説明

ビオチン化チロキシン

【課題】血中などに存在するチロキシン又はチロニンを簡便かつ正確に測定するための手段を提供する。
【解決手段】下記の一般式(I):


(Lは総原子数が5から50のリンカー、Xは1個以上のチロキシン若しくはチロニン又はその誘導体の残基を示す)で表される化合物、並びに上記化合物とアビジンタンパク質とが結合した複合体及び上記複合体により表面が修飾された微粒子を含む水性分散物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビオチン化されたチロキシン又はチロニンに関する。
【背景技術】
【0002】
甲状腺ホルモンは甲状腺から分泌され、全身の細胞に作用して細胞の代謝率を上昇させるなどの作用を有するホルモンである。甲状腺ホルモンとしてはチロニン(トリヨードチロニン:以下、本明細書において「T3」と略す場合がある)とチロキシン(以下、本明細書において「T4」と略す場合がある)の2種類が知られており、血中を循環する甲状腺ホルモンのほとんどはT4である。最近、甲状腺ホルモンが過剰に分泌される甲状腺機能亢進症(例えばバセドウ病など)や甲状腺ホルモン分泌が不足する甲状腺機能低下症(例えば慢性甲状腺炎(橋本病)など)などの甲状腺機能異常症の患者が増加しており、臨床検査において甲状腺ホルモンを簡便かつ正確に測定する手段の提供が求められている。
【0003】
チロニン及びチロキシンは水溶性が非常に低いという特徴を有しており、バイオアッセイの目的には水溶性タンパク質との複合体(T4又はT3-タンパク質コンジュゲート)として利用されている。この目的のために、例えば、末端のカルボキシル基をNヒドロキシスクシンイミドエステル化してタンパク質のアミノ基に修飾するとういう手段が採用されている(特許文献1)。しかしながら、タンパク質に替えて電荷反発を利用した微粒子分散物(例えば表面がカルボキシル基で修飾されたポリスチレンビーズ等)に上記の手段を適用すると、微粒子分散物表面の電荷の消失により凝集が生じ、粒子の十分な分散性を確保しつつT4又はT3による修飾を行うことができないという問題がある。
【0004】
一方、微粒子表面にアビジン又はストレプトアビジンを固定化し、ビオチンとの相互作用を利用して目的物を固定化する手法が一般的に用いられているが、ストレプトアビジン分子に存在するビオチン結合部位は表面から深い位置に存在しており(27Å程度)、適度なスペーサーを介することが必要であることが非特許文献1及び2に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特願平5-152018号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Nature Structural Biology, 9, 582 (2002)
【非特許文献2】J. Am. Chem. Soc., 129, 873 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、血中などに存在するチロキシン又はチロニンを簡便かつ正確に測定するための手段を提供することにある。より具体的には、ポリスチレンビーズなどの微粒子の水分散性を損なうことなく、該微粒子の表面をチロキシン又はチロニンで修飾する手段を提供することが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、ポリスチレンなどの微粒子の表面にアビジン又はストレプトアビジンなどのアビジンタンパク質を配置して水和層を形成させ、そのアビジンタンパク質に下記に示される特定のビオチン化チロキシン又はチロニンを結合させることにより、該微粒子の水分散性を損なうことなく、該微粒子の表面をチロキシン又はチロニンで修飾することができることを見出した。本発明は上記の知見を基にして完成されたものである。
【0009】
すなわち、本発明により、下記の一般式(I):
【化1】

(式中、Lは総原子数が5から50の直鎖又は分枝鎖状のリンカーを示し、XはLで表されるリンカーの主鎖及び/又は側鎖に結合する1個以上のチロキシン若しくはチロニン又はその誘導体の残基を示す)で表される化合物が提供される。
【0010】
本発明の好ましい態様によれば、Lで表されるリンカーがアルキル鎖、ポリエチレングリコール鎖、及びペプチド鎖からなる群から選ばれる少なくとも1種の鎖状構造を含む上記の化合物;Lがアルキル鎖及び/又はポリエチレングリコール鎖に加えてアミド結合、エステル結合、及びカルバメート結合からなる群から選ばれる1又は2以上の結合を含む上記の化合物;Lで表されるリンカーの主鎖の原子数が15〜20個である上記の化合物;Lで表されるリンカーの主鎖の全長が25〜30Åである上記の化合物;該残基がチロキシン若しくはチロニン又はその誘導体のカルボキシル基の水素原子を除いて得られる残基又はチロキシン若しくはチロニンのアミノ基の水素原子のうちの1個を除いて得られる残基である上記の化合物;該誘導体がカルボン酸エステル誘導体又はアミノ基修飾誘導体である上記の化合物;及び、アビジンタンパク質との相互作用がKd値1×10-13 M以下である上記の化合物が提供される。
【0011】
本発明の別の観点からは、上記の一般式(I)で表される化合物とアビジンタンパク質とが結合した複合体が提供される。この発明の好ましい態様によれば、アビジンタンパク質が、アビジン、ストレプトアビジン、又はニュートラアビジンである上記の複合体が提供される。
【0012】
さらに本発明により、表面が親水処理された微粒子を含む水性分散物であって、上記の一般式(I)で表される化合物とアビジンタンパク質とが結合した複合体により表面が修飾された微粒子を含む水性分散物が提供される。この発明の好ましい態様によれば、該微粒子がカルボキシ親水処理ポリスチレンビーズである上記水性分散物;及びカルボキシ親水処理ポリスチレンビーズの表面に形成された水和層中に該複合体のアビジンタンパク質部分を含む上記の水性分散物が提供される。また、本発明により、チロキシン又はチロニンの測定に用いる上記の水性分散物が提供される。
【0013】
本発明のさらに別の観点からは、上記複合体又は水性分散物を用いてチロキシン又はチロニンを測定する方法、上記複合体又は水性分散物を用いてチロキシン又はチロニンの抗体を測定する方法、ならびに、上記複合体もしくは水性分散物を用いて、チロキシンもしくはチロニン又はチロキシンもしくはチロニンの抗体を精製する方法が提供される。
【発明の効果】
【0014】
本発明の化合物はチロキシン又はチロニンの測定に有用である。例えば、本発明の化合物とアビジンタンパク質とを結合させた複合体を用いて、例えば表面がカルボキシル基などで親水処理されたポリスチレンビーズなどの微粒子の表面を修飾することができる。このようにして得られた微粒子はタンパク質による水和効果により凝集を起こすことがないので、チロキシン又はチロニンのバイオアッセイに好適に用いることができ、簡便かつ正確に、しかも再現性よくチロキシン又はチロニンを測定することが可能になる。
また、本発明の化合物を、固定化チロキシン又はチロニンを提供する手段として用いることによって、チロキシン又はチロニンの抗体の測定や解析に用いることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】例1で得られた化合物を用いて条件Dに従ってT4の測定を行った結果を示した図である。
【図2】例1で得られた化合物を用いて競合アッセイにおける最適標識率を求めた結果を示した図である。
【図3】例1で得られた化合物が固定化されたセンサーチップに抗体1〜4を加えた際のSPR測定の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
上記一般式(I)においてXはチロキシン若しくはチロニン又はその誘導体の残基を示す。本明細書において「残基」とはチロキシン又はチロニンから1個の水素原子を除いた残りの部分構造を意味するが、好ましくは、チロキシン又はチロニンのアミノ基又はカルボキシル基から1個の水素原子を除いた残りの部分構造を意味する。特に好ましいのは、チロキシン又はチロニンのアミノ基の2個の水素原子のうちの1個の水素原子を除いた残りの部分構造である。
【0017】
本明細書においてチロキシン又はチロニンの誘導体は特に限定されないが、好ましくはチロキシン又はチロニンのカルボキシル基又はアミノ基を修飾した誘導体が挙げられる。例えば、チロキシン又はチロニンのカルボキシル基をエステル化した化合物などが好ましく、例えば、アルキルエステル誘導体などを好適に用いることができる。アルキルエステル誘導体としては、例えばメチルエステル誘導体やエチルエステル誘導体などを挙げることができる。また、チロキシン又はチロニンのアミノ基をアルキル化又はアシル化した誘導体なども好適に用いることができる。例えばカルボキシル基をメチル化又はエチル化した誘導体やアミノ基をアセチル化又はベンゾイル化した誘導体なども好ましい。
【0018】
Lは総原子数が5から50の直鎖又は分枝鎖状のリンカーを示す。Lで表されるリンカーの全体又はその一部はアルキル鎖、ポリエチレングリコール鎖、及びペプチド鎖からなる群から選ばれる少なくとも1種の鎖状構造を含んでいてもよい。ペプチド鎖としてはジペプチド鎖、トリペプチド鎖、テトラペプチド鎖や5ないし10個程度のアミノ酸残基からなるオリゴペプチド鎖を用いることができる。さらにアミド結合、エステル結合、及びカルバメート結合からなる群から選ばれる1又は2以上の結合を含んでいてもよく、1個のアミノ酸をリンカー構成単位として含んでいてもよい。
【0019】
好ましくは、リンカー全体がアルキル鎖又はポリエチレングリコール鎖からなる場合であり、親水性の付与の観点からリンカーがポリエチレングリコール鎖からなることが特に好ましい。鎖状のリンカーは1又は2以上の分枝鎖を有していてもよく、2以上の分枝鎖を有する場合にはそれらは同一でも異なっていてもよい。例えばメチル基やエチル基を分枝鎖として有する場合などが挙げられる。リンカーを構成する原子は特に限定されないが、例えば、炭素原子、酸素原子、窒素原子、イオウ原子、及び水素原子からなる群から選ばれる原子であることが好ましい。リンカーの部分構造として環状構造を含んでいてもよく、該環状構造は非芳香族環構造(シクロヘキサンジイル基、シクロヘキセンジイル基、サイクレン構造、など)又は芳香族環構造(例えばフェニレン基やピリジンジイル基など)のいずれであってもよい。
【0020】
リンカーの主鎖に含まれる原子数は特に限定されないが、例えば15〜20個程度であることが好ましい。本明細書においてリンカーの「主鎖」とはリンカーの片方の末端の原子(カルボニル基に結合する)から他方の末端の原子(Xに結合する)に至る最短の鎖状構造を意味しており、主鎖に含まれる原子数とは、主鎖を構成する鎖状構造においてリンカーの片方の末端の原子から他方の末端の原子に至る最小の原子個数を意味する。例えば-CH2-CH2-O-CH(CH2CH3)-CH2-O-で表されるリンカーの主鎖は-CH2-CH2-O-CH-CH2-O-で表される鎖状構造であり、主鎖に含まれる原子数は6個である。また、-CH2-CH2-O-CH(CH2CH3)-CH2-C6H4-O-(C6H4はp-フェニレン基を示す)で表されるリンカーの主鎖は-CH2-CH2-O-CH-CH2-C6H4-O-であり、主鎖に含まれる原子数は10個である(p-フェニレン基の結合部位の一端から他端に至る原子数は4個である)。分枝鎖を有する場合には、主鎖に結合するXのほか、分枝鎖のXが結合していてもよい。分枝鎖が複数存在する場合にはそれらのうちの1個又は2個以上にXが結合していてもよく、1個の分枝鎖に2個以上のXが結合していてもよい。分枝鎖はさらに枝分かれを有していてもよい。
【0021】
また、Lで表されるリンカーの主鎖の全長は特に限定されないが、例えば25〜30Å程度であることが好ましく、特に好ましくは27Å程度である。リンカーの主鎖の全長は、例えば分子模型を組み立てるなどの手法により簡便に推定することができる。いかなる特定の理論に拘泥するわけではないが、アビジンタンパク質におけるビオチン結合部位の溝は約27Åの深さを有していることが知られており(J. Am. Chem. Soc., 129, 873, 2007)、この溝の深さとLで表されるリンカーの主鎖の全長が概ね一致することが好ましい。さらに、本発明の化合物はアビジンタンパク質との相互作用がKd値1×10-13 M以下であることが好ましい。本明細書において「アビジンタンパク質」とは、例えば、アビジン、ストレプトアビジン、又はニュートラルアビジンなどを包含する概念である。
【0022】
本発明の化合物の好ましい例を下記に示すが、本発明の化合物はこれらに限定されることはない。式中、Meはメチル基、Etはエチル基、Prはn-プロピル基、i-Prはイソプロピル基、t-Buはtert-ブチル基、Acはアセチル基、Bocはtert-ブトキシカルボニル基を示す。
【化2】

【0023】
【化3】

【0024】
【化4】

【0025】
【化5】

【0026】
【化6】

【0027】
【化7】

【0028】
本発明の化合物の製造方法は特に限定されないが、一般的には下記のスキームに示す製造方法に従って容易に合成することができる。T4又はT3のメチルエステルはBull. Chem. Soc., 52, 1879 (1979)に記載の合成方法、又はそれに準じて適宜の修飾を加えた方法により製造することができる。t-Buエステルを酸性条件で脱保護し、T4又はT3のメチルエステル体と縮合して本発明の化合物を製造することができる。
【0029】
【化8】

【0030】
また、T4又はT3を無水酢酸又はBoc2Oと反応させアミン保護体を得た後、エチレンジアミンを縮合し、上記の製造方法と同様にしてビオチン誘導体を縮合することにより本発明の化合物を製造することができる。これらの一般的製造方法及び実施例の具体的製造方法の説明を基にして、必要に応じて原料化合物、反応試薬、反応条件などを適宜改変ないし修飾することにより、当業者は本発明の化合物を容易に製造することができる。もっとも、本発明の化合物の製造方法はこれらの方法に限定されることはない。
【0031】
【化9】

【0032】
特に好ましい化合物として下記の式で表される化合物を挙げることができるが、本発明の化合物は下記の化合物に限定されることはない(式中、R1は水素原子又はヨウ素原子を示し、好ましくはヨウ素原子を示す)。
【化10】

【0033】
上記の一般式(I)で表される化合物とアビジンタンパク質とを反応させると、本発明の化合物に存在するビオチン残基がアビジンタンパク質に存在するビオチン結合部位に結合して、本発明の複合体を与える。アビジンタンパク質としては、例えばアビジン、ストレプトアビジン、又はニュートラアビジンを用いることができる。複合体の調製は一般的には適宜の緩衝液中で行うことができ、氷冷下ないし室温程度の温度で速やかに進行する。
【0034】
上記の複合体を用いてチロキシン又はチロニン残基で表面修飾された微粒子を製造することができる。この微粒子の製造には、一般的には表面が親水処理された微粒子、例えば粒子表面がカルボキシル基で親水処理されたポリスチレンビーズなどを用いることが好ましい。ポリスチレンビーズの直径は特に限定されないが、例えば、20〜1,000 nm程度である。カルボキシル基による粒子表面の親水処理の程度も特に限定されないが、例えば 1〜1000μmol/g程度の密度でカルボキシル基が存在していることが好ましい。このような微粒子を水性媒体、例えば水や適宜の緩衝液などに懸濁すると粒子表面に水和層が形成される。水和層の厚みは特に限定されないが、例えば 5〜50 nm程度である。この水和層の存在及び厚みは動的光散乱(DLS)などの手法により確認することができる。微粒子の種類は水性分散物を調製した場合に微粒子表面に水和層が形成されるものであれば特に限定されないが、例えば、ポリスチレンビーズのほか、金コロイド、磁性粒子、蛍光粒子、Qドット(量子ドット)などを用いることもできる。
【0035】
上記の一般式(I)で表される化合物及びアビジンタンパク質を反応させることにより得られる複合体と上記の微粒子とを反応させると、該複合体に存在するアビジンタンパク質部分がこの水和層に取り込まれ、疎水性のチロキシン又はチロニン残基が水和層から突出するように配置され、これによりチロキシン又はチロニン残基が該微粒子表面に固定されるとともに、水和層の存在により微粒子の凝集が抑制され、安定な水性分散物を製造することができるようになる。例えば粒径が20〜1,000 nm程度であり、カルボキシル基による粒子表面の親水処理密度が1〜1,000μmol/g程度のポリスチレンビーズを用いて50〜 500 nm程度の水和層を形成させた場合、該水和層に取り込まれる上記複合体のアビジンタンパク質の個数は100〜6,400個程度であり、この個数に応じたチロキシン又はチロニン残基がポリスチレンビーズの表面に固定されることになる。水性懸濁物中のポリスチレンビーズの濃度は特に限定されないが、例えば0.0001〜0.1% solid(「1% solid」は、1g / 100 mLを意味する)程度である。表面に親水処理された微粒子の表面にアビジン、ストレプトアビジン、又はニュートラルアビジンを固定化した微粒子はMolecular Probes社やBangs Laboratories社から水性分散物として購入可能であり、この水性分散物に対して上記一般式(I)を反応させることによってもチロキシン又はチロニン残基が該微粒子表面に固定された微粒子の水性分散物を得ることができる。この場合、水性分散物を必要に応じて水やPBSなどの適宜の緩衝液で希釈し、微粒子の固形分量を20%以下として水性分散物を調製することが好ましい。
【0036】
上記の水性分散物を用いてチロキシン又はチロニンを測定することができる。上記のようにして得られた微粒子はタンパク質の水和による水分散性が維持されており凝集を起こすことがないので、チロキシン又はチロニンのバイオアッセイに好適に用いることができる。バイオアッセイの具体例としては、例えば Molecular Probes 社Product Informationに記載された方法を採用することができるが、この方法に限定されることはない。本発明の水性分散物は、例えばニトロセルロースなどの膜に染込ませたイムノクロマトアッセイや、ポリスチレンのような固相基盤上に固定化したELISAアッセイに用いることができるが、適用対象はこれらの方法に限定されることはない。
チロキシン又はチロニンの測定方法の際には、上記の水性分散物における微粒子のチロキシン又はチロニン残基による表面修飾の程度を変数として、最適条件を決定しておくことが好ましい。
【0037】
また、上記の複合体は、上記の水性分散物以外の形態でチロキシン又はチロニンの測定やチロキシン又はチロニンを用いた解析に用いることもできる。これらの測定や解析には、例えば、親水処理された表面を有する材料を用いる方法を使用して、上記の微粒子を用いた場合と同様に上記の複合体によって当該材料を修飾すればよい。このような方法としては、例えば、以下の方法が挙げられる:
・表面プラズモン共鳴(SPR)に用いて、例えば固定化抗原(T4又はT3)に対する抗体の速度論解析が可能になる。SPRにおいては、例えば、金属膜の表面がカルボキシメチルデキストランで覆われたセンサーチップ(CM5)を用いることができる;
・アビジン固定化担体を用いたアフィニティーカラムに用いて、T4又はT3に特異的な抗体の精製が可能となる;
・アビジン固定化チップへT4 又はT3の固定化を行って、該チップを利用した様々な解析が可能となる。
【0038】
上記の複合体により親水処理された表面を有する材料を修飾する際には、作製された複合体を用いて直接材料を修飾してもよく、又は、アビジンタンパク質を上記材料にまず固定化し、その後上記の一般式(I)で表される本発明の化合物を加えて上記材料上で複合体を形成させてもよい。
チロキシン又はチロニンの測定方法の際には、上記材料の上記複合体へ修飾の程度を変数として、最適条件を決定しておくことが好ましい。
【実施例】
【0039】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
スペーサー原料のポリエチレングリコール鎖はQuanta社から、アルキル鎖は渡辺化学から購入した。チロキシン及びリトニンはシグマ−アルドリッチ社から購入した。ビオチン誘導体はQuanta社又はシグマ−アルドリッチ社から購入し、p-トルエンスルホン酸メチルエステル(TsOMe)、エチレンジアミン、無水酢酸(Ac2O)、Boc2Oは和光純薬株式会社又は東京化成株式会社から購入した。
【0040】
例1
ビオチン化チロキシン(PEG n=4)の合成
【化11】

【0041】
DMF 5 mLに化合物2 (300 mg, 0.51 mmol)、化合物3 (590 mg, 0.61 mmol)を溶解し、DIEPAを155μL(0.92 mmol)加えて室温で3時間攪拌した。反応の終了をTLCで確認し、反応混合物に5%クエン酸水溶液を加え、20 mL酢酸エチルで3回抽出した。その後、硫酸ナトリウムで乾燥して溶媒を減圧留去し、残渣をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル:CHCl3〜CHCl3/ MeOH = 20/1〜10/1〜5/1)で精製して目的物の白色固体200 mg(31%)を得た。
1H-NMR(CD3OD) δ/ppm; 7.81(s, 2H), 7.06(s, 2H), 4.70(m, 1H), 4.45(m, 1H), 4.25(m, 1H), 3.78(s, 3H), 3.60(m, 10H) 3.20(m, 2H), 2.90(m, 2H), 2.70(m, 1H), 2.20(t, 2H), 1.20〜1.60(m, 6H)
ESI-MS(Positive): [M+1]+ = 1265
【0042】
例2
(1)ストレプトアビジン修飾蛍光粒子(φ210 nm)の作製
2%蛍光粒子水性分散物(F8811、φ210nm、Molecular Probes社:Yellow-green(505/515))250 μLに50 mM MESバッファー(pH 6.0)150μL及び10.0mg/mLストレプトアビジンPBS溶液100 μLを加え室温で15分間攪拌した。400 mg/mLのWSC(品番01-62-0011、和光純薬)水溶液を5 μL加え室温で2時間撹拌した。2 mol/L Glycine水溶液を 25μL添加し30分間撹拌した後、遠心分離(15,000rpm、4℃、15分)にて粒子を沈降させた。上清を取り除き、PBS (pH7.4)を500μL加え、超音波洗浄機により蛍光粒子を再分散させた。さらに遠心分離(15,000rpm、4℃、15分)を行い、上清を除いた後、1%BSAのPBS(pH7.4)溶液500 μL加え、蛍光粒子を再分散させることで、ストレプトアビジン修飾蛍光粒子の1%(w/v)水性分散物を得た。
【0043】
(2)ビオチン化チロキシン(PEG n=4)結合蛍光粒子の作製
例1で得たビオチン化チロキシン(PEG n=4)および上記(1)で作製したストレプトアビジン修飾蛍光粒子を表1に示した濃度比となるように混合し、室温で15時間反応させた。遠心分離(15,000rpm、4℃、15分)にて粒子を沈降させた後、上清を取り除き、PBS (pH7.4)を500μL加え、超音波洗浄機により蛍光粒子を再分散させた。さらに遠心分離(15,000rpm、4℃、15分)を行い、上清を除いた後、1%BSAのPBS(pH7.4)溶液500 μLを加え、蛍光粒子を再分散させることで、ビオチン化チロキシン(PEG n=4)結合蛍光粒子の水性分散物を得た。
【0044】
【表1】

【0045】
(3)抗チロキシン抗体固相化プレートの作製
96ウェル黒色プレート(NUNC社製 #475515)の各ウェルに、10 μg/mLに調製した抗チロキシンモノクローナル抗体(Medix社製#100074)の150 mM塩化ナトリウム溶液を100μLずつ添加し、室温で1時間静置した。抗体溶液を除去し、予め調製した洗浄用バッファー(0.05%(w/v) Tween-20を含むPBS(pH7.4))で洗浄した(350μL/ウェル、3回)。洗浄終了後、抗体の未吸着部分のブロッキングを行うため、1%カゼインを含むPBS(pH7.4)を200μLずつ各ウェルに添加し、3時間、室温で静置した。上記の洗浄用バッファーで洗浄後、安定化剤としてImmunoassay Stabilizer(ABI社製)を200μLずつ各ウェルに添加し、室温で30分間放置後に溶液を除去し、乾燥機中で水分を完全に取り除いたものを実験に使用した。
【0046】
(4)競合免疫アッセイ
上記条件Dで作製したビオチン化チロキシン(PEG n=4)結合蛍光粒子の水性分散物を1重量%のBSAを含むPBS溶液(pH7.4)で0.005重量%に希釈した。また、26μg/dLのチロキシン溶液をリン酸緩衝液(pH7.4)で下記濃度(図1)となるように希釈系列を作製し抗原溶液とした。0.005重量%ビオチン化チロキシン(PEG n=4)結合蛍光粒子30μLと各水準のチロキシン溶液30μLとを混合し、そのうち50μLを抗チロキシン抗体固相化プレートの各ウェルに添加した。1時間室温で静置したのち、反応液を除去した。リン酸緩衝液(pH7.4)350μLで洗浄した後、マイクロプレートリーダー(ARVOMX, パーキンエルマー社製)を用いて蛍光強度を測定した。測定結果を図1に示す。この結果から、本発明の化合物を用いてT4の高感度な測定が可能であることが示された。
【0047】
さらに、条件A〜Jで作製したビオチン化チロキシン(PEG n=4)結合蛍光粒子についても同様に評価を行い、ビオチン化T4と粒子の混合比を変えるだけで、競合アッセイにおける最適標識率をコントロールできるか否かを確かめた。図2のグラフに混合比とT4濃度1.5e-7Mにおける反応阻害率を示した。図中、横軸は混合比率(標識率=抗原量/粒子)を示し、縦軸は反応阻害率を示す。競合免疫アッセイでは標識抗原と抗原との阻害率が最大となる条件を設定する必要がある。例1で得られた化合物(PEG, n=4)で蛍光粒子を標識し、粒子濃度を一定にして抗原量を変化させると、標識率が40000付近で阻害率が最大になることが分かる。一方、このようにアッセイ条件を検討する際にカルボジイミド法(化学結合)のような方法で抗原を固定化する方法では、数のコントロールが困難なため、阻害率が最大となる条件を探すことが困難である。従って、この結果により本発明の化合物がチロキシンの測定に極めて有用であることが示された。
【0048】
例3
(1) ビオチン化チロキシン−ストレプトアビジン複合体の作製
例1で得たビオチン化チロキシン(PEG n=4)(Biotin-PEG4-T4)(1.2 mg)を189.8μLのDMSOに溶解させた。
1 mg / mLのストレプトアビジン 98μLと上記で得たBiotin-PEG4-T4 のDMSO 溶液(5 mM )1.33μLをHBSN 0.67μLに溶解させた。ここでストレプトアビジン :ビオチン = 1:4(モル比)である。
【0049】
(2)SPRフローセルの調製
SPR(表面プラズモン共鳴)装置として、Biocore 3000 (Biacore社製)を用いた。
CM5センサーチップを用い、以下の手順で4つのフローセル(Fc1〜4)を作製した。なお、流速は10μl/mimとした。
【0050】
Fc1: ストレプトアビジン(st-Avidine )固定化フローセル
EDC(1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド)/NHS(N−ヒドロキシスクシンイミド)等量混合液を70μL(7分間)フローした後に、ストレプトアビジンのDMSO(ジメチルスルホキシド)溶液( 0.2 mg/ml、pH 5.0)を70μL(7分間)フローした。その後、エタノールアミンを同様にフローした。
Fc2, 3, 4: T4-ストレプトアビジン固定化フローセル
EDC/NHS等量混合液を70μL(7分間)フローした後に、T4-ストレプトアビジンのDMSO溶液( 0.2 mg/ml、pH 5.0)を70μL(7分間)フローした。その後、エタノールアミンを同様にフローした。
【0051】
固定化量を確認したところ、Fc1,Fc2、Fc3,Fc4において、それぞれ、1000RU,1000RU,400RU,100RUの測定値が得られた。
S/Nが取れる範囲で、固定化量最小にして相互作用解析を行う必要があるため、T4-ストレプトアビジン固定化フローセルとしては、400RUのFc3を解析に使用した。
Fc1はネガティブコントロールとして使用した。
【0052】
(3)抗体液の調製
抗体として、Medix社製(抗体1)Fitzgeraldx社製の2種B,C(抗体2及び3)、East Coast Bio社(抗体4)を用いた。
それぞれ、0.2, 1, 5, 25 nMの溶液を作成し、測定に用いた、このうち、データ解析には1, 5, 25 nMを使用した。
【0053】
(4)SPRでの評価
上記のFc1及びFc3を用い、以下の条件で抗体溶液を添加して評価を行った。測定結果を図3に、及びBivalent(2価結合の相互作用)での速度論解析結果を表2に示す。

流速、結合、解離、洗浄条件
Flow: 10μL / mL
結合:10 min
解離:20 min
洗浄1 Gly pH1.5:3 min
洗浄2 Gly 10 mM NaOH:3 min
洗浄3 Gly pH1.5:3 min
洗浄4 Gly 10 mM NaOH:3 min
再生:HBSP buffer 8 min
【0054】
【表2】

【0055】
表2に示す結果から、抗体1が最も親和性が高いことが分かった。結合速度に関しては、抗体1,2でほぼ同程度であった。
【0056】
ビオチン化チロニン(PEG n=4)の合成
【化12】

【0057】
5 mL DMFに上記化合物2(300 mg、0.51 mmol)、4 590 mg(0.61 mmol)を溶解させ、DIEPAを155μL(0.92 mmol)加え、室温で3時間攪拌した。反応の終了をTLCで確認し、系内に5%クエン酸水溶液を加え、20 mL酢酸エチルで3回抽出した。その後、硫酸ナトリウムで乾燥、溶媒を減圧留去し、精製はカラムクロマトグラフィー(シリカゲル:CHCl3〜CHCl3/ MeOH = 20/1〜10/1〜5/1)で行い、白色固体200 mg(31%)を得た。その後、同定は1H-NMRで行った。その結果を以下に示す。

1H-NMR(CD3OD) d / ppm; 7.81(s, 2H), 6.99(d, 1H), 6.75(d, 1H), 6.60(dd, 1H) 4.75(m, 1H), 4.50(m, 1H), 4.25(m, 1H), 3.78(s, 3H), 3.60(m, 10H) 3.20(m, 2H), 2.90(m, 2H), 2.70(d, 1H), 2.20(t, 2H), 1.40〜1.80(m, 6H)
ESI-MS(Positive): [M+1]+ = 1139.4

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式(I):
【化1】

(式中、Lは総原子数が5から50の直鎖又は分枝鎖状のリンカーを示し、XはLで表されるリンカーの主鎖及び/又は側鎖に結合する1個以上のチロキシン若しくはチロニン又はその誘導体の残基を示す)で表される化合物。
【請求項2】
Lで表されるリンカーがアルキル鎖、ポリエチレングリコール鎖、及びペプチド鎖からなる群から選ばれる少なくとも1種の鎖状構造を含む請求項1に記載の化合物。
【請求項3】
Lがアルキル鎖及び/又はポリエチレングリコール鎖に加えてアミド結合、エステル結合、及びカルバメート結合からなる群から選ばれる1又は2以上の結合を含む請求項2に記載の化合物。
【請求項4】
Lで表されるリンカーの主鎖の原子数が15〜20個である請求項1ないし3のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項5】
Lで表されるリンカーの主鎖の全長が25〜30Åである請求項1ないし4のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項6】
該残基がチロキシン若しくはチロニン又はその誘導体のカルボキシル基の水素原子を除いて得られる残基又はチロキシン若しくはチロニンのアミノ基の水素原子のうちの1個を除いて得られる残基である請求項1ないし5のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項7】
該誘導体がカルボン酸エステル誘導体又はアミノ基修飾誘導体である請求項1ないし6のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項8】
アビジンタンパク質との相互作用がKd値1×10-13 M以下である請求項1ないし7のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項9】
下記の式で表される化合物(式中、R1は水素原子又はヨウ素原子を示す)。
【化2】

【請求項10】
請求項1ないし9のいずれか1項に記載の一般式(I)で表される化合物とアビジンタンパク質とが結合した複合体。
【請求項11】
アビジンタンパク質が、アビジン、ストレプトアビジン、又はニュートラアビジンである請求項10に記載の複合体。
【請求項12】
表面が親水処理された微粒子を含む水性分散物であって、該微粒子が請求項10に記載の複合体により表面が修飾された微粒子である水性分散物。
【請求項13】
該微粒子がカルボキシ親水処理ポリスチレンビーズである請求項12に記載の水性分散物。
【請求項14】
カルボキシ親水処理ポリスチレンビーズの表面に形成された水和層中に該複合体のアビジンタンパク質部分を含む請求項13に記載の水性分散物。
【請求項15】
チロキシン又はチロニンの測定に用いる請求項12に記載の水性分散物。
【請求項16】
請求項12に記載の水性分散物を用いてチロキシン又はチロニンを測定する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−53118(P2010−53118A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−136879(P2009−136879)
【出願日】平成21年6月8日(2009.6.8)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】