説明

ノッチ経路を用いる最終未分化細胞の操作

【課題】ヒト前駆細胞を増殖させる方法に使用するためのノッチ(Notch)機能のアゴニストを含む医薬の提供。
【解決手段】増殖(「有糸分裂活性」)を阻害せずに最終未分化細胞の増殖集団が得られるように該細胞の分化状態を維持することによる、ノッチ(Notch)試薬を用いて最終未分化細胞(「前駆細胞」)を増殖する方法および医薬。さらに、これらの増殖された細胞を細胞置換療法で使用して、所望の細胞集団を得、罹患および/または損傷した組織の再生を助けることができる。また、増殖された細胞集団を組換え体にして遺伝子治療に使用したり、あるいは、ある特定の前駆細胞またはその子孫細胞に関連した機能を付与するのに使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1995年9月29日出願の同時係属米国特許出願第08/537,210号の一部継続出願であり、その全体を参考として本明細書中に援用するものとする。
【0002】
本発明は、国立衛生研究所が拠出する補助金第NS26084号のもと政府支援を受けてなされたものであり、したがって米国政府は本発明の特定の権利を有する。
【0003】
1.発明の分野
本発明は、増殖(「有糸分裂活性」)を阻害せずに最終未分化細胞の増殖集団が得られるように該細胞の分化状態を維持することによる、ノッチ(Notch)試薬を用いて最終未分化細胞(「前駆細胞」)を増殖する方法に関する。好ましい細胞は幹細胞または始原細胞である。これらの増殖細胞は、細胞置換療法に用いられて、喪失した細胞集団を再び集団形成化したり、疾病状態のおよび/または障害を受けた組織の再生を助けることを可能にする。さらに、これらの増殖細胞集団は組換えられて遺伝子治療に使用されたり、特定の前駆細胞またはその子孫細胞の関連する機能(例えば、発現されたタンパク質産物)を供給するのに使用できる。
【背景技術】
【0004】
2.発明の背景
ヒトを含む多細胞生物の個体発生を支配する発生過程は、元の全能性幹細胞から特定の機能を担う例えば心臓細胞又は神経細胞のような最終分化成熟細胞へと細胞の発達ポテンシャルを徐々に狭めるシグナル伝達経路間の相互作用に依存している。
【0005】
受精卵は、他の全ての細胞系統が誘導される細胞、すなわち基本的幹細胞である。発生過程のように、初期胎生期細胞は、細胞が発達的に成熟化する、つまり最終的に分化するまで、細胞の発達ポテンシャルを徐々に狭める増殖および分化シグナルに反応する。これらの最終分化細胞は特殊な機能及び特性を有し、前駆細胞が特定細胞に分化する多段階過程の最後の段階を示す。
【0006】
細胞分化のある段階から次段階への移行は、成熟に達するまで進展を徐々に制御する特定の生化学的機構によって支配される。組織及び細胞の分化は明らかに、最終的に分化した状態に達するまで複数の特定段階が伴う漸次の過程である。
【0007】
初期胎生期細胞集団の形態形成動態である原腸胚形成の結果、3種の異なる胚芽細胞層、すなわち外胚葉、中胚葉および内胚葉の形成が生じる。各胚芽細胞層内の細胞は種々の発生シグナルに反応すると、特定の分化細胞から構成される特定器官の生成が起こる。例えば、表皮及び神経系は外胚葉由来の細胞から発生し、呼吸系や消化管は内胚葉由来の細胞から発生し、そして中胚葉由来の細胞からは結合組織、造血系、尿生殖器系、筋肉、および大部分の内部器官の部分が発生する。
【0008】
以下において、外胚葉、内胚葉および中胚葉がどのようにして発生し、さらに、これら3つの皮膚層がどのようにして体の種々の組織を生じさせるかについて、簡単に概説する。発生の一般的な総説については、Scott F. Gilbert,1991,Developmental Biology,第3版,Sinauer Associates,Inc., Sunderland MAを参照のこと。
【0009】
背側中胚葉と覆っている外胚葉との間の相互作用により、器官形成が開始する。この相互作用において、脊索中胚葉がその上部にある外胚葉に指令して、最終的に脳や脊髄を生じさせる神経管を形成させる。中枢神経系の種々の領域への神経管の分化は肉眼解剖学的レベルで明らかになっており、形態形成の変化が特定の収縮と膨らみを形作って脳室や脊髄室を形成する。細胞レベルでは、細胞運動事象が種々の細胞群を再配列させる。神経表皮細胞は増殖および分化シグナルに反応して、最終的に莫大の種類の神経細胞および支持(神経膠)細胞に分化する。神経管および脳は異なる機能目的を司る各特定の領域に高度に位置決めされる(図1参照)。この組織中の各細胞は特定の形態学的および生化学的特性を有する。分化細胞は、発生刺激に応答する前駆細胞がそれらの最終分化状態に達するまでにより分化した状態まで進展する、系統における最終段階である。例えば、神経管裏打ち(ライニング)の必須成分である脳室上衣細胞は、受容する発生刺激に依存してニューロンまたは神経膠に分化し得る前駆体を生じさせることができる(Rakicら,1982,Neurosci. Rev. 20:429−611)。
【0010】
神経堤は外胚葉から誘導される細胞集団であり、このものから、異常に大きく且つ複数の分化細胞型、例えば末梢神経系、色素細胞、副腎髄質、頭部軟骨組織の或る領域、が生成される(表I参照)。
【表1】

【0011】
神経堤細胞の運命は、発生中にその細胞が移動して定着するかどうかに依存するが、これは、この細胞がそれらの最終分化を支配する種々の分化および増殖シグナルに遭遇するためである。神経堤細胞の分化可能性(pluripotentiality)は十分に確定されている(LeDouarinら,1975,Proc. Natl. Acad. Sci. USA,72:728−732)。単一の神経堤細胞は数種の異なる細胞型に分化することができる。細胞集団または単一神経堤細胞の移植実験によって、これらの細胞の著しく柔軟な分化ポテンシャルが示唆されている。たとえ種々の分化経路の細胞系統が造血発生においてそれらがもつ程度まで樹立されていなかったとしても、造血系でみられるものを思い起こさせる多能性前駆細胞の存在はよく認められる。
【0012】
神経胚化後、胚を覆う細胞は予定表皮を形成する。表皮は数個の細胞層からなり、この細胞層は、未分化の、有糸分裂活性の基底細胞から始まり、最終的に分化した非分割ケラチノサイトまでの分化系統を規定する。後者の細胞は最終的に脱落し、下層にあるほとんど分化していない前駆体によって定常的に補充される。皮膚の病的症状である乾癬は、表皮細胞が異常に高いレベルで剥脱する結果起こる。
【0013】
皮膚は単に表皮の誘導物だけではない。中胚葉起源の組織である間充組織真皮と表皮との特定部位での相互作用の結果、皮膚の付属器、毛包、汗腺およびアポクリン腺が生じる。毛髪を作る細胞集合体は、最初の胎児性毛髪が出産前に脱落し新しい毛包(軟毛)で置換されるという点でかなり動的である。軟毛は短く柔らかい毛髪であり、無毛と考えられる例えば額やまぶたなどの身体の多くの部分に残っている。他の領域では、軟毛は「終毛」への道筋を与える。終毛は色素のない軟毛の生成、すなわち男性禿に通常みられる状態に逆戻りすることもある。
【0014】
内胚葉は成体内の2つの管を結ぶ組織の供給源である。消化管(digestive tube)は体の長さ全体に伸びており、この消化管は消化路(digestive tract)だけでなく、例えば肝臓、胆嚢および膵臓をも生じさせる。もう1つの管は呼吸管であり、これは肺や咽頭部分を形成する。咽頭は扁桃腺、甲状腺、胸腺および副甲状腺を生じさせる。
【0015】
中胚葉形成(mesengenic)過程とも称される中胚葉形成は、外胚葉壁と消化および呼吸管との間の全ての器官を含む極めて多数の内部組織を生じさせる。他の全ての器官の場合と同様に、中胚葉形成は、種々の細胞間シグナル伝達事象と、最終的に特定の細胞同一性を指令するであろう最終未分化前駆細胞の応答との間の複雑な相互作用である。大きな度合いで器官形成は間葉細胞間で隣接する表皮との相互作用に依存している。真皮と表皮との相互作用により例えば毛髪を形成する事は、上述している。四肢、消化管器官(例えば、肝臓または膵臓)、腎臓、歯などの形成は全て、特定の間葉および表皮成分間の相互作用に依存している。実際、所与の表皮の分化は隣接する間葉の性質に依存する。例えば、肺芽表皮が単独で培養される場合には、分化は全く起こらないが、しかし、肺芽表皮が胃間葉または腸間葉と一緒に培養される場合には、肺芽状表皮はそれぞれ胃腺または軟毛に分化する。さらに、肺芽表皮が肝臓間葉または気管支間葉と一緒に培養される場合には、表皮はそれぞれ肝細胞索、分枝状気管支芽に分化する。
【0016】
2.1. 生体組織および前駆体
胚の発生によって完全に形成された組織が産生される。各器官の形態的、すなわち細胞の境界が確定され、若いまたは生体個体において、正常な生活中または損傷および疾病に対応した組織の維持は、特定の発生中のシグナルに応答することができる前駆細胞から器官への補充に依存している。
【0017】
未成熟細胞の分化を経由する成体細胞の再生について最も良く知られた例は造血系である。ここでは、発生学的に未成熟な前駆体(造血幹および前駆細胞)は分子シグナルに応答して別種の血液およびリンパ球細胞タイプを次第に形成する。
【0018】
造血系は最もよく理解されている自己再生生体細胞系であるが、大部分の、多分すべての成体器官は、正常な環境下では成体組織の補充を開始することができる前駆細胞を所有していると信じられている。例えば、神経堤細胞の多能性については上述した。成体腸管は文化された組織を補充する補充する未成熟前駆体を含んでいる。肝臓は肝未成熟前駆体を含有するので、再生能力を有しており、皮膚は自己再生する。その他、このmesengenicプロセスを通って、大部分の中胚葉誘導体は前駆体の分化によって連続的に補充される。こうした修復は胚の系譜を反復し、多能性前駆細胞が関与する分化の経路を必然的にたどる。
【0019】
間葉始原細胞は特異的なシグナルに応答して特異的な系譜を選択する多能性細胞である。例えば、骨形態形成因子に応答して、間葉前駆細胞は骨形成系譜を選択する。例えば、損傷に応答して、中胚葉始原細胞は適当な部位に移動して増殖し、局部的分因子に反応して、最終的に独自の分化経路を選択する。生体において限定された組織の修復のみが見られる理由は特異的な分化系譜を選択することができる始原細胞があまりにも少ないためであると推定されてきた。これらの始原細胞を増殖させることができるならば組織の修復がずっと効果的になることは明らかである。所望の分化表現型を提供する最終分化をしていない細胞とともに幹および始原細胞を増殖させて蓄積することは、遺伝子治療および多数の治療方法において多大な価値があるはずである。
【0020】
2.2. ノッチ経路
遺伝的および分子的研究によってノッチシグナル伝達経路の独自の因子を確定する一群の遺伝子が同定された。これらの各種の因子の同定は初期の指標として遺伝子ツールを使用したショウジョウバエのみで実施されたが、その後の分析によって、ヒトを含むセキツイ動物種中で相同性のタンパク質の同定に至った。図2は既知のノッチ経路因子間も分子的関連性およびそららの細胞内局在性を示す(Arta vanis−Tsakonasら、1995,Scicnce 268:225-232)。
【0021】
ノッチシグナル伝達経路の好悪成物のいくつかがクローン化され、配列決定されている。例えば、ノッチ(Whartonら、1985,Cell 43:567;国際公開公報第92/19734号,1992年11月12日;Ellisonら、1991,Cell 66:523-534;Wcinmasterら、Development 116:931−941;Coffmanら、1990,Science 249:1438−1441;Stifaniら、1992,Nature Genet.2:119−127;Lardelli and Lendahl,1993,Exp.Cell.Res.204:372;Lardelliら、1994,Mech.Dcv.96:123−136;Bicrkampら、1993,Mech.Dcv.43:87−100);デルタ(Delta)(Kopczybskiら、1988,Genes and Develop.2:1 723−1735;Henriqueら、1995,Nature 375:787-790;Chitnisら、1995,Nature 375:761−766);セレイト(Serrate) (Flcmingら、1990,Genes and Develop.1:2188−2201;Lindsellら、1995,Cell.80:909;Thomasら、1991,Development 111:749−761);細胞質タンパク質 デルテックス(Deltex) (Busseauら、1994,Genetics 136:585−596);ならびにMastcrmind,Hairless,the Enhanccs of Split ComplexおよびSuppressor of Hairlessがコードされた核タンパク質(Smollerら、1990,Genes and Develop.4:1688−1700;Bang and Posakony,1992,Genes and Develop.6:1752−1769;Maixrら、1992,Mcch.Dcv.38:143−156;Dclidakisら、1991,Genetics 129:823;Schronsら、1992,Genetics 132:481−503;Furukawaら、1991,J.Biol.Chem.266:23334−23340;furukawaら、1992,Cell.69:1191−1197;Schweisguth and Posakony,1992,Cell.69:1199−1212;Fortini and Artavanis−Tsakonas,1994,Cell.79:273−282)。
【0022】
ノッチの細胞外ドメインは36個のEGF−様リピートを保有し、この中の2つはノッチリガンドScrratcおよびDcltaとの相互作用に関係していた。DeltaおよびSerrateはEGFに相同細胞外ドメインを有する膜結合リガンドであり、隣接する細胞上のノッチと物理的に相互作用してシグナリングを誘発する。
【0023】
先端を切断した形態のノッチ受容体の発現を包含する機能面の分析受容体の活性化が細胞内ドメインの6個のcdc10/アンキリンリピートに依存することが示された。過剰発現の結果として見掛け上経路の活性化が見られるDecltexおよびSuppressor of Hairlessはこれらのリピートに関係している。
【0024】
Decltexは環状亜鉛フィンガーを含有する細胞質タンパク質である。地方、Suppressor of Hairlessは、Epstcin−Barrウイルスによって誘導されるB細胞の永久増殖化に関与する哺乳類DNA結合性タンパク質であるCBF1のショウジョウバエ相同体である。少なくとも培養細胞中では、Supprcssor of Hairlessは細胞質中のcdc10/アンキリンリピートと関連性があり、ノッチ受容体と隣接する細胞上のそのリガンドであるDeltaとの相互作用時に、核内に移動することが証明された(Fortini and Artavanis,1994,Cell 79:273−282)。酵母のツーハイブリットシステムを使用して、新規な核タンパク質であるHairlessのSuppressor of Hairlessとの関連性が実証され、したがって、転写におけるSuppressor of Hairlessの関与がHairlessによって調節されると考えられている(Brouら、1994、Genes Dev.8:2491;Knustら、1992,Genetics 129:803)。
【0025】
最後に、ノッチシグナリングはスプリット複合体のエンハンサー内の少なくともいくつかのbhlh遺伝子の活性化をもたらすことが知られている(Delidakisら、1991,Genetics 129:803)。Mastermindは新規な偏在性核タンパク質をコードする。これとノッチシグナリングとの関係は明らかになっていないが、遺伝的分析によって示されるようにノッチ経路に関与する(Smollerら、1990,Genes Dev.4:1688)。
【0026】
ノッチ経路の普遍性は各種のレベルで現れる。遺伝子レベルでは、ショウジョウバエにおける非常に広汎にわたる細胞型に発生に影響する多くの変異が存在する。マウスにおけるノックアウト変異はノッチの機能の基本的な役割に矛盾しない胚の致死である(Swiatek ら、1994,Genes Dev.8:707)。ヒトの造血系のノッチ経路における変異はリンパ芽球性白血病と関連性がある(Ellisonら、1991,Cell.66:649−661)。最後に、発生中のツメガエルの胚におけるノッチの変異型の発現は正常な発生を強く妨害する。(Coffmanら、1993,Cell.73:659)。
【0027】
ショウジョウバエ胚におけるノッチの発現パターンは複雑で動的である。ノッチタンパク質は初期胚中で広く発現し、続いて発生が進行するにつれて、運命の決定付けられていないまたは増殖性の細胞群に限局されていく。生体において、発現は卵巣および精巣の再生組織中に残存する。(総説;Fortiniら、1993,Cell 75:1245−1247;Janら、1993,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 90:8305−8307;Sternberg,1993,Curr.Biol.3:763−765;Greenwald,1994,Curr.Opin.Genet.Dev.4:556−562;Artavanis−Tsakonasら、1995,Science 268:225−232)。3つの公知の脊椎動物のノッチ相同体の1つ、ノッチのゼブラフィッシュおよびツメガエル中での発現研究によって、全体的なパターンは一般的に最終分化をしていない増殖性の細胞集団に関連するノッチの発現と同様であることが示された。高発現レベルを有する組織として、発生中の脳、眼および神経管が含まれる(Coffmanら、1990,Science 249:1438−1441;Bierkampら、1993,Mech.Dev.43:87−100)。哺乳類での研究では対応するノッチ相同体の発現が発生の後期に開始することが示されたが、このタンパク質は細胞の運命の決定の最中または急速な増殖中の組織中で動的パターンで発現される(Weinmasterら、1991,Development 113:199−205;Reaumeら1992,Dev.Biol.154:377−387;Stifaniら、1992,Nature Genet.2:119−127;Weinmasterら、1992,Development 116:931−941; Kopanら、1993,J.Cell.Biol.121:631−641;Lardelliら、1993,Exp.Cell Res.204:364−372;Lardelliら、1994,Mech.Dev.46:123−136;Henriqueら、1995,Nature 375:787−790;Horvitzら、1991,Nature 351:535−541;Franco del Amoら、1992,Development 115:737−744)。哺乳類ノッチ相同体最初に発現される組織として、胚の前体節(pre-somitic)中胚葉および発生中の神経上皮がある。前体節中胚葉中では、移動した全ての中胚葉中でノッチの発現が見られ、特に前体節中胚葉の前端部で濃密なバンドが見られる。この発現は体節が形成されると一度減少することが観察され、これは体節前駆細胞の分化においてノッチ1の役割があることを意味している(Reaumeら、1992,Dev.Biol.154:377−387;Horvitzら、1991,Nature 351:535−541)。マウスDeltaについても同様の発現パターンが見られる(Simskeら、1995,Nature 375:142−145)。
【0028】
発生中の哺乳類神経系内において、ノッチ相同体の発現パターンは脊椎の脳室周囲層、および末梢神経系成分の特定の領域で、重複しているが同一ではないパターンで優勢なことが示された。神経系でのノッチの発現は細胞増殖の領域に限定されているものと見られ、分化したばかりの細胞に隣接する集団には見られない(Weinmsterら、1991,Development 113:199−205;Reaumeら1992,Dev.Biol.154:377-387;Weinmasterら、1992,Development 116:931-941;Kopanら、1993,J.Cell Biol.121:631-641;Lardelliら、1993,Exp.Cell Res.204:364-372;Lardelliら、1994,Mech.Dev.46:123-136;Henriqueら、1995,Nature 375:787-790;Horvitzら、1991,Nature 351:535-541)。ラットノッチリガンドの1つもまた発生中の脊髄中で、ノッチ遺伝子の発現ドメインと重複する脳室周囲層に独特なバンドとして発現する。このリガンドの時空的発現パターンは、脊髄の神経運命が決まっている細胞のパターンと良く相関しており、神経運命の細胞集団のマーカーとしてのノッチの有用性を証明している(Henriqueら、1995,Nature 375:787-790)。これは、やはり発現ドメインがノッチ1のものと重複しているセキツイ動物のDelta相同体についても示唆された(Larssonら、1994,Genomics 24:253-258;Fortiniら、1993,Nature 365:555-557 ;Simskeら、1995,Nature 375:142-145)。ツメガエルおよびニワトリ相同体の場合、側方特異化モデルから予測されるように、Deltaは散在する細胞のノッチ1発現ドメイン内でのみ実際に発現し、これらのパターンは神経分化のその後のパターンの「徴候」を示す(Larssonら、1994,Genomics 24:253-258;Fortiniら、1993,Nature 365:555-557)。
【0029】
特定の対象についてのその他のセキツイ動物の研究が、網膜、毛嚢および歯蕾を含む発生中の感覚構造中でのノッチ相同体の発現に焦点をあてて実施された。ツメガエル網膜の場合、ノッチ1は中心周縁帯および中心網膜の未分化細胞中で発現される(Coffmanら、1990,Science 249:1439-1441;Mangoら、1991,Nature 352:811-815)。ラットにおける研究でも、発生中の網膜中でのノッチ1と分化中の細胞との関連が証明され、この組織中での連続的な細胞の運命の選択にノッチ1がある役割を有することを示唆すると解釈された(Lymanら、1993,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 90:10395-10399)。
【0030】
上皮/間葉誘導の相互作用におけるノッチタンパク質の関与の可能性を調べるため、毛嚢の再形成マトリックス細胞中のマウスノッチ1の発現の詳細な分析が実施された(Franco del Amoら、1992,Development 115:737-744)。当初、これらの役割はノッチ1について、ラットのほほひげおよび歯蕾中のその発現を基礎として示唆されていた(Weinmasterら、1991,Development 113:199-205)。ノッチ1の発現はこれと異なって、上皮/間葉の相互作用に関与しない非有糸分裂性の分化中の細胞のサブセットに限定されることが分かり、その他の場所でのノッチ発現と一致する知見である。
【0031】
ヒト組織および細胞系でのノッチタンパク質の発現研究もまた報告されている。ヒトT細胞白血病における先端の切断されたノッチ1 RNAの異常発現はノッチ1の切断点を有する転座に起因している(Ellisenら、1991,Cell 66:649-661)。造血中のヒトノッチ1発現の研究は、T細胞前駆体の初期分化中のノッチ1の役割を示唆している(Mangoら、1994,Development 120:2305-2315)。さらに、正常および腫瘍性頚部および結腸組織を含む成体組織切片上でのヒトノッチ1およびノッチ2の発現の研究が実施された。ノッチ1およびノッチ2は試験した正常組織の扁平上皮内の分化中の細胞集団で重複パターンで発現することが見られ、正常円柱細胞中ではいくつかの前駆細胞以外は発現されないことが明白である。腫瘍中では、比較的良性の扁平上皮形成異常から円柱上皮が腫瘍によって置換されているようなガン性の侵食性腺ガンの場合まで、両タンパク質ともに発現される(Melloら、1994, Cell 77:95-106)。
【0032】
Notchシグナル伝達の発生的役割および全般的性質への洞察は、いくつかの種における端部切断型の構成的に活性化された形態のノッチ(Notch)を用いた研究から明らかになった。細胞外リガンド結合ドメインを欠くこれらの組換えによって作製されたNotch形態は、哺乳動物Notchタンパク質の天然に存在する発癌性変異体に似ており、表現型的基準(criteria)を用いて構成的に活性化されている(Greenwald, 1994, Curr. Opin. Genet. Dev. 4:556; Fortiniら,1993, Nature 365:555-557; Coffmanら,1993, Cell 73:659-671; Struhlら,1993, Cell 69:1073; Rebayら,1993, Genes Dev. 7:1949; Kopanら,1994, Development 120:2385; Roehlら,1993, Nature 364-632)。
【0033】
−ショウジョウバエ胚における活性化Notchの偏在性発現は、表皮分化を損なうことなく神経芽細胞分離(segregation)を抑制する(Struhlら,1993, Cell 69:331; Rebayら,1993, Genes Dev. 7:1949)。
【0034】
−発生しつつある想像上の上皮における活性化Notchの持続性発現は、同様に神経構造体を犠牲にして表皮の過剰産生をもたらす(Struhlら,1993, Cell 69:331)。
【0035】
−神経芽細胞分離は、胚における活性化Notchの一過性発現によって遅延させられるが阻止されない一時性の波(temporal waves)として起こる(Struhlら,1993, Cell 69:331)。
【0036】
−ショウジョウバエ眼の成虫芽(imaginal disc)という明確に規定された細胞における一過性の発現は、該細胞にその通常の誘導的刺激を無視させ、別の細胞運命に適合させる(Fortiniら,1993, Nature 365:555-557)。
【0037】
−ショウジョウバエの胚または眼の成虫芽(disc)における活性化Notchの一過性発現を利用した研究は、Notchシグナル伝達活性が一旦おさまると、細胞は回復して適切に分化することが可能である、つまり後期の発生的刺激に応答することができることを示している(Fortiniら,1993, Nature 365:555-557;Struhlら,1993, Cell 69:331)。
【0038】
Notch経路およびNotchシグナル伝達に関する総論については、Artavanis-Tsakonasら,1995, Science 268:225-232 を参照されたい。
【0039】
本出願の第2節および他の節における参考文献の引用または同定は、そのような文献が本発明の先行技術として利用可能であったことを承認するものと解釈されるべきではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0040】
【特許文献1】国際公開公報第92/19734号
【非特許文献】
【0041】
【非特許文献1】Scott F. Gilbert,1991,Developmental Biology,第3版,Sinauer Associates,Inc., Sunderland MA
【非特許文献2】Rakicら,1982,Neurosci. Rev. 20:429−611
【非特許文献3】LeDouarinら,1975,Proc. Natl. Acad. Sci. USA,72:728−732
【非特許文献4】Arta vanis−Tsakonasら、1995,Scicnce 268:225-232
【非特許文献5】Whartonら、1985,Cell 43:567
【非特許文献6】Ellisonら、1991,Cell 66:523-534
【非特許文献7】Wcinmasterら、Development 116:931−941
【非特許文献8】Coffmanら、1990,Science 249:1438−1441
【非特許文献9】Stifaniら、1992,Nature Genet.2:119−127
【非特許文献10】Lardelli and Lendahl,1993,Exp.Cell.Res.204:372
【非特許文献11】Lardelliら、1994,Mech.Dcv.96:123−136
【非特許文献12】Bicrkampら、1993,Mech.Dcv.43:87−100)
【非特許文献13】Kopczybskiら、1988,Genes and Develop.2:1 723−1735
【非特許文献14】Henriqueら、1995,Nature 375:787-790
【非特許文献15】Chitnisら、1995,Nature 375:761−766
【非特許文献16】Flcmingら、1990,Genes and Develop.1:2188−2201
【非特許文献17】Lindsellら、1995,Cell.80:909
【非特許文献18】Thomasら、1991,Development 111:749−761
【非特許文献19】Busseauら、1994,Genetics 136:585−596
【非特許文献20】Smollerら、1990,Genes and Develop.4:1688−1700
【非特許文献21】Bang and Posakony,1992,Genes and Develop.6:1752−1769
【非特許文献22】Maixrら、1992,Mcch.Dcv.38:143−156
【非特許文献23】Dclidakisら、1991,Genetics 129:823
【非特許文献24】Schronsら、1992,Genetics 132:481−503
【非特許文献25】Furukawaら、1991,J.Biol.Chem.266:23334−23340
【非特許文献26】Furukawaら、1992,Cell.69:1191−1197
【非特許文献27】Schweisguth and Posakony,1992,Cell.69:1199−1212
【非特許文献28】Fortini and Artavanis−Tsakonas,1994,Cell.79:273−282
【非特許文献29】Brouら、1994、Genes Dev.8:2491
【非特許文献30】Knustら、1992,Genetics 129:803
【非特許文献31】Delidakisら、1991,Genetics 129:803
【非特許文献32】Smollerら、1990,Genes Dev.4:1688
【非特許文献33】Swiatek ら、1994,Genes Dev.8:707
【非特許文献34】Ellisonら、1991,Cell.66:649−661
【非特許文献35】Coffmanら、1993,Cell.73:659
【非特許文献36】Fortiniら、1993,Cell 75:1245−1247
【非特許文献37】Janら、1993,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 90:8305−8307
【非特許文献38】Sternberg,1993,Curr.Biol.3:763−765
【非特許文献39】Greenwald,1994,Curr.Opin.Genet.Dev.4:556−562
【非特許文献40】Weinmasterら、1991,Development 113:199−205
【非特許文献41】Reaumeら1992,Dev.Biol.154:377−387
【非特許文献42】Weinmasterら、1992,Development 116:931−941
【非特許文献43】Kopanら、1993,J.Cell.Biol.121:631−641
【非特許文献44】Lardelliら、1994,Mech.Dev.46:123−136
【非特許文献45】Horvitzら、1991,Nature 351:535−541
【非特許文献46】Franco del Amoら、1992,Development 115:737−744
【非特許文献47】Simskeら、1995,Nature 375:142−145
【非特許文献48】Larssonら、1994,Genomics 24:253-258
【非特許文献49】Fortiniら、1993,Nature 365:555-557
【非特許文献50】Mangoら、1991,Nature 352:811-815
【非特許文献51】Lymanら、1993,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 90:10395-10399
【非特許文献52】Ellisenら、1991,Cell 66:649-661
【非特許文献53】Mangoら、1994,Development 120:2305-2315
【非特許文献54】Melloら、1994, Cell 77:95-106
【非特許文献55】Rebayら,1993, Genes Dev. 7:1949
【非特許文献56】Kopanら,1994, Development 120:2385
【非特許文献57】Roehlら,1993, Nature 364-632
【非特許文献58】Struhlら,1993, Cell 69:331
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0042】
3.発明の概要
本発明は、未終末分化細胞(「前駆細胞」)を増殖させる方法であって、前駆細胞内のノッチ経路を活性化して、該前駆細胞の増殖能を損なうことなく該細胞の分化を抑制することによる方法に関する。前駆細胞は、好ましくは、幹細胞または始原細胞である。本発明はまた、前駆細胞を含有する集団内の前駆細胞を増殖させる方法であって、該細胞内のノッチ経路を活性化して、幹細胞の有糸分裂活性に影響を及ぼすことなく該幹細胞の分化を抑制することによる方法に関する。さらに、所望により、ノッチ経路の活性化の前または後に、前駆細胞を細胞集団から単離することができる。ノッチ経路の活性化は、好ましくは、該細胞をノッチのリガンド(例えば、可溶性型のもの、細胞表面上で組換え的に発現されたもの、または固相表面上に固定化されたもの)と接触させるか、あるいは、ドミナントアクティブ(dominant active)なノッチの突然変異体または活性化するノッチのリガンドもしくはノッチ経路を活性化する他の分子を発現する組換え核酸を該細胞内に導入することにより達成される。
【0043】
前駆細胞内でノッチを活性化することにより、該前駆細胞を分化シグナルに対して不応性にして、分化を実質的に抑制し、該細胞をその分化段階で維持し、所望により、細胞増殖条件にさらして該細胞を増殖させる。したがって、本発明の方法は、ある特定の分化状態の前駆細胞を提供する。したがって、1つの実施態様においては、ある分化表現型が治療的に有用な場合(例えば、ホルモンまたは増殖因子が欠損している場合)に、その所望の分化表現型を発現する(例えば、所望のホルモンまたは増殖因子を産生する)細胞を、患者に投与することができる。あるいは、ノッチの活性化または細胞増殖により得られた増殖された幹細胞または始原細胞を使用して、そのような細胞集団を投与することにより、患者における幹細胞または始原細胞系列を置換したり、補充することができる。所望により、より分化した細胞集団の機能を患者に提供するために、増殖された細胞集団のメンバーを、in vivo投与の前に、in vitroで分化誘導することができる。好ましくは、該細胞をin vivo投与すると分化が生じうるよう、ノッチの活性化は、in vitroで行ない、可逆的である。したがって、例えば、好ましい実施態様では、ノッチのリガンドを使用して、細胞上でノッチを活性化する。これは、例えば、ノッチのリガンドを可溶性型で細胞培地に加えることにより、または該細胞を、その表面上にノッチのリガンド(例えば、デルタ(Delta)、セレイト(Serrate))を発現している培養液中の細胞層と接触させることにより行なう。
【0044】
本発明において増殖させる前駆細胞は、当業者に公知の方法(後記の第5.5節を参照されたい)を用いて種々の起源から単離することができる。前駆細胞は、任意の動物の前駆細胞であってもよく、好ましくは哺乳動物、最も好ましくはヒトの前駆細胞であり、初代組織、細胞系などの前駆細胞であってもよい。前駆細胞は、外胚葉、中胚葉または内胚葉に由来するものであってもよい。入手可能でin vitroで維持しうる任意の前駆細胞が、本発明で使用可能である。好ましい実施態様では、前駆細胞は幹細胞である。そのような幹細胞には、造血幹細胞(HSC)、皮膚および腸の裏打ちなどの上皮組織の幹細胞、胚心筋細胞、および神経幹細胞が含まれるが、これらに限定されるものではない(StempleおよびAnderson, 1992, Cell 71:973-985)。幹細胞は、細胞増殖条件下、すなわち、該細胞の増殖(「有糸分裂活性」)を促進する条件下で増殖させることができる。
【0045】
細胞系列において最も未分化な細胞が、幹細胞と称される。しかしながら、幹細胞は、機能的な用語である。古典的な定義によると、幹細胞は、分裂して別の幹細胞を産生する能力(自己複製能)を有する細胞、および複数の特異的な分化経路に沿って分化しうる細胞である。分化系列内のある特定の細胞が、「より未分化」な親細胞に由来しており、さらに分裂し、「より分化」した細胞子孫を産生する場合が多い。図3に、造血系の発生を図示する。この図には、全能性、多能性および始原幹細胞が示されている。
【0046】
「前駆細胞」は、分裂してもしなくてもよく、特異的な発生シグナルに応答することにより、異なる分化状態(ただし、必ずしも完全に分化した状態でなくてもよい)になるよう誘発されることが可能である。
【0047】
本発明はまた、ノッチを発現する終末分化および/または分裂終了細胞および/または他の成熟細胞の脱分化および増殖のための方法であって、ノッチ経路を拮抗して、該細胞を分化および/または有糸分裂シグナルに対して応答性にすることを含んでなる方法に関する。ノッチを発現する終末分化および/または分裂終了細胞には、分裂終了ニューロン、例えば網膜ニューロン、および頚円柱上皮細胞が含まれるが、これらに限定されるものではない。ノッチを発現する他の成熟細胞には、成熟肝細胞、成熟腎細胞および成熟皮膚細胞が含まれうるが、これらに限定されるものではない。ノッチのアンタゴニストを使用することによりこれらの細胞においてノッチ経路を拮抗した後、該細胞を、増殖条件にさらすことにより増殖させることができる。
【0048】
本発明はまた、遺伝子治療で使用したり所望の細胞集団を得るため(例えば、損傷および/または罹患した組織を再生するため)の、増殖された前駆細胞の使用方法に関する。増殖された前駆細胞集団は、当業者に一般に公知の方法(後記の第5.8節を参照されたい)を用いて患者に投与することができる。他の特定の実施態様においては、ノッチの活性化および増殖の後、前駆細胞を、in vivoまたはin vitroで分化するよう誘導し、ついで個体に投与して、分化した表現型を患者に付与することができる。さらに、ノッチの活性化および増殖は、所望の表現型の前駆細胞を幹細胞または始原細胞からin vitroで産生させた後に、in vitroで行なうことができる。
【0049】
本発明はまた、前駆細胞またはその子孫により受け継がれ発現されうる組換え遺伝子を含有する前駆細胞に関する。これらの組換え前駆細胞を患者内に移植して、所望の遺伝子を患者内で発現させ、該組換え遺伝子の欠落またはその発現の欠損により生じる病態を緩和することができる。前駆細胞は、前駆細胞の増殖の前または後に組換え体とすることができる。所望の遺伝子産物をコードする核酸をトランスフェクトして、前駆細胞またはその子孫に該遺伝子産物を安定に発現させる方法は、当業者に公知であり、以下に記載されている。
4.図面の簡単な説明
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】ヒトの脳発生の間における領域的特殊化を示す図である(Gilbert, 1991, Developmental Biology, 第3版,Sinauer Associates, Inc., Sunderland MA, p.166)。
【図2】は、Notchシグナル伝達経路の模式図である。Notch受容体はその細胞外ドメインを介してデルタ(Delta)ともセレイト(Serrate)とも結合することができる。リガンド結合は、Notchの細胞内アンキリンリピートと細胞質タンパク質であるデルテックス(Deltex)との相互作用によって安定化される受容体の多量体化をもたらしうる。これらの現象は、DNA結合タンパク質であるSuppressor of Hairlessの核への移動、および該タンパク質のHairlessタンパク質との公知の会合を制御することができる。Split BHLH遺伝子のエンハンサーの転写的誘導は、Notchシグナル伝達に依存するように思われる。
【図3】哺乳動物の血液細胞およびリンパ細胞の起源を示す模式図である(Gilbert, 1991, Developmental Biology, 第3版,Sinauer Associates, Inc., Sunderland MA, p.232)。
【図4A】Notchの高度に保存されたアンキリンリピート領域を示す。
【図4B】Notchの高度に保存されたアンキリンリピート領域を示す。
【図4C】Notchの高度に保存されたアンキリンリピート領域を示す。
【図4D】Notchの高度に保存されたアンキリンリピート領域を示す。
【図5A】sev-Notchnuc1および活性化Raf 構築物であるSe-raftorY9の両方を担持するトランスジェニックハエの網膜錐体細胞前駆体における活性化Notchの発現および神経分化。第三齢幼虫の眼の成虫芽を、Notchの細胞内ドメインに対するマウスモノクローナル抗体 C17.9C6および神経抗原ELAVに対するラットモノクローナル抗体 7E8A10 と反応させ、免疫蛍光二次抗体を用いて同焦点顕微鏡によって視覚化した。セブンレス(sevenless) 発現細胞(5A、D)における核Notch染色(緑)、ELAV(赤)を発現し神経分化を受けている核(5B、E)および両方の染色パターンの対応するイメージ重層(overlay)(5C、F)を示す後部眼成虫芽領域の低(5A〜C)および高(5E〜F)倍率像。5A〜Cに示す視野は、個眼の列10〜23にまたがっており、左側に成虫芽の後縁が見えている;Notchタンパク質を発現する核は、ELAVを発現しない。
【図5B】セブンレス(sevenless) 発現細胞(5A、D)における核Notch染色(緑)、ELAV(赤)を発現し神経分化を受けている核(5B、E)および両方の染色パターンの対応するイメージ重層(overlay)(5C、F)を示す後部眼成虫芽領域の低(5A〜C)および高(5E〜F)倍率像。5A〜Cに示す視野は、個眼の列10〜23にまたがっており、左側に成虫芽の後縁が見えている;Notchタンパク質を発現する核は、ELAVを発現しない。
【図5C】セブンレス(sevenless) 発現細胞(5A、D)における核Notch染色(緑)、ELAV(赤)を発現し神経分化を受けている核(5B、E)および両方の染色パターンの対応するイメージ重層(overlay)(5C、F)を示す後部眼成虫芽領域の低(5A〜C)および高(5E〜F)倍率像。5A〜Cに示す視野は、個眼の列10〜23にまたがっており、左側に成虫芽の後縁が見えている;Notchタンパク質を発現する核は、ELAVを発現しない。
【図5D】セブンレス(sevenless) 発現細胞(5A、D)における核Notch染色(緑)、ELAV(赤)を発現し神経分化を受けている核(5B、E)および両方の染色パターンの対応するイメージ重層(overlay)(5C、F)を示す後部眼成虫芽領域の低(5A〜C)および高(5E〜F)倍率像。5Dでは、類似した発生齢の個々の網膜錐体細胞前駆体核を、もしそれらがNotchゆえに染色されELAVゆえに染色されない場合、'N'と標識してある。そして、5Eでは、ELAVゆえに染色され、Notchゆえに染色されない場合、'E'と標識してある。強いNotch陽性(緑)網膜錐体細胞前駆体核の下に、かすかなELAV染色(赤)がしばしば観察された;5Eにおいて例を星印で示す。光学的断面図作製は、このELAV染色が網膜錐体細胞前駆体核のすぐ下に位置し、部分的にそこに挿入されているR1、3、4、6および7光受容体細胞前駆体核に対応することを明らかにした。Se-raftorY9の代わりに活性化Sevenless チロシンキナーゼ構築物sev-S11 または活性化Ras1構築物sevRas1val12を担持するsev-Notchnuc1ハエについても、同一の染色パターンが観察された(データは示していない)。
【図5E】セブンレス(sevenless) 発現細胞(5A、D)における核Notch染色(緑)、ELAV(赤)を発現し神経分化を受けている核(5B、E)および両方の染色パターンの対応するイメージ重層(overlay)(5C、F)を示す後部眼成虫芽領域の低(5A〜C)および高(5E〜F)倍率像。5Eでは、ELAVゆえに染色され、Notchゆえに染色されない場合、'E'と標識してある。強いNotch陽性(緑)網膜錐体細胞前駆体核の下に、かすかなELAV染色(赤)がしばしば観察された;5Eにおいて例を星印で示す。光学的断面図作製は、このELAV染色が網膜錐体細胞前駆体核のすぐ下に位置し、部分的にそこに挿入されているR1、3、4、6および7光受容体細胞前駆体核に対応することを明らかにした。Se-raftorY9の代わりに活性化Sevenless チロシンキナーゼ構築物sev-S11 または活性化Ras1構築物sevRas1val12を担持するsev-Notchnuc1ハエについても、同一の染色パターンが観察された(データは示していない)。
【図5F】セブンレス(sevenless) 発現細胞(5A、D)における核Notch染色(緑)、ELAV(赤)を発現し神経分化を受けている核(5B、E)および両方の染色パターンの対応するイメージ重層(overlay)(5C、F)を示す後部眼成虫芽領域の低(5A〜C)および高(5E〜F)倍率像。光学的断面図作製は、このELAV染色が網膜錐体細胞前駆体核のすぐ下に位置し、部分的にそこに挿入されているR1、3、4、6および7光受容体細胞前駆体核に対応することを明らかにした。Se-raftorY9の代わりに活性化Sevenless チロシンキナーゼ構築物sev-S11 または活性化Ras1構築物sevRas1val12を担持するsev-Notchnuc1ハエについても、同一の染色パターンが観察された(データは示していない)。
【図6A】sev-Notchnuc1およびsev-S11 を担持するsevenlessd2ハエの網膜錐体細胞前駆体における活性化Notchおよび活性化Sevenlessタンパク質の同時発現。第三齢幼虫の眼の成虫芽を、Notchの細胞内ドメインに対するラットポリクローナル抗体 Rat5 および Sevenlessの60 kD サブユニットに対するマウスモノクローナル抗体sev150C3と反応させ、免疫蛍光二次抗体を用いて同焦点顕微鏡によって視覚化した。sevenlessd2対立遺伝子はMab sev150C3によって認識されるタンパク質を全く産生しない。(6A)同一の後部眼成虫芽四分円内のわずかに異なる先端レベルで採集した2つの水平光学切片のイメージ重層で、網膜錐体細胞前駆体核の殆どにおいて活性化Notch(緑)の発現、および網膜錐体細胞前駆体集団の対応する先端膜の殆どにおける活性化 Sevenless(紫)の発現を示す。集合している各個眼における Sevenlessタンパク質の輪型の分布は、4個までの網膜錐体細胞前駆体の先端微小絨毛ふさ状分岐およびR7前駆体細胞を表す。
【図6B】(6A)のそれと類似であるが、より高倍率のイメージ重層で、発生中の個眼を示す。この個眼においては、4個の網膜錐体細胞前駆体核の全てはNotch('N'と標識)を発現し、全部または殆どの網膜錐体細胞前駆体先端膜ふさ状分岐は強い Sevenlessの発現('Sev'と標識)を示している。
【図7】ショウジョウバエにおけるR7細胞前駆体の神経誘導の間の、Notch活性化とsevenless受容体チロシンキナーゼ、Ras1およびRafを包含するシグナル伝達経路の間における上位関係の図式的表示。R7細胞前駆体におけるSevenlessタンパク質(Sev)は、近隣のRB細胞によって提示されるそのリガンドBride of sevenless (Boss) に結合することにより活性化されて、おそらくそのグアニンヌクレオチド交換因子 Son-of-sevenless およびそのGTPase活性化タンパク質Gap1の調節を介して、Ras1活性化をもたらす。Ras1活性化は、Raf の活性化をもたらす。このシグナル伝達経路は、Raf 下流のどこかの地点においてNotch活性化によって抑制される。
【発明を実施するための形態】
【0051】
5.発明の詳細な説明
本発明は、最終分化していない細胞("precursor cell"、「前駆細胞」)の増殖方法であって、前駆細胞の増殖能を破壊することなく該細胞の分化が抑制されるように該細胞におけるNotch経路を活性化することによる、上記増殖方法に向けられている。本明細書に用いる「前駆細胞」という用語は、最終分化していない任意の細胞を意味するものとする。好ましくは、前駆細胞は幹細胞または始原細胞(progenitor cell)である。本発明はまた、幹細胞の有糸分裂活性に影響を及ぼすことなく該細胞の分化が抑制されるように前駆細胞におけるNotch経路を活性化することによる、前駆細胞含有集団における前駆細胞の増殖方法に向けられている。さらに、所望であれば、Notch経路活性化の前または後で該前駆細胞を細胞集団から単離することができる。好ましくは、Notch経路の活性化は、上記細胞を例えば可溶性型の、または組換えによって細胞表面上に発現されたまたは固相表面に固定されたNotchリガンドに接触させることによって、あるいは上記細胞中に優勢な活性Notch突然変異体、活性化型(activating) NotchリガンドまたはNotch経路を活性化する他の分子を発現する組換え核酸を導入することによって達成される。
【0052】
Notch経路のアゴニストは、タンパク質−タンパク質相互作用またはタンパク質−DNA相互作用のレベルでNotch経路を活性化することができる。Notchのアゴニストは、Notchへの結合を媒介するDelta、SerrateまたはJagged (Lindsellら,1995, Cell 80:909-917)等のトポリスミック(toporythmic) タンパク質の部分を含むタンパク質および誘導体、ならびに上記をコードする核酸(コードする産物をin vivoで発現させるために投与することができる)を含むが、それらだけに限定されない。好ましい実施態様においては、アゴニストは機能的に活性な断片(例えばNotchタンパク質への結合を媒介するNotchリガンドの断片等)を含むタンパク質またはその誘導体または断片である。別な好ましい実施態様においては、アゴニストはヒト・タンパク質またはその一部である(例えばヒトDelta)。別の好ましい実施態様においては、アゴニストはDeltex、またはSuppressor of Hairless、またはこれらをコードする核酸(コードする産物をin vivoで発現させるために投与することができる)である。
【0053】
Notch経路とは、Notch受容体タンパク質と遺伝子的および/または分子的に相互作用する要素を含んでなるシグナル伝達経路である。例えば、分子および遺伝子の両方を基礎としてNotchタンパク質と相互作用する要素としては、Delta、SerrateおよびDeltexが非限定的例として挙げられる。Notchタンパク質と遺伝子的に相互作用する要素としては、Mastermind、HairlessおよびSuppressor of Hairlessが非限定的例として挙げられる。
【0054】
前駆細胞におけるNotch機能の活性化は、分化シグナルに対して前駆細胞を不応性(refractory)にし、その結果、実質的に分化を抑制し、上記細胞をその分化段階に留まらせ、そして場合により、細胞増殖条件に暴露された時に上記細胞の増殖を可能とする。したがって、本発明の方法は特定の分化状態にある前駆細胞を提供する。したがって、1つの実施態様においては、所望の分化表現型(例えば所望のホルモンまたは増殖因子の産生)を発現する細胞を、該分化表現型が治療上有用である患者(例えば、ホルモンまたは増殖因子欠損、等)に投与することができる。または、Notchおよび細胞増殖の活性化によって作製された増殖した幹細胞または始原細胞の集団を用いて、そのような細胞集団を投与することによって患者の幹細胞または始原細胞系統を置換または補充することが可能である。所望であれば、増殖した細胞集団のメンバーをin vivo投与の前に誘導してin vitroで分化させ、より分化した細胞集団の機能を患者に供給することが可能である。好ましくは、Notch活性化はin vitroで実施される。そしてこのNotch活性化は、上記細胞をin vivo投与するとすぐに分化が起こるように、可逆性である。したがって、例えば好ましい実施態様においては、Notchリガンドを用いて細胞上のNotchを活性化する。これは、例えば、Notchリガンドを可溶性型で細胞培地に添加する、または表面上にNotchリガンド(例えば、Delta、Serrate)を発現している培養下の細胞層に該細胞を接触させる、等によって行なわれる。
【0055】
本発明において増殖すべき前駆細胞は、当業者に公知の方法を用いて種々の供給源から単離することができる(後出の第5.5 節参照)。前駆細胞は外胚葉、中胚葉、または内胚葉起源でありうる。獲得可能で、かつin vitroで維持可能な任意の前駆細胞が、本発明により使用することができる。好ましい実施態様においては、前駆細胞は幹細胞である。このような幹細胞は、以下のものを含むがそれらだけに限定されない。すなわち、造血幹細胞(HSC)、皮膚および腸の内層等の上皮組織の幹細胞、胚心筋細胞、および神経幹細胞である(StempleおよびAnderson, 1992, Cell 71:973-985)。幹細胞は細胞増殖条件下、すなわち細胞の増殖(「有糸分裂活性」)を促進する条件下で増殖させることができる。
【0056】
細胞系統の中で最も分化していない細胞を幹細胞と称する。しかし、幹細胞というのはその働き方による(operational)呼び名である。幹細胞の古典的定義は、分裂して別の幹細胞を生成することができる(自己再生能)細胞、および複数の特定分化経路に沿って分化することができる細胞である。ある分化系統における特定の細胞がそれほど分化していない親に由来していて、そしてさらに分裂してより分化した細胞子孫を生じることができる、という場合がしばしばある。図3は、造血発生を図式的に描いたものである。全能性(totipotent)幹細胞、多分化能性(pluripotent)幹細胞および始原細胞がこの図に示されている。
【0057】
「前駆細胞」は特定の生化学的特性を有し、分裂してもしなくてもよく、そして引き金を引かれると特異的発生シグナルに応答することによって必ずしも最終分化した状態ではない、異なる分化状態に適合することができる。
【0058】
本発明はまた、遺伝子治療用の、ならびに所望の細胞集団の提供用の、および傷害および/または疾患を負った組織の再生用の、増殖した前駆細胞の使用方法に向けられている。当業者に周知の方法を用いて、増殖した前駆細胞集団を患者に投与することができる(後出の第5.8 節参照)。別の特定の実施態様においては、Notch活性化および増殖後に前駆細胞をin vivoで、またはin vitroで、誘導して分化させ、その後個体に投与して分化した表現型を提供することができる。さらに、Notch活性化および増殖は、幹細胞または始原細胞から所望の表現型を有する前駆細胞をin vitroで作製した後に、in vitroで実施することができる。
【0059】
本発明はまた、所望の遺伝子を発現するように組換え遺伝子を発現する前駆細胞に向けられている。これらの組換え前駆細胞は、患者において所望の遺伝子が発現され、該組換え遺伝子の発現の欠如によって引き起こされた病態が軽減されるように、患者に移植することが可能である。前駆細胞は、前駆細胞増殖の前または後で組換え体とすることができる。前駆細胞またはその子孫が安定に遺伝子産物を発現するように、所望の遺伝子産物をコードする核酸をトランスフェクトする方法は当業者に公知であり、また後に記述する。
【0060】
本発明はまた、細胞が分化および/または有糸分裂シグナルに応答性となるようにNotch経路をアンタゴナイズ(antagonize)することを含んでなる、Notchを発現する最終分化したおよび/または有糸分裂後の細胞および/または他の成熟した細胞の脱分化および増殖方法に向けられている。Notchを発現する最終分化したおよび/または有糸分裂後の細胞は、網膜ニューロン等の有糸分裂後のニューロンおよび子宮頸円柱上皮細胞を含むが、これらだけに限定されない。Notchを発現する他の成熟細胞は、成熟肝細胞、成熟腎細胞、および成熟皮膚細胞を含むが、これらだけに限定されない。Notchアンタゴニストの使用によりこれらの細胞においてNotch経路がアンタゴナイズされた後、これらの細胞を増殖条件に暴露することによって増殖することができる。
【0061】
特定の実施態様においては、Notchまたはその断片を発現する成熟細胞をNotch機能のアンタゴニストと接触させ、そして該細胞を増殖条件に暴露することによって増殖させる。別の特定の実施態様においては、アンタゴニストは、実質的に細胞外ドメインを含み、場合により膜貫通ドメインを含むが、それぞれDeltaまたはSerrateの細胞内ドメインの全部または一部を欠くDeltaまたはSerrate断片である(例えば、SunおよびArtavanis-Tsakonas, 1996, Development 122:2465-2474)。細胞が核形態のNotch(例えば、細胞外および膜貫通ドメインを欠く、端部切断型のNotch)を発現する好ましい側面においては、アンタゴニストはNotchアンチセンス核酸、または転写されてNotchアンチセンス核酸を生じる核酸である。
【0062】
増殖した細胞またはその子孫を導入する被験者、または前駆細胞を引き出すことができる被験者は、好ましくは動物である。この動物は、ウシ、ブタ、ウマ、ニワトリ、ネコ、イヌ、等を含むがそれらだけに限定されず、好ましくは哺乳動物であり、最も好ましくはヒトである。
【0063】
本発明の実施態様においては、細胞を投与される被験者は免疫無防備状態であるか、免疫抑制されているか、または免疫欠乏症である。例えば、被験者は後天性免疫不全症候群を患っているか、または癌の治療のために放射線照射または化学療法レジメを受けている。そして、該被験者は、投与された細胞が必要な免疫または造血機能を達成するように、免疫または造血前駆細胞の投与を受ける。
【0064】
好ましくは、増殖した前駆細胞はその細胞を投与すべき被験者にもともと由来する。すなわち、移植は自己移植である。
【0065】
開示を明晰にするため、そして限定のため、本発明の詳細な説明は以下の分節に分けられる。
【0066】
(i) Notchシグナル伝達および幹細胞分化、
(ii) Notch活性化は幹細胞の分化を抑制する、
(iii) Notch経路の活性化、
(iv) Notchおよび最終分化、
(v) 前駆細胞の獲得
(vi) 遺伝子療法
(vii) 医薬組成物
(viii) 移植
5.1.Notchシグナル伝達および幹細胞分化
前駆細胞のより成熟した、つまり分化した状態への進行は、分化工程を最終的に支配するシグナルの組合せに依存する。特定の因子、例えば骨誘導因子、または造血において重要であることが知られている種々の因子、例えばインターロイキン−5またはトロンボポイエチンは、細胞間および細胞−細胞外マトリックス相互作用と共に、特定の分化経路に沿った前駆細胞の分化に寄与する。
【0067】
このような寄与のエフェクターは、細胞外シグナルを核に伝達し、最終的に転写発現パターンを変化させる(すなわち、例えば腎細胞は腎臓特異的遺伝子を発現し、肝細胞特異的タンパク質を発現しないように、細胞の最終的運命である組織のみで発現される遺伝子がスイッチをオンにされ、反対に他の遺伝子がスイッチを切られる)種々のシグナル伝達経路である。前駆細胞が種々の細胞外シグナルに応答するためには、前駆細胞にそれを行なう能力がなければならない。例えば、可溶性の因子に応答するためには、該細胞はその因子を認識できる受容体を発現しなければならない。Waddington, 1940, Organisers and Genes, Cambridge University Press, Cambridge, Englandの古典的研究において組織の能力は明確に表現された。
【0068】
本発明は、Notchシグナル伝達経路は細胞分化が達成されるように特定の発生的(developmental)シグナルを伝達する経路ではなく、それはむしろ分化シグナルを解釈し、応答する前駆細胞の能力をコントロールするのだという発見に少なくとも部分的には基づいている。Notch経路は、一般的な、そして進化的に保存されている発生的「スイッチ(switch)」である。具体的には、前駆細胞においてNotch経路が活性化されると、前駆細胞は特定の分化シグナルに応答することは不可能であるが、一般に前駆細胞の有糸分裂能は保持される(すなわち、該細胞は増殖できる)。Notch経路の存在は、全ての分化シグナル、例えば特定の分化状態を維持するため、または細胞をより分化した状態に進めるために必要とされる増殖因子を知らなくても、前駆細胞の分化状態を操作することを可能とする。好ましい側面においては、Notch機能アゴニストを用いたNotch経路の活性化による分化に対する抑制効果は、Notch経路のアンタゴニストを加えることにより、またはNotch経路アゴニストを徹底的に希釈することにより、逆向きにすることが可能である。
【0069】
5.2.Notch活性化により前駆細胞の分化が抑制される
Notchは、多数の異なる細胞型のより特異的なシグナルに応答する能力を調節する。そして、選択される特定の細胞運命は、各細胞型の発生の歴史およびその細胞内部で機能している特定のシグナル経路に依存する。前駆細胞(例えば始原細胞または幹細胞)においてNotch機能が活性化されると、正しい分化シグナルの存在下であっても、該前駆細胞は分化を阻止されうる。しかし、ひとたびNotch機能活性化が止むと、該細胞は再び発生的刺激に応答することができる。我々は、活性化型のNotchを用いてトランスフェクトしたケラチノサイトを用いて、Notchの活性化された形態を安定に発現する細胞は分化を阻止されるが、それらの細胞の増殖能は影響を受けない、ということを示した。
【0070】
Notch経路活性のモジュレーションにより、前駆細胞の運命を操作するための新規かつ独特なツールが提供される。Notch経路を活性化することによって、特定の発生状態にある前駆体をその状態に「凍結(frozen)」することが可能である。重要なことに、これらの細胞は増殖させることが可能である。なぜなら、Notchシグナル伝達活性はそれらの細胞の分裂能を破壊しないまたは、好ましくは、実質的に損なわないからである。したがって、遺伝子治療および組織修復に有用な前駆体の供給源を提供するために、前駆細胞をex vivoで増殖させることができる。特定の分化状態にある細胞を維持することが、該分化状態の細胞によって産生される化学物質を無期限に、または一定期間、特定の組織に対して供給するために重要である場合には、Notchアゴニストもまた有用である。この後者の実施態様においては、例えば、in vivo投与される細胞におけるNotchを長期間(例えば、数時間または数日)、または、例えば可溶性Notchアゴニストを用いて該細胞を封じ込めることにより、または該細胞に構成的プロモーターからNotch優勢活性突然変異体を組換え発現させることにより実質的に不可逆的に、Notchを活性化することが望ましいであろう。
【0071】
本発明の1つの実施態様は、Notch経路のアゴニストを用いて所望の細胞集団を処理し、そして次に、適切な領域に移植する前にそれらの細胞を培養により増殖させる、または必ずしもそれらをin vitroで増殖させることなく直接移植することである。アンタゴニストを用いてNotch機能アゴニストの作用を逆にする、または中和することができる。例えば、これだけに限定されるのではないが、Notchリガンドまたは該リガンドを模倣する分子を用いて、Notch受容体発現細胞を「活性化」状態に保つことが可能であり、他方、該リガンドを撤収すれば、この効果は逆になる。
【0072】
多くの場合、単にNotchを活性化するだけでは幹細胞をex vivoで増殖させるに不十分であることがありうる。細胞を増殖条件に供する(例えば、特定の増殖因子または増殖因子の組合せの存在下で細胞を培養する)ことが必要であろう。しかし、これらの現象におけるNotch経路活性化の重要性は本質的なものである。なぜなら、上記因子が存在するだけでは、一般に分化を起こすことなく上記細胞を培養下に維持するには不十分だからである。
【0073】
5.3. Notch機能の活性化
Notch機能のアゴニストとは、Notch機能の活性化を促進する作用物質である。本明細書に用いる「Notch機能」とは、Notchシグナル伝達経路によって媒介される機能を意味するものとする。
【0074】
Notch機能の活性化は、好ましくは前駆細胞をNotch機能アゴニストに接触させることによって実施される。Notch機能のアゴニストは、前駆細胞と接触させる、細胞表面分子として組換えにより発現させた細胞単層上の可溶性分子、または固相に固定された分子でありうる。別の実施態様においては、Notchアゴニストは前駆細胞に導入された核酸から組換え的に発現させることができる。本発明のNotch機能アゴニストとしては、Notchタンパク質およびその類似体および誘導体(断片を含む);Notch経路の他の要素であるタンパク質およびその類似体および誘導体(断片を含む);それらの抗体およびその断片、またはその結合領域を含む抗体の他の誘導体;上記タンパク質およびその誘導体または類似体をコードする核酸;ならびに、Notch機能が促進されるようにNotchタンパク質またはNotch経路の他のタンパク質と結合する、または他の方法で相互作用するトポリスミックタンパク質およびその誘導体および類似体が挙げられる。そのようなアゴニストとしては、以下のものが挙げられるがそれらだけに限定されない。すなわち、Notchタンパク質および細胞内ドメインを含むその誘導体、これらをコードするNotch核酸、およびNotchと相互作用するトポリスミックタンパク質ドメイン(例えば、Delta、SerrateまたはJaggedの細胞外ドメイン)を含むタンパク質である。他のアゴニストとしてはDeltexおよびSuppressor of Hairlessが挙げられるが、これらだけに限定されない。これらのタンパク質ならびにその断片および誘導体は組換えにより発現させて単離するか、または化学的に合成することができる。
【0075】
他の特定の実施態様においては、Notch機能アゴニストはNotch機能をアゴナイズ(agonize)するタンパク質またはその断片若しくは誘導体を発現する細胞である。この細胞は、Notch機能アゴニストが前駆細胞に利用可能となるような様式で(例えば、細胞表面に分泌する、発現する、等)Notch機能アゴニストを発現する。さらに別の特定の実施態様においては、Notch機能アゴニストはNotch機能をアゴナイズするタンパク質またはその断片若しくは誘導体をコードする核酸である。このようなアゴニストは、例えば後出の第5.6 節に記載の方法にしたがって採用または送達することが可能である。
【0076】
さらに別の特定の実施態様においては、Notch機能のアゴニストはNotchシグナル伝達経路のメンバーと結合するペプチド模倣体またはペプチド類似体または有機分子である。このようなアゴニストは、当分野で公知のものから選択される結合アッセイによって同定することができる。
【0077】
好ましい実施態様においては、アゴニストはトポリスミック遺伝子によってコードされ、Notchタンパク質またはその接着断片との結合を媒介するタンパク質の少なくとも1つの断片(本明細書では「接着断片」と称する)からなるタンパク質である。本明細書に用いるトポリスミック遺伝子とは、Notch、Delta、Serrate、Jagged、Suppressor of HairlessおよびDeltex遺伝子、ならびに配列相同性または遺伝子的相互作用によって同定することができるDelta/Serrate/JaggedファミリーまたはDeltexファミリーの他のメンバーの遺伝子、そしてより一般的には分子的相互作用(例えばin vitro結合)または遺伝子的相互作用(例えばショウジョウバエにおいて表現型的に示される)によって同定される「Notchカスケード」または「Notchグループ」のメンバーの遺伝子を意味するものとする。
【0078】
Notch経路要素の脊椎動物相同体がクローン化され、配列決定されている。例えば、Serrate (Lindsellら,1995, Cell 80:909-917); Delta (Chitnisら,1995, Nature 375:761; Henriqueら,1995, Nature 375:787-790; Bettenhausenら,1995, Development 121:2407);およびNotch (Coffmanら,1990, Science 249:1438-1441; Bierkampら,1993, Mech. Dev. 43:87-100; Stifaniら,1992, Nature Genet. 2:119-127; Lardelliら,1993, Exp. Cell Res. 204:364-372; Lardelliら,1994, Mech. Dev. 46:123-136; Larssonら,1994, Genomics 24:253-258; Ellisenら,1991, Cell 66:649-661; Weinmasterら,1991, Development 113:199-205; Reaumeら,1992, Dev. Biol. 154:377-387; Weinmasterら,1992, Development 116:931-941; Franco del Amoら,1993, Genomics 15:259-264;およびKopanら,1993, J. Cell. Biol. 121:631-641)が挙げられる。
【0079】
1つの実施態様においては、Notchアゴニストは組換え核酸から発現される。例えば、細胞外リガンド結合ドメインを欠損した、端部を切断した「活性化」型のNotch受容体のin vivo発現は、機能突然変異表現型の増大をもたらす。単一細胞レベルで分析すると、これらの表現型は、始原細胞または幹細胞におけるそのような分子の発現は該細胞が分化シグナルに応答するのを阻止し、その結果分化を抑制することを示す。このプロセスは可逆的であることが望ましい場合があると先に記述した。なぜなら、活性化Notch受容体がもはや発現されなくなると、未分化の幹細胞は分化シグナルに応答し、分化することができるからである。したがって好ましくは、Notch優勢活性突然変異体は、移植細胞の投与後に分化が起こるようにin vivoにはない誘導物質を用いて、増殖のためにin vitroで発現が誘導されうるような様式で、前駆細胞の内側で誘導性プロモーターから発現される。
【0080】
または、別の実施態様においては、Notch機能のアゴニストは組換えNotch優勢活性突然変異体ではない。
【0081】
または、別の実施態様においては、前駆細胞とNotchアゴニストとの接触は、細胞表面に組換え的にNotchリガンドを発現する他の細胞とのインキュベーションによって実施されない。(別の実施態様においてはこの方法は使用可能である。)
別の実施態様においては、組換え的に発現されるNotchアゴニストは、Notchの細胞内ドメインおよび別のリガンド結合表面受容体の細胞外ドメインからなるキメラNotchタンパク質である。例えば、EGF受容体の細胞外ドメインおよびNotchの細胞内ドメインからなるキメラNotchタンパク質が前駆細胞において発現される。しかし、EGF受容体リガンドEGFを該キメラタンパク質を発現している前駆細胞と接触させない限り、Notch経路は活性とならない。端部切断型のNotchの発現を制御する誘導性プロモーターによって、上記キメラNotchタンパク質の活性は可逆性である;EGFが細胞から除去されると、Notch活性は停止し、細胞は分化可能となる。該リガンドの添加によってNotch活性を再度オンにすることができる。
【0082】
Notchの細胞内ドメインの組織的欠失分析は、Notch受容体の下流シグナル伝達にとって必要かつ十分なNotch配列が細胞内領域のアンキリンリピート(ankyrin repeats)に局限されていることを示した(Matsunoら,1995, Development 121:2633-2644 および未公表の結果)。酵母ツーハイブリッドシステムを用いて、アンキリンリピートは同型的(homotypically)に相互作用することが見いだされた。
【0083】
発生しつつあるショウジョウバエの眼という規定された細胞環境における適切な欠失構築物の発現は、アンキリンリピートのみからなるポリペプチド断片の発現が活性化表現型をもたらすことを示す。驚くにあたらず、これが種々の種の間で最も高度に保存されているNotchタンパク質の部分なのである。図4は進化を通じてのアンキリンリピートの高い配列相同性を示す。
【0084】
これらの発見は、Notchアンキリンリピートに結合する任意の小さい分子(非限定的例を挙げれば、ポリペプチドまたは抗体)がNotch機能をブロックすることができ、それゆえNotch経路のアンタゴニストとしてふるまうことができることを示唆している。逆に、Notchアンキリンリピート活性を模倣する分子はNotch経路のアゴニストとしてふるまうことができる。端部切断型のNotchの発現は発生しつつあるショウジョウバエの眼において突然変異表現型をもたらすので、これらの表現型の変更因子(modifier)に関する遺伝子的ふるいを用いて、Notch経路のアゴニストまたはアンタゴニストとして作用できる他の遺伝子産物を同定し単離することができる。
【0085】
活性化表現型のエンハンサーとして作用する遺伝子は潜在的なアゴニストであり、またサプレッサーとして作用する遺伝子は潜在的なアンタゴニストである。
【0086】
DeltexおよびSuppressor of Hairlessもまた、Notch機能の使用可能なアゴニストである。活性化型のNotchの発現によって誘導されるものと類似した活性化表現型の誘導によって判断されるNotch経路の活性化が、Deltex (Schweisguth およびPosakony, 1994, Development 120:1477) および Suppressor of Hairless (Matsunoら,1995, Development 121:2633)の発現を操作することによって達成できることが示された。これらは両方ともNotchのアンキリンリピートと相互作用することができるものである。
【0087】
酵母の「相互作用トラップ(trap)」アッセイ(Zervosら, 1993, Cell 72:223-232)および細胞培養物同時位置確認(co-localization)試験を用いて、DeltexとNotchの細胞内ドメインとの異型(heterotypic)相互作用、ならびにDeltex分子間の同型相互作用に関与するタンパク質領域が明確にされた。Deltex-Notch相互作用ドメインの機能がin vivo発現試験によって検討された。総合的に考えると、Deltex断片の過剰発現によるデータ、およびDeltexとNotchの間の物理的相互作用の試験によるデータは、DeltexがNotchアンキリンリピートとの相互作用を介してNotch経路を正に調節することを示している。
【0088】
細胞培養物を用いた実験は、Deltex-Notch相互作用がSuppressor of Hairlessタンパク質の細胞質による保持を妨げることを示す。このタンパク質は、通常はNotchアンキリンリピートとの会合によって細胞質中に隔離されていて、NotchがそのリガンドであるDeltaと結合すると核に移動するものである。これらの発見に基づくならば、DeltexはNotchとSuppressor of Hairlessの間の相互作用をアンタゴナイズすることによってNotch活性を調節しているように思われる。Notchがリガンドと結合した時の、通常は細胞質性であるSuppressor of Hairlessタンパク質の核への移動(FortiniおよびArtavanis-Tsakonas, 1994, Cell 79:273-282)は、Notch機能および本発明のNotchアゴニストのNotch機能活性化能を監視するための好都合なアッセイである。
【0089】
Suppressor of Hairlessは、DNA結合タンパク質であることが示された。遺伝子的および分子的データは、Suppressor of Hairlessの活性が核タンパク質であるHairlessとの結合によって影響されうることを示している。さらに、split 複合体のエンハンサー(Enhancer of split complex)のBHLH遺伝子の少なくとも幾つかの転写は、Notchシグナル伝達およびこれら遺伝子の上流にある適切な結合部位を認識するSuppressor of Hairlessの能力に直接依存するように思われる。これらの種々の相互作用の操作(例えば、アンキリンリピートに対する抗体を用いてNotchとSuppressor of Hairlessの間の相互作用を途絶させる)は、Notch経路の活性の変調をもたらすであろう。
【0090】
最後に、Notch経路は、Notchリガンド(例えば、Delta、Serrate)をNotch受容体の細胞外部分と結合させることによって操作することができる。Notchシグナル伝達は、Notchの細胞外ドメインと近隣の細胞上にあるNotchの膜結合リガンドとの物理的相互作用によって引き金を引かれるように思われる。1つの細胞上における全長リガンドの発現が、Notch受容体を発現する近隣細胞におけるNotch経路の活性化の引き金を引く。驚くにあたらず、上記リガンドはNotch経路のアゴニストとして作用する。他方、近隣細胞における端部を切断された、細胞内ドメインを欠くDeltaまたはSerrate分子の発現は、非自律性の優勢な陰性表現型をもたらす。このことは、これら突然変異型の受容体は該経路のアンタゴニストとして作用することを示している。
【0091】
Notch経路要素間の種々の分子相互作用を明らかにすることは、Notch機能アゴニストおよびアンタゴニストをスクリーニングするために使用できる、さらなる特定の薬理学的標的およびアッセイを提供する。in vivoにおける特定の分子操作の結果を評価した後、この情報を用いて、Notch機能を妨害または増強する生化学的薬剤または医薬のための生化学的in vitroスクリーニングアッセイを設計することができる。
【0092】
NotchアンキリンリピートとSuppressor of Hairlessとの解離、およびそれに続くSuppressor of Hairlessの細胞質から核への移動の引き金を引く分子のスクリーニングは、アゴニストの同定をもたらす。Notchを発現する細胞における、5’末端に数個のSuppressor of Hairless結合部位を持つように作製されたレポーター遺伝子の転写の活性化もまた、Notch経路のアゴニストの同定をもたらす。
【0093】
これらのアッセイの基礎をなす論理を逆にすることは、アンタゴニストの同定をもたらす。例えば、上記のレポーター遺伝子を発現する細胞系を化学薬品および生化学的薬剤で処理し、そして該レポーター遺伝子の発現を停止させる能力を有するものを同定することができる。
【0094】
Notch機能を活性化した前駆細胞を細胞増殖条件に暴露して増殖を誘導する。このような細胞増殖条件(例えば、もしin vitroで増殖させるならば、細胞培養培地、温度、等)は、当分野で周知の条件のいずれであってもよい。好ましくは、Notch活性化および細胞増殖条件への暴露の両方をin vitroで実施する。細胞をNotch機能アゴニストと接触させること、および細胞を細胞増殖条件に暴露することは、同時に実施することができる。または、アゴニストが十分な期間に渡って作用するならば、(細胞増殖が起こっている間、分化を抑制するNotch機能活性化が存在するのであれば)連続的に実施することができる。
【0095】
5.3.1. Notchによる別のシグナル伝達経路のモジュレート
Notchは、未分化始原細胞がより分化した状態へと進行するのに必須の伝達シグナルの作用を可能とするか、あるいはブロックすることをその生物学的機能とする一般的な細胞相互作用機序を規定する。Notchをモジュレートすることにより別のシグナル伝達経路の活性をモジュレートできるという発見はこれと合致している。従って別の態様においては、本発明は、別の細胞シグナル伝達経路、例えば細胞増殖及び分化を媒介するものをモジュレートする方法を提供する。
【0096】
Notchシグナル伝達がいかにして特異的な分化経路を制御するかということの劇的な例は伝達中のショウジョウバエ眼におけるRas経路に関連するものであり、この経路は、sevenless受容体チロシンキナーゼのリガンド誘導活性化により生成される誘導性シグナルを伝達し、Notch経路の適当なタイミングでの活性化によりブロックされる。本発明者らは、伝達中のショウジョウバエ眼の円錐細胞前駆体においてNotch活性化及びRas1媒介シグナル伝達は別個に反対の細胞の運命の変化を起こすことを示した。これらの細胞における同時発現実験によれば、sevenless受容体チロシンキナーゼ、Ras1及びRafを含む十分に解明された誘導性シグナル伝達カスケードの構成的に活性化された成分により生じる神経分化をNotch活性化が阻害することが示された。従って、細胞中におけるNotchの活性化は活性化されたrasの作用をブロックするものである(下記第6節参照)。
【0097】
伝達の種々の段階の間の細胞シグナル伝達に関与する分泌タンパク質をコードするマウスwnt-1遺伝子座(Nusslein-Volhard及びWieschaus, 1980, Nature, 287:795-801; Martinez Ariasら、1988, Development 103:157-170; Nusse及びVarmus, 1992, Cell 69:1073-1087; Struhl及びBasler, 1993, Cell 72:527-540)の相同座、ショウジョウバエwinglessの作用が、Notch活性をモジュレートすることにより制御されるという発見(Hingら、1994, Mech. Dev. 47:261-268)は、種々の経路により伝達されるシグナルに対する細胞応答をモジュレートする特別なシグナル経路をNotch活性化がイニシエートするという指摘に合致する。従って、Notch経路のアゴニスト及びアンタゴニストは、Notchに関連しない経路を使用して細胞の分化を制御する特異的なシグナルの活性を操作するための新規で独特(unique)な道具を提供するものである。本発明の特定の態様においては、細胞をNotch機能のアゴニストと接触させて細胞増殖あるいは分化を制御するシグナル伝達経路の機能を阻害する。
【0098】
5.4.Notch及び最終分化
本発明は、薬剤を使用してNotch経路を阻害し、Notch経路活性により一つの分化状態に維持されている細胞の分化状態を変化させることができるようにすることにも関する。好ましい態様においてはアンタゴニストを使用してNotch経路を阻害し、Notch経路活性により一つの分化状態に維持されている細胞の分化状態を変化させ、例えば脱分化し、有糸分裂を再開し、あるいは増殖することができるようにする。Notch機能のアンタゴニストはNotch機能を減じ、あるいは阻害する物質である。本明細書で使用する「Notch機能」とはNotchシグナル伝達経路により媒介される機能を意味する。Notch機能阻害は、好ましくは、最終分化した、及び/または有糸分裂後の細胞、及び/またはNotchを発現するその他の成熟細胞をNotchアンタゴニストと接触させることにより行う。
【0099】
Notch発現は一般的には非最終分化細胞に関連するものである。この一般的ルールの一つの例外は、Notchが分化した子宮頚円柱上皮細胞において発現されることである(Zagouras, 1995, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 92:6414-6418)。別の例外としては、Notchがラット及びヒト成体網膜の有糸分裂後のニューロンにおいて発現されることが挙げられる(Ahmadら、1995, Mech. Develop. 53:73-85)。免疫細胞化学的染色のデータによれば、抗体により認識されるNotchポリペプチドは核のものであることが示されている。核に存在するものと位置が決定された製造されたNotch断片の発現が記載されており(Artavanis-Tsakonasら、1995, Science 268:225-232)、これらの断片は活性化された変異体発現型と関連するものであることが示されている。核におけるNotchの活性化された形態の存在は、これらの細胞の分化及び/または増殖刺激に応答する能力を制限し、あるいは完全にブロックすることにより、これらの細胞が分化を特定の段階に固定しうる。従って、これらの有糸分裂後のニューロンは、Notchリガンドから独立した活性化Notch-1形態によりその分化状態を維持するものと考えられる。この状態は、おそらく一定の適応性を有するそのような細胞の集団を与えるであろう。例えば、最終的に核Notch-1活性が消滅すると、これらの細胞は有糸分裂状態に再び入り、及び/または特異的な分化シグナルに応答することができるようになる。この意味において、金魚やツメガエルのような下等脊椎動物の網膜ニューロンが再生能を有することが指摘されることは興味深い。特異的なニューロンの化学的除去、例えば6-OHドーパミンによるドーパミン作動性無軸索細胞の退縮は再生によりその置換を生じる(Reh及びTully, 1986, Dev. Biol. 114(2):463-469)。しかしそのような再生目的に関する適応性は高等な脊椎動物においては観察されていない。ラットの成熟網膜ニューロンにおいて観察されたNotch-1活性は、下等脊椎動物の網膜再生におけるNotch-1の機能的意義の反復伝達を示し得るものである。従って本発明は、Notch機能に拮抗して、Notch(あるいは抗Notch抗体が免疫特異的に結合することができるその断片もしくは誘導体)を発現する成熟哺乳動物細胞、例えば哺乳動物ニューロン(例えば中枢神経系のもの)に再生、即ち増殖特性を与え、再生を起こすことを含む方法が提供される。このような方法は、哺乳動物細胞をNotch機能のアンタゴニストに接触させ、該細胞を細胞増殖条件にさらすことを含む。特定の態様においては、本発明は、Notch機能に拮抗して、分化した子宮頚円柱上皮に再生、即ち増殖特性を与え、再生を起こすことを含む方法も提供する。このような方法は、子宮頚円柱上皮細胞をNotch機能のアンタゴニストに接触させ、該上皮細胞を上皮細胞増殖条件にさらすことを含む。
【0100】
最終分化した、及び/または有糸分裂後の細胞、及び/またはその他の成熟細胞は当分野において通常に知られた方法によりNotch発現について試験することができ、例えばNotch特異的プローブとハブリダイズすることができるNotch RNAあるいはcDNAを検出することにより、あるいは抗Notch抗体に対する免疫特異的結合によりNotchタンパク質あるいはNotch断片を検出することにより試験することができる。
【0101】
5.4.1.Notchアンタゴニスト
Notch機能のアンタゴニストとしては、限定するものではないが、Notchシグナル伝達経路におけるタンパク質の一つの転写または翻訳のいずれかをブロックすることによりNotchシグナル伝達経路のタンパク質の少なくとも一種の発現を阻止するアンチセンス核酸を挙げることができる。Notchシグナル伝達経路はNotch、Delta、Serrate、Deltex及びSplitのエンハンサー、並びに配列相同性あるいは遺伝子相互作用により同定され得るDelta/Serrateファミリーのその他のメンバー、及び一般には、分子相互作用(例えばin vitroにおける結合)あるいは遺伝子相互作用(例えばショウジョウバエにおいて表現型により検出される)により同定されるNotchシグナル伝達経路のメンバーを含む。Notchシグナル伝達経路の一般的記載については、Artavanis-Tsakonasら、1995, Science 268:225-232を参照。
【0102】
上記アンチセンス核酸は少なくとも6ヌクレオチドを含み、好ましくはオリゴヌクレオチドである(6〜約50オリゴヌクレオチドの範囲)。特定の形態においては、オリゴヌクレオチドは少なくとも10ヌクレオチド、あるいは少なくとも15ヌクレオチド、あるいは少なくとも100ヌクレオチド、あるいは少なくとも200ヌクレオチドである。これらのオリゴヌクレオチドはDNAあるいはRNAあるいはそれらのキメラ混合物もしくは誘導体もしくは修飾物で、一本鎖または二本鎖のものとすることができる。オリゴヌクレオチドは塩基部分、糖部分、あるいはリン酸主鎖で修飾することができる。オリゴヌクレオチドはその他の付加基、例えばペプチドあるいは細胞膜を横切る輸送を容易にする物質(例えば、Letsingerら、1989, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 86:6553-6556; Lemaitreら、1987, Proc. Natl. Acad. Sci. 84:648-652; 1988年12月15日発行のPCT公開 第WO89/09810を参照)あるいは血液脳関門を横切る輸送を容易にする物質(例えば1988年4月25日発行のPCT公開 第WO89/10134を参照)、ハイブリダイゼーション誘発開裂剤(例えばKrolら, 1988, BioTechniques 6:958-976を参照)あるいはインターカレート剤(例えばZon, 1988, Pharm. Res. 5:539-549を参照)等を含んでいてもよい。
【0103】
本発明の好ましい形態においては、好ましくは一本鎖DNAのNotchアンチセンスオリゴヌクレオチドが提供される。最も好ましい形態においては、そのようなオリゴヌクレオチドは、最も好ましくはヒトNotchであるNotchのELR 11及びELR 12をコードする配列に対してアンチセンスの配列を含む。オリゴヌクレオチドはその構造の任意の位置において当分野で一般的に知られた置換基により修飾されていてもよい。
【0104】
上記アンチセンスオリゴヌクレオチドは、限定するものではないが、5-フルオロウラシル、5-ブロモウラシル、5-クロロウラシル、5-ヨードウラシル、ヒポキサンチン、キサンチン、4-アセチルシトシン、5-(カルボキシヒドロキシルメチル)ウラシル、5-カルボキシメチルアミノメチル-2-チオウリジン、5-カルボキシメチルアミノメチルウラシル、ジヒドロウラシル、β-D-ガラクトシルキューオシン、イノシン、N6-イソペンテニルアデニン、l-メチルグアニン、l-メチルイノシン、2,2-ジメチルグアニン、2-メチルアデニン、2-メチルグアニン、3-メチルシトシン、5-メチルシトシン、N6-アデニン、7-メチルグアニン、5-メチルアミノメチルウラシル、5-メトキシアミノメチル-2-チオウラシル、β-D-マンノシルキューオシン、5'-メトキシカルボキシメチルウラシル、5-メトキシウラシル、2-メチルチオ-N6-イソペンテニルアデニン、ウラシル-5-オキシ酢酸(v)、ワイブトキソシン、シュードウラシル、キューオシン、2-チオシトシン、5-メチル-2-チオウラシル、2-チオウラシル、4-チオウラシル、5-メチルウラシル、ウラシル-5-オキシ酢酸メチルエステル、ウラシル-5-オキシ酢酸(v)、5-メチル-2-チオウラシル、3-(3-アミノ-3-N-2-カルボキシプロピル)ウラシル、(acp3)w、及び2,6-ジアミノプリンを含む群から選択される少なくとも一つの修飾塩基部分を含んでいてもよい。
【0105】
また前記アンチセンスオリゴヌクレオチドは、限定するものではないが、アラビノース、2-フルオロアラビノース、キシルロース及びヘキソースを含む群から選択される少なくとも一つの修飾糖部分を含んでいてもよい。
【0106】
また前記アンチセンスオリゴヌクレオチドは、ホスホロチオエート、ホスホロジチオエート、ホスホルアミドチオエート、ホスホルアミデート、ホスホルジアミデート、メチルホスホネート、アルキルホスホトリエステル、及びホルムアセタールまたはそれらの類似体からなる群から選択される少なくとも一つの修飾リン酸主鎖を含んでいてもよい。
【0107】
また前記アンチセンスオリゴヌクレオチドはα-アノマーオリゴヌクレオチドであってもよい。α-アノマーオリゴヌクレオチドは相補的RNAとともに特異的な二本鎖ハイブリッドを形成し、これにおいては通常のβ単位とは異なり鎖が互いに平行に走っている(Gautierら、1987, Nucl. Acids Res. 15:6625-6641)。
【0108】
前記オリゴヌクレオチドは、例えば、ペプチド、ハイブリダイゼーション誘発架橋剤、輸送剤、ハイブリダイゼーション誘発開裂剤等のその他の分子にコンジュゲートしていてもよい。
【0109】
上記のようなオリゴヌクレオチドは当分野で知られた標準的な方法により合成することができ、例えば自動DNAシンセサイザー(例えばBiosearch、Applied Biosystems等から市販品として入手可能なもの)を使用することにより合成できる。例としては、ホスホロチオエートオリゴはSteinらの方法(1988, Nucl. Acids Res. 16:3209)により合成することができ、メチルホスホネートオリゴは制御されたサイズの孔を有するガラスポリマー支持体を使用することにより調製することができる(Sarinら、1988, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 85:7448-7451)。
【0110】
ある特定の態様においては、Notchアンチセンスオリゴヌクレオチドは、触媒性RNA、即ちリボザイムを含む(例えば1990年10月4日に発行されたPCT国際公開 第WO90/11364; Sarverら、1990, Science 247:1222-1225を参照)。別の態様においては、前記オリゴヌクレオチドは2'-O-メチルリボヌクレオチド(Inoueら、1987, Nucl. Acids Res. 15:6131-6148)、あるいはキメラRNA-DNA類似体(Inoueら、1987, FEBS Lett. 215:327-330)である。
【0111】
また別の態様においては、アンチセンス核酸は外来配列からの転写により細胞内で生産される。例えば、ベクターをin vivoで導入して、それが細胞に取り込まれ、該細胞内で該ベクターまたはその部分が転写されるようにし、本発明のアンチセンス核酸( RNA)を製造する。そのようなベクターはアンチセンス核酸をコードする配列を含むものである。上記のようなベクターは、それが転写されて所望のアンチセンスRNAを製造できるものである限り、エピソームのままであってもよく、染色体内に組み込まれてもよい。そのようなベクターは当分野で標準的な組換えDNA法により構築することができる。ベクターは哺乳動物細胞中での複製と発現に使用されるプラスミド、ウイルス性のもの、あるいはその他の当分野で公知のものとすることができる。アンチセンスRNAをコードする配列の発現は、哺乳動物、好ましくはヒトの細胞で機能することが当分野で知られている任意のプロモーターにより行うことができる。そのようなプロモーターは誘導性のものであってもよく、構成的なものであってもよい。そのようなプロモーターとしては、限定するものではないが、SV40初期プロモーター領域(Bernoist及びChambon, 1981, Nature 290:304-310)、ラウス肉腫ウイルスの3'の長い末端反復配列(Yamamotoら、1980, Cell 22:787-797)、ヘルペスチミジンキナーゼプロモーター(Wagnerら、1981, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 78:1441-1445)、メタロチオネイン遺伝子の制御配列(Brinsterら、1982, Nature 296:39-42)等が挙げられる。
【0112】
本発明のアンチセンス核酸は、Notchシグナル伝達経路遺伝子、好ましくはヒトNotchシグナル伝達経路遺伝子のRNA転写物の少なくとも一部分に相補的な配列を含む。しかし、好ましいには違いないが、完全な相補性は必要ではない。本明細書でいう「RNAの少なくとも一部分に相補的な」配列とは、該RNAとハイブリダイズして安定な二本鎖を形成することができる十分な相補性を有する配列を意味し、従って二本鎖アンチセンス核酸の場合、二本鎖DNAの単一の鎖を試験することができ、あるいは三本鎖の形成をアッセイすることができる。ハイブリダイズする能力はアンチセンス核酸の相補性の程度及び長さの両方に依存する。一般的には、ハイブリダイズする核酸が長くなればなるほど特定のRNAとの塩基ミスマッチをより多く含むが、なおかつ安定な二本鎖(場合により三本鎖)を形成するものである。当業者であれば、標準的な方法を使用して許容され得るミスマッチの程度を確かめ、ハイブリダイズした複合体の融点(melting point)を決定できるであろう。
【0113】
その他のNotch機能アンタゴニストとしては、限定するものではないが、Notch経路タンパク質構成成分間の相互作用を阻害し、従ってNotch機能を中断する抗体、例えばそれぞれDeltaへの結合、NotchとNotchの結合を媒介する、Notch、Delta あるいはSerrateの細胞外領域に対する抗体(例えば、NotchのEGF様反復配列11及び12)が挙げられる。これらの抗体はポリクローナル、モノクローナル、キメラ、単鎖、Fab断片、あるいはFab発現ライブラリーからのもののいずれでもよい。
【0114】
Notchシグナル伝達経路タンパク質あるいはペプチドに対するポリクローナル抗体の製造には当分野で知られた種々の方法を使用することができる。ポリクローナル抗体の製造には、天然のタンパク質、もしくは合成したもの、あるいはそれらの断片を注射することにより、限定するものではないが、ウサギ、マウス、ラット等の種々の宿主動物を免疫化することができる。宿主の種に応じて種々のアジュバントを使用して免疫反応を増強することができ、そのようなアジュバントとしては、限定するものではないが、フロイント(完全及び不完全)アジュバント、水酸化アルミニウムのような無機ゲル、リソレシチンのような表面活性剤、プルロニックポリオール、ポリアニオン、ペプチド、オイルエマルション、キーホールリンペットヘモシアニン(keyhold limpet hemocyanin)、ジニトロフェノール、及びBCG(カルメット-ゲラン桿菌)及びコリネバクテリウム・パルヴムのような有用である可能性のあるヒトアジュバントが挙げられる。
【0115】
モノクローナル抗体の製造には、培養中の連続的な細胞系により抗体分子の生成が得られる任意の方法を使用することができる。例えば、Kohler及びMilstein(1975, Nature 256, 495-497)により最初に開発されたハイブリドーマ法、並びにトリオーマ法、ヒトB-細胞ハイブリドーマ法(Kozborら、1983, Immunology Today 4, 72)、及びヒトモノクローナル抗体を製造するためのEBV-ハイブリドーマ法(Coleら、1985, Monoclonal Antibodies and Cancer Therapy, Alan R. Liss, Inc., pp. 77-96)等である。
【0116】
前記分子のイディオタイプ(結合ドメイン)を含む抗体断片は公知の方法により生成することができる。そのような断片としては例えば、限定するものではないが、抗体分子のペプシン消化により製造できるF(ab')2断片、F(ab')2断片のジスルフィド架橋を還元することにより生成できるFab'断片、及び抗体をパパイン及び還元剤で処理することにより生成できるFab断片を挙げることができる。
【0117】
抗体の製造においては、当分野で公知の方法、例えばELISA(酵素結合免疫吸着アッセイ)等により所望の抗体についてのスクリーニングを行うことができる。例えば、Notchタンパク質の細胞内ドメインを認識する抗体を選択するために、そのようなドメインを含むタンパク質断片に結合する生成物について生成されたハイプリドーマをアッセイすることができる。
【0118】
ある特定の態様においては、アンタゴニストはDelta及びSerrate断片であって、それぞれDeltaまたはSerrateの細胞外ドメインを実質的に含み、任意に膜貫通ドメインを含むが、細胞内ドメインの部分あるいは全てを欠くものである(ドミナントネガティブ断片)(例えばSun及びArtavanis-Tsakonas, 1996, Development 122:2465-2474を参照)。
【0119】
また別の特定の態様においては、Notch機能のアンタゴニストは伝達シグナルに関連するシグナル伝達経路のメンバーであり、そのようなものとしては、限定するものではないが、ras、wnt(wingless)、ヘッジホッグ、パッチド、トランスフォーミング増殖因子β(dpp:デカペンタプレージック)、あるいはそのような経路のアゴニストが挙げられる。ある特定の態様においては、Notch機能のアンタゴニストが、ジシュベルド(disheveled, Axelrodら、1996, Science 279:1826-1832)、またはNotchに結合するその断片もしくは誘導体であるか、wnt(wingless)経路のアゴニストである。
【0120】
また別の特定の態様においては、Notch機能のアンタゴニストはフリンジ(fringe, Irvine及びWieschaus, 1994, Cell 79:595-606)、またはNotch機能に拮抗するその機能的断片もしくは誘導体である。
【0121】
また別の特定の態様においては、Notch機能のアンタゴニストはNotch機能に拮抗するタンパク質またはその断片もしくは誘導体を発現する細胞である。該細胞は、細胞表面等に分泌、発現されること等のように、成熟細胞が利用可能な形態でNotch機能アンタゴニストを発現する。さらに別の特定の態様においては、Notch機能のアンタゴニストはNotch機能に拮抗するタンパク質またはその断片もしくは誘導体をコードする核酸であり、そのようなアンタゴニストは、例えば下記5.6節に記載した方法により使用し、送達することができる。
【0122】
また別の特定の態様においては、Notch機能のアンタゴニストはNotchシグナル伝達経路のメンバーに結合するペプチド擬似体、またはペプチド類似体、または有機分子である。そのようなアンタゴニストは、当分野で知られたものから選択される結合アッセイにより同定することができる。
【0123】
5.5.前駆細胞の獲得
前駆細胞は当分野で知られた任意の方法により得ることができる。細胞は個体の組織、または細胞系から直接得ることができ、あるいはより未分化の前駆細胞、例えば幹細胞または始原細胞からin vitroでの製造により得ることができる。より未分化の細胞から前駆細胞を得ることの例は、Gilbert, 1991, Developmental Biology, 3rd Edition, Sinauer Associates, Inc., Sunderland MAに記載されている。簡単にいえば、別の組織または増殖因子及び細胞に分化を起こす分化因子の存在下で始原細胞をインキュベートすればよい。例えば、肺芽上皮を単独で培養すると分化は起こらない。しかし肺芽上皮を胃間葉または腸間葉とともに培養すると、肺芽上皮はそれぞれ胃腺または絨毛に分化する。また、肺芽上皮を肝臓間葉または気管支間葉とともに培養すると、該上皮はそれぞれ肝細胞索または分岐する気管支芽に分化する。始原細胞が所望の分化状態に達したら、Notch機能アゴニストを使用して分化を停止させることができる。
【0124】
5.5.1.幹細胞あるいは始原細胞の単離
以下に前駆細胞及び前駆細胞含有組織の単離を可能とする方法について記載する。これらの組織はアゴニストで処理され、その後所望の場合は本発明に従ってNotch経路のアンタゴニストにより処理される。既に示唆したように、単離した細胞種、あるいは細胞集団の混合物であってもNotch機能アゴニストにより処理することができる。単離された前駆細胞または前駆細胞集団は、増殖させるためにNotch機能アゴニストの影響下にex vivoで培養することができ、細胞増殖条件は移植の前に所望数に達するように分割、即ち増殖を続けることが可能なものである。任意に、組換え体遺伝子を細胞に導入し、該細胞またはその後代が移植の前に所望の遺伝子産物を発現するようにすることができる。組換え体遺伝子の導入は、前駆細胞の増殖の前または後に行うことができる。
【0125】
好ましい態様においては、前駆細胞集団を精製し、あるいは少なくとも高度に濃縮する。しかし、前駆細胞をNotch試薬で処理するためには、前駆細胞が純粋な集団である必要はない。混合物を処理した後は、Notch経路発現非分化前駆細胞のみが分化シグナルに抵抗性を示すが増殖シグナルに応答し、一方分化したその対応物は最終的に最終分化して増殖をやめ、その結果、前駆細胞が分化細胞を越えて増殖(overgrow)し、最初の混合集団から精製することができる。従って、前駆体集団はなお選択的に増殖可能である。さらに、in vivoにおける治療用の投与の前の精製が必要でないあるいは望ましくない場合がある。
【0126】
本発明で使用するための前駆細胞の単離は、当業者に通常に知られた種々の方法の任意のものにより行うことができる。例えば、前駆細胞を単離するための一つの一般的な方法は、患者から細胞の集団を回収し、特異形態(differential)抗体結合を使用するものであり、一以上の特定の分化段階の細胞を分化抗原に対する抗体と結合させ、蛍光活性化セルソーティングを使用して単離された細胞の集団から選択された分化抗原を発現する所望の前駆細胞を分離するものである。以下の項は種々の種類の幹細胞の単離のための例示的な方法を記載するものである。
【0127】
5.5.1.1.間葉幹細胞
治療用途に関して最も重要な始原細胞の種類は間葉から得られたものである。間葉始原細胞は非常に多くの異なる組織を生じる(Caplan, 1991, J. Orth. Res 641-650)。これまでの研究の殆どは軟骨細胞及び骨芽細胞に分化し得る細胞の単離と培養に関するものであった。関連する始原細胞集団を単離するために開発された系は最初はニワトリ胚において作り上げられた(Caplan, 1970, Exp. Cell. Res. 62:341-355; Caplan, 1981, 39th Annual Symposium of the Society for Developmental Biology, pp. 37-68; Caplanら、1980, Dilatation of the Uterine Cervix 79-98; DeLucaら、1977, J. Biol. Chem. 252:6600-6608; Osdobyら、1979, Dev. Biol. 73:84-102; Syftestadら、1985, Dev. Biol. 110:275-283)。ニワトリ間葉細胞が軟骨細胞及び骨に分化する条件は確定されている(同上)。軟骨及び骨に関しては、マウスまたはヒト間葉葉辺の特性は同一ではないとしてもかなり類似しているようである(Caplan, 1991, J. Orth. Res. 641-650)。骨及び軟骨に分化できる間葉細胞は骨髄からも単離されている(Caplan, 1991, J. Orth. Res. 641-650)。
【0128】
Caplanら(1993年、米国特許第5,226,914号)は、骨髄から間葉幹細胞を単離するための方法の一例を記載している。これらの単離された骨髄幹細胞をNotch試薬とともに使用して幹細胞集団を増殖させることができる。これらの増殖された細胞はその後宿主に移植され、移植部位の周囲微細環境に応じて宿主中で骨細胞、軟骨、軟骨細胞、脂肪細胞等に分化し得る。
【0129】
マウス、ラット並びにトリ調製物を含む動物モデルによれば、間葉幹細胞の供給源(source)は骨髄であることが示唆されている。骨髄間葉細胞はその培養ディッシュに対する特異的接着により精製することができ、それらが例えば骨細胞に分化することができることを示すことができた。Notch試薬を使用したそのような単離された幹細胞の増殖により、適当な部位に移植した場合に微細環境により誘発されて適当な系列に分化する細胞であって、損傷を受け、及び/または疾患を有する組織の修復を促進する細胞の供給源を得ることができる。これまでに記載された動物モデルはヒトにも応用できるであろうと予測される。実際に、軟骨及び骨に関する限り、培養中のマウス及びヒト葉辺間葉細胞の特性は同一ではないとしてもかなり類似している(Hauska, 1974, Dev. Biol. 37:345-368; Owens 及びSolursh, 1981, Dev. Biol. 88:297-311)。ヒト骨髄の単離及びそれに由来する細胞が骨形成を維持できることの証明は、例えばBabら、1988, Bone Mineral 4:373-386により記載されている。
【0130】
いくつかの骨髄単離プロトコルが報告されており、始原細胞または前駆細胞を得るのに使用することができる。ラット骨髄からの単一細胞懸濁物はGoshimaら、1991, Clin. Orth.及びRel. Res. 262:298-311に従って調製することができる。骨髄からのヒト幹細胞培養物はBabら、1988, Bone Mineral 4:373-386に記載されたように以下のようにして製造することができる:全骨髄細胞は5人の患者から得る。骨髄サンプルは腸骨稜または大腿骨中央骨幹から分離する。3 mlの容量の骨髄サンプルを50 U/ml のペニシリン及び0.05 mg/mlの硫酸ストレプトマイシンを含む無血清最小必須培地(MEM)の6 mlに移す。殆どが単一細胞の懸濁物を、以前に記載されたようにして(Babら、1984, Calcif. Tissue Int. 36:77-82; Ashtonら、1984, Calcif. Tissue Int. 36:83-86)、調製物をシリンジ中に吸引し、それを19、21、23及び25ゲ−ジの針を通して連続的に数回押し出して製造する。固定容量の血球計を使用して細胞数を計測し、濃度を懸濁物mlあたり1〜5 x 108の総骨髄細胞にモジュレートする。ウサギ全骨髄及び脾臓細胞をそれぞれ使用して、陽性及び陰性対照細胞懸濁物をこれまでに記載されたようにセットすることができる(Shteyerら、1986, Calcif. Tissue Int. 39:49-54)。
【0131】
5.5.1.2.神経幹細胞
一般に中枢神経系における神経形成は分娩の前あるいは直後に終了すると推定されていた。近年、いくつかの研究により少なくともある程度は新しいニューロンが成体脊椎動物の脳に付加され続けることを示す証拠が提示された(Alvarez-Buylla及びLois, 1995, Stem Cells (Dayt) 13:263-272)。前駆体は一般的には脳室の壁に位置する。これらの増殖領域からニューロン前駆体が標的位置に移動し、そこで微細環境がそれらに分化を誘発させると考えられている。脳室下領域からの細胞がin vivo及びin vitroの両方でニューロンを生成し得るとした研究が報告されており、Alvarez-Buylla及びLois, 1995, Stem Cells (Dayt) 13:263-272に概説されている。
【0132】
成人脳からのニューロン前駆体は、ニューロン移植用の細胞の供給源として使用できる(Alvarez-Buylla, 1993, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:2074-2077)。神経稜細胞も、それが見られる微細環境から受ける指令に従い、異なる細胞神経細胞種に移動し分化することができる多分化能ニューロン細胞であると長い間認識されてきた(LeDouarin及びZiller, 1993, Curr. Opin. Cell Biol. 5:1036-1043)。
【0133】
5.5.1.3.胎児細胞
胎児脳組織を成人障害脳に移植した場合に明確な行動効果を有することが示されたという事実から、神経退行性疾患を改善するために設計された移植プロトコルにおける可能性のある細胞供給源としてヒト胎児組織が注目された(Bjorklund, 1993, Nature 362:414-415; McKay, 1991, Trends Neurosci. 14:338-340)。しかし、倫理的及び実用的な両方の観点から、胎児組織は扱うのが困難な供給源となっている。Notch機能アゴニストを使用した胎児あるいはそれ以外のニューロン幹細胞の増殖は、移植目的のための前駆細胞の所望される量を得るための代替的な供給源を提供するものである。前駆体を含む胎児組織あるいは成体組織は、未分化始原細胞集団を増殖させるために、先に記載したようにしてNotch機能アゴニストにより処理することができる。胎児細胞は、Notch機能アゴニストにより処理する前に、例えばSabateら、1995, Nature Gen. 9:256-260により開発されたプロトコルを使用して初代培養中に置くことができる。例示のためのものであって限定するものではないが、方法は以下の通りである。ヒト胎児脳細胞の初代培養物は、妊娠5〜12週後の合法的な中絶から得たヒト胎児から単離することができる。超音波測定によるコントロール下でのシリンジによる穏やかな吸引により駆血を行うことができる。滅菌冬眠培地中に集めた胎児を、実体顕微鏡下に滅菌フード中で切開する。500 U/mlのペニシリンG、100 μg/mlのストレプトマイシン及び5 μg/mlのファンギゾンを含む冬眠培地中で脳全体を最初に取り出す。6〜8週齢の胎児については、脳は、脳脊髄膜を注意深く除去した後、前部(終脳小胞及び間脳)及び後部部分(中脳、脳橋及び小脳エンレージ)及び後部全体に分離する。より時間を経過した胎児については、増殖前駆体を含むと予測される線条体海馬、皮質及び小脳領域を実体顕微鏡下で観察し、別々に切開する。15%非働化胎児ウシ血清(FBS) (Seromed)を含むOpti-MEM(Gibco BRL)、またはヒト組換え体bFGF(10 ng/ml, Boehringer)を含む定義された無血清培地(DS-FM)に細胞を移す。後者はBottenstein-Sato培地39を、6 g/lのグルコース、2 mMのグルタミン(Gibco BRL)、25μg/mlのインシュリン(Sigma)、100 μg/mlのトランスフェリン(Sigma)、30 nMの亜セレン酸ナトリウム(Gibco BRL)、20 nMのプロゲステロン(Sigma)、60 nMのプトレッシン(Sigma)、ペニシリンG(500 U/ml)、100 μg/mlのストレプトマイシン、及び5 μg/mlのファンギゾンにより若干改変したものである。平方センチメートルあたり約40,000個の細胞を、ゼラチン(0.25% w/v)、その後Matrigel(Gibco BRL、ラミニン中に濃縮した基底膜抽出物、20倍に希釈した痕跡量の増殖因子を含む)で被覆した組織培養ディッシュ(FalconまたはNunc)中で10% CO2を含む雰囲気中37℃で増殖させる。培養物中の細胞をNotch機能アゴニストで処理して、移植のための所望の細胞量に達するまで適当な細胞の集団を増殖させる。
【0134】
5.5.1.4.造血幹細胞
造血幹細胞(HSC)の単離、増殖、及びin vitroでの維持が得られる任意の方法を本発明のこの態様で使用できる。これを行う方法としては、(a) 将来宿主となるもの、あるいはドナーから単離された骨髄細胞からのHSC培養物の単離及び樹立、あるいは(b) 同種または異種の、これまでに樹立された長期HSC培養物の使用が挙げられる。将来宿主となるもの/患者の移植免疫反応を抑制する方法に関連して非自己HSCを好適に使用できる。本発明の特定の態様においては、ヒト骨髄細胞は注射針による吸引により前部腸骨稜から得られる(例えば、Kodoら、1984, J. Clin. Invest. 73:1377-1384を参照)。本発明の好ましい態様においては、HSCを高度に濃縮することができ、あるいは実質的に純粋な型にすることができる。この濃縮は長期培養の前、その間、あるいは後に行うことができ、当分野で知られる任意の方法により行うことができる。例えば改変Dexterの細胞培養法(Dexterら、1977, J. Cell Physiol. 91:335)、あるいはWitlock-Witteの培養法(Witlock及びWitte, 1982, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 79:3608-3612)を使用して骨髄細胞の長期培養物を樹立し、維持することができる。
【0135】
HSCの単離のための別の方法はMilnerら、1994, Blood 83:2057-2062により記載されている。骨髄サンプルを得、Ficoll-Hypaque密度勾配遠心分離により分離し、洗浄し、二色間接免疫蛍光抗体結合を使用して染色し、その後蛍光活性化細胞ソーティング(FACS)により分離する。細胞をIgG抗体で同時に標識し、個々の系列に関連する抗原の発現を欠く未成熟サブセット、CD34+lin-を含む、CD34+造血幹細胞が、骨髄から回収した細胞から単離されるようにする。
【0136】
造血始原細胞が所望される場合は、造血始原細胞及び/またはその子孫の存在は、一般に知られているin vitroコロニー形成アッセイ(例えば、CFU-GM、BFU-Eを検出するもの)により検出できる。別の例として、造血幹細胞のためのアッセイも当分野で知られている(例えば、脾臓フォーカス形成アッセイ、これは再プレーティングの後に始原細胞を形成する能力を検出するアッセイである)。
【0137】
5.5.1.5.上皮幹細胞
上皮幹細胞(ESC)あるいは表皮細胞は、皮膚、腸管の裏打ち等の組織から公知の方法により得ることができる(Rheinwald, 1980, Meth. Cell Bio. 21A:229)。皮膚のような層状上皮組織においては、基底板に最も近い層である胚芽層内での前駆細胞の有糸分裂により更新がおこる。腸管の裏打ち内の前駆細胞はこの組織の早い更新速度を与える。患者またはドナーの皮膚あるいは腸管の裏打ちから得たESCまたは表皮細胞は組織培養中で増殖させることができる(Rheinwald, 1980, Meth. Cell Bio. 21A:229; Pittelkow及びScott, 1986, Mayo Clinic Proc. 61:771)。ESCをドナーから得た場合は、宿主体移植片の反応性を抑制する方法(例えば、適度な免疫抑制を促進する放射線照射、薬剤または抗体の投与等)を使用することもできる。
【0138】
5.5.1.6.肝幹細胞
肝幹細胞は、1994年4月28日付のPCT公開 第WO94/08598号報に記載された方法により単離できる。
【0139】
5.5.1.7.腎幹細胞
哺乳動物腎臓は、尿管芽を誘導し、最終的に成熟尿回収系を形成する一連の形態形成活動を経る後腎間葉から出現する(Nigam及びBrenner, 1992, Curr. Opin. Nephrol. Huper 1:187-191)。Wolfian管の上皮増殖物である尿管芽は、初期胎児期に上皮分岐の分化経路に従って収縮し、隣接する間葉の縮合を誘導する。このプロセスをin vitroで研究する試みが報告されており、器官培養中の後腎は胎児脊髄を誘導剤として使用して尿細管を形成するように誘導することができる。in vivoでの尿管芽による、あるいはin vitroでの脊髄による後腎間葉の誘導を導く具体的な形質導入剤は知られていないが、分化プログラムが始原細胞中において誘導されていることは明らかである(Karpら、1994, Dev. Biol. 91:5286-5290)。
【0140】
5.5.2.増殖及び分化
上述の方法または当該技術分野において公知の他の方法に従って前駆細胞を単離した後、これらの前駆細胞を、分化を阻害するのに有効な量のNotch機能を有するアゴニストに接触させ、細胞が増殖する細胞成長条件に付して本発明による増殖した前駆体集団を得ることができる。
【0141】
態様の1つにおいては、増殖の間に前駆細胞の分化は実質的に生じない。生じる分化の程度は公知の検定、例えば、分化の特定の段階に関連する機能、例えば、細胞表面上での分化抗原の発現もしくは特定の状態に関連するタンパク質の分泌、または様々な細胞型を生成する能力を検出することによって、あるいは分化の特定の段階に関連する形態を検出することによって、分化の進んだ細胞の存在を検出する検定により検定することができる。
【0142】
その集団がひとたび所望の力価に到達したら、Notch機能が存在しないように、もしくは阻害されるように、(例えば、分離、希釈により)Notch機能アゴニストを除去するか、またはNotch機能アンタゴニストを添加し、所望の分化シグナルの存在下において、増殖した集団中の細胞の少なくとも幾つかを所望の分化段階まで、または細胞が所望の表現型を発現するような細胞の分化状態にまで分化させることができる。任意に、ひとたび細胞が所望の分化状態に到達したら、NotchアゴニストでNotch経路を再度活性化して細胞をその分化状態に固定することができる。最終的に分化した細胞の機能が望まれる場合には、細胞を最終的に分化した状態まで分化させることができる。
【0143】
5.6.遺伝子治療
Notch経路の操作によって得られた細胞を組換え、遺伝子治療に用いることができる。その最も広い意味においては、遺伝子治療は被験者に核酸を投与することにより行われる治療を指す。核酸は、被検体における治療効果を、直接もしくはそれがコードするタンパク質により間接的に仲介する。本発明は、(好ましくはヒトに対して)治療上価値のあるタンパク質をコードする核酸を、その核酸が前駆細胞及び/またはそれらの子孫によって発現され得るように、増殖の前もしくは後に本発明に従って増殖させた前駆細胞に導入し、次いでその組換え細胞を被験者に投与する遺伝子治療方法を提供する。
【0144】
本発明の組換え前駆細胞は当該技術分野において利用可能な遺伝子治療のいずれにおいても用いることができる。従って、これらの細胞に導入された核酸は任意の所望のタンパク質、例えば、疾患もしくは障害において失われているか、あるいは機能不全であるタンパク質をコードすることができる。以下の説明は、このような方法を説明しようとするものである。説明する方法が全ての利用可能な遺伝子治療の例を示すにすぎないことは、当業者であれば容易に理解されるであろう。
【0145】
遺伝子治療方法の一般的な概説については、Goldspiel ら, 1993, Clinical Pharmacy 12:488-505;Wu 及び Wu, 1991, Biotherapy 3:87-95;Tolstoshev, 1993, Ann. Rev. Pharmacol. Toxicol. 32:573-596;Mulligan, 1993, Science 260:926-932;並びにMorgan 及び Anderson, 1993, Ann. Rev. Biochem. 62:191-217; May, 1993, TIBTECH 11(5):155-215を参照のこと。用いることができる組換えDNA技術の分野において一般に知られる方法は、Ausubelら編, 1993, Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, NY;及びKriegler, 1990, Gene Transfer and Expression, A Laboratory Manual, Stockton Press, NYに説明されている。
【0146】
組換え前駆細胞を遺伝子治療に用いる態様では、患者での発現が望まれる遺伝子を、前駆細胞に、該前駆細胞及び/またはそれらの子孫によって発現され得るように導入し、次いで該組換え細胞を治療効果を得るためにin vivoで投与する。
【0147】
前駆細胞または増殖させた前駆細胞は、本開示を考慮することによって当業者に認識されるため、任意の適切な遺伝子治療の方法において用いることができる。患者の投与された組換え前駆細胞またはその子孫細胞が生じる作用は、例えば、患者における予め選択された遺伝子の活性化または阻害をもたらし、患者を苦しめる罹患状態の改善をもたらす。
【0148】
所望の遺伝子は、エレクトロポレーション、リポフェクション、リン酸カルシウム介在トランスフェクション、またはウイルス感染等の方法によって組織培養物中の前駆細胞に移入させる。通常、移入方法には、細胞への選択可能なマーカーの移入が含まれる。その後、細胞を選択条件下に置き、移入遺伝子を取込んでそれを発現する細胞を単離する。
【0149】
この態様においては、所望の遺伝子を、得られる組換え細胞をin vivoで投与する前に前駆細胞に導入する。このような導入は当該技術分野において公知の任意の方法によって行うことが可能であり、トランスフェクション、エレクトロポレーション、マイクロインジェクション、該遺伝子配列を有するウイルスもしくはバクテリオファージベクターによる感染、細胞融合、染色体介在性の遺伝移入、微小核体介在性の遺伝子移入、スフェロプラスト融合等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。細胞に外来遺伝子を導入する多くの技術が当該技術分野において公知であり(例えば、Loeffler 及び Behr, 1993, Meth. Enzymol. 217:599-618; Cohen ら, 1993, Meth. Enzymol. 217:618-644;Cline, 1985, Pharmac. Ther. 29:69-92を参照)、レシピエント細胞の必要な発生的及び生理学的機能が崩壊しない限り、本発明に従って用いることができる。この技術は遺伝子を細胞に安定に移入させるものでなければならず、該細胞は該遺伝子を発現することができなければならず、好ましくは、その細胞の子孫が該遺伝子を遺伝して発現することができなければならない。
【0150】
遺伝子治療を実施する通常の方法の1つは、レトロウイルスベクターを用いるものである(Miller ら, 1993, Meth. Enzymol. 217:581-599を参照)。レトロウイルスベクターは、予め選択された遺伝子を発現させるために、該遺伝子が組み込まれるよう改変したレトロウイルスである。レトロウイルスが本来有するDNA配列の多くは、レトロウイルスベクターにおいては不要であることが見出されている。レトロウイルスが本来有するDNA配列の小サブセットのみが必要である。一般には、レトロウイルスベクターは、そのウイルスのゲノムのパッケージング及び組込みに必要なシス作動性配列の全てを含まなければならない。これらのシス作動性配列は、
a)ベクターの各末端の末端反復配列(LTR)またはそれらの一部;
b)正負鎖DNA合成のためのプライマー結合部位;及び
c)ビリオンへのゲノムRNAの組込みに必要なパッケージングシグナル、
である。
【0151】
遺伝子治療において用いられる遺伝子は該ベクターにクローニングされ、感染もしくは細胞へのベクターの送達による前駆細胞への遺伝子の送達を容易にする。
【0152】
レトロウイルスベクターに関する詳細はBoesen ら, 1994, Biotherapy 6:291-302に見出すことができ、造血幹細胞を化学療法に対してより耐性にするための該幹細胞へのmdrl遺伝子の送達にレトロウイルスベクターを用いることが記載されている。遺伝子治療におけるレトロウイルスベクターの使用を説明する他の参考文献は、Clowes ら, 1994, J. Clin. Invest. 93:644-651;Kiem ら, 1994, Blood 83:1467-1473;Salmons 及び Gunzberg, 1993, Human Gene Therapy 4:129-141;並びにGrossman 及び Wilson, 1993, Curr. Opin. in Genetics and Devel. 3:110-114である。
【0153】
アデノウイルスも遺伝子治療において用いられるものである。アデノウイルスは、呼吸器前駆細胞への遺伝子の送達に特に有用な担体である。また、アデノウイルスは、肝臓、中枢神経系、内皮及び筋肉に由来する前駆細胞への遺伝子の送達にも用いることができる。アデノウイルスは、非分裂細胞に感染することが可能であるという利点を有する。Kozarsky 及び Wilson, 1993, Current Opinion in Genetics and Development 3:499-503には、アデノウイルスに基づく遺伝子治療の概要が示されている。遺伝子治療においてアデノウイルスを用いる他の事例を、Rosenfeld ら, 1991, Science 252:431-434;Rosenfeld ら, 1992, Cell 68:143-155;及びMastrangeli ら, 1993, J. Clin. Invest. 91:225-234に見出すことができる。
【0154】
アデノ随伴ウイルス(AAV)を遺伝子治療において用いることが提唱されている(Walsh ら, 1993, Proc. Soc. Exp. Biol. Med. 204:289-300)。
【0155】
所望の遺伝を、相同組換えにより、細胞内に導入し、発現させるために宿主前駆細胞のDNA内に組込むことができる(Koller 及び Smithies, 1989, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 86:8932-8935;Zijlstra ら, 1989, Nature 342:435-438)。
【0156】
特定の態様において、遺伝子治療の目的で導入される、前駆細胞において組換えにより発現する所望の遺伝子は、組換え遺伝子の発現が転写の適切な誘発物質の有無を制御することによって制御可能であるようにコーディング領域に作動可能に連結する誘発性プロモーターを含む。
【0157】
別の態様においては、患者に投与する前にさらに多くの分化細胞が望まれる場合、増殖に先立って前駆細胞を分化させることができる。別の態様においては、さらに多くの分化細胞が得られるよう、前駆細胞を同時に増殖及び分化させることができる。
【0158】
5.7.医薬組成物
本発明は、被験者に治療上有効な量の組換え細胞又は非組換え細胞、好ましくは幹細胞又は始原細胞を含む医薬(治療)組成物を投与することによる治療方法を提供する。治療上の使用のために構想した、そのような幹細胞又は組換え幹細胞を、以下、「治療薬」又は「本発明の治療薬」という。好ましい局面において、治療薬は実質的に精製されている。被験者は好ましくは動物であり、限定するものではないが、ウシ、ブタ、ウマ、ニワトリ、ネコ、イヌ等の動物が挙げられ、好ましくは哺乳類であり、最も好ましくはヒトである。
【0159】
本発明は医薬組成物を提供する。かかる組成物は、治療上有効な量の治療薬、及び薬学的に許容できる担体又は賦形剤を含有する。かかる担体としては、限定するものではないが、生理食塩水、緩衝生理食塩水、デキストロース、水、グリセロール、エタノール、及びそれらの組合せが挙げられる。この担体及び組成物は無菌であり得る。その剤形は、投与の様式に適合させる必要がある。
【0160】
また、本発明の組成物は、所望により少量の加湿剤もしくは乳化剤、又はpH緩衝剤も含むことができる。この組成物は、液体溶液、懸濁液、又は乳濁液であり得る。
【0161】
好ましい実施態様においては、本発明の組成物は、ヒトに静脈内投与するのに適合した医薬組成物としてルーチン的な手順にしたがって処方される。典型的には、静脈内投与のための組成物は、無菌等張水性緩衝液に溶かした溶液である。必要がある場合には、本発明の組成物は、可溶化剤及び注射部位の痛みを和らげるためのリグノカイン等の局所麻酔薬をも含んでいてもよい。
【0162】
5.8.移植
組換え的に所望の遺伝子を発現するにせよ発現しないにせよ、本発明の増殖させた幹細胞集団を、疾患又は損傷の治療のために、又は移植される幹細胞の型及び移植部位に適した本技術分野で公知の任意の方法による遺伝子治療のために、患者に移植することができる。造血幹細胞は、肝臓に位置する肝臓幹細胞と同様、静脈内に移植することができる。神経幹細胞は、脳内の損傷又は疾患部位に直接移植することができる。
導入方法としては、限定するものではないが、皮内、筋肉内、腹腔内、静脈内、皮下、鼻腔内、及び硬膜外経路が挙げられる。化合物は、都合のよい任意の経路で、例えば、輸液又はボーラス注射により、上皮又は粘膜皮膚内層(例えば、口粘膜、直腸及び腸粘膜等)による吸収によって投与され、そしてその他の生理活性物質とともに投与され得る。投与は、全身投与又は局所投与であり得る。さらに、心室内注射及びくも膜下注射を含む任意の適当な経路によって中枢神経系に本発明の医薬組成物を導入することが望ましく;心室内注射は、例えばオマヤレザバー等のレザバーに取り付けた心室内カテーテルによって容易になり得る。
【0163】
特定の実施態様においては、本発明の治療薬を治療の必要な領域に局所的に投与することが望ましく;これは、例えば、限定するものではないが、外科手術中の局所輸液によって、例えば外科手術後の創傷包帯に関連した局所施用によって、注射によって、カテーテルによって、又は移植片(該移植片は、唾液腺(sialastic)膜などの膜又は繊維を含む、多孔性、非多孔性又はゼラチン状の材料のものである)によって達成され得る。
【0164】
以下に、前駆細胞の移植のために改変することができる典型的な方法について記載する:ヒトの胎児組織の単離及び移植のプロトコルが報告されており、これらの研究を含む臨床試験が行われている。例えば、Lindvallら, 1990, Science 247:574-577には、脳に移植した後の移植片及び胎児性ドーパミン神経細胞の生存に関する結果が記載されている。必要に応じて、前駆細胞の洗浄及び部分的解離を、Lindvallら, 1989 ,Arch.Neurol. 46:615 に記載されたものの変法によって行うことができる。
【0165】
例として、脳への細胞の移植は下記のようにして行うことができる。定位技術(Lindvall ら,1989, Arch. Neurol. 46:615)を用いて左被殻の3つの部位に移植を行う。各部位用に、20μlの解離細胞を器具(外径1.0mm)に吸い込ませる。細胞を、それぞれ10mm、12mm及び14mmの直線路に沿って、2.5μlずつをそれぞれ15〜20秒間かけて注入する。各注入の間には2分間の遅れがあり、次いでカニューレを1.5〜1.7mm引っ込める。最後の注入の後、カニューレをその部位に8分間放置し、その後脳からゆっくりと引き出す。外科手術後、細胞生存度をBrundin ら, 1985, Brain. Res. 331:251 の手順にしたがって検定する。
【0166】
別の例がCaplanらの1993年米国特許第5,226,914号に概説されている。簡単に言うと、骨髄細胞を骨髄栓及び骨髄間葉から採収した後、幹細胞を遠心分離によって分離する。さらにこの幹細胞を組織培養皿のプラスチック又はガラス表面に選択的に付着させることによって単離する。幹細胞を分化させることなく増殖させる。60%ヒドロキシアパタイト及び40%β−リン酸三カルシウムからなる多孔性セラミックキューブをわずかな減圧下で細胞に添加する。この細胞を付着させたキューブをヌードマウスの背に沿って切開されたポケット中に移植する。間葉幹細胞を骨中に分化させる。
【0167】
移植された幹細胞の力価、又は特定の障害又は症状の治療に有効な本発明の治療薬の量はその障害又は症状の性質に依存し、標準的な臨床技術によって測定することができる。さらに、最適用量範囲の確認を助けるために任意にin vitroアッセイを使用し得る。また、製剤中に用いられる正確な用量は、投与経路及び疾患又は障害の重篤度に依存し、開業医の判断及び各患者の情況にしたがって決定する必要がある。
【実施例1】
【0168】
6.ショウジョウバエ眼における活性NotchによるRas-1−介在性シグナル伝達(signaling)の阻害
発達中のショウジョウバエ眼の錐状体細胞前駆体において、Notch活性化とRas-1−介在性シグナル伝達は、別々に正反対の細胞運命の変化を引き起こす。これらの細胞における共発現研究は、Notch活性化が、Sevenless受容体チロシンキナーゼ、Ras1及びRafを含む、明確な誘導シグナル伝達カスケードの構成的に活性化された成分によって生じる神経分化を阻害することを立証するものである。
【0169】
sevenless シグナル伝達経路は、各個眼の予め決定されたR8細胞によるR7光受容細胞の誘導に対してのみ必要とされる。sevenless遺伝子産物とsevenless(boss)遺伝子のブライド(bride)によってコードされるそのリガンドの相互作用は、通常、狭い発達時間窓中の2つの特定の細胞型の間にのみ発生する(Basler 及びHafen , 1989, Development 107:723-731; Mullins及びRubin, 1991, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 88:9387-9391; Kramerら, 1991,Nature 352:207-212)。いずれか又は両方の遺伝子についてのハエ突然変異体は、非常に特異的な表現型を示し:ルートを間違えてR7細胞前駆体を錘状体細胞運命へと送る(Tomlinson及びReady, 1986, Science 231:400-402, 1987, Dev. Biol. 123:264-275; Reinke及びZipursky, 1988, Cell 55:321-330)。各個眼中で、sevenlessは、R3、R4及びR7前駆細胞、4つの錘状体細胞前駆細胞並びに2以下のいわゆる「ミステリー細胞(mystery cell)」からなる、ほんのわずかの細胞径によって区分けされた小さい細胞群において発現する(Tomlinsonら, 1987, Cell 51:143-150; Bowtellら, 1989, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 86:6245-6249; Basler ら, 1989, EMBO J. 8:2381-2386)。野生型ハエにおいては、R7前駆細胞のみがR8細胞(これは、sevenlessのブライドを発現する唯一の眼盤(eye disc)細胞型である)と接触し、その結果、個眼当たり1のR7細胞の加入(recruitment) をもたらす(Kramer ら, 1991, Nature 352:207-212)。sev及びbossが熱ショック遺伝子制御下でいたるところに発現した実験は、R8細胞によるリガンドの空間的に制限された提示がこの誘導シグナル伝達機構の重大な特色であるということを示すものであった(Basler 及びHafen, 1989, Science 243:931-934; Bowtell ら, 1989, Cell 56:931-936; Van Vactor ら, 1991, Cell 67:1145-1155)。最近の研究によって、Sevenless受容体チロシンキナーゼの活性化が、Ras1の活性化と続いて起こるRafの活性化が関与するシグナル伝達カスケードを開始させるということが示された(Simonら, 1991, Cell 67:701-716; Bonfiniら, 1992, Science 255:603-606; Dicksonら, 1992, Genes Dev. 6:2327-2339; Dickson ら,Nature 360:600-603) 。また、Ras1及びRafは、トルソ(torso)キナーゼ及びショウジョウバエEGF受容体相同体を含む、ショウジョウバエ中のその他の受容体チロシンキナーゼの下流ターゲットでもある(Ambrosio ら, 1989, Nature 342:288-291; Simon ら, 1991, Cell 67:701-716; Doyle及びBishop, 1993, Genes Dev. 7:633-646; Melnick ら, 1993, Development 118:127-138; Diaz-Benjumea及びHafen, 1994, Development 120:569-578) 。
【0170】
sevenless介在性シグナル伝達とは対照的に、Notchが関与するシグナル伝達機構は、発達の間じゅう細胞運命決定付けにおいて普通のステップを調節するように見える。ショウジョウバエNotch遺伝子は、36タンデムEGF様リピート及び3Notch/lin-12リピートからなる細胞外ドメイン並びに6タンデムcdc10/アンキリンリピートを含む細胞内ドメインを有する大きな膜貫通受容体タンパク質をコードする(Whartonら, 1985, Cell 43:567-581; Kidd ら, 1986, Mol. Cell. Biol. 6:3094-3108) 。sev及びboss遺伝子産物とは異なり、ショウジョウバエNotch タンパク質は、成虫眼盤の全ての又はほとんどの細胞を含む、発達中の組織において広範に発現する(Johansen ら, 1989, J. Cell. Biol. 109:2427-2440; Kiddら, 1989, Genes Dev. 3:1113-1129; Fehonら, 1991, J. Cell. Biol. 113:657-669)。Notch 遺伝子突然変異体表現型の分析によって、胚神経発生(Poulson, 1937, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 23:133-137, 1940, J. Exp. Zool. 83:271-325)、中胚葉分化(Corbin ら, 1991, Cell 67:311-323)、軸索開通(Ginigerら, 1993, Development 117:431-440)、卵形成(Ruoholaら, 1991, Cell 66:433-449; Xuら,1992, Development 115:913-922; Cummings及びCronmiller, 1994, Development 120:381-394)及び成体末梢神経系構造の分化(Cagan及びReady, 1989, Genes Dev. 3:1099-1112; Palkaら, 1990, Development 109:167-175; Hartenstein及びPosakony, 1990, Dev. Biol. 142:13-30; Harstensteinら, 1992, Development 116:1203-1220)を含む多数の発達過程に対してNotch機能が必要とされるということが明らかになった。条件的機能消失対立遺伝子Notchts1の表現型効果の詳細な研究によって、R7細胞を含む成体眼の全ての細胞型は、その適当な細胞運命特定化のためのある段階においてNotch活性を必要とするということが示された。
【0171】
boss遺伝子の機能がない場合、各個眼のsevenless発現細胞が誘導され、Sevenlessタンパク質、Ras1又はRafの異所性活性化によって神経細胞として分化し得る(Baslerら, 1991, Cell 64:1069-1081; Fortiniら, 1992, Nature 355:559-561; Dicksonら, 1992, Genes Dev. 6:2327-2339; Dicksonら, Nature 360:600-603)。活性化sevenless経路成分によるこれらの細胞の神経誘導が、発達中の眼成虫盤における構成的Notch活性化によって遮断されるという証拠を下記に示す。これらの結果は、Notch及びそのリガンドによって仲介されるシグナルが、R7光受容細胞の運命特定化中にRafの下流のある点でSevenlessによって仲介される細胞型特異的誘導シグナルと統合されるということを示すものである。Ras1及びRafはいずれもその他の組織特異的誘導シグナル伝達経路によって利用されるので、本発明者らのデータは、Notchがさらにこれらの経路において調節効果を発揮し得るということを示唆するものである。
【0172】
6.1.材料及び方法
ショウジョウバエ飼育:
最適な成虫盤発育のために、ハエを標準培地上で18℃にて成長させた。
【0173】
免疫組織化学:
眼成虫盤の抗体染色を、Gaulら, 1992, Cell 68:1007-1019に記載されたとおりに行った。Notch/ELAV染色に対して、マウスmAb C17.9C6(Fehonら, 1990, Cell 61:523-534)及びラットmAb 7E8A10(Robinow及びWhite, 1991, J. Neurobiol. 22:443-461)を、それぞれ1:2000及び1:1希釈で用いた。Notch/Sevenless二重染色に対して、ラットポリクローナルAbラット5(R.G.Fehon, I.Rebay, 及びS.Artavanis-Tsakonas, 未発表)及びマウスmAb sev150C3(Banerjeeら, 1987, Cell 51:151-158)を、それぞれ1:500及び1:1000希釈で用いた。いずれの場合においても、ヤギ抗マウスFITCコンジュゲート及びヤギ抗ラットテキサスレッドコンジュゲート二重標識グレード二次抗体(Jackson ImmunoResearch Laboratories社)を、それぞれ1:250及び1:500希釈で用いた。
【0174】
共焦(confocal)顕微鏡検査:
共焦顕微鏡検査及び画像処理を、Xuら, 1992, Development 115:913-922に記載されたとおりに行った。
【0175】
6.2.結果
ショウジョウバエにおけるR7光受容細胞についての以前の研究から、sevenlessによってコードされる受容体チロシンキナーゼのリガンド誘導活性化により、R7前駆細胞中の神経の運命の特定化が開始されるということがわかっている(Greenwald及びRubin, 1992, Cell 68:271-281に概説されている)。この受容体チロシンキナーゼは、発達中の各個眼における決定付けされていない細胞の亜群、すなわちR3、R4及びR7前駆細胞、4つの錘状体細胞前駆体並びに2以下のいわゆる「ミステリー細胞」において強く発現する(Tomlinsonら, 1987, Cell 51:143-150; Bowtellら, 1989, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 86:6245-6249; Baslerら, 1989, EMBO J. 8:2381-2386)。Sevenlessチロシンキナーゼの活性化によって、その後Ras1の活性化がもたらされ(Simonら, 1991, Cell 67:701-716; Bonfiniら, 1992, Science 255:603-606)、次いでRafを活性化する(Dicksonら, 1992, Nature 360:600-603)。また、これらの研究によって、構成的に活性化されたSevenless、Ras1及びRafタンパク質(これらはすべて上記の細胞中にsevenless遺伝子制御下で発現したものである)を有するトランスジェニックハエ系の産生も、もたらされた(Baslerら, 1991, Cell 64:1069-1081; Fortiniら, 1992, Nature 355:559-561; Dicksonら, 1992, Genes Dev. 6:2327-2339; Dicksonら, Nature 360:600-603)。それぞれの場合において、活性化sevenless経路成分の発現は、眼盤中のBP-104(Hortschら, 1990, Neuron 4:697-709)又はELAV(Bierら, 1988, Science 240:913-916; Robinow及びWhite, 1991, J. Neurobiol. 22:443-461)などの神経特異的抗原の発現によって判断されるように、sevenless発現細胞を神経運命に誘導する。野生型Notch遺伝子は、すべて又はほとんどの眼盤細胞の正常な発達中に発現し、その発達に必要とされる一方(Cagan及びReady, 1989, Genes Dev. 3:1099-1112; Fehonら, 1991, J. Cell. Biol. 113:657-669)、sevenless遺伝子制御下で発現する細胞外及び膜貫通ドメインが欠如している構成的に活性化されたNotch受容体は、細胞運命の決定付けを遮断して、神経前駆体におけるELAV発現を妨げ、sevenless発現細胞中に細胞運命の誤った特定化を引き起こす(Fortiniら, 1993, Nature 365:555-557)。
【0176】
神経分化において活性化Notchにより強いられた遮断を、sevenlessシグナル伝達経路成分のどれかの構成的活性化によって回避することができるかどうかを測定するために、sevenless発現細胞中に活性化Notch及び活性化sevenless経路因子を共発現するトランスジェニックハエを産生させた。これらのハエの眼盤を、Notch及びELAVタンパク質に対して特異的な抗体で二重染色して、活性化Notchを発現する細胞は活性化Sevenless、活性化Ras又は活性化Rafによる神経誘導が可能であるかどうかを測定した。ELAVは核抗原であるので、本発明者らは、核Notchタンパク質局在化を引き起こすsev-Notchnuclと呼ばれる活性化Notch構築物(Fortiniら, 1993, Nature 365:555-557)を用いることを選択した。かかる核Notch発現は、内因性野生型Notchタンパク質の頂端膜分布(apical membrane distribution)と容易に区別される(Fehonら, 1991, J. Cell. Biol. 113:657-669; Fortiniら, 1993, Nature 365:555-557)。抗体染色実験によって判断されるように、頂端に局在化している細胞外配列が欠如しているが膜貫通配列は欠如していないトランケートNotchタンパク質によって同一の表現型効果が生じるので、Notchタンパク質の核トランスロケーションは、その活性化挙動には明らかに必要ではない(Fortiniら, 1993, Nature 365:555-557)。
【0177】
この分析は、下記の理由により、発達中の各個眼の4つの錘状体細胞前駆体に限定される。第1に、錘状体細胞前駆体核はその特徴的なソーセージ型の形態によって容易に同定される。第2に、錘状体細胞前駆体は、普通は非神経系であり、したがってトランスジーン誘導活性化sevenless経路成分の結果としてELAV陽性であるだけである。第3に、sev-Notchnucl錘状体細胞前駆体核におけるNotch発現は、錘状体細胞前駆体がそれらが神経細胞に転換される場合に強いELAV発現を示す後眼盤の個眼列(ommatidial rows)全体にわたって持続する(Fortiniら, 1992, Nature 355:559-561, 1993, Nature 365:555-557; Gaulら, 1992, Cell 68:1007-1019; Dicksonら, 1992, Nature 360:600-603)。対照的に、R3及びR4前駆細胞並びにミステリー細胞における核Notch発現は、より一過性であり、ELAV発現の開始前に減退する(Fortiniら, 1993, Nature 365:555-557)。
【0178】
Notch陽性錘状体細胞前駆体核を、活性化Sevenlessチロシンキナーゼ構築物sev-S11(Baslerら, 1991, Cell 64:1069-1081)、活性化Ras1構築物sevRas1vall2(Fortiniら, 1992, Nature 355:559-561)、又は活性化Raf構築物sE-raftorY9(Dicksonら, 1992, Genes Dev. 6:2327-2339; Dicksonら, Nature 360:600-603)のいずれかをも有するsev-NotchnuclハエにおけるELAV発現に対して評価した。各遺伝子型に対して、少なくとも6個の別個の眼盤対を現す、個眼列15〜25における500のNotch陽性錘状体細胞前駆体核を試験した。いずれの場合においてもNotch及びELAV抗原の両方に陽性の錘状体細胞前駆体核は観察されなかった(図5)。4つの錘状体細胞前駆体全てが個眼中でNotchを発現するわけではなく、Notchを発現しないものはELAV陽性であることが多いということが頻繁に見出された(図5)。これらの核は、おそらく、sev-Notchnuclは十分に発現しないが、神経分化を誘導するのに十分な量の活性化sevenless経路分子は発現する錘状体細胞前駆体に対応する。全く同一の結果が、異なるsev-Notchnucl、sev-S11及びsevRas1vall2トランスジェニック系並びに代替の活性化Raf構築物sE-raftor4021に関して得られた(Dicksonら, 1992, Genes Dev. 6:2327-2339; Dicksonら, Nature 360:600-603)。
【0179】
錘状体細胞前駆体核における活性化Notch及びELAV抗原の共発現の検出の失敗が、2つの異なるsevenlessプロモーター構築物が同一の細胞内において発現されるのを妨げる何らかの機構によるものであるという可能性を除外するために、本発明者らは、sevenlessd2遺伝的背景におけるsev-Notchnucl及びsev-S11を有するトランスジェニックハエの眼盤を、Notchに対する抗体及びSevenlessの細胞内60kDサブユニットに対する抗体を用いて二重染色した(Banerjeeら, 1987, Cell 51:151-158)。sevenlessd2ハエは、このサブユニットを発現しないので(Banerjeeら, 1987)、検出された唯一のSevenless免疫反応は、sev-S11トランスジーンによって産生された細胞外トランケートタンパク質に対応する(Baslerら, 1991, Cell 64:1069-1081)。活性化Notchの強力な核発現を示す大部分の錘状体細胞前駆体は、活性化Sevenlessの強力な頂端膜発現をも示すということが見出され、いずれのトランスジーンもこれらの細胞中で共発現するということが示された(図6)。
【0180】
6.3.考察
Notch座及び関連する遺伝子によりコードされる膜貫通受容体タンパク質のクラスが、線虫からヒトに及ぶ生物における細胞運命選択の通常のステップを調節することは明白である(Greenwald及びRubin, 1992, Cell 68:271-281; Fortini及びArtavanis-Tsakonas, 1993, Cell 75:1245-1247に概説されている)。多くの異なる細胞型において、Notch活性化によって発生するシグナルは、一時的に、細胞が隣接する細胞からの発達の手掛りに応答するのを不能にする(Coffmanら, 1993, Cell 73:659-671; Rebayら, 1993, Cell 74:319-329; Struhlら, 1993, Cell 74:331-345; Fortiniら, 1993, Nature 365:555-557; Lieberら, 1993, Genes Dev. 7:1949-1965)。したがって、Notchタンパク質並びにそのリガンドであるDelta及びSerrateは、細胞運命決定付けを受けるための未分化細胞の受容能を制限する一般的な機構の一部であり得る(Coffmanら, 1993, Cell 73:659-671; Fortini及びArtavanis-Tsakonas, 1993, Cell 75:1245-1247)。この機構は、決定付けられていない細胞が、おそらく受容細胞においてNotchを不活性化するシグナルが先行するか又は付随する適切な誘導シグナルを受けるまで、隣接細胞からの不適切なシグナルを無視するのを可能にすることによって、誘導発生のタイミングにおいて重要な役割を果たし得る。この見解と一致して、異なるシグナルが分子レベルでどのようにして統合されるかはほとんど知られていないが、線虫及びショウジョウバエにおける遺伝分析によって、Notch介在性シグナル伝達発生と、いくつかの別個の細胞型特異的誘導シグナル伝達発生との間の相互依存性が明らかになった(Horvitz及びSternberg, 1991, Nature 351:535-541; Artavanis-Tsakonas及びSimpson, 1991, Trends Genet. 7:403-408; Greenwald及びRubin, 1992, Cell 68:271-281)。本発明者らは、構成的に活性化されたNotch受容体と、発達中のショウジョウバエ眼におけるSevenless受容体チロシンキナーゼ、Ras1及びRafが関与する誘導シグナル伝達経路の種々の活性化成分との間の上位試験を行うことによって、かかる問題と取り組もうと努力した。
【0181】
ここに示された結果は、Notch受容体タンパク質が、活性状態において、Sevenless、Ras1及びRafの構成的活性化物によって発生した細胞内シグナルを妨害することを示すものである(図7)。本発明者らの上位データは、Notchタンパク質が、主として、細胞付着を促進することによって(Hoppe及びGreenspan, 1986, Cell 46:773-783; Greenspan, 1990, New Biologist 2:595-600)、又は細胞型特異的受容体及びそのリガンドを分極上皮(polarized epithelia)の特殊化膜領域に入れることによって(Singer, 1992, Science 255:1671-1677)細胞シグナル伝達を仲介するモデルと一致させるのは困難である。その代わりに、少なくともかかる場合において、Notchは、そのインプットがRafの下流のある地点でRas1経路のインプットと統合される別個のシグナル伝達経路を明らかに仲介している。Ras1及びRafは、sevenless受容体チロシンキナーゼと異なり、Notchと同様にショウジョウバエの発達の間中多くの異なる組織中で作用する。例えば、遺伝研究によって、トルソ及びショウジョウバエEGF受容体(DER)チロシンキナーゼによって開始されるシグナル伝達経路の必須成分としてRas1及びRafの両方が同定された(Ambrosioら, 1989, Nature 342:288-291; Simonら, 1991, Cell 67:701-716; Doyle及びBishop, 1993, Genes Dev. 7:633-646; Melnickら, 1993, Development 118:127-138; Diaz-Benjumea及びHafen, 1994, Development 120:569-578)。さらに、ショウジョウバエのざらざらした、無翅の、娘遺伝子産物などの、シグナル伝達分子のその他の型が関与する細胞運命特定化も、Notch遺伝子機能に依存する(Bakerら, 1990, Science 250:1370-1377; Hingら, 1994, Mech. Dev.印刷中; Cummings及びCronmiller, 1994, Development 120:381-394)。したがって、Notchの活性状態は、種々の発達過程におけるRas1、Raf及びその他のシグナル伝達分子によるシグナル伝達をモジュレートすることにおいて、重要な調節役割を果たしそうである。
【0182】
本発明は、本明細書に記載した特定の実施態様によって範囲が限定されるものではない。実際、上記の記載及び添付の図面から、本明細書に記載されたものに加えて本発明の種々の変更修正が当業者には明らかになるであろう。そのような変更修正は添付の特許請求の範囲に含まれるものである。
【0183】
本明細書には種々の刊行物が引用されているが、その開示は参照により本明細書に含まれるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト前駆細胞を増殖させる方法に使用するためのノッチ(Notch)機能のアゴニストを含む医薬であって、アゴニストが、
(i)デルタ(Delta)タンパク質であるか、またはノッチタンパク質に結合するデルタタンパク質の断片を含み、
(ii)デルタタンパク質またはデルタタンパク質の断片をコードする組換え核酸であり、
(iii)セレイト(Serrate)タンパク質であるか、またはノッチタンパク質に結合するセレイトタンパク質の断片を含み、
(iv)セレイトタンパク質またはセレイトタンパク質の断片をコードする組換え核酸であり、
(v)ジャグド(Jagged)タンパク質であるか、またはノッチタンパク質に結合するジャグドタンパク質の断片を含み、
(vi)ジャグドタンパク質またはジャグドタンパク質の断片をコードする組換え核酸であり、
(vii)デルテックス(Deltex)タンパク質であるか、またはノッチタンパク質に結合するデルテックスタンパク質の断片を含み、
(viii)デルテックスタンパク質またはデルテックスタンパク質の断片をコードする組換え核酸であり、
(ix)ヘアレス(Hairless)タンパク質のサプレッサーであり、
(x)ヘアレスタンパク質のサプレッサーをコードする組換え核酸であり、
(xi)ノッチタンパク質の細胞内ドメインのアンキンリピートを含み、ノッチタンパク質の細胞外ドメインを欠くノッチタンパク質の断片を含み、あるいは
(xii)ノッチタンパク質の断片をコードする組換え核酸である、
前記医薬。
【請求項2】
該前駆細胞が外胚葉に由来する、請求項1に記載の医薬。
【請求項3】
該前駆細胞が内胚葉に由来する、請求項1に記載の医薬。
【請求項4】
アゴニストが、ノッチタンパク質の細胞内ドメインのアンキンリピートを含み、ノッチタンパク質の細胞外ドメインを欠くノッチタンパク質の断片を含む、請求項1に記載の医薬。
【請求項5】
該前駆細胞が、造血前駆細胞、上皮前駆細胞、腎前駆細胞、神経前駆細胞、皮膚前駆細胞、造骨細胞前駆細胞、軟骨細胞前駆細胞および肝前駆細胞よりなる群から選ばれる、請求項1に記載の医薬。
【請求項6】
アゴニストが、デルタ(Delta)タンパク質であるか、またはノッチタンパク質に結合するデルタタンパク質の断片を含む、請求項1に記載の医薬。
【請求項7】
アゴニストが、セレイト(Serrate)タンパク質であるか、またはノッチタンパク質に結合するセレイトタンパク質の断片を含む、請求項1に記載の医薬。
【請求項8】
アゴニストが、ジャグド(Jagged)タンパク質であるか、ノッチタンパク質に結合するジャグドタンパク質の断片を含む、請求項1に記載の医薬。
【請求項9】
該前駆細胞が造血幹細胞である、請求項1に記載の医薬。
【請求項10】
該前駆細胞が、ヒトの疾患または障害の治療において重要なタンパク質をコードする組換え核酸を含有する、請求項1に記載の医薬。
【請求項11】
該アゴニストがデルタ(Delta)またはセレイト(Serrate)タンパク質であり、前記方法が該アゴニストを組換え的に発現する細胞に前記ヒト前駆細胞をさらすことを含む、請求項1に記載の医薬。
【請求項12】
前記方法が、精製された可溶性型のアゴニストを含有する培地中で前記ヒト前駆細胞を培養することを含む、請求項1に記載の医薬。
【請求項13】
前記方法において、前記ヒト前駆細胞の分化が実質的に全く生じない、請求項1に記載の医薬。
【請求項14】
前駆細胞を増殖させる方法に使用するためのノッチ(Notch)機能の可溶性アゴニストを含む医薬であって、可溶性アゴニストが、
(i)ノッチタンパク質に結合するデルタ(Delta)タンパク質の断片を含み、
(ii)ノッチタンパク質に結合するセレイト(Serrate)タンパク質の断片を含み、
(iii)ノッチタンパク質に結合するジャグド(Jagged)タンパク質の断片を含み、
(iv)デルテックス(Deltex)タンパク質であるか、またはノッチタンパク質に結合するデルテックスタンパク質の断片を含み、あるいは
(v)ヘアレス(Hairless)タンパク質のサプレッサーである、
前記医薬。
【請求項15】
該前駆細胞が、造血前駆細胞、上皮前駆細胞、腎前駆細胞、神経前駆細胞、皮膚前駆細胞、造骨細胞前駆細胞、軟骨細胞前駆細胞、肝前駆細胞および筋細胞よりなる群から選ばれる、請求項14に記載の医薬。
【請求項16】
該前駆細胞が造血幹細胞である、請求項14に記載の医薬。
【請求項17】
前記方法において、該前駆細胞の分化が実質的に全く生じない、請求項14に記載の医薬。
【請求項18】
可溶性アゴニストが、ノッチ(Notch)タンパク質に結合するデルタ(Delta)タンパク質の断片を含む、請求項14に記載の医薬。
【請求項19】
可溶性アゴニストが、ノッチ(Notch)タンパク質に結合するセレイト(Serrate)タンパク質の断片を含む、請求項14に記載の医薬。
【請求項20】
前記デルタ(Delta)タンパク質の断片が、デルタタンパク質の細胞外ドメインより本質的になる、請求項18に記載の医薬。
【請求項21】
前記セレイト(Serrate)タンパク質の断片が、セレイトタンパク質の細胞外ドメインより本質的になる、請求項19に記載の医薬。
【請求項22】
可溶性アゴニストが、ジャクド(Jagged)タンパク質のフラグメントを含み、ジャグドタンパク質のフラグメントが、ジャグドタンパク質の細胞外ドメインより本質的になる、請求項14に記載の医薬。
【請求項23】
インビトロで前駆細胞を増殖させる方法であって、該前駆細胞においてノッチ(Notch)タンパク質に結合するデルテックス(Deltex)タンパク質またはその断片を、該前駆細胞の分化を抑制するのに有効な量にて該細胞内で組換え的に発現させ、該前駆細胞を細胞増殖条件にさらして該前駆細胞を増殖させることを含んでなる方法。
【請求項24】
インビトロで造血前駆細胞を増殖させる方法であって、該前駆細胞においてノッチタンパク質の細胞内ドメインより本質的になるノッチ(Notch)タンパク質の断片を、分化を抑制するのに有効な量にて該前駆細胞内で組換え的に発現させ、該前駆細胞を細胞増殖条件にさらして該前駆細胞を増殖させることを含んでなる方法。
【請求項25】
インビトロで上皮前駆細胞を増殖させる方法であって、該前駆細胞においてノッチタンパク質の細胞内ドメインより本質的になるノッチタンパク質の断片を、分化を抑制するのに有効な量にて該前駆細胞内で組換え的に発現させ、該前駆細胞を細胞増殖条件にさらして該前駆細胞を増殖させることを含んでなる方法。
【請求項26】
インビトロで肝前駆細胞を増殖させる方法であって、該前駆細胞においてノッチタンパク質の細胞内ドメインより本質的になるノッチタンパク質の断片を、分化を抑制するのに有効な量にて該前駆細胞内で組換え的に発現させ、該前駆細胞を細胞増殖条件にさらして該前駆細胞を増殖させることを含んでなる方法。
【請求項27】
ヒト前駆細胞を増殖する方法に使用するための第2の細胞を含む医薬であって、該第2の細胞の表面上で、デルタ(Delta)タンパク質、セレイト(Serrate)タンパク質およびジャグド(Jagged)タンパク質からなる群から選ばれる、少なくともノッチのリガンドの細胞外ドメインよりなる分子を組換え的に発現する、前記医薬。
【請求項28】
前記第2の細胞がその表面上で、少なくともデルタ(Delta)タンパク質の細胞外ドメインを組換え的に発現する、請求項27に記載の医薬。
【請求項29】
前記第2の細胞がその表面上で、少なくともセレイト(Serrate)タンパク質の細胞外ドメインを組換え的に発現する、請求項27に記載の医薬。
【請求項30】
造血前駆細胞を増殖させる方法に使用するための第2の細胞を含む医薬であって、該第2の細胞がその表面上で、デルタ(Delta)タンパク質、セレイト(Serrate)タンパク質およびジャグド(Jagged)タンパク質からなる群から選ばれる、少なくともノッチのリガンドの細胞外ドメインよりなる分子を組換え的に発現する、前記医薬。
【請求項31】
該前駆細胞が、疾患または障害の治療において重要なタンパク質をコードする組換え核酸を含有する、請求項14に記載の医薬。
【請求項32】
前記方法が、前駆細胞を、該前駆細胞の分化を抑制するのに有効な量にて可溶性アゴニストに接触させることを含み、前記の接触工程の後に、疾患または障害の治療において重要なタンパク質をコードする組換え核酸を該前駆細胞内に導入する工程をさらに含む、請求項14に記載の医薬。
【請求項33】
ヒト前駆細胞を増殖させる方法に使用するためのノッチのリガンドを発現する第2の細胞を含む医薬。
【請求項34】
前駆細胞の分化を抑制するのに有効な量の請求項1または14に記載のノッチ機能のアゴニストと該前駆細胞とをインビトロで接触させ、該前駆細胞をインビトロの細胞増殖条件にさらすことによって形成される増殖された前駆細胞集団、またはそれから産生された子孫細胞。
【請求項35】
前記方法が、アゴニストと前駆細胞とを接触させ、該前駆細胞を、該前駆細胞が増殖する細胞増殖条件にさらし、アゴニストを除去し、得られた増殖された前駆細胞の少なくともいくつかの分化を誘導することを含む、請求項1または14に記載の医薬。
【請求項36】
細胞の増殖または分化を調節するシグナル伝達経路の機能を抑制する方法に使用するためのノッチ機能のアゴニストを含む医薬であって、該アゴニストは、細胞の増殖または分化を調節する該細胞内のシグナル伝達経路の機能を抑制するのに有効な量であって、かつ
(i)デルタ(Delta)タンパク質であるか、またはノッチタンパク質に結合するデルタタンパク質の断片を含み、
(ii)デルタタンパク質またはデルタタンパク質の断片をコードする組換え核酸であり、
(iii)セレイト(Serrate)タンパク質であるか、またはノッチタンパク質に結合するセレイトタンパク質の断片を含み、
(iv)セレイトタンパク質またはセレイトタンパク質の断片をコードする組換え核酸であり、
(v)ジャグド(Jagged)タンパク質であるか、またはノッチタンパク質に結合するジャグドタンパク質の断片を含み、
(vi)ジャグドタンパク質またはジャグドタンパク質の断片をコードする組換え核酸であり、
(vii)デルテックス(Deltex)タンパク質であるか、またはノッチタンパク質に結合するデルテックスタンパク質の断片を含み、
(viii)デルテックスタンパク質またはデルテックスタンパク質の断片をコードする組換え核酸であり、
(ix)ヘアレス(Hairless)タンパク質のサプレッサーであり、
(x)ヘアレスタンパク質のサプレッサーをコードする組換え核酸であり、
(xi) ノッチタンパク質の細胞内ドメインのアンキンリピートを含み、ノッチタンパク質の細胞外ドメインを欠くノッチタンパク質の断片を含み、あるいは
(xii)ノッチタンパク質の断片をコードする組換え核酸である、
前記医薬。
【請求項37】
該シグナル伝達経路が、rasに媒介される経路である、請求項36に記載の医薬。
【請求項38】
該シグナル伝達経路が、wnt-1または相同座に媒介される経路である、請求項36に記載の医薬。
【請求項39】
(i)前駆細胞を、請求項1または14に記載のノッチ機能のアゴニストの量に接触させる工程と、(ii)該前駆細胞を細胞増殖条件にさらして該前駆細胞を増殖させる工程を含む、インビトロで前駆細胞を増殖する方法。
【請求項40】
前駆細胞を増殖するための医薬の製造における、請求項1または14に記載のノッチ機能のアゴニストの使用。
【請求項41】
該前駆細胞が中胚葉に由来する、請求項1に記載の医薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図4D】
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【図5A】
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【図5B】
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【図5C】
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【図5D】
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【図5E】
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【図5F】
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【図6A】
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【図6B】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−143934(P2009−143934A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−1970(P2009−1970)
【出願日】平成21年1月7日(2009.1.7)
【分割の表示】特願平9−513747の分割
【原出願日】平成8年9月27日(1996.9.27)
【出願人】(593152720)
【氏名又は名称原語表記】Yale University
【Fターム(参考)】