説明

ナノ・ファイバ製造装置およびそれを用いたナノ・ファイバ製造方法

【課題】ノズルを用いないでテイラーコーンを安定して発生させ、流体離脱部位にある流体に対する荷電を効率的に行うことにより、生産性を著しく向上することのできるナノ・ファイバ製造装置を提供する。
【解決手段】原料液体が液体供給源22から供給される液体供給部1と回転体コレクタ20との間に電圧を印加することにより、液体供給部1にある原料液体から離脱して回転体コレクタ20に向かう紡糸ジェット24を連続的に発生させるナノ・ファイバ製造装置において、液体供給部1からの原料液体の離脱を促進させる液体離脱促進手段を、原料液体に対して親和性を有し、回転体コレクタ20に向かう方向に配向性を持つ繊維の集合体により構成するとともに、繊維の集合体の端部を、液体供給部1の回転体コレクタに面した開口部より所定長さ突出して設けた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトロスピニング方式のナノ・ファイバ製造装置およびそれを用いたナノ・ファイバ製造方法に関し、さらに詳しくは、ナノ・ファイバを高効率で量産化するに適した装置および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療工学、創傷材料、ドラッグデリバリ等のヘルスケアの分野、生体分子の精製や汚染水質の浄化を目的としたアフィニティ膜、センサ等のバイオテクノロジー・環境工学の分野、ポリマーバッテリ、色素増感太陽電池、高分子膜燃料電池等のエネルギ分野、あるいは、複合材料の強化材、対バイオテロ攻撃、ガス攻撃を想定した防護服等の防護・セキュリティの分野等の広い分野において、ミクロン(μm)未満のナノオーダの径(例えば数nm〜数百nm)を有する繊維(ナノ・ファイバ)が注目されている。
【0003】
このようなナノ・ファイバを製造する技術の一つに、エレクトロスピニング法がある。
このエレクトロスピニング法の概要を図7に示す。図7に示すように、エレクトロスピニング装置の基本構成としては、紡糸口40aを有し、繊維の素材となるポリマーと揮発性の溶媒との溶液を噴射するノズル40と、平板状のコレクタ41と、ノズル40とコレクタ41との間に高電圧を印加する高圧電源42とを備える。高電圧が印加されていない状態では、ポリマー溶液は、ノズル40の先端の紡糸口40aの先端部において、表面張力で留まっている。紡糸口40aとコレクタ41との間に、数kV〜30kVの電圧を印加すると、紡糸口40a先端のポリマー溶液の液滴は+(または−)に帯電し、異極に帯電(アース)しているコレクタ41に向かう電気力線に沿って作用する静電力(クーロン力)により吸引される。静電力が表面張力よりも越えると、ポリマー溶液の紡糸ジェット43がコレクタ41に向かって連続的に噴射される。このとき、ポリマー溶液中の溶媒は揮発し、コレクタ41に到達する際には、ポリマーの繊維のみとなり、ナノレベルの細さのナノ・ファイバとなる。なお、ナノ・ファイバの原料としては、有機物のポリマーのみならず、金属酸化物、セラミック等の無機物をゾル−ゲル法によって、ナノ・ファイバ形状に紡糸することも可能である。
【0004】
紡糸口40aから噴射される紡糸ジェット43は、紡糸口40aからコレクタ41に到達する間に、紡糸口40aとコレクタ41との間の電気力線の分布の影響により、螺旋軌道を描くことが知られている(例えば、非特許文献1,2参照)。その結果、コレクタ上に集積されたナノ・ファイバはランダムに配向し、これがコレクタ上で集積されると不織布状となる。
【0005】
この配向を制御するため、円筒状の回転体コレクタが使用されている(例えば、特許文献1参照)。この回転体コレクタを用い、紡糸ジェットの移動速度よりも速い回転速度で紡糸ジェットを巻き取ることで、配向性ファイバサンプルの作製が可能となる。
【0006】
ところで、ナノ・ファイバの製造も、試験的段階から量産的段階に入ろうとしている。ナノ・ファイバの溶液をノズルの紡糸口からコレクタに向けて吐出する場合の吐出量は、試験装置では数ml/時と非常に少ない。一般的に使用されるノズルの内径は1mm以下である。ノズル方式でナノ・ファイバの生産性を上げるために、吐出量を上げると溶液が流れ落ち、紡糸することが出来ない。また、コレクタ上のナノ・ファイバの試料の上に溶液が落ちて、試料の品質を下げることになる。
【0007】
一方、溶液が流れ落ちることを防ぐために、吐出量は上げずにノズル内径を大きくすることが考えられる。
【0008】
ここで、ノズル方式のナノ・ファイバ製造装置において、ノズル先端からの紡糸ジェットの発生のメカニズムは、次のように説明されている。すなわち、ノズルとコレクタ間に高電圧を印加した状態でノズル先端に溶液を供給すると、ノズル先端の溶液表面に、ノズルに印加されている電圧の極性と同極性の電荷を持つイオンが集まる。この溶液表面の電荷と、ノズルとコレクタ間に印加されている電圧による電場の相互作用によって、ノズル先端では空気との界面が半円球状に盛り上がる。印加電圧を高くすると、半円球状の溶液先端は、コレクタ側に引き寄せられ、テイラーコーン(Taylor-cone)と呼ばれる円錐状の空気との界面の形状となる。印加電圧がさらに高くなると、テイラーコーンの先端がコレクタに向かって飛び出し、1本の紡糸ジェットとなる。
【0009】
しかし、ノズルの内径を大きくしていくと(例えば1mm以上)、テイラーコーンが安定して発生せず、紡糸ジェットが発生しにくくなるという問題がある。
【0010】
以上のように、ノズル1本当りの生産性向上ために、吐出量を上げたり、ノズルの内径を大きくしたりすることには限界がある。
【0011】
これに対して、ナノ・ファイバ製造装置全体の吐出量を上げるために、ノズルの本数を増やす方法も提案されている(例えば、特許文献2,3参照)。しかし、ノズルの本数を増やすと全体の吐出量は上がるが、個々のノズルの先端の溶液は空気に触れて目詰まりが生じやすいため、ノズルの本数が増える分だけ、そのメンテナンスに手間が掛かる。
【0012】
このような観点から、ポリマー溶液を収容した容器内に、複数のひだを設けた回転可能な紡糸電極を配置し、この紡糸電極と収集電極との間に電圧を印加し、紡糸電極の複数のひだがポリマー溶液の表面に浸かるように回転させながら、複数のひだの先端から生じる、収集電極に向かう多数の紡糸ジェットを収集電極に集積して不織布を製造する方法が提案されている(特許文献4参照)。
【0013】
また、高分子溶液に連続的に発生した泡に、紡糸が連続的に行なわれる状態を維持しうる電圧を印加することにより静電紡糸を行う微細繊維集合体の製造方法(特許文献5参照)や、流体供給装置と繊維受取装置の間に電圧を印加して流体を繊維状に成形する装置において、流体供給装置が、複数の流体離脱部位を有し、かつ隣接する流体離脱部位の最小間隔が1mm未満である極細繊維の製造装置が提案されている(特許文献6参照)。
【0014】
【特許文献1】特開2005−264386号公報
【特許文献2】特表2006−507428号公報
【特許文献3】特許第3525382号公報
【特許文献4】WO2006/131081号公開公報
【特許文献5】特開2008−25057号公報
【特許文献6】特開2006−152479号公報
【非特許文献1】エー.エル.ヤリン(A. L. Yarin)ら,"ベンディング・インスタビリティ・イン・エレクトスピニング・オブ・ナノファイバ(Bending instability in electrospinning of nanofibers)",ジャーナル・オブ・アプライド・フィジックス(Journal of Applied Physics),89巻, 第5号, 2001年3月1日,p.3018-3026
【非特許文献2】エー.エル.ヤリン(A. L. Yarin)ら,"テイラー・コーン・アンド・ジェッティング・フロム・リキッド・ドロップレッツ・イン・エレクトロスピニング・オブ・ナノファイバ(Taylor cone and jetting from liquid droplets in electrospinning of nanofibers)",ジャーナル・オブ・アプライド・フィジックス(Journal of Applied Physics),90巻,第9号,2001年9月1日,p.4836-4846
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
前掲の特許文献4に開示された不織布製造方法においては、ポリマー溶液を収容する容器の表面が広く空気に接触しているので、溶媒が揮発しやすく、紡糸中に材料の条件が変わりやすいため、安定した特性の不織布を得ることが難しい。また、均一な形状の繊維およびその集合体を得ることも難しい。
【0016】
また、特許文献5に開示された微細繊維集合体の製造方法ではノズルを使用しない点では有利であるが、特許文献4と同じく、ポリマー溶液を収容する容器の表面が広く空気に接触しているので、溶媒が揮発しやすく、紡糸中に材料の条件が変わりやすいため、安定した特性の不織布を得ることが難しい。また、絶縁体であるポリマー溶液の泡に荷電するために、ポリマー溶液を収容する容器を電極として電圧を印加するが、電極である容器の導電部に近い周縁部分と遠い中央部分とでは、泡の電荷の大きさが異なる(中央部分の方が周辺部分よりも電荷量が小さくなる)ため、電圧の印加効率が低く、また安定した紡糸ジェットの発生が困難であるという問題がある。加えて、泡の浮力は溶液の粘度に依存するため、粘度の高い溶液では紡糸能力が低くなるおそれがある。
【0017】
さらに、前掲の特許文献6に記載された装置では、高効率的な製造方法を提供するため、流体離脱部位(流体供給装置から流体が繊維受取装置へ向けて離脱する部位)の最小間隔を1mm未満に集積することが特徴であり、各流体離脱部位の形状をコレクタに向かって凸としたものである。しかし、この装置においても、流体離脱部位として各キャピラリー先端に二等辺三角形のフィルムを取り付ける方法や、流体離脱部位を形成する凸状の二次元平板を平行に二枚用い、その間隙を流体通路に使用する方法等、構造が複雑である。しかも、その装置は、流体離脱部位間の距離を1mm未満としているが、各流体離脱部位に生じるテイラーコーンの基部のサイズを1mm未満に制限することは難しく、隣接する流体離脱部位と合併したり、同極性に荷電されている隣接するテイラーコーンに作用する反発力により、必ずしも、流体離脱部位からの紡糸ジェットの発生は安定しない。
【0018】
そこで本発明は、エレクトロスピニング方式のナノ・ファイバ製造装置において、ノズルを用いないでテイラーコーンを安定して発生させ、流体離脱部位にある流体に対する荷電を効率的に行うことにより、生産性を著しく向上することのできるナノ・ファイバ製造装置およびそれを用いたナノ・ファイバ製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明は、先ず以下の(1)から(7)のナノ・ファイバ製造装置に係るものである。
(1)原料液体離脱促進部材を有する液体供給部とコレクタとの間に電圧を印加することにより、前記液体供給部にある原料液体から離脱してコレクタに向かう紡糸ジェットを連続的に発生させるとともに、その紡糸ジェットを収集してナノ・ファイバを製造するナノ・ファイバ製造装置において、前記原料液体離脱促進部材が、繊維集合体から構成され、前記液体供給部の前記コレクタに面した開口部より所定長さ突出して設けられたナノ・ファイバ製造装置。
(2)前記液体供給部が、前記繊維集合体の周囲に狭小空間を形成するとともに前記コレクタに面した側に開口部を有するスペーサと、そのスペーサの外側に配置され前記繊維集合体により誘導される原料液体に荷電するための導電性シートと、この導電性シートの外側に配置される外装体と、前記原料液体供給源から前記狭小空間内に前記原料液体を導入する液体導入路とを有する上記(1)に記載のナノ・ファイバ製造装置。
(3)前記繊維集合体が、前記原料液体に対して濡れ性を有する上記(1)または(2)記載のナノ・ファイバ製造装置。
(4)前記繊維集合体が、前記コレクタに向かう方向に配向性を有する上記(1)から(3)のいずれかに記載のナノ・ファイバ製造装置。
(5)前記繊維集合体が、導電性材料からなる上記(1)から(4)のいずれかに記載のナノ・ファイバ製造装置。
(6)前記繊維集合体が、カーボン製配向性繊維からなる上記(5)記載のナノ・ファイバ製造装置。
(7)前記繊維集合体が絶縁材料からなり、前記繊維集合体に近接して、電圧印加のための導電性部材を配置した上記(1)から(4)のいずれかに記載のナノ・ファイバ製造装置。
また、本発明は、上記(1)から(7)のナノ・ファイバ製造装置を用いたナノ・ファイバ製造方法に係るものである。
【0020】
即ち、前記課題を解決するため、本発明のナノ・ファイバ製造装置は、ナノ・ファイバの原料となる有機材料を溶媒に溶かした溶液、ゾル−ゲル法による無機系溶液、または溶融状態のナノ・ファイバ原料(以下、これらを総称して「原料液体」という。)が原料液体供給源から供給される液体供給部とコレクタとの間に電圧を印加することにより、前記液体供給部にある原料液体から離脱して前記コレクタに向かう紡糸ジェットを連続的に発生させるとともに、その紡糸ジェットを収集してナノ・ファイバを製造するナノ・ファイバ製造装置において、
前記液体供給部からの原料液体の離脱を促進させる、繊維集合体からなる液体離脱促進部材を、前記液体供給部の前記コレクタに面した開口部より所定長さ突出して設けたことを第一の特徴とするものである。
【0021】
次に、本発明のナノ・ファイバ製造装置は、前記液体供給部が、前記繊維集合体の周囲に狭小空間を形成するとともに前記コレクタに面した側に開口部を有するスペーサと、そのスペーサの外側に配置され前記繊維集合体により誘導される原料液体に荷電するための導電性シートと、この導電性シートの外側に配置される外装体と、前記原料液体供給源から前記狭小空間内に前記原料液体を導入する液体導入路とを有することを第二の特徴とするものである。
これらの構成により、テイラーコーンを安定して発生させ、流体離脱部位にある流体に対する荷電を効率的に行うことにより、生産性を著しく向上することのできるナノ・ファイバ製造装置とすることができる。
【0022】
以下、本発明につき具体的に説明する。
本発明において、使用できるナノ・ファイバ原料としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)等のポリエステル;ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)等のポリオレフィン;ナイロン6,ナイロン66、ナイロン12等のポリアミド;アラミド;ポリイミド(PI);ポリメチルメタクリレ−ト(PMMA)やポリメタクリレート等のポリアクリレート;ポリフッ化ビニリデン(PVDF);ポリアクリロニトリル(PAN)等の合成高分子:ポリ乳酸(PLA)、ポリグリコール酸(PGA)、ポリペプチド、タンパク質などのバイオポリマー:コールタールピッチ、石油ピッチなどのピッチ系などの様々な高分子が例示される。また、ゾル−ゲル法による紡糸の場合は、カーボン(炭素)、アルミナ、シリカ、チタン、銅などの無機酸化物や前駆体を原料として用いることも出来る。これらは、単独または2種以上混合して用いることができる。
【0023】
上記原料は、そのまま溶融状態で原料液体として使用できるが、これらの原料を溶媒に溶かし溶液として使用することもできる。溶媒としては、例えばポリマーが脂肪族ポリエステルであるときは、塩化メチレン、クロロホルム、アセトン、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、トルエン、テトラヒドロフラン、1,1,3,3−ヘキサフルオロイソプロパノール、水、1,4−ジオキサン、四塩化炭素、シクロヘキサン、シクロヘキサノン、N,N−ジメチルホルムアミド、アセトニトリル、ジクロロメタン、ギ酸、ピリジン、N,Nジメチルアセトアミド等の、揮発性の高い溶剤を適宜使用することができる。
【0024】
本発明においては、液体離脱促進手段を、原料液体に対して濡れ性を有し、前記コレクタに向かう方向に配向性を持つ繊維の集合体により構成することにより、その繊維の集合体の基端部より供給される原料液体は繊維間の隙間による毛細管現象によって先端部まで誘導されるとともに、余剰の原料液体は隣接する繊維間を伝って繊維の配向方向に交差する方向にも拡がる。したがって、繊維の集合体の先端部は、原料液体が湿潤している状態となる。もし、繊維の集合体が原料液体に対して親和性を有しない場合には、原料液体の表面張力の方が拡散力よりも大きくなり、繊維の集合体の先端部に原料液体が導かれにくくなる。
【0025】
本発明において「濡れ性」とは、原料液体に対して接触角がほぼ0°で、原料液体が表面を薄膜状に広がるような性質をいう。濡れ性は、物質の分子構造および素材の表面構造に依存すると考えられる。分子構造については、水系の液体に対して親和性を有する物質、例えば分子内に親水基を有する物質が挙げられる。また、油系の液体に対して親和性を有する物質、例えば分子内に親油基を有する物質が挙げられる。一般的に、表面処理により素材に親水基、親油基を施すこともでき、その結果、親水性、親油性を発揮できるようになる。つまり、金属でも表面処理によって親水性、親油性を発揮できる可能性がある。特に、カーボンについては、他の材料に比べて表面処理の技術も多く、すでに表面処理をされたものが多く提供されている。
また「配向性」とは、紡糸ジェットがコレクタに向かう方向に対して、方向性が揃っている度合いをいう。配向性が高いと、繊維集合体の基端部に供給された原料液体は各繊維を伝って他端側に導かれ、そのまま繊維集合体の先端部においてテイラーコーンを形成してコレクタに向かう紡糸ジェットが発生しやすい。また、原料液体は最短の経路で繊維集合体の基端部から先端部に導かれやすい。本発明において、「配向性を有する」とは、全繊維に対して、特定の方向に向いている繊維の割合が50%超、好ましくは70%以上、さらに好ましくは90%以上であることをいう。
【0026】
前記の繊維の集合体の先端部は、液体供給部のコレクタに面した開口部よりも所定長さ突出しているので、荷電された原料液体は、繊維の集合体の先端部のいずれかの箇所からコレクタ側に電気力によって吸引されることにより、円錐形のテイラーコーンが安定的に形成される。これにより、紡糸ジェットがテイラーコーンの先端から連続的に発生してコレクタ側に収集されることになり、ナノ・ファイバの製造が可能となる。繊維の集合体の基端部から多量の原料液体を供給しても、繊維の集合体の先端部に拡散して伝達されるため、単位時間当たりの原料液体の供給量を上げることができ、生産性が向上する。
【0027】
本発明で使用される繊維集合体を構成する繊維としては、原料液体を構成するナノ・ファイバ材料やその溶媒と実質的に不活性なものであれば良く、使用される原料液体により適宜選択される。繊維としては、綿や羊毛のような天然繊維、ナイロン繊維、ポリエステル繊維のような合成繊維、アルミナ繊維やスチール繊維のような金属繊維、ガラス繊維およびカーボン(炭素)繊維等が挙げられる。
これらの中では、電圧印加の観点から繊維集合体が導電性を有する繊維が好適に用いられるが、繊維集合体が絶縁性(非導電性)の場合は、電圧印加のために導電性部材を別途繊維集合体に近接して設置する必要がある。
【0028】
これらの繊維は、原料液体に対し濡れ性を有することが好ましいが、上記のように繊維の表面処理により濡れ性を付与することができる。上記繊維の中でも、導電性を有するカーボン繊維が好ましく、シラン等のカップリング剤処理により濡れ性を付与したカーボン繊維がより好適に使用できる。
【0029】
このように、前記液体離脱促進手段を、カーボン製配向性繊維からなるものとすれば、カーボンは導電性であるので、供給される原料液体への荷電が容易である。 前記カーボン製配向性繊維を、シート状とすることにより、カーボン製配向性繊維の基端部から供給される原料液体を、先端部において二次元的に拡がる液体離脱部とすることができる。
【0030】
前記シート状のカーボン製配向性繊維からなる液体誘導シートの両面にそれぞれ狭小空間を形成する開放部を有するスペーサを配置し、そのスペーサのさらに外側に、前記狭小空間の外壁を形成する外装体を設け、前記供給源から前記狭小空間内に前記原料液体を導入する液体導入路を設け、かつ、前記液体誘導シートに電圧を印加する電極を設けることにより、原料液体が空気に触れる部分を最小とし、溶媒の揮発による目詰まりやナノ・ファイバの特性の変化を抑制することができる。
【0031】
前記液体離脱促進手段は、シート状の絶縁材料製配向性繊維からなる液体誘導シートであり、前記液体誘導シートの両面にそれぞれ狭小空間を形成する開放部を有するスペーサを配置し、そのスペーサの外側に前記液体誘導シートにより誘導される原料液体に荷電するための導電性シートを配置し、さらに、この導電性シートの外側に外装体を設け、前記供給源から前記狭小空間内に前記原料液体を導入する液体導入路を設けることにより、液体誘導シートが導電性ではなく絶縁材料で形成されたものであっても、導電性シートにより原料液体を荷電してナノ・ファイバを製造することができる。
本発明のナノ・ファイバ製造方法は、前記のナノ・ファイバ製造装置を用いることにより、高効率で安定したナノ・ファイバの量産が可能となる。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、液体供給部からの原料液体の離脱を促進させる液体離脱促進手段を、原料液体に対して親和性を有し、コレクタに向かう方向に配向性を持つ繊維の集合体により構成するとともに、繊維の集合体の端部を、液体供給部のコレクタに面した開口部より所定長さ突出して設けたことにより、ノズルを用いないでテイラーコーンを安定して発生することができ、また流体離脱部位にある流体に対する荷電を効率的に行うことにより生産性を著しく向上することできる。
また、特許文献6において開示された方法に比べ、液体離脱促進部材が繊維集合体で構成されるため製造容易であり、目詰まりが起こりにくく、繊維集合体の繊維の材料や密度を容易に変えることができるなど、拡張性に優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、本発明の実施の形態を、図面を用いて説明する。
<実施の形態1>
【0034】
図1は本発明の実施の形態1に係る液体供給部を示すもので、(a)は縦断正面図、(b)は底面図、(c)は側断面図である。また、図2は実施の形態1の分解図、図3は実施の形態1に係る液体誘導シートを示すもので、(a)は正面図、(b)は拡大平面図である。図4は実施の形態1が適用されるナノ・ファイバ製造装置の全体構成を示す概略図である。図5は実施の形態1における紡糸ジェット発生状態を示すもので、(a)は縦断正面図、(b)は側断面図である。
【0035】
これらの図において、液体供給部1は、多数の繊維を数層、扁平に集合させた液体離脱促進部材10と、スペーサ11と、ガラス板12と、アルミ箔13と、原料液体供給用パイプ14とを積み重ね、貼り合わせて形成されている。液体離脱促進部材10はカーボン製配向性繊維シートからなり、図3に示すように、径が細い(例えば直径10μm程度)カーボン繊維を横方向に密着させて形成させたもので(密度:16,000本/cm)、厚み方向にも数層、積層させている。配向性はほぼ100%である。液体離脱促進部材10を構成する個々のカーボン繊維間は、原料液体が浸透する隙間を有している。カーボン繊維は、ナノ・ファイバの素材となる原料液体に対して親和性を有するとともに、導電性を有する素材として本実施の形態1において好適に使用できる。
なお、使用した原料液体はポリエチレンオキシド(PEO)である。
【0036】
スペーサ11はコ字状を呈して、内部に狭小空間A形成用の空洞部11aを有している。ガラス板12は、スペーサ11によって形成される狭小空間Aの外壁をなす外装体である。アルミ箔13は、液体離脱促進部材10に密着させて高電圧電源の一方の極に接続するために設けられる。なお、スペーサ11とガラス板12とは、一体化してプラスチックで形成してもよい。
液体供給用パイプ14は、外部の原料液体供給源から供給される原料液体を液体離脱促進部材10両面の狭小空間Aに導入するためのものである。本例では、液体供給用パイプ14は、2本設けているが、スペーサ11の下端開口の長さLによっては、本数を増減し、液体供給用パイプ14から供給される原料液体がほぼむらなく、液体離脱促進部材10の下端に誘導されるようにする。
液体離脱促進部材10は、両側のスペーサ11の下端に形成される開口から所定寸法、例えば1mm程度突出するように設けられる。
【0037】
以上の構成の液体供給部1をナノ・ファイバ製造装置に適用する場合、図4に示すように液体供給部1を上部に配置し、その下部に回転体コレクタ20を配置する。回転体コレクタ20と液体供給部1のアルミ箔13との間に高電圧電源21を接続し、高電圧(例えば20kV〜50kV)を印加して回転体コレクタ20を回転させるとともに液体供給源22から液体供給用パイプ14に原料液体を供給すると、図5に示すように、液体供給部1の狭小空間Aに供給された原料液体は液体離脱促進部材10のカーボン繊維の配向方向に沿って先端部まで誘導されるとともに、液体離脱促進部材10の横方向にも拡散して、液体離脱促進部材10の下端に二次元的に供給される。これは、カーボン繊維が、ナノ・ファイバの原料液体に対して親和性を有するために、原料液体が、配向方向およびその方向に直交する横方向に急速に拡散するためである。
【0038】
液体離脱促進部材10の下端に達した原料液体は、高電圧に荷電されているため、逆極性に荷電されている回転体コレクタ20に吸引されようとして、テイラーコーン23が形成される。そして、ついには紡糸ジェット24となって、液体供給部1と回転体コレクタ20との間の空間に飛び出し、連続的な繊維となって回転体コレクタ20の表面に到達し、巻き取られ、積層される。なお、隣接するテイラーコーン23同士は電気的に同極性であり反発し合うので、テイラーコーン23が形成される箇所は移動したり、消滅、発生したりして一定箇所ではない。しかし、原料液体は定量が連続的に供給されるため、回転体コレクタ20上に収集されるナノ・ファイバの時間当たりの量はほぼ一定となる。
なお、本実施の形態においては、コレクタとして回転体コレクタの例を示したが、これに限定されることなく、平板状のコレクタ、ベルトコンベア状のコレクタなど、他のタイプのコレクタを使用することができる。
<実施の形態2>
【0039】
図6は本発明の実施の形態2を示す分解図である。実施の形態1においては、液体離脱促進部材10として、導電性を有するカーボン繊維のシートを用いたが、この実施の形態2では、原料液体に対して親和性を有し、配向性を有する点は共通するものの、導電性を有しない繊維である点が相違している。
そのような繊維としては、鉱物繊維等の無機質繊維や、動植物繊維や合成繊維等の有機質繊維から選ばれたものが使用できる。但し、これらの繊維は導電性を有しないため、原料液体に荷電するための導電体を、原料液体に近接して設ける。
【0040】
図6に示すように、絶縁性の液体離脱促進部材15の両側にスペーサ11を設け、その両側にアルミ箔等の導電性シート16を配置し、その外側にガラス板12を配置して全体を貼り付ける。また、原料液体供給用パイプ14を実施の形態1と同様にスペーサ11の場所に設ける。
ナノ・ファイバ製造時には、導電性シート16に電圧を印加することにより、絶縁性の液体離脱促進部材15を伝う原料液体、特にコレクタに対面している原料液体が荷電されるので、実施の形態1と同様に、液体離脱促進部材15の下端に面している原料液体にテイラーコーンが形成され、紡糸ジェットが安定的に発生する。
なお、以上の実施の形態1,2においては、図4に示すように、液体供給部1が上位に、回転体コレクタ20が下位に配置されている例について説明したが、液体供給部1を下位に、回転体コレクタ20等のコレクタを上位に配置し、液体供給部1の上部に設けられた液体離脱促進部材から上向きに紡糸ジェットを発生させ、コレクタで収集する構成とすることもできる。実際には、液体供給部とコレクタ間に電位差が生じていれば、あらゆる方向、角度で紡糸することができる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、ノズルを用いないでテイラーコーンを安定して発生させ、流体離脱部位にある流体に対する荷電を効率的に行うことにより、生産性を著しく向上することのできるナノ・ファイバ製造装置として、ヘルスケアの分野、バイオテクノロジー・環境工学の分野、エネルギ分野、あるいは、防護・セキュリティの分野等の広い分野において利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明の実施の形態1に係る液体供給部を示すもので、(a)は縦断正面図、(b)は底面図、(c)は側断面図である。
【図2】本発明の実施の形態1の分解図である。
【図3】本発明の実施の形態1に係る液体離脱促進部材を示すもので、(a)は正面図、(b)は拡大平面図である。
【図4】本発明の実施の形態1が適用されるナノ・ファイバ製造装置の全体構成を示す概略図である。
【図5】本発明の実施の形態1における紡糸ジェット発生状態を示すもので、(a)は縦断正面図、(b)は側断面図である。
【図6】本発明の実施の形態2を示す分解図である。
【図7】一般的なエレクトロスピニング装置の概要を示す説明図である。
【符号の説明】
【0043】
1 液体供給部
10 液体離脱促進部材
11 スペーサ
11a 空洞部
12 ガラス板
13 アルミ箔
14 原料液体供給用パイプ
15 液体離脱促進部材
16 導電性シート
20 回転体コレクタ
21 高電圧電源
22 液体供給源
23 テイラーコーン
24 紡糸ジェット
A 狭小空間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料液体離脱促進部材を有する液体供給部とコレクタとの間に電圧を印加することにより、前記液体供給部にある原料液体から離脱してコレクタに向かう紡糸ジェットを連続的に発生させるとともに、その紡糸ジェットを収集してナノ・ファイバを製造するナノ・ファイバ製造装置において、
前記原料液体離脱促進部材が、繊維集合体から構成され、前記液体供給部の前記コレクタに面した開口部より所定長さ突出して設けられたことを特徴とするナノ・ファイバ製造装置。
【請求項2】
前記液体供給部が、前記繊維集合体の周囲に狭小空間を形成するとともに前記コレクタに面した側に開口部を有するスペーサと、そのスペーサの外側に配置され前記繊維集合体により誘導される原料液体に荷電するための導電性シートと、この導電性シートの外側に配置される外装体と、前記原料液体供給源から前記狭小空間内に前記原料液体を導入する液体導入路とを有することを特徴とする請求項1に記載のナノ・ファイバ製造装置
【請求項3】
前記繊維集合体が、前記原料液体に対して濡れ性を有することを特徴とする請求項1または2記載のナノ・ファイバ製造装置。
【請求項4】
前記繊維集合体が、前記コレクタに向かう方向に配向性を有することを特徴とする請求項1から3のいずれかの項に記載のナノ・ファイバ製造装置。
【請求項5】
前記繊維集合体が、導電性材料からなることを特徴とする請求項1から4のいずれかの項に記載のナノ・ファイバ製造装置。
【請求項6】
前記繊維集合体が、カーボン製配向性繊維からなることを特徴とする請求項5記載のナノ・ファイバ製造装置。
【請求項7】
前記繊維集合体が絶縁材料からなり、前記繊維集合体に近接して、電圧印加のための導電性部材を配置したことを特徴とする請求項1から4のいずれかの項に記載のナノ・ファイバ製造装置。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかの項に記載のナノ・ファイバ製造装置を用いてナノ・ファイバを製造することを特徴とするナノ・ファイバ製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−7202(P2010−7202A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−167496(P2008−167496)
【出願日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【出願人】(591202122)株式会社メック (14)
【出願人】(504255685)国立大学法人京都工芸繊維大学 (203)
【Fターム(参考)】