説明

ヒドロキシメチルフルフラールの産生方法

糖類、たとえばグルコースまたはフルクトースをN-複素環カルベンの金属錯体に曝露することを含む、ヒドロキシメチルフルフラールを作製するための方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒドロキシメチルフルフラールを産生する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
化石燃料埋蔵量の減少および地球温暖化効果は、主要な懸念となっている。継続的な代替エネルギーを探索することは極めて重要である。バイオ燃料は、現在、唯一の継続的な液体燃料源として非常に魅力的である。しかし、炭水化物を、バイオ燃料を産生するための化学化合物に選択的に変換する高効率な方法がないことから、石油原料のバイオマスへの置き換えは限定的である。豊富なバイオマスを用途の広い化学物質に転換することができる実用的な触媒プロセスがあれば、同様に化学産業に再生可能な原料を提供するであろう。
【0003】
近年、バイオマスを、バイオ燃料化学および石油産業において用途の広い重要な中間体である5-ヒドロキシメチルフルフラール(HMF)に変換することに対して多くの努力が注がれている。HMFおよびその2,5-二置換フラン誘導体は、石油ベースの重要な構成要素に取って代わることができる。現在、HMFが形成されるための糖の脱水に対して活性である多くの触媒が存在する。しかし、それらのほとんどは、望ましくない副産物が形成される副反応を促進し、さらに、HMFの再水和を促進して、レブリン酸およびギ酸を形成する。それらはまた、しばしば、フルクトースなどの単糖原料に限定されている。
【0004】
最近の報告では、フルクトースを約90%の収率でHMFに効率よく変換するために、溶媒としての1-H-3-メチルイミダゾリウムクロリド(HMIM+Cl-)および酸触媒を用いることが例証されている。しかし、そのようなシステムは、より安定で豊富な糖源であるグルコースを変換することは示されていない。Dumesicのグループは、産物HMFの分離および安定化に関する二相システム(水相/有機相)を開発した((a) Y. Roman-Leshkov, J. N. Chheda, J. A. Dumesic, Science 2006, 312, 1933(非特許文献1);(b) J. N. Chheda, Y. Roman-Leshkov, J. A. Dumesic, Green Chem. 2007, 9, 342(非特許文献2))。Zhangのグループは、フルクトース(PtまたはRh塩化物によって83%、CrCl2によって65%)およびグルコース(CrCl2によって68%の最高記録)の双方に関して中程度から良好なHMF収率をもたらす金属塩化物/イオン液体システムを報告している(H. Zhao, J. E. Holladay, H. Brown, Z. C. Zhang, Science 2007, 316, 1597(非特許文献3))。
【0005】
フルクトースおよびグルコースの双方を良好から優れた収率で、たとえば約80%を超える収率でHMFに変換するための改善された方法が必要である。同様に、他の糖類をHMFに変換するための改善された方法も必要である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Y. Roman-Leshkov, J. N. Chheda, J. A. Dumesic, Science 2006, 312, 1933
【非特許文献2】J. N. Chheda, Y. Roman-Leshkov, J. A. Dumesic, Green Chem. 2007, 9, 342
【非特許文献3】H. Zhao, J. E. Holladay, H. Brown, Z. C. Zhang, Science 2007, 316, 1597
【発明の概要】
【0007】
発明の目的
本発明の目的は、上記の短所の1つまたは複数を実質的に克服すること、または少なくとも改善することである。さらなる目的は、上記の必要性の少なくとも1つを少なくとも部分的に満足させることである。
【0008】
本発明の第一の局面において、糖類をN-複素環カルベンの金属錯体に曝露することを含む、ヒドロキシメチルフルフラールを作製するための方法が提供される。
【0009】
以下の選択肢を、個々にまたは任意の適した組み合わせで、第一の局面と共に用いてもよい。
【0010】
糖類は単糖類を含んでもよい。糖類は二糖類を含んでもよい。糖類はオリゴ糖を含んでもよい。糖類は多糖類を含んでもよい。糖類はこれらのうちの任意の2つ以上の混合物を含んでもよい(またはこれらのうちの任意の2つ以上の混合物であってもよい)。単糖類は、フルクトース、グルコース、またはこれらの混合物を含んでもよい。二糖類はスクロースであってもよい。
【0011】
曝露することは、双極性の非プロトン性溶媒中で行われてもよい。前記溶媒は、イオン液体であってもよく、またはそれを含んでもよい。イオン液体は、イミダゾリウム塩(たとえば、ハロゲン化物、たとえば塩化物)であってもよく、またはそれを含んでもよい。イオン液体は、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムクロリドであってもよく、またはそれを含んでもよい。
【0012】
金属錯体は、遷移金属錯体であってもよい。金属錯体は、クロム錯体、チタン錯体、タングステン錯体、モリブデン錯体、ニッケル錯体、パラジウム錯体、ルテニウム錯体、もしくはアルミニウム錯体であってもよく、または金属錯体は、これらのうちの任意の2つ以上の混合物であってもよい。金属錯体はCrII錯体またはCrIII錯体であってもよい。
【0013】
N-複素環カルベンは、モノマーであってもよい。N-複素環カルベンはダイマーであってもよい。N-複素環カルベンはオリゴマーであってもよい。N-複素環カルベンはポリマーであってもよい。N-複素環カルベンの金属錯体は、N-イミダゾールカルベンの金属錯体であってもよく、たとえばモノマーN-イミダゾールカルベンの金属錯体またはポリマーN-イミダゾールカルベンの金属錯体であってもよい。
【0014】
前記方法はまた、N-複素環カルベンの金属錯体を生成する段階を含んでもよい。N-複素環カルベンの金属錯体を生成する段階は、該金属の塩の存在下で窒素複素環塩を塩基と反応させることを含んでもよい。塩基は、カリウムt-ブトキシドであってもよい。
【0015】
前記方法はさらに、ヒドロキシメチルフルフラールを単離することを含んでもよい。
【0016】
単糖類はフルクトースであってもよく、かつヒドロキシメチルフルフラールの収率は約80%より高くてもよい。単糖類はグルコースであってもよく、かつヒドロキシメチルフルフラールの収率は約70%より高くてもよい。
【0017】
N-複素環カルベンの金属錯体は、ヒドロキシメチルフルフラールを反応混合物から取り出した後にリサイクルされてもよい。曝露することがイオン液体中で行われる場合、該イオン液体は、ヒドロキシメチルフルフラールを反応混合物から取り出した後にリサイクルされてもよい。リサイクルすることは、ヒドロキシメチルフルフラールを反応混合物から取り出した後に、該反応混合物から揮発性の物質を除去するために十分な時間、該反応混合物を加熱することを含んでもよい。
【0018】
1つの態様において、フルクトース、グルコース、またはこれらの混合物を、イオン液体中でN-複素環カルベンのクロム錯体に曝露することを含む、ヒドロキシメチルフルフラールを作製するための方法が提供される。
【0019】
もう1つの態様において、以下を含む、ヒドロキシメチルフルフラールを作製するための方法が提供される:
・ N-複素環カルベンのクロム錯体を生成すること;および
・ イオン液体中でN-複素環カルベンのクロム錯体にフルクトース、グルコース、またはこれらの混合物を曝露すること。
【0020】
もう1つの態様において、以下を含む、ヒドロキシメチルフルフラールを作製するための方法が提供される:
・ N-複素環カルベンのクロム錯体を生成するために、クロム塩の存在下で窒素複素環を塩基と反応させること;および
・ フルクトース、グルコース、またはこれらの混合物を、イオン液体においてN-複素環カルベンのクロム錯体に曝露すること。
【0021】
本発明はまた、第一の局面の方法によって作製されたヒドロキシメチルフルフラールを提供する。
【0022】
本発明の第二の局面において、ヒドロキシメチルフルフラールを作製するためのN-複素環カルベンの金属錯体の使用が提供される。
【0023】
本発明の第三の局面において、燃料、たとえばバイオ燃料を産生するための、第一の局面の方法によって作製されたヒドロキシメチルフルフラールの使用が提供される。
【0024】
本発明の第四の局面において、第一の局面の方法によって作製されたヒドロキシメチルフルフラールを用いて作製されたバイオ燃料が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0025】
本発明の好ましい態様について以下の添付の図面を参照して、単なる例として記述する。
【図1】9モル%の6-CrCl2による(■)フルクトースおよび(◆)グルコースからのHMF収率に及ぼす反応温度の効果を示すグラフである(基質/BMIM重量比=0.2、6時間)。
【図2】9モル%の6-CrCl2による(■)フルクトースおよび(◆)グルコースからのHMF収率に及ぼす反応時間の効果を示すグラフである(基質/BMIM重量比=0.2、100℃)。
【図3】(■)フルクトースおよび(◆)グルコースからのHMF収率に及ぼす6-CrCl2の配合量(loading)の効果を示すグラフである(基質/BMIM重量比=0.2、6時間、100℃)。
【図4】9モル%の6-CrCl2による(■)フルクトースおよび(◆)グルコースからのHMF収率に及ぼす基質配合量の効果を示すグラフである(6時間、100℃)。
【図5】6-CrCl2の反応中間体のXPSスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
好ましい態様の詳細な説明
本発明者らは、N-複素環カルベン-金属錯体が、グルコースまたはフルクトースなどの糖類の、ヒドロキシメチルフルフラール(5-(ヒドロキシメチル)-2-フルアルデヒド;HMF)への変換を触媒することができることを見いだした。反応は、特にイオン液体溶媒を使用する場合には、比較的高い収率で進行する。適した糖類の混合物を同様に用いてもよい。反応は、単糖類(たとえば、グルコース、フルクトース)、二糖類(たとえば、スクロース)、オリゴ糖、または多糖類(たとえば、デンプン、セルロース)によって行われてもよい。糖類は、六炭糖もしくは六炭糖の混合物であってもよく、または六炭糖もしくはその混合物のダイマー、オリゴマー、ポリマー、もしくはコポリマーであってもよい。本明細書において記述される反応は、場合によっては廃棄物質である比較的安価でかつ/または容易に入手可能な基質を、反応に用いるという長所を有する。たとえば、本発明の方法に従うセルロースの変換により30%のHMF収率が達成される。ポリマーNHCベースの触媒は、そのモノマーの相当物より、フルクトースおよびグルコースから得られるHMF収率がわずかに低いことが見いだされたが、ポリマーNHCベースの触媒は、モノマーの相当物よりリサイクル性が良好であるという長所を有する。N-複素環カルベン-金属錯体は、酸触媒と共に用いられてもよい。酸触媒は、不均一な酸触媒であってもよい。これは固体の不均一な酸触媒であってもよい。これは、たとえばゼオライトであってもよい。これは、糖類が二糖類、オリゴ糖、または多糖類である場合、特に有益である可能性がある。前記方法は、二糖類、オリゴ糖、または多糖類の加水分解を含んでもよい。加水分解は、インサイチュー加水分解(in situ hydrolysis)であってもよい。加水分解は、酸触媒によって触媒されてもよい。
【0027】
前記方法にとって適した溶媒は双極性の非プロトン性溶媒である。溶媒は、イオン液体を含んでもよく、またはそれであってもよい。適したイオン液体は、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムクロリドである。他のイミダゾリウム塩も同様に適している。イミダゾリウム塩の対イオンは、ハロゲン化物、たとえば塩化物であってもよい。溶媒は、複数溶媒の混合物、たとえば複数の双極性非プロトン性溶媒の混合物であってもよい。溶媒は、異なる双極性非プロトン性溶媒(例えば、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、ヘキサメチルホスホラミド等)と共にイオン液体を含んでもよい。溶媒は主に、例えば重量または容積で約50%超、または約60、70、80、もしくは90%超のイオン液体からなってもよい。
【0028】
N-複素環カルベンの金属錯体は、N-イミダゾールカルベンの金属錯体であってもよい。これはN-複素環カルベンのクロムIIまたはクロムIII錯体であってもよい。N-複素環カルベン(NHC)は、イミダゾリウム塩に由来してもよく、または置換イミダゾリウム塩、特にN,N'-二置換イミダゾリウム塩に由来してもよい。イミダゾリウム塩は、ビスイミダゾリウム塩、たとえばピリジンビスイミダゾリウム塩であってもよい。NHCは、イミダゾリニウム塩に由来してもよく、または置換イミダゾリニウム塩、特にN,N'-二置換イミダゾリニウム塩に由来してもよい。イミダゾリニウム塩は、たとえばピリジンイミダゾリニウム塩などのイミダゾリニウム塩であってもよい。NHCは、α,α'-二窒素炭素であってもよい。α-窒素原子の各々は置換されてもよい。それらは各々が独立して、嵩高い基(bulky group)によって置換されてもよい。それらは、双方が嵩高い基(任意で同じかさ高い基)によって置換されてもよい。適した嵩高い基は、t-ブチル、ネオペンチル、2,6-ジメチルフェニル、2,4,6-トリメチルフェニル、2,6-ジイソプロピルフェニル、2,4,6-トリイソプロピルフェニル等である。窒素原子上の置換基は、独立して、アルキル基、アリール基、またはヘテロアリール基であってもよい。このように、NHCは、イミダゾール-2-イリデンであってもよい。NHCはN,N'-二置換イミダゾール-2-イリジン(ylidine)、すなわち1,3-二置換イミダゾール-2-イリジンであってもよい。NHCは、イミダゾリン-2-イリジンであってもよい。NHCは、N,N'-二置換イミダゾリン-2-イリジン、すなわち1,3-二置換イミダゾリン-2-イリジンであってもよい。
【0029】
N-複素環カルベンの金属錯体は、溶媒(または反応混合物)中で可溶性であってもよく、またはその中で不溶性であってもよい。これは、均一な触媒として用いられてもよく、または不均一な触媒として用いられてもよい。特に、ポリマー錯体の場合、これは不均一な触媒として用いられてもよい。錯体が不均一な触媒として用いられる場合、これは任意で、沈殿、濾過、遠心、またはこれらのいくつかの組み合わせによって反応混合物から後に取り出されてもよい。次に、望むならばその後の反応においてこれを再利用してもよい。錯体は、約10%未満、または約5、2、もしくは1%未満の触媒活性の損失を伴って再利用されてもよい。
【0030】
N-複素環カルベンの金属錯体は、該金属の塩の存在下で塩基との反応によって、対応する窒素複素環塩から生成されてもよい。塩基は、カリウムt-ブトキシドまたは他の何らかの強塩基、たとえば水素化ナトリウム、水素化カリウム、NaN(TMS)2等であってもよい。塩基は、窒素複素環塩を対応するN-複素環カルベンに変換することができる十分に強い塩基であってもよい。このように、たとえば1,3-二置換イミダゾール-2-イリジンの金属錯体を生成するために、対応する1,3-二置換イミダゾリウム塩を、該金属の塩の存在下で強塩基によって処理してもよい。窒素複素環塩は、ハロゲン化物、たとえば塩化物、臭化物、もしくはヨウ化物であってもよく、または他の何らかの対イオンを有してもよい。前記金属の塩は、ハロゲン化物、たとえば塩化物、臭化物、もしくはヨウ化物であってもよく、または他の何らかの対イオンを有してもよい。金属の塩の対イオンは、窒素複素環塩の対イオンと同じまたは異なってもよい。金属は、遷移金属であってもよい。金属は、クロム、チタン、タングステン、モリブデン、ニッケル、パラジウム、ルテニウム、もしくはアルミニウムであってもよく、またはこれらのうちの任意の2つ以上の混合物であってもよい。反応は溶媒中で行われてもよい。溶媒は双極性の非プロトン性溶媒であってもよい。溶媒は、塩基感受性(base sensitive)ではない溶媒であってもよい。溶媒は、たとえばDMF、DMSO、HMPT、HMPA、または他の何らかの適した溶媒であってもよい。溶媒は、複素環塩のための溶媒であってもよい。溶媒は塩基のための溶媒であってもよい。溶媒は金属塩のための溶媒であってもよい。溶媒はNHCの金属錯体のための溶媒であってもよい。NHCの金属錯体が形成されるために、反応混合物を加熱することが望ましい可能性がある。いくつかの場合において、加熱を用いなくてもよい。適した温度は約20〜約100℃、または約30〜100、50〜100、20〜80、20〜50、30〜70、50〜80、70〜100、もしくは70〜90℃、たとえば、約20、30、40、50、60、70、80、90、または100℃である。反応は、実質的に変換が完了するのに十分な時間行われてもよい。反応は、約1〜約6時間、または約1〜3時間、3〜6時間、もしくは2〜5時間、たとえば約1、2、3、4、5または6時間行われてもよい。温度および時間は、NHCの金属錯体が形成されるために十分であるべきである。
【0031】
本発明の方法において、糖(フルクトースおよび/またはスクロース)を溶媒(たとえば、イオン液体)と混合してもよい。糖対溶媒の適した比率は約20%w/w、または約5〜約30%、または約5〜25、5〜20、5〜10、10〜30、20〜30、10〜25、もしくは15〜25%、たとえば約5、10、15、20、25、または30%である。基質がグルコースの場合、比率は50、60、70、80、90%もの大きさであってもよく、または100%の大きさでさえあってもよい(たとえば、同様に約40、50、60、70、80、90、または100%w/wであってもよい)。次に、触媒(金属-カルベン錯体)を添加してもよい。適した添加比は、糖に対して約1〜約15モル%、または 約1〜10、1〜5、5〜15、10〜15、5〜10、1〜3、2〜5、もしくは2〜4%、たとえば約1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、または15モル%であってもよい。添加比は、容認可能な、任意で最適な、産物の収率を得るのに十分であるべきである。反応は、約80〜約120℃、または約80〜100、80〜90、90〜120、100〜120、もしくは90〜100℃、たとえば約870、85、90、95、100、105、110、115、または120℃の温度で、または他の何らかの適した温度で行われてもよい。温度は、最適な収率を提供するように、または容認可能な収率を得るように選択されてもよい。温度は、乏しい収率と過剰な副産物形成とのあいだのバランスをとるように選択されてもよい。温度は、副産物についての容認可能な低収率を提供するように選択されてもよい。反応は、約2〜約10時間、または約2〜8、2〜6、4〜10、6〜10、4〜8、もしくは5〜7時間、または約2、3、4、5、6、7、8、9、もしくは10時間行われてもよい。時間は温度に依存する可能性がある。反応は、不活性雰囲気下で、たとえば窒素、二酸化炭素、ヘリウム、ネオン、アルゴン、もしくはこれらのうちの任意の2つ以上の混合物において行われてもよく、または反応は、大気中、もしくは他の何らかの酸素含有気体混合物中で行われてもよい。いくつかの場合において、反応は減圧下で、たとえば約0.2気圧もしくはそれ未満、または約0.1、0.05、0.02、または0.01気圧もしくはそれ未満の絶対圧下で行われてもよい。そのような場合、少なくともいくつかの副産物は、形成されながら、除去され得る。これによって、揮発物質を除去する別個の段階を伴わずに、N-複素環カルベンの金属錯体および/または溶媒をリサイクルすることができる可能性がある。
【0032】
産物ヒドロキシメチルフルフラールは、公知の方法によって反応混合物から単離されてもよい。これらには、溶媒抽出(たとえば、ジエチルエーテル抽出)、水による洗浄、カラムクロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、HPLC、またはこれらのうちの任意の2つ以上の組み合わせが含まれる。
【0033】
反応は、基質としてフルクトース、もしくはグルコースを用いて、または両者の混合物を用いて行われてもよい。(先に記述したような)適した条件を用いる場合、ヒドロキシメチルフルフラールの収率は、少なくとも約70%、または少なくとも約75、80、85、もしくは90%であり得る。一般的に、グルコースからの収率とグルコースからの収率は異なるであろう。
【0034】
N-複素環カルベンの金属錯体は、反応混合物からヒドロキシメチルフルフラールを取り出した後にリサイクルされてもよい。特に、金属錯体は、本明細書において記述されるヒドロキシメチルフルフラールを作製するための方法である、のちの反応において再利用されてもよい。これは、前記方法における費用の節約を提供し、ヒドロキシメチルフルフラールの収率をほとんどまたは全く失うことなく(たとえば、収率の約5%未満の損失、または収率の約4、3、もしくは2%未満の損失で)達成されうる。曝露することがイオン液体中で行われる場合、イオン液体も同様にリサイクルされてもよい。一般的に、産物ヒドロキシメチルフルフラールは、溶媒抽出(任意で、繰り返し溶媒抽出)により反応混合物から取り出される。加熱することによっておよび/または真空を適用することによって、揮発物(たとえば、実質的に揮発物の全て、または揮発物の少なくとも約80、85、90、95、もしくは98%)を除去するために、(ヒドロキシメチルフルフラールが取り出された)反応混合物を処理してもよい。揮発性物質の除去は、代替的にまたは付加的に、ヒドロキシメチルフルフラールを取り出す前に行われてもよい。この文脈において、「揮発」物は、約100℃またはそれ未満の沸点を有すると見なされる。加熱は、約80〜約150℃、または約80〜120、80〜100、100〜150、120〜150、100〜120、もしくは90〜110℃、たとえば、約80、90、100、110、120、130、140、または150℃の温度であってもよい。真空は、絶対圧約0.2気圧またはそれ未満、または約0.1、0.05、0.02、または0.01気圧もしくはそれ未満を有してもよい。処理時間は、揮発物の望ましい比率を除去するために、処理条件下で十分であってもよい。時間は約1〜約5時間、または約1〜3時間、2〜5時間、もしくは1.5〜2.5時間、たとえば約1、1.5、2、2.5、3、3.5、4、4.5、または5時間であってもよい。加熱/真空は、適した装置、たとえば真空チャンバー、サイクロンエバポレーター、または他の何らかの適した装置において適用されてもよい。いくつかの場合において、真空は適用されない。
【0035】
本発明に従うヒドロキシメチルフルフラールの産生は、連続プロセスとして行われてもよい。1つの例において、糖類および触媒を反応サイクルの添加ゾーンに連続的に添加して、次に、得られた混合物を反応サイクルの反応ゾーンにおいて、ヒドロキシメチルフルフラールが形成される反応にとって(先に記述したように)適した温度で適した時間維持して、揮発物質およびヒドロキシメチルフルフラールを分離ゾーンにおいて連続的に分離して、溶媒および触媒を再利用のために添加ゾーンでリサイクルする。揮発物質が反応の際に除去されるように反応ゾーンに真空を適用してもよく、ヒドロキシメチルフルフラールを引き続く分離ゾーンにおいて取り出す。
【0036】
このように、多くの態様において、本発明は、グルコースおよびフルクトースからヒドロキシメチルフルフラール(HMF)を選択的に産生する新規Cr-N-複素環カルベン(NHC)/イオン液体システムを提示する。この新規触媒は、フルクトースおよびグルコース原料の双方から知られている最高の効率を達成した。HMF収率は、フルクトースおよびグルコースに関してそれぞれ、96%および82%もの高さであった。新しいシステムは、HMFに対する高い選択性と、高い基質配合量に対する許容性とを提供した。システムはまた、触媒およびイオン液体のリサイクルを容易にした。
【実施例】
【0037】
本発明者らは、糖脱水反応の触媒としてN-複素環カルベン(NHC)-金属錯体を調べた。これらの配位子は、NHCの立体特性および電子特性を多様にすることによって、触媒活性の改変に対して非常に大きい柔軟性を提供した。フルクトースおよびグルコースの変換を、種々の触媒によって1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムクロリド(BMIM)に対して試験した(スキーム1)。NHC-金属錯体を、イミダゾリウム塩、KOtBu、および金属塩化物を数時間N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)中で加熱しながら混合することによって予め生成した後、反応システムに添加した。典型的な反応プロトコールにおいて、糖100 mgを、BMIM 500 mgおよび予め調製したCr-NHC触媒2モル%と混合した。反応混合物を100℃で6時間維持した。HMFをエーテルによって抽出した(3回)。実験を全て繰り返して、HMF収率を、単離された産物のGCおよびNMRの双方によって確認した。

スキーム1.NHC-金属触媒による糖のHMFへの変換
【0038】
いくつかの金属をスクリーニング試験のために選択したが、Cr(II)およびCr(III)のみが有望な結果を生じた。これまでに報告された金属塩化物/イオン液体システムとは異なり、本明細書においてCr(II)およびCr(III)は、フルクトースまたはグルコースのHMFへの変換に関して類似の活性を示した(表1)。
【0039】
(表1)NHC-Cr触媒による糖のHMFへの変換a

[a] 反応条件:特に明記しない限り、溶媒500 mg、糖50 mg、触媒9モル%、100℃、6時間、大気中。
[b] 収率は、内部標準および単離された純粋な産物を用いてガスクロマトグラフィー(GC)によって決定された。
[c] 反応をアルゴン下で行った。
[d] ビピリジン9モル%を反応システムに添加した。
[e] 記載番号12から反応システムをリサイクルした。
[f] 記載番号16から反応システムをリサイクルした。
【0040】
表1に概要を示した反応において用いたカルベンの構造を以下に示す。

【0041】
注目すべきことに、触媒活性はNHC配位子の立体特性に密接に関連することが見いだされた。1-CrCl2は、それぞれ65%および66%のHMF収率で、フルクトースおよびグルコースの脱水を触媒した(表1)。イソプロピル置換したNHC配位子を有する触媒である、2-CrCl2は、1-CrCl2と類似の効率を示した。対照的に、糖からのHMF収率は、3〜7などのより嵩高いNHC配位子を有するクロム触媒を用いた場合に有意に増加した。6-CrCl2システムは、フルクトースから96%もの高いHMF収率を提供した。同様に、6-CrCl2システムは、グルコースからも81%のHMF収率を生じ、これはグルコース原料に関して最高記録の効率であった。飽和NHC配位子を有する金属触媒対不飽和NHC配位子を有する金属触媒に関しては、収率に差はなかった。最も嵩高いNHC配位子を有する触媒である1,3-ビス(2,6-ジイソプロピルフェニル)イミダゾリリデン 6および1,3-ビス(2,6-ジイソプロピル)フェニルイミダゾリニリデン 7は、最高収率を提供した。この反応の詳細をよりよく理解するために、二座配位子8を調べた。興味深いことに、触媒8-(Cr)2は、グルコースから良好なHMF収率(81%)をもたらしたが、一方8-(Cr)1は、乏しいHMF収率を示した(14%)。これらの結果は、詰まりすぎた(over-crowded)錯体は、基質との結合および反応の開始において、より低い活性を有するであろうことを示唆した。触媒のない対照反応は、非常に低いHMF収率(フルクトースおよびグルコースに関してそれぞれ、40%未満および1%未満)を示した。反応温度を、フルクトースおよびグルコースの双方に関して80℃〜100℃のあいだで調べた。より低い温度は、より低いHMF収率をもたらした。より高い温度は、副産物、主にジホルミルフラン(DFF)を生じさせた(図1を参照されたい)。
【0042】
6-CrCl2に対するこの反応の速度論的試験により、フルクトースおよびグルコースの双方に関して、本発明者らの標準的な反応条件で、HMF収率が6時間でピークに達することが示された(図2を参照されたい)。HMF収率は、6時間を超える反応期間では徐々に減少した。これは、本反応システムにおけるHMFの遅い分解による可能性がある。NHC-Cr触媒配合量を1モル%未満へと低減させるにつれて、6時間後のフルクトースおよびグルコースに関するHMF収率は、減少し始めた(図3を参照されたい)。一般的に、触媒配合量がより低ければ、高い変換を達成するためにはより長い反応時間を必要とするであろう。しかし、このシステムにおいて、産物は反応条件下で分解する可能性があり、ゆえに、より長い反応時間は所望の産物のより低い収率をもたらすであろう。このように、1モル%の低い触媒配合量を用いる場合、HMF収率を最大限にするためには、他の反応条件を最適にしなければならない。
【0043】
基質/溶媒重量比も同様に、反応システムの全体的な効率にとって重要であることが見いだされた(図4を参照されたい)。フルクトース/BMIM重量比が0.05から0.2に増加すると、HMF収率は95%から94%へとわずかに変化した。フルクトース/イオン液体重量比が0.2から0.5に増加すると、HMF収率は実質的に70%へと減少した。フルクトース/イオン液体重量比をさらに増加させても、HMF収率は有意に変動しなかった。注目すべきことには、HMF収率は、グルコース/BMIM重量比を0.05から0.67に変化させても少ししか影響を受けなかった(81-77%)。HMF収率は、グルコース/BMIM重量比を1.0まで増加させた場合にごくわずかに(73%に)減少した。この場合、BMIMは溶媒よりも補助試薬のように作用した。
【0044】
図4におけるフルクトースとグルコースの異なる挙動は、2つの原料に関して異なる予想反応機序を示唆した。後者において、グルコースは、NHC-Cr触媒によって最初にフルクトースに変換されて、その後HMFに変換される(スキーム2を参照されたい)。この場合、フルクトースはグルコースをHMFに変換する際の単なる中間体に過ぎないことから、グルコース基質配合量が多い場合でもフルクトース濃度は比較的低いであろう。興味深いことに、アルゴン中で行われた反応対大気中で行われた反応に関して、約15%低いHMF収率が得られた(表1、記載番号14対記載番号12)。NHC-Cr触媒を、ジメチルスルホキシド(DMSO)においても試験した。この溶媒では、よりはるかに低いHMF収率が、フルクトース(28〜52%)およびグルコース(25〜32%)から得られた(表1を参照されたい)。この場合も、嵩高いNHC配位子を有する触媒は、DMSOシステムにおいてより高い効率を示した。

スキーム2.グルコースのHMFへの変換に関する提唱図
【0045】
触媒の効率が高いことおよび基質配合量が多いことにより、本発明の方法は、工業規模の拡大にとって非常に魅力的となる。この反応方法はまた、産物の連続的抽出を可能にして、触媒NHC-Crおよびイオン液体のリサイクルを可能にするであろう。HMFはまた、グルコースおよびフルクトースの変換が100℃未満の温度で行われる場合、エーテル抽出における唯一の産物であろう。エーテル抽出後、エーテルおよび水などの低沸点成分を除去するために、反応培地を100℃で2時間予め加熱し、糖基質を添加することによって次の一連の実験(run)ですぐに用いた。リサイクルされた反応システムは、グルコースおよびフルクトースのHMFへの変換において高い活性を保持した(表1、記載番号16および17)。高い基質配合量ならびに触媒およびイオン液体のリサイクルの容易さにより、このシステムは工業応用にとって魅力的となる。
【0046】
本発明の結果は、NHC-CrClx錯体がBMIMにおけるグルコースの脱水において重要な役割を果たすことを明らかに示唆した。嵩高いNHC配位子により、クロムがBMIMにおいて多数のNHC配位を形成することが妨げられ、8-(Cr)1の場合のように触媒活性が低減するのを妨げた。対照的に、6-CrCl3の場合ではビピリジン配位子を添加しても阻害効果は観察されなかった(グルコースからのHMF収率は76%)(表1、記載番号15)。グルコースは、酸化還元プロセスによりNHC-Cr錯体によってフルクトースまたはHMFに変換されると提唱される(スキーム2を参照されたい)。このことは、用途の広い酸化状態を有するクロムがこの反応にとって適している理由を説明する可能性がある。X-線光電子分光法(XPS)は、6-CrCl2の反応中間体に関してCr 2p3/2および2p1/2ピークの分裂ピークを示した。Cr 2p3/2およびCr 2p1/2ピークのそれぞれの577 eVおよび587 eVでのショルダー(shoulder)は、酸化されたCr種の存在を示した(図5を参照されたい)。
【0047】
要約すると、新規NHC-Cr/イオン液体システムが、糖のHMFへの選択的変換のために開発された。この新しいシステムは、フルクトースおよびグルコース原料に関してこれまで報告された中でも優れた効率および最高のHMF収率を達成した。HMF収率はフルクトースおよびグルコースに関してそれぞれ、96%および82%もの大きさであった。この新しいシステムはまた、触媒およびイオン液体のリサイクルを容易にして、単純な抽出によって唯一の産物HMFを提供して、高い基質配合量に対して許容性であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
N-複素環カルベンの金属錯体に糖類を曝露することを含む、ヒドロキシメチルフルフラールを作製するための方法。
【請求項2】
前記糖類が単糖類を含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記単糖類がフルクトース、グルコース、またはこれらの混合物を含む、請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記曝露することが、双極性の非プロトン性溶媒中で行われる、請求項1〜3のいずれか一項記載の方法。
【請求項5】
前記溶媒がイオン液体である、請求項4記載の方法。
【請求項6】
前記イオン液体が、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムクロリドである、請求項5記載の方法。
【請求項7】
前記N-複素環カルベンが、モノマーのN-複素環カルベンである、請求項1〜6のいずれか一項記載の方法。
【請求項8】
前記N-複素環カルベンが、ポリマーのN-複素環カルベンである、請求項1〜6のいずれか一項記載の方法。
【請求項9】
前記金属錯体が遷移金属錯体である、請求項1〜8のいずれか一項記載の方法。
【請求項10】
前記遷移金属錯体がクロム錯体である、請求項9記載の方法。
【請求項11】
前記N-複素環カルベンの金属錯体が、N-イミダゾールカルベンの金属錯体である、請求項1〜10のいずれか一項記載の方法。
【請求項12】
前記N-複素環カルベンの金属錯体を生成する段階を含む、請求項1〜11のいずれか一項記載の方法。
【請求項13】
前記N-複素環カルベンの金属錯体を生成する段階が、窒素複素環塩を該金属の塩の存在下で塩基と反応させることを含む、請求項12記載の方法。
【請求項14】
前記塩基が、カリウムt-ブトキシドである、請求項13記載の方法。
【請求項15】
ヒドロキシメチルフルフラールを単離することをさらに含む、請求項1〜14のいずれか一項記載の方法。
【請求項16】
前記糖類がフルクトースであり、かつヒドロキシメチルフルフラールの収率が約80%より大きい、請求項1〜15のいずれか一項記載の方法。
【請求項17】
前記糖類がグルコースであり、かつヒドロキシメチルフルフラールの収率が約70%より大きい、請求項1〜15のいずれか一項記載の方法。
【請求項18】
反応混合物からヒドロキシメチルフルフラールを取り出した後に、前記N-複素環カルベンの金属錯体がリサイクルされる、請求項1〜17のいずれか一項記載の方法。
【請求項19】
前記曝露することがイオン液体中で行われ、かつ反応混合物からヒドロキシメチルフルフラールを取り出した後に該イオン液体がリサイクルされる、請求項1〜18のいずれか一項記載の方法。
【請求項20】
前記リサイクルすることが、前記反応混合物からヒドロキシメチルフルフラールを取り出した後に、該反応混合物から揮発性物質を除去するのに十分な時間、該反応混合物を加熱することを含む、請求項18または19記載の方法。
【請求項21】
請求項1〜20のいずれか一項記載の方法によって作製されたヒドロキシメチルフルフラール。
【請求項22】
ヒドロキシメチルフルフラールを作製するためのN-複素環カルベンの金属錯体の使用。
【請求項23】
燃料を産生するための、請求項1〜20のいずれか一項記載の方法によって作製されたヒドロキシメチルフルフラールの使用。
【請求項24】
請求項1〜20のいずれか一項記載の方法によって作製されたヒドロキシメチルフルフラールを用いて作製されたバイオ燃料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2011−524900(P2011−524900A)
【公表日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−514545(P2011−514545)
【出願日】平成20年6月18日(2008.6.18)
【国際出願番号】PCT/SG2008/000215
【国際公開番号】WO2009/154566
【国際公開日】平成21年12月23日(2009.12.23)
【出願人】(508305029)エージェンシー フォー サイエンス, テクノロジー アンド リサーチ (36)
【Fターム(参考)】