説明

フルクトシルバリンの生産方法および該生産方法により得られたフルクトシルバリンの定量方法

【課題】N末端のバリンがフルクトシル化されているペプチド又はタンパク質からフルクトシルバリンを特異的に切り出すことができるカルボキシペプチダーゼを用いるフルクトシルバリンの生産方法及びその定量法。
【解決手段】N末端のバリンがフルクトシル化されているペプチド又はタンパク質を、ショウガ科、セリ科又はパイナップル科の植物由来のカルボキシペプチダーゼの1つ以上を用いて酵素処理することを特徴とするフルクトシルバリンの生産方法。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、フルクトシルバリンの生産方法および該生産方法により得られたフルクトシルバリンの定量方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
ヘモグロビン(Hb)A1cは、そのβ鎖N末端バリンのアミノ基とグルコースのアルデヒド基が、非酵素的にシッフ塩基を形成した後、アマドリ転移を生じて安定化したアマドリ転移生成物であり、結果的にバリン残基にフルクトースが結合した構造を有する糖化タンパク質である。かかるHbA1cは、臨床的に過去1〜2ヶ月の平均血糖値を反映することから、糖尿病管理の指標として重要であり、迅速、簡便かつ正確で実用的な定量法が求められている。
【0003】
IFCC(International Federation of Clinical Chemistry and Laboratory Medicine)は、ヘモグロビンをエンドプロテアーゼGlu−Cにより加水分解して得られる、フルクトシルバリンの存在が疑われるβ鎖N末端の6ペプチドフラグメントをHPLCにより分離した後、キャピラリー電気泳動法又は質量分析法で定量する方法をHbA1cの実用基準法(非特許文献1)としているが、この方法は、特別な装置を必要とするため、操作が煩雑で経済性が悪く、実用には不向きな方法である。
【0004】
現在、実用に供されているHbA1cの測定方法は、疎水基あるいは陽イオン交換基をもった特殊な硬質ゲルを担体として使用するHPLC法や抗HbA1c抗体を使用するラテックス免疫凝集法などであるが、高価な機器を必要としたり、多段階の免疫反応を必要とするなど、迅速性、簡便性、正確性を必ずしも満足する方法ではなかった。
【0005】
近年、フルクトシルバリンなどの糖化アミノ酸に特異的に作用するフルクトシルアミノ酸オキシダーゼ(FAOD)などの酵素を使用して、HbA1cやグリコアルブミンなどの糖化タンパク質を酵素法により測定しようとする方法が報告されているが、HbA1cであってもグリコアルブミンであっても、糖化タンパク質のままではFAODなどが作用することが困難であるため、それぞれの特徴的な糖化アミノ酸(HbA1cにおけるフルクトシルバリン、グリコアルブミンにおけるフルクトシルリジン)を糖化ペプチドあるいは糖化タンパク質より切り出す必要がある。
【0006】
上記の目的のため、糖化アミノ酸に作用する酵素を使用して糖化アミノ酸(あるいは糖化アミノ酸を含むペプチド)を測定するに先立ち、糖化タンパク質にプロテアーゼを作用させた例としては以下の(a)〜(e)がある。
(a)人工的に調製した糖化アルブミンあるいは市販の糖化ヒト血清アルブミンをプロテイナーゼKおよびプロナーゼEで処理(特許文献1、2参照)。
(b)市販の糖化ヒト血清アルブミンを、トリプシンで処理(特許文献2参照)。
(c)市販の糖化ヒト血清アルブミンを、プロテアーゼXIVで処理(特許文献3参照)。
(b)血清資料を、プロナーゼで処理(特許文献4参照)。
(d)市販の糖化ヘモグロビンあるいはHbA1c分画を、アミノペプチダーゼで処理(特許文献3、5参照)。
(e)市販の糖化アルブミンあるいはHbA1cを阻害剤の存在下に、各種プロテアーゼで処理(特許文献6参照)。
【0007】
さらに、八木らは、糖化ヒトアルブミン、HbA1cの各種プロテアーゼによる処理について検討し、内部リジン残基が糖化されている糖化アルブミンではエンド型プロテアーゼが、β鎖N末端のバリン残基が糖化されているHbA1cではエキソ型のプロテアーゼが効率良く処理できることを報告している(特許文献7参照)。また、米原らは、HbA1cの選択的な断片化にはブロメライン,パパイン、ブタ膵臓由来トリプシン、メタロプロテアーゼ、Bacillus subtillis由来のプロテアーゼが好適であることを報告している(特許文献8参照)。
【0008】
このほかにも、多数のプロテアーゼが例示されているが、これらが実際に、糖化アミノ酸あるいは糖化アミノ酸を含むペプチドをどのように糖化タンパク質から切り出しているかについては記載がされておらず、その意味から、前記記載が実用的なものであるかは不明であった。
【0009】
一方、N末端のバリンがフルクトシル化されているペプチドを使用した検討報告もいくつか存在する。関口らは、被検試料を、HbA1cのβ鎖N末端から3番目のロイシンのカルボキシル基を特異的に切断できるプロテアーゼと、生成するフルクトシルバリルヒスチジルロイシンよりヒスチジルロイシンを切り出すジペプチジルカルボキシペプチダーゼの組み合わせにより、フルクトシルバリンを切り出す方法を報告している(特許文献9参照)。また、石丸らは、コリネバクテリウム属又はシュードモナス属由来の新規なプロテアーゼにより、N末端のバリンがフルクトシル化されているジペプチド,トリペプチド,ペンタペプチドより、フルクトシルバリンを切り出すことができたと報告している(特許文献10参照)。さらに、スフィンゴバクテリウム属、スフィンゴモナス属、コマモナス属、ムコー属又はペニシリウム属由来の新規な酵素もジペプチド,トリペプチドについて同様な作用を有していたことを報告している(特許文献11参照)。
【0010】
またさらに、N末端のバリンがフルクトシル化されているペプチド又はタンパク質から、セリンカルボキシペプチダーゼを用いて、フルクトシルバリンを生産する方法(特許文献12参照)も知られている。
本方法によれば、HbA1c由来のβ鎖N末端がフルクトシル化されたペプチドから、特異的にフルクトシル化されたバリンを切り出すことが可能であり、切り出されたフルクトシルバリンにケトアミンオキシダーゼを作用させることにより、HbA1cの定量に応用しうる方法である。
しかしながら、該公報には、小麦由来のセリンカルボキシペプチダーゼが記載されているのみで、他のプロテアーゼについては記載されていない。
【0011】
【特許文献1】
特開平5−192193号公報
【特許文献2】
特開平7−289253号公報
【特許文献3】
特開平8−154672号公報
【特許文献4】
特開平6−046846号公報
【特許文献5】
特開平8−336386号公報
【特許文献6】
特開2001−054398号公報
【特許文献7】
国際公開第97/13872号パンフレット
【特許文献8】
国際公開第02/06519号パンフレット
【特許文献9】
特開2000−300294号公報
【特許文献10】
国際公開第00/50579号パンフレット
【特許文献11】
国際公開第00/61732号パンフレット
【特許文献12】
特開2001−057897号公報
【非特許文献1】
Kobold U., et al ;Candidate reference methods for hemoglobinA1c based on peptide mapping. Clin,. Chem., 43, 1944-1951(1997)
【0012】
【発明が解決しようとする課題】
したがって、本発明は、かかるN末端のバリンがフルクトシル化されているペプチド又はタンパク質から、フルクトシルバリンを特異的に切り出すことができるカルボキシペプチダーゼを見出し、これを用いてフルクトシルバリンを生産する方法を提供することを目的とする。本発明はまた、かかる生産方法によって得られたフルクトシルバリン、又はN末端のバリンがフルクトシル化されているペプチドもしくはタンパク質を定量する方法を提供することを目的とする。
【0013】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究した結果、新たに、セリ科、ショウガ科又はパイナップル科に属する植物から抽出されたカルボキシペプチダーゼが、N末端のバリンがフルクトシル化されているペプチド又はタンパク質から、フルクトシルバリンを特異的に切り出すことができることを見出し、本発明を完成した。
【0014】
すなわち、本発明は、N末端のバリンがフルクトシル化されているペプチド又はタンパク質を、セリ科、ショウガ科又はパイナップル科に属する植物から抽出された1種以上のカルボキシペプチダーゼを用いて酵素処理することを特徴とするフルクトシルバリンの生産方法を提供するものである。
本発明はまた、かかる生産方法により得られたフルクトシルバリンに、ケトアミンオキシダーゼを作用させ、生成する過酸化水素を測定することを特徴とするフルクトシルバリン、又はN末端のバリンがフルクトシル化されているペプチドもしくはタンパク質の定量方法を提供するものである。
【0015】
【発明の実施の形態】
本発明のフルクトシルバリンの生産方法に用いる酵素は、セリ科、ショウガ科又はパイナップル科に属する植物から抽出されたカルボキシペプチダーゼであれば特に限定されない。セリ科に属する植物としては、人参、セリ、三つ葉などが挙げられ、葉、茎、花、根茎、根などの部位が利用される。ショウガ科に属する植物としては、生姜、茗荷、ウコンなどが挙げられ、葉、茎、花、根茎、根などの部位が利用される。パイナップル科に属する植物としては、パイナップルなどが挙げられ、果肉、葉、茎、花、根茎、根などの部位が利用される。また、カルボキシペプチダーゼを含有すれば市販の前記植物抽出物なども利用することが出来る。例えば、パイナップル(stem)から粗精製されたブロメライン酵素製剤(シグマ社製)中にも、本発明のカルボキシペプチダーゼが混入しており、利用することが可能であるが、パイナップル由来のプロテアーゼであるブロメラインについては、フルクトシルペプチドからフルクトシルバリンを切り出す作用はないので、本発明には利用できない。
【0016】
上記植物から、カルボキシペプチダーゼを抽出する方法としては、上記植物を直接破砕して、圧搾等の処理により抽出液を得ることもできるが、適当な緩衝液等を加えてから破砕し、抽出することもできる。本発明においては、抽出液を用いることも可能であるが、精製した方がより好ましい。精製方法としては、公知の方法が利用でき、硫安分画やイオン交換クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトゲル、ゲル濾過等のカラムクロマトグラフィーを適宜組み合わせて精製することが出来る。また、植物抽出液中のポリフェノールの影響を除く為に、還元剤の添加や高分子吸収体での処理などを組み合わせることも可能である。
【0017】
本発明においては、N末端のバリンがフルクトシル化されているペプチド又はタンパク質を、上記カルボキシペプチダーゼを用いて酵素処理する。該ペプチド又はタンパク質は、N末端のバリンがフルクトシル化されていれば、アミノ酸配列、アミノ酸残基の数等に特に制限はないが、このうち、N末端のバリンがフルクトシル化されているタンパク質としては、HbA1cが好ましい。また、N末端のバリンがフルクトシル化されているペプチドとしては、アミノ酸数には限定されないが、そのアミノ酸配列が配列番号1〜5のいずれかで表されるものが好ましい。
【0018】
上記N末端のバリンがフルクトシル化されているペプチドは、かかる配列を有するペプチド又はタンパク質、例えばHbA1cを、適当なエンドプロテアーゼ又はエキソプロテアーゼ等を用いて処理することにより、調製することができる。これらプロテアーゼとしては、例えばエラスターゼ、プロテイナーゼK、ペプシン、アルカリプロテアーゼ、トリプシン、プロリン特異エンドプロテアーゼ、V8プロテアーゼ、カルボキシペプチダーゼA、カルボキシペプチダーゼB等が挙げられる。上記調製のためのこれらプロテアーゼの活性量としては、0.05〜10000U/mL、特に10〜2000U/mLが好ましい。
【0019】
N末端のバリンがフルクトシル化されているペプチド又はタンパク質に、本発明のカルボキシペプチダーゼを作用させる条件として、処理温度は、20〜50℃、特に30〜40℃が好ましい。また、処理時間は、3分〜100時間、特に5分〜20時間が好ましい。かかる処理により、フルクトシルバリンを特異的に切り出すことができる。
【0020】
また、本発明の酵素活性の確認としては、生成したフルクトシルバリン又はフルクトシル化されているペプチド又はタンパク質から、特定のアミノ酸の生成を、HPLCやキャピラリー電気泳動により分離同定することによって行なうことが出来る。
【0021】
次に、本発明のフルクトシルバリン、又はN末端のバリンがフルクトシル化されているペプチド又はタンパク質の定量方法について説明する。本発明の定量方法は、前記反応により生成したフルクトシルバリンをケトアミンオキシダーゼで処理し、生成した過酸化水素を測定することにより、フルクトシルバリンを定量するものである。上記で得られたフルクトシルバリンは、そのまま、又は必要に応じて限外濾過等により精製して本発明の定量方法に供することができる。本発明において用いるケトアミンオキシダーゼとしては、フルクトシルバリンを基質とするものであれば特に制限はないが、フルクトシルバリンに対して高い特異性を有し、フルクトシルリジンに対して特異性の低いものが好ましい。かかるケトアミンオキシダーゼを用いれば、例えば本発明の定量方法を用いて血液中のHbA1cを定量する場合、被験試料中に混在する可能性のある、ヘモグロビンのα鎖及びβ鎖由来のフルクトシルリジンの影響を排除し、高い精度でHbA1cを定量することができる。かかるケトアミンオキシダーゼとしては、例えばコリネバクテリウム(Corynebacterium)属菌由来の酵素(キッコーマン社製)、コリネバクテリウム・スピシーズ(sp.)由来の遺伝子組換えフルクトシルアミノ酸オキシダーゼが挙げられる。ケトアミンオキシダーゼの活性量は、1〜10000U/L、特に10〜5000U/Lが好ましい。また、ケトアミンオキシダーゼの処理温度は、10〜50℃、特に20〜45℃が好ましい。また、ケトアミンオキシダーゼの処理時間は、0.1分〜1時間、特に0.5分〜30分間が好ましい。
【0022】
フルクトシルバリンをケトアミンオキシダーゼで処理することによって生成する過酸化水素の測定方法は、特に制限はないが、反応系に色原体及びパーオキシダーゼ(POD)を添加し、該色原体を酸化して発色物質を生成させ、これを測定する方法が好適である。この色原体としては、4−アミノアンチピリンと、フェノール系化合物、ナフトール化合物又はアニリン系化合物との組み合わせ、MBTH(3−メチル−2−ベンゾチアゾリノンヒドラゾン)とアニリン系化合物との組み合わせ、ロイコメチレンブルー等が用いられる。また、特許第2516381号に記載されているように、POD存在下にて過酸化水素と2価のコバルトイオンとの反応により生じた3価のコバルトイオンを、3価のコバルトイオンに特異的な指示薬、例えばTASBB(2−(2−チアゾリルアゾ)−5−ジスルフォブチルアミノ安息香酸三ナトリウム塩)と組み合わせ、発色キレート化合物を生成させ、これを測定する方法も利用できる。これによれば、上記方法の5〜10倍の測定感度を得ることができる。また、過酸化水素を検出する試薬として、高感度に測定可能なTPM−PS(N,N,N',N',N",N"−ヘキサ(3−スルフォプロピル)−4,4',4"−トリアミノトリフェニルメタン)(同仁化学社製)等も利用できる。
【0023】
かかるフルクトシルバリンの定量方法を用いれば、N末端のバリンがフルクトシル化されているペプチド又はタンパク質、例えばHbA1cを極めて高精度で定量することができる。ここでHbA1cの定量に使用される被験試料としては、例えば全血、赤血球等が挙げられる。
【0024】
【実施例】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0025】
実施例1
セリ科の植物由来カルボキシペプチダーゼの調製
人参の根茎部分を、直接ジューサーにて破砕した後、遠心分離により固形物を除去し、粗抽出液を得た。この粗抽出液を、マイレックスフィルター(0.45μm)(ミリポア社製)を用いて濾過を行い、澄明な抽出液を得た。この抽出液を20mMリン酸緩衝液(pH7.0)にて透析した後、DEAEトヨパールカラムに添加して抽出液中の酵素を吸着させ、塩化ナトリウムを500mM含む20mMリン酸緩衝液(pH7.0)により、酵素をカラムより溶出させた。これを粗精製酵素とした。
【0026】
実施例2
ショウガ科の植物由来カルボキシペプチダーゼの調製
生姜根茎を、直接ジューサーにて破砕し、放置の後、遠心分離により固形物を除去し、粗抽出液を得た。この粗抽出液に、濾過助剤としてセライト545(商標名、ナカライテスク社製)を添加して攪拌後、濾紙を用いて吸引濾過を行った。濾液を再度、遠心分離し、抽出液を得た。得られた抽出液に、冷エタノールを等量添加し、沈殿を形成させた。得られた沈殿を、少量の20mMリン酸緩衝液(pH7.0)に溶解させ、DEAEトヨパールカラム(東ソー社製)に添加して抽出液中の酵素を吸着させた。塩化ナトリウムを200mM含む20mMリン酸緩衝液(pH7.0)により、吸着させた酵素をカラムより溶出させた。これを粗精製酵素とした。
【0027】
実施例3
パイナップル科の植物由来カルボキシペプチダーゼの調製
市販のブロメライン粗精製品(シグマ社製、商品コードB4882)を20mMリン酸緩衝液(pH7.0)に懸濁させ、室温で約3時間攪拌した後、遠心分離を行い、上清を分取し、抽出液を得た。この抽出液をDEAEトヨパールカラムに添加して抽出液中の酵素を吸着させ、塩化ナトリウムを200mM含む20mMリン酸緩衝液(pH7.0)により、酵素をカラムより溶出させた。さらに、得られた溶出画分に、等量の冷エタノールを添加し、沈殿を形成させた。得られた沈殿を、少量の20mMリン酸緩衝液(pH7.0)に溶解させ、これを粗精製酵素とした。
【0028】
実施例4
フルクトシルバリンの生産方法
1. セリ科由来粗精製酵素の使用
(i) 100mM酢酸緩衝液(pH6.0)100μLに、配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するN末端のバリンがフルクトシル化されているジペプチド(f−VH、バイオクエスト社製)の500μM水溶液40μL、精製水20μLおよび実施例1で得られた人参由来の粗精製酵素の溶液40μLを加え、混和後、37℃で一晩(約16時間)反応させた。この反応液について、分子量10000の限外濾過を行い、濾液を分取した(反応液1)。この反応液1を、キャピラリー電気泳動装置CAPI−3200(大塚電子社製)にて、泳動緩衝液:150mMリン酸緩衝液(pH2.0)、電圧:15kv、検出波長:210nmの条件で分析を行い、ピーク位置およびピーク面積を測定した。
(ii) 対照試験
対照として、粗精製酵素溶液の代わりに、精製水を加え、同じ条件にて反応させ濾液を得た(対照液1)。この対照液1の分析結果を反応液1の結果と比較した。
【0029】
反応液1の結果を図1(図中の破線(…)は、粗酵素液由来のピークである)に、対照液1の結果を図2に示した。図2では、f−VHに由来するピーク(面積:40mABU×sec)のみが認められているが、図1では、f−VHのピークが減少(面積:17mABU×sec)し、粗酵素液由来のピーク(面積:16mABU×sec)と重なっているが、f−VHとは異なるピークの生成(面積:29mABU×sec)が確認された。尚、f−VHやその他ピークの移動時間に若干ずれが生じているのは、機器による再現性の問題及び粗酵素液添加による液性の変化によるものである。
【0030】
(iii) 新たなピークの同定と確認
新たなピークについて、粗精製酵素とジペプチドとの酵素反応によって生じると考えられるフルクトシルバリンおよびヒスチジンの内、210nmの波長に吸収を有するヒスチジンを、反応液1に添加し、ピークの位置および面積の変化を観察することにより同定・確認した。結果を図3に示した。
【0031】
反応液1に少量のヒスチジンを添加したところ、図1で観察された粗精製酵素由来のピークに、新たに生成された物質のピークが重なったピーク(破線(…))の高さが、さらに増加(面積で7mABU×sec)した。これより、酵素反応で生じたピークはヒスチジン由来のものであることが分かり、フルクトシルバリンが同時に生成していることが推測された。これより、セリ科の植物由来カルボキシペプチダーゼを使用することにより、フルクトシルバリンを生産できることが分かった。
【0032】
2. ショウガ科およびパイナップル科の植物由来粗精製酵素の使用
実施例2および3で得られた粗精製酵素についても、実施例4と同じ条件下で試験を行った。
【0033】
それぞれの結果を図4および図5に示した。対照である図2と比較して、図4では、f−VHのピークがほとんど消失(面積:4mABU×sec)し、新たな生成物のピーク(面積:18mABU×sec)が認められ、そのピークはヒスチジンのピークと一致した。従って、上記同様、ショウガ科由来カルボキシペプチダーゼを用いることにより、フルクトシルバリンを生産できることが分かった。
図5では、f−VHが減少(面積:15mABU×sec)し、新たな生成物のピーク(面積:12mABU×sec)が認められ、そのピークはヒスチジンのピークと一致した。従って、上記同様、パイナップル科由来カルボキシペプチダーゼを用いることにより、フルクトシルバリンを生産できることが分かった。
【0034】
実施例5
N末端にフルクトシル化されたバリンを有するペプチド(アミノ酸の数3〜6)からのフルクトシルバリンの産生方法
配列番号2〜5で表されるアミノ酸配列を有するN末端のバリンがフルクトシル化されているペプチド(すべてバイオクエスト社製)を用いて、実施例4と同じ反応条件で各粗精製酵素液を作用させた結果、すべての配列において、ヒスチジンの生成ピークが検出され、前記のフルクトシルペプチドからも、フルクトシルバリンが生産されることが分かった。
【0035】
【発明の効果】
本発明のフルクトシルバリンの生産方法により、N末端のバリンがフルクトシル化されているペプチド又はタンパク質からフルクトシルバリンを特異的に生産することができる。本発明のフルクトシルバリンの定量方法により、高精度でフルクトシルバリンを定量することができる。かかる定量方法は、N末端のバリンがフルクトシル化されているペプチド、タンパク質、タンパク質のサブユニット等、例えばHbA1c等の定量に特に有効である。
【0036】
【配列表】
SEQUENCE LISTING
<110> DAIICHI PURE CHEMICALS CO., LTD.
<120> A process of manufacturing fructosyl-valine
<130> P04771410
<160> 5
<170> PatentIn version 3.1
<210> 1
<211> 2
<212> PRT
<213> Human
<400> 1
Val His
1
<210> 2
<211> 3
<212> PRT
<213> Human
<400> 2
Val His Leu
1
<210> 3
<211> 4
<212> PRT
<213> Human
<400> 3
Val His Leu Thr
1
<210> 4
<211> 5
<212> PRT
<213> Human
<400> 4
Val His Leu Thr Pro
1 5
<210> 5
<211> 6
<212> PRT
<213> Human
<400> 5
Val His Leu Thr Pro Glu
1 5
【図面の簡単な説明】
【図1】セリ科植物由来粗精製酵素をジペプチド(f−VH)に作用させた反応液1のキャピラリー電気泳動結果を示す図である。
【図2】精製水をジペプチド(f−VH)に作用させた対照液1のキャピラリー電気泳動結果を示す図である。
【図3】ヒスチジンを反応液1に添加した後のキャピラリー電気泳動結果を示す図である。
【図4】ショウガ科植物由来粗精製酵素をジペプチド(f−VH)に作用させた反応液のキャピラリー電気泳動結果を示す図である。
【図5】パイナップル科植物由来粗精製酵素をジペプチド(f−VH)に作用させた反応液のキャピラリー電気泳動結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
N末端のバリンがフルクトシル化されているペプチド又はタンパク質を、ショウガ科、セリ科又はパイナップル科の植物由来のカルボキシペプチダーゼの1つ以上を用いて酵素処理することを特徴とするフルクトシルバリンの生産方法。
【請求項2】
N末端のバリンがフルクトシル化されているペプチドのアミノ酸配列が、配列番号1〜5のいずれかで表されるものである請求項1記載のフルクトシルバリンの生産方法。
【請求項3】
N末端のバリンがフルクトシル化されているタンパク質が、ヘモグロビンA1cである請求項1又は2記載のフルクトシルバリンの生産方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の生産方法により得られたフルクトシルバリンに、ケトアミンオキシダーゼを作用させ、生成する過酸化水素を測定することを特徴とするフルクトシルバリンの定量方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項記載の生産方法により得られたフルクトシルバリンに、ケトアミンオキシダーゼを作用させ、生成する過酸化水素を測定することを特徴とするN末端のバリンがフルクトシル化されているペプチド又はタンパク質の定量方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−94702(P2006−94702A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2002−308730(P2002−308730)
【出願日】平成14年10月23日(2002.10.23)
【出願人】(390037327)第一化学薬品株式会社 (111)
【Fターム(参考)】