説明

フェノキシ樹脂絶縁ワニス及びこれを用いた絶縁電線

【課題】 加熱処理後であっても導体との密着性に優れ、高負荷条件下でも耐軟化性を有する絶縁被膜を形成できる絶縁ワニス、及びこれを用いた絶縁電線を提供する。
【解決手段】 ビスフェノールA型フェノキシ樹脂80〜30質量%及びビスフェノールS型フェノキシ樹脂20〜70質量%のフェノキシ樹脂100質量部、ならびにブロックイソシアネート5〜50質量部を含有する。前記ビスフェノールA型フェノキシ樹脂のガラス転移点は60〜90℃であり、前記ビスフェノールS型フェノキシ樹脂のガラス転移点は100〜150℃であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、含浸ワニス処理等の高温処理後も優れた導体との密着性を保持した絶縁被膜を形成することができる絶縁ワニス、及び当該ワニスでプライマー層を形成した絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
モータの巻線やトランスの巻線の絶縁電線で、耐熱性の要求が高い用途については、ポリエステルイミド樹脂を主成分とした絶縁ワニスが用いられている。
【0003】
巻線加工工程の自動化、高速化の発展に従い、巻線の絶縁被膜に対する耐摩耗性、耐熱性、可とう性の要求については年々厳しくなり、さらに、各種電気機器の高出力化、または小型化、省電力化への要請に伴う高占積率化も進み、巻線に加えられる加工負荷が厳しくなっている。このような事情下、ポリエスエルイミド樹脂絶縁被膜の耐摩耗性、可とう性、密着性を改善する提案が種々なされている。
【0004】
例えば、特許第3766447号では、アセチレン類、アルキノール類、アルデヒド類、アミン類、メルカプタン類、およびチオ尿素類等の金属不活性剤と、フェノール樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂等の硬化性樹脂を配合することにより、絶縁被膜の耐熱性、導体に対する密着性を改善することが提案されている。そして、実施例において、ポリエステルイミド系塗料に、5−アミノ−1,3,4−チアジアゾール−2−チオールとメラミン樹脂とを添加した絶縁被膜が、180°剥離試験による密着力、ヒートショック試験後の可とう性に優れていたことを開示している。
【0005】
【特許文献1】特許第3766447号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、ワニス含浸処理などが行われれる仕様では、常温での密着性やヒートショック試験後の可とう性の改善だけでは十分でない。加熱処理後の密着性、高負荷条件下での耐軟化性なども充足する必要がある。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、加熱処理後であっても導体との密着性に優れ、高負荷条件下でも耐軟化性を有する絶縁被膜を形成できる絶縁ワニスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、加熱処理後も導体との密着性を保持できる絶縁被膜として、プライマー層にエポキシ樹脂、特にフェノキシ樹脂を用いた絶縁電線を提案している(特願2007−266405)。しかしながら、ポリエステルイミドワニスの代替えとして、さらに他の特性についても検討した結果、本発明に到達した。
【0009】
すなわち、本発明の絶縁ワニスは、ビスフェノールA型フェノキシ樹脂80〜30質量%及びビスフェノールS型フェノキシ樹脂20〜70質量%のフェノキシ樹脂100質量部、ならびにブロックイソシアネート5〜50質量部を含有する。前記ビスフェノールA型フェノキシ樹脂のガラス転移点は60〜90℃であり、前記ビスフェノールS型フェノキシ樹脂のガラス転移点は100〜150℃であることが好ましい。
【0010】
本発明の絶縁電線は、上記本発明のフェノキシ樹脂絶縁ワニスを、導体上に塗布、焼付けてなるプライマー層を有する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の絶縁ワニスは、ガラス転移点が異なる2種類のフェノキシ樹脂をブレンドすることで、高温時、高負荷下における耐軟化性が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に本発明の実施の形態を説明するが、今回、開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0013】
〔フェノキシ樹脂絶縁ワニス〕
本発明のフェノキシ樹脂絶縁ワニスは、塗膜構成樹脂として、ビスフェノールA型フェノキシ樹脂80〜30質量%及びビスフェノールS型フェノキシ樹脂20〜70質量%のフェノキシ樹脂、および硬化剤としてブロックイソシアネートを使用することを特徴としている。
【0014】
<フェノキシ樹脂>
本発明で用いられるフェノキシ樹脂とは、ビスフェノール系化合物とエピハロヒドリンとから製造されるエポキシ樹脂のうち、分子量が大きい樹脂をいう。
【0015】
ビスフェノールA型フェノキシ樹脂とは、ビスフェノール系化合物として、2,2−ビス(p−ヒドロキシフェニル)プロパン(以下、「ビスフェノールA」という)を用いたビスフェノールA骨格を有するフェノキシ樹脂(ビスフェノールA型フェノキシ樹脂)である。
【0016】
ビスフェノールA型フェノキシ樹脂としては、市販のものを用いることができ、例えば、東都化成(株)製、品番YP−50、YP50S、YP−55、YP−70、ジャパンエポキシレジン株式会社製のエピコート、大日本インキ化学工業株式会社製のエピクロン、ユニオンカーバイト株式会社製のPKHC、PKHH、PKHJなどが挙げられる。
【0017】
ビスフェノールA型フェノキシ樹脂としては、重量分子量30000〜80000(GPCによる測定)、特に60000〜80000のものが好ましく用いられ、DSC法(10℃/分昇値)によるガラス転移点60〜90℃であることが好ましい。
また、エポキシ当量(JIS K7236)は、10000〜100000g/eqであることが好ましく、より好ましくは50000〜100000g/eqである。
【0018】
ビスフェノールS型フェノキシ樹脂とは、ビスフェノールA型フェノキシ樹脂の耐熱性を高めるために、ビスフェノール系化合物の一部に、2,2−ビス(p−ヒドロキシフェニル)スルホン(以下、「ビスフェノールS」という)を用いたビスフェノールS骨格を有するフェノキシ樹脂である。すなわち、ビスフェノールS型フェノキシ樹脂は、通常、ビスフェノールS骨格とビスフェノールA型骨格を有している。
【0019】
本発明で用いられるビスフェノールS型フェノキシ樹脂としては、重量分子量20000〜60000(GPCによる測定)、特に30000〜50000のものが好ましく用いられ、DSC法(10℃/min昇値)によるガラス転移点100〜150℃であることが好ましい。
【0020】
ビスフェノールS型フェノキシ樹脂としては、市販のものを用いてもよく、例えば、東都化成(株)製、品番YPS007A30Aなどが挙げられる。
【0021】
以上のようなビスフェノールA型フェノキシ樹脂とビスフェノールS型フェノキシ樹脂とは、ビスフェノールA型フェノキシ樹脂:ビスフェノールS型フェノキシ樹脂(質量比)で、8:2〜3:7、好ましくは6:4〜4:6で混合したフェノキシ樹脂として用いられる。
【0022】
上記のような割合で混合したブレンド型フェノキシ樹脂は、ビスフェノールA型フェノキシ樹脂、ビスフェノールS型フェノキシ樹脂単独の場合よりも、耐軟化性が向上する。理由は明らかではないが、ガラス転移点、高温での粘弾性特性が異なる2種類のフェノキシ樹脂のブレンドにより、高温域では、ガラス転移点が高いビスフェノールS型フェノキシ樹脂が耐軟化樹脂として作用する一方、ガラス転移点が低いビスフェノールA型フェノキシ樹脂がエラストマーとして作用し、応力を吸収緩和することにより、高負荷、高温下での密着性、耐軟化性を保持しているのではないかと思われる。
【0023】
<硬化剤>
フェノキシ樹脂は、骨格中に、反応性に富むエポキシ基や水酸基を有しているので、これらと反応して架橋構造を形成できる硬化剤を共存させることが好ましい。
【0024】
本発明の絶縁ワニスには、硬化剤として、イソシアネート化合物のイソシアネート基をブロック剤で保護したブロックイソシアネートを用いている。ブロックイソシアネート化合物は、常温で安定であるが、その解離温度以上に加熱すると、遊離のイソシアネート基を再生するものである。イソシアネートの解離温度は、ブロック剤の種類によるが、好ましくは80〜160℃、より好ましくは90〜130℃である。
【0025】
上記イソシアネート化合物としては、トリレンジイソシアネート(TDI)、p−フェニレンジイソシアネート、ナフタリンジイソシアネートなどの芳香族ジイソシアネート;ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)、2,2,4−トリメチルへキサンジイソシアネート、リジンジイソシアネートなどの炭素数3〜12の脂肪族ジイソシアネート;1,4−シクロへキサンジイソシアネート(CDI)、イソホロンジイソシアネート(IPDI)、4,4’−ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート(水添MDI)、メチルシクロへキサンジイソシアネート、イソプロピデンジシクロヘキシル−4,4’−ジイソシアネート、1,3−ジイソシアナトメリルシクロへキサン(水添XDI)、水添TDI、2,5−ビス(イソシナートメチル)−ビシクロ[2.2.1]ヘプタン、2,6−ビス(イソシナートメチル)−ビシクロ[2.2.1]ヘプタンなどの炭素数5〜18の脂環式ジイソシアネート;キシリレンジイソシアネート(XDI)、テトラメチルキシリレンジイソシアネート(TMXDI)などの芳香環を有する脂肪族ジイソシアネート;これらのジイソシアネートの変性物などが挙げられる。
【0026】
これらのイソシアネート化合物のイソシアネート基をブロックするブロック剤としては、アルコール類、フェノール類、ε−カプロラクタム、ブチルセロソルブ類などが挙げられる。
【0027】
以上のようなブロックイソシアネートとして、市販品を用いてもよく、例えば、住友バイウレタン社のCT stable、BL−3175、TPLS−2759、BL−4165、日本ポリウレタン工業社製のMS−50などを用いることができる。
【0028】
ブロックイソシアネートは、フェノキシ樹脂100質量部あたり5〜50質量部、好ましくは10〜40質量部の割合で用いる。
【0029】
<有機溶剤>
本発明の絶縁ワニスは、上記のようなフェノキシ樹脂およびブロックイソシアネートを、有機溶剤に溶解したものである。
本発明で用いられる有機溶剤としては、ベース樹脂を溶解できるものであればよく、例えば、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、テトラメチル尿素、ヘキサエチルリン酸トリアミド、γ−ブチロラクトンなどの極性有機溶媒をはじめ、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロへキサノンなどのケトン類;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、シュウ酸ジエチルなどのエステル類;ジエチルエステル、エチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル(ブチルセロソルブ)、ジエチレングリコールメチルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル類;ヘキサン、ヘプタン、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの炭化水素化合物;ジクロロメタン、クロロベンゼンなどのハロゲン化炭化水素化合物;クレゾール、クロルフェノールなどのフェノール類;ピリジンなどの第三級アミンなどが挙げられ、これらの有機溶媒は、それぞれ単独で又は2種以上混合して用いることができる。
【0030】
有機溶剤は、通常、ワニスにおける固形分含有率30〜60質量%程度となるように用いられる。
【0031】
<その他の成分>
本発明のフェノキシ樹脂系絶縁ワニスは、上記フェノキシ樹脂、硬化剤、有機溶剤の他に、下記成分が含まれ得る。
例えば、上記ブレンド型フェノキシ樹脂の特性に影響を与えない程度であれば、他の骨格を有するフェノキシ樹脂、エポキシ樹脂、ポリエステルイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂など、他の絶縁被膜に用いられる樹脂が含まれていてもよい。
【0032】
また、ブロックイソシアネート以外の硬化剤、例えば、メチレン化合物、シランカップリング剤、チタネート系カップリング剤などが、ブレンド型フェノキシ樹脂とブロックイソシアネートからなる硬化系に影響を及ぼさない程度の量であれば、含有されていてもよい。
【0033】
本発明の絶縁ワニスは、さらに必要に応じて、本発明の目的が阻害されない範囲で、顔料、染料、無機又は有機のフィラー、潤滑剤、酸化防止剤、レべリング剤等の各種添加剤が含有されていてもよい。
【0034】
以上のような組成を有する本発明の絶縁ワニスは、耐熱性、可とう性、耐摩耗性に優れた絶縁被膜を形成できるだけでなく、ストレスが負荷した状態でも導体に対する密着性が優れているので、絶縁電線のプライマー層用塗料として用いることもできる。
【0035】
本発明の絶縁ワニスを、導体に直接塗布した後、焼付けて硬化することにより絶縁被膜を形成できる。焼付温度としては、フェノキシ樹脂がブロックイソシアネートと反応して熱硬化できる温度であることが好ましい。
【0036】
〔絶縁電線〕
本発明の絶縁電線は、導体表面に、上記本発明の絶縁ワニスの硬化物で形成されるプライマー層を有するものである。
【0037】
導体としては、通常、電線導体に用いられる公知の導体で、銅線、アルミニウム線などの金属導体が用いられる。
【0038】
本発明の絶縁ワニスを、350〜500℃程度の炉内を、1パスあたり10秒〜30秒間(10回引きなら100秒〜300秒間)、通過させることにより行うことが好ましい。
【0039】
プライマー層の厚みは、特に限定しないが、1〜20μmが好ましく、より好ましくは1〜10μmである。プライマー層としては、この程度の厚みで十分だからである。
【0040】
本発明の絶縁電線は、上記のようなプライマー層上に、少なくとも1層以上の上塗り層を有している。
上塗り層の組成としては特に限定せず、従来より絶縁被膜に用いられているポリエステルイミド系樹脂、ポリアミドイミド系樹脂、ポリイミド系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、フェノキシ系樹脂などを用いることができる。上塗り層構成樹脂は、プライマー層構成樹脂と同じであってもよいし、異なっていてもよく、絶縁電線の用途に応じて適宜選択される。
【0041】
上塗り層が2層以上で構成される場合、絶縁電線の最表層の上塗り層は、潤滑性を有する被膜、例えば、高潤滑ポリイミド、高潤滑アミドイミドなどで構成されることが好ましい。
【実施例】
【0042】
本発明を実施するための最良の形態を実施例により説明する。実施例は、本発明の範囲を限定するものではない。
【0043】
〔測定評価方法〕
はじめに、本実施例で行なった評価方法について説明する。
【0044】
(1)可とう性
絶縁電線を、初期長さに対して20%伸長し、伸長後、JIS C3003 7.1.1可とう性試験に準拠して試験した。具体的には、絶縁電線の自己径(1d)、2倍(2d)を有する丸棒に沿って電線を、電線と電線とが接触するように30回巻き付けた後、亀裂の有無を観察し、亀裂が発生しなかったときの丸棒の径(1d又は2d)を調べた。1dでも亀裂を生じない場合は、可とう性に優れているといえる。
【0045】
(2)ヒートショック試験
絶縁電線を、初期長さに対して20%伸長し、伸長後、JIS C3003 20の耐衝撃試験に準拠して試験した。具体的には、200℃で30分間加熱した後、絶縁電線の自己径(1d)、2倍(2d)を有する丸棒に沿って電線を、電線と電線とが接触するように30回巻き付けた後、亀裂の有無を観察し、亀裂が発生しなかったときの丸棒の径を調べた。丸棒の径が小さいほど、可とう性が高温処理によっても保持できていることを意味し、耐熱性に優れているといえる。
【0046】
(3)耐摩耗性
JIS C3003−1999に記載の耐摩耗試験に準拠し、一方向摩耗値(g)を測定した。どの程度の力が加わったときに被膜が破損するかを調べるもので、捲線時のストレスに対する被膜強度の指標となる。
なお、各絶縁電線について、9本ずつ測定した結果の平均値を示す。
【0047】
(4)密着性
JIS−C3003「8.1a)急激伸長」に準じて、膜浮(2箇所測定したときの平均値)を測定した。
測定は、室温、160℃で6時間放置後、180℃で6時間放置後、200℃で6時間放置後について行った。
【0048】
(5)耐軟化性
JIS C3003「エナメル銅線及びエナメルアルミニウム線試験方法」に準じて、軟化温度(℃)を測定した。JISに規定する荷重(700g)、及び2倍荷重(1400g)のそれぞれについて、電線が導通したときの温度(軟化温度)を測定した。
なお、各絶縁電線について、4本ずつ測定した結果の最大値と最小値の平均値を示す。
【0049】
〔フェノキシ樹脂〕
(1)ビスフェノールA型フェノキシ樹脂
東都化成株式会社の「YP−50」(JIS K7236に基づくエポキシ当量87600g/eq、GPCによる重量平均分子量60000〜80000、DSC法(10℃/min昇値)によるガラス転移点84℃)を用いた。
【0050】
(2)ビスフェノールS型フェノキシ樹脂
東都化成株式会社の「YPS−007A30」(GPCによる重量分子量35000〜45000、DSC法(10℃/min昇値)によるガラス転移点130℃)を用いた。
【0051】
〔絶縁ワニスの調製及び絶縁電線の作製〕
(1)絶縁電線No.1〜7
ビスフェノールA型フェノキシ樹脂とビスフェノールS型フェノキシ樹脂とを、表1に示す割合でブレンドし、クレゾール/シクロヘキサノンに溶解させた。これに、硬化剤としてブロックイソシアネート(日本ポリウレタン工業社製のMS−50)を、フェノキシ樹脂100質量部あたり20質量部となるように添加して、固形分量30質量%の絶縁ワニスを調製した。
【0052】
調製した絶縁ワニスを、径1.0mmの銅線に塗布し、3μmのプライマー層(1層目)を形成した。
ついで、汎用エステルイミドワニス(日立化成製のエステルイミドワニスである「Isomid40SM45」)、汎用ポリアミドイミドワニス(日立化成工業製の「HI−406E−34」)、自己潤滑ポリアミドイミドワニス(住友電工ウインテック社製)を順次塗布し、2層目(25μm)、3層目(5μm)、4層目(2μm)からなる4層構造の膜厚35μmの絶縁被膜を形成した。
【0053】
作製した絶縁電線について、上記評価方法に基づいて、可とう性、ヒートショック試験、耐摩耗性、密着性、耐軟化性を測定した。結果を表1に示す。
【0054】
また、No.1、4、7で使用したプライマー層について、セイコーインスツルメンツ製のDynamic Mechanical Spectorscopy DMS6100(窒素雰囲気下、昇温速度:10℃/min、1Hz)を用いて、動的粘弾性を測定した。結果を図1に示す。図1において、横軸は温度(℃)であり、縦軸は動的弾性率(MPa)である。
【0055】
(2)絶縁電線No.8、9
参考例として、市販の高密着エステルイミドワニス(大日精化製の「EH402−45」)、汎用エステルイミドワニス(日立化成製の「Isomid40SM45」)を用いてプライマー層を形成した以外は、絶縁電線No.1と同様にして作製し、上記評価方法に基づいて、可とう性、ヒートショック試験、耐摩耗性、密着性、耐軟化性を測定した。結果を表1に示す。
【0056】
【表1】

【0057】
塗膜形成樹脂として、ビスフェノールA型フェノキシ樹脂のみを用いた場合(No.1)、可とう性、ヒートショック試験、耐摩耗性、常温及び高温処理後の密着性のすべてにおいて、従来より耐熱用途に用いられているポリエステルイミド樹脂ワニスを用いた場合(No.8、9)に匹敵あるいは優れた結果を示したが、JIS2倍荷重での耐軟化性で劣っていた。
ビスフェノールS型フェノキシ樹脂を、25〜60質量%ブレンドしたフェノキシ樹脂を用いることにより(No.2〜5)、ビスフェノールA型フェノキシ樹脂のみの場合(No.1)の可とう性、ヒートショック試験、耐摩耗性、常温及び高温処理後の密着性に影響を及ぼすことなく、JIS2倍荷重下での耐軟化温度を向上できることがわかった。一方、ビスフェノールS型フェノキシ樹脂のみを用いた場合(No.7)、ビスフェノールS型フェノキシ樹脂の塗膜形成樹脂における含有率が75質量%の場合(No.6)では、JIS2倍荷重下での耐軟化性の向上が認められないばかりか、高温処理後の密着性についても、大幅な低下が認められた。ビスフェノールS型フェノキシ樹脂とビスフェノールA型フェノキシ樹脂を特定割合でブレンドした塗膜形成樹脂を用いることが有用であることがわかる。
【0058】
また、図1から、ビスフェノールA型とビスフェノールS型とのブレンドフェノキシ樹脂(No.4:三角印)では、No.1(菱形印)、No.7(四角印)と比べて、高温時の動的弾性率の低下が緩やかなことがわかる。ブレンドタイプの高温動的弾性率の低下が緩やかなことが、JIS2倍荷重での耐軟化性の向上に寄与していると推察される。
【産業上の利用可能性】
【0059】
ポリエステルイミド樹脂ワニスの代替として、さらには、従来のポリエステルイミド樹脂ワニスでは不十分であった用途として、高温処理、ワニス含浸処理される巻線用絶縁電線として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】No.1、4、7のプライマー層(1層目被膜)の動的粘弾性特性の測定結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビスフェノールA型フェノキシ樹脂80〜30質量%及びビスフェノールS型フェノキシ樹脂20〜70質量%のフェノキシ樹脂100質量部、ならびにブロックイソシアネート5〜50質量部を含有するフェノキシ樹脂絶縁ワニス。
【請求項2】
前記ビスフェノールA型フェノキシ樹脂のガラス転移点は60〜90℃であり、前記ビスフェノールS型フェノキシ樹脂のガラス転移点は100〜150℃である請求項1に記載のフェノキシ樹脂絶縁ワニス。
【請求項3】
請求項1または2に記載のフェノキシ樹脂絶縁ワニスを、導体上に塗布、焼付けてなるプライマー層を有する絶縁電線。

【図1】
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【公開番号】特開2010−108758(P2010−108758A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−279729(P2008−279729)
【出願日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【出願人】(309019534)住友電工ウインテック株式会社 (67)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【上記1名の代理人】
【識別番号】100109793
【弁理士】
【氏名又は名称】神谷 惠理子
【Fターム(参考)】