説明

ナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法、およびナノシートとポリマーとの複合薄膜

【課題】基材表面が親水性および疎水性のいずれであっても、自己組織化反応によってナノシートとポリマーとの複合薄膜を形成することのできるナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法、およびナノシートとポリマーとの複合薄膜を提供すること。
【解決手段】ナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法において、正電荷層を形成した後、正電荷層に自己組織化反応によって酸化ルテニウムナノシートを吸着させてナノシートとポリマーとの複合薄膜を形成する。その際、カチオン部(NH2+)、親水部(OH)および疎水部(−CH2−CH2−)を備えたPVA共重合体を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材表面上の正電荷層に自己組織化反応によってアニオン性のナノシートを吸着させるナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法、およびナノシートとポリマーとの複合薄膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
剥離させたナノシートを用いた薄膜材料合成法としては、電気泳動法、LB法、静電的自己組織化法が主に用いられている。電気泳動による製膜は、原理的に導電性基板上のみに適用される手法であり、導電性を持たない基板上でのナノシート材料の創製は大幅に限定されている。LB法は、気液界面上に浮かんだナノシート薄膜層を基板に転写する手法であるため、適用対象が平滑な基板に限られることや製膜時間の観点から工業的に好ましくない。
【0003】
これらに対して、静電的な相互作用を使用した静電的自己組織化法は、ナノシートが帯びた電荷と反対電荷を持つポリマーを先に基板に吸着させ、その後、ナノシートを吸着させる。このため、基板の導電性や形状に依存しないことから、薄膜から粉体まで適用範囲が広く、湿式合成を活かしたroll−to−rollでの材料合成が可能である点で工業的に優れた手法である(非特許文献1参照)。
【0004】
かかる静電自己組織化反応を利用した成膜方法では、一般に、基材側に最初の対電荷層を吸着させる必要がある。その際、多くのナノシートがアニオン性および親水性を有するため、従来は、親水性を備えたカチオン性のポリマーを用いて、基材に親水性を付加する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】T.Sasaki,Y.Ebina,M.Watanabe and G.Decher,Chem.Commun.,2163 (2000)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、プラスチック基板は、親水化が難しいため、静電自己組織化反応を利用する場合には、基材表面が金属やガラスなどの親水性表面に限定されるという問題点がある。
【0007】
以上の問題点に鑑みて、本発明の課題は、基材表面が親水性および疎水性のいずれであっても、自己組織化反応によってナノシートとポリマーとの複合薄膜を形成することのできるナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法、およびナノシートとポリマーとの複合薄膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明に係るナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法では、基材表面上に両親媒性のカチオン性ポリマーからなる正電荷層を形成した後、当該正電荷層に自己組織化反応によってアニオン性のナノシートを吸着させてナノシートとポリマーとの複合薄膜を形成することを特徴とする。
【0009】
本発明では、自己組織化反応によってアニオン性のナノシートを吸着させる際、基材表面上に形成される正電荷層が両親媒性のカチオン性ポリマーからなる。このため、基材表面が親水性、疎水性、あるいは親水性領域と疎水性領域の双方が存在するような場合でも、正電荷層を好適に形成することができる。それ故、プラスチック表面などにも自己組織化反応を利用してナノシートとポリマーとの複合薄膜を形成することができるなど、基材表面の性質を問わず、自己組織化反応を利用してナノシートとポリマーとの複合薄膜を形成することができる。
【0010】
本発明において、代表的なアニオン性のナノシートとしては、金属酸化物ナノシートを挙げることができる。
【0011】
本発明において、前記金属酸化物ナノシートは、酸化ルテニウムナノシートであることが好ましい。前記金属酸化物ナノシートが酸化ルテニウムナノシートであれば、複合薄膜として、透光性の複合薄膜、導電性の複合薄膜、磁性を有する複合薄膜、触媒活性を有する複合薄膜、化学的および電気化学的な安定性を有する複合薄膜を得ることができるので、広い用途に用いることができる。特に、酸化ルテニウムナノシート自体が非常に柔軟な材料であるため特異なフレキシブル性を発揮する。
【0012】
この場合、前記酸化ルテニウムナノシートは、厚みが2nm以下、横サイズがサブミクロンメートルから数ミリメートルの範囲であることが好ましい。
【0013】
本発明において、前記酸化ルテニウムナノシートは、リチウム、ナトリウム、ルビジウムおよびセシウムからなる群から選ばれた1種乃至2種以上のアルカリと複合化された層状酸化ルテニウムを出発物質として得られてなることが好ましい。
【0014】
本発明において、前記ナノシートの表面上に、さらに正電荷層の形成と、当該正電荷層に対して自己組織化反応によるナノシートの吸着とを行ない、前記複合薄膜として、複数層のナノシートが積層してなる積層膜を形成することが好ましい。すなわち、交互積層法あるいは交互吸着法によって、ナノシートとポリマーとの複合薄膜として、複数層のナノシートが積層してなる積層膜を形成することが好ましい。
【0015】
本発明において、前記複合薄膜は、前記ナノシートが部分的に重なってナノシートの一層分が形成されていることが好ましい。かかる構成によれば、ナノシートが継ぎ接ぎ状ネットワークを形成しているので、電流の経路を確保でき、かつ、曲げ力が加わっても破断せず、剥離しないという利点がる。
【0016】
本発明において、前記カチオン性ポリマーは、カチオン部、親水部および疎水部を備えた共重合体ポリマーであることが好ましい。かかるカチオン性ポリマーとしては、ポリビニルアミンとポリビニルアルコールとの共重合体を挙げることができる。かかる構成によれば、カチオン部、親水部および疎水部の割合を変えることにより、正電荷層の電荷密度を調整することができる。
【0017】
本発明は、前記基材表面が、プラスチックあるいは金などといった疎水性表面である場合に適用することができる。特に、本発明は、前記基材表面がプラスチックからなる場合に有効である。
【0018】
本発明において、前記基材表面が、シリコン酸化膜などの金属酸化物などといった親水性表面である場合に適用することができる。
【0019】
本発明において、前記複合薄膜は、可撓性を有していることが好ましい。かかる構成によれば、複合薄膜を基材とともに折り曲げて使用する場合でも、複合薄膜が剥がれないという利点がある。
【0020】
本発明において、前記複合薄膜は、透光性を有していることが好ましい。かかる構成によれば、複合薄膜を光学素子などとして用いることができるという利点がある。
【0021】
本発明において、前記複合薄膜は、導電性を有することが好ましい。かかる構成によれば、複合薄膜を電極などとして用いることができるという利点がある。また、前記複合薄膜が導電性および透光性の双方を有している場合、複合薄膜を透光性電極などとして用いることができるという利点がある。
【0022】
本発明において、前記複合薄膜は、磁性を有することが好ましい。かかる構成によれば、複合薄膜を磁気素子などとして用いることができるという利点がある。
【0023】
本発明において、前記複合薄膜は、触媒活性を有することが好ましい。かかる構成によれば、複合薄膜を触媒として用いることができるという利点がある。
【0024】
本発明において、前記複合薄膜は、化学的および電気化学的な安定性を有していることが好ましい。かかる構成によれば、複合薄膜を耐食コーティング材や、電極材料などとして用いることができるという利点がある。
【発明の効果】
【0025】
本発明では、自己組織化反応によって金属酸化物ナノシートを吸着させる際、基材表面上に形成される正電荷層が両親媒性のカチオン性ポリマーからなる。このため、基材表面が、親水性、疎水性、あるいは親水性領域と疎水性領域の双方が存在するような場合でも、正電荷層を好適に形成することができる。それ故、基材表面の性質を問わず、自己組織化反応を利用して、ナノシートとポリマーとの複合薄膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明を適用したナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法の説明図である。
【図2】本発明を適用したナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法で得られた複合薄膜の説明図である。
【図3】本発明に係る複合薄膜の製造方法で用いる金属酸化物ナノシートの製造方法を示す説明図である。
【図4】本発明に係る複合薄膜の製造方法で用いる金属酸化物ナノシートの製造方法における工程図である。
【図5】(a)、(b)は各々、図4に示す方法で得た金属酸化物ナノシートのAFM像を示す説明図、および図4に示す方法でのTBA+/H+と剥離率との関係を示すグラフである。
【図6】本発明の実施例1で得られた複合薄膜の酸化ルテニウムナノシート層のAFM像を示す説明図である。
【図7】本発明の実施例2で得られた複合薄膜の特性を示す説明図である。
【図8】本発明の実施例3で得られた複合薄膜の特性を示す説明図である。
【図9】本発明の実施例4で得られた複合薄膜の特性を示す説明図である。
【図10】本発明の実施例5で得られた複合薄膜の特性を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。なお、本発明は、アニオン性のナノシート全般に適用することができるが、以下の説明では、アニオン性のナノシートとして金属酸化物ナノシートを用いた場合を中心に説明する。また、以下の説明では、金属酸化物ナノシートとして酸化ルテニウムナノシートを用いた場合を中心に説明する。
【0028】
図1は、本発明を適用したナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法の説明図であり、図1(a)、(b)は各々、本発明に係るナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法の工程図、および各工程での様子を示す説明図である。図2は、本発明を適用したナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法で得られた複合薄膜の説明図であり、図2(a)、(b)、(c)は各々、複合薄膜の断面構造を模式的に示す説明図、複合薄膜におけるナノシート層の平面構造を示す説明図、および複合薄膜の製造の際にカチオン性ポリマーが果たす役割を模式的に示す説明図である。
【0029】
図1(a)、(b)において、本発明を適用したナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法では、基材表面上にカチオン性ポリマー(ポリカチオン)からなる正電荷層を形成した後、正電荷層に自己組織化反応によって、酸化ルテニウム(RuO2)ナノシート(アニオン性のナノシート/金属酸化物ナノシート)を吸着させてナノシートとポリマーとの複合薄膜を形成する。
【0030】
より具体的には、まず、基板をポリカチオン水溶液(両親媒性のカチオン性ポリマーの水溶液)に浸漬して正電荷層を形成した後、超純水で3回に分けて基板を洗浄し、窒素ガンで基板上の水滴を飛ばす。次に、ナノシートコロイド溶液(酸化ルテニウムナノシート水分散液)に基板を浸漬した後、3回にわけて超純水で洗浄し、しかる後に、窒素ガンで基板上の水滴を飛ばす。その結果、基板上には酸化ルテニウムナノシートモノレイヤーが形成される。酸化ルテニウムナノシート多層膜を作製する場合は、上記の積層作業を繰り返す。
【0031】
本形態の製造方法において、少なくとも、基板表面に最初に形成する正電荷層として、カチオン部、親水部および疎水部を備えた共重合体ポリマーを用いる。より具体的には、ポリビニルアミンとポリビニルアルコールとの共重合体(以下、PVA(polyvinyl alcohol)共重合体という)を用いる。本形態では、いずれの工程でもPVA共重合体を用いて正電荷層を形成する。
【0032】
かかる製造方法によれば、図2(a)に示すように、基板表面上に、PVA共重合体(PVA)と酸化ルテニウムナノシート層(RuO2 nanosheet)とが交互に積層された複合薄膜が形成される。かかる複合薄膜において、酸化ルテニウムナノシートは、図2(b)に示すように、ナノシートが部分的に重なり合ってナノシート層の一層分が形成されている。ここで、酸化ルテニウムナノシートは、厚みが2nm以下、横サイズがサブミクロンメートルから数ミリメートルの範囲である。
【0033】
このように本形態では、自己組織化反応によって酸化ルテニウムナノシート(アニオン性のナノシート)を吸着させる際、基板表面上に形成される正電荷層がPVA共重合体からなり、かかるPVA共重合体は、図2(c)に示すように、カチオン部(NH2+)、親水部(OH)および疎水部(−CH2−CH2−)を備えた両親媒性である。このため、後述する実施例のように、石英基板表面やガラス基板表面などといった親水性表面、PET(Polyethylene terephthalate)基板表面やPE(Polyethylene)フィルム表面などといった疎水性表面に、ナノシートとポリマーとの複合薄膜を形成することができる。また、親水性領域と疎水性領域とが存在する基材表面にも複合薄膜を形成することができる。また、本形態では、カチオン性ポリマーとして、カチオン部、親水部および疎水部を備えた共重合体ポリマー(PVA共重合体)を用いたため、カチオン部、親水部および疎水部の割合を変えることができる。それ故、正電荷層の電荷密度を調整することができる。
【0034】
また、本形態では、金属酸化物ナノシートとして酸化ルテニウムナノシートを用いている。かかる酸化ルテニウムナノシートであれば、複合薄膜として、透光性の複合薄膜、導電性の複合薄膜、磁性を有する複合薄膜、触媒活性を有する複合薄膜、化学的および電気化学的な安定性を有する複合薄膜を得ることができるので、広い用途に用いることができる。特に、酸化ルテニウムナノシート自体が非常に柔軟な材料であるため特異なフレキシブル性を発揮する。しかも、複合薄膜では、酸化ルテニウムナノシートが部分的に重なってナノシートの一層分が形成されている。このため、酸化ルテニウムが継ぎ接ぎ状ネットワークを形成しているので、平面方向および厚さ方向の双方において電流経路を確保でき、かつ、曲げ力が加わっても破断せず、剥離しないという利点がある。
【実施例】
【0035】
以下、各実施例を説明する。なお、以下の説明では、各実施例での複合薄膜の製造方法を説明する前に、金属酸化物ナノシートの製造方法を説明する。
【0036】
[金属酸化物ナノシートの製造方法]
図3は、金属酸化物ナノシートの製造方法を示す説明図であり、図3(a)、(b)は各々、第1の製造方法を示す説明図および第2の製造方法を示す説明図である。
【0037】
(金属酸化物ナノシートの製造方法1)
アルカリ層状遷移金属酸化物は、一般式Axyz(A;アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属、M;遷移金属)で表される複合酸化物であり、これまでに、チタン酸塩、ニオブ酸塩、バナジン酸塩、マンガン酸塩、コバルト酸塩、モリブデン酸塩、ルテニウム酸塩などが報告されている。これらは負電荷を帯びた遷移金属酸化物層[Myzm-の間に陽イオンAn+が挟まれた層状構造を有する。多くのアルカリ層状遷移金属酸化物は、粘土鉱物と同様にイオン交換反応が可能である。
【0038】
これらの金属酸化物のうち、層状酸化ルテニウムに関して、酸化ルテニウムとアルカリ金属(ナトリウム、カリウムなど)との複合酸化物が知られている。中でもK0.2RuO2.1・nH2O、およびNaxRuO2・nH2Oは、イオン交換能を利用することで層一枚単位にまで層剥離することが可能であり、これにより酸化ルテニウムナノシートを得ることができる。
【0039】
例えば、図3(a)に示すように、まず、RuO2とK2CO3を混合して850℃で焼成、冷却後に粉砕および水洗し、さらに酸処理を施すことにより層状酸化ルテニウム(水素型:H0.2RuO2.1・aH2O)を合成する。さらに、層状酸化ルテニウム(水素型)の層間にn−アルキルアミンを導入し層間を広げ、その後に、テトラブチルアンモニウムイオンを導入し、ゲスト交換によってテトラブチルアンモニウム中間体を合成し、この層間化合物を溶媒中に分散させることで層内の結晶構造を保持した酸化ルテニウムナノシートを合成する。より具体的には、K型層状酸化ルテニウムを合成した後酸処理を施し、水素型層状酸化ルテニウム(H0.2RuO2.1・0.9H2O)を合成する。次に、水素型層状酸化ルテニウムをエチルアミンで処理することにより層間を広げたエチルアンモニウム層間化合物を合成する。次に、エチルアンモニウム層間化合物に反応させる水酸化テトラブチルアンモニウム(TBAOH)とのモル比TBA+/H+=1で固定して水酸化テトラブチルアンモニウム(TBAOH)で処理し、遠心分離にて固体回収して真空乾燥させてテトラブチルアンモニウム層間化合物を合成する。次に、テトラブチルアンモニウム層間化合物を水分散させる。以上の手順で酸化ルテニウムナノシートを合成する。
【0040】
(金属酸化物ナノシートの製造方法2)
図4は、図3(b)に示す製造方法における工程図である。図5(a)、(b)は各々、図4に示す方法で得た金属酸化物ナノシートのAFM像を示す説明図、および図4に示す方法でのTBA+/H+と剥離率との関係を示すグラフである。
【0041】
本形態では、図3(b)および図4に示すように、酸化ルテニウムと炭酸カリウムをモル比8:5の割合となるように量り取り、メノウ乳鉢を用いてアセトン中で1時間湿式混合した。その後、錠剤成型器を用いて混合粉末をペレット化した。このペレットをアルミナボートにのせ、管状炉にてアルゴン流通下で850℃、12時間焼成した。焼成後、ペレットを粉砕し、イオン交換蒸留水で洗浄し、上澄み液を取り除いた。この操作を上澄み液が中性になるまで繰り返したものを層状酸化ルテニウム(カリウム型)とした。
【0042】
次に、層状酸化ルテニウム(カリウム型)に1MのHClを加え、60℃のウォーターバス内で72時間酸処理をした。その後、イオン交換蒸留水で洗浄し上澄み液を取り除いた。この操作を上澄み液が中性になるまで繰り返し、ろ過後に得られた粉末を層状酸化ルテニウム(水素型:H0.2RuO2.1・0.9H2O)とした。
【0043】
その後、層状酸化ルテニウム (水素型)に10%TBAOH水溶液をTBA+/H+=0.1、1、2、3、4、5、10、20、30で加えて、10日間振り続けた後、遠心分離(2000rpm、30min)により上澄み液を回収したものを酸化ルテニウムナノシート水分散液とした。すなわち、水素型層状酸化ルテニウムをエチルアミンで処理することなく、水素型層状酸化ルテニウム(H0.2RuO2.1・0.9H2O)のプロトンに直接反応させる水酸化テトラn−ブチルアンモニウム(TBAOH)とのモル比TBA+/H+ =0.1,1,2,3,4,5,10,20,30と変化させ、酸化ルテニウムナノシートを単層剥離させる方法で酸化ルテニウムナノシートを合成した。
【0044】
かかる方法で単層剥離させた酸化ルテニウムナノシートを2000rpmで30分間遠心分離した後、上澄み液を回収して、超純水にて濃度を0.02 g L-1まで希釈した酸化ルテニウムナノシート水分散液を滴下させたシリコン基板のAFM(原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope)像を図5(a)に示す。
【0045】
図5(a)に示すように、厚さが1.3nm±0.1nmのナノシートがAFM像から確認でき、明らかに層状酸化ルテニウムが単層剥離している。すなわち、酸処理後の水素型層状酸化ルテニウム(H0.2RuO2.1・0.9H2O)に水酸化テトラブチルアンモニウム水溶液(TBAOH)と直接反応させることによって単層剥離した酸化ルテニウムナノシートが得られることがわかった。
【0046】
次に、TBA+/H+を制御し、10日間攪拌した酸化ルテニウムナノシートの剥離率の変化を表1に示す。TBA+/H+の制御により、肉眼でも確認できるほど剥離率の変化が確認できる。
【0047】
【表1】

【0048】
次に、酸化ルテニウムナノシートの剥離率とTBA+/H+との関係を図5(b)に示す。図5(b)に示すように、0≦TBA+/H+≦1の範囲ではインターカレーションが支配的な状態にある。すなわち、剥離の際に作用するTBA+が欠乏しており、テトラブチルアンモニウム層間化合物が多く存在している。これに対して、2≦TBA+/H+≦10の範囲では、単層剥離が支配的な領域にある。すなわち、TBA+/H+ =3のとき、剥離率70.5 %と最も剥離量が多く、単層剥離した酸化ルテニウムナノシートが多く存在している。10<TBA+/H+<30の範囲では水和膨潤が支配的な状態にある。すなわち、水和したテトラブチルアンモニウム層間化合物が多く存在しているが、水分子が欠乏しているため無限膨潤できない。このように、水素型層状酸化ルテニウム(H0.2RuO2.1・0.9H2O)と反応させるTBAOH(テトラブチルアンモニウム)とのモル比を制御すれば、2≦TBA+/H+≦10の範囲で、より多くの層状酸化ルテニウムを剥離させて酸化ルテニウムナノシートを得ることが確認された。
【0049】
[実施例1]
酸化ルテニウムナノシート単層膜積層条件の検討のため、ポリカチオンとして、PVA共重合体を用いて、PVA共重合体水溶液の濃度と基板の浸漬時間、酸化ルテニウムナノシート水分散液の濃度と基板の浸漬時間を変えて酸化ルテニウムナノシートを積層したシリコン基板のAFM像を図6に示す。なお、PVA共重合体を用いて酸化ルテニウムナノシートを積層する場合は、PVA共重合体水溶液、および酸化ルテニウムナノシート水分散液をHClでpH調製はしていない。また、シリコン基板については、HCl/メタノール(30分間)、超純水(30分間)、H2SO4/メタノール(30分間)に浸漬させた後、超純水で中性になるまで洗浄して表面を親水化してある。
【0050】
また、図6(a)、(b)、(c)の各試料の作成条件、およびかかる条件で形成した薄膜の被覆率は各々、以下の通り
図6(a)に示す試料
PVA共重合体水溶液 1 wt % pH 10.2 10分浸漬
酸化ルテニウムナノシート水分散液 濃度0.08 g L-1 pH 11.1 1分浸漬
被覆率 〜25 %
図6(b)に示す試料
PVA共重合体水溶液 1 wt % pH10.2 10分浸漬
酸化ルテニウムナノシート水分散液溶液 濃度0.08 g L-1 pH 11.1 10分浸漬
被覆率 〜40 %
図6(c)に示す試料
PVA共重合体水溶液 1 wt % pH10.2 10分浸漬
酸化ルテニウムナノシート水分散液溶液 濃度0.22 g L-1 pH 11.4 10分浸漬
被覆率 〜90 %
である。
【0051】
図6(a)、(b)、(c)を比較すると分るように、図6(c)に示す試料を作成したときの条件が、最も密に酸化ルテニウムナノシートを基板へ被覆するのに適していることが分る。
【0052】
[実施例2]
実施例1での最適積層条件(図6(c)に示す試料を作成したときの条件)で酸化ルテニウムナノシートを石英基板にLBL(Layer By Layer)法で積層して得た複合薄膜について、UV測定した結果およびXRD測定の結果を各々、図7(a)、(b)に示す。なお、図7(a)には360 nmでの吸光度プロットvs層数のグラフも示してある。また、図7(b)には、酸化ルテニウムナノシートを積層した後の石英基板の様子も示してある。図7(b)、および後述する図9(b)、図10(b)では膜の様子を示すために、図形が表わされたシートを背景に置いたが、かかるシートに描かれた図形は、国立大学法人信州大学の登録商標である。なお、積層条件は、以下
PVA共重合体水溶液 1 wt % pH 10.2 10分浸漬
酸化ルテニウムナノシート水分散液 0.22 g L-1 pH 11.4 10分浸漬
の通りである。また、石英基板については、HCl/メタノール(30分間)、超純水(30分間)、H2SO4/メタノール(30分間)に浸漬させた後、超純水で中性になるまで洗浄して表面を親水化してある。
【0053】
図7(a)に示すように、層数と吸光度が1次関数的な比例関係になっており、最小二乗法により一次近似したとき、R2= 0.995となる。従って、酸化ルテニウムナノシートがほぼ等量的に積層された多層膜が形成されていることがわかる。
【0054】
また、図7(b)に示す結果から、LBL法にて石英基板上に積層した酸化ルテニウムナノシート多層膜の面間隔を求める。
【0055】
以下のブラッグの式、
2dsinΘ=nλ
d=nλ/(2sinΘ)
において、ここではCuKα線を用いたので、
λ=0.15418nm
である。また、n(反射次数)=1であるので、
d=0.15418/(2sinΘ)
である。2Θ=5.98°、Θ=2.99°
であるので、
d≒1.48nm
である。
【0056】
[実施例3]
酸化ルテニウムナノシートをガラス基板にLBL法で積層して得た複合薄膜について、UV測定した結果を図8に示す。なお、図8には360 nmでの吸光度プロットvs層数のグラフも示してある。なお、積層条件は、以下
PVA共重合体水溶液 1 wt % pH 10.2 10分浸漬
酸化ルテニウムナノシート水分散液 0.22 g L-1 pH 11.4 10分浸漬
の通りである。また、ガラス基板については、HCl/メタノール(30分間)、超純水(30分間)、H2SO4/メタノール(30分間)に浸漬させた後、超純水で中性になるまで洗浄して表面を親水化してある。
【0057】
図8に示すように、層数と吸光度が1次関数的な比例関係になっており、最小二乗法により一次近似したとき、R2= 0.983となる。従って、酸化ルテニウムナノシートがほぼ等量的に積層された多層膜が形成されていることがわかる。
【0058】
また、酸化ルテニウムナノシートを1層積層させた基板(被覆率〜90 %)に金を真空蒸着した後、テスターで4.2mm×2.1mmの面積の間の抵抗を3回測定したところ、平均抵抗が5.5kΩであった。これよりシート抵抗(kΩ/□)を算出すると、シート抵抗が11 kΩ/□であることが確認できた。また、酸化ルテニウムナノシートの積層数を増やしていくと、層数の増大に伴ってシート抵抗が低下していることから、複合薄膜では厚さ方向でも電気的に接続していることが確認できた。
【0059】
[実施例4]
酸化ルテニウムナノシートをPET基板(厚さ100μm)にLBL法で積層して得た複合薄膜について、UV測定した結果、および外観を図9(a)、(b)に示す。なお、図9(a)には360 nmでの吸光度プロットvs 層数のグラフも示してある。また、図9(b)には、基板を曲げた様子も示してある。なお、積層条件は、以下
PVA共重合体水溶液 3 wt % pH 10.3 20分浸漬
酸化ルテニウムナノシート水分散液 0.30 g L-1 pH 11. 5 20分浸漬
の通りである。なお、PET基板には親水化処理を行っていない。
【0060】
図9(a)に示すように、層数と吸光度が1次関数的な比例関係になっており、最小二乗法により一次近似したとき、R2= 0.993となる。従って、酸化ルテニウムナノシートがほぼ等量的に積層された多層膜が形成されていることがわかる。
【0061】
[実施例5]
酸化ルテニウムナノシートをPEシートにLBL法で積層して得た複合薄膜について、UV測定した結果、および外観を図10(a)、(b)に示す。なお、図10(a)には360 nmでの吸光度プロットvs層数のグラフも示してある。また、図10(b)には、PEシートの外観も示してある。なお、積層条件は、以下
PVA共重合体水溶液 1 wt % pH 10.2 20分浸漬
酸化ルテニウムナノシート水分散液 0.08 g L-1 pH 11. 1 40分浸漬
の通りである。なお、PEシートには親水化処理を行っていない。
【0062】
図10(a)に示すように、層数と吸光度が1次関数的な比例関係になっており、酸化ルテニウムナノシートがほぼ等量的に積層された多層膜が形成されていることがわかる。
【0063】
(他の実施例)
上記実施例では、アニオン性のナノシートとして、酸化ルテニウムナノシートを用いた場合を例示したが、アニオン性のナノシートとして、チタン酸化物、ニオブ酸化物、バナジン酸化物、マンガン酸化物、コバルト酸化物、モリブデン酸化物などの金属酸化物ナノシートや、他のアニオン性のナノシートを用いる場合に本発明を適用してもよい。但し、複合薄膜に対して、可撓性、透光性、導電性、磁性、触媒活性、化学的および電気化学的な安定性を求めるという観点からすれば、アニオン性のナノシートとして、酸化ルテニウムナノシートを用いることが好ましい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面上に両親媒性のカチオン性ポリマーからなる正電荷層を形成した後、
当該正電荷層に自己組織化反応によってアニオン性のナノシートを吸着させてナノシートとポリマーとの複合薄膜を形成することを特徴とするナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法。
【請求項2】
前記ナノシートは、金属酸化物ナノシートであることを特徴とする請求項1に記載のナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法。
【請求項3】
前記金属酸化物ナノシートは、酸化ルテニウムナノシートであることを特徴とする請求項2に記載のナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法。
【請求項4】
前記酸化ルテニウムナノシートは、厚みが2nm以下、横サイズがサブミクロンメートルから数ミリメートルの範囲であることを特徴とする請求項3に記載のナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法。
【請求項5】
前記酸化ルテニウムナノシートは、リチウム、ナトリウム、ルビジウムおよびセシウムからなる群から選ばれた1種乃至2種以上のアルカリと複合化された層状酸化ルテニウムから得られてなることを特徴とする請求項3または4に記載のナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法。
【請求項6】
前記ナノシートの表面上に、さらに正電荷層の形成と、当該正電荷層に対して自己組織化反応によるナノシートの吸着とを行ない、
前記複合薄膜として、複数層のナノシートが積層してなる積層膜を形成することを特徴とする請求項1乃至5の何れか一項に記載のナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法。
【請求項7】
前記複合薄膜は、前記ナノシートが部分的に重なり合ってナノシート層の一層分が形成されていることを特徴とする請求項1乃至6の何れか一項に記載のナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法。
【請求項8】
前記カチオン性ポリマーは、カチオン部、親水部および疎水部を備えた共重合体ポリマーであることを特徴とする請求項1乃至7の何れか一項に記載のナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法。
【請求項9】
前記カチオン性ポリマーは、ポリビニルアミンとポリビニルアルコールとの共重合体であることを特徴とする請求項8に記載のナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法。
【請求項10】
前記基材表面は、疎水性表面であることを特徴とする請求項1乃至9の何れか一項に記載のナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法。
【請求項11】
前記基材表面は、プラスチックからなることを特徴とする請求項1乃至10の何れか一項に記載のナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法。
【請求項12】
前記基材表面は、親水性表面であることを特徴とする請求項1乃至9の何れか一項に記載のナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法。
【請求項13】
前記複合薄膜は、可撓性を有していることを特徴とする請求項1乃至12の何れか一項に記載のナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法。
【請求項14】
前記複合薄膜は、透光性を有することを特徴とする請求項1乃至13の何れか一項に記載のナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法。
【請求項15】
前記複合薄膜は、導電性を有することを特徴とする請求項1乃至14の何れか一項に記載のナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法。
【請求項16】
前記複合薄膜は、磁性を有することを特徴とする請求項1乃至13の何れか一項に記載のナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法。
【請求項17】
前記複合薄膜は、触媒活性を有することを特徴とする請求項1乃至12の何れか一項に記載のナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法。
【請求項18】
前記複合薄膜は、化学的および電気化学的な安定性を有することを特徴とする請求項1乃至17の何れか一項に記載のナノシートとポリマーとの複合薄膜の製造方法。
【請求項19】
請求項1乃至18の何れか一項に記載の製造方法で製造されたことを特徴とするナノシートとポリマーとの複合薄膜。

【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−188549(P2010−188549A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−32854(P2009−32854)
【出願日】平成21年2月16日(2009.2.16)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、文部科学省、科学技術総合研究委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】