説明

フラーレン誘導体の製造方法

【課題】 懸濁法によるフラーレン誘導体の製造において、フラーレン類を反応媒体に接触させる際に速やかに均一な懸濁状態を得ることにより、品質の揃ったフラーレン誘導体を得るフラーレン誘導体の製造方法を提供する。
【解決手段】 フラーレン類12を反応媒体10中に懸濁状態で反応させるフラーレン誘導体の製造方法において、予め反応媒体10に対して不活性な他の媒体11に懸濁させたフラーレン類12を、反応媒体10と混合させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラーレン類を化学修飾したフラーレン誘導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
1985年に発見されたフラーレンは、60個あるいはそれ以上の炭素原子が球状に結合した、バルク状態では黒色粉末の第3の炭素同素体である。その特異な分子形状から、C60、C70に代表されるフラーレン類は、電子材料部品、医薬、化粧品などの新規機能材料として高く注目されている。一方、フラーレン類に各種置換基を導入することにより新たな機能や高い溶解性を付与したフラーレン誘導体も各種合成されており、フラーレンと同様に幅広い産業分野での応用が期待されている。
フラーレン誘導体の製造方法を、原料であるフラーレン類の反応時の状態に着目して分類すると、大きく次の3つの方法に分類される。
1)懸濁法:発煙硫酸、硫酸−硝酸混合系といった酸類などの反応媒体にフラーレン類を懸濁させ、フラーレン類に酸などに由来する置換基を導入する。
2)溶解法:フラーレン類をトルエン、キシレンなどの有機溶媒に溶解させ、マロン酸エステルや有機ハロゲン化物などの有機化合物などと反応させ置換基を導入する。
3)固体法:固体状態のフラーレン類に対し、フッ素、塩素などのガスを反応させ置換基を導入する。
以上のうち、懸濁法(例えば、特許文献1に記載されている)を用いると、プロトン伝導能や生体親和性など興味深い特性を持つ水酸化フラーレン(フラーレンに複数の水酸基が付加したもの)や硫酸水素エステル化水酸化フラーレン(水酸化フラーレンの水酸基の一部が -OSO3 H基に置き換えられたもの)が得られるため、懸濁法は非常に重要なフラーレン誘導体の製造方法である。
【0003】
【特許文献1】特開2004−168752号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載の懸濁法によるフラーレン誘導体の製造方法は、以下に挙げる問題点を抱えていることが判明した。
即ち、特許文献1記載の方法では反応器中の発煙硫酸に固体状態のフラーレン類を直接投入した後、攪拌することによって懸濁状態を達成している。しかし、発煙硫酸の比重が非常に大きい(30%発煙硫酸で1. 92)ため、この方法では、図2に示すように、投入直後にはフラーレン類30が発煙硫酸(反応媒体)30aの液面に浮いてしまい、攪拌動力を上げてもなかなか均一な懸濁状態が得られなかった。なお、31は攪拌槽を、32は攪拌翼を示す。この問題は、反応スケールを大きくした場合さらに顕著になる。すなわち、相似系の反応器を用いた場合、反応スケールをn倍にすると、投入したフラーレン単位重量あたりの発煙硫酸の液表面積はnのマイナス1/3乗倍に減少してしまう。従って、スケールアップするに従い短時間で均一な懸濁状態を得ることは困難になり、原料の部位によって反応の進行状況にばらつきが生じるため、得られる水酸化フラーレンの品質に振れが生じる原因となった。
【0005】
本発明は上記問題を解決するためになされたものであり、懸濁法によるフラーレン誘導体製造において、フラーレン類を反応媒体に接触させる際に速やかに均一な懸濁状態を得ることにより、品質の揃ったフラーレン誘導体を得るフラーレン誘導体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的に沿う本発明に係るフラーレン誘導体の製造方法は、フラーレン類を反応媒体中に懸濁状態で反応させるフラーレン誘導体の製造方法において、予め前記反応媒体に対して不活性な他の媒体に懸濁させた前記フラーレン類を、前記反応媒体と混合させている。
ここで、前記反応媒体としては、例えば酸、具体的には発煙硫酸、前記反応媒体に不活性な他の媒体(懸濁媒体)としては濃硫酸を使用することができるが、これら以外に、前記反応媒体にはフラーレン類と反応する液状のものが適用され、前記他の媒体としては、この反応媒体には不活性でフラーレン類と反応しにくいものが適用される。
【0007】
本発明の詳細な説明をその経緯と共に説明すると以下の通りである。
本発明者らは、鋭意検討の結果、懸濁法によってフラーレン誘導体を製造する際、図1に示すように反応媒体10に対して不活性な他の媒体11にフラーレン類12を懸濁させた後、その懸濁液13を反応媒体10と接触させると、フラーレン類12と反応媒体10が速やかに均一な懸濁状態になり、品質の揃ったフラーレン誘導体が得られることを見出し、本発明の完成に至った。なお、15は容器を、16は攪拌槽、17は攪拌翼を示す。
まず、本発明で言う「均一な懸濁状態を速やかに得る」の「速やか」という用語について定義する。「速やか」とは、フラーレン類が反応媒体と接触を開始してから均一な懸濁状態に到達するまでの時間が、反応の完結までに所要する時間に対して十分短いことを意味する。具体的には、前者が後者の2分の1以下、望ましくは10分の1以下、さらに望ましくは100分の1以下であると良い。
【0008】
懸濁法でフラーレン誘導体を製造する際、反応媒体としては、例えば、主に発煙硫酸、硝酸及び硫酸の混酸系などの酸が主に用いられる。中でも発煙硫酸を用いて水酸化フラーレン及び/又は硫酸水素エステル化水酸化フラーレンを得る際に本発明を適用すると好適である。
反応媒体と接触させる前にフラーレン類を懸濁させる他の媒体は、反応媒体に対して不活性なもので、フラーレン類を懸濁できるものなら何でも良い。反応媒体が発煙硫酸の場合、濃硫酸、濃硝酸などの発煙硫酸よりも酸強度が低く比重の小さな酸、ヘキサン、ヘプタン、シクロヘキサンなどの脂肪族炭化水素、鉱油などが望ましい。発煙硫酸は濃硫酸に三酸化硫黄(SO3 )が溶解したものである。そのため、濃硫酸は発煙硫酸と速やかに混合するため、フラーレン類を懸濁させる媒体として好適である。
【0009】
フラーレン類を懸濁させた媒体を反応媒体に混合させると、混合後の反応系中の活性成分濃度は、反応媒体単独で存在していた場合に比べ低下する。そのため、フラーレン類を懸濁させるのに使用する媒体の量は、フラーレン類を懸濁させるのに十分で、かつ混合後の反応系中の活性成分を反応に必要な濃度にする量を選ぶことが肝要である。また、反応系中の活性成分の濃度を反応に必要な濃度に保つためには、本発明で用いる反応媒体中の活性成分の濃度を、従来の技術で用いられていた反応媒体中の活性成分の濃度よりも高くしておくことも効果的である。
本発明で使用されるフラーレン類は、C60、C70、C76、C78、C82、C84など特定の分子量を持つフラーレン単体、2つ以上の成分を有するフラーレン混合物、フラーレンを含有する煤などを含む。また、酸化フラーレン、水酸化フラーレンなどのフラーレン誘導体、単層及び多層カーボンナノチューブやカーボンナノホーンなどのフラーレン類似の炭素クラスター、及びそれらとフラーレンとの混合物に本発明を適用することが可能である。
【0010】
フラーレン類を懸濁させた媒体と、反応媒体を混合する方法は、反応媒体に対しフラーレン類を懸濁させた媒体を加える方法、フラーレン類を懸濁させた媒体に対し反応媒体を加える方法、両者を同時に反応器に加える方法など、両者が効率的に接触しさえすれば特には限定されない。この際、攪拌、振盪など適当な方法で両者を効率的に混合して、速やかにフラーレン類が反応媒体に均一に懸濁した状態を得ることが肝要である。
一度の反応で使用されるフラーレン類の量は特に限定されないが、前述の理由でフラーレン類の使用量が多いとき、例えば一度の反応で50g以上のフラーレン類を用いるときに本発明を適用すると好適である。
【発明の効果】
【0011】
以上説明された本発明によれば、懸濁法によるフラーレン誘導体の製造において、フラーレン類が反応媒体中に速やかに均一に懸濁した状態が提供され、反応の進行を制御できるため、品質の揃ったフラーレン誘導体を大量に得ることが可能になった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、これらの例によって限定されるものではない。
<実施例:水酸化フラーレンの製造>
懸濁媒体として濃硫酸を、反応媒体としてSO3 濃度が60%の発煙硫酸を用いて、水酸化フラーレンの製造を行った。製品品質の再現性をみるため、同一の操作を2回繰り返した。濃硫酸270gにフラーレンC60 50gを20℃で加えマグネチックスターラーで良く攪拌したところ、C60は速やかに分散しC60と濃硫酸の懸濁液が得られた。次に、ジムロート冷却管と温度計をつけた1L3つ口フラスコにSO3 濃度が60%の発煙硫酸270gを入れ、そこに先ほどの懸濁液を1分以内で加えマグネチックスターラーで良く攪拌したところ、1分以内でC60は系内に分散し、均一に懸濁した反応液が得られた。この際、活性成分であるSO3 の濃度は30%である。この反応液を65℃で6時間加熱した後、従来知られている後処理(J.Org.Chem., 1994年、59巻、3960−3968ページ)を加えたところ、水酸化フラーレン(C60(OH)n )が得られた。
得られた2ロットの製品の赤外吸収を確認したところ、原料のC60に由来する吸収は確認されず、収量、品質共に揃った水酸化フラーレンが得られたことが分かる。
【0013】
【表1】

【0014】
<比較例:従来技術での水酸化フラーレンの製造>
比較例として、従来技術による水酸化フラーレンの製造を行った。実施例と同様、製品品質の再現性をみるため、同一の操作を2回繰り返した。
ジムロート冷却管と温度計をつけた1L3つ口フラスコにSO3 濃度が30%の発煙硫酸540gを入れ、フラーレンC60 50gを1分以内で加えマグネチックスターラーで良く攪拌した。フラーレンの発煙硫酸への分散は悪く、攪拌しても液中になかなか懸濁しなかった。均一な懸濁液が得られるまでに、Run3では1時間20分、Run4では50分要した。この反応液を65℃で6時間加熱した後、従来知られている後処理を加えたところ、実施例と同様に水酸化フラーレン(C60(OH)n )が得られたが、2つのロットで品質にばらつきが見られた。すなわち、赤外吸収を測定したところ、Run3の製品には原料のC60に由来する吸収が確認された。また、Run3の収量は他の3つのRunに比べて低く、フラーレンに水酸基が十分導入されていないことを裏付ける結果となった。
【0015】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係るフラーレン誘導体の製造方法の説明図である。
【図2】従来例に係るフラーレン誘導体の製造方法の説明図である。
【符号の説明】
【0017】
10:反応媒体、11:他の媒体、12:フラーレン類、13:懸濁液、15:容器、16:攪拌槽、17:攪拌翼

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラーレン類を反応媒体中に懸濁状態で反応させるフラーレン誘導体の製造方法において、
予め前記反応媒体に対して不活性な他の媒体に懸濁させた前記フラーレン類を、前記反応媒体と混合させることを特徴とするフラーレン誘導体の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載のフラーレン誘導体の製造方法において、前記反応媒体が酸であることを特徴とするフラーレン誘導体の製造方法。
【請求項3】
請求項2記載のフラーレン誘導体の製造方法において、前記反応媒体が発煙硫酸であることを特徴とするフラーレン誘導体の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のフラーレン誘導体の製造方法において、前記反応媒体に不活性な他の媒体が濃硫酸であることを特徴とするフラーレン誘導体の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のフラーレン誘導体の製造方法において、一度に50g以上の前記フラーレン類を原料として使用することを特徴とするフラーレン誘導体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−241037(P2006−241037A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−56937(P2005−56937)
【出願日】平成17年3月2日(2005.3.2)
【出願人】(502236286)フロンティアカーボン株式会社 (33)
【Fターム(参考)】