説明

ニュートラライザ及びこれを備えたイオンビーム装置

【課題】多くの電子ビームを引き出すことが可能であると共に、長期間に渡って安定して稼動する小型のニュートラライザ及びこれを備えたイオンビーム装置を提供する。
【解決手段】電子ビームを引出し可能な開口を一方の端部に有する放電管と、放電管内にガスを導入するガス導入管と、放電管内に配設されたカソード電極と、放電管の前記開口側に配設されたキーパ電極と、カソード電極よりも正電位となるようにキーパ電極に電圧を印加する引出し電源と、を備え、引出し電源に、カソード電極とキーパ電極の電圧極性を反転させる反転機構を設けたことを特徴とするニュートラライザ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニュートラライザおよびこれを備えたイオンビーム装置に係り、特に、半導体デバイスや光学素子の製造等に用いられるニュートラライザおよびこれを備えたイオンビーム装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イオンビームは宇宙開発や観測技術、デバイスの微細加工などの用途に用いられることが多いが、通常電気的中性を保つために電子源(以下、「ニュートラライザ」という。)を併用することが一般的である。
【0003】
ニュートラライザには電子の発生機構によって、熱電子放出型、ホローカソード(中空カソード)型、高周波放電型などが存在するが、ホローカソード型は高密度の電子電流を得られるというメリットがあり、種々の装置で採用されている。
【0004】
図3は、従来のホローカソード型のニュートラライザ(プラズマ着火維持部品有)の電気的配線を示す説明図である(特許文献1参照)。図3の従来のニュートラライザ1は、ガス導入管3と、放電管4とカソード電極6と、第一のキーパ電極7と、第二のキーパ電極8と、引出し電源13と、コンデンサ16と、を主要な構成要素として備えている。また、図4に示すようにキーパ電極7の中心部には電子が引き出されるように電子ビーム放出孔7aが設けられており、ここからイオンビーム33に向けて電子ビーム32が放出される。なお、図3において、7aは電子ビーム放出孔、8aは電子ビーム放出孔、14はキーパ電源、15はカソード電源、16a〜16cはコンデンサ(自己バイアス手段)、である。またこの特許文献1では着火性を向上するための手段として、トリガ電極9とトリガ電源17を、またプラズマを維持するための手段として、高周波誘導コイル5、高周波電源11、マッチングボックス12、ベース2を備えている。
【0005】
次に従来のニュートラライザの動作について説明する。始めに放電管4の中に放電用のガスを供給する。次に、トリガ電極9にトリガ電源17から高電圧を印加させ、初期放電を行う。さらにトリガ電源17をオンすると同時に、高周波電源11によって、高周波誘導コイル5に高周波電流を流すと放電管4の中に誘導電界が生じる。初期放電内に存在する電子が、この誘導電界により加速と減速を繰り返し、放電用のガスを励起することで、最終的にプラズマ31が生成する。このように放電管4の内部にプラズマが発生した状態で、引出し電源13によってキーパ電極7とカソード電極6の間に数百Vの電圧を印加すると、電子ビーム放出孔7aから電子ビーム32が引き出され、電子源として機能するようになる。
【0006】
尚、使用環境や圧力帯によっては、放電管4の内部にプラズマ31が発生していない状態でも、引出し電源13によってキーパ電極7とカソード電極6の間に数百Vの電圧を印加するだけでプラズマ31が発生・維持することができ、それと同時に電子ビーム放出孔7aから電子ビーム32が引き出され、電子源として機能させることが可能である。そのような場合は初期放電を発生させるのに必要な手段である、トリガ電極9とトリガ電源17、また、プラズマ31を発生・維持するのに必要な手段である、高周波誘導コイル5、高周波電源11、マッチングボックス12、ベース2は不要となり、図4のようにシンプルな構成となる。図3と図4の差異は、プラズマを着火・維持する手段を備えているか否だけであるため、電子ビームの引出しのメカニズム、ひいてはそこで生じる課題は同じである。
【0007】
より高い電子電流を引き出そうとした場合、カソード電源15の電圧を上げることにより増倍電子を増やすことで実現される。
【0008】
このような従来のニュートラライザは、下記のような現象によってニュートラライザの寿命が決まってしまい、頻繁に交換を行う必要がある点で技術課題が生じていた。この点を図4及び図5を用いて説明する。図4は従来型ニュートラライザ(プラズマ着火維持部品無)の断面図と電気配線を示す説明図、図5は従来型ニュートラライザ(プラズマ着火維持部品の有無は問わない)に係る課題点を示す説明図である。
【0009】
カソード電極6は負電位のため、放電中はプラズマ31中の正イオンによるスパッタリングが発生する。そのため、カソード電極6は運転時間とともに削れて行き、放電効率が悪化、最終的には放電が維持できなくなる。そのため、寿命を長くするには放電電圧を極力小さくする必要がある。この問題に対し特許文献2ではカソード電極6の内側を電子放出体で覆うことによって、また特許文献3ではカソード電極6の形状を変えることによって放電電圧を低下させ、ひいてはカソード電極6の長寿命化を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007−242368号公報
【特許文献2】特開2000−130316号公報
【特許文献3】特開昭59−228338号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、特許文献1記載のホローカソード型のニュートラライザを用いた場合、スパッタリングにより放出されたカソード材は、スパッタリングと再付着を繰り返し、最終的にはキーパ電極7のカソード電極6に面した側に付着する。付着量が多くなると電子ビーム放出孔7aの周辺の電界強度が弱くなり、電子ビーム32が放出されなくなってしまう(図5)。
【0012】
また、この部分に付着する膜は一般的には密度の低い、付着力の弱い膜となりやすいため、剥れた膜をきっかけとして異常放電を起こすなど、トラブルが発生しやすい(図5)。
【0013】
また、図3において、キーパ電極7には負の電圧が印加されているため、イオンビーム中の正イオンの一部が引き寄せられスパッタリングが発生する。このスパッタリングは電子ビーム放出孔7aの周辺に特に強く作用し、運転時間に従って電子ビーム放出孔7aの穴径が次第に拡がる。一方、放電管4の内部圧力は、放電用ガスの流量と電子ビーム放出孔7aの穴径の大きさで決まるが、電子ビーム放出孔7aの穴径が拡がると、放電管4内の圧力の低下を引き起こす。放電管内の圧力が所定の値より低くなるとプラズマ31の生成ができなくなり、電子源として動作しなくなる。
【0014】
この問題に対し特許文献1では、第二のキーパ電極8をコンデンサ16を介して設置することで改善を図っている。第二のキーパ電極8は外部から電気的に絶縁されているため、その電位は電子と正イオンの流入量のバランスで決まるある一定の値をとる。この電位は第一のキーパ電極7の電位よりは高くなるため、外部から飛来する正イオンの量とエネルギーは減少し、キーパ電極の磨耗スピードが抑えられることが期待される。
【0015】
しかしながらこの方法では電子ビーム32の電流量が小さくなることが予想される。即ち、単位面積当たりの電子電流の値[cm−2s−1]は、プラズマ31の密度と電子温度と、電子ビーム放出孔7a近傍の形状によって定まるコンダクタンスと、電子ビーム放出孔7a近傍に生じる電界強度と、によって決まるが、これに対し特許文献1では、キーパ電極が、第一のキーパ電極と第二のキーパ電極の2枚に増えるためコンダクタンスが小さくなるうえ、プラズマ31と第二のキーパ電極8の距離が大きくなるため、電子ビーム放出孔7a付近の電界強度は小さくなり、結果として電子ビーム32の電流値は減少する。
【0016】
更に、第二のキーパ電極8の表面には絶えず正イオンが入射しているが、第二のキーパ電極8は電気的に絶縁されているためその電位すなわち電荷の総量を一定に保つために、正イオンと同量の電子が第二のキーパ電極8に電気的に吸い込まれることになる。このことでイオンビーム33に向かって放出される正味の電子電流は更に低下する。このように、キーパ電極の磨耗は抑えることができても、得られる電子ビーム32の電流値が小さくなるため、実用的な効果をあげることが困難であると考えられる。また、特許文献1では、キーパ電極が2枚に増えるため、ニュートラライザが大型化し、小型の装置内に設けることができないという問題点があった。
【0017】
本願発明は上記の問題を鑑みてなされたものであり、多くの電子ビームを引き出すことが可能であると共に、長期間に渡って安定して稼動する小型のニュートラライザ及びこれを備えたイオンビーム装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するために、請求項1記載の発明は。電子ビームを引出し可能な開口を一方の端部に有する放電管と、放電管内にガスを導入するガス導入管と、記放電管内に配設されたカソード電極と、放電管の前記開口側に配設されたキーパ電極と、カソード電極よりも正電位となるように前記キーパ電極に電圧を印加する引出し電源と、を備えたニュートラライザであって、記引出し電源にカソード電極とキーパ電極の電圧極性を反転させる反転機構を設けたことを特徴とする。
また、請求項2記載の発明は、請求項1に記載のニュートラライザにおいて、反転機構が順方向リレーと逆方向リレーであることを特徴とする。
また、請求項3記載の発明は、請求項2に記載のニュートラライザにおいて、引出し電源が、カソード電源とキーパ電源とからなり、カソード電源の負極側を、順方向リレーの入力側と逆方向リレーの入力側へ接続し、カソード電源の正極側を、順方向リレーの入力側と逆方向リレーの入力側に接続し、カソード電極を、順方向リレーの出力側と逆方向リレーの出力側と接続し、キーパ電極を、順方向リレーの出力側と前記逆方向リレーの出力側に接続したことを特徴とする。
また、請求項4記載の発明は、内部を真空に維持可能な真空チャンバと、真空チャンバ内に配設され基体を保持可能な基体保持手段と、基体に向けてイオンビームを照射するイオン源と、プラズマ中から電子ビームを引出して前記基体に照射するニュートラライザと、を備えたイオンビーム装置であって、記ニュートラライザは、請求項1ないし3のいずれか1つに記載のニュートラライザであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明では、カソード電極とキーパ電極の電圧極性を反転させる反転機構を設けたため、電子源の必要がないタイミング、例として基板搬送を行っている間やイオンビーム33の調整を行っている間に、ニュートラライザのキーパ電極7とカソード電極6の電圧極性を逆にした状態で放電を行う(これ以後、「逆放電」という。)ことが可能となった。このため、キーパ電極7のカソード電極6に面した側は、通常はスパッタされたカソード材34が付着して膜で覆われてしまうが、電圧極性が逆の状態で放電している間はイオンによってスパッタされる。この作用によって、キーパ電極7のカソード電極6に面した側の膜の成長速度を遅くする効果が得られ、電子が放出されなくなるまでの時間を長くすることができる。また、本発明におけるニュートラライザは、使用によって磨耗した部分を再度埋め直すことになるため、ニュートラライザの磨耗スピードを大幅に小さくすることが可能となる。よって、本発明のニュートラライザを備えた装置では、従来のニュートラライザを用いた場合と比較して、ニュートラライザの交換頻度を低くすることができ、それによって従来に比べスループットの向上を図ることができ、また部品交換に伴うランニングコストを下げることも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施形態によるニュートラライザ(プラズマ着火維持部品無)の断面、及び電気回路を示す図である。
【図2】本発明の実施形態によるニュートラライザ(プラズマ着火維持部品の有無は問わない)をイオンビームエッチング装置に用いた例を示す説明図である。
【図3】従来型のニュートラライザ(プラズマ着火維持部品有、特許文献1)の断面を示す図である。
【図4】従来型のニュートラライザ(プラズマ着火維持部品無)の断面、及び電気回路を示す図である。
【図5】従来型のニュートラライザ(プラズマ着火維持部品の有無は問わない)で起こる課題を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に、本発明に係るニュートラライザの運用方法を実施例とともに説明する。
【0022】
図1は本発明の実施形態に係るニュートラライザ(プラズマ着火維持部品無)の断面図と電気配線を示す説明図である。なお、図3と同一の部材には、同一の番号を伏した。
【0023】
図4と図1の比較から分かるように、本発明の特徴的な点は、キーパ電源14、カソード電源15、順方向リレー35、36、逆方向リレー37、38といった電気配線に関わる部品、及びその構成方法にあり、カソード電極6、キーパ電極7、電子ビーム引出孔7a、ガス導入管3、放電管4といった真空内部品は従来型のニュートラライザと全く同じものである。
【0024】
本実施形態のニュートラライザは、従来のニュートラライザと同様に、ガス導入管3、放電管4、カソード電極6、キーパ電極7、電子ビーム引出孔7aから構成される。
【0025】
放電管4とキーパ電極7は導電性の材料から出来ており、キーパ電源14によって負電位が与えられる。キーパ電極14の表面はイオンに叩かれ、少しずつ真空内に飛散していくため、真空内の汚染を考えるとMo、Tiなどの耐スパッタ性の高い金属が好ましい。
【0026】
カソード電極6は導電性の材料から出来ており、片側が開いた筒型の形状となっている。ホローカソードとはこのように「窪みのある負極」を意味しており、この筒の中で電子がトラップされることで、高いプラズマ密度を得られることが特徴となっている。カソード電極6もイオンによって叩かれ真空内に飛散していくため、Mo、Tiなどの耐スパッタ性の高い金属が好ましい。
【0027】
放電管4とキーパ電極7からなる円筒状の容器は気密性が高く作られており、放電用のガスはガス導入管3を通って円筒状の容器に入り、電子ビーム引出孔7aから真空中に放出される。放電管4の内部圧力は、放電用ガスの流量と電子ビーム引出孔7aのコンダクタンスで決まる。本実施形態での電子ビーム引出孔7aは直径約1mmと小さいため、放電管4の内部圧力は数十Paと比較的高く、そのときの平均自由行程も0.1m以下と非常に短くなっている。このように高圧下で放電を行うことにより高密度のプラズマ31が得られ、最大で1アンペア程度の電子ビーム32が得られている。実験からビーム引出孔7aの直径が0.7mmより小さいと電子ビーム32を引き出すことができず、またビーム引出孔7aの直径が2mmより大きいと放電管4の内部圧力が低くなり、プラズマ31を維持することができないことが分かっている。
【0028】
次に引出し電源13について説明する。図1に示されるように、引出し電源13はキーパ電源14とカソード電源15から構成される。キーパ電源14とカソード電源15には、一般的な直流電源を用いた。
カソード電源15はプラズマの着火と放電維持を担うため、比較的高い電圧が必要となる。本実施形態では定格電圧が600ボルトのものを使用した。電流に関しては電子ビームの最大値を考慮して定格電流が1アンペアのものを使用した。またカソード電源15は基本的に電流値で制御するため、電流制御が可能なものを用いている。
キーパ電源14は電子を引き出すために数十ボルトの電圧を維持できれば良い。本実施形態では、定格電圧が50ボルト、定格電流が1アンペアのものを使用した。キーパ電源14は電圧制御が可能なものを用いている。
【0029】
次に、電子ビーム32を発生させる手順について説明する。
始めに放電用のガス(例えば、Ar)を流し、放電管4内の圧力を所定の圧力(例えば、30Pa)にする。次にキーパ電源14によって、ガス導入管3、放電管4、カソード電極6、キーパ電極7、カソード電源15 (パワーはオフの状態) からなる系全体を負電位に下げておく。系全体の電位を下げておかないと、プラズマ31は発生するものの、電子ビーム32が生成されないためである。なお、本実施形態では径系全体の電位を−30ボルトに設定している。
【0030】
電子ビーム32を生成するときは、カソード電源15によってカソード電極6とキーパ電極7との間に数百ボルトの電圧を印加する。このとき生じた電界によって、自由電子が加速し、ガスと衝突・電離を起こすことでプラズマ31が発生する。それと同時に電子放出孔7aから図2に示す真空装置21に向かって電子が引き出され、電子ビーム32が生成される。電子ビーム32を止めたいときは、カソード電源15をオフにすることで、プラズマ31、ひいては電子ビーム32が消失する。
【0031】
なお、プラズマ31が生成している状態では、カソード電極6には絶えずプラズマ31から正イオンが引き込まれるため、カソード電極6とプラズマ31の間には陰極降下によって非常に大きな電位差が生じる。一方キーパ電極5とプラズマ31の間にも陽極降下によって電位差が生じるが、その値は陰極降下のそれと比べ非常に小さい。結果としてプラズマ31とキーパ電極7はほぼ同じ−30ボルトの電位になり、カソード電極6だけがマイナス数百ボルトと非常に低い電位となる。これから分かるように、プラズマ31の電位は−30ボルト程度とグランドより低くなるため、グランド電位である真空装置21に向かって、電気的に電子が引出される形になり、電子ビーム32が生成されていることが分かる。またプラズマ31の電位に対してカソード電極6の電位はマイナス数百ボルトと低くなるため、カソード電極6は正イオンによるスパッタによって磨耗していく。削られたカソード材はプラズマ内で拡散や再付着を繰り返し、最終的にはイオンに叩かれることのないキーパ電極1の裏側に付着・堆積していくことが分かる。
【0032】
次に、本発明における特徴的な構成要素である順方向リレー35、36、逆方向リレー37、38およびその運用方法について、図1を用いて説明する。
【0033】
リレーは一般に用いられている1a接点のものを4つ使用した。1a接点とは通常は接点が開いているが、外部から信号を与えている間だけ接点が閉になるものである。なお、接点には最大で600ボルト、1アンペアの負荷がかかるため、接点容量を満たしたものを選ぶ必要がある。今回リレーを用いたが、カソード電極6とキーパ電極7の電極を反転することが可能な電源構成であるならば、その方法は問わない。
実際の配線は図1のように行った。即ち、カソード電源15の負極側を、順方向リレー35の入力側と逆方向リレー37の入力側へ、またカソード電源15の正極側を、順方向リレー36の入力側と逆方向リレー38の入力側に繋いだ。一方カソード電極6を、順方向リレー35の出力側と逆方向リレー38の出力側へ、またキーパ電極7を、順方向リレー36の出力側と逆方向リレー37の出力側に繋いだ。
【0034】
電子ビーム32を発生するとき(以下、「通常のとき」という)は、順方向リレー35、36を閉、逆方向リレー37、38を開にしておく。この状態での電気配線は図4の従来型と全く同じである。よって放電用ガスを流した状態で、キーパ電源16、カソード電源15の順に電源をオンするとプラズマ31と電子ビーム32が生成し、電子源として動作する。
【0035】
つぎに逆放電を行う場合は、まずカソード電源15とキーパ電源14をオフにし、プラズマ31と電子ビーム32を一旦消失させる。その後順方向リレー35、36を閉から開へ、逆方向リレー37、38を開から閉へ切り替えた後に、カソード電源15をオンするとプラズマ31が生成される(このときキーパ電源14の状態は問わない)。このときの放電は通常のときとは電極の正負が反転しており、カソード電極6を正極(グランド)に、キーパ電極7を負極(マイナス数百ボルト)としている点が異なる。そのため、この状態ではキーパ電極7のカソード側に堆積していたカソード材34が叩かれ、プラズマ中での拡散・再付着などを繰り返し、最終的には元のカソード電極6の表面に堆積していく。このことにより、キーパ電極7のカソード側に堆積するカソード材34の成長スピードを遅くし、カソード電極6の磨耗スピードも遅くさせることが可能である。
【0036】
比較のために、通常放電を2500分行ったものと、通常放電5分と逆放電5分の繰り返しを合計2500分放電を行ったものを用意し、ニュートラライザの内部の様子を確認した。
【0037】
カソード電極6に関しては、その様子に大きな差は見られない。すなわち筒の内側はプラズマ31内の正イオンにより削られるため、綺麗な金属面 (本実施例ではSUS材) が露呈した状態が見られた。しかし磨耗の程度について見ると、通常放電だけを行ったものは磨耗が早くカソード電極6の先端が削れて丸みを帯びてきているのに対し、通常放電と逆放電を繰り返したものでは、そのような現象は見られず、磨耗のスピードが減少していると考えられる。
【0038】
次にキーパ電極7の比較を行う。通常放電だけ行ったものでは、キーパ電極7のカソード側にカソード材34が付着し柱状に成長しており、また付着力が弱いため引っ掻くと剥がれるような状況であった。一方、通常放電と逆放電を繰り返したものでは、キーパ電極7のカソード側にやはりカソード材34が付着しているものの、緻密かつ付着力が高くまたその量も少なくなっていた。
【0039】
ここで、逆放電で膜質が変化した理由について考察してみる。通常放電のときは、キーパ電極7の電位はプラズマ31の電位より数ボルト低いだけであるため、プラズマ中に拡散したカソード材は殆どエネルギーを持たない状態でキーパ電極7に付着することになる。この状況では表面での拡散が進まないため、密度が低く脆い柱状の結晶が成長していくことになる。ここで通常放電を止め、逆放電に切り替えてみる。キーパ電極7だけがマイナス数百ボルトに落ち込むため、プラズマ中のArイオンによってキーパ電極7が叩かれ始める。そしてキーパ電極7に付着していたカソード材34はスパッタと再付着を繰り返しながら、少しずつ削れて行く。しかし、このときキーパ電極7の表面には高いエネルギーを持った原子が存在しているため、逆放電を止めたときの表面には密度の小さいアモルファス状の強固な膜が形成されることになると考えられる。このように見てみると逆放電には、通常放電で発生する脆い柱状の結晶成長を阻害し、膜質を一度リセットする効果があることが分かる。
【0040】
次に電子引出し孔7aを比較してみる、通常放電だけ行ったものでは、電子放出孔7aの穴径が大きくなっていったのに対し、通常放電と逆放電を繰り返したものでは、逆に穴径が小さくなっていた。これは通常放電時には電子放出孔7aに向かってイオンビーム33から正イオンが引き寄せられ、スパッタ現象により穴径が大きくなったのに対し、逆放電を行っている間はキーパ電極7は負極になるため、プラズマ31内のイオンによってスパッタされるが、特に電子放出孔7aの近傍ではスパッタ材34が斜め前方方向にも放出され、これが電子ビーム放出孔7aの内壁に膜として再付着するためと考えられる。
【0041】
以上の比較実験から、逆放電を併用するとカソード電極6の磨耗のスピードが遅くなり、その寿命を延ばす効果があるということを確認できた。またキーパ電極7にはついては、カソードに面する側に付着する膜の量が減少し、またその膜質も強固で剥れ難いもの変化することがわかった。さらにキーパ電極の寿命を縮める大きな要因であった電子ビーム放出孔7aの穴径が拡大していく点についても、そのスピードを遅らせることが可能であることわかった。
【0042】
今回は通常放電5分と逆放電5分の繰り返しで評価を行った。これは参考にした装置運用例が、基板の処理時間が5分、基板の搬送などで装置を使用していない時間が5分程度であったためであり、実際には様々な組み合わせが考えられる。
【0043】
磨耗のスピードは通常放電と逆放電の比率で決まり、逆放電の比率を増やしていくと磨耗のスピードは遅くなるが、逆放電の比率が大きくなりすぎると、補填の効果が強くなり電子ビーム放出孔7aの穴径が逆に小さくなっていく。本実施例の場合は、逆放電の割り合いをもう少し少なくすると寿命が更に延びると考えられる。
【0044】
カソード電極6とキーパ電極7、電子放出穴7aの磨耗のスピードは、その材質や形状、放電パワーや圧力といった使用条件、またイオンビーム33の強度によっても変わるため、実際の適応にあたっては、逆放電の割り合いを少しづつ上げて、磨耗の様子を確認しながら最適な比率を求めるのが賢明であると思われる。
【0045】
次に、本発明のニュートラライザを備えたエッチング装置について説明する。
図2は本実施形態のニュートラライザ(プラズマ着火維持部品の有無は問わない)をイオンビームエッチング装置に用いた例を示す説明図である。イオンビームエッチング装置39は、内部を真空状態で維持することができる真空チャンバ21と、基板Sを保持する半球状のステージ40と、このステージを回転させる回転モータ23と、基板Sに向けてイオンを放出するイオンビームソース41と、基板S上の正電荷を中和するニュートララザ1と、ステージ上の電位を測定する電位センサ42と、を主要な構成要素として備えている。
【0046】
真空チャンバ21は、内部でエッチングを行う容器である。真空チャンバ21には、図示しない真空ポンプが接続されており、この真空ポンプが真空チャンバ21の内部を排気することで、真空チャンバ21の内部は
10−3 〜 10−6 Pa の高真空状態となる。
ステージ40は、真空チャンバ21の内部に設けられ、基板Sを保持するための部材である。基板Sは、ステージ40の表面に設けられた拘束治具や、静電吸着などの方法によって、ステージ上に保持される。
回転モータ23は、ステージ40を傾けるための装置であり、真空チャンバ21の外部に設けられている。回転モータ23の出力軸は、ステージ38の側面に接続されており、回転モータ23が回転することよって、ステージ40が基板を軸として回転する。これによって、イオンビーム9と基板Sを任意の角度に設定し、エッチング処理を行うことが可能となっている。
【0047】
イオンビームソース41は、正のイオンを基板Sに向けて照射する装置である。イオンビームソースとしては、公知のものを用いることができる。イオンビームソース41から放出したイオンビーム33は高い運動エネルギーを持ったまま基板Sに衝突し、基板Sの表面のエッチングが進行する。このとき、基板Sはイオンビーム33に含まれる正イオンにより正に帯電する。
ニュートララザ1は、イオンビーム33の照射中に使用する。このニュートラライザ1から照射される電子ビーム32より、正に帯電した基板Sの電荷が中和される。
電位センサ42は、ステージ40上の電位を測定するセンサである。このセンサの値を電子ビーム11にフィードバックさせることで、ステージ38上の電位を一定に保つことができる。例えば、電位センサ42の値が正の場合は、中和が足りないことを意味するため、電子ビーム11の量が増え、中和を強化する。
エッチング処理が完了した後は、イオンビーム33と電子ビーム32を止め、図示しない真空ロボットなどを用いて基板Sを取り出す。
【0048】
また上記実施例では、電子を発生させる手段としてホローカソードを示しているが、これに限定されない。例えば、熱電子放出型電子源や、高周波型の電子源でも可能である。
【0049】
また上記実施例では、電子を引き出すためにキーパ電源を用いて放電の系全体の電位を下げているが、これに限定されない。例えば、キーパ電極の前に正の電界を与えて電子を引き出す方法においても、本発明の効果は成り立つ。
【0050】
ホローカソードの長寿命化を実現しようとした場合、従来技術ではカソード電極6の材質や形状を変更したり、新たな電極を設けるなど構造を変化させることが一般的であったのに対し、本発明では電極の電圧極性を反転させて放電を行いそれを実現した点で、従来技術と相違している。
【0051】
上記のとおり、本発明では、電子源の必要がないタイミング、例として基板搬送を行っている間やイオンビーム33の調整を行っている間に、ニュートラライザのキーパ電極7とカソード電極6の電圧極性を逆にした状態で逆放電を行う。これにより、以下に示すような作用と効果が発現する。
【0052】
キーパ電極7のカソード電極6に面した側は、通常はスパッタされたカソード材34が付着して膜で覆われてしまうが、電圧極性が逆の状態で放電している間はイオンによってスパッタされる。この作用によって、キーパ電極7のカソード電極6に面した側の膜の成長速度を遅くする効果が得られ、電子が放出されなくなるまでの時間を長くすることができる。
【0053】
カソード電極6は、通常負電位のためスパッタの作用により削れる一方であるが、電圧極性が逆になっている間は上項で発生したカソード材34が再び堆積していくため、実際の削れる速度を遅くすることができる。
【0054】
ニュートラライザのキーパ電極7とカソード電極6の電圧極性を反転してプラズマ31の生成を行うと、キーパ電極7のカソード電極6に面した側では、カソード材34の付着とスパッタが繰り返し行われる。この際に、膜の成長の早い部分がスパッタの速度も速くなるため、付着膜を平坦かつ緻密な構造にする作用が生じる。この作用によって、付着した膜が強固で剥がれにくくなり、膜剥がれによる放電トラブルの発生を抑制することができる。
【0055】
ニュートラライザのキーパ電極7とカソード電極6の電圧極性を反転してプラズマ31の生成を行うと、キーパ電極7とカソード電極6の電圧極性を反転する前に形成されたカソード材34が、キーパ電極7とカソード電極6の電圧極性を反転することにより、スパッタされる。このときスパッタされたカソード材34の大半はプラズマ31やカソード電極6側に向かって放出されるが、電子放出孔7aの近傍では、カソード材34が斜め前方方向にも放出される。この斜め前方に放出したカソード材34が電子ビーム放出孔7aの内壁に膜として再付着する。この作用によって、電子ビーム放出孔7aの内径が広がる速度が抑制され、プラズマ31の生成ができなくなるまでの時間を長くすることができる。
【0056】
元々イオンビーム装置に於いては、ニュートラライザの磨耗スピードが速いが故に部品の交換頻度が高く、ひいては装置全体稼働率を上げられないという運用上の問題があった。それに加え近年ではスループットを上げるために、大電流のイオンビームを使用せざるを得ない状況が増えている。イオンビームの電流が大きくなれば、それを中和する電子ビームの電流値も必然的に大きくなるため、ニュートラライザの磨耗は一段と加速する一方であった。このような状況に対し、本発明におけるニュートラライザは、使用によって磨耗した部分を再度埋め直すことになるため、ニュートラライザの磨耗スピードを大幅に小さくすることが可能となる。よって、本発明のニュートラライザを備えた装置では、従来のニュートラライザを用いた場合と比較して、ニュートラライザの交換頻度を低くすることができ、それによって従来に比べスループットの向上を図ることができ、また部品交換に伴うランニングコストを下げることも可能となる。またこれまで磨耗スピードが速く事実上使用が困難であった高電子電流の用途に対しても、本発明を適用することで使用が可能となる。
【符号の説明】
【0057】
1 ニュートラライザ
2 ベース
3 ガス導入管
4 放電管
5 高周波誘導コイル
6 カソード電極
7 キーパ電極
7a 電子ビーム放出孔
8 第二のキーパ電極
8a 電子ビーム放出孔
9 トリガ電極
11 高周波電源
12 マッチングボックス
13 引出し電源
14 キーパ電源
15 カソード電源
16 コンデンサ(自己バイアス手段)
16a〜16c コンデンサ(自己バイアス手段)
17 トリガ電源
21 真空チャンバ
23 回転モータ
31 プラズマ
32 電子ビーム
33 イオンビーム
34 カソード材
35 順方向リレー
36 順方向リレー
37 逆方向リレー
38 逆方向リレー
39 イオンビームエッチング装置
40 ステージ
41 イオンビームソース
42 電位センサ
S 基板



【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子ビームを引出し可能な開口を一方の端部に有する放電管と、
前記放電管内にガスを導入するガス導入管と、
前記放電管内に配設されたカソード電極と、
前記放電管の前記開口側に配設されたキーパ電極と、
前記カソード電極よりも正電位となるように前記キーパ電極に電圧を印加する引出し電源と、
を備えたニュートラライザであって、
前記引出し電源に、前記カソード電極と前記キーパ電極の電圧極性を反転させる反転機構を設けたことを特徴とするニュートラライザ。
【請求項2】
前記反転機構が順方向リレーと逆方向リレーであることを特徴とする請求項1に記載のニュートラライザ。
【請求項3】
前記引出し電源が、カソード電源とキーパ電源とからなり、前記カソード電源の負極側を、前記順方向リレーの入力側と前記逆方向リレーの入力側へ接続し、前記カソード電源の正極側を、前記順方向リレーの入力側と前記逆方向リレーの入力側に接続し、前記カソード電極を、前記順方向リレーの出力側と前記逆方向リレーの出力側と接続し、前記キーパ電極を、前記順方向リレーの出力側と前記逆方向リレーの出力側に接続したことを特徴とする請求項2に記載のニュートラライザ。
【請求項4】
内部を真空に維持可能な真空チャンバと、
前記真空チャンバ内に配設され基体を保持可能な基体保持手段と、
前記基体に向けてイオンビームを照射するイオン源と、
プラズマ中から電子ビームを引出して前記基体に照射するニュートラライザと、を備えたイオンビーム装置であって、
前記ニュートラライザは、請求項1ないし3のいずれか1つに記載のニュートラライザであることを特徴とするイオンビーム装置。



【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate