フッ素被膜構造及びその形成方法
【課題】鉄系基材に適用することができ、加熱されても高い撥水性及び防汚性を維持することができる耐熱性に優れたフッ素被膜構造を提供すること。
【解決手段】フッ素皮膜構造1は、鉄系基材11の上に高結晶性酸化シリコンよりなる中間層12が形成されており、中間層12の上には、高結晶性酸化シリコンよりも結晶性の低い低結晶性酸化シリコンよりなる結合層13が形成されており、結合層13の上には、フッ素を含有してなる皮膜層14が形成されている。
【解決手段】フッ素皮膜構造1は、鉄系基材11の上に高結晶性酸化シリコンよりなる中間層12が形成されており、中間層12の上には、高結晶性酸化シリコンよりも結晶性の低い低結晶性酸化シリコンよりなる結合層13が形成されており、結合層13の上には、フッ素を含有してなる皮膜層14が形成されている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材の表面にフッ素を含有してなる皮膜層を有するフッ素皮膜構造に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、ガラスや金属等の基材に撥水性や防汚性を付与する方法として、基材の表面にフッ素皮膜を形成させるフッ素皮膜構造が知られている。このフッ素皮膜構造は、撥水性や防汚性を必要とする自動車用部品(燃料噴射ノズル等)、家庭用製品等に広く適用されている。
上記フッ素皮膜としては、例えばフッ素樹脂や耐熱性の高いCF3(CF2)m(CH2)nSi(OR)3の化合物で表されるフルオロアルキルシラン(FAS)膜等が挙げられる。特許文献1では、上記FAS膜をディーゼルエンジン用燃料噴射ノズル及び燃料タンクに適用した例が示されている。
【0003】
しかしながら、本発明者の経験によれば、鉄系基材上に形成したFAS膜やその他のフッ素皮膜は、加熱状態での使用を重ねることにより、その性能が劣化し、撥水性が大きく低下する。一方、ガラス基材上に形成した上記のフッ素皮膜は、鉄系基材の場合に比べて劣化が少ない。この理由に関してこれまで検討した例はないが、用途が広い鉄系基材上に形成したフッ素皮膜の性能をガラス基材に形成した場合の性能に近づけることができれば有効である。
【0004】
【特許文献1】特開2004−84499号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、かかる従来の問題点に鑑みてなされたものであり、鉄系基材に適用することができ、加熱されても高い撥水性及び防汚性を維持することができる耐熱性に優れたフッ素皮膜構造を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1の発明は、鉄系基材の表面にフッ素を含有してなる皮膜層を有するフッ素皮膜構造において、
上記鉄系基材の上には、高結晶性酸化シリコンよりなる中間層が形成されており、
該中間層の上には、上記高結晶性酸化シリコンよりも結晶性の低い低結晶性酸化シリコンよりなる結合層が形成されており、
該結合層の上には、上記皮膜層が形成されていることを特徴とするフッ素皮膜構造にある(請求項1)。
【0007】
本発明のフッ素皮膜構造は、上記鉄系基材の上に高結晶性酸化シリコンよりなる中間層が形成されている。つまり、上記鉄系基材と上記結合層及び上記皮膜層との間に上記中間層が形成されている。そのため、上記鉄系基材が加熱された場合でも、上記皮膜層の性能劣化を抑制することができる。この理由は、次のように考えることができる。
【0008】
即ち、上記中間層は、結晶性が高く、結合力の強い上記高結晶性酸化シリコンによって構成されている。そのため、加熱によって上記鉄系基材から溶出しようとする鉄成分は、この高結晶性酸化シリコンによって食い止められる。これにより、上記鉄成分の溶出及び上記皮膜層への侵入を抑制することができる。それ故、上記フッ素皮膜構造は、加熱されても上記皮膜層表面にフッ素を安定的に存在させ、高い撥水性及び防汚性を維持することができる。
【0009】
また、本発明のフッ素皮膜構造において、上記高結晶性酸化シリコンよりなる上記中間層の上に上記低結晶性酸化シリコンよりなる上記結合層が形成されている。つまり、互いに酸化シリコンよりなる上記中間層と上記結合層とは、隣り合うように形成されている。そのため、両者に含まれる酸化シリコン同士が強固に結合し、該両者間の密着性は高いものとなる。これにより、上記両者間の剥離を抑制することができ、上記フッ素皮膜構造の耐久性を向上させることができる。
【0010】
以上により、本発明によれば、鉄系基材に適用することができ、加熱されても高い撥水性及び防汚性を維持することができる耐熱性に優れたフッ素皮膜構造を提供することができる。
【0011】
第2の発明は、鉄系基材の表面にフッ素を含有してなる皮膜層を有するフッ素皮膜構造を形成する方法において、
上記鉄系基材の上に酸化シリコンを含有する酸化シリコン含有液を塗布する酸化シリコン含有液塗布工程と、
上記鉄系基材の上に塗布した上記酸化シリコン含有液を500〜600℃で焼成することにより、上記鉄系基材の上に高結晶性酸化シリコンよりなる中間層を形成する中間層形成工程と、
上記中間層の上にフッ素及び酸化シリコンを含有するフッ素含有液を塗布するフッ素含有液塗布工程と、
上記中間層の上に塗布した上記フッ素含有液を上記中間層形成工程よりも低い温度、かつ200〜300℃で焼成することにより、上記中間層の上に上記高結晶性酸化シリコンよりも結晶性の低い低結晶性酸化シリコンよりなる結合層を形成すると共に、該結合層の上にフッ素を含有してなる皮膜層を形成する結合層・皮膜層形成工程とを含むことを特徴とするフッ素皮膜構造の形成方法にある(請求項6)。
【0012】
本発明のフッ素皮膜構造の形成方法は、上記酸化シリコン含有液塗布工程を施した後に、上記酸化シリコン含有液を上記の500〜600℃という高温で焼成する上記中間層形成工程を行う。これにより、得られる上記中間層は、結晶性が高く、結合力の強い上記高結晶性酸化シリコンによって構成されたものとなる。
即ち、上記のフッ素皮膜構造の形成方法により、上述したような、鉄系基材の上に高結晶性酸化シリコンよりなる中間層が形成されているフッ素皮膜構造を得ることができる。そして、この中間層を有するフッ素皮膜構造は、上記の優れた作用効果を得ることができる。
【0013】
また、本発明の製造方法において、上記高結晶性酸化シリコンよりなる記中間層の上に上記低結晶性酸化シリコンよりなる上記結合層を形成する。つまり、互いに酸化シリコンよりなる上記中間層と上記結合層とを隣り合うように形成する。そのため、両者に含まれる酸化シリコン同士が強固に結合し、該両者間の密着性は高いものとなる。これにより、上記両者間の剥離を抑制することができ、耐久性の高いフッ素皮膜構造を得ることができる。
【0014】
以上により、本発明によれば、鉄系基材に適用することができ、加熱されても高い撥水性及び防汚性を維持することができる耐熱性に優れたフッ素皮膜構造の形成方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
上記第1の発明においては、上記皮膜層としてフッ素樹脂、フルオロアルキルシラン(FAS)膜等を用いることができる。
また、上記中間層を構成する上記高結晶性酸化シリコンは、下記の低結晶性酸化シリコンよりも結晶性が高く、実質的にシリコン及び酸素のみで構成されている。
また、上記結合層を構成する上記低結晶性酸化シリコンは、上記の高結晶性酸化シリコンよりも結晶性が低く、シリコン及び酸素に加え、フッ素及びアルキル基を含んで構成されている。
【0016】
また、上記中間層は500〜600℃で焼成することにより形成してあることが好ましい(請求項2)。
上記の焼成温度が500℃よりも低い場合には、上記中間層は、結晶性が低く、結合力が弱い酸化シリコンによって構成されたものとなるおそれがある。そのため、加熱による上記鉄系基材からの鉄成分の溶出及び上記皮膜層への侵入を防止する効果を充分に発揮できないおそれがある。一方、上記の焼成温度が600℃よりも高い場合には、上記鉄系基材が劣化するおそれがある。
【0017】
また、上記中間層の厚みが10〜100nmであることが好ましい(請求項3)。
上記厚みが10nmよりも小さい場合には、上記中間層は、加熱による上記鉄系基材からの鉄成分の溶出及び上記皮膜層への侵入を防止する効果を充分に発揮できないおそれがある。一方、上記厚みが100nmよりも大きい場合には、上記中間層の膜厚の制御が困難となり、不均一な膜厚となるおそれがある。
【0018】
また、上記結合層及び上記皮膜層は200〜300℃で焼成することにより一体的に形成してあることが好ましい(請求項4)。
上記の焼成温度が200℃よりも低い場合には、上記結合層及び上記皮膜層の品質が低下するおそれがある。そのため、両者の持つ性能を充分に発揮することができないおそれがある。一方、上記の焼成温度が300℃よりも高い場合には、上記皮膜層を形成するフッ素が分解してしまうおそれがある。
【0019】
また、上記結合層及び上記皮膜層の合計厚みが10〜100nmであることが好ましい(請求項5)。
上記厚みが10nmよりも小さい場合には、上記皮膜層の剥離が生じ易くなる等、耐久性が低下するおそれがある。一方、上記厚みが100nmよりも大きい場合には、上記皮膜層の膜厚の制御が困難となり、不均一な膜厚となるおそれがある。
【0020】
上記第2の発明においては、上記中間層形成工程では、上記鉄系基材の上に塗布した上記酸化シリコン含有液を500〜600℃で焼成する。
上記の焼成温度が500℃よりも低い場合には、得られる上記中間層は、結晶性が低く、結合力が弱い酸化シリコンによって構成されたものとなるおそれがある。そのため、加熱による上記鉄系基材からの鉄成分の溶出及び上記皮膜層への侵入を防止する効果を充分に発揮できないおそれがある。一方、上記の焼成温度が600℃よりも高い場合には、上記鉄系基材が劣化するおそれがある。
【0021】
また、上記結合層・皮膜層形成工程では、上記中間層の上に塗布した上記フッ素含有液を200〜300℃で焼成する。
上記の焼成温度が200℃よりも低い場合には、得られる上記結合層及び上記皮膜層の品質が低下するおそれがある。そのため、両者の持つ性能を充分に発揮することができないおそれがある。一方、上記の焼成温度が300℃よりも高い場合には、上記皮膜層を形成するフッ素が分解してしまうおそれがある。
【0022】
また、上記と同様に、上記中間層の厚みが10〜100nmとなるように形成することが好ましい(請求項7)。
また、上記結合層及び上記皮膜層の合計厚みが10〜100nmとなるように形成することが好ましい(請求項8)。
【0023】
また、上記酸化シリコン含有液塗布工程では、上記鉄系基材を上記酸化シリコン含有液中に浸漬して引き上げることにより、上記鉄系基材の上に上記酸化シリコン含有液を塗布することが好ましい(請求項9)。
この場合には、上記鉄系基材の上に上記酸化シリコン含有液を均一に塗布することができる。
【0024】
また、上記酸化シリコン含有液塗布工程では、上記鉄系基材を引き上げ速度20〜60mm/minで上記酸化シリコン含有液から引き上げることが好ましい。(請求項10)。
上記引き上げ速度が20mm/minよりも遅い場合には、上記酸化シリコン含有液の塗布量が少なくなり、得られる上記中間層の膜厚を充分に確保することができないおそれがある。そのため、上記中間層は、加熱による上記鉄系基材からの鉄成分の溶出及び上記皮膜層への侵入を防止する効果を充分に発揮できないおそれがある。一方、上記引き上げ速度が60mm/minよりも速い場合には、上記酸化シリコン含有液の塗布量が多くなり、得られる上記中間層の膜厚が厚くなるおそれがある。そのため、上記中間層の膜厚の制御が困難となり、不均一な膜厚となるおそれがある。
【0025】
また、上記フッ素含有液塗布工程では、上記中間層を形成した上記鉄系基材を上記フッ素含有液中に浸漬して引き上げることにより、上記中間層の上に上記フッ素含有液を塗布することが好ましい(請求項11)。
この場合には、上記中間層の上に上記フッ素含有液を均一に塗布することができる。
【0026】
また、上記フッ素含有液塗布工程では、上記鉄系基材を引き上げ速度20〜60mm/minで上記フッ素含有液から引き上げることが好ましい(請求項12)。
上記引き上げ速度が20mm/minよりも遅い場合には、上記フッ素含有液の塗布量が少なくなり、得られる上記結合層及び上記皮膜層の膜厚を充分に確保することができないおそれがある。そのため、表面に形成される上記皮膜層の剥離が生じ易くなる等、耐久性が低下するおそれがある。一方、上記引き上げ速度が60mm/minよりも速い場合には、上記フッ素含有液の塗布量が多くなり、得られる上記結合層及び上記皮膜層の膜厚が厚くなるおそれがある。そのため、上記結合層及び上記皮膜層の膜厚の制御が困難となり、不均一な膜厚となるおそれがある。
【0027】
なお、上記酸化シリコン含有液塗布工程及び上記フッ素含有液塗布工程において、浸漬した上記鉄系基材の引き上げ速度を上記の範囲内で変えることによって、上記酸化シリコン含有液及び上記フッ素含有液の塗布量を制御することができる。そして、これにより、形成する上記中間層、上記結合層、及び上記皮膜層の膜厚を制御することができる。
【実施例】
【0028】
(実施例1)
本発明の実施例にかかるフッ素皮膜構造及びその形成方法について、図1及び図2を用いて説明する。
本例のフッ素皮膜構造1は、図1に示すごとく、鉄系基材11の表面にフッ素を含有してなる皮膜層14を有するものである。
鉄系基材11の上には、高結晶性酸化シリコンよりなる中間層12が形成されており、中間層12の上には、高結晶性酸化シリコンよりも結晶性の低い低結晶性酸化シリコンよりなる結合層13が形成されている。そして、結合層13の上には、皮膜層14が形成されている。
以下、これを詳説する。
【0029】
図1に示すごとく、本例のフッ素皮膜構造1は、鉄(Fe)を主成分とする鉄系基材11の上に中間層12が形成されている。中間層12は、結晶性が高く、結合力の強い高結晶性酸化シリコン(SiO2、SiO)によって構成されている。
ここで、中間層12を構成している高結晶性酸化シリコンは、下記の低結晶性酸化シリコンよりも結晶性が高く、実質的にシリコン及び酸素のみで構成されている。
【0030】
また、同図に示すごとく、中間層12の上には結合層13が形成されている。結合層13は、中間層12を構成している高結晶性酸化シリコンよりも結晶性が低い低結晶性酸化シリコン(SiO2、SiO)によって構成されている。つまり、互いに酸化シリコンによって構成されている中間層12と結合層13とは、隣り合うように形成されている。
ここで、結合層13を構成している低結晶性酸化シリコンは、上記の高結晶性酸化シリコンよりも結晶性が低く、シリコン及び酸素に加え、フッ素及びアルキル基を含んで構成されている。
【0031】
また、同図に示すごとく、結合層13の上には皮膜層14が形成されている。皮膜層14は、結合層13側にアルキル基(CH2)が多く存在しており、表面側にフルオロカーボン(CF3、CF2)が多く存在している。つまり、皮膜層14の表面側にはフッ素(F)が多く存在しているため、皮膜層14の表面は高い撥水性及び防汚性を有する。
【0032】
このように、本例のフッ素皮膜構造1は、鉄系基材11の上に高結晶性酸化シリコンを含有する中間層12が形成されており、その上にCF3(CF2)m(CH2)nSi(OR)3(式中のR:炭素数6以下の有機基、m:0〜11の整数、n:0又は2〜6の整数)で表される化合物を含む膜(フルオロアルキルシラン(FAS)膜)が形成されている。
また、本例における中間層12の厚みは50nm、結合層13及び皮膜層14の合計厚みは50nmである。
【0033】
次に、フッ素皮膜構造1の形成方法について、図2を用いて説明する。
本例のフッ素皮膜構造1の形成方法は、図2に示すごとく、酸化シリコン含有液塗布工程、中間層形成工程、フッ素含有液塗布工程、及び結合層・皮膜層形成工程を含む。
【0034】
酸化シリコン含有液塗布工程は、鉄系基材11の上に酸化シリコンを含有する酸化シリコン含有液21を塗布する工程である。
中間層形成工程は、鉄系基材11の上に塗布した酸化シリコン含有液21を500〜600℃で焼成することにより、鉄系基材11の上に高結晶性酸化シリコンよりなる中間層12を形成する工程である。
【0035】
フッ素含有液塗布工程は、中間層12の上にフッ素及び酸化シリコンを含有するフッ素含有液22を塗布する工程である。
結合層・皮膜層形成工程は、中間層12の上に塗布したフッ素含有液22を上記中間層形成工程よりも低い温度、かつ200〜300℃で焼成することにより、中間層12の上に高結晶性酸化シリコンよりも結晶性の低い低結晶性酸化シリコンよりなる結合層13を形成すると共に、結合層13の上にフッ素を含有してなる皮膜層14を形成する工程である。
以下、これを詳説する。
【0036】
本例では、図2(a)に示すごとく、鉄系基材11としてSCM420(JIS 4105、クロムモリブデン鋼)を用い、これにフッ素皮膜構造1を形成する。
また、図2(b)、(d)に示すごとく、酸化シリコン含有液塗布工程及びフッ素含有液塗布工程では、ディップ法(浸漬引き上げ法)を用いて酸化シリコン含有液21及びフッ素含有液22を塗布する。
【0037】
<酸化シリコン含有液塗布工程>
まず、図2(b)に示すごとく、酸化シリコンを含有する酸化シリコン含有液21(株式会社高純度化学研究所製Si−05S、酸化シリコン5重量%含有)を準備する。そして、鉄系基材11を酸化シリコン含有液21中に1分間浸漬させ、引き上げ速度30mm/minでゆっくりと引き上げる。これにより、鉄系基材11の上に酸化シリコン含有液21を塗布する。
【0038】
<中間層形成工程>
次に、図2(c)に示すごとく、鉄系基材11の上に塗布した酸化シリコン含有液21を室温で10分間、120℃で30分間乾燥させる。その後、酸化シリコン含有液21を550℃で60分間加熱することにより焼成させる。これにより、鉄系基材11の上に、結晶性が高く、結合力の強い高結晶性酸化シリコンよりなる中間層12を形成する。
【0039】
<フッ素含有液塗布工程>
次に、図2(d)に示すごとく、フッ素及び酸化シリコンを含有するフッ素含有液22(デュポン株式会社製、TC−20)を準備する。そして、中間層12を形成した鉄系基材11をフッ素含有液22中に1分間浸漬させ、引き上げ速度30mm/minでゆっくりと引き上げる。これにより、中間層12の上にフッ素含有液22を塗布する。
【0040】
<結合層・皮膜層形成工程>
次に、図2(e)に示すごとく、中間層12の上に塗布したフッ素含有液22を280℃で10分間加熱することにより焼成させる。これにより、中間層12の上に上記高結晶性酸化シリコンよりも結晶性の低い低結晶性酸化シリコンよりなる結合層13を形成すると共に、結合層13の上にフッ素を含有してなる皮膜層14を形成する。
以上により、図1のフッ素皮膜構造1を形成する。
【0041】
次に、本例のフッ素皮膜構造1の作用効果について説明する。
本例のフッ素皮膜構造1は、鉄系基材11の上に高結晶性酸化シリコンよりなる中間層12が形成されている。つまり、鉄系基材11と結合層13及び皮膜層14との間に中間層12が形成されている。そのため、鉄系基材11が加熱された場合でも、皮膜層14の性能劣化を抑制することができる。この理由は、次のように考えることができる。
【0042】
即ち、中間層12には結晶性が高く、結合力の強い高結晶性酸化シリコンによって構成されている。そのため、加熱によって鉄系基材11から溶出しようとする鉄成分は、この高結晶性酸化シリコンによって食い止められる。これにより、上記鉄成分の溶出及び皮膜層14への侵入を抑制することができる(図13参照)。それ故、フッ素皮膜構造1は、加熱されても皮膜層14表面にフッ素を安定的に存在させ、高い撥水性及び防汚性を維持することができる。
【0043】
また、本例のフッ素皮膜構造1において、高結晶性酸化シリコンよりなる中間層12の上に低結晶性酸化シリコンよりなる結合層13が形成されている。つまり、互いに酸化シリコンよりなる中間層12と結合層13とは、隣り合うように形成されている。そのため、両者に含まれる酸化シリコン同士が強固に結合し、該両者間の密着性は高いものとなる。これにより、上記両者間の剥離を抑制することができ、フッ素皮膜構造1の耐久性を向上させることができる。
【0044】
また、本例において、中間層12は550℃で焼成することにより形成してある。そのため、中間層12は、結晶性が高く、結合力の強い高結晶性酸化シリコンによって構成されたものとなる。これにより、加熱による鉄系基材11からの鉄成分の溶出及び皮膜層14への侵入を防止する効果を充分に発揮することができる。
また、中間層12の厚みが50nmである。そのため、上記の効果を充分に発揮することができる
【0045】
また、結合層13及び皮膜層14は280℃で焼成することにより一体的に形成してある。そのため、結合層13及び皮膜層14の品質は良好なものとなり、両者の持つ性能を充分に発揮することができる。
また、結合層13及び皮膜層14の合計厚みが50nmである。そのため、結合層13及び皮膜層14の耐久性を充分に確保することができる。
【0046】
また、本例の製造方法において、酸化シリコン含有液塗布工程では、鉄系基材11を酸化シリコン含有液21中に浸漬して引き上げることにより、鉄系基材11の上に酸化シリコン含有液21を塗布し、フッ素含有液塗布工程では、中間層12を形成した鉄系基材11をフッ素含有液22中に浸漬して引き上げることにより、中間層12の上にフッ素含有液22を塗布する。そのため、酸化シリコン含有液21及びフッ素含有液22を均一に塗布することができる。
【0047】
また、酸化シリコン含有液塗布工程では、鉄系基材11を引き上げ速度30mm/minで酸化シリコン含有液21から引き上げる。そのため、酸化シリコン含有液21を充分、かつ均一に塗布することができる。これにより、得られる中間層12の膜厚を充分に確保することができると共に、均一な膜厚を実現することができる。
また、フッ素含有液塗布工程では、鉄系基材11を引き上げ速度30mm/minでフッ素含有液22から引き上げる。そのため、フッ素含有液22を充分、かつ均一に塗布することができる。これにより、得られる結合層13及び皮膜層14の膜厚を充分に確保することができると共に、均一な膜厚を実現することができる。
【0048】
なお、浸漬した鉄系基材11の引き上げ速度を変えることにより、酸化シリコン含有液21及びフッ素含有液22の塗布量を制御することができる。そして、これにより、得られる中間層12、結合層13、及び皮膜層14の膜厚を制御することができる。
また、本例では、ディップ法(浸漬引き上げ法)を用いて酸化シリコン含有液21及びフッ素含有液22を塗布したが、スピンコート法、スプレー法等を用いて塗布することもできる。
【0049】
以上により、本例によれば、鉄系基材に適用することができ、加熱されても高い撥水性及び防汚性を維持することができる耐熱性に優れたフッ素皮膜構造及びその形成方法を提供することができる。
【0050】
(実施例2)
本例は、図1に示した実施例1のフッ素皮膜構造1(本発明品)における、皮膜層14の表面状態及び撥水性を調べたものである。
比較として、図3に示すごとく、鉄系基材11の上に中間層12を形成しないことのみが本発明品と異なる比較用のフッ素皮膜構造9(比較品)を準備し、同様の評価を行った。
【0051】
フッ素皮膜構造の表面状態の評価方法について説明する。
フッ素皮膜構造の表面状態は、XPS(X線光電子分光法)を用いて皮膜層表面の元素及び化学結合状態を測定する。本例では、この測定を鉄系基材の加熱前後において行い、評価した。
なお、本例では、鉄系基材としてSCM420(JIS 4105、クロムモリブデン鋼)を用い、鉄系基材の加熱は250℃で48時間行った。また、XPSの測定条件は表1に示した。
【0052】
【表1】
【0053】
本発明品の測定結果を図4〜図6、比較品の測定結果を図7〜図9に示す。これらの図は、縦軸にピーク強度(Intensity(CPS))、横軸に結合エネルギー(Binding Energy(eV))をとったものである。なお、図5及び図8は、結合エネルギー280〜300eV付近、図6及び図9は、結合エネルギー680〜700eV付近を拡大して示したものである。
【0054】
比較品(B1:加熱前、B2:加熱後)は、図8及び図9から知られるように、加熱後においてフッ素(F)及びフルオロカーボン(CF3、CF2)のピークがほとんどみられない。つまり、加熱前に皮膜層表面に存在していたフッ素は、加熱後においてほとんど存在していないことがわかる。また、新たに炭素酸化物(CO、COO)のピークが認められる。
【0055】
一方、本発明品(A1:加熱前、A2:加熱後)は、図5及び図6から知られるように、加熱後においてもフッ素(F)のピークはほとんど低下しておらず、またフルオロカーボン(CF3、CF2)のピークは低下がみられるものの、依然として高いピークを示している。つまり、加熱前に皮膜層表面に存在していたフッ素は、加熱後においても依然として安定的に存在していることがわかる。
【0056】
さらに、本例では、FTIR(フーリエ変換赤外分光光度計)を用いて皮膜層表面の状態を顕微反射法、顕微RAS法の2種類の測定方法により測定し、評価した。
なお、鉄系基材としてSUJ2(JIS G4805、高炭素クロム軸受鋼)を用い、FTIRの測定条件は表2に示した。
【0057】
【表2】
【0058】
比較品の測定結果を図10に示す。この図は、縦軸に吸光度(Abs)、横軸に波数(Wavenumber(cm−1))をとったものである。同図から知られるように、いずれの測定方法の結果(B3:顕微反射法、B4:顕微RAS法)においても700cm−1付近に金属フッ化物のピーク(図中のP)が認められる。これは、鉄系基材から鉄成分が溶出して皮膜層に侵入し、皮膜層に存在するフッ素と結合して生成したと考えられる。
一方、本発明品は、金属フッ化物のピークは認められなかった(図示略)。即ち、鉄系基材に含まれる鉄成分の溶出及び皮膜層への侵入を中間層によって抑制していると考えられる。
【0059】
次に、フッ素皮膜構造の撥水性の評価方法について説明する。
フッ素皮膜構造の撥水性は、表面自由エネルギー測定装置(協和界面化学社製、CA−VE型)を用いて、シリンジ径φ0.7mm、測定液滴量3〜4μl、液滴測定法:θ/2法、平行接触角の条件で対水接触角を測定する。本例では、この測定を鉄系基材の加熱前後において行い、評価した。
なお、本例では、鉄系基材としてSUJ2、SCM420の2種類を用い、鉄系基材の加熱は250℃で50時間行った。
【0060】
対水接触角の測定結果を図11及び図12に示す。図11は鉄系基材としてSUJ2を用いたもの、図12はSCM420を用いたものである。図中には、本発明品をA5及びA6、比較品をB5及びB6で示す。
両図から知られるように、比較品(B5、B6)は、加熱後に対水接触角が大きく低下している。つまり、加熱によって撥水性が大きく低下したことを示している。一方、本発明品(A5、A6)は、加熱後においても対水接触角の低下がほとんどみられず、110°以上の高い接触角を維持している。つまり、加熱されても高い撥水性を維持していることが分かる。
【0061】
以上の評価により、比較品のフッ素皮膜構造9は、図14に示すごとく、鉄系基材11が加熱された場合、鉄系基材11から鉄成分が溶出し、皮膜層14に侵入する。そして、皮膜層14表面に存在していたフッ素が溶出した鉄成分と結合して金属フッ化物を生成すると共に、皮膜層14中の炭素が空気中の酸素と結合して炭素酸化物を生成することにより撥水性が低下したものと考えられる。
一方、本発明品のフッ素皮膜構造1は、図13に示すごとく、鉄系基材11が加熱された場合でも、鉄系基材11からの鉄成分の溶出及び皮膜層14への侵入を、中間層12を構成している高結晶性酸化シリコンによって防止することができる。そのため、皮膜層14表面にフッ素を安定的に存在させ、高い撥水性を保つことができると考えられる。そして、この高い撥水性によって充分な防汚性を確保することができる。
【0062】
このように、本発明のフッ素皮膜構造は、鉄系基材に適用でき、加熱されても高い撥水性及び防汚性を維持することができる耐熱性に優れたものであることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】実施例1における、フッ素皮膜構造の構成を示す説明図。
【図2】実施例1における、フッ素皮膜構造の形成方法を示す説明図。
【図3】実施例2における、比較品のフッ素皮膜構造の構成を示す説明図。
【図4】実施例2における、本発明品のXPSの測定結果を示す線図。
【図5】実施例2における、本発明品のXPSの測定結果を示す線図。
【図6】実施例2における、本発明品のXPSの測定結果を示す線図。
【図7】実施例2における、比較品のXPSの測定結果を示す線図。
【図8】実施例2における、比較品のXPSの測定結果を示す線図。
【図9】実施例2における、比較品のXPSの測定結果を示す線図。
【図10】実施例2における、比較品のFTIRの測定結果を示す線図。
【図11】実施例2における、対水接触角の測定結果を示す線図。
【図12】実施例2における、対水接触角の測定結果を示す線図。
【図13】実施例2における、加熱時のフッ素皮膜構造(本発明品)を示す説明図。
【図14】実施例2における、加熱時のフッ素皮膜構造(比較品)を示す説明図。
【符号の説明】
【0064】
1 フッ素皮膜構造
11 鉄系基材
12 中間層
13 結合層
14 皮膜層
21 酸化シリコン含有液
22 フッ素含有液
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材の表面にフッ素を含有してなる皮膜層を有するフッ素皮膜構造に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、ガラスや金属等の基材に撥水性や防汚性を付与する方法として、基材の表面にフッ素皮膜を形成させるフッ素皮膜構造が知られている。このフッ素皮膜構造は、撥水性や防汚性を必要とする自動車用部品(燃料噴射ノズル等)、家庭用製品等に広く適用されている。
上記フッ素皮膜としては、例えばフッ素樹脂や耐熱性の高いCF3(CF2)m(CH2)nSi(OR)3の化合物で表されるフルオロアルキルシラン(FAS)膜等が挙げられる。特許文献1では、上記FAS膜をディーゼルエンジン用燃料噴射ノズル及び燃料タンクに適用した例が示されている。
【0003】
しかしながら、本発明者の経験によれば、鉄系基材上に形成したFAS膜やその他のフッ素皮膜は、加熱状態での使用を重ねることにより、その性能が劣化し、撥水性が大きく低下する。一方、ガラス基材上に形成した上記のフッ素皮膜は、鉄系基材の場合に比べて劣化が少ない。この理由に関してこれまで検討した例はないが、用途が広い鉄系基材上に形成したフッ素皮膜の性能をガラス基材に形成した場合の性能に近づけることができれば有効である。
【0004】
【特許文献1】特開2004−84499号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、かかる従来の問題点に鑑みてなされたものであり、鉄系基材に適用することができ、加熱されても高い撥水性及び防汚性を維持することができる耐熱性に優れたフッ素皮膜構造を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1の発明は、鉄系基材の表面にフッ素を含有してなる皮膜層を有するフッ素皮膜構造において、
上記鉄系基材の上には、高結晶性酸化シリコンよりなる中間層が形成されており、
該中間層の上には、上記高結晶性酸化シリコンよりも結晶性の低い低結晶性酸化シリコンよりなる結合層が形成されており、
該結合層の上には、上記皮膜層が形成されていることを特徴とするフッ素皮膜構造にある(請求項1)。
【0007】
本発明のフッ素皮膜構造は、上記鉄系基材の上に高結晶性酸化シリコンよりなる中間層が形成されている。つまり、上記鉄系基材と上記結合層及び上記皮膜層との間に上記中間層が形成されている。そのため、上記鉄系基材が加熱された場合でも、上記皮膜層の性能劣化を抑制することができる。この理由は、次のように考えることができる。
【0008】
即ち、上記中間層は、結晶性が高く、結合力の強い上記高結晶性酸化シリコンによって構成されている。そのため、加熱によって上記鉄系基材から溶出しようとする鉄成分は、この高結晶性酸化シリコンによって食い止められる。これにより、上記鉄成分の溶出及び上記皮膜層への侵入を抑制することができる。それ故、上記フッ素皮膜構造は、加熱されても上記皮膜層表面にフッ素を安定的に存在させ、高い撥水性及び防汚性を維持することができる。
【0009】
また、本発明のフッ素皮膜構造において、上記高結晶性酸化シリコンよりなる上記中間層の上に上記低結晶性酸化シリコンよりなる上記結合層が形成されている。つまり、互いに酸化シリコンよりなる上記中間層と上記結合層とは、隣り合うように形成されている。そのため、両者に含まれる酸化シリコン同士が強固に結合し、該両者間の密着性は高いものとなる。これにより、上記両者間の剥離を抑制することができ、上記フッ素皮膜構造の耐久性を向上させることができる。
【0010】
以上により、本発明によれば、鉄系基材に適用することができ、加熱されても高い撥水性及び防汚性を維持することができる耐熱性に優れたフッ素皮膜構造を提供することができる。
【0011】
第2の発明は、鉄系基材の表面にフッ素を含有してなる皮膜層を有するフッ素皮膜構造を形成する方法において、
上記鉄系基材の上に酸化シリコンを含有する酸化シリコン含有液を塗布する酸化シリコン含有液塗布工程と、
上記鉄系基材の上に塗布した上記酸化シリコン含有液を500〜600℃で焼成することにより、上記鉄系基材の上に高結晶性酸化シリコンよりなる中間層を形成する中間層形成工程と、
上記中間層の上にフッ素及び酸化シリコンを含有するフッ素含有液を塗布するフッ素含有液塗布工程と、
上記中間層の上に塗布した上記フッ素含有液を上記中間層形成工程よりも低い温度、かつ200〜300℃で焼成することにより、上記中間層の上に上記高結晶性酸化シリコンよりも結晶性の低い低結晶性酸化シリコンよりなる結合層を形成すると共に、該結合層の上にフッ素を含有してなる皮膜層を形成する結合層・皮膜層形成工程とを含むことを特徴とするフッ素皮膜構造の形成方法にある(請求項6)。
【0012】
本発明のフッ素皮膜構造の形成方法は、上記酸化シリコン含有液塗布工程を施した後に、上記酸化シリコン含有液を上記の500〜600℃という高温で焼成する上記中間層形成工程を行う。これにより、得られる上記中間層は、結晶性が高く、結合力の強い上記高結晶性酸化シリコンによって構成されたものとなる。
即ち、上記のフッ素皮膜構造の形成方法により、上述したような、鉄系基材の上に高結晶性酸化シリコンよりなる中間層が形成されているフッ素皮膜構造を得ることができる。そして、この中間層を有するフッ素皮膜構造は、上記の優れた作用効果を得ることができる。
【0013】
また、本発明の製造方法において、上記高結晶性酸化シリコンよりなる記中間層の上に上記低結晶性酸化シリコンよりなる上記結合層を形成する。つまり、互いに酸化シリコンよりなる上記中間層と上記結合層とを隣り合うように形成する。そのため、両者に含まれる酸化シリコン同士が強固に結合し、該両者間の密着性は高いものとなる。これにより、上記両者間の剥離を抑制することができ、耐久性の高いフッ素皮膜構造を得ることができる。
【0014】
以上により、本発明によれば、鉄系基材に適用することができ、加熱されても高い撥水性及び防汚性を維持することができる耐熱性に優れたフッ素皮膜構造の形成方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
上記第1の発明においては、上記皮膜層としてフッ素樹脂、フルオロアルキルシラン(FAS)膜等を用いることができる。
また、上記中間層を構成する上記高結晶性酸化シリコンは、下記の低結晶性酸化シリコンよりも結晶性が高く、実質的にシリコン及び酸素のみで構成されている。
また、上記結合層を構成する上記低結晶性酸化シリコンは、上記の高結晶性酸化シリコンよりも結晶性が低く、シリコン及び酸素に加え、フッ素及びアルキル基を含んで構成されている。
【0016】
また、上記中間層は500〜600℃で焼成することにより形成してあることが好ましい(請求項2)。
上記の焼成温度が500℃よりも低い場合には、上記中間層は、結晶性が低く、結合力が弱い酸化シリコンによって構成されたものとなるおそれがある。そのため、加熱による上記鉄系基材からの鉄成分の溶出及び上記皮膜層への侵入を防止する効果を充分に発揮できないおそれがある。一方、上記の焼成温度が600℃よりも高い場合には、上記鉄系基材が劣化するおそれがある。
【0017】
また、上記中間層の厚みが10〜100nmであることが好ましい(請求項3)。
上記厚みが10nmよりも小さい場合には、上記中間層は、加熱による上記鉄系基材からの鉄成分の溶出及び上記皮膜層への侵入を防止する効果を充分に発揮できないおそれがある。一方、上記厚みが100nmよりも大きい場合には、上記中間層の膜厚の制御が困難となり、不均一な膜厚となるおそれがある。
【0018】
また、上記結合層及び上記皮膜層は200〜300℃で焼成することにより一体的に形成してあることが好ましい(請求項4)。
上記の焼成温度が200℃よりも低い場合には、上記結合層及び上記皮膜層の品質が低下するおそれがある。そのため、両者の持つ性能を充分に発揮することができないおそれがある。一方、上記の焼成温度が300℃よりも高い場合には、上記皮膜層を形成するフッ素が分解してしまうおそれがある。
【0019】
また、上記結合層及び上記皮膜層の合計厚みが10〜100nmであることが好ましい(請求項5)。
上記厚みが10nmよりも小さい場合には、上記皮膜層の剥離が生じ易くなる等、耐久性が低下するおそれがある。一方、上記厚みが100nmよりも大きい場合には、上記皮膜層の膜厚の制御が困難となり、不均一な膜厚となるおそれがある。
【0020】
上記第2の発明においては、上記中間層形成工程では、上記鉄系基材の上に塗布した上記酸化シリコン含有液を500〜600℃で焼成する。
上記の焼成温度が500℃よりも低い場合には、得られる上記中間層は、結晶性が低く、結合力が弱い酸化シリコンによって構成されたものとなるおそれがある。そのため、加熱による上記鉄系基材からの鉄成分の溶出及び上記皮膜層への侵入を防止する効果を充分に発揮できないおそれがある。一方、上記の焼成温度が600℃よりも高い場合には、上記鉄系基材が劣化するおそれがある。
【0021】
また、上記結合層・皮膜層形成工程では、上記中間層の上に塗布した上記フッ素含有液を200〜300℃で焼成する。
上記の焼成温度が200℃よりも低い場合には、得られる上記結合層及び上記皮膜層の品質が低下するおそれがある。そのため、両者の持つ性能を充分に発揮することができないおそれがある。一方、上記の焼成温度が300℃よりも高い場合には、上記皮膜層を形成するフッ素が分解してしまうおそれがある。
【0022】
また、上記と同様に、上記中間層の厚みが10〜100nmとなるように形成することが好ましい(請求項7)。
また、上記結合層及び上記皮膜層の合計厚みが10〜100nmとなるように形成することが好ましい(請求項8)。
【0023】
また、上記酸化シリコン含有液塗布工程では、上記鉄系基材を上記酸化シリコン含有液中に浸漬して引き上げることにより、上記鉄系基材の上に上記酸化シリコン含有液を塗布することが好ましい(請求項9)。
この場合には、上記鉄系基材の上に上記酸化シリコン含有液を均一に塗布することができる。
【0024】
また、上記酸化シリコン含有液塗布工程では、上記鉄系基材を引き上げ速度20〜60mm/minで上記酸化シリコン含有液から引き上げることが好ましい。(請求項10)。
上記引き上げ速度が20mm/minよりも遅い場合には、上記酸化シリコン含有液の塗布量が少なくなり、得られる上記中間層の膜厚を充分に確保することができないおそれがある。そのため、上記中間層は、加熱による上記鉄系基材からの鉄成分の溶出及び上記皮膜層への侵入を防止する効果を充分に発揮できないおそれがある。一方、上記引き上げ速度が60mm/minよりも速い場合には、上記酸化シリコン含有液の塗布量が多くなり、得られる上記中間層の膜厚が厚くなるおそれがある。そのため、上記中間層の膜厚の制御が困難となり、不均一な膜厚となるおそれがある。
【0025】
また、上記フッ素含有液塗布工程では、上記中間層を形成した上記鉄系基材を上記フッ素含有液中に浸漬して引き上げることにより、上記中間層の上に上記フッ素含有液を塗布することが好ましい(請求項11)。
この場合には、上記中間層の上に上記フッ素含有液を均一に塗布することができる。
【0026】
また、上記フッ素含有液塗布工程では、上記鉄系基材を引き上げ速度20〜60mm/minで上記フッ素含有液から引き上げることが好ましい(請求項12)。
上記引き上げ速度が20mm/minよりも遅い場合には、上記フッ素含有液の塗布量が少なくなり、得られる上記結合層及び上記皮膜層の膜厚を充分に確保することができないおそれがある。そのため、表面に形成される上記皮膜層の剥離が生じ易くなる等、耐久性が低下するおそれがある。一方、上記引き上げ速度が60mm/minよりも速い場合には、上記フッ素含有液の塗布量が多くなり、得られる上記結合層及び上記皮膜層の膜厚が厚くなるおそれがある。そのため、上記結合層及び上記皮膜層の膜厚の制御が困難となり、不均一な膜厚となるおそれがある。
【0027】
なお、上記酸化シリコン含有液塗布工程及び上記フッ素含有液塗布工程において、浸漬した上記鉄系基材の引き上げ速度を上記の範囲内で変えることによって、上記酸化シリコン含有液及び上記フッ素含有液の塗布量を制御することができる。そして、これにより、形成する上記中間層、上記結合層、及び上記皮膜層の膜厚を制御することができる。
【実施例】
【0028】
(実施例1)
本発明の実施例にかかるフッ素皮膜構造及びその形成方法について、図1及び図2を用いて説明する。
本例のフッ素皮膜構造1は、図1に示すごとく、鉄系基材11の表面にフッ素を含有してなる皮膜層14を有するものである。
鉄系基材11の上には、高結晶性酸化シリコンよりなる中間層12が形成されており、中間層12の上には、高結晶性酸化シリコンよりも結晶性の低い低結晶性酸化シリコンよりなる結合層13が形成されている。そして、結合層13の上には、皮膜層14が形成されている。
以下、これを詳説する。
【0029】
図1に示すごとく、本例のフッ素皮膜構造1は、鉄(Fe)を主成分とする鉄系基材11の上に中間層12が形成されている。中間層12は、結晶性が高く、結合力の強い高結晶性酸化シリコン(SiO2、SiO)によって構成されている。
ここで、中間層12を構成している高結晶性酸化シリコンは、下記の低結晶性酸化シリコンよりも結晶性が高く、実質的にシリコン及び酸素のみで構成されている。
【0030】
また、同図に示すごとく、中間層12の上には結合層13が形成されている。結合層13は、中間層12を構成している高結晶性酸化シリコンよりも結晶性が低い低結晶性酸化シリコン(SiO2、SiO)によって構成されている。つまり、互いに酸化シリコンによって構成されている中間層12と結合層13とは、隣り合うように形成されている。
ここで、結合層13を構成している低結晶性酸化シリコンは、上記の高結晶性酸化シリコンよりも結晶性が低く、シリコン及び酸素に加え、フッ素及びアルキル基を含んで構成されている。
【0031】
また、同図に示すごとく、結合層13の上には皮膜層14が形成されている。皮膜層14は、結合層13側にアルキル基(CH2)が多く存在しており、表面側にフルオロカーボン(CF3、CF2)が多く存在している。つまり、皮膜層14の表面側にはフッ素(F)が多く存在しているため、皮膜層14の表面は高い撥水性及び防汚性を有する。
【0032】
このように、本例のフッ素皮膜構造1は、鉄系基材11の上に高結晶性酸化シリコンを含有する中間層12が形成されており、その上にCF3(CF2)m(CH2)nSi(OR)3(式中のR:炭素数6以下の有機基、m:0〜11の整数、n:0又は2〜6の整数)で表される化合物を含む膜(フルオロアルキルシラン(FAS)膜)が形成されている。
また、本例における中間層12の厚みは50nm、結合層13及び皮膜層14の合計厚みは50nmである。
【0033】
次に、フッ素皮膜構造1の形成方法について、図2を用いて説明する。
本例のフッ素皮膜構造1の形成方法は、図2に示すごとく、酸化シリコン含有液塗布工程、中間層形成工程、フッ素含有液塗布工程、及び結合層・皮膜層形成工程を含む。
【0034】
酸化シリコン含有液塗布工程は、鉄系基材11の上に酸化シリコンを含有する酸化シリコン含有液21を塗布する工程である。
中間層形成工程は、鉄系基材11の上に塗布した酸化シリコン含有液21を500〜600℃で焼成することにより、鉄系基材11の上に高結晶性酸化シリコンよりなる中間層12を形成する工程である。
【0035】
フッ素含有液塗布工程は、中間層12の上にフッ素及び酸化シリコンを含有するフッ素含有液22を塗布する工程である。
結合層・皮膜層形成工程は、中間層12の上に塗布したフッ素含有液22を上記中間層形成工程よりも低い温度、かつ200〜300℃で焼成することにより、中間層12の上に高結晶性酸化シリコンよりも結晶性の低い低結晶性酸化シリコンよりなる結合層13を形成すると共に、結合層13の上にフッ素を含有してなる皮膜層14を形成する工程である。
以下、これを詳説する。
【0036】
本例では、図2(a)に示すごとく、鉄系基材11としてSCM420(JIS 4105、クロムモリブデン鋼)を用い、これにフッ素皮膜構造1を形成する。
また、図2(b)、(d)に示すごとく、酸化シリコン含有液塗布工程及びフッ素含有液塗布工程では、ディップ法(浸漬引き上げ法)を用いて酸化シリコン含有液21及びフッ素含有液22を塗布する。
【0037】
<酸化シリコン含有液塗布工程>
まず、図2(b)に示すごとく、酸化シリコンを含有する酸化シリコン含有液21(株式会社高純度化学研究所製Si−05S、酸化シリコン5重量%含有)を準備する。そして、鉄系基材11を酸化シリコン含有液21中に1分間浸漬させ、引き上げ速度30mm/minでゆっくりと引き上げる。これにより、鉄系基材11の上に酸化シリコン含有液21を塗布する。
【0038】
<中間層形成工程>
次に、図2(c)に示すごとく、鉄系基材11の上に塗布した酸化シリコン含有液21を室温で10分間、120℃で30分間乾燥させる。その後、酸化シリコン含有液21を550℃で60分間加熱することにより焼成させる。これにより、鉄系基材11の上に、結晶性が高く、結合力の強い高結晶性酸化シリコンよりなる中間層12を形成する。
【0039】
<フッ素含有液塗布工程>
次に、図2(d)に示すごとく、フッ素及び酸化シリコンを含有するフッ素含有液22(デュポン株式会社製、TC−20)を準備する。そして、中間層12を形成した鉄系基材11をフッ素含有液22中に1分間浸漬させ、引き上げ速度30mm/minでゆっくりと引き上げる。これにより、中間層12の上にフッ素含有液22を塗布する。
【0040】
<結合層・皮膜層形成工程>
次に、図2(e)に示すごとく、中間層12の上に塗布したフッ素含有液22を280℃で10分間加熱することにより焼成させる。これにより、中間層12の上に上記高結晶性酸化シリコンよりも結晶性の低い低結晶性酸化シリコンよりなる結合層13を形成すると共に、結合層13の上にフッ素を含有してなる皮膜層14を形成する。
以上により、図1のフッ素皮膜構造1を形成する。
【0041】
次に、本例のフッ素皮膜構造1の作用効果について説明する。
本例のフッ素皮膜構造1は、鉄系基材11の上に高結晶性酸化シリコンよりなる中間層12が形成されている。つまり、鉄系基材11と結合層13及び皮膜層14との間に中間層12が形成されている。そのため、鉄系基材11が加熱された場合でも、皮膜層14の性能劣化を抑制することができる。この理由は、次のように考えることができる。
【0042】
即ち、中間層12には結晶性が高く、結合力の強い高結晶性酸化シリコンによって構成されている。そのため、加熱によって鉄系基材11から溶出しようとする鉄成分は、この高結晶性酸化シリコンによって食い止められる。これにより、上記鉄成分の溶出及び皮膜層14への侵入を抑制することができる(図13参照)。それ故、フッ素皮膜構造1は、加熱されても皮膜層14表面にフッ素を安定的に存在させ、高い撥水性及び防汚性を維持することができる。
【0043】
また、本例のフッ素皮膜構造1において、高結晶性酸化シリコンよりなる中間層12の上に低結晶性酸化シリコンよりなる結合層13が形成されている。つまり、互いに酸化シリコンよりなる中間層12と結合層13とは、隣り合うように形成されている。そのため、両者に含まれる酸化シリコン同士が強固に結合し、該両者間の密着性は高いものとなる。これにより、上記両者間の剥離を抑制することができ、フッ素皮膜構造1の耐久性を向上させることができる。
【0044】
また、本例において、中間層12は550℃で焼成することにより形成してある。そのため、中間層12は、結晶性が高く、結合力の強い高結晶性酸化シリコンによって構成されたものとなる。これにより、加熱による鉄系基材11からの鉄成分の溶出及び皮膜層14への侵入を防止する効果を充分に発揮することができる。
また、中間層12の厚みが50nmである。そのため、上記の効果を充分に発揮することができる
【0045】
また、結合層13及び皮膜層14は280℃で焼成することにより一体的に形成してある。そのため、結合層13及び皮膜層14の品質は良好なものとなり、両者の持つ性能を充分に発揮することができる。
また、結合層13及び皮膜層14の合計厚みが50nmである。そのため、結合層13及び皮膜層14の耐久性を充分に確保することができる。
【0046】
また、本例の製造方法において、酸化シリコン含有液塗布工程では、鉄系基材11を酸化シリコン含有液21中に浸漬して引き上げることにより、鉄系基材11の上に酸化シリコン含有液21を塗布し、フッ素含有液塗布工程では、中間層12を形成した鉄系基材11をフッ素含有液22中に浸漬して引き上げることにより、中間層12の上にフッ素含有液22を塗布する。そのため、酸化シリコン含有液21及びフッ素含有液22を均一に塗布することができる。
【0047】
また、酸化シリコン含有液塗布工程では、鉄系基材11を引き上げ速度30mm/minで酸化シリコン含有液21から引き上げる。そのため、酸化シリコン含有液21を充分、かつ均一に塗布することができる。これにより、得られる中間層12の膜厚を充分に確保することができると共に、均一な膜厚を実現することができる。
また、フッ素含有液塗布工程では、鉄系基材11を引き上げ速度30mm/minでフッ素含有液22から引き上げる。そのため、フッ素含有液22を充分、かつ均一に塗布することができる。これにより、得られる結合層13及び皮膜層14の膜厚を充分に確保することができると共に、均一な膜厚を実現することができる。
【0048】
なお、浸漬した鉄系基材11の引き上げ速度を変えることにより、酸化シリコン含有液21及びフッ素含有液22の塗布量を制御することができる。そして、これにより、得られる中間層12、結合層13、及び皮膜層14の膜厚を制御することができる。
また、本例では、ディップ法(浸漬引き上げ法)を用いて酸化シリコン含有液21及びフッ素含有液22を塗布したが、スピンコート法、スプレー法等を用いて塗布することもできる。
【0049】
以上により、本例によれば、鉄系基材に適用することができ、加熱されても高い撥水性及び防汚性を維持することができる耐熱性に優れたフッ素皮膜構造及びその形成方法を提供することができる。
【0050】
(実施例2)
本例は、図1に示した実施例1のフッ素皮膜構造1(本発明品)における、皮膜層14の表面状態及び撥水性を調べたものである。
比較として、図3に示すごとく、鉄系基材11の上に中間層12を形成しないことのみが本発明品と異なる比較用のフッ素皮膜構造9(比較品)を準備し、同様の評価を行った。
【0051】
フッ素皮膜構造の表面状態の評価方法について説明する。
フッ素皮膜構造の表面状態は、XPS(X線光電子分光法)を用いて皮膜層表面の元素及び化学結合状態を測定する。本例では、この測定を鉄系基材の加熱前後において行い、評価した。
なお、本例では、鉄系基材としてSCM420(JIS 4105、クロムモリブデン鋼)を用い、鉄系基材の加熱は250℃で48時間行った。また、XPSの測定条件は表1に示した。
【0052】
【表1】
【0053】
本発明品の測定結果を図4〜図6、比較品の測定結果を図7〜図9に示す。これらの図は、縦軸にピーク強度(Intensity(CPS))、横軸に結合エネルギー(Binding Energy(eV))をとったものである。なお、図5及び図8は、結合エネルギー280〜300eV付近、図6及び図9は、結合エネルギー680〜700eV付近を拡大して示したものである。
【0054】
比較品(B1:加熱前、B2:加熱後)は、図8及び図9から知られるように、加熱後においてフッ素(F)及びフルオロカーボン(CF3、CF2)のピークがほとんどみられない。つまり、加熱前に皮膜層表面に存在していたフッ素は、加熱後においてほとんど存在していないことがわかる。また、新たに炭素酸化物(CO、COO)のピークが認められる。
【0055】
一方、本発明品(A1:加熱前、A2:加熱後)は、図5及び図6から知られるように、加熱後においてもフッ素(F)のピークはほとんど低下しておらず、またフルオロカーボン(CF3、CF2)のピークは低下がみられるものの、依然として高いピークを示している。つまり、加熱前に皮膜層表面に存在していたフッ素は、加熱後においても依然として安定的に存在していることがわかる。
【0056】
さらに、本例では、FTIR(フーリエ変換赤外分光光度計)を用いて皮膜層表面の状態を顕微反射法、顕微RAS法の2種類の測定方法により測定し、評価した。
なお、鉄系基材としてSUJ2(JIS G4805、高炭素クロム軸受鋼)を用い、FTIRの測定条件は表2に示した。
【0057】
【表2】
【0058】
比較品の測定結果を図10に示す。この図は、縦軸に吸光度(Abs)、横軸に波数(Wavenumber(cm−1))をとったものである。同図から知られるように、いずれの測定方法の結果(B3:顕微反射法、B4:顕微RAS法)においても700cm−1付近に金属フッ化物のピーク(図中のP)が認められる。これは、鉄系基材から鉄成分が溶出して皮膜層に侵入し、皮膜層に存在するフッ素と結合して生成したと考えられる。
一方、本発明品は、金属フッ化物のピークは認められなかった(図示略)。即ち、鉄系基材に含まれる鉄成分の溶出及び皮膜層への侵入を中間層によって抑制していると考えられる。
【0059】
次に、フッ素皮膜構造の撥水性の評価方法について説明する。
フッ素皮膜構造の撥水性は、表面自由エネルギー測定装置(協和界面化学社製、CA−VE型)を用いて、シリンジ径φ0.7mm、測定液滴量3〜4μl、液滴測定法:θ/2法、平行接触角の条件で対水接触角を測定する。本例では、この測定を鉄系基材の加熱前後において行い、評価した。
なお、本例では、鉄系基材としてSUJ2、SCM420の2種類を用い、鉄系基材の加熱は250℃で50時間行った。
【0060】
対水接触角の測定結果を図11及び図12に示す。図11は鉄系基材としてSUJ2を用いたもの、図12はSCM420を用いたものである。図中には、本発明品をA5及びA6、比較品をB5及びB6で示す。
両図から知られるように、比較品(B5、B6)は、加熱後に対水接触角が大きく低下している。つまり、加熱によって撥水性が大きく低下したことを示している。一方、本発明品(A5、A6)は、加熱後においても対水接触角の低下がほとんどみられず、110°以上の高い接触角を維持している。つまり、加熱されても高い撥水性を維持していることが分かる。
【0061】
以上の評価により、比較品のフッ素皮膜構造9は、図14に示すごとく、鉄系基材11が加熱された場合、鉄系基材11から鉄成分が溶出し、皮膜層14に侵入する。そして、皮膜層14表面に存在していたフッ素が溶出した鉄成分と結合して金属フッ化物を生成すると共に、皮膜層14中の炭素が空気中の酸素と結合して炭素酸化物を生成することにより撥水性が低下したものと考えられる。
一方、本発明品のフッ素皮膜構造1は、図13に示すごとく、鉄系基材11が加熱された場合でも、鉄系基材11からの鉄成分の溶出及び皮膜層14への侵入を、中間層12を構成している高結晶性酸化シリコンによって防止することができる。そのため、皮膜層14表面にフッ素を安定的に存在させ、高い撥水性を保つことができると考えられる。そして、この高い撥水性によって充分な防汚性を確保することができる。
【0062】
このように、本発明のフッ素皮膜構造は、鉄系基材に適用でき、加熱されても高い撥水性及び防汚性を維持することができる耐熱性に優れたものであることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】実施例1における、フッ素皮膜構造の構成を示す説明図。
【図2】実施例1における、フッ素皮膜構造の形成方法を示す説明図。
【図3】実施例2における、比較品のフッ素皮膜構造の構成を示す説明図。
【図4】実施例2における、本発明品のXPSの測定結果を示す線図。
【図5】実施例2における、本発明品のXPSの測定結果を示す線図。
【図6】実施例2における、本発明品のXPSの測定結果を示す線図。
【図7】実施例2における、比較品のXPSの測定結果を示す線図。
【図8】実施例2における、比較品のXPSの測定結果を示す線図。
【図9】実施例2における、比較品のXPSの測定結果を示す線図。
【図10】実施例2における、比較品のFTIRの測定結果を示す線図。
【図11】実施例2における、対水接触角の測定結果を示す線図。
【図12】実施例2における、対水接触角の測定結果を示す線図。
【図13】実施例2における、加熱時のフッ素皮膜構造(本発明品)を示す説明図。
【図14】実施例2における、加熱時のフッ素皮膜構造(比較品)を示す説明図。
【符号の説明】
【0064】
1 フッ素皮膜構造
11 鉄系基材
12 中間層
13 結合層
14 皮膜層
21 酸化シリコン含有液
22 フッ素含有液
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄系基材の表面にフッ素を含有してなる皮膜層を有するフッ素皮膜構造において、
上記鉄系基材の上には、高結晶性酸化シリコンよりなる中間層が形成されており、
該中間層の上には、上記高結晶性酸化シリコンよりも結晶性の低い低結晶性酸化シリコンよりなる結合層が形成されており、
該結合層の上には、上記皮膜層が形成されていることを特徴とするフッ素皮膜構造。
【請求項2】
請求項1において、上記中間層は500〜600℃で焼成することにより形成してあることを特徴とするフッ素皮膜構造。
【請求項3】
請求項1又は2において、上記中間層の厚みが10〜100nmであることを特徴とするフッ素皮膜構造。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項において、上記結合層及び上記皮膜層は200〜300℃で焼成することにより一体的に形成してあることを特徴とするフッ素皮膜構造。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項において、上記結合層及び上記皮膜層の合計厚みが10〜100nmであることを特徴とするフッ素皮膜構造。
【請求項6】
鉄系基材の表面にフッ素を含有してなる皮膜層を有するフッ素皮膜構造を形成する方法において、
上記鉄系基材の上に酸化シリコンを含有する酸化シリコン含有液を塗布する酸化シリコン含有液塗布工程と、
上記鉄系基材の上に塗布した上記酸化シリコン含有液を500〜600℃で焼成することにより、上記鉄系基材の上に高結晶性酸化シリコンよりなる中間層を形成する中間層形成工程と、
上記中間層の上にフッ素及び酸化シリコンを含有するフッ素含有液を塗布するフッ素含有液塗布工程と、
上記中間層の上に塗布した上記フッ素含有液を上記中間層形成工程よりも低い温度、かつ200〜300℃で焼成することにより、上記中間層の上に上記高結晶性酸化シリコンよりも結晶性の低い低結晶性酸化シリコンよりなる結合層を形成すると共に、該結合層の上にフッ素を含有してなる皮膜層を形成する結合層・皮膜層形成工程とを含むことを特徴とするフッ素皮膜構造の形成方法。
【請求項7】
請求項6において、上記中間層の厚みが10〜100nmであることを特徴とするフッ素皮膜構造の形成方法。
【請求項8】
請求項6又は7において、上記結合層及び上記皮膜層の合計厚みが10〜100nmであることを特徴とするフッ素皮膜構造の形成方法。
【請求項9】
請求項6〜8のいずれか1項において、上記酸化シリコン含有液塗布工程では、上記鉄系基材を上記酸化シリコン含有液中に浸漬して引き上げることにより、上記鉄系基材の上に上記酸化シリコン含有液を塗布することを特徴とするフッ素皮膜構造の形成方法。
【請求項10】
請求項9において、上記酸化シリコン含有液塗布工程では、上記鉄系基材を引き上げ速度20〜60mm/minで上記酸化シリコン含有液から引き上げることを特徴とするフッ素皮膜構造の形成方法。
【請求項11】
請求項6〜8のいずれか1項において、上記フッ素含有液塗布工程では、上記中間層を形成した上記鉄系基材を上記フッ素含有液中に浸漬して引き上げることにより、上記中間層の上に上記フッ素含有液を塗布することを特徴とするフッ素皮膜構造の形成方法。
【請求項12】
請求項11において、上記フッ素含有液塗布工程では、上記鉄系基材を引き上げ速度20〜60mm/minで上記フッ素含有液から引き上げることを特徴とするフッ素皮膜構造の形成方法。
【請求項1】
鉄系基材の表面にフッ素を含有してなる皮膜層を有するフッ素皮膜構造において、
上記鉄系基材の上には、高結晶性酸化シリコンよりなる中間層が形成されており、
該中間層の上には、上記高結晶性酸化シリコンよりも結晶性の低い低結晶性酸化シリコンよりなる結合層が形成されており、
該結合層の上には、上記皮膜層が形成されていることを特徴とするフッ素皮膜構造。
【請求項2】
請求項1において、上記中間層は500〜600℃で焼成することにより形成してあることを特徴とするフッ素皮膜構造。
【請求項3】
請求項1又は2において、上記中間層の厚みが10〜100nmであることを特徴とするフッ素皮膜構造。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項において、上記結合層及び上記皮膜層は200〜300℃で焼成することにより一体的に形成してあることを特徴とするフッ素皮膜構造。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項において、上記結合層及び上記皮膜層の合計厚みが10〜100nmであることを特徴とするフッ素皮膜構造。
【請求項6】
鉄系基材の表面にフッ素を含有してなる皮膜層を有するフッ素皮膜構造を形成する方法において、
上記鉄系基材の上に酸化シリコンを含有する酸化シリコン含有液を塗布する酸化シリコン含有液塗布工程と、
上記鉄系基材の上に塗布した上記酸化シリコン含有液を500〜600℃で焼成することにより、上記鉄系基材の上に高結晶性酸化シリコンよりなる中間層を形成する中間層形成工程と、
上記中間層の上にフッ素及び酸化シリコンを含有するフッ素含有液を塗布するフッ素含有液塗布工程と、
上記中間層の上に塗布した上記フッ素含有液を上記中間層形成工程よりも低い温度、かつ200〜300℃で焼成することにより、上記中間層の上に上記高結晶性酸化シリコンよりも結晶性の低い低結晶性酸化シリコンよりなる結合層を形成すると共に、該結合層の上にフッ素を含有してなる皮膜層を形成する結合層・皮膜層形成工程とを含むことを特徴とするフッ素皮膜構造の形成方法。
【請求項7】
請求項6において、上記中間層の厚みが10〜100nmであることを特徴とするフッ素皮膜構造の形成方法。
【請求項8】
請求項6又は7において、上記結合層及び上記皮膜層の合計厚みが10〜100nmであることを特徴とするフッ素皮膜構造の形成方法。
【請求項9】
請求項6〜8のいずれか1項において、上記酸化シリコン含有液塗布工程では、上記鉄系基材を上記酸化シリコン含有液中に浸漬して引き上げることにより、上記鉄系基材の上に上記酸化シリコン含有液を塗布することを特徴とするフッ素皮膜構造の形成方法。
【請求項10】
請求項9において、上記酸化シリコン含有液塗布工程では、上記鉄系基材を引き上げ速度20〜60mm/minで上記酸化シリコン含有液から引き上げることを特徴とするフッ素皮膜構造の形成方法。
【請求項11】
請求項6〜8のいずれか1項において、上記フッ素含有液塗布工程では、上記中間層を形成した上記鉄系基材を上記フッ素含有液中に浸漬して引き上げることにより、上記中間層の上に上記フッ素含有液を塗布することを特徴とするフッ素皮膜構造の形成方法。
【請求項12】
請求項11において、上記フッ素含有液塗布工程では、上記鉄系基材を引き上げ速度20〜60mm/minで上記フッ素含有液から引き上げることを特徴とするフッ素皮膜構造の形成方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2006−321145(P2006−321145A)
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−147018(P2005−147018)
【出願日】平成17年5月19日(2005.5.19)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年5月19日(2005.5.19)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]