するとともに、該基本データ抽出ステップにおいて、該基本測定信号における変動ピークの検出時刻を該基本データとして検出することを特徴としている。
【0018】
また、請求項14記載の本発明のデータ処理方法は、請求項13記載の構成に加え、該抽出範囲設定ステップにおいて、該ピークの検出時刻の近傍時刻を該抽出範囲として設定することを特徴としている。
また、請求項15記載の本発明のデータ処理方法は、請求項14記載の構成に加え、該特徴データ抽出ステップにおいて、該抽出範囲に含まれる測定信号における変動ピークの検出時刻を該特徴データとして抽出することを特徴としている。
【0019】
また、請求項16記載の本発明のデータ処理方法は、請求項9〜15の何れか1項に記載に加え、該特徴データ検出ステップで検出された該特徴データに基づき、該測定信号中の非線形構造を抽出し、該対象体の状態を解析する演算処理ステップをさらに備えたことを特徴としている。
請求項17記載の本発明のデータ処理プログラムは、コンピュータを、信号処理手段,基本データ抽出手段,抽出範囲設定手段及び特徴データ抽出手段として機能させるためのデータ処理プログラムであって、該信号処理手段が、測定信号として検出された、対象体の状態に応じて変動するパラメータの変動を把握するための前処理としての信号処理を該測定信号に対して施すとともに、基本測定信号を生成し、該基本データ抽出手段が、該信号処理手段で生成された該基本測定信号に基づいて、該パラメータの変動を特徴付ける測定信号を基本データとして抽出し、該抽出範囲設定手段が、該基本データ抽出手段で抽出された該基本データによって規定される所定の領域を該測定信号の抽出範囲として設定し、該特徴データ抽出手段が、該測定信号検出手段で検出された該測定信号のうち、該抽出範囲設定手段で設定された該抽出範囲に含まれる測定信号の中から、該対象体の状態を特徴付ける測定信号を特徴データとして抽出することを特徴としている。
【発明の効果】
【0020】
本発明のデータ処理装置,データ処理方法及びデータ処理プログラム(請求項1,9,17)によれば、測定信号の抽出範囲の設定においては前処理としての信号処理を施した測定信号を用い、より具体的な特徴データの抽出においては、その抽出範囲に含まれる測定信号から取り出すため、対象体の状態を特徴付ける測定信号を極めて正確に抽出することができる。
【0021】
本発明のデータ処理装置及びデータ処理方法(請求項2,10)によれば、ノイズが多く特徴の抽出が困難とされているような動物のバイタルサインの中からでも、正確に特徴データを抽出することができる。
本発明のデータ処理装置及びデータ処理方法(請求項3,11)によれば、前処理としての信号処理が容易である。また、簡素な構成で短時間に処理を済ませることができる。
【0022】
本発明のデータ処理装置及びデータ処理方法(請求項4,12)によれば、容易に信号処理を行うことができる。また、パラメータの変動を特徴付ける基本データを抽出するのに十分な情報を素早く選別することができる。
本発明のデータ処理装置及びデータ処理方法(請求項5,13)によれば、測定信号を平滑化して生成された基本測定信号のピークを検出するようになっているため、容易に基本データを検出することができる。
【0023】
本発明のデータ処理装置及びデータ処理方法(請求項6,14)によれば、基本測定信号のピークの検出時刻の近傍時刻を抽出範囲として設定するため、基本測定信号のピークから離れている範囲に含まれる測定信号を、特徴データの抽出対象から除外することができる。つまり、対象体の状態を特徴付ける測定信号との相関が強い部分の情報を容易に取り出すことができる。
【0024】
本発明のデータ処理装置及びデータ処理方法(請求項7,15)によれば、測定信号中に含まれる、対象体の状態を特徴付ける測定信号を正確に取り出すことができる。
本発明のデータ処理装置及びデータ処理方法(請求項8,16)によれば、正確に抽出された特徴データに基づいて測定信号中の非線形構造を抽出することができ、信頼性の高いデータ解析を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、図面により、本発明の実施の形態について説明する。
図1〜図4は本発明の一実施形態に係るデータ処理装置を示すもので、図1は本データ処理装置の全体構成を示すブロック図、図2は本データ処理装置における処理内容を説明するためのグラフであり、(a)は基本測定信号生成部及び基本データ抽出部におけるデータ処理に係る測定信号の時系列グラフ、(b)は特徴データ抽出部におけるデータ処理に係る測定信号の時系列グラフ、図3は本データ処理装置における制御内容を示すフローチャート、図4はコンピュータを利用した本データ処理装置の構成例を示す模式図である。
【0026】
[1.構成]
[1−1.全体構成]
本実施形態では、人間の歩行状態を解析対象としたデータ処理装置を具体例として説明する。すなわち、本データ処理装置は、人間の歩行状態に対応するパラメータ(例えば、加速度)を検出信号として検出し、それにデータ処理を施して出力を行う装置である。
【0027】
図1に示すように、本データ処理装置は、信号検出装置(測定信号検出手段)1,第一データ処理部9及び第二データ処理部10を備えて構成される。第一データ処理部9は、信号検出装置1で検出された信号の特徴を把握しやすくするための演算処理を施すものであり、一方、第二データ処理部10は、実質的なデータ処理として歩行状態を解析するものである。これらの第一データ処理部9及び第二データ処理部10は、コンピュータの内部で演算処理される機能部位であり、各機能は個別のプログラムとして構成されている。なお、本実施形態における第一データ処理部9は、信号処理手段,基本データ抽出手段,抽出範囲設定手段及び特徴データ抽出手段として機能するものである。また、第二データ処理部10は、演算処理手段として機能するものである。
【0028】
コンピュータを利用した本データ処理装置の構成例を図4に示す。このコンピュータ12は、上述の信号検出装置1,記憶装置(ROM,RAM等)13,中央処理装置(CPU)14,出力インタフェースとしてのモニタ15,入力インタフェースとしてのキーボード16及びマウス17を備えて構成されている。ここで、本データ処理装置に係る第一データ処理部9及び第二データ処理部10は、記憶装置13の内部にプログラムとして記憶されている。
【0029】
以下、本データ処理装置における信号処理内容について、図1のブロック図を用いて概念的に説明する。
[1−2.信号検出装置]
信号検出装置1は、機械,動植物や微生物等の生命体の状態や天候や地震等の自然現象といった、種々の対象体の状態に関わる様々なパラメータ(変動要素)を検出するセンサである。このパラメータには、センサから直接検出される情報のほか、センサでの検出情報を演算等によって処理して、対応するパラメータの値を推定値として求めたものも含まれる。
【0030】
本実施形態ではこの信号検出装置1として、本データ処理装置の演算対象となる加速度信号を検出するための加速度センサが適用されており、対象となる人物の体に装着されている。なお、この加速度センサは、測定対象や目的に合わせて一軸〜三軸のものを任意に用いてよいが、歩行時における鉛直方向,水平前後方向及び水平左右方向の三方向へ作用する加速度を検出するための三軸加速度センサを用いるのが好ましい。今回の具体例では三軸加速度センサを用いており、ここで検出された鉛直方向の加速度の検出情報及びその検出時刻情報が、図1に示すように、測定信号Sとして第一データ処理部9へ入力されるようになっている。
【0031】
[1−3.第一データ処理部]
第一データ処理部9は、本願請求項1に規定された処理を測定信号Sに施す機能部位であり、図1に示すように、測定信号記憶部11,基本測定信号生成部2,基本データ抽出部3,抽出範囲設定部4及び特徴データ抽出部5を備えて構成される。ここで施される処理とは、光学信号,音声信号,電磁気信号等からなる測定信号Sに対し、その特徴を把握しやすくするために、数学的,電気的な加工を施して信号を変換すること(換言すれば、信号処理)である。なお、該処理はその処理対象となる信号の種類によって、アナログ信号処理とデジタル信号処理とに分類することができる。本第一データ処理部9は、デジタル信号処理の範疇に含まれる処理を実施するものである。
【0032】
[1−3−1.測定信号記憶部]
測定信号記憶部11は、信号検出装置1から入力された測定信号Sを記憶する機能部位である。ここに記憶された測定信号Sは、図1に示すように、測定信号記憶部11から二系統に分かれて基本測定信号生成部2及び特徴データ抽出部5のそれぞれへと入力されるようになっている。つまり、基本測定信号生成部2及び特徴データ抽出部5の各々に対して、何ら加工されていない生の情報が入力されることになる。
【0033】
なお、この測定信号記憶部11に入力される測定信号Sは、信号検出装置1において所定時間の間に検出された一連の時系列データであってもよいし、あるいは、信号検出手段1で随時検出された個別の測定データであってもよい。
前者の場合には、時系列データとしての測定信号Sがそのまま、基本測定信号生成部2及び特徴データ抽出部5へ入力される。また、後者の場合には、信号検出装置1からの測定信号Sの総数が予め設定された所定数以上となるまでの間、各測定信号Sが測定信号記憶部11に記憶され、データ数が十分に揃った段階でそれら全体の測定信号Sが基本測定信号生成部2及び特徴データ抽出部5へと入力されるようになっている。なお、本実施形態では、後者の場合について説明する。
【0034】
[1−3−2.基本測定信号生成部]
基本測定信号生成部2は、信号検出装置1から入力された時系列の測定信号Sから必要な信号成分を取り出すための処理を実施する機能部位である。本具体例では、歩行時の加速度変化のピークを検出するためのデジタルフィルタ処理がなされており、加速度の時系列データに対し、ローパスフィルタ,位相フィルタ及びハイパスフィルタの三種のフィルタ処理が施されるようになっている。
【0035】
この基本測定信号生成部2で施される処理の具体的な内容としては、測定信号データの種類や内容、あるいは、どのような目的のもとに解析するのかによって異なるが、一般的には、フィルタ処理,フーリエ変換処理,エンベロープ処理といった線形解析手法を単独で、又は、それらを組み合わせて行うのが好ましい。
ローパスフィルタは、多様な周波数成分を含んだ入力信号の中から高周波数の振動成分を低減させる(あるいは除去する)フィルタである。このローパスフィルタにより、人物の歩行に伴う加速度変動の周波数(すなわち、一方の足が地面についてから他方の足が地面につくまでの時間間隔の逆数)よりも高周波数のノイズ成分が抑制されるようになっている。なお、図2(a)中に実線で示された測定信号Sに見られる細かい時間間隔の振動が、高周波数のノイズ成分である。
【0036】
また、位相フィルタは、入力信号の位相変化を遅延させるフィルタである。ここでは、入力信号の位相をその加速度変動の四半周期分だけ遅延させるようになっている。
一方、ハイパスフィルタは、人物の歩行に伴う加速度変動の周波数よりも低周波数の振動成分を低減させる(あるいは除去する)フィルタである。このハイパスフィルタにより、信号検出装置1で検出された信号のドリフト成分が抑制されるようになっている。これらのフィルタ処理を施すことにより、測定信号Sの中から人物の歩行に伴う加速度変動の時系列データが明確化されるようになっている。
【0037】
例えば、図2(a)中に実線で示された測定信号Sとしての加速度の時系列信号に対して、上記の各フィルタ処理を施すと、破線で示されたような信号が取り出される。つまり、信号検出装置1で検出された生の情報の中から、歩行の時間間隔という特徴が、それに対応する周期を有する波として取り出される。こうして取り出された時系列信号のことを、以下、基本測定信号SBと呼ぶ。
【0038】
なお、この基本測定信号SBは位相フィルタを介して取り出された信号であるため、この信号の大きさが0となる時刻(すなわち0点の位置)が、元の入力信号のピーク位置(最大値,最小値)が検出された時刻に対応している。
【0039】
[1−3−3.基本データ抽出部]
基本データ抽出部3は、基本測定信号生成部2で生成された基本測定信号SBの中から、加速度変動を特徴づける情報を抽出するものである。ここでは、加速度変動を特徴づける情報として、フィルタ処理によって得られた基本測定信号SBから推定される、入力された測定信号Sのピーク位置を抽出するようになっている。つまり、基本データ抽出部3では、基本測定信号SBの0点のうち、その前後で信号値が負から正へと変化するものに着目し、その0点に対応する測定信号Sを抽出する。より具体的には、図2(a)中において0点の時刻と同一時刻の測定信号Sを基本データDBとして抽出するようになっている。
【0040】
なお、この図2(a)に示すように、実際の測定信号Sのピーク位置と基本データDBとの間には若干のズレが生じていることがわかる。これは、前述の通り、基本測定信号生成部2におけるフィルタ処理によって失われた情報によるものである。すなわち、フィルタリングを施すことで測定信号S中に含まれる特徴的な情報に抜けが生じた結果、基本測定信号SBの0点の位置と実際のピーク位置とが相違してしまっているのである。
【0041】
一般に、入力信号に対する前処理として不可逆的な演算処理操作を行うほど、その処理内容に関わらず、入力信号中に含まれる本来の情報が失われる。つまり、たとえそれが入力信号の変動を見つけやすくするための処理操作であったとしても、その結果得られる情報には何らかの誤差が含まれてしまうことになる。もちろん、入力信号の変動把握が容易となる限度内において可能な限り誤差の小さい前処理を追求することも考えられるものの、その結果得られる演算の精度には限界がある。
【0042】
また、このような誤差を小さくするための典型的な手法として、フィルタ処理内容を調整することで測定信号Sのピーク位置と基本データDBとを一致させるという手法がある。例えば、位相フィルタにおける位相変化の遅延量を微調整して、測定信号Sのピーク位置と基本データDBとの誤差を一様に狭めることが考えられる。
しかしながら、このような微調整は、熟練した技術者の勘に頼らざるを得ないやや不確実な手法であり、データ処理精度が不安定となるおそれがある。また、このような微調整は、対象とする個々のデータ群毎(例えば、信号を検出した個体毎)にそれぞれに応じて行う必要があるため、複数の(大量の)データ群を扱う場合、処理に時間がかかり、調整作業も繁雑なものとなる。さらに、実際に前処理を施した後の基本データDBを確認してからでなければ調整ができないため、このような手法では十分なデータ処理速度が得られないのである。
【0043】
そこで、本発明では、単に基本測定信号SBに基づいて基本データDBを抽出するだけでなく、以下に説明する抽出範囲設定部4及び特徴データ抽出部5を備えた構成としている。
【0044】
[1−3−4.抽出範囲設定部]
抽出範囲設定部4は、基本データDBが検出された時刻の近傍時間を抽出範囲Aとして設定するものである。近傍時間とは基本データDBが検出された時刻の前後の時間のことを意味している。ここでは図2(b)に示すように、抽出範囲Aが、基本データDBが検出された時刻以前の所定時間t1と基本データDBが検出された時刻以後の所定時間t2とから構成されている。なお、ここで設定された抽出範囲Aは、続いて説明する特徴データ抽出部5へと入力されるようになっている。
【0045】
なお、所定時間t1及びt2は、それぞれ任意に設定可能な時間である。例えば、基本測定信号SBの波長λに対する割合として定めてもよいし、予め設定した値としてもよい。本実施形態では、各所定時間t1及びt2が、上述のフィルタ処理によって生じると推定される時間誤差よりも大きくなるように設定されている。なお、フィルタ処理によって失われる情報量が比較的少ない場合には所定時間t1及びt2が比較的短くてもよく、一方、失われる情報量が比較的多いフィルタ処理を実施する場合には所定時間t1及びt2を比較的長く設定するとよい。
【0046】
[1−3−5.特徴データ抽出部]
特徴データ抽出部5は、抽出範囲設定部4で設定された抽出範囲A内に含まれる測定信号Sの中から、人物の歩行状態を特徴付ける信号、すなわち、実際のピーク位置を特徴データDcとして抽出するものである。ここでの演算処理は、図2(b)に示すように、抽出範囲A内の測定信号Sの最大値を検出することで求められている。これにより、歩行状態において左右何れかの足が地面についた時刻及びその時の鉛直方向の加速度が、特徴データDcとして正確に抽出されることになる。なお、図2(b)中においては、特徴データDcのグラフ上の位置が記号+で示されている。
【0047】
このように、抽出範囲設定部4及び特徴データ抽出部5は、基本データDBに基づいて再び元の測定信号Sへ立ち返り、測定信号Sの中から特徴データDcを抽出するように機能する。つまり、基本データDBには誤差が含まれているものの、その近傍に本来の特徴を示す情報が存在するものと見なして抽出範囲設定部4で抽出範囲Aを設定している。さらに、特徴データ抽出部5では、抽出範囲A中に含まれる測定信号Sのみを演算対象とすることで演算労力や演算時間を低減させるとともに、測定信号Sから特徴データDcを抽出することでその精度を確保しているのである。
【0048】
[1−4.第二データ処理部]
第二データ処理部10は、第一データ処理部9において処理が施されたデータに対する実質的なデータ処理を行うための機能部位であり、図1に示すように、データ整列部6,解析部7及び判定部8を備えて構成される。この第二データ処理部10では、歩行時における左右何れか一方の足の加速度データのピーク間隔時間の特徴が解析されるようになっている。なお、本実施形態における解析の手法としては、ピーク間隔時間の揺らぎを観察する非線形解析手法が用いられている。
【0049】
ここでいう「揺らぎ」とは、ある波動が刻々と変化する際に観察される僅かな波形のズレ(空間的,時間的変化や動きが部分的に不規則な動き)のことを指している。例えば、歩行に伴う体動を加速度変動として検出した時系列データだけでなく、呼吸数や心拍数,脳波等のバイタルサインを時系列データとした場合にも、それらの波動のピーク間隔や周期は一定ではなく、複雑な変動を示すことが知られている。一方で、このような不規則に見える複雑な変動の中から、その挙動を支配していると考えられる構造を解析するための数々の手法が提案されている。第二データ処理部10は、これらのような手法を利用して、ピーク間隔時間の揺らぎの度合いを観察することにより、その変動の背後に存在するであろう非線形構造を解析するものである。
【0050】
なお、具体的な解析手法としては、スペクトル解析(FFT解析),フラクタル解析(マルチフラクタル解析,デトレンド変動解析等),カオス解析及びウェーブレット解析等の公知の解析手法が挙げられるが、ここでは、フラクタル解析法の一つであるデトレンド変動解析が用いられている。
デトレンド変動解析の手法は、解析対象となる波動の複雑性をスケーリング指数と呼ばれる値で評価する統計的な解析手法である。本実施形態では、左右何れか一方の足の加速度データがデータ整列部6において整列され、その加速度データのスケーリング指数が解析部7において演算され、さらにその評価が判定部8でなされるようになっている。
【0051】
[1−4−1.データ整列部]
まず、データ整列部6は、解析部7における演算の便宜を図るべく、特徴データ抽出部5で抽出された特徴データDcを整列させるものである。つまり、特徴データDcをどのように整列させるかは、解析部7におけるデータ処理の種類等に応じて適宜設定される。なお、解析部7での解析手法に応じて、このデータ整列部6における演算を省略してもよい。
【0052】
本実施形態では、特徴データ抽出部5で抽出された特徴データDcにおいて、人物の左右の足が区別されていないため、歩行状態をより詳細に観察するために、このデータ整列部6において特徴データDcが交互に並べ替えられ、分割されるようになっている。
具体的には、抽出された特徴データDcをその検出時刻の順に並べ、奇数番目のものと偶数番目のものとに分離する。つまり、例えば奇数番目の特徴データDc群には、左右何れか一方の足が地面についた時刻及びその時の加速度のデータが羅列され、偶数番目の特徴データDc群には、他方の足のデータが羅列されるようになっている。これにより、一方の特徴データDc群の時間間隔を演算することで、片足の歩行間隔(片足が地面に接触する時間間隔)を把握することができるようになっている。
【0053】
[1−4−2.解析部]
解析部7は、第一データ処理部9のデータ整列部6から入力された偶数番目及び奇数番目の特徴データDc群のそれぞれのデータ群について個別にスケーリング指数を演算する。具体的には、片方の特徴データDc群をその検出時刻に基づいてn個の区間に分割し、各区間において各特徴データDcが検出された時間間隔(歩行間隔時間)とそのトレンドとの最小二乗誤差(分散)Fを算出して、分割数n及び分散Fの各々の対数プロットの勾配αをスケーリング指数として演算する。なお、トレンドとは、各区間内におけるデータの推移傾向を意味しており、例えば各区間内のデータを直線に近似したものとする。
【0054】
この方法では、区間の分割数nを変化させれば、特徴データDc群の観察スケールも変化することになり、算出される分散Fも変化することになる。一方、分割数n及び分散Fの各々の対数プロットに線形関係が認められれば、分割数nと分散Fとの間には自己相似におけるスケールが存在するということになる。つまりここでは、観察する区間を変化させた場合における、実際の歩行間隔時間のばらつきの度合いの自己相似性の大きさをスケーリング指数αとして演算していることになる。
【0055】
[1−4−3.判定部]
判定部8は、解析部7で演算されたスケーリング指数αに基づいて、歩行状態を判定する。一般に、スケーリング指数αの値によって、分割数nと分散Fとの間の相関を判断することができることが知られている。例えば、0.5<α<1である場合には、長距離相関が認められ、α=1である場合には1/f揺らぎの相関が認められる。また、相関はあるもののフラクタル性が認められない場合には、α>1となる。
【0056】
なお、「1/f揺らぎ」とは、前述の揺らぎのうち、揺らぎ成分の大きさ(パワースペクトル)が周波数fに対して1/fとなるような揺らぎのことを意味している。例えば、小川のせせらぎ音やそよ風の風圧,木目の形状,小鳥のさえずり音といった自然界に存在する波動をスペクトル解析すると、パワースペクトルが周波数fに反比例する1/f揺らぎを観測することができる。近年では、人間や動物などから発せられる生体信号(バイタルサイン)にも揺らぎが観察されることが判明しており、特に、観察対象の健康状態を判断するための指標として1/f揺らぎを用いることの有用性が多数報告されている。
【0057】
これらのような特性に基づき、判定部8は、スケーリング指数αがα=1に近いほど、良好な歩行状態であると判定するようになっている。ここでの判定結果は前述のモニタ15へ出力されるようになっている。
【0058】
[2.フローチャート]
図3に示すフローチャートを用いて、本データ処理装置における制御内容を説明する。
ステップA10では、信号検出装置1としての加速度センサにより、加速度の検出情報及びその検出時刻情報が測定信号Sとして検出される。ここで検出された測定信号Sは、第一データ処理部9の測定信号記憶部11へ入力され、記憶される。
続くステップA20では、測定信号記憶部11において、記憶された測定信号Sの総数が予め設定された所定数以上であるか否かが判定される。つまりこのステップでは、信号処理すべきデータ数が十分に揃っているか否かが判定される。ここで、測定信号Sの総数が所定数以上である場合にはステップA30へ進み、測定信号Sの総数が所定数未満である場合にはステップA10へ戻る。これにより、データ数が十分に揃うまでの間、ステップA10〜20が繰り返し実行されることになる。
【0059】
ステップA30では、基本測定信号生成部2において、測定信号Sの時系列データに対しローパスフィルタ,位相フィルタ及びハイパスフィルタの三種のフィルタ処理が施される。これらのフィルタ処理により、人物の歩行に伴う加速度変動を中心として高周波数及び低周波数の振動成分が低減され、歩行の時間間隔という特徴が、それに対応する周期を有する波として取り出される。図2(a)に破線で示される基本測定信号SBが、この波である。なお位相フィルタ処理により、基本測定信号SBの大きさが0となる時刻が、時系列の測定信号Sのピーク位置の時刻に対応するものとなる。
【0060】
続くステップA40では、基本データ抽出部3において、基本測定信号SBの中から基本データDBが抽出される。ここでは、前後で信号値が負から正へと変化する基本測定信号SBの0点に対応する測定信号Sが、基本データDBとして抽出される。図2(a)に示すように、実際の測定信号Sのピーク位置と基本データDBとの間には、若干の誤差が生じていることがわかる。
【0061】
さらに続くステップA50では、抽出範囲設定部4において、基本データDBが検出された時刻の近傍時刻が抽出範囲Aとして設定される。抽出範囲Aは、基本データDBが検出された時刻を挟んで、それ以前の所定時間t1とそれ以後の所定時間t2とを合計した時間の幅である。各所定時間t1及びt2は、フィルタ処理によって生じると推定される時間誤差よりも大きく設定されているため、抽出範囲Aの中に実際の測定信号Sのピークが位置することになる。つまり、図2(b)に示すように、抽出範囲Aは、実際の測定信号Sのピーク位置と基本データDBとの間に生じている若干の誤差を吸収しうる幅を備えている。
【0062】
続くステップA60では、特徴データ抽出部5において、抽出範囲A内に含まれる測定信号Sの最大値が特徴データDcとして抽出され、ステップA70へと進む。図2(b)に示すように、特徴データDcは実際の測定信号Sの最大値であり、歩行状態を特徴付ける正確な信号となる。
ステップA70では、データ整列部6において、前ステップで抽出された特徴データDcが分割され、人物の歩行状態における右足が地面についた時刻及び加速度の時系列データと、左足に係る時系列データとが生成される。そして、続くステップA80では、第二データ処理部10においてこれらの特徴データDcが解析され、このフローが終了する。
【0063】
第二データ処理部10における具体的な解析フローや判定及びその出力フローについては説明を省略するが、右足に係る時系列特徴データDc及び左足に係る時系列特徴データDcの各々に対して、歩行間隔時間のゆらぎのスケーリング指数αが演算され、α=1である状態を基準として、歩行状態が良好であるか否かが判定される。また、このような判定結果はモニタ15へ出力される。なお、特徴データDcの解析が一旦終了した時点で、ステップA20での判定に係る測定信号Sの総数がリセットされる。
【0064】
[3.効果]
このように、本実施形態に係るデータ処理装置によれば、信号検出装置1から入力された測定信号Sが二系統の信号過程の各々で処理される。一方は基本測定信号生成部2及び基本データ抽出部3における抽出範囲Aの設定のための信号処理であり、他方は特徴データ抽出部5における特徴データDcの抽出のための信号処理である。
【0065】
前者の信号処理過程においては測定信号Sに前処理が施されているが、その結果設定される抽出範囲Aは、誤差を許容しうる幅を有するものであるため、前処理に伴う誤差の影響を相殺することができる。また、後者の信号処理過程においては前処理を施さずに直接特徴データDcの抽出処理がなされているため、正確な特徴データDcを取り出すことができる。
【0066】
つまり、一般に、前処理としての信号処理を行うと、測定信号の特徴が把握しやすくするなる反面、特徴的な情報の「抜け」が生じることになるが、本データ処理装置によれば、前処理の結果を参照ながら、「抜け」のない元の測定信号の中から特徴データDcを抽出するため、データ処理の信頼性を向上させることができる。
また、特徴データ抽出部5における特徴データDcの抽出に際し、抽出範囲A内に含まれる測定信号Sのみが参照され、抽出範囲A以外の測定信号Sが除外されるため、歩行状態を特徴付ける測定信号Sとの相関が強いと考えられる部分の情報のみを容易に取り出すことができ、十分なデータ処理速度を確保することが可能となる。
【0067】
さらに、特徴データ抽出部5は、抽出範囲Aに含まれる測定信号Sのうちの最大値を特徴データDcとして抽出するようになっている。この構成により、ノイズが多く特徴の抽出が困難とされているような動物のバイタルサインの中からでも、正確に特徴データを抽出することができる。
また、基本測定信号生成部2における前処理としてのフィルタ処理は、ローパスフィルタ,位相フィルタ及びハイパスフィルタといった一般的な信号処理であり、実施が容易であるとともに、短時間に処理を済ませることができる。一方、特徴データ抽出部5における演算処理に関しても、複雑な演算が不要であり素早く結果を得ることができる。特に、本実施形態の第一データ処理部9における処理内容は、線形解析の手法による信号処理から構成されているため、例えば非線形解析の手法を用いた信号処理と比較して構成が簡素であるという利点がある。
【0068】
また、本データ処理装置は、単に基本測定信号SBに基づいて基本データDBを抽出するだけでなく、抽出範囲設定部4及び特徴データ抽出部5を備えた構成となっている。つまり、フィルタ処理によって生成される誤差を小さくするための従来の手法として、位相フィルタにおける位相変化の遅延量を微調整するというものがあるが、本発明によれば、正確なデータが抽出されるが故にこのような微調整の必要がないうえ、実際に前処理を施した後の基本データDBの確認も不要である。したがって、測定信号Sの検出及び測定信号Sの第一データ処理部9への入力から第二データ処理部10における結果の出力に至るまでの全信号処理過程を完全に自動化することが可能となり、信号処理の労力を格段に低減させることが可能となる。
【0069】
さらに、本実施形態のデータ処理装置では、第一データ処理部9におけるデータ処理の後、特徴データDc群のピーク間隔時間の揺らぎを観察する非線形解析手法が用いられている。前述の通り、仮に前処理でノイズを除去してしまえば却って非線形構造を把握しにくくなりかねないが、本データ処理装置では第二データ処理部10へ入力される特徴データDc群は、ノイズが除去されていない生の情報から抽出されたものであるため、特徴的な情報の抜けが生じず、正確に非線形構造を把握することが可能となる。つまり、一見ノイズのように見える部分の情報を切り捨てることなく正確な特徴部分の情報を抽出して非線形解析を実施することができる。
【0070】
このように、本データ処理装置によれば、簡素な構成で、データ処理速度及びデータ処理精度を向上させることができる。
【0071】
[4.その他]
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形することが可能である。
例えば、上述の実施形態では、第一データ処理部9及び第二データ処理部10におけるデータ処理機能がプログラムとして構成されたものを例示したが、これらの機能を実現手段はこれに限定されない。例えば、各第一データ処理部9及び第二データ処理部10を、ROM,RAM,CPU等を内蔵したワンチップマイコンとして構成してもよいし、あるいは、デジタル回路やアナログ回路といった電子回路として形成してもよい。
【0072】
なお、前述の通り、本発明のデータ処理装置においては、測定信号Sの検出から結果の出力に至るまでの信号処理過程を自動化することが可能なため、上述のような小型のマイコンで本発明に係るデータ処理装置を構成する場合、本発明に係るモニタ15と同様の機能を備えた小型表示装置や、信号検出装置1と同様の機能を備えたマイクロセンサを搭載させて、入出力一体型の小型処理装置を製造することも可能である。
【0073】
また、上述の実施形態では、信号検出手段1として加速度信号を検出するための加速度センサが適用されているが、本データ処理装置の演算対象となる信号としては、種々の対象体の状態に関わる様々なパラメータが考えられる。
まず、人間や動物の状態に関係するバイタルサインを演算対象の信号とした場合、歩行等の運動に伴う体動や呼吸数,心拍数,体温,皮膚表面温度,皮膚電位,脈波(脈拍数),脳波,血流量,唾液などの体液成分,呼吸気中や血中の酸素飽和度,血糖値,心電,電気伝導度,体重(着座面への圧力),まばたきの数や周期,発汗量,その他身体から発せられる電磁波の強度や化学物質濃度等が挙げられる。
【0074】
また、機械の作動状態に関係する物理量を演算対象の信号とした場合、その機械の作動出力変動や仕事率の変動,その機械の作動によってなされた作業精度の変動等を用いることが考えられる。さらに、天候,地震,火山活動といった自然現象を観察する場合には、気圧や気温,風速,風向,地殻変動等を演算対象の信号とすることが考えられる。
なお、上述の実施形態では、第一データ処理部9で演算処理される測定信号Sとして、その定義域が時間領域からなる時系列データを用いているが、これの代わりに、その定義域が二次元空間領域(及び時間領域)からなる画像信号を用いることも考えられる。
【0075】
また、上述の実施形態では、信号検出装置1で検出された測定信号Sが第一データ処理部9へ直接入力される構成となっているが、信号検出装置1と第一データ処理部9とを分離した構成としてもよい。例えば、信号検出装置1で検出された測定信号Sの時系列データを何らかの記憶媒体に保存しておき、演算処理が必要となった時点でそれらの時系列データを第一データ処理部9へ入力することが考えられる。この場合それらの時系列データを測定信号記憶部11へ入力してもよいが、測定信号記憶部11を介さずに基本測定信号生成部2及び特徴データ抽出部5の各々へ入力してもよい。
【0076】
また、上述の実施形態では、基本測定信号生成部2においてローパスフィルタ,位相フィルタ及びハイパスフィルタの三種のフィルタ処理が施されているが、バンドパスフィルタやノッチフィルタを併用してもよい。なお、基本測定信号生成部2における前処理とは、パラメータの変動を見つけやすくするための不可逆的な(非可逆変化を伴う)演算処理全般のことを指している。つまり、パラメータの変動を見つけやすくするための演算処理であれば、具体的な処理内容がフィルタ処理でなくてもよい。例えば、ヒルベルト変換処理,エンベロープ処理,フーリエ変換処理,加算平均の手法を用いた信号処理,ウェーブレット解析処理,フラクタル解析処理等を用いることが考えられる。また、任意の信号加算や減算,比例処理,積分処理,微分処理等も含まれる。
【0077】
なお、デジタル回路やアナログ回路といった電子回路を使って第一データ処理部9及び第二データ処理部10を構成する場合には、上述の実施形態に記載されたようなデジタルフィルタの代わりに、アナログフィルタを適用すればよい。すなわち、第一データ処理部9において実施されるデータ処理は、アナログ信号処理であってもよい。
また、上述の実施形態では、基本データ抽出部3において、基本測定信号SBの0点に対応する測定信号Sが抽出されるようになっているが、このような抽出対象は、本データ処理装置における演算対象に応じて適宜設定することができる。抽出範囲設定部4における抽出範囲Aの位置や幅、及び、特徴データ抽出部5において特徴データDcを取り出す位置についても同様である。
【0078】
また、上述の実施形態では、解析部7においてデトレンド変動解析の手法が用いられているが、解析方法はこれに限定されない。なお、前処理が解析結果に与える一般的な影響の大きさを考慮すると、解析部7における解析手法が非線形解析手法である場合には、線形解析手法の場合と比較してより正確な解析結果が期待できるものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】本発明の一実施形態に係るデータ処理装置の全体構成を示すブロック図である。
【図2】本データ処理装置におけるデータ処理内容を説明するためのグラフであり、(a)は基本測定信号生成部及び基本データ抽出部におけるデータ処理に係る測定信号の時系列グラフ、(b)は特徴データ抽出部におけるデータ処理に係る測定信号の時系列グラフである。
【図3】本データ処理装置における制御内容を示すフローチャートである。
【図4】コンピュータを利用した本データ処理装置の構成例を示す模式図である。
【符号の説明】
【0080】
1 信号検出装置(測定信号検出手段)
2 基本測定信号生成部(信号処理手段)
3 基本データ抽出部(基本データ抽出手段)
4 抽出範囲設定部(抽出範囲設定手段)
5 特徴データ抽出部(特徴データ抽出手段)
6 データ整列部
7 解析部
8 判定部
9 第一データ処理部
10 第二データ処理部(演算処理手段)
11 測定信号記憶部
12 コンピュータ
13 記憶装置
14 中央処理装置(CPU)
15 モニタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象体の状態に応じて変動するパラメータを測定信号として検出する測定信号検出手段と、
該測定信号検出手段で検出された該測定信号に対し、該パラメータの変動を把握するための前処理としての信号処理を施して、基本測定信号を生成する信号処理手段と、
該信号処理手段で生成された該基本測定信号に基づいて、該パラメータの変動を特徴付ける測定信号を基本データとして抽出する基本データ抽出手段と、
該基本データ抽出手段で抽出された該基本データによって規定される所定の領域を該測定信号の抽出範囲として設定する抽出範囲設定手段と、
該測定信号検出手段で検出された該測定信号のうち、該抽出範囲設定手段で設定された該抽出範囲に含まれる測定信号の中から、該対象体の状態を特徴付ける測定信号を特徴データとして抽出する特徴データ抽出手段と
を備えたことを特徴とする、データ処理装置。
【請求項2】
該測定信号検出手段が、動物のバイタルサインを該測定信号として検出する
ことを特徴とする、請求項1記載のデータ処理装置。
【請求項3】
該信号処理手段が、線形解析手法を用いて該測定信号に対し該信号処理を施す
ことを特徴とする、請求項1又は2記載のデータ処理装置。
【請求項4】
該信号処理手段が、該測定信号検出手段で検出された該測定信号から、予め設定された所定の周波数成分を濾波するフィルタ処理手段を有してなる
ことを特徴とする、請求項1〜3の何れか1項に記載のデータ処理装置。
【請求項5】
該測定信号検出手段が、該測定信号として略周期的に変動するパラメータを検出し、
該信号処理手段が、該測定信号を平滑化した波動を該基本測定信号として生成するとともに、
該基本データ抽出手段が、該基本測定信号における変動ピークの検出時刻を該基本データとして検出する
ことを特徴とする、請求項1〜4の何れか1項に記載のデータ処理装置。
【請求項6】
該抽出範囲設定手段が、該ピークの検出時刻の近傍時刻を該抽出範囲として設定する
ことを特徴とする、請求項5記載のデータ処理装置。
【請求項7】
該特徴データ抽出手段が、該抽出範囲に含まれる測定信号における変動ピークの検出時刻を該特徴データとして抽出する
ことを特徴とする、請求項6記載のデータ処理装置。
【請求項8】
該特徴データ検出手段で検出された該特徴データに基づき、該測定信号中の非線形構造を抽出し、該対象体の状態を解析する演算処理手段
をさらに備えたことを特徴とする、請求項1〜7の何れか1項に記載のデータ処理装置。
【請求項9】
対象体の状態に応じて変動するパラメータを測定信号として検出する測定信号検出ステップと、
該測定信号検出ステップで検出された該測定信号に対し、該パラメータの変動を把握するための前処理としての信号処理を施して、基本測定信号を生成する信号処理ステップと、
該信号処理ステップで生成された該基本測定信号に基づいて、該パラメータの変動を特徴付ける測定信号を基本データとして抽出する基本データ抽出ステップと、
該基本データ抽出ステップで抽出された該基本データによって規定される所定領域を抽出範囲として設定する抽出範囲設定ステップと、
該測定信号検出ステップで検出された該測定信号のうち、該抽出範囲設定ステップで設定された該抽出範囲に含まれる測定信号の中から、該対象体の状態を特徴付ける測定信号を特徴データとして抽出する特徴データ抽出ステップと
を備えたことを特徴とする、データ処理方法。
【請求項10】
該測定信号検出ステップにおいて、動物のバイタルサインを該測定信号として検出する
ことを特徴とする、請求項9記載のデータ処理方法。
【請求項11】
該信号処理ステップにおいて、線形解析手法を用いて該測定信号に対し該信号処理を施す
ことを特徴とする、請求項9又は10記載のデータ処理方法。
【請求項12】
該信号処理ステップにおいて、該測定信号検出ステップで検出された該測定信号から、予め設定された所定の周波数成分を濾波する
ことを特徴とする、請求項9〜11の何れか1項に記載のデータ処理方法。
【請求項13】
該測定信号処理ステップにおいて、該測定信号として略周期的に変動するパラメータを検出し、
該信号処理ステップにおいて、該測定信号を平滑化した波動を該基本測定信号として生成するとともに、
該基本データ抽出ステップにおいて、該基本測定信号における変動ピークの検出時刻を該基本データとして検出する
ことを特徴とする、請求項9〜12の何れか1項に記載のデータ処理方法。
【請求項14】
該抽出範囲設定ステップにおいて、該ピークの検出時刻の近傍時刻を該抽出範囲として設定する
ことを特徴とする、請求項13記載のデータ処理方法。
【請求項15】
該特徴データ抽出ステップにおいて、該抽出範囲に含まれる測定信号における変動ピークの検出時刻を該特徴データとして抽出する
ことを特徴とする、請求項14記載のデータ処理方法。
【請求項16】
該特徴データ検出ステップで検出された該特徴データに基づき、該測定信号中の非線形構造を抽出し、該対象体の状態を解析する演算処理ステップ
をさらに備えたことを特徴とする、請求項9〜15の何れか1項に記載のデータ処理方法。
【請求項17】
コンピュータを、信号処理手段,基本データ抽出手段,抽出範囲設定手段及び特徴データ抽出手段として機能させるためのデータ処理プログラムであって、
該信号処理手段が、測定信号として検出された、対象体の状態に応じて変動するパラメータの変動を把握するための前処理としての信号処理を該測定信号に対して施すとともに、基本測定信号を生成し、
該基本データ抽出手段が、該信号処理手段で生成された該基本測定信号に基づいて、該パラメータの変動を特徴付ける測定信号を基本データとして抽出し、
該抽出範囲設定手段が、該基本データ抽出手段で抽出された該基本データによって規定される所定の領域を該測定信号の抽出範囲として設定し、
該特徴データ抽出手段が、該測定信号検出手段で検出された該測定信号のうち、該抽出範囲設定手段で設定された該抽出範囲に含まれる測定信号の中から、該対象体の状態を特徴付ける測定信号を特徴データとして抽出する
ことを特徴とする、データ処理プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−73077(P2008−73077A)
【公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−252356(P2006−252356)
【出願日】平成18年9月19日(2006.9.19)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】