フィブロイン糸を使用した小動脈用人工血管
【課題】
良好な開存性を有し、強度が高く、適度な生体吸収性を有し、体循環系の動脈などの高圧系でも使用可能な小口径人工血管、及び該小口径人工血管の製造方法を提供すること。
【解決手段】
フィブロイン糸が多層に組み紐編みされて形成された多層の筒状構造物がフィブロインで被覆されてなる小口径人工血管、及び、フィブロイン糸を多層に組み紐編みして多層の筒状構造物を形成する工程、多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程を含んでなる小口径人工血管の製造方法。
良好な開存性を有し、強度が高く、適度な生体吸収性を有し、体循環系の動脈などの高圧系でも使用可能な小口径人工血管、及び該小口径人工血管の製造方法を提供すること。
【解決手段】
フィブロイン糸が多層に組み紐編みされて形成された多層の筒状構造物がフィブロインで被覆されてなる小口径人工血管、及び、フィブロイン糸を多層に組み紐編みして多層の筒状構造物を形成する工程、多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程を含んでなる小口径人工血管の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィブロイン糸を使用した小口径人工血管、及び該小口径人工血管の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医療の分野において人工血管への国民的な期待は大きい。この人工血管は、大口径の人工血管については、既に一定の実用のレベルに達している。しかし、大口径の人工血管で問題なく使用されている代表的な人工素材であるポリエチレンテレフタレート(例えば商品名ダクロン)やPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)によって、直径5.0mm以下の小口径の人工血管を作製して使用すると、血栓性閉塞が高頻度に生じてしまい、開存性の点から未だ実用困難なレベルにある。ここで、開存性とは、人工血管を移植した後に、人工血管の内腔が閉塞することなく、開存したままである性質をいう。そのために、5.0mm以下の直径の小口径の血管(冠動脈や末梢の血管など)の血行再建術を行う場合、従来の人工素材による小口径の人工血管は開存性が悪いために使用されずに、自己の血管(内胸動脈や大伏在静脈など)を利用することがほとんどである。
【0003】
しかし、自己の血管の採取は患者の負担が大きいのみならず、自己の血管が血行再建術に使用できない場合もある。特に動脈グラフトの場合には使用できる血管は限りがあるために再度の手術が不可能となる場合も多い。特に冠状動脈のバイパス手術に使用される左右内胸動脈、胃大網動脈、橈骨動脈については、その患者の生涯でただ一度しか取得することができない。このような点からも、自己の血管に頼ることなく供給可能な人工血管への期待は大きく、開存性の良好な小口径の人工血管の開発が望まれていた。
【0004】
また、小児の先天性心疾患に対する手術の場合には、移植する血管は患者の成長に伴って大きさを換えること、すなわちリモデリングすることが必要となる。従来の人工素材による代用血管を用いた場合には、このリモデリングのための再手術が必要となってしまう。そのため、このような小児患者の場合には現在は、上述したような制約を受けながらも、自己の血管を使用した血行再建術が行われている。近年、このようなリモデリングを必要とするような小児患者の場合にも、人工血管ではあっても生体吸収性の素材による人工血管であれば、自己の血管の使用に換えて使用可能であると考えられてきており、この観点から、PGA(ポリグリコール酸)やPLA(ポリ乳酸)素材などの生体吸収性人工血管が開発されてきた。
【0005】
しかし、このような生体吸収性人工血管は、肺動脈や静脈などの低圧系での臨床応用は可能であるが、一方、体循環系の動脈などの高圧系では、生体吸収性のために耐久性の問題が生じている。このため、強度が高く、生体における吸収までの期間が適度に長く耐久性に問題が生じない、すなわち適度な生体吸収性を有し、体循環系の動脈などの高圧系でも使用可能な小口径人工血管の開発が望まれていた。
【0006】
上記のような問題点を未解決のままとしている従来の人工血管類似の構造物の作製の試みとしては、例えば特許文献1に記載されている繭糸構造物がある。特許文献1は、繭糸を組み紐作成原理によって心棒へ巻き付けて形成された繭糸構造物及びその製造方法を記載している。この繭糸構造物は、強度の確保のために繭糸をセリシンで膠着し、さらに合成繊維あるいは金属繊維を混繊することを好適な態様と記載している。しかし、この繭糸構造物は、強度を追求した構造物となっており、混繊して使用する合成繊維及び金属繊維は、小口径人工血管として用いた場合に生体吸収性の点で問題が生じる。さらに、この繭糸構造物は開存性の検討がなされておらず、小口径人工血管として実用可能であることが期待できない。
【特許文献1】特開2004−173722号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、良好な開存性を有し、強度が高く、生体における吸収までの期間が適度に長く耐久性に問題が生じない、すなわち適度な生体吸収性を有し、体循環系の動脈などの高圧系でも使用可能な小口径人工血管、及び該小口径人工血管の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、実際に小口径の人工血管として使用した場合に、良好な開存性を有し、高圧系でも使用可能な強度と適度な生体吸収性とを有する小口径人工血管とその製造方法とを得ることを目的として、実際に小口径の人工血管を作製して実験動物に移植する手術を行い経時観察する動物実験を鋭意行ってきた。
【0009】
その結果、本発明者等は、上記の目的が、
フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程、
多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程、
を含んでなる小口径人工血管の製造方法、及び該製造方法によって製造された、フィブロイン糸が多層に組み紐編みされて形成された多層の筒状構造物がフィブロインで被覆されてなる小口径人工血管、によって達成されることを見いだした。
【0010】
本発明の小口径人工血管は、驚くべきことに、直径1.5mmの微小口径の人工血管としてラット腹部大動脈に端々吻合して4週間〜32週間以上の長期開存を確認した。
【0011】
したがって、本発明は、次の[1]〜[17]にある。
[1] フィブロイン糸が多層に組み紐編みされて形成された多層の筒状構造物がフィブロインで被覆されてなる、小口径人工血管。
[2] 多層が、3層である、[1]に記載の小口径人工血管。
[3] 1.0〜5.0mmの範囲の内径を有する、[1]又は[2]に記載の小口径人工血管。
[4] 人工血管の血管化能とを有する、[1]〜[3]の何れかに記載の小口径人工血管。
[5] 長期開存性を有する、[1]〜[4]の何れかに記載の小口径人工血管。
[6] 体循環系の動脈で使用可能な、[1]〜[5]の何れかに記載の小口径人工血管。
[7] フィブロイン糸として繭糸ヤーンが使用され、且つ、形成された多層の筒状構造物が、セリシンを除去された後にフィブロインで被覆されてなる、[1]〜[6]の何れかに記載の小口径人工血管。
[8] フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程、
多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程、
を含んでなる、小口径人工血管の製造方法。
[9] 多層が、3層である、[8]に記載の方法。
[10] 小口径人工血管が、1.0〜5.0mmの範囲の内径を有する、[8]又は[9]に記載の方法。
[11] 多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程が、
多層の筒状構造物をフィブロイン溶液に浸漬することによって行われる、[8]〜[10]の何れかに記載の方法。
[12] フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程が、
直径1.0〜5.0mmの心棒を使用することによって行われる、[8]〜[11]の何れかに記載の方法。
[13] フィブロイン溶液が、フィブロインをリチウムブロマイド水溶液に溶解したものである、[8]〜[12]の何れかに記載の方法。
[14] フィブロイン溶液が、フィブロインをリチウムブロマイド水溶液に溶解した後に透析されたものである、[8]〜[13]の何れかに記載の方法。
[15] フィブロイン溶液が、1〜4%のフィブロイン濃度を有する、[8]〜[14]の何れかに記載の方法。
[16] フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程が、フィブロイン糸として繭糸ヤーンを使用して行われ、該工程の後に、
形成された多層の筒状構造物からセリシンを除去する工程、
を行った後に、多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程を行う、[8]〜[15]の何れかに記載の方法。
[17] [8]〜[16]の何れかに記載の方法によって製造される、小口径人工血管。
【0012】
本発明はさらに、次の[18]〜[20]にもある。
[18] [1]〜[7]及び[17]の何れかに記載の小口径人工血管を使用して、血行再建術を行う方法。
[19] [1]〜[7]及び[17]の何れかに記載の小口径人工血管を使用して、血管化を誘導する方法。
[20] [1]〜[7]及び[17]の何れかに記載の小口径人工血管からなる、内皮細胞及び/又は平滑筋細胞の遊走誘導剤。
[21] [1]〜[7]及び[17]の何れかに記載の小口径人工血管からなる、血管形成誘導剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明の小口径人工血管は、直径5.0mm以下の小口径人工血管であるにもかかわらず、血栓性閉塞が生じることなく、長期開存を可能とするものである。この長期開存性は、本発明の小口径人工血管の抗血栓性と、小口径人工血管内腔への内皮細胞及び平滑筋細胞の遊走による血管化とによってもたらされると考えられる。そのために、長期に渡って安定した開存性を維持することが期待できる。
【0014】
そして、本発明の小口径人工血管を使用すれば、自己の血管に頼ることなく、血行再建術が可能となり、本発明の小口径人工血管は、既に自己の血管の採取が不可能となってしまった患者の救命に大きく貢献するものである。
【0015】
また、本発明の小口径人工血管は、適度な生体吸収性を有するものとなっているために、成長によるリモデリングが問題となる小児患者の血行再建術においても、好適に使用可能なものとなっている。同時に、本発明の小口径人工血管は、十分な強度と、適度な生体吸収性による耐久性とを有することから、従来の生体吸収素材では困難とされる高圧系の耐循環動脈系での好適な使用が可能なものとなっている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明に係る小口径人工血管の製造方法を例示しつつ、本発明を以下にさらに詳細に説明する。本発明は以下の例示に限定されるものではない。
【0017】
本発明に係る小口径人工血管は、フィブロイン糸が多層に組み紐編みされて形成された多層の筒状構造物がフィブロインで被覆されてなる小口径人工血管である。
【0018】
この小口径人工血管は、本発明に係る次の製造方法:
フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程、
多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程、
を含んでなる、小口径人工血管の製造方法によって製造することができる。
【0019】
上述の多層は好ましくは3層又は4層であり、特に好ましくは3層である。これを多層とすることなく1層とした場合には、高圧系で使用可能な強度を得ることができない。多層の層が多ければ、強度の点ではより改善されるが、人工血管に求められる柔軟性で劣るものとなり、さらに生体吸収される期間が長くなりすぎてしまう。
【0020】
本発明の小口径人工血管は長期開存性を有している。本発明において長期開存性とは、人工血管の移植から十分な期間(例えば、ラットでは数週間以上、ヒトでは数ヶ月以上)、人工血管の内腔が閉塞することなく、開存したままである性質をいう。
【0021】
本発明の製造方法において、多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程は、多層の筒状構造物をフィブロイン溶液に浸漬することによって行うことができる。このフィブロイン溶液は、好適にはフィブロインをリチウムブロマイド水溶液に溶解したものであり、さらに好適にはフィブロインをリチウムブロマイド水溶液に溶解した後に透析されたものである。このフィブロイン溶液は、一般には0.5〜8%の範囲のフィブロイン濃度のものを使用することができ、好ましくは1〜4%の範囲、特に好ましくは1〜3%の範囲の濃度のフィブロイン濃度のものを使用することができる。浸漬する時間は、一般には1秒〜120秒の範囲から適宜選択することができるが、好ましくは1〜60秒の範囲、特に好ましくは1〜30秒の範囲にある。
【0022】
本発明の小口径人工血管の優れた特性は、フィブロイン糸が多層に組み紐編みされて形成された多層の筒状構造物が、フィブロインで被覆されてなることによってもたらされていると考えられる。この多層、特に好ましくは3層の筒状構造体がフィブロインに被覆されることによって、本発明で示されている血管内皮細胞及び/又は平滑筋細胞の遊走と定着との誘導能がもたらされ、生体吸収性が適度なものとして維持され、人工血管が生体本来の血管と同様ものにに置き換わるように変化してゆくこと(血管化)が誘導されているものと考えられる。また、このフィブロイン被覆によって、3層の筒状構造体は、網目が適切に固定され、全体形状が適切に維持され、筒状構造体の端部にほつれが生じることなく、手術時の取り扱い性を向上させると同時に、移植後の状態でも安定化されているものと考えられる。特にこれらの主として形状の安定化の効果は、本発明の好ましい態様である、フィブロイン糸として繭糸ヤーンが使用され、且つ、形成された多層の筒状構造物がセリシンを除去されたものである場合に、特に有効なものとなっている。
【0023】
小口径人工血管の内径は、一般に1.0〜5.0mmの範囲、好ましくは1.0〜4.0mmの範囲、さらに好ましくは1.0〜3.0mmの範囲、特に好ましくは1.0〜2.0mmの範囲のものとすることができる。本発明の小口径人工血管は、このように小さな内径とした場合でも、十分な開存性を有しているという有利な特徴を有している。この内径は、術式において所望の内径とすることができ、この範囲よりも小さな内径とすることも可能であるが、小さな内径とするほど端々吻合する手技が極めて困難なものとなる。
【0024】
なお、従来の大口径の人工血管で使用される素材を使用した場合には、実用的なものとして実現できないほどの小さな口径の人工血管を提供した点に、本発明の貢献があるものではあるが、本発明の小口径人工血管の優れた特性は、大きな口径とした場合においても発揮されるものであるために、小口径人工血管の内径を、上記の範囲よりもさらに大きな値とすることも可能である。
【0025】
このような内径とするために、フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程を、直径1.0〜5.0mmの心棒を使用することによって行うことができる。この心棒の直径は、所望の内径に応じて、一般に1.0〜5.0mmの範囲、好ましくは1.0〜4.0mmの範囲、さらに好ましくは1.0〜3.0mmの範囲、特に好ましくはのものとすることができる。組み紐編みは、公知の方法及び装置によって行うことができる。
【0026】
本発明においては、上述の多層、好ましくは3層又は4層、特に好ましくは3層の構造と、フィブロインによる被覆の組み合わせによって、特に有利な効果を達成している。すなわち、単に多層構造としただけでは十分に防ぐことができない初期の血液漏洩をフィブロインの被覆によって防止しており、さらに多層構造の層間のズレをこのフィブロインの被覆による接着効果によって防止しており、さらにフィブロインによって抗血栓性が付与されている。
【0027】
本発明の小口径人工血管は、極めて有効な人工血管の血管化能を有するものである。この血管化能は、人工血管の断面の全体にわたって発揮されているものであるが、特に人工血管の内腔において好適に発揮されている。この血管化能、すなわち、人工血管が本来の自己の血管と同様に変化することを誘導する能力は、本発明の小口径人工血管の有する内皮細胞及び/又は平滑筋細胞の遊走誘導能によって導かれているものと考えられる。また、この点から、内皮細胞及び/又は平滑筋細胞の遊走誘導剤として使用できるものであり、さらに血管形成誘導剤として使用できるものである。
【0028】
本発明の小口径人工血管は、体循環系の動脈で使用可能であり、すなわちこれを可能とするような十分な強度を有するものとなっている。
【0029】
本発明の小口径人工血管は、好ましい態様において、フィブロイン糸として繭糸ヤーンが使用され、且つ、形成された多層の筒状構造物が、セリシンを除去された後にフィブロインで被覆されてなるものである。このように繭糸ヤーンを使用すれば、一定の強度を保った筒状構造物を形成しやすい点で有利である。この繭糸ヤーンには、フィブロインの他にセリシンが含まれている。このセリシンを除去することにより、異種抗原としてアレルギー反応を引き起こす可能性を極めて低減されたものとなる。この小口径人工血管は、フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程が、フィブロイン糸として繭糸ヤーンを使用して行われ、該工程の後に、形成された多層の筒状構造物からセリシンを除去する工程、を行った後に、多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程を行う製造方法によって製造することができる。
【0030】
セリシンの除去は繭糸の精練において使用される公知の方法を使用することができ、例えば加熱したアルカリ性水溶液に浸漬した後に水洗することでこれを行うことができる。このようなアルカリ性水溶液としては、例えば、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸水素ナトリウム水溶液等を挙げることができる。加熱の温度は、一般には90℃以上、好ましくは98℃以上の範囲の温度であり、好ましくは大気圧下での煮沸によってこれを行うことができる。水洗は、例えば室温で行うことができる。水洗は徹底的に行うことが好ましい。水洗に使用する水は、蒸留水、脱イオン水、フィルター透過水などの高純度の水を使用することが好ましい。
【実施例】
【0031】
以下の実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。本発明は以下に示される実施例に限定されるものではない。
【0032】
[材料の準備]
[フィブロインによる3層構造の小口径人工血管の製造](実施例)
27デニール4本取りの繭糸ヤーンを16本使用して、心棒を用いて組紐編みを行い、3層の筒状構造体を得た。この筒状構造体を100℃に加熱した0.02M炭酸ナトリウム水溶液に30分間浸漬した後に蒸留水で水洗することによって精錬して、セリシンの除去を行った。一方、フィブロインをリチウムブロマイド水溶液で溶解した後に透析して、2〜3%濃度のフィブロイン溶液を用意した。このフィブロイン溶液に、先にセリシン除去後の3層筒状構造体を室温で浸漬した後、室温で乾燥して、3層構造の小口径人工血管を得た。口径(内径)は1.5mm、2.0mm、3.0mmのものを製造した。
【0033】
[PTFE製の小口径人工血管](比較例)
比較例の材料として、動物臨床実験用に市販されているいわゆるPTFE製、すなわちePTFE(expanded polytetrafluoroethylene: gore-tex)製の小口径人工血管(ジャパンゴアテックス株式会社製、商品名:ゴアテックス(登録商標)人工血管)を使用した。
【0034】
[フィブロインによる1層構造の小口径人工血管の製造](比較例)
比較例の材料として、1層構造となるようにしたことを除いて実施例と同様にして、1層構造の小口径人工血管を製造した。ただし、フィブロイン溶液による浸漬は行わなかった。
【0035】
[小口径人工血管の移植と観察]
ラット(Sprague Dawley Rat、10−14週齢、オス)の腹部大動脈に、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管を移植してその経過の観察を行った。小口径人工血管は、1.5mm又は2.0mmの口径で、長さ10mm又は15mmのものを使用した。移植は、小口径人工血管を腹部大動脈に端々吻合することによって行った。経過の観察において、人工血管の内腔の開存性は、超音波診断装置によって確認し、また人工血管の断面の組織学的検査も行った。
【0036】
また、ウサギ(New Zealand White Rabbit、体重2.5−3kg、オス)の腹部大動脈に、フィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管を移植してその経過の観察を行った。移植は、小口径人工血管を腹部大動脈に端々吻合することによって行った。小口径人工血管は、3.0mmの口径で、長さ20mmのものを使用した。経過の観察において、人工血管の内腔の開存性は、超音波診断装置によって確認し、また人工血管の断面の組織学的検査も行った。
これらの実験とその結果を、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管の移植実験、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の移植実験、フィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の移植実験の順に、以下に詳細に説明する。
【0037】
[フィブロインによる3層構造の小口径人工血管の移植実験]
以下に、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管の移植実験とその結果を、図を使用して詳細に説明する。
【0038】
図1に、ラットへの移植に使用したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管(図1の上)(口径2.0mm、長さ15mm)と、ラットの腹部大動脈への移植直後の外観を示す(図1の下)。この口径の端々吻合は極めて困難な手術ではあるが、人工血管を安定して移植することができた。人工血管の端部は安定し、人工血管からの過度の出血もなかった。
【0039】
図2に、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の内腔表面を、移植の2週間後(2w)及び4週間後(4w)に走査型電子顕微鏡で観察した像を示す。血管内皮細胞と考えられる細胞が、2週間後には既に遊走して定着しており、さらに4週間後にはフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の内腔表面をほぼ完全に覆っていることが観察された。すなわち、移植されたフィブロインによる3層構造の小口径人工血管は、これらの細胞の遊走と定着を誘導する能力を有し、本来の自己の血管とほぼ同様の内腔表面となる性質を有していることがわかった。
【0040】
図3に、さらに移植から12週間後のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の外観、超音波診断像、血管造影図を示す。移植されたフィブロインによる3層構造の小口径人工血管は、移植から12週間後にも極めて安定して開存しており、本来の大動脈と同様に機能していることがわかった。
【0041】
図4に、移植から2週間後、4週間後、12週間後のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面のHE染色による組織学的観察像を示す。
【0042】
図5に、移植から4週間後のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面の外観及び免組織学的観察像(HE、CD31、SMA)及び透過型電子顕微鏡像(TEM)を示す。移植されたフィブロインによる3層構造の小口径人工血管には、内皮細胞(EC)及び平滑筋細胞(SMC)が遊走・定着し、血管内皮及び中膜に相当する層が形成されており、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管は生体適合性が高いことがわかった。
【0043】
図6に、さらに移植から12週間後のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面の組織学的観察像(HE、CD31、CD68、SMA)を示す。CD68はフィブロインの周りの単球を染めており、αSMAは平滑筋細胞を、CD31は内皮細胞を染めている。フィブロインによる3層構造の小口径人工血管は生体適合性が高く、生体本来の血管壁と極めて類似した構造を形成していることがわかった。
【0044】
図7に、移植から24週間後のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の外観、断面の外観及びHE染色による組織学的観察像を示す。移植されたフィブロインによる3層構造の小口径人工血管は、移植から24週間後には本来の大動脈と同様の外観や断面を有しており、開存性を有し、本来の大動脈と同様に機能していることがわかった。すなわち、移植されたフィブロインによる3層構造の小口径人工血管は、内皮細胞及び平滑筋細胞の遊走誘導能を有することに加えて、極めて有効な血管化誘導能力(血管化能)を有していることがわかった。
【0045】
図8に、移植から2週間後、24週間後のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面のシリウスレッド染色による偏光顕微鏡像を示す。2週間後の時点ではあまり観察されなかったコラーゲン繊維が、24週間後の時点ではフィブロイン繊維に沿って多数形成されていることが観察される。すなわち、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管の血管化誘導能力(血管化能)は、細胞の遊走と定着だけではなく、細胞外マトリクスによって形成される血管構造の再構築にまで及んでいることがわかった。また、このようなコラーゲン繊維等の形成が、本発明のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の有利な特徴である、長期にわたる十分な強度、耐久性の付与に寄与していると考えられる。
【0046】
図9に、移植から24週間後のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面の組織学的観察像(CD31、αSMA、Masson、Siriusred)を示す。血管壁類似の構造はより血管壁に近いものとなり、強度に寄与するコラーゲン繊維はより緻密なものとなっていることがわかった。
【0047】
[フィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の移植実験]
以下に、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管を比較した移植実験とその結果を、図を使用して詳細に説明する。
【0048】
図10に、ラットへの移植に使用したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管(図10の左の上)(口径1.5mm、長さ10mm)と、ラットの腹部大動脈への移植直後の外観(図10の左の下)、及びラットへの移植に使用したPTFEの小口径人工血管(図10の右の上)(口径1.5mm、長さ10mm)と、ラットの腹部大動脈への移植直後の外観(図10の右の下)を示す。この口径の端々吻合は極めて困難な手術ではあるが、人工血管を安定して移植することができた。人工血管の端部は安定し、人工血管からの過度の出血もなかった。
【0049】
図11に、移植から2週間後のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の超音波診断像を示す。フィブロインによる3層構造の小口径人工血管は、良好な開存性を示す一方で、PTFE製の小口径人工血管はあまり良好な開存を示さないことがわかった。
【0050】
図12に、移植から12週間後のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の血管造影図を示す。フィブロインによる3層構造の小口径人工血管は、良好な開存性を示す一方で、PTFE製の小口径人工血管は開存性に劣ることがわかった。
【0051】
図13に、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の開存性を心臓エコー検査によって比較し、十分な開存を示している個体数の割合を開存率として定量化したグラフを示す。移植から4週間後の時点で、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管の開存率は95%であり、これはPTFE製の小口径人工血管の開存率35%と比較して、3倍を超える開存率である。このフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の開存率95%は、移植から32週間後にも低下することなく、ごく初期に開存性の問題が生じた個体を除けば、個体の寿命の続く限り、優れた開存性が維持されることが予想される結果となった。
【0052】
図14に、移植から2週間後(2w)、4週間後(4w)のPTFE製の小口径人工血管の断面の組織学的観察像を示す。図13で示されたようなPTFE製の小口径人工血管の低い開存性は、血栓形成によるものであることがわかった。
【0053】
[フィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の移植実験]
以下に、フィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管を比較した移植実験とその結果を、図を使用して詳細に説明する。
【0054】
図15に、ウサギへの移植に使用したフィブロインによる1層構造の小口径人工血管(図15の中の上側のチューブ)(口径3mm、長さ20mm)と、ウサギの腹部大動脈への移植直後の外観(図15の上)、及びラットへの移植に使用したPTFEの小口径人工血管(図15の中の下側のチューブ)(口径3mm、長さ20mm)と、ラットの腹部大動脈への移植直後の外観(図15の下)を示す。人工血管の端々吻合はいずれも可能であったが、フィブロインによる1層構造の小口径人工血管は、手術直後に人工血管からの血液の漏洩が多く、この止血は難渋するものであった。
【0055】
図16に、移植から4週間後のフィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の断面の組織学的観察像(HE、CD31)を示す。
【0056】
図17に、移植から4週間後のフィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の内腔表面を走査型電子顕微鏡で観察した像を示す。血管内皮細胞の遊走と定着は、わずかに観察されるだけであった。
【0057】
図18に、移植から3ヶ月後のフィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の断面の外観、及び組織学的観察像を示す。いずれも細胞の定着とそれに伴う血管化は不十分なものであった。
【0058】
図19に、移植から3ヶ月後のフィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の内腔表面を走査型電子顕微鏡で観察した像を示す。この時点でもなお、血管内皮細胞等の定着は不十分なものであった。
【0059】
図20に、フィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の開存性を心臓エコー検査によって比較し、十分な開存を示している個体数の割合を開存率として定量化したグラフを示す。3mmという比較的大きな口径の小口径人工血管を使用したにもかかわらず、フィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管はいずれも12週間後には7割程度という低い開存率となった。フィブロインによる1層構造の小口径人工血管は、4週間後から12週間後までの間に過渡的に、PTFE製の小口径人工血管よりもわずかに良い開存性を示してはいたが、いずれもほぼ同程度の低い開存性を示すことがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】図1は、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管と、ラットの腹部大動脈への移植直後の外観を示す図である。
【図2】図2は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の内腔表面を走査型電子顕微鏡で観察した像を示す図である。
【図3】図3は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の外観、超音波診断像、血管造影図を示す図である。
【図4】図4は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面の組織学的観察像を示す図である。
【図5】図5は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面の外観及び免組織学的観察像を示す図である。
【図6】図6は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面の組織学的観察像を示す図である。
【図7】図7は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の外観、断面の外観及び組織学的観察像を示す図である。
【図8】図8は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面の偏光顕微鏡像を示す図である。
【図9】図9は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面の組織学的観察像を示す図である。
【図10】図10は、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFEの小口径人工血管と、ラットの腹部大動脈への移植直後の外観を示す図である。
【図11】図11は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の超音波診断像を示す図である。
【図12】図12は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の血管造影図を示す図である。
【図13】図13は、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の開存性を定量化したグラフを示す図である。
【図14】図14は、移植したPTFE製の小口径人工血管の断面の組織学的観察像を示す図である。
【図15】図15は、フィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管と、ラットの腹部大動脈への移植直後の外観を示す図である。
【図16】図16は、フィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の断面の組織学的観察像を示す図である。
【図17】図17は、移植したフィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の内腔表面を走査型電子顕微鏡で観察した像を示す図である。
【図18】図18は、移植したフィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の断面の外観、及び組織学的観察像を示す図である。
【図19】図19は、移植したフィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の内腔表面を走査型電子顕微鏡で観察した像を示す図である。
【図20】図20は、フィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の開存性を定量化したグラフを示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィブロイン糸を使用した小口径人工血管、及び該小口径人工血管の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医療の分野において人工血管への国民的な期待は大きい。この人工血管は、大口径の人工血管については、既に一定の実用のレベルに達している。しかし、大口径の人工血管で問題なく使用されている代表的な人工素材であるポリエチレンテレフタレート(例えば商品名ダクロン)やPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)によって、直径5.0mm以下の小口径の人工血管を作製して使用すると、血栓性閉塞が高頻度に生じてしまい、開存性の点から未だ実用困難なレベルにある。ここで、開存性とは、人工血管を移植した後に、人工血管の内腔が閉塞することなく、開存したままである性質をいう。そのために、5.0mm以下の直径の小口径の血管(冠動脈や末梢の血管など)の血行再建術を行う場合、従来の人工素材による小口径の人工血管は開存性が悪いために使用されずに、自己の血管(内胸動脈や大伏在静脈など)を利用することがほとんどである。
【0003】
しかし、自己の血管の採取は患者の負担が大きいのみならず、自己の血管が血行再建術に使用できない場合もある。特に動脈グラフトの場合には使用できる血管は限りがあるために再度の手術が不可能となる場合も多い。特に冠状動脈のバイパス手術に使用される左右内胸動脈、胃大網動脈、橈骨動脈については、その患者の生涯でただ一度しか取得することができない。このような点からも、自己の血管に頼ることなく供給可能な人工血管への期待は大きく、開存性の良好な小口径の人工血管の開発が望まれていた。
【0004】
また、小児の先天性心疾患に対する手術の場合には、移植する血管は患者の成長に伴って大きさを換えること、すなわちリモデリングすることが必要となる。従来の人工素材による代用血管を用いた場合には、このリモデリングのための再手術が必要となってしまう。そのため、このような小児患者の場合には現在は、上述したような制約を受けながらも、自己の血管を使用した血行再建術が行われている。近年、このようなリモデリングを必要とするような小児患者の場合にも、人工血管ではあっても生体吸収性の素材による人工血管であれば、自己の血管の使用に換えて使用可能であると考えられてきており、この観点から、PGA(ポリグリコール酸)やPLA(ポリ乳酸)素材などの生体吸収性人工血管が開発されてきた。
【0005】
しかし、このような生体吸収性人工血管は、肺動脈や静脈などの低圧系での臨床応用は可能であるが、一方、体循環系の動脈などの高圧系では、生体吸収性のために耐久性の問題が生じている。このため、強度が高く、生体における吸収までの期間が適度に長く耐久性に問題が生じない、すなわち適度な生体吸収性を有し、体循環系の動脈などの高圧系でも使用可能な小口径人工血管の開発が望まれていた。
【0006】
上記のような問題点を未解決のままとしている従来の人工血管類似の構造物の作製の試みとしては、例えば特許文献1に記載されている繭糸構造物がある。特許文献1は、繭糸を組み紐作成原理によって心棒へ巻き付けて形成された繭糸構造物及びその製造方法を記載している。この繭糸構造物は、強度の確保のために繭糸をセリシンで膠着し、さらに合成繊維あるいは金属繊維を混繊することを好適な態様と記載している。しかし、この繭糸構造物は、強度を追求した構造物となっており、混繊して使用する合成繊維及び金属繊維は、小口径人工血管として用いた場合に生体吸収性の点で問題が生じる。さらに、この繭糸構造物は開存性の検討がなされておらず、小口径人工血管として実用可能であることが期待できない。
【特許文献1】特開2004−173722号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、良好な開存性を有し、強度が高く、生体における吸収までの期間が適度に長く耐久性に問題が生じない、すなわち適度な生体吸収性を有し、体循環系の動脈などの高圧系でも使用可能な小口径人工血管、及び該小口径人工血管の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、実際に小口径の人工血管として使用した場合に、良好な開存性を有し、高圧系でも使用可能な強度と適度な生体吸収性とを有する小口径人工血管とその製造方法とを得ることを目的として、実際に小口径の人工血管を作製して実験動物に移植する手術を行い経時観察する動物実験を鋭意行ってきた。
【0009】
その結果、本発明者等は、上記の目的が、
フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程、
多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程、
を含んでなる小口径人工血管の製造方法、及び該製造方法によって製造された、フィブロイン糸が多層に組み紐編みされて形成された多層の筒状構造物がフィブロインで被覆されてなる小口径人工血管、によって達成されることを見いだした。
【0010】
本発明の小口径人工血管は、驚くべきことに、直径1.5mmの微小口径の人工血管としてラット腹部大動脈に端々吻合して4週間〜32週間以上の長期開存を確認した。
【0011】
したがって、本発明は、次の[1]〜[17]にある。
[1] フィブロイン糸が多層に組み紐編みされて形成された多層の筒状構造物がフィブロインで被覆されてなる、小口径人工血管。
[2] 多層が、3層である、[1]に記載の小口径人工血管。
[3] 1.0〜5.0mmの範囲の内径を有する、[1]又は[2]に記載の小口径人工血管。
[4] 人工血管の血管化能とを有する、[1]〜[3]の何れかに記載の小口径人工血管。
[5] 長期開存性を有する、[1]〜[4]の何れかに記載の小口径人工血管。
[6] 体循環系の動脈で使用可能な、[1]〜[5]の何れかに記載の小口径人工血管。
[7] フィブロイン糸として繭糸ヤーンが使用され、且つ、形成された多層の筒状構造物が、セリシンを除去された後にフィブロインで被覆されてなる、[1]〜[6]の何れかに記載の小口径人工血管。
[8] フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程、
多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程、
を含んでなる、小口径人工血管の製造方法。
[9] 多層が、3層である、[8]に記載の方法。
[10] 小口径人工血管が、1.0〜5.0mmの範囲の内径を有する、[8]又は[9]に記載の方法。
[11] 多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程が、
多層の筒状構造物をフィブロイン溶液に浸漬することによって行われる、[8]〜[10]の何れかに記載の方法。
[12] フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程が、
直径1.0〜5.0mmの心棒を使用することによって行われる、[8]〜[11]の何れかに記載の方法。
[13] フィブロイン溶液が、フィブロインをリチウムブロマイド水溶液に溶解したものである、[8]〜[12]の何れかに記載の方法。
[14] フィブロイン溶液が、フィブロインをリチウムブロマイド水溶液に溶解した後に透析されたものである、[8]〜[13]の何れかに記載の方法。
[15] フィブロイン溶液が、1〜4%のフィブロイン濃度を有する、[8]〜[14]の何れかに記載の方法。
[16] フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程が、フィブロイン糸として繭糸ヤーンを使用して行われ、該工程の後に、
形成された多層の筒状構造物からセリシンを除去する工程、
を行った後に、多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程を行う、[8]〜[15]の何れかに記載の方法。
[17] [8]〜[16]の何れかに記載の方法によって製造される、小口径人工血管。
【0012】
本発明はさらに、次の[18]〜[20]にもある。
[18] [1]〜[7]及び[17]の何れかに記載の小口径人工血管を使用して、血行再建術を行う方法。
[19] [1]〜[7]及び[17]の何れかに記載の小口径人工血管を使用して、血管化を誘導する方法。
[20] [1]〜[7]及び[17]の何れかに記載の小口径人工血管からなる、内皮細胞及び/又は平滑筋細胞の遊走誘導剤。
[21] [1]〜[7]及び[17]の何れかに記載の小口径人工血管からなる、血管形成誘導剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明の小口径人工血管は、直径5.0mm以下の小口径人工血管であるにもかかわらず、血栓性閉塞が生じることなく、長期開存を可能とするものである。この長期開存性は、本発明の小口径人工血管の抗血栓性と、小口径人工血管内腔への内皮細胞及び平滑筋細胞の遊走による血管化とによってもたらされると考えられる。そのために、長期に渡って安定した開存性を維持することが期待できる。
【0014】
そして、本発明の小口径人工血管を使用すれば、自己の血管に頼ることなく、血行再建術が可能となり、本発明の小口径人工血管は、既に自己の血管の採取が不可能となってしまった患者の救命に大きく貢献するものである。
【0015】
また、本発明の小口径人工血管は、適度な生体吸収性を有するものとなっているために、成長によるリモデリングが問題となる小児患者の血行再建術においても、好適に使用可能なものとなっている。同時に、本発明の小口径人工血管は、十分な強度と、適度な生体吸収性による耐久性とを有することから、従来の生体吸収素材では困難とされる高圧系の耐循環動脈系での好適な使用が可能なものとなっている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明に係る小口径人工血管の製造方法を例示しつつ、本発明を以下にさらに詳細に説明する。本発明は以下の例示に限定されるものではない。
【0017】
本発明に係る小口径人工血管は、フィブロイン糸が多層に組み紐編みされて形成された多層の筒状構造物がフィブロインで被覆されてなる小口径人工血管である。
【0018】
この小口径人工血管は、本発明に係る次の製造方法:
フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程、
多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程、
を含んでなる、小口径人工血管の製造方法によって製造することができる。
【0019】
上述の多層は好ましくは3層又は4層であり、特に好ましくは3層である。これを多層とすることなく1層とした場合には、高圧系で使用可能な強度を得ることができない。多層の層が多ければ、強度の点ではより改善されるが、人工血管に求められる柔軟性で劣るものとなり、さらに生体吸収される期間が長くなりすぎてしまう。
【0020】
本発明の小口径人工血管は長期開存性を有している。本発明において長期開存性とは、人工血管の移植から十分な期間(例えば、ラットでは数週間以上、ヒトでは数ヶ月以上)、人工血管の内腔が閉塞することなく、開存したままである性質をいう。
【0021】
本発明の製造方法において、多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程は、多層の筒状構造物をフィブロイン溶液に浸漬することによって行うことができる。このフィブロイン溶液は、好適にはフィブロインをリチウムブロマイド水溶液に溶解したものであり、さらに好適にはフィブロインをリチウムブロマイド水溶液に溶解した後に透析されたものである。このフィブロイン溶液は、一般には0.5〜8%の範囲のフィブロイン濃度のものを使用することができ、好ましくは1〜4%の範囲、特に好ましくは1〜3%の範囲の濃度のフィブロイン濃度のものを使用することができる。浸漬する時間は、一般には1秒〜120秒の範囲から適宜選択することができるが、好ましくは1〜60秒の範囲、特に好ましくは1〜30秒の範囲にある。
【0022】
本発明の小口径人工血管の優れた特性は、フィブロイン糸が多層に組み紐編みされて形成された多層の筒状構造物が、フィブロインで被覆されてなることによってもたらされていると考えられる。この多層、特に好ましくは3層の筒状構造体がフィブロインに被覆されることによって、本発明で示されている血管内皮細胞及び/又は平滑筋細胞の遊走と定着との誘導能がもたらされ、生体吸収性が適度なものとして維持され、人工血管が生体本来の血管と同様ものにに置き換わるように変化してゆくこと(血管化)が誘導されているものと考えられる。また、このフィブロイン被覆によって、3層の筒状構造体は、網目が適切に固定され、全体形状が適切に維持され、筒状構造体の端部にほつれが生じることなく、手術時の取り扱い性を向上させると同時に、移植後の状態でも安定化されているものと考えられる。特にこれらの主として形状の安定化の効果は、本発明の好ましい態様である、フィブロイン糸として繭糸ヤーンが使用され、且つ、形成された多層の筒状構造物がセリシンを除去されたものである場合に、特に有効なものとなっている。
【0023】
小口径人工血管の内径は、一般に1.0〜5.0mmの範囲、好ましくは1.0〜4.0mmの範囲、さらに好ましくは1.0〜3.0mmの範囲、特に好ましくは1.0〜2.0mmの範囲のものとすることができる。本発明の小口径人工血管は、このように小さな内径とした場合でも、十分な開存性を有しているという有利な特徴を有している。この内径は、術式において所望の内径とすることができ、この範囲よりも小さな内径とすることも可能であるが、小さな内径とするほど端々吻合する手技が極めて困難なものとなる。
【0024】
なお、従来の大口径の人工血管で使用される素材を使用した場合には、実用的なものとして実現できないほどの小さな口径の人工血管を提供した点に、本発明の貢献があるものではあるが、本発明の小口径人工血管の優れた特性は、大きな口径とした場合においても発揮されるものであるために、小口径人工血管の内径を、上記の範囲よりもさらに大きな値とすることも可能である。
【0025】
このような内径とするために、フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程を、直径1.0〜5.0mmの心棒を使用することによって行うことができる。この心棒の直径は、所望の内径に応じて、一般に1.0〜5.0mmの範囲、好ましくは1.0〜4.0mmの範囲、さらに好ましくは1.0〜3.0mmの範囲、特に好ましくはのものとすることができる。組み紐編みは、公知の方法及び装置によって行うことができる。
【0026】
本発明においては、上述の多層、好ましくは3層又は4層、特に好ましくは3層の構造と、フィブロインによる被覆の組み合わせによって、特に有利な効果を達成している。すなわち、単に多層構造としただけでは十分に防ぐことができない初期の血液漏洩をフィブロインの被覆によって防止しており、さらに多層構造の層間のズレをこのフィブロインの被覆による接着効果によって防止しており、さらにフィブロインによって抗血栓性が付与されている。
【0027】
本発明の小口径人工血管は、極めて有効な人工血管の血管化能を有するものである。この血管化能は、人工血管の断面の全体にわたって発揮されているものであるが、特に人工血管の内腔において好適に発揮されている。この血管化能、すなわち、人工血管が本来の自己の血管と同様に変化することを誘導する能力は、本発明の小口径人工血管の有する内皮細胞及び/又は平滑筋細胞の遊走誘導能によって導かれているものと考えられる。また、この点から、内皮細胞及び/又は平滑筋細胞の遊走誘導剤として使用できるものであり、さらに血管形成誘導剤として使用できるものである。
【0028】
本発明の小口径人工血管は、体循環系の動脈で使用可能であり、すなわちこれを可能とするような十分な強度を有するものとなっている。
【0029】
本発明の小口径人工血管は、好ましい態様において、フィブロイン糸として繭糸ヤーンが使用され、且つ、形成された多層の筒状構造物が、セリシンを除去された後にフィブロインで被覆されてなるものである。このように繭糸ヤーンを使用すれば、一定の強度を保った筒状構造物を形成しやすい点で有利である。この繭糸ヤーンには、フィブロインの他にセリシンが含まれている。このセリシンを除去することにより、異種抗原としてアレルギー反応を引き起こす可能性を極めて低減されたものとなる。この小口径人工血管は、フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程が、フィブロイン糸として繭糸ヤーンを使用して行われ、該工程の後に、形成された多層の筒状構造物からセリシンを除去する工程、を行った後に、多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程を行う製造方法によって製造することができる。
【0030】
セリシンの除去は繭糸の精練において使用される公知の方法を使用することができ、例えば加熱したアルカリ性水溶液に浸漬した後に水洗することでこれを行うことができる。このようなアルカリ性水溶液としては、例えば、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸水素ナトリウム水溶液等を挙げることができる。加熱の温度は、一般には90℃以上、好ましくは98℃以上の範囲の温度であり、好ましくは大気圧下での煮沸によってこれを行うことができる。水洗は、例えば室温で行うことができる。水洗は徹底的に行うことが好ましい。水洗に使用する水は、蒸留水、脱イオン水、フィルター透過水などの高純度の水を使用することが好ましい。
【実施例】
【0031】
以下の実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。本発明は以下に示される実施例に限定されるものではない。
【0032】
[材料の準備]
[フィブロインによる3層構造の小口径人工血管の製造](実施例)
27デニール4本取りの繭糸ヤーンを16本使用して、心棒を用いて組紐編みを行い、3層の筒状構造体を得た。この筒状構造体を100℃に加熱した0.02M炭酸ナトリウム水溶液に30分間浸漬した後に蒸留水で水洗することによって精錬して、セリシンの除去を行った。一方、フィブロインをリチウムブロマイド水溶液で溶解した後に透析して、2〜3%濃度のフィブロイン溶液を用意した。このフィブロイン溶液に、先にセリシン除去後の3層筒状構造体を室温で浸漬した後、室温で乾燥して、3層構造の小口径人工血管を得た。口径(内径)は1.5mm、2.0mm、3.0mmのものを製造した。
【0033】
[PTFE製の小口径人工血管](比較例)
比較例の材料として、動物臨床実験用に市販されているいわゆるPTFE製、すなわちePTFE(expanded polytetrafluoroethylene: gore-tex)製の小口径人工血管(ジャパンゴアテックス株式会社製、商品名:ゴアテックス(登録商標)人工血管)を使用した。
【0034】
[フィブロインによる1層構造の小口径人工血管の製造](比較例)
比較例の材料として、1層構造となるようにしたことを除いて実施例と同様にして、1層構造の小口径人工血管を製造した。ただし、フィブロイン溶液による浸漬は行わなかった。
【0035】
[小口径人工血管の移植と観察]
ラット(Sprague Dawley Rat、10−14週齢、オス)の腹部大動脈に、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管を移植してその経過の観察を行った。小口径人工血管は、1.5mm又は2.0mmの口径で、長さ10mm又は15mmのものを使用した。移植は、小口径人工血管を腹部大動脈に端々吻合することによって行った。経過の観察において、人工血管の内腔の開存性は、超音波診断装置によって確認し、また人工血管の断面の組織学的検査も行った。
【0036】
また、ウサギ(New Zealand White Rabbit、体重2.5−3kg、オス)の腹部大動脈に、フィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管を移植してその経過の観察を行った。移植は、小口径人工血管を腹部大動脈に端々吻合することによって行った。小口径人工血管は、3.0mmの口径で、長さ20mmのものを使用した。経過の観察において、人工血管の内腔の開存性は、超音波診断装置によって確認し、また人工血管の断面の組織学的検査も行った。
これらの実験とその結果を、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管の移植実験、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の移植実験、フィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の移植実験の順に、以下に詳細に説明する。
【0037】
[フィブロインによる3層構造の小口径人工血管の移植実験]
以下に、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管の移植実験とその結果を、図を使用して詳細に説明する。
【0038】
図1に、ラットへの移植に使用したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管(図1の上)(口径2.0mm、長さ15mm)と、ラットの腹部大動脈への移植直後の外観を示す(図1の下)。この口径の端々吻合は極めて困難な手術ではあるが、人工血管を安定して移植することができた。人工血管の端部は安定し、人工血管からの過度の出血もなかった。
【0039】
図2に、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の内腔表面を、移植の2週間後(2w)及び4週間後(4w)に走査型電子顕微鏡で観察した像を示す。血管内皮細胞と考えられる細胞が、2週間後には既に遊走して定着しており、さらに4週間後にはフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の内腔表面をほぼ完全に覆っていることが観察された。すなわち、移植されたフィブロインによる3層構造の小口径人工血管は、これらの細胞の遊走と定着を誘導する能力を有し、本来の自己の血管とほぼ同様の内腔表面となる性質を有していることがわかった。
【0040】
図3に、さらに移植から12週間後のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の外観、超音波診断像、血管造影図を示す。移植されたフィブロインによる3層構造の小口径人工血管は、移植から12週間後にも極めて安定して開存しており、本来の大動脈と同様に機能していることがわかった。
【0041】
図4に、移植から2週間後、4週間後、12週間後のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面のHE染色による組織学的観察像を示す。
【0042】
図5に、移植から4週間後のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面の外観及び免組織学的観察像(HE、CD31、SMA)及び透過型電子顕微鏡像(TEM)を示す。移植されたフィブロインによる3層構造の小口径人工血管には、内皮細胞(EC)及び平滑筋細胞(SMC)が遊走・定着し、血管内皮及び中膜に相当する層が形成されており、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管は生体適合性が高いことがわかった。
【0043】
図6に、さらに移植から12週間後のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面の組織学的観察像(HE、CD31、CD68、SMA)を示す。CD68はフィブロインの周りの単球を染めており、αSMAは平滑筋細胞を、CD31は内皮細胞を染めている。フィブロインによる3層構造の小口径人工血管は生体適合性が高く、生体本来の血管壁と極めて類似した構造を形成していることがわかった。
【0044】
図7に、移植から24週間後のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の外観、断面の外観及びHE染色による組織学的観察像を示す。移植されたフィブロインによる3層構造の小口径人工血管は、移植から24週間後には本来の大動脈と同様の外観や断面を有しており、開存性を有し、本来の大動脈と同様に機能していることがわかった。すなわち、移植されたフィブロインによる3層構造の小口径人工血管は、内皮細胞及び平滑筋細胞の遊走誘導能を有することに加えて、極めて有効な血管化誘導能力(血管化能)を有していることがわかった。
【0045】
図8に、移植から2週間後、24週間後のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面のシリウスレッド染色による偏光顕微鏡像を示す。2週間後の時点ではあまり観察されなかったコラーゲン繊維が、24週間後の時点ではフィブロイン繊維に沿って多数形成されていることが観察される。すなわち、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管の血管化誘導能力(血管化能)は、細胞の遊走と定着だけではなく、細胞外マトリクスによって形成される血管構造の再構築にまで及んでいることがわかった。また、このようなコラーゲン繊維等の形成が、本発明のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の有利な特徴である、長期にわたる十分な強度、耐久性の付与に寄与していると考えられる。
【0046】
図9に、移植から24週間後のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面の組織学的観察像(CD31、αSMA、Masson、Siriusred)を示す。血管壁類似の構造はより血管壁に近いものとなり、強度に寄与するコラーゲン繊維はより緻密なものとなっていることがわかった。
【0047】
[フィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の移植実験]
以下に、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管を比較した移植実験とその結果を、図を使用して詳細に説明する。
【0048】
図10に、ラットへの移植に使用したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管(図10の左の上)(口径1.5mm、長さ10mm)と、ラットの腹部大動脈への移植直後の外観(図10の左の下)、及びラットへの移植に使用したPTFEの小口径人工血管(図10の右の上)(口径1.5mm、長さ10mm)と、ラットの腹部大動脈への移植直後の外観(図10の右の下)を示す。この口径の端々吻合は極めて困難な手術ではあるが、人工血管を安定して移植することができた。人工血管の端部は安定し、人工血管からの過度の出血もなかった。
【0049】
図11に、移植から2週間後のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の超音波診断像を示す。フィブロインによる3層構造の小口径人工血管は、良好な開存性を示す一方で、PTFE製の小口径人工血管はあまり良好な開存を示さないことがわかった。
【0050】
図12に、移植から12週間後のフィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の血管造影図を示す。フィブロインによる3層構造の小口径人工血管は、良好な開存性を示す一方で、PTFE製の小口径人工血管は開存性に劣ることがわかった。
【0051】
図13に、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の開存性を心臓エコー検査によって比較し、十分な開存を示している個体数の割合を開存率として定量化したグラフを示す。移植から4週間後の時点で、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管の開存率は95%であり、これはPTFE製の小口径人工血管の開存率35%と比較して、3倍を超える開存率である。このフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の開存率95%は、移植から32週間後にも低下することなく、ごく初期に開存性の問題が生じた個体を除けば、個体の寿命の続く限り、優れた開存性が維持されることが予想される結果となった。
【0052】
図14に、移植から2週間後(2w)、4週間後(4w)のPTFE製の小口径人工血管の断面の組織学的観察像を示す。図13で示されたようなPTFE製の小口径人工血管の低い開存性は、血栓形成によるものであることがわかった。
【0053】
[フィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の移植実験]
以下に、フィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管を比較した移植実験とその結果を、図を使用して詳細に説明する。
【0054】
図15に、ウサギへの移植に使用したフィブロインによる1層構造の小口径人工血管(図15の中の上側のチューブ)(口径3mm、長さ20mm)と、ウサギの腹部大動脈への移植直後の外観(図15の上)、及びラットへの移植に使用したPTFEの小口径人工血管(図15の中の下側のチューブ)(口径3mm、長さ20mm)と、ラットの腹部大動脈への移植直後の外観(図15の下)を示す。人工血管の端々吻合はいずれも可能であったが、フィブロインによる1層構造の小口径人工血管は、手術直後に人工血管からの血液の漏洩が多く、この止血は難渋するものであった。
【0055】
図16に、移植から4週間後のフィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の断面の組織学的観察像(HE、CD31)を示す。
【0056】
図17に、移植から4週間後のフィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の内腔表面を走査型電子顕微鏡で観察した像を示す。血管内皮細胞の遊走と定着は、わずかに観察されるだけであった。
【0057】
図18に、移植から3ヶ月後のフィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の断面の外観、及び組織学的観察像を示す。いずれも細胞の定着とそれに伴う血管化は不十分なものであった。
【0058】
図19に、移植から3ヶ月後のフィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の内腔表面を走査型電子顕微鏡で観察した像を示す。この時点でもなお、血管内皮細胞等の定着は不十分なものであった。
【0059】
図20に、フィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の開存性を心臓エコー検査によって比較し、十分な開存を示している個体数の割合を開存率として定量化したグラフを示す。3mmという比較的大きな口径の小口径人工血管を使用したにもかかわらず、フィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管はいずれも12週間後には7割程度という低い開存率となった。フィブロインによる1層構造の小口径人工血管は、4週間後から12週間後までの間に過渡的に、PTFE製の小口径人工血管よりもわずかに良い開存性を示してはいたが、いずれもほぼ同程度の低い開存性を示すことがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】図1は、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管と、ラットの腹部大動脈への移植直後の外観を示す図である。
【図2】図2は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の内腔表面を走査型電子顕微鏡で観察した像を示す図である。
【図3】図3は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の外観、超音波診断像、血管造影図を示す図である。
【図4】図4は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面の組織学的観察像を示す図である。
【図5】図5は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面の外観及び免組織学的観察像を示す図である。
【図6】図6は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面の組織学的観察像を示す図である。
【図7】図7は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の外観、断面の外観及び組織学的観察像を示す図である。
【図8】図8は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面の偏光顕微鏡像を示す図である。
【図9】図9は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管の断面の組織学的観察像を示す図である。
【図10】図10は、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFEの小口径人工血管と、ラットの腹部大動脈への移植直後の外観を示す図である。
【図11】図11は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の超音波診断像を示す図である。
【図12】図12は、移植したフィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の血管造影図を示す図である。
【図13】図13は、フィブロインによる3層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の開存性を定量化したグラフを示す図である。
【図14】図14は、移植したPTFE製の小口径人工血管の断面の組織学的観察像を示す図である。
【図15】図15は、フィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管と、ラットの腹部大動脈への移植直後の外観を示す図である。
【図16】図16は、フィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の断面の組織学的観察像を示す図である。
【図17】図17は、移植したフィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の内腔表面を走査型電子顕微鏡で観察した像を示す図である。
【図18】図18は、移植したフィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の断面の外観、及び組織学的観察像を示す図である。
【図19】図19は、移植したフィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の内腔表面を走査型電子顕微鏡で観察した像を示す図である。
【図20】図20は、フィブロインによる1層構造の小口径人工血管及びPTFE製の小口径人工血管の開存性を定量化したグラフを示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィブロイン糸が多層に組み紐編みされて形成された多層の筒状構造物がフィブロインで被覆されてなる、小口径人工血管。
【請求項2】
多層が、3層である、請求項1に記載の小口径人工血管。
【請求項3】
1.0〜5.0mmの範囲の内径を有する、請求項1又は請求項2に記載の小口径人工血管。
【請求項4】
人工血管の血管化能を有する、請求項1〜3の何れかに記載の小口径人工血管。
【請求項5】
長期開存性を有する、請求項1〜4の何れかに記載の小口径人工血管。
【請求項6】
体循環系の動脈で使用可能な、請求項1〜5の何れかに記載の小口径人工血管。
【請求項7】
フィブロイン糸として繭糸ヤーンが使用され、且つ、形成された多層の筒状構造物が、セリシンを除去された後にフィブロインで被覆されてなる、請求項1〜6の何れかに記載の小口径人工血管。
【請求項8】
フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程、
多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程、
を含んでなる、小口径人工血管の製造方法。
【請求項9】
多層が、3層である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
小口径人工血管が、1.0〜5.0mmの範囲の内径を有する、請求項8又は請求項9に記載の方法。
【請求項11】
多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程が、
多層の筒状構造物をフィブロイン溶液に浸漬することによって行われる、請求項8〜10の何れかに記載の方法。
【請求項12】
フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程が、
直径1.0〜5.0mmの心棒を使用することによって行われる、請求項8〜11の何れかに記載の方法。
【請求項13】
フィブロイン溶液が、フィブロインをリチウムブロマイド水溶液に溶解したものである、請求項8〜12の何れかに記載の方法。
【請求項14】
フィブロイン溶液が、フィブロインをリチウムブロマイド水溶液に溶解した後に透析されたものである、請求項8〜13の何れかに記載の方法。
【請求項15】
フィブロイン溶液が、1〜4%のフィブロイン濃度を有する、請求項8〜14の何れかに記載の方法。
【請求項16】
フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程が、フィブロイン糸として繭糸ヤーンを使用して行われ、該工程の後に、
形成された多層の筒状構造物からセリシンを除去する工程、
を行った後に、多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程を行う、請求項8〜15の何れかに記載の方法。
【請求項17】
請求項8〜16の何れかに記載の方法によって製造される、小口径人工血管。
【請求項1】
フィブロイン糸が多層に組み紐編みされて形成された多層の筒状構造物がフィブロインで被覆されてなる、小口径人工血管。
【請求項2】
多層が、3層である、請求項1に記載の小口径人工血管。
【請求項3】
1.0〜5.0mmの範囲の内径を有する、請求項1又は請求項2に記載の小口径人工血管。
【請求項4】
人工血管の血管化能を有する、請求項1〜3の何れかに記載の小口径人工血管。
【請求項5】
長期開存性を有する、請求項1〜4の何れかに記載の小口径人工血管。
【請求項6】
体循環系の動脈で使用可能な、請求項1〜5の何れかに記載の小口径人工血管。
【請求項7】
フィブロイン糸として繭糸ヤーンが使用され、且つ、形成された多層の筒状構造物が、セリシンを除去された後にフィブロインで被覆されてなる、請求項1〜6の何れかに記載の小口径人工血管。
【請求項8】
フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程、
多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程、
を含んでなる、小口径人工血管の製造方法。
【請求項9】
多層が、3層である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
小口径人工血管が、1.0〜5.0mmの範囲の内径を有する、請求項8又は請求項9に記載の方法。
【請求項11】
多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程が、
多層の筒状構造物をフィブロイン溶液に浸漬することによって行われる、請求項8〜10の何れかに記載の方法。
【請求項12】
フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程が、
直径1.0〜5.0mmの心棒を使用することによって行われる、請求項8〜11の何れかに記載の方法。
【請求項13】
フィブロイン溶液が、フィブロインをリチウムブロマイド水溶液に溶解したものである、請求項8〜12の何れかに記載の方法。
【請求項14】
フィブロイン溶液が、フィブロインをリチウムブロマイド水溶液に溶解した後に透析されたものである、請求項8〜13の何れかに記載の方法。
【請求項15】
フィブロイン溶液が、1〜4%のフィブロイン濃度を有する、請求項8〜14の何れかに記載の方法。
【請求項16】
フィブロイン糸を多層に組み紐編みして、多層の筒状構造物を形成する工程が、フィブロイン糸として繭糸ヤーンを使用して行われ、該工程の後に、
形成された多層の筒状構造物からセリシンを除去する工程、
を行った後に、多層の筒状構造物をフィブロインで被覆する工程を行う、請求項8〜15の何れかに記載の方法。
【請求項17】
請求項8〜16の何れかに記載の方法によって製造される、小口径人工血管。
【図13】
【図20】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【公開番号】特開2008−73408(P2008−73408A)
【公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−258586(P2006−258586)
【出願日】平成18年9月25日(2006.9.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年3月24日〜26日 社団法人日本循環器学会主催の「第70回記念日本循環器学会総会・学術集会」において文書をもって発表
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年9月25日(2006.9.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年3月24日〜26日 社団法人日本循環器学会主催の「第70回記念日本循環器学会総会・学術集会」において文書をもって発表
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】
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