説明

フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の製造方法

【課題】適度の寸法と分布の微細孔を有し、且つ引張り強度および破断伸度で代表される機械的強度が優れるとともに、透水量が顕著に向上した、精密濾過膜あるいは電池用セパレータとして有用なフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を与える。
【解決手段】延伸されたフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を、該フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を濡らす液体による湿潤下に緩和させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬剤または細菌等の精密濾過膜として使用される多孔質膜、あるいは電池用セパレータとして使用されるフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より合成樹脂系多孔質膜は気体隔膜分離、気液分離、固液分離等の分離膜として、あるいは絶縁材、保温材、遮音材、断熱材などとして多方面に利用されている。これらの内、特に分離膜として使用される場合には分離機能に影響を与える以下の特性が要求される。まず、多孔質膜の分離効率を目的とする適度な空孔率を有すること、分離精度の向上を目的とした均一な孔径分布を有すること、加えて分離対象物に最適な孔径を有することが求められる。また、膜構成素材の性質としては、分離対象物の特性に対する耐薬品性、耐候性、耐熱性、強度等が要求される。さらに、多孔質膜使用時における機械的強度として充分な破断点伸度、破断点応力などが要求される。
【0003】
この点、従来から開発されているポリオレフィン樹脂系の多孔膜(例えば特許文献1)は、分離膜としての使用後の逆洗ならびにオゾン処理における耐薬品性に問題が残る。
【0004】
フッ化ビニリデン系樹脂は耐候性、耐薬品性、耐熱性、強度等に優れているため、これら分離用多孔質膜への応用が検討されている。しかしながら、フッ化ビニリデン系樹脂は、前記した優れた特性を有する反面、非粘着性、低相溶性であるため成形性は必ずしもよくない。また、多孔質膜の開発としては分離性能向上を目的とした高い空孔率、狭い孔径分布を追求する余り、機械的強度において満足すべきものは得られていなかった。このため強度を補充するために、濾過膜として使用する場合には多孔質膜にサポートする膜を重ね合せて機械的物性を高めて使用しているのが現状である。また、電池用セパレータに使用される場合等には、多孔質膜が芯材に巻き付けて使用されることから、電池製造時の巻付け工程に耐え得る充分な破断点伸度、破断点応力等の機械的物性を有することが望まれる。加えて電池用セパレータに使用される際には、電極に使用される活物質の微粉末を遮断できる分布幅の狭い貫通孔径と多孔質膜を芯材に巻き付けた後に行われる電解液の高効率な含浸性が望まれている。また精密濾過膜として使用される際には、長期間に亘って高い濾過性を保持することが望まれている。
【0005】
フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の製造方法として、ポリフッ化ビニリデン樹脂にフタル酸ジエチル等の有機液状体と無機微粉体として疎水性シリカを混合し、溶融成形後に有機液状体と疎水性シリカを抽出する方法が開示されている(特許文献2)。こうして得られる多孔質膜は比較的大きい機械的強度を有する。しかしこの方法では、疎水性シリカを抽出するためにアルカリ水溶液を用いることから、膜を構成するフッ化ビニリデン系樹脂が劣化し易い。
【0006】
これに対し、本発明等は、特定の分子量特性を有するフッ化ビニリデン系樹脂を延伸を含む多孔化工程に付す方法が適度の寸法と分布の微細孔を有し且つ機械的強度の優れたフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の形成に有効であることを見出して、一連の提案を行っている(特許文献3他)。しかしながら、多孔膜をろ過膜とし使用する場合に必要なろ過性能(透水量)および機械的性能等を含む総合性能に関して、一層の改善の要求は強い。
【0007】
また、延伸されたフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を空気中あるいは水中で緩和処理することも提案されている(特許文献4および5)が、このような緩和処理によっては透水量の改善は得られない(後記比較例3,4および6)。
【特許文献1】特公昭50−2176号公報
【特許文献2】特開平3−215535号公報
【特許文献3】PCT/JP2004/003074の明細書
【特許文献4】国際公開WO02/070115号公報
【特許文献5】特開2003−210954号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の主要な目的は、適度の寸法と分布の微細孔を有し且つ機械的強度が優れるとともに、透水能が一層改善されたフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上述の目的で研究した結果、延伸工程を経て得られたフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を、特定の液体による湿潤下に緩和処理することにより、見かけの細孔径分布は余り変らず、機械的強度も良好に維持した範囲内で、膜の透水能が著しく改善されることが見出された。
【0010】
すなわち、本発明のフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の製造方法は、延伸されたフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を、該フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を濡らす液体による湿潤下に緩和させることを特徴とするものである。
【0011】
本発明に従い、膜の透水能が著しく向上する理由は必ずしも明らかではないが、細孔分布の数値が余り変らないことから考えて、延伸されたフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜が濡れのよい液体の湿潤下に微細構造変化を起こし、透水機構に関与する膜の厚さ方向に連通する微細孔の割合が増大したものと推定される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
上述したように、本発明のフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の製造方法は、延伸されたフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を特定の液体による湿潤下に緩和処理することを特徴とするものである。延伸されたフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の形成法は、基本的には任意であるが、効果的な延伸と多孔形成を通じて特性の優れた多孔膜を得るために、所定の分子量特性を有するフッ化ビニリデン系樹脂と、可塑剤とフッ化ビニリデン系樹脂の良溶媒からなる組成物を膜状(好ましくは中空糸膜状)に溶融押出し、その片側面から(外側から)優先的に冷却して固化成膜した後、可塑剤を抽出し、更に延伸して多孔膜を形成することが好ましい。以下、この好ましい態様について、順次説明する。
【0013】
(フッ化ビニリデン系樹脂)
本発明においては、主たる膜原料として、重量平均分子量(Mw)が20万〜60万であるフッ化ビニリデン系樹脂を用いることが好ましい。Mwが20万以下では得られる多孔膜の機械的強度が小さくなる。またMwが60万以上であるとフッ化ビニリデン系樹脂と可塑剤との相分離構造が過度に微細になり、得られた多孔膜を精密濾過膜として用いる場合の透水量が低下する。
【0014】
本発明において、フッ化ビニリデン系樹脂としては、フッ化ビニリデンの単独重合体、すなわちポリフッ化ビニリデン、他の共重合可能なモノマーとの共重合体あるいはこれらの混合物が用いられる。フッ化ビニリデン系樹脂と共重合可能なモノマーとしては、四フッ化エチレン、六フッ化プロピレン、三フッ化エチレン、三フッ化塩化エチレン、フッ化ビニル等の一種又は二種以上を用いることができる。フッ化ビニリデン系樹脂は、構成単位としてフッ化ビニリデンを70モル%以上含有することが好ましい。なかでも機械的強度の高さからフッ化ビニリデン100モル%からなる単独重合体を用いることが好ましい。
【0015】
上記したような比較的高分子量のフッ化ビニリデン系樹脂は、好ましくは乳化重合あるいは懸濁重合、特に好ましくは懸濁重合により得ることができる。
【0016】
本発明の多孔膜を形成するフッ化ビニリデン系樹脂は、上記したように重量平均分子量が20万〜60万と比較的大きな分子量を有することに加えて、DSC測定による樹脂本来の融点Tm2(℃)と結晶化温度Tc(℃)との差Tm2−Tcが32℃以下、特に30℃以下、で代表される良好な結晶特性、すなわち冷却に際しての球状結晶成長を抑制した結晶特性、を有することが好ましい。
【0017】
ここで樹脂本来の融点Tm2(℃)は、入手された試料樹脂あるいは多孔膜を形成する樹脂を、そのままDSCによる昇温過程に付すことにより測定される融点Tm1(℃)とは区別されるものである。すなわち、一般に入手されたフッ化ビニリデン系樹脂は、その製造過程あるいは加熱成形過程等において受けた熱および機械的履歴により、樹脂本来の融点Tm2(℃)とは異なる融点Tm1(℃)を示すものであり、上記したフッ化ビニリデン系樹脂の融点Tm2(℃)は、入手された試料樹脂を、一旦、所定の昇降温サイクルに付して、熱および機械的履歴を除いた後に、再度DSC昇温過程で見出される融点(結晶融解に伴なう吸熱のピーク温度)として規定されるものであり、その測定法の詳細は後述実施例の記載に先立って記載する。
【0018】
本発明で好ましく用いられるフッ化ビニリデン系樹脂の結晶化温度を代表するTm2−Tc≦32℃の条件は、例えば共重合によるTm2の低下によっても達成可能であるが、この場合には、生成する多孔膜の耐薬品性が低下する傾向が認められる場合もある。従って、より好ましい態様においては、重量平均分子量(Mw)が15万〜60万であるフッ化ビニリデン系樹脂70〜98重量%をマトリクス(主体)樹脂とし、これよりMwが1.8倍以上、好ましくは2倍以上であり且つ120万以下である結晶特性改質用の高分子量フッ化ビニリデン系樹脂を2〜30重量%添加することにより得た、フッ化ビニリデン系樹脂混合物が用いられる。このような方法によればマトリクス樹脂単独の(好ましくは170〜180℃の範囲内のTm2により代表される)結晶融点を変化させることなく、有意に結晶化温度Tcを上昇させることができる。より詳しくはTcを上昇させることにより、膜表面に比べて冷却の遅い膜内部ならびに片側面からの優先的冷却に際しては膜内部から反対面にかけてフッ化ビニリデン系樹脂の固化を早めることが可能になり、球状粒子の成長を抑制することができる。Tcは、好ましくは143℃以上である。
【0019】
高分子量フッ化ビニリデン系樹脂のMwがマトリクス樹脂のMwの1.8倍未満であると球状粒子構造の形成を十分には抑制し難く、一方、120万以上であるとマトリックス樹脂中に均一に分散させることが困難である。
【0020】
また、高分子量フッ化ビニリデン系樹脂の添加量が2重量%未満では球状粒子構造の形成を抑制する効果が十分でなく、一方、30重量%を超えるとフッ化ビニリデン系樹脂と可塑剤の相分離構造が過度に微細化して、膜の透水量が低下する傾向がある。
【0021】
本発明において用いられる延伸された多孔膜の好ましい形成態様に従い、上記のフッ化ビニリデン系樹脂に、フッ化ビニリデン系樹脂の可塑剤および良溶媒を加えて膜形成用の原料組成物を形成する。
【0022】
(可塑剤)
可塑剤としては、一般に、二塩基酸とグリコールからなる脂肪族系ポリエステル、例えば、アジピン酸−プロピレングリコール系、アジピン酸−1,3−ブチレングリコール系等のアジピン酸系ポリエステル;セバシン酸−プロピレングリコール系、セバシン酸系ポリエステル;アゼライン酸−プロピレングリコール系、アゼライン酸−1,3−ブチレングリコール系等のアゼライン酸系ポリエステル等が用いられる。
【0023】
(良溶媒)
また、フッ化ビニリデン系樹脂の良溶媒としては、20〜250℃の温度範囲でフッ化ビニリデン系樹脂を溶解できる溶媒が用いられ、例えば、N−メチルピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、メチルエチルケトン、アセトン、テトラヒドロフラン、ジオキサン、酢酸エチル、プロピレンカーボネート、シクロヘキサン、メチルイソブチルケトン、ジメチルフタレート、およびこれらの混合溶媒等が挙げられる。なかでも高温での安定性からN−メチルピロリドン(NMP)が好ましい。
【0024】
(組成物)
膜形成用の原料組成物は、好ましくはフッ化ビニリデン系樹脂100重量部に対し、可塑剤70〜250重量部および良溶媒5〜80重量部を混合することにより得られる。
【0025】
可塑剤が70重量部未満であると、空孔率が低くなるため電池セパレータにおいては電解液の含浸性が劣り、あるいは電気抵抗が増し、精密ろ過膜においてはろ過性能(透水量)に劣る。また、250重量部を超えると空孔率が大きくなり過ぎるため、機械的強度が低下する。
【0026】
良溶媒が5重量部未満ではポリフッ化ビニリデン系樹脂と可塑剤を均一に混合できなかったり、あるいは混合に時間を要する。また、80重量部を超えると可塑剤の添加量に見合った空孔率が得られない。すなわち可塑剤の抽出による効率的な空孔形成が阻害される。
【0027】
可塑剤と良溶媒の合計量は100〜250重量部の範囲が好ましい。両者はいずれも溶融押出し組成物の粘度低減効果があり、ある程度代替的に作用する。そのうち良溶媒は、5〜30重量%の割合が好ましい。
【0028】
(混合・溶融押出し)
溶融押出組成物は、一般に140〜270℃、好ましくは150〜200℃、の温度で、中空ノズルあるいはT−ダイから押出されて膜状化される。従って、最終的に、上記温度範囲の均質組成物が得られる限りにおいて、フッ化ビニリデン系樹脂、可塑剤および良溶媒の混合並びに溶融形態は任意である。このような組成物を得るための好ましい態様の一つによれば、二軸混練押出機が用いられ、(好ましくは主体樹脂と結晶特性改質用樹脂の混合物からなる)フッ化ビニリデン系樹脂は、該押出機の上流側から供給され、可塑剤と良溶媒の混合物が、下流で供給され、押出機を通過して吐出されるまでに均質混合物とされる。この二軸押出機は、その長手軸方向に沿って、複数のブロックに分けて独立の温度制御が可能であり、それぞれの部位の通過物の内容により適切な温度調節がなされる。
【0029】
(冷却)
延伸された多孔膜の好ましい形成法に従い、溶融押出された膜状物は、その片面側から冷却・固化される。冷却は、T−ダイから押出された平坦シート状物が、表面温度調節された冷却ドラムないしローラと接触させることにより行われ、ノズルから押出された中空糸膜の場合は、水等の冷却媒体中を通過させることにより行われる。冷却ドラム等あるいは冷却媒体の温度は5〜120℃と、かなり広い温度範囲から選択可能であるが、好ましくは10〜100℃、特に好ましくは30〜80℃の範囲である。
【0030】
(抽出)
冷却・固化された膜状物は、次いで抽出液浴中に導入され、可塑剤および良溶媒の抽出除去を受ける。抽出液としては、ポリフッ化ビニリデン系樹脂を溶解せず、可塑剤や良溶媒を溶解できるものであれば特に限定されない。例えばアルコール類ではメタノール、イソプロピルアルコールなど、塩素化炭化水素類ではジクロロメタン、1,1,1−トリクロロエタンなど、の沸点が30〜100℃程度の極性溶媒が適当である。
【0031】
(熱処理)
抽出後の膜状物は、次いで引き続く延伸操作性の向上のために、80〜160℃、好ましくは100〜140℃の範囲で、1秒〜3600秒、好ましくは3秒〜900秒、熱処理して、結晶化度を増大させることが好ましい。
【0032】
(延伸)
膜状物は、次いで延伸に付され、空孔率および孔径の増大並びに強伸度の改善を受ける。延伸は、例えばテンター法による二軸延伸も可能であるが、一般に、周速度の異なるローラ対等による膜状物の長手方向への一軸延伸を行うことが好ましい。これは、本発明のフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の多孔率と強伸度を調和させるためには、延伸方向に沿って延伸フィブリル(繊維)部と未延伸ノード(節)部が交互に現われる微細構造が好ましいことが知見されているからである。延伸倍率は、1.2〜4.0倍、特に1.4〜3.0倍程度が適当である。
【0033】
(湿潤緩和処理)
本発明に従い、上記のようにして延伸されたフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を、該フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を濡らす液体による湿潤下に緩和させる。
【0034】
フッ化ビニリデン系樹脂の濡れ張力よりも小さな表面張力(JIS K6768)を有する液体がフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の湿潤液として用いられ、より具体的には、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール類、ジクロロメタン、1,1,1−トリクロロエタン等の塩素化炭素類で、好ましくは沸点が30〜100℃程度の特性溶媒から選択される。
【0035】
これら湿潤液による湿潤下での多孔膜の緩和は、好ましくは、湿潤液で湿潤された多孔膜を、周速が次第に低減する上流ローラと下流ローラ間に湿潤された多孔膜を送通することによって行われる。
【0036】
(1−(下流ローラ周速/上流ローラ周速))×100(%)で定まる緩和率は、極く小さくても透水量の増大効果はあるが、より効果的にするため、2〜15%、特に5〜10%の範囲とすることが好ましい。2%未満では緩和による効果が顕著でなく、15%を超える緩和は、緩和されるべき多孔膜が受けた延伸倍率にもよるが、実現困難であり、所定の緩和倍率を経た多孔膜を得ることが困難である。
【0037】
上記において、延伸された多孔膜の緩和処理を行う環境としての湿潤液による湿潤状態は、多孔膜の湿潤液への浸漬状態により形成するのが簡便であるが、多孔膜を湿潤液に一旦浸漬して、多孔膜中に湿潤液を含浸させた後に、フッ化ビニリデン系樹脂に対して濡れ性を示さない液体(例えば水)あるいは空気等の気体中に導入して緩和を起こさせてもよい。
【0038】
緩和温度は、0〜100℃、特に5〜80℃が好ましい。緩和処理時間は、所望の緩和率が得られる限り、短時間でも、長時間でもよい。一般には5秒〜1分程度であるが、この範囲内である必要はない。
【0039】
上記した湿潤下での緩和処理による効果は、得られる多孔膜の透水量が増大することが顕著な効果であるが、孔径分布は余り変らず、空孔率はやや低下する傾向を示す。多孔膜の肉厚は余り変らないが、中空糸膜としたときの内径および外径は増大傾向を示す。
【0040】
上記した湿潤緩和処理の前および/または後、特に後に、空気等の気体中での乾熱緩和処理を行うことも好ましい。乾熱緩和処理によっては、透水量の増大効果は期待し難い(殆ど変化はない)が、孔径が若干小さくなり、均一化するために、多孔膜による被処理流体中の微粒子の分離性能が向上する効果が得られる。ただし、湿潤緩和の直後の空気中緩和は、多孔膜中に残存する湿潤液の存在により、湿潤緩和の効果も示す(後記実施例2との対比における実施例1)。
【0041】
乾熱緩和処理は、温度80〜160℃、特に120〜140℃で、0〜10%、特に2〜10%程度の緩和率が得られる程度が好ましい。緩和率0%は、例えば、湿潤緩和後の熱固定に相当する(後記実施例2)。
【0042】
(フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜)
上記のようにして得られる本発明のフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜によれば、一般に空孔率が55〜90%、好ましくは60〜85%、特に好ましくは65〜80%、引張り強度が5MPa以上、破断伸度が5%以上の特性が得られ、これを透水処理膜として使用する場合には5m/m・day・100kPa以上の透水量が得られる。また厚さは、5〜800μm程度の範囲が通常であり、好ましくは50〜600μm、特に好ましくは150〜500μmである。中空糸の場合、その外径は0.3〜3mm程度、特に1〜3mm程度が適当である。
【0043】
また、本発明法により得られるフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜は、微細構造として、X線回折法により結晶配向部と、結晶非配向部(ランダム配向部)が認められることが特徴であり、これはそれぞれ延伸フィブリル部と未延伸ノード部に対応するものと解される。
【0044】
[実施例]
以下、実施例、比較例により、本発明を更に具体的に説明する。以下の記載を含め、本明細書に記載の特性は、以下の方法による測定値に基くものである。
【0045】
(重量平均分子量(Mw))
日本分光社製のGPC装置「GPC−900」を用い、カラムに昭和電工社製の「Shodex KD−806M」、プレカラムに「Shodex KD−G」、溶媒にNMPを使用し、温度40℃、流量10ml/分にて、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)法によりポリスチレン換算分子量として測定した。
【0046】
(結晶融点Tm1,Tm2および結晶化温度Tc)
パーキンエルマー社製の示差走査熱量計DSC7を用いて、試料樹脂10mgを測定セルにセットし、窒素ガス雰囲気中で、温度30℃から10℃/分の昇温速度で250℃まで一旦昇温し、ついで250℃で1分間保持した後、250℃から10℃/分の降温速度で30℃まで降温してDSC曲線を求めた。このDSC曲線における昇温過程における吸熱ピーク速度を融点Tm1(℃)とし、降温過程における発熱ピーク温度を結晶化温度Tc(℃)とした。引き続いて、温度30℃で1分間保持した後、再び30℃から10℃/分の昇温速度で250℃まで昇温してDSC曲線を測定した。この再昇温DSC曲線における吸熱ピーク温度を本発明のフッ化ビニリデン系樹脂の結晶特性を規定する本来の樹脂融点Tm2(℃)とした。
【0047】
(空孔率)
多孔膜の長さ、並びに幅および厚さ(中空糸の場合は外径および内径)を測定して多孔膜の見掛け体積V(cm)を算出し、更に多孔膜の重量W(g)を測定して次式より空孔率を求めた。
[数1]
空孔率(%)=(1−W/(V×ρ))×100
ρ:PVDFの比重(=1.78g/cm
【0048】
(透水量(PWF=純水フラックス))
多孔膜をエタノールに15分間浸漬し、次いで水に15分間浸漬して親水化した後、水温25℃、差圧100kPaにて測定した。多孔膜が中空糸形状の場合、試長(ろ過が行われる部分の長さ)を800mmとし、膜面積は外径に基いて次式により算出した。
[数2]
膜面積(m)=外径×π×試長
【0049】
(平均孔径)
ASTM F316−86およびASTM E1294−89に準拠し、Porous Materials, Inc.社製「パームポロメータCFP−200AEX」を用いてハーフドライ法により平均孔径を測定した。試液はパーフルオロポリエステル(商品名「Galwick」)を用いた。
【0050】
(最大孔径)
ASTM F316−86およびASTM E1294−89に準拠し、Porous Materials, Inc.社製「パームポロメータCFP−200AEX」を用いてバブルポイント法により最大孔径を測定した。試液はパーフルオロポリエステル(商品名「Galwick」)を用いた。
【0051】
(引張り強度および破断伸度)
引張り試験機(東洋ボールドウィン社製「RTM−100」)を使用して、温度23℃、相対湿度50%の雰囲気中で初期試料長100mm、クロスヘッド速度200mm/分の条件下で測定した。
【0052】
(実施例1)
重量平均分子量(Mw)が4.12×10の主体ポリフッ化ビニリデン(PVDF)(粉体)とMwが9.36×10の結晶特性改質用ポリフッ化ビニリデン(PVDF)(粉体)を、それぞれ95重量%および5重量%となる割合で、ヘンシェルミキサーを用いて混合して、Mwが4.38×10である混合物Aを得た。
【0053】
脂肪族系ポリエステルとしてアジピン酸系ポリエステル可塑剤(旭電化工業株式会社社製「PN−150」)と、溶媒としてN−メチルピロリドン(NMP)を、82.5重量%/17.5重量%の割合で、常温にて撹拌混合して、混合物Bを得た。
【0054】
同方向回転噛み合い型二軸押出機(プラスチック工学研究所社製「BT−30」、スクリュー直径30mm、L/D=48)を使用し、シリンダ最上流部から80mmの位置に設けられた粉体供給部から混合物Aを供給し、シリンダ最上流部から480mmの位置に設けられた液体供給部から温度160℃に加熱された混合物Bを、混合物A/混合物B=35.7/64.3(重量%)の割合で供給して、バレル温度220℃で混練し、混練物を外径5mm、内径3.5mmの円形スリットを有するノズルから吐出量9.8g/minで中空糸状に押し出した。この際、ノズル中心部に設けた通気孔から空気を流量6.2ml/minで糸の中空部に注入した。
【0055】
押し出された混合物を溶融状態のまま60℃の温度に維持され、且つノズルから170mm離れた位置に水面を有する(すなわちエアギャップが170mmの)水浴中に導き冷却・固化させ(水浴中の滞留時間:約10秒)、5m/分の引取速度で引き取った後、これを周長約1mのカセに巻き取って第1中間成形体を得た。
【0056】
次に、この第1中間成形体をジクロロメタン中に振動を与えながら室温で30分間浸漬し、次いでジクロロメタンを新しいものに取り替えて再び同条件にて浸漬して、脂肪族系ポリエステルと溶媒を抽出し、次いで温度120℃のオーブン内で1時間加熱してジクロロメタンを除去するとともに熱処理を行い第2中間成形体を得た。
【0057】
次に、この第2中間成形体を第一のロール速度を12.5m/分にして、45℃の水浴中を通過させ、第二のロール速度を22.5m/分にすることで長手方向に1.8倍に延伸した。次いで温度5℃に制御したジクロロメタン液中を通過させ、第三のロール速度を21.4m/分まで落とすことで、ジクロロメタン液中で5%緩和処理を行った。さらに空間温度140℃に制御した乾熱槽(2.0m長さ)を通過させ、第四のロール速度を2.3m/分まで落とすことで乾熱槽中で5%緩和処理を行った。これを巻き取って本発明法によるポリフッ化ビニリデン系多孔質中空糸(第3成形体)を得た。
【0058】
得られたポリフッ化ビニリデン系多孔質中空糸は、外径が1.584mmで、内径が1.069mm、膜厚が0.258mm、空孔率が71.1%、透水量が84.51m/m・day・100kPa、平均孔径0.125μm、最大孔径0.259μm、引張り強度10.5MPa、破断伸度46%、引張り弾性率122MPaの物性を示した。
【0059】
製造条件および得られたポリフッ化ビニリデン系多孔質中空糸の物性を、以下の実施例および比較例の結果と併せてまとめて後記表1に記す。
【0060】
(実施例2)
ジクロロメタン液中での緩和倍率を5%、乾熱槽中での緩和倍率を0%(定長下)に変更する以外は実施例1と同様にして多孔質中空糸を得た。
【0061】
(実施例3)
ジクロロメタン液中での緩和倍率を10%、乾熱槽中での緩和倍率を0%(定長下)に変更する以外は実施例1と同様にして多孔質中空糸を得た。
【0062】
(比較例1)
延伸後のジクロロメタン液通過処理を行わず、乾熱槽中での緩和倍率を0%(定長下)に変更する以外は実施例1と同様にして多孔質中空糸を得た。
【0063】
(比較例2)
延伸倍率を2.2倍にし、延伸後のジクロロメタン液通過処理を行わず、乾熱槽中での緩和倍率を0%(定長下)に変更する以外は実施例1と同様にして多孔質中空糸を得た。
【0064】
(比較例3)
延伸後のジクロロメタン液通過処理を行わず、乾熱槽中での緩和倍率を5%に変更する以外は実施例1と同様にして多孔質中空糸を得た。
【0065】
(比較例4)
延伸後のジクロロメタン液通過処理を行わず、乾熱槽中での緩和倍率を10%に変更する以外は実施例1と同様にして多孔質中空糸を得た。
【0066】
(比較例5)
ジクロロメタン液中での緩和倍率を0%(定長下)、乾熱槽中での緩和倍率を0%(定長下)に変更する以外は実施例1と同様にして多孔質中空糸を得た。
【0067】
(比較例6)
5℃のジクロロメタン液を85℃の水に変更する以外は実施例1と同様にして多孔質中空糸を得た。
【0068】
(参考例1)
ジクロロメタン液中での緩和倍率を20%、乾熱槽中での緩和倍率を15%に変更する以外は実施例1と同様の方法を用いて多孔質中空糸の作製を試みたが、糸がたるむため設定緩和倍率での緩和を行うことができなかったため、多孔質中空糸を得ることができなかった。
【0069】
(参考例2)
乾熱槽の空間温度を170℃に変更した以外は実施例1と同様の方法を用いて多孔質中空糸の作製を試みたが、緩和処理中にメルトして破断したため、多孔質中空糸を得ることができなかった。
【表1】

【産業上の利用分野】
【0070】
上記表1の結果を見れば分かる通り、本発明の方法によれば、延伸後のフッ化ビニリデン系樹脂を、フッ化ビニリデン系樹脂を濡らす液体による湿潤下に緩和させることにより、機械特性、孔径分布等を本質的に変化させることなく、透水量が顕著に向上したフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜が製造される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
延伸されたフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を、該フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を濡らす液体による湿潤下に緩和させることを特徴とするフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の製造方法。
【請求項2】
緩和率が2〜15%である請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
湿潤緩和の前および/または後に、乾熱雰囲気下での緩和処理を行う請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
乾熱雰囲気下での緩和率が0〜10%である請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
延伸されたフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜が、フッ化ビニリデン系樹脂100重量部に対し、可塑剤を70〜250重量部およびフッ化ビニリデン系樹脂の良溶媒5〜80重量部を添加し、得られた組成物を膜状に溶融押出し、その片側面から優先的に冷却して固化成膜した後、可塑剤を抽出し、更に延伸して得られたものである請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
フッ化ビニリデン系樹脂が、重量平均分子量が20万〜60万であり、且つDSC測定による樹脂本来の融点Tm2(℃)と結晶化温度Tc(℃)との差Tm2−Tcが32℃以下であるフッ化ビニリデン系樹脂である請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
フッ化ビニリデン系樹脂が、重量平均分子量が15万〜60万の主体フッ化ビニリデン系樹脂70〜98重量%と、重量平均分子量が主体フッ化ビニリデン系樹脂の1.8倍以上且つ120万以下である結晶特性改質用フッ化ビニリデン系樹脂2〜30重量%との混合物である請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜が中空糸膜状である請求項1〜7のいずれかに記載の製造方法。

【公開番号】特開2006−63095(P2006−63095A)
【公開日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−243527(P2004−243527)
【出願日】平成16年8月24日(2004.8.24)
【出願人】(000001100)株式会社クレハ (477)
【Fターム(参考)】