説明

フジツボキプリス幼生のセメント腺に発現するリシルオキシダーゼ様タンパク質および遺伝子

【課題】 フジツボ類の付着防除法の開発に利用でき、また塩水環境下における生分解性の接着剤開発に応用できるフジツボキプリス幼生由来の酵素タンパク質とその遺伝子を提供する。
【解決手段】微細解剖技術と分子生物学的手法を組み合わせて、フジツボキプリス幼生の接着剤分泌器官であるセメント腺からリシルオキシダーゼ様タンパク質、およびそれらのタンパク質をコードする遺伝子を得た。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フジツボキプリス幼生のセメント腺に由来するリシルオキシダーゼ様タンパク質、並びにこれらタンパク質をコードする遺伝子に関する。本発明は海水中や塩水環境下で働く接着剤・硬化剤の開発とフジツボの付着防除法の開発を含む広い用途に利用されることが期待される。
【背景技術】
【0002】
乾燥環境で強い接着力を発揮する接着剤は種々のものが開発されている。そのうちのいくつかは、いったん乾燥条件下で接着してしまえば、塩水環境下におかれてもその強度を維持できる。しかし、塩水環境下や湿潤環境下で接着を行う場合、有効な強度を達成できる接着剤は少なく、特に環境にやさしい生分解性の接着剤は存在しない。
【0003】
また、フジツボ付着の防除剤としては、有機スズ化合物が用いられてきたが、その毒性から2007年には、世界中で使用した船の航行までも完全に禁止された。その代用品の亜酸化銅についても多くの問題があり、早急に安全かつ強力な防除剤の開発が求められている。従来の防御剤開発は、フジツボ幼生を用いてスクリーニングしているので、安全で特異性のある防御剤開発には多くの労力と時間を要する。これまで、簡単な酵素などを用いた検定法でフジツボ付着防除の一次スクリーニングを行なうことは不可能であった。
【0004】
海洋中で岩などに付着接着し、生態を維持しているフジツボやイガイ、カキなどは、セメントと称されるタンパク質複合体を分泌して、海水中で強く付着することができることが知られている。これらの無脊椎動物が分泌する接着タンパク質は、バイオ接着剤として、医学、薬学、歯学、水中での腐食表面被服材料、導電性電子材料への応用が期待されている。このため、フジツボが生成する難溶解性のタンパク質複合体を塩水または湿潤環境下における接着剤として使用するため、フジツボの成体の接着タンパク質、およびその遺伝子(特許文献1〜7)が同定されている。また、フジツボ幼生由来の接着関連タンパク質、およびその遺伝子(特許文献8〜9)が同定されている。しかし、これまでフジツボの接着剤の硬化に関連する酵素タンパク質、および遺伝子はまったく同定されていなかった。
【特許文献1】特開2000−228985号公報
【特許文献2】特開平7−265081号公報
【特許文献3】特開平9−47288号公報
【特許文献4】特開平9−299089号公報
【特許文献5】特開平10−327867号公報
【特許文献6】特開平11−332572号公報
【特許文献7】特開平11−332573号公報
【特許文献8】特開2006−223226号公報
【特許文献9】特開2006−271313号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
フジツボの付着防止法を開発するためには、究極的には付着期幼生であるキプリス幼生が付着するのに必要な分子を同定、発見することにより、その付着機構を解明することが不可欠である。これらの分子は、キプリス幼生のセメント腺で造られ、神経刺激により、分泌されることが明らかとなっている(Okano, et al., J. Exp. Biol., 199: 2131-2137, 1996)。しかし、キプリス幼生が1mm以下と小さく、その付着盤(岩と体が接着する部分)は数十ミクロンであり、放出されるセメント量も極微量のため、実際のセメントを集積し、分析することは困難であった。この技術的な困難さのため、フジツボ幼生付着時のセメント硬化を促す酵素はまったく同定されておらず、硬化機構も不明であった。
本発明の解決しようとする課題はフジツボ幼生セメント接着剤の硬化に関与する酵素を明らかにし、その遺伝子を提供することである。付着セメントの硬化を防ぐことができれば、フジツボの接着剤が固まらず、簡単にそぎ落とすことができる。また接着剤を硬化する酵素が得られれば、海水または塩水環境下で効果的に機能する生分解性接着剤の開発に使用できる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者はフジツボキプリス幼生の接着剤を生産するセメント腺(細胞)に注目し、100ミクロン以下しかないセメント腺、及び甲皮を無傷で単離、集積することに成功した。ついで、これらから全RNAを抽出し、高品質のサブトラクションcDNAライブラリーを構築した。さらに、セメント腺に発現し、他の組織に発現しない遺伝子のスクリーニング法を使って、セメント腺に特異的発現する酵素遺伝子を探索する手段を確立した。加えて、硬化酵素がセメント腺細胞から分泌されることに注目し、バイオインフォマティックスを用いて、分泌タンパク質だけを選別する手段を確立し、セメント硬化に関連するタンパク質をコードする遺伝子を追求した。その結果、フジツボキプリス幼生のセメント腺に存在する2種類のリシルオキシダーゼ様遺伝子を同定することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0007】
従って、本発明は、下記の[1]〜[9]に関する。
[1]フジツボキプリス幼生のセメント腺に由来するとともに、リシルオキシダーゼ機能ドメインを備えるリシルオキシダーゼ様遺伝子
[2](a)配列番号1に記載の塩基配列で表されるDNA、または(b)前記(a)のDNAもしくはこれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつフジツボキプリス幼生のセメント腺に発現するDNA。
[3](a)配列番号2もしくは3に記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質、または(b)配列番号2もしくは3に記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列により表され、リシルオキシダーゼ様活性を有するタンパク質、または(c)配列番号2もしくは3に記載のアミノ酸配列において、C末端側のリシルオキシダーゼ機能ドメインを有し、リシルオキシダーゼ様活性を有するタンパク質。
[4](a)配列番号4に記載の塩基配列で表されるDNA、または(b)前記(a)のDNAもしくはこれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつフジツボキプリス幼生のセメント腺に発現するDNA。
[5](a)配列番号5もしくは6に記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質、または(b)配列番号5もしくは6に記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列により表され、リシルオキシダーゼ様活性を有するタンパク質、または(c)配列番号5もしくは6に記載のアミノ酸配列において、C末端側のリシルオキシダーゼ機能ドメインのアミノ酸配列を有し、リシルオキシダーゼ様活性を有するタンパク質。
[6]請求項2、4のいずれか1項に記載の遺伝子を含むベクター。
[7]請求項6に記載のベクターを用いるフジツボ由来のタンパク質の製造方法。
[8]大腸菌、酵母、昆虫細胞などの適当な宿主で発現される請求項3、5に記載のタンパク質を用いた塩水環境で機能する接着剤とその開発法。
[9]大腸菌、酵母、昆虫細胞などの適当な宿主で発現される請求項3、5に記載のタンパク質を用いたリシルオキシダーゼ阻害剤探索法と開発された阻害剤、および阻害剤を用いたフジツボ付着防止法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、フジツボキプリス幼生のセメント腺に発現するリシルオキシダーゼ様タンパク質およびこれをコードする遺伝子が提供される。本発明で見出されたリシルオキシダーゼ様タンパク質およびこれをコードする遺伝子は、フジツボ幼生の接着剤タンパク質(特開2006−223226号公報、特開2006−271313号公報)と合わせ、塩水または湿潤環境下における生分解性の接着剤の開発が可能である。また、これらの酵素はフジツボの付着被害の原因となるキプリス幼生のセメント接着剤の硬化に関わる酵素であり、その特異的な阻害剤の開発は直接付着防除手段を与える。したがって、新たな簡便な付着防除物質検索のための手段の開発、付着阻害法の開発に利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明において、フジツボのキプリス幼生とは、例えばアカフジツボ(Megabalanus rosa)から得られたものであるが、ミネフジツボ(Balanus rostratus)、タテジマフジツボ(Amphibalanus amphitrite)等の蔓脚類も同様に使用可能である。これらフジツボのキプリス幼生のセメント腺に発現するリシルオキシダーゼ様タンパク質をコードする遺伝子および当該タンパク質につき詳細に説明する。
(1)遺伝子
本発明の遺伝子は、配列番号1、4に記載のDNA配列により表される遺伝子、または以下の(a)または(b)または(c)のタンパク質をコードする遺伝子である。
(a)配列番号2、3、5、および6に記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質(b)配列番号2、3、5、および6に記載のアミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列により表され、かつ(a)のタンパク質と同様の性質を有するタンパク質、(c)配列番号2、3、5および6に記載のアミノ酸配列において、C末端側のリシルオキシダーゼ機能ドメインを含むアミノ酸配列を有し、リシルオキシダーゼ様活性を有するタンパク質。
【0010】
ここで、「1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列」とは、遺伝子の配列情報に基づいて作製された適当なPCRプライマーを用いて、フジツボセメント腺から得られた、全RNA、mRNAまたはcDNAを鋳型としてPCRを行って得ることができる。また、当該技術分野において常用される技術、たとえば、部位特異的変異誘発法(Nucleic Acids Res. Vol. 10, 6487-6500, 1982)により作製することもできる。また、本発明の遺伝子は、アカフジツボから得られたものであるが、近種のミネフジツボ、タテジマフジツボ、チシマフジツボ、ハナカゴなど蔓脚類にも同様なタンパク質があり、これらは前記アミノ酸配列と全く同じか、あるいは1もしくは複数個のアミノ酸のみ異なるものであることが期待され、これらもまた「1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列」に含まれる。
【0011】
また、(a)のタンパク質と同様の性質を有するとは、(a)のタンパク質の有するいくつかの性質、すなわちフジツボキプリス幼生のセメント腺に発現し、リシルオキシダーゼ様活性を持つタンパク質、またはフジツボ幼生の接着に関連し、塩水環境で働く接着剤を架橋し、接着剤の機能を補助または強化するなどの性質のうち、いずれか1つを有することを意味する。
【0012】
本発明の遺伝子は、下記の実施例に示す方法によっても得ることができるが、本発明の遺伝子配列情報(配列番号1、4)に基づき、適当なプライマーを作製し、フジツボキプリス幼生のセメント腺、またはキプリス幼生から得られた総RNA、mRNA、およびこれらを用いて作成されたcDNAまたはゲノムDNAを鋳型として、PCRを行うことによっても得ることができる。
配列番号1、4に示されるDNA配列を有する遺伝子は、フジツボのリシルオキシダーゼ様タンパク質をコードしているため、海水または塩水環境下で機能する接着剤の硬化反応、およびその機能を有する素材の生産に幅広く利用することができる。また、配列番号1、4に示される遺伝子は、フジツボキプリス幼生付着時の最終段階の硬化反応の鍵をにぎるタンパク質をコードするため、この酵素の阻害剤は、フジツボの付着を防止し、または一旦付着した幼生が簡単に剥がれ落ちるのを促進する効果が期待されるため、付着防除法の開発のために利用することができる。
【0013】
また、本発明は、配列番号2、3、5、または6に記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質と同様の性質を有し、配列番号1、または4に記載の塩基配列で表されるDNAまたはこれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするフジツボ由来の遺伝子を包含する。
これらの遺伝子は、例えばミネフジツボ、タテジマフジツボ、チシマフジツボ、ハナカゴなど蔓脚類のキプリス幼生のセメント腺からRNAを抽出し、実施例1と同様にcDNAライブラリーを構築し、一方で配列番号1、4に記載の塩基配列に基づいて、市販のキットを用いて、DIGプローブまたは放射性プローブを作製し、ストリンジェントな条件でコロニーハイブリダイゼーションを行うことにより得ることができる。
【0014】
なお、本発明において、「ストリンジェントな条件」とは、特異的なハイブリダイゼーションのみが起こり、非特異的なハイブリダイゼーションが起きないような条件をいう。この条件とは、通常、「1×SSC、0.1%SDS、37℃」程度であり、好ましくは「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」程度、更に好ましくは「0.2×SSC、0.1% SDS、65℃」程度である。ハイブリダイゼーションにより得られるDNAは、配列番号1、および4に記載の塩基配列で表されるDNAと通常高い相同性を有する。高い相同性とは、60%以上の相同性、好ましくは75%以上の相同性、更に好ましくは90%以上の相同性を意味する。
【0015】
(2)タンパク質
本発明のタンパク質は、以下の(d)、(e)、(f)、(g)および(h)に示すタンパク質を包含する。
(d)配列番号2、3、5、6に記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質。
(e)配列番号2、3、5、6に記載のアミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列により表され、かつ(a)のタンパク質と同様の性質を有するタンパク質。
(f)配列番号2、3、5、6に記載のアミノ酸配列において、C末端側のリシルオキシダーゼ機能ドメインを含むアミノ酸配列を有し、リシルオキシダーゼ様活性を有するタンパク質。
(g)配列番号2、3、5、6に記載のアミノ酸配列で表されるタンパク質に、フジツボなど節足動物において特異的な翻訳後修飾が行なわれ糖鎖などが付加されて得られるタンパク質。
(h)配列番号1、4に記載の塩基配列で表されるDNAまたはこれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードするフジツボ由来のタンパク質であって、配列番号2、3、5、6に記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質と同様の性質を有するタンパク質。
ここで、「欠失、置換もしくは付加」および、「(a)と同様の性質を有する」の意味は、上述の遺伝子の場合と同様である。
【0016】
(h)のタンパク質はDNA同士のハイブリダイゼーションを利用することで得られるフジツボ由来のタンパク質である。(h)のタンパク質における「ストリンジェントな条件」とは、特異的なハイブリダイゼーションのみが起こり、非特異的なハイブリダイゼーションが起きないような条件をいう。この条件とは、通常、「1×SSC、0.1% SDS、37℃」程度であり、好ましくは「0.5xSSC、0.1% SDS、42℃」程度、更に好ましくは「0.2×SSC、0.1% SDS、65℃」程度である。ハイブリダイゼーションにより得られるDNAは、配列番号1,4に記載の塩基配列で表されるDNAと通常高い相同性を有する。高い相同性とは、60%以上の相同性、好ましくは75%以上の相同性、更に好ましくは90%以上の相同性を指す。
【0017】
本発明のタンパク質は、コードする遺伝子配列が配列番号1、4に示すように明らかになっているので、適当な発現ベクターに挿入し、その遺伝子を大腸菌、酵母、昆虫細胞などの適当な宿主中で発現させることにより、生産することができる。ここで、使用するベクターシステムとしては、pET系(Novagen)、pTriEx系(Novagen)、pYES系(Invitrogen)pIZT系(Novagen)、BacVector系(Novagen)、ViraPowerアデノウィルス発現系(Invitrogen)などが挙げられる。宿主としては、BL21(DE3)(Novagen)、INVSc(Invitrogen)、Sf9(Novagen)などが挙げられる。
【0018】
また、本発明のタンパク質は、上述の本発明の遺伝子を適当なベクターに挿入するか、PCR反応させることで、無細胞タンパク質発現系を用いて生産することができる。無細胞系の例としては、例えばラピッドトランスレーションシステム(ロッシュ社)などを挙げることができる。
なお、本発明の遺伝子1、4はシグナルペプチド配列を含むため、そのタンパク質は、宿主細胞外へ分泌され、最終的にシグナルペプチド配列が切断された形で得られる。タンパク質を細胞内で生産させる場合は、シグナルペプチド配列部分を除去した配列3および6をコードする遺伝子を発現ベクターに挿入する必要がある。
【0019】
フジツボキプリス幼生のセメント腺は、キプリス幼生の付着に必須のセメントを合成、貯蔵し、分泌するために特殊化した幼生器官である。フジツボキプリス幼生のセメント腺から分泌されるリシルオキシダーゼ様タンパク質は、フジツボの付着において架橋反応を担当し、硬化反応の鍵をにぎる。このため、本発明のリシルオキシダーゼ様タンパク質、並びにそれらをコードする遺伝子は、フジツボの付着防止法の開発に幅広い範囲で使用可能である。
一方、フジツボキプリス幼生のセメントは海水中で働く効果的な接着剤である。したがって、架橋酵素は、海水中や体内環境などの塩水、湿潤環境で使用できる接着剤の硬化剤またはその機能を高める働きを有する補助剤の原料となる。
【実施例】
【0020】
以下の実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
[実施例1]アカフジツボキプリス幼生のセメント腺と甲皮の単離と集積
変態直後(0〜2日令)のキプリス幼生50個体からセメント腺100個と甲皮50個体分を単離した(図1)。方法はすでに報告されているセメント腺単離法(Okano et al., J. Exp. Biol., vol. 199, 2131-2137, 1996)を準用した。すなわち、実体顕微鏡の下で両手に電解研磨したタングステン針を持ち、一方の針を幼生の甲皮接合部に差し込んだ(図1A1)。ついで、胸肢を除き(図1A2)、甲皮を切り離した(図1A3)。最後にセメント管を切って、セメント腺を単離した(図1A4)。残った甲皮と分けられたセメント腺(図1B)を別々の氷冷したエッペンチューブに集積した。
【0021】
[実施例2]セメント腺と甲皮からのcDNAの調製
セメント腺100個と甲皮50個体分からNucleoSpin RNA II kit(日本ジェネティクス社)を用いてtotal RNAを抽出した。セメント腺のRNAは少なかったため、Clontech社のSuper SMART PCR cDNA synthesis kit で推奨されている逆転写酵素による大量ss cDNA合成法にしたがって増幅した。甲皮はクロンテック社のPCR-select cDNA subtraction kitに記載された手法を用いてcDNAを合成した。
【0022】
[実施例3]アカフジツボキプリス幼生のセメント腺サブトラクションcDNAライブラリーの作製
セメント腺と甲皮のcDNAを用いて、両者間で発現に差のある遺伝子をクローニングするため、Suppression subtractive hybridization法(クロンテック社、PCR-select cDNA subtraction kit、Diatchenko, L et al., PNAS, 1996, 93: 60225-30)を用いて、セメント腺と甲皮のサブトラクションcDNAライブラリーを構築した。ベクターにはpGEM-T Easy Vector(Promega社)を用いた。形質転換には、大腸菌DH5αを用いた。作製したライブラリーのうち、セメント腺のライブラリーは、cg1s(Cement Gland-derived 1st Subtraction cDNA library)ライブラリーと命名した。
【0023】
[実施例4]プラスミド抽出とその挿入配列のシークエンス
セメント腺のサブトラクションcDNAライブラリーからランダムに選ばれた576クローンを選択し、#1A1〜#6H12と命名し、それぞれからプラスミド抽出機を用いてプラスミドを抽出した。得られたプラスミドは、シークエンス用プライマーATGGCGGCCGCGGGAATTCG(f-GEM-seq primer 39-58)およびCGGCCGCGAATTCACTAGTG (r-GEM-seq primer82-63)を用いて、ABI 377シークエンサー(秋田県立大学バイオテクノロジーセンター)を用いて、挿入DNA配列を決定し、データベース化した。
【0024】
[実施例5]アカフジツボキプリス幼生のセメント腺と甲皮部分のサブトラクションプローブの調製
実施例3と同様の方法を用いて、セメント腺と甲皮のサブトラクションcDNA、および非サブトラクションcDNAを得た後、PCR DIG probe synthesis kit (Roche Diagnostics社)を用いてDIG標識することで、セメント腺と甲皮のサブトラクションプローブ、およびセメント腺と甲皮の非サブトラクションプローブを調製した。
【0025】
[実施例6]ディッファレンシャルスクリーニングによるセメント腺遺伝子のスクリーニング
実施例5で調製した4種類のプローブを用いて、実施例4の576クローン(96x6プレート)の中から、甲皮に比べてセメント腺でより多く発現する遺伝子を選抜した(図2)。
すなわち、各クローンから抽出されたプラスミドを、0.6N NaOHで変性した後、96個ずつ膜(Hybond N+,Amersham Pharmacia Biotech)に4連でブロッティングした。ついでブロッティングした膜に対し、実施例5で得られたプローブとのハイブリダイゼーションを行なった。ハイブリダイゼーションは各プローブを5μg/mlの濃度でDIG Easy Hyb溶液(Roche Diagnostics社)中に溶解した後、42℃、オーバーナイトの条件で行った。洗浄は2×SSC、0.1% SDS、5分間、室温で2回、ついで、0.1×SSC、0.1%SDS、15分間、68℃で2回行った。ハイブリダイゼーションの検出はDIG Luminescent Detection kit(Roche Diagnostics社)による発光定量により行った。4枚の膜を同時に行い、定量的な検出にはLAS1000(Fuji film)を使用した。セメント腺のサブトラクションプローブおよび/または非サブトラクションプローブに対し強いシグナルがあり、甲皮のサブトラクションプローブと非サブトラクションプローブではほとんど発色のないクローンを、甲皮に比べてセメント腺でより多く発現する遺伝子クローンと認定した。その結果、232クローン(約40%)が選抜された。
【0026】
[実施例7]リシルオキシダーゼと相同性のあるクローンの選抜
実施例4と6で得られたクローンのDNA配列を用いて、NCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)に登録されているタンパク質データベースに対してBLAST X検索を実行した。その結果、既知のさまざまな生物のリシルオキシダーゼ遺伝子群のC末端側と有意に相同性のある部分配列を有する5つのクローンが選抜された。
【0027】
[実施例8]RACE法による全長配列の決定
キプリス幼生cDNA、およびセメント腺cDNAを鋳型として、実施例7で明らかにされた部分配列を元に設計したプライマーを用いて、RACE法を実行し、2種類のリシルオキシダーゼ様遺伝子のORF配列を含むプラスミド(pGEM-T easy ベクターにクローニング、Promega社)をクローニングした。配列番号1、4は代表的なクローンにおけるORFのDNA配列である。配列番号1に示されるDNA配列がコードするタンパク質を配列番号2、3に示す。配列番号4に示されるDNA配列がコードするタンパク質を配列番号5,6に示す。配列番号2、5はシグナルペプチド配列を有するORF全アミノ酸配列である。一方、配列番号3、6はシグナルペプチド配列を除いた成熟タンパク質の配列である。
【0028】
[実施例9]リシルオキシダーゼ組換えタンパク質の大腸菌での発現
配列番号1,4がpGEM-T easy ベクターにクローニングされているプラスミドDNAをテンプレートとして、配列番号1,3、4、6を参考にして適切なプライマーを設計し、3と6の配列を含む融合タンパク質をコードする遺伝子をPCR増幅した。ついで、NcoIとXhoIの制限酵素で切断し、pET41タンパク質発現ベクター(Novagen社)のNcoIとXhoI部位にライゲーションし、DH5α大腸菌に形質転換した。クローニング後、プラスミド抽出し、挿入配列をシークエンスして確認した後、発現用大腸菌BL21(DE3)に形質転換した。GSTタグを有する配列番号3と6のタンパク質の発現はNovagen社のマニュアルに従い、IPTGの添加により誘導された。産物は両者とも不溶性画分に大量に回収された(図3)。同様の手法を用いて、pTriEX-3ベクター(Novagen社)においても大量の発現が見られた。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は、新規な酵素遺伝子及び酵素タンパク質を提供する。この遺伝子及びタンパク質は、フジツボキプリス幼生の付着を阻止する物質のスクリーニングに利用でき、新たなフジツボの付着防除剤の開発に貢献するものである。またこの遺伝子及びタンパク質は、塩水環境下で働く接着剤の開発に貢献するものである。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】単離されたセメント腺と甲皮を示す図。A:アカフジツボキプリス幼生からセメント腺と甲皮を単離する方法の概略。B:単離されたセメント腺と甲皮の拡大図。
【図2】セメント腺特異的発現遺伝子のスクリーニングの結果(実施例4)を示す図。この図は実施例3で調製した4種類のプローブを用いて、96個のサンプルのスクリーニングを行なった例である。黒いスポットが陽性スポット。セメント腺のサブトラクションライブラリーでは、セメント腺プローブに強く反応する(特に右上)が大多数を占める。
【図3】配列番号3を含む組換え融合タンパク質の大腸菌における大量発現を示す図。SDS-PAGE(12%)。1:分子量マーカー。2:IPTG添加前。3:IPTG添加4時間の可溶性画分。4:IPTG添加4時間後の不溶性画分。矢印は組換え融合タンパク質を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フジツボの付着期幼生であるキプリス幼生のセメント腺に由来するとともに、リシルオキシダーゼ活性ドメインを備えるリシルオキシダーゼ様遺伝子。
【請求項2】
(a)配列番号1に記載の塩基配列で表されるDNA、または(b)前記(a)のDNAもしくはこれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつフジツボキプリス幼生のセメント腺に発現するDNA。
【請求項3】
(a)配列番号2もしくは3に記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質、または(b)配列番号2もしくは3に記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列により表され、リシルオキシダーゼ様活性を有するタンパク質、または(c)配列番号2もしくは3に記載のアミノ酸配列において、C末端側のリシルオキシダーゼ機能ドメインを有し、リシルオキシダーゼ様活性を有するタンパク質。
【請求項4】
(a)配列番号4に記載の塩基配列で表されるDNA、または(b)前記(a)のDNAもしくはこれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつフジツボキプリス幼生のセメント腺に発現するDNA。
【請求項5】
(a)配列番号5もしくは6に記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質、または(b)配列番号5もしくは6に記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列により表され、リシルオキシダーゼ様活性を有するタンパク質、または(c)配列番号5もしくは6に記載のアミノ酸配列において、C末端側のリシルオキシダーゼ機能ドメインを有し、リシルオキシダーゼ様活性を有するタンパク質。
【請求項6】
請求項2、4のいずれか1項に記載の遺伝子を含むベクター。
【請求項7】
請求項6に記載のベクターを用いるフジツボ由来のタンパク質の製造方法。
【請求項8】
大腸菌、酵母、昆虫細胞などの適当な宿主で発現される請求項3、5に記載のタンパク質を用いた塩水環境で機能する接着剤とその開発法。
【請求項9】
大腸菌、酵母、昆虫細胞などの適当な宿主で発現される請求項3、5に記載のタンパク質を用いたリシルオキシダーゼ阻害剤探索法と開発された阻害剤、および阻害剤を用いたフジツボ付着防止法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−153462(P2009−153462A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−336500(P2007−336500)
【出願日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【出願人】(306024148)公立大学法人秋田県立大学 (74)
【Fターム(参考)】