説明

フェライト系ステンレス鋼

【課題】高価な元素であるMo、Wを添加することなく、Nb含有量を最小限とした熱疲労特性と耐酸化性に優れたフェライト系ステンレス鋼を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.020%以下、Si:3.0%以下、Mn:3.0%以下、P:0.040%以下、S:0.030%以下、Cr:10〜25%、N:0.020%以下、Nb:0.005〜0.15%、Al:0.20%未満、Ti:5×(C%+N%)〜0.5%、Mo:0.1%以下、W:0.1%以下、Cu:0.55〜2.0%、B:0.0002〜0.0050%、Ni:0.05〜1.0%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼。ここで、5×(C%+N%)中のC%、N%は各元素の含有量(質量%)を表す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車やオートバイの排気管、触媒外筒材(コンバーターケースとも言う)や火力発電プラントの排気ダクト等の高温環境下で使用される排気系部材に用いて好適なフェライト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の排気系環境下で使用されるエキゾーストマニホールド、排気パイプ、コンバーターケース、マフラー等の排気系部材には、熱疲労特性や高温疲労特性、耐酸化性(以下、これらをまとめて「耐熱性」と呼ぶ。)に優れることが要求されている。このような耐熱性が求められる用途には、現在、NbとSiを添加した鋼(例えば、JFE429EX(15質量%Cr−0.9質量%Si−0.4質量%Nb系)(以下Nb−Si複合添加鋼と呼ぶ))のようなCr含有鋼が多く使用されている。特にNbは耐熱性を大きく向上させることが知られている。しかしNbを含有しているとNb自身の原料コストが高いだけでなく、鋼の製造コストも高くなるため、Nb含有量を最小限とした上で高い耐熱性を有する鋼の開発が必要となってきた。
【0003】
この問題に対して、特許文献1にはTi、Cu、Bを複合添加することで耐熱性を高めたステンレス鋼板が開示されている。
【0004】
特許文献2にはCuを添加した加工性に優れたステンレス鋼板が開示されている。
【0005】
特許文献3にはCu、Ti、Niが添加された耐熱フェライト系ステンレス鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−248620号公報
【特許文献2】特開2008−138270号公報
【特許文献3】特開2009−68113号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では、Cuが添加されているので、耐連続酸化性が劣り、Ti添加は酸化スケールの密着性を低下させる。耐連続酸化性が不足していると、高温での使用中に酸化スケールが増大し、母材の肉厚が減少するため優れた熱疲労特性は得られない。また、酸化スケールの密着性が低いと、使用中に酸化スケールの剥離が生じ、他部材への影響が問題となる。
【0008】
通常、酸化スケールの増加量を評価する場合には、高温で等温保持した後の酸化増量を測定する連続酸化試験を行い、酸化スケールの密着性を評価する場合には、昇温と降温を繰り返し、酸化スケールの剥離の有無を調べる繰り返し酸化試験を行う。このとき、前者は耐連続酸化性と呼び、後者は耐繰り返し酸化性と呼ぶ。以下、耐酸化性と呼ぶ場合は、耐連続酸化性と耐繰り返し酸化性の両方を意味する。
【0009】
特許文献2に記載の技術では、Tiが適量添加されていないため、鋼中のC、NとCrが結びつき、粒界近傍にはCr欠乏層が形成される鋭敏化が生じる。鋭敏化が生じると、Cr欠乏層における耐酸化性が低下するため、鋼として優れた耐酸化性が得られないという問題がある。
【0010】
特許文献3に記載の技術では、Cu、Ti、Niの元素と同時にBを複合添加した例は示されていない。Bが添加されていないと、ε−Cuが析出する際の微細化効果が得られず、優れた熱疲労特性は得られないという問題がある。
【0011】
本発明は、上記した問題点を解決するために、高価な元素であるMo、Wを添加することなく、Nb含有量を最小限とし、CuおよびTiを添加した場合に低下する耐酸化性を、Niの適量添加により改善することで、熱疲労特性と耐酸化性に優れたフェライト系ステンレス鋼を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
発明者らは、CuとTiを添加したときの耐酸化性の低下を改善すべく鋭意研究を重ね、適量のNiを添加することでこれを改善できることを知見した。
【0013】
ここで、本発明でいう「優れた熱疲労特性」とは、具体的には、800℃と100℃を拘束率0.5で繰り返す熱疲労試験においてNb−Si複合添加鋼と同等以上の熱疲労寿命を有することを意味し、「優れた耐酸化性」とは大気中950℃で300時間保持しても異常酸化を起こさない(酸化増量50g/m未満)こと、さらには大気中950℃と100℃を400サイクル繰り返した後にも酸化スケールの剥離を生じないことを言う。
【0014】
本発明は上記の知見に更に検討を加えてなされたもので、その要旨は、以下の通りである。
【0015】
[1] 質量%で、C:0.020%以下、Si:3.0%以下、Mn:3.0%以下、P:0.040%以下、S:0.030%以下、Cr:10〜25%、N:0.020%以下、Nb:0.005〜0.15%、Al:0.20%未満、Ti:5×(C%+N%)〜0.5%、Mo:0.1%以下、W:0.1%以下、Cu:0.55〜2.0%、B:0.0002〜0.0050%、Ni:0.05〜1.0%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼。ここで、5×(C%+N%)中のC%、N%は各元素の含有量(質量%)を表す。
【0016】
[2] 更に、質量%で、REM:0.001〜0.08%、Zr:0.01〜0.5%、V:0.01〜0.5%、Co:0.01〜0.5%の中から選ばれる1種以上を含有することを特徴とする[1]に記載のフェライト系ステンレス鋼。
【0017】
[3] 更に、質量%でCa:0.0005〜0.0030%、Mg:0.0002〜0.0020%の中から選ばれる1種以上を含有することを特徴とする[1]または[2]に記載のフェライト系ステンレス鋼。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、高価なMo、Wを添加することなく、Nb含有量を最小限とした上でNb−Si複合添加鋼と同等以上の熱疲労特性と耐酸化性を有するフェライト系ステンレス鋼を得ることができるので、自動車用排気系部材に極めて有効である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】熱疲労試験片を説明する図である。
【図2】熱疲労試験における温度、拘束条件を説明する図である。
【図3】熱疲労特性(寿命)に及ぼすCu量の影響を説明する図である。
【図4】耐連続酸化性(酸化増量)に及ぼすNi量の影響を説明する図である。
【図5】耐繰り返し酸化性(酸化増量と酸化スケール剥離有無)に及ぼすNi量の影響を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
まず、はじめに、本発明に至った基礎試験について図を用いて説明する。
【0021】
1.基礎試験
以下、鋼の成分組成を規定する成分%は、全て質量%を意味する。
成分組成は、C:0.010%、N:0.012%、Si:0.5%、Mn:0.4%、Cr:14%、Ti:0.25%、B:0.0015%をベースとし、これにCu、Niをそれぞれ0.3〜3.0%、0.03〜1.3%の範囲で含有量を種々に変化させた鋼を実験室的に溶製して30kg鋼塊とし、1170℃に加熱後、熱間圧延して厚さ35mm×幅150mmのシートバーとした。このシートバーを二分割し、うち一つを熱間鍛造により断面が30mm×30mmである角棒とし、900〜1000℃の温度範囲で焼鈍後、機械加工により図1に示す寸法の熱疲労試験片を作製し、熱疲労試験に供した。なお、焼鈍温度については記載した範囲内で、組織を確認しながら成分ごとに設定した。
【0022】
1.1 熱疲労試験について
図2に熱疲労試験方法を示す。熱疲労試験片を100℃〜800℃間で加熱速度10℃/s、冷却速度10℃/sで加熱・冷却を繰り返すと同時に、拘束率0.5で歪を繰り返し付与し、熱疲労寿命を測定した。100℃および800℃での保持時間はいずれも2minとした。なお、上記熱疲労寿命は、日本材料学会標準 高温低サイクル試験法標準に準拠し、100℃において検出された荷重を、図1に示した試験片均熱平行部の断面積で割って応力を算出し、5サイクル目の応力に対して75%まで低下したサイクル数として定義した。なお、比較として、Nb−Si複合添加鋼(15%Cr−0.9%Si−0.4%Nb)についても、同様の試験を行った。
【0023】
図3に熱疲労試験の結果を示す。図3から、Cu量を0.55%以上2.0%以下とすることにより、Nb−Si複合添加鋼の熱疲労寿命(約900サイクル)と同等以上の熱疲労寿命が得られることがわかる。
【0024】
上記二分割したシートバーのもう一方については熱間圧延、熱延板焼鈍、冷間圧延、仕上げ焼鈍の工程を経て板厚2mmの冷延焼鈍板とした。得られた冷延焼鈍板から30mm×20mmの試験片を切り出し、この試験片上部に4mmφの穴をあけ、表面および端面を#320のエメリー紙で研磨し、脱脂後、連続酸化試験および繰り返し酸化試験に供した。
【0025】
1.2 連続酸化試験について
上記試験片を、950℃に加熱された大気雰囲気の炉中に300時間保持し、保持前後の試験片の質量差を測定し、単位面積当たりの酸化増量(g/m)を求めた。試験は各2回実施し、1回でも50g/m以上の結果が得られた場合を異常酸化として評価した。
【0026】
図4は、耐連続酸化特性に及ぼすNi量の影響を示したものである。この図から、Ni量は0.05%以上1.0%以下とすることで異常酸化の発生を防止できることがわかる。
【0027】
1.3 繰り返し酸化試験について
上記試験片を用いて、大気中において、100℃×1minと950℃×20minの温度に加熱・冷却を繰り返す熱処理を400サイクル行い、試験前後の試験片の質量差を測定し、単位面積当たりの酸化増量(g/m)を算出するとともに、試験片表面から剥離したスケールの有無を確認した。スケール剥離が顕著に見られた場合は不合格、スケール剥離が見られなかった場合は合格とした。なお、上記試験における加熱速度および、冷却速度は、それぞれ5℃/sec、1.5℃/secで行った。
【0028】
図5は、耐繰り返し酸化特性に及ぼすNi量の影響を示したものである。この図から、Ni量は0.05%以上1.0%以下とすることでスケール剥離を防止できることがわかる。
【0029】
以上より、異常酸化およびスケールの剥離を防止するには、Ni量は0.05%以上1.0%以下とする必要があることがわかる。
【0030】
2.成分組成について
次に、本発明のフェライト系ステンレス鋼の成分組成を規定した理由を説明する。なお、以下に示す成分%も全て質量%を意味する。
【0031】
C:0.020%以下
Cは、鋼の強度を高めるのに有効な元素であるが、0.020%を超えて含有すると、靭性および成形性の低下が顕著となる。よって、本発明では、Cは0.020%以下とする。なお、成形性を確保する観点からは、Cは低いほど好ましく、0.015%以下とするのが望ましい。さらに望ましくは0.010%以下である。一方、排気系部材としての強度を確保するには、Cは0.001%以上であることが好ましく、より好ましくは、0.003%以上である。
【0032】
Si:3.0%以下
Siは、耐酸化性向上のために重要な元素である。その効果は0.1%以上含有することで得られる。より優れた耐酸化性を必要とする場合は0.3%以上の含有が望ましい。ただし、3.0%を超える含有は、加工性を低下させるだけでなくスケール剥離性を低下させる。よって、上限は3.0%とする。より好ましくは、0.3〜2.0%、さらに好ましくは0.4〜1.0%の範囲である。
【0033】
Mn:3.0%以下
Mnは、鋼の強度を高める元素であり、また、脱酸剤としての作用も有する。また、Siを含有した場合の酸化スケール剥離を抑制する。その効果を得るためには、0.1%以上が好ましい。しかし、過剰な添加は、酸化増量を著しく増加させてしまうのみならず、高温でγ相が生成しやすくなり耐熱性を低下させる。よって、本発明では、Mn量は3.0%以下とする。好ましくは、0.2〜2.0%の範囲である。さらに好ましくは0.2〜1.0%の範囲である。
【0034】
P:0.040%以下
Pは、靭性を低下させる有害元素であり、可能な限り低減するのが望ましい。そこで、本発明では、P量は0.040%以下とする。好ましくは、0.030%以下である。
【0035】
S:0.030%以下
Sは、伸びやr値を低下させて、成形性に悪影響を及ぼすとともに、ステンレス鋼の基本特性である耐食性を低下させる有害元素でもあるため、できるだけ低減するのが望ましい。よって、本発明では、S量は0.030%以下とする。好ましくは、0.010%以下である。さらに好ましくは0.005%以下である。
【0036】
Cr:10〜25%
Crは、ステンレス鋼の特徴である耐食性、耐酸化性を向上させるのに有効な重要元素であるが、10%未満では、十分な耐酸化性が得られない。一方、Crは、室温において鋼を固溶強化し、硬質化、低延性化する元素であり、特に25%を超えて含有すると、上記弊害が顕著となるので、上限は25%とする。よって、Cr量は、10〜25%の範囲とする。より好ましくは、12〜20%の範囲である。さらに好ましくは14〜16%の範囲である。
【0037】
N:0.020%以下
Nは、鋼の靭性および成形性を低下させる元素であり、0.020%を超えて含有すると、成形性の低下が顕著となる。よって、Nは0.020%以下とする。なお、Nは、靭性、成形性を確保する観点からは、できるだけ低減するのが好ましく、0.015%以下とするのが望ましい。
【0038】
Nb:0.005〜0.15%
Nbは、C、Nと炭窒化物を形成して固定し、耐食性や成形性、溶接部の耐粒界腐食性を高める作用を有するとともに、高温強度を上昇させて熱疲労特性、高温疲労特性を向上させる効果を有する元素である。特に、本発明においては、ε−Cuをより微細に析出させて、熱疲労特性や高温疲労特性を大きく向上させることができる。その効果は0.005%以上で現れるが、0.01%以上の含有が望ましく、さらには0.02%以上の含有が望ましい。しかし、Nbは高価な元素であり、熱サイクル中にLaves相(FeNb)を形成し、これが粗大化すると高温強度に寄与できなくなるという問題がある。また、Nb添加は鋼の再結晶温度を上昇させるので、焼鈍温度を高くする必要があり、製造コストの増加に繋がる。従って、Nb量の上限は0.15%とする。よって、Nb量は、0.005〜0.15%の範囲とする。好ましくは、0.01〜0.15%の範囲である。より好ましくは0.02〜0.10%の範囲である。
【0039】
Mo:0.1%以下
Moは、固溶強化により鋼の強度を著しく増加させることで耐熱性を向上させる元素である。しかし高価な元素である上、本発明のようなTi、Cu含有鋼においては耐酸化性を低下させてしまうため、本発明の趣旨から積極的な添加は行わない。ただし、原料であるスクラップ等から0.1%以下混入することがある。よって、Mo量は0.1%以下とする。好ましくは0.05%以下である。
【0040】
W:0.1%以下
Wは、Moと同様に固溶強化により鋼の強度を著しく増加させることで耐熱性を向上させる元素である。しかしMoと同様に高価な元素である上、ステンレス鋼の酸化スケールを安定化させる効果も有しており、焼鈍時に生成した酸化スケールを除去する際の負荷が増加するため、積極的な添加は行わない。ただし、原料であるスクラップ等から0.1%以下混入することがある。よって、W量は0.1%以下とする。好ましくは0.05%以下である。より好ましくは0.02%以下である。
【0041】
Al:0.20%未満
Alは耐酸化性および耐高温塩害腐食性の向上に有効な元素である。しかし0.20%以上添加すると鋼が硬質化し、加工性が低下するのでAl量は0.20%未満とした。好ましくは0.02%〜0.10%の範囲である。
【0042】
Cu:0.55〜2.0%
Cuは、熱疲労特性の向上には非常に有効な元素である。これはε−Cuの析出強化に起因したものであり、図3に示すようにCu量は、0.55%以上必要である。一方、Cuは耐酸化性と加工性を低下させる上、2.0%を超えるとε−Cuの粗大化を招き、却って熱疲労特性を低下させる。従って上限は2.0%とする。好ましくは0.7〜1.6%の範囲である。後に記述するが、Cu含有だけでは十分な熱疲労特性向上効果は得られない。Bを複合添加することによりε−Cuが微細化され、熱疲労特性が向上する。
【0043】
Ti:5×(C%+N%)〜0.5%
Tiは、Nbと同様、C、Nを固定して、耐食性や成形性、溶接部の粒界腐食性を向上させる作用を有する。本発明ではNbを積極的に添加しないため、C、Nの固定のためTiは重要な元素となる。その効果を得るためには5×(C%+N%)以上の含有が必要である。ここで、5×(C%+N%)中のC%、N%は各元素の含有量(質量%)を表す。含有量がこれより少ない場合、C、Nを完全には固定することができず、鋭敏化が発生し、結果的に耐酸化性が低下してしまう。一方、0.5%を超えると鋼の靭性と酸化スケールの密着性(=耐繰り返し酸化性)を低下させるため、Ti量は5×(C%+N%)〜0.5%の範囲とする。好ましくは0.15〜0.4%の範囲である。より好ましくは0.2〜0.3%の範囲である。
【0044】
B:0.0002〜0.0050%
Bは、加工性、特に二次加工性を向上させるだけでなく、Cu含有鋼においてはε−Cuを微細化し高温強度を上昇させるため、熱疲労特性を向上させるのに有効な本発明に重要な元素である。Bが添加されていないとε−Cuが粗大化しやすく、Cu含有による熱疲労特性向上効果が十分に得られない。この効果は0.0002%以上の含有で得ることができる。一方、過剰な添加は鋼の加工性、靭性を低下させる。従って上限を0.0050%とする。好ましくは0.0005〜0.0030%の範囲である。
【0045】
Ni:0.05〜1.0%
Niは本発明において重要な元素である。Niは鋼の靭性を向上させるのみならず、耐酸化性を向上させる元素である。その効果を得るためには、0.05%以上含有する必要がある。Niが添加されていないかまたは含有量がこれより少ない場合、Cu含有とTi含有により耐酸化性が低下する。耐酸化性が低下すると、高温での使用中の酸化量が増えることで母材の板厚が減少することや、また、酸化スケールが剥離することで亀裂の起点となることにより優れた熱疲労特性が得られなくなる。一方、Niは高価な元素であり、また、強力なγ相形成元素であるため、過剰な添加は高温でγ相を生成し却って耐酸化性を低下させる。よって、Ni量の上限を1.0%とする。好ましくは、0.08〜0.5%の範囲である。より好ましくは0.15〜0.25%の範囲である。
【0046】
以上が本発明のフェライト系ステンレス鋼の基本化学成分であるが、更に、耐熱性向上の観点からREM、Zr、VおよびCoの中から選ばれる1種以上を選択元素として下記の範囲で含有してもよい。
【0047】
REM:0.001〜0.08%、Zr:0.01〜0.5%
REM(希土類元素)およびZrはいずれも、耐酸化性を改善する元素であり、本発明では、必要に応じて添加する。その効果を得るためには、REMは0.001%以上、Zrは0.01%以上が好ましい。しかし、REMの0.08%を超える含有は、鋼を脆化させ、また、Zrの0.5%を超える含有は、Zr金属間化合物が析出して、鋼を脆化させる。よって、REMを含有する場合、その量は0.001〜0.08%の範囲、Zrを含有する場合、その量は0.01〜0.5%の範囲とすることが好ましい。
【0048】
V:0.01〜0.5%
Vは、耐酸化性を向上させるのみならず、高温強度の向上に有効な元素である。その効果を得るためには、0.01%以上が好ましい。しかし、0.5%を超える含有は、粗大なV(C,N)を析出し、靭性を低下させる。よって、Vを含有する場合、その量は0.01〜0.5%の範囲とすることが好ましい。より好ましくは、0.03〜0.4%の範囲である。さらに好ましくは0.05〜0.25%の範囲である。
【0049】
Co:0.01〜0.5%
Coは、靭性の向上に有効な元素であるとともに、高温強度を向上させる元素である。その効果を得るためには、0.01%以上が好ましい。しかし、Coは、高価な元素であり、また、0.5%を超えて含有しても、上記効果は飽和する。よって、Coを含有する場合、その量は0.01〜0.5%の範囲とすることが好ましい。より好ましくは、0.02〜0.2%の範囲である。
【0050】
更に、加工性や製造性向上の観点からCa、Mgのうちから選ばれる1種または2種を選択元素として下記の範囲で含有してもよい。
【0051】
Ca:0.0005〜0.0030%
Caは、連続鋳造の際に発生しやすいTi系介在物析出によるノズルの閉塞を防止するのに有効な成分である。0.0005%未満ではその効果がでない。一方、表面欠陥を発生させず良好な表面性状を得るためには上限は0.0030%とするのが好ましい。従って、Caを含有する場合は、その量は0.0005〜0.0030%の範囲とすることが好ましい。より好ましくは0.0005%〜0.0020%の範囲である。さらに好ましくは0.0005%〜0.0015%の範囲である。
【0052】
Mg:0.0002〜0.0020%
Mgはスラブの等軸晶率を向上させ、加工性や靭性の向上に有効な元素である。本発明のようにTiが添加されている鋼においては、Tiの炭窒化物の粗大化を抑制する効果も有する。その効果は0.0002%以上の含有で現れる。Ti炭窒化物が粗大化すると、脆性割れの起点となるため鋼の靭性が大きく低下する。一方で、Mg含有量が0.0020%超えとなると、鋼の表面性状を悪化させてしまう。したがって、Mgを含有する場合は、その量は0.0002〜0.0020%の範囲とすることが好ましい。より好ましくは0.0002〜0.0015%の範囲である。さらに好ましくは0.0004〜0.0010%の範囲である。
【0053】
3.製造方法について
次に、本発明のフェライト系ステンレス鋼の製造方法について説明する。
【0054】
本発明のステンレス鋼の製造方法は、フェライト系ステンレス鋼の通常の製造方法であれば好適に用いることができ、特に限定されるものではない。例えば、転炉、電気炉等の公知の溶解炉で鋼を溶製し、あるいはさらに取鍋精錬、真空精錬等の2次精錬を経て上述した本発明の成分組成を有する鋼とし、次いで、連続鋳造法あるいは造塊−分塊圧延法で鋼片(スラブ)とし、その後、熱間圧延、熱延板焼鈍、酸洗、冷間圧延、仕上焼鈍、酸洗等の各工程を経て冷延焼鈍板とするのが好ましい。
【0055】
なお、上記冷間圧延は、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を行ってもよく、また、冷間圧延、仕上焼鈍、酸洗の各工程は、繰り返して行ってもよい。さらに、場合によっては、熱延板焼鈍は省略してもよく、鋼板表面の光沢性が要求される場合には、冷延後あるいは仕上焼鈍後、スキンパスを施してもよい。
【0056】
より好ましい製造方法は、熱間圧延工程および冷間圧延工程の一部条件を特定条件とするのが好ましい。製鋼においては、前記必須成分および必要に応じて添加される成分を含有する溶鋼を、転炉あるいは電気炉等で溶製し、VOD法により二次精錬を行うのが好ましい。溶製した溶鋼は、公知の製造方法にしたがって鋼素材とすることができるが、生産性および品質の観点から、連続鋳造法によるのが好ましい。
【0057】
連続鋳造して得られた鋼素材は、例えば、1000〜1250℃に加熱され、熱間圧延により所望の板厚の熱延板とされる。もちろん、板材以外として加工することもできる。この熱延板は、必要に応じて、600〜900℃のバッチ式焼鈍あるいは900℃〜1100℃の連続焼鈍を施した後、酸洗等により脱スケールされ熱延板製品となる。また、必要に応じて、酸洗の前にショットブラストによりスケールを除去してもよい。
【0058】
さらに、冷延焼鈍板を得るためには、上記で得られた熱延焼鈍板が、冷間圧延工程を経て冷延板とされる。この冷間圧延工程では、生産上の都合により、必要に応じて中間焼鈍を含む2回以上の冷間圧延を行ってもよい。1回または2回以上の冷間圧延からなる冷延工程の総圧下率を60%以上、好ましくは70%以上とする。
【0059】
冷延板は、850〜1150℃、さらに好ましくは850〜1050℃の連続焼鈍(仕上げ焼鈍)、次いで酸洗を施されて、冷延焼鈍板とされる。また、用途によっては、酸洗後に軽度の圧延(スキンパス圧延等)を加えて、鋼板の形状、品質調整を行うこともできる。
【0060】
このようにして製造して得た熱延板製品、あるいは冷延焼鈍板製品を用い、それぞれの用途に応じた曲げ加工等を施し、自動車やオートバイの排気管、触媒外筒材および火力発電プラントの排気ダクトあるいは燃料電池関連部材(例えばセパレーター、インターコネクター、改質器等)に成形される。
【0061】
これらの部材を溶接するための溶接方法は、特に限定されるものではなく、MIG(Metal Inert Gas)、MAG(Metal Active Gas)、TIG(Tungsten Inert Gas)等の通常のアーク溶接方法や、スポット溶接,シーム溶接等の抵抗溶接方法、および電縫溶接方法などの高周波抵抗溶接、高周波誘導溶接が適用可能である。
【実施例1】
【0062】
表1に示す成分組成を有するNo.1〜19、23〜32の鋼を真空溶解炉で溶製し、鋳造して30kg鋼塊とした。1170℃に加熱後、熱間圧延して厚さ35mm×幅150mmのシートバーとした。このシートバーを二分割し、うち一つを鍛造により断面が30mm×30mmの角棒とし、850〜1050℃で焼鈍後、機械加工し、図1に示す寸法の熱疲労試験片を作製した。そして、下記の熱疲労試験に供した。焼鈍温度については記載した範囲内で組織を確認しながら成分ごとに設定した。以降の焼鈍についても同様である。
【0063】
熱疲労試験
上記試験片を100〜800℃間で加熱・冷却を繰り返すと同時に、図2に示したような拘束率0.5で歪を繰り返し付与し、熱疲労寿命を測定した。100℃および800℃での保持時間はいずれも2minとした。なお、上記熱疲労寿命は、日本材料学会標準 高温低サイクル試験法標準に準拠し、100℃において検出された荷重を、図1に示した試験片均熱平行部の断面積で割って応力を算出し、初期の応力に対して75%まで低下したサイクル数を熱疲労寿命とした。なお、比較として、Nb−Si複合添加鋼(15%Cr−0.9%Si−0.4%Nb)についても、同様の試験を行った。
【0064】
上記二分割したシートバーのもう一方を用い、1050℃に加熱後、熱間圧延して板厚5mmの熱延板とした。その後900〜1050℃で熱延板焼鈍し酸洗した熱延焼鈍板を冷間圧延により板厚を2mmとし、900〜1050℃で仕上げ焼鈍して冷延焼鈍板とした。これを下記の酸化試験に供した。なお、参考として、Nb−Si複合添加鋼(表1のNo.23)についても、上記と同様にして冷延焼鈍板を作製し、評価試験に供した。
【0065】
連続酸化試験
上記のようにして得た各種冷延焼鈍板から30mm×20mmのサンプルを切り出し、サンプル上部に4mmφの穴をあけ、表面および端面を#320のエメリー紙で研磨した。脱脂後、950℃に加熱保持された大気雰囲気の炉内で300時間保持した。試験後、サンプルの質量を測定し、予め測定しておいた試験前の質量との差を求め、酸化増量(g/m)を算出した。なお、試験は各2回実施し、大きい方の値をその鋼の評価値とした。50g/m以上の結果が得られた場合を異常酸化として評価した。
【0066】
繰り返し酸化試験
上記試験片を用いて、大気中において、100℃×1minと950℃×20minの温度に加熱・冷却を繰り返す熱処理を400サイクル行い、試験前後の試験片の質量差を測定し、単位面積当たりの酸化増量(g/m)を算出するとともに、試験片表面から剥離したスケールの有無を確認した。スケール剥離が顕著に見られた場合は不合格、スケール剥離が見られなかった場合は合格とした。なお、上記試験における加熱速度および、冷却速度は、それぞれ5℃/sec、1.5℃/secで行った。
【0067】
得られた結果を表1に示す。
【0068】
【表1】

【0069】
表1から明らかなように、本発明例は、いずれもNb−Si複合添加鋼と同等以上の熱疲労特性、および耐酸化性を示しており、本願発明の目標が達成されていることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の鋼は、自動車等の排気系部材用として好適であるだけでなく、同様の特性が要求される火力発電システムの排気系部材や固体酸化物タイプの燃料電池用部材としても好適に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.020%以下、Si:3.0%以下、Mn:3.0%以下、P:0.040%以下、S:0.030%以下、Cr:10〜25%、N:0.020%以下、Nb:0.005〜0.15%、Al:0.20%未満、Ti:5×(C%+N%)〜0.5%、Mo:0.1%以下、W:0.1%以下、Cu:0.55〜2.0%、B:0.0002〜0.0050%、Ni:0.05〜1.0%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼。ここで、5×(C%+N%)中のC%、N%は各元素の含有量(質量%)を表す。
【請求項2】
更に、質量%で、REM:0.001〜0.08%、Zr:0.01〜0.5%、V:0.01〜0.5%、Co:0.01〜0.5%の中から選ばれる1種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼。
【請求項3】
更に、質量%でCa:0.0005〜0.0030%、Mg:0.0002〜0.0020%の中から選ばれる1種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載のフェライト系ステンレス鋼。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2013−100596(P2013−100596A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−210444(P2012−210444)
【出願日】平成24年9月25日(2012.9.25)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】