説明

フェライト系ステンレス鋼の加熱方法

【課題】置き割れが発生する確率を更に低減させつつ、フェライト系ステンレス鋼を加熱する。
【解決手段】本発明に係るフェライト系ステンレス鋼を加熱方法では、連続鋳造されたフェライト系ステンレス鋼材を、熱間圧延する前に、該鋼材の表面温度が150℃以上で加熱炉に装入し、該加熱炉により、150〜700℃の前記表面温度の範囲において前記鋼材の表面温度の昇温速度が15.5℃/分以下となるように、前記鋼材を加熱することとした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、置き割れの発生を防ぐフェライト系ステンレス鋼の加熱方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Crを高純度で含有し、C及びNの含有量を低減したいわゆる「フェライト系ステンレス鋼」は、例えば、建材・電気部品・自動車など様々な用途で使用されている。しかしながら、フェライト系ステンレス鋼は、下記特許文献1及び特許文献2に開示されているように、例えば、連続鋳造後の冷却中・冷却後の鋳片表面手入れ中・次工程の熱間圧延工程の加熱中などにおいて、鋼材の断面に貫通した割れ(以下「置き割れ」とも言う。)が発生することがある。
【0003】
この置き割れが発生すると、圧延に供することができず屑化されるため、それまでの製造でかかったコストが無駄になる他、例えば、加熱中における鋳片破断・炉内落下による圧延中断などの不具合により、能率が低下する。従って、置き割れの発生は、製造コストや製造能率に大きな影響を与えてしまう。
【0004】
このような置き割れは、連続鋳造から加熱炉による加熱までの間における冷却又は加熱により、熱応力による残留レベルがその鋼材温度における破断限界を超えた場合に発生する、という知見がある。この残留応力を低位に抑制するために、例えば、連続鋳造中の水冷条件・その後の空冷条件・手入れ中の鋼材の温度など、各種の条件を試行錯誤しながら改善が図られている。その結果、フェライト系ステンレス鋼の製造開始当初に比較すると、置き割れの発生を低減することが可能となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平6−328214号公報
【特許文献2】特開平6−346143号公報
【特許文献3】特開昭62−56517号公報
【特許文献4】特開61−292528号公報
【特許文献5】特開62−22089号公報
【特許文献6】特開2005−134153号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これらの改善として、例えば特許文献1〜3に開示されたような製造方法が挙げられる。特許文献1の製造方法では、連続鋳造機での鋳片凝固完了直後の鋳片温度を、鋳片広面中央表面温度と、鋳片狭面中央温度との温度差が、200℃以内となるように冷却を制御する。それと共に、その鋳片を、一旦、空冷又は保温ピット内で常温まで冷却する。その後、熱間圧延のために再び再加熱する際に、鋳片中央部の温度が200℃になるまで、鋳片温度を、広面中央部表面温度と狭面中央部表面温度との温度偏差が200℃以内となるように制御する。
【0007】
また、特許文献2の製造方法では、連続鋳造されたフェライト系ステンレス鋼を常温まで冷却する過程において、鋳片の広面が300℃以上の温度領域で、鋳片端部温度を広面中央部温度以上に一時的に加熱すると共に、冷却速度を40℃/hr以下に保つ。
【0008】
更に、特許文献3の製造方法では、フェライト系ステンレス鋼の連続鋳造鋳片又はその鋳片を分塊圧延した鋳片を、その鋳片又は鋳片の表面温度と経過時間の関係を示す図において、危険域(高温側及び低温側)を通過しないように冷却する。
【0009】
これら特許文献1〜3の製造方法は、温度差又は冷却速度を制限することにより、鋼材に発生する熱応力を低減するものであり、また、特許文献3で記載されている高温側危険域は、鋼を脆化させる金属間化合物の発生を抑制するものである。
【0010】
しかしながら、連続鋳造工程から熱間圧延前の加熱炉に到る操業条件の中で、例えば、鋳造速度の変動・手入れ時間変動による手入れ終了温度のバラツキ・加熱炉装入温度や昇温速度・温度分布のバラツキなど、置き割れに影響する変動要因は多岐にわたる。これらの様々な要因が変動する結果、上記特許文献1〜3の製造方法であっても、十分に置き割れの発生を防止することは困難であった。
【0011】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、置き割れが発生する確率を更に低減させつつ、フェライト系ステンレス鋼を加熱することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明のある観点によれば、連続鋳造されたフェライト系ステンレス鋼材を、熱間圧延する前に、該鋼材の表面温度が150℃以上で加熱炉に装入し、該加熱炉により、150〜700℃の前記表面温度の範囲において前記鋼材の表面温度の昇温速度が15.5℃/分以下となるように、前記鋼材を加熱することを特徴とする、フェライト系ステンレス鋼の加熱方法が提供される。
【0013】
ここで、前記フェライト系ステンレス鋼の加熱方法において、前記鋼材の表面温度が200℃以上で加熱炉に装入し、該加熱炉により、200〜700℃の前記表面温度の範囲において前記鋼材の表面温度の昇温速度が15℃/分以下となるように、前記鋼材を加熱することが好ましい。
【0014】
また、前記フェライト系ステンレス鋼の加熱方法において、前記表面温度を特定する前記鋼材上の位置である温度特定位置を予め定めておき、前記鋼材の表面温度が700℃に達する前に、前記加熱炉で昇温中の前記鋼材の前記温度特定位置における表面温度を、第1の時刻と当該第1の時刻から所定時間経過した第2の時刻とで測定し、測定した前記表面温度と、前記第1の時刻から前記第2の時刻までの経過時間とに基づいて、前記鋼材の表面温度が700℃に到達するまでの昇温速度を予測し、前記鋼材の表面温度の昇温速度が15℃/分以下となるように、前記加熱炉を制御してもよい。
【0015】
また、前記フェライト系ステンレス鋼の加熱方法において、前記加熱炉内の迷光を補正するための温度既知物体を、輝度計測部の近傍に設置しておき、前記鋼材の表面温度測定では、前記輝度計測部を用いて、炉内ガスによる吸収及び放射が起こらない波長を有する単色輝度により、前記鋼材及び前記温度既知物体の放射エネルギーを計測し、計測した前記単色輝度を迷光補正して、前記鋼材の温度を求めてもよい。
【0016】
また、前記フェライト系ステンレス鋼の加熱方法において、前記鋼材の温度を求める際に、前記温度既知物体の放射エネルギーと、当該温度既知物体の温度とに基づいて、迷光量を算出し、算出した前記迷光量と、前記鋼材の放射エネルギーとに基づいて、当該鋼材の温度を算出してもよい。
【0017】
また、前記フェライト系ステンレス鋼の加熱方法において、前記輝度計測部は、前記鋼材及び前記温度既知物体の放射エネルギーの単色輝度分布を所定の画素数の画像として撮像する撮像装置であり、前記温度既知物体は、前記撮像装置が撮像する画像中を占める領域が25画素以上となる位置に配置されてもよい。
【0018】
また、前記フェライト系ステンレス鋼の加熱方法において、前記温度既知物体は、前記撮像装置が撮像する画像中を占める領域が100画素以上となる位置に配置されてもよい。
【0019】
また、前記フェライト系ステンレス鋼の加熱方法において、前記温度既知物体の放射率は、前記鋼材の放射率に対して前後0.1の範囲内であってもよい。
【0020】
また、前記フェライト系ステンレス鋼の加熱方法において、前記輝度計測部を用いて、前記加熱炉の炉内壁の放射エネルギーを更に計測し、当該炉内壁と前記温度既知物体との放射エネルギーの差を記録し、記録した前記放射エネルギーの差に基づいて、前記温度既知物体の放射率の経時変化の有無を把握してもよい。
【0021】
また、前記フェライト系ステンレス鋼の加熱方法において、前記温度既知物体の放射率の経時変化が生じた場合、経時変化後の放射率を算出し、当該経時変化後の放射率を使用して、前記迷光補正を行ってもよい。
【0022】
また、前記フェライト系ステンレス鋼の加熱方法において、前記温度既知物体は、以下の(A)、(B)及び(C)の条件のうち、少なくともいずれかを満たす位置に配置されてもよい。
(A)炉内迷光分布上、前記鋼材の位置と迷光量がほぼ同一となる距離だけ炉壁から離隔した位置
(B)前記鋼材の測定表面に対する角度が、鋼材の放射率が変化しない角度以上となる位置
(C)前記鋼材との間に火炎を挟まない位置
【発明の効果】
【0023】
以上説明したように本発明によれば、置き割れが発生する確率を更に低減させつつ、フェライト系ステンレス鋼を加熱することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1A】本発明の第1の実施形態に係る加熱制御装置及び加熱炉の構成について説明するための説明図である。
【図1B】同実施形態に係る加熱制御装置及び加熱炉の構成について説明するための説明図である。
【図2】同実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の加熱方法について説明するための説明図である。
【図3】本発明に係るフェライト系ステンレス鋼の加熱方法の実施例を説明するための説明図である。
【図4】本発明に係るフェライト系ステンレス鋼の加熱方法の実施例を説明するための説明図である。
【図5】本発明に係るフェライト系ステンレス鋼の加熱方法の実施例を説明するための説明図である。
【図6】同実施形態に係る温度測定方法が有する特徴2について説明する説明図である。
【図7】同実施形態に係る温度測定方法が有する特徴3について説明する説明図である。
【図8】同実施形態に係る温度測定方法が有する特徴3について説明する説明図である。
【図9】同実施形態に係る温度測定方法が有する特徴4について説明する説明図である。
【図10】同実施形態に係る温度測定方法が有する特徴5の条件1について説明する説明図である。
【図11】同実施形態に係る温度測定方法が有する特徴5の条件2について説明する説明図である。
【図12】同実施形態に係る温度測定方法が有する特徴5について説明する説明図である。
【図13】同実施形態に係る温度測定方法の実施例について説明する説明図である。
【図14】同実施形態に係る温度測定方法の実施例について説明する説明図である。
【図15】関連技術に係る温度測定方法について説明するための説明図である。
【図16】関連技術に係る温度測定方法について説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0026】
なお、以下では、本発明の各実施形態等について理解が容易になるように、まず、本発明の各実施形態の概要について説明した後、本発明の各実施形態のフェライト系ステンレス鋼の加熱方法について説明する。その後、本発明の各実施形態による効果の例等を、実施例と共に説明する。
【0027】
また、本発明の各実施形態のフェライト系ステンレス鋼の加熱方法で使用する加熱炉は、被加熱材であるフェライト系ステンレス鋼の鋼材の表面温度を測定することが可能な温度測定装置を有する。この温度測定装置は、鋼材の表面温度を測定することができるものであれば、様々なものを使用することが可能であるが、本発明の各実施形態では、特にその効果を高めるために、鋼材の表面温度を正確に測定可能な温度測定方法及び装置を使用する。この温度測定方法及び装置を使用することにより、各実施形態による効果を著しく高めることができる。従って、上記の内容を説明した後に、この温度測定装置について詳しく説明する。
【0028】
つまり、以下では、本発明の各実施形態の理解が容易になるように、次の順序で説明する。
1.第1の実施形態の概要について
2.第1の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の加熱方法の詳細について
3.実施例について
4.第1の実施形態で使用される温度測定方法及び装置について
【0029】
なお、以下では、説明の便宜上、加熱炉として「連続鋼材加熱炉」を例に挙げて説明する。しかし、本発明が制御する加熱炉は、上記連続鋼材加熱炉に限られるものではない。つまり、加熱炉は鋼材の加熱に通常使用される様々なものであってもよいことは、言うまでもない。
【0030】
(1.第1の実施形態の概要について)
図1A及び図1Bは、本発明の第1の実施形態に係る加熱制御装置及び加熱炉の構成について説明するための説明図である。ここで図1Bは、図1Aにおける加熱炉1をA−A線で切断した断面図を示している。なお、図1Aに示すように、加熱炉1の各構成は、必ずしも同一平面上には存在しない(例えば、バーナ2と温度測定装置100)。しかしながら、図1Bでは、説明の便宜上、主要な各構成を同一の断面図上に示した。上述の通り、以下では、本発明の各実施形態に係る加熱制御装置が連続鋼材加熱炉に適用された場合を例に挙げて説明する。そこでまず、この加熱炉について説明する。
【0031】
<1−1.加熱炉>
加熱炉1は、図1Aに示すように、炉長方向(x軸方向、搬送方向ともいう。)に、フェライト系鋼材の一例である鋼材Fを搬送しつつ、その鋼材Fを加熱する。つまり、図1Aに示す鋼材Fは、図1Bに示すように炉幅方向(y軸方向ともいう。)が長手方向となるように、加熱炉1の一側(装入側、x軸負の方向側ともいう。)端部の炉壁に設けられた装入口INから装入される。そして、鋼材Fは、搬送装置により、加熱炉1の他側(抽出側、x軸正の方向側ともいう。)端部の炉壁に設けられた抽出口OUTから抽出される。
【0032】
なお、搬送装置としては、特に限定されるものではないが、本実施形態に係る加熱炉1では、ウォーキングビームを使用した例を示している。ウォーキングビーム式の搬送装置は、図1Aに示すように、炉長方向と同程度の長さを有するスキッドビーム3が、複数のスキッドポスト4に支持されており、そのスキッドビーム3上に鋼材Fが載置される。このスキッドビーム3とスキッドポスト4との組み合わせをスキッドともいう。このスキッドは、図1Bに示すように、炉幅方向に複数配置される。
【0033】
このスキッドは、固定式スキッドと、可動式スキッドとに分類され、この固定式スキッドと、可動式スキッドとが、図1Bに示すように交互に配置される。そして、可動式スキッドが炉高方向(z軸方向ともいう。)で上下動しつつ、炉長方向(x軸方向)で前後動する。その結果、鋼材Fは、可動式スキッドのスキッドビーム3に支持された状態から、可動式スキッドが前方に移動するとともに、前方に搬送される。その後、鋼材Fは、可動式スキッドが下方に移動すると、今度は固定式スキッドに支持される。そして、可動式スキッドが前方に移動した分、後方に移動した後、上昇し、再度鋼材Fを支持する。この可動式スキッドの動作が繰り返されることにより、鋼材Fは、順次炉長方向へと搬送される。
【0034】
加熱炉1には、複数のバーナ2(またはバーナ2’)が配置されており、このバーナ2が炊かれる。従って、鋼材Fは、搬送装置に搬送されている間、つまり、在炉中、バーナ2から噴出されるフレーム(火炎)により加熱されることとなる。なお、図1A及び図1Bに示す加熱炉1では、鋼材Fの搬送位置の上下において、図1Bに示すように炉幅方向の両炉壁に対向配置されて対をなしつつ炉幅方向にフレームを形成する「サイドバーナ」が使用される。しかし、このバーナ2の配置位置は、特に限定されるものではなく、例えば、炉天井や炉床に配置され、搬送方向にフレームを形成するいわゆる「軸流バーナ」であってもよい。また、バーナ2の種類も特に限定されるものではなく、例えば、気体燃料バーナ、液体燃料バーナ、リジェネレイティブ(Regenerative)バーナなど、様々なバーナを使用することが可能である。
【0035】
加熱炉1は、制御装置(図示せず)等により、主として、搬送装置による鋼材Fの搬送速度、及び、各バーナ2の燃焼量などが調整されて、鋼材Fの加熱状態が制御される。
【0036】
以上、本発明の第1実施形態に係る加熱炉1について説明した。
次に、本発明の第1実施形態に係る加熱制御装置10の構成について、引き続き図1A及び図1Bを参照しつつ説明する。
【0037】
<1−2.加熱制御装置の構成>
加熱制御装置10は、図1A及び図1Bに示すように、温度測定装置100と、記憶部142と、位置決定部11と、管理点温度特定部12と、管理点温度記憶部13と、昇温速度算出部14と、判定部15と、加熱炉制御部23と、雰囲気温度測定装置200と、を有する。
【0038】
温度測定装置100は、鋼材Fの搬送方向、つまり炉長方向に沿った複数箇所にそれぞれ配置される。そして、温度測定装置100は、配置された箇所を通過する鋼材Fの表面の温度分布を測定する。
【0039】
図1Aには、搬送方向に沿った4箇所のそれぞれに、温度測定装置100が配置されている場合を例示している。ここでは、各温度測定装置100を区別するために、各箇所に配置された温度測定装置100をそれぞれ温度測定装置100A〜100Dとも呼ぶ。そして、温度測定装置100と言う場合、任意の温度測定装置100A〜100Dを示すものとする。
【0040】
温度測定装置100の配置個数は、特に限定されるものではないが、少なくとも2以上配置される。そして、温度測定装置100の配置位置も、搬送方向に沿って並べられれば特に限定されるものではない。
【0041】
また、温度測定装置100は、例えば放射測温を行う温度測定装置が使用されることが望ましい。しかしながら、上述の通り、温度測定装置100は、鋼材Fの表面の温度分布を測定することが可能であれば、特に限定されるものではない。ただし、詳細に後述する本実施形態で使用される温度測定装置100は、鋼材Fの表面の温度分布を正確に測定することが可能である。従って、ここでは、詳細に後述する温度測定装置100が使用されることが望ましい。なお、図1A及び図1Bでは、詳細に後述する温度測定装置100が使用された場合の例を示している。従って、この温度測定装置100は、主として放射測温を行う。従って、鋼材Fからの放射光が撮像可能な位置に温度測定装置100の撮像装置110及び温度既知物体120等が配置される。
【0042】
温度測定装置100は、加熱制御装置10により制御され、所定のタイミングで鋼材Fの温度分布を測温する。つまり、温度測定装置100は、鋼材Fが測温領域Arに入った場合に、その鋼材Fの放射輝度を撮像して、表面温度分布を撮像する。そのために、加熱制御装置10自身は、鋼材Fがいずれの位置を搬送されているのかを常に追跡しておくことが望ましい。また、温度測定装置100A〜100Dは、少なくとも同一の鋼材Fを順次測温するように制御される。つまり、温度測定装置100Aがある一つの鋼材Fを撮像した場合、温度測定装置100B〜100Dは、各配置箇所(測温領域Ar)をその鋼材Fが通過する際に、その鋼材Fの測温を行う。その結果、ある一つの鋼材Fは、全て又は2以上の温度測定装置100により各箇所で測温される。尚、この測温対象となる鋼材Fは、搬送されて加熱される全ての鋼材Fであってもよいが、加熱制御装置10により選択された1以上の鋼材Fであってもよい。
【0043】
さらに、この測温結果は、各温度測定装置100により記憶部142に記録される。この際、記憶部142には、ある一つの鋼材Fに対する測温結果は、一纏めに記録されることが望ましい。つまり、温度測定装置100A〜100Dによる測温結果は、互いに関連付けられるか、測温対象である一つの鋼材Fに全て対応付けられる。その結果、一つの鋼材Fに対する複数の測温結果と、他の鋼材Fに対する複数の測温結果とは、互いに区別される。なお、この加熱制御装置10は、鋼材F毎にその加熱度合を制御することが可能であるため、以下では、ある一つの鋼材Fに対する動作及び処理等について説明し、他の鋼材Fに対する同様な動作及び処理等についての説明は、適宜省略する。
【0044】
位置決定部11は、ある一つの温度測定装置(例えば、加熱炉1内において、装入口INに一番近い位置に配置された温度測定装置)が測定した鋼材Fの表面温度の分布に基づいて、所定の領域内における最も温度の高い部位を決定し、鋼材Fの温度管理に用いる部位である温度管理点とする。なお、この温度管理点は、温度測定装置100により測定された鋼材Fの表面温度の温度分布に基づいて、鋼材Fの表面温度を特定する温度特定位置の一例である。
【0045】
この温度管理点は、例えば、操業実績等に基づいて決定されてもよいが、温度測定装置100Aによる実測から求められてもよい。この両決定方法毎に、温度管理点について説明する。
【0046】
まず、加熱炉1における操業実績等に基づいた決定方法について説明する。
今までに加熱炉1に装入されて加熱されたことがない鋼材Fが加熱対象となることは、稀である。従って、この場合、位置決定部11は、これまでの操業実績に基づいて、温度管理点を決定する。この操業実績には、例えば、過去に加熱が行われた鋼材Fに対する、加熱前の状態、加熱中の状態、加熱後の状態、後段の処理後の状態等の製品品質実績が含まれる。例えば、加熱後や後段の圧延等の工程後に鋼材Fの品質が悪化した実績がある場合、この鋼材Fについて、加熱前・加熱中・加熱後の少なくとも何れかにおいて、表面温度が最高となる位置を特定しておき、操業実績として、この最高温度位置を予め記録しておく。この位置の特定は、本実施形態に係る加熱制御装置10によれば、温度測定装置100により鋼材Fの温度分布を測定することが可能であるため、その温度分布測定結果に基づいて、行うことができる。そして、位置決定部11は、この最高温度位置を、品質を良好に保つために温度を管理すべき位置に設定する。このような最高温度位置についてのデータは、鋼材Fの鋼種やサイズ等毎に異なるため、位置決定部11は、鋼材Fの鋼種やサイズ等毎に最高温度位置を予めデータベースとして予め蓄積しておく。このデータベースは、位置決定部11自らが有していてもよく、又、他の記憶装置(例えば記憶部142)に記録させておくことも可能である。そして、位置決定部11は、例えば、加熱炉1を制御する更に上位の制御装置から、加熱制御対象である鋼材Fについて、識別情報、鋼種、サイズ等のような特性情報を取得する。その後、位置決定部11は、特性情報に基づいて、データベースから鋼材Fを特定し、その鋼材Fに対応付けられた最高温度位置を、上記温度管理点に決定する。
【0047】
次に、温度測定装置100Aによる実測に基づいた決定方法について説明する。
温度測定装置100Aは、加熱炉1に設けられた複数の温度測定装置100のうち、相対的に加熱炉1の装入側、つまり装入口INに一番近い箇所に配置されたものである。温度測定装置100Aは、当該温度測定装置100Aの下方を通過した鋼材Fの表面温度分布を測定する。加熱炉1による加熱性能等にもよるが、装入された鋼材Fの表面中、最も温度が高い位置は、加熱炉1による加熱中も他の位置に比べて比較的高温となることが予想されたり、所望の温度よりも高温となったりする結果、他の基準位置よりも高温となることが予想される。そこで、位置決定部11は、温度測定装置100Aが測定した温度分布に基づいて、鋼材Fの表面中、最高温度位置を温度管理点に決定する。なお、この最高温度位置は、温度測定装置100Aが温度を測定した鋼材Fの最高温度となっている位置を意味するものであり、加熱中又は加熱後において他の全ての位置と比べても最高温度となる必要はない。上述の通り、この最高温度位置は、他の位置に比べて比較的高温となったり、所望の温度よりも高温となったりする結果、他の基準位置よりも高温となることが予想される位置を意味する。
【0048】
ただし、この実測に基づいた位置決定を行う場合、温度測定装置100Aが測定した表面温度分布中に、何らかの異常により局所的に高温又は低温となり基準点として決定するには適さない異常温度位置が発生することも考えられる。この場合、位置決定部11は、このような異常温度位置を温度管理点として選択することを防止するために、温度測定装置100Aが測定した表面温度分布に基づいて、最も温度が高い位置の面積(画素数でもよい)を抽出する。そして、位置決定部11は、その面積が所定の閾値未満である場合には、次に温度が高い位置について、同様に面積が閾値以上となるか否かを確認する。その結果、面積が閾値以上となった最も温度が高い位置を、位置決定部11は、最高温度位置に決定することが可能である。なお、異常温度位置は、他の通常の鋼材Fの表面の領域に比べて面積が小さくなり、その面積は、加熱炉1の仕様や鋼材Fの特性、加熱状態等により異なる。そこで、予め実測に基づいて異常温度位置の面積に対する閾値(例えば最大面積など)を、求めておくことが望ましい。
【0049】
なお、温度管理点を決定するにあたり、操業実績等に基づくか、実測値に基づくかは、適宜設定可能である。例えば、鋼材Fに対する操業実績がデータベース中にある場合には、その操業実績に基づいて、温度管理点を決定し、データベース中にない場合には、実測値に基づいて決定することも可能である。あるいは、例えば、操業実績等により温度管理点を決定した方が、製品品質の維持上好ましいという信憑性が過去の操業実績や制御実績等に基づいて得られる場合にのみ、操業実績等に基づく決定を行うことも可能である。このことは、実測値に基づく場合も、同様である。ただし、実測値、つまり、温度測定装置100Aによる測定結果に基づいて、温度管理点を決定する場合、予めデータベースを用意する必要もなく、かつ、実際に最高温度位置に決定するため、より容易かつ確実な位置の決定が可能である。
【0050】
管理点温度特定部12は、位置決定部11により決定された温度管理点を基準として、各温度測定装置100A〜100Dの測定結果に基づいて、温度管理点における鋼材Fの表面温度を特定する。つまり、管理点温度特定部12は、位置決定部11から伝送された温度管理点の位置に関する情報に基づいて、記憶部142から取得した各温度測定装置100A〜100Dの測定結果における温度管理点の位置をそれぞれ特定し、特定した位置の温度を、対応する測定結果からそれぞれ取得する。また、管理点温度特定部12は、各温度測定装置100A〜100Dの測定結果における温度管理点の位置を特定する際に、別途取得した、加熱炉1内における鋼材Fの位置を表す情報を、あわせて利用することができる。
【0051】
ここで、管理点温度特定部12は、上述のようにして特定した鋼材Fの温度管理点における表面温度が700℃に達する前に、加熱炉1で昇温中の鋼材Fの温度管理点における表面温度を、ある任意の時刻tと、当該時刻tから所定時間経過した時刻tの少なくとも2つの時刻において特定できるように、温度制御装置100を制御することが好ましい。具体的には、管理点温度特定部12は、温度測定装置100に対し、少なくとも時刻t及び時刻tにおける鋼材Fの表面の温度分布を測定させるように制御することが好ましい。この場合、管理点温度特定部12は、温度測定装置100により測温が行われた時刻t及び時刻tについても、鋼材Fの温度管理点における表面温度と対応付けて特定する。
【0052】
また、管理点温度特定部12は、各測定結果からそれぞれ特定した温度管理点における鋼材Fの表面温度、及び、当該測温が行われた時刻(例えば、時刻t及び時刻t)を、測定が行われた温度測定装置100A〜100D及びその搬送方向における位置(温度測定装置100の設置個所)の少なくとも一方と鋼材Fとに対応付けて、管理点温度記憶部13に記録する。
【0053】
昇温速度算出部14は、管理点温度特定部12により特定された温度管理点における鋼材Fの表面温度と、当該表面温度の測定が行われた任意の異なる2つの時刻(例えば、時刻t及び時刻t)の間の経過時間(例えば、経過時間(t−t))とに基づいて、鋼材Fの昇温速度を算出する。さらに、昇温速度算出部14は、算出した昇温速度(例えば、時刻t〜時刻tまでの間の昇温速度)から、鋼材Fの表面温度が700℃に到達するまでの昇温速度(本実施形態では、鋼材Fの表面温度が150℃〜700℃(好ましくは200℃〜700℃)の範囲における昇温速度)を予測し、予測した昇温速度を判定部15に出力する。
【0054】
判定部15は、昇温速度算出部14から入力された昇温速度の予測値が、15.5℃/分(好ましくは15℃/分)以下であるか否かを判定し、その判定結果を加熱炉制御部23に出力する。
【0055】
加熱炉制御部23は、判定部15が出力した判定結果、すなわち、昇温速度算出部14から入力された昇温速度の予測値が15.5℃/分以下であるか、又は、15.5℃/分超であるかに基づいて、加熱炉1の加熱状態の制御を行う。より具体的には、加熱炉制御部23は、昇温速度算出部14から入力された昇温速度の予測値が15.5℃/分を超える場合に、鋼材Fの表面の昇温速度が15℃/分以下となるように、加熱炉の加熱状態を制御する。
【0056】
このように鋼材Fの表面の昇温速度を調整するための加熱状態の制御方法としては、様々な方法が使用可能であるが、特に、「バーナ2による炉温調整」及び「搬送速度の調整」の少なくともいずれかを制御することが好ましい。この2つの加熱調整のうち、いずれを行うかは、鋼材Fの温度分布や、エネルギー効率、加熱期限等に基づいて、加熱炉制御部23が決定することが望ましい。この加熱調整を行うために、加熱炉制御部23は、図1Aに示すように、炉温制御部231と、搬送速度制御部232とを更に有する。各加熱調整の方法及び特徴例等については、各構成において説明することとし、以下では、これらの構成について説明する。
【0057】
炉温制御部231は、判定部15から伝送された判定結果に基づいて、加熱炉1の炉温を制御する。より詳細には、炉温制御部231は、炉内雰囲気温度と、昇温速度算出部14により算出された昇温速度とに基づいて、どの程度雰囲気温度を調整する必要があるかを決定し、決定した分だけ雰囲気温度を調整するために、バーナ2およびバーナ2’(以下、単に「バーナ2」と記載する場合がある。)の燃料流量を調整する。なお、バーナ2の燃料流量を調整する際は、加熱炉1の所定位置に配置された(例えば、搬送方向に沿って複数配置された)雰囲気温度測定装置200が測定した炉内雰囲気温度を参照してもよい。これにより、加熱炉1内の所定領域ごとに炉内雰囲気温度を変えることができ、より精密な炉内温度の制御が可能となる。各バーナ2の燃料流量の調整量は、操業実績や調整実績、実験結果等に基づいて、平均加熱温度や温度分布に対応して予め決定されることが望ましい。
【0058】
この炉温制御部231による加熱調整が行われる場合、他の加熱調整と比べて搬送速度を落とすことがないため、生産性を落とすことなく、フェライト系ステンレス鋼材の加熱制御を行うことが可能である。なお、生産性の低下防止等の観点から、鋼材Fの昇温速度の下限値が設けられ、昇温速度がその下限値を下回る場合には、炉温制御部231は、雰囲気温度が上昇するように、バーナ2を制御することとなる。
【0059】
搬送速度制御部232は、判定部15から伝送された判定結果に基づいて、搬送装置による鋼材Fの搬送速度を制御する。つまり、搬送速度制御部232は、鋼材F毎の在炉時間を調整することになる。搬送速度の調整量は、操業実績や調整実績、実験結果等に基づいて、平均加熱温度や温度分布に対応して予め決定されることが望ましい。
【0060】
なお、炉温と搬送速度の双方の制御を行う場合には、炉温制御部231および搬送速度制御部232は、互いに連携しながら、鋼材Fの表面の昇温速度が15℃/分以下となるように、加熱炉1の制御を行う。
【0061】
以上、本発明の第1実施形態に係る加熱制御装置10の構成について説明した。この加熱制御装置10によれば、各温度測定装置100A〜100Dの測温領域Arにおける鋼材Fの温度分布から、最高温度となっている部位である最高温度位置を温度管理点として検出し、この温度管理点に着目することで、加熱炉におけるフェライト系ステンレス鋼材の加熱制御を行うことが可能である。
【0062】
このような温度管理点を用いたフェライト系ステンレス鋼材の加熱方法は、温度測定装置100A〜100Dによる実測値に基づいており、シミュレーションや加熱炉1の雰囲気温度を用いた場合に比べて、より正確に鋼材Fの加熱状態を判定でき、置き割れを回避することができる。
【0063】
また、基準となる温度管理点を決定する位置決定部11では、上述のように、操業実績等に基づく決定、又は、実測に基づく決定が行われる。本実施形態に係る位置決定部11は、基準となる温度管理点を決定する際に、面積が所定の閾値以上となっている領域における最高温度となっている位置を、温度管理点に決定することが可能である。従って、何らかの異常により局所的に高温となる箇所が基準点として決定されることを防止することができる。
【0064】
なお、このような局所的に高温となる原因の一例としては、加熱対象が鋼材Fの場合ブリスター状スケールが挙げられる。鋼材Fの表面は、加熱されて昇温することにより酸化され、その酸化により生成された酸化スケールで覆われる。本実施形態における鋼材Fの表面温度とは、通常このスケール表面の温度を示すこととなるが、スケール表面温度に限定されるものではない。このスケールの一部は、地鉄との熱膨張差により局所的に膨れ、地鉄から浮き上がった状態となることがある。この膨れた状態をブリスターと呼ぶ。浮き上がった状態では、このスケールが周囲から受熱した熱が地鉄に奪われにくくなり、地鉄と接触しているスケール表面に比較して高温となる。従って、単に最高温度位置を温度管理点に決定したのでは、ブリスター状スケールが基準点として選択される可能性がある。しかし、このようなブリスター状スケールは、他のスケール表面に比べて面積が小さい。従って、このブリスター状スケールなどの異常温度位置を所定の面積(閾値)で除外することにより、フェライト系ステンレス鋼材の加熱制御の精度が低下することを防止することが可能である。
【0065】
なお、このように正確な加熱制御を行うためには、各温度測定装置100A〜100Dが正確な表面温度分布を測定できることが非常に重要である。従って、この温度測定装置100として、詳しく後述する放射測温の原理を利用した温度測定装置100を使用することが望ましく、この温度測定装置100を使用する場合、フェライト系ステンレス鋼材の加熱制御の正確性を更に向上させることが可能である。
【0066】
(2.フェライト系ステンレス鋼の加熱方法の詳細について)
続いて、本発明の第1の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の加熱方法について、詳細に説明する。
【0067】
本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の加熱方法は、連続鋳造されたフェライト系ステンレス鋼材を、熱間圧延する前に、該鋼材の表面温度が150℃以上、好ましくは200℃以上で加熱炉に装入し、該加熱炉により、150〜700℃、好ましくは200〜700℃の表面温度の範囲において鋼材の表面温度の昇温速度が15.5℃/分以下、好ましくは15℃/分以下となるように、フェライト系ステンレス鋼材を加熱するものである。
【0068】
ここで、図2を参照しながら、本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼材の加熱方法において、フェライト系ステンレス鋼材の加熱炉への装入温度を150℃以上とし、該加熱炉により150〜700℃の表面温度の範囲において鋼材の表面温度の昇温速度が15.5℃/分以下となるように加熱制御することとした理由について説明する。図2は、本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の加熱方法について説明するための説明図である。
【0069】
本発明者らは、高純度フェライト鋼の加熱炉昇温時における割れの発生を回避するために鋭意研究を行い、連続鋳造機内、鋳造完了から加熱炉装入までの温度推移、昇温中の温度履歴などを詳細に調査した。また、実機鋳片から鋼材サンプルを切り出して破壊試験を行い、昇温時において主に熱衝撃が加わった際の破壊のされやすさなどを調査した。
【0070】
その結果、150℃を下回った条件で加熱炉に装入された場合、鋼材の表面から熱が入り表面が先に昇温し始め、表面の熱膨張により内部に引張の熱応力がかかり始めると、その僅かな熱応力でも鋼材が耐え切れずに内部に割れが発生することが判明した。従って、150℃を下回る条件で加熱炉に装入した場合、ほとんどのケースで置き割れが発生することになる。そこで、連続鋳造後、鋼材表面の手入れの時間や加熱炉装入までの待ち時間の間に鋼材の温度が低下して、150℃を下回らないように、鋼材の保温処置が必要となる。
【0071】
また、本発明者らは、下記表1に示す成分の鋼材について、鋼材の装入温度及び加熱炉での昇温初期の温度調査による昇温速度を調査し、置き割れ発生との因果関係を調査した。発生する置き割れは、鋼材の幅方向の中央2/3〜3/4程度の範囲に厚み方向に貫通した割れであるので、置き割れの発生は目視で確認可能である。従って、本調査においても、置き割れの発生の判定は、目視で行っている。また、置き割れの発生が目視で確認できるケースとしては、(1)鋼材の加熱が完了して鋼材を加熱炉から抽出した際に確認できるケース、又は、(2)鋼材内部に発生して表面に出現していなかった割れが、圧延途中に応力が掛かった際に表面まで貫通して目視確認できるようになるケースがあり、本調査でも、この2つのケースの双方で、鋼材の置き割れの発生有無を確認し、いずれかのケースで置き割れが発生している場合には、置き割れが発生したと判定し、いずれもケースでも置き割れが発生していない場合に、置き割れがないと判定した。
【0072】
【表1】

【0073】
以上のようにして行った調査の結果を図2に示す。なお、図2の横軸は鋼材の加熱炉への装入温度(℃)を示し、縦軸は鋼材の加熱炉内での昇温初期の昇温速度(℃/分)を示している。また、図2中の白丸は置き割れが発生しなかった条件、黒丸は置き割れが発生した条件を示している。なお、図2において、縦軸の昇温速度については、装入温度が700℃以下の条件では700℃以下の範囲における昇温速度を示すが、装入温度が700℃を越える条件では装入温度〜装入温度+100℃の範囲における昇温速度を示している。すなわち、図2においては、700℃以下と700℃を越える条件とでは昇温速度の定義が異なっている。
【0074】
図2に示すように、上述した鋼材サンプルの破壊試験結果と同様に、鋼材の加熱開始温度、すなわち、加熱炉への装入温度が150℃を下回ると置き割れ発生率が極めて高くなる。また、加熱炉への装入温度が700℃以下では、15.5℃/分を上回る昇温速度で鋼材の加熱を行うと、鋼材の表面温度の上昇速度が速く、鋼材表面の熱膨張が大きくなる結果、温度上昇が遅い鋼材内部の引張応力が大きくなり、鋼材の耐力を引張応力が上回るため、置き割れ発生率が高くなることが判明した。また、加熱炉への装入温度が200℃以上の場合、かつ、加熱炉への装入温度が700℃以下で、鋼材の昇温速度が15℃/分以下の場合には、より確実に置き割れの発生を防止できることも判明した。
【0075】
以上の結果から、連続鋳造された高純度フェライト系ステンレス鋼材を、熱間圧延する前に、該鋼材の表面温度が150℃以上で加熱炉に装入し、該加熱炉により、150〜700℃の表面温度の範囲において、鋼材の表面温度の昇温速度が15.5℃/分以下となるように、鋼材を加熱することにより、置き割れ発生を回避可能であることを知見した。また、連続鋳造された高純度フェライト系ステンレス鋼材を、熱間圧延する前に、該鋼材の表面温度が200℃以上で加熱炉に装入し、該加熱炉により、200〜700℃の表面温度の範囲において、鋼材の表面温度の昇温速度が15℃/分以下となるように、鋼材を加熱することにより、より確実に置き割れ発生を回避可能であることも知見した。
【0076】
以上の知見から、本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の加熱方法においては、連続鋳造されたフェライト系ステンレス鋼材を、熱間圧延する前に、該鋼材の表面温度が150℃以上、好ましくは200℃以上で加熱炉に装入し、該加熱炉により、150〜700℃、好ましくは200〜700℃の表面温度の範囲において鋼材の表面温度の昇温速度が15.5℃/分以下、好ましくは15℃/分以下となるように、フェライト系ステンレス鋼材を加熱することとした。
【0077】
また、本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の加熱方法においては、鋼材の表面温度を特定する鋼材上の位置である温度特定位置(温度管理点)を予め定めておき、鋼材の表面温度が700℃に達する前に、加熱炉で昇温中の鋼材の温度特定位置における表面温度を、第1の時刻tと当該第1の時刻から所定時間経過した第2の時刻tとで測定し、測定した表面温度と、時刻tから時刻tまでの経過時間(t−t)とに基づいて、鋼材の表面温度が700℃に到達するまでの昇温速度を予測し、鋼材の表面温度の昇温速度が15.5℃/分以下、好ましくは15℃/分以下となるように、加熱炉を制御することが好ましい。
【0078】
このように、鋼材を加熱炉してから鋼材の表面温度が700℃以内の領域において、任意の異なる2つの時刻において鋼材表面温度を測定し、その結果に基づいて鋼材表面の昇温速度を予測し、上述した知見から得られた置き割れの発生を回避できる条件、すなわち、鋼材の表面温度の昇温速度が15.5℃/分以下、好ましくは15℃/分以下を満足しているか否かを判定し、置き割れの発生を回避できる条件を満足していない場合には、加熱炉の炉温を調整して昇温速度を抑制することにより、置き割れが発生することなく、安定した品質のフェライト系ステンレス鋼材を製造することが可能となる。
【0079】
なお、鋼材が加熱炉中で連続的に搬送され、加熱炉内で滞留することがない条件で操業されている場合には、鋼材表面における温度管理点の温度の測定時刻は、鋼材の昇温速度の予測に必ずしも必要ではない。すなわち、この場合は、予め定められた2箇所で鋼材の表面温度を測定し、2箇所の測定箇所の間の距離を鋼材が移動するのに要した時間と、測定した測定温度とから昇温速度を予測してもよい。
【0080】
(3.実施例について)
以上、本発明の第1の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の加熱方法について、詳細に説明したが、続いて、図3〜図5を参照しながら、本発明に係るフェライト系ステンレス鋼の加熱方法の実施例について詳細に説明する。図3〜図5は、本発明に係るフェライト系ステンレス鋼の加熱方法の実施例を説明するための説明図である。
【0081】
本実施例は、鋼材の搬送方向(炉長方向)に沿って4箇所に温度測定装置100が設けられた図1Aに示したような加熱炉1を用いて、表1に示す組成のフェライト系ステンレス鋼材Fの加熱制御を実施した例である。加熱炉1に、加熱炉装入口INから装入された鋼材F(装入時の鋼材Fの温度は約200℃)は順次スキッドにより加熱炉抽出口OUT側へ搬送されながら、バーナ2からの火炎により加熱昇温される。
【0082】
加熱炉1で加熱中の鋼材Fは、バーナ2が設置されている側壁の片側の上端付近に設置されている温度測定装置100(100A〜100D)により、鋼材Fの表面の温度分布が測定される。温度測定装置100で測定された温度分布データは、上述したような加熱制御装置10に伝送される。
【0083】
温度測定装置100で測定された温度分布の結果を用い、以下に述べる手順により温度管理点の温度が検出される。温度管理点とすべき鋼材Fの表面の位置は、置き割れに与える鋼材温度及び鋼材温度分布によって発生する熱応力に関する考察により、以下に述べるような方法等により決定され、上述した図2に示すような温度実績と置き割れ発生状況との関係に基づき最終的に決定される。本実施例では、上述した温度実績と置き割れ発生状況との関係より、温度管理点を、鋼材Fの長手方向の中央で、かつ、短辺側厚み方向の中央の部位に決定した。
【0084】
ここで、図3を参照しながら、温度管理点を、鋼材Fの長手方向の中央で、かつ、短辺側厚み方向の中央の部位に決定した理由について説明する。まず、鋼材Fの長手方向の中央の部位を選択した理由は、当該部位が、鋼材Fの長手方向の両端部からの入熱の影響を受けにくい代表点として考えられるからである。また、鋼材Fの短辺及び長辺(上下面)から鋼材が加熱された場合、短辺を含む鋼材エッジ部Fの温度上昇が最も大きく、従って、加熱による熱膨張も最も大きくなる。一方、鋼材Fの幅方向の中央部Fは最も昇温しにくく、当該幅方向の中央部Fには引張応力が作用して置き割れが発生しやすい。よって、温度が上がりやすい箇所として、鋼材Fの短辺側厚み方向の中央点を温度管理すべき点(温度管理点)として決定した。
【0085】
次に、鋼材抽出側に搬送される鋼材Fの位置をトラッキングしながら、温度測定装置100A、100B、100C、100Dの各測定位置において同一鋼材Fの表面の温度分布を測定し、この測定結果に基づいて、鋼材Fの温度管理点における温度が特定される。例えば、図4に示すように、まず、加熱炉1への装入直後の鋼材Fの表面の温度分布は、温度測定装置100Aで測定され、加熱制御装置10に伝送される。その後、スキッドにより鋼材Fが鋼材抽出側に搬送されると、鋼材F(図4に破線で表示)の表面の温度分布は、温度測定装置100Bで測定され、温度測定装置100Aで測定された温度分布と同様に、加熱制御装置10に伝送される。このようにして、各温度測定装置100A、100B、100C、100Dの各測定位置における鋼材Fの表面の温度分布の測定結果から、加熱制御装置10により、鋼材Fの温度管理点における温度が特定される。
【0086】
図5に、以上のようにして測定した、加熱炉1に装入後の鋼材Fの温度管理点における温度推移を示す。図5の縦軸は、鋼材Fの温度管理点における表面温度(℃)を示し、図5の横軸は、鋼材Fの加熱炉1への装入時からの経過時間(分)を示している。
【0087】
図5に示すように、本実施例では、加熱制御装置10の昇温速度算出部14で予測した700℃到達時の200℃〜700℃の温度域における鋼材Fの昇温速度が15℃/分を超える可能性があることが、判定部15の判定結果により判明した(図5に「□プロット」で示している)。そこで、加熱炉制御部23により加熱炉1の炉温を調整するため、鋼材Fの温度分布の測定位置(本実施例では、温度測定装置100A、100Bの配置位置)の近傍に位置するバーナ2’の燃焼負荷を低下させた。このようにして炉温を調整した場合の鋼材Fの温度管理点における温度推移の実績を図5に「●プロット」で示した。
【0088】
図5から明らかなように、加熱炉1の炉温調整により、鋼材Fの管理点における温度の200〜700℃の領域における昇温速度は15℃/分以下となり、置き割れの発生を防止することができた。
【0089】
このように、加熱炉1における鋼材Fの表面温度が、装入時の温度(150℃以上、好ましくは200℃以上)から700℃以内の領域において鋼材Fの表面温度を測定し、その測定結果に基づいて、鋼材Fの表面の昇温速度を予測した上で、鋼材Fに置き割れが発生する可能性があるか否かを判定し、置き割れが発生する可能性がある場合には、加熱炉1の炉温を調整して昇温速度を抑制することにより、鋼材Fに置き割れが発生することなく、安定した品質の製品を製造することが可能となることがわかった。
【0090】
(4.第1の実施形態で使用される温度測定方法及び装置について)
次に、本発明の第1の実施形態で使用される温度測定方法及びその方法を実施する装置について説明する。なお、上述の通り、本発明の実施形態では、温度測定方法及び装置は、鋼材表面の温度を測定するものであれば、様々なものが使用可能である。しかし、以下で説明する温度測定方法及び装置は、他の温度測定方法及び装置に比べて温度を非常に正確に測定することが可能である。正確に表面温度を測定することが可能となることで、本発明の実施形態に係る鋼材加熱方法及び加熱制御装置は、上述のような効果を更に高め、より正確に鋼材の熟熱を判定することが可能となる。従って、以下では、この温度測定方法及び装置について図6〜図16を参照しつつ詳細に説明する。
【0091】
なお、以下では、この温度測定方法及び装置が如何に関連技術に係る他の温度測定方法及び装置に比べて正確に温度を測定することができるのかについて、理解が容易になるように、まず、関連技術について説明し、その後、本発明の実施形態に用いられる温度測定方法について説明する。そして、この方法を実現するための温度測定装置について説明した後、実施形態に用いられる温度測定方法及び装置による実施例について説明する。更に、この実施形態に用いられる温度測定方法及び装置の効果の例について、上記特許文献4〜6と比較しつつ説明する。
【0092】
つまり、以下では、本実施形態で使用される温度測定方法及び装置について、次の順序で説明する
4−1.関連技術
4−2.本実施形態に係る温度測定方法の概要
4−3.本実施形態に係る温度測定装置例
4−4.本実施形態に係る温度測定装置による測定例
4−5.本実施形態に係る温度測定装置等による効果の例
【0093】
<4−1.関連技術>
図15及び図16を参照しつつ、関連技術について説明する。図15及び図16は、関連技術に係る温度測定方法について説明するための説明図である。
【0094】
加熱炉内において鋼材の表面温度を非接触で測定する場合、一般には放射温度計等、物体表面からの熱放射エネルギーを計測する方法が用いられる。しかしながら、加熱炉内には、炉の内壁や火炎等から放射される放射エネルギーが存在する。この放射エネルギーが、鋼材の表面で反射し、放射温度計等のセンサーに入射する。従って、放射温度計等は、鋼材から放射される熱放射エネルギーと、内壁や火炎等から放射される放射エネルギーが鋼材の表面で反射した反射エネルギーと、の合計に相当する温度を表示するので、反射エネルギーに相当する温度の誤差が生ずる。この反射エネルギーは、迷光、反射光、外部光、背光、迷光雑音等種々の名称で呼ばれているが、いずれも同じものであり、以下「迷光」と記す。
【0095】
例えば、外気条件下や室温条件下での測定では、大気や室内の壁が発する放射エネルギーは、高温の鋼材の放射エネルギーに比べて小さいので、迷光誤差が問題になることはない。しかしながら、高温の火炎や炉壁を有する加熱炉においては、迷光による誤差が大きく、このために、正確な温度測定が困難であった。
【0096】
そこで、迷光の影響を補正して、真の物体温度を得るための方法が開発されている。この関連技術に係る方法によれば、図15に示すように、まず、加熱炉911内に温度既知物体912を置き、演算手段918により、その物体912の既知温度から熱放射理論により算出される表面輝度と、その物体912の見掛け輝度の測定値との差異に基づいて、加熱炉911内迷光量を定量する。そして更に、演算手段918により、カメラを有する放射型温度計等の光表面温度測定手段914により計測される鋼材913の見掛けの輝度から、加熱炉911内迷光量を差し引いて鋼材の真の放射エネルギーを算出して温度を得る。そして、その温度が温度表示部919により表示される。このような関連技術としては、例えば、上記特許文献5が挙げられる。
【0097】
この方法において、容易に考えうるのは、迷光の補正誤差を小さくするために、鋼材の近傍に温度既知物体を配置し、鋼材と温度既知物体との比較を行うという形態である。
【0098】
しかし、そのような形態では、以下のような問題がある。
問題1:鋼材が移動する場合には、その近傍に温度既知物体を置くことが難しい。
問題2:温度既知物体を鋼材の近傍、即ちカメラから離れた位置に置くと、画像の中の温度既知物体の画素数が少なくなる。
【0099】
上記問題1について説明する。
鋼材が移動する場合、例えばウォーキングビーム式加熱炉等では、鋼材の動きによって温度既知物体が破損する恐れがある。この対策として、鋼材の移動に応じて遮蔽板が移動する機構を設ければ測定システム自体が複雑となり、実用的でない。
【0100】
上記問題2について説明する。
例えば、鋼材が離れた位置に配置されたり、比較的小さい鋼材の温度を計測したりするためには、鋼材を撮像可能なように、ある程度の解像度を有する撮像装置を使用する必要がある。撮像装置として例えば40万画素のカメラを用いた場合、1画素の視野角は幅0.08度、高さ0.08度程度の小さい領域となる。温度既知物体をカメラから離れた位置に置くと、画像中を占める温度既知物体の領域が非常に小さくなるため、1画素の出力は空間的変動、時間的変動、信号処理系の外乱等の影響を受け、いくらかのバラツキを生ずる。
【0101】
図16に1画素単位の出力のバラツキの一例を示す。図16に示すように、1画素単位の出力のバラツキは大きく、このバラツキにより計測精度が低下してしまう恐れがある。従って、高い計測精度を得るためには、単一画素でなく、領域を定めてその領域内の画素の平均値をとる必要があり、少なくとも5×5画素、望ましくは10×10画素以上の平均をとるべきである。
【0102】
しかし、例えばカメラから6メートル離れた鋼材の近傍に温度既知物体を配置する場合を考えると、1画素当りの視野角0.08度に相当する幅は10ミリメートル程度になる。10×10画素の平均をとるためには、100×100ミリメートルの領域の平均をとらなければならない。
【0103】
一方、温度既知物体912としては、図15に示すように、保護管917付き熱電対温度計916を用いることが実用的であり、これは、通常、直径約20〜30ミリメートル程度の大きさであるので、100×100ミリメートルの大きな温度既知物体を設置するのは非現実的である。
【0104】
本発明者らは、従来の温度測定装置やこの関連技術に係る温度測定装置について鋭意研究を行った結果、上記のような問題1及び問題2等の課題に想到した。この課題に対し、発明者らは、以下に示す手段などにより、温度既知物体、例えば保護管付き熱電対を、鋼材近傍でなく、撮像装置の近傍に設置することにより、迷光の影響を更に効果的に補正することが可能な温度測定方法を発明し、上記実施形態に係る加熱炉に使用する場合、その効果を著しく向上させることが可能であることをも見出した。
【0105】
<4−2.本実施形態に係る温度測定方法の概要>
以下、本発明の実施形態に係る温度測定方法の概要について説明する。
この温度測定方法は、上述の関連技術に係る温度測定方法を前提に、大きく分けて以下の1〜3のような特徴を有する。
【0106】
特徴1:迷光を補正するための温度既知物体を、撮像装置の近傍に設置し、かつ、鋼材の放射エネルギーの計測する際、炉内ガスによる吸収及び放射が起こらない波長を選択してその単色輝度を計測し、得られた単色輝度を迷光補正して温度を求める。
特徴2:温度既知物体は、その大きさが撮像装置の画素数において少なくとも25画素、望ましくは100画素以上となるような位置に配置される。
特徴3:温度既知物体は、その放射率が鋼材の放射率に対して前後0.1の範囲となる材質を用いる。
【0107】
この各特徴について順次説明しつつ、本実施形態に係る温度測定方法について説明する。
【0108】
[4−1−1.特徴1]
特徴1:迷光を補正するための温度既知物体を、撮像装置の近傍に設置し、かつ、鋼材の放射エネルギーの計測する際、炉内ガスによる吸収及び放射が起こらない波長を選択してその単色輝度を計測し、得られた単色輝度を迷光補正して温度を求める。
【0109】
なお、この特徴1において、「炉内ガスによる吸収及び放射が起こらない波長」とは、完全に吸収及び放射が起こらないという意味ではなく、他の波長に比べて吸収及び放射が起こりにくい波長を意味する。また、「単色輝度」や「単波長」とは、全波長ではないという意味で、例えば波長の選択精度などにより所定の幅の波長の輝度をも含むものとする。この特徴1及び本実施形態に係る温度測定方法による温度測定過程について説明すると、以下の通りである。
【0110】
例えば、温度既知物体と鋼材とが接近している場合には両者に入射する迷光量はほぼ等しいので、温度既知物体の計測結果から得られた迷光量が鋼材にも照射されるものとして、計測した鋼材の放射エネルギーを補正すればよい。しかし、本実施形態の如く両者が離れている場合には、迷光量の相等性は必ずしも保障されない。
【0111】
そこで、本実施形態の方法では、温度既知物体と鋼材の迷光量の相等性を確保するために、大きく分けて下記の手段を用いる。
【0112】
手段1:炉内ガスによる吸収・放射が起こらない波長を選択し、単波長の測定を行う。
手段2:炉内の温度分布等による誤差の理論的評価を可能にするために、放射伝熱の理論を厳密に適用して迷光補正計算式を作成する。
【0113】
(手段1)
以下、各手段について具体的に述べる。
燃焼炉内には燃料の燃焼によって生じた二酸化炭素や水蒸気などが存在する。これらのガス体は、炉内の放射エネルギーを吸収し、また、自己の温度に応じたエネルギーを放射する。ガスの温度は、炉内の位置によって異なるため、炉内迷光量は、位置によって異なる。しかし、二酸化炭素や水蒸気等のガスが吸収・放射するエネルギーは、スペクトルのうちいくつかの特定の波長域に限られている。従って、二酸化炭素の吸収・放射波長域と水蒸気の吸収・放射波長域とを共に避けた波長を計測すれば、炉内ガスの影響を含まない迷光補正が可能である。
【0114】
そこで、本実施形態では、上記条件を満たす波長、例えば1μmの単波長を計測することによって、温度既知物体と鋼材との位置が離れている条件下での迷光補正を可能とした。尚、本実施形態の如く、迷光補正の目的で単波長条件を必須とする例は、先例がない。
【0115】
(手段2)
単波長を用いることに従って、迷光を補正するための計算は、一般的な放射伝熱計算で用いられるStefan−Bolzmannの式でなく、単波長の放射エネルギーを計算するPlankの式を用いる。具体的には下記の手順1〜7により計算する。
【0116】
手順1:事前に、オフラインの黒体標準炉を用いて、撮像装置の出力と黒体輝度との関係式を作成する。
【0117】
先ず、黒体標準炉の温度をT[K]に保持する。Planckの法則(下記式101)により温度Tにおける黒体輝度Eを計算する。
【0118】
【数1】

・・・(式101)
【0119】
ここで上記式101の各定数等は、以下の通りである。
E :波長λの黒体輝度[W/m
λ :波長[m]
T :温度[K]
C1:定数 3.74×10−16[W/m
C2:定数 0.014387[μm・K]
【0120】
次に、撮像装置で黒体標準炉の標準温度点を計測し、撮像装置の出力Lを得る。温度Tを変えて順次同様の計測を行い、EとLの関係式を最小二乗法等により作成する。ここでは、このEとLの関係式を下記式102とする。
【0121】
【数2】

・・・(式102)
【0122】
この式102が表す関係式は、個々の撮像装置固有の特性式を意味するため、新たな撮像装置を導入したとき撮像装置毎に作成する必要がある。ただし撮像装置に固有の特性であるため、この手順1は1回実施すれば、それ以降再度行なう必要はない。また、本実施形態では、計測波長λとして、例えば1μmの波長を用いるが、この波長の選択には、光学フィルタを使用することができる。しかしながら、計測波長λは、他の波長であってもよく、波長の選択方法は、光学フィルタ以外にも、例えば特定の波長のみを撮像する撮像素子を使用したり、撮像装置に含まれる特定の波長を画像解析により抽出したりする等、様々な方法を使用することができることはいうまでもない。
【0123】
手順2:実際の炉において、温度既知物体例えば保護管付き熱電対の温度T[K]から、下記式103のようにPlanckの法則により黒体輝度Eを算出する。
【0124】
【数3】

・・・(式103)
【0125】
手順3:撮像装置により、温度既知物体を計測し、出力Lを得る。オフラインにて作成した上記特性式(式102)により、出力Lに該当する輝度を計算する。
【0126】
この手順3で計算される輝度は、迷光の反射を含む見掛けの輝度であり、放射伝熱学の分野で射度と呼ばれる量に該当する。これをGと表す。つまり、この輝度Gは、下記式104で表される。
【0127】
【数4】

・・・(式104)
【0128】
手順4:上記EとGから、下記の式105により、迷光量Jを計算する。
【0129】
【数5】

・・・(式105)
【0130】
この式105中、εは温度既知物体の放射率である。
ここで、この式105の導出過程について述べる。温度Tの物体表面から放射される単色放射量Aは、Planckの法則から計算される黒体輝度Eに、物体表面の放射率εを乗じたものである。即ち、単色放射量Aは、下記式106で表される。
【0131】
【数6】

・・・(式106)
【0132】
また、炉内迷光(外来照射)Jが物体表面で反射される量Bは、放射伝熱理論より、下記の式107で表される。
【0133】
【数7】

・・・(式107)
【0134】
撮像装置で計測される「見掛けの輝度」Gは、上記AとBの合計であるため、下記式108で表される。
【0135】
【数8】

・・・(式108)
【0136】
この式を変形すると、迷光量Jを算出する式109が得られる。よって、この式109にE,G及びεを代入して、上記式105が導出される。
【0137】
【数9】

・・・(式109)
【0138】
手順5:撮像装置により、鋼材を計測し、出力Lを得る。そして、上記特性式(式102)により、出力Lに該当する輝度を計算する。この輝度は、迷光の反射を含む見掛けの輝度である。これをGと表す。つまり、この輝度Gは、下記式110で表される。
【0139】
【数10】

…(式110)
【0140】
なお、ここで撮像装置により計測される出力Lは、その鋼材の表面に対する分布として表される。つまり、撮像装置の撮像画像中の所定の箇所に対する出力Lは、撮像画像中に撮像された鋼材の所定の箇所に相当し、出力Lは、撮像画像中の位置毎に異なる値を取りうる。よって、この出力Lから算出する輝度Gも、同じく、鋼材に対する分布となる。なお、ここでは説明の便宜上、輝度Gは、輝度分布中の1点の輝度又は複数点の平均輝度であるとして説明する。しかし、この輝度Gに対する後段の計算等を、撮像画像中の鋼材に相当する位置毎に行うことにより、この温度測定方法では、温度分布を測定することが可能であることは言うまでもない。
【0141】
手順6:上記Gと上記手順4項で算出した迷光量J(式105)から、下記の式111により鋼材の黒体輝度Eを計算する。
【0142】
【数11】

・・・(式111)
【0143】
上記式111において、εは鋼材の放射率である。
ここで、この式の導出過程について述べる。
上記手順4項で導出した下記の式112(上記式108)を用い、この式を変形して黒体輝度Eを求めると、上記の式111が得られる。
【0144】
【数12】

・・・(式112)
【0145】
手順7:このEから、下記Planckの法則の逆関数(式113)を用いて、鋼材の温度T[K]を求める。
【0146】
【数13】

・・・(式113)
【0147】
ここで、上記式113において、Logの底は自然対数である。
ここに述べた迷光補正方法(手順1〜手順7)を用いることによって、温度既知物体と鋼材との距離が離れている場合においても、鋼材の温度を求めることが可能である。以下、その理由を述べる。
【0148】
温度既知物体及び鋼材からの放射エネルギーは、物体自身からの放射量と炉内から受けた迷光の反射量との和である。上述の手順4項で導出した式108のように、温度既知物体及び鋼材のそれぞれの放射エネルギーは、下記の式114及び式115で表される。
【0149】
【数14】

・・・(式114)

・・・(式115)
【0150】
ここで、添字1は温度既知物体、添字2は鋼材を表す。それぞれの式の右辺第1項は物体自身からの放射量、第2項は炉内からの迷光の物体表面での反射量である。
【0151】
上記関連技術においては、放射エネルギーの差ΔG(=G−G)を加減算することによって補正を行ない、上記2つの式114及び式115において、見掛けの輝度Gと黒体輝度Eとの関係が同じであることを利用して輝度Eを求め、鋼材の温度を得ている。従って、上記関連技術の方法においては、上記2つの式のεとεが等しく、かつ、(1−ε)Jと(1−ε)Jが等しいことが要件となる。即ち、温度既知物体と鋼材の放射率が等しく、測定波長帯域に亘る迷光量Jの合計が等しいことが要件であるので、迷光が等しいことが明確であるような近傍に両者を置くことが必要である。
【0152】
それに対して、本実施形態の温度測定方法においては、上記補正計算手順の説明に示したように、両式の相等性は要件ではない。即ち、炉内で迷光量に差が少ない単波長を使用するため、上式の第2項(1−ε)Jと(1−ε)Jとが等しい必要はなく、放射率ε及び迷光Jが位置によって異なっても、測定誤差を低減することが可能である。
【0153】
一般に、加熱炉で加熱する材料は、金属材料の場合は表面が酸化するために放射率が高く、非金属材料の場合は材料そのものの放射率が高い。通常、被加熱物の放射率は0.8を上回る値である。そのため、εに較べて(1−ε)が小さく、上式の第1項εEに較べて第2項(1−ε)Jが小さくなる。従って、温度既知物体位置の迷光Jと鋼材位置の迷光Jに若干の差があっても、相対的に値が小さい第2項に差が生ずるだけであり、式の計算結果への影響は小さい。また、本実施形態では、計測波長λを、炉内ガスによる吸収・放射が少ない波長に設定する。従って、温度既知物体位置の迷光Jと鋼材位置の迷光Jとの差を非常に小さくすることができる。よって、本実施形態では、温度既知物体と鋼材とを近接して配置しなくても、J=Jとして計算することが可能である。なお、JとJの差異は10%程度異なっていても誤差には大きな影響はない。なぜならば、放射率0.8程度で、Jの差異が0.2程度ならば、上記の式の右辺の差異は(1−0.8)×10%=2%程度の影響に過ぎないからである。
【0154】
以上の理由により、単波長の測定を行う本実施形態の温度測定方法を用いれば、迷光に若干の差異がある位置に温度既知物体を置いても、精度を大きく落とすことなく温度計測が可能である。即ち、鋼材の近傍に温度既知物体を置く必要はない。
【0155】
[4−1−2.特徴2]
特徴2.温度既知物体は、その大きさが撮像装置の画素数において少なくとも25画素、望ましくは100画素以上となるような位置に配置される。
【0156】
この特徴2について説明すると、以下の通りである。
上記問題2に示したように、関連技術では、撮像装置の1画素が占める領域が小さいため、1画素の出力は、例えば空間的・時間的変動や信号処理系の外乱等の影響を受け、いくらかのバラツキを生ずる。温度既知物体の1画素単位の出力の実測値を図6に示す。
【0157】
図6に示す実測値の標準偏差を算出すると、σ=11℃であった。よって、1画素のみの測定値を用いて迷光補正を行えば、誤差が大きく、実用に耐えないことは明らかである。そこで、本実施形態の温度測定方法では、複数の画素の平均値を取り、その平均値で補正計算を行なうことにより、このような問題を解決することができる。
【0158】
以下、この特徴2を導出した発明者らの考察に基づいて、具体的な条件を説明する。
上述の通り、1画素単位の標準偏差は11℃であった。n個の平均値をとった場合の標準偏差は、その個数の平方根に逆比例するので、25画素の平均をとれば、標準偏差は5分の1の約2℃となる。100画素の平均値をとれば、100の平方根10に逆比例するので、10分の1の約1℃となる。
【0159】
炉内の温度計測においては、標準偏差2℃であれば概ね実用可能であり、1℃であれば、十分である。よって、少なくとも25画素(例えば5×5画素)、望ましくは100画素(例えば10×10画素)以上の画素数が得られる位置に温度既知物体を置く必要がある。
【0160】
温度既知物体としては、例えば、保護管付き熱電対を用いるのが適当である。加熱炉で用いられる保護管付き熱電対の外径は20〜30mm程度であるので、計測範囲は四角形の場合は縦横10mm程度、円形の場合は直径10mm程度の範囲となる。
【0161】
一方、撮像装置として、例えば、一般的に用いられる画素数40万個程度のCCDカメラでは、1画素の視角は約0.08度×0.08度程度である。よって、5×5=25画素を見る視角は、0.4度×0.4度となる。tan0.4度=0.0070であるので、0.4度×0.4度の視角に10mm×10mmの範囲を写すためには、10mm/0.0070=1400mmよりカメラに近い位置に置かなければならない。
【0162】
温度既知物体の被測定部位の大きさが10mmの場合について計算したが、大きさが異なる場合についても同様の計算を行えば、温度既知物体を置くべき位置は、被測定部分の大きさYに対し撮像装置からの距離Xは、下記式116を満たすことが望ましい。
【0163】
【数15】

・・・(式116)
【0164】
このような考察に基づいて、本発明者らは、上記特徴2を導き出した。従って、本実施形態では、温度既知物体は、その大きさが撮像装置の画素数において少なくとも25画素(例えば5×5画素)、望ましくは100画素(例えば10×10画素)以上となるような位置に配置される。換言すれば、温度既知物体は、温度既知物体の被測定部分の大きさをYとし、その撮像装置からの距離をXとした場合、Xは、上記式116を満たすように設定される。更に具体的には、このXは、撮像装置として画素数40万個程度のCCDカメラを使用し、かつ、Yを10mmとした場合、1400mmよりも小さい値に設定される。その結果、本実施形態に係る温度測定方法では、撮像装置の測定誤差を低減させて、温度測定精度を向上させることができる。
【0165】
[4−1−3.特徴3]
特徴3.温度既知物体は、その放射率が鋼材の放射率に対して前後0.1の範囲となる材質を用いる。
【0166】
この特徴3について説明すると、以下の通りである。
本発明の発明者らは、本実施形態の温度測定方法について、計測条件が種々に変わった場合の計測結果、即ち迷光補正後温度の誤差について理論的検討を行なった。
【0167】
検討条件は、長さ12m、高さ2.5mの燃焼炉にて、炉内壁温度1200℃、炉床に置かれた鋼材の温度900℃、鋼材の放射率0.86として、炉内の放射伝熱計算を行ない、上記特徴1及び特徴2を満たす条件下での各面の放射伝熱量及び反射迷光量の理論値を求めた。計算の手法は、甲藤好郎著「伝熱概論」(養賢堂)p.377−p.382に示された手順を用いた。
【0168】
その計算結果に、上述の特徴1で説明した迷光補正計算方法を適用し、温度既知物体の位置を炉幅方向の炉内左壁位置を原点0m点とし、その0m点から右側へ12m点まで2m毎に変化させた場合の迷光補正値を計算した。撮像装置の位置は左側0m点とし、鋼材の位置は炉幅方向の中心、つまり6m点とした。計算結果を図7に示す。図7に示した放射率εは温度既知物体の放射率であり、鋼材の放射率は0.86に固定している。
【0169】
図7に示すように、この計算結果によれば、例えば温度既知物体の放射率が鋼材の放射率0.86と等しい場合、温度既知物体の位置がどこであろうとも、鋼材の補正後温度は、鋼材の真の温度900℃に対して、3℃以内の差異に収まる。
【0170】
しかし、鋼材と温度既知物体との放射率εに差がある場合は、温度の差異が大きくなることが判る。鋼材の放射率ε=0.86に対して温度既知物体の放射率が0.81〜0.91即ち前後0.05の範囲では、真の温度900℃に対して、±6℃であるが、温度既知物体の放射率が0.76〜0.96即ち前後0.1の範囲では±13℃程度となる。
【0171】
実用性を考慮して10℃程度までの誤差を許容すれば、温度既知物体の放射率は、温度や放射率のレベルにより若干異なるが、鋼材放射率の前後0.1程度以内となる材質を選定すべきであり、望ましくは前後0.05程度以内とすれば更に測定誤差を低減させることができる。
【0172】
一方、上記関連技術では、温度既知物体の輝度によって迷光を補正する方式が採用されている。この関連技術において、鋼材と温度既知物体との位置関係は明示されていないが、実施例として例示された図においては鋼材の近傍に温度既知物体を置いており、実施形態として両者を近傍に置くことが想定されていると考えられる。
【0173】
発明者らの知見によれば、上述のように、例えば鋼材の温度が900℃、炉内壁の温度が1200℃のように、鋼材と炉内壁との温度に大きな差がある場合、炉壁近傍では炉壁からの迷光の影響を強く受ける。しかし、温度既知物体の放射率と鋼材の放射率とが同程度の場合には、その影響は小さくなる。これを図8に示す。図8には、上記図7中の温度既知物体の放射率εが、鋼材と等しい0.86の場合の計算結果と、その値から離れた0.76の場合の計算結果とを示した。つまり、図8において●のプロットは、鋼材と温度既知物体との放射率が同程度の場合の例であり、×のプロットは、温度既知物体の放射率が鋼材と異なる場合の例である。ここでも、鋼材は炉の中心即ち6m点に置いた。
【0174】
図8に示すように、放射率が異なる場合は、温度の誤差が大きくなるのみでなく、炉壁近傍と中央との差が大きくなることがわかる。この理由により、上記関連技術では、放射率の規定がないために、明示されていないものの、実施態様として、鋼材の近傍に温度既知物体を置かざるを得なかったものと考えられる。
【0175】
しかし、本実施形態では、温度既知物体の放射率を規制することにより、図8の●プロットに示されるように、6m点においた鋼材から離れた位置に温度既知物体を置いても誤差の小さい測定が可能である。
【0176】
以上、本発明の実施形態に係る温度測定方法が有する特徴1〜3について説明した。この本実施形態に係る温度測定方法は、上記特徴1〜3に加えて、更に、測定精度を維持向上させるために、以下のような特徴4,5をも有する。
【0177】
特徴4:放射率の経時変化への対処
特徴5:炉内の迷光量分布等から規定される温度既知物体の位置
【0178】
そこで次に、この特徴4,5について説明する。
【0179】
[4−1−4.特徴4]
特徴4:放射率の経時変化への対処
【0180】
この特徴4について説明すれば、以下の通りである。
温度既知物体として金属保護管付き熱電対を用いた場合は、長期間の使用などによる酸化の影響等によって、温度既知物体の放射率が、若干変化する可能性がある。また、セラミック製保護管付き熱電対を用いた場合では酸化の恐れはないが、煤や炉内ダスト等の付着による放射率変化の可能性は排除できない。そこで、本実施形態に係る温度測定方法では、このような温度既知物体の放射率の経時変化に対して、以下に示す手段により対処することができる。
【0181】
手段1:放射率の経時変化の把握方法
一般に、物体表面の放射率を測定するためには、迷光の無い条件下でその物体の温度と輝度を測定する必要がある。よって、物体を炉内に設置したままでは、放射率の把握は困難である。しかし、炉の操業条件が一定ならば、炉内の迷光量分布に変動は無く、温度既知物体からの放射輝度と炉の内壁からの放射輝度の関係は一定と考えられる。この現象を利用し、撮像装置の視野内の炉内壁輝度と温度既知物体輝度との差を長期的に記録し、同一温度条件での傾向管理を行なうことによって放射率の経時変化の有無を把握、管理することができる。例えば、炉内壁輝度と温度既知物体輝度との差の変化が、所定の閾値を超えた場合などに、温度既知物体の放射率が変化したと判断することができる。そして、放射率が変化した場合、温度測定精度を保つために、以下の手段2による対処を採ることができる。
【0182】
手段2:放射率の経時変化が生じた場合の対処方法
温度既知物体を新品に交換することが最良の手段である。交換することが不可能であり、かつ、上記手段1の傾向管理データから放射率の変化値が推定できる場合には、以下の方法によって補正してもよい。即ち、上述の特徴1の手段2で導出した迷光量Jを計算する以下の式117(上記式105)において、標準の放射率εの代わりに経時変化後の放射率εを用いた式118により、迷光量Jを計算する。
【0183】
【数16】

・・・(式117)

・・・(式118)
【0184】
迷光量Jを計算した後は、上記特徴1の手順5項以降を、前述の計算手順に従って計算し、迷光補正後温度を算出する。この方法によって放射率の経時変化に対する補正計算を行なった例を、図9に示す。図9に示すように、温度既知物体の放射率が、基準の放射率0.86に対して経時的に上昇した場合、補正後の温度は低下していく。しかしながら、本実施形態に係る温度測定方法によれば、上記の特徴4を用いて計算することにより、正しい温度900℃の出力を得ることができる。
【0185】
つまり、本実施形態に係る温度測定方法は、この特徴4を有することにより、温度既知物体の放射率の経時変化等による影響を低減させて、長期間の使用に対しても、温度測定精度を維持させることができる。
【0186】
経時変化後の放射率ε
なお、ここで使用した経時変化後の放射率εは、以下のように導き出すことができる。
上述の通り、手段1では、撮像装置の視野内の炉内壁輝度と温度既知物体輝度との差を長期的に記録する。この際、炉内において放射率の経時変化が比較的安定して変化がほとんど無いとみなされる部位、例えば長期間補修改修を行っていない炉壁の輝度と、温度既知物体輝度との差もあわせて記録する。以下、この部位を「比較部位」ともいう。なお、炉内壁が比較部位である場合、手段1で記録する炉内壁輝度を比較部位の輝度とすることができる。
【0187】
ここで比較部位の見掛けの輝度をGwとし、温度既知物体輝度をGtとする。つまり、比較部位輝度Gwと温度既知物体輝度Gtとの差ΔG(=Gt−Gw)の変化を長期間記録することになる。なお、撮像装置が計測する「見掛けの輝度G」は、上記式108で表されるので、初期の温度既知物体(Gt)、初期の比較部位(内壁等)(Gw)、長期間経過後の温度既知物体(Gt)、長期間経過後の比較部位(Gw)の見掛け輝度は、それぞれ下記のようになる。
【0188】
【数17】

・・・(式A1)
【0189】
この式A1中、Etは、温度既知物体の黒体輝度、Jtは、温度既知物体の迷光量、ε、比較部位の放射率、Ewは、比較部位の黒体輝度、Jwは、比較部位の迷光量である。ここで、比較部位は、放射率の経時変化が比較的安定して変化がほとんど無いとみなされる部位であるため、比較部位の放射率は、期間経過前後においてεで一定となる。また、測定時の温度を一定とすることにより、既知物体の黒体輝度Etも、期間経過前後において変化しない。更に、炉内迷光条件が大きく代わることは少ないため、既知物体の迷光量Jt及び比較部位の迷光量Jwも、期間経過前後において変化しない。
【0190】
この式A1より、初期の輝度差ΔGと、期間経過後の輝度差ΔGとは、以下式A2と式A3とのようになる。
【0191】
【数18】

・・・(式A2)

・・・(式A3)
【0192】
よって、輝度差ΔGの経時変化量(ΔG−ΔG)は、下記式A4のように計算できる。
【0193】
【数19】

・・・(式A4)
【0194】
この式A4より、温度既知物体の放射率の変化量(ε−ε)は、見掛け輝度差の経時変化量(ΔG−ΔG)に比例することが判る。
【0195】
ここで、(ε−ε)と(ΔG−ΔG)との比例定数をK(=Et−Jt)とすると、この比例定数Kは、以下のように求めることができる。
【0196】
Etは、温度既知物体の黒体輝度であるため、既知の温度値から、上記式103により計算することができる。一方、Jtは、温度既知物体の受ける迷光量であるため、上記式104と式105により、撮像装置の出力Lから算出することができる。従って、これらの測定及び計算を予め行うことにより、比例定数K(=Et−Jt)を求めることができる。また、式A4は、下記式A5のように計算できる。
【0197】
【数20】

・・・(式A5)
【0198】
よって、この式A5に、算出した比例定数Kと、見掛け輝度差の経時変化量(ΔG−ΔG)とを代入することにより、経時変化後の温度既知物体の放射率εを求めることができる。なお、長期間経過後の比較計算は、比例定数Kを算出した炉内条件で行うので、EtとJtは変わらないものとすることができ、予め算出した比例定数Kを、例えば温度既知物体を交換するまで使用することが可能である。
【0199】
なお、この経時変化後の温度既知物体の放射率εを計算は、炉内の状況(温度および迷光量)が同等の条件であるデータを用いて行われる必要がある。よって、測定して記録した長期間のデータのうちの既知温度計温度及び比較部位(炉壁内面等)の温度が初期とほぼ同等であり、かつ、炉の操業条件(炉内迷光条件)がほぼ同一である時間帯のデータを多数抽出し、その平均値を用いて、放射率εを計算することが望ましい。また、データの分散から統計的手法によって結果の確かさの検定を行うことも可能である。
【0200】
[4−1−5.特徴5]
特徴5:炉内の迷光量分布等から規定される温度既知物体の位置
【0201】
この特徴5について説明すれば、以下の通りである。
上記のように、本実施形態では、炉内ガス等による反射・吸収が起こらない波長を使用するなどにより、温度既知物体は鋼材の近傍に配置される必要はないが、この波長においても、炉内の迷光は位置による分布がある。そこで、本実施形態に係る温度測定方法では、測定精度を更に高めるために、温度既知物体は、鋼材位置の迷光量と同等の迷光量となる位置に置く。迷光分布等による温度既知物体の位置の制約は、次の3つの条件によって規定される。
【0202】
条件1:炉内迷光分布上、鋼材の位置と迷光量がほぼ同一となる位置
条件2:鋼材の測定表面に対する角度が、鋼材の放射率が変化しない角度以上となる位置
条件3:鋼材との間に火炎を挟まない位置
【0203】
以下、それぞれの条件について述べる。
【0204】
条件1:炉内迷光分布上、鋼材の位置と迷光量がほぼ同一となる位置
炉の内壁に温度分布がある場合、炉内壁近傍では、近くの炉内壁の温度の影響を強く受けるため、迷光量が炉内の一般部分とは異なる場合がある。一部の炉内壁温度が異なる場合について、発明者らのデータに基づいて、迷光量を算出した結果を図10に示す。炉内壁温度1200℃に保持した炉において、一部の炉内壁を1100℃としたときの迷光分布である。図10の横軸は1100℃の炉壁からの距離である。炉内壁より0.25m未満の領域における迷光量は、他の位置の迷光量と著しく異なる。そこで、本実施形態に係る温度測定方法では、温度既知物体を炉内壁から0.25m以上離れた位置に配置することにより、炉内壁の温度分布による炉内迷光分布による影響を低減して、温度測定精度を更に向上させることができる。
【0205】
条件2:鋼材の測定表面に対する角度が、鋼材の放射率が変化しない角度以上となる位置
一般的には、物質によっては、表面の放射率が、放射方向によって異なる場合がある。これは例えば化学工学便覧改訂3版の図2.81に例示されている。一方、本実施形態に係る温度測定方法では、温度既知物体と鋼材とを撮像装置の同一視野内に置いて、輝度の比較によって補正計算を行なう。従って、鋼材の放射率が温度既知物体の放射率に対して変化しないよう、鋼材の測定表面に対する角度が、放射率が変化しない範囲の角度となる位置に、温度既知物体を配置して両者を撮像装置の視野内に収めなければならない。
【0206】
このような問題点に想到した発明者らは、鋼材(鋼材)を用い、種々の角度に温度既知物体を配置して、鋼材の温度測定を上述の方法で行い、誤差の大きさから、角度の限界を判定した。その結果、図11に示す如く、この角度は、13度以上にすることが必要であるとの結論が得られた。
【0207】
そこで、本実施形態に係る温度測定方法では、鋼材の測定表面に対する角度が13度超過となる位置に、温度既知物体を配置することにより、鋼材の放射率の変化による温度測定への影響を低減させて、温度測定精度を更に向上させることができる。
【0208】
条件3:鋼材との間に火炎を挟まない位置
本実施形態では、燃焼ガス中の熱放射ガスである二酸化炭素と水蒸気の放射スペクトルを避けた単色光例えば波長1μmの放射を計測するので、全波長放射測定型の温度計に較べて、火炎の影響は受けにくい。しかし、火炎には熱放射性のフリーラジカル等が含まれるので、鋼材との間に火炎が介在すると迷光補正誤差が生ずる可能性がある。そこで、本実施形態に係る温度測定方法では、鋼材と温度既知物体及び撮像装置との間に火炎を挟まない位置関係を保持することにより、火炎による影響を低減させる。この位置関係は、本技術を適用する炉の鋼材と火炎との位置関係により規定される。具体的には、図12に示すように、被測定点(鋼材)から火炎の端までの水平距離をX、被測定点から火炎下端までの高さをY、被測定点から温度既知物体までの水平距離をX、高さをYとするとき、温度既知物体の位置は、下記式119を満たすように設定される。
【0209】
【数21】

・・・(式119)
【0210】
以上、条件1〜3を総合し、炉内の迷光分布等によって規定される、温度既知物体の位置は、下記の様に示される。
【0211】
つまり、この位置は、
条件1:炉の内壁からの距離が0.25m以上であり、
条件2:被測定点と温度既知物体とのなす角度が、被測定点の表面に対して13度以上であり、
条件3:被測定点から火炎の端までの水平距離をX、被測定点から火炎までの高さをY、被測定点から温度既知物体までの水平距離をX、高さをYとするとき上記式119を満たすように設定される。
【0212】
この温度既知物体の位置を例示すれば、図12の斜線範囲である。本実施形態に係る温度測定方法は、この範囲内に温度既知物体を配置することにより、鋼材の温度測定精度を更に向上させることができる。
【0213】
以上、本発明の実施形態で使用される温度測定方法について説明した。
次に、このような方法を実際に実行する本実施形態に係る温度測定装置例について説明する。
【0214】
<4−3.本実施形態に係る温度測定装置例>
図12に示すように、温度測定装置100は、加熱炉1内に配置された鋼材Fの温度を測定する。図12では、加熱炉1として、バーナ2(リジェネバーナ、サイドバーナ、ルーフバーナ、軸流バーナ等の様々なバーナの例。)によって加熱を行う炉を例示しているが、本実施形態に係る温度測定装置100を適用可能な加熱炉1は、この例に限定されるものではない。なお、上記本発明の実施形態に温度測定装置100を使用する場合、撮像装置110及び温度既知物体120は、炉側壁又は炉天井から挿入等することが望ましい。つまり、この場合、図12に示す横方向が炉幅方向に相当することになる。
【0215】
温度測定装置100は、図12に示すように、撮像装置110と、温度既知物体120と、演算部130と、表示部141と、記憶部142とを有する。
【0216】
撮像装置110は、輝度計測部の一例であって、鋼材Fと温度既知物体120とを同一視野内に収めて撮像することが可能なように配置される。図12では、撮像装置110が加熱炉1内に挿入された場合を示しているが、この場合、撮像装置110は、耐熱構造を有する。また、撮像装置110は、加熱炉1内部を撮像可能であればよいので、例えば、加熱炉1に耐熱ガラスなどにより窓を設けて、撮像装置110を加熱炉1の外部に配置することももちろん可能である。
【0217】
また、撮像装置110は、例えば、上記特徴1を満たすように、所定の波長の輝度を撮像可能なように波長選択フィルタ等(図示せず)を有する。この波長選択フィルタは、波長選択部の一例であって、所定の波長の光を透過する。この波長選択部としては、波長選択フィルタに限定されるものではない。例えば、撮像装置110が、撮像可能な全波長帯域(又は所定の波長帯域)の輝度を撮像し、画像解析部131が、所定の波長の光のみを抽出することも可能である。この場合、画像解析部131が波長選択部を兼ねることになる。また、撮像装置110の撮像素子として、所定の波長の単色輝度のみを撮像するような素子を使用することも可能である。この場合、撮像装置110が波長選択部を兼ねることになる。
【0218】
このような撮像装置110としては、例えば、CCD(Charge Coupled Device)、CMOS(相補性金属酸化膜半導体)などのイメージセンサを使用したカメラを使用することができるが、例えば、IP(イメージングプレート)などのように、撮像画像中の輝度値を蓄積することが可能な構成であればどのような構成であってもよい。そして、このような撮像装置110からは、撮像画像中の各画素に受光された輝度値が、電気信号として出力される。
【0219】
一方、温度既知物体120は、上記特徴1、特徴2及び特徴5を満たす位置に配置され、例えば、保護管と、その保護管内部に挿入された温度計とを有する。保護管としては、例えば、上記特徴3で規定した放射率を満たす材質で構成される。金属材が鋼材Fの場合、このような材質としては、例えば、アルミナ、アルミナ・シリカ系、シリコンカーバイド、石英等のセラミックス材料や、インコネル、ハステロイ、ステンレス等の金属材料が挙げられる。また、温度計としては、例えば、熱電対温度計や抵抗温度計などの接触式温度計を使用することができる。熱電対温度計としては、例えば、白金−白金ロジウム熱電対などが挙げられ、抵抗温度計としては、例えば、白金抵抗温度計などが挙げられる。しかしながら、これらの温度計は、加熱炉1の温度や測定したい温度帯域に併せて適宜変更される。この温度既知物体120の温度は、演算部130(迷光計算部22)に出力される。
【0220】
演算部130は、撮像装置110による撮像画像を解析して、鋼材Fの単色輝度から、鋼材Fの温度を算出する。その際、演算部130は、この温度を上述の通り迷光補正する。そのために、演算部130は、図12に示すように、画像解析部131と、迷光算出部132と、迷光補正部133と、温度算出部134と、放射率変更部135と、記憶部136とを有する。
【0221】
画像解析部131は、撮像装置110が撮像した撮像画像(単波長の輝度値を含む画像)を解析し、温度既知物体120の輝度値に相当する出力値と、鋼材Fの輝度値に相当する出力値とを算出する。そして、画像解析部131は、それぞれ温度既知物体120に対する出力値を、迷光算出部132に出力し、鋼材Fの輝度値に対する出力値を、迷光補正部133に出力する。この際、画像解析部131は、温度既知物体120が上記特徴1及び特徴2を有する位置に配置されるため、複数の画素の平均値から温度既知物体120の輝度値に相当する出力値を算出することができ、同様に、鋼材Fに対しても平均値を使用することができる。従って、温度の算出精度誤差を低減することができる。
【0222】
迷光算出部132は、温度既知物体120の輝度値に相当する出力値に基づいて、上記特徴1の手順2〜手順4を実行し、迷光量Jを算出する。なお、手順1は、既に処理されており、上記式1及び式2等は、既に迷光算出部132に記録されており、迷光算出部132は、記録している式1及び式2を使用して、手順2〜手順4を実行する。
【0223】
迷光補正部133は、温度既知物体120の輝度値に相当する出力値と、迷光算出部132が算出した迷光量Jとに基づいて、上記特徴1の手順5及び手順6を実行して迷光補正し、鋼材Fの黒体輝度を算出する。
【0224】
温度算出部134は、迷光補正部133が算出した鋼材Fの黒体輝度に基づいて、上記特徴1の手順7を実行して、迷光補正した鋼材Fの温度を算出する。そして、この算出結果は、表示部141に表示されたり、記憶部142に記録されたりする。なお、表示部141は、例えば、ブラウン管(CRT:Cathode Ray Tube)・液晶ディスプレイ(LCD:Liquid Crystal Display)・プラズマディスプレイ(PDP:Plasma Display Panel)・電界放出ディスプレイ(FED:Field Emission Display)・有機エレクトロルミネッセンスディスプレイ(有機EL、OELD:Organic Electroluminescence Display)・ビデオプロジェクタなどが使用可能である。
【0225】
一方、画像解析部131は、更に加熱炉1の炉内壁の輝度に相当する出力値を抽出して、放射率変更部135に出力する。そして、放射率変更部135は、この出力値から、炉内壁輝度を算出し、炉内壁輝度と温度既知物体輝度との差を記憶部136に記録する。放射率変更部135及び記憶部136は、これらの情報を使用して上記特徴4を実行し、迷光算出部132が使用する温度既知物体120の放射輝度を適宜更新する。
【0226】
なお、演算部130は、例えば、汎用又は専用のコンピュータで構成されてもよい。そして、このコンピュータに上記各構成の機能を実現させるプログラムを実行させることにより、演算部130を構成することができる。なお、コンピュータは、CPU(Central Processing Unit)と、HDD(Hard Disk Drive)・ROM(Read Only Memory)・RAM(Random Access Memory)等の記録装置と、LAN(Local Area Network)・インターネット等のネットワークに接続された通信装置と、マウス・キーボード等の入力装置と、フレキシブルディスク等の磁気ディスク、各種のCD(Compact Disc)・MO(Magneto Optical)ディスク・DVD(Digital Versatile Disc)等の光ディスク、半導体メモリ等のリムーバブル記憶媒体等を読み書きするドライブと、モニタなどの表示装置・スピーカやヘッドホンなどの音声出力装置などの出力装置等と、を有してもよい。そして、このコンピュータは、記録装置・リムーバブル記憶媒体に記録されたプログラム、又はネットワークを介して取得したプログラムを実行することにより、演算部130の各構成の機能を実現することができる。
【0227】
<4−4.本実施形態に係る温度測定装置による測定例>
次に、本発明の実施形態に係る温度測定方法及び温度測定装置により、金属材として、燃焼炉(加熱炉1の一例)内に配置された鋼材F表面温度を測定した例を示す。ここで使用した燃焼炉は、長さ8m(上記加熱炉1の場合の炉幅方向に相当)、幅2m、高さ2mであり、LNG(Liquefied Natural Gas)により鋼材Fを加熱する。鋼材Fは、およそ5m、厚み50mmである。撮像装置110は、画素38万個のCCDカメラを用いた。CCDカメラは波長フィルタ機能を有しており、この波長フィルタ機能により、波長1.0±0.2μmの単波長の放射光を測定した。なお、この際、波長フィルタ機能は、±0.2μm程度の幅を有しているため、撮像装置110は、実際には波長0.8〜1.2μの放射光のみを計測することになるが、この程度の幅の波長は、実用上及び工業上、単波長とみなすことができる。従って、撮像装置110は、厳密な単波長光を撮像する必要はなく、工業的に単波長とみなせる程度の波長の光を撮像すればよい。
【0228】
放射温度計検定業者に依頼して温度計検定用黒体炉の温度とCCDカメラの出力値との関係を検定した。検定温度範囲は900℃から1250℃である。得られた検定データを用いて、最小二乗法による当てはめ計算を行ない、上記迷光補正計算手順の中の撮像装置110の特性式20(上記式102)の具体的な形として、下記式21を得た。
【0229】
【数22】

・・・(式20)

・・・(式21)
【0230】
ここで、GはCCDカメラのゲイン設定値、SSはシャッター速度設定値、LはCCDカメラの出力であり、また、Eは黒体炉の温度に対応する輝度であって、検定を行なった温度、900℃、1000℃、1100℃、1200℃、1250℃のそれぞれについて、上記で説明したPlanckの式で計算される値である。具体的な計算方法としては、Eを従属変数とし、G、SS、及びLを独立変数として非線形最小二乗法によって、式の中の5個の係数を決定した。この特性式は、本実施例で用いたCCDカメラに特有のものであり、CCDカメラの機種が異なる場合や、CCDカメラ以外の撮像装置110を用いる場合には、個別に作成しなければならない。
【0231】
CCDカメラは、図13に示すように、炉の側壁に開口した測定口から斜め下方に向けて挿入した。鋼材Fの最も遠方の測定点(位置1)からカメラまでの水平距離は6m、鋼材Fの置かれた水平面からCCDカメラまでの高さは1.6mである。これは、CCDカメラの先端と、鋼材Fの最も遠方の測定点(位置1)を結ぶ線上に火炎が入らない位置関係になっている。CCDカメラの中心線は、鋼材Fの中央(位置2)に向けてあり、具体的には伏角21度である。この伏角は、鋼材F表面全体即ち位置1から位置3までをカメラの視野におさめるために選択したものであり、炉の形と鋼材が置かれる位置を考慮して適宜決定すればよい。このように鋼材F表面全体を視野内におさめることにより、温度測定装置100は、鋼材Fの表面全体の温度分布を測定することが可能である。
【0232】
温度既知物体120は、保護管付き熱電対を用い、外径は17mmである。この保護管付き熱電対は、CCDカメラ先端から0.2m下の位置に水平に挿入し、炉壁の内面から炉内側に0.3m突き出して、先端部分がCCDカメラの視野内に入っている。CCDカメラの視野内に入る位置関係であれば、必ずしも水平に挿入する必要はなく、炉の構造によっては天井に開口して垂直に挿入する方が強度面で有利な場合もある。この熱電対は温度既知物体として働くものであるので、外側を覆う保護管は放射率が、既知のものでなければならない。本実施例では放射率0.85のアルミナ・シリカ系セラミック保護管を用いた。
【0233】
この実施例では、鋼材Fの放射率は0.86であったので、上記熱電対保護管の放射率とほぼ同一であるが、上記特徴3を満たす範囲内であれば、放射率が異なっていてもよい。熱電対の種類は、JISB型熱電対を使用した。熱電対の種類は使用する温度によって適宜選択すればよい。また、熱電対でなく他の温度センサー、例えば白金抵抗温度計等を使用してもよい。
【0234】
CCDカメラの視野角は左右60度上下45度と十分に大きく、鋼材F以外に炉の内壁面をも視野内に納めている。炉の内壁面の輝度と熱電対保護管表面の輝度とは熱電対に接続された記憶部136によって長期間保存され、その差の傾向管理を行なって熱電対保護管の放射率の経年変化を把握し、変化が生じた場合は、輝度の差が等しくなるよう、迷光計算に用いる温度既知物体放射率を補正する。この補正にあたっては、保存されたデータのうち、炉内温度がある一定温度(この実施例においては1190℃〜1210℃の範囲)であり、かつ、温度既知物体の温度がある一定温度(この実施例においては1170℃から1190℃)の範囲のデータのみを抽出することにより、炉内の熱放射条件が相等な条件で行った。
【0235】
温度既知物体のCCDカメラでの輝度測定範囲は、表面約10mm径の円形部分であり、画素数約200個の平均値を計測した。鋼材Fの温度は、900℃から1250℃までの範囲である。図13に示された位置1、位置2、位置3の3点を計測した。位置1はCCDカメラから水平距離で約6m、位置2は約4m、位置3は約2m離れた位置である。
【0236】
上記本実施形態に係る温度測定方法によって迷光補正計算を行い、鋼材Fの各位置に埋め込んだ熱電対温度計によって計測した温度と比較した結果を図14に示す。図14中、縦軸は、本実施形態に係る温度測定方法により迷光補正計算を行った計測温度であり、横軸は、埋め込み熱電対実測温度である。また、図14中の実線は、本方法による計測温度(迷光補正後)と、埋め込み熱電対実測温度が一致している線(横軸=縦軸)を表す。図14に示すように、各位置1〜3における測定点は、実線上に位置しており、埋め込み熱電対実測温度と、本方法による計測温度(迷光補正後)が良好な一致を示した。従って、本実施形態に係る温度測定方法が精度よく鋼材Fの温度を測定することが可能であることが判る。なお、本実施形態に係る温度測定方法は、更に、この位置1〜3のように、鋼材Fの撮像画像中の各箇所について温度を測定することにより、鋼材Fの表面温度分布を非常に精度良く測定することが可能である。
【0237】
<4−5.本実施形態に係る温度測定装置等による効果の例>
最後に、本発明の実施形態で使用される温度測定方法等による効果が判りやすいように、上記特許文献4〜6に対する有利な効果の例を説明する。ただし、ここで説明する効果は、あくまで一例であって、本実施形態に係る温度測定方法等による効果を限定するものではないことは言うまでもない。
【0238】
[4−5−1.特許文献4]
上記特許文献4に記載の温度測定方法では、温度測定物体の表面に遮蔽板を設けて炉内迷光を遮断する。そして、遮蔽板は、水冷して遮蔽板自体からの熱放射を防いでいる。遮蔽板の発する放射による誤差は、遮蔽板の温度Tを実測し、見掛け放射エネルギーGから下記の式22により補正後真温度Tを得る。なお、Eb(T)は温度Tにおける放射エネルギーを表す。
【0239】
【数23】

・・・(式22)
【0240】
この特許文献4では、鋼材の近くに遮蔽板を置く必要がある。しかし、鋼材が移動する場合、例えばウォーキングビーム式加熱炉等では、鋼材の動きによって遮蔽板が破損する恐れがある。鋼材の移動に応じて遮蔽板が移動する機構を設ければ測定システム自体が複雑になる。また、遮光板で迷光を完全に遮断することは困難であり、迷光の経路によっては、精度が低下してしまう可能性がある。
【0241】
一方、本実施形態に記載の温度測定方法等では、鋼材の近くに構造物を置く必要性がない。従って、本実施形態に記載の温度測定方法等は、上記特許文献4に対して、遮蔽板、その水冷装置、複雑な測定システムなどを使用する必要が無く、簡単な装置構成により温度を測定することができる。また、この温度測定方法等では、迷光量を算出して、迷光補正を行うため、遮光板で遮断しきれないような迷光の影響も低減させることができ、高精度の温度測定が可能である。
【0242】
[4−5−2.特許文献5]
特許文献5に記載の温度測定方法では、炉壁の実測温度Twと炉壁実効温度Tw’を用い、輝度Lを表す下記の式によって放射温度計の見掛け温度Sから補正した表面温度Tを得る。
【0243】
【数24】

・・・(式23)
【0244】
この際、上記の炉壁実効温度Tw’は、炉壁に2ヶ所以上設置した温度計の実測温度Tw1,Tw2,…Twnの輝度の一次式24により算出する。
【0245】
【数25】

・・・(式24)
【0246】
この一次式の係数a,a,…aは、実験等によりあらかじめ炉体形状及び鋼材の寸法に適合した値に設定しておく。
【0247】
この特許文献5では、炉内における迷光の光源は、主に火炎と炉壁である。しかしながら、この特許文献5では、炉壁からの迷光の影響はある程度補正できるが、火炎からの放射エネルギーが変化した場合の補正が困難である。火炎を用いない加熱炉や火炎の温度や大きさが常に一定の加熱炉ならば火炎から発する迷光は、係数a,a,…aに一定値として含まれるが、火炎が変動すれば、この係数a,a,…aは変わるものと考えられる。一般に、加熱炉では被熱物の量及び到達温度に応じて温度を適正に制御するために燃焼装置の燃焼量を適宜調節するので火炎状態は時間と共に変化する。これに対して、特許文献2では、火炎の変化に応じた補正手段は示されていない。従って、この特許文献5を、火炎を用いる加熱炉に適用することは困難である。
【0248】
一方、本実施形態に記載の温度測定方法等では、炉壁から発する迷光と火炎から発する迷光がいずれも温度既知物体に照射されるように、温度既知物体を炉内空間に配置する。また、火炎と鋼材及び温度既知物体との位置関係を上記特徴5に示すように規定する。従って、本実施形態に記載の温度測定方法等では、火炎の放射エネルギーの変動に対しても適正な補正を行うことが可能である。
【0249】
一方、本実施形態に記載の温度測定方法等では、炉壁から発する迷光と火炎から発する迷光がいずれも温度既知物体に照射されるように、温度既知物体を炉内空間に配置する。また、火炎と鋼材及び温度既知物体との位置関係を上記特徴5に示すように規定する。従って、本実施形態に記載の温度測定方法等では、火炎の放射エネルギーの変動に対しても適正な補正を行うことが可能である。
【0250】
[4−5−3.特許文献6]
特許文献6については、上記関連技術で説明した通りであり、上記の説明において詳しく本発明の一実施形態による効果等を説明したが、本発明の実施形態に係る温度測定装置は、更に、温度既知物体を鋼材から離れたカメラの近傍に設置し、炉内ガスによる吸収及び放射が起こらない波長の単色輝度を撮像する等によって、上記特許文献4で説明した鋼材の移動による種々の障害を回避するとともに、通常小さな物体である温度既知物体の画角を大きくして十分な画素数を得、かつ、迷光補正精度を高めることが可能である。
【0251】
なお、上記実施形態では、本発明の第1の実施形態に係る温度測定方法等の特徴が判りやすいように、特徴1〜特徴5と区分して説明した。しかしながら、この特徴1〜特徴5は、本発明の第1の実施形態の特徴を限定するものではなく、本発明の第1の実施形態の特徴は、各特徴1〜特徴5で詳細に説明した中に記載された各特徴をも含むことは言うまでもない。
【0252】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0253】
1 加熱炉
2 バーナ
10 加熱制御装置
11 位置決定部
12 管理点温度特定部
13 管理点温度記憶部
14 昇温速度算出部
15 判定部
23 加熱炉制御部
100 温度測定装置
110 撮像装置
120 温度既知物体
130 演算部
131 画像解析部
132 迷光算出部
133 迷光補正部
134 温度算出部
135 放射率変更部
136 記憶部
141 表示部
142 記憶部
200 雰囲気温度測定装置
231 炉温制御部
233 搬送速度制御部
F 鋼材



【特許請求の範囲】
【請求項1】
連続鋳造されたフェライト系ステンレス鋼材を、熱間圧延する前に、該鋼材の表面温度が150℃以上で加熱炉に装入し、
該加熱炉により、150〜700℃の前記表面温度の範囲において前記鋼材の表面温度の昇温速度が15.5℃/分以下となるように、前記鋼材を加熱することを特徴とする、フェライト系ステンレス鋼の加熱方法。
【請求項2】
前記鋼材の表面温度が200℃以上で加熱炉に装入し、該加熱炉により、200〜700℃の前記表面温度の範囲において前記鋼材の表面温度の昇温速度が15℃/分以下となるように、前記鋼材を加熱することを特徴とする、請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼の加熱方法。
【請求項3】
前記表面温度を特定する前記鋼材上の位置である温度特定位置を予め定めておき、
前記鋼材の表面温度が700℃に達する前に、前記加熱炉で昇温中の前記鋼材の前記温度特定位置における表面温度を、第1の時刻と当該第1の時刻から所定時間経過した第2の時刻とで測定し、
測定した前記表面温度と、前記第1の時刻から前記第2の時刻までの経過時間とに基づいて、前記鋼材の表面温度が700℃に到達するまでの昇温速度を予測し、前記鋼材の表面温度の昇温速度が15℃/分以下となるように、前記加熱炉を制御することを特徴とする、請求項1又は2に記載のフェライト系ステンレス鋼の加熱方法。
【請求項4】
前記加熱炉内の迷光を補正するための温度既知物体を、輝度計測部の近傍に設置しておき、
前記鋼材の表面温度測定では、
前記輝度計測部を用いて、炉内ガスによる吸収及び放射が起こらない波長を有する単色輝度により、前記鋼材及び前記温度既知物体の放射エネルギーを計測し、
計測した前記単色輝度を迷光補正して、前記鋼材の温度を求めることを特徴とする、請求項3に記載のフェライト系ステンレス鋼の加熱方法。
【請求項5】
前記鋼材の温度を求める際に、
前記温度既知物体の放射エネルギーと、当該温度既知物体の温度とに基づいて、迷光量を算出し、
算出した前記迷光量と、前記鋼材の放射エネルギーとに基づいて、当該鋼材の温度を算出することを特徴とする、請求項4に記載のフェライト系ステンレス鋼の加熱方法。
【請求項6】
前記輝度計測部は、前記鋼材及び前記温度既知物体の放射エネルギーの単色輝度分布を所定の画素数の画像として撮像する撮像装置であり、
前記温度既知物体は、前記撮像装置が撮像する画像中を占める領域が25画素以上となる位置に配置されることを特徴とする、請求項4又は5に記載のフェライト系ステンレス鋼の加熱方法。
【請求項7】
前記温度既知物体は、前記撮像装置が撮像する画像中を占める領域が100画素以上となる位置に配置されることを特徴とする、請求項6に記載のフェライト系ステンレス鋼の加熱方法。
【請求項8】
前記温度既知物体の放射率は、前記鋼材の放射率に対して前後0.1の範囲内であることを特徴とする、請求項4〜7のいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼の加熱方法。
【請求項9】
前記輝度計測部を用いて、前記加熱炉の炉内壁の放射エネルギーを更に計測し、
当該炉内壁と前記温度既知物体との放射エネルギーの差を記録し、
記録した前記放射エネルギーの差に基づいて、前記温度既知物体の放射率の経時変化の有無を把握することを特徴とする、請求項4〜8のいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼の加熱方法。
【請求項10】
前記温度既知物体の放射率の経時変化が生じた場合、経時変化後の放射率を算出し、
当該経時変化後の放射率を使用して、前記迷光補正を行うことを特徴とする、請求項9に記載のフェライト系ステンレス鋼の加熱方法。
【請求項11】
前記温度既知物体は、以下の(A)、(B)及び(C)の条件のうち、少なくともいずれかを満たす位置に配置されることを特徴とする、請求項4〜10のいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼の加熱方法。
(A)炉内迷光分布上、前記鋼材の位置と迷光量がほぼ同一となる距離だけ炉壁から離隔した位置
(B)前記鋼材の測定表面に対する角度が、鋼材の放射率が変化しない角度以上となる位置
(C)前記鋼材との間に火炎を挟まない位置




【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2010−265534(P2010−265534A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−120209(P2009−120209)
【出願日】平成21年5月18日(2009.5.18)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】