説明

ナノスケール電気装置を製造するための改変されたTRAPタンパク質、およびそのようなタンパク質を作製する方法

【課題】 従来の方法よりもコストの低い、そして熱生成の低い、10数ナノスケール程度の小型の導体および/または半導体の装置を製造するための新たな方法を提供することを目的の1つとする。
【解決手段】 本発明は、複数のTRAPモノマーの遺伝子組換え融合分子から形成された改変されたTRAPタンパク質であって、当該融合分子が、2、3、または4個の野生型TRAPモノマー等価物からなる、改変されたTRAPタンパク質を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳型および/または反応容器として使用するための改変されたTRAPタンパク質、およびそのようなタンパク質を作製するための方法に関する。特に、本発明は、細菌TRAPタンパク質の性質を、それらが、有用な対称性を有するリング様構造、ならびにそのキャビティが電子装置において使用するためのナノ粒子(例えば、量子ドット)およびナノワイヤの製造のための反応容器として使用することができるチューブ構造を形成し得るように変化させる、細菌TRAPタンパク質の改変に関する。
【背景技術】
【0002】
継続する半導体装置の小型化は、より速く、より強力なコンピュータ、および技術全体の継続する発展を可能にする望ましい傾向である。ナノスケールの電子装置を構築するにおいて使用される現在の方法は、代表的には、構成要素が、短い波長の電磁放射線を使用してシリコンウエハからエッチングされるリソグラフィーに依存する。この方法では、二酸化シリコン、ポリシリコン、およびフォトレジストの層が、正にドープされたシリコンウエハ表面上に積層される。フォトマスクがフォトレジストの上に置かれる。表面は、特定のパターンに従って表面のフォトマスク遮蔽部品を使用して電磁放射線に曝露される。次いで、放射線への曝露によって改変されたフォトレジストおよび改変されたまたは改変されていないフォトレジストのいずれかが、除去され得る。
【0003】
この技術に伴う問題点は、最終産物における過剰な電力消費および熱生成、2次元の部品(または構成要素)のみ産生できる能力、使用される光の波長に起因する作製される構成要素のサイズの根本的な制限、使用されるフォトマスクの寸法における制限、ならびに費用集約型の製造方法を含む。小型化のトレンドを継続するためには、新たな方法が、より小さな部品を構築するために使用されなければならず、最終的には熱生成の問題が取り組まれなければならない。
【0004】
他方、細菌のタンパク質を使用して金のナノドットを作製することについての報告もある(例えば、McMillan et al., Nat Mater 1, 247−252, 2002:非特許文献1)。
【非特許文献1】McMillan et al., Nat Mater 1, 247−252, 2002
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のような状況下で、上記の問題点のいくつかまたは全てを解決する小型の(例えば、10数ナノメータのサイズ範囲の)電気装置を作製する新たな方法が求められている。
【0006】
特に、従来の方法よりもコストの低い、そして熱生成の低い、そのような小型の導体および/または半導体装置を製造するための新たな方法が求められている。
【0007】
寸法が加減され得るそのような小型の導体および/または半導体装置を製造することもまた、求められている。
【0008】
そのような小型の装置を製造するために使用され得る材料、およびそのような装置を製造するためのさらに有用な鋳型を作製するために改変し得る材料もまた、求められている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記を鑑みて、本発明は以下を提供する。
(1)複数のTRAPモノマーの遺伝子組換え融合分子から形成された改変されたTRAPタンパク質であって、当該融合分子が、2、3、または4個の野生型TRAPモノマー等価物からなる、改変されたTRAPタンパク質。
(2)上記融合分子が、3または4個の野生型TRAPモノマー等価物からなる、上記(1)に記載のタンパク質。
(3)12個の野生型TRAPモノマーの等価物を含むリングを形成する、上記(1)または(2)に記載のタンパク質。
(4)上記融合分子中の上記野生型TRAPモノマーが、リンキングペプチドによって連結されている、上記(1)〜(3)のいずれかに記載のタンパク質。
(4a)上記リンキングペプチドがAla−Ala−Ala−Metからなる、上記(4)に記載のタンパク質。
(5)上記TRAPタンパク質の遺伝子が、Bacillus stearothermophilusに由来する、上記(1)〜(4)のいずれかに記載のタンパク質。
(6)上記(1)〜(5)のいずれかに記載される改変されたTRAPタンパク質の複数のコピーから形成されるナノチューブであって、上記改変されたTRAPタンパク質が、整列して積み重なってチューブを形成している、ナノチューブ。
【0010】
(7)格子定数:a=110±2Å、b=110±2Å、およびc=36±2Åを有し、空間群P422において結晶化している、上記(2)に記載のタンパク質の結晶。
(8)上記TRAPタンパク質が、整列して積み重なって、密に充填された、直線状のナノチューブを形成している、上記(6)に記載のナノチューブの結晶。
【0011】
(9)上記(1)〜(5)のいずれかに記載のタンパク質、または上記(6)に記載のナノチューブを含んでなる、バイオミネラリゼーション容器。
(10)上記(1)〜(5)のいずれかに記載のタンパク質および金属を含む、量子ドット。
(10a)上記金属が、上記改変されたTRAPタンパク質のリングの中央キャビティに捕捉されている、上記(10)に記載の量子ドット。
(10b)上記金属が金である、上記(10)または(10a)に記載の量子ドット。
【0012】
(11)上記(6)のナノチューブおよび金属を含む、ナノワイヤ。
(11a)上記金属が、上記改変されたTRAPタンパク質のリングの中央キャビティに捕捉されている、上記(11)に記載のナノワイヤ。
(11b)上記金属が金である、上記(11)または(11a)に記載のナノワイヤ。
【0013】
(12)TRAPモノマーの複数の遺伝子組換え融合分子から形成される改変されたTRAPタンパク質、または上記改変されたTRAPタンパク質の複数のコピーから形成されたナノチューブを作製する方法であって、
複数のTRAPモノマーを含む遺伝子構築物を調製する工程、
培養細胞において上記遺伝子構築物を発現して、TRAPモノマーの遺伝子組換え融合分子を生成する工程、および
発現された上記融合分子を精製する工程、
を包含する、方法。
(12a)上記培養細胞が大腸菌細胞である、上記(12)に記載の方法。
(13)上記TRAPタンパク質の遺伝子は、Bacillus stearothermophilusに由来する、上記(12)に記載の方法。
(13a)上記融合分子が自己会合して12員環のTRAPリングになる、上記(12)
に記載の方法。
(14)上記(6)に記載のナノチューブをフォトリソグラフィーのマスクとして使用する工程を包含する、超薄型半導体ワイヤまたはスイッチを製造する方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、従来の技術を使用して現在可能であるものよりも非常に小さい寸法のトランジスタおよび電子部品を作製するために使用され得る量子ドット(図6を参照)およびナノワイヤの製造を可能にする。
【0015】
本発明の改変されたTRAPリングの中央の孔(またはキャビティ)の直径は、約30Å程度の小さいものであり得る。本発明のTRAPリングのこの小さい直径は、半導体産業によって現在製造し得る部品のサイズよりも小さい。寸法が小さいことにより、より速いコンピュータ装置が導かれ得る。なぜなら、電子が移動しなければならない距離が減少し、そしてまた所定の領域に組み込まれ得る部品の数が増えるからである。このような小さなサイズを有することにより、このような部品がより少ない電子を使用して作動可能となる。サイズ、および部品どうしの間の空間が十分に小さい場合、電子1個のみを使用しての作動が可能になり、したがって、部品当たりの熱出量がかなり減少する。
【0016】
さらに、タンパク質が自己会合する能力を有することは、現在の製造技術に対してコストの面で明確な有利点を提供する。
【0017】
さらに、本発明の改変されたTRAPタンパク質は、寸法が改変され得、そして対称性が変更し得るバイオミネラリゼーションのためのケージタンパク質を提供するため、表面上に密接かつ規則正しく充填された量子ドットをより良く生成することができる。このようなドットは、現在使用されているものよりも小さい寸法のフォトマスクとして、または直接的に電子伝達装置の部品として使用され得る。
【0018】
さらに、量子ドットが互いに十分に近く配置されると、それらは提唱される量子計算装置の重要な構成要素である単一の電子トランジスタとして使用され得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
(改変されたTRAPタンパク質)
本発明の1つの局面において、複数のTRAPモノマーの遺伝子組換え融合分子から形成される、改変されたTRAPタンパク質が提供される。上記融合分子は、少なくとも2つの野生型TRAPモノマー等価物からなる。
【0020】
本明細書中で使用される用語「TRAP」は、細菌のtrp RNA−結合減弱タンパク質(trp RNA−binding attenuation protein)(TRAP)のことをいう。TRAPタンパク質が由来し得る細菌は、Bacillus stearothermophilus、Bacillus subtilis、およびBacillus pumilisを含む。とりわけ、Bacillus stearothermophilusが、本発明において使用するためのTRAP遺伝子またはTRAPタンパク質の最も好ましい由来である。野生型TRAPタンパク質は、代表的には、11個のモノマーサブユニットからなる。Bacillus stearothermophilus TRAPタンパク質およびそれをコードする遺伝子に関する配列情報は、例えば、SwissProtのような公に利用可能な配列データベースから、Q9X6J6のアクセッション番号で得ることができる。他の細菌TRAPタンパク質に関する配列情報もまた、公に利用可能な配列データベースから入手可能である。天然のTRAPタンパク質に関する構造情報は、Ptotein DataBankから、アクセッションコード1QAW、1C9S、1GTF、1UTD、1UTF、および1UTVで利用可能である。
【0021】
TRAPモノマーの融合分子は、遺伝子工学の慣用技術を使用して作製され得る(例えば、Sambrook and Russel,Molecular Cloning;A Laboratory Manual,Third Edition,2001 Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor,New Yorkを参照)。本発明において使用されるTRAPモノマーの融合分子は、少なくとも2つの野生型TRAPモノマーからなる。本発明の1つの実施形態において、融合分子は、3または4個の野生型TRAPモノマー等価物からなる。融合分子は、自己会合して、3または4個の融合分子からなる12員環TRAPリングを形成し、その結果、そのリングは、天然に存在する一般的な11員環のリングではなく、12個の野生型モノマーサブユニットの等価物からなる。本発明者らのTRAP3およびTRAP4のX線結晶構造は、この12マーリングの構造を原子の詳細にわたって示す。
【0022】
この12員環は、2次元において規則正しい、密に充填したアレイを形成しやすくなるような対称性の利点を有する。そして、それが3または4個の融合タンパク質からできているため、不均一に変異させることができる。異なるサイズのリングキャビティが必要であれば、異なる数(例えば、5、7、または8個)のTRAPモノマーを融合させることによって可能になる。
【0023】
3または4個の野生型TRAPモノマー等価物からなる本発明のTRAP融合分子は、密に、規則正しく充填した量子ドットを表面上に作製するために適切な対称性を有するバイオミネラリゼーションのためのケージタンパク質を提供する。このような量子ドットは、導体材料をTRAPリングの中央のコアにおいて鉱化する(mineralize)ことによって作製することができる。量子ドットは、現在使用されているものよりも小さい寸法のフォトマスクとして、または直接的に電子伝達装置の部品として使用され得る。このような目的に使用され得る導体材料には、金、銀、白金、鉄、およびカドミウムが含まれる。とりわけ、金が最も好ましい。
【0024】
本発明の別の局面において、本発明は、上記の改変されたTRAPタンパク質の複数のコピーから形成されるナノチューブを提供する。本発明は、長いチューブを形成するように積み重なった改変されたTRAPタンパク質を利用する。このチューブは、その中央のコアにおいて導体材料を鉱化することによってナノワイヤを作製するために使用される。この目的に使用され得る導体材料には、金、銀、白金、鉄、およびカドミウムが含まれる。とりわけ、金が最も好ましい。したがって、本発明は、小さい直径(約10〜20nm)のナノワイヤの作製を可能にする。
【0025】
(改変されたTRAPタンパク質を作製する方法)
本発明の別の局面において、TRAPモノマーの複数の遺伝子組み換え融合分子から形成される改変されたTRAPタンパク質を作製する方法、およびこの改変されたTRAPタンパク質の多数のコピーから形成されるナノチューブを作製する方法が提供される。この方法は、多数のTRAPモノマー遺伝子を含む遺伝子構築物を調製する工程;この遺伝子構築物を培養細胞中で発現して、TRAPモノマーの遺伝子組み換え融合分子を生成する工程;および発現された融合分子を精製する工程を包含する。
【0026】
上記遺伝子構築物は、遺伝子工学の分野で周知の手順に本質的に従って、細菌TRAP、好ましくは、Bacillus stearothermophilusのTRAPをコードする遺伝子を使用して調製され得る。本発明において使用され得る他の細菌TRAP遺伝子には、Bacillus subtilisおよびBacillus pumilisのTRAP遺伝子が含まれる。培養細胞としては、大腸菌細胞が好ましい。本発明の目的に使用し得る他の培養細胞には、酵母が含まれる。インビトロシステムもまた使用し得る。
【0027】
遺伝子構築物の調製の1つの例は、図1を参照して記載される。図1は、多数のTRAP遺伝子の構築の模式図を示す。A)開始プラスミドにおいて、野生型Basillus stearothermophilusのTRAPモノマーをコードする遺伝子が、発現プラスミドpET21bのNdeIおよびBamHI部位にクローニングされる。このプラスミドを変異させ、B)におけるN末端のNdeI部位が除去されたプラスミドAを形成し、STOPコドンが配列GCCと置換され、C末端のBamHI部位がNdeI部位と置換され、C)において、C末端のBamHI部位がNdeI部位と置換される。両方のプラスミドは、NdeIで消化されて、C末端で線状化されたTRAP遺伝子の1つのコピーを含有するD)のプラスミドを得、E)で、両方の末端においてNdeI部位で消化されたTRAP遺伝子をコードするDNAの線状片を得る。これらの2つの生成物を精製し、ライゲーションすることによって、中央のNdeI部位を有するTRAP遺伝子の2つのコピーを含有するF)のプラスミドを得る。中央のNdeI部位を、リンキング配列GCCGCCATGで置換して、2つのTRAPモノマー遺伝子の融合物からなる新規な遺伝子をコードするG)のプラスミドを得る。このプラスミドのさらなる変異は、N末端配列およびC末端配列をA)におけるそれらの配列に戻すことができ、次いで、このプロセスがTRAP遺伝子のさらなるコピーを追加するために繰り返され得る。
【0028】
発現された融合分子の精製は、代表的には、イオン交換カラム(例えば、Q−セファローズ(Pharmacia))を、例えば、NaClの0mMから1M NaClの上昇勾配を使用して行い得る。発現された分子は、必要に応じて、例えば、ヘパリンセファローズカラム(Pharmacia)のようなアフィニティーカラム、および/またはHiLoad superdex200(Pharmacia)のようなゲルろ過カラムを用いて、さらに精製され得る。
【0029】
本発明の改変されたTRAPタンパク質の結晶化は、当該分野で周知の慣用的な結晶化方法に従って、行い得る。このような結晶化方法には、シッティングドロップ蒸気拡散法、ハンギングドロップ蒸気拡散法、サンドイッチドロップ法、バッチ法、マイクロバッチ法、アンダーオイル法、マイクロ透析法、および自由界面拡散法が含まれる。本発明の目的には、蒸気拡散法が好ましく、そしてハンギングドロップ蒸気拡散法が最も好ましい。
【0030】
簡単には、ハンギングドロップ法において、結晶化試薬と混合したサンプルの小さな液滴(0.1〜40μl)が、その試薬での蒸気平衡下でリザーバの上に反転されたシリコン処理をしたカバーガラススライド上に置かれる。液滴中の最初の試薬の濃度は、リザーバ中の濃度よりも低い。時間と共に、リザーバは液滴から水分を引くため、液滴とリザーバとの間で平衡が存在するようになる。この平衡化プロセスの間に、サンプルもまた濃縮され、液滴中のサンプルの相対的過飽和を増大させる。
【0031】
サンプル液滴中のタンパク質の濃度は、約1〜20mg/mlであり得る。サンプル液滴は、サンプル液滴のpHを約9〜10に保つために、CAPSまたはTrisのような緩衝剤を、50mMと100mMとの間の濃度で含み得る。サンプル液滴はまた、種々の分子量のポリエチレングリコール(PEG)のような沈降剤を含有してもよい。とりわけ、本発明にはPEG300が最も好ましい。結晶化は通常、4〜25℃で行われ、そして結晶は、例えば、数日または数週間後に得ることができる。
【0032】
本発明の別の局面において、同じ改変された細菌タンパク質を用いて、結晶中でナノリングまたはナノチューブを作製し、量子ドットまたはナノワイヤを作製するための鋳型を提供する方法が提供される。
【0033】
本発明の1つの実施形態において、TRAP3およびTRAP4の構造(図3を参照)は、野生型TRAPモノマーとほとんど同一の3次元構造を示す。TRAP3およびTRAP4によって形成されるリングは、本質的にサイズが同一であり、直径31.1Å(相対するSer7 Cαどうしの間)の中央の孔を有し、リングの高さ(Lys40 CαとAsp29 Cαとの間)は31.8Åであり、そして全体の直径(相対するGly18 Cαどうしの間)は81.0Åである。これに対して、野生型の構造は、それぞれ、27.7Å、32.1Å、および77.0Åである。リング構造のこのような寸法は、そこに含まれるモノマーの数に依存して様々であり得ることが理解される。
【0034】
TRAP3およびTRAP4のモノマーは、それぞれ3および4個の野生型モノマー等価物から構築され、そしてドメインどうしは、図4に示すようにリンキングペプチド鎖で結合されている。本明細書中で、用語「モノマー等価物」は、融合タンパク質が野生型モノマーに対応するポリペプチドを含むだけでなく、リンキングペプチドも含んでいることを意味するために用いられる。
【0035】
図4は、融合タンパク質内のモノマー等価物どうしの間の推定の結合を示す模式図を示す。図において、モノマー等価物は、青のブロックで示される。NおよびC末端等価物は、NおよびCとそれぞれ示されている。野生型モノマータンパク質において、NおよびC末端の残基は、リングの反対の面にあって、N末端残基がキャビティの内部に向いており、C末端残基は、リングの外側表面にある可能性が高い。野生型構造における最後の視認可能なN末端残基とC末端残基(それぞれSer5およびLys73)との間の距離は、37.8Åであり、アミノ酸鎖の方向は、残基1とC末端残基74との間の実際の距離は、これよりも大きいことを示唆する。構築されたタンパク質において、アミノ酸のループ(赤のラインで示す;構造中では視認不可能)は、示されるようにモノマー等価物を連結しなければならない。
【0036】
図5は、A)Bacillus stearothermophilus由来の野生型TRAP;B)1つのリングにRNAが結合したBacillus stearothermophilus由来の野生型TRAP;C)Bacillus subtilis由来の野生型TRAP、およびD)本発明のTRAP3およびTRAP4についての結晶中でのTRAP分子の充填状態(パッキング)を示す模式図である。図中、RNAはBにおいて、明確性のために、示されていない。Aにおいて、TRAPリングは、他のリングとほとんど接触しておらず、チューブ状構造を形成するように配列しない。BおよびCにおいて、チューブ状構造は形成するが、TRAPリングどうしの間の相互作用は、チューブが2回および4回繰り返された後にそれぞれキャップされてしまい、結晶中でそれより長いチューブを形成しないようになっている。しかしながら、TRAP3およびTRAP4については、リングどうしの相互作用は、形成されたチューブが無限に伸びることを意味する(点線で示す)。
【0037】
結晶構造中で、改変されたTRAP3およびTRAP4タンパク質は、整列された様式で積み重なり、本質的に無限のチューブを形成する(図5Dを参照)。解析されたTRAPの他の構造では、パッキングは連続的なチューブを形成しない(図5Bおよび図5Cを参照)。
【0038】
したがって、本発明の改変されたTRAPタンパク質の代表的な例において、その本質的なサブユニットは、3個(TRAP3の場合)または4個(TRAP4の場合)いずれかの融合モノマータンパク質から形成される。これらのサブユニット自体は、自己会合して12個の野生型モノマーサブユニットの等価物からなるTRAPリングを形成する。本発明者らは、このタンパク質を使用して結晶内でチューブを作製した。本発明者らはまた、炭素グリッド表面上にリングタンパク質を配列した。これらのチューブおよびリングは、金のような金属を鉱化するために使用されて、量子ドットおよびナノワイヤを形成することができる(図6を参照)。
【0039】
本発明の任意の局面において使用するためのTRAP遺伝子は、元々の野生型TRAPタンパク質のアミノ酸配列において1つ以上(例えば、数個(例:1〜20個、1〜15個、1〜10個、1〜6個、または1〜3個))のアミノ酸の置換、付加、および/または欠失を有するアミノ酸配列からなる変異体TRAPタンパク質をコードする任意の野生型TRAP遺伝子の変異体を含み得る(本発明に従う、その変異体タンパク質を含む改変されたTRAPリングまたはナノチューブが生成され得る限り)ことが理解されるべきである。
【0040】
以下の実施例において、本発明がより詳細に記載される。しかしながら、本発明は以下の実施例に限定されないことは理解されるべきである。
【実施例】
【0041】
(複数TRAP遺伝子の構築)
複数のTRAP遺伝子を、図1に示すように構築した。Bacillus stearothermophilusのTRAPをコードする遺伝子を、大腸菌中において発現させるために配列最適化し、pET 28b(Novagen)中にNdeIおよびBamHI制限酵素部位で、Genscript Corporation(NJ, USA)によってクローニングした。TRAP遺伝子の第2のコピーを挿入するために、TRAP遺伝子を有するプラスミドの2つのコピーを異なる様式で改変した。1つのコピー(プラスミド「A」)では、N末端のNdeI部位を変異誘発によって除去し(Quikchange)、終止コドンをアラニンをコードするGCCで置換し、そしてC末端のBamHI部位をNdeI部位で置換した。プラスミドの第2のコピー(プラスミド「B」)では、N末端のNdeI部位および終止コドンをそのまま残し、N末端のBamHI部位を再びNdeIで置換した。
【0042】
プラスミドAおよびBを両方とも、NdeIで消化した。プラスミドBの場合、生じるTRAP遺伝子を親プラスミドからゲル精製(Qiagen)によって除去し、そして線状化したプラスミドAに付加した。プラスミドBからプラスミドAへのTRAP遺伝子のライゲーションを、代表的には、約100ngの線状プラスミド、過剰の挿入遺伝子、および175ユニットのT4 DNAリガーゼ(Takara)を20μlの総容量において使用して行い、12時間16℃でインキュベートした。生じた遺伝子構築物は、DNA配列CATATG、アミノ酸ヒスチジンおよびメチオニンをコードするNdeI部位によって連結されたTRAP遺伝子の2つのコピーを含有していた。この配列を、配列GCCGCCATGで置換し、遺伝子の2つのコピーを連結する最終配列は、アミノ酸AAAMに翻訳されるGCCGCCGCCATGであった。
【0043】
さらなるコピーのTRAPを用いた遺伝子構築物の伸長を、さらなる変異誘発および配列決定反応を用いて同様のやり方で行い、必要とされない追加的なNdeI制限部位が除去されることを確実にした。
【0044】
(発現および精製)
TRAPモノマーの3つのコピーからなる遺伝子産物(TRAP3)および4つのコピーからなる遺伝子産物(TRAP4)を、大腸菌 BL21 DE3細胞(Stratagene)中で発現させた。50mM Tris−HCl(pH8.5)中の細胞溶解物を34,000rpm、4℃で30分間遠心分離し、上清を除去した。代表的な精製手順において、上清を、50mM TrisHCl(pH8.5)で平衡化したQセファロースカラム(Pharmacia)にアプライし、NaClの上昇勾配で溶出した。TRAP3は、カラムを通過することが見出されたが、混入するタンパク質のほとんど(これらはカラムに結合する)から精製された。TRAP4は、約200mM NaClで溶出することが見出された。次いで、TRAPタンパク質をヘパリンセファローズカラム(Pharmacia)にアプライし、150mMより多くのNaClを含有するタンパク質を150mM NaClを含有する50mM TrisHCl(pH8.5)緩衝液に移した。タンパク質をNaClの上昇勾配で溶出した。TRAP3およびTRAP4の両方とも、典型的に、約200〜300mM NaClで溶出した。タンパク質のさらなる精製が必要な場合、および任意の結合したトリプトファンを除去するために、タンパク質を、50mM TrisHCl(pH8.5)および1M NaClを含有する緩衝液に交換し、HiLoad superdex 200ゲルろ過カラム(Pharmacia)にアプライした。
【0045】
TRAP3およびTRAP4の同一性を、MALDI−TOF質量分析計によってAutoflex−YS分光光度計(Bruker)を用いて確認した。
【0046】
(電子顕微鏡解析)
透過型電子顕微鏡(TEM、図2)を用いて、TRAPをさらに同定した。透過型電子顕微鏡解析を、200keV JEM−2200(JEOL)または300keV JEM−3100FEF(JEOL)を使用して行った。代表的に、50mM Tris(pH8.5)、50mM NaCl緩衝液中、約1.6mg/mlのTRAPタンパク質を、炭素被覆銅グリッドに添加し、3% potassium tungsten acetateで染色した。
【0047】
TEM下でのTRAPの観察により、野生型サンプル中ではっきりと見え、そして同様のリングが、TRAP3およびTRAP4サンプル中でも視認可能であった。
【0048】
(結晶化)
TRAP3およびTRAP4を、ハンギングドロップ法を使用して結晶化した。TRAP3結晶を、20℃で、10mM L−トリプトファンと1:1で母液(30%v/vPEG300,90mM CAPS(pH9.5)、150mM 硫酸アンモニウム)と混合させた約11mg/mlのタンパク質のストックを用いて成長させた。結晶は、立方体形状の結晶として3週間の期間にわたって成長した。TRAP4結晶を約0.6mg/mlのタンパク質のストックを使用して、1:1で母液(40%v/v PEG200、90mM CAPS(pH9.5)、200mM 硫酸アンモニウム)と混合させて、20℃で成長させた。結晶は、立方体形状の結晶として、9日間の期間にわたって成長させた。
【0049】
いずれのタンパク質も、P422空間群において、対称性ユニット当たり3個のTRAPモノマーで、格子定数:a=110±2Å、b=110±2Å、およびc=36±2Åで結晶化した。TRAP3は2.0Åに回折し、TRAP4は1.8Åに回折した。データは、筑波市のフォトンファクトリー(Photon Factory)でビームラインBL5で収集した。
【0050】
図3に示されるように、TRAP3およびTRAP4の構造は、野生型TRAPモノマーとほとんど同一の3次構造を示す。TRAP3およびTRAP4によって形成されたリングは、サイズにおいて本質的に同一であり、31.1Åの直径(相対するSer7 Cαどうしの間)を有する中央の孔を有し、リングの高さは、31.8Å(Lys40 CαとAsp29 Cαとの間)であり、そして全体の直径(相対するGly18 Cαどうしの間)は、81.0Åである。これに対して、野生型の構造ではそれぞれ27.7Å、32.1Å、および77.0Åである。
【0051】
図4に示されるように、TRAP3およびTRAP4のモノマーは、リンキングペプチド鎖によって連結されている。
【0052】
図5に示されるように、結晶構造において、改変されたTRAP3およびTRAP4タンパク質は、整列された様式で積み重なって、本質的に無限のチューブを形成する(図5Dを参照)。解析されたTRAPの他の構造では、パッキングは連続的なチューブの形成を生じない(図5Bおよび図5Cを参照)。
【産業上の利用可能性】
【0053】
TRAP3またはTRAP4タンパク質から作製されるTRAPリングは、バイオミネラリゼーション容器として金もしくは他の金属をバイオミネラライズするために、または半導体として量子ドットを形成するために使用され得る(図6を参照)。結晶中のTRAPチューブは、フォトリソグラフィーのためのマスクとして超薄型半導体ワイヤまたはスイッチを製造するために使用され得る。結晶中のチューブはまた、溶液中でチューブを作製するためのさらなる改変のための基礎を提供し、これはコアの長さ全体にわたって導体/半導体をバイオミネラライズすることによってナノワイヤを製造するためのバイオミネラリゼーション容器として作製するために使用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】複数のTRAP遺伝子の構築を示す模式図である。
【図2】炭素被覆銅メッシュ上に沈着されたTRAP3のTEM画像である。多数のリング様構造が観察される。赤の四角は、挿入図において拡大されており、直径約9.1nmの単一のTRAPリングを示す(緑の丸で示す)。
【図3】結晶中のタンパク質の充填を示す結晶構造である。A)Bacillus stearothermophilus由来の野生型TRAP;B)RNAが1つのリングに結合したBacillus stearothermophilus由来の野生型TRAP;C)Bacillus subtilis由来の野生型TRAP;およびD)TRAP3。構造は、左側において「正面向き」に、右側において「側面」から示されている。TRAP4の構造は、実質的にTRAP3と同一である。
【図4】モノマー等価物どうしの間の結合を示す模式図である。A)TRAP3タンパク質、およびB)TRAP4タンパク質。
【図5】TRAP分子の充填を示す模式図である。A)Bacillus stearothermophilus由来の野生型TRAP;B)1つのリングにRNAが結合したBacillus stearothermophilus由来の野生型TRAP;C)Bacillus subtilis由来の野生型TRAP;ならびにD)TRAP3およびTRAP4。TRAP3およびTRAP4についてのみ、隣接するリングは孔を整列し、単一の配向で積み重なる。
【図6】改変されたTRAPリングの金ナノ粒子との予想される相互作用を示す模式図(i)。リングは中央のキャビティにおいて金を結合して、量子ドットを形成し得る(ii)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のTRAPモノマーの遺伝子組換え融合分子から形成された改変されたTRAPタンパク質であって、当該融合分子が、2、3、または4個の野生型TRAPモノマー等価物からなる、改変されたTRAPタンパク質。
【請求項2】
前記融合分子が、3または4個の野生型TRAPモノマー等価物からなる、請求項1に記載のタンパク質。
【請求項3】
12個の野生型TRAPモノマーの等価物を含むリングを形成する、請求項1または2に記載のタンパク質。
【請求項4】
前記融合分子中の前記野生型TRAPモノマーが、リンキングペプチドによって連結されている、請求項1〜3のいずれかに記載のタンパク質。
【請求項5】
前記TRAPタンパク質の遺伝子が、Bacillus stearothermophilusに由来する、請求項1〜4のいずれかに記載のタンパク質。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載される改変されたTRAPタンパク質の複数のコピーから形成されるナノチューブであって、前記改変されたTRAPタンパク質が、整列して積み重なってチューブを形成している、ナノチューブ。
【請求項7】
格子定数:a=110±2Å、b=110±2Å、およびc=36±2Åを有し、空間群P422において結晶化している、請求項2に記載のタンパク質の結晶。
【請求項8】
前記TRAPタンパク質が、整列して積み重なって、密に充填された、直線状のナノチューブを形成している、請求項6に記載のナノチューブの結晶。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれかに記載のタンパク質、または請求項6に記載のナノチューブを含んでなる、バイオミネラリゼーション容器。
【請求項10】
請求項1〜5のいずれかに記載のタンパク質および金属を含む、量子ドット。
【請求項11】
請求項6のナノチューブおよび金属を含む、ナノワイヤ。
【請求項12】
複数のTRAPモノマーの遺伝子組換え融合分子から形成される改変されたTRAPタンパク質、または当該改変されたTRAPタンパク質の複数のコピーから形成されるナノチューブを作製する方法であって、
複数のTRAPモノマー遺伝子を含む遺伝子構築物を調製する工程、
大腸菌細胞において前記遺伝子構築物を発現して、TRAPモノマーの遺伝子組換え融合分子を生成する工程、および
発現された前記融合分子を精製する工程、
を包含する、方法。
【請求項13】
前記TRAPタンパク質の遺伝子が、Bacillus stearothermophilusに由来する、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
請求項6に記載のナノチューブをフォトリソグラフィーのマスクとして使用する工程を包含する、超薄型半導体ワイヤまたはスイッチを製造する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−51088(P2007−51088A)
【公開日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−236771(P2005−236771)
【出願日】平成17年8月17日(2005.8.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(505155528)公立大学法人横浜市立大学 (101)
【Fターム(参考)】