説明

ドップラ速度計及びドップラ効果を用いた速度計測方法

【課題】構成部品のバラツキ等に影響されず、高い応答性をもってドップラ周波数を検出できるドップラ速度計及び速度計測方法を提供する。
【解決手段】本発明のドップラ速度計1は、送信波と同一周波数を有する第1比較波と、第1比較波に対して位相をπ/2ずらした第2比較波とを発生する比較波発生部10と、受信波と第1比較波とをミキシングする第1混合部11と、受信波と第2比較波とをミキシングする第2混合部12と、両混合部11,12の出力からドップラ周波数を求める信号処理部15と、第1混合部11の出力と第2混合部12の出力とが同一又は所定のゲイン値を有するように、第1混合部11及び/又は第2混合部12を校正するキャリブレーション機構16を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ドップラ速度計及びドップラ効果を用いた速度計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、移動する物体(被計測物体)の速度を遠隔で計測する際には、「ドップラ効果」を利用した速度計が用いられることがある。
例えば、特許文献1には、マイクロ波を用いて自動車等のスピードを測る交通監視用のスピード測定器に関する技術が開示されている。
特許文献2に記載された技術では、製鉄所内の連続鋳造ラインにおいて、被計測物体(鋳片)に電波を照射して、反射してくる電波のドップラ周波数を測定することにより、鋳片の引き抜き速度を測定している。この場合、ドップラ周波数は、鋳片に照射する電波の周波数や鋳片の速度に比例するものとなり、引き抜き速度が低速の場合、ドップラ周波数は低くなって、かかる速度を高分解能で測定することが困難となっていた。
【0003】
具体的には、特許文献2では、送信波として周波数10GHz(特許文献2中の1GHzは誤り)の電波を使用し、速度v=2cm/sで移動する鋳片の速度を計測しており、この場合、ドップラ周波数fdは1.3Hzとなる。しかしながら、市販されている周波数測定器の測定レンジは約1Hz〜数MHz程度であり、1Hz前後の周波数を測定した際には大きな誤差を伴うことが予想される。また、鋳片の速度が遅くなりドップラ周波数が1Hz以下になった場合、このような低い周波数を測定しようとすれば、測定時間が長くなり、応答性で不利な状況となる。
【0004】
この状況を改善するためには、被計測物体へ発射する電波の周波数を高くしてドップラ周波数を上げればよく、特許文献2では、周波数50GHzの電波を使用しドップラ周波数を約6.7Hzに上げるようにしている。
また、被計測物体の速度を高分解能で測定するために、レーザ光を照射するレーザドップラ速度計が既に商品化されている。レーザドップラ速度計は、電波に比べその周波数がはるかに高いレーザ光を被計測物体に照射するため、そのドップラ周波数は低速の物体でも高いものとなる(例えば、可視レーザ光632nm、ミリ波76GHzとすると、その周波数比は6200倍)。ゆえに、レーザドップラ速度計は非常に低速度からの測定が可能なものとなっている。特許文献3には、上述したようなレーザドップラ速度計を用いて、鋼線材の引き抜き速度を遠隔で計測することが開示されている。
【0005】
一方、特許文献4には、送信波を被計測物体に向かって送信し、反射してきた受信波を受信し、受信波と第1比較波とを第1混合部でミキシングすると共に、受信波と第1比較波に対し位相がπ/2異なる第2比較波とを第2混合部でミキシングし、両ミキシング結果から位相変化を求め、この位相変化からドップラ周波数を求めるようにした技術が開示されている。
【特許文献1】特開平11−118908号公報
【特許文献2】特開昭62−244560号公報
【特許文献3】特開2004−74229号公報
【特許文献4】特開昭60−85372号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
製鉄所に代表される悪環境下で、特許文献3に記載されたレーザドップラ速度計を用いた場合、レーザ光は少しの粉塵でも散乱され計測誤差が著しいものとなる。
特許文献1や特許文献2の如く、周波数の高い電波を用いたドップラ速度計を使用すると、粉塵による電波の散乱等がレーザ光に比して少なく正確な速度測定が可能となると考えられる。しかしながら、以下に述べる数々の問題もある。
つまり、図5に示すように、電波はその周波帯域により酸素分子や水蒸気(すなわち大気)に反射されたり吸収される。そのため、例えば、多量の水蒸気が充満する圧延機近傍での圧延材の搬送速度の検出などには不向きである。仮に水蒸気が少ない環境下であっても、電波は、その周波数が極端に高くなると光と同様に伝搬路の粉塵粒子の影響を受けやすくなるため、高い周波数の電波はダスト環境下には適さない。
【0007】
加えて、電波の使用には各国とも法的規制があり、極微弱な電波を除けば、用途毎に割り当てられている使用周波数が決まっている。例えば、移動体検知センサ用の特定小電力無線局に対しては、10.525GHz(室内)と24.15GHz(室内外)とが使用に対して開放されているものの、他の周波数(例えば、50GHz)の無制限な使用は許されていない。
上記の制約を考慮して、電波の使用周波数を選択した場合、ドップラ速度計に使用できる電波の周波数は必ずしも高くできず、得られるドップラ周波数も通常の周波数計測機器で計測できる周波数レンジと比して非常に低いものとなる。ドップラ周波数が1Hz程度の場合、このような低い周波数を測定しようとすれば、測定時間が長くなり、応答性で不利な状況となる。
【0008】
そこで、特許文献4に開示された直交検波技術を使い、受信波から求められる位相変化を抽出することで、低速である被計測物体の速度を求めることが可能であると思われる。なぜならば、位相は周波数と異なり、その計測に一周期分の時間を必ずしも必要としないからである。
しかしながら、その場合であっても大きな問題が考えられる。
10GHz程度の電波すなわち高周波を用いたドップラ速度計を構成しようとした場合、高周波用の電子部品(素子)のバラツキが非常に大きく、設計通りの特性を実現することが困難であることは、当業者間では常識となっている。例えば、第1混合部や第2混合部を構成する高周波用のミキシング素子は、周波数変換用に入力する局部発信器の信号の大きさでその変換特性が異なる。また、ミキシング素子の経時変化(温度変化を含む)も無視できない。したがって、第1混合部及び第2混合部間では、常に両者のバランスが崩れる可能性があり、正確な直交検波(位相変化の抽出)が困難である。
【0009】
そこで、本発明は、上記問題に鑑み、構成部品のバラツキ等に影響されず、高い応答性をもってドップラ周波数を検出できるドップラ速度計及びドップラ効果を用いた速度計測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成するため、本発明においては以下の技術的手段を講じた。
すなわち、本発明にかかるドップラ速度計は、送信波を被計測物体に向かって送信すると共に、前記送信波が被計測物体で反射された反射波を受信波として受信することにより被計測物体の移動速度を計測するものであって、前記送信波と同一周波数を有する第1比較波と、該第1比較波に対して位相をπ/2ずらした第2比較波とを発生する比較波発生部と、前記受信波と第1比較波とをミキシングする第1混合部と、前記受信波と第2比較波とをミキシングする第2混合部と、該第1混合部及び第2混合部の出力から得られる位相変化を基にドップラ周波数を求める信号処理部と、前記第1混合部の出力と第2混合部の出力とが同一又は所定のゲイン値を有するように、基準となる参照波を基に、第1混合部及び/又は第2混合部を校正するキャリブレーション機構を有することを特徴とする。
【0011】
以下、ドップラ速度計の原理を述べる。図1は、直交検波を用いたドップラ速度計の基本的な構成を示したブロック図である。
送信波発生部2により発生された周波数fの送信波は、方向性結合器3により、2つの信号に分割され、その一方が、送信部4より被計測物体Wに発射される。
被計測物体Wに当たった送信波は反射して反射波となり、この反射波が受信波として受信部5で受信される。受信波の周波数はドップラ周波数fdを含むものとなっている。受信波は、第1ミキサ6と第2ミキサ7にそれぞれ入力される。
【0012】
第1ミキサ6には、前述の方向性結合器3により分配された周波数fの信号が、第1比較波として入力される。さらに、方向性結合器3により分配された信号は、位相シフト部8により位相をπ/2ずらされて第2比較波となり、第2ミキサ7に入力される。
ここで、送信波発生部2が発生する送信波をsin(2πft)とすれば、送信波、受信波の信号は、以下の通りとなる。
【0013】
【数1】

【0014】
ここで、αは位相を表し、送信波が被計測物体Wで発射してドップラ速度計に戻ってくるに要する時間に起因するものである。
第1ミキサ6には、受信波と第1比較波sin(2πft)が入力されるため、第1ミキサ6の出力は、式(1)のようになる。
第2ミキサ7には、受信波と第2比較波sin(2πft+π/2)が入力され、第1ミキサ6の出力は、式(2)のようになる。
【0015】
【数2】

【0016】
第1ミキサ6、第2ミキサ7の出力は、ローパスフィルタ9を介して取り出され、式(3),式(4)のようになる。
【0017】
【数3】

【0018】
以上のような操作をすることで、ドップラ周波数を含んだ受信波の2成分を抽出でき、かかる2成分を基に、式(5)の如く、位相φを算出することができる(直交検波)。
【0019】
【数4】

【0020】
この式(5)を時間微分することで、式(6)を導出でき、この式(6)に基づいて、算出された位相φの微分値を基にドップラ周波数fdを求めることができる。実際には、細かい時間間隔Δt毎に位相を測定しその際の位相変化Δφを求め、式(6)’からドップラ周波数fdを算出する。
【0021】
【数5】

【0022】
以上の議論は、理想的にドップラ速度計の回路が作動した場合であり、前述した特許文献4の技術などは、それを前提で論じられている。
しかしながら、直交検波を行う図1の構成において、第1ミキサ6及び第2ミキサ7、すなわち2個の高周波用のミキシング素子の特性が若干異なったり、方向性結合器3の特性が規格通りでなく送信波発生部2からの送信波を確実に等分配していない等々、実際の電子部品(素子)はある程度のバラツキを有するのが通例である。特に、マイクロ波領域では素子のバラツキは大きく、方向性結合器3の等分配も調整を要するものである。
【0023】
ゆえに、ローパスフィルタ9通過後の第1ミキサ6及び第2ミキサ7の出力には、これら分配比率やミキシング素子の特性差を反映し、異なる係数(ゲイン値)a,bが掛かり、実際には、式(3)',式(4)'のようになる。
【0024】
【数6】

【0025】
その場合、計測で得られるのは、式(3)',式(4)'の2つであるが、未知量はa,b,fdの3個という状況となり、ドップラ周波数fdを求めることができなくなる。
そのため、本願発明かかるドップラ速度計では、キャリブレーション機構を有しているため、この機構により、第1混合部と第2混合部の出力(図1における第1ミキサ6及び第2ミキサ7の出力に相当)とが同一又は所定のゲイン値となるように、基準となる参照波を基に、第1混合部及び/又は第2混合部の出力を校正(調整)することができる。
このようにすることで、式(3)',式(4)'の未知量a,bを「a=b」の関係とし、受信波の2成分のバランスを修正でき、ドップラ周波数fdを確実に導出可能となる。なお、未知量a,bを「a=k・b」の関係(kは既知の比例定数)としても何ら問題はない。
【0026】
なお、好ましくは、前記第1混合部には、当該第1混合部の出力のゲイン値を調整する第1ゲイン調整部が備えられると共に、前記第2混合部には、当該第2混合部の出力のゲイン値を調整する第2ゲイン調整部が備えられ、前記キャリブレーション機構には、基準となる参照波を発生する参照波発生部と、前記第1混合部及び第2混合部へ参照波又は受信波を切り換えて入力させる入力切換部と、前記入力切換部を介して参照波が第1混合部及び第2混合部に入力された際に、第1混合部の出力と第2混合部の出力とが同一又は所定のゲイン値を有するように、第1ゲイン調整部及び/又は第2ゲイン調整部を調整する校正部と、が備えられているとよい。
【0027】
このような構成であると、第1ゲイン調整部を調整することで、第1混合部の出力のゲイン値を可変とでき、第2ゲイン調整部を調整することで、第2混合部の出力のゲイン値を可変とすることができ、容易に、式(3)',式(4)'で係数a=bとすることができる。
特に、入力切換部を切り換えて、参照波発生部で作成された「特性が明らかとなっている参照波」を第1混合部、第2混合部に入力し、第1ゲイン調整部及び/又は第2ゲイン調整部を調整することで、式(3)',式(4)'で表される出力の係数a,bを確実にa=bとすることができる。
【0028】
また、本発明にかかるドップラ効果を用いた速度計測方法は、被計測物体に向かって送信する送信波と同一周波数を有する第1比較波と、該第1比較波に対し位相をπ/2ずらした第2比較波とを準備しておく比較波発生工程と、前記送信波を被計測物体に向かって送信し、前記送信波が被計測物体で反射されたものを受信波として受信し、前記受信波と第1比較波とを第1混合部でミキシングすると共に、前記受信波と第2比較波とを第2混合部でミキシングし、前記第1混合部及び第2混合部の出力から得られる位相変化を基にドップラ周波数を求め、該ドップラ周波数から被計測物体の移動速度を求める速度計測工程と、前記第1混合部の出力と第2混合部の出力とが同一又は所定のゲイン値を有するように、基準となる参照波を基に、前記第1混合部及び第2混合部を校正するキャリブレーション工程とを備え、前記比較波発生工程の後に、速度計測工程とキャリブレーション工程とを行うことを特徴とする。
【0029】
この速度計測方法において、比較波発生工程の後に速度計測工程を実施することで、被計測物体の移動速度を測定することができる。加えて、比較波発生工程の後にキャリブレーション工程を実施することで、第1混合部及び第2混合部の出力のゲイン値が同じ又は所定の関係を有するように、両混合部の出力を校正することができ、ひいては、移動速度を求める際に必要なドップラ周波数fdを確実に導出可能となる。
なお、前記キャリブレーション工程を、前記速度計測工程の前に行うと良く、前記キャリブレーション工程と速度計測工程とを交互に行ってもよい。
【0030】
こうすることで、速度計測工程時には、常に第1混合部及び第2混合部は校正済みとなっており、移動速度を求める際に必要なドップラ周波数fdを正確に導出可能となる。
【発明の効果】
【0031】
本発明に係るドップラ速度計及びドップラ効果を用いた速度計測方法によれば、構成部品のバラツキ等に影響されず、高い応答性をもってドップラ周波数を検出でき、被計測物体の移動速度の正確な計測が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下、本発明に係るドップラ速度計及びドップラ効果を用いた速度計測方法を、図を基に以下説明する。
図2は、本発明に係るドップラ速度計1のブロック構成図である。
ドップラ速度計1は、周波数fの送信波を発生する送信波発生部2と、この送信波を速度vで移動する被計測物体Wに向けて発射する送信部4と、被計測物体Wで反射された反射波を受信する受信部5とを有している。
被計測物体Wに送信される送信波は、マイクロ波等の電波であって、送信部4としては、マイクロ波を効率的に発射可能な送信用のホーンアンテナやパラボラアンテナなどが用いられている。同様に、受信部5としては、被計測物体Wで反射されたマイクロ波を効率的に受信可能な受信用のホーンアンテナやパラボラアンテナなどが使用される。
【0033】
さらに、ドップラ速度計1は、送信波と同一周波数を有する第1比較波と、第1比較波とは位相がπ/2ずれている第2比較波とを発生する比較波発生部10を有している。加えて、受信波と第1比較波とをミキシングする第1混合部11と、受信波と第2比較波とをミキシングする第2混合部12とを有している。
詳しくは、比較波発生部10は、方向性結合器3と位相シフト部8とを有しており、送信波発生部2により発生された送信波は、方向性結合器3に入力され、送信波と同一の周波数を持った信号に分配され、第1比較波となる。この第1比較波はさらに分岐されて、位相シフト部8へ入力され、第1比較波とは位相がπ/2ずれている第2比較波となる。
【0034】
方向性結合器3は公知の技術に基づいたマイクロ波用の分配器が採用可能であり、位相シフト部8は公知の技術に基づいたフェーズシフト回路などを採用可能である。
第1混合部11は、受信波と第1比較波とをミキシングする第1ミキサ6と、この第1ミキサ6の出力から低周波成分のみを取り出すローパスフィルタ9、そして、ローパスフィルタ9の出力のゲイン値を調整可能な第1ゲイン調整部13とを備えている。第2混合部12は、受信波と第2比較波とをミキシングする第2ミキサ7と、この第2ミキサ7の出力から低周波成分のみを取り出すローパスフィルタ9、そして、ローパスフィルタ9の出力のゲイン値を調整可能な第2ゲイン調整部14とを備えている。
【0035】
第1ミキサ6及び第2ミキサ7は公知のマイクロ波用ミキシング素子を採用可能であり、ローパスフィルタ9は公知の技術に基づいたものが採用可能である。第1ゲイン調整部13や第2ゲイン調整部14は後述する回路が採用可能である。
また、本発明に係るドップラ速度計1は、前述した第1混合部11及び第2混合部12の出力を基に位相変化を求め、この位相変化からドップラ周波数を求める信号処理部15を有している。加えて、第1混合部11の出力と第2混合部12の出力とが同一又は所定のゲイン値となるように(言い換えるならば、信号処理部15に対する2つの入力が同一又は所定のゲイン値となるように)、基準となる参照波を基に第1混合部11及び第2混合部12を校正するキャリブレーション機構16を有する。
【0036】
キャリブレーション機構16は、キャリブレーションすなわち校正を行う際に基準となる参照波を発生する参照波発生部17を有している。参照波発生部17は、高い周波数安定性を得ることができる水晶発振器と、この水晶発振器が発生した正確な周波数を基に所定の参照波を発生する電圧制御発振器(VCO)とから構成される。水晶発振器は、恒温槽に入れられており外乱(周囲温度の変化、電源電圧の変化等)の影響を受けないようになっている。キャリブレーション機構16は、第1混合部11及び第2混合部12に対して参照波又は受信波を切り換えて入力させる入力切換部18を有している。入力切換部18としては、高周波用のスイッチング回路が採用可能である。
【0037】
さらに、キャリブレーション機構16は、入力切換部18により第1混合部11と第2混合部12とに参照波が入力された際に、第1混合部11の出力と第2混合部12の出力とが同一又は所定のゲイン値となるように、第1ゲイン調整部13及び/又は第2ゲイン調整部14を調整する校正部19を有している。この校正部19は、ネガティブフィードバックを行う制御回路であることが好ましく、信号処理部15の中に設けられるものとなっている。
次に、本実施形態のドップラ速度計1を用いて、被計測物体Wの移動速度を計測する際の信号の流れや計測態様(直交検波のやり方、キャリブレーション機構16の作動態様)について説明する。
【0038】
本実施形態での被計測物体Wとしては、製鉄所内の連続鋳造ラインにおいて製造されるスラブや圧延ラインで製造される圧延材などを想定しており、その移動速度は、例えばv=2cm/sと遅いものである。
まず、速度計測にあたっては、比較波発生部10において、被計測物体Wに向かって送信する送信波と、この送信波と同一周波数を有する第1比較波と、この第1比較波に対し位相をπ/2ずらした第2比較波とを準備しておく(比較波発生工程)。
詳しくは、送信波発生部2で、被計測物体Wに発射する送信波(sin(2πft))を発生する。その際、周波数fは、電波法等の規制を鑑み、マイクロ波の周波数帯域であるf=10GHzとしている。発生された送信波は、方向性結合器3により分配され第1比較波となる。第1比較波はさらに分岐された後、位相シフト部8に入力され第2比較波(cos(2πft))となる。
【0039】
比較波発生工程の後には、キャリブレーション工程を行う。
すなわち、入力切換部18を切り換えて、第1ミキサ6及び第2ミキサ7に参照波発生部17が発生した信号を入力するようにする。参照波発生部17が発生する参照波としては、ドップラ周波数と同程度の低い周波数であると直交検波の出力が安定するのに時間がかるので、ドップラ周波数より十分高い周波数f'であるのが望ましい。
第1ミキサ6には、方向性結合器3で分配されたsin(2πft)と、参照波sin(2πf't)が入力され、ローパスフィルタ9及び第1ゲイン調整部13を介して直交検波の第1成分の出力が出力されるようになる。第2ミキサ7には、方向性結合器3で分配され位相シフト部8で位相がシフトされたcos(2πft)と、参照波sin(2πf't)が入力され、ローパスフィルタ9及び第2ゲイン調整部14を介して直交検波の第2成分が出力されるようになる。
【0040】
その後、第1成分及び第2成分におけるゲイン値(式(3)',式(4)'でのa,b)を等しいものとするために、信号処理部15内に設けられた校正部19は、第1ゲイン調整部13又は第2ゲイン調整部14、もしくはそれら両調整部を調整する。かかる調整後は、信号処理部15に入力される信号、すなわち第1混合部11及び第2混合部12の出力ゲインは同じものとなる。
このようなキャリブレーション工程を行った後、被計測物体Wの速度計測(速度計測工程)を行う。すなわち、速度計測時は、入力切換部18を切り換え、受信部5で受信され受信波が直接、第1ミキサ6と第2ミキサ7に入力されるようにしておく。
【0041】
ここで、送信波発生部2が発生する送信波をsin(2πft)とすれば、送信波、受信波の信号は、以下の通りとなる。
【0042】
【数7】

【0043】
ここで、αは位相を表し、送信波が被計測物体Wで発射してドップラ速度計1に戻ってくるに要する時間に起因するものである。
第1ミキサ6には、方向性結合器3で分配されたsin(2πft)が入力され、第2ミキサ7には、位相シフト部8から出力されたcos(2πft)が入力され、さらに、第1ミキサ6、第2ミキサ7の出力は、ローパスフィルタ9を介して取り出され、式(3),式(4)のようになる。
【0044】
【数8】

【0045】
この信号は、信号処理部15へ入力され、信号処理部15内では、式(5)の如く、かかる2成分の比(第2ミキサ7の出力/第1ミキサ6の出力)に対しアークタンジェントを取り、位相φを算出する。
【0046】
【数9】

【0047】
以上述べた直交検波により得られたφについて、細かい時間間隔Δtにおける変化量Δφを求め、式(6)’からドップラ周波数fdを算出するようにする。
【0048】
【数10】

【0049】
被計測物体Wの移動速度が非常に低速で、且つ周波数f=10GHz程度のマイクロ波を送信波として選択した場合、得られるドップラ周波数は1Hz程度となり、通常の周波数計測機器で計測できる周波数レンジと比して非常に低いものとなる。加えて、このような低い周波数を測定しようとすれば測定時間が長くなり、応答性で不利な状況となる。例えば、1Hzの周波数を計測するのは、最低でも一周期分にあたる1秒の時間を有する。
しかしながら、式(6)'で示されるように、位相を検出することで、短時間に且つ高応答性で計測が可能となる。なぜならば、位相は周波数と異なり、その計測に一周期分の時間を必ずしも必要としないからである。
【0050】
式(6)'から得られた、ドップラ周波数fdを式(7)に入力することで、被計測物体Wの移動速度を知ることができる。
【0051】
【数11】

【0052】
なお、前述した如く、第1ミキサ6、第2ミキサ7を構成する高周波用のミキシング素子の特性や方向性結合器3の特性は、経時変化(温度変化を含む)をするものであるが、その変化は短期的なものではない。ゆえに、本実施形態のように、速度計測工程の前に一度だけキャリブレーション工程を実施することで、実際の使用には十分耐えうる精度を確保できる。
図3には、前述した第1ゲイン調整部13又は第2ゲイン調整部14に採用可能な「ゲイン調整回路」の具体的な構成を示している。
【0053】
図3(a)は同期型のゲイン調整回路である。この調整回路は、入力側から第1アンプ21(可変ゲイン)及び第2アンプ22(固定ゲイン)の2つのアンプと、両アンプ21,22間に配備されたスイッチ部23ならびに第1アンプ21に対するレベル調整回路24を備えている。
第1アンプ21へは、ローパスフィルタ9通過後の第1ミキサ6及び第2ミキサ7の出力が入力されるものとなっており、第2アンプ22は、信号処理部15への入力レベルを適切にするレベル合わせ用のアンプである。スイッチ部23は、入力切換部18の動作信号(切換信号)に同期しスイッチングを行う。
【0054】
スイッチ部23は、入力切換部18が参照波発生部17と第1ミキサ6及び第2ミキサ7とを接続した際には、それに同期して、第1アンプ21の出力をレベル調整回路24に接続する。このレベル調整回路24では、第1ミキサ6及び第2ミキサ7から出力される参照波に由来する信号を平均化し、その値が所定のゲイン値を有するように第1アンプ21にゲイン変更の指令値を送る。この指令値やレベル調整回路24自体に対して校正部19からフィードバック制御を行い、第1混合部11や第2混合部12の出力(信号処理部15への入力)が同じゲイン値を有するようにする。
【0055】
入力切換部18が、受信波を第1ミキサ6及び第2ミキサ7へ入力するように切り換わった際は、それに同期して、レベル調整回路24は直前のゲイン変更指令値を保持する。
図3(b)はフィルタ分離型のゲイン調整回路を示している。この調整回路は、入力側から第1アンプ21(可変ゲイン)及び第2アンプ22(固定ゲイン)の2つのアンプと、両アンプ21,22間に配備されたローパスフィルタ9、バンドパスフィルタ25、レベル調整回路24とを備えている。
第1アンプ21へは、ローパスフィルタ9通過後の第1ミキサ6及び第2ミキサ7の出力が入力されるものとなっており、第2アンプ22は、信号処理部15への入力レベルを適切にするレベル合わせ用のアンプである。
【0056】
このゲイン調整回路では、入力切換部18に連動したスイッチングは不要となっている。すなわち、第1アンプ21に参照波に由来した周波数の信号が入力された場合には、この信号は、第1アンプ21の出力側に配備されたローパスフィルタ9は通過せずバンドパスフィルタ25のみを通過し、レベル調整回路24へと流れる。なぜならば、前述した如く、参照波の周波数はドップラ周波数より高い周波数を有し且つその周波数が一定だからである。
レベル調整回路24では、入力された参照波に由来する信号を平均化し、その値が一定になるよう第1アンプ21にゲイン変更の指令値を送る。かかる指令値やレベル調整回路24自体に対して校正部19からフィードバック制御を行い、第1混合部11や第2混合部12の出力(信号処理部15への入力)が同じゲイン値を有するようにする。
【0057】
受信波が第1ミキサ6及び第2ミキサ7へ入力する場合には、第1アンプ21には受信波由来の信号が入力されることになる。この信号はドップラ周波数を有するため、第1アンプ21を出た後はバンドパスフィルタ25を通過せず、固定ゲインのままローパスフィルタ9を通じて第2アンプ22へと入力され、信号処理部15へと送られる。
なお、本発明は、上記実施の形態に限定されるものではない。
すなわち、図4に示すように、送信部4と受信部5とを同一のアンテナで構成し送受信部30とすることも可能である。その場合、送信波と受信波とを分離するサーキュレータ31を、送受信部30と入力切換部18との間に設ける必要がある
また、速度計測方法の説明においては、速度計測工程の前に、一度だけキャリブレーション工程を実施することを例示して述べたが、キャリブレーション工程と速度計測工程とを交互に行うようにしてもよい。言い換えるならば、一定周期で参照波と受信波とを切り換えるようにし、一定時間間隔(例えば1秒毎)で、第1混合部11と第2混合部12との出力ゲインを同じに調整することは非常に望ましい。
【0058】
また、速度計測工程の後に、キャリブレーション工程を実施すれば、次回の速度計測での精度もある程度保証されるものとなり、非常に好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明にかかるドップラ速度計及びドップラ効果を用いた速度測定方法は、様々な形状・速度を有する被計測物体の速度測定に用いることができる。特に、連続鋳造機から出てくる鋳片や伸線機から排出される線材、圧延設備での被圧延材に好適に実施できる。また、鉄鋼プロセスなど高温、多粉塵の悪環境下にある物体の移動速度を測定する用途に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】基本的なドップラ速度計のブロック構成図である。
【図2】本発明に係るドップラ速度計のブロック構成図である。
【図3】ゲイン調整回路のブロック構成図である。
【図4】他の実施形態に係るドップラ速度計のブロック構成図である。
【図5】大気における電波の周波数−吸収係数の特徴を示した図である。
【符号の説明】
【0061】
1 ドップラ速度計
2 送信波発生部
3 方向性結合器
4 送信部
5 受信部
6 第1ミキサ
7 第2ミキサ
8 位相シフト部
9 ローパスフィルタ
10 比較波発生部
11 第1混合部
12 第2混合部
13 第1ゲイン調整部
14 第2ゲイン調整部
15 信号処理部
16 キャリブレーション機構
17 参照波発生部
18 入力切換部
19 校正部
W 被計測物体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
送信波を被計測物体に向かって送信すると共に、前記送信波が被計測物体で反射された反射波を受信波として受信することにより被計測物体の移動速度を計測するドップラ速度計であって、
前記送信波と同一周波数を有する第1比較波と、該第1比較波に対して位相をπ/2ずらした第2比較波とを発生する比較波発生部と、
前記受信波と第1比較波とをミキシングする第1混合部と、
前記受信波と第2比較波とをミキシングする第2混合部と、
該第1混合部及び第2混合部の出力から得られる位相変化を基にドップラ周波数を求める信号処理部と、
前記第1混合部の出力と第2混合部の出力とが同一又は所定のゲイン値を有するように、基準となる参照波を基に、第1混合部及び/又は第2混合部を校正するキャリブレーション機構を有することを特徴とするドップラ速度計。
【請求項2】
前記第1混合部には、当該第1混合部の出力のゲイン値を調整する第1ゲイン調整部が備えられると共に、前記第2混合部には、当該第2混合部の出力のゲイン値を調整する第2ゲイン調整部が備えられ、
前記キャリブレーション機構には、基準となる参照波を発生する参照波発生部と、前記第1混合部及び第2混合部へ参照波又は受信波を切り換えて入力させる入力切換部と、前記入力切換部を介して参照波が第1混合部及び第2混合部に入力された際に、第1混合部の出力と第2混合部の出力とが同一又は所定のゲイン値を有するように、第1ゲイン調整部及び/又は第2ゲイン調整部を調整する校正部と、が備えられることを特徴とする請求項1に記載のドップラ速度計。
【請求項3】
被計測物体に向かって送信する送信波と同一周波数を有する第1比較波と、該第1比較波に対し位相をπ/2ずらした第2比較波とを準備しておく比較波発生工程と、
前記送信波を被計測物体に向かって送信し、前記送信波が被計測物体で反射されたものを受信波として受信し、前記受信波と第1比較波とを第1混合部でミキシングすると共に、前記受信波と第2比較波とを第2混合部でミキシングし、前記第1混合部及び第2混合部の出力から得られる位相変化を基にドップラ周波数を求め、該ドップラ周波数から被計測物体の移動速度を求める速度計測工程と、
前記第1混合部の出力と第2混合部の出力とが同一又は所定のゲイン値を有するように、基準となる参照波を基に、前記第1混合部及び第2混合部を校正するキャリブレーション工程とを備え、
前記比較波発生工程の後に、速度計測工程とキャリブレーション工程とを行うことを特徴とするドップラ効果を用いた速度計測方法。
【請求項4】
前記キャリブレーション工程を、前記速度計測工程の前に行うことを特徴とする請求項3に記載のドップラ効果を用いた速度計測方法。
【請求項5】
前記キャリブレーション工程と速度計測工程とを交互に行うことを特徴とする請求項3に記載のドップラ効果を用いた速度計測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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