説明

フレームレス原子吸光法によるアルミニウムの分析方法

【課題】フッ化水素を含有する水溶液に含まれる微量なアルミニウムのフレームレス原子吸光法における分析感度を向上させる方法を提供する。
【解決手段】フッ化水素を含有する水溶液中に含まれるアルミニウムを分析する方法であって、フッ化水素を含有する水溶液およびストロンチウム塩を、原子化炉に導入して、灰化して原子化させ、アルミニウムを分析することを特徴とするフレームレス原子吸光法によるアルミニウムの分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム検出感度の高い、フレームレス原子吸光法によるアルミニウムの分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、上下水道や、工場排水等に含まれている微量なアルミニウム等の金属の分析には、フレームレス原子吸光法が使用されている。このフレームレス原子吸光法による分析は、通常、測定試料を原子化炉に導入して、乾燥、灰化した後、高温で原子化して、そこに光を透過させてその吸光度を測定することで、試料中の元素の定量を行う。しかし、フッ化水素を含有する工場排水等の水溶液において、同定元素がアルミニウムの場合、アルミニウムが水溶液中のフッ素イオンと反応して揮散しやすいフッ化アルミニウムとなるため、測定の際の灰化または原子化処理により揮散してしまい、本来、フレームレス原子吸光法が備えている高い検出感度での分析がしにくいという問題があった。この問題を解決するために、測定試料となるフッ化水素を含有する水溶液に、マグネシウム塩を添加することにより、原子化炉内でフッ素イオンをマグネシウムと結合させてフッ化マグネシウムを優先的に生成(マスキング)させることでフッ化アルミニウムの生成を抑制し、アルミニウムを高い感度で検出できる方法が提案されている(特許文献1)。しかし、このマグネシウムを測定試料に添加する方法では、大量のマグネシウムが原子化炉中に残留するため、アルミニウムの分析を行った後、引き続き、微量のマグネシウムの分析を行うことができない。このため、アルミニウムを分析した後に、引き続き、微量のマグネシウムの分析を行いたい場合には、原子化炉を数回にわたり空焼きしたり、場合によっては原子化炉とその周辺部品を交換するか、洗浄しなければならず、手間とコストがかかるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平7−280725号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、フッ化水素を含有する水溶液中に含まれるアルミニウムを高い検出感度で分析できる、フレームレス原子吸光法によるアルミニウムの分析方法の提供を目的とする。また、さらには、アルミニウムの分析を行った後、引き続き、簡易的で低コストにカルシウムやマグネシウムの分析を行うことのできるフレームレス原子吸光法によるアルミニウムの分析方法の提供も目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、フッ化水素を含有する水溶液中に含まれるアルミニウムを分析するフレームレス原子吸光法によるアルミニウムの分析方法であって、該フッ化水素を含有する水溶液およびストロンチウム塩を、原子化炉に導入して、灰化して原子化させ、該アルミニウムを分析することを特徴とするフレームレス原子吸光法によるアルミニウムの分析方法を提供する。
【発明の効果】
【0006】
本発明の分析方法により、フッ化水素を含有する水溶液中に含まれるアルミニウムを高い検出感度で分析することができる。また、さらには、アルミニウムの分析を行った後、引き続き、簡易的で低コストにカルシウムやマグネシウムの分析を行うことができる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明では、フッ化水素を含有する水溶液およびストロンチウム塩を、原子化炉に導入して、灰化して原子化させ、アルミニウムを分析する。これにより、フッ化水素を含有する水溶液中のアルミニウムがストロンチウム塩の添加により安定となるため、灰化及び原子化する際に、アルミニウムの揮散を低く抑えられ、検出感度が高く、アルミニウムを分析することができるので好ましい。また、ストロンチウム塩を使用するため、引き続き、原子化炉の空焼きや周辺部品の交換、洗浄を行うことなく、微量のカルシウムや微量のマグネシウムの分析を行うことができるので好ましい。
【0008】
フッ化水素を含有する水溶液は、どんなものでもよく、工場排水、半導体製造工程での洗浄液や、半導体製造工程でのエッチング液、半導体基板の表面汚染回収液等が挙げられる。
【0009】
原子化炉に導入されるフッ化水素を含有する水溶液に含まれるフッ素は、フッ素原子として5〜2000μgであることが好ましい。フッ素が5μg未満であると、ストロンチウム塩を添加しなくても充分な感度が得られるため、あえてストロンチウム塩を添加する必要がないので好ましくない。フッ素が2000μg超であると、添加するストロンチウム塩の量が多くなりすぎるため、アルミニウムの分析にも影響するおそれがあるため好ましくない。フッ化水素を含有する水溶液に含まれるフッ素は、20〜200μgが特に好ましい。
【0010】
フッ化水素を含有する水溶液に含まれるフッ素は、フッ素原子として0.25〜100mg/mLであることが好ましい。
【0011】
原子化炉に導入されるフッ化水素を含有する水溶液に含まれるアルミニウムは、アルミニウム原子として1〜2000pgであることが好ましい。アルミニウムが1pg未満であると、アルミニウムの量が少なすぎるためフレームレス原子吸光装置では検出しにくくなるので好ましくない。アルミニウムが2000pg超であると、フレームレス原子吸光装置の測定可能な上限濃度を超えるおそれがあるので好ましくない。アルミニウムの量は、フレームレス原子吸光分析装置での測定の際の応答の直線性が維持されやすく、分析値の信頼性が高い点や、炉内にアルミニウムが残留しにくい点などから1〜200pgであることが特に好ましい。
【0012】
フッ化水素を含有する水溶液に含まれるアルミニウムは、アルミニウム原子として0.05〜100ppbであることが好ましい。
【0013】
本発明では、ストロンチウム塩は、固体のまま使用してもよいし、水溶液の状態で使用してもよいが、フレームレス原子吸光装置に搭載されているオートサンプラーを利用して一定量を容易に添加できるという点から、ストロンチウム塩を含有する水溶液の状態で使用することが好ましい。
【0014】
本発明では、フッ化水素を含有する水溶液及びストロンチウム塩を原子化炉に導入する方法としては、フッ化水素を含有する水溶液に直接、ストロンチウム塩を混合してから原子化炉に導入する方法と、フッ化水素を含有する水溶液及びストロンチウム塩を、それぞれ、別々に、原子化炉に導入して混合する方法とが挙げられる。前者の場合、ストロンチウム塩をそのままか、ストロンチウム塩の水溶液の状態にして、フッ化水素を含有する水溶液に添加すればよい。添加した後、撹拌するなどして、よく溶解させた状態であることが好ましい。後者の場合は、フッ化水素を含有する水溶液を原子化炉に注入する前後に、ストロンチウム塩を含有する水溶液を導入すればよい。フッ化水素を含有する水溶液及びストロンチウム塩を原子化炉に導入する方法としては、フッ化水素を含有する水溶液を原子化炉に導入した後に、ストロンチウム塩を含有する水溶液を、原子化炉に導入することが、フッ化水素を含有する水溶液の方が通常はストロンチウム塩を含有する水溶液よりも相対的に体積量が大きいため、原子化炉内での液滴位置の再現性が向上し、測定値が安定するので特に好ましい。
【0015】
ストロンチウム塩の量は、フッ化水素を含有する水溶液中に含まれるフッ素に対して、Sr/Fの質量比で0.001〜0.1倍であることが好ましい。これにより、フッ化水素を含有する水溶液中のアルミニウムを安定化させることができ、高い検出感度でアルミニウムを測定することができるので好ましい。ストロンチウム塩の量が、Sr/Fの質量比0.001倍未満であると、ストロンチウムを添加する効果が充分にえられないおそれがあるので好ましくなく、Sr/Fの質量比が0.1倍超であると、それ以上の効果が得られないのみならず、添加されるストロンチウム塩中の不純物アルミニウムに起因したベースラインの悪化や、ストロンチウムが過剰に存在することにより、アルミニウムが原子化しにくくなるおそれがあるので好ましくない。Sr/Fの質量比は0.002〜0.05倍であることが特に好ましく、0.005〜0.02倍であることが最も好ましい。
【0016】
ストロンチウム塩は、硝酸ストロンチウム、水酸化ストロンチウム、塩化ストロンチウム、硫酸ストロンチウム、炭酸ストロンチウム等が好ましい。中でも、水に対する溶解度の高い点から、硝酸ストロンチウム、水酸化ストロンチウム又は塩化ストロンチウムが特に好ましく、さらには、純度の高いストロンチウムとして入手しやすいことから硝酸ストロンチウムが最も好ましい。
【0017】
本発明では、アルミニウムを原子吸光法により分析する。原子吸光法による分析は、従来より公知の装置であれば、いずれでもよく、例えば、パーキンエルマー社製、型番SIMAA6000などが挙げられる。原子吸光分析装置の原子化炉中に、フッ化水素を含有する水溶液及びストロンチウム塩を導入して、乾燥、灰化した後、原子化して測定する。これにより、アルミニウムを感度よく検出できるので好ましい。
【0018】
原子吸光分析に導入されるフッ化水素を含有する水溶液及びストロンチウム塩等の水溶液の量は、5〜40μlが好ましい。特に、フッ化水素を含有する水溶液又はストロンチウム塩を溶解させたフッ化水素を含有する水溶液の場合は、10〜40μlが好ましい。また、ストロンチウム塩を含有する水溶液を、フッ化水素を含有する水溶液の原子化炉への導入前後に別に導入する場合は、5〜10μlが好ましい。
【0019】
原子吸光分析において、灰化する際の温度は1000〜1500℃であることが好ましい。灰化する際の温度が、1000℃未満であると、ストロンチウムイオンとフッ素イオンとの反応が十分に進まないおそれがあるので好ましくなく、温度1500℃超であると、原子化する際に、アルミニウムの信号強度が低下するおそれがあるので好ましくない。灰化する温度は1200〜1300℃が特に好ましい。
【実施例】
【0020】
以下に本発明の詳細を、以下の実施例に基づいて説明する。なお、例1において、サンプル1〜13は実施例にあたる。また、例2において、サンプル16は実施例にあたり、サンプル14、15は比較例にあたる。
【0021】
[例1]
アルミニウム標準液(関東化学製、化学分析用金属標準液)及び高純度フッ化水素酸(多摩化学工業製 TAMAPURE AA−100)を使用して、表1に示すとおり、アルミニウムを0.05ppb(液量20μLあたり、アルミニウム原子として、1pg)、0.1ppb(液量20μLあたり、アルミニウム原子として、2pg)、1ppb(液量20μLあたり、アルミニウム原子として、20pg)、10ppb(液量20μLあたり、アルミニウム原子として200pg)、又は100ppb(液量20μLあたり、アルミニウム原子として2000pg)のいずれかを含有し、かつ、フッ素の含有量が、濃度0.25mg/mL(液量20μLあたり、フッ素原子として、5μg)、濃度1mg/mL(液量20μLあたり、フッ素原子として、20μg)、10mg/mL(液量20μLあたり、フッ素原子として、200μg)、75mg/mL(液量20μLあたり、フッ素原子として、1500μg)又は100mg/mL(液量20μLあたり、フッ素原子として、2000μg)であるフッ酸水溶液を調製した。表1に示すとおり、各フッ酸水溶液のサンプルをフレームレス原子吸光分析装置(パーキンエルマー社製、型番:SIMAA6000)の原子化炉に20μL注入した後、それぞれのストロンチウム換算の添加量に相当する量のストロンチウムを含む硝酸ストロンチウム標準液(メルク社製 Suprapureグレードを超純水に溶解したもの)を、5μL注入して、乾燥、灰化、原子化してアルミニウムの分析を行った。なお、分析する際の吸収強度は、波長309.3nmで行った。分析結果を、表1にまとめて示す。
【0022】
【表1】

【0023】
[例2]
例1と同様にして、操作を行い、アルミニウムを0.1ppb(液量20μLあたり、アルミニウム原子として、2pg)含有し、かつ、フッ素の含有量が、濃度10mg/mL(液量20μLあたり、フッ素原子として、200μg)であるフッ酸水溶液を調製した。得られた各フッ酸水溶液について、例1と同様にして操作を行い、例1と同じフレームレス原子吸光分析装置を使用して、原子化炉に20μL注入した後、さらに、表2に示す、各添加物質を含有した標準液を、それぞれのサンプルについて、5μL注入して、アルミニウムの分析を行った。なお、分析する際の吸収強度は、波長309.3nmで行った。分析結果を、表2にまとめて示す。
【0024】
【表2】

【0025】
表2より、カルシウム、マグネシウムを添加した場合には、0.1ppbのアルミニウムを定量することができず、一方ストロンチウムを添加した場合には、0.1ppbのアルミニウムを定量できることが確認された。これは、カルシウムまたはマグネシウムに比べてストロンチウムのほうがフッ素イオンを強くマスキングすることができ、結果的にフッ化アルミニウムの生成をより強く抑制するため、アルミニウムの検出感度が上がるからであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明により、フッ化水素を含有する水溶液に含まれている微量のアルミニウムを高感度で分析することができるため、工場排水や、工程管理で使用される洗浄液やエッチング液等での微少量のアルミニウムの管理において、有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ化水素を含有する水溶液中に含まれるアルミニウムを分析するフレームレス原子吸光法によるアルミニウムの分析方法であって、該フッ化水素を含有する水溶液およびストロンチウム塩を、原子化炉に導入して、灰化して原子化させ、該アルミニウムを分析することを特徴とするフレームレス原子吸光法によるアルミニウムの分析方法。
【請求項2】
前記原子化炉に導入されるフッ化水素を含有する水溶液中に含まれるフッ素が、フッ素原子として、5〜2000μgである請求項1に記載のフレームレス原子吸光法によるアルミニウムの分析方法。
【請求項3】
前記原子化炉に導入されるフッ化水素を含有する水溶液中に含まれるアルミニウムが、アルミニウム原子として1〜2000pgである請求項1又は2に記載のフレームレス原子吸光法によるアルミニウムの分析方法。
【請求項4】
前記ストロンチウム塩は、ストロンチウム塩を含有する水溶液である請求項1〜3のいずれかに記載のフレームレス原子吸光法によるアルミニウムの分析方法。
【請求項5】
前記ストロンチウム塩を含有する水溶液を、前記フッ化水素を含有する水溶液を原子化炉に導入した後に、原子化炉に導入する請求項4に記載のフレームレス原子吸光法によるアルミニウムの分析方法。
【請求項6】
前記ストロンチウム塩の量が、前記フッ化水素を含有する水溶液中に含まれるフッ素に対して、Sr/Fの質量比で0.001〜0.1倍である請求項1〜5のいずれかに記載のフレームレス原子吸光法によるアルミニウムの分析方法。
【請求項7】
前記ストロンチウム塩が、硝酸ストロンチウム、水酸化ストロンチウム又は塩化ストロンチウムである請求項1〜6のいずれかに記載のフレームレス原子吸光法によるアルミニウムの分析方法。

【公開番号】特開2010−276398(P2010−276398A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−127275(P2009−127275)
【出願日】平成21年5月27日(2009.5.27)
【出願人】(599119503)ジルトロニック アクチエンゲゼルシャフト (223)
【氏名又は名称原語表記】Siltronic AG
【住所又は居所原語表記】Hanns−Seidel−Platz 4, D−81737 Muenchen, Germany
【Fターム(参考)】