バナジン酸イオン(VO43−)固溶β型リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックス及びその製造方法
【課題】β-TCP自家骨置換が可能であるが、HApと同様に単体では、機械的強度に劣り、脆弱である等の問題を有しており、当該問題の解決が所望される。また、β-TCPのような生体吸収性材料の場合、その結晶構造、結晶性の程度(結晶欠陥や粒子サイズなど)が、初期強度や吸収速度に影響を与えるため、初期強度や吸収速度を制御するためには、結晶構造等から検討する必要がある。
【解決手段】β型リン酸三カルシウムのリン酸サイトにバナジン酸イオン(VO43-)を置換固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスを提供する。
【解決手段】β型リン酸三カルシウムのリン酸サイトにバナジン酸イオン(VO43-)を置換固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスを提供する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はβ型リン酸三カルシウムのリン酸サイトにバナジン酸イオン(VO43-)を置換固溶させ、十分な初期の機械的強度を有する生体用セラミックスに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、事故や病気などにより欠損、喪失した歯や骨などの生体硬組織の代替材料として生体用セラミックスが用いられている。この生体用セラミックスには、骨形成の足場を提供するものや、それ自体が骨に吸収されて次第に新生骨と置換するものとがある。これらの材料としては、生体組織に悪影響を及ぼさず、生体からの作用によって劣化せず、目的の性能が長期間にわたって機能することが要求される。なかでも人工骨や人工歯根など、非常に高い負荷がかかり摩擦や磨耗が起こり易い組織の代替材料として用いられる場合には、高密度で耐摩擦・磨耗特性に優れた機械的強度の大きい材料からなる生体用セラミックスが所望される。
【0003】
現在、生体用セラミックスとして広く研究されている材料に、ハイドロキシアパタイト(HAp)やβ型リン酸三カルシウム(β-TCP)などのリン酸カルシウム系セラミックスがある。HApは骨との化学結合することにより骨と融合することを基本としている。骨補填材として生体内に埋入した場合、これを足場として速やかに骨修復が行われ、新生骨と直接結合するという優れた骨伝導能を発揮する。しかしHApは自家骨への置換速度が遅い、生体内での機械的強度、HApの結晶構造内にOHを含むことから製造プロセスにおいてOHの揮発を防止する配慮が必要、などの問題点が指摘されている。
【0004】
そこで、近年はHApよりも溶解度が大きく、次第に体液中に溶解して新生骨と置換し、最終的には新生骨と完全に置換するβ-TCPの研究が行われている。しかしながらβ-TCPは自家骨置換が可能であるが、HApと同様に単体では焼結性が低く、そのために機械的強度に劣り、脆弱である等の問題を有しており、当該問題の解決が所望される。また、β-TCPのような生体吸収性材料の場合、その結晶構造、結晶性の程度(結晶欠陥や粒子サイズなど)が、初期強度や吸収速度に影響を与えるため、初期強度や吸収速度を制御するためには、結晶構造等から検討する必要がある。
【0005】
そこで、特許文献1には十分な機械的強度を有するリン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスが開示されている。当該生体用セラミックスは、独自の気孔間連通構造を有するTCP多孔体からなることを特徴とし、TCPのカルシウムイオンがマグネシウムイオンで部分置換された構成である。しかしながら、当該生体用セラミックスは、生体に埋入した後は、細胞等が侵入しやすいという利点はあるものの、多孔質であるため、脆く、強度に劣るという課題を有していた。
【0006】
また、β-TCPが、その結晶構造中のカルシウムサイト及びリン酸サイトが金属イオンで置換固溶するという特徴を利用して、金属イオンを置換固溶したβ-TCPからなる生体用セラミックスが開示されている。例えば、特許文献2には薬理作用を有する亜鉛イオンをカルシウムサイトに置換固溶した、亜鉛含有リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスが開示されている。また特許文献3には骨形成促進効果を有するケイ酸をリン酸サイトに置換固溶したケイ酸含有リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスが開示されている。
【0007】
しかしながら、特許文献2及び3に記載のリン酸三カルシウムはいずれも液相反応法(湿式法)で合成されるため、リン酸三カルシウムの他に副生成物としてHApやピロリン酸カルシウムを生成しやすく、単相のリン酸三カルシウムの合成は難しい。また、これらの生体用セラミックスについては、その機械的強度を含む力学的特性の評価は行われておらず、生体用セラミックスとして利用できるほどの力学的特性を有しているかは不明である。更に、上述したとおりより溶解性が高く、機械的強度が低いα-TCPを含有するため生体用骨セメントとしての利用は可能であっても、生体内に吸収されて自家骨に置換される生体用セラミックス材料としての利用は困難である。また、特許文献3ではα-TCP構造中のリン酸サイトにケイ酸イオンが固溶しているという事実も明らかにされていない。よって、実用化において重要な機械的強度の問題の解決には至っていない。
【0008】
また、非特許文献1にはアパタイト構造中のリン酸サイトにバナジン酸イオンが置換固溶したバナデイトアパタイトが開示されているが、これは触媒や核燃料再処理の際に放射性ヨウ素の固定用セラミックスとして利用されるものであり、バナジン酸イオンの生体内における効果に着目して、生体用セラミックスとして用いられるものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−020930
【特許文献2】特開2004−175760
【特許文献3】特開2008−214111
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Shuhei Ogo, Ayumi Onda, Kazumichi yanagawa, Applied Catalysis A: General, 348, 129 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで、本発明は十分な機械的強度を有する生体吸収材料であって、インスリン及び骨生成促進効果を有する生体必須微量元素の一つであるバナジウムを含有するβ型リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスを提供する。また、バナジウムを含有させることで、複雑なセラミック製造プロセスや高価な装置を用いない簡便な常圧焼結法による優れた焼結性を有するβ型リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
(1)本発明は、バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスを提供する。
【0013】
(2)本発明は、リン酸水素カルシウム二水和物と炭酸カルシウムとバナジン酸アンモニウムを乾式混合し、得られた混合物を焼成して合成されることを特徴とする上記(1)に記載のβ型リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスを提供する。
【0014】
(3)本発明は、上記(1)又は(2)に記載のβ型リン酸三カルシウムの焼結体からなる生体用セラミックスを提供する。
【0015】
(4)本発明は、上記(1)又は(2)に記載の生体用セラミックスであって、その性状が粉体である生体用セラミックスを提供する。
【0016】
(5)本発明は、上記(1)又は(2)に記載の生体用セラミックスであって、その性状が顆粒体である生体用セラミックスを提供する。
【0017】
(6)本発明は、上記(1)又は(2)に記載の生体用セラミックスであって、その性状が膜状である生体用セラミックスを提供する。
【0018】
(7)本発明は、リン酸水素カルシウム二水和物と炭酸カルシウムとバナジン酸アンモニウムとを湿式混合した後、得られた混合物から溶媒エタノールを除去する混合工程と、混合工程で得られた混合体を溶媒中で粉砕した後、前記溶媒を除去する粉砕工程と、粉砕工程で得られた粉体を一軸加圧成型して成型体を作成する成型工程と、成型工程で得られた成型体を焼成する焼成工程と、を有することを特徴とする上記(3)に記載のβ型リン酸三カルシウム焼結体を製造するβ型リン酸三カルシウム焼結体製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0019】
本発明の生体用セラミックスは、一般的な常圧焼結法により、通常のβ型リン酸三カルシウムの約3〜5倍であって、人の緻密骨の曲げ強度(約180MPa)と同等程度の機械的強度を有する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】β型リン酸三カルシウムの結晶構造を示す概念図
【図2】β型リン酸三カルシウムの結晶構造を構成するカラムを示す概念図
【図3】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムの合成方法を示す処理フロー図
【図4】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の製造方法を示す処理フロー図
【図5】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の製造方法を示す処理フロー図
【図6】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムのX線回折図
【図7】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムのFT-IRスペクトル
【図8】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムの格子定数変化
【図9】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体のX線回折図
【図10】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の体積収縮率変化を示す図
【図11】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の曲げ強度を示す図
【図12】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の開気孔率変化を示す図
【図13】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体のかさ密度変化を示す図
【図14A】仮焼温度800℃におけるバナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体のSEM写真
【図14B】仮焼温度900℃におけるバナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体のSEM写真
【図14C】仮焼温度1000℃におけるバナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体のSEM写真
【図15】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の平均粒子径を示す図
【図16】異なるバナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムの格子定数変化( Ca/(P+V)モル比=1.5)
【図17】異なるバナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体のX線回折図( Ca/(P+V)モル比=1.5)
【図18】異なるバナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の曲げ強度を示す図異なるバナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の体積収縮率変化を示す図( Ca/(P+V)モル比=1.5)
【図19】異なるバナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の開気孔率およびかさ密度の変化を示す図( Ca/(P+V)モル比=1.5)
【図20】異なるバナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体のSEM写真( Ca/(P+V)モル比=1.5)
【図21】実施例1で作製したβ‐TCPおよびバナジン酸イオン固溶β‐TCP焼結体と各陰性または陽性対照物質におけるIC50値を示す図
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本件発明の実施の形態について、添付図面を用いて説明する。なお、本件発明は、これら実施形態に何ら限定されるべきものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において、種々なる態様で実施し得る。
<<実施形態>>
<実施形態:概要>
【0022】
バナジン酸イオンを固溶したβ-TCPからなる生体用セラミックス、及びその焼結体について説明する。
<実施形態:構成>
【0023】
本発明の生体用セラミックスとは、事故や病気などにより欠損、喪失した歯や骨などの生体硬組織の置換材料として用いられるものであって、バナジン酸イオン(VO43-)が後述する形態でPO43−と置換固溶したβ-TCPからなる生体用セラミックスであればその形状は特に限定しない。粉体、顆粒体、膜状のものや、多孔体、緻密体などの焼結体が該当する。また、固溶とは、2種類以上の元素が互いに溶け合い、全体が均一の固相になることをいい、焼結体とは融点より低い温度で加熱して固化したものをいう。
【0024】
(1)固溶形態
【0025】
本発明に係るβ-TCPは、結晶中のリン酸イオン(PO43-)をバナジン酸イオン(VO43-)で置換固溶したものである。β-TCPの機械的強度は、その結晶構造、結晶性(粒子サイズなど)に影響を受けるため、結晶中の所定量のリン酸イオン(PO43-)をバナジン酸イオン(VO43-)で置換固溶することにより、当該β-TCPからなる生体用セラミックスの機械的強度を制御する。
【0026】
図1にa軸及びb軸に平行な面におけるβ-TCPの結晶構造を示す。CaとPO4四面体からなる、結晶学的に独立なA(0101)とB(0102)の2本のカラムがc軸に平行に存在している。菱面体晶系に属し、格子定数は六方格子設定で、a=1.0439nm、c=3.7375nmである。図2にAカラムとBカラムのそれぞれのc軸方向の結晶構造を示す。AカラムはPO4(1)−Ca(4)−Ca(5)−PO4(1)−空孔−Ca(5)の繰り返しであり、c軸上に存在する。またBカラムは、PO4(3)−Ca(1)−Ca(2)−Ca(3)−PO4(2)−PO4(3)−Ca(1)−Ca(2)−Ca(3)−PO4(2)の繰り返しであり、このカラムの3つのCaサイトはc軸上にのらず、折れ線を形成する。つまり、β-TCP中の単位格子中には結晶学的に独立したPO4サイトは3種類あり、Caサイトは5種類ある。下記表1に、β-TCP中の単位格子中の各PO4サイトの割合を示す。
[表1]
【0027】
本発明にかかるバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPは、表1のいずれかのPO4サイトがバナジン酸イオン(VO43-)に置換されたものである。
【0028】
なお、後述するとおり、機械的強度が許す範囲であればバナジン酸イオン固溶率は低く設定するのが好ましい。具体的には、2.5mol%である。これは実施例2及び図11(a)で後述するように、バナジン酸イオン(VO43-)添加量が2.5mol%のバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPの焼結体において、ヒトの緻密骨と同程度の十分な曲げ強度を有するためである。
【0029】
(2)バナジン酸イオン(VO43-)
【0030】
バナジウムは生体微量必須元素である。多原子性、金属性および非金属性を帯びるため非常に性質が複雑で、空気中で金属結晶を加熱すると酸化が進行し、その程度によってさまざまなの色を示す(褐色(V2O)、灰色(V2O2)、黒色(V2O3)、暗青色(V2O4)、トウ赤色(V2O5))。バナジウムは、その化合物において5価、4価、3価および2価の状態で存在する。これらの中では、五酸化物とバナジン酸塩が最も一般的であり、酸化物では原子価の低さにともない塩基性が強く、原子価が高くなるにしたがい酸性が強くなる。ヒヨコやラットでは、バナジウムの必須性が証明されているが、人ではまだ確定していない。4価や5価のバナジウムイオンをラットに与えると、両者とも腎臓、血清、肝臓、血液や肺に添加したバナジウムが堆積する。各組織中において70-80%以上は4価バナジウムイオンとして存在する。血液中のバナジウムは、グルタミン酸、システインおよびグリシンの3個のアミノ酸が連結したトリペプチドであるグルタチオンにより還元された後に4価バナジウムイオンとしてトランスフェリンに結合して20%は血球中に取り込まれる。細胞内のバナジウムは、ミトコンドリア、細胞質液、核、小胞体の順に濃度が低下する。バナジウムが特定の組織に蓄積することは明らかにされていないが、うつ病患者の血漿中のバナジウム濃度は健常人の約2倍となることが報告されている。
【0031】
バナジウムは生物学的に注目された金属ではなかったが、1977年に5価のバナジウムイオンがNa+、 K+-ATPaseを特異的に阻害することが報告されてからは、多くの注目を集めており、1987年には5価バナジウムイオンを飲料水に混ぜて飲用すると、実験糖尿病ラットの血糖値が正常に回復することが報告された。生体内においてバナジウムは3価(V3+イオン)、4価(VO2+イオン)または5価(VO3-イオン)の状態で存在するが、インスリンと同じ作用があるバナジウムは4価のバナジウムであると考えられている。また、4価のバナジウムは、3価や5価のバナジウムにくらべて毒性が低いため、最近の薬品開発研究では4価バナジウムがよく用いられている。さらにバナジウムが錯体を形成した、上記のインスリン類似作用を持った活性型のバナジウムも存在する。
【0032】
バナジウムは上に記したようにバナジン酸塩の状態でNa+、 K+-ATPaseを特異的に阻害すると同時に、Caにおける細胞膜の物質輸送に関するchannel、exchanger、ATPaseの働きを活性化させる。Ca-ATPase活性が抑制され、それにともない細胞内遊離Ca濃度が上昇してCaの細胞外への流出が増加する。また、バナジウムはグルコースの輸送を促進するが、これも細胞内Caレベルの上昇によるものと考えられている。このことから、骨構成細胞に影響して骨形成を促進することが示唆される。
【0033】
また、バナジウムは骨や歯の石灰化も促進する。これはバナジウムがインスリン様成長因子(insulin-like growth factors 以下:IGFs )の活性化を促進するためだと考えられている。IGFsにはI型(IGF-I)とII型(IGF-II)があり、胎生期にはII型が優位に発現するが、生後の成長および発達期においてはI型がより重要な役割を果たすと考えられている。I型は成長ホルモン依存性でおもに肝臓で産生されているが、骨組織では骨芽細胞によって産生され、autocrine/paracrineのように局所的に作用する以外にも骨基質中に多量に蓄積されている。IGFsには未分化の骨芽細胞の増殖を促進する、成熟した骨芽細胞の基質産生能を高める、骨芽細胞のアポートシスを抑制して成熟骨芽細胞の数を維持するなどの作用がこれまでに報告されている。骨形成には骨芽細胞による骨基質の沈着と石灰化が必要である。また、ヒトにおいて加齢にともなう血中I型濃度の減少や高齢者における血中I型濃度と骨密度の正相関が報告されている。これらのことから、I型は老化にともなう骨芽細胞の異常や骨形成能低下に深く関与している成長因子であり、バナジウムは骨芽細胞の活性化に重要なファクターであると言える。
【0034】
但し、バナジウムは生体にとって毒性を示す可能性も報告されている。従って、本発明の生体用セラミックスへの固溶は、バナジウムの骨細胞活性効果と、バナジン酸イオン固溶による生体用セラミックスの機械的強度の向上と、バナジウムの毒性とのバランスを考慮する必要がある。よって、機械的強度が許す範囲であればバナジウム濃度は低く設定するのが好ましい。
【0035】
(3)バナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPの合成
【0036】
本発明に係るバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPの合成は既存の方法に従い、固相反応による乾式法と、水溶液反応による湿式法のどちらでもよいが、不純物相の生成を抑制できる点で、乾式法が好ましい。例えば、既存の方法に従い、リン酸水素カルシウム二水和物(CaHPO4・2H2O)と、炭酸カルシウム(CaCO3)を出発原料として用い、バナジン酸アンモニウム(NH4VO3)を乾式混合し、得られた混合物を焼成して生成される。一例を図3に示す。Ca/(P+V)が所定値(所定範囲)となる割合で、1時間乾式混合(S0301)する。これを昇温速度3℃/min、焼成温度1000℃、保持時間12時間、大気雰囲気中の条件下で焼成する(S0302)。続いて再度1時間の乾式混合を行う(S0303)。そして再度、昇温速度3℃/min、焼成温度1000℃、保持時間12時間、大気雰囲気中の条件下で焼成し(S0304)、得られた焼成体が本発明に係るバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPとなる。
【0037】
なお、後述する実施例1において評価されるバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPは、図3に示す方法で合成されたものである。
【0038】
(4)バナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPの焼結
【0039】
本発明に係るバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPの焼結は既存の方法に従い行えばよい。一例を図4に示す。Ca/(P+V)が所定値(所定範囲)となる割合で、リン酸水素カルシウム二水和物(CaHPO4・2H2O)と、炭酸カルシウム(CaCO3)と、バナジン酸アンモニウム(NH4VO3)をボールミルで48時間湿式混合する(S0401)。溶媒としてエタノールなどの有機溶媒を用いる。その後、エバポレータなどを用いて溶媒を除去する(S0402)(混合工程)。溶媒除去後の混合体を再度溶媒に入れて粉砕し(S0403)、その後再度溶媒を除去する(S0404)(粉砕工程)。ここで得られた粉体を一軸加圧成型して成型体を作成し(成型工程)(S0405)、当該成型体を焼成し(焼成工程)(S0406)、焼結体を得る。ここで、一軸加圧成型(S0405)は、32MPaで1分間加圧する。使用する金型は45mm×20mmである。また、焼成(S0406)は、昇温速度3℃/min、焼成温度1100℃、保持時間24時間、大気雰囲気中の条件下で行う。
【0040】
なお、図5に示すように、ボールミルで湿式混合し(S0501)、溶媒を除去(S0502)した後、仮焼工程(S0503)を行ってもよい。また、一軸加圧成型(S0506)後にCIP成型工程(S0507)を行ってもよい。当該仮焼工程(S0503)は、昇温速度3℃/min、焼成温度800℃〜1000℃、保持時間5時間、大気雰囲気中の条件下行う。また、CIP成型工程(S0507)は200MPaで1分間加圧成型する。下記実施例2で後述するように、仮焼工程における仮焼温度の違いにより、焼結性及び焼結体の機械的強度に明らかな差異が見られるため、仮焼工程を行うことによりこれらを調整することが可能である。また、CIP成型工程により、より均一な焼結体の製造が可能である。
【0041】
なお、後述する実施例2において評価されるバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP焼結体は、図5に示す方法で合成されたものである。
【0042】
細胞毒性試験については、「医療用具の製造(輸入)承認申請に必要な生物学的安全性試験の基本的考え方について」(平成15年2月13日、医薬審発第0213001号)、「Biological Evaluation of Medical Devices-Part 1: Evaluation and Testing」(ISO 10993-1、 August 1、 2003)、「生物学的安全性試験の基本的考え方に関する参考資料について」(平成15年3月19日、医療機器審査No. 36)および「Biological Evaluation of Medical Devices-Part 5: Tests for In Vitro Cytotoxicity」(ISO 10993-5)に準拠して実施し、チャイニーズ・ハムスター肺由来のV79細胞を用いた培地抽出法によるコロニー形成試験法を用いて細胞毒性を評価した。
【0043】
細胞毒性試験に用いたV79細胞の細胞培養については、ウシ胎児血清を10vol%含むEagle's MEM培地(MEM10培地)を用いて、CO2インキュベーター(CO2濃度5%、37℃)内で培養した。一方、培地抽出液を用いた細胞毒性試験の場合は、ウシ胎児血清(5vol%)およびピルビン酸ナトリウム(1.0mmol dm-3)を含むEagle's MEM培地(M05培地)を使用した。
【0044】
β‐TCPおよびバナジン酸イオン固溶β‐TCP焼結体と陰性対照材料(高密度ポリエチレンフィルム)、陽性対照材料A[0.1% zinc diethyldithiocarbamate(ZDEC)含有ポリウレタンフィルム]、および陽性対照材料B(0.25%ZDBC含有ポリウレタンフィルム)とをあらかじめ高圧蒸気滅菌(121℃、15分間)した。滅菌後、それぞれ0.1g・cm-3の濃度となるようにM05培地をくわえ、CO2インキュベーター(CO2濃度5%、37℃)内で24時間静置したものを100%培地抽出原液にした。抽出終了後すみやかに培地抽出原液を新しいM05培地で希釈し、濃度の異なる試験液を調製した。V79細胞濃度を103個・cm-3に調整し、この細胞懸濁液0.1cm3を2.0cm3のM05培地中に分注した。24時間後にウェル内の培地を除去し、各濃度の試験液または新鮮なM05培地2.0cm3と交換し、さらに6日間培養後、培地除去とメタノール固定を行い10vol%ギムザ液で染色した。
【0045】
ウェル当たりのコロニー数を計測し、コントロール(M05培地100%)と比較し、各処理群の相対コロニー形成率(陰性対照のコロニー数の平均値を100%とした時の各濃度におけるコロニー数の平均値を百分率で示した数)を算出してIC50値(コロニー形成率が50%の時の抽出液濃度)を求めた。また、播種した細胞数と実際に形成されたコロニー数の平均値から、陰性対照群でのコロニー形成能も算出した。
【0046】
一方、細胞の感度および実験条件の精度を確認するために陽性対照物質としてZDBCを、陰性対照物質としてDMSOを用いて上記と同様の方法で陰性対照(DMSO 0.5vol%)に対する各処理群の相対コロニー形成率も算出してIC50値を求めた。
【0047】
また、細胞毒性試験後試験成立条件として、1)陰性対照群でのコロニー形成能が良好(0.8以上)、2)陰性対照材料の100%抽出液でのコロニー数が陰性対照群と同程度(相対コロニー形成率が80%以上)、3)陽性対照材料AのIC50値が7%未満および陽性対照材料BのIC50値が80%未満、4)陽性対照物質(ZDBC)のIC50値が1〜5μg・cm-3の範囲内であることを確認した。
【0048】
作製したβ‐TCPおよびバナジン酸イオン固溶β‐TCP焼結体と各陰性または陽性対照物質におけるIC50値を図21に示す。図21に示すように評価した各焼結体におけるIC50値はすべて100%であった。この結果は、バナジン酸イオンを添加したすべての焼結体は、β‐TCP(バナジン酸イオン添加量0mol%)と同様に細胞毒性がないことを示している。したがって、(本実施例の組成で作製した)バナジン酸イオン添加β‐TCP焼結体は、バナジン酸イオン添加量に関わらず、細胞毒性が無いことが明らかになった。
<実施形態:効果>
【0049】
本発明の生体用セラミックスは、β型リン酸三カルシウム単体の焼結体の略4〜5倍の機械的強度、つまりヒトの緻密骨の曲げ強度(約180MPa)と同等の有す。また、固相法(乾式法)を用いて低温相のβ型リン酸三カルシウムにバナジン酸イオン(VO43-)を固溶させるため、製造条件の厳密な制御、熟練した技術、高温処理を必要としない。更には、常圧焼結法により焼結体を得られるため、特別な雰囲気や装置を必要としない。つまりは、既存の設備での製造が可能であるため、低コスト生産が可能である。
【実施例1】
【0050】
バナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPの評価
【0051】
図3に示す方法により合成したバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP(以下、単に「試料」とする)について、X線回折、FT−IR、格子定数変化の試験を行った。なお、下記表2に本実施例のバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP合成時の原料配合比と、表3に乾式混合時のバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP合成時の原料配合量を示す。
[表2]
[表3]
【0052】
(1)X線回折
【0053】
リガク製RAD-2C型X線回折装置を用いて、試料の結晶相の同定を行った。測定条件は、ターゲット:Cu、 走査範囲(2θ):10-60°、 スキャンステップ:0.020°、 スキャンスピード:8°/min、 使用管電圧:40kV、 使用管電流:30mA、である。
【0054】
図6に得られたX線回折図を示す。全ての試料においてX線回折ピークとβ-TCP回折ピークが一致し、副生成物は確認されたかった。よって、試料はβ-TCP単相であることがわかる。
【0055】
(2)FT−IR
【0056】
日本分光製FT/IR-230型フーリエ変換型赤外分光光度計を用いて定性分析を行った。測定範囲は、400-4000cm−1、積算回数は68回である。試料の測定はKBrを用いた拡散反射法により行い、試料とKBrの混合重量比は試料1に対し、KBrが約20の比率である。
【0057】
図7に得られたFT-IRスペクトルを示す。β-TCPのFT-IRスペクトルでは一般的に945cm-1(ν1)、432cm-1(ν2)、1010cm-1(ν3)、550cm-1(ν4)付近にPO43-イオンの4つの基準振動の吸収が認められ、ここでν1とν3は伸縮振動、ν2とν4は変角振動である。また、β-TCP作製時に副生成物として生成するピロリン酸カルシウム(Ca2P2O7)と水酸アパタイト(HAp)のFT-IRスペクトルにおいて、Ca2P2O7の場合はその分子中のP2O7基に起因する吸収が710cm-1付近に、HApの場合は3570cm-1にO-H伸縮振動、633 cm-1にO-H面外変角振動に帰属する吸収が現れる。図7では、710cm-1付近にCa2P2O7分子中のP2O7基に帰属する吸収およびHApのOH基に帰属する3570cm-1と633 cm-1の吸収がないことから、副生成物としてCa2P2O7やHApがすべての試料において生成していないことがわかり、これは図6に示したX線回折図の結果と一致した。また、VO43-イオン無添加β-TCPと比較すると、VO43-イオンを添加した試料では850cm-1付近にVO43-イオン変角振動帰属の吸収を確認した。この結果は、β-TCPのPO4サイトに添加したVO43-イオンが固溶したことを示唆した。
【0058】
(3)格子定数
【0059】
格子定数を算出した結果を表4及び図8に示す。格子定数の測定方法は回転対陰極型X線回折装置(RINT-1500、リガク製)を使用し、内部標準法により、次の条件で格子定数の精密化を行った。ターゲット:Cuモノクロメーター使用、 管球電流:200mA、 管球電圧:40kV、 走査速度:1°/min、 回折角度:25-70°。
【0060】
β-TCPと内部標準試料であるSi素粉末(純度99.99%、三津和化学製)を重量比4:1の割合で秤量と混合を行い、これを測定試料とした。測定試料を上記の条件で標準測定を行い、えられたβ-TCPの回折線(2 0 10)、(2 1 8)、(2 2 0)、(3 2 8)、(2 0 20)およびSiの回折線(1 1 1)、(2 2 0)、(3 1 1)、(4 0 0)について付属ソフトウェアによって最適な条件下で予備測定を行い、ピークトップ法を用いた内部標準法で角度補正を行った後、最小二乗法により格子定数の精密化を行った。
[表4]
【0061】
格子定数は、VO43-イオン添加量の増加にともないa軸、c軸ともに増加し、VO43-イオン添加量2.5mol%までa軸、c軸ともに右肩上がり増加し、β-TCP構造のリン酸サイトにバナジン酸イオン(VO43-)が、固溶することを明らかにした。後述する実施例2(6)曲げ強度で示すように、VO43-イオン添加量2.5mol%の焼結体において十分な曲げ強度が確認できるため、バナジン酸イオン(VO43-)の含有量は少量でもその効果は十分であることが示唆された。また、添加したバナジン酸イオン(V5+)が得られたβ-TCP中でバナジウムイオン(V3+)として固溶した場合の格子定数も測定しており、それらの変化挙動は明らかに異なる。さらに得られた生成物の外観色にも変化があり、バナジン酸イオンとして固溶した場合には白色であるが、バナジウムイオン(V3+)として固溶した場合にはうすい黄緑色−黄色などの着色が起こる。
【実施例2】
【0062】
バナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP焼結体の評価
【0063】
図5に示す方法により得られたバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP焼結体(以下、単に「焼結体」とする)について、X線回折、体積収縮率、曲げ強度、開気孔率、かさ密度の試験を行った。合わせて平均粒子径の算出を行った。なお、これらは全て図5中の仮焼工程(S0503)における仮焼温度が800℃、900℃、1000℃の場合のそれぞれについて行った。また、下記本実施例における焼結体は、上記表2に示す原料配合比及び表3に示す原料配合量に従って製造されたものである。
【0064】
(1)X線回折
【0065】
実施例1と同じ条件下で行った。図9は、仮焼温度800℃、900℃、1000℃におけるX線回折図を示す。全ての仮焼温度において、バナジン酸イオン(VO43-)の添加量にかかわらず、副生成物は確認されず、焼結体はβ-TCP単相であることがわかる。
【0066】
(2)体積収縮率
【0067】
図5における焼成工程(S0508)の前後で、試料のサイズを測定して、焼結体の体積収縮率を測定した。図10は、各仮焼温度におけるバナジン酸イオン(VO43-)添加量に伴う体積収縮率変化を示す。全ての仮焼温度において、バナジン酸イオン(VO43-)の添加量増加に伴い体積収縮率が増加した。また、仮焼温度800℃の場合が最も体積収縮率が大きく、仮焼温度1000℃の場合が最も体積収縮率が小さかった。これにより、バナジン酸イオン(VO43-)を添加し、さらに仮焼温度を低くすることにより焼成により焼結体がより緻密化することが示唆された。
【0068】
(3)曲げ強度
【0069】
JIS R 1601に基づいて、オートグラフ(AG-1、島津製作所製)を用いて試験を行った。測定条件は、支点間距離:30mm、 クロスヘッド速度:0.5mm/min、 焼結体サイズ:3.0mm×4.0mm×36mm、 試験温度:室温、 大気雰囲気中、である。なお、測定に使用した焼結体は、表面研磨機により研磨及び面取りを行った。また、曲げ強度はJIS R 1601に基づいて、σ=3PL/2wt2により算出した。σは三点曲げ強度(MPa)、Pは焼結体が破壊した時の最大荷重(N)、Lは支点間距離(mm)、wは焼結体の幅(mm)、tは焼結体の厚さ(mm)である。試験はそれぞれ5本の焼結体で行い、その平均値をとった。
【0070】
図11(a)に各仮焼温度におけるバナジン酸イオン(VO43-)添加量に伴う曲げ強度変化を示す。また、(b)に仮焼温度1000℃におけるバナジン酸イオン(VO43-)、及び当該バナジン酸イオンに代えて各種金属イオン(1価陽イオン:ナトリウムイオンNa+、2価陽イオン:マグネシウムイオンMg2+、3価陽イオン:バナジウムイオンV3+)を添加した場合の、それぞれの添加量に伴う曲げ強度変化を示す。当該焼結体の製造方法は図5に従う。
【0071】
図11(a)において、全ての仮焼温度において、バナジン酸イオン(VO43-)の添加量増加に伴い曲げ強度も増加した。また仮焼温度900℃、バナジン酸イオン(VO43-)添加量2.5mol%の場合が曲げ強度の平均値が113MPaとなり、最大を示した。セラミックスは一般に脆性破壊するため、表面の状態やクラックなどでも強度のバラツキの要因となるが、個々の曲げ強度を見ると、最大値175MPaを示した試料が存在し、著しく曲げ強度の高いものを作製することができることを認めた。また、図11(b)より他の金属イオンの場合と比較してバナジン酸イオン(VO43-)添加による曲げ強度の増加が著しく大きいことがわかる。よって、バナジン酸イオン(VO43-)固溶による焼結体の曲げ強度増加効果が示された。
【0072】
(4)開気孔率
【0073】
開気孔率及び下記(5)かさ密度は、アルキメデス法により測定した。溶媒にはイオン交換水を用いた。開気孔率:P0 (%)=((W3-W1)/(W3-W2))×100より算出した。ここで、W1は試料の乾燥重量、W2は飽水試料の水中重量、W3は飽水試料の空中質量、Sは水の密度(1.0 g/cm3)である。
【0074】
図12に各仮焼温度におけるバナジン酸イオン(VO43-)添加量に伴う開気孔率変化を示す。全ての仮焼温度において、バナジン酸イオン(VO43-)の添加量増加に伴い開気孔率が減少した。また、仮焼温度1000℃と比較して仮焼温度800℃及び900℃の方が、開気孔率が低かった。よって、バナジン酸イオン(VO43-)固溶により、開気孔率の少ない焼結体の製造が可能であることが示された。また仮焼温度を低くすることにより焼結体の開気孔率を低下できることが示された。
【0075】
(5)かさ密度
【0076】
かさ密度:Db (g/cm3)=(W1/W3-W2))×Sで算出した。ここで、W1は試料の乾燥重量、W2は飽水試料の水中重量、W3は飽水試料の空中質量、Sは水の密度(1.0 g/cm3)である。
【0077】
図13に各仮焼温度におけるバナジン酸イオン(VO43-)添加量に伴うかさ密度変化を示す。全ての仮焼温度において、バナジン酸イオン(VO43-)の添加量増加に伴いかさ密度が増加した。また、仮焼温度1000℃と比較して仮焼温度800℃及び900℃の方が、かさ密度が高かった。よってバナジン酸イオン(VO43-)固溶により、焼結体のかさ密度が増加することが示された。また仮焼温度を低くすることにより焼結体のかさ密度を増加できることが示された。
【0078】
(6)平均粒子径
【0079】
図14A、B、Cにそれぞれ仮焼温度800℃、900℃、1000℃における焼結体の微構造撮影を行ったSEM写真を示す。それぞれバナジン酸イオン(VO43-)添加量に伴う焼結体の微構造変化を示す。また、図15に、当該SEM写真に基づいてインターセプト法により算出した焼結体の平均粒子径変化を示す。図14AとC及び図15より、全ての仮焼温度において、バナジン酸イオン(VO43-)の添加量増加に伴い焼結体が緻密化し、焼結体組織を構成している粒子径も微細化していることが示され、これは上記(2)、(4)、(5)の試験結果と一致する。また、仮焼温度1000℃と比較して仮焼温度800℃及び900℃の方が、緻密化していることも上記(2)、(4)、(5)の試験結果と一致する。
【0080】
(7)まとめ
【0081】
以上より、バナジン酸イオン(VO43-)を固溶させることによって、β-TCPの焼結性を促進し、焼結体の曲げ強度が向上することが示唆された。また、少量(約2.5mol%)のバナジン酸イオンで、十分な効果を相することも示唆された。更には、同様な固溶体製造の実験においても他の金属イオンの固溶と比較して、バナジン酸イオンを固溶した場合の効果が著しく大きいことも示唆された。
【実施例3】
【0082】
バナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPの評価(Ca/(P+V)モル比=1.50の調合組成)
【0083】
図3に示す方法により合成したバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP(以下、単に「試料」とする)について、X線回折、FT−IR、格子定数変化の試験を行った。なお、下記表5に本実施例のバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP合成時の原料配合比を示す。
[表5]
【0084】
(1)格子定数
【0085】
実施例1と同じ条件下で行った。作製した試料における格子定数値を図16に示す。図に示したようにCa/(P+V)モル比=1.50の条件で作製した試料の格子定数は、a軸およびc軸ともにバナジン酸イオン(VO43-)添加量の増加にともない直線的に増加した。これは、VO43-イオンがβ-TCP構造中のPO4サイトに置換し、置換型固溶体を形成することを示している。また、得られた試料の外観色はすべて白色であったことからも、PO4サイトにVO43-イオンが固溶していることを裏付けた。
【実施例4】
【0086】
バナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP焼結体の評価(Ca/(P+V)モル比=1.50の調合組成)
【0087】
図5に示す方法により得られたバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP焼結体(以下、単に「焼結体」とする)について、X線回折、曲げ強度、開気孔率、かさ密度の試験を行った。なお、これらは全て図5中の仮焼工程(S0503)における仮焼温度が900℃の場合について行った。また、下記本実施例における焼結体は、上記表5に示す原料配合比に従って製造されたものである。
【0088】
(1)X線回折
【0089】
実施例1と同じ条件下で行った。図17は、仮焼温度900℃および焼結温度1100℃におけるX線回折図を示す。X線回折図形の回折ピークは、VO43-イオン添加量の増加にともない低角度側にシフトし、次第にCa3(VO4)2のX線回折パターンに近似し、100mol%でCa3(VO4)2の回折パターンと一致した。また、作製したすべての焼結体において副生成物の生成も確認できなかった。これらのことから、β-TCPのリン酸サイトに対してバナジン酸イオン(VO43-)の添加量を0mol%〜100mol%変えて作製した焼結体の結晶相は、β-TCPおよびその固溶体とCa3(VO4)2であることが明らかになった。
【0090】
(2)曲げ強度
【0091】
実施例2と同じ条件下で行った。作製したバナジン酸イオン固溶β‐TCP焼結体のバナジン酸イオン添加量に対する曲げ強度変化を図18に示す。図18に示すように作製した焼結体の曲げ強度は、バナジン酸イオン添加量2〜3mol%程度までバナジン酸イオン添加量の増加にともない増加し、β‐TCP焼結体(バナジン酸イオン添加量0mol%)に比べて向上した。
【0092】
(3)開気孔率およびかさ密度
【0093】
作製した焼結体のかさ密度および開気孔率をアルキメデス法を用いて測定し、その結果を図19に示す。図19に示すように焼結体のかさ密度および開気孔率は、VO43-イオンの添加(固溶)により、バナジン酸イオン添加量3.0mol%程度までそれぞれ増加および減少した。
【0094】
(4)焼結体の微構造観察
【0095】
作製した焼結体を鏡面研磨後にサーマルエッチング(1000oC、5時間)して、微構造観察を走査型電子顕微鏡(SEM VE-7800、KEYENCE)を用いて行った。なお、試料の表面には帯電防止のためにAuスパッタをして観察した。
【0096】
図20には、作製した焼結体をサーマルエッチングした後にSEMにより観察した焼結体の微構造観察結果を示す。β-TCP焼結体に比べてVO43-イオンが2〜3mol%固溶することにより、気孔の数が減少した。また、VO43-イオンの添加(固溶)により粒子径が増加していることも確認した。これらの結果は、上記のかさ密度および開気孔率測定結果と一致し、VO43-イオンの添加(固溶)添加にともない、焼結体の焼結性が向上して緻密化が促進し、また高密度および高強度のβ-TCP焼結体が作製可能であることも示している。
【0097】
(5)まとめ
【0098】
以上より、Ca/(P+V)モル比=1.50の調合組成においても、バナジン酸イオン(VO43-)をリン酸サイトに固溶させることによって、β-TCPの焼結性を促進することが示唆された。また、この場合、リン酸イオンに対して20mol%までのバナジン酸イオンの置換で、十分な効果を発揮することも示唆された。
【技術分野】
【0001】
本発明はβ型リン酸三カルシウムのリン酸サイトにバナジン酸イオン(VO43-)を置換固溶させ、十分な初期の機械的強度を有する生体用セラミックスに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、事故や病気などにより欠損、喪失した歯や骨などの生体硬組織の代替材料として生体用セラミックスが用いられている。この生体用セラミックスには、骨形成の足場を提供するものや、それ自体が骨に吸収されて次第に新生骨と置換するものとがある。これらの材料としては、生体組織に悪影響を及ぼさず、生体からの作用によって劣化せず、目的の性能が長期間にわたって機能することが要求される。なかでも人工骨や人工歯根など、非常に高い負荷がかかり摩擦や磨耗が起こり易い組織の代替材料として用いられる場合には、高密度で耐摩擦・磨耗特性に優れた機械的強度の大きい材料からなる生体用セラミックスが所望される。
【0003】
現在、生体用セラミックスとして広く研究されている材料に、ハイドロキシアパタイト(HAp)やβ型リン酸三カルシウム(β-TCP)などのリン酸カルシウム系セラミックスがある。HApは骨との化学結合することにより骨と融合することを基本としている。骨補填材として生体内に埋入した場合、これを足場として速やかに骨修復が行われ、新生骨と直接結合するという優れた骨伝導能を発揮する。しかしHApは自家骨への置換速度が遅い、生体内での機械的強度、HApの結晶構造内にOHを含むことから製造プロセスにおいてOHの揮発を防止する配慮が必要、などの問題点が指摘されている。
【0004】
そこで、近年はHApよりも溶解度が大きく、次第に体液中に溶解して新生骨と置換し、最終的には新生骨と完全に置換するβ-TCPの研究が行われている。しかしながらβ-TCPは自家骨置換が可能であるが、HApと同様に単体では焼結性が低く、そのために機械的強度に劣り、脆弱である等の問題を有しており、当該問題の解決が所望される。また、β-TCPのような生体吸収性材料の場合、その結晶構造、結晶性の程度(結晶欠陥や粒子サイズなど)が、初期強度や吸収速度に影響を与えるため、初期強度や吸収速度を制御するためには、結晶構造等から検討する必要がある。
【0005】
そこで、特許文献1には十分な機械的強度を有するリン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスが開示されている。当該生体用セラミックスは、独自の気孔間連通構造を有するTCP多孔体からなることを特徴とし、TCPのカルシウムイオンがマグネシウムイオンで部分置換された構成である。しかしながら、当該生体用セラミックスは、生体に埋入した後は、細胞等が侵入しやすいという利点はあるものの、多孔質であるため、脆く、強度に劣るという課題を有していた。
【0006】
また、β-TCPが、その結晶構造中のカルシウムサイト及びリン酸サイトが金属イオンで置換固溶するという特徴を利用して、金属イオンを置換固溶したβ-TCPからなる生体用セラミックスが開示されている。例えば、特許文献2には薬理作用を有する亜鉛イオンをカルシウムサイトに置換固溶した、亜鉛含有リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスが開示されている。また特許文献3には骨形成促進効果を有するケイ酸をリン酸サイトに置換固溶したケイ酸含有リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスが開示されている。
【0007】
しかしながら、特許文献2及び3に記載のリン酸三カルシウムはいずれも液相反応法(湿式法)で合成されるため、リン酸三カルシウムの他に副生成物としてHApやピロリン酸カルシウムを生成しやすく、単相のリン酸三カルシウムの合成は難しい。また、これらの生体用セラミックスについては、その機械的強度を含む力学的特性の評価は行われておらず、生体用セラミックスとして利用できるほどの力学的特性を有しているかは不明である。更に、上述したとおりより溶解性が高く、機械的強度が低いα-TCPを含有するため生体用骨セメントとしての利用は可能であっても、生体内に吸収されて自家骨に置換される生体用セラミックス材料としての利用は困難である。また、特許文献3ではα-TCP構造中のリン酸サイトにケイ酸イオンが固溶しているという事実も明らかにされていない。よって、実用化において重要な機械的強度の問題の解決には至っていない。
【0008】
また、非特許文献1にはアパタイト構造中のリン酸サイトにバナジン酸イオンが置換固溶したバナデイトアパタイトが開示されているが、これは触媒や核燃料再処理の際に放射性ヨウ素の固定用セラミックスとして利用されるものであり、バナジン酸イオンの生体内における効果に着目して、生体用セラミックスとして用いられるものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−020930
【特許文献2】特開2004−175760
【特許文献3】特開2008−214111
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Shuhei Ogo, Ayumi Onda, Kazumichi yanagawa, Applied Catalysis A: General, 348, 129 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで、本発明は十分な機械的強度を有する生体吸収材料であって、インスリン及び骨生成促進効果を有する生体必須微量元素の一つであるバナジウムを含有するβ型リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスを提供する。また、バナジウムを含有させることで、複雑なセラミック製造プロセスや高価な装置を用いない簡便な常圧焼結法による優れた焼結性を有するβ型リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
(1)本発明は、バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスを提供する。
【0013】
(2)本発明は、リン酸水素カルシウム二水和物と炭酸カルシウムとバナジン酸アンモニウムを乾式混合し、得られた混合物を焼成して合成されることを特徴とする上記(1)に記載のβ型リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスを提供する。
【0014】
(3)本発明は、上記(1)又は(2)に記載のβ型リン酸三カルシウムの焼結体からなる生体用セラミックスを提供する。
【0015】
(4)本発明は、上記(1)又は(2)に記載の生体用セラミックスであって、その性状が粉体である生体用セラミックスを提供する。
【0016】
(5)本発明は、上記(1)又は(2)に記載の生体用セラミックスであって、その性状が顆粒体である生体用セラミックスを提供する。
【0017】
(6)本発明は、上記(1)又は(2)に記載の生体用セラミックスであって、その性状が膜状である生体用セラミックスを提供する。
【0018】
(7)本発明は、リン酸水素カルシウム二水和物と炭酸カルシウムとバナジン酸アンモニウムとを湿式混合した後、得られた混合物から溶媒エタノールを除去する混合工程と、混合工程で得られた混合体を溶媒中で粉砕した後、前記溶媒を除去する粉砕工程と、粉砕工程で得られた粉体を一軸加圧成型して成型体を作成する成型工程と、成型工程で得られた成型体を焼成する焼成工程と、を有することを特徴とする上記(3)に記載のβ型リン酸三カルシウム焼結体を製造するβ型リン酸三カルシウム焼結体製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0019】
本発明の生体用セラミックスは、一般的な常圧焼結法により、通常のβ型リン酸三カルシウムの約3〜5倍であって、人の緻密骨の曲げ強度(約180MPa)と同等程度の機械的強度を有する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】β型リン酸三カルシウムの結晶構造を示す概念図
【図2】β型リン酸三カルシウムの結晶構造を構成するカラムを示す概念図
【図3】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムの合成方法を示す処理フロー図
【図4】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の製造方法を示す処理フロー図
【図5】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の製造方法を示す処理フロー図
【図6】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムのX線回折図
【図7】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムのFT-IRスペクトル
【図8】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムの格子定数変化
【図9】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体のX線回折図
【図10】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の体積収縮率変化を示す図
【図11】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の曲げ強度を示す図
【図12】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の開気孔率変化を示す図
【図13】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体のかさ密度変化を示す図
【図14A】仮焼温度800℃におけるバナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体のSEM写真
【図14B】仮焼温度900℃におけるバナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体のSEM写真
【図14C】仮焼温度1000℃におけるバナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体のSEM写真
【図15】バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の平均粒子径を示す図
【図16】異なるバナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムの格子定数変化( Ca/(P+V)モル比=1.5)
【図17】異なるバナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体のX線回折図( Ca/(P+V)モル比=1.5)
【図18】異なるバナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の曲げ強度を示す図異なるバナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の体積収縮率変化を示す図( Ca/(P+V)モル比=1.5)
【図19】異なるバナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の開気孔率およびかさ密度の変化を示す図( Ca/(P+V)モル比=1.5)
【図20】異なるバナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体のSEM写真( Ca/(P+V)モル比=1.5)
【図21】実施例1で作製したβ‐TCPおよびバナジン酸イオン固溶β‐TCP焼結体と各陰性または陽性対照物質におけるIC50値を示す図
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本件発明の実施の形態について、添付図面を用いて説明する。なお、本件発明は、これら実施形態に何ら限定されるべきものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において、種々なる態様で実施し得る。
<<実施形態>>
<実施形態:概要>
【0022】
バナジン酸イオンを固溶したβ-TCPからなる生体用セラミックス、及びその焼結体について説明する。
<実施形態:構成>
【0023】
本発明の生体用セラミックスとは、事故や病気などにより欠損、喪失した歯や骨などの生体硬組織の置換材料として用いられるものであって、バナジン酸イオン(VO43-)が後述する形態でPO43−と置換固溶したβ-TCPからなる生体用セラミックスであればその形状は特に限定しない。粉体、顆粒体、膜状のものや、多孔体、緻密体などの焼結体が該当する。また、固溶とは、2種類以上の元素が互いに溶け合い、全体が均一の固相になることをいい、焼結体とは融点より低い温度で加熱して固化したものをいう。
【0024】
(1)固溶形態
【0025】
本発明に係るβ-TCPは、結晶中のリン酸イオン(PO43-)をバナジン酸イオン(VO43-)で置換固溶したものである。β-TCPの機械的強度は、その結晶構造、結晶性(粒子サイズなど)に影響を受けるため、結晶中の所定量のリン酸イオン(PO43-)をバナジン酸イオン(VO43-)で置換固溶することにより、当該β-TCPからなる生体用セラミックスの機械的強度を制御する。
【0026】
図1にa軸及びb軸に平行な面におけるβ-TCPの結晶構造を示す。CaとPO4四面体からなる、結晶学的に独立なA(0101)とB(0102)の2本のカラムがc軸に平行に存在している。菱面体晶系に属し、格子定数は六方格子設定で、a=1.0439nm、c=3.7375nmである。図2にAカラムとBカラムのそれぞれのc軸方向の結晶構造を示す。AカラムはPO4(1)−Ca(4)−Ca(5)−PO4(1)−空孔−Ca(5)の繰り返しであり、c軸上に存在する。またBカラムは、PO4(3)−Ca(1)−Ca(2)−Ca(3)−PO4(2)−PO4(3)−Ca(1)−Ca(2)−Ca(3)−PO4(2)の繰り返しであり、このカラムの3つのCaサイトはc軸上にのらず、折れ線を形成する。つまり、β-TCP中の単位格子中には結晶学的に独立したPO4サイトは3種類あり、Caサイトは5種類ある。下記表1に、β-TCP中の単位格子中の各PO4サイトの割合を示す。
[表1]
【0027】
本発明にかかるバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPは、表1のいずれかのPO4サイトがバナジン酸イオン(VO43-)に置換されたものである。
【0028】
なお、後述するとおり、機械的強度が許す範囲であればバナジン酸イオン固溶率は低く設定するのが好ましい。具体的には、2.5mol%である。これは実施例2及び図11(a)で後述するように、バナジン酸イオン(VO43-)添加量が2.5mol%のバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPの焼結体において、ヒトの緻密骨と同程度の十分な曲げ強度を有するためである。
【0029】
(2)バナジン酸イオン(VO43-)
【0030】
バナジウムは生体微量必須元素である。多原子性、金属性および非金属性を帯びるため非常に性質が複雑で、空気中で金属結晶を加熱すると酸化が進行し、その程度によってさまざまなの色を示す(褐色(V2O)、灰色(V2O2)、黒色(V2O3)、暗青色(V2O4)、トウ赤色(V2O5))。バナジウムは、その化合物において5価、4価、3価および2価の状態で存在する。これらの中では、五酸化物とバナジン酸塩が最も一般的であり、酸化物では原子価の低さにともない塩基性が強く、原子価が高くなるにしたがい酸性が強くなる。ヒヨコやラットでは、バナジウムの必須性が証明されているが、人ではまだ確定していない。4価や5価のバナジウムイオンをラットに与えると、両者とも腎臓、血清、肝臓、血液や肺に添加したバナジウムが堆積する。各組織中において70-80%以上は4価バナジウムイオンとして存在する。血液中のバナジウムは、グルタミン酸、システインおよびグリシンの3個のアミノ酸が連結したトリペプチドであるグルタチオンにより還元された後に4価バナジウムイオンとしてトランスフェリンに結合して20%は血球中に取り込まれる。細胞内のバナジウムは、ミトコンドリア、細胞質液、核、小胞体の順に濃度が低下する。バナジウムが特定の組織に蓄積することは明らかにされていないが、うつ病患者の血漿中のバナジウム濃度は健常人の約2倍となることが報告されている。
【0031】
バナジウムは生物学的に注目された金属ではなかったが、1977年に5価のバナジウムイオンがNa+、 K+-ATPaseを特異的に阻害することが報告されてからは、多くの注目を集めており、1987年には5価バナジウムイオンを飲料水に混ぜて飲用すると、実験糖尿病ラットの血糖値が正常に回復することが報告された。生体内においてバナジウムは3価(V3+イオン)、4価(VO2+イオン)または5価(VO3-イオン)の状態で存在するが、インスリンと同じ作用があるバナジウムは4価のバナジウムであると考えられている。また、4価のバナジウムは、3価や5価のバナジウムにくらべて毒性が低いため、最近の薬品開発研究では4価バナジウムがよく用いられている。さらにバナジウムが錯体を形成した、上記のインスリン類似作用を持った活性型のバナジウムも存在する。
【0032】
バナジウムは上に記したようにバナジン酸塩の状態でNa+、 K+-ATPaseを特異的に阻害すると同時に、Caにおける細胞膜の物質輸送に関するchannel、exchanger、ATPaseの働きを活性化させる。Ca-ATPase活性が抑制され、それにともない細胞内遊離Ca濃度が上昇してCaの細胞外への流出が増加する。また、バナジウムはグルコースの輸送を促進するが、これも細胞内Caレベルの上昇によるものと考えられている。このことから、骨構成細胞に影響して骨形成を促進することが示唆される。
【0033】
また、バナジウムは骨や歯の石灰化も促進する。これはバナジウムがインスリン様成長因子(insulin-like growth factors 以下:IGFs )の活性化を促進するためだと考えられている。IGFsにはI型(IGF-I)とII型(IGF-II)があり、胎生期にはII型が優位に発現するが、生後の成長および発達期においてはI型がより重要な役割を果たすと考えられている。I型は成長ホルモン依存性でおもに肝臓で産生されているが、骨組織では骨芽細胞によって産生され、autocrine/paracrineのように局所的に作用する以外にも骨基質中に多量に蓄積されている。IGFsには未分化の骨芽細胞の増殖を促進する、成熟した骨芽細胞の基質産生能を高める、骨芽細胞のアポートシスを抑制して成熟骨芽細胞の数を維持するなどの作用がこれまでに報告されている。骨形成には骨芽細胞による骨基質の沈着と石灰化が必要である。また、ヒトにおいて加齢にともなう血中I型濃度の減少や高齢者における血中I型濃度と骨密度の正相関が報告されている。これらのことから、I型は老化にともなう骨芽細胞の異常や骨形成能低下に深く関与している成長因子であり、バナジウムは骨芽細胞の活性化に重要なファクターであると言える。
【0034】
但し、バナジウムは生体にとって毒性を示す可能性も報告されている。従って、本発明の生体用セラミックスへの固溶は、バナジウムの骨細胞活性効果と、バナジン酸イオン固溶による生体用セラミックスの機械的強度の向上と、バナジウムの毒性とのバランスを考慮する必要がある。よって、機械的強度が許す範囲であればバナジウム濃度は低く設定するのが好ましい。
【0035】
(3)バナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPの合成
【0036】
本発明に係るバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPの合成は既存の方法に従い、固相反応による乾式法と、水溶液反応による湿式法のどちらでもよいが、不純物相の生成を抑制できる点で、乾式法が好ましい。例えば、既存の方法に従い、リン酸水素カルシウム二水和物(CaHPO4・2H2O)と、炭酸カルシウム(CaCO3)を出発原料として用い、バナジン酸アンモニウム(NH4VO3)を乾式混合し、得られた混合物を焼成して生成される。一例を図3に示す。Ca/(P+V)が所定値(所定範囲)となる割合で、1時間乾式混合(S0301)する。これを昇温速度3℃/min、焼成温度1000℃、保持時間12時間、大気雰囲気中の条件下で焼成する(S0302)。続いて再度1時間の乾式混合を行う(S0303)。そして再度、昇温速度3℃/min、焼成温度1000℃、保持時間12時間、大気雰囲気中の条件下で焼成し(S0304)、得られた焼成体が本発明に係るバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPとなる。
【0037】
なお、後述する実施例1において評価されるバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPは、図3に示す方法で合成されたものである。
【0038】
(4)バナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPの焼結
【0039】
本発明に係るバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPの焼結は既存の方法に従い行えばよい。一例を図4に示す。Ca/(P+V)が所定値(所定範囲)となる割合で、リン酸水素カルシウム二水和物(CaHPO4・2H2O)と、炭酸カルシウム(CaCO3)と、バナジン酸アンモニウム(NH4VO3)をボールミルで48時間湿式混合する(S0401)。溶媒としてエタノールなどの有機溶媒を用いる。その後、エバポレータなどを用いて溶媒を除去する(S0402)(混合工程)。溶媒除去後の混合体を再度溶媒に入れて粉砕し(S0403)、その後再度溶媒を除去する(S0404)(粉砕工程)。ここで得られた粉体を一軸加圧成型して成型体を作成し(成型工程)(S0405)、当該成型体を焼成し(焼成工程)(S0406)、焼結体を得る。ここで、一軸加圧成型(S0405)は、32MPaで1分間加圧する。使用する金型は45mm×20mmである。また、焼成(S0406)は、昇温速度3℃/min、焼成温度1100℃、保持時間24時間、大気雰囲気中の条件下で行う。
【0040】
なお、図5に示すように、ボールミルで湿式混合し(S0501)、溶媒を除去(S0502)した後、仮焼工程(S0503)を行ってもよい。また、一軸加圧成型(S0506)後にCIP成型工程(S0507)を行ってもよい。当該仮焼工程(S0503)は、昇温速度3℃/min、焼成温度800℃〜1000℃、保持時間5時間、大気雰囲気中の条件下行う。また、CIP成型工程(S0507)は200MPaで1分間加圧成型する。下記実施例2で後述するように、仮焼工程における仮焼温度の違いにより、焼結性及び焼結体の機械的強度に明らかな差異が見られるため、仮焼工程を行うことによりこれらを調整することが可能である。また、CIP成型工程により、より均一な焼結体の製造が可能である。
【0041】
なお、後述する実施例2において評価されるバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP焼結体は、図5に示す方法で合成されたものである。
【0042】
細胞毒性試験については、「医療用具の製造(輸入)承認申請に必要な生物学的安全性試験の基本的考え方について」(平成15年2月13日、医薬審発第0213001号)、「Biological Evaluation of Medical Devices-Part 1: Evaluation and Testing」(ISO 10993-1、 August 1、 2003)、「生物学的安全性試験の基本的考え方に関する参考資料について」(平成15年3月19日、医療機器審査No. 36)および「Biological Evaluation of Medical Devices-Part 5: Tests for In Vitro Cytotoxicity」(ISO 10993-5)に準拠して実施し、チャイニーズ・ハムスター肺由来のV79細胞を用いた培地抽出法によるコロニー形成試験法を用いて細胞毒性を評価した。
【0043】
細胞毒性試験に用いたV79細胞の細胞培養については、ウシ胎児血清を10vol%含むEagle's MEM培地(MEM10培地)を用いて、CO2インキュベーター(CO2濃度5%、37℃)内で培養した。一方、培地抽出液を用いた細胞毒性試験の場合は、ウシ胎児血清(5vol%)およびピルビン酸ナトリウム(1.0mmol dm-3)を含むEagle's MEM培地(M05培地)を使用した。
【0044】
β‐TCPおよびバナジン酸イオン固溶β‐TCP焼結体と陰性対照材料(高密度ポリエチレンフィルム)、陽性対照材料A[0.1% zinc diethyldithiocarbamate(ZDEC)含有ポリウレタンフィルム]、および陽性対照材料B(0.25%ZDBC含有ポリウレタンフィルム)とをあらかじめ高圧蒸気滅菌(121℃、15分間)した。滅菌後、それぞれ0.1g・cm-3の濃度となるようにM05培地をくわえ、CO2インキュベーター(CO2濃度5%、37℃)内で24時間静置したものを100%培地抽出原液にした。抽出終了後すみやかに培地抽出原液を新しいM05培地で希釈し、濃度の異なる試験液を調製した。V79細胞濃度を103個・cm-3に調整し、この細胞懸濁液0.1cm3を2.0cm3のM05培地中に分注した。24時間後にウェル内の培地を除去し、各濃度の試験液または新鮮なM05培地2.0cm3と交換し、さらに6日間培養後、培地除去とメタノール固定を行い10vol%ギムザ液で染色した。
【0045】
ウェル当たりのコロニー数を計測し、コントロール(M05培地100%)と比較し、各処理群の相対コロニー形成率(陰性対照のコロニー数の平均値を100%とした時の各濃度におけるコロニー数の平均値を百分率で示した数)を算出してIC50値(コロニー形成率が50%の時の抽出液濃度)を求めた。また、播種した細胞数と実際に形成されたコロニー数の平均値から、陰性対照群でのコロニー形成能も算出した。
【0046】
一方、細胞の感度および実験条件の精度を確認するために陽性対照物質としてZDBCを、陰性対照物質としてDMSOを用いて上記と同様の方法で陰性対照(DMSO 0.5vol%)に対する各処理群の相対コロニー形成率も算出してIC50値を求めた。
【0047】
また、細胞毒性試験後試験成立条件として、1)陰性対照群でのコロニー形成能が良好(0.8以上)、2)陰性対照材料の100%抽出液でのコロニー数が陰性対照群と同程度(相対コロニー形成率が80%以上)、3)陽性対照材料AのIC50値が7%未満および陽性対照材料BのIC50値が80%未満、4)陽性対照物質(ZDBC)のIC50値が1〜5μg・cm-3の範囲内であることを確認した。
【0048】
作製したβ‐TCPおよびバナジン酸イオン固溶β‐TCP焼結体と各陰性または陽性対照物質におけるIC50値を図21に示す。図21に示すように評価した各焼結体におけるIC50値はすべて100%であった。この結果は、バナジン酸イオンを添加したすべての焼結体は、β‐TCP(バナジン酸イオン添加量0mol%)と同様に細胞毒性がないことを示している。したがって、(本実施例の組成で作製した)バナジン酸イオン添加β‐TCP焼結体は、バナジン酸イオン添加量に関わらず、細胞毒性が無いことが明らかになった。
<実施形態:効果>
【0049】
本発明の生体用セラミックスは、β型リン酸三カルシウム単体の焼結体の略4〜5倍の機械的強度、つまりヒトの緻密骨の曲げ強度(約180MPa)と同等の有す。また、固相法(乾式法)を用いて低温相のβ型リン酸三カルシウムにバナジン酸イオン(VO43-)を固溶させるため、製造条件の厳密な制御、熟練した技術、高温処理を必要としない。更には、常圧焼結法により焼結体を得られるため、特別な雰囲気や装置を必要としない。つまりは、既存の設備での製造が可能であるため、低コスト生産が可能である。
【実施例1】
【0050】
バナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPの評価
【0051】
図3に示す方法により合成したバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP(以下、単に「試料」とする)について、X線回折、FT−IR、格子定数変化の試験を行った。なお、下記表2に本実施例のバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP合成時の原料配合比と、表3に乾式混合時のバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP合成時の原料配合量を示す。
[表2]
[表3]
【0052】
(1)X線回折
【0053】
リガク製RAD-2C型X線回折装置を用いて、試料の結晶相の同定を行った。測定条件は、ターゲット:Cu、 走査範囲(2θ):10-60°、 スキャンステップ:0.020°、 スキャンスピード:8°/min、 使用管電圧:40kV、 使用管電流:30mA、である。
【0054】
図6に得られたX線回折図を示す。全ての試料においてX線回折ピークとβ-TCP回折ピークが一致し、副生成物は確認されたかった。よって、試料はβ-TCP単相であることがわかる。
【0055】
(2)FT−IR
【0056】
日本分光製FT/IR-230型フーリエ変換型赤外分光光度計を用いて定性分析を行った。測定範囲は、400-4000cm−1、積算回数は68回である。試料の測定はKBrを用いた拡散反射法により行い、試料とKBrの混合重量比は試料1に対し、KBrが約20の比率である。
【0057】
図7に得られたFT-IRスペクトルを示す。β-TCPのFT-IRスペクトルでは一般的に945cm-1(ν1)、432cm-1(ν2)、1010cm-1(ν3)、550cm-1(ν4)付近にPO43-イオンの4つの基準振動の吸収が認められ、ここでν1とν3は伸縮振動、ν2とν4は変角振動である。また、β-TCP作製時に副生成物として生成するピロリン酸カルシウム(Ca2P2O7)と水酸アパタイト(HAp)のFT-IRスペクトルにおいて、Ca2P2O7の場合はその分子中のP2O7基に起因する吸収が710cm-1付近に、HApの場合は3570cm-1にO-H伸縮振動、633 cm-1にO-H面外変角振動に帰属する吸収が現れる。図7では、710cm-1付近にCa2P2O7分子中のP2O7基に帰属する吸収およびHApのOH基に帰属する3570cm-1と633 cm-1の吸収がないことから、副生成物としてCa2P2O7やHApがすべての試料において生成していないことがわかり、これは図6に示したX線回折図の結果と一致した。また、VO43-イオン無添加β-TCPと比較すると、VO43-イオンを添加した試料では850cm-1付近にVO43-イオン変角振動帰属の吸収を確認した。この結果は、β-TCPのPO4サイトに添加したVO43-イオンが固溶したことを示唆した。
【0058】
(3)格子定数
【0059】
格子定数を算出した結果を表4及び図8に示す。格子定数の測定方法は回転対陰極型X線回折装置(RINT-1500、リガク製)を使用し、内部標準法により、次の条件で格子定数の精密化を行った。ターゲット:Cuモノクロメーター使用、 管球電流:200mA、 管球電圧:40kV、 走査速度:1°/min、 回折角度:25-70°。
【0060】
β-TCPと内部標準試料であるSi素粉末(純度99.99%、三津和化学製)を重量比4:1の割合で秤量と混合を行い、これを測定試料とした。測定試料を上記の条件で標準測定を行い、えられたβ-TCPの回折線(2 0 10)、(2 1 8)、(2 2 0)、(3 2 8)、(2 0 20)およびSiの回折線(1 1 1)、(2 2 0)、(3 1 1)、(4 0 0)について付属ソフトウェアによって最適な条件下で予備測定を行い、ピークトップ法を用いた内部標準法で角度補正を行った後、最小二乗法により格子定数の精密化を行った。
[表4]
【0061】
格子定数は、VO43-イオン添加量の増加にともないa軸、c軸ともに増加し、VO43-イオン添加量2.5mol%までa軸、c軸ともに右肩上がり増加し、β-TCP構造のリン酸サイトにバナジン酸イオン(VO43-)が、固溶することを明らかにした。後述する実施例2(6)曲げ強度で示すように、VO43-イオン添加量2.5mol%の焼結体において十分な曲げ強度が確認できるため、バナジン酸イオン(VO43-)の含有量は少量でもその効果は十分であることが示唆された。また、添加したバナジン酸イオン(V5+)が得られたβ-TCP中でバナジウムイオン(V3+)として固溶した場合の格子定数も測定しており、それらの変化挙動は明らかに異なる。さらに得られた生成物の外観色にも変化があり、バナジン酸イオンとして固溶した場合には白色であるが、バナジウムイオン(V3+)として固溶した場合にはうすい黄緑色−黄色などの着色が起こる。
【実施例2】
【0062】
バナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP焼結体の評価
【0063】
図5に示す方法により得られたバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP焼結体(以下、単に「焼結体」とする)について、X線回折、体積収縮率、曲げ強度、開気孔率、かさ密度の試験を行った。合わせて平均粒子径の算出を行った。なお、これらは全て図5中の仮焼工程(S0503)における仮焼温度が800℃、900℃、1000℃の場合のそれぞれについて行った。また、下記本実施例における焼結体は、上記表2に示す原料配合比及び表3に示す原料配合量に従って製造されたものである。
【0064】
(1)X線回折
【0065】
実施例1と同じ条件下で行った。図9は、仮焼温度800℃、900℃、1000℃におけるX線回折図を示す。全ての仮焼温度において、バナジン酸イオン(VO43-)の添加量にかかわらず、副生成物は確認されず、焼結体はβ-TCP単相であることがわかる。
【0066】
(2)体積収縮率
【0067】
図5における焼成工程(S0508)の前後で、試料のサイズを測定して、焼結体の体積収縮率を測定した。図10は、各仮焼温度におけるバナジン酸イオン(VO43-)添加量に伴う体積収縮率変化を示す。全ての仮焼温度において、バナジン酸イオン(VO43-)の添加量増加に伴い体積収縮率が増加した。また、仮焼温度800℃の場合が最も体積収縮率が大きく、仮焼温度1000℃の場合が最も体積収縮率が小さかった。これにより、バナジン酸イオン(VO43-)を添加し、さらに仮焼温度を低くすることにより焼成により焼結体がより緻密化することが示唆された。
【0068】
(3)曲げ強度
【0069】
JIS R 1601に基づいて、オートグラフ(AG-1、島津製作所製)を用いて試験を行った。測定条件は、支点間距離:30mm、 クロスヘッド速度:0.5mm/min、 焼結体サイズ:3.0mm×4.0mm×36mm、 試験温度:室温、 大気雰囲気中、である。なお、測定に使用した焼結体は、表面研磨機により研磨及び面取りを行った。また、曲げ強度はJIS R 1601に基づいて、σ=3PL/2wt2により算出した。σは三点曲げ強度(MPa)、Pは焼結体が破壊した時の最大荷重(N)、Lは支点間距離(mm)、wは焼結体の幅(mm)、tは焼結体の厚さ(mm)である。試験はそれぞれ5本の焼結体で行い、その平均値をとった。
【0070】
図11(a)に各仮焼温度におけるバナジン酸イオン(VO43-)添加量に伴う曲げ強度変化を示す。また、(b)に仮焼温度1000℃におけるバナジン酸イオン(VO43-)、及び当該バナジン酸イオンに代えて各種金属イオン(1価陽イオン:ナトリウムイオンNa+、2価陽イオン:マグネシウムイオンMg2+、3価陽イオン:バナジウムイオンV3+)を添加した場合の、それぞれの添加量に伴う曲げ強度変化を示す。当該焼結体の製造方法は図5に従う。
【0071】
図11(a)において、全ての仮焼温度において、バナジン酸イオン(VO43-)の添加量増加に伴い曲げ強度も増加した。また仮焼温度900℃、バナジン酸イオン(VO43-)添加量2.5mol%の場合が曲げ強度の平均値が113MPaとなり、最大を示した。セラミックスは一般に脆性破壊するため、表面の状態やクラックなどでも強度のバラツキの要因となるが、個々の曲げ強度を見ると、最大値175MPaを示した試料が存在し、著しく曲げ強度の高いものを作製することができることを認めた。また、図11(b)より他の金属イオンの場合と比較してバナジン酸イオン(VO43-)添加による曲げ強度の増加が著しく大きいことがわかる。よって、バナジン酸イオン(VO43-)固溶による焼結体の曲げ強度増加効果が示された。
【0072】
(4)開気孔率
【0073】
開気孔率及び下記(5)かさ密度は、アルキメデス法により測定した。溶媒にはイオン交換水を用いた。開気孔率:P0 (%)=((W3-W1)/(W3-W2))×100より算出した。ここで、W1は試料の乾燥重量、W2は飽水試料の水中重量、W3は飽水試料の空中質量、Sは水の密度(1.0 g/cm3)である。
【0074】
図12に各仮焼温度におけるバナジン酸イオン(VO43-)添加量に伴う開気孔率変化を示す。全ての仮焼温度において、バナジン酸イオン(VO43-)の添加量増加に伴い開気孔率が減少した。また、仮焼温度1000℃と比較して仮焼温度800℃及び900℃の方が、開気孔率が低かった。よって、バナジン酸イオン(VO43-)固溶により、開気孔率の少ない焼結体の製造が可能であることが示された。また仮焼温度を低くすることにより焼結体の開気孔率を低下できることが示された。
【0075】
(5)かさ密度
【0076】
かさ密度:Db (g/cm3)=(W1/W3-W2))×Sで算出した。ここで、W1は試料の乾燥重量、W2は飽水試料の水中重量、W3は飽水試料の空中質量、Sは水の密度(1.0 g/cm3)である。
【0077】
図13に各仮焼温度におけるバナジン酸イオン(VO43-)添加量に伴うかさ密度変化を示す。全ての仮焼温度において、バナジン酸イオン(VO43-)の添加量増加に伴いかさ密度が増加した。また、仮焼温度1000℃と比較して仮焼温度800℃及び900℃の方が、かさ密度が高かった。よってバナジン酸イオン(VO43-)固溶により、焼結体のかさ密度が増加することが示された。また仮焼温度を低くすることにより焼結体のかさ密度を増加できることが示された。
【0078】
(6)平均粒子径
【0079】
図14A、B、Cにそれぞれ仮焼温度800℃、900℃、1000℃における焼結体の微構造撮影を行ったSEM写真を示す。それぞれバナジン酸イオン(VO43-)添加量に伴う焼結体の微構造変化を示す。また、図15に、当該SEM写真に基づいてインターセプト法により算出した焼結体の平均粒子径変化を示す。図14AとC及び図15より、全ての仮焼温度において、バナジン酸イオン(VO43-)の添加量増加に伴い焼結体が緻密化し、焼結体組織を構成している粒子径も微細化していることが示され、これは上記(2)、(4)、(5)の試験結果と一致する。また、仮焼温度1000℃と比較して仮焼温度800℃及び900℃の方が、緻密化していることも上記(2)、(4)、(5)の試験結果と一致する。
【0080】
(7)まとめ
【0081】
以上より、バナジン酸イオン(VO43-)を固溶させることによって、β-TCPの焼結性を促進し、焼結体の曲げ強度が向上することが示唆された。また、少量(約2.5mol%)のバナジン酸イオンで、十分な効果を相することも示唆された。更には、同様な固溶体製造の実験においても他の金属イオンの固溶と比較して、バナジン酸イオンを固溶した場合の効果が著しく大きいことも示唆された。
【実施例3】
【0082】
バナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCPの評価(Ca/(P+V)モル比=1.50の調合組成)
【0083】
図3に示す方法により合成したバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP(以下、単に「試料」とする)について、X線回折、FT−IR、格子定数変化の試験を行った。なお、下記表5に本実施例のバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP合成時の原料配合比を示す。
[表5]
【0084】
(1)格子定数
【0085】
実施例1と同じ条件下で行った。作製した試料における格子定数値を図16に示す。図に示したようにCa/(P+V)モル比=1.50の条件で作製した試料の格子定数は、a軸およびc軸ともにバナジン酸イオン(VO43-)添加量の増加にともない直線的に増加した。これは、VO43-イオンがβ-TCP構造中のPO4サイトに置換し、置換型固溶体を形成することを示している。また、得られた試料の外観色はすべて白色であったことからも、PO4サイトにVO43-イオンが固溶していることを裏付けた。
【実施例4】
【0086】
バナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP焼結体の評価(Ca/(P+V)モル比=1.50の調合組成)
【0087】
図5に示す方法により得られたバナジン酸イオン(VO43-)固溶β-TCP焼結体(以下、単に「焼結体」とする)について、X線回折、曲げ強度、開気孔率、かさ密度の試験を行った。なお、これらは全て図5中の仮焼工程(S0503)における仮焼温度が900℃の場合について行った。また、下記本実施例における焼結体は、上記表5に示す原料配合比に従って製造されたものである。
【0088】
(1)X線回折
【0089】
実施例1と同じ条件下で行った。図17は、仮焼温度900℃および焼結温度1100℃におけるX線回折図を示す。X線回折図形の回折ピークは、VO43-イオン添加量の増加にともない低角度側にシフトし、次第にCa3(VO4)2のX線回折パターンに近似し、100mol%でCa3(VO4)2の回折パターンと一致した。また、作製したすべての焼結体において副生成物の生成も確認できなかった。これらのことから、β-TCPのリン酸サイトに対してバナジン酸イオン(VO43-)の添加量を0mol%〜100mol%変えて作製した焼結体の結晶相は、β-TCPおよびその固溶体とCa3(VO4)2であることが明らかになった。
【0090】
(2)曲げ強度
【0091】
実施例2と同じ条件下で行った。作製したバナジン酸イオン固溶β‐TCP焼結体のバナジン酸イオン添加量に対する曲げ強度変化を図18に示す。図18に示すように作製した焼結体の曲げ強度は、バナジン酸イオン添加量2〜3mol%程度までバナジン酸イオン添加量の増加にともない増加し、β‐TCP焼結体(バナジン酸イオン添加量0mol%)に比べて向上した。
【0092】
(3)開気孔率およびかさ密度
【0093】
作製した焼結体のかさ密度および開気孔率をアルキメデス法を用いて測定し、その結果を図19に示す。図19に示すように焼結体のかさ密度および開気孔率は、VO43-イオンの添加(固溶)により、バナジン酸イオン添加量3.0mol%程度までそれぞれ増加および減少した。
【0094】
(4)焼結体の微構造観察
【0095】
作製した焼結体を鏡面研磨後にサーマルエッチング(1000oC、5時間)して、微構造観察を走査型電子顕微鏡(SEM VE-7800、KEYENCE)を用いて行った。なお、試料の表面には帯電防止のためにAuスパッタをして観察した。
【0096】
図20には、作製した焼結体をサーマルエッチングした後にSEMにより観察した焼結体の微構造観察結果を示す。β-TCP焼結体に比べてVO43-イオンが2〜3mol%固溶することにより、気孔の数が減少した。また、VO43-イオンの添加(固溶)により粒子径が増加していることも確認した。これらの結果は、上記のかさ密度および開気孔率測定結果と一致し、VO43-イオンの添加(固溶)添加にともない、焼結体の焼結性が向上して緻密化が促進し、また高密度および高強度のβ-TCP焼結体が作製可能であることも示している。
【0097】
(5)まとめ
【0098】
以上より、Ca/(P+V)モル比=1.50の調合組成においても、バナジン酸イオン(VO43-)をリン酸サイトに固溶させることによって、β-TCPの焼結性を促進することが示唆された。また、この場合、リン酸イオンに対して20mol%までのバナジン酸イオンの置換で、十分な効果を発揮することも示唆された。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックス。
【請求項2】
リン酸イオン(PO43-)に対して20mol%以下のバナジン酸イオン(VO43-)を固溶した請求項1に記載のβ型リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックス。
【請求項3】
リン酸水素カルシウム二水和物と炭酸カルシウムとバナジン酸アンモニウムを乾式混合し、得られた混合物を焼成して合成される請求項1または2のいずれか一に記載のβ型リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックス。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一に記載のβ型リン酸三カルシウムの焼結体からなる生体用セラミックス。
【請求項5】
請求項1から3のいずれか一に記載の生体用セラミックスであって、その性状が粉体である生体用セラミックス。
【請求項6】
請求項1から3のいずれか一に記載の生体用セラミックスであって、その性状が顆粒体である生体用セラミックス。
【請求項7】
請求項1から3のいずれか一に記載の生体用セラミックスであって、その性状が膜状である生体用セラミックス。
【請求項8】
リン酸水素カルシウム二水和物と炭酸カルシウムとバナジン酸アンモニウムとを湿式混合した後、得られた混合物から溶媒エタノールを除去する混合工程と、
混合工程で得られた混合体を溶媒中で粉砕した後、前記溶媒を除去する粉砕工程と、
粉砕工程で得られた粉体を一軸加圧成型して成型体を作成する成型工程と、
成型工程で得られた成型体を焼成する焼成工程と、
を有する請求項4に記載のβ型リン酸三カルシウム焼結体を製造するβ型リン酸三カルシウム焼結体製造方法。
【請求項1】
バナジン酸イオン(VO43-)を固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックス。
【請求項2】
リン酸イオン(PO43-)に対して20mol%以下のバナジン酸イオン(VO43-)を固溶した請求項1に記載のβ型リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックス。
【請求項3】
リン酸水素カルシウム二水和物と炭酸カルシウムとバナジン酸アンモニウムを乾式混合し、得られた混合物を焼成して合成される請求項1または2のいずれか一に記載のβ型リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックス。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一に記載のβ型リン酸三カルシウムの焼結体からなる生体用セラミックス。
【請求項5】
請求項1から3のいずれか一に記載の生体用セラミックスであって、その性状が粉体である生体用セラミックス。
【請求項6】
請求項1から3のいずれか一に記載の生体用セラミックスであって、その性状が顆粒体である生体用セラミックス。
【請求項7】
請求項1から3のいずれか一に記載の生体用セラミックスであって、その性状が膜状である生体用セラミックス。
【請求項8】
リン酸水素カルシウム二水和物と炭酸カルシウムとバナジン酸アンモニウムとを湿式混合した後、得られた混合物から溶媒エタノールを除去する混合工程と、
混合工程で得られた混合体を溶媒中で粉砕した後、前記溶媒を除去する粉砕工程と、
粉砕工程で得られた粉体を一軸加圧成型して成型体を作成する成型工程と、
成型工程で得られた成型体を焼成する焼成工程と、
を有する請求項4に記載のβ型リン酸三カルシウム焼結体を製造するβ型リン酸三カルシウム焼結体製造方法。
【図17】
【図18】
【図19】
【図21】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14A】
【図14B】
【図14C】
【図15】
【図16】
【図20】
【図18】
【図19】
【図21】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14A】
【図14B】
【図14C】
【図15】
【図16】
【図20】
【公開番号】特開2010−284506(P2010−284506A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−48297(P2010−48297)
【出願日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名 : 無機マテリアル学会 刊行物名 : 無機マテリアル学会第117回学術講演会 講演要旨集 発行年月日 : 2008年11月13日
【出願人】(598163064)学校法人千葉工業大学 (101)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名 : 無機マテリアル学会 刊行物名 : 無機マテリアル学会第117回学術講演会 講演要旨集 発行年月日 : 2008年11月13日
【出願人】(598163064)学校法人千葉工業大学 (101)
【Fターム(参考)】
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