説明

ヒト体脂肪量と関連する遺伝子多型に基づく肥満発症リスクの判定方法

【課題】肥満を早期に予期しうる遺伝的マーカーを開発し、メタボリックシンドロームをはじめとする肥満関連疾患の予防に寄与する。
【解決手段】ヒト被験者のゲノムDNAを含む試料を用いて、SLC25A24遺伝子、ODZ3遺伝子、KIAA1797遺伝子、DLD遺伝子、LOC441282遺伝子、ONECUT2遺伝子、NPAS3遺伝子、ACCN1遺伝子、TGM2遺伝子、FAM44B遺伝子、ESRRG遺伝子、LRP1B遺伝子、FGF10遺伝子、KIAA1600遺伝子、AFTPH遺伝子、及びDAPK1遺伝子に存在する特定の一塩基多型(SNP)、又はそれらと連鎖不平衡にある遺伝子多型を検出することを含み、当該遺伝子多型又はその組み合わせは、前記被験者の成人後における体脂肪量が増加しやすいか否かを示唆する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肥満の遺伝的素因を解明する医学分野の発明であり、より詳細には肥満発症リスクの判定方法等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
肥満は、メタボリックシンドロームをはじめとする様々な疾患の原因となり、ヒトのADL(日常生活動作)並びにQOL(クオリティー・オブ・ライフ)を大きく損なう。肥満は、体脂肪が過度に増加している状態である。近年、食生活の欧米化により我が国の肥満人口は増加の一途をたどり、それに伴う合併症に対する医療費も増加している。このことは、肥満を早期に予知するマーカーが存在し、さらに早期に治療を行うことが重要であることを示唆するが、肥満を早期かつ適格に予知しうるマーカーは未だ存在しない。
【0003】
多数の日本人について、肥満指数(BMI)に基づいて肥満者と正常者とを分類し、予め選択された124個の遺伝子に関する一塩基多型を検出し、統計解析を行なった結果が報告されている(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、これらの候補遺伝子は、血圧及び内分泌機能の制御、血管に関する生物学、及び脂質や糖の代謝に関連する遺伝子を予め選択してきたものであり、ヒトの全遺伝子を対象とするものではない。
【0004】
また、抗肥満薬の標的分子としては、これまでレプチン、PPARγ、ニューロペプチドY等が知られているが、さらに近年、ミトコンドリア内膜に存在するトランスポーターの一種であるSlc25a10の機能を阻害することによってエネルギー消費を亢進せしめ、肥満の治療や予防に有効な化合物のスクリーニングになりうることが報告されている(例えば、特許文献2参照)。しかし、肥満の原因は非常に多様であるため、より効果的な創薬標的分子の探索も必要である。
【0005】
【特許文献1】特開2007−228917号公報
【非特許文献1】国際公開2005/012570号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ヒトの全遺伝子を対象として、肥満、すなわち体脂肪が増加する遺伝的素因を解明することにより、肥満を早期に予期しうる遺伝的マーカーを開発し、メタボリックシンドロームをはじめとする肥満関連疾患の予防に寄与することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ヒト遺伝子上に存在する約5万個のSNPからスクリーニングしたSLC25A24遺伝子、ODZ3遺伝子、KIAA1797遺伝子、DLD遺伝子、LOC441282遺伝子、ONECUT2遺伝子、NPAS3遺伝子、ACCN1遺伝子、TGM2遺伝子、FAM44B遺伝子、ESRRG遺伝子、LRP1B遺伝子、FGF10遺伝子、KIAA1600遺伝子、AFTPH遺伝子、及びDAPK1遺伝子に存在する遺伝子多型が体脂肪量と相関することを見出し、これに基づいて以下の本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明の被験者における肥満の素因の有無を判定する方法は、ヒト被験者のゲノムDNAを含む試料を用いて、下記(a)〜(p)からなる群より選択されるいずれか1又は複数の一塩基多型(SNP)、又はそれらと連鎖不平衡にある遺伝子多型を検出することを含み、当該遺伝子多型又はその組み合わせは、前記被験者の成人後における体脂肪量が増加しやすいか否かを示唆することを特徴とする。
(a)SLC25A24遺伝子のイントロン2に存在するSNP識別番号:rs491785の一塩基多型A/G、
(b)ODZ3遺伝子のイントロン21に存在するSNP識別番号:rs10520541の一塩基多型C/G、
(c)KIAA1797遺伝子のイントロン13に存在するSNP識別番号:rs10511684の一塩基多型A/G、
(d)DLD遺伝子のイントロン2に存在するSNP識別番号:rs2237682の一塩基多型C/G、
(e)LOC441282遺伝子のイントロン9に存在するSNP識別番号:rs6955887の一塩基多型T/C、
(f)ONECUT2遺伝子のイントロン2に存在するSNP識別番号:rs4940770の一塩基多型G/C、
(g)NPAS3遺伝子のイントロン6に存在するSNP識別番号:rs1887068の一塩基多型T/G、
(h)ACCN1遺伝子のイントロン7に存在するSNP識別番号:rs2074215の一塩基多型C/T、
(i)TGM2遺伝子の5’上流領域に存在するSNP識別番号:rs761002の一塩基多型C/T、
(j)FAM44B遺伝子のイントロンに存在するSNP識別番号:rs258862の一塩基多型C/T、
(k)ESRRG遺伝子のイントロン1に存在するSNP識別番号:rs867410の一塩基多型G/A、
(l)LRP1B遺伝子のイントロン51に存在するSNP識別番号:rs2171107の一塩基多型T/G、
(m)FGF10遺伝子のイントロンに存在するSNP識別番号:rs10512844の一塩基多型C/T、
(n)KIAA1600遺伝子のイントロンに存在するSNP識別番号:rs7897937の一塩基多型A/G、
(o)AFTPH遺伝子のイントロンに存在するSNP識別番号:rs9309361の一塩基多型C/T、及び
(p)DAPK1遺伝子のイントロン2に存在するSNP識別番号:rs1475524の一塩基多型T/C。
【0009】
本発明の好ましい実施形態において、前記被験者の遺伝子多型について、SLC25A24遺伝子のイントロン2に存在するSNP識別番号:rs491785の一塩基多型の少なくとも1つの対立遺伝子がG、LOC441282遺伝子のイントロン9に存在するSNP識別番号:rs6955887の一塩基多型の少なくとも1つの対立遺伝子がT、NPAS3遺伝子のイントロン6に存在するSNP識別番号:rs1887068の一塩基多型の遺伝子型がTT、ESRRG遺伝子のイントロン1に存在するSNP識別番号:rs867410の一塩基多型の遺伝子型がGG、及び/又はLRP1B遺伝子のイントロン51に存在するSNP識別番号:rs2171107の一塩基多型の遺伝子型がGG、であるとき当該被験者が肥満の素因を有すると判定されることを特徴とする。
【0010】
別の観点において、本発明は肥満の治療又は予防に有効な化合物の評価方法を提供する。当該方法は、候補化合物を哺乳動物に投与するか、又は候補化合物の存在下において哺乳動物細胞を培養する工程と、前記哺乳動物又は哺乳動物細胞内で、SLC25A24遺伝子、ODZ3遺伝子、KIAA1797遺伝子、DLD遺伝子、LOC441282遺伝子、ONECUT2遺伝子、NPAS3遺伝子、ACCN1遺伝子、TGM2遺伝子、FAM44B遺伝子、ESRRG遺伝子、LRP1B遺伝子、FGF10遺伝子、KIAA1600遺伝子、AFTPH遺伝子、及びDAPK1遺伝子からなる群より選択されるいずれか1又は複数の遺伝子の発現レベルの変化を検出する工程と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、ヒトの体脂肪量又は体脂肪率を規定する遺伝子マーカーを提供するものであり、これを用いて肥満発症リスクの高いハイリスク群を同定することが可能となり、肥満の早期診断及びこれらの遺伝子マーカーに関連する遺伝子を分子標的として新規肥満治療薬を開発することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本明細書中において、「遺伝子多型」には、いわゆる一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)、及び連続した複数ヌクレオチドにわたる多型の両方を含むものとする。すなわち、ヒトの集団において、ある一個体のゲノム配列を基準として、他の1又は複数の個体ゲノム中の特定部位に、1又は複数ヌクレオチドの置換、欠失、挿入、転位、逆位等の変異が存在するとき、その変異が当該1又は複数の個体に生じた突然変異でないことが統計的に確実か、又は当該個体内突然変異でなく、1%以上の頻度で集団内に存在することが家系的に証明される場合、その変異を「遺伝子多型」という。
【0013】
「対立遺伝子(allele)」とは、相同な遺伝子座を占める遺伝子に複数の種類がある場合の、個々の遺伝子のことをいい、特定の遺伝子座を占める2種類の対立遺伝子の組を「遺伝子型」と称する。「連鎖不平衡」とは、2つの対立遺伝子がそれぞれ独立に遺伝する場合よりも大きな頻度で互いに連鎖して遺伝することをいう。
【0014】
本書において、「関連がある」との用語が、「肥満と関連がある」などの文脈で使用される場合には、統計学的な関連を有することを指し、好ましくは統計学的な解析によりp値が0.05以下程度の有意な関連を有することを指す。本発明における「肥満」とは、体脂肪量又は体脂肪率が顕著に増加した状態と定義される一般的な肥満に加え、これに糖尿病や高血圧等の合併症又は内臓脂肪が伴う、いわゆる「肥満症」も含む。また、肥満の「素因」とは、現在肥満であることのみならず、将来、例えば成人後に肥満になることも含む。
【0015】
本明細書中において引用するSNP識別番号は、NCBI(米国国立バイオテクノロジー情報センター)が提供するSNPデータベース(dbSNP)から入手することができる。例えば、SNP識別番号(refSNP ID):rs491785の一塩基多型は、ヒトゲノム1p13.3に存在するSLC25A24遺伝子のイントロン2に存在する。対立遺伝子としてはA/G(遺伝子の相補鎖ではT/C)であり、Aが祖先型と推定されている。一般的に、母集団が異なると頻度も異なるが、日本人集団においてはAが多数(約60%)でありGが少数である。なお、本書において、塩基配列の記号について、アデニンは「A」、グアニンは「G」、シトシンは「C」、チミンは「T」、ウラシルは「U」、プリン(アデニン又はグアニン)は「R」、ピリミジン(チミン/ウラシル又はシトシン)は「Y」と略記する。
【0016】
本発明の方法で用いられる「ヒトのゲノムDNAを含む試料」は、好ましくは日本人の被験者、さらに好ましくは日本人女性の被験者から単離されるあらゆる細胞(生殖細胞を除く)、組織、臓器等を材料として調製される。該材料としては、末梢血から分離した白血球又は単核球が好ましく、特に白血球が最も好適である。これらの材料は、臨床検査において通常用いられる方法にしたがって単離される。
【0017】
例えば白血球を材料とする場合、まず被験者より単離した末梢血から常法に従って白血球を分離する。次いで、得られた白血球にプロテイナーゼKとドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を加えてタンパク質を分解、変性させた後、フェノール/クロロホルム抽出を行なうことによりゲノムDNA(RNAを含む)を得る。RNAは、必要に応じてRNaseにより除去することができる。ただし、ゲノムDNAの抽出は、上記の方法に限定されず、当該技術分野で周知の方法(例えば、Sambrook, J. et al. (1989): "Molecular Cloning: A Laboratory Manual (2nd Ed.)" Cold Spring Harbor Laboratory, NY)や、市販のDNA抽出キット等を利用して行ってもよい。
【0018】
次に、得られたヒトゲノムDNAを含む試料から、肥満症と関連がある遺伝子多型(本発明の場合は、全て一塩基多型)を検出する。使用可能な検出法として、RFLP法、PCR−SSCP法、アレル特異的オリゴヌクレオチドハイブリダイゼーション、ダイレクトシークエンス法、TaqMan PCR法、インベーダー法、MALDI−TOF/MS法、モレキュラー・ビーコン法、RCA法、UCAN法、及びDNAチップ若しくはDNAマイクロアレイを用いた核酸ハイブリダイゼーション法などが挙げられる。以下、代表的な遺伝子多型検出方法について説明する。
【0019】
DNAチップ法
多型部位を含む種々のオリゴヌクレオチドプローブをマイクロアレイ上に配置したDNAチップ(遺伝子チップ)を用いて、PCR増幅させた蛍光標識cDNAやcRNAとハイブリダイゼーションを行なう。オリゴヌクレオチドを光リソグラフィー技術により、アレイ上で合成し、1チップ上に数千から数十万個のプローブを配置させたもの(アフィメトリクス社製、GenChip(登録商標)等)や、予め調製したcDNAやオリゴヌクレオチドをピン又はインクジェット方式によりガラス上に固定化する方法等が知られている。
【0020】
ダイレクトシークエンス法
ダイレクトシークエンス法は、遺伝子多型部位を含むDNA断片をPCR増幅した後、増幅されたDNAのヌクレオチド配列を直接ジデオキシ法により解析する方法である(Biotechniques, 11, 246-249 (1991))。この方法で用いられるPCRプライマーは、好ましくは、多型部位を含む約0.05〜4kbのDNA断片を増幅するための、15〜30merのオリゴヌクレオチドである。また、シークエンスプライマーとしては、好ましくは、多型部位から50〜300ヌクレオチド程度5'末端側の位置に相当する15〜30merのオリゴヌクレオチドを用いる。
【0021】
TaqManPCR法
TaqManPCR法は、蛍光標識したアレル特異的オリゴヌクレオチド(TaqManプローブ)とTaqDNAポリメラーゼによるPCRを利用した方法である(Genet. Anal., 14, 143-149 (1999), J. Clin. Microbiol., 34, 2933-2936 (1996))。この方法で用いられるPCRプライマーは、通常多型部位を含む約0.05〜2kbのDNA断片を増幅するための、15〜30merのオリゴヌクレオチドである。また、TaqManプローブは、多型部位を含む13〜20塩基程度のオリゴヌクレオチドであり、5'末端は蛍光レポーター色素によって標識されており、3'末端はクエンチャー(消光物質)によって標識されている。このプローブを用いることにより、野生型と変異型のヌクレオチド変化の検出が可能である。
【0022】
サーマルサイクラーを用いたDNAの増幅を伴わない種々の方法が開発されている。例えば、インベーダー(登録商標)法は、2種類のオリゴヌクレオチドを用い、これらのプローブが鋳型DNAと形成する特異的な構造を認識して切断する特殊な酵素反応に基づく(例えば、米国特許5846717号等参照)。この他に、UCAN法、ICAN法、LAMP法及びSMAP法等があるがこれらに限定されず、他の公知の遺伝子多型検出法を本発明の判定方法のために利用することができる。また、本発明の方法においては、これらの遺伝子多型検出方法を単独で用いても、二つ以上を組み合わせて用いてもよい。
【0023】
また、本発明は、肥満の治療又は予防に有効な化合物の評価方法をも包含し、これは候補化合物を哺乳動物に投与するか、又は候補化合物の存在下において哺乳動物細胞を培養する工程と、前記哺乳動物又は哺乳動物細胞内で、SLC25A24遺伝子、ODZ3遺伝子、KIAA1797遺伝子、DLD遺伝子、LOC441282遺伝子、ONECUT2遺伝子、NPAS3遺伝子、ACCN1遺伝子、TGM2遺伝子、FAM44B遺伝子、ESRRG遺伝子、LRP1B遺伝子、FGF10遺伝子、KIAA1600遺伝子、AFTPH遺伝子、及びDAPK1遺伝子からなる群より選択されるいずれか1又は複数の遺伝子の発現レベルの変化を検出する工程と、を含む。
【0024】
上記遺伝子の発現レベルを測定するために、それらの遺伝子の転写産物の量や翻訳産物の活性を測定することができる。転写産物の量の測定は、試料中における、又は当該試料から抽出されたRNAの逆転写によって得られるcDNAから、前記遺伝子特異的配列を増幅するために、プライマーの組み合わせによる定量的PCR分析を行うことができる。前記遺伝子に特異的なプローブによるノーザンブロットも適用されうる。DNAチップを用いることによって転写産物を測定することが好ましい場合もある。
【0025】
上記遺伝子の翻訳産物の量及び/又は活性は、免疫アッセイ、酵素活性の測定及び/又は結合アッセイを用いて検出されうる。これらのアッセイは、抗ポリペプチド抗体又は抗ポリペプチド抗体に結合する二次抗体の何れかに結合する、酵素的、蛍光的、放射性、磁性、又は発光標識の使用により、前記翻訳産物と抗ポリペプチド抗体との間の結合量を測定することができる。
【0026】
肥満の治療や予防のための該候補化合物としては、タンパク質、ペプチド、非ペプチド性化合物、人工的に合成された化合物、発酵生産物、組織や細胞の抽出液、血清などが挙げられるが、これらに制限されない。これら化合物は新規な化合物であってもよいし、あるいは公知の化合物であってもよい。
【0027】
以下に、「実験例」により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。但し、ここでは、「実験例」とは、本発明の元となる原理・現象を証拠付けるデータを得るための実験の例を指し、本発明そのものを実際に実施した例ではない。但し、当業者であれば、これらの実験例に記載された情報、及び、前述した実施形態に関する記載を基に、容易に本発明を実施可能であることは明らかである。
【実施例1】
【0028】
1 方法
55〜83歳の閉経後の女性253名の血液よりDNAを抽出し、遺伝子多型を決定した。対象とした遺伝子は、アフィメトリクス社のGeneChip Mapping 100K Setに含まれる、5万SNPについて、同社GeneChip Mapping Assay法を用いて決定した。全身体脂肪量はDEXA法(二重エネルギーX線吸収測定法)により測定した。年齢補正を行った全身体脂肪量との相関解析を行い、体脂肪量と関連するSNPsを選択した。本解析によって選択されたSNPsについて対象者数を増やし、再解析を行った。
【0029】
なお、本実施例における相関解析は以下のとおりである。すなわち、年齢が高くなると体脂肪は小さくなる傾向があることが知られている。そのため、体脂肪率(%FAT)をあるSNPによる遺伝的効果を直接的に表したものとして解析するために統計学的に補正した値を算出し、この補正体脂肪率を%FATZとする。
本実施例では、次の式:

を用いて修正した体脂肪を年齢補正した体脂肪率として扱う。
この体脂肪率は、観測で得られた体脂肪率と、体脂肪率の年齢による線形モデルを考え、最小二乗法によって得られた予測値

との差である。つまり、%FATZは、%FATから年齢に依存する部分を取り除いたものであり、年齢に依存しない量として扱うことができる。
【0030】
次に、%FATの閾値を設定し、質的形質へ変換した。もし医学的または統計的見知から量的形質に対して適切な閾値を設定することで、肥満群と非肥満群とに分割が可能であるならば、関連研究の解釈を容易にする。本解析では、最尤法を用いて肥満群と非肥満群の2分類を決めるための閾値を推定する。今n個体の観測があるとする。xiとgi、i=1,...,nをそれぞれ個体iの%FAT値、遺伝子型とする。閾値をtとし、t以上の%FATに対応する個体と、そうでない個体に分割する。関連解析においてFisherの正確法を適用するため、対数オッズ比の絶対値が最大となるようなtを推定する。以上の方法によりFisherの関連解析を行いP<0.05を有意とした。
【0031】
2 結果
本解析により、日本人閉経後女性253名の遺伝子上にランダムに存在する約5万個のSNPsにおける遺伝子型(genotype)を決定した。その結果、SLC25A24遺伝子のイントロン2に存在するSNP(SNP識別番号:rs491785)をはじめ、いくつかの候補SNPsが体脂肪量と有意に相関した。さらに、本解析により有意差が見出されたSNPsに関して、対象者数を752名まで増やし相関解析を行った。その結果を表1に示す。また、夫々のSNPが存在する遺伝子の名称又は機能の概要を表2に示す。なお、表1において、左から順に、遺伝子記号、SNPデータベース識別番号(dbSNP)、多型(SNP)、肥満リスクSNP、オッズ比、信頼区間、及びP値(P value)を示した。
【0032】
【表1】

【0033】
【表2】

【0034】
表1には、P値の小さいSNPから順に並んでいる。表1において、オッズ比とは、要因(SNP)と結果(肥満)との関連の強さを示す指標であり、0〜無限大に分布し、1は無相関、1より小さければその要因(SNP)を有する者の肥満のリスクが低いことを、1より大きければリスクが高いことを意味する。信頼区間とは、95%の確立で真の値が存在する範囲である。信頼区間の下限値が1を超えていたり、上限が1を下回っておれば5%水準で有意であるといえる。一方、P値は差がないという仮説、つまり帰無仮説 (Null hypothesis)を偶然起きたこととして受け入れる確率を表している。別の言い方をすると、実際に差がないのにサンプル抽出の際に偶然偏りが起きてしまって、差があるという結果が得られる確率を示している。そういう確率が低ければ低いほど、すなわちP値が小さければ小さい程、二つの群が同じ母集団に属する可能性は低くなり、二つの群は異なる母集団に属している可能性が高くなる。
【0035】
表2には、各遺伝子の名称及びその翻訳産物の機能を示す。これらのうち、ミトコンドリアに存在する膜タンパク質や代謝酵素は、エネルギー産生や蓄積に関与している可能性が高い。また、脳や神経組織又は種々の組織で発現する受容体は、様々なシグナル伝達の制御機構を介して肥満と関連するかもしれない。あるいは、FGF10のように脂肪生成に重要な役割を果たしている遺伝子も存在する。従って、本発明に係るSNPの存在又は不存在は、これらの遺伝子の発現を亢進させたり抑制することによって肥満を引き起こしている蓋然性が高いと考えられる。
【0036】
さらに、表1に示したいくつかのSNPについて、異なる手法にて統計的解析を行なった結果を図1〜図5に示した。図1から、被験者のSLC25A24遺伝子のSNP識別番号:rs491785の一塩基多型の少なくとも1つの対立遺伝子がGであるとき、すなわち、遺伝子型がGG又はAGである被験者は、AAの遺伝子型を有する被験者に比べて有意に体脂肪率が上昇していることが分かる。図5に示したLOC441282遺伝子のSNP識別番号:rs6955887の一塩基多型についても同様に、少なくとも1つの対立遺伝子がTの場合に被験者の体脂肪率が増加する。
【0037】
一方、図2〜4に示したように、例えば、NAPS3遺伝子のrs1887068、ESRRG遺伝子のrs867410及びLRP1B遺伝子のrs2171107の一塩基多型は、それぞれの遺伝子型がTT、GG及びGGである場合に被験者の体脂肪率が増加している。
【0038】
また、本解析により見出された上記SNPは、夫々の遺伝子近傍において連鎖不平衡にあるいくつかのSNPsが知られている。これらのSNPsは、すでにHapMapデータベースに登録されており、例えば、以下のような例を挙げることができる。
【0039】
【表3】




【0040】
従って、本発明において、上記表1に示したSNPを検出する代わりに、或いはそれと共に、これらと連鎖不平衡にある何れか1又は複数のSNPを検出しても良い。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明の方法により肥満のハイリスク群を同定することができ、これらの被験者に肥満の早期治療を行なうことによって肥満患者の減少ひいては医療費の削減が達成され、国民経済上も多くの利益が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】SLC25A24遺伝子のSNP識別番号:rs491785に関する被験者の遺伝子型と体脂肪率との相関を示すグラフである。
【図2】NPAS3遺伝子のSNP識別番号:rs1887068に関する被験者の遺伝子型と体脂肪率との相関を示すグラフである。
【図3】ESRRG遺伝子のSNP識別番号:rs867410に関する被験者の遺伝子型と体脂肪率との相関を示すグラフである。
【図4】LRP1B遺伝子のSNP識別番号:rs2171107に関する被験者の遺伝子型と体脂肪率との相関を示すグラフである。
【図5】LOC441282遺伝子のSNP識別番号:rs6955887に関する被験者の遺伝子型と体脂肪率との相関を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト被験者のゲノムDNAを含む試料を用いて、下記(a)〜(p)からなる群より選択される何れか1又は複数の一塩基多型(SNP)、又はそれらと連鎖不平衡にある遺伝子多型を検出することを含み、当該遺伝子多型又はその組み合わせは、前記被験者の成人後における体脂肪量が増加しやすいか否かを示唆することを特徴とする、当該被験者における肥満の素因の有無を判定する方法:
(a)SLC25A24遺伝子のイントロン2に存在するSNP識別番号:rs491785の一塩基多型A/G、
(b)ODZ3遺伝子のイントロン21に存在するSNP識別番号:rs10520541の一塩基多型C/G、
(c)KIAA1797遺伝子のイントロン13に存在するSNP識別番号:rs10511684の一塩基多型A/G、
(d)DLD遺伝子のイントロン2に存在するSNP識別番号:rs2237682の一塩基多型C/G、
(e)LOC441282遺伝子のイントロン9に存在するSNP識別番号:rs6955887の一塩基多型T/C、
(f)ONECUT2遺伝子のイントロン2に存在するSNP識別番号:rs4940770の一塩基多型G/C、
(g)NPAS3遺伝子のイントロン6に存在するSNP識別番号:rs1887068の一塩基多型T/G、
(h)ACCN1遺伝子のイントロン7に存在するSNP識別番号:rs2074215の一塩基多型C/T、
(i)TGM2遺伝子の5’上流領域に存在するSNP識別番号:rs761002の一塩基多型C/T、
(j)FAM44B遺伝子のイントロンに存在するSNP識別番号:rs258862の一塩基多型C/T、
(k)ESRRG遺伝子のイントロン1に存在するSNP識別番号:rs867410の一塩基多型G/A、
(l)LRP1B遺伝子のイントロン51に存在するSNP識別番号:rs2171107の一塩基多型T/G、
(m)FGF10遺伝子のイントロンに存在するSNP識別番号:rs10512844の一塩基多型C/T、
(n)KIAA1600遺伝子のイントロンに存在するSNP識別番号:rs7897937の一塩基多型A/G、
(o)AFTPH遺伝子のイントロンに存在するSNP識別番号:rs9309361の一塩基多型C/T、及び
(p)DAPK1遺伝子のイントロン2に存在するSNP識別番号:rs1475524の一塩基多型T/C。
【請求項2】
前記被験者の遺伝子多型について、
SLC25A24遺伝子のイントロン2に存在するSNP識別番号:rs491785の一塩基多型の少なくとも1つの対立遺伝子がG、
LOC441282遺伝子のイントロン9に存在するSNP識別番号:rs6955887の一塩基多型の少なくとも1つの対立遺伝子がT、
NPAS3遺伝子のイントロン6に存在するSNP識別番号:rs1887068の一塩基多型の遺伝子型がTT、
ESRRG遺伝子のイントロン1に存在するSNP識別番号:rs867410の一塩基多型の遺伝子型がGG、及び/又は
LRP1B遺伝子のイントロン51に存在するSNP識別番号:rs2171107の一塩基多型の遺伝子型がGG、
であるとき当該被験者が肥満の素因を有すると判定される請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記遺伝子多型の検出が、RFLP法、PCR−SSCP法、アレル特異的オリゴヌクレオチドハイブリダイゼーション、ダイレクトシークエンス法、TaqMan PCR法、インベーダー法、MALDI−TOF/MS法、モレキュラー・ビーコン法、RCA法、UCAN法、及びDNAチップ若しくはDNAマイクロアレイを用いた核酸ハイブリダイゼーション法から成る群より選択される何れかの方法を用いて行われることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記ヒト被験者が日本人であることを特徴とする請求項1〜3の何れか記載の方法。
【請求項5】
前記日本人が女性であることを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項6】
候補化合物を哺乳動物に投与するか、又は候補化合物の存在下において哺乳動物細胞を培養する工程と、
前記哺乳動物又は哺乳動物細胞内で、SLC25A24遺伝子、ODZ3遺伝子、KIAA1797遺伝子、DLD遺伝子、LOC441282遺伝子、ONECUT2遺伝子、NPAS3遺伝子、ACCN1遺伝子、TGM2遺伝子、FAM44B遺伝子、ESRRG遺伝子、LRP1B遺伝子、FGF10遺伝子、KIAA1600遺伝子、AFTPH遺伝子、及びDAPK1遺伝子からなる群より選択されるいずれか1又は複数の遺伝子の発現レベルの変化を検出する工程と、
を含むことを特徴とする肥満の治療又は予防に有効な化合物の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−118803(P2009−118803A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−298045(P2007−298045)
【出願日】平成19年11月16日(2007.11.16)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】