説明

トランスジェニック非ヒト動物

【課題】神経堤細胞の異常がなく、かつ神経堤細胞及び動物個体を生かした状態で観察することができる標識タンパク質を、神経堤細胞において特異的に発現し得るトランスジェニック非ヒト動物を提供する。
【解決手段】神経堤細胞において特異的に機能するプロモーターと、このプロモーターの制御下にある標識タンパク質をコードする遺伝子とを含み、かつ前記遺伝子は発現し得る状態で導入されているトランスジェニック非ヒト動物。該トランスジェニック動物は、神経堤細胞の増殖、遊走又は分化の制御物質のスクリーニングに用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標識タンパク質を神経堤細胞において特異的に発現することを特徴とするトランスジェニック非ヒト動物に関する。さらに本発明は、前記トランスジェニック非ヒト動物を利用した、神経堤細胞の生存、遊走又は分化を促進させるための物質をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
神経堤細胞は個体発生初期に神経管周囲に誕生し、全身の様々な細胞に増殖・移動(遊走)・分化する細胞群である。神経堤細胞の異常に由来するvon Recklinghausen病やHirschsprung病などの疾患は、多様な病態を呈することが知られている。神経堤細胞の正常発生や増殖・遊走・分化のメカニズムなどを明らかにし、病態の解明及び治療法を確立することは厚生労働科学的見地から究めて重要である。
【0003】
神経堤細胞において特異的に発現する転写因子として、Sox10が知られている。Sox10は、神経堤細胞に高レベルで特異的に発現し、発生初期から分化の進んだ神経堤細胞に至るまで、発現が持続する。そこで、Sox10は、神経堤細胞の系譜を追うための有効なマーカーとして利用できる。Sox10の転写調節(プロモーター)領域は、マウス染色体上のSox10をコードする遺伝子の前後約100kbp(100,000塩基)にわたって広がっていることが報告されている(非特許文献1を参照)。
【0004】
Sox10をマーカーとして利用した方法としては、ノックインマウスを利用した方法が知られている(非特許文献2を参照)。このノックインマウスは、2つあるSox10アリルの一つに酵素βガラクトシダーゼを置換したマウスである。このノックインマウスを用いれば、βガラクトシダーゼの発色反応によって動物体内の神経堤細胞の存在状態が観察できる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Werner T, Hammer A, Wahlbuhl M, Bosi MR, Wegner M. Nucleic Acids Research vol.35, 6526-6538, 2007
【非特許文献2】Britsch S, Goerich DE, Riethmacher D, Peirano RI, Rossner M, Nave LA, Brichmeier C, Wegner M. Genes Dev. vol. 15, 66-78, 2001
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記のノックインマウスは、Soxl0アリルの一つが欠失しているために、Sox10の機能低下によるとみられる神経堤細胞の異常による疾患を呈するマウスであった。また、上記ノックインマウスを用いて神経堤細胞を観察する方法は、ノックインマウスを殺傷してマウス体内の組織を切除し、次いで切除して得た組織を固定し、次いで固定した組織を免疫染色するという、何段階もの操作を要する方法であった。さらに上記方法において、通常、組織が切除されたマウスは死亡し、染色に供した細胞や組織もまた死滅することから、神経堤細胞を生きた状態で観察することが困難であった。したがって、上記ノックインマウスの同一個体を用いて、神経堤細胞の分化を制御する物質をスクリーニングすることはこれまで不可能であった。
【0007】
上記ノックインマウスの種々の問題を解消できる遺伝子組換え動物としては、内因性Sox10のアリルのいずれも欠失させることがなく、さらに神経堤細胞及び動物個体を生かした状態で観察することができる標識タンパク質を神経堤細胞において特異的に発現し得るトランスジェニック非ヒト動物が考えられる。しかし、このようなトランスジェニック非ヒト動物についてはこれまでに知られていない。
【0008】
そこで本発明の目的は、神経堤細胞の異常がなく、かつ神経堤細胞及び動物個体を生かした状態で観察することができる標識タンパク質を神経堤細胞において特異的に発現し得るトランスジェニック非ヒト動物を提供することにある。さらに本発明の目的は、前記トランスジェニック非ヒト動物を利用した、神経堤細胞の増殖、遊走又は分化を制御する物質をスクリーニングする方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、まずSox10発現系に標識タンパク質を組み込むことについて鋭意研究を進めた。その結果、マウス染色体15番長腕のマウスSox10遺伝子プロモーター領域を全て含む約200kbpの細菌人工染色体(BAC)クローンが利用できるのではないかと考えた。このBACクローンは、解析の結果、Sox10遺伝子調節に必要な全ての領域をカバーするものであった。そこで、本発明者らは、上記BACクローンに標識タンパク質をコードする遺伝子を組み込んだ組換えDNAを作成し、この組換えDNAを受精卵に注入し、次いでこの組換えDNAが注入された受精卵を偽妊娠マウスの卵管に移植することにより、トランスジェニックマウスを作製することを試みた。しかし、この試みでは、トランスジェニックマウスを得ることができなかった。
【0010】
そこで、本発明者らは、さらに、上記組換えDNAを制限酵素で直鎖化し、得られた直鎖組換えDNAを用いて、トランスジェニックマウスを作製することを試みた。その結果、上記標識タンパク質を神経堤細胞において特異的に発現するトランスジェニックマウスを得ることに成功した。さらにこのようにして得られたトランスジェニックマウスは、その個体発生を通じて、再現をもって神経堤細胞を標識できることを見出した(図6及び7を参照)。本発明はこれらの知見に基づいて完成された発明である。
【0011】
したがって、本発明によれば、神経堤細胞において特異的に機能するプロモーターと、このプロモーターの制御下にある標識タンパク質をコードする遺伝子とを含み、かつ
前記遺伝子は発現し得る状態で導入されていることを特徴とするトランスジェニック非ヒト動物が提供される。
【0012】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物の好ましい態様は、前記神経堤細胞において特異的に機能するプロモーターが、Sox10をコードする遺伝子のプロモーターである。
【0013】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物の好ましい態様は、前記標識タンパク質が、蛍光タンパク質又は発色反応触媒酵素である。
【0014】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物の好ましい態様は、前記蛍光タンパク質が、VENUS又はmCherryである。
【0015】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物の好ましい態様は、前記発色反応触媒酵素が、ルシフェラーゼである。
【0016】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物の好ましい態様は、非ヒト動物が、マウスである。
【0017】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物の好ましい態様は、非ヒト動物が、トランスジェニック非ヒト動物の細胞、組織又は器官である。
【0018】
本発明の別の側面によれば、本発明のトランスジェニック非ヒト動物を、被験物質で処理すること;
前記処理されたトランスジェニック非ヒト動物における標識タンパク質の標識を検出すること;及び
前記標識タンパク質の標識により神経堤細胞の増殖、遊走又は分化を観察すること
を含む、神経堤細胞の増殖、遊走又は分化を制御する物質をスクリーニングする方法が提供される。
【発明の効果】
【0019】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物によれば、標識タンパク質で特異的に標識することにより、固定や染色などの操作を加えることなく、正常な神経堤細胞を生きた状態で可視化すること(ライブ・イメージング)ができる。本発明のトランスジェニック非ヒト動物を利用することによって、以下のことが期待できる:(1)正常発生における神経堤細胞の分化・増殖・移動を個体レベルで生きたまま解明すること、(2)神経堤細胞の病態マウスとの交配によって、神経堤細胞の異常に由来する疾患の病態を生きたまま細胞生物学的・発生学的な見地から解析すること、(3)胎児分散培養をFACSソートして、標識タンパク質陽性の細胞を特異的に回収することで、高純度の神経堤細胞の培養系を確立でき、この培養系の細胞を病態マウスへの細胞治療法の確立に応用すること、(4)神経堤細胞の分化を制御する物質をスクリーニングすること。
【0020】
神経堤細胞の分化・増殖・移動のメカニズムは未解明な点が多い。また、その異常によって起こる疾患に関する治療法は確立されていない。したがって、本発明のトランスジェニック非ヒト動物を利用した、本発明の神経堤細胞の増殖、遊走又は分化を制御する物質をスクリーニングする方法によれば、神経堤細胞の異常による疾患の治療に寄与しうる物質を探索することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は、本発明のトランスジェニック非ヒト動物の作製に用いたSox10をコードする遺伝子を有するBACクローン(RP24-85O14)を示す。
【図2】図2は、BACクローンRP24-85O14に蛍光タンパク質であるVENUSをコードする遺伝子を相同組換えにより導入する方法のフローを示す。
【図3】図3は、メガヌクレアーゼPI-SceI認識サイト処理後の組換えBACクローンの模式図である。
【図4】図4は、トランスジェニックマウスの尾端から抽出したゲノムDNAを鋳型としてVENUS特異的プライマー、BACベクターのleft arm特異的プライマー、及びBACベクターのright arm特異的プライマーを用いてPCRを実施した結果を示す。
【図5】図5は、トランスジェニックマウスの耳断片の蛍光顕微鏡写真結果を示す。
【図6】図6は、トランスジェニックマウス胎生9.5日齢の神経堤細胞の蛍光観察結果を示す。
【図7】図7は、トランスジェニックマウスの腸管の発生に際して移動する神経堤細胞のライブ・イメージングを静止画化したものである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、神経堤細胞において特異的に機能するプロモーターと、このプロモーターの制御下にある標識タンパク質をコードする遺伝子とを含み、かつ前記遺伝子は発現し得る状態で導入されていることを特徴とする。
【0023】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、上記特徴を有するものであればよく、その製造方法やその他の特性などは特に限定されるものではない。
【0024】
非ヒト動物は、例えば、脊椎動物であることができ、哺乳動物であることが好ましい。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ヤギ、ブタ、イヌ、ネコ等が挙げられる。これらの中で、マウス、ラット、モルモット等のげっ歯類が好ましく、マウスまたはラットがより好ましい。また、本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、非ヒト動物個体だけでなく、非ヒト動物の一部、例えば、非ヒト動物の細胞、組織、器官などを含む広い概念で捉えられるべきものである。
【0025】
神経堤細胞において特異的に機能するプロモーターは、神経堤細胞において特異的に発現する遺伝子の転写調節領域であればよく、特に制限されない。神経堤細胞において特異的に機能するプロモーターの好ましい具体例としては、Sox10をコードする遺伝子が挙げられる。したがって、本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、Sox10をコードする遺伝子の転写調節領域であるプロモーターと標識タンパク質をコードする遺伝子とが連結された遺伝子を用いて、形質転換して得られたトランスジェニック非ヒト動物であることが好ましい。
【0026】
本明細書において、特定の遺伝子について、非ヒト動物が染色体上に元来有する位置に局在しているものを内因性遺伝子といい、これとは逆に非ヒト動物が染色体上に元来有する位置と異なる位置に局在しているものを外因性遺伝子という。本発明のトランスジェニック非ヒト動物において、神経堤細胞において特異的に機能するプロモーターとこのプロモーターの制御下にある標識タンパク質をコードする遺伝子とが連結された遺伝子(以下、連結遺伝子ともいう)は、外因性遺伝子であることが好ましい。例えば、非ヒト動物がマウスであり、かつ神経堤細胞において特異的に機能するプロモーターがマウス由来のSox10をコードする遺伝子である場合、上記連結遺伝子は、本発明において、マウスの染色体15番の長腕(Chr15qE1 mm9)に局在している内因性Sox10遺伝子と異なる部位に局在していることが好ましい。
【0027】
Sox10は、神経堤細胞において高レベルで発現する転写因子である。Sox10をコードする遺伝子は、例えば、マウス由来のSox10をコードする遺伝子(NCBI accession number:NC#000081.5、NT#039621.7)を例示することができる。
【0028】
上記Sox10をコードする遺伝子(以下、Sox10遺伝子ともいう)において、第3エクソンに開始コドン(ATG)があり、第5エクソンに終止コドン(TGA)がある。したがって、Sox10遺伝子は、上記第3エクソンのATGから第5エクソンのTGAまでの塩基配列をオープンリーディングフレーム(ORF)として有しており、この遺伝子の全長は約100kbpに渡り非常に巨大なサイズの配列からなる。
【0029】
Sox10遺伝子のプロモーター(以下、Sox10プロモーターともいう)は、これを非ヒト動物の神経堤細胞などの宿主細胞に導入した場合、このプロモーターの下流に連結された遺伝子の形質発現に影響を及ぼす領域である。また、このように、Sox10プロモーターにより発現が制御される遺伝子を、Sox10プロモーターの制御下にある遺伝子とよぶ。Sox10プロモーターは、Sox10プロモーターの制御下にある遺伝子(外来遺伝子)の発現を、内因性Sox10遺伝子が元来受けている発現制御と同一の制御様式で制御することができる。
【0030】
Sox10プロモーターを含むDNA(以下、「Sox10プロモーターDNA」ともいう)を取得するには、BAC、YAC等のゲノムライブラリー等から公知の通常用いられる方法によりSox10遺伝子を有するクローンを選抜し、Sox10遺伝子のタンパク質コード領域の上流域、イントロンおよび下流域をできるだけ長く利用することが好ましい。
【0031】
また、Sox10プロモーターDNAの由来は、非ヒト動物の宿主細胞内に導入された際にこのSox10プロモーターDNAが機能できるものであればよく、特に限定されるものではないが、宿主細胞内で機能する可能性が高いことから、Sox10プロモーターDNAの由来は、Sox10プロモーターDNAを導入する非ヒト動物と同種のものが好ましい。
【0032】
Sox10プロモーターDNAの発現制御活性を解析する方法は、例えば、Sox10プロモーターDNAと、このプロモーターの制御下にある標識タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞に導入した後に、導入された宿主細胞内で発現しているレポータータンパク質である標識タンパク質の量を解析することにより確認することができる。
【0033】
Sox10プロモーターDNAについて、マウス由来の上記Sox10遺伝子を例として、以下により具体的に説明する。
【0034】
本発明者らは、後述の実施例に示すように、Sox10遺伝子の上流約80kbp、コード領域約50kbp、下流約100kbpを含むBACクローン(RP24−85O14)を用いてトランスジェニックマウスを作製した。他の利用可能なBACクローンと比較しても、このクローンはSox10遺伝子の上流および下流の配列を十分に長く含むものであった。
【0035】
本発明に供されるSox10プロモーターは、Sox10遺伝子をコードする領域の上流域および下流域の塩基配列を広範囲に含んでいることが好ましい。具体的には、上流域は、Sox10遺伝子をコードする領域の上流の好ましくは50kbp以上、より好ましくは60kbp以上、さらに好ましくは70kbp以上、なおさらに好ましくは80kbp以上が保存された領域である。また、下流域は、Sox10遺伝子をコードする領域の下流の好ましくは50kbp以上、より好ましくは60kbp以上、さらに好ましくは70kbp以上、なおさらに好ましくは80kbp以上が保存された領域である。これにより、Sox10遺伝子のプロモーターの制御下にある標識タンパク質をコードする遺伝子の発現特異性を内因性Sox10遺伝子の発現特異性により近づけることが可能となる。
【0036】
標識タンパク質は、この標識タンパク質を導入されたトランスジェニック非ヒト動物及びこの非ヒト動物における神経堤細胞を生かした状態で検出できるものであればよく、特に限定されるものではない。標識タンパク質としては、蛍光タンパク質や基質の発色反応を触媒する発色反応触媒酵素が好ましい。
【0037】
蛍光タンパク質としては、観察可能な蛍光を発するものであればよく、特に限定されるものではない。具体的には、生体において特に基質等を加えなくても自家発光を呈するものがより好ましい。ただし、トランスジェニック非ヒト動物における蛍光を検出するためには、蛍光強度が大きいものが好ましく、例えば、VENUSやmCherryがより好ましい。VENUSやmCherry、及びこれらをコードする遺伝子は、例えば、Nagaiらの文献(Nagai T, Ibata K, Park ES, Kubota M, Mikoshiba K, Miyawaki A. Nature Biotechnol. 20, 87-90, 2002)に詳細な記載がある。
【0038】
発色反応触媒酵素としては、基質の発色反応を触媒することにより蛍光等の発色を誘発する酵素であればよく、特に限定されるものではない。このような発色反応触媒酵素としては、例えば、ルシフェラーゼを用いることが好ましい。ルシフェラーゼを発現するトランスジェニック非ヒト動物は、ルシフェラーゼの基質であるルシフェリンを腹腔内注射などで投与され、かつルシフェラーゼが発色反応を触媒する条件下に置かれることにより、ルシフェラーゼ発現部位において黄色蛍光を発するようになる。ルシフェラーゼ及びルシフェラーゼをコードする遺伝子は、例えば、Steghens らの文献(Steghens JP, Min KL, Bernengo JC. Firefly Biochem J. vol. 336 109-113. 1998)に詳細な記載がある。
【0039】
上記した蛍光タンパク質をコードする遺伝子(以下、「蛍光タンパク質遺伝子|ともいう)又は発色反応触媒酵素をコードする遺伝子を含むDNA断片の取得方法は、特に限定されるものでない。例えば、PCR等で増幅するなど、従来公知の方法を用いて取得することができる。また、市販のものを用いることもできる。本明細書における分子生物学的又は遺伝子工学的な方法は、例えば、Molecular Cloning: A laboratory Manual, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY.,1989、Current Protocols in Molecular Biology, Supplement 1〜38, John Wiley & Sons (1987-1997)などに記載の方法に準じて実施することができる。
【0040】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物のより好ましい態様は、Sox10をコードする遺伝子のプロモーターと、このプロモーターの制御下にある蛍光タンパク質をコードする遺伝子とを含み、かつ前記遺伝子は発現し得る状態で導入されていることを特徴とするトランスジェニック非ヒト動物である。以下、この好ましい態様に基づき、本発明のトランスジェニック非ヒト動物の製造方法について説明する。
【0041】
Sox10をコードする遺伝子のプロモーターとこのプロモーターの制御下にある蛍光タンパク質をコードする遺伝子とが連結された遺伝子(「導入遺伝子」ともいう)は、具体的な構成、およびその作製方法などは特に限定されるものではない。
【0042】
蛍光タンパク質遺伝子は、Sox10遺伝子のORF領域に挿入されていることが好ましい。これにより、Sox10プロモーターと連結した蛍光タンパク質遺伝子の発現を、Sox10プロモーター制御下の固有の遺伝子、すなわち、Sox10遺伝子が元来受けている発現制御と同一の制御様式で制御することができる。
【0043】
導入遺伝子において、蛍光タンパク質遺伝子以外に、ネオマイシン耐性(neo)遺伝子やハイグロマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子、あるいは、lacZ(β−ガラクトシダーゼ遺伝子)やcat(クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ遺伝子)等のレポーター遺伝子等が、単独又は組み合わせて連結されていてもよい。
【0044】
導入遺伝子においては、Sox10プロモーターDNA断片に蛍光タンパク質遺伝子が、Sox10プロモーターの制御下に置かれるように結合されている。それゆえ、導入遺伝子を適当な宿主に導入することにより、この宿主内でSox10プロモーターの活性化により発現した蛍光タンパク質の存在を生体において観察することができるモデル系を作製することができる。
【0045】
蛍光タンパク質遺伝子はSox10遺伝子のORF開始コドン以下に通常の方法を用いて挿入する。このとき、制御領域である可能性を持つイントロンができるだけ含まれるようにすることが好ましい。Sox10プロモーターDNAと蛍光タンパク質遺伝子との間には、Sox10遺伝子のORFの塩基配列の一部、例えば、Sox10のN末端の数アミノ酸残基をコードするDNAが挿入されてもよい。この場合、上記ORFの塩基配列の一部と蛍光タンパク質遺伝子とは、お互いの読みとり枠(トリプレットコドン)がずれないように結合される。ここで、固有の遺伝子を含むDNAは、cDNAライブラリー等からPCR等の方法により取得したcDNAでもよいし、ゲノムライブラリー等から取得したゲノムDNAでもよい。
【0046】
Sox10プロモーターDNAと蛍光タンパク質遺伝子との間に、Sox10遺伝子のORFの塩基配列の一部の配列が全く含まれなくてもよい。具体的には、Sox10遺伝子の開始コドンが、蛍光タンパク質遺伝子の開始コドンとなるように結合してもよい。
【0047】
蛍光タンパク質遺伝子としては、ターミネーターを含むものを用い、その3’下流側には、poly Aシグナルを付与する配列を連結することが好ましい。さらにこのPoly Aシグナルの下流には、薬剤耐性遺伝子などのマーカー遺伝子を連結することがより好ましい。例えば、マーカー遺伝子としてカナマイシン耐性遺伝子を連結する場合は、FRT−Kan−r−FRT(取り外し可能なカナマイシン耐性遺伝子カセット)を利用することができる。FRT−Kan-r-FRTは、大腸菌内で組み換え体を選択するためにカナマイシン耐性遺伝子を一時的に組み込むための用途に用いられる。上記カセットにおいて、カナマイシン耐性遺伝子は、組み換え後にこのカナマイシン耐性遺伝子だけを外すためにFRT配列で挟まれている。
【0048】
導入遺伝子の作製方法は、特に限定されるものではなく、例えば、上記Sox10遺伝子のゲノムDNAを適当なゲノムDNAライブラリーから取得し、このDNAの上記したような位置に蛍光タンパク質遺伝子を挿入する方法等が挙げられる。なお、後述の実施例では、相同組み換えにより、蛍光タンパク質遺伝子を挿入している。
【0049】
より具体的にいえば、まず、Sox10遺伝子(Sox10プロモーターDNAを含む)を含むBACクローンを取得する。上記BACクローンを取得する方法は、特に限定されるものではないが、例えば、市販のBACライブラリーなどから、公知の方法を用いてスクリーニングすることにより取得することができる。また、市販のBACクローンをそのまま用いることもできる。
【0050】
次に、Sox10遺伝子を含むBACクローンを鋳型として、上記Sox10プロモーターDNAと蛍光タンパク質遺伝子とを連結したDNAをPCR等の方法を用いて増幅し、そのDNA断片を得る。そして、従来公知のクローニングベクターなどを用いて、従来公知の方法により、プロモーター領域DNA、蛍光タンパク質遺伝子、および上記蛍光タンパク質遺伝子の3'下流に連結する領域のDNAが5'側から順に並んだDNA断片(以下、「導入遺伝子断片」ともいう)を作製する。クローニングベクターとしては、例えば、pCRベクター、pBS(ストラタジーン社製)、pBluescriptII(ストラタジーン社製)が用いられる。導入遺伝子断片の作製方法の具体例としては、実施例に記載の作製方法が挙げられる。
【0051】
次いでBACをもつコンピテントセルに、上記導入遺伝子断片が挿入されたシャトルベクターで形質転換し、次いで相同組換えにより上記導入遺伝子断片をBACに挿入し、次いでBACが挿入されたクローンを選抜する。選抜方法は、特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いることができる。例えば、抗生物質による選抜や、サザンブロットやPCRのような分子生物学的な手法による選抜を用いることができる。迅速に目的のクローンを選抜する観点から、これらの選抜方法は、組み合わせて用いることが好ましい。
【0052】
なお、BAC DNAの任意の位置に、特定の遺伝子を挿入する方法の詳細については、後述の実施例、Gong S et al. Genome Res. 12, 1992-1998 (2002)、およびAbe K et al. Exp. Anim. 53(4), 311-320 (2004)などを参照することができる。
【0053】
このようにして得られる組換えBACでは、Sox10遺伝子のプロモーター領域と蛍光タンパク質遺伝子とが連結されている。また、上記蛍光タンパク質遺伝子の配列を除いて、Sox10遺伝子近傍のゲノム配列がそのまま保存されている。したがって、このような改変されたBACを用いて、適当な宿主の形質転換を行うことにより、上記プロモーター領域と上記蛍光タンパク質遺伝子とが連結したDNAが挿入されていることを除いて、その他は全く本来のゲノムである形質転換体を得ることができる。それゆえ、内因性Sox10がもつ発現様式で蛍光タンパク質を発現するトランスジェニック非ヒト動物を製造することができる。
【0054】
上記のように作製(構築)した導入遺伝子を、ヒト以外の動物生殖細胞にトランスジーン法により導入してトランスジェニック動物細胞を作製し、さらにこれを発生させることによりヒト以外のトランスジェニック動物を作製することができる。
【0055】
上記「トランスジーン法」とは、当該導入遺伝子を宿主が有するゲノムDNAの不特定の位置に複数コピー挿入する方法である。本発明においては、導入遺伝子としてBACを用いるトランスジーン法を用いることが好ましい。導入遺伝子として用いる上記BACは、特に、目的とするSox10遺伝子のプロモーター領域(ORFコード領域の十分な長さの上流域と下流域等)を含むゲノムDNAを含有するBACのORF領域に上記蛍光タンパク質遺伝子が挿入されていることが好ましい。上記方法によれば、このようなトランスジェニック非ヒト動物では、本来Sox10がもつ発現様式で蛍光タンパク質が発現されるため、上記蛍光タンパク質が発する蛍光を検出することにより、Sox10を発現及び蓄積する細胞組織、すなわち神経堤細胞組織を同定することができる。また、このようにして得られるトランスジェニック非ヒト動物は、ノックイン動物と違ってホモ動物であってもSox10をコードする遺伝子が破壊されることはなく、また、1つの遺伝子導入部位にタンデムに複数のトランスジーンが挿入されることが起こりうるので、ホモ動物個体の1細胞において2個以上のトランスジーンが働くことになり、蛍光タンパク質を強く発現させることができる。なお、本明細書において、「BAC法」とは、BACを用いて導入遺伝子を構築し、当該導入遺伝子をトランスジーン法により宿主細胞に形質転換する方法をいう。
【0056】
また、上記の方法で、宿主に導入遺伝子を導入する際、導入効率を向上させるために、導入遺伝子を直鎖状にしてから導入することが好ましい。直鎖状にするための切断箇所は転写、翻訳に必要な領域の外部であればいずれの場所であってよい。例えば、後述の実施例の場合には、組換えBAC DNAがメガヌクレアーゼPI−SceI認識サイトが組み込まれているために、この認識サイトを上記メガヌクレアーゼで処理することにより、直鎖化することができる。
【0057】
導入遺伝子を直鎖状にする方法は特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いることができる。例えば、導入遺伝子として、BACを用いる場合、まず、BACをもつ細胞からBAC DNAを従来公知の方法を用いて抽出する。抽出したBAC DNAをλ−ターミナーゼや制限酵素を用いて直鎖化する。このようにして得られる直鎖化したBAC DNAを、パルスフィールド電気泳動(以下、「PFGE」ともいう)により分離後、ゲルからβ−アガラーゼ等を用いて直鎖状のBAC DNAを回収する。これにより直鎖状のBAC DNAを取得することができる。なお、BAC DNAの抽出および直鎖化の方法の詳細については、後述の実施例、及びAbe K et al. Exp. Anim. 53(4), 311-320 (2004)などの文献を参照することができる。
【0058】
本発明において、宿主として用いる細胞は非ヒト細胞であればよく、特に限定されるものではない。例えば、ヒト以外の受精卵を用いることができる。以下に、ヒト以外の受精卵に導入遺伝子を導入する方法をより詳細に説明する。
【0059】
本発明で用いるヒト以外の受精卵は、これらに導入遺伝子を導入して発生・成育させることにより、プロモーター領域の活性で蛍光タンパク質遣伝子を発現するヒト以外のトランスジェニック動物を作製できるものであればよく、特に限定されるものではない。
【0060】
このような受精卵は、ヒト以外の動物の雄と雌を交配させることによって得られる。受精卵は、自然交配によっても得られるが、好ましくは動物の雌の性周期を人工的に調節した後、雄と交配させて得られる。
【0061】
動物の雌の性周期を人工的に調節する方法としては、例えば、初めに卵胞刺激ホルモン(妊馬血清性性腺刺激ホルモン;PMSG)、次いで黄体形成ホルモン(ヒト繊毛性性腺刺激ホルモン;hCG)を投与する方法が挙げられる。上記ホルモンの投与方法は、特に限定されるものではなく、例えば、腹腔注射等により投与する方法が挙げられる。これらのホルモンの投与量、投与間隔等は、当該動物の種類により適宜決定すればよい。上記の通り動物の雌にホルモン投与を行って過剰排卵させ、交配後1日目の卵管から摘出すること等によって受精卵を得ることができる。得られた受精卵は、導入遺伝子をマイクロインジェクション法等により注入して、動物の雌の輸卵管に人工的に移植、着床させて出産させることにより、トランスジェニック動物を得ることができる。
【0062】
また、動物の雌に黄体形成ホルモン放出ホルモン(以下、「LHRH」ともいう)あるいはその類縁体を投与した後に、動物の雄と交配させて、受精能を誘起させた偽妊娠雌動物を作製し、得られた偽妊娠雌動物に受精卵を人工的に移植、着床する方法を用いることもできる。LHRH、又はその類縁体の投与量等は、ヒト以外の動物の種類によりそれぞれ異なる。さらに、上記のヒト以外の動物の雌の性周期を人工的に調節して受精卵を取得する方法と、受精能を誘起させた偽妊娠雌動物にこの受精卵を人工的に移植・着床させる方法とを組み合わせて用いることが好ましい。
【0063】
導入遺伝子が導入されたヒト以外の受精卵を用いて本発明のヒト以外のトランスジェニック動物を作製する方法を、マウス受精卵を用いてトランスジェニックマウスを作製する場合を例に挙げてより具体的に説明する。
【0064】
まず、採卵用の雌マウスに卵胞刺激ホルモン(妊馬血清性性腺刺激ホルモン;PMSG)及び黄体形成ホルモン(ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン;hCG)を投与して過剰排卵させ、雄マウスと交配して、膣栓確認後に卵管から受精卵を採取する。得られた受精卵の雄性前核に前記導入遺伝子をマイクロインジェクション法等により導入して、得られる卵細胞をWhitten'sの培地等で培養した後、偽妊娠させた雌マウスの輸卵管に移植して被移植動物を飼育し、出産させる。生まれた仔マウスから蛍光タンパク質遺伝子を発現した仔マウスを選択することにより、本発明のトランスジェニックマウスを得ることができる。
【0065】
上記マウスの受精卵としては、例えば、B6C3F1、C57BL/6、129/sv、BALB/c、C3H、SJL/Wt等に由来するマウスの交配により得られるものを用いることができる。
【0066】
導入遺伝子の量は100〜3,000コピーが適当である。導入遺伝子の導入方法としては、マイクロインジェクション法やエレクトロポレーション法等の通常用いられる方法を挙げることができる。ここで、上記導入遺伝子が導入された仔マウスの選択は、マウスの尾の先を切り取って、高分子DNA抽出法(発生工学実験マニュアル、野村達次監修・勝木元也編、講談社(1987))又はDNAeasy Tissue Kit(QIAGEN社製)等の市販のキットを用いることによりゲノムDNAを抽出し、サザンブロット法やPCR法等の通常用いられる方法により当該DNA中の蛍光タンパク質遺伝子の存在を確認することによって行うことができる。
【0067】
実際にその個体内で導入された蛍光タンパク質遺伝子が発現され、蛍光タンパク質が産生されていることは、ノーザンブロット法やウェスタンブロット法等の通常用いられる方法により確認することができる。また、本発明においては、蛍光の発光量の測定や、蛍光顕微鏡等による観察によっても行うことができる。
【0068】
本発明にかかるトランスジェニック非ヒト動物は、例えば、BAC法を用いることにより、好適に製造することができるが、本発明のトランスジェニック非ヒト動物の製造方法は、上記に限定されるものではない。作製されたトランスジェニック非ヒト動物の一部、例えば、この非ヒト動物の細胞、組織、器官もまた、本発明のトランスジェニック非ヒト動物の範囲内である。
【0069】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物において、標識タンパク質は、神経堤細胞又は神経堤細胞に由来する組織や器官(以下、「神経堤細胞等」ともいう)に特異的に発現する。すなわち、標識タンパク質が発現している部位が、神経堤細胞等である。標識タンパク質が蛍光タンパク質である場合、蛍光タンパク質は、励起光を照射することにより、蛍光を発する。したがって、蛍光を検出することにより、神経堤細胞等を可視化することができる。
【0070】
以上の本発明のトランスジェニック非ヒト動物の製造方法において、Sox10をコードする遺伝子のプロモーターをその他の神経堤細胞において特異的に機能するプロモーターに置き換え、蛍光タンパク質をその他の標識タンパク質に置き換えることができ、これらを置き換えて製造されたトランスジェニック非ヒト動物もまた、本発明の範囲内である。
【0071】
神経堤細胞等の可視化方法は、具体的には、本発明のトランスジェニック非ヒト動物において、標識タンパク質の標識を検出する工程(以下、「標識検出工程」ともいう)を含むことが好ましい。
【0072】
標識検出工程において、標識を検出する方法は、特に限定されるものではなく、標識に沿って従来公知の方法を用いることができる。例えば、標識が発色である場合は、位相差顕微鏡や蛍光顕微鏡などの光学顕微鏡下に本発明のトランスジェニック非ヒト動物の腸管などの組織もしくは組織切片をそのまま又は標識タンパク質の発色反応を誘発して観察することにより、発色を検出することができる。組織を固定した後では、標識タンパク質に対する抗体を用いて免疫組織化学的に可視化することもできる。発色が蛍光発色である場合は、多光子励起共焦点レーザー顕微鏡を用いて、腸管の表面からの蛍光を観察することにより、in vivoで発色を検出できる。
【0073】
本発明のトランスジェニック非ヒ卜動物から得られる組織について、標識タンパク質を指標として、この組織や細胞が神経堤細胞由来であるか否かを同定することができる。
【0074】
標識タンパク質の発現量は、標識の強度や程度によって観察及び測定することができる。標識が発色である場合において、発色強度の測定方法は、光学顕微鏡などによる可視化や、FRET(F1uorescence Resonance Energy Transfer)等による定量化、二光子励起法、あるいはフローサイトメトリー等によることができる。パーソナルコンピューターなどの電子計算機を用いたこれらの方法によれば、発色強度を測定することにより、自動的に標識タンパク質の発現量を求めることも可能である。
【0075】
例えば、本発明のトランスジェニック非ヒト動物に、被験物質等を投与し、この投与により神経堤細胞の標識タンパク質の発現量の変化を観察すれば、上記投与に対する神経堤細胞の機能的あるいは形態的変化を解析することができる。このような解析によれば、神経堤細胞の挙動、例えば、増殖、遊走又は分化に対する被験物質の投与によって誘発される生理薬理効果の作用機構や相互作用等を解明することができる。これらの解析から得られる知見は、神経堤細胞に関連した発生やこの発生に由来する疾患に対する薬理作用のメカニズムの解明につながるものである。
【0076】
標識タンパク質が蛍光タンパク質や発色反応触媒タンパク質である本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、神経堤細胞を生体において可視化することができるので、神経堤細胞の増殖、遊走又は分化を制御する物質のスクリーニングに供され得る。神経堤細胞の増殖、遊走又は分化を制御する物質とは、特に制限されないが、例えば、神経堤細胞の増殖、遊走又は分化の促進、停滞、減少、後退などに機能しうる物質をいう。
【0077】
本発明の神経堤細胞の増殖、遊走又は分化を制御する物質をスクリーニングする方法は、本発明のトランスジェニック非ヒト動物を、被験物質で処理し、次いで処理されたトランスジェニック非ヒト動物における標識タンパク質の標識を検出し、次いで標識タンパク質の標識により神経堤細胞の増殖、遊走又は分化を観察することを含む。該観察は、例えば、図7に示すように、ライブイメージングとして実施できる。
【0078】
被験物質としては、例えば、ペプチド、タンパク、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、植物抽出液、動物組織抽出液等が挙げられる。また、これらの物質は新規な物質であってもよいし、公知の物質であってもよい。
【0079】
トランスジェニック非ヒト動物を被験物質で処理する方法としては、例えば、経口投与、静脈注射、共培養等の通常用いられる公知の方法が用いられる。これらは、トランスジェニック非ヒト動物の状態(個体、細胞、組織、器官など)や症状、被験物質の性質等に合わせて適宜選択すればよい。また、被験物質の処理量についても、処理方法、被験物質の性質等に合わせて適宜選択することができる。
【0080】
神経堤細胞に現れる変化としては、標識タンパク質の発現量や、細胞数の変化を伴う構造的、あるいは形態的な効果等が挙げられる。これらの解析方法としては上記した方法を同様に用いることができる。
【0081】
なお本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0082】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
【実施例1】
【0083】
1.組み換え用プラスミドの作成
マウスSOX10遺伝子は染色体15番の長腕(Chr15qE1 mm9)に位置する。BACクローン(RP24-85O14)は、BACPPAC RESOURCES (Children's Hospital And Research Center at Oakland, 747-52nd Street, Oakland, California 94609, USA)から購入した(図1)。このクローンのインサートサイズはSOX10遺伝子近傍の約200kbpを含んでいる。SOX10の翻訳開始点ATGはSOX10遺伝子の第3エクソンに存在する(図2(2))。この翻訳開始点の5'側1,000bp(5'arm)と、翻訳終了点の3'側1,000bp(3'arm)をそれぞれプライマーを用いて増幅し相同組み換え領域とした(図2(1)、(2))。相同組み換え領域の内側に蛍光蛋白質Venus、終始コドン(stop)、SV40 polyAシグナルを付加し、FRT-Kan-r-FRTを挿入した(図2(1))。インサートを制限酵素I-CeuI、I-SceIによる二重消化で切り出し精製した。
【0084】
2.大腸菌内相同組み換え
BACクローンRP24-85O14をエレクトロポレーション法で大腸菌EL250にトランスフォーメーションした。以下、大腸菌EL250は32℃で培養した。クロラムフェニコールLB寒天培地で、耐性コロニーを拾いクロラムフェニコールLB液体培地で大量培養し、エレクトロポレーション用のコンピテントセル(EL250/RP24-85O14)を調整した。
【0085】
1.で精製したインサートDNAをEL250/RP24-85O14にエレクトロトランスフォーメーションした。このとき、インサートDNAによってカナマイシン耐性を獲得したコロニーをクロラムフェニコール(Cam)+カナマイシン(Kan)LB寒天培地から拾った。この耐性コロニーは、BACクローンRP24-85O14と1.で精製したインサートDNAをともに含んでいる。大腸菌EL250は通常32℃で培養するが、42℃で過熱すると相同組み換え酵素RecAが誘導発現された。酵素RecAが誘導されると、BACクローンRP24-85O14と1.で精製したインサートDNAの間の相同領域で組み換えが起こり、BACクローンRP24-85O14内のSOX10翻訳領域とVENUS-pA-FRT-neo-FRTが置換された(図2(3))。
【0086】
大腸菌EL250は10%アラビノース添加培地で32℃、1時間培養すると、組み換え酵素Flpeが誘導された。Flpeの酵素活性はFRT配列間に挟まれたneo遺伝子を切り出した(図2(4))。1時間培養後の一部をクロラムフェニコール+カナマイシンLB寒天培地に撒いてカナマイシン耐性を失っていることを確認した。この培養液を大量培養用のグリセロール・ストックとし、−80℃で保存した。
【0087】
3.BAC DNAの調整
グリセロール・ストックをクロラムフェニコールLB寒天培地にストリークし、37℃終夜培養後、シングルコロニーを5ml LB液体培地(クロラムフェニコール含)で終夜培養した。大量培養用の培地は750ml LB液体培地(クロラムフェニコール含)を2本用意した。終夜培養した5mlの中から0.3mlずつ750mlの大量培養培地に接種し、さらに37℃で終夜培養した。
【0088】
翌日、集菌し氷冷した10mM NaCl 50mlで菌を洗浄した。再度遠心して上清を捨てた。ペレット(菌)をSolution I (10mM EDTA, pH 8.0) 32mlでsuspendした。Solution II (0.2M NaOH, 0.1% SDS) 16mlを加えて穏やかに混ぜ、直ちに氷冷した(10分静置した)。Solution III (3M 酢酸カリウム, pH4.8, 氷冷)を加えて穏やかに混ぜた。8,000x g、10分、4℃で遠心し、上清を新しいチューブに移した。等量のイソプロピルアルコールを加え-20度で10分静置した。5,000x g、10分、4℃で遠心した。
【0089】
4.トランスジェニックマウスの作成
(1)ベクターの前処理
作成したBAC DNAのベクター内にメガヌクレアーゼPI-SceI認識サイトが組み込まれており、PI-SceI切断によってBAC DNAを直鎖とした(図3)。直鎖化することによって、染色体DNAに組み込まれる際にインサートを挟むレフトアーム、ライトアーム全長が挿入される確立が向上した。BAC-DNAはミリポアVMWP02500 (0.5μm pore) 膜を用いて、顕微注入用緩衝液(10mM TrisHCl, pH 7.5, 0.1mM EDTA, 0.1M NaCl, 30μMスペルミン, 70μM スペルミジン)に対して終夜透析を行った。顕微注入用の最終DNA濃度は3ng/μlとした。顕微注入用DNAは予めパルスフィールドゲル電気泳動によってDNA分子量と質の確認を行った。
【0090】
(2)マウス処置
トランスジェニックマウス作成にはB6C3F1種を用いた。飼育・実験は日本学術会議ガイドライン及び国立精神・神経センター実験動物管理委員会の指針に従って施行した。マウスは厳密にコントロールされた照明下(午前8時点灯、午後8時消灯)で飼育した。交配後、膣栓確定日を胎生0.5日とした。受精卵採取用雌マウス(4週齢)10匹の卵採取48時間前にPMSG(セロトロピン、あすか製薬)10単位、24時間前に10単位のhMG(ゴナトロピン、あすか製薬)を腹腔内投与することで過排卵を誘発した。過排卵誘発後の雌マウスを野生型雄マウスと交配し、受精後卵採取(300個)した。偽妊娠状態の仮親は、精管結さつ処置を施した野生型マウスと交配させて準備した。
【0091】
(3)受精卵前核へのDNA顕微注入(300個)後、4〜24時間培養して顕微鏡下でダメージのない受精卵200個を卵管移植した。偽妊娠仮親一匹あたり、20〜30個の卵を移植した。
【0092】
5.トランスジェニックマウスの同定
仮親3匹分から生まれたF0世代のマウス尾端より、ゲノムDNAを精製し、3組の異なるプライマーを用いたPCRを行った(図3)。すなわち、VENUS特異的プライマーと、BACベクターのleft armとright arm特異的なPCRを行った(図4)。ライン4、22、23、26、27、28、29番で3組のプライマーで目的の大きさのバンドが増幅された。一方、ライン5ではインサートのVENUSのバンドしか観察されなかったことから、BAC全長が組み込まれていないことが示唆された。これらのラインの中から再現よくPCR増幅されるライン26、27、28をトランスジェニックラインとして経代した。経代したマウスは、生後7日目にジエテルエーテルによって麻酔し、個体識別のためのear punchを行った。punchされた耳断片から凍結切片を作成し蛍光顕微鏡で観察した。図5に示すようにトランスジェニックマウス個体のみ、耳の色素細胞、神経線維が緑色蛍光を発することによって容易に同定された。この緑色蛍光の所見は、同じ個体から断尾してゲノムDNAを抽出し、VENUS特異的プライマーでPCRを行った結果と一致した。
【0093】
6.トランスジェニックマウス胎生9.5日齢の神経堤細胞の蛍光観察(6)
交配後に膣栓確認を行った時点を胎生0.5日齢とし、9.5日経過したものを深麻酔下に開腹し、胎児を取り出して生理的食塩水中で無固定のまま、蛍光実体顕微鏡で観察した。
【0094】
7.トランスジェニックマウスの腸管の発生に際して移動する神経堤細胞のライブ・イメージング(図7)
胎生12.5日齢の胎児を無菌的に取り出し、大腸を剖出し10%ウシ胎児血清存在下DMEM培地で50時間組織培養を行った。大腸組織を15分ごとに一枚、50時間にわたって蛍光顕微鏡で撮影し動画としてイメージングした。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経堤細胞において特異的に機能するプロモーターと、このプロモーターの制御下にある標識タンパク質をコードする遺伝子とを含み、かつ
前記遺伝子は発現し得る状態で導入されていることを特徴とするトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項2】
前記神経堤細胞において特異的に機能するプロモーターが、Sox10をコードする遺伝子のプロモーターである、請求項1に記載のトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項3】
前記標識タンパク質が、蛍光タンパク質又は発色反応触媒酵素である、請求項1又は2に記載のトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項4】
前記蛍光タンパク質が、VENUS又はmCherryである、請求項3に記載のトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項5】
前記発色反応触媒酵素が、ルシフェラーゼである、請求項3に記載のトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項6】
非ヒト動物が、マウスである、請求項1〜5のいずれか1項に記載のトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項7】
非ヒト動物が、トランスジェニック非ヒト動物の細胞、組織又は器官である、請求項1〜6のいずれか1項に記載のトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のトランスジェニック非ヒト動物を、被験物質で処理すること;
前記処理されたトランスジェニック非ヒト動物における標識タンパク質の標識を検出すること;及び
前記標識タンパク質の標識により神経堤細胞の増殖、遊走又は分化を観察すること
を含む、神経堤細胞の増殖、遊走又は分化を制御する物質をスクリーニングする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−158181(P2010−158181A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−1082(P2009−1082)
【出願日】平成21年1月6日(2009.1.6)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2008年7月10日 日本神経科学学会主催の「第31回日本神経科学大会」において文書をもって発表
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】