説明

ヒアルロン酸ゲルの製造方法及びそれを含有する医用材料

【課題】 化学的架橋剤や化学修飾剤を必ずしも使用しなくてもよい難水溶性の透明性を有するヒアルロン酸ゲルを明らかにする。
【解決手段】 ヒアルロン酸と、ヒアルロン酸濃度5質量%以上にする水、及びヒアルロン酸のカルボキシル基と等モル以上の酸成分とを共存させ、該共存状態を保持することを特徴とするヒアルロン酸ゲルの製造方法を用いる。この製造方法は、ヒアルロン酸濃度を5〜18質量%にする水、及びヒアルロン酸のカルボキシル基と等モル以上の酸成分とを共存させ、該共存状態を−10℃〜30℃の温度で、且つ水分が凍結しない温度に保持することによりヒアルロン酸ゲルを形成することを特徴とするヒアルロン酸ゲルの製造方法であってもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な透明性を有するヒアルロン酸ゲルの製造方法、及びその生体適合性の良好な医用材料に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒアルロン酸は、β−D−N−アセチルグルコサミンとβ−D−グルクロン酸が交互に結合した直鎖状の高分子多糖である。ヒアルロン酸は哺乳動物の結合組織に分布するほか、ニワトリのとさか、連鎖球菌の夾膜などにも存在が知られている。ニワトリのとさか、臍帯等が抽出材料として用いられているほか、連鎖球菌の培養物からも精製物が調製されている。
【0003】
天然のヒアルロン酸は、分子量について多分散性であるが、種及び臓器特異性をもたず、生体に移植または注入した場合であっても優れた生体適合性を示すことが知られている。しかしながら、生体にヒアルロン酸の溶液を適用する場合に生体内滞留時間が比較的短いことなどから、その用途を医用材料へと展開するにあたりヒアルロン酸を多種多様な化学修飾剤で架橋して滞留性を向上させる試みがなされてきた。
【0004】
(1)関節について見てみると、関節液は生体関節において関節軟骨へ栄養を供給するとともに、他に類を見ない優れた潤滑機能とショックアブソーバー機能を有している。その優れた粘弾性機能は関節液中の主成分の一つであるヒアルロン酸に大きく支配されることが明らかになっている。
一般に、変形性関節症、慢性関節リウマチ等の各種関節症の患者関節液中のヒアルロン酸濃度および分子量の分析結果から、正常関節液に比較し、濃度、分子量において低下傾向が認められており、このことが関節液の潤滑作用、関節軟骨表面保護作用の低下に起因する運動機能障害あるいは疼痛症状の発生等と密接な関係があるものと考えられている。
【0005】
これら関節疾患のうち変形性膝関節症に有効な手段として、近年、高分子量ヒアルロン酸溶液を疾患関節部位へ注入する方法が広く採用されてきており(Artz:生化学工業製、平均分子量90万;Hyalgan:Fidia製、平均分子量<50万]、これらに使用されている高純度に精製されたヒアルロン酸は鶏冠由来である。
かかる鶏冠由来のヒアルロン酸は元来生体に存在する物質であるため非常に安全である上、かつ有効な治療効果が得られてはいるものの、通常はその効果を得るには数回〜10回もの頻回投与を必要とする。
【0006】
このような分子量100万以下のヒアルロン酸を用いたウサギ膝関節腔投与後の関節腔内における貯留性試験では、1日〜3日で関節腔から消失する結果となっていることからも頻回投与の必要性が窺える[ブラッド・コアギュレーション・アンド・フィブリノリシス(Blood Coagulation and Fibrinolysis,vol2,173,1991)]。
【0007】
一方、生体内に存在するヒアルロン酸の分子量は、本来数百万〜1千万にも及ぶといわれており、生体内により近い高分子量のヒアルロン酸の方が一層の効果が期待できるとの考えの下、化学架橋剤処理することにより誘導された架橋ヒアルロン酸が膝関節治療剤として開発されている[Hylan:Biomatrix製]。
【0008】
この架橋ヒアルロン酸は上記ウサギ関節腔投与による貯留性試験では20日〜30日もの長期間貯留するといわれている。そのため3回投与で十分な効果が得られたとの臨床試験結果も得られており、現在、関節症治療剤として実用に供されている[ジャーナル・オブ・リウマトロジー(Journal of Rheumatology vol.20,16,1993]。
【0009】
(II)次に塞栓について例を挙げると、塞栓形成による治療は、脈管性疾患、動脈瘤および静脈瘤の奇形のような各種の疾患を処理するのに有効であることが知られている。また、動脈が腫瘍に栄養を供給する流路を閉塞することで腫瘍を治療するのにも有効である。
塞栓形成法を実施するいくつかの方法が提案されている。例えば、一端にバルーンを取り付けたカテーテルを用いるバルーン塞栓形成法が開発されている(W.Takiら、Surg.Neurol,Vol.12,363,1979)。その他、2−ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)モノマーを重合触媒とともにカテーテルを通じバルーンに導入する方法も知られている(W.Takiら、Surg.Neurol.,Vol.13,140,1980)。
【0010】
癌の動脈塞栓療法として、シスプラチン含有キチン(田原等、癌と化学療法、21巻、13号、2225頁、1994年)、シスプラチン担持ポリ(ベンジル1−グルタメート)ミクロスフェア(Li Cら,Parm.Res.,Vol.11(12),1792,1994)、SMANCSとリピオドール懸濁液に塞栓材としてゼラチンスポンジ(中村等、癌と化学療法、22巻、11号、1390頁、1996年)を用いた例などが報告されている。また、化学療法剤の持続注入と組み合わせるのに適した化学塞栓療法材として、ポリ(DL−乳酸)ミクロスフェアの報告もあり(Flandroy Pら,J Control Release,Vol.44(2/3),153,1997)、本療法の繰り返し実施には数日間で生分解する必要性が記載されている。
【0011】
バルーン塞栓形成法は、バルーンがしぼんでしまうため閉塞期間が短く、十分な効果が得られにくいこと、HEMAのようなモノマーを重合する方法では、重合がカテーテル内で起こる可能性があること等問題も多い。また、化学塞栓療法に用いられる塞栓材は、多くが合成材料であり生分解性に乏しく、生体適合性の面で不安が残る。ポリ(DL−乳酸)ミクロスフェアについても、繰り返し投与を考えると生分解性のみで安全性が完全に保証されるものでもない。
ヒアルロン酸は優れた生体適合性を有することから安全性には問題がないものの、ヒアルロン酸溶液を投与しただけでは塞栓は形成されず、また局部での滞留性、貯留性の向上が望まれていた。
【0012】
(III)軟質組織について考えてみると、軟質組織の修復又は膨張のために種々の材料を注入しようという考え方は、皮下注射針の発明後急速に発展してきた。多くの物質が軟質組織や皮膚の矯正のために人体に注入されてきた。そのなかで、液状シリコンの注入が広くおこなわれてきたが、その長期的残留による皮膚潰瘍のような副作用のため最近では、あまり使用されなくなっている。また、コラーゲンの注入が行われてきた。用いられるコラーゲンとしては、架橋剤で化学架橋されたの、繊維状のコラーゲン等さまざまである。架橋された固体コラーゲンの注入には、切開手術が必要であり、整形性や柔軟性にも問題がある。米国特許3949073号に繊維状に整形されたコラーゲンについて記載されている。
【0013】
しかし、その液状成分が吸収されていくために体積減少があり、補充が必要となる。また、注入可能なこのようなタイプのコラーゲンは、免疫物質のような汚染物質の除去が難しく、コスト高となり、諸物性も最適であるとは言えない。
【0014】
ヒアルロン酸を軟質組織注入剤として用いる試みもなされている(Ann.Plast.Surg.,Vol.38,308,1997)。ヒアルロン酸の溶液を用いると体内での吸収が早いことから、軟質組織内での滞留性、貯留性の向上のために、ヒアルロン酸を化学的に架橋することがさまざま試みられている(米国特許第4582865号明細書、特公平6−37575号公報、特開平7−97401号公報、特開昭60−130601号公報)。
そして、例えばハイランBゲルは、フィラフォーム(Hylaform)としてヨーロッパで市販されている(The Chemistry Biology and Medical Application of Hyaluronan and its Derivatives Vol.72,p278,PORTLAND PRESS)。
【0015】
(IV)次に眼球後部特に硝子体と接する網膜について考えると、網膜は眼内空間の後部境界を形成し、水晶体及び毛様体は全部境界を形成している。網膜は二層から成り、硝子体液に直接接触している受容器層は感光性細胞を有し、脈絡膜に隣接する層は色素上皮細胞から成る。受容器層に流体が侵入すると網膜の二層が分離し、網膜剥離が生ずる。
網膜剥離の治療は、例えば光凝固、冷凍凝固等により剥離網膜を色素上皮層及び脈絡膜と接触させる方法により網膜を閉鎖する。接触させる際には、内向きバックルを外側から強膜及び脈絡膜に押しつけたり、硝子体液の容量を高める物質を注入し硝子体液によって網膜に圧力を加えたりする方法が用いられる。
【0016】
後者の場合、十分に再吸収されない出血が起きた後、あるいは網膜剥離に併発する膜の内方向への成長後のような硝子体液を完全にあるいは部分的に手術により取り除く必要がある症例に対し代用硝子体として種々の物質が試みられてきた。
【0017】
このような代用硝子体は、眼球の形態を保持し、ある程度の期間硝子体腔内で網膜を色素上皮に押しつけながら網膜を復位させることを目的とする。
代用硝子体としては、生理食塩水、グリセリン、動物硝子体、空気、種々のガス、ポリビニルアルコール、コラーゲンゲル、シリコンオイル、ヒアルロン酸、及びパーフルオロカーボン等が挙げられるが、現在汎用されている物には空気、六フッ化硫黄等のガス、シリコンオイル、パーフルオロオクタンやパーフルオロデカリン等のパーフルオロカーボン液がある。
【0018】
代用硝子体として用いられる種々のガスは膨張性のガスであり、そのままであるいは空気と混合して用いられ、その有用性については確立されている[American Journal of Ophtalmology,Vol.98,180,1984]。
【0019】
しかしながら、ガスの膨張による眼圧上昇や瞳孔ブロック等の合併症、また角膜内皮への接触による角膜混濁等が引き起こされることがあり、さらに術後の患者はうつむき姿勢を長期間とる必要があることから、患者への負担も大きい。
【0020】
シリコンオイルは、ほとんど吸収されない点を利用してガスよりもさらに長期間眼内空間を保持し、網膜の付着を促進する有効な物質であるが[Retina,Vol.7,180,1987]、網膜の押しつけ効果を得た後に抜き去ることを前提として用いられる。また、白内障、緑内障や眼組織に対する毒性作用等の重大な問題をかかえていると言われている[眼科,Vol.27,1081,1985]。
【0021】
パーフルオロカーボン液を代用硝子体として用いた場合には、増殖性硝子体網膜症、白内障、及び低眼圧等の合併症が認められ、シリコンオイルまたはガス以上の安全性及び有効性に疑問が残るとされている[あたらしい眼科,Vol.12,1053,1995]。
【0022】
ヒアルロン酸は、Balazs[Mod.Probl.Ophtalmol.,Vol.10,3,1972]が眼科領域での適用を報告して以来多くの検討がなされ、現在では眼科手術とくに眼内レンズ挿入術に汎用されている。
ヒアルロン酸は通常生体に存在する物質であり、毒性あるいは免疫反応が生ずる可能性はない。しかしながら、硝子体腔内に注入されると分解されることなく房水に溶解して前房、隅角線維柱網を通して眼外に排出され、眼内空間の保持効果の持続時間が重い網膜剥離の症例の治療には不十分である。
【0023】
ヒアルロン酸を用いた硝子体注入物には、例えば、特開平5−184663号公報に記載されているように、分子量90万以上好ましくは160万〜200万のヒアルロン酸を1.5質量%以上好ましくは2〜2.5質量%を含むものがあるが、眼内空間での貯留性が悪く[日本眼科紀要,Vol.38,927,1987)]、また1.5質量%を越えるこれらの分子量のヒアルロン酸溶液を硝子体内へ注入することは、シリンジへの荷重が大きくなり実用的とはいえない。
【0024】
以上の例のように、ヒアルロン酸の生体内貯留性を向上することが種々の用途に必要とされており、ヒアルロン酸を多種多様な化学修飾剤で架橋することが行われてきた(米国特許第4582865号明細書、特開昭60−130601号公報、特開昭63−281660号公報、特公平6−37575号公報、特公平6−69481号公報、特開平7−97401号公報、特開平9−59303号公報)。また、光架橋性ヒアルロン酸誘導体に紫外線を照射することにより製造された光架橋性ヒアルロン酸ゲルが知られている(特開平8−143604号公報)。
【0025】
しかしながら、このような架橋ヒアルロン酸はもはや本質的にヒアルロン酸そのものではなく、架橋剤を除去するための操作、架橋剤の残留を完全に否定することが難しいことも考慮すると、生体内に適用される物質に望まれる特性のうち、無毒性、無抗原性を無条件に保証することはできない。
【0026】
我々は、架橋剤等を使用しないでヒアルロン酸単独からなる難水溶性ヒアルロン酸ゲルを簡便な方法で製造することを初めて見出した(PCT/JP98/03536号)。しかしながら、それらは、シート状、フィルム状、破砕状、スポンジ状、又は塊状等であり、いずれも透明性を有していなかった。
そこで、難水溶性でかつ透明性を有するヒアルロン酸を含む材料が種々の医療用途で有用であると考え、鋭意検討を行った。
【0027】
ヒアルロン酸自体が本来持っている優れた生体適合性の特長を最大限生かすためには、化学的架橋剤や化学修飾剤を使用しない難水溶性の透明性を有するヒアルロン酸ゲルが要望されるが、それらはいまだ開発されていなかった。
一方、眼科領域特に代用硝子体としてのヒアルロン酸ゲルの使用については、効果の面から透明であることが必要である。そして屈折率が硝子体の屈折率(1.3345〜1.3348;眼科診療プラクティス,Vol.22,p234,1996,文光堂,東京)に近いものほど好ましい。しかしこれらの性能を満たすヒアルロン酸ゲルは開発されていなかった。
【0028】
本発明者らは、架橋剤等を使用しないでヒアルロン酸単独で形成される難水溶性ヒアルロン酸ゲルそれ自体に透明性を付加できればヒアルロン酸ゲルの用途がさらに広がると考え、この点に関して鋭意検討を行った結果、ヒアルロン酸と、ヒアルロン酸濃度5質量%以上にする水、及びヒアルロン酸のカルボキシル基と等モル以上の酸成分とを共存させ、該共存状態を保持することによりヒアルロン酸ゲルが形成されること、また、本発明で得られるヒアルロン酸ゲルは透明性を有する特徴があることを見出した。
【発明の概要】
【0029】
本発明は、下記の要旨を有するものである。
(1)ヒアルロン酸と、ヒアルロン酸濃度を5質量%以上にする水、及びヒアルロン酸のカルボキシル基と等モル以上の酸成分とを共存させ、該共存状態を−10℃〜30℃の温度に保持することによりヒアルロン酸ゲルを形成することを特徴とするヒアルロン酸ゲルの製造方法。
(2)ヒアルロン酸ゲルを形成し、次いで該ゲルを中和に用いる溶液で処理する上記(1)に記載のヒアルロン酸ゲルの製造方法。
(3)ヒアルロン酸濃度を5質量%以上にする水が、ヒアルロン酸濃度を5〜18質量%にする水である上記(1)に記載のヒアルロン酸ゲルの製造方法。
(4)前記酸成分が、0.45〜1mol/リットルの強酸水溶液である、上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載のヒアルロン酸ゲルの製造方法。
(5)上記(1)〜(4)のいずれか1項に記載の製造方法で得られたものであり、中性の25℃の水溶液中で1日での溶解率が50%以下であり、ヒアルロン酸の促進酸加水分解条件下でヒアルロン酸ゲルを処理することで可溶化されたヒアルロン酸が分岐構造を有し、該可溶化されたヒアルロン酸中に、分岐度が0.5以上の分子量フラクションを部分的に含むヒアルロン酸ゲルと、ゲル化されていないヒアルロン酸を含む医用材料。
(6)ヒアルロン酸ゲルが破砕状である上記(5)に記載の医用材料。
(7)医用材料が関節症治療用注入剤である上記(5)または(6)に記載の医用材料。
(8)医用材料が塞栓形成材である上記(5)または(6)に記載の医用材料。
(9)医用材料が軟質組織注入剤である上記(5)または(6)に記載の医用材料。
【0030】
本発明によれば、ヒアルロン酸単独で形成された難水溶性で透明性を有するヒアルロン酸ゲルを提供することができる。かかる本発明のヒアルロン酸ゲルは、架橋剤等を使用していないため生体内に存在する本来のヒアルロン酸の構造を維持しており、安全性及び生体適合性に優れたものであり、関節症治療用注入剤,塞栓形成材,軟質組織注入剤,代用硝子体等の医用材料として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】図1は、実施例10と比較例3のGPCクロマトグラムと各フラクションの分子量を対比したグラフである。
【図2】図2は、比較例3を直鎖状ヒアルロン酸として計算した実施例10の分岐度と分子量の関係を示したブラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下に、本発明を詳細に説明する。
本発明に用いられるヒアルロン酸は、動物組織から抽出したものでも、また発酵法で製造したものでもその起源を問うことなく使用できる。
発酵法で使用する菌株は自然界から分離されるストレプトコッカス属等のヒアルロン酸生産能を有する微生物、又は特開昭63−123392号公報に記載したストレプトコッカス・エクイFM−100(微工研菌寄第9027号)特開平2−234689号公報に記載したストレプトコッカス・エクイFM−300(微工研菌寄第2319号)のような高収率で安定にヒアルロン酸を生産する変異株が望ましい。上記の変異株を用いて培養、精製されたものが用いられる。
【0033】
本発明に用いられるヒアルロン酸の分子量は、約1×10〜約1×10ダルトンの範囲内のものが好ましい。また、上記範囲内の分子量をもつものであれば、より高分子量のものから加水分解処理等をして得た低分子量のものでも同様に好ましく使用できる。
尚、本発明でいうヒアルロン酸は、そのアルカリ金属塩、例えば、ナトリウム、カリウム、リチウムの塩をも包含する概念で使用される。
【0034】
本発明でいうヒアルロン酸単独で形成されたゲルとは、ヒアルロン酸以外に化学的架橋剤や化学的修飾剤等は使用しないこと、また、カチオン性の高分子と複合体化しないことでゲルを形成させることであり、自己架橋したゲルを意味するものである。
一方、ヒアルロン酸への架橋構造の導入やヒアルロン酸の不溶化あるいは難溶化に直接関係しない物質を、本発明でいうヒアルロン酸ゲルを形成させる際に添加することはできる。
また、ヒアルロン酸ゲルを形成させる際に、薬学的又は生理学的に活性な物質を添加して、これらを含有するヒアルロン酸ゲルを形成させることもできるものであり、何ら制限されないものである。
【0035】
本発明でいうヒアルロン酸ゲルとは、中性水溶液に難溶性であることを特徴とする。ここで難溶性とは、中性水溶液による25℃での溶解性を測定した場合、12時間での溶解率が50%以下、好ましくは30%以下であり、さらに好ましくは10%以下であることをいう。
【0036】
本発明でいうヒアルロン酸ゲルとは、三次元網目構造をもつ高分子及びその膨潤体である。三次元網目構造はヒアルロン酸の架橋構造によって形成されている。
【0037】
本発明でいうヒアルロン酸ゲルは、ヒアルロン酸の促進酸加水分解反応条件下でヒアルロン酸ゲルを処理することで分解、可溶化することができる。可溶化されたヒアルロン酸が架橋構造を保持している場合、分岐点を有するヒアルロン酸として高分子溶液論的に直鎖状のヒアルロン酸と区別することができる。
【0038】
本発明でいうヒアルロン酸の促進酸加水分解反応条件としては、水溶液のpH1.5、温度60℃が適当である。ヒアルロン酸のグリコシド結合の加水分解による主鎖切断反応が、中性の水溶液中と比較して、酸性やアルカリ性の水溶液中で著しく促進される。更に酸加水分解反応は、反応温度が高い方が促進される。
【0039】
本発明ではGPC−MALLS法を用い、GPCで分離された分子量フラクションの分子量と分岐度をオンラインで連続的に測定した。本発明では、同一溶出体積のフラクションの可溶化されたヒアルロン酸の分子量と対照となる直鎖状ヒアルロン酸の分子量を比較して分岐度を計算する溶出体積法を使って分岐度の測定を行った。分岐度は可溶化されたヒアルロン酸の高分子鎖1個当たりに存在する分岐点の数であり、可溶化されたヒアルロン酸の分子量に対してプロットされる。このGPC−MALLS法を用いた溶出体積法による分岐度測定についてはPCT/JP98/03536号に述べられている。
可溶化されたヒアルロン酸は、GPC溶媒(0.2mol/l硝酸ナトリウム溶液)で希釈して濃度を調製し、0.2μmのメンブランフィルターでろ過した後測定に供した。
【0040】
本発明でいうヒアルロン酸ゲル中に、ヒアルロン酸の促進酸加水分解条件下でも安定に存在する架橋構造がある場合、可溶化されたヒアルロン酸に分岐構造が高分子溶液論的に確認される。本発明でいうヒアルロン酸ゲルの分岐度は0.5以上である。
また、本発明でいう透明性を有するとは、本発明のヒアルロン酸ゲルを層長10mmの分光光度計用セルに入れ、340nm〜800nmの範囲の可視光に対する透過率を水の透過率を100%として測定した場合、透過率が50%以上、好ましくは70%以上、さらに好ましくは90%以上であることをいう。
【0041】
次に、本発明の透明なヒアルロン酸ゲルは、ヒアルロン酸と、ヒアルロン酸濃度5質量%以上にする水、及びヒアルロン酸のカルボキシル基と等モル以上の酸成分とを共存させ、該共存状態を凍結させないで保持することにより得られる。
【0042】
本発明の酸性に調製するための用いる酸成分の量は、ヒアルロン酸塩の対イオンの種類、ヒアルロン酸の分子量、ヒアルロン酸濃度、並びに生成するゲルの強さ等の諸特性により適宜決められるが、一般にはヒアルロン酸のカルボキシル基と等モル以上の酸成分の量が好ましい。
【0043】
酸成分は、ヒアルロン酸より強い酸であれば、いずれの酸も使用することができる。酸の使用量を低減するために、好ましくは強酸、例えば、塩酸、硝酸、硫酸等を使用することが望ましい。
尚、ヒアルロン酸濃度5質量%以下では、たとえヒアルロン酸のカルボキシル基が充分な割合でプロトン化されるように調製されてもヒアルロン酸ゲルは得られない。
【0044】
本発明は、ヒアルロン酸と、ヒアルロン酸濃度5質量%以上にする水、及びヒアルロン酸のカルボキシル基と等モル以上の酸成分とを共存させた後に、ゲル化を進行させるためにその状態を保つ(保持する)ことが必要である。また、この保持は、静置して一定時間経過させることでもかまわない。
【0045】
更に、この保持する温度や時間は、ヒアルロン酸塩の対イオンの種類、ヒアルロン酸の分子量、ヒアルロン酸濃度、並びに生成するゲルの強さ等の諸特性により適宜決められるが、温度については、水分が凍結せずに、そして、ヒアルロン酸の酸による分解を抑えるために、−10℃以上30℃以下で行なわれる。
ヒアルロン酸酸性水溶液が凍結すると不透明なヒアルロン酸ゲルが得られる。
【0046】
本発明に用いられるヒアルロン酸濃度5質量%以上のヒアルロン酸酸性水溶液の調製方法は問わないが、ヒアルロン酸と酸性水溶液を混合する方法、ヒアルロン酸に酸性水溶液を含浸する方法、低濃度で調製したヒアルロン酸酸性水溶液を所定の濃度に濃縮する方法や、高濃度のヒアルロン酸水溶液に酸成分を加える方法等が挙げられる。
【0047】
本発明に用いられるヒアルロン酸の形態は問わないが、粉末、ヒアルロン酸粉末を加圧成型して得られるブロック状の成型物、ヒアルロン酸を蒸留水に溶解して水溶液にした後、通風乾燥して得られるキャストフィルムや凍結乾燥後に得られるスポンジ状ヒアルロン酸などの形態が挙げられる。ヒアルロン酸と酸性水溶液を混合する方法の場合は、ヒアルロン酸に酸性水溶液を添加し混練する方法等が挙げられる。
また、ヒアルロン酸に酸性水溶液を含浸する方法の場合には、ヒアルロン酸に酸性水溶液を所定の濃度になるように含浸させる方法等が挙げられる。
【0048】
低濃度で調製したヒアルロン酸酸性水溶液を所定の濃度に濃縮する方法の場合、まず、ヒアルロン酸を蒸留水に溶解した後に酸成分を加える事やヒアルロン酸を直接酸性水溶液に溶解する事などによって、低濃度のヒアルロン酸酸性水溶液を調製する。ここで、溶解するヒアルロン酸の形態は問わない。また、ここでいう低濃度とは、目的のヒアルロン酸ゲルのヒアルロン酸濃度より低いことをいうが、扱い易いと言う点で好ましくはヒアルロン酸濃度が5質量%以下が望ましい。濃縮方法としては、超遠心分離、通風乾燥、減圧乾燥、凍結乾燥等が挙げられる。
【0049】
高濃度のヒアルロン酸水溶液に酸成分を加える方法の場合、まず、ヒアルロン酸と蒸留水を混合することや、低濃度のヒアルロン酸水溶液を濃縮することなどにより、高濃度のヒアルロン酸水溶液を調製する。この時に用いるヒアルロン酸の形態は問わない。得られた高濃度のヒアルロン酸水溶液に酸成分を添加する方法としては、気体状態の酸、例えば塩化水素の雰囲気下に曝す方法や、ヒアルロン酸に対して貧溶媒の酸溶液、例えばエタノール−塩酸溶液中に浸す方法等が挙げられる。
【0050】
本発明で得られたヒアルロン酸ゲルは、ヒアルロン酸の酸加水分解を避けるために、カルボキシル基がプロトン化された酸型のヒアルロン酸や酸性に調整するために用いた酸等の成分を中和する必要がある。中和は、通常水性溶媒によって行う。ヒアルロン酸ゲルの機能を損なわないものであれば特に制限はないが、例えば、リン酸緩衝液、水酸化ナトリウム水溶液等が用いられる。
ここでは、これらを総称して、中和に用いる溶液という。
【0051】
また、中和に用いる溶液で処理すること(中和方法)とは、特に制限はないが、通常は、バッチ法、濾過法、カラム等に充填して通液する方法等が用いられる。これらの中和条件は、中和液量、回数等を含めて、酸型のヒアルロン酸や酸性に調整するために用いた酸等の成分を中和できる条件であればよく、ヒアルロン酸ゲルの形態や用途により適宜選択することが可能である。
この中和に用いる溶液で処理されたヒアルロン酸ゲルは、その使用目的に応じて、溶媒中に浸漬した状態、溶媒を含ませた湿潤状態、通風乾燥、減圧乾燥あるいは凍結乾燥等の処理を経た乾燥状態で供される。
【0052】
ヒアルロン酸ゲルの成形加工等の処理は、作製時には、ヒアルロン酸及び調製されたヒアルロン酸酸性水溶液の容器や手法の選択によりシート状、フィルム状、破砕状、スポンジ状、塊状、繊維状、及びチューブ状の所望の形態のヒアルロン酸ゲルの作製が可能である。例えば、ヒアルロン酸粉末を加圧成型したものより、ブロック状及びシート状の形態が得られる。ヒアルロン酸ゲルの作製後の加工としては、機械的粉砕による微細な破砕状や凍結、解凍によるスポンジ状、圧延によるフィルム化、紡糸等が例示される。
【0053】
本発明のヒアルロン酸ゲル調製にあたり、試薬、水、容器等に注意を払うことで無菌かつエンドトキシンフリーのものを得ることが出来る。
かくして調製されたヒアルロン酸ゲルはゲル自体が透明である。また破砕したヒアルロン酸ゲルを懸濁させた状態においても透明な状態を維持することが可能であり、注射筒やバッグ等に充填され使用することが出来る。また、本発明のヒアルロン酸ゲルを形成させる際に、薬学的または生理学的に活性な物質を添加して、これらを含有するヒアルロン酸ゲルを形成させることもできる。
例えば、塞栓形成促進の目的で添加され、血液凝固カスケードにおいてフィブリノーゲンをフィブリンに変換することで血液を凝固させるトロンビン、腫瘍動脈閉塞の目的で使用する各種の抗腫瘍剤等があげられ、何ら制限されるものではない。
【0054】
本発明のヒアルロン酸ゲルは、生体内での滞留性、貯留性がヒアルロン酸溶液に比べ著しく向上し、また、架橋剤を使用していないため安全性及び生体適合性に優れたものであることから、医用材料として関節症治療用注入剤、塞栓形成材、軟質組織注入剤、代用硝子体等に適用できる。
【実施例】
【0055】
以下、実施例にて本発明を詳細に説明するが、本発明は、これらに限定されるものではない。
実施例1
ヒアルロン酸ナトリウム(極限粘度からの換算分子量:2×10ダルトン)の粉末100mgを3000N/cmで3分間加圧し、8mm×8mm×2mmの直方体の成型物を得た。この成型物を、スチロール製の角型容器に入れ、1mol/l塩酸を570mg、ヒアルロン酸濃度にして15質量%になるように含浸させ容器を密閉した後、5℃に設定した冷蔵庫に6日間静置保存した。その結果、直方体の透明なヒアルロン酸ゲルが得られた。
【0056】
実施例2
実施例1に於いて、ヒアルロン酸濃度が7質量%になるように1mol/lの塩酸を1330mg含浸させた。そして、実施例1と同様の操作を行った。その結果、直方体の透明なヒアルロン酸ゲルが得られた。
【0057】
実施例3
実施例1に於いて、ヒアルロン酸ナトリウム(極限粘度からの換算分子量:9×10ダルトン)を用いて同様の操作を行い、5℃に設定した冷蔵庫に17日間静置保存した。その結果、直方体の透明なヒアルロン酸ゲルが得られた。
【0058】
実施例4
実施例1に於いて、0.45mol/lの塩酸を用いて同様の操作を行い、5℃に設定した冷蔵庫に17日間静置保存した。その結果、直方体の透明なヒアルロン酸ゲルが得られた。
【0059】
実施例5
実施例1と同様の操作を行い、25℃で3日間静置保存した。その結果、直方体の透明なヒアルロン酸ゲルが得られた。
【0060】
実施例6
ヒアルロン酸ナトリウム(極限粘度からの換算分子量:2×10ダルトン)を蒸留水に溶解し、1質量%のヒアルロン酸水溶液を調製した。調製されたヒアルロン酸水溶液を、ガラス板上で80℃で通風乾燥し、厚さ約200μmのキャストフィルムを得た。実施例1に於いて、このキャストフィルムを用いて同様の操作を行った。その結果、シート状の透明なヒアルロン酸ゲルが得られた。
【0061】
実施例7
ヒアルロン酸ナトリウム(極限粘度からの換算分子量:2×10ダルトン)の粉末100mgを、50mlのガラスびんに入れ、1mol/lの塩酸を900mg、ヒアルロン酸濃度が10質量%になるように添加し、スパチュラで混合した。そして、びんを密閉した後、5℃で設定した冷蔵庫に8日間静置保存した。その結果、透明なヒアルロン酸ゲルが得られた。
【0062】
実施例8
ヒアルロン酸ナトリウム(極限粘度からの換算分子量:2×10ダルトン)の粉末を1mol/lの塩酸に溶解し、1質量%のヒアルロン酸水溶液を調製した。調製されたヒアルロン酸溶液を超遠心分離処理を行った後、上澄み液を除去した結果、ヒアルロン酸濃度は18質量%にまで濃縮された。この濃縮されたヒアルロン酸溶液を、5℃で設定した冷蔵庫に3日間静置保存した。その結果、透明なヒアルロン酸ゲルが得られた。
尚、超遠心分離処理は、機械は日立工機社製CS120EX、ローターはS100AT5、サンプルチューブは4PCチューブを使用して、回転数は99000rpm、処理温度は5℃、処理時間は24時間で行った。
【0063】
比較例1
実施例1に於いて、1mol/lの塩酸の代わりに蒸留水を用いて同様の操作を行った。その結果、透明なヒアルロン酸ゲル状の溶液は得られたが、透明なヒアルロン酸ゲルは得られなかった。
【0064】
比較例2
実施例1に於いて、ヒアルロン酸濃度が3質量%になるように1mol/lの塩酸を3230mg含浸させた。そして、実施例1と同様の操作を行った。その結果、透明なヒアルロン酸ゲル状の溶液は得られたが、透明なヒアルロン酸ゲルは得られなかった。
【0065】
実施例9 ヒアルロン酸ゲルの溶解性試験
生理食塩水に50mmol/l濃度でリン酸緩衝成分を加え、pH7のリン酸緩衝生理食塩水を調製した。得られたヒアルロン酸ゲルを、乾燥重量で10mgのヒアルロン酸を含むヒアルロン酸ゲルに対して、50mlリン酸緩衝生理食塩水の割合で、リン酸緩衝生理食塩水中に浸漬した。また、比較例1のヒアルロン酸ゲル状溶液も、乾燥重量で10mgを50mlのリン酸緩衝生理食塩水中に浸漬した。そして、25℃で緩やかに攪拌下のリン酸緩衝生理食塩水中に溶出するヒアルロン酸の割合をリン酸緩衝生理食塩水のヒアルロン酸濃度から求めた。
従って、中性の25℃の水溶液中でのヒアルロン酸ゲルの溶解性は、上記試験により規定されるものである。
【0066】
ヒアルロン酸濃度の測定
リン酸緩衝生理食塩水中のヒアルロン酸の濃度は、GPCを使って、示差屈折率検出器のピーク面積から求めた。
上記に従い、具体的に実施例1〜8及び比較例1、2のヒアルロン酸ゲルの溶解性試験を行った。その結果を表1に示す。
【0067】
【表1】

【0068】
例えば、実験No.1の実施例1で得られたヒアルロン酸ゲルの溶解率を調べると、1日経過後では5%以下の溶解率であり、7日経過後では1%、更に14日経過後では11%の溶解率であった。即ち、7日経過しても90%以上のヒアルロン酸ゲルが残存していた。それに対して、実験No.9、10の比較例1、2で得られたヒアルロン酸状の溶液の溶解率は、1日経過後で100%の溶解率であり、完全に溶解した。
よって、比較例1、2(実験No.9,10)で得られたヒアルロン酸ゲル状の溶液は水中での溶解速度が極めて速いのに対して、本願発明の製造方法で得られたヒアルロン酸ゲル(例えば、実験No.1〜8)の水中での溶解速度が極めて遅いことが見出される。
これより、本願発明で得られたヒアルロン酸ゲルは、生体内滞留時間が長いことが示唆された。
【0069】
実施例10
ヒアルロン酸ゲルの可溶化試験
蒸留水を塩酸でpH1.5に調整した。実施例1で得られたヒアルロン酸ゲルを実施例9記載のリン酸緩衝生理食塩水に5日間浸漬した後、ヒアルロン酸ゲルをリン酸緩衝生理食塩水より取り出した。次いで、乾燥重量で15mgのヒアルロン酸を含むヒアルロン酸ゲルをpH1.5の塩酸水溶液15mlに浸漬した。この溶液を60℃に設定したオーブン中に放置し、加水分解を行った。
1時間後、2.5時間後、5時間後に0.5mlずつ溶液をサンプリングした。2.5時間後に目視で確認できるヒアルロン酸ゲルはほとんど消失していた。
【0070】
比較例3
ヒアルロン酸ナトリウム(極限粘度からの換算分子量:2×10ダルトン)を蒸留水に溶解し、0.1質量%のヒアルロン酸の水溶液を調整した。この水溶液のpHを、1mol/l塩酸でpH1.5に調整した。このヒアルロン酸の酸性水溶液15mlを、60℃オーブン中に4時間放置し、直鎖状ヒアルロン酸の酸加水分解を行った。
【0071】
実施例11
可溶化ヒアルロン酸の分子量と分岐度の測定
実施例10で可溶化されたヒアルロン酸と比較例2で得られた直鎖状ヒアルロン酸の酸加水分解物は、GPC溶媒で2.5倍に希釈して濃度を0.04質量%に調製し、0.2μmのメンブランフィルターでろ過した後、0.1ml注入してGPC−MALLSの測定を行った。
【0072】
GPCカラムとして昭和電工社製SB806HQを1本、示差屈折率検出器として日本分光社製830−RI、MALLSはWyatt社製DAWNDSP−Fを使用して、溶媒硝酸ナトリウムの0.2mol/l水溶液、測定温度40℃、流速0.3ml/分、データ取得間隔1回/2秒で測定した。散乱強度の測定は散乱角度21.7°〜90°の8検出器を使った。データ処理ソフトウェアはWyatt社製ASTRA Version4.10を使用した。
上記に従い、実施例10で可溶化されたヒアルロン酸と比較例3で得られた直鎖状ヒアルロン酸の酸加水分解物の測定を行った。測定結果を表2に示す。
【0073】
【表2】

【0074】
例えば、実験No.11の実施例10で反応時間1時間でサンプリングした場合、ヒアルロン酸ゲルの可溶化率が小さい。実験No.13の反応時間6時間でサンプリングした場合、分子量が大きく低下し分岐度測定が困難になる。実験No.12の反応時間2.5時間でサンプリングした場合、ヒアルロン酸ゲルの可溶化率も大きく、分岐点を有するヒアルロン酸の存在を反映して分子量分布も2.7と大きくなっている。
【0075】
実験No.12の実施例10で反応時間2.5時間でサンプリングした可溶化されたヒアルロン酸と実験No.14の比較例3で得られた直鎖状ヒアルロン酸の酸加水分解物のGPCクロマトグラムと分岐度の計算結果を図1及び図2に示す。
【0076】
図1は、実施例10と比較例3のGPCクロマトグラムと各フラクションの分子量を対比したグラフである。ここで、符号1は、実施例10のGPCクロマトグラムを、符号2は、比較例3のGPCクロマトグラムを、符号3は、実施例10の各フラクションを、符号4は、比較例3の各フラクションの分子量を示す。図1から、実施例10のGPCクロマトグラム1は比較例3のGPCクロマトグラム2と比較して、高分子量側にショルダーがあることがわかる。同一溶出体積のフラクションの分子量を比較すると、実施例10では溶出体積8.6ml以下、分子量で約20万以上の領域で比較例3よりも明確に大きな分子量を有することがわかる。
実施例10では、分岐点が存在するため、比較例3と比べて、同一溶出体積のフラクションの分子量が大きくなっている。
【0077】
図2は、比較例3を直鎖状ヒアルロン酸として計算した実施例10の分岐度と分子量の関係を示したグラフである。すなわち、分岐度は図1の同一溶出体積のフラクションの両者の分子量から数式を使って計算した。
図2から、実施例10の分岐度は分子量約20万以上の領域で、分岐度0.5以上から急速に増大していくことがわかる。本発明で得られたヒアルロン酸ゲル中に、ヒアルロン酸の促進酸加水分解条件下でも安定に存在する架橋構造が含まれていることがわかる。
同様にして、実施例2〜8で得られたヒアルロン酸ゲルの分岐度はいずれも0.5以上であった。
【0078】
実施例12 透明ゲルスラリー
実施例1に於いて得られた透明なヒアルロン酸ゲル0.8gに対し生理食塩水80mlを加えた。マイクロホモジナイザー(Nissei Excel Auto Homogenaizer)を用いて破砕処理を行い平均粒径約300μmの破砕状ヒアルロン酸ゲルを含むスラリーを得た。
このヒアルロン酸ゲルスラリーをテルモ株式会社製2.5ml用シリンジ(ピストン押し部直径約12mm)に充填し、テルモ株式会社製ゲージ21Gの注射針を装着して25℃付近の室温で0.1ml/秒の速さで吐出した場合の力を測定した(島津製作所製テンシロン EZ Test−20N使用)。吐出力は約10Nであり容易な吐出が可能であった。
【0079】
実施例13 透明ゲル組成物
実施例1に於いて得られた透明なヒアルロン酸ゲル0.8gに対し生理食塩水40mlを加えた。マイクロホモジナイザー(Nissei Excel Auto Homogenaizer)を用いて破砕処理を行い平均粒径約300μmの破砕状ヒアルロン酸ゲルを含むスラリーを得た。このスラリーにヒアルロン酸濃度1質量%のヒアルロン酸生理食塩水溶液40mlを添加しヒアルロン酸ゲル組成物を得た。
このヒアルロン酸ゲル組成物について実施例10に記載した方法で吐出力を測定したところ、吐出力は約12Nであり容易な吐出が可能であった。
【0080】
比較例4 ヒアルロン酸ゲルスラリー
PCT/JP98/03536号に記載されている製造方法によりヒアルロン酸ゲルを調製し、さらにヒアルロン酸ゲルスラリーとした。
ヒアルロン酸ナトリウム(極限粘度からの換算分子量:2×10ダルトン)を蒸留水に溶解し、1.0質量%のヒアルロン酸水溶液を調製した。この水溶液のpHを1N硝酸でpH1.5に調整し、ヒアルロン酸酸性水溶液を得た。
このヒアルロン酸酸性水溶液50mlを金属製容器に入れ、−20℃に設定した冷凍庫に入れた。120時間後に取り出し、25℃で解凍しヒアルロン酸ゲルを得た。
【0081】
次にこれを蒸留水で充分透析し、過剰の酸及び塩化ナトリウムを除いた。続いてpH7の25mmol/lリン酸を含む緩衝生理食塩水で充分に透析中和した後、再度蒸留水で充分透析し凍結乾燥によりシート状のヒアルロン酸ゲルを得た。ヒアルロン酸ゲル100mgを10mlの25mmol/lリン酸を含む緩衝生理食塩水に入れ、マイクロホモジナイザー(Polytoron,Kinematica AG製)にて破砕し、ヒアルロン酸ゲルスラリーを得た。
【0082】
実施例14 透明性試験
実施例1〜8、12、及び13で得られたヒアルロン酸ゲル及び比較例4で得られたヒアルロン酸ゲルスラリーを層長10mmの分光光度計用セルに入れ、340nm〜800nmの範囲の可視光に対する透過率を水の透過率を100%として測定した(ベックマン製DU−64分光光度計使用)。その結果を表3に示す。表3の透過率は上記測定範囲における透過率の範囲を表している。尚、対照として1質量%のヒアルロン酸リン酸緩衝生理食塩水溶液を用いた。
【0083】
【表3】

表3より、実施例1〜8、12、及び13で得られた試料は透明であることが示された。
【0084】
実施例15 ウサギ関節腔内における貯留性比較
体重2.5〜3.0kg成熟した健常なニュージーランドホワイト系の雄性ウサギの両膝関節部周辺を電気バリカンで剪毛し消毒後、実施例12で得られた透明ゲルスラリー,実施例13で得られた透明ゲル組成物またはヒアルロン酸(極限粘度値からの換算分子量:2×10ダルトン)1質量%生理食塩水溶液を左膝関節腔に0.1ml/kg体重の用量で投与した。対象として生理食塩水を同一個体の右膝関節腔内へ0.1ml/kg体重の用量で投与した。投与後隔日ごとに両膝関節液を回収し、関節液中のヒアルロン酸濃
度をGPCで定量した。
尚、残存率は次式で算出したが、内在性ヒアルロン酸量とは生理食塩水を投与した関節腔より採取した関節液中のヒアルロン酸量を示す。
残存率(%)=(回収量−内在性ヒアルロン酸量)/投与量×100 その結果を4に示す。
【0085】
【表4】

表4より、破砕難水溶性ヒアルロン酸ゲルは、生体内での貯留性がヒアルロン酸溶液比べ、著しく向上していることがわかった。
【0086】
実施例16 ブラジキニン疼痛抑制作用
体重10kg前後の雌性ビーグル犬の後足膝関節腔内にあらかじめ実施例12で得られた透明ゲルスラリー(0.3ml/kg体重)、実施例13で得られた透明ゲル組成物(0.3ml/kg体重)、ヒアルロン酸溶液(極限粘度値からの換算分子量:2×10ダルトン、1質量%生理食塩水溶液を0.3ml/kg体重)または対照としての生理食塩水0.3ml/kg体重を投与し、投与2日,4日,7日後に発痛物質であるブラジキニン生理食塩水溶液(BK:0.2μg/mlを0.05ml/kg体重)を投与し、1〜2分間,3〜4分間,5〜6分間の疼痛足への体重負荷率を指標として疼痛抑制作用を測定した。その結果を表5に示す。
【0087】
【表5】

表5より、ヒアルロン酸溶液が7日後には対照と同じレベルに低下したのに比較し、透明ゲルスラリー及び透明ゲル組成物は7日後においても疼痛抑制効果を持続していた。
【0088】
実施例17 トロンビン含有透明ゲルスラリーの調製
実施例12で得られた透明ゲルスラリーに、100mg当たり0.5NIH単位に相当する量のトロンビン溶液を添加しトロンビン含有流動性ヒアルロン酸ゲルを調製した。
【0089】
実施例18 塞栓形成試験
実施例17で得られたトロンビン含有透明ゲルスラリーを注射器に吸引し、体重約2.5kgのウサギ(ニュージーランドホワイト種)の耳介動脈に約0.1ml投与した。注入したゲルは、速やかに凝塊を形成し、肉眼で閉塞状態を確認できた。
1ヶ月後まで形態観察を続けたが変化は認められず、最終観察後の剖検による塞栓の組織学的検討では十分な閉塞状態であった。
尚、比較として行った1.0質量%のヒアルロン酸溶液では、塞栓が形成されなかった。
【0090】
実施例19 モルモットへの投与試験
350〜400gの雌ハートレイ系モルモットを20匹を麻酔し、実施例12で得られた透明ゲルスラリー、実施例13で得られた透明ゲル組成物及びヒアルロン酸ナトリウム(極限粘度値からの換算分子量:2×10ダルトン)の1.0質量%の生理食塩水溶液をその皮内に注射した。皮内投与量は0.05mlとし、動物あたり10部位の注入を行った。0,1,2,3及び4週後に各1匹ずつ各部位の組織をサンプリングした。固定し包埋した組織の切片を作り、ヘマトキシリン−エオシン染色及びアルシアンブルー染色を行った。また、顕微鏡で組織反応の観察を行った。
その結果、実施例12及び実施例13の試料では、4週後でも投与直後の皮膚の状態を保持し、皮膚組織中にヒアルロン酸が存在していた。一方、ヒアルロン酸の1.0質量%の生理食塩水溶液では4週目ですべてヒアルロン酸が吸収されていた。尚、いずれも細胞浸出物は認められず、炎症反応がなかったことが示唆された。
【0091】
実施例20 屈折率測定
実施例12で得られた透明ゲルスラリー及び実施例13で得られた透明ゲル組成物につき、アッベ屈折計(株式会社アタゴ製)を用いて20℃における屈折率を測定した。実施例12及び実施例13の屈折率はそれぞれ1.334及び1.335であり、硝子体の屈折率に近いものであった。
【0092】
実施例21 家兎における網膜剥離に対する効果
体重2.5〜3.0kgの白色家兎(ニュージーランドホワイト種)15羽(15眼)について麻酔した。0.5%インドメタシン及び5%塩酸フェニレフリンの点眼により散瞳させ、2%塩酸リドカインを球後麻酔に用いた。
【0093】
洗眼及び眼周辺の消毒を行った後、家兎を手術用顕微鏡下に置き固定し、結膜及び角膜を切開した。強膜を切開して潅流タップを挿入し、さらに硝子体切除刀及びライトガイドを穿入するための強膜切開を行い、硝子体切除刀及びライトガイドを穿入した。
硝子体切除刀により硝子体を吸引しながら切除した後、硝子体刀を抜き先端を湾曲させた21G針を挿入した。21G針を上耳側の網膜下に穿入して滅菌空気約0.1mlを注入し、部分的に網膜を剥離させた。剥離後再度硝子体切除刀を穿入し、剥離網膜を一部切開し、裂孔を作製した。
【0094】
潅流液と空気の交換の後、実施例12で得られた透明ゲルスラリー及び実施例13で得られた透明ゲル組成物を硝子体腔内に注入し、空気と交換して網膜を復位させた。レーザー眼内光凝固装置のプローブを硝子体腔内に挿入して眼内凝固を行った後、8−0ナイロン糸にて強膜創及び結膜創を縫合した。
その結果、実施例12及び実施例13で調製した試料は、1ヶ月後において、検眼鏡的には再剥離等の異常所見は認められず、光凝固部位の瘢痕化の状態も良好であった。スリットランプによる検査においても、硝子体混濁や炎症性反応は認められなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒアルロン酸と、ヒアルロン酸濃度を5〜18質量%にする水、及びヒアルロン酸のカルボキシル基と等モル以上の酸成分とを共存させ、該共存状態を−10℃〜30℃の温度で、且つ水分が凍結しない温度に保持することによりヒアルロン酸ゲルを形成することを特徴とするヒアルロン酸ゲルの製造方法。
【請求項2】
ヒアルロン酸ゲルを形成し、次いで該ゲルを中和に用いる溶液で処理する請求項1に記載のヒアルロン酸ゲルの製造方法。
【請求項3】
前記酸成分が、0.45〜1mol/リットルの強酸水溶液である、請求項1または2に記載のヒアルロン酸ゲルの製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法で得られたものであり、中性の25℃の水溶液中で1日での溶解率が50%以下であり、ヒアルロン酸の促進酸加水分解条件下でヒアルロン酸ゲルを処理することで可溶化されたヒアルロン酸が分岐構造を有し、該可溶化されたヒアルロン酸中に、分岐度が0.5以上の分子量フラクションを部分的に含むヒアルロン酸ゲルと、ゲル化されていないヒアルロン酸を含む医用材料。
【請求項5】
ヒアルロン酸ゲルが破砕状である請求項4に記載の医用材料。
【請求項6】
医用材料が関節症治療用注入剤である請求項4または5に記載の医用材料。
【請求項7】
医用材料が塞栓形成材である請求項4または5に記載の医用材料。
【請求項8】
医用材料が軟質組織注入剤である請求項4または5に記載の医用材料。
【請求項9】
医用材料が代用硝子体である請求項4または5に記載の医用材料。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−136218(P2011−136218A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−87091(P2011−87091)
【出願日】平成23年4月11日(2011.4.11)
【分割の表示】特願2001−557924(P2001−557924)の分割
【原出願日】平成12年2月3日(2000.2.3)
【出願人】(000003296)電気化学工業株式会社 (1,539)
【Fターム(参考)】